GAPDHの酵素活性阻害剤
【課題】GAPDHの酵素活性阻害剤を提供する。
【解決手段】一酸化炭素及び/又はヘムを含む、GAPDHの酵素活性阻害剤、酸化修飾阻害剤、核内移行阻害剤、細胞保護用又は細胞障害治療用医薬組成物。
【解決手段】一酸化炭素及び/又はヘムを含む、GAPDHの酵素活性阻害剤、酸化修飾阻害剤、核内移行阻害剤、細胞保護用又は細胞障害治療用医薬組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヘム又は一酸化炭素を含むGAPDHの酵素活性阻害剤等に関する。
【背景技術】
【0002】
酸化ストレス応答は老化や神経性疾患に関わると考えられているが、このような酸化ストレス応答を抑制するには、従来、ビタミンCやビタミンEなどの抗酸化剤を用いた制御方法が一般的である(非特許文献1)。
【0003】
近年、一酸化炭素又はプロトヘムが生体内の細胞保護性アミノ酸を増加誘導することが判明し、一酸化炭素やプロトヘムが細胞保護剤として使用できることが示されている(特許文献1:WO2007-73006)。特許文献1によると、細胞保護性アミノ酸であるメチオニンは必須アミノ酸の1つであり、S-アデノシルメチオニン (SAM)に代謝され、メチル基をDNA、蛋白質などに転移させた後S-アデノシホモシステインとなり、さらにホモシステインに変換される。このホモシステインは、システインの原料として代謝され、抗酸化物質であるグルタチオンの原料として使われる。したがって、メチオニンやホモシステインは、各種の酸化ストレス病態の改善薬としての利用可能であり、一酸化炭素(CO)がメチオニン等を増加誘導するというものである。一方で、COガスを産生するヘム分解酵素(ヘムオキシゲナーゼ)の遺伝子欠損モデルでは毒性を示すことから、ヘムには細胞毒性があると考えられていた(非特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際公開第2007/73006号パンフレット
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Pratico D. Evidence of oxidative stress in Alzheimer's disease brain and antioxidant therapy: lights and shadows. Ann N Y Acad Sci. 1147:70-8, 2008.
【非特許文献2】Farombi EO, Surh YJ. Heme oxygenase-1 as a potential therapeutic target for hepatoprotection. J Biochem Mol Biol. 39(5):479-91, 2006.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、GAPDHの酵素活性阻害剤等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
解糖系の代謝酵素の一つであるGAPDHは、NOや活性酸素などの酸化ストレスによって修飾を受けて活性が制御され神経細胞などの細胞死を誘発することが注目されている。 本発明者は、上記課題を解決するため鋭意研究を行った結果、GAPDHがヘムと結合する事を見出し、また、ヘムおよび一酸化炭素(CO)ガスがGAPDHの酸化修飾を特異的に抑制して神経細胞保護効果を示す事を新たに見出した。さらに、本発明者はCOガスがヘムを介してGAPDH上に結合し、この細胞保護作用を増強することを見出した。
【0008】
本発明は、従来毒性があると考えられていたヘムがCOと協調して細胞保護作用を示すという、新たな分子機構の解明を基盤としている。
本発明はこのような知見に基づいて完成されたものである。
すなわち、本発明は、以下の通りである。
(1)ヘム及び/又は一酸化炭素を含む、GAPDHの酵素活性阻害剤。
(2)ヘム及び/又は一酸化炭素を含む、GAPDHの酸化修飾阻害剤。
(3)ヘム及び/又は一酸化炭素を含む、GAPDHの核内移行阻害剤。
(4)ヘム及び/又は一酸化炭素を含む、タンパク質のs-nitrosyl化修飾阻害剤。
(5)前記タンパク質はGAPDHである、(4)に記載のs-nitrosyl化修飾阻害剤。
(6)ヘムを含むことを特徴とする、細胞保護用又は細胞障害治療用医薬組成物。
(7)GAPDHとその基質とを、ヘム及び/又は一酸化炭素の存在下でインキュベートして、GAPDHによる基質の触媒作用を阻害することを特徴とする、GAPDHの酵素活性阻害方法。
(8)GAPDHを、ヘム及び/又は一酸化炭素の存在下でインキュベートして、GAPDHの酵素活性を阻害することを特徴とする、GAPDHの酵素活性阻害方法。
(9)GAPDHを、ヘム及び/又は一酸化炭素の存在下でインキュベートして、GAPDHの酸化修飾を阻害することを特徴とする、GAPDHの酸化修飾阻害方法。
(10)細胞をヘム及び/又は一酸化炭素で処理して、該細胞中のGAPDHの酵素活性を阻害することを特徴とする、GAPDHの酵素活性阻害方法。
(11)細胞をヘム及び/又は一酸化炭素で処理して、該細胞中のGAPDHの酸化修飾を阻害することを特徴とする、GAPDHの酸化修飾阻害方法。
(12)細胞をヘム及び/又は一酸化炭素で処理して、該細胞中のGAPDHが細胞質から核内に移行することを阻害することを特徴とする、GAPDHの核内移行阻害方法。
(13)GAPDHの酵素活性阻害、酸化修飾阻害又は核内移行阻害は、GAPDHのNAD認識部位にヘムが結合することにより生じるものである、(8)〜(12)のいずれか1項に記載の方法。
(14)一酸化炭素は、ヘムによるGAPDHの酵素活性阻害、酸化修飾阻害又は核内移行阻害を増強するものである、(8)〜(12)のいずれか1項に記載の方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、ヘム及び/又は一酸化炭素を含む、GAPDHの酵素活性阻害剤、酸化修飾阻害剤及び核内移行阻害剤が提供される。ヘムと一酸化炭素を用いることにより、GAPDHの酸化修飾阻害を起こすことができ、これにより、神経細胞保護効果及び細胞障害治療効果を得ることができる。
【0010】
本発明において、ヘム及び一酸化炭素は、それぞれ単独で又は両者が共同して、酸化ストレスにより直接制御されるGAPDHの機能を選択的に調節することによって細胞保護効果を示すことから、神経細胞死に関わる因子の作用を特異的にブロックすることができる。
【0011】
従って、ヘム及び/又は一酸化炭素は、細胞保護を目的として、あるいはアルツハイマーやパーキンソン病などの難治性神経変性疾患を含む細胞障害に対する医薬組成物として、使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】ヘム/COによるGAPDHを介した細胞防御機構のモデルを示す図である。
【図2】アフィニティナノビーズとヘムb示す図である。
【図3】GAPDHの精製及び同定結果を示す図である。
【図4】ヘムとGAPDHとの間におけるCOガス応答を示す図である。
【図5】GAPDH活性に対するヘム及びCOの効果を示す図である。
【図6】ヘムとGAPDHとの間のスペクトルを示す図である。
【図7】GAPDHのアミノ酸配列及び変異導入部位を示す図である。
【図8】GAPDHの点変異体のヘムとの結合活性を示す図である。
【図9】ヘム/COによるGAPDHの酸化修飾に対する阻害作用を示す図である。
【図10】ヘム/COによる細胞保護作用を示す図である。
【図11】ヘム/COによるGAPDHの核移行の阻害を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明を詳細に説明する。
1.概要
本発明者は、これまでに、ナノスケールの担体を用いた独自のアフィニティ精製技術の開発を行い、低分子化合物に選択的に結合するタンパク質の精製システムを確立してきた。そして、新規ヘム結合タンパク質を探索するために、マウスの肝蔵の抽出液を用い、ガス応答性の補欠分子族であるヘムをリガンドとして、これに特異的に結合するガス応答性因子について網羅的に単離・同定を行った。
その結果、代謝システムの解糖系に働くことが知られている酵素であるGlyceraldehyde 3-phophate dehydrogenase (GAPDH)がヘムと選択的に結合することを新たに見出し、ヘムの新規標的分子としてGAPDHを約35.7kDaのヘムタンパク質として同定した。
【0014】
GPADHは、解糖系において補酵素NAD(Nicotinamide adenine dinucleotide)に依存してGlyceraldehyde 3-phosphateからGlycerate 1,3bisphosphateへと変換する酵素である。
GAPDHは、細菌、原虫からヒトまでよく保存された糖代謝酵素であるとともに、一酸化窒素(NO)や活性酸素などの酸化ストレスによって修飾を受けて活性が制御され、神経細胞などの細胞死を誘発することから、神経細胞死の決定因子として注目されている(Hara MR et al., Nat Cell Biol. 7(7):665-74, 2005.)。
一方、GAPDHは、NOや H2Sなどのガスメディエータで機能修飾されることが近年明らかにされている(Mustafa AK et al., Sci Signal. 2(96):ra72, 2009.)。
【0015】
本発明者はこのGAPDHに着目してGAPDHの機能を解析した結果、ヘムはGAPDHと結合することが明らかとなった。そして、生化学的なkinetics解析から、COガスはGAPDHに対するヘムの結合活性を増強する事が分かった。また、本発明において、ヘムはGAPDHと結合することにより、GAPDHの酵素活性を阻害し、さらにCOガスがヘムとGAPDHとの結合を促進することにより、GAPDHの酵素活性阻害を増強することが分かった。
【0016】
また、本発明においては、COガスはヘムを介して、NOガスによるGAPDHの酸化修飾を顕著に阻害することにより、酸化ストレスによる細胞死を抑制するという、COガスによる細胞防御作用の分子機構の一端を明らかにした。さらに、COガスは単独でもGAPDHの酸化修飾を阻害することが明らかとなった。これは、COガスが細胞中の内因性ヘムとGAPDHとの結合を促進するという機構が考えられる。
【0017】
本発明の一態様においては、タンパク質を酸化修飾するための一例としてS-nitrosyl化を行ない、COやヘム等によりタンパク質の酸化修飾阻害を行なうものである。但し、タンパク質の酸化修飾は上記方法に限定されるものではない。
【0018】
ここで、タンパク質のS-nitrosyl化はタンパク質のシステイン残基(SH基)を標的とした特別な酸化修飾の形態であり、COやヘムは、当該SH基を認識して酸化修飾を阻害する。COやヘムがこのような酸化修飾を阻害することは予想外であり、意外にも本発明において初めて見出されたものである。従って、本発明は、CO及び/又はヘムを用いたS-nitrosyl化の阻害剤及び阻害方法も提供する。
【0019】
近年、GAPDHはNOガスなどの酸化ストレスに応答して、神経細胞などに対してアポトーシス性の細胞死を誘導することが注目されているため、ヘム/COが神経細胞に作用して細胞保護効果を示す点は興味深い。従って、本発明は、ヘム及び/又はCOを用いたGAPDHの酵素活性阻害剤及びGAPDHの酵素活性阻害方法を提供する。
【0020】
さらに、GAPDHは、解糖系における酵素活性だけでなく、NOガスなどの酸化ストレスに応答して細胞死に関与することが報告されている。この分子機構としては、NOガスがGAPDHのCys152残基を特異的に酸化修飾(S-nitrosyl化)することにより、核移行性タンパク質SIAH1とGAPDHが複合体を形成して、細胞質に存在するGAPDHが核へ移行し、転写因子p53を活性してapoptosis性の細胞死を誘導すると考えられている。このことは、ヘムやCOを用いてGAPDHの酸化修飾を抑制することにより、GAPDHが核へ移行することを抑制し、その結果細胞を保護することができることを意味する。
従って、本発明は、ヘム及び/又はCOを含む、GAPDHの酸化修飾阻害剤及びGAPDHの核内移行阻害剤、並びにヘム及び/又はCOを用いてGAPDHの酸化修飾を阻害する方法及びGAPDHの核内移行を阻害する方法を提供する。
【0021】
さらに、従来、ヘムは単独で細胞に接触すると、細胞毒性を有することが知られていたが、本発明によりそのような技術常識は覆され、ヘムが単独で細胞保護効果を有することが示された。従って、本発明は、ヘムを含む細胞保護用医薬組成物を提供する。
【0022】
2.本発明の阻害剤及び医薬組成物
本発明は、GAPDHの酵素活性阻害剤、酸化修飾阻害剤及び核内移行阻害剤(以下、「本発明の阻害剤」という)に関するものであり、また、上記酵素活性、酸化修飾及び核内移行を阻害する方法(本発明の方法」という)に関する。さらに、本発明は、細胞保護用又は細胞障害治療用医薬組成物に関する。
【0023】
ヘムとは、2価の鉄原子とポルフィリンから成る錯体であり、一般には、2価の鉄とIX型プロトポルフィリンからなるプロトヘムであるフェロヘムのことを意味する。本発明において使用されるヘムとしては、フェロヘムのほか、フェリヘム、ヘモクロム、ヘミン、ヘマチンなど、その他のポルフィリンの鉄錯体が挙げられる。また、生体内におけるヘム前駆体でヘム生合成の律速となる基質5アミノレブリン酸の投与によって、体内のヘム量を増加させる事が可能である。これらのヘムは、Sigma Aldrich社やPorphyrin Science社などから入手することができる。
【0024】
COガスは生体内において、ストレス誘導性のheme oxygenase 1(HO-1)または常在性のHO-2によって産生される。これらの酵素の発現や活性を制御することによって、生体内にCOガスを誘導する事も可能である。
また、本発明において、CO及びヘムは、単独で又は組み合わせて使用することができる。
【0025】
また、CO及びヘムはそのまま使用してもよいし、あるいは、COを内包するリポソーム、COを含有するヘム及びヘム蛋白質、COを含有する赤血球、又は水溶液中でCOを放出できるCO含有錯体等の修飾型一酸化炭素、さらには体内で代謝されてCOを放出する化合物(アリルハイドロカーボンなど)を使用してもよい。本発明においては、気体のCOを使用することが好ましい。また、操作の安全性の点から、修飾型一酸化炭素を使用することが好ましい。
【0026】
ここで、COはヘモグロビンに結合して末梢組織に運ばれるものであるため、COを生体に投与する方法に関しては、
(a) 低濃度(0.1ppm〜300ppm、好ましくは100ppm程度)の吸入とすること、
(b) 赤血球、修飾ヘモグロビン及びリポソームに内包したヘモグロビン等に結合させて血管内投与すること、
(c) プロトヘムIX及びプロトポルフィリンIXまたは5アミノレブリン酸等を体内に投与すること(経口投与、又は腹腔内若しくは筋肉内注射)
が好適である。
【0027】
本明細書で使用する「一酸化炭素」又は「CO」という用語は、気体状態にあるCO分子、液体状態に圧縮されたCO分子、あるいは水溶液に溶解したCO分子を表す。
COは、気体状のCO組成物とすることができる。本発明において使用されるCOガスは、任意の市販の供給源(例えば圧縮COガスを貯蔵した容器)から入手することができる。
COは、液状CO組成物とすることもできる。液状CO組成物は、気体を液体に溶解するなど、当分野において任意の方法、例えばCOガスを液体が所望のCO濃度に達するまでバブリングさせることによって得ることができる。
【0028】
本発明において、CO及び/又はヘムを本発明の阻害剤として使用する場合は、例えば、実験などの試薬としての使用のほか、細胞保護作用の研究のほか、アルツハイマー病やパーキンソン病などの臨床で使用できる。ここで、細胞保護の対象としては、神経細胞、肝細胞などが挙げられるが、これらの細胞に限定されるものではない。
本明細書において、「医薬組成物」という用語は、細胞死を有する患者、例えばアルツハイマー病患者、パーキンソン病患者など神経細胞死を有する患者に投与が可能なヘムを含む気体又は液体状の組成物を意味する。
本発明において、ヘムを医薬組成物として使用する場合は、その投与量は、年齢、性別、症状、投与経路、投与回数、剤形によって異なる。
【0029】
ヘムは、フェロヘムのほか、フェリヘム、ヘモクロム、ヘミン、ヘマチンなど、その他のポルフィリンの鉄錯体が挙げられ、生体内に含まれる内因性ヘムの量を参考に投与することができる。例えば、成人1日当たりの投与量は、50μM/kg以下、好ましくは40μM/kg以下の量である。
また、本発明において、細胞保護用又は細胞障害治療用医薬組成物の有効成分はヘム単独であるが、COを併用することも可能である。
【0030】
気体のCOを使用する場合は、成人(60kg)1日当たり0.1〜300ppm、好ましくは10〜200ppm、より好ましくは100ppmの濃度で1分〜24時間、好ましくは5分〜12時間、より好ましくは10分〜6時間、間欠的又は連続的に吸入投与する。吸入は、一酸化炭素元(例えば、一酸化炭素ボンベ又は濃縮装置)に接続したマスク、呼吸チューブ、鼻カテーテル、鼻カニューレを用いて行うことができる。またCOの飽和溶液を血管から投与することも可能である。液体は、一般には患者への投与に適するように水溶液とする。水溶液としては、例えば生理食塩水、リン酸緩衝液(PBS)、コリンズ液、クエン酸溶液、リンゲル液、ウィスコンシン大学(UW)溶液等が挙げられる。
COは、例えば1日、2日、7日、10日、14日、20日、または20日以上のように、適宜投与期間を設定することができる。
また、プロトヘムIX又はプロトポルフィリンIXを使用する場合も、そのまま使用しても良いし、製剤化したものを使用しても良い。また、ヘム前駆体である5アミノレブリン酸投与も可能である。
【0031】
本発明において、ヘムを医薬組成物として使用する場合、これらを薬学的に許容される担体に包含することができる。薬学的に許容される担体としては、例えば通常医薬に使用される、賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、潤滑剤、乳化剤、着色剤、矯味矯臭剤、界面活性剤、溶解補助剤、懸濁化剤、等張剤、安定化剤、緩衝剤、抗酸化剤などを挙げることができる。
【0032】
製剤としては、吸入剤、錠剤、散剤、顆粒剤、カプセル剤、シロップ剤などの経口剤、坐剤、軟膏剤、点眼剤、パップ剤などの外用剤、又は注射剤を挙げることができる。
上記注射剤は、点滴、筋注、皮下注、静注などの方法で使用することができる。注射剤は、上記の薬理学的に許容される担体を適宜組み合わせて、リポソーム製剤として製剤化してもよい。
【0033】
本発明において、ヘムは細胞保護作用を有することから、その適用対象疾患は、アルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患を含む細胞障害性疾患、あるいは肝炎などが挙げられる。
【0034】
また、本発明の阻害剤は、in vitro実験や非ヒトを対象とした動物実験などを行なうためにGAPDHの酵素活性阻害用試薬、GAPDHの酸化修飾阻害用試薬、あるいはGAPDHの核内移行阻害用試薬として使用することができるが、その場合は、CO、ヘムのほかに、緩衝液、細胞培養液、GAPDHに対する抗体、蛍光色素などから選ばれる少なくとも1つを含むキットの形態とすることができる。キットには、GAPDHの酵素活性、酸化修飾、核内移行を試験する方法などが記載された使用説明書を同封することもできる。
【0035】
3.本発明の方法
本発明は、GAPDHとその基質とを、ヘム及び/又はCOの存在下でインキュベートして、GAPDHによる基質の触媒作用を阻害することを特徴とする、GAPDHの酵素活性阻害方法を提供する。
また、本発明は、GAPDHを、ヘム及び/又は一酸化炭素の存在下でインキュベートすることにより、あるいは、細胞をヘム及び/又はCOで処理してGAPDHの酵素活性を阻害する方法、GAPDHの酸化修飾を阻害する方法、及びGAPDHの核内移行を阻害する方法を提供する。
【0036】
ここで、本発明のヘム又はCOのGAPDHに対する作用を理解するため、ヘム又はCOの作用機序について説明する(図1)。
図1は、細胞内におけるGAPDHの酸化修飾とそのときの細胞の挙動を示す図である。図1に示すように、GAPDHはNOによる酸化ストレスを受けてGAPDHのアミノ酸配列のうち第152番目のシステイン(Cys152)が酸化修飾される。GAPDHが酸化修飾されると、細胞質に存在するSIAH1と呼ばれる核移行タンパク質がGAPDHに結合し、GAPDHは核内に移行する。GAPDHが核内に移行すると、GAPDHは転写因子であるp53を活性化する。p53は、細胞の恒常性の維持やアポトーシス誘導といった機能を持つことから、p53の活性化によりアポトーシス性の細胞死が誘導される。
【0037】
他方、酸化修飾されたGAPDHは、互いに異常なS-S結合を形成してGAPDHの異常複合体が形成される。この複合体はβアミロイド、α-シヌクレインなどの凝集体形成を促進し、神経細胞死を誘導する。
上記の通り、GAPDHの分子機構において、アポトーシスや神経疾患にはGAPDHの酸化修飾が原因の1つとなっている。従って、本発明においては、細胞質内のGAPDHの酸化修飾を阻害するとともに、酸化修飾の阻害によりGAPDHの核内移行を阻害し、ひいてはアポトーシスなどから細胞を保護することができる。
【0038】
また、本発明の方法においてGAPDHの酵素活性を阻害するには、GAPDHとその基質とを、ヘム、CO又はその両者の存在下でインキュベートしてGAPDHによる基質の触媒作用を阻害するか、あるいは被検細胞をヘム、CO又はその両者で処理すればよい。ヘムとCOの両者を用いるときは、一方を先に処理して他方を後に処理することもでき、あるいは両者を同時に処理することもできる。これにより、GAPDHとその基質であるグリセルアルデヒド3-リン酸及び補酵素NADとの反応が妨げられる。
【0039】
また、本発明の方法において、GAPDHの酸化修飾を阻害するには、GAPDHを、ヘム、CO又はその両者の存在下でインキュベートするか、あるいは被検細胞をヘム、CO又はその両者で処理すればよい。さらに、本発明の方法において、GAPDHの核内移行を阻害するには、被検細胞をヘム、CO又はその両者で処理することにより行なうことができる。
【0040】
「インキュベート」は、GAPDHがヘム、CO又はその両者に曝されるように、試験管内などの反応系において、GAPDHと基質などをヘム及び/又はCOの存在下又は非存在下で反応させることを意味する。
「処理」とは、GAPDHがヘム、CO又はその両者に曝されるように、GAPDHにCO及び/又はヘムを接触させることを意味する。接触とは、例えば細胞をヘム及び/又はCOの存在下で培養すること、単離されたGAPDHを含む溶液中にヘム及び/又はCOを添加すること、GAPDHとヘム及び/又はCOとを同一の反応系に混合することなどを意味する。
【0041】
上記方法において、GAPDHの上記各阻害効果は、GAPDHのNAD認識部位にヘムが結合することにより生じるものである。また、COは、ヘムによるGAPDHの阻害活性を相乗的に増強することができる。
【0042】
ヘム及び/又はCOがGAPDHの酵素活性を阻害したかどうかは、一般に行なわれている生化学的手法、例えばGAPDHと基質とを補酵素の存在下で反応させ、反応により生じる生成物(NADH)を、所定吸光度(340nm)により測定することにより確認することができる。
ヘム及び/又はCOがGAPDHの酸化修飾を阻害したかどうか、あるいはGAPDHの核内移行を阻害したかどうかは、一般に行なわれている生化学的手法、例えばSDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE)、ウエスタンブロッティング、免疫沈降法などによって確認することができる
【0043】
4.まとめ
前述のように、生体内ではCOなどの内因性のガス分子が大量に産生されるが、腸管内におけるCOガスを介した代謝、ストレス応答、疾患などの分子機構については依然として不明な点が多い。本発明では、独自のスクリーニング技術を駆使して、COガス応答性の新規ヘムタンパク質GAPDHの同定に成功した。
【0044】
COガスは、ヘム/GAPDHの複合体形成を促進するという興味深い分子応答作用を示す事が明らかとなった。さらに、ヘム/COは、GAPDHの酵素活性を阻害するだけでなく、GAPDHに含まれる酸化ストレス応答性残基(Cys152)の酸化修飾を選択的にプロテクトすることにより、ストレスによる細胞障害をブロックするという、ダイナミックな生体防御反応を明らかにすることが出来た。このようなガス分子を介した生体機能の分子機構を解明することは、ストレス状態や疾患の診断マーカーとして応用することができ、また、これを指標とした疾患への治療法の確立などに繋がることから、本発明において得られた知見は、非常に興味深い成果であると考えられ、さらなる発展が期待される。
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0045】
ヘム結合タンパク質GAPDHの同定
一般に、リガンドと選択的に結合するタンパク質を解析する手法としてアフィニティクロマトグラフィが知られている。アフィニティクロマトグラフィは、リガンドを固定化した担体(多孔性アガロースビーズなど)を用い、このビーズをカラムに充填して目的タンパク質をアフィニティ精製するというものである。
しかし、この方法では、細胞の粗抽出液から1回の操作で目的とするリガンド結合タンパク質を精製することが困難である。
そこで、本発明においては、アフィニティクロマトグラフィに代わり、高回収率及び高純度を達成できるアフィニティナノビーズを用いた(Nishio K, et al., Colloids Surf B Biointerfaces. 64(2): 162-9, 2008.)。
【0046】
このアフィニティナノビーズは、スチレンをコアとし、これにグリシジルメタクリレート(GMA)で表面を覆った粒径約200nmのビーズであり、「SGビーズ」という(図2)。
このSGビーズの表面を形成するGMAのエポキシ基とヘムの水酸基(図2下のヘムの構造式のCOOHの「OH」部分)との結合により、ヘムはビーズに結合する。次に、このビーズと細胞抽出液とを混合すると、ヘムをリガンドとするタンパク質が特異的に結合する。その後ビーズを洗浄して、ビーズに結合したタンパク質を溶出すると(溶出は塩濃度やpHを変えることで行なうことができる)、ヘムに結合したタンパク質群が得られる。得られたタンパク質群をSDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動にかけて分離することにより、目的タンパク質が得られる。
【0047】
具体的には、以下の通り行なった。
ヘムを固定化するためのナノアフィニティビーズ(FG-NEGDENビーズ)は、下記文献に記載のものを用いた。
Nishio K, et al., Colloids Surf B Biointerfaces. 64(2):162-9, 2008.
ヘムのビーズへの固定化は、まずヘミン(Porphyrin Scinece社) 1mM (DMF中)を、等molのN-hydroxysucciimide(和光純薬)とWSC(和光純薬)を室温で2時間反応させた。この反応液を平衡化したFG-NEGDENビーズ2mgと攪拌して室温12時間反応させた後、DMFで三回洗浄して1mMの無水酢酸(ナカライテスク)と室温2時間反応させて、再度洗浄してヘム固定化ビーズとして4℃で保存した。
【0048】
ヘム結合因子の精製は、マウス肝臓から調製したタンパク質抽出液をバッファー中(20mM Hepes(pH7.9), 100mM NaCl, 1mM MgCl2, 0.2mM EDTA, 10% glycerol, 0.1% NP40)に1mg/mlとなるよう希釈し、ビーズ0.2mgと攪拌させて、4℃で1時間反応させた。
ビーズをバッファーで洗浄後、ビーズに結合したタンパク質を回収し、SDS-Loading dyeで懸濁させたタンパク質溶液を12.5%SDS-ポリアクリルアミドゲルで展開して、銀染色法で検出した(図3)。
得られたタンパク質は、Trypsinによるin-gel digestion法でペプチド断片に分解し、液体クロマトグラフィー/質量分析(LC-MS)装置(日立ナノフロンティア)による分析にかけた。
その結果、35.7kDa付近に現れたバンドは、ヘムタンパク質であることが判明し、得られたタンパク質をGAPDHと同定した。
【実施例2】
【0049】
GAPDHのガス応答
ヘム及び/又はCOによるGAPDHの酵素活性の阻害を示すモデルを図4に示す。
GAPDHは、NAD(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)を補酵素としてグリセルアルデヒド3-リン酸をグリセレート1,3二リン酸に変換するとともにNADをNADH(NADの還元型)に変換する触媒作用を有する。これにヘムを添加すると、GAPDHの触媒作用が阻害され、NADからNADHへの変換が行なわれなくなる。従って、GAPDHの酵素活性は、NADHの生成量を指標として測定することができる。
【0050】
そこで、酵素活性の測定は以下の通り行なった。
GAPDHの酵素活性測定は、赤血球由来GAPDH (Sigma社)400Uを反応液(100mM Tris(pH8.3), 3.75mM GA3P, 1mM NAD, 5mM DTT, 5mM sodium arsenate, 0.5mM MgCl2)400ml中で行い、NADHの生成を、吸光度340nmを測定して検出した。
【0051】
この反応系にヘミンを所定濃度(図5)で加えて5分間incubateして阻害効果を検出した。また、Ruthenium ChlorideまたはTricarbonyl dichloro ruthenium(COドナー) (いずれもSigma社)をヘミンとともに加えて、この阻害効果を検証した。
その結果、GAPDHの酵素活性はヘム添加により阻害され、COはこの効果をさらに増強する事が分かった(図5)。
【0052】
図5において、GAPDHの活性(グラフの縦軸)は、ヘム(本実施例ではヘミン)を添加しないときの対照のGAPDHの活性、つまりヘムを加えずにNADHの生成を測定したときにおけるGAPDHの酵素活性(吸光度340nmにおける測定値)を100%としたときの相対値で示してある。ヘムの添加量を多くすると、用量依存的に酵素活性は阻害されたことが分かる。また、COを加えた場合もヘムのときと同様であり、COの濃度依存的に活性が低下した。
【0053】
このことは、ヘム及び/又はCOによってGAPDHの酵素活性が阻害されたことを示している。
【0054】
GAPDHとヘムとの吸光スペクトルは、100mM Tris(pH8.3)中に赤血球由来GAPDH 約1mMに、ヘミンを終濃度10mM加えて350nmから700nmまでの吸光度を測定した。また還元条件(Fe(II))では、dithionite (Sigma社)を終濃度5mM加えて同様に吸光度測定した。また、ガスボンベ中のCOガスを反応液に噴霧してCO結合型のスペクトルを解析した。この結果、酸化条件では390, 410nm, 還元条件では426, 540, 565, 630nm, CO型では420, 540, 565, 630nmにそれぞれ極大波長が見られ、還元型とCO型で顕著な波長変化が見られる事から、GAPDH上のヘムはCOガスに応答する事が示された(図6)。
【0055】
なお、ヘムを結合させたGAPDHの吸光スペクトル解析の結果、還元状態においてSoret領域の吸光極大波長がCO添加により426nmから420nmにシフトすることから、GAPDHに結合したヘムを介してCOガスが応答する事が明らかとなった。
【実施例3】
【0056】
GAPDHのヘム結合部位
GAPDHに対するヘムの結合部位を検証するために、GAPDH中のヒスチジン残基(His)またはシステイン残基(Cys)をそれぞれアラニンに置換した点変異体組み換えタンパク質を作製した。これらのタンパク質1mgをヘム固定化ビーズと反応させて結合活性を検証した。
【0057】
ヘムタンパク質は通常システイン残基(Cys)またはヒスチジン残基(His)を介して、ヘム分子中のFe原子を認識してヘムと結合することが知られている。そこで、GAPDHのヘム結合部位を検定するために、GAPDH分子中のCysまたはHis残基における点変異体タンパク質を作製してヘムの結合活性を検討した。
【0058】
結合活性の測定は以下の通り行なった。
GAPDHは、Accession番号P04406のアミノ酸配列(図7、配列番号1)を有するものを使用した。GAPDHのアミノ酸配列において、変異を導入したアミノ酸残基の部分を図7の下線で示す。また、各種GAPDH点変異体は、PCRにより作製した。
その結果、152番目のCys残基(Cys152)をアラニンに置換した変異体では結合活性が完全に失われる事が分かった(図8)。
【0059】
図8において、「WT」のバンドは野生型GAPDHを表す。アルファベット、数字及びアルファベットの組み合わせの表記は、アミノ酸配列の変異の態様を表す。数字の前のアルファベットは、GAPDHのアミノ酸配列のうち、その数字の位置における変異前のアミノ酸配列であり、数字の後のアルファベットは、GAPDHのアミノ酸配列のうち、その数字の位置における変異後のアミノ酸配列である。例えば、「H53A」はGAPDHのアミノ酸配列(図7)のうち、第53番目のヒスチジン(His)をアラニン(Ala)に置換した変異体である。他の変異体も同様に表され、「C152A」は、GAPDHのアミノ酸配列のうち、第152番目のシステイン(Cys)をアラニン(Ala)に置換した変異体である。「input」とは、GAPDHとヘムとの反応を行なう前のGAPDHのバンドであり、反応前は確かにGAPDHが存在していたことを示す対照図である。
【0060】
図8に示す電気泳動像から分かる通り、C152A変異体ではバンドが消えている(「C152A」のレーン)。このことは、C152A変異体のGAPDHはヘムとは結合しなかったこと、すなわち、GAPDHの152番目のアミノ酸残基が変異するとヘムは結合しないことを示している。
従って、GAPDHの152番目のアミノ酸残基がヘムとの結合に必須の残基であることが示された。
【0061】
ところで、上記実験においては、LDH(乳酸脱水素酵素)とGAPDHとの結合試験を行なったが、ヘムを存在させてもGAPDHとの結合活性は認められなかった(図3の「LDH-A」のレーン)。
このことは、ヘムが結合する酵素には特異性があり、同じNAD依存性の酸化還元酵素でもGAPDHには結合するがLDHには結合しないことを示している。
Cys152は、GAPDHの酵素活性において補酵素NADにプロトンを受け渡す活性中心となる残基である。
GAPDHの酵素活性におけるヘムの阻害効果を生化学的に解析した結果、ヘムはNADと競合的に拮抗して阻害する事が分かった。また、GAPDHの結晶構造を指標として、ヘム/GAPDHのdocking simulationを行った結果、やはりヘムはGAPDHのNAD認識部位に結合することが示された。
【実施例4】
【0062】
ヘム/COによるGAPDHの酸化修飾阻害と細胞保護作用
(1)酸化修飾阻害
GAPDHはNOガスと反応してCys152残基が酸化修飾されることから、この作用に対するヘム/COの効果を検証した。
FLAG tagを融合したGAPDH組み換え体を発現する組み換えベクターを、神経系細胞株SH-SY5Y細胞にtransfection(Lipofectamin2000, INVITROGEN)して耐性マーカーであるG418を加えて培養することによえり、これが恒常的に発現している細胞株を作製した。これにNOドナーであるNOR3 (DOJINDO社)1mMを添加し、12時間incubateした。
その後、細胞を破砕して抽出し、抗FLAG抗体がconjugateされたレジン(Sigma社)によりFLAG-GAPDHを精製した。
【0063】
なおGAPDHは生体内でホモ4量体を形成するため、FLAG-GAPDHとともに内在性GAPDH (endogenous GAPDH)も同時に精製される。これをSDS-PAGEに展開し、抗GAPDH抗体または抗S-nitrosylated GAPDH 抗体(Johns Hopkins University, Dr. Akira Sawaより供与)を用いて検出した。
抗GAPDH抗体は、GAPDHに結合する抗体であり、抗S-nitrosylated GAPDH 抗体は、S-nitrosyl化されたGAPDH、つまり酸化修飾されたGAPDHに結合する抗体である。
結果を図9に示す。図9において、ヘム(2μM及び5μM)をGAPDHと反応させた場合、バンドが用量依存的に薄くなっていることが分かる。このことは、ヘムによって酸化修飾されたGAPDHが減っていること、すなわちGAPDHの酸化修飾が阻害されたことを示している。ヘムと同様に、COを加えた場合もバンドが薄くなっており、COにより、GAPDHの酸化修飾が阻害されたことを示している
【0064】
この結果、NOドナー(NOR3)添加で見られたGAPDHの酸化修飾は、ヘム添加またはCOドナー添加により顕著に抑制される事が分かった(図9)。また、GADPHは酸化修飾により核移行性のSIAH1と結合して核内に局在化するが、ヘムまたはCO添加によりこれらの効果が阻害される事も見出している(実施例5)。
【0065】
(2)細胞保護作用
GAPDHは、NOによる酸化修飾により細胞死を誘導する事が知られているため、ヘム/COによる細胞保護効果を検討した。
SH-SY5Y細胞にNOR3を0.5mM添加して12時間incubateした。これにヘム又はCOを添加したときの生存率を検出した。生存率は、LDH活性による細胞死検出キット(和光純薬)を用いて検出した。
結果を図10に示す。図10において、縦軸は細胞死の割合を示しており、高いバーは細胞死が起こっていることを、低いバーは細胞死が起こっておらず、細胞が保護されていることを示している。NO処理によりGAPDHは酸化され、これにより細胞死が起こるのに対し、ヘム又はCOを処理すると、用量依存的に細胞死が抑制されていることが分かる。
この結果、NO添加により細胞死が観察されたが、ヘミンまたはCOドナーを同時加えることにより細胞死は顕著に抑制されることが明らかとなり(図10)、ヘム/COはGAPDHの酸化修飾を抑制することにより細胞保護作用を示すことが示された。
【実施例5】
【0066】
GAPDHの核内移行阻害
本実施例では、ヘム/COがGAPDHの核内移行を阻害するか否かを検討した。
この試験は、以下の通り行なった。
SIAH1の発現ベクターをtransfectionして発現させたSH-SY5Y細胞を、0.1% NP40, 1 mM phenyomethylsulfonyl fluoride, 40 mM Tris-HCl (pH 8.0), 150 mM NaClを含むBufferを用いて細胞を破砕して細胞質画分を調製した。これで不溶であったfractionを遠心分離して核成分を調製し、0.1% NP40, 1mM phenyomethylsulfonyl fluoride, 40 mM Tris-HCl (pH 8.0), 400 mM NaClを含むBufferを用いて核抽出液を調製した。これらのfractionをSDS-PAGEで分画後、表記の目的タンパク質の抗体を用いて検出した。
【0067】
その結果、図11において、NO処理によってGAPDHを酸化修飾すると核内のGAPDHのバンドが濃くなることから、酸化修飾によりGAPDHは核内移行していることが分かる。これに対し、ヘミンを添加すると用量依存的にGAPDHのバンドが薄くなっていることから、GAPDHはヘムにより核内移行が阻害されることが示された。
以上のように、ヘムは酸化修飾を受けるCys152残基を介してGAPDHと結合することから、本発明者は、ヘムおよびCOガスがこのようなGAPDHの酸化ストレス応答に拮抗するのではないかと考えた。
【0068】
そこで、NO添加によるGAPDHの酸化修飾作用に対して、ヘムまたはCOガスの効果を検討した。その結果、細胞レベルにおいてヘム/COは顕著にGAPDHの酸化修飾(S-nitrosyl化)を抑制する事が分かった。また組み換えタンパク質を用いたin vitroの実験においても、ヘム/COは特異的にGAPDHのCys152の酸化修飾を阻害する事を明らかとしている。さらに、ヘム/COはNOガスによる細胞死誘導を顕著に阻害することが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0069】
本発明により、ヘム又は一酸化炭素を含む、GAPDHの酵素活性阻害剤、酸化修飾阻害剤及び核移行阻害剤が提供される。これらの阻害剤は、神経変性疾患などに使用することができる。
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヘム又は一酸化炭素を含むGAPDHの酵素活性阻害剤等に関する。
【背景技術】
【0002】
酸化ストレス応答は老化や神経性疾患に関わると考えられているが、このような酸化ストレス応答を抑制するには、従来、ビタミンCやビタミンEなどの抗酸化剤を用いた制御方法が一般的である(非特許文献1)。
【0003】
近年、一酸化炭素又はプロトヘムが生体内の細胞保護性アミノ酸を増加誘導することが判明し、一酸化炭素やプロトヘムが細胞保護剤として使用できることが示されている(特許文献1:WO2007-73006)。特許文献1によると、細胞保護性アミノ酸であるメチオニンは必須アミノ酸の1つであり、S-アデノシルメチオニン (SAM)に代謝され、メチル基をDNA、蛋白質などに転移させた後S-アデノシホモシステインとなり、さらにホモシステインに変換される。このホモシステインは、システインの原料として代謝され、抗酸化物質であるグルタチオンの原料として使われる。したがって、メチオニンやホモシステインは、各種の酸化ストレス病態の改善薬としての利用可能であり、一酸化炭素(CO)がメチオニン等を増加誘導するというものである。一方で、COガスを産生するヘム分解酵素(ヘムオキシゲナーゼ)の遺伝子欠損モデルでは毒性を示すことから、ヘムには細胞毒性があると考えられていた(非特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際公開第2007/73006号パンフレット
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Pratico D. Evidence of oxidative stress in Alzheimer's disease brain and antioxidant therapy: lights and shadows. Ann N Y Acad Sci. 1147:70-8, 2008.
【非特許文献2】Farombi EO, Surh YJ. Heme oxygenase-1 as a potential therapeutic target for hepatoprotection. J Biochem Mol Biol. 39(5):479-91, 2006.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、GAPDHの酵素活性阻害剤等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
解糖系の代謝酵素の一つであるGAPDHは、NOや活性酸素などの酸化ストレスによって修飾を受けて活性が制御され神経細胞などの細胞死を誘発することが注目されている。 本発明者は、上記課題を解決するため鋭意研究を行った結果、GAPDHがヘムと結合する事を見出し、また、ヘムおよび一酸化炭素(CO)ガスがGAPDHの酸化修飾を特異的に抑制して神経細胞保護効果を示す事を新たに見出した。さらに、本発明者はCOガスがヘムを介してGAPDH上に結合し、この細胞保護作用を増強することを見出した。
【0008】
本発明は、従来毒性があると考えられていたヘムがCOと協調して細胞保護作用を示すという、新たな分子機構の解明を基盤としている。
本発明はこのような知見に基づいて完成されたものである。
すなわち、本発明は、以下の通りである。
(1)ヘム及び/又は一酸化炭素を含む、GAPDHの酵素活性阻害剤。
(2)ヘム及び/又は一酸化炭素を含む、GAPDHの酸化修飾阻害剤。
(3)ヘム及び/又は一酸化炭素を含む、GAPDHの核内移行阻害剤。
(4)ヘム及び/又は一酸化炭素を含む、タンパク質のs-nitrosyl化修飾阻害剤。
(5)前記タンパク質はGAPDHである、(4)に記載のs-nitrosyl化修飾阻害剤。
(6)ヘムを含むことを特徴とする、細胞保護用又は細胞障害治療用医薬組成物。
(7)GAPDHとその基質とを、ヘム及び/又は一酸化炭素の存在下でインキュベートして、GAPDHによる基質の触媒作用を阻害することを特徴とする、GAPDHの酵素活性阻害方法。
(8)GAPDHを、ヘム及び/又は一酸化炭素の存在下でインキュベートして、GAPDHの酵素活性を阻害することを特徴とする、GAPDHの酵素活性阻害方法。
(9)GAPDHを、ヘム及び/又は一酸化炭素の存在下でインキュベートして、GAPDHの酸化修飾を阻害することを特徴とする、GAPDHの酸化修飾阻害方法。
(10)細胞をヘム及び/又は一酸化炭素で処理して、該細胞中のGAPDHの酵素活性を阻害することを特徴とする、GAPDHの酵素活性阻害方法。
(11)細胞をヘム及び/又は一酸化炭素で処理して、該細胞中のGAPDHの酸化修飾を阻害することを特徴とする、GAPDHの酸化修飾阻害方法。
(12)細胞をヘム及び/又は一酸化炭素で処理して、該細胞中のGAPDHが細胞質から核内に移行することを阻害することを特徴とする、GAPDHの核内移行阻害方法。
(13)GAPDHの酵素活性阻害、酸化修飾阻害又は核内移行阻害は、GAPDHのNAD認識部位にヘムが結合することにより生じるものである、(8)〜(12)のいずれか1項に記載の方法。
(14)一酸化炭素は、ヘムによるGAPDHの酵素活性阻害、酸化修飾阻害又は核内移行阻害を増強するものである、(8)〜(12)のいずれか1項に記載の方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、ヘム及び/又は一酸化炭素を含む、GAPDHの酵素活性阻害剤、酸化修飾阻害剤及び核内移行阻害剤が提供される。ヘムと一酸化炭素を用いることにより、GAPDHの酸化修飾阻害を起こすことができ、これにより、神経細胞保護効果及び細胞障害治療効果を得ることができる。
【0010】
本発明において、ヘム及び一酸化炭素は、それぞれ単独で又は両者が共同して、酸化ストレスにより直接制御されるGAPDHの機能を選択的に調節することによって細胞保護効果を示すことから、神経細胞死に関わる因子の作用を特異的にブロックすることができる。
【0011】
従って、ヘム及び/又は一酸化炭素は、細胞保護を目的として、あるいはアルツハイマーやパーキンソン病などの難治性神経変性疾患を含む細胞障害に対する医薬組成物として、使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】ヘム/COによるGAPDHを介した細胞防御機構のモデルを示す図である。
【図2】アフィニティナノビーズとヘムb示す図である。
【図3】GAPDHの精製及び同定結果を示す図である。
【図4】ヘムとGAPDHとの間におけるCOガス応答を示す図である。
【図5】GAPDH活性に対するヘム及びCOの効果を示す図である。
【図6】ヘムとGAPDHとの間のスペクトルを示す図である。
【図7】GAPDHのアミノ酸配列及び変異導入部位を示す図である。
【図8】GAPDHの点変異体のヘムとの結合活性を示す図である。
【図9】ヘム/COによるGAPDHの酸化修飾に対する阻害作用を示す図である。
【図10】ヘム/COによる細胞保護作用を示す図である。
【図11】ヘム/COによるGAPDHの核移行の阻害を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明を詳細に説明する。
1.概要
本発明者は、これまでに、ナノスケールの担体を用いた独自のアフィニティ精製技術の開発を行い、低分子化合物に選択的に結合するタンパク質の精製システムを確立してきた。そして、新規ヘム結合タンパク質を探索するために、マウスの肝蔵の抽出液を用い、ガス応答性の補欠分子族であるヘムをリガンドとして、これに特異的に結合するガス応答性因子について網羅的に単離・同定を行った。
その結果、代謝システムの解糖系に働くことが知られている酵素であるGlyceraldehyde 3-phophate dehydrogenase (GAPDH)がヘムと選択的に結合することを新たに見出し、ヘムの新規標的分子としてGAPDHを約35.7kDaのヘムタンパク質として同定した。
【0014】
GPADHは、解糖系において補酵素NAD(Nicotinamide adenine dinucleotide)に依存してGlyceraldehyde 3-phosphateからGlycerate 1,3bisphosphateへと変換する酵素である。
GAPDHは、細菌、原虫からヒトまでよく保存された糖代謝酵素であるとともに、一酸化窒素(NO)や活性酸素などの酸化ストレスによって修飾を受けて活性が制御され、神経細胞などの細胞死を誘発することから、神経細胞死の決定因子として注目されている(Hara MR et al., Nat Cell Biol. 7(7):665-74, 2005.)。
一方、GAPDHは、NOや H2Sなどのガスメディエータで機能修飾されることが近年明らかにされている(Mustafa AK et al., Sci Signal. 2(96):ra72, 2009.)。
【0015】
本発明者はこのGAPDHに着目してGAPDHの機能を解析した結果、ヘムはGAPDHと結合することが明らかとなった。そして、生化学的なkinetics解析から、COガスはGAPDHに対するヘムの結合活性を増強する事が分かった。また、本発明において、ヘムはGAPDHと結合することにより、GAPDHの酵素活性を阻害し、さらにCOガスがヘムとGAPDHとの結合を促進することにより、GAPDHの酵素活性阻害を増強することが分かった。
【0016】
また、本発明においては、COガスはヘムを介して、NOガスによるGAPDHの酸化修飾を顕著に阻害することにより、酸化ストレスによる細胞死を抑制するという、COガスによる細胞防御作用の分子機構の一端を明らかにした。さらに、COガスは単独でもGAPDHの酸化修飾を阻害することが明らかとなった。これは、COガスが細胞中の内因性ヘムとGAPDHとの結合を促進するという機構が考えられる。
【0017】
本発明の一態様においては、タンパク質を酸化修飾するための一例としてS-nitrosyl化を行ない、COやヘム等によりタンパク質の酸化修飾阻害を行なうものである。但し、タンパク質の酸化修飾は上記方法に限定されるものではない。
【0018】
ここで、タンパク質のS-nitrosyl化はタンパク質のシステイン残基(SH基)を標的とした特別な酸化修飾の形態であり、COやヘムは、当該SH基を認識して酸化修飾を阻害する。COやヘムがこのような酸化修飾を阻害することは予想外であり、意外にも本発明において初めて見出されたものである。従って、本発明は、CO及び/又はヘムを用いたS-nitrosyl化の阻害剤及び阻害方法も提供する。
【0019】
近年、GAPDHはNOガスなどの酸化ストレスに応答して、神経細胞などに対してアポトーシス性の細胞死を誘導することが注目されているため、ヘム/COが神経細胞に作用して細胞保護効果を示す点は興味深い。従って、本発明は、ヘム及び/又はCOを用いたGAPDHの酵素活性阻害剤及びGAPDHの酵素活性阻害方法を提供する。
【0020】
さらに、GAPDHは、解糖系における酵素活性だけでなく、NOガスなどの酸化ストレスに応答して細胞死に関与することが報告されている。この分子機構としては、NOガスがGAPDHのCys152残基を特異的に酸化修飾(S-nitrosyl化)することにより、核移行性タンパク質SIAH1とGAPDHが複合体を形成して、細胞質に存在するGAPDHが核へ移行し、転写因子p53を活性してapoptosis性の細胞死を誘導すると考えられている。このことは、ヘムやCOを用いてGAPDHの酸化修飾を抑制することにより、GAPDHが核へ移行することを抑制し、その結果細胞を保護することができることを意味する。
従って、本発明は、ヘム及び/又はCOを含む、GAPDHの酸化修飾阻害剤及びGAPDHの核内移行阻害剤、並びにヘム及び/又はCOを用いてGAPDHの酸化修飾を阻害する方法及びGAPDHの核内移行を阻害する方法を提供する。
【0021】
さらに、従来、ヘムは単独で細胞に接触すると、細胞毒性を有することが知られていたが、本発明によりそのような技術常識は覆され、ヘムが単独で細胞保護効果を有することが示された。従って、本発明は、ヘムを含む細胞保護用医薬組成物を提供する。
【0022】
2.本発明の阻害剤及び医薬組成物
本発明は、GAPDHの酵素活性阻害剤、酸化修飾阻害剤及び核内移行阻害剤(以下、「本発明の阻害剤」という)に関するものであり、また、上記酵素活性、酸化修飾及び核内移行を阻害する方法(本発明の方法」という)に関する。さらに、本発明は、細胞保護用又は細胞障害治療用医薬組成物に関する。
【0023】
ヘムとは、2価の鉄原子とポルフィリンから成る錯体であり、一般には、2価の鉄とIX型プロトポルフィリンからなるプロトヘムであるフェロヘムのことを意味する。本発明において使用されるヘムとしては、フェロヘムのほか、フェリヘム、ヘモクロム、ヘミン、ヘマチンなど、その他のポルフィリンの鉄錯体が挙げられる。また、生体内におけるヘム前駆体でヘム生合成の律速となる基質5アミノレブリン酸の投与によって、体内のヘム量を増加させる事が可能である。これらのヘムは、Sigma Aldrich社やPorphyrin Science社などから入手することができる。
【0024】
COガスは生体内において、ストレス誘導性のheme oxygenase 1(HO-1)または常在性のHO-2によって産生される。これらの酵素の発現や活性を制御することによって、生体内にCOガスを誘導する事も可能である。
また、本発明において、CO及びヘムは、単独で又は組み合わせて使用することができる。
【0025】
また、CO及びヘムはそのまま使用してもよいし、あるいは、COを内包するリポソーム、COを含有するヘム及びヘム蛋白質、COを含有する赤血球、又は水溶液中でCOを放出できるCO含有錯体等の修飾型一酸化炭素、さらには体内で代謝されてCOを放出する化合物(アリルハイドロカーボンなど)を使用してもよい。本発明においては、気体のCOを使用することが好ましい。また、操作の安全性の点から、修飾型一酸化炭素を使用することが好ましい。
【0026】
ここで、COはヘモグロビンに結合して末梢組織に運ばれるものであるため、COを生体に投与する方法に関しては、
(a) 低濃度(0.1ppm〜300ppm、好ましくは100ppm程度)の吸入とすること、
(b) 赤血球、修飾ヘモグロビン及びリポソームに内包したヘモグロビン等に結合させて血管内投与すること、
(c) プロトヘムIX及びプロトポルフィリンIXまたは5アミノレブリン酸等を体内に投与すること(経口投与、又は腹腔内若しくは筋肉内注射)
が好適である。
【0027】
本明細書で使用する「一酸化炭素」又は「CO」という用語は、気体状態にあるCO分子、液体状態に圧縮されたCO分子、あるいは水溶液に溶解したCO分子を表す。
COは、気体状のCO組成物とすることができる。本発明において使用されるCOガスは、任意の市販の供給源(例えば圧縮COガスを貯蔵した容器)から入手することができる。
COは、液状CO組成物とすることもできる。液状CO組成物は、気体を液体に溶解するなど、当分野において任意の方法、例えばCOガスを液体が所望のCO濃度に達するまでバブリングさせることによって得ることができる。
【0028】
本発明において、CO及び/又はヘムを本発明の阻害剤として使用する場合は、例えば、実験などの試薬としての使用のほか、細胞保護作用の研究のほか、アルツハイマー病やパーキンソン病などの臨床で使用できる。ここで、細胞保護の対象としては、神経細胞、肝細胞などが挙げられるが、これらの細胞に限定されるものではない。
本明細書において、「医薬組成物」という用語は、細胞死を有する患者、例えばアルツハイマー病患者、パーキンソン病患者など神経細胞死を有する患者に投与が可能なヘムを含む気体又は液体状の組成物を意味する。
本発明において、ヘムを医薬組成物として使用する場合は、その投与量は、年齢、性別、症状、投与経路、投与回数、剤形によって異なる。
【0029】
ヘムは、フェロヘムのほか、フェリヘム、ヘモクロム、ヘミン、ヘマチンなど、その他のポルフィリンの鉄錯体が挙げられ、生体内に含まれる内因性ヘムの量を参考に投与することができる。例えば、成人1日当たりの投与量は、50μM/kg以下、好ましくは40μM/kg以下の量である。
また、本発明において、細胞保護用又は細胞障害治療用医薬組成物の有効成分はヘム単独であるが、COを併用することも可能である。
【0030】
気体のCOを使用する場合は、成人(60kg)1日当たり0.1〜300ppm、好ましくは10〜200ppm、より好ましくは100ppmの濃度で1分〜24時間、好ましくは5分〜12時間、より好ましくは10分〜6時間、間欠的又は連続的に吸入投与する。吸入は、一酸化炭素元(例えば、一酸化炭素ボンベ又は濃縮装置)に接続したマスク、呼吸チューブ、鼻カテーテル、鼻カニューレを用いて行うことができる。またCOの飽和溶液を血管から投与することも可能である。液体は、一般には患者への投与に適するように水溶液とする。水溶液としては、例えば生理食塩水、リン酸緩衝液(PBS)、コリンズ液、クエン酸溶液、リンゲル液、ウィスコンシン大学(UW)溶液等が挙げられる。
COは、例えば1日、2日、7日、10日、14日、20日、または20日以上のように、適宜投与期間を設定することができる。
また、プロトヘムIX又はプロトポルフィリンIXを使用する場合も、そのまま使用しても良いし、製剤化したものを使用しても良い。また、ヘム前駆体である5アミノレブリン酸投与も可能である。
【0031】
本発明において、ヘムを医薬組成物として使用する場合、これらを薬学的に許容される担体に包含することができる。薬学的に許容される担体としては、例えば通常医薬に使用される、賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、潤滑剤、乳化剤、着色剤、矯味矯臭剤、界面活性剤、溶解補助剤、懸濁化剤、等張剤、安定化剤、緩衝剤、抗酸化剤などを挙げることができる。
【0032】
製剤としては、吸入剤、錠剤、散剤、顆粒剤、カプセル剤、シロップ剤などの経口剤、坐剤、軟膏剤、点眼剤、パップ剤などの外用剤、又は注射剤を挙げることができる。
上記注射剤は、点滴、筋注、皮下注、静注などの方法で使用することができる。注射剤は、上記の薬理学的に許容される担体を適宜組み合わせて、リポソーム製剤として製剤化してもよい。
【0033】
本発明において、ヘムは細胞保護作用を有することから、その適用対象疾患は、アルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患を含む細胞障害性疾患、あるいは肝炎などが挙げられる。
【0034】
また、本発明の阻害剤は、in vitro実験や非ヒトを対象とした動物実験などを行なうためにGAPDHの酵素活性阻害用試薬、GAPDHの酸化修飾阻害用試薬、あるいはGAPDHの核内移行阻害用試薬として使用することができるが、その場合は、CO、ヘムのほかに、緩衝液、細胞培養液、GAPDHに対する抗体、蛍光色素などから選ばれる少なくとも1つを含むキットの形態とすることができる。キットには、GAPDHの酵素活性、酸化修飾、核内移行を試験する方法などが記載された使用説明書を同封することもできる。
【0035】
3.本発明の方法
本発明は、GAPDHとその基質とを、ヘム及び/又はCOの存在下でインキュベートして、GAPDHによる基質の触媒作用を阻害することを特徴とする、GAPDHの酵素活性阻害方法を提供する。
また、本発明は、GAPDHを、ヘム及び/又は一酸化炭素の存在下でインキュベートすることにより、あるいは、細胞をヘム及び/又はCOで処理してGAPDHの酵素活性を阻害する方法、GAPDHの酸化修飾を阻害する方法、及びGAPDHの核内移行を阻害する方法を提供する。
【0036】
ここで、本発明のヘム又はCOのGAPDHに対する作用を理解するため、ヘム又はCOの作用機序について説明する(図1)。
図1は、細胞内におけるGAPDHの酸化修飾とそのときの細胞の挙動を示す図である。図1に示すように、GAPDHはNOによる酸化ストレスを受けてGAPDHのアミノ酸配列のうち第152番目のシステイン(Cys152)が酸化修飾される。GAPDHが酸化修飾されると、細胞質に存在するSIAH1と呼ばれる核移行タンパク質がGAPDHに結合し、GAPDHは核内に移行する。GAPDHが核内に移行すると、GAPDHは転写因子であるp53を活性化する。p53は、細胞の恒常性の維持やアポトーシス誘導といった機能を持つことから、p53の活性化によりアポトーシス性の細胞死が誘導される。
【0037】
他方、酸化修飾されたGAPDHは、互いに異常なS-S結合を形成してGAPDHの異常複合体が形成される。この複合体はβアミロイド、α-シヌクレインなどの凝集体形成を促進し、神経細胞死を誘導する。
上記の通り、GAPDHの分子機構において、アポトーシスや神経疾患にはGAPDHの酸化修飾が原因の1つとなっている。従って、本発明においては、細胞質内のGAPDHの酸化修飾を阻害するとともに、酸化修飾の阻害によりGAPDHの核内移行を阻害し、ひいてはアポトーシスなどから細胞を保護することができる。
【0038】
また、本発明の方法においてGAPDHの酵素活性を阻害するには、GAPDHとその基質とを、ヘム、CO又はその両者の存在下でインキュベートしてGAPDHによる基質の触媒作用を阻害するか、あるいは被検細胞をヘム、CO又はその両者で処理すればよい。ヘムとCOの両者を用いるときは、一方を先に処理して他方を後に処理することもでき、あるいは両者を同時に処理することもできる。これにより、GAPDHとその基質であるグリセルアルデヒド3-リン酸及び補酵素NADとの反応が妨げられる。
【0039】
また、本発明の方法において、GAPDHの酸化修飾を阻害するには、GAPDHを、ヘム、CO又はその両者の存在下でインキュベートするか、あるいは被検細胞をヘム、CO又はその両者で処理すればよい。さらに、本発明の方法において、GAPDHの核内移行を阻害するには、被検細胞をヘム、CO又はその両者で処理することにより行なうことができる。
【0040】
「インキュベート」は、GAPDHがヘム、CO又はその両者に曝されるように、試験管内などの反応系において、GAPDHと基質などをヘム及び/又はCOの存在下又は非存在下で反応させることを意味する。
「処理」とは、GAPDHがヘム、CO又はその両者に曝されるように、GAPDHにCO及び/又はヘムを接触させることを意味する。接触とは、例えば細胞をヘム及び/又はCOの存在下で培養すること、単離されたGAPDHを含む溶液中にヘム及び/又はCOを添加すること、GAPDHとヘム及び/又はCOとを同一の反応系に混合することなどを意味する。
【0041】
上記方法において、GAPDHの上記各阻害効果は、GAPDHのNAD認識部位にヘムが結合することにより生じるものである。また、COは、ヘムによるGAPDHの阻害活性を相乗的に増強することができる。
【0042】
ヘム及び/又はCOがGAPDHの酵素活性を阻害したかどうかは、一般に行なわれている生化学的手法、例えばGAPDHと基質とを補酵素の存在下で反応させ、反応により生じる生成物(NADH)を、所定吸光度(340nm)により測定することにより確認することができる。
ヘム及び/又はCOがGAPDHの酸化修飾を阻害したかどうか、あるいはGAPDHの核内移行を阻害したかどうかは、一般に行なわれている生化学的手法、例えばSDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE)、ウエスタンブロッティング、免疫沈降法などによって確認することができる
【0043】
4.まとめ
前述のように、生体内ではCOなどの内因性のガス分子が大量に産生されるが、腸管内におけるCOガスを介した代謝、ストレス応答、疾患などの分子機構については依然として不明な点が多い。本発明では、独自のスクリーニング技術を駆使して、COガス応答性の新規ヘムタンパク質GAPDHの同定に成功した。
【0044】
COガスは、ヘム/GAPDHの複合体形成を促進するという興味深い分子応答作用を示す事が明らかとなった。さらに、ヘム/COは、GAPDHの酵素活性を阻害するだけでなく、GAPDHに含まれる酸化ストレス応答性残基(Cys152)の酸化修飾を選択的にプロテクトすることにより、ストレスによる細胞障害をブロックするという、ダイナミックな生体防御反応を明らかにすることが出来た。このようなガス分子を介した生体機能の分子機構を解明することは、ストレス状態や疾患の診断マーカーとして応用することができ、また、これを指標とした疾患への治療法の確立などに繋がることから、本発明において得られた知見は、非常に興味深い成果であると考えられ、さらなる発展が期待される。
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0045】
ヘム結合タンパク質GAPDHの同定
一般に、リガンドと選択的に結合するタンパク質を解析する手法としてアフィニティクロマトグラフィが知られている。アフィニティクロマトグラフィは、リガンドを固定化した担体(多孔性アガロースビーズなど)を用い、このビーズをカラムに充填して目的タンパク質をアフィニティ精製するというものである。
しかし、この方法では、細胞の粗抽出液から1回の操作で目的とするリガンド結合タンパク質を精製することが困難である。
そこで、本発明においては、アフィニティクロマトグラフィに代わり、高回収率及び高純度を達成できるアフィニティナノビーズを用いた(Nishio K, et al., Colloids Surf B Biointerfaces. 64(2): 162-9, 2008.)。
【0046】
このアフィニティナノビーズは、スチレンをコアとし、これにグリシジルメタクリレート(GMA)で表面を覆った粒径約200nmのビーズであり、「SGビーズ」という(図2)。
このSGビーズの表面を形成するGMAのエポキシ基とヘムの水酸基(図2下のヘムの構造式のCOOHの「OH」部分)との結合により、ヘムはビーズに結合する。次に、このビーズと細胞抽出液とを混合すると、ヘムをリガンドとするタンパク質が特異的に結合する。その後ビーズを洗浄して、ビーズに結合したタンパク質を溶出すると(溶出は塩濃度やpHを変えることで行なうことができる)、ヘムに結合したタンパク質群が得られる。得られたタンパク質群をSDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動にかけて分離することにより、目的タンパク質が得られる。
【0047】
具体的には、以下の通り行なった。
ヘムを固定化するためのナノアフィニティビーズ(FG-NEGDENビーズ)は、下記文献に記載のものを用いた。
Nishio K, et al., Colloids Surf B Biointerfaces. 64(2):162-9, 2008.
ヘムのビーズへの固定化は、まずヘミン(Porphyrin Scinece社) 1mM (DMF中)を、等molのN-hydroxysucciimide(和光純薬)とWSC(和光純薬)を室温で2時間反応させた。この反応液を平衡化したFG-NEGDENビーズ2mgと攪拌して室温12時間反応させた後、DMFで三回洗浄して1mMの無水酢酸(ナカライテスク)と室温2時間反応させて、再度洗浄してヘム固定化ビーズとして4℃で保存した。
【0048】
ヘム結合因子の精製は、マウス肝臓から調製したタンパク質抽出液をバッファー中(20mM Hepes(pH7.9), 100mM NaCl, 1mM MgCl2, 0.2mM EDTA, 10% glycerol, 0.1% NP40)に1mg/mlとなるよう希釈し、ビーズ0.2mgと攪拌させて、4℃で1時間反応させた。
ビーズをバッファーで洗浄後、ビーズに結合したタンパク質を回収し、SDS-Loading dyeで懸濁させたタンパク質溶液を12.5%SDS-ポリアクリルアミドゲルで展開して、銀染色法で検出した(図3)。
得られたタンパク質は、Trypsinによるin-gel digestion法でペプチド断片に分解し、液体クロマトグラフィー/質量分析(LC-MS)装置(日立ナノフロンティア)による分析にかけた。
その結果、35.7kDa付近に現れたバンドは、ヘムタンパク質であることが判明し、得られたタンパク質をGAPDHと同定した。
【実施例2】
【0049】
GAPDHのガス応答
ヘム及び/又はCOによるGAPDHの酵素活性の阻害を示すモデルを図4に示す。
GAPDHは、NAD(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)を補酵素としてグリセルアルデヒド3-リン酸をグリセレート1,3二リン酸に変換するとともにNADをNADH(NADの還元型)に変換する触媒作用を有する。これにヘムを添加すると、GAPDHの触媒作用が阻害され、NADからNADHへの変換が行なわれなくなる。従って、GAPDHの酵素活性は、NADHの生成量を指標として測定することができる。
【0050】
そこで、酵素活性の測定は以下の通り行なった。
GAPDHの酵素活性測定は、赤血球由来GAPDH (Sigma社)400Uを反応液(100mM Tris(pH8.3), 3.75mM GA3P, 1mM NAD, 5mM DTT, 5mM sodium arsenate, 0.5mM MgCl2)400ml中で行い、NADHの生成を、吸光度340nmを測定して検出した。
【0051】
この反応系にヘミンを所定濃度(図5)で加えて5分間incubateして阻害効果を検出した。また、Ruthenium ChlorideまたはTricarbonyl dichloro ruthenium(COドナー) (いずれもSigma社)をヘミンとともに加えて、この阻害効果を検証した。
その結果、GAPDHの酵素活性はヘム添加により阻害され、COはこの効果をさらに増強する事が分かった(図5)。
【0052】
図5において、GAPDHの活性(グラフの縦軸)は、ヘム(本実施例ではヘミン)を添加しないときの対照のGAPDHの活性、つまりヘムを加えずにNADHの生成を測定したときにおけるGAPDHの酵素活性(吸光度340nmにおける測定値)を100%としたときの相対値で示してある。ヘムの添加量を多くすると、用量依存的に酵素活性は阻害されたことが分かる。また、COを加えた場合もヘムのときと同様であり、COの濃度依存的に活性が低下した。
【0053】
このことは、ヘム及び/又はCOによってGAPDHの酵素活性が阻害されたことを示している。
【0054】
GAPDHとヘムとの吸光スペクトルは、100mM Tris(pH8.3)中に赤血球由来GAPDH 約1mMに、ヘミンを終濃度10mM加えて350nmから700nmまでの吸光度を測定した。また還元条件(Fe(II))では、dithionite (Sigma社)を終濃度5mM加えて同様に吸光度測定した。また、ガスボンベ中のCOガスを反応液に噴霧してCO結合型のスペクトルを解析した。この結果、酸化条件では390, 410nm, 還元条件では426, 540, 565, 630nm, CO型では420, 540, 565, 630nmにそれぞれ極大波長が見られ、還元型とCO型で顕著な波長変化が見られる事から、GAPDH上のヘムはCOガスに応答する事が示された(図6)。
【0055】
なお、ヘムを結合させたGAPDHの吸光スペクトル解析の結果、還元状態においてSoret領域の吸光極大波長がCO添加により426nmから420nmにシフトすることから、GAPDHに結合したヘムを介してCOガスが応答する事が明らかとなった。
【実施例3】
【0056】
GAPDHのヘム結合部位
GAPDHに対するヘムの結合部位を検証するために、GAPDH中のヒスチジン残基(His)またはシステイン残基(Cys)をそれぞれアラニンに置換した点変異体組み換えタンパク質を作製した。これらのタンパク質1mgをヘム固定化ビーズと反応させて結合活性を検証した。
【0057】
ヘムタンパク質は通常システイン残基(Cys)またはヒスチジン残基(His)を介して、ヘム分子中のFe原子を認識してヘムと結合することが知られている。そこで、GAPDHのヘム結合部位を検定するために、GAPDH分子中のCysまたはHis残基における点変異体タンパク質を作製してヘムの結合活性を検討した。
【0058】
結合活性の測定は以下の通り行なった。
GAPDHは、Accession番号P04406のアミノ酸配列(図7、配列番号1)を有するものを使用した。GAPDHのアミノ酸配列において、変異を導入したアミノ酸残基の部分を図7の下線で示す。また、各種GAPDH点変異体は、PCRにより作製した。
その結果、152番目のCys残基(Cys152)をアラニンに置換した変異体では結合活性が完全に失われる事が分かった(図8)。
【0059】
図8において、「WT」のバンドは野生型GAPDHを表す。アルファベット、数字及びアルファベットの組み合わせの表記は、アミノ酸配列の変異の態様を表す。数字の前のアルファベットは、GAPDHのアミノ酸配列のうち、その数字の位置における変異前のアミノ酸配列であり、数字の後のアルファベットは、GAPDHのアミノ酸配列のうち、その数字の位置における変異後のアミノ酸配列である。例えば、「H53A」はGAPDHのアミノ酸配列(図7)のうち、第53番目のヒスチジン(His)をアラニン(Ala)に置換した変異体である。他の変異体も同様に表され、「C152A」は、GAPDHのアミノ酸配列のうち、第152番目のシステイン(Cys)をアラニン(Ala)に置換した変異体である。「input」とは、GAPDHとヘムとの反応を行なう前のGAPDHのバンドであり、反応前は確かにGAPDHが存在していたことを示す対照図である。
【0060】
図8に示す電気泳動像から分かる通り、C152A変異体ではバンドが消えている(「C152A」のレーン)。このことは、C152A変異体のGAPDHはヘムとは結合しなかったこと、すなわち、GAPDHの152番目のアミノ酸残基が変異するとヘムは結合しないことを示している。
従って、GAPDHの152番目のアミノ酸残基がヘムとの結合に必須の残基であることが示された。
【0061】
ところで、上記実験においては、LDH(乳酸脱水素酵素)とGAPDHとの結合試験を行なったが、ヘムを存在させてもGAPDHとの結合活性は認められなかった(図3の「LDH-A」のレーン)。
このことは、ヘムが結合する酵素には特異性があり、同じNAD依存性の酸化還元酵素でもGAPDHには結合するがLDHには結合しないことを示している。
Cys152は、GAPDHの酵素活性において補酵素NADにプロトンを受け渡す活性中心となる残基である。
GAPDHの酵素活性におけるヘムの阻害効果を生化学的に解析した結果、ヘムはNADと競合的に拮抗して阻害する事が分かった。また、GAPDHの結晶構造を指標として、ヘム/GAPDHのdocking simulationを行った結果、やはりヘムはGAPDHのNAD認識部位に結合することが示された。
【実施例4】
【0062】
ヘム/COによるGAPDHの酸化修飾阻害と細胞保護作用
(1)酸化修飾阻害
GAPDHはNOガスと反応してCys152残基が酸化修飾されることから、この作用に対するヘム/COの効果を検証した。
FLAG tagを融合したGAPDH組み換え体を発現する組み換えベクターを、神経系細胞株SH-SY5Y細胞にtransfection(Lipofectamin2000, INVITROGEN)して耐性マーカーであるG418を加えて培養することによえり、これが恒常的に発現している細胞株を作製した。これにNOドナーであるNOR3 (DOJINDO社)1mMを添加し、12時間incubateした。
その後、細胞を破砕して抽出し、抗FLAG抗体がconjugateされたレジン(Sigma社)によりFLAG-GAPDHを精製した。
【0063】
なおGAPDHは生体内でホモ4量体を形成するため、FLAG-GAPDHとともに内在性GAPDH (endogenous GAPDH)も同時に精製される。これをSDS-PAGEに展開し、抗GAPDH抗体または抗S-nitrosylated GAPDH 抗体(Johns Hopkins University, Dr. Akira Sawaより供与)を用いて検出した。
抗GAPDH抗体は、GAPDHに結合する抗体であり、抗S-nitrosylated GAPDH 抗体は、S-nitrosyl化されたGAPDH、つまり酸化修飾されたGAPDHに結合する抗体である。
結果を図9に示す。図9において、ヘム(2μM及び5μM)をGAPDHと反応させた場合、バンドが用量依存的に薄くなっていることが分かる。このことは、ヘムによって酸化修飾されたGAPDHが減っていること、すなわちGAPDHの酸化修飾が阻害されたことを示している。ヘムと同様に、COを加えた場合もバンドが薄くなっており、COにより、GAPDHの酸化修飾が阻害されたことを示している
【0064】
この結果、NOドナー(NOR3)添加で見られたGAPDHの酸化修飾は、ヘム添加またはCOドナー添加により顕著に抑制される事が分かった(図9)。また、GADPHは酸化修飾により核移行性のSIAH1と結合して核内に局在化するが、ヘムまたはCO添加によりこれらの効果が阻害される事も見出している(実施例5)。
【0065】
(2)細胞保護作用
GAPDHは、NOによる酸化修飾により細胞死を誘導する事が知られているため、ヘム/COによる細胞保護効果を検討した。
SH-SY5Y細胞にNOR3を0.5mM添加して12時間incubateした。これにヘム又はCOを添加したときの生存率を検出した。生存率は、LDH活性による細胞死検出キット(和光純薬)を用いて検出した。
結果を図10に示す。図10において、縦軸は細胞死の割合を示しており、高いバーは細胞死が起こっていることを、低いバーは細胞死が起こっておらず、細胞が保護されていることを示している。NO処理によりGAPDHは酸化され、これにより細胞死が起こるのに対し、ヘム又はCOを処理すると、用量依存的に細胞死が抑制されていることが分かる。
この結果、NO添加により細胞死が観察されたが、ヘミンまたはCOドナーを同時加えることにより細胞死は顕著に抑制されることが明らかとなり(図10)、ヘム/COはGAPDHの酸化修飾を抑制することにより細胞保護作用を示すことが示された。
【実施例5】
【0066】
GAPDHの核内移行阻害
本実施例では、ヘム/COがGAPDHの核内移行を阻害するか否かを検討した。
この試験は、以下の通り行なった。
SIAH1の発現ベクターをtransfectionして発現させたSH-SY5Y細胞を、0.1% NP40, 1 mM phenyomethylsulfonyl fluoride, 40 mM Tris-HCl (pH 8.0), 150 mM NaClを含むBufferを用いて細胞を破砕して細胞質画分を調製した。これで不溶であったfractionを遠心分離して核成分を調製し、0.1% NP40, 1mM phenyomethylsulfonyl fluoride, 40 mM Tris-HCl (pH 8.0), 400 mM NaClを含むBufferを用いて核抽出液を調製した。これらのfractionをSDS-PAGEで分画後、表記の目的タンパク質の抗体を用いて検出した。
【0067】
その結果、図11において、NO処理によってGAPDHを酸化修飾すると核内のGAPDHのバンドが濃くなることから、酸化修飾によりGAPDHは核内移行していることが分かる。これに対し、ヘミンを添加すると用量依存的にGAPDHのバンドが薄くなっていることから、GAPDHはヘムにより核内移行が阻害されることが示された。
以上のように、ヘムは酸化修飾を受けるCys152残基を介してGAPDHと結合することから、本発明者は、ヘムおよびCOガスがこのようなGAPDHの酸化ストレス応答に拮抗するのではないかと考えた。
【0068】
そこで、NO添加によるGAPDHの酸化修飾作用に対して、ヘムまたはCOガスの効果を検討した。その結果、細胞レベルにおいてヘム/COは顕著にGAPDHの酸化修飾(S-nitrosyl化)を抑制する事が分かった。また組み換えタンパク質を用いたin vitroの実験においても、ヘム/COは特異的にGAPDHのCys152の酸化修飾を阻害する事を明らかとしている。さらに、ヘム/COはNOガスによる細胞死誘導を顕著に阻害することが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0069】
本発明により、ヘム又は一酸化炭素を含む、GAPDHの酵素活性阻害剤、酸化修飾阻害剤及び核移行阻害剤が提供される。これらの阻害剤は、神経変性疾患などに使用することができる。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヘム及び/又は一酸化炭素を含む、GAPDHの酵素活性阻害剤。
【請求項2】
ヘム及び/又は一酸化炭素を含む、GAPDHの酸化修飾阻害剤。
【請求項3】
ヘム及び/又は一酸化炭素を含む、GAPDHの核内移行阻害剤。
【請求項4】
ヘム及び/又は一酸化炭素を含む、タンパク質のs-nitrosyl化修飾阻害剤。
【請求項5】
前記タンパク質はGAPDHである、請求項4に記載のs-nitrosyl化修飾阻害剤。
【請求項6】
ヘムを含むことを特徴とする、細胞保護用又は細胞障害治療用医薬組成物。
【請求項7】
GAPDHとその基質とを、ヘム及び/又は一酸化炭素の存在下でインキュベートして、GAPDHによる基質の触媒作用を阻害することを特徴とする、GAPDHの酵素活性阻害方法。
【請求項8】
GAPDHを、ヘム及び/又は一酸化炭素の存在下でインキュベートして、GAPDHの酵素活性を阻害することを特徴とする、GAPDHの酵素活性阻害方法。
【請求項9】
GAPDHを、ヘム及び/又は一酸化炭素の存在下でインキュベートして、GAPDHの酸化修飾を阻害することを特徴とする、GAPDHの酸化修飾阻害方法。
【請求項10】
細胞をヘム及び/又は一酸化炭素で処理して、該細胞中のGAPDHの酵素活性を阻害することを特徴とする、GAPDHの酵素活性阻害方法。
【請求項11】
細胞をヘム及び/又は一酸化炭素で処理して、該細胞中のGAPDHの酸化修飾を阻害することを特徴とする、GAPDHの酸化修飾阻害方法。
【請求項12】
細胞をヘム及び/又は一酸化炭素で処理して、該細胞中のGAPDHが細胞質から核内に移行することを阻害することを特徴とする、GAPDHの核内移行阻害方法。
【請求項13】
GAPDHの酵素活性阻害、酸化修飾阻害又は核内移行阻害は、GAPDHのNAD認識部位にヘムが結合することにより生じるものである、請求項8〜12のいずれか1項に記載の方法。
【請求項14】
一酸化炭素は、ヘムによるGAPDHの酵素活性阻害、酸化修飾阻害又は核内移行阻害を増強するものである、請求項8〜12のいずれか1項に記載の方法。
【請求項1】
ヘム及び/又は一酸化炭素を含む、GAPDHの酵素活性阻害剤。
【請求項2】
ヘム及び/又は一酸化炭素を含む、GAPDHの酸化修飾阻害剤。
【請求項3】
ヘム及び/又は一酸化炭素を含む、GAPDHの核内移行阻害剤。
【請求項4】
ヘム及び/又は一酸化炭素を含む、タンパク質のs-nitrosyl化修飾阻害剤。
【請求項5】
前記タンパク質はGAPDHである、請求項4に記載のs-nitrosyl化修飾阻害剤。
【請求項6】
ヘムを含むことを特徴とする、細胞保護用又は細胞障害治療用医薬組成物。
【請求項7】
GAPDHとその基質とを、ヘム及び/又は一酸化炭素の存在下でインキュベートして、GAPDHによる基質の触媒作用を阻害することを特徴とする、GAPDHの酵素活性阻害方法。
【請求項8】
GAPDHを、ヘム及び/又は一酸化炭素の存在下でインキュベートして、GAPDHの酵素活性を阻害することを特徴とする、GAPDHの酵素活性阻害方法。
【請求項9】
GAPDHを、ヘム及び/又は一酸化炭素の存在下でインキュベートして、GAPDHの酸化修飾を阻害することを特徴とする、GAPDHの酸化修飾阻害方法。
【請求項10】
細胞をヘム及び/又は一酸化炭素で処理して、該細胞中のGAPDHの酵素活性を阻害することを特徴とする、GAPDHの酵素活性阻害方法。
【請求項11】
細胞をヘム及び/又は一酸化炭素で処理して、該細胞中のGAPDHの酸化修飾を阻害することを特徴とする、GAPDHの酸化修飾阻害方法。
【請求項12】
細胞をヘム及び/又は一酸化炭素で処理して、該細胞中のGAPDHが細胞質から核内に移行することを阻害することを特徴とする、GAPDHの核内移行阻害方法。
【請求項13】
GAPDHの酵素活性阻害、酸化修飾阻害又は核内移行阻害は、GAPDHのNAD認識部位にヘムが結合することにより生じるものである、請求項8〜12のいずれか1項に記載の方法。
【請求項14】
一酸化炭素は、ヘムによるGAPDHの酵素活性阻害、酸化修飾阻害又は核内移行阻害を増強するものである、請求項8〜12のいずれか1項に記載の方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2012−46470(P2012−46470A)
【公開日】平成24年3月8日(2012.3.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−192513(P2010−192513)
【出願日】平成22年8月30日(2010.8.30)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り G−COEシンポジウム、グローバルCOEプログラム「In vivoヒト代謝システム生物学拠点」主催、2010年4月5日開催
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年3月8日(2012.3.8)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年8月30日(2010.8.30)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り G−COEシンポジウム、グローバルCOEプログラム「In vivoヒト代謝システム生物学拠点」主催、2010年4月5日開催
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【Fターム(参考)】
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