説明

GaN光触媒

GaN(●)の光触媒活性はTiOやSrTiO(O)に比べて大きく、また、GaNにInNを混合した混晶薄膜のバンドギャップエネルギーは可視光のフォトンエネルギーに対応し紫外光と可視光の両方を吸収して光触媒作用を生じるので、極めて効率の良い光触媒である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は光触媒に関し、とくに、紫外光照射により光触媒作用を発現するGaN(窒化ガリウム)光触媒と、可視光照射でも光触媒作用を発現するGaNにInN(窒化インジウム)を混合した光触媒に関する。
【背景技術】
光触媒は、紫外光照射下において環境汚染物質や悪臭成分・雑菌などの有機物質を分解する触媒作用を有するため、近年、光触媒物質を構造物の表面に塗布する応用が広がっている。構造物の表面に塗布された光触媒物質は、太陽光によって環境汚染物質や悪臭成分・雑菌などの有機物を分解するので構造物の汚れが自然に落ち、所謂セルフクリーニング効果を生ずる。構造物は屋外の建造物に限らず、病院施設、例えば、病院の手術室の床、壁、空気清浄機、或いはカテーテル等の手術用器具の被覆にも使用され、病院内感染の原因とされる耐性菌の殺菌のために利用され始めている。
光触媒作用は、半導体物質が光を吸収して生成する自由電子及びホールが、水や有機物質を酸化及び還元する作用として定義されている。光触媒作用を有する半導体物質の条件の一つは、バンドギャップエネルギーが、水からの酸素発生電位と水からの水素還元電位との差に対応するエネルギー(約1.3eV)以上であり、且つ、伝導帯の下端が水からの水素還元電位よりもマイナスであり、価電子帯の上端が水からの酸素発生電位よりプラス側にあることである。図19は、各種半導体の伝導帯の下端及び価電子帯の上端のポテンシャルを、水からの水素還元電位を0として示した図である。図から、光触媒作用を有する半導体物質の候補としては、金属酸化物半導体、硫化物半導体及び窒化物半導体があることがわかる。このため従来から金属酸化物半導体と硫化物半導体について光触媒作用が検討されてきたが、硫化物半導体は半導体自身が光触媒作用で溶解(光溶解)してしまうために使用不可能であり、また、金属酸化物半導体は光溶解しないが、そのほとんどは失活等の理由により実用可能な光触媒活性を有さず、現状で実用可能な金属酸化物半導体は、チタン酸ストロンチウム(SrTiO)と酸化チタン(TiO)光触媒のみであり、また、製造コストの点から、TiO光触媒が、現状では実用可能な唯一の光触媒である。
上記のように、TiO光触媒は実用性に優れた光触媒であるが、TiO光触媒よりも光触媒活性が大きな光触媒が好ましいことは言うまでもない。例えば北向き、日陰等の太陽光が届きにくい場所ではTiO光触媒は十分なセルフクリーニング効果が発揮できないが、より光触媒活性が大きな光触媒物質を実現できれば、十分なセルフクリーニング効果を得ることができる。また、光触媒物質を工業的に用いる場合には、光触媒活性が大きい程好ましく、例えば、水から酸素、或いは水素を工業的に製造する場合には、光触媒活性がより大きな光触媒を用いることによって、同一の光エネルギーからより多くの酸素、或いは水素を製造できる。
また、SrTiO光触媒やTiO光触媒は、そのバンドギャップエネルギーが紫外領域のフォトンエネルギー(3.2eV)に対応しており、従って、太陽光のうち、有効に利用できるのは紫外光のみであり、紫外光のエネルギー割合は全太陽光エネルギーの内の約3%にしかすぎず、太陽光の利用効率が極めて悪い。このため、可視光照射でも光触媒活性を有する光触媒が開発されている(特開2002−66333号公報参照)。この可視光でも光触媒活性を有する光触媒は、金属酸化物半導体の酸素(O)の一部を窒素(N)で置き換えて、価電子帯の上端の電位をマイナス側に上昇させることにより、バンドギャップエネルギーを小さくして可視光を吸収できるようにしたものである。しかしながら、上記に説明したように、今後、光触媒は極めて大量に、且つ、様々な用途に使用されることが予測されるため、資源枯渇の観点からも、上記引用文献の物質に限らず他の物質からなる、可視光でも光触媒効果を有する光触媒が必要であることは言うまでもない。
本発明は上記課題に鑑みなされたものであり、紫外光照射により光触媒作用を発現する従来の光触媒よりも光触媒活性が高い新規の光触媒を提供することを第1の目的とする。また、可視光でも光触媒効果を有する新規の光触媒を提供することを第2の目的とする。
【発明の開示】
本発明者らは、発光・受光材料として広く使用されているGaNが、紫外光照射下において、従来の光触媒であるSrTiO光触媒、又は、TiO光触媒よりも大きな光触媒活性を有することを見出して本発明に到った。また、GaNにInNを混合した混晶薄膜は、可視光でも光触媒活性を有することを見出して本発明に到ったものである。
本発明の光触媒はGaNからなることを特徴とする。GaNは閃亜鉛鉱型結晶構造を有し、バンドギャップエネルギー3.4eVを有する。GaNは紫外光照射によって還元作用を発現し、この還元作用は、SrTiO光触媒やTiO光触媒よりも大きい。例えば、硝酸銀水溶液中のGaNに紫外線を照射すれば銀(Ag)が析出し、このAgの析出速度は、SrTiO光触媒又はTiO光触媒よりも大きい。また、GaNは紫外線照射によって酸化作用を発現する、例えば、メチレンブルー溶液中のGaNに紫外線を照射すれば、メチレンブルーが酸化されて脱色する。また、上記水溶液中のGaNに紫外光を照射しても光溶解することがなく、また、失活することがない。GaNはSrTiO光触媒又はTiO光触媒よりも大きな光触媒活性を有する光触媒である。
従って、紫外光照射下で環境汚染物質や悪臭成分・雑菌などの有機物質を従来よりも早く分解することができる。
本発明のGaN光触媒は、薄膜形状であることを特徴とする。この構成によれば、抗菌タイル、医療機器あるいは自動車のボディといった様々な形状を有する物体の表面をGaN光触媒で被覆することができる。
本発明の薄膜形状を有するGaN光触媒は、極性面を制御したサファイヤ基板と、サファイヤ基板上に堆積したGaN薄膜とから成る。この構成によれば、サファイヤ基板の極性面を選択して、GaN薄膜の表面をGa極性面またはN極性面のいずれかに制御でき、光触媒作用の強さを用途に合わせて選択することができ、高度な応用が可能になる。
さらに、本発明のGaN光触媒は、GaNにInNを混合して混晶薄膜を形成し、バンドギャップエネルギーを小さくすることにより、可視光でも光触媒作用を有するようにしたことを特徴とする。この構成によれば、吸収できる光波長の範囲が可視光まで広がり、太陽光下で使用する場合に光利用効率が増加する。
また、GaNにInNを混合したGaN光触媒は、基板と、基板上に堆積したGaN薄膜と、GaN薄膜上に堆積したGaNとInNの混晶薄膜とから成ることを特徴とする。この構成によれば、GaN薄膜がバッファ層として働き、GaNとInNの混晶薄膜の結晶性が向上し、光触媒活性がさらに大きくなる。
本発明のGaN光触媒は、紫外光照射下での光触媒活性が従来の光触媒よりも大きいので、環境汚染物質や悪臭成分・雑菌などを分解する極めて高効率な光触媒として利用することができる。また、その形状を薄膜形状とすることができるので極めて広範な用途に使用することができる。サファイアを基板とする薄膜形状のGaN光触媒は、光触媒活性の強さを選択できるので、用途に合わせた最適な光触媒として利用することが可能である。また、GaNにInNを混合したGaN光触媒は可視光でも光触媒活性を有するので、太陽光利用効率が高く、また、GaN薄膜からなるバッファ層を有する構成にすれば、さらに光触媒活性が大きくなる。
【図面の簡単な説明】
図1は第1の実施の形態のGaN光触媒が紫外光照射下で還元作用を有することを示す写真である。
図2は第1の実施の形態のGaN光触媒がGaNが紫外光照射下で酸化作用を有することを示す写真である。
図3は光触媒の光触媒活性を比較するための方法を示す図である。
図4は光触媒活性の比較に用いたTiOとSrTiOの試料の表面を示す写真で、(a)は紫外光照射前の、(b)は紫外光照射後の試料表面を示す。
図5はTiOとSrTiOの紫外光照射によるAgの析出量をフォトンエネルギーをパラメーターとして比較した図であり、横軸はフォトンエネルギー、縦軸はEPMA(Electron Probe Micro Analyzer)によるAgの蛍光X線の検出強度(count per sec)であり、○はSrTiOに析出したAgの検出強度、●はTiOに析出したAgの検出強度である。
図6は光触媒活性の比較に用いたGaNとSrTiOの試料の表面を示す写真であり、(a)は紫外光照射前、(b)は紫外光照射後の試料表面を示す。
図7はGaNとSrTiOの紫外光照射によるAgの析出量をフォトンエネルギーをパラメーターとして比較した図であり、横軸はフォトンエネルギー、縦軸はEPMAによるAgの蛍光X線検出強度であり、●はGaNに析出したAgの検出強度、○はSrTiOに析出したAgの検出強度である。
図8は第2の実施の形態の薄膜形状のGaN光触媒の構成を示す図である。
図9は薄膜形状のGaN光触媒の作製に用いる装置の構成を示す図である。
図10は第3の実施の形態の、表面がGa極性を有するGaN薄膜と、表面がN極性を有するGaN薄膜の表面の走査型電子顕微鏡(SEM)像である。
図11は硝酸銀水溶液中に浸した、Ga極性を有するGaN薄膜とN極性を有するGaN薄膜の紫外光照射前後の表面状態を示す写真である。
図12は銀が析出した、Ga極性を有するGaN薄膜とN極性を有するGaN薄膜の表面の走査電子顕微鏡像、及びEPMAによる元素分析結果を示す図である。
図13は第4の実施の形態のInの組成比xの異なるInGa1−xN混晶薄膜の光透過特性を示す図であり、横軸はフォトンエネルギー、縦軸は吸収係数αの1/2乗を示している。
図14は組成比xの異なるInGa1−xN混晶薄膜の光触媒活性によるAgの析出状態を示すSEM像である。
図15はInの組成比xによる光触媒活性の違いを定量的に示す図であり、横軸はInのモル比を示し、縦軸はAgの蛍光X線強度の平均値(count per sec)を示している。
図16は第5の実施の形態のGaN光触媒の構成を示す図である。
図17はGaN薄膜上のInGa1−x混晶薄膜の組成比xによる光触媒活性の違いを示す図である。横軸はInの組成比xを示すと共に、結晶粒径を示している。縦軸はEPMAによるAgの検出強度を示している。
図18はInGa1−x混晶薄膜の厚みを変化させた場合のAgの蛍光X線検出強度を示す図である。
図19は各種半導体の伝導帯の下端及び価電子帯の上端のポテンシャルを、水からの水素還元電位を0として示した図である。
【発明を実施するための最良の形態】
本発明は以下の詳細な説明及び本発明の幾つかの実施の形態を示す添付図面によって、よりよく理解されるものとなろう。なお、添付図面に示す実施例は本発明を特定又は限定するものではなく、本発明の趣旨の説明及び理解を容易とするためだけのものである。
第1の実施の形態
初めに本発明の第1の実施の形態のGaN光触媒について説明する。本発明の第1の実施の形態のGaN光触媒はGaN粉末から成る。以下、実施例に基づいて説明する。
市販(フルウチ化学製;純度3N)のGaN粉末を使用した。
還元作用の確認は、GaN粉末を、0.01mol/リットル濃度の硝酸銀水溶液中に分散し、この水溶液に500W高圧Hgランプ(紫外光強度:26mW/cm)による紫外光照射を60分行った後、Agの析出を肉眼で確認することによって行った。
また、酸化作用の確認は、GaN粉末をメチレンブルー色素水溶液中に分散し、この水溶液に500W高圧Hgランプ(紫外光強度:26mW/cm)による紫外光照射を60分行った後、メチレンブルー色素の脱色を肉眼で確認することによって行った。
図1は、GaNが紫外光照射下で還元作用を有することを示す写真である。図1において、(a)は、GaNの粉末を分散させた硝酸銀水溶液を示しており、この水溶液は黄色を呈している。この黄色はGaNの粉末の色に基づくものである。(b)は(a)の水溶液に紫外光照射した後の水溶液を示している。水溶液は黒色の粒子が浮遊している無色透明の液体になった。黒色の粒子はGaNの粉末上に銀が析出したものであることがわかった。(c)はGaNの粉末を入れない、すなわち硝酸銀のみの水溶液を示している。この水溶液にも同様に紫外光を照射したが変化は見られなかった。この結果から、GaNは紫外光照射下で還元作用を有することが分かる。
図2は、GaNが紫外光照射下で酸化作用を有することを示す写真である。図2において、(a)はメチレンブルー水溶液を示し、(b)はメチレンブルー水溶液にGaNの粉末を分散させた水溶液を示している。メチレンブルーの青とGaNの黄色が混合し、黄緑色に見える。(c)及び(d)は、(a)及び(b)の水溶液に紫外光を照射した後の水溶液を示している。(a)と(c)との色の比較から、メチレンブルー水溶液は、紫外光照射によって全く変化しない。一方、(b)と(d)との色を比較すると、紫外光照射によって、黄緑色の水溶液から黄色の水溶液に変わった。これはメチレンブルー色素が酸化されて脱色したことを示している。この結果から、GaNは紫外光照射下で酸化作用を有することが分かる。
次に、GaNの光触媒活性が、従来の光触媒、すなわちSrTiO及びTiOの光触媒活性よりも大きいことを説明する。
図3は光触媒活性の比較に用いた方法を説明する図である。図3(a)に示すように、透明石英製の容器1に硝酸銀水溶液2を入れ、硝酸銀水溶液2中に比較する2つの光触媒試料3,4を硝酸銀水溶液2の深さ方向に並べて配置し、光束5を照射する。光束5の進行方向をx、水平方向をy、垂直方向をzとすると、光束5はz方向に同一の波長を有し、y方向に連続して波長が分散した光束であり、z方向の長さは、光触媒試料3,4を完全に覆う長さである。光束5は、Xeランプ光源からの光を、グレーティング、凹面鏡、ミラー、レンズ及びスリット等から成るプリズムボックスに通して形成した。y方向の波長分散は2.8eVの可視光から3.5eVの紫外光領域に亘っている。
光束5を所定の時間照射し、光触媒試料3,4の表面にAgを析出させる。
次に、図3(b)に示すように、光触媒試料3,4を透明石英製の容器1から取り出し、光触媒試料3,4の表面に析出したAg粒子の濃度分布を、EPMA(Electron Probe Micro Analyzer)により蛍光X線強度として、光束5のy方向の長さKに沿って測定する。y方向の長さKのそれぞれの位置は照射した光のそれぞれの波長に対応し、それぞれの位置のEPMAのAgの検出強度(蛍光X線強度)は、照射した光のそれぞれの波長における光触媒活性の大きさに比例する。この方法によれば、全く同一の条件で、且つ、連続した光のそれぞれの波長において、光触媒の光触媒活性を比較しているので、正確な光触媒活性の比較ができる。
次に、図3で説明した方法により比較した、従来の光触媒、すなわちSrTiOとTiOの光触媒活性を説明する。
SrTiO光触媒としてSrTiO(001)面単結晶基板を用い、TiO光触媒としてルチル構造のTiO(111)面単結晶基板を用いた。硝酸銀水溶液は0.01mol/リットル濃度であり、Xeランプ光源から形成した光束を24時間照射した。
図4は比較に用いたSrTiO(001)面とTiO(111)面の光照射前後の状態を示す写真であり、図4(a)は光照射前、図4(b)は光照射後である。図から、光照射後においてはy方向に沿って、すなわち光波長分散方向に沿ってAgが濃度分布を有して析出していることがわかる。なお、図4(b)において、試料の左端に見られる汚れ様のものは硝酸イオンを含んだ水酸化物であり、析出したAgではない。
図5は、SrTiOとTiOの光触媒活性の測定結果を示す図である。横軸は照射した光のフォトンエネルギー(Photon energy)を示し、縦軸はXe光単位強度あたりのEPMAのAg検出強度((Ag intensity /Xe intensity)0.5)を示す。○はSrTiOに析出したAgの検出強度(count per sec)、●はTiOに析出したAgの検出強度である。なお、EPMAのAg検出強度は単位面積あたりに析出したAgの量に比例する。
図から、SrTiO、TiOとも可視光領域では還元作用がなく、紫外光領域ではSrTiOの方がTiOよりも光触媒活性(還元活性)が大きいことがわかる。また、ピーク値(3.4eV)で比較すると、SrTiOの方がTiOよりも約2.9倍、光触媒活性が大きいことがわかる。
次に、図3で説明した方法により比較した、SrTiOとGaNの光触媒活性を説明する。
SrTiO光触媒としてSrTiO(001)面単結晶基板を用い、GaN光触媒としてサファイヤ(Al)(0001)面基板上に150nm厚のGaN薄膜を堆積したものを用い、他の実験条件は図4の場合と同一である。なお、GaN薄膜の堆積は第2の実施の形態で説明する堆積方法で堆積した。
図6は比較に用いたSrTiO(001)面とGaN面の光照射前後の状態を示す写真であり、図6(a)は光照射前、(b)は光照射後である。図から、光照射後においてはy方向に沿って、すなわち光波長分散方向に沿ってAgが濃度分布を有して析出していることがわかる。なお、GaNの光溶解は全く生じなかった。
図7はGaNとSrTiOの光触媒活性の測定結果を示す図である。横軸は照射した光のフォトンエネルギーを示し、縦軸はXe光単位強度あたりのEPMAのAg検出強度であり、●はGaNに析出したAgの検出強度、○はSrTiOに析出したAgの検出強度である。図から、GaN、SrTiOとも可視光領域では還元作用がなく、紫外光領域ではGaNの方がSrTiOよりも光触媒活性(還元活性)が大きいことがわかる。ピーク値(3.4eV)で比較すると、GaNの方がSrTiOよりも光触媒活性が約6.2倍大きいことがわかる。
図5及び図7の結果から、GaNは、TiOよりも光触媒活性が約18倍大きいことがわかる。
第2の実施の形態
本発明の第2の実施の形態は、GaN光触媒が薄膜形状である。図8は本発明の第2の実施の形態の薄膜形状のGaN光触媒の構成を示す図である。第2の実施の形態の薄膜形状のGaN光触媒10は、基板11と基板11上に堆積したGaN薄膜12とから成る。
以下に実施例に基づいて説明する。
初めに、薄膜形状のGaN光触媒の作製方法について説明する。図9は、薄膜形状のGaN光触媒の作製に用いた装置の構成を示す模式図である。図の装置は、MOCVD(Metal Organic Chemical Vapor Deposition)装置である。図において、MOCVD装置21は、排気ガス22を排気口23を介して排気する図示しない排気装置によって圧力制御可能なチャンバー24を備えており、チャンバー24は、基板25を保持するサセプター26と、ガス導入口27及び28から導入する原料ガス29及び30を混合ガス31として収束し、基板25の表面に供給するインナー管32とを備えている。また、チャンバー24の外壁は、冷却水33の導入口34及び冷却水33の排出口35を有する冷却装置36を有し、さらにその外側に高周波加熱コイル37を有している。また、チャンバー24は、試料導入口38を介して接続される試料準備室を備えている。
上記に示した図9の装置を用いて、薄膜形状のGaN光触媒を以下のようにして作製した。原料ガスとして、HガスとNガスで希釈したトリメチルガリウム(TMG)をガス導入口28より導入し、HガスとNガスで希釈したアンモニアガスをガス導入口29より導入し、基板温度1080℃で、サファイア基板25上に約1μmの厚さのGaN薄膜を堆積した。この薄膜形状のGaN光触媒は上記図5,7から明らかなようにTiOの約18倍の光触媒活性を示す。
第3の実施の形態
本発明の第3の実施の形態のGaN光触媒は、薄膜形状であり、且つ、GaN薄膜の表面極性がGa極性であるか、またはN極性であるか、何れか一つを選択できる。
以下、実施例に基づいて説明する。
表面がGa極性を有するGaN薄膜は、サファイア(0001)基板表面を、一気圧のHガス中で1000℃で10分間加熱することから成るHクリーニング処理を施して、サファイア(0001)+c面を露出させ、GaNを堆積することで作製した。また、表面がN極性を有するGaN薄膜は、サファイア(0001)基板表面をHクリーニング処理し、さらに硝酸水溶液で表面を窒化してサファイア(0001)−c面を露出させ、GaNを堆積することで作製した(特開2005−026407参照)。
図10は、上記の方法で作製した、表面がGa極性を有するGaN薄膜と、表面がN極性を有するGaN薄膜の表面の走査型電子顕微鏡(SEM)像である。図10(a)はGa極性を有するGaN薄膜の表面を示し、同図(b)はN極性を有するGaN薄膜の表面を示す。図10(a)及び(b)から、共に平坦な表面を有する薄膜が得られていることがわかる。なお、図10(b)において、像がリング状に見えるのは、SEMのアーチファクト(artifact)によるもので、また六角形の像はGaNのウルツ鉱型結晶構造によるものである。
次に、上記のようにして作製した極性面を制御したGaN薄膜を、0.01mol/リットル濃度の硝酸銀水溶液中に浸積し、強度10mW/cmの紫外光を2〜3分照射して、銀の析出により、還元作用を評価した。
図11は、硝酸銀水溶液中に浸した、Ga極性を有するGaN薄膜とN極性を有するGaN薄膜の紫外光照射前後の表面状態を示す写真である。図11(a)は紫外光照射前のGa極性を有するGaN薄膜とN極性を有するGaN薄膜の表面状態を示す図であり、図11(b)は紫外光照射後の、Ga極性を有するGaN薄膜とN極性を有するGaN薄膜の表面状態を示す図である。なお、図11(a)及び(b)において、左側がGa極性を有するGaN薄膜であり右側がN極性を有するGaN薄膜である。図11(b)は、同図(a)に比べて表面が変色しており、紫外光照射によって銀が薄膜表面に析出したことがわかる。
図12は、銀が析出した、Ga極性を有するGaN薄膜とN極性を有するGaN薄膜の表面の走査電子顕微鏡(SEM)像及びEPMAによる元素分析結果を示す図である。図12(a)はGa極性を有するGaN薄膜のSEM像及びEPMAによるAgの検出強度(蛍光x線強度)を示し、図12(b)はN極性を有するGaN薄膜のSEM像及びEPMAによるAgの検出強度を示す。なお、図12(a)及び(b)の白い析出物をEPMAにより元素分析した。
SEM像に見られる白い析出物はEPMAによる元素分析の結果、銀の析出物であることがわかった。また、銀の析出量は、図12のAgのピーク高さに見られるように、Ga極性を有するGaN薄膜の方がN極性を有するGaN薄膜よりも多いことがわる。この結果から、薄膜形状のGaN光触媒は、その表面の極性によって、光触媒作用の大きさが異なることがわかる。
Ga極性を有するGaN薄膜及びN極性を有するGaN薄膜の表面にそれぞれ1分子層のペンタセン薄膜を蒸着し、空気中で10mW/cmの紫外光を30分照射したところ、ペンタセン薄膜が消失した。また、有機物の分解反応の強さは、Ga極性を有するGaN薄膜の方がN極性を有するGaN薄膜よりも強いことを確認した。
第4の実施の形態
本発明の第4の実施の形態のGaN触媒は、GaNにInNを混合してバンドギャップエネルギーを小さくしたた混晶薄膜を有し、可視光でも光触媒作用を有する。
以下、実施例に基づいて説明する。
図9に示したMOCVD装置を使用し、原料ガスとして、TMGとTMIn(トリメチルインジウム)を所定の比で混合し、HガスとNガスで希釈して用いた。TMInのTMGに対するモル比は0.1から0.5の範囲である。チャンバー内圧力は大気圧であり、基板温度が650℃から780℃の範囲でサファイヤ基板上に約0.85μmから1.0μmの範囲で堆積し、組成式InGa1−xNで表されるInの組成比xの異なる試料を複数作製した。
図13はInの組成比xの異なるInGa1−xN混晶薄膜の光透過特性を示す図であり、横軸は光フォトンエネルギー、縦軸は吸収係数αの1/2乗を示している。この光透過特性曲線の勾配から混晶薄膜の吸収端波長がわかり、吸収端波長からバンドギャップエネルギーがわかる。図中に矢印と共に示した数値は、このようにして求めたバンドギャップエネルギーとInの組成比xを示している。なお、Inの組成比は、X線回折装置を用いて求めた。
図13からわかるように、Inの組成比xを増加するに従って、バンドギャップエネルギーが減少し、x=0.18の場合には2.8eVまで小さくなることがわかる。すなわち、GaNのバンドギャップエネルギーは約3.2eVであり、このエネルギーは紫外線領域のフォトンエネルギーに対応し可視光を吸収しないが、x=0.18、すなわち、In0.18Ga0.82Nのバンドギャップエネルギーは約2.8eVであり、このエネルギーは440nmの可視光(紫)のフォトンエネルギーに対応するので可視光を吸収できることがわかる。
次に、Inの組成比xの異なるInGa1−xN混晶薄膜の光触媒活性の違いを示す。xの異なるInGa1−xN混晶薄膜を0.01mol/リットル濃度のAgNO溶液中に浸漬し、Hgランプの光を、420nm以下の光をカットするフィルターを通すことにより、420nm以上の可視光とし、この可視光を10分間照射した。照射後、これらの混晶薄膜のAgの析出状態をSEM(走査電子顕微鏡)で測定した。
図14は、組成比xの異なるInGa1−xN混晶薄膜の光触媒活性によるAgの析出状態を示すSEM像である。図14の(a),(b),(c)及び(d)はそれぞれ、Inの組成比が0.047、0.078、0.14及び0.18である。各図に見られる白い析出物は析出したAg粒子である。図14(e)は、図14(d)に示したInの組成比が0.18の試料表面を直線Lに沿ってEPMAにより元素分析を行った結果を示しており、図のジグザグの線は、Agの蛍光X線強度を示している。図14(d)の大きな白い析出物の位置と図14(e)のAgの蛍光X線強度がピークとなる位置が一致することから白い析出物は析出したAg粒子であることがわかる。図14(a)から、Inの組成比が小さい場合にはAgの析出がほとんど生じず、図14の(b),(c)及び(d)からInの組成比が大きくなるに従ってAg粒子の析出が増加していることがわかる。すなわち、照射した光は420nm以上の可視光であるので、Inの組成比が小さい試料では可視光を吸収できないので光触媒作用が生じず、Inの組成比が大きい試料では可視光を吸収できるので光触媒作用が生じ、AgNOが還元されてAg粒子が析出することがわかる。
次に、Inの組成比x(モル比)による光触媒活性の違いを定量的に示す。EPMAを用いて図14の各(a),(b),(c),(d)の試料の一定面積(100μm×100μm)についてAgの蛍光X線強度の平均値を測定した。図15はInの組成比xによる光触媒活性の違いを定量的に示す図であり、横軸はInのモル比を示し、縦軸は上記蛍光X線強度の平均値を示している。図15において、Inの組成比0.15の試料のバンドギャップエネルギーEgは約420nmの光波長のフォトンエネルギーに対応している。図15から、Inの組成比0.15以上のGaNとInNの混晶薄膜は、可視光においても光触媒活性を有することがわかる。すなわち、GaNにInNを混合して混晶薄膜を形成し、バンドギャップエネルギーを小さくしても、光触媒活性は失われることがなく、可視光に対しても光触媒活性を有することがわかる。この結果から、太陽光を光源とした場合には、太陽光の内の紫外光成分と可視光成分の両方によって光触媒活性が生じるので、極めて太陽光の利用効率が高い光触媒であることがわかる。
第5の実施の形態
本発明の第5の実施の形態のGaN光触媒は、上記第4の実施の形態のGaN光触媒に比べて、約3倍の光触媒活性が得られるものである。
図16は本発明の第5の実施の形態のGaN光触媒の構成を示す図である。この実施の形態のGaN光触媒40は、基板41と、基板41上に堆積したGaN薄膜42と、GaN薄膜42上に堆積したInGa1−x混晶薄膜43とからなる。基板41はGaNとの格子不整合が小さい単結晶基板が好ましく、例えば、サファイヤ(0001)基板が好ましい。また、上記の各薄膜は図9に説明した装置を用いて、第2,第3の実施の形態で説明した方法で製造できる。
以下、実施例に基づいて説明する。
サファイヤ(0001)基板上にGaN薄膜を約600nm堆積し、GaN薄膜上に約800nm厚さのInGa1−x混晶薄膜をInの組成比xを種々変えた試料を作製した。これらの試料を上記第4の実施の形態と同一の測定条件、すなわち、これらの混晶薄膜を0.01mol/リットル濃度のAgNO溶液中に浸漬し、Hgランプの光を420nm以下の光をカットするフィルターを通して420nm以上の可視光とし、この可視光を10分間照射し、照射後、EPMAを用いて、これらの試料の一定面積(100μm×100μm)についてのAgの蛍光X線強度の平均値を測定した。
図17はGaN薄膜上のInGa1−x混晶薄膜の組成比xによる光触媒活性の違いを示す図である。横軸はInの組成比xを示すと共に、結晶粒径を示している。縦軸はEPMAによるAgの検出強度を示している。結晶粒径はX線回折装置で測定した。
図から、Inの組成比xを減らすと結晶粒径が増大すると共に、Agの検出強度が増大することがわかる。Inの組成比xが0.1の場合に約80cpsの最大のAgの検出強度が得られることがわかり、また、図15のサファイヤ(0001)基板上に直接GaN薄膜を堆積した場合の最大のAgの検出強度は約25cpsであるので、GaN薄膜をバッファ層とすることによって光触媒活性が約3.2倍向上することがわかる。この効果は、GaN薄膜をバッファ層とすることによってInGa1−x混晶薄膜の結晶性が向上したためと推定される。
図18は組成比xを固定し、InGa1−x混晶薄膜の厚みを変化させた場合のAgの検出強度を示す図である。この図から、InGa1−x混晶薄膜の厚さは少なくとも800nm以上が好ましいことがわかる。
【産業上の利用可能性】
以上の説明から理解されるように、本発明のGaN光触媒は、紫外光照射下において環境汚染物質や悪臭成分・雑菌などの有機物を分解する光触媒活性が従来の光触媒に比べて大きいので、構造物表面のセルフクリーニング、病院施設、医療器具等の殺菌に使用すれば極めて有効である。また、InNを混合した本発明のGaN光触媒は、紫外光から可視光の広い光波長領域で光触媒活性を有するので、屋外で使用した場合に、極めて高効率の光触媒として有用である。
【図1】

【図2】

【図3】

【図4】

【図5】

【図6】

【図7】

【図8】

【図9】

【図10】

【図11】

【図12】

【図13】

【図14】

【図15】

【図16】

【図17】

【図18】

【図19】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
GaNの粉体から成ることを特徴とする、GaN光触媒。
【請求項2】
GaNの薄膜から成ることを特徴とする、GaN光触媒。
【請求項3】
+c面を有するサファイア(0001)基板と、この基板上に積層したGaNの薄膜とからなり、この薄膜の表面がGa極性面であることを特徴とする、GaN光触媒。
【請求項4】
−c面を有するサファイア(0001)基板と、このサファイア基板上に積層したGaNの薄膜とからなり、この薄膜の表面がN極性面であることを特徴とする、GaN光触媒。
【請求項5】
GaNにInNを混合した混晶薄膜から成ることを特徴とする、GaN光触媒。
【請求項6】
基板とこの基板上に積層したGaNの薄膜とこの薄膜上に積層したGaNにInNを混合した混晶薄膜とからなることを特徴とする、GaN光触媒。
【請求項7】
GaNの粉体を光触媒として用いることを特徴とする、GaN光触媒の使用方法。
【請求項8】
GaNの薄膜を光触媒として用いることを特徴とする、GaN光触媒の使用方法。
【請求項9】
+c面を有するサファイア(0001)基板と、この基板上に積層したGaNの薄膜とからなり、この薄膜の表面がGa極性面である上記薄膜を光触媒として用いることを特徴とする、GaN光触媒の使用方法。
【請求項10】
−c面を有するサファイア(0001)基板と、このサファイア基板上に積層したGaNの薄膜とからなり、この薄膜の表面がN極性面である上記薄膜を光触媒として用いることを特徴とする、GaN光触媒の使用方法。
【請求項11】
GaNにInNを混合して成る混晶薄膜を光触媒として用いることを特徴とする、GaN光触媒の使用方法。
【請求項12】
基板とこの基板上に積層したGaNの薄膜とこの薄膜上に積層したGaNにInNを混合して成る混晶薄膜を光触媒として用いることを特徴とする、GaN光触媒の使用方法。

【国際公開番号】WO2005/089942
【国際公開日】平成17年9月29日(2005.9.29)
【発行日】平成19年8月9日(2007.8.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−511327(P2006−511327)
【国際出願番号】PCT/JP2005/005457
【国際出願日】平成17年3月17日(2005.3.17)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【Fターム(参考)】