説明

II、VII、IX、X因子測定用試薬及びその製造方法

【課題】 天然ウシ脳由来抽出物のトロンボプラスチン(組織因子−リン脂質複合体)の代替えとなることができる十分な活性を有し、しかも実用化できる規模の大量生産が可能な組換えウシ組織因子及びこれを用いたII、VII、IX、X因子測定用試薬、並びにこれらの製造方法を提供する。
【解決手段】 宿主としてカイコを用いて、少なくとも可溶性ドメイン及び膜貫通ドメインを含むウシ組織因子を発現させる。好ましくはバキュロウィルスベクターを用いてカイコに感染させる。得られた組換えウシ組織因子とリン脂質との複合体を、天然ウシ脳由来のトロンボプラスチンに代えて用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、外因系の血液凝固検査に用いられる、II、VII、IX、X因子測定用試薬、具体的には組換えウシ組織因子を含有するII、VII、IX、X因子測定用試薬、及び当該試薬に用いられる組換えウシ組織因子、並びに組換えウシ組織因子及び当該II、VII、IX、X因子測定用試薬の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
血中のII因子、VII因子、IX因子、及びX因子の凝固能を総合的に調べる検査は、トロンボテストとも呼ばれている。この検査に用いられる試薬は、主要成分として、ウシ脳組織トロンボプラスチン、フィブリノゲン及び第V因子、カルシウム、リン脂質を含有している。
【0003】
主要成分のウシ脳組織トロンボプラスチンは、非特許文献1のFig.3で示されているように、N末端から213番目までの細胞外ドメイン(可溶性ドメイン)と214番目から236番目までの膜貫通ドメインと237番目から257番目までの細胞内ドメインからなる全アミノ酸257個の組織因子とよばれるタンパク質に、リン脂質が結合した複合体である。このような構成を有するトロンボプラスチンは、従来より、ウシ大脳を原料として、アセトン粉末あるいは生理食塩水を用いてトロンボプラスチンを抽出することにより製造される。
【0004】
原料として用いられるウシ大脳は狂牛病(BSE)の高度感染部位の1つであることから、近年、製造現場において、原料として、ウシの大脳を使用しない製造方法が求められている。また、天然のウシ脳より抽出された粗製のトロンボプラスチンを含んだ試薬では、季節の変動、ロット間の変動が問題となる。また、天然のウシ大脳から抽出されたトロンボプラスチンを含む試薬には、トロンボプラスチン以外にもウシ大脳由来の成分が不純物として含まれている。そして、この不純物の影響により試薬の安定性が悪く不溶性物質が析出してくるという問題がある。さらに、ウシの血液由来の他の凝固因子も、不純物として含むため、測定対象の凝固因子に対して感度不足になるという問題がある。さらにまた、天然のウシ大脳から抽出されたトロンボプラスチンを含む試薬では、上述した不純物が試薬自体の濁りを引き起こす原因となる。試薬自体に濁りが生じた場合、凝固に伴う測定用試料の濁度等の光学的特性の変化の検出感度が低くなるため、光学的特性を測定して凝固時間を算出する測定器では、脂質の含有量が多い検体など、使用する検体によっては、正確な凝固時間を測定できないといった問題もある。
【0005】
上記のような問題解決のために、遺伝子組換え技術により生産された組換え組織因子を使用することが検討されている。
ここで、組換え組織因子及びこれを用いた試薬に関する技術としては、以下のようなものが報告されている。
【0006】
例えば、特許文献1(特開平5−219957)には、ヒトの遺伝子組換え組織因子を大腸菌で発現させ、得られた組換えヒト組織因子を用いて、プロトロンビン時間測定試薬を調製することが提案されている。ここでは、組織因子高発現セルラインとしてRET−1CELLを選択し、発現ベクターとしてはファルマシア社から販売されているpKK233−2を使用し、ヒト組織因子としてアミノ酸1−219番配列のcDNAを発現させた実施例が記載されている。また、発現ベクターとして、動物細胞(CHO細胞)を用いた実施例も開示されている。しかしながら、ここで得られたヒト組織因子は、いずれも可溶性ドメインにとどまり、膜貫通ドメインを含む完全長の組織因子ではない。また、得られたヒト組織因子は、ベクターとして大腸菌を用いた場合、大腸菌を破壊し、SDSを含むTBSバッファーでタンパク質を抽出したものについて、血液凝固因子に対する結合アッセイを測定するにとどまり、プロトロンビン時間測定試薬の調製までは行なわれていない。同様に、発現ベクターとして動物細胞を用いた実施例では、上清を回収し、濃縮して得られた組織因子について、同様に血液凝固因子との結合アッセイを測定するに留まっている。すなわち、得られた組換えヒト組織因子の適用については、いずれも血液凝固因子に対する結合アッセイに留まり、II、VII、IX、X因子測定用試薬への適用は開示されていない。
【0007】
また、特許文献2(特表平6−505562)に、ヒトの遺伝子組換え組織因子を大腸菌で発現させ、ヒト組織因子に対して指向性の固定化モノクローナル抗体上でのアフィニティクロマトグラフィを用いて精製した組換えヒト組織因子をプロトロンビン試薬に適用したことが開示されている。ここでは、Nemerson及びPabroskyの方法にしたがって、完全長並びに切断した組換え分子を使用できると記載され、実施例においても完全長組換えヒト組織因子及び切断組換え組織因子が開示されている。ここでは、得られた組換えヒト組織因子を用いて、リン脂質で脂質化することにより、トロンボプラスチン試薬を調製し、調製した試薬を用いて凝固時間を測定している。しかしながら、得られた組換えヒト組織因子を、II、VII、IX、X因子測定用試薬へ適用することについては開示されていない。
【0008】
ウサギ組織因子については、Cheryl L Brucatolらが、非特許文献2(「Expression of recombinant rabbit tissue factor in Pichia pastoris,and its application in a prothrombin time reagent(Protein Expression and purification,26(2002),386-393))において、組換えウサギ組織因子(rTF)を酵母で発現させ、ヒスチジンタグを利用して精製し、得られた組換えウサギ組織因子をプロトロンビン時間測定試薬に適用したことが報告されている。発現させたウサギの組織因子は、細胞内ドメイン、膜貫通ドメイン及び細胞外ドメインからなる完全長のものであると報告されている。
【0009】
同様に、特許文献3(特表平11−514101)においても、完全長の組換えウサギ組織因子を酵母で発現させ、細胞外ドメイン、脂質結合ドメイン、細胞内ドメイン、及び組換え組織因子を選択的に富化するヒスチジンタグを利用して精製したウサギ組織因子をプロトロンビン時間測定試薬に適用したことが開示されている。
【0010】
しかしながら、いずれも、得られた組換えウサギ組織因子を、II、VII、IX、X因子測定用試薬へ適用することについては開示されていない。
【0011】
また、組換え組織因子を、測定用試薬の原料として商業ベースで使用しようとする場合、大量に生産できるシステムを構築できる方法でなければならないが、上述した特許文献及び非特許文献において、大量生産可能な方法の開示はない。
【0012】
特許文献4(特開平11−225760)では、段落番号8で、プロトロンビン時間試薬に用いることができ、生物学的に活性な組織因子を得るためには、膜貫通ドメインを有する完全長の組織因子を得る必要があり、この点、酵母、バキュロウィルスをベクターとして用いた昆虫細胞、培養哺乳動物細胞、ヒト細胞系等の真核性システムで発現させることが原理的に適しているとする一方、これらのシステムは経費に関して問題があると説明している。そこで、前記特許文献4では、比較的大量の純粋な組織因子をパイロットプラント規模で調製するための方法として、周辺腔中に発現産物を向けるシグナル配列を含有するベクターに、完全長の組換え組織因子のcDNAを組換え、この発現ベクターをトランスフェクトさせた大腸菌を、成分を工夫した培地で培養する方法を採用することにより、プロトロンビン試薬に用いることができるような組織因子を大量に発現できたことが実施例で示されている。しかしながら、ここで用いられた組織因子が、具体的にどの生物に由来するものなのかということについては、一切記載されていない。さらに、得られた組織因子を、II、VII、IX、X因子測定用試薬へ適用することについては開示されていない。
【0013】
ところで、II、VII、IX、X因子測定用試薬は、VII因子がVIIa因子に変換する反応による外因系凝固機構を利用しており、第VII因子に対する感受性については、ウシ組織因子が優れていることが知られている。従って、II、VII、IX、X因子測定用試薬に用いられる組織因子は、ウシ組織因子である必要がある。
【0014】
特許文献5(特開平11−160320)に、組換えウサギ組織因子又はウシ組織因子を再脂質化し、HEPES−tris緩衝液、吸着血漿、カルシウムを加えて、複合因子測定試薬を得ることが提案されている。また、この特許文献5には、使用される組換えウサギ組織因子又はウシ組織因子は、慣用の遺伝子工学的手法に準じて調製することができ、また市販されている組換えウサギまたはウシ組織因子タンパク質を使用してもよいと説明されている。しかしながら、遺伝子工学的手法を用いる場合の説明としては、「例えば、ウサギ組織因子又はウシ組織因子をコードする遺伝子を適切な発現ベクターに組み込み、これを適当な宿主に組み込み、これを適当な宿主に挿入して形質転換し、この形質転換体を培養後、その培養物(培養上清、培養細胞等)を慣用の蛋白質精製法に準じて精製することにより目的とする組換えウサギ組織因子又はウシ組織因子を得ることができる。宿主細胞としては、例えば大腸菌、枯草菌、酵母、糸状菌、植物又は動物細胞などを用いることができる」(段落番号7)との開示にとどまり、大量生産可能な方法については、記載されていない。尚、特許文献5に開示されているペルフリーズ社の市販品では、完全長の組換えウサギ組織因子が用いられている。
【0015】
実際のところ、遺伝子工学の技法を用いることにより、宿主に挿入されたcDNA配列を翻訳したタンパク質を生産することはできるものの、翻訳後のN末端、C末端切断等の翻訳後プロセッシング、糖鎖修飾、アミド化等の二次修飾、タンパク質のフォールディングなどについても宿主の影響を受けるため、生産されたタンパク質が天然のタンパク質と同等の生理活性を有していないといった問題がしばしば起る。さらに、生産性の点においても、宿主の影響は避けられず、実用化できる組換え組織因子の生産という観点においては、宿主の選択がかなり重要となる。
【0016】
組換えウシ組織因子を具体的に生産した報告としては、1992年生化学会で、重松欣克(九州大学、理学部)により、酵母を用いた発現系で、ウシ可溶性リコビナントの調製が報告されているだけである。この報告によれば、高榎ら(BBRC.181.1145−1150,1990年)がクローニングしたウシ組織因子のcDNAを用い、可溶性ヒト組織因子の発現に用いた方法に従って、pAM82にウシ組織因子の細胞外ドメイン(1−213)を挿入した発現ベクターを構築し、発現させたとある(非特許文献5)。重松欣克(九州大学、理学部)らは、ウシ組織因子の発現に先だって、酵母及び大腸菌を用いて、ヒト組織因子の発現を試み、全長のヒト組織因子DNAを大腸菌recAプロモータ下流に挿入したが、発現された組織因子は十分な活性を示さなかったこと、抑制性Acid phosphataseプロモータと酵母インベルターゼのシグナル配列の下流に、成熟組織因子に対応するDNAを挿入し、酵母AH22株を形質転換し、発現させた結果、活性ある組織因子が得られたと報告している。つまり、ヒトの遺伝子の組換え組織因子を大腸菌や酵母で発現させたところ、大腸菌では発現活性がでなかったが、酵母発現系を用いることにより、比活性が高い、可溶性ヒト組織因子の大量調製に成功したと報告している(非特許文献3,非特許文献4)。
【0017】
以上のように、ウサギ組織因子、ヒト組織因子では、大腸菌、酵母、動物培養細胞系で発現できた実施例が報告されているが、ウシ組織因子では実際に発現させた例としては、重松欣克(九州大学、理学部)の報告がある程度であり、しかも可溶性ドメインだけの発現にとどまっているので、凝固活性は不十分であり、トロンボテスト用試薬に用いることはできない。さらに、遺伝子組換えの手法により、目的とする活性を有する組織因子を実用化できる大量生産レベルで成功したとの報告は、せいぜい、ヒト組織因子を酵母で生産する系、ヒト組織因子を大腸菌で生産する系、ウサギ組織因子を酵母で生産する系程度である。ましてや、組換えウシ組織因子については、II、VII、IX、X因子測定用試薬に用いることができる程度のものを実用化できるレベルで生産されたとの報告は見あたらない。
【0018】
【特許文献1】特開平5−219957
【特許文献2】特表平6−505562(特許第3416778号)
【特許文献3】特開平11−514101(特許第3246749号
【特許文献4】特開平11−225760
【特許文献5】特開平11−160320
【非特許文献1】Yuko Takayenokiら「cDNA and amino acid sequences of bovine tissue factor (Biochemical and Biophysical Research Communications, 181(1991), 1145-1150)」
【非特許文献2】Cheryl L Brucatolら「Expression of recombinant rabbit tissue factor in Pichia pstoris,and its application in a prothrombin time reagent(Protein Expression and purification,26(2002),386-393)
【非特許文献3】生化学、第62巻、1990年生化学会講演要旨、演題番号325
【非特許文献4】生化学、第63巻、1991年生化学会講演要旨、演題番号1259
【非特許文献5】生化学、第64巻、1992年生化学会講演要旨、演題番号2353
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0019】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、天然ウシ脳由来抽出物のトロンボプラスチン(組織因子−リン脂質複合体)の代替えとなることができる十分な活性を有し、しかも実用化できる規模の大量生産が可能な組換えウシ組織因子及びこれを用いたII、VII、IX、X因子測定用試薬、並びにこれらの製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0020】
本発明のII、VII、IX、X因子測定用の組換えウシ組織因子は、少なくとも可溶性ドメイン及び膜貫通ドメインを含むもの、あるいは配列番号1で示されるアミノ酸配列又は当該アミノ酸配列の1又は数個のアミノ酸が置換、付加又は欠失したアミノ酸配列からなるものである。これらは、宿主としてのカイコにおいて発現された組換えウシ組織因子であることが好ましい。
【0021】
本発明のII、VII、IX、X因子測定用の組換えウシ組織因子複合体は、上記本発明の組換えウシ組織因子とリン脂質とからなる複合体である。
【0022】
本発明のII、VII、IX、X因子測定用試薬は、上記本発明のII、VII、IX、X因子測定用の組換えウシ組織因子複合体を含有するものである。
【0023】
本発明のII、VII、IX、X因子測定用の組換えウシ組織因子の製造方法は、配列番号2で示されるアミノ酸配列又は当該アミノ酸配列の1又は数個のアミノ酸が置換、付加、又は欠失したアミノ酸配列をコードするcDNAをバキュロウィルスへ組み込んだ組換えバキュロウィルスをカイコに感染させる工程;前記カイコにおいて、前記cDNAから組換えウシ組織因子を発現させる工程;及び前記組換えウシ組織因子を抽出する工程;を含む。
【0024】
本発明のII、VII、IX、X因子測定用試薬の製造方法は、配列番号2で示されるアミノ酸配列又は当該アミノ酸配列の1又は数個のアミノ酸が置換、付加、又は欠失したアミノ酸配列をコードするcDNAをバキュロウィルスへ組み込んだ組換えバキュロウィルスをカイコに感染させる工程;前記カイコにおいて、前記cDNAから組換えウシ組織因子を発現させる工程;前記組換えウシ組織因子を抽出する工程;及び前記組換えウシ組織因子とリン脂質とを混合して、ウシ組織因子−リン脂質複合体を形成させる工程;を含む。
【0025】
前記ウシ組織因子−リン脂質複合体を形成させる工程において、前記組換えウシ組織因子と前記リン脂質とが、ニッケル存在下で混合されることが好ましい。
【発明の効果】
【0026】
本発明の組換えウシ組織因子は、少なくともII、VII、IX、X因子との反応に必要な部分を含むように、遺伝子組換えにより生産したものであり、本発明の組換えウシ組織因子複合体は、当該組換えウシ組織因子とのリン脂質複合体であるから、従来の天然のウシ大脳からの抽出により生産されるウシのトロンボプラスチンと比べて、不純物の混入が少なく、またロット間でのばらつきが少なく品質が安定している。従って、本発明の組換えウシ組織因子を用いたII、VII、IX、X因子測定用試薬は、従来の天然のウシトロンボプラスチンを用いる測定試薬に匹敵する測定感度を有している。しかもカイコを宿主として用いた系では大量生産が可能で、従来の天然物からの抽出法よりも生産性に優れている。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
〔組換えウシ組織因子〕
本発明に係るII、VII、IX、X測定用組換えウシ組織因子は、リン脂質と複合体化することによりヒト血液中のVII因子を活性化するものであり、少なくとも天然のウシ組織因子の可溶性ドメイン及び膜貫通ドメインを有する。組換えウシ組織因子の可溶性ドメインはVII因子と相互作用するのに必要なドメインであり、膜貫通ドメインはリン脂質との複合体を形成するのに必要なドメインである。
【0028】
II、VII、IX、X測定用組換えウシ組織因子としては、好ましくは、リン脂質との複合体を形成してVII因子を活性化する能力を損なわない範囲で、可溶性ドメイン、膜貫通ドメイン、及び細胞内ドメインを有するものである。具体的には、配列番号1で示されるアミノ酸配列のうちの1又は数個のアミノ酸が置換、付加又は欠失したものでII、VII、IX、X因子と反応活性を示すものである。
【0029】
ここで、配列番号1は、非特許文献1のFig.3に示されている正常ウシ組織因子のアミノ酸配列であり、1番アミノ酸から213番アミノ酸までが可溶性ドメイン(細胞外ドメイン)に該当し、214番アミノ酸から236番目までが膜貫通ドメインに該当し、237番目から257番目までが細胞内ドメインに該当する。
【0030】
本発明に係るII、VII、IX、X因子測定用組換えウシ組織因子においては、糖鎖の有無は特に限定しないが、例えば、後述する製造方法により製造される組換えウシ組織因子の場合には、糖鎖がついている。
【0031】
〔ウシ組織因子−リン脂質複合体〕
本発明のウシ組織因子−リン脂質複合体は、上述した組換えウシ組織因子とリン脂質とからなる複合体で、天然のウシ組織トロンボプラスチン(リン脂質複合体型の天然ウシ組織因子)と同程度の血液凝固活性を有するものである。このような複合体は、組換えウシ組織因子とリン脂質とを、例えば、ニッケル存在下で混合することにより、製造することができる。
【0032】
複合体化に用いられるリン脂質は、一般に12〜22の炭素原子を有する脂肪酸を含有するリン脂質であり、当該脂肪酸は飽和脂肪酸、不飽和脂肪酸のいずれであってもよい。好ましいリン脂質としては、ホスファチジルコリン、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジルグリセロール、ホスファチジルセリンなどが例示される。これらのリン脂質は、天然物、合成品のいずれであってもよく、異なる種類の脂肪酸を有するリン脂質であってもよい。さらに、これらのリン脂質は、所望する性状、特性などに応じて2種以上を混合して複合体の形成に用いてもよい。
【0033】
〔II、VII、IX、X因子測定用試薬〕
本発明のII、VII、IX、X因子測定用試薬とは、外因系の血液凝固検査に用いられる試薬で、血中の第II因子、第VII因子、第IX因子及びX因子の凝固能を総合的に調べることができる試薬のことをいう。
【0034】
II、VII、IX、X因子測定用試薬は、上記本発明の組換えウシ組織因子−リン脂質複合体を含有するもので、具体的には、後述の製造方法により生産された組換えウシ組織因子をリン脂質で複合体化させてなるウシ組織因子−リン脂質複合体を含有する。
【0035】
さらに、測定用試薬は、第I因子及び第V因子を含有することが好ましい。第I因子及び第V因子の添加に代えて、第II因子、第VII因子、第IX因子及びX因子を除去した血漿を用いてもよい。当該血漿としては、血漿、好ましくはウシ血漿を硫酸バリウムで吸着させて得られる硫酸バリウム吸着血漿を用いることが好ましい。硫酸バリウム吸着血漿は、血漿(好ましくはウシ血漿)に硫酸バリウムを添加混合後、硫酸バリウムを除去することにより調製することができる。
【0036】
さらに、測定用試薬はカルシウムイオンを含有することが好ましい。カルシウムイオン源としては、通常、塩化カルシウム、乳酸カルシウムやグルコン酸カルシウム等から選ばれる。
【0037】
さらに、HEPES、TRIPS、MOPS、PIPES、BISTRIS、Glycineなどの群から選ばれる緩衝液を、pH5〜9、最終濃度約10〜100mMとなるように含有していてもよい。
【0038】
〔組換えウシ組織因子の製造方法〕
本発明に係るII、VII、IX、X因子測定用組換えウシ組織因子の製造方法は、ウシ組織因子をコードするcDNAをバキュロウィルスへ組み込んだ組換えバキュロウィルスをカイコに感染させる工程;前記カイコにおいて、前記cDNAから組換えウシ組織因子を発現させる工程を含む。
【0039】
本発明で用いられるcDNAは、ウシ組織因子の可溶性ドメイン及び膜貫通ドメインをコードすることができる塩基配列を有するものである。好ましくはウシ組織因子の可溶性ドメイン、膜貫通ドメイン及び細胞内ドメインをコードすることができる塩基配列を有するcDNAである。このようなcDNAとしては、具体的には配列番号2で示されるアミノ酸配列(AAB20755)又は当該アミノ酸配列の1又は数個のアミノ酸が置換、付加又は欠失したアミノ酸配列をコードすることができる塩基配列が好ましく用いられ、より具体的には、クローンテック社のcDNAライブラリー等から入手できるウシ組織因子のcDNAを用いることができる。
【0040】
上述したようなウシ組織因子cDNAを、バキュロウィルスへ組み込んで、組換えバキュロウィルスを作成する。
ここで、バキュロウィルスとしては、好ましくは核多角体病ウィルス(NPV:nucleopolyhedrovirus)が用いられる。NPVに感染した細胞では、ウィルス粒子とは直接関係していない多角体タンパク質のみを多量に合成しはじめる。従って、多角体プロモータの下流に、この多角体タンパク質をコードする遺伝子に代えて、ウシ組織因子のcDNAを挿入すると、ウシ組織因子を感染細胞内で多量に合成させることができる。
【0041】
さらに、バキュロウィルスとしては、ウィルスが産生するシステインプロテアーゼによるタンパク質分解の影響を避けるため、システインプロテアーゼ遺伝子を人為的に欠損したバキュロウィルスが好ましく用いられる。
【0042】
バキュロウィルスに、目的のウシ組織因子のcDNAを挿入する方法としては、従来より公知の組換え技術を用いることができる。例えば、多角体タンパク質コード遺伝子を適当な制限酵素で切断除去したバキュロウィルスと、ウシ組織因子cDNAライブラリーから同制限酵素を用いて切断して得られたウシ組織因子のcDNA断片とを、常法にしたがって連結することにより、ウシ組織因子cDNAが挿入されたバキュロウィルスの組換え体を得ることができる。尚、必要に応じて、多角体タンパク質コード遺伝子だけでなく、さらにシステインプロテアーゼ遺伝子の一部又は全部を適当な制限酵素で切断除去したバキュロウィルスを用いてもよい。
【0043】
次に、作成した組換えバキュロウィルスを、カイコに感染させる。カイコの種類は特に限定しないが、裸蛹系統のカイコが好ましく用いられる。裸蛹系統のカイコは、繭形成にかかる遺伝子が変異したもので、蛹化はしても繭をつくらない。このような裸蛹系統のカイコとしては例えば、Nd系、Ndb系、Nd−s系、Nd−t系等のカイコが知られている。
【0044】
また、上述したようなカイコの蛹を用いることが好ましい。蛹は、カイコ幼虫の消化管に存在する、食物(桑)を分解するためのセリンプロテアーゼの活性が、カイコ虫体に比べてはるかに低いからである。これにより、カイコ内で発現されたタンパク質の分解を防止することができる。また、カイコ蛹は、バキュロウィルスに対する感受性が幼虫に比べても高く、容易に個体内でウィルスが増殖し、大量の組織因子の発現が可能となるからである。
【0045】
感染方法としては、蛹に組換えバキュロウィルスを含有するウィルス液を注入する注射法、針に微量のウィルス液を塗布し蛹に接種する微量接種法等を適用することができる。あるいは、組換えバキュロウィルスをカイコ培養細胞にコトランスフェクトし、次いでコトランスフェクトされたカイコ培養細胞を所定期間培養して組換えバキュロウィルスを増殖させ、増殖した組換えバキュロウィルスをカイコに接種することにより行なっても良い。
【0046】
カイコ蛹への組換えウィルスの接種は、組換えバキュロウィルスに感染したカイコを5〜10日間飼育することにより行なうことができる。飼育中に、カイコ体内で、組換えバキュロウィルスに挿入されたcDNAが発現して、組換えウシ組織因子が産生され、カイコ体液中に分泌される。ここでカイコ体液中で分泌される組換えウシ組織因子は、配列番号2のアミノ酸配列で示されるタンパク質がさらに翻訳後のプロセッシングによりN末端が切断されたもので、配列番号1で示されるものである。所定期間の飼育後、生産された組換えウシ組織因子を、カイコから抽出する。
【0047】
組換えウシ組織因子のカイコからの抽出は、組換えウシ組織因子を発現したカイコを破砕して得られる破砕物を含む溶液から、固形成分を除去することにより、前記組換えウシ組織因子を含む溶液を採取することにより行なう。
【0048】
カイコ又はカイコの蛹の破砕は、ミキサー、ホモジナイザー、ブレンダーなどを用いて機械的に破砕すればよい。破砕に際しては、例えば、適当な緩衝液を加えて行なうことが好ましい。緩衝液としては、トリス緩衝液、リン酸緩衝液などが挙げられる。このようにして破砕物を含む溶液を得る。
【0049】
破砕物を含む溶液から固形成分を除去して固形成分除去液を得る。固形成分の除去は、濾過、遠心分離、又はこれらを適宜組み合わせて行なうことができる。固形成分除去液としては、具体的には、破砕物を含む溶液を濾過することにより得られる濾液、破砕物を含む溶液を遠心分離することにより得られる上清などが挙げられる。そして、このような固形成分除去液を、組換えウシ組織因子を含む溶液(組換えウシ組織因子含有液)として用いることができる。なお、得られた固形成分除去液には、組換えウシ組織因子とともに、遺伝子導入に使用したバキュロウィルスも含まれている。ゆえに、固形成分除去液に界面活性剤を加えてウィルスを不活化し、それを組換えウシ組織因子含有液として使用することが好ましい。
【0050】
上記界面活性剤としては、ノニオン系界面活性剤、カチオン系界面活性剤、アニオン系界面活性剤のいずれを用いてもよいが、殺ウィルス性の観点からノニオン系界面活性剤を用いることが好ましい。また、ノニオン系界面活性剤の添加は、固形成分除去液に含まれている組換えウシ組織因子の可溶化にも役立つ。組換えウシ組織因子を界面活性剤で、固形成分除去液に可溶化することで、最終的に得られる組換えウシ組織因子含有液の透明度を向上させたり、含有される組換えウシ組織因子の富化を図ることができる。
【0051】
本発明のII、VII、IX、X因子測定用組換えウシ組織の製造方法は、さらに、上述した固形成分除去液を、HEPES等の緩衝液(pH6〜7)等を外液として、透析してもよい。また、上述した固形成分除去液を、硫酸アンモニウム等を用いて塩析してもよい。透析、塩析を適宜組み合わせることで、組換えウシ組織因子が濃縮された組換えウシ組織因子含有液が得ることができ、ひいては不純物の含有量が少ない組換えウシ組織因子含有液を得ることができる。さらに、組換えウシ組織因子含有液における組換えウシ組織因子の富化のために、上述した固形成分除去液を、カイコ個体由来のタンパク質に特異的な抗体などを固相に結合させたカラムクロマトグラフィーに通してもよい。また、ヒスチジンタグなどのアフィニティタグを利用して、組換えウシ組織因子を精製してもよい。これらを組み合わせることによって、純度95%以上のウシ組織因子を製造することが可能となる。
【0052】
ここで、ヒスチジンタグによる精製を利用する場合、遺伝子組換えに使用するウシ組織因子のcDNAのC末端又はN末端にヒスチジンをコードするヌクレオチドを連結させておき、カイコにおいて、ヒスチジンタグが連結した組換えウシ組織因子を発現させればよい。
【0053】
本発明のウシ組織因子の製造方法によれば、ウシ大脳から抽出されるウシ組織因子と同等の生物活性、凝固活性を有する。しかも製造現場において、BSEをはじめとする危険がない。さらに、製造の生産設備や生産コストの点においても、従来の生産方法と比べて低減することができる。また、本発明の製造方法で得られるウシ組織因子含有液は、可溶化された透明度の高いものであることから、光学的手法を利用して凝固時間を測定するのに用いられるII、VII、IX、X因子測定用試薬に好適に用いることができる。
【0054】
〔II、VII、IX、X因子測定用試薬の製造方法〕
本発明のII、VII、IX、X因子測定用試薬の製造方法は、ウシ組織因子をコードするcDNAをバキュロウィルスへ組み込んだ組換えバキュロウィルスをカイコに感染させる工程;前記カイコにおいて、前記cDNAから組換えウシ組織因子を発現させる工程;前記組換えウシ組織因子を抽出する工程;及び前記組換えウシ組織因子とリン脂質とを混合して、ウシ組織因子−リン脂質複合体を形成させる工程を含む。要するに、本発明のII、VII、IX、X因子測定用試薬の製造方法は、上記組換えウシ組織因子の製造方法により得られた組換えウシ組織因子とリン脂質とを混合して、ウシ組織因子−リン脂質複合体を形成させ、さらに、当該試薬に必要な成分を適宜添加混合する方法である。
【0055】
ウシ組織因子−リン脂質複合体の形成は、常法に準じて行なうことができ(Methods Enzymol.,222,p173,1993などを参照)、好ましくは、上記組換えウシ組織因子製造方法により得られた組換えウシ組織因子含有液とリン脂質溶液とを、ニッケル存在下で混合することにより行なう。
【0056】
組換えウシ組織因子含有液としては、組換えウシ組織因子の製造方法にもよるが、上述したような、破砕物を含む溶液から固形成分を除去しただけの固形成分除去液を使用してもよいし、さらに、当該固形成分除去液から界面活性剤による処理、透析、塩析、クロマトグラフィ等を行なって得られる高純度の組換えウシ組織因子含有液を用いてもよい。
【0057】
リン脂質溶液としては、複合体化に使用するリン脂質、すなわち炭素数12〜22の脂肪酸又は不飽和脂肪酸を有するリン脂質が好ましく用いられる。具体的には、前述のウシ組織因子−リン脂質複合体で例示したリン脂質を用いることができる。組換えウシ組織因子含有液とリン脂質液とのモル比率が約1:10〜2×10の範囲、より好ましくは1:3000〜15000の範囲で使用するのが好ましい。
【0058】
ニッケルとしては、通常、塩化ニッケル、硫酸ニッケル等のニッケル塩水溶液、あるいは緩衝液にニッケル塩を溶解させてなる溶液が用いられる。
リン脂質との複合体化は、以上のような組換えウシ組織因子含有液、リン脂質溶液、ニッケル塩溶液を混合攪拌し、1〜2時間ほど反応させればよい。複合体形成後、透析等を行なうことにより、ウシ組織因子−リン脂質複合体を富化してもよい。
【0059】
製造しようとするII、VII、IX、X因子測定用試薬が、第I因子及び第V因子を含有する場合には、第I因子及び第V因子を添加する。第I因子及び第V因子の添加に代えて、第II因子、第VII因子、第IX因子及びX因子を除去した血漿を用いてもよい。当該血漿としては、血漿、好ましくはウシ血漿を硫酸バリウムで吸着させて得られる硫酸バリウム吸着血漿を用いてもよい。硫酸バリウム吸着血漿の調製は、特に限定しないが、例えば、Charlesら「One-stage Prothrombin Time techniques (Thrombosis and Bleeding Disorders Theory and Method, 1971, p92-97)」に記載されているOwrenらの方法により調製できる。
【0060】
また、製造しようとするII、VII、IX、X因子測定用試薬がカルシウムイオンを含有する場合には、カルシウムイオン源として、塩化カルシウム、乳酸カルシウムやグルコン酸カルシウム等を添加する。
【0061】
さらに必要に応じて、HEPES、TRIPS、MOPS、PIPES、BISTRIS、Glycineなどの群から選ばれる緩衝液を、pH5〜9、最終濃度約10〜100mMとなるように添加してもよい。
【0062】
必要に応じて添加される第I因子及び第V因子(又は硫酸バリウム吸着血漿など)、カルシウムイオン源、緩衝剤は、ウシ組織因子−リン脂質複合体形成前に添加してもよいし、同複合体形成後に添加してもよい。また、第I因子及び第V因子、カルシウムイオン源、緩衝剤の添加順序も特に限定しない。
【0063】
以上のようにして製造されるII、VII、IX、X因子測定用試薬は、保存安定性の観点から、通常凍結乾燥して保存され、使用時に精製水又は適当な緩衝液で溶解して使用する。
【実施例】
【0064】
〔組換えウシ組織因子の製造〕
ウシ大脳のcDNAライブラリー(クローンテック社)を、非特許文献1の方法に基づいて、PCRによりウシ組織因子の遺伝子を増幅させ、ウシ組織因子の可溶性ドメイン、膜貫通ドメイン及び細胞内ドメインをコードする完全長のウシ組織因子コード遺伝子をクローニングした。PCR法での増幅に際しては、forwardプライマーとしてBgIII切断配列を有するプライマー(5’−agatctatggcgacccccaacgggcc)を使用し、backwardプライマーとしてEcoRI切断配列を有するプライマー(5’−acttaagaatacgtcgcaactcgccgc)を使用した。クローニングした遺伝子の塩基配列を、シーケンサー(4200型、ライカ)で調べたところ、配列番号2のアミノ酸配列をコードするcDNAであることが確認できた。
【0065】
クローニングしたcDNAを、システインプロテアーゼ欠損ウィルス(片倉工業、pYNG)のクローニングサイトに挿入して、ウシ組織因子組換えバキュロウィルス発現系を樹立させた。
【0066】
ウシ組織因子組換えバキュロウィルスを、カイコの蛹にウィルス感染させ、5℃下で7日間放置し、十分に感染させた。感染後のカイコの蛹は−30℃で一昼夜凍結保存された。なお、クローニングしたウシ組織因子のcDNAのバキュロウィルスへの挿入からカイコ蛹へのバキュロウィルスの感染までの工程は、片倉工業(株)の「Superworm」サービスを利用した。
【0067】
凍結保存された感染後のカイコ蛹を、片倉工業(株)より入手した。カイコ蛹1匹あたりに、緩衝液(20mMトリス塩酸、150mM塩化ナトリウム、10mMベンザミジン、1mM PMSF、1mM DDT、1mM EDTA、1mM EGTA、pH7.5)10mLを加えて、氷冷下、ポリトロンホモジナイザー(回転数12000rpm、5分間)を用いてカイコ蛹を破砕し、破砕物を含む溶液(破砕液)を得た。この破砕液を滅菌したガーゼで濾過することにより、破砕液から固形成分を除去した後、さらに、テフロンホモジナイザー(アズワン、回転数5000rpmで10ストローク)を用いて破砕した。得られた破砕液を遠心分離(3000×g、8℃、10分)し、上清を回収し、この上清を固形成分除去液とした。固形成分除去液8容量に対して、10%NP−40界面活性剤(カルビオケム)を2容量加えて、30℃で3時間インキュベートして、バキュロウィルスを不活性化するとともに、組換えウシ組織因子を可溶化させた。
【0068】
バキュロウィルスの不活性化の確認は、界面活性剤で処理された固形成分除去液のウィルス力価を、Reed−Muench法(Reed,L.J.and Muench,H.:Amer.J.Hyg.,27,493(1938))に基づいて、顕微鏡で目視により96穴のウィルス感染の有無を観察することにより行なった。
【0069】
界面活性剤で処理された固形成分除去液を遠心分離(3000×g、8℃、30分)して、リポタンパク質や脂質分画が除去された上清を得た。次に、得られた上清を、20mM HEPES(150mM塩化ナトリウム緩衝液(pH7.2))を用いて透析(透析膜用セルロースチューブ、三光純薬(株))を行なった。透析後、透析チューブ内の溶液に、30%飽和濃度となるまで硫酸アンモニウムを添加し、遠心分離して上清を回収した。続いて、この上清に、飽和濃度60%となるまで硫酸アンモニウムを添加して、組換えウシ組織因子を含む沈殿を生成させた。沈殿が生成した溶液を、20mM HEPES緩衝液(pH7.2、150mM塩化ナトリウム含有)で透析(透析膜:透析膜用セルロースチューブ、三光純薬(株))し、透析後の透析チューブ内の溶液を回収し、これを組換えウシ組織因子含有液とした。得られた組換えウシ組織因子含有液の組換えウシ組織因子の純度を電気泳動(SDS−PAGE)により調べたところ、約70%であった。この組換えウシ組織因子含有液を、さらにセファクリルS200ゲルクロマトグラフィに供して、最終的に、組換えウシ組織因子の純度が約95%の組換えウシ組織因子含有液を得た。
【0070】
〔ウシ組織因子−リン脂質複合体の作製〕
0.25%デオキシコール酸ナトリウムDOC(20mL)にベイシス大豆レシチン0.4g(日清製油(株))を溶解する。ローテータで室温下、完全に溶解させ、これに1,2−オレイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン(DOPE)0.1g及び1,2−ジオレイル−sn−グリセロ−3−ホスホ−L−セリン(DOPS)0.3g(Avanti polar lipid、Inc.)を懸濁させてリン脂質溶液を調製した。
【0071】
このリン脂質溶液37.5mLに、0.5M塩化ニッケル溶液を5mL、10mHEPES緩衝液(pH7.3)2.5mL、上記で精製した組換えウシ組織因子含有溶液2.5mLを添加し、ボルテックスで30秒間攪拌した。攪拌後、BRANSON#2210型超音波装置で、37℃、15分間反応させた後、37℃、1時間放置した。この溶液を透析膜(透析用セルロースチューブ、三光純薬(株))に移して、10mM HEPES(pH7.3、0.15M 塩化ナトリウム含有)で透析を3回行ない、透析後の透析チューブ内の溶液をウシ組織因子−リン脂質複合体含有液として得た。
【0072】
〔II、VII、IX、X因子測定用試薬の調製〕
(1)硫酸バリウム吸着血漿の調製
クエン酸を添加したウシ血漿に、ウシ血漿の30w/v%量の硫酸バリウム、及びウシ血漿の20v/v%量の生理食塩水を、60分間ローテータで攪拌した。この混合液を、4℃、5000rpm、15分間遠心分離した後、上清を回収した。この上清に、当該上清の30w/v%の硫酸バリウムを少しずつ添加混合して、硫酸バリウムに血漿中のII、VII、IX、X因子を吸着させた。その後、遠心分離して上清を回収した。その上清を、透析チューブ(透析用セルロースチューブ、三光純薬(株))にいれ、生理食塩水を外液として、2〜8℃で透析を行なった。透析後の透析チューブ内の溶液を0.45μmのフィルターで濾過した濾液を、硫酸バリウム吸着血漿として、以下の試薬の調製に用いた。
【0073】
(2)II、VII、IX、X因子測定用試薬の調製
上記で調製したウシ組織因子−リン脂質複合体含有液と、硫酸バリウム吸着血漿と、40mHEPES緩衝液(pH7.3、4mMの乳酸カルシウム含有)とを1:2:1の比率で混合して攪拌し、II、VII、IX、X因子測定用試薬を調整した。
【0074】
〔II、VII、IX、X因子測定用試薬の凝固活性〕
上記調製方法に基づいて、II、VII、IX、X因子測定用試薬を3ロット調製した(試薬ロットNo.1〜3)。この測定用試薬(試薬ロットNo.1〜3)を用いて、2種類の正常血漿(正常血漿1,2)、5種類のワルファリン投与血漿(ワルファリン血漿1〜5)の凝固活性(%)を、全自動血液凝固分析装置コアグレックス800(島津製作所(株))を用いて、測定した。
尚、活性値(%)の算出に用いる検量線の作成には、血液凝固試験用標準ヒト血漿(シスメックス(株))を用いた。また、正常血漿には、コアグトロールN(シスメックス(株))及びコアグトロールI(シスメックス(株))を用い、ワルファリン投与患者血漿は、Multi−Coumadin Set(George King Biomedical社)を用いた。さらに、対照試薬には、ウシ組織因子−リン脂質複合体として天然ウシ大脳トロンボプラスチンを用いた市販品のトロンボテスト試薬である複合因子T「コクサイ」(シスメックス(株))を用いた。
結果を表1に示す。
【0075】
【表1】

【0076】
表1から、正常血漿及びワルファリン血漿のいずれに対しても、本実施例の測定用試薬は、天然のウシ脳組織トロンボプラスチンを用いた測定試薬と同程度の凝固活性を示すことが確認できた。
【0077】
〔II、VII、IX、X因子測定用試薬の感度〕
上記で調製したII、VII、IX、X因子測定用試薬(調製ロットNo.1〜3)及び既知ISI値が算出されている対照試薬(複合因子T「コクサイ」)について、予めEQUSTAサーベイサンスでINR表示値が決定された4種類のAKキャリブラント(AK−A、AK−B、AK−C、AK−D、いずれもImmuno社)の凝固時間(秒)及び国際標準感度指標(ISI値)を、全自動血衛凝固分析装置コアグレックス800(島津製作所(株))で測定した。結果を表2に示す。
【0078】
【表2】

【0079】
試薬ロットNo.1〜3のいずれも、キャリブラントAK−A〜AK−Dについて、対照試薬と同程度の凝固時間、感度を示すことが確認できた。
【0080】
〔II、VII、IX、X因子測定用試薬の検査精度(再現性)〕
上記で調製したII、VII、IX、X因子測定用試薬(試薬ロットNo.1〜3)及び対照試薬(複合因子T「コクサイ」)を用いて、ワルファリン投与患者血漿の凝固時間を、全自動血液凝固分析装置コアグレックス800(島津製作所(株))で、10回ずつ測定し、測定値のばらつきを調べた。各試薬を用いた場合の凝固時間(測定値及び平均値)、標準偏差、CV値を、表3に示す。
【0081】
【表3】

【0082】
表3からわかるように、本発明の測定用試薬は、10回の測定のばらつきは、従来の対照試薬と同程度であり、従来の対照試薬に匹敵する測定精度(再現性)を有することが確認できた。
【0083】
〔従来の対照試薬との活性の相関性〕
正常血漿及びワルファリン投与患者血漿(N=198)について、上記で調製で調製したII、VII、IX、X因子測定用試薬及び対照試薬(複合因子T「コクサイ」(シスメックス(株))の凝固活性(%)を、全自動血液凝固分析装置コアグレックス800(島津製作所(株))で測定した。各血漿試料について、対照試薬を用いたときの活性値と本実施例の測定用試薬を用いたときの活性値の関係を図1に示す。図1中、横軸は、対照試薬を用いて測定したときの活性値(%)を示しており、縦軸は本実施例の測定用試薬を用いて測定したときの活性値(%)を示している。
【0084】
図1から明らかなように、組換えウシ組織因子−リン脂質複合体を用いた本実施例のII、VII、IX、X因子測定用試薬の活性値(%)と従来の対照試薬の活性値(%)との間には高い相関性があることが確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0085】
本発明のII、VII、IX、X因子測定用試薬は、従来の天然ウシ組織大脳由来の組織因子を用いた同因子測定用試薬と同程度の凝固性能、測定精度を有しているので、従来のII、VII、IX、X因子測定用試薬の代替品として利用できる。
しかも、本発明のII、VII、IX、X因子測定用試薬は、カイコを宿主として産生した遺伝子組換えウシ組織因子を用いているので、従来の天然ウシ組織大脳からの抽出作業を要する試薬の製造方法と比べて、安全で、簡便化されるので、生産コストの低減化を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0086】
【図1】本実施例のII、VII、IX、X因子測定用試薬と対照試薬との凝固特性についての相関性を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも可溶性ドメイン及び膜貫通ドメインを含むII、VII、IX、X因子測定用の組換えウシ組織因子。
【請求項2】
配列番号1で示されるアミノ酸配列又は当該アミノ酸配列の1又は数個のアミノ酸が置換、付加又は欠失したアミノ酸配列からなるII、VII、IX、X因子測定用の組換えウシ組織因子。
【請求項3】
宿主としてのカイコにおいて発現された組換えウシ組織因子である請求項1又は2に記載の組換えウシ組織因子。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の組換えウシ組織因子とリン脂質とからなる複合体であるII、VII、IX、X因子測定用の組換えウシ組織因子複合体。
【請求項5】
請求項4に記載の組換えウシ組織因子複合体を含有するII、VII、IX、X因子測定用試薬。
【請求項6】
配列番号2で示されるアミノ酸配列又は当該アミノ酸配列の1又は数個のアミノ酸が置換、付加、又は欠失したアミノ酸配列をコードするcDNAをバキュロウィルスへ組み込んだ組換えバキュロウィルスをカイコに感染させる工程;
前記カイコにおいて、前記cDNAから組換えウシ組織因子を発現させる工程;及び
前記組換えウシ組織因子を抽出する工程;
を含むII、VII、IX、X因子測定用の組換えウシ組織因子の製造方法。
【請求項7】
配列番号2で示されるアミノ酸配列又は当該アミノ酸配列の1又は数個のアミノ酸が置換、付加、又は欠失したアミノ酸配列をコードするcDNAをバキュロウィルスへ組み込んだ組換えバキュロウィルスをカイコに感染させる工程;
前記カイコにおいて、前記cDNAから組換えウシ組織因子を発現させる工程;
前記組換えウシ組織因子を抽出する工程;及び
前記組換えウシ組織因子とリン脂質とを混合して、ウシ組織因子−リン脂質複合体を形成させる工程;
を含むII、VII、IX、X因子測定用試薬の製造方法。
【請求項8】
前記ウシ組織因子−リン脂質複合体を形成させる工程において、
前記組換えウシ組織因子と前記リン脂質とが、ニッケル存在下で混合される請求項7に記載のII、VII、IX、X因子測定用試薬の製造方法。


【図1】
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【公開番号】特開2008−88103(P2008−88103A)
【公開日】平成20年4月17日(2008.4.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−270159(P2006−270159)
【出願日】平成18年9月30日(2006.9.30)
【出願人】(390014960)シスメックス株式会社 (810)
【Fターム(参考)】