説明

II型肺胞上皮細胞活性剤

【課題】経口摂取により、II型肺胞上皮細胞の増殖を活性化させ、インフルエンザや感染性の肺障害を治癒あるいは軽減させる方法、およびII型肺胞上皮細胞活性化剤薬剤の提供。
【解決手段】乳酸菌を経口摂取することで、II型肺胞上皮細胞の増殖を活性化させ、肺傷害を治癒あるいは軽減させる方法、およびII型肺胞上皮細胞活性化剤。該乳酸菌としては、Enterococcus属、特に、faecalis種であることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、経口摂取によってII型肺胞上皮細胞の増殖を活性化し、肺障害を改善する食品、あるいは、医薬品に関するものである。
【背景技術】
【0002】
Enterococcus属の乳酸菌は、これまでに、経口摂取によって免疫を賦活する報告が多く成されている(特許文献1〜5、非特許文献1〜3)。例えば、特許第2969017号において、我々は、Enterococcus属の乳酸菌をマウスに経口摂取させることで、カンジダ菌による感染症が予防され、症状の軽減に繋がることを報告している。また、特許第3272023号においては、エタノール飲用や抗癌剤投与による白血球減少が、Enterococcus属の乳酸菌の経口投与で改善されることを報告している。
【0003】
Enterococcus属の乳酸菌が免疫賦活作用を及ぼす機序としては、一般的な乳酸菌が免疫に及ぼす作用機序と同じであると考えられる。すなわち、経口摂取された乳酸菌、または乳酸菌成分が小腸に達した時、腸管上皮に存在するM細胞よりパイエル板に取り込まれ、樹状細胞により抗原提示されることで、T細胞が活性化され、全身免疫力の強化に繋がるというものである。(非特許文献4)
【0004】
Enterococcus属の乳酸菌は、免疫賦活作用以外にも、肝機能の改善効果(特許文献6、非特許文献5)、肥満抑制作用(非特許文献6)、アレルギー抑制作用(特許文献7〜8、非特許文献7)、皮膚疾患の改善効果(特許文献9〜11)が報告されている。また、大量に摂取した場合の安全性についても、報告がある。(非特許文献8)
【0005】
肺は、 体内で生じた二酸化炭素と大気中の酸素を交換する場所である。具体的には、気管支で左右に分かれた気管がさらに枝分かれした先にある肺胞と呼ばれる袋状の器官でガス交換が行われている。肺胞のまわりには、毛細血管が取り巻いている。I型肺胞上皮細胞は、肺胞を取り巻く毛細血管の血管内皮細胞と基底膜を形成し、ガス交換を行っている。II型肺胞上皮細胞は、肺サーファクタントを産生し、肺胞表面張力を低下させ、繊維化を防止している。また、II型肺胞上皮細胞は、I型上皮細胞のreserve
cellとしての働きもあり、I型肺胞上皮細胞が傷害を受けた場合、増殖してI型肺胞上皮細胞に分化する。II型肺胞上皮細胞活性化には、肝細胞増殖因子が有効であるとの報告がある。(特許文献12)通常、成人の肺は自然には再生しない器官であるため、肺の傷害を防ぐには、reserve cellの能力を高め悪化を抑えることが最良の手段であると考えられる。
【0006】
インフルエンザ等の感染症から肺炎が引き起こされた場合、現在は、抗ウイルス剤や抗生物質による病原体の排除が主であるが、これは本人の快復力に依存するうえ、耐性ウイルスや耐性菌の出現する危険性がある。プロバイオティクス乳酸菌を用いた肺機能障害の治療法も報告されているが、これはプロバイオティクスの抗炎症作用によるもので、肺そのものの回復を促すものではない。(特許文献13)
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第2969017号
【特許文献2】特許第3272023号
【特許文献3】特開2008−194001
【特許文献4】特開平9−124496
【特許文献5】特開平8−99887
【特許文献6】特開平8−176000
【特許文献7】特開平11−124336
【特許文献8】特開2003−137795
【特許文献9】特開2000−95698
【特許文献10】特開2004−26670
【特許文献11】特開2005−126342
【特許文献12】特表2007−528366
【特許文献13】特表2007−514738
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】薬学雑誌1993年
【非特許文献2】日本農芸化学会誌1995年
【非特許文献3】International Journal of Immunopharmacology 1996年
【非特許文献4】プロバイオティクス・プレバイオティクス・バイオジェニックス 腸内細菌との関わりを中心としたその研究と意義 光岡知足編集 財団法人日本ビフィズス菌センター
【非特許文献5】日赤和歌山誌 2004年
【非特許文献6】日本食品科学工学会誌 2009年
【非特許文献7】Clin Exp Allergy 2004年
【非特許文献8】応用薬理 2009年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、経口摂取によりII型肺胞上皮細胞の増殖を活性化させ、インフルエンザや感染性の肺炎症状を軽減する事が出来る食品または薬剤を提供する目的である。
【課題を解決するための手段】
【0010】
我々は、Enterococcus属の乳酸菌を研究する中で、Enterococcus属の乳酸菌を投与したマウスは、インフルエンザに感染した場合でも、肺の炎症症状が軽く、また、死亡率も低いことを見いだし、その効果がII型肺胞上皮細胞の増殖の活性化によるものであることを突き止め、本発明を完成させた。
【発明の効果】
【0011】
本発明は、Enterococcus属の乳酸菌を経口的に摂取することで、II型肺胞上皮細胞の増殖を活性化させ、肺の傷害を治療するものである。本発明には、健康食品としてすでに販売されているものを用いることができ、処方箋を要しないので、常備し、必要な時に手軽に飲用することができる。用いるEnterococcus属の乳酸菌は、生菌にこだわらず、死菌でも良く、死菌であれば抵抗力の落ちている病人に対しても二次感染を引き起こすことが無く、安全である。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】肺切片の抗prosurfactant protein C抗体による免疫染色像である。prosurfactant protein C陽性細胞の一例を矢印で示した。
【図2】肺におけるII型肺胞上皮細胞数の割合を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明に用いられるエンテロコッカス属に属する微生物としては、エンテロコッカス属に属する微生物であればよく、例えば、エンテロコッカス・フェカリス(Enterococcus faecalis)、エンテロコッカス・フェシウム(Enterococcus faecium)等の細菌が挙げられる。エンテロコッカス属に属する微生物は、一般的に腸球菌と呼ばれることもある。上記微生物は、ATCC、IFO、JCMなどの国内、国際分譲機関から取り寄せることが可能である。これらの微生物は、食品中に一般的に存在している細菌、または食品製造に用いられる細菌、もしくは健常者の糞便から分離した細菌であることから、副作用の危険性はない。また、培養により容易に大量に得ることができるため、培養して得られた菌体を用いると生産コストが安く経済的である。有用な微生物としては、細胞壁の構成から、エンテロコッカス・フェカリス(Enterococcus faecalis)が好ましく、特に有用な微生物は、健常者の腸内から分離された菌株であるエンテロコッカス・フェカリス(Enterococcus faecalis)NF−1011株である。当該菌株は独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センターの受託番号FERM BP−10902として寄託されている。当該菌株の菌学的(形態学的、生化学的及び血清学的)性状は、特許文献1に記載している。
【0014】
本発明に用いられるエンテロコッカス属に属する微生物の菌体としては、上記微生物から得られる菌体であればよく、1種または2種以上の菌体を合わせて用いる事ができる。理想的にはfaecalis種を1種以上含むことが望ましく、その菌の生死は問わない。本発明に用いられる菌体を得る方法の一例を書き記すが、これに特に限定されるものではない。上記微生物を、適量の滅菌ロゴザ液体培地に摂取し、35〜37℃にて10〜16時間好気的に静置培養し、前培養液を得る。これを10リットルの滅菌ロゴザ液体培地に加え同様に静置培養する。得られた培養液は遠心分離操作を行い、生菌体を沈殿物として得る。生菌体を生理食塩水等の等張液で数回洗浄し、同様に遠心分離して菌体を得ることができる。菌体は、さらに、生理食塩水等の等張液に懸濁して菌体液として用いてもよいし、また、凍結乾燥法等によって乾燥して用いてもよい。
【0015】
さらに、本発明において、菌体の細胞壁を完全にあるいは部分的に破壊し、少なくとも1つ以上の細胞内成分を放出させた菌体の処理物を用いることが出来る。本発明に用いられる菌体の処理物としては、菌体を熱、物理的力、または溶菌酵素などによって処理したものが挙げられる。熱による破壊処理の場合には、菌体懸濁液を100℃以上で数分以上加熱すればよいが、破壊効率を考えるとオートクレーブ処理ができる温度(110℃〜125℃)が望ましい。例えば、110℃で10分間加熱処理して菌体の処理物を得ることができる。また、物理的力による破壊処理の場合、超音波処理、フレンチプレスなどの物理的な方法を用いて、細胞壁を破壊して処理物を得ることもできる。さらに、溶菌酵素による溶菌処理の場合には、菌体を溶菌有効量の酵素によって処理する事により得ることができる。特に、高い破壊効率が得られるため酵素処理が好ましい。また、上記の処理方法はそれぞれ組み合わせて用いることも出来る。
【0016】
本発明の経口組成物の剤形は、特に限定されず、適宜公知の剤形に調製することができる。有効成分である菌体またはその処理物を必要に応じて濃縮状態とすることにより、多量の菌体またはその処理物であっても投与可能な剤形に調製することができる。組成物の用途に応じて、食品、医薬品に通常使用される剤形をとることができ、通常、固形剤、半固形剤または液剤であり、好ましくは固形剤または液剤である。具体的には、錠剤(口腔内側崩壊錠、咀嚼可能錠、発泡錠、トローチ剤、ゼリー状ドロップ剤などを含む)、丸剤、顆粒剤、細粒剤、散剤、硬カプセル剤、軟カプセル剤、ドライシロップ剤、液剤(ドリンク剤、懸濁剤、シロップ剤を含む)、ゼリー剤などの公知の形態をとることができ、好ましくは錠剤、顆粒剤、細粒剤、散剤、硬カプセル剤、軟カプセル剤、液剤である。一度に摂食する分量に対し、100から10兆個のEnterococcus属の乳酸菌を含むことが望ましく、少なくとも5000億から5兆個のEnterococcus属の乳酸菌体が含まれるものがよい。
【0017】
本発明の経口組成物の用途は、本発明の効果を奏すれば特に限定されないが、例えば医薬品、食品[健康食品、栄養補助食品(バランス栄養食、サプリメントなど)、栄養機能食品、特定保健用食品を含む]などに利用できる。具体的には、医薬品ではビタミン剤(錠剤、顆粒剤、ドリンク剤を含む)、女性用薬など、食品ではガム、錠菓等の菓子類、栄養飲料等の飲料類などのバランス栄養食、粉末、カプセル、錠剤等の形態を有するサプリメント、健康食品、栄養機能食品または特定保健用食品等を例示できる。
【0018】
本発明の経口組成物は、上記成分の他に、組成物の用途あるいは剤形に応じて、食品、医薬品に通常使用される成分を適宜配合しても良い。配合できる成分としては、特に制限されないが、例えば、アミノ酸類、アルコール類、多価アルコール類、糖類、ガム質、多糖類などの高分子化合物、界面活性剤、防腐・抗菌・殺菌剤、pH調整剤、キレート剤、抗酸化剤、酵素成分、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、流動化剤、清涼化剤の他、ミネラル類、細胞賦活剤、滋養強壮剤、賦形剤、増粘剤、安定化剤、保存剤、等張化剤、分散剤、吸着剤、崩壊補助剤、湿潤剤または湿潤調節剤、防湿剤、着色料、着香剤または香料、芳香剤、還元剤、可溶化剤、溶解補助剤、発泡剤、粘稠剤または粘稠化剤、溶剤、基剤、乳化剤、可塑剤、緩衝剤、光沢化剤などをあげることができる。
【0019】
本発明の経口組成物の服用量は、症状、患者の年齢、体重、剤形等に応じて適宜増減することができる。成人1日あたり、菌体またはその処理物を乾燥重量として、通常、0.001〜0.5g/Kg体重を、好ましくは、0.002〜0.1g/Kg体重を投与することができ、さらに、1日1回又は数回に分けて投与することができる。
【実施例1】
【0020】
菌体試料の調整
エンテロッコカス・フェカリス(Enterococcus faecalis)NF−1011(特許生物寄託センター受託番号FERM BP−10902)を以下に示す組成のロゴザ液体培地10mlに摂種し、37℃にて15時間好気的に静置培養(前培養)し、約10個/mlの菌体液(シード)を得た。これをロゴサ液体培地10Lに接種(菌数:10個/ml)し、37℃で16時間静置培養し、生菌数約10個/mlの菌体液を得た。得られた菌体液を遠心分離(12,000×g、20分間)して集菌し、これを生理食塩水(0.85%塩化ナトリウム水溶液)で2回洗浄して、蒸留水100mlに懸濁し、菌体懸濁液を得た。この菌体懸濁液にリゾチームを終濃度0.1mg/ml量となるよう添加し、37℃で4時間処理後、110℃で10分間加熱処理して、菌体処理物(LFK)を得た。
【0021】
ロゴザ液体培地の調製方法
下記表1の成分を蒸留水1000mlに溶解し、pH7.0に調整後、121℃で15分間高圧蒸気滅菌して調製した。
【0022】

【実施例2】
【0023】
C57BL/6(雄、5週齢)に、生理食塩水にて調整した0.2mlのLFK懸濁液(75mg/ml)を7日間、1日1回経口投与した。対照群では生理食塩水を投与した。投与開始7日目にイソフルラン麻酔下で安楽死させた後、肺を摘出した。摘出した肺はPBSにて洗浄後、10%中性緩衝ホルマリンによる固定を2日間行い、パラフィンで包埋した。ミクロトーム(サクラ精機)にて4mmの切片を作成し、スライドガラスに貼り付け、伸展および乾燥を42℃で一晩行った。サンプルの脱パラフィン操作はキシレン(5分を3回繰り返す)を用いて行い、内因性ペルオキシダーゼ阻害処理はメタノールで希釈した0.3%過酸化水素水を用いて行った(5分)。賦活化処理は、10mMクエン酸バッファー(pH 6)を用い、電子レンジで1分間の沸騰により行った。室温放置による冷却後、PBSにて洗浄を行った(5分を3回繰り返す)。2% normal goat serum/0.2% Triton X-100/PBSにてブロッキング操作を室温2時間行った。PBS洗浄(5分を3回繰り返す)後に、2% normal goat serum/0.2% Triton
X-100/PBSにて4000倍希釈した一次抗体溶液(anti-prosurfactant protein C, Millipore)を用いて4℃で一晩反応させた。0.2% Triton X-100/PBSで洗浄(5分を6回繰り返す)を行った後に、HRP標識ポリマー(DAKO, Envision + system HRP labeled polymer anti rabbit)で反応させ、発色操作(DAKO, Envision + キット/HRP(DAB))を行った。PBS洗浄後に、ヘマトキシリン染色、水道水洗浄(10分)、脱水操作(95%エタノールを3分、100%エタノールを5分)、キシレンによる透徹操作(5分を2回繰り返す)を行い、エンテランニュー(Merck)で封入した。II型肺胞上皮細胞のマーカーであるprosurfactant
protein C陽性細胞の染色像を顕微鏡下にて観察した。ヘマトキシリン染色細胞およびprosurfactant protein C陽性細胞をカウントすることにより、検体における肺細胞中のII型肺胞上皮細胞数の割合を算出した。
【0024】
結果
図1に、抗prosurfactant protein C抗体での免疫染色像を示した。生理食塩水を与えた対照群に比べて、LFK投与群では肺胞壁が肥厚しており、II型肺胞上皮細胞の数が増加していた。さらに、図2に、肺細胞中のprosurfactant
protein C陽性細胞数の割合を示した。LFK投与群において有意にprosurfactant
protein C陽性細胞数の割合が上昇していた。これらは、本発明の菌体処理物を経口投与すると、II型肺胞上皮細胞数が増加することを示している。
【産業上の利用可能性】
【0025】
本発明は、乳酸菌を経口摂取することでII型肺胞上皮細胞の増殖を活性化させるものであり、インフルエンザ等の感染症から生じる肺炎や、薬剤や喫煙によって生じる肺傷害の軽減や回復が期待できる。食品としての利用が可能であるが、医療用の成分としても利用可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
乳酸菌を経口摂取することで、II型肺胞上皮細胞の増殖を活性化させ、肺傷害を治癒あるいは軽減させる方法
【請求項2】
乳酸菌がEnterococcus属である請求項1の方法
【請求項3】
乳酸菌がEnterococcus属faecalis種である請求項1の方法
【請求項4】
有効成分としてEnterococcus属の乳酸菌または菌体成分を含むII型肺胞上皮細胞活性化剤
【請求項5】
Enterococcus属の乳酸菌がfaecalis種である請求項3のII型肺胞上皮細胞活性化剤

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2013−56851(P2013−56851A)
【公開日】平成25年3月28日(2013.3.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−196269(P2011−196269)
【出願日】平成23年9月8日(2011.9.8)
【出願人】(591246849)ニチニチ製薬株式会社 (3)
【Fターム(参考)】