説明

ICP発光分光分析装置

【課題】高精度な定量分析を容易且つ短時間で行うことができるICP発光分光分析装置を提供する。
【解決手段】所定の分析シーケンスに従って測定及びデータ処理を行うICP発光分光分析装置において、前記分析シーケンスを、未知試料について予め複数の元素の各々に対応した波長位置におけるスペクトル線を測定する定性ステップ(S100)と、その測定結果に基づいて未知試料中の主成分元素を特定すると共に、データベースを参照して目的元素のスペクトル線に対する主成分元素の干渉量を算出し、該干渉量に基づいて目的元素の測定波長位置で所定の定量精度が得られるか否かを判定する判定ステップ(S200)を順次実行させ、所定の定量精度が得られると判定された場合に、未知試料及び標準試料について、前記波長位置におけるスペクトル線を測定して目的元素の定量値を算出する定量ステップ(S300)を実行させるものとする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、誘導結合プラズマ(Inductively Coupled Plasma:ICP)発光分光分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
ICP発光分光分析装置は、試料を高温のプラズマで励起発光させ、得られたスペクトル線から試料に含まれる成分の分析を行う装置である。このようなICP発光分光分析装置は、発光部、分光部、検出部、データ処理部等を備えており、発光部において高周波誘導によってプラズマ炎が生成され、該プラズマ炎中に霧化された試料が導入される。該試料に含まれる原子はプラズマの熱エネルギーによって励起されて発光し、その光が分光部に導入されて分光される。分光された光は検出部で検出され、その検出信号がデータ処理部に送られる。データ処理部では該検出信号を基に所定の演算が行われ、得られた原子スペクトルの波長及び強度から試料に含まれる元素の定量・定性分析が行われる。
【0003】
ICP発光分光分析装置では、上記分光部としてツェルニ・ターナ型と呼ばれる光路構成を持つシーケンシャル型分光器が利用されることがある。図7は、従来のツェルニ・ターナ型分光器を用いた光学系の構成の一例である。発光部10に設けられた光源(つまりICPトーチ)から発した光はレンズ31で集光されて入口スリット32に照射される。入口スリット32を通過して分光部30の内部に導入された光は、第1凹面鏡33で反射されて平面回折格子34に送られる。平面回折格子34で波長分散された光は、第2凹面鏡35で反射されて出口スリット36上に投影される。この分散光のうち、出口スリット36のスリット開口を通過した特定波長の光のみが分光部30の外部へと取り出される。平面回折格子34の表面中心を通る軸を中心として回折格子34を回転させると(図7中の矢印M)、出口スリット36を通過して検出器41に到達する光の波長が変化するから、これにより波長走査を行って、発光部で生成される光の波長強度分布を測定することができる。
【0004】
なお、出口スリット36を波長分散方向に往復動(図7中の矢印S)させると、平面回折格子34を回転させたときと同様に、出口スリット36のスリット開口を通過する波長が変化するから、これにより波長走査を行うこともできる。一般に、波長走査のために両者を併用する場合、平面回折格子34の回転によって広い波長範囲の走査を比較的ラフに行い、出口スリット36の往復動によって特定の波長近傍の走査を細密に行うようにしている。
【0005】
ところで、ICP発光分光分析装置においては、元素の発光スペクトル線の数が非常に多いため、目的元素のスペクトル線にそれに近い波長を有する共存元素(即ち、試料中に含まれる目的元素以外の元素)のスペクトル線が重なってしまい(つまり分光干渉の影響を受け)、目的元素のスペクトル強度が実際よりも見かけ上大きくなってしまうような場合がある。しかし、通常、一種類の元素のスペクトル線は一本だけでなく多数存在するため、或るスペクトル線において共存元素のスペクトル線の重なりが問題になるような場合でも、共存元素のスペクトル線の重なりの影響がない別の波長のスペクトル線を選択することで上記問題を回避できる場合もある。
【0006】
そこで、シーケンシャル型のICP発光分光分析装置によって試料中の目的元素を定量しようとする場合には、定量分析に先立って条件検討のための定性分析を行い、分光干渉の影響が少なく定量分析に適した波長を決定することが行われる。
【0007】
このような条件検討用の定性分析及び定量分析の手順を図8に示す。同図において、点線で囲った部分(即ちステップS801、S803、及びS805)は装置側で実行されるステップを、それ以外の部分(即ちステップS802及びS804)は分析者によって実行されるステップを示している(以下同じ)。
【0008】
具体的には、まず測定可能な全元素を対象にスペクトル線の測定を行い、分析対象試料における各元素のおおよその濃度(これを半定量値と呼ぶ)を算出する(ステップS801。以下、これを全元素定性分析と呼ぶ)。なお、前記スペクトル線の測定は、元素毎に予め指定された1つの波長位置について行われ、その高さ(即ち発光強度)から各元素の半定量値が求められる。続いて、分析担当者が前記半定量値を参照して分析対象試料中の主成分元素を特定する(ステップS802)。その後、前記目的元素について複数の波長位置における測定を行う(ステップS803。以下、これを複数波長定性分析と呼ぶ)。この複数波長定性分析の結果を分析者が参照して前記主成分元素による分光干渉の影響が少なかったスペクトル線の波長位置を目的元素の定量用波長として選択する(ステップS804)。そして、選択された波長位置における定量分析が実行され、分析対象試料における目的元素の濃度(即ち定量値)が算出される(ステップS805)。
【0009】
なお、信号強度の低いスペクトル線ではバックグラウンドノイズに対するS/N比が悪く、定量精度が低下するという問題がある。また、適切なスペクトル線が他に存在しないような場合もある。そのような場合には、共存元素のスペクトル線の重なりがある場合でもその影響を軽減して目的元素の定量精度や定量感度(検出下限)を高めるために、従来、元素間補正処理(共存元素補正処理とも呼ばれる)が行われている(例えば、特許文献1、2を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開平5-45287号公報
【特許文献2】特開2006-275892号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
上記のように定量分析に先立って条件検討のための定性分析を行う場合、同一試料についてそれぞれ分析条件の異なる3回の測定、即ち、全元素定性分析用の測定、複数波長定性分析用の測定、及び定量分析用の測定を行う必要があり、手間と時間が掛かるという問題がある。
【0012】
また、上記のような条件検討のための定性分析を省略して定量分析を行う場合もある。この場合、図9に示すように、目的元素の発光スペクトルが得られる複数の波長位置で定量分析用の測定を行い(ステップS901)、その後、分析担当者が測定結果を参照して前記複数の波長位置の中から定量に最適と思われるものを分析担当者が選択する(ステップS902)。そして、選択された波長位置におけるスペクトル線の高さから分析試料中の目的元素の濃度が算出される(ステップS903)。
【0013】
しかしながら定量分析では、十分な分析精度を確保するために1つの波長位置における測定時間を長くする(定性分析の場合の10−100倍程度)必要があるため、目的元素についてのみ測定が行われる。従って、前記の方法では、分析対象試料に含まれる各種元素のうち目的元素以外のものについては情報が得られない。そのため、前記定量分析用の測定を行った複数の波長位置の中から最適な波長を選択するにはかなりの知識や経験が必要となり、熟練した分析担当者でなければこれを行うことは困難であった。また、このように複数の波長位置で定量用の測定を行う場合、測定に掛かる時間が増大するという問題もある。
【0014】
本発明は上記の課題に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、高精度な定量分析を短時間で行うことができ、熟練した分析担当者でなくても容易に正確な定量結果を得ることのできるICP発光分光分析装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記課題を解決するためになされた本発明の第1の態様に係るICP発光分光分析装置は、
試料を励起して該試料に含まれる元素に固有の波長を有する光を放出させる励起手段と、その光を波長分散させる分光手段と、該分光手段を経た波長分散光を検出する光検出器と、を備えたICP発光分光分析装置において、
a)前記光検出器の受光面に到達する前記波長分散光の波長を変化させる波長走査手段と、
b)前記光検出器によって取得された検出信号から発光スペクトルデータを生成し、該発光スペクトルデータに基づいて所定のデータ処理を行うデータ処理手段と、
c)種々の元素毎に該元素が他の元素に及ぼす分光干渉の情報を収録したデータベースと、
d)分析シーケンスに基づき前記波長走査手段、及びデータ処理手段を制御する制御手段と、
を有し、前記分析シーケンスが、
分析対象試料について予め複数の元素のそれぞれに対応した各波長位置におけるスペクトル線を測定する定性ステップと、
前記定性ステップにおける測定結果に基づいて前記分析対象試料中の主成分元素を特定すると共に、前記データベースを参照して前記定性ステップでの測定結果より目的元素のスペクトル線に対する前記主成分元素の干渉量を算出し、該干渉量に基づいて前記定性ステップにおける目的元素の測定波長位置にて所定の定量精度が得られるか否かを判定する判定ステップと、
を順次実行させ、前記判定ステップにおいて所定の定量精度が得られると判定された場合に、
前記分析対象試料及び前記目的元素を既知濃度で含む標準試料について、前記判定ステップで所定の定量精度が得られると判定された波長位置におけるスペクトル線を測定し、前記標準試料の測定結果から検量線を作成すると共に該検量線を参照して分析対象試料の測定結果より目的元素の定量値を算出する定量ステップ、
を実行させるものであることを特徴としている。
【0016】
上記構成から成る本発明の第1の態様に係るICP発光分光分析装置によれば、定性ステップにより上述の全元素定性分析が実行されて、その結果から分析対象試料中の主成分元素が特定される。そして、判定ステップにより前記全元素定性における目的元素の測定波長が定量分析に適したものであるか否か、即ち該測定波長で定量分析を行った場合に所定の定量精度が達成できるか否かが自動的に判定される。そして、適していると判定された場合には、定量ステップにより該測定波長における定量分析が実行される。このため、分析対象試料及び標準試料を装置にセットして分析条件を設定した後は、分析者による検討や操作を介することなく目的元素の定量値を得ることができる。また、従来のような複数波長定性分析を行わず、全元素定性分析の結果に基づいて定量波長の決定を行うため、高精度な定量分析を短時間で行うことができる。
【0017】
上記課題を解決するためになされた本発明の第2の態様に係るICP発光分光分析装置は、
試料を励起して該試料に含まれる元素に固有の波長を有する光を放出させる励起手段と、その光を波長分散させる分光手段と、該分光手段を経た波長分散光を検出する光検出器と、を備えたICP発光分光分析装置において、
a)前記光検出器の受光面に到達する前記波長分散光の波長を変化させる波長走査手段と、
b)分析シーケンスに基づき前記波長走査手段を制御する制御手段と、
を有し、前記分析シーケンスが、
分析対象試料について予め複数の元素のそれぞれに対応した各波長位置におけるスペクトル線を測定する定性ステップと、
前記分析対象試料及び目的元素を既知濃度で含む標準試料について、前記目的元素に対応した複数の測定波長位置におけるスペクトル線を測定する定量ステップと、
を実行させるものであることを特徴としている。
【0018】
ここで、前記定量ステップは定性ステップの後に行っても前に行ってもよい。上記構成から成る本発明の第2の態様に係るICP発光分光分析装置によれば、定性ステップにより全元素定性分析用の測定が、定量ステップにより複数波長における定量分析用測定が行われるため、試料をセットして分析条件を設定した後は、分析者の手を煩わせることなく検討用の定性分析と複数波長における定量分析の両方の測定データを取得することができる。従って、図8に示した従来の分析手順のように、3回の測定操作を行う場合に比べて、大幅な省力化が可能である。また、図9に示した従来の分析手順と異なり、最適波長の選択に必要な情報が得られるため、熟練した分析者でなくても容易に最適な定量分析用波長を決定することができる。
【0019】
なお、一般にICP発光分光分析装置では測定対象とする元素の種類が多く波長範囲がきわめて広い(例えば160nm〜850nm)。全波長定性分析では、この広い波長範囲の全域を走査するように回折格子を回動させる必要があるため、例えば定量分析と同等のS/N比を達成しようとすると膨大な測定時間が必要となる。一方、回折格子を高速で駆動して各波長位置におけるサンプリング時間を短くすれば測定時間を短縮することができるが、S/N比や分析精度が極端に低下するため有効な手段とはいえない。
【0020】
そこで、上記本発明の第1の態様又は第2の態様に係るICP発光分光分析装置は、
前記分光手段が、入口スリットと、該入口スリットを通して入射した光を波長分散させる波長分散素子と、分散光のうちの特定波長の光を外部へ取り出す出口スリットとを含むシーケンシャル型の分光器であって、
a)波長分解能が0.1nm〜1.0nmとなる開口幅を有する第1スリット開口と、該第1スリット開口よりも小さな開口幅を有する第2スリット開口とが波長分散方向に離間して設けられた出口スリットと、
b)前記出口スリットを波長分散方向に移動させるスリット駆動手段と、
を有し、
前記定性ステップでは、前記波長分散素子から光検出器に至る光の光軸上に前記第1スリット開口を配置した状態で測定を行い、前記定量ステップでは、前記光軸上に前記第2スリット開口を配置させた状態で測定を行うものとすることが望ましい。
【0021】
ICP発光分光分析装置の分光部における波長分解能Δλは、以下の式(1)で求められる。
Δλ=D×w …(1)
但し、Dは逆線分散、wは出口スリットの開口幅である。なお、逆線分散Dは、出口スリット面上での単位長さ当たりの波長差であり、以下の式(2)で求められる。
D=cosβ/(N×m×f) …(2)
但し、βは回折角度、Nは回折格子の刻線数、mは回折次数、fは分光器の焦点距離である。
【0022】
従来、一般的に出口スリットの開口幅は、上記の式(1)で表される波長分解能Δλが0.01nm程度になるよう設定されており、開口幅が大きいものでも、波長分解能がせいぜい0.05nm程度以下になるよう設定されていた。上記構成から成る本発明のICP発光分光分析装置では、こうした従来の一般的なスリット開口の10倍以上の幅を有する第1スリット開口と、これよりも開口幅の小さい第2スリット開口を備え、両者を切り替えて使用できるものとなっている。なお、前記第2スリット開口は従来の一般的な開口幅を有するものであり、例えば、波長分解能が0.05nm以下となる開口幅とすることが望ましい。上記の第1スリット開口によれば、従来のスリット開口に比べて一度に取り込むことのできる光量及び波長範囲が大幅に拡大されるため、定性ステップにおける波長走査に要する時間を短縮し、条件検討のための定性分析を迅速に行うことが可能となる。なお、上記の第1スリット開口を用いた分析では、従来よりもスリット幅を広げたことにより波長分解能が低下するが、上記の定性ステップにおける測定は、定量分析の条件を検討するために行われるものであり、必要とされる波長分解能が定量ステップにおける測定(定量分析用測定)に比べて低いため特に支障はない。
【発明の効果】
【0023】
上記の通り、本発明に係るICP発光分光分析装置によれば、高精度な定量分析を短時間で行うことができ、熟練した分析担当者でなくても正確な定量結果を容易に得ることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明の一実施形態に係るICP発光分光分析装置の概略構成図。
【図2】同実施形態のICP発光分光分析装置における出口スリット付近の平面図であり、(a)は全元素定性分析時の状態を、(b)は定量分析時の状態を示す。
【図3】上記出口スリットの正面図であり、(a)は全元素定性分析時の状態を、(b)は定量分析時の状態を示す。
【図4】同実施形態における分析シーケンスを示すフローチャート。
【図5】前記分析シーケンスにおける測定波長の判定手順を示すフローチャート。
【図6】同実施形態に係るICP発光分光分析装置を用いた他の分析手順の概要を示すフローチャート。
【図7】従来のICP発光分光分析装置における発光部及び分光部の概略構成を示す平面図。
【図8】従来のICP発光分光分析装置による分析手順の一例を示すフローチャート。
【図9】従来のICP発光分光分析装置による分析手順の他の例を示すフローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明によるICP発光分光分析装置の一実施形態を図面を参照して説明する。図1は本実施形態のICP発光分光分析装置の概略構成を示す平面図である。なお、図7に示した構成と同一又は対応する部分については同一符号を付し適宜説明を省略する。
【0026】
本実施例のICP発光分光分析装置は、発光部10、オートサンプラ20、分光部30、検出部40、データ処理部50、及び制御部60を有しており、オートサンプラ20から供給された試料溶液は、ネブライザ(図示略)で霧化された後、発光部10に導入されプラズマ炎によって励起される。このとき発生した光は、集光レンズ31によって集光されて分光部30に入り、入口スリット32に照射される。そして、分光部30内で分光され、出口スリット38を通過して検出部40に導入された光は、光電子増倍管等から成る検出器41によって検出され、その検出信号がデータ処理部50に送られる。
【0027】
データ処理部50は該検出信号をデジタルデータ(発光スペクトルデータ)に変換し、スペクトルデータ記憶部72に格納すると共に所定のアルゴリズムに従って演算処理することにより、試料の定性分析や定量分析を実行する。そのために、データ処理部50は、定性分析処理部51、定量分析処理部52、定性データベース53、検量線保存部54、及び判定部55を機能として備えている。上記データ処理部50やそのほかの各部の動作は制御部60によって統括的に制御される。制御部60は分析シーケンス記憶部71に記憶された分析シーケンスに従って、上記各部を制御することにより所定の測定及びデータ処理を実行させる。制御部60とデータ処理部50の機能の多くは汎用のパーソナルコンピュータ80で所定のコンピュータプログラムを実行することによって達成される。更に、パーソナルコンピュータ80には、操作者が分析条件等を入力するためのキーボード等から成る入力部81と、測定結果等を表示するためのディスプレイ等から成る表示部82が接続されている。
【0028】
本実施形態に係るICP発光分光分析装置では、分光部30の出口スリット38上に、従来の一般的な開口幅(例えば30μm)を有する第2スリット開口38bとその10倍以上の開口幅(例えば500μm)を有する第1スリット開口38aとが波長分散方向に並べて配置されており(図2、3)、これらを適宜切り替えて使用することができる。
【0029】
出口スリット38の前方には、マスク37が設けられている。図2、3に示すように、第1スリット開口38aの使用時には、マスク37によって第2スリット開口38bへの光の入射が遮られ(即ち、第2スリット開口38bが無効化され)、第2スリット開口38bの使用時には、マスク37によって第1スリット開口38aへの光の入射が遮られる(即ち、第1スリット開口38aが無効化される)。
【0030】
分光部30には、平面回折格子34を回転駆動するための回折格子駆動モータ(図示略)と、出口スリット38を往復駆動するための出口スリット駆動モータ(図示略)が備えており、これらの動作は制御部60によって制御される。本実施例では、波長走査時の出口スリット38の移動方向とスリット切替時の出口スリット38の移動方向とが一致しており(図1中の矢印Sの方向)、こうした波長走査及びスリット切替は、共に出口スリット駆動モータを利用して行われる。
【0031】
なお、回折格子駆動モータ及び出口スリット駆動モータは、ステッピングモータであって、それぞれ制御部60から与えられる駆動パルス信号の数に応じた角度だけ回転する。回折格子駆動モータと平面回折格子34との間には、サインバー機構などを用いた減速機構が設けられており、モータの回転角度に応じた角度だけ平面回折格子34を回動させる。出口スリット38の駆動機構は、回転−直線運動変換機構などを含み、モータの回転角度に応じた距離だけ出口スリット38を移動させる。
【0032】
次に、本実施形態のICP発光分光分析装置における特徴的な分析動作について説明する。
【0033】
まず、分析者が分析対象試料と、目的元素(定量しようとする元素)を既知濃度で以て含む検量線作成用の標準試料とをオートサンプラ20に装着する。続いて、入力部81を操作し、分析シーケンス記憶部71に予め格納された各種分析シーケンスの中から図4に示すような分析シーケンスを指定する。図4は、本実施形態における定量分析で使用される分析シーケンスの概略を示したものである。同図に示す通り、この分析シーケンスは全元素定性分析(ステップS100)、測定波長の判定(ステップS200)、及び定量分析(ステップS300)を順次実行するものとなっている。
【0034】
更に、分析担当者は入力部81を操作して目的元素の種類や所望の測定精度(定量下限値)及び前記全元素定性分析における各元素の測定波長を指定する。なお、前記各元素の測定波長は予め装置側に記憶されているものを用いてもよい。また、全元素定性では1元素につき1つの測定波長を指定するのが一般的であるが、ここでは1元素について複数の波長を指定するようにしてもよい。
【0035】
以上により分析条件の設定が完了し、分析者が入力部81から分析の開始を指示すると、上記の分析シーケンスに従った分析が開始される。まず、制御部60の制御の下に全元素定性分析が実行される(ステップS100)。具体的には、制御部60が出口スリット駆動モータ(図示略)を制御して出口スリット38を移動させ、第1スリット開口38aを光路上に配置させる。このスリット切替と同期して、発光部10のプラズマトーチにオートサンプラ20から分析対象試料が導入され、励起発光された分析対象試料からの発光光が分光部30に導入される。
【0036】
分光部30では、前記の励起発光光が平面回折格子34によって波長分散され、出口スリット38へ送られる。出口スリット38の直前にはマスク37が設置されている。このとき、図2(a)及び図3(a)に示すように、マスク37の窓(開口部)と第1スリット開口38aが光軸90上で前後に並ぶため、第1スリット開口38a上に投影された光のみが検出器41に到達できることとなる。一方、このとき第2スリット開口38bは、マスク37に隠れて無効となる。
【0037】
そして、制御部60が回折格子駆動モータを制御し、平面回折格子34を回動させて波長走査を行う。なお、ここでは、出口スリット38の位置は固定とし、平面回折格子34による波長走査のみを行う。
【0038】
上述の通り、第1スリット開口38aは、第2スリット開口38bのような一般的な幅のスリット開口と比較して、10倍以上の開口幅を有するため、一度に取り込まれる波長範囲も従来の10倍以上となる。そのため、波長走査に要する時間が1/10以下で済むこととなる。更に、第1スリット開口38aでは、一度に取り込まれる光量も従来の10倍以上となるため、高いS/N比を達成することができる。また、サンプリング時間を1/10としても従来とほぼ同等のS/N比が得られることとなるため、従来のS/N比を維持しつつ波長走査の時間を従来の約1/100程度まで短縮することも可能である。
【0039】
以上の波長走査によって得られたスペクトルデータは、スペクトルデータ記憶部72に記憶される。定性分析処理部51は、各元素に対応した波長位置におけるスペクトルデータ(発光強度)を読み出し、定性データベースに格納されている検量線情報を参照しておおよその濃度、即ち半定量値を算出する。なお、この検量線情報とは、予め単元素を所定濃度で含む溶液を標準的な分析条件で測定することで作成された検量線のデータであり、工場出荷時点で定性データベース53に登録される。また、分析者が任意の濃度の標準試料を用いて作成した検量線情報を定性データベース53に登録できるようにしてもよい。
【0040】
続いて、制御部60は、判定部55に測定波長の判定を実行させる(ステップS200)。これは、前記ステップS100における目的元素の測定波長位置で該目的元素の定量分析を行った場合に所定の測定精度が達成できるか否かを判定するものである。この測定精度の評価には、本出願人が特開2006−275892号により既に提案しているような方法を用いることができる。以下、図5を参照しつつ、この測定精度の判定方法について詳しく説明する。
【0041】
いま、分析対象試料に対する全元素定性分析が実行され、その結果、データ処理部50のスペクトルデータ記憶部72には各元素に対応した測定波長位置におけるスペクトル線のデータが保存されている。上述したように、本装置ではこうしたスペクトルは従来の一般的な開口幅のスリットを備えた装置に比べて格段に短時間で取得することができる。
【0042】
また、定性データベース53には、様々な元素毎に、その元素によるスペクトル線を測定するための測定波長位置、及び各測定波長位置における干渉元素の種類とその分光干渉の度合いを示す干渉補正係数、が検索が容易であるようにデータベース化されて格納されている。この定性データベース53は機種毎に固有のものであるから、このICP発光分光分析装置を用いて実測されたデータに基づいて作成される。
【0043】
まず、制御部60が判定部55に対して評価の開始を指示する。この指示を受けたデータ処理部50は、ステップS100で求められた半定量値が所定の基準を満たす元素、例えば分析対象試料中の濃度が高かったものから順に所定の数の元素や、目的元素に対する濃度比が所定値以上であった元素等を前記分析対象試料の主成分元素として特定する(ステップS201)。
【0044】
続いて、判定部55は上記定性データベース53を参照して、目的元素Aの測定波長位置λaにおける主成分元素Bの干渉補正係数を読み出す(ステップS202)。なお、目的元素Aに対応した測定波長位置が複数存在する場合(即ち、ステップS100において目的元素について複数の波長を指定して測定を行った場合)には、例えば強度が大きい順、或いは検出下限が小さい順、等予め決められた順序で1つずつ選択するようにしておけばよい。
【0045】
その後、スペクトルデータ記憶部72に保存されているデータの中で測定波長位置λaにおけるスペクトル強度Isを取得し(ステップS203)、これに対しバックグラウンド補正を行うことによってバックグラウンドノイズを除いた強度値Is’を算出する(ステップS204)。例えば波長測定位置λaにおいて強度Isのスペクトルが存在する場合、バックグラウンド補正を行うことによりバックグラウンド強度Ibを差し引いた強度値Is’=Is−Ibが得られる。
【0046】
なお、バックグラウンド補正を行う際にはバックグラウンド位置を決める必要があり、一度の分析で測定する全元素については同一の波長位置をバックグラウンド位置として設定することが必要になる。一般にこうした位置の設定は熟練者がマニュアルで設定することが多いが、ここでは本出願人が特開2006−258633号により既に提案しているような方法を用いるとよい。この方法によれば自動的に全元素に共通のバックグラウンド位置が定まるため、途中で分析者の手を煩わすことがなく、本実施形態のような自動判定に適している。
【0047】
次に、今度はスペクトルデータ記憶部72に保存されているデータの中で主成分元素Bの測定波長位置λbにおけるスペクトル強度Isjを取得し(ステップS205)、これに対し上記ステップS204と同様の手法でバックグラウンド補正を行うことによってバックグラウンドノイズを差し引いた強度値Isj’を算出する(ステップS206)。例えば波長位置λbにおいて強度Isjのスペクトルが存在する場合、バックグラウンド補正を行うことによりバックグラウンド強度Ibjを差し引いた強度値Isj’=Isj−Ibjが得られる。
【0048】
その後、バックグラウンド補正後の主成分元素Bの強度値Isj’に干渉補正係数を乗じることにより、測定波長λaにおいてバックグラウンド補正後の目的元素Aの強度値Is’に含まれる干渉量を算出する(ステップS207)。それから、求めた干渉量に所定の係数P1を乗じ、その値とバックグラウンド補正後の目的元素Aの強度値Is’とから元素間補正を行わない場合の測定精度を求める(ステップS208)。そして、ここで必要な測定精度が得られているか否かを判定する(ステップS209)。必要な測定精度が得られていると判定された場合には元素間補正や目的元素Aの他のスペクトルの探索は不要であるから、ステップS300に進んで定量分析を実行する。
【0049】
定量分析を行う際には、まず、制御部60が出口スリット駆動モータを制御して出口スリット38を移動させ、第2スリット開口38bを光路上に配置させる。このスリット切替と同期して、発光部10のプラズマトーチにオートサンプラ20から標準試料が導入され、励起発光された標準試料からの発光光が分光部30に導入される。
【0050】
分光部30では、前記の励起発光光が平面回折格子34によって波長分散され、出口スリット38へ送られる。このとき、図2(b)及び図3(b)に示すように、マスク37の窓(開口部)と第2スリット開口38bが光軸90上で前後に並ぶため、第2スリット開口38b上に投影された光のみが検出器41に到達できることとなる。一方、このとき第1スリット開口38aは、マスク37に隠れて無効となる。
【0051】
そして、平面回折格子34を回動させて、上記目的元素の測定波長λaの光が第2スリット開口38bに照射されるようにした上で、図3(b)に示すように、第2スリット開口38bをマスク37の窓の範囲内で移動させることにより、前記測定波長λaの前後における波長走査を行う。
【0052】
以上の波長走査によって得られたスペクトルデータは、スペクトルデータ記憶部72に記憶される。そして、定量分析処理部52が、該スペクトルデータから測定波長λaにおける発光強度を抽出し、該発光強度と目的元素の濃度との関係を示す検量線を作成して検量線保存部54に格納する。
【0053】
次にオートサンプラ20は分析対象試料を選択して発光部10に導入し、上記と同様にして測定波長λaの前後における波長走査を行う。これにより得られたスペクトルデータは、スペクトルデータ記憶部72に記憶される。そして、定量分析処理部52が、該スペクトルデータから測定波長λaにおける発光強度を抽出し、検量線保存部54に格納されている検量線を参照して分析対象試料中における目的元素Aの濃度、つまり定量値を算出する。そして、制御部60は、前記定量値の計算結果を受け取り、これを表示するように表示部82に出力して処理を終了する。
【0054】
一方、ステップS209で必要な測定精度が得られていないと判定された場合には、次に目的元素Aについて先の測定波長位置λa以外に測定波長位置があるか否かを判定する(ステップS210)。既に評価が終了したもの以外に測定波長位置が存在する場合には、元素間補正を行うのに比べて、干渉元素による分光干渉の影響が小さいような測定波長位置が見つかる可能性があるため、測定波長位置を変更してステップS203へと戻り、上記ステップS203〜S210の処理を繰り返す。
【0055】
ステップS210で他に測定波長位置が無いと判定されると、元素間補正を実行せざるを得ないため、求めた干渉量に通常、先の係数P1とは異なる所定の係数P2を乗じ、その値とバックグラウンド補正後の目的元素Aの強度値Is’とから元素間補正を行った場合の測定精度を求める(ステップS211)。そして、ここで必要な測定精度が得られているか否かを判定する(ステップS212)。必要な測定精度が得られている場合には、元素間補正情報として、補正対象元素である主成分元素Bと、検量線を作成するために必要な校正用標準試料の濃度を計算し、これを表示部82に表示して(ステップS213)処理を終了する。一方、ステップS212で必要な精度が得られない場合、測定波長の選択や元素間補正処理のいずれでも所望の測定精度が得られないことになるから、例えば測定不能であることを表示して(ステップS214)処理を終了する。
【0056】
ここで、ステップS209及びS212における測定精度の評価について説明を加える。分析者にとって測定精度とは定量下限値である。この装置において測定精度を悪化させる誤差要因としては、大別して、測定毎に変化するばらつき誤差(再現性)と測定に依らずほぼ定常的に生じる真値からのずれとがある。上記のような主成分元素による分光干渉の影響は後者にあたり、理想的には元素間補正を実行することでこのずれは解消されるがばらつき誤差は残る。
【0057】
目的元素の補正後のばらつき誤差による測定精度や補正の有効性を正確に評価するには、補正を行う際のそれぞれの段階で評価するとよい。即ち、目的元素のバックグラウンド補正後の強度Is’、目的元素のバックグラウンド補正時のバックグラウンド強度Ib、主成分元素のバックグラウンド補正後の強度Isj’、主成分元素のバックグラウンド補正時のバックグラウンド強度Ibj、干渉補正係数Lj、の5つの要素を例えば次のようにして相互に評価するとよい。
(1)目的元素の測定精度を評価するために、Is’/Ibを算出し、これに対し評価係数K(K>1)を設定して、Is’/Ib>K、K≧Is’/Ib>1、1≧Is’/Ib>1/K、1/K≧Is’/Ibのいずれの範囲に入るかを判定する。
(2)主成分元素の測定精度を評価するために、Isj’/Ibjを算出し、上記評価係数Kを用いて、Isj’/Ibj>K、K≧Isj’/Ibj>1、1≧Isj’/Ibj>1/K、1/K≧Isj’/Ibjのいずれの範囲に入るかを判定する。
上記(1)、(2)はそれぞれバックグラウンド強度に起因する誤差が目的元素、主成分元素の強度に与える影響を評価するものである。
(3)また、補正量を評価するために、Is’/Lj・Isj’を算出し、これに対し評価係数M(M>1)を設定して、Is’/Lj・Isj’>M、M≧Is’/Lj・Isj’>1、1≧Is’/Lj・Isj’>1/M、1/M≧Is’/Lj・Isj’のいずれの範囲に入るかを判定する。
【0058】
また補正を行わない場合の測定精度は真値からのずれが支配的であり、これはそのままでは補正後のばらつき誤差と比較できないため、前者を後者に置き換える。即ち、真値からのずれと同等の幅のばらつき誤差を与えるようなIb’=Lj・Isj×N(Nは所定の係数)を求める。そして、Is/(Ib+Ib’)により、(Ib+Ib’)に起因する誤差がIs’に与える影響を評価することができる。こうした評価については予め分析者により入力された測定精度の要求値に基づいて評価基準を定め、その評価基準を超えるか否かを判定すればよい。
【0059】
以上のように、本実施例に係るICP発光分光分析装置によれば、全元素定性分析の実行に続いて、該全元素定性分析における目的元素の測定波長が定量分析に適しているか否か、即ち該測定波長で定量分析を行った場合に所定の定量精度が達成できるか否かが自動的に判定される。そして、適していると判定された場合には、該測定波長が自動的に定量分析時の測定波長として設定されて定量分析が実行される。また、全元素定性において目的元素について複数の測定波長で測定していた場合には、その中で十分な測定精度が得られるものが定量分析時の測定波長として自動的に選択される。このため、試料をセットして分析条件を設定した後は、分析者による検討や操作を介することなく定量値を得ることができる。また、従来のような複数波長定性分析を行う必要がなく、更に開口幅の大きいスリットを用いることで全元素定性のための波長走査を短時間で行うことができる。そのため、高精度な定量分析を短時間で行うことが可能である。また更に、全元素定性分析時の測定波長では十分な測定精度が得られないと判定された場合には、元素間補正を行った場合の測定精度が算出され、補正によって十分な測定精度が達成できる場合には、その旨が分析者に通知される。元素間補正処理を行う場合には、精度の高い補正を行うために校正用標準試料の測定が必要であるが、元素間補正を行うためにどのような元素をどの程度の濃度で含む校正用標準試料を用意すればよいのかを装置が指示してくれるため、分析者の作業は簡単になり未熟練の者でも対応できる。
【0060】
なお上記では、分析対象試料中の目的元素の濃度を求めるに際し、図4のような手順で分析を行う例を説明したが、これに代わり、図6に示すような手順で分析を行うようにしてもよい。図6中の点線で示した部分(即ちステップS400、S500)が分析シーケンスに従って装置側で自動的に(即ち分析者の操作を介さずに)実行されるステップである。同図に示す通り、この分析シーケンスは全元素定性分析用の測定(ステップS400)、及び複数波長での定量分析用の測定(ステップS500)を順次実行するものとなっている。
【0061】
この場合も、上記の例と同様に分析者が分析対象試料と標準試料とをオートサンプラ20にセットし、入力部81を操作して分析条件の設定を行う。但し、ここでは分析条件として、全元素定性分析における各元素の測定波長位置、及び目的元素の種類に加え、定量分析用の測定を行う複数の波長位置(仮にλa、λa、λaとする)を指定する。なお、全元素定性分析における目的元素の測定波長位置は上記定量分析用の測定波長位置のいずれかと同じであってもよく、いずれとも異なっていてもよい。
【0062】
その後、分析者が分析の開始を指示すると、上記同様に、分光部30の出口スリット38が第1スリット開口38aに切り替えられ、分析対象試料が発光部10に導入される。そして、全元素定性分析用の波長走査及び測定が実行され、得られたスペクトルデータがスペクトルデータ記憶部72に記憶される。
【0063】
以上により全元素定性分析用の測定が完了すると、分光部30の出口スリット38が第2スリット開口38bに切り替えられ、標準試料が発光部10に導入される。そして、平面回折格子34の回動により、上記目的元素の測定波長λaの光が第2スリット開口38bに照射されるようにした上で、第2スリット開口38bをマスク37の窓の範囲内で移動させることにより、前記測定波長λaの前後における波長走査を行う。同様にしてλa、λa の前後における波長走査も行い、得られたスペクトルデータをスペクトルデータ記憶部72に記憶させる。
【0064】
続いて、分析対象試料が発光部10に導入され、同様にしてλa、λa、λa の前後における波長走査が実行される。そして、得られたスペクトルデータがスペクトルデータ記憶部72に記憶されて、処理が完了する。なお、ここでは全元素定性分析用の測定の後に定量分析用の測定を行うものとしたが、定量用分析用の測定を先に行うようにしてもよい。
【0065】
このような分析シーケンスによれば、全元素定性分析用の測定と複数波長における定量分析用の測定が連続的に実行されるため、試料をセットして分析条件を設定した後は、分析者の手を煩わせることなく検討用定性分析と複数波長における定量分析の両方の測定データを取得することができる。従って、図8に示した従来の分析手順のように、3回の測定操作を行う場合に比べて、大幅な省力化が可能である。また、図9に示した従来の分析手順と異なり、最適波長の選択に必要な情報が得られるため、熟練した分析者でなくても容易に最適な定量分析用波長を決定することができる。なお、図9の手順と比較すると、全元素定性分析の分だけ測定に要する時間は長くなるが、上述したように、本装置では従来の一般的な開口幅のスリットを備えた装置を用いる場合に比べて各段に短い時間で全元素定性分析用の測定を行うことができる。
【0066】
上記の分析シーケンスに従った一連の処理が完了すると、分析者が入力部81を操作して半定量値の算出を指示する。これにより、ステップS400で取得されたスペクトルデータがスペクトルデータ記憶部72から定性分析処理部51へ読み出される。定性分析処理部51は、前記スペクトルデータから各元素の測定波長位置における発光強度を抽出し、定性データベース53を参照して分析対象試料中における各元素のおおよその濃度(半定量値)を算出する。算出された半定量値は表示部82に表示される。
【0067】
続いて、分析者が前記半定量値を参照して分析対象試料中の主成分元素を特定する。更に、分析者が入力部81で所定の指示を行って前記ステップS500におけるスペクトルデータを表示させ、前記定量分析用の測定波長λa、λa、λa の中から主成分元素による分光干渉の影響が最も少ないと思われる波長(例えばλa)を選択する(ステップS600)。その後、分析者が入力部81で該波長λaを指定して定量値の算出を指示すると、ステップS500で取得されたスペクトルデータのうち、該波長λaにおける標準試料の発光強度が抽出され、該発光強度と目的元素の濃度との関係を示す検量線が作成される。続いて、ステップS500で取得されたスペクトルデータのうち、該波長λaにおける分析対象試料の発光強度が抽出され、前記の検量線を参照して濃度つまり定量値が算出され(ステップS700)、表示部82に表示される。
【0068】
なお、上記のような半定量値の算出、主成分元素の特定、最適波長の選択、及び定量値の算出は、上記の分析シーケンスの中に含めるようにしてもよい。この場合、最適波長の選択には図5のフローチャートに示した方法を適用する。これにより、分析開始を指示した後は分析者の手を煩わせることなく定量値を得ることが可能となり、一層の省力化を図ることができる。
【0069】
以上、本発明を実施するための形態について説明を行ったが、本発明は上記の実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨の範囲で適宜変更が許容されるものである。例えば、本発明に係るICP発光分光分析装置は、上記の出口スリット38、マスク37、及び検出器41に代わり、リニアイメージセンサから成る検出器を設けた構成としてもよい。このような構成によれば一度に取り込み可能な波長範囲を従来のものよりも広くすることができるため、上記のような開口幅の大きい出口スリットを用いる場合と同様に短時間での全元素定性分析が可能となる。
【0070】
また、上記の例ではオートサンプラによって自動的に試料の交換を行うものとしたが、これに限らず、試料交換が必要になったときに装置がその旨を表示部に表示するなどして分析者に通知する構成とし、分析者が手動で試料交換を行うようにしてもよい。
【符号の説明】
【0071】
10…発光部
20…オートサンプラ
30…分光部
31…集光レンズ
32…入口スリット
33…第1凹面鏡
34…平面回折格子
35…第2凹面鏡
36、38…出口スリット
37…マスク
38a…第1スリット開口
38b…第2スリット開口
40…検出部
41…検出器
50…データ処理部
51…定性分析処理部
52…定量分析処理部
53…定性データベース
54…検量線保存部
55…判定部
60…制御部
71…分析シーケンス記憶部
72…スペクトルデータ記憶部
80…パーソナルコンピュータ
81…入力部
82…表示部
90…光軸

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料を励起して該試料に含まれる元素に固有の波長を有する光を放出させる励起手段と、その光を波長分散させる分光手段と、該分光手段を経た波長分散光を検出する光検出器と、を備えたICP発光分光分析装置において、
a)前記光検出器の受光面に到達する前記波長分散光の波長を変化させる波長走査手段と、
b)前記光検出器によって取得された検出信号から発光スペクトルデータを生成し、該発光スペクトルデータに基づいて所定のデータ処理を行うデータ処理手段と、
c)種々の元素毎に該元素が他の元素に及ぼす分光干渉の情報を収録したデータベースと、
d)分析シーケンスに基づき前記波長走査手段、及びデータ処理手段を制御する制御手段と、
を有し、前記分析シーケンスが、
分析対象試料について予め複数の元素のそれぞれに対応した各波長位置におけるスペクトル線を測定する定性ステップと、
前記定性ステップにおける測定結果に基づいて前記分析対象試料中の主成分元素を特定すると共に、前記データベースを参照して前記定性ステップでの測定結果より目的元素のスペクトル線に対する前記主成分元素の干渉量を算出し、該干渉量に基づいて前記定性ステップにおける目的元素の測定波長位置にて所定の定量精度が得られるか否かを判定する判定ステップと、
を順次実行させ、前記判定ステップにおいて所定の定量精度が得られると判定された場合に、
前記分析対象試料及び前記目的元素を既知濃度で含む標準試料について、前記判定ステップで所定の定量精度が得られると判定された波長位置におけるスペクトル線を測定し、前記標準試料の測定結果から検量線を作成すると共に該検量線を参照して分析対象試料の測定結果より目的元素の定量値を算出する定量ステップ、
を実行させるものであることを特徴とするICP発光分光分析装置。
【請求項2】
試料を励起して該試料に含まれる元素に固有の波長を有する光を放出させる励起手段と、その光を波長分散させる分光手段と、該分光手段を経た波長分散光を検出する光検出器と、を備えたICP発光分光分析装置において、
a)前記光検出器の受光面に到達する前記波長分散光の波長を変化させる波長走査手段と、
b)分析シーケンスに基づき前記波長走査手段を制御する制御手段と、
を有し、前記分析シーケンスが、
分析対象試料について予め複数の元素のそれぞれに対応した各波長位置におけるスペクトル線を測定する定性ステップと、
前記分析対象試料及び目的元素を既知濃度で含む標準試料について、前記目的元素に対応した複数の測定波長位置におけるスペクトル線を測定する定量ステップと、
を実行させるものであることを特徴とするICP発光分光分析装置。
【請求項3】
前記分光手段が、入口スリットと、該入口スリットを通して入射した光を波長分散させる波長分散素子と、分散光のうちの特定波長の光を外部へ取り出す出口スリットとを含むシーケンシャル型の分光器であって、
a)波長分解能が0.1nm〜1.0nmとなる開口幅を有する第1スリット開口と、該第1スリット開口よりも小さな開口幅を有する第2スリット開口とが波長分散方向に離間して設けられた出口スリットと、
b)前記出口スリットを波長分散方向に移動させるスリット駆動手段と、
を有し、
前記定性ステップでは、前記波長分散素子から光検出器に至る光の光軸上に前記第1スリット開口を配置した状態で測定を行い、前記定量ステップでは、前記光軸上に前記第2スリット開口を配置させた状態で測定を行うことを特徴とする請求項1又は2に記載のICP発光分光分析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2011−232106(P2011−232106A)
【公開日】平成23年11月17日(2011.11.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−101363(P2010−101363)
【出願日】平成22年4月26日(2010.4.26)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】