説明

L−アルギニン結合因子の精製方法及びL−アルギニン様化合物のスクリーニング方法

【課題】 細胞抽出液などの試料中に含まれるアルギニン結合因子を効率的に精製する手段を提供する。
【解決手段】 担体に固定されたL-アルギニンメチルエステル等に試料を接触させることにより、試料中のL-アルギニン結合因子とL-アルギニンメチルエステル等を結合させる工程、及びL-アルギニンメチルエステル等と結合したアルギニン結合因子を回収する工程を含むL-アルギニン結合因子の精製方法、及びL-アルギニン結合因子とL-アルギニン等とからなる結合体に、被験物質を接触させ、L-アルギニン等からL-アルギニン結合因子を解離させる被験物質を選択することを特徴とするL-アルギニン様化合物のスクリーニング方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、L-アルギニンと結合する物質(L-アルギニン結合因子)を効率的に精製する方法、及びその方法によって精製されたL-アルギニン結合因子等を利用して、L-アルギニンと同様の生理活性を持つ化合物をスクリーニングする方法に関する。
【背景技術】
【0002】
L-アルギニンは成長期や病気・怪我のような期間において充分に合成されず、不足しやすいため、準必須アミノ酸として分類される(Morrisら2004)。体内のL-アルギニンの源は食事のタンパク質からや体内タンパク質のターンオーバーや体内での合成による。L-アルギニンは細胞質内酵素であるarginosuccinate synthase及びarginosucciinate lyaseの連続反応によりcitrullineより合成される。一方、L-アルギニンは4種類の酵素により細胞内にて代謝される。NO synthase (NOS)、arginase、arginine:glycine amidinotransferase、arginine decarboxylaseがそれら酵素であり、NO、creatine phophate、agmatine、polyamines、ornithine、citrullineのような生理活性化合物に変換される(Morrisら2006)。また、L-アルギニンは免疫(Angele ら2002)、創傷治癒(Stechmillerら2005)、血管緊張(Koizumiら1994)、血管内皮機能(Schlaichら2004)、インスリン分泌(Weinhausら1997)等の機能が存在する。このようにL-アルギニンは生理活性を有する食物中の化合物であり、直接ないしは代謝されて多くの機能が存在する。
【0003】
L-アルギニンを基質として代謝する酵素群はL-アルギニン結合因子として知られているが、L-アルギニンが直接生理活性を有することに関してはほとんど知られていない。タンパク質に結合し、反応するようなシグナル分子のほとんどは細胞表面に存在するため、アルギニンシグナルの解明のためにはL-アルギニン結合因子の同定は不可欠である。
【0004】
本発明者らは既にグリシジルメタクリレート(GMA)-スチレン共重合体をコアとし、GMAで覆ったナノビーズを作製した(SGビーズ、200nm直径、Kawaguchiら1989)。このナノビーズは従来のアフィニティ精製担体に比べていくつかの利点がある。1)ポア(穴)がないため、洗浄時に残存タンパク質が効果的に除け、また、目的タンパク質が固定化したリガンドにアクセスしやすい。2)直径が小さいため(200nm)大きな表面積が得られる(1gのビーズで20m2の表面積があり、固定化するリガンドの容量も大きい。)、3)化学的・物理的な安定であるため、種々の有機溶媒中にてリガンドのビーズへの固定化反応が可能である。このような利点から、SGビーズは、迅速で効率的なリガンド結合タンパク質の精製を可能にする(転写因子精製:非特許文献1、非特許文献2、薬剤受容体精製:非特許文献3、非特許文献4、)。SGビーズをもとにして最近新しい磁性ナノビーズ(FGビーズ、200nm直径、磁性粒子をGMA-スチレン共重合体で覆い、さらにGMAポリマーで覆った)が開発された(Nishioら2008)。このFGビーズは市販されている他のビーズ〔adembeads(200nm, ADENTECH)、nanomag-D(130nm, micromod)、Dyabeads(2800nm, Invitrogen)。〕に比べて標的タンパク質に対する高い精製効率を示した(Nishioら2008)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Inomata Y, Kawaguchi H, Hiramoto M, Wada T and Handa H. Direct purification of multiple ATF/E4TF3 polypeptides from HeLa cell crude nuclear extracts using DNA affinity latex particles. Analytical Biochemistry 1992; 206: 109-114.
【非特許文献2】Wada T, Watanabe H, Kawaguchi H and Handa H. DNA affinity chromatography. Methods in Enzymology 1995; 254: 595-604.
【非特許文献3】Shimizu N, Sugimoto K, Tang J, Nishi T, Sato I, Hiramoto M, Aizawa S, Hatakeyama M, Ohba R, Hatori H, Yoshikawa T, Suzuki F, Oomori A, Tanaka H, Kawaguchi H, Watanabe H and Handa H. High-performance affinity beads for identifying drug receptors. Nature Biotechnology 2000; 18: 877-881.
【非特許文献4】Hiramoto M, Shimizu N, Nishi T, Shima D, Aizawa S, Tanaka H, Hatakeyama M, Kawaguchi H and Handa H. High-performance affinity beads for identifying anti-NF-kappa B drug receptors. Methods in Enzymology 2002; 353: 81-88.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
アルギニンには、NO産生、尿素産生、インスリン分泌促進など多様な機能を持つが、それらの機能については必ずしも十分に解明されているわけではなく、特にインスリン分泌促進についてはほとんどわかっていない。このような機能の解明には、アルギニンがどのような物質と結合しているのかを明らかにすることが重要であるが、現在のところそのような物質(アルギニン結合因子)を効率的に精製する手段が開発されていない。
【0007】
本発明は、このような技術的背景の下になされたものであり、細胞抽出液などの試料中のアルギニン結合因子を効率的に精製する手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記課題を解決するため鋭意検討を重ねた結果、アフィニティ精製によりアルギニン結合因子を精製する際、アルギニンそのものではなく、アルギニンメチルエステルを用いることにより、効率的にアルギニン結合因子を精製できることを見出した。その理由は、以下の通りである。
【0009】
アルギニンは、分子中にカルボキシル基とアミノ基を持つため、自己縮合して多量体を形成してしまう。このため、アルギニンを用いたのではアルギニン結合因子を効率的に精製することができない。これに対し、アルギニンメチルエステルはカルボキシル基を持たないのでアルギニンのような自己縮合の問題が生じない。一方、自己縮合を回避できたとしても、メチルエステル化により、アルギニン本来の機能が失われてしまえば、本来アルギニンと結合する物質と結合できなくなってしまい、アルギニン結合因子の効率的な精製は不可能になる。しかし、アルギニンメチルエステルは、アルギニン同様にインスリン分泌活性とNOSアンタゴニスト活性持つことから、アルギニンの持つ機能は失われておらず、アルギニンと結合する物質は、アルギニンメチルエステルにも結合すると推測される。
【0010】
更に本発明者は、精製されたアルギニン結合因子を利用して、L-アルギニン様化合物をスクリーニングできることを見出した。
【0011】
本発明は、以上の知見に基づき完成されたものである。
【0012】
即ち、本発明は、以下の(1)〜(8)を提供するものである。
(1)担体に固定されたL-アルギニン誘導体に試料を接触させることにより、試料中のL-アルギニン結合因子とアルギニンン誘導体を結合させる工程、及びL-アルギニンン誘導体と結合したアルギニン結合因子を回収する工程を含むL-アルギニン結合因子の精製方法であって、L-アルギニンン誘導体が、アルギニン分子中のカルボキシル基とアミノ基による自己縮合を起こさない化学構造をとり、かつインスリン分泌活性とNOSアンタゴニスト活性を有するものであることを特徴とするL-アルギニン結合因子の精製方法。
(2)L-アルギニン誘導体が、L-アルギニンメチルエステルであることを特徴とする(1)に記載のL-アルギニン結合因子の精製方法。
(3)担体が、磁性を持つ担体であることを特徴とする(1)又は(2)に記載のL-アルギニン結合因子の精製方法。
(4)L-アルギニン結合因子とL-アルギニン又はL-アルギニン誘導体とからなる結合体に、被験物質を接触させ、L-アルギニン又はL-アルギニン誘導体からL-アルギニン結合因子を解離させる被験物質を選択することを特徴とするL-アルギニン様化合物のスクリーニング方法。
(5)L-アルギニン結合因子が、(1)乃至(3)のいずれかに記載の精製方法によって精製されたL-アルギニン結合因子であることを特徴とする(4)に記載のL-アルギニン様化合物のスクリーニング方法。
(6)L-アルギニン結合因子が、ホスホフラクトキナーゼ、RuvB-like 2、又はRuvB-like 1であることを特徴とする(4)に記載のL-アルギニン様化合物のスクリーニング方法。
(7)L-アルギニン誘導体が、アルギニン分子中のカルボキシル基とアミノ基による自己縮合を起こさない化学構造をとり、かつインスリン分泌活性とNOSアンタゴニスト活性を有するL-アルギニンン誘導体であることを特徴とする(4)乃至(6)のいずれかに記載のL-アルギニン様化合物のスクリーニング方法。
(8)L-アルギニンン誘導体が、L-アルギニンメチルエステルであることを特徴とする(4)乃至(6)のいずれかに記載のL-アルギニン様化合物のスクリーニング方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明の方法により、アルギニン結合因子の効率的な精製が可能になる。また、この方法によって精製されたアルギニン結合因子は、L-アルギニン様化合物のスクリーニングに利用できる。スクリーニングによって取得されたL-アルギニン様化合物は、L-アルギニンと同様にインスリン分泌促進作用を持つ可能性があるので、糖尿病の治療薬などの候補になる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】L-アルギニン及びL-アルギニンメチルエステルのインスリン分泌活性とNOSアンタゴニスト活性を示す図。(A)L-アルギニンメチルエステル(L-AME)はインスリン分泌促進に関してL-アルギニン(L-Arg)と同様の活性を持つ。L-アルギニン(○)、L-アルギニンメチルエステル(■破線)を種々の濃度(0, 0.2, 0.6, 2.0, 20.0 mM)加えたときのNIT-1細胞によるインスリン分泌を測定した。(B) L-アルギニンメチルエステル(L-AME)はNO代謝物に関してNω-ニトロ-L-アルギニンメチルエステル(L-NAME)と同様の活性を持つ。Nω-ニトロ-L-アルギニンメチルエステル(○)、L-アルギニンメチルエステル(■破線)を種々の濃度(0, 0.3, 1.0, 3.0 mM)加えたときのNO代謝物産生を測定した。*(p<0.01)は、コントロール(0mM)と比べて、統計学的有意差があることを示す。
【図2】L-アルギニンメチルエステル又はL-アルギニンがキモトリプシン消化におけるiNOSの感受性に与える変化を示す図。試験管内放射線標識iNOSは非アミノ酸存在下(レーン1, 5, 9, 13)、L-アルギニン存在下(レーン2, 6, 10, 14)、L-アルギニンメチルエステル存在下(レーン3, 7, 11, 15)、L-フェニルアラニン存在下(レーン4, 8, 12, 16)でキモトリプシンによる部分消化を受けた。消化されたサンプルは5-20%濃度勾配SDS-PAGEにて解析した。○は完全長iNOSで、プロテアーゼによる消化を受けていないものを示す。★は消化されたiNOSで、コントロールに比べて抵抗性のあるペプチド断片を示す。
【図3】L-アルギニンメチルエステル固定化ビーズの作製法を示す図。FGビーズ上のエポキシ基をNH4OHでaminolyseさせ、EGDEとカップルさせてFGNEGDEビーズを作製した。FGNEGDEビーズ上のエポキシ基をNH4OHでaminolyseさせ、succinic anhydrideでsuccinylateさせ、NHSで活性化させてNHS活性化FGNEDENSビーズを作製した。NHS活性化FGNEGDENSビーズは、L-アルギニンメチルエステルのアミノ基とカップリングさせた。
【図4】L-アルギニンメチルエステル固定化ビーズのiNOSに対する結合評価実験の結果を示す図。試験管内放射線標識iNOS及びPPARgをL-アルギニンメチルエステル固定化ビーズ(AL)又はコントロールビーズ(L)と混合後、結合タンパク質を回収した。5%インプット(In)、コントロールビーズ溶出(L)、L-アルギニンメチルエステル固定化ビーズ溶出(AL)を5-20%濃度勾配SDS-PAGEで解析した。○は結合タンパク質を示す。
【図5】L-アルギニンメチルエステル固定化ビーズを用いたHeLa細胞抽出液からのL-アルギニン結合因子の精製・同定工程を示す図。(A)L-アルギニン結合因子の精製。HeLa細胞抽出液をL-アルギニンメチルエステル固定化ビーズ(AL)又はコントロールビーズ(L)と混合後、結合タンパク質をSDS-PAGE(5-20%濃度勾配ゲル)にて分離し、銀染色にて可視化した。(B)L-アルギニン結合因子の同定。3つのペプチドはion-spray mass spectrometryにて同定した。同定したアミノ酸配列を示した。
【図6】新しく同定したL-アルギニン結合因子のL-アルギニン結合活性の評価実験の結果を示す図。(A)試験管内放射線標識(PFK, RBL1, RBL2)はL-アルギニンメチルエステル固定化ビーズ(AL)又はコントロールビーズ(L)と混合後、結合タンパク質を回収した。5% インプット(In)、コントロールビーズ溶出(L)、L-アルギニンメチルエステル固定化ビーズ溶出(AL)を5-20%濃度勾配SDS-PAGEで解析した。○は結合タンパク質を示す。(B)L-アルギニンはL-アルギニン結合因子のキモトリプシン感受性を変化させる。試験管内放射線標識PFK, RBL1, RBL2は非アミノ酸存在下(レーン1, 5, 9, 13)、L-アルギニン存在下(レーン2, 6, 10, 14)、L-アルギニンメチルエステル存在下(レーン3, 7, 11, 15)、L-フェニルアラニン存在下(レーン4, 8, 12, 16)でキモトリプシンによる部分消化を受けた。消化されたサンプルは5-20%濃度勾配SDS-PAGEにて解析した。○は完全長タンパク質で、プロテアーゼによる消化に抵抗性又は強感受性のものを示す。★は消化された断片でコントロールに比べて抵抗性又は強感受性のあるペプチド断片を示す。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0016】
(A)L-アルギニン結合因子の精製方法
本発明のL-アルギニン結合因子の精製方法は、担体に固定されたL-アルギニン誘導体に試料を接触させることにより、試料中のL-アルギニン結合因子とアルギニンン誘導体を結合させる工程、及びL-アルギニンン誘導体と結合したアルギニン結合因子を回収する工程を含むものである。
【0017】
使用するL-アルギニン誘導体は、アルギニン分子中のカルボキシル基とアミノ基による自己縮合を起こさない化学構造をとり、かつインスリン分泌活性とNOSアンタゴニスト活性を有するものであれば特に限定されない。このようなL-アルギニン誘導体としては、L-アルギニンメチルエステルを例示できるが、これ以外にも、L-NAME、L-アルギニンエチルエステルなどを挙げることができる。
【0018】
担体は、L-アルギニン誘導体を固定できるものであれば特に限定されないが、粒子状のものが好ましく、また、磁性を有するものが好ましい。好ましい担体の例としては、有機ポリマー被膜を有する磁性ナノビーズを挙げることができる。有機ポリマー被膜を有する磁性ナノビーズの粒径は特に限定されないが、1-500nmが好ましく、20-300nmがより好ましい。有機ポリマーとしては、GMA、GMAとスチレンの共重合体、(ポリ)メタクリル酸、(ポリ)アクリル酸などを挙げることができる。有機ポリマー被膜を有する磁性ナノビーズの具体例としては、SGビーズ(Kawaguchiら1989)、FGビーズ(Nishioら2008)、Dynabeads, Adembeads,nanomagなどを挙げることができる。
【0019】
試料は、L-アルギニン結合因子を含む可能性のあるものであればどのようなものでもよく、例えば、細胞抽出液を用いることができるが、他にも血漿、血清、臓器・組織抽出液などを用いることもできる。細胞抽出液はどのような細胞から得られたものでもよく、例えば、HeLa細胞、膵臓β細胞、繊維芽細胞、骨芽細胞などを挙げることができる。細胞抽出液はどのような生物由来のものでもよく、例えば、ヒト、マウス、ラット、魚、昆虫、酵母など由来の細胞抽出液を用いることができる。
【0020】
L-アルギニン誘導体に試料を接触させる方法は、試料中のL-アルギニン結合因子とアルギニンン誘導体が結合できるような方法であれば特に限定されない。具体的な方法としては、担体に固定されたL-アルギニン誘導体を試料と混合する方法を挙げることができるが、これ以外にも、担体に固定されたL-アルギニン誘導体をカラムに充填し、そのカラムに試料を通液する方法、バッチ法、競合阻害法などを挙げることができる。担体に固定されたL-アルギニン誘導体を試料と混合する方法は、例えば、L-アルギニン誘導体と試料を適当な緩衝液中で混合し、一定時間この混合状態を維持することにより行うことができる(この際、攪拌しながら混合状態を維持してもよい。)。混合状態を維持する時間は特に限定されないが、0.5-12時間程度が好適である。また、このときの温度も特に限定されないが、4〜37℃程度が好適である。
【0021】
L-アルギニンン誘導体と結合したアルギニン結合因子を回収する方法は特に限定されない。例えば、担体に固定されたL-アルギニンン誘導体と結合したアルギニン結合因子を担体ごと回収し、そこから、アルギニン結合因子を解離させればよい。アルギニン結合因子を担体ごと回収する方法は特に限定されず、例えば、担体が磁性を持つものであれば、磁力により担体を回収できる。L-アルギニンン誘導体からアルギニン結合因子を解離させる方法は特に限定されず、例えば、煮沸する方法や高濃度のL-アルギニン溶液と接触させる方法などを挙げることができる。煮沸する方法における煮沸時間は特に限定されないが、2〜10分が好ましい。高濃度のL-アルギニン溶液と接触させる方法におけるL-アルギニン溶液の濃度は特に限定されないが、50〜200mMが好ましい。
【0022】
(B)L-アルギニン様化合物のスクリーニング方法
本発明のL-アルギニン様化合物のスクリーニング方法は、L-アルギニン結合因子とL-アルギニン又はL-アルギニン誘導体とからなる結合体に、被験物質を接触させ、L-アルギニン又はL-アルギニン誘導体からL-アルギニン結合因子を解離させる被験物質を選択することを特徴とするものである。
【0023】
本発明において「L-アルギニン様化合物」とは、L-アルギニンと同様の生理活性(例えば、インスリン分泌活性、NOSアンタゴニスト活性など)を持つ化合物をいう。
【0024】
L-アルギニン結合因子としては、例えば、上述したL-アルギニン結合因子の精製方法によって試料中から精製されたものを使用することができる。その具体例としては、ホスホフラクトキナーゼ(PFK)、RuvB-like 2、RuvB-like 1などを挙げることができる。
【0025】
L-アルギニン誘導体としては、アルギニン結合因子と結合できるものであれば特に限定されないが、上述したL-アルギニン結合因子の精製方法において使用されるアルギニン分子中のカルボキシル基とアミノ基による自己縮合を起こさない化学構造をとり、かつインスリン分泌活性とNOSアンタゴニスト活性を有するL-アルギニン誘導体を使用することができ、より好適には、L-アルギニンメチルエステル等を使用することができる。
【0026】
被験物質はどのようなものでもよく、精製されているものが好ましいが、未精製の細胞抽出液のようなものであってもよい。
【0027】
L-アルギニン結合因子とL-アルギニン又はL-アルギニン誘導体とからなる結合体に、被験物質を接触させる方法は特に限定されず、例えば、担体(担体は、上述したL-アルギニン結合因子の精製方法に用いたものを使用できる。)にL-アルギニン又はL-アルギニン誘導体を固定し、固定されたL-アルギニン又はL-アルギニン誘導体にL-アルギニン結合因子結合させて担体固定化結合体を調製し、この担体固定化結合体を被験物質と混合する方法、担体固定化結合体をカラムに充填し、そのカラムに試料を通液する方法、バッチ法、競合阻害法などを挙げることができる。担体固定化結合体を被験物質と混合する方法は、例えば、担体固定化結合体を被験物質と適当な緩衝液中で混合し、一定時間この混合状態を維持することにより行うことができる(この際、攪拌・振盪しながら混合状態を維持してもよい。)。混合状態を維持する時間は特に限定されないが、1分〜10時間程度が好適である。また、このときの温度も特に限定されないが、4〜37℃程度が好適である。
【0028】
L-アルギニン又はL-アルギニン誘導体からL-アルギニン結合因子が解離したかどうかは、例えば、L-アルギニン結合因子を標識(放射性標識や蛍光標識など)しておき、その標識の検出によって判定することができる。解離した因子をSDS電気泳動し、その後銀染色する方法や、もし、同因子に対する抗体が存在すれば、SDS電気泳動後、ウエスタンブロット等によりL-アルギニン結合因子の検出を判定することができる。
【実施例】
【0029】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明する。
【0030】
〔実験方法〕
材料
L-アルギニン、L-アルギニンメチルエステル、Nω-ニトロ-L-アルギニンメチルエステル、キモトリプシンはSigma-Aldrich(ST Louis, MO, USA)より購入した。2,3-Diaminonaphthalene、succinic anhydride、triethylamine、dithiothreitol、iodoacetamideはナカライより購入した。L-フェニルアラニン、ethyleneglycol diglycidyl ether(EDGE)は和光純薬より購入した。N-Hydroxysuccinimed(NHS)はペプチド研究所より購入した。TrypsinはPromegaより購入した。HeLa細胞及びNIT-1細胞は共にATCCより購入した。293FT細胞はInvitrogenより購入した。
【0031】
インスリン産生解析
L-アルギニン又はL-アルギニンメチルエステルによるインスリン分泌促進は、Weinhausら1997に従って測定した。簡単には、NIT-1細胞を培養した後、培地をperfusion solution(10mM HEPES-NaOH pH7.4、145mM NaCl、5mM KCl、1mM CaCl2、10mM Glucose)に10分間置き換えた。最終濃度(0, 0.2, 0.6, 2.0, 20.0 mM)になるようにL-アルギニン又はL-アルギニンメチルエステルを加えて10分間後、perfusion solotionを回収した。インスリン濃度をinsulin ELISA kit(シバヤギ)にて測定した。実験値は、4回の独立した実験の平均値±標準誤差で表示した。
【0032】
NO産生解析
293FT細胞(5.0x105細胞)へ80%以上の効率でiNOS発現ベクターを導入した。24時間後、培養上清を回収し、NOS活性を測定した(Miskoら1993)。簡単には、10μLの用事調整の2,3-Diaminonapphthalene (50μg/mL in 620mM HCl)を100μLの培地に加えよく撹拌し、室温で10分間インキュベートした後、5μLの2.8N NaOHにて反応を止め、産生された2,3-diaminonaphthotriazoleを蛍光プレートリーダー(励起波長:365nm、発光波長:450nm)にて測定した。結果は平均値±標準誤差で表示した。統計学的有意(p<0.005)はt-testにて判定した。
【0033】
放射線標識した遺伝子組み換えタンパク質の作製
T7プロモーターをつけたcDNA(iNOS, PPARg, PFK, RBL1, RBL2)断片をPCRにて増幅した。PCRに用いた一方のプライマーは、各cDNAの5’側配列にT7プロモーターを付けたものであり、他方のプライマーは、各cDNAの3’側配列の相補配列にポリTを付けたものである。これらの増幅したDNA断片を用いてPromega社の転写/翻訳キットで35S標識した組換えタンパク質を作製した。
【0034】
SDS電気泳動
SDS-PAGEは、Laemmli 1970に従い、キモトリプシン消化解析法、L-アルギニン結合解析法、及びアフィニティ精製したL-アルギニン結合因子の評価用のタンパク質解析法に用いた。サンプルはSDS-PAGE loading buffer (50mM Tris6.8, 2% SDS, 100mM b-ercaptoethanol, 10% glycerol, 0.01% bromophenolblue)で希釈後、98℃、5分間の加熱で変性させた。このサンプルを5-20%勾配ゲル(和光純薬)にアプライし、DPE-1020 Cassette Electrophoresis Unit(第一)を用いて、200V、60分間泳動させた。
【0035】
キモトリプシン消化解析法
protease消化アッセイは、Allanら1992の方法を変更して行った。簡単には、放射線標識したタンパク質(iNOS, PFK, RBL1, RBL2)を100μMの化合物(L-アルギニン, L-アルギニンメチルエステル, L-フェニルアラニン)と氷中で10分間混合し、種々の濃度(0, 1, 3, 10 μg/mL)のキモトリプシンで氷中10分間部分消化を行った。タンパク質消化反応は、SDS-PAGE loading bufferの添加と5分間の煮沸で停止させた。消化産物は、SDS-PAGEで分離した。ゲルは乾燥させ、放射線標識した消化産物をオートラジオグラフィーにより解析した。
【0036】
L-アルギニンメチルエステル固定化ナノビーズ
FGビーズはNishioら2008の論文に従って作製した。FGビーズのエポキシ基はNH4OHでaminolyseし、ethyleneglycol diglycidyl ether (EGDE)と反応させFGNEGDEビーズを作製した(Shimizuら2000)。FGNEGDEビーズのエポキシ基はNH4OHでamiloyseさせ(FGNEGDEN)、succinie anhydrideでcarboxyle化させ(FGNEGDENS)、N-Hydroxysuccinimed (NHS)で活性化させてNHS活性化FGNEGDENSビーズを作製した(Ohtsuら2005)。
【0037】
NHS活性化FGNEGDENSビーズ2.5mgを500μLのDMSO(10% triethylamine)中にて1.5mM L-アルギニンメチルエステルと37℃3時間反応させた。結合反応中の遊離したNHSを結合していないL-アルギニンメチルエステルとともに回収した。結合収率は、symmetryC18カートリッジ, 5μm(Waters社)上でビーズより遊離したNHSによって決定した。通常L-アルギニンメチルエステルの40%がビーズに固定化される。ビーズ上に固定化されたL-アルギニンメチルエステルの量は固定反応に加えたL-アルギニンメチルエステルの量で制御することができる。未反応のNHS活性化カルボキシル基は、1Mの2-ethanolamine(pH8.0)による4℃24時間の処理でマスクされる。L-アルギニンメチルエステル固定化ビーズは蒸留水にて懸濁し、4℃で使用まで保存した。
【0038】
L-アルギニン結合アッセイ
L-アルギニンメチルエステル固定化ビーズ又はコントロールビーズ(200μg)はbinding buffer(20mM HEPES-NaOH pH7.9, 10% glycerol, 200mM KCl, 1mM MgCl2, 0.2mM CaCl2, 0.2mM EDTA, 1mM DTT, 0.2mM PMSF)で平衡化させ、200μLの放射線標識したタンパク質(iNOS, PPARg, PFK, RBL1, RBL2)と混合後4℃で4時間RT-50 ローテーター(15 rpm, TAITEC)で反応させた。Binding bufferを洗浄後、結合したタンパク質をSDS-PAGEサンプルバッファーにて5分間煮沸することにより溶出させた。溶出分、反応インプットはSDS-PAGEを行った。ゲルは乾燥後オートラジオグラフィーし、放射線標識タンパク質を可視化させた。
【0039】
L-アルギニン結合因子のアフィニティ精製
HeLa細胞の細胞質抽出液は4Lの培養液から作製した(Dignamら1983)。L-アルギニンメチルエステル固定化ナノビーズ又はコントロールビーズ(200μg)をbinding buffer (20mM HEPES-NaOH 7.9, 10% glycerol, 200mM KCl, 1mM MgCl2, 0.2mM CaCl2, 0.2mM EDTA, 1mM DTT, 0.2mM PMSF)にて平衡化し、200μlの細胞質抽出液を4℃で4時間RT-50ローテーター(15rpm, TAITEC)で撹拌した。Binding bufferで洗浄後、結合タンパク質は100mM arginineを含むbinding bufferにて溶出した。
【0040】
L-アルギニン結合因子のMass spectrometry解析
アフィニティ精製したL-アルギニン結合因子はSDS-PAGEにより分離し、ゲルを銀染色した(Shevchenkoら1996)。特異的なタンパク質のバンドをゲルから切り出し、55mM iodoacetamideのalkylationののち10mM DTTによる還元反応をした。切り出したバンドはtrypsin(12 ug/mL)で一晩消化し、ZipTip C18 (Millipore)で脱塩した。逆相C18カラム(Magic C18)を用いて、抽出したペプチドはその後nano flow liquid chromatography (LC, Paradigm)で分離した。LC溶出はLCQ Advantage MAXX mass spectrometer (Thermo Electron Corp)付属のmicro-ionsprayに供した。全てのMS/MS spectraはBioWorks 3.2ソフトウエア(Thermo Electron Corp)についているTurboSEQUEST algorithmでサーチした。
【0041】
〔結果と考察〕
L-アルギニンメチルエステルの活性評価(図1及び2)
L-アルギニン結合因子を同定するため、複数のL-アルギニン誘導体をスクリーニングしたところ、L-アルギニンメチルエステルが候補化合物として選ばれた(データは示さない)。L-アルギニンは最も強力なインスリン分泌促進活性を持っている(Kahnら2005)。しかしながらその促進メカニズムはわかっていないし、其のL-アルギニン結合因子は同定されていない。実際L-アルギニンは膵臓βNIT-1細胞株のインスリン分泌を促進する(図1Aの○)。(インスリン分泌)促進はL-アルギニン 2mMにて起こる。20mM L-アルギニンは2mM L-アルギニンより低いが有意ではない。L-アルギニンメチルエステルもドーズ依存的にインスリン分泌を促進する[■破線、図1A]。L-アルギニンメチルエステルおよびL-アルギニンはインスリン産生の強力な活性化剤である。
【0042】
NOおよびシトルリンはNOSによりL-アルギニンから変換される。Dawsonら1991によるとNω-ニトロ-L-アルギニンメチルエステルはNOSに高い親和性で結合し、結合性アンタゴニストである。実際、Nω-ニトロ-L-アルギニンメチルエステルはNO代謝物であるnitrite(亜硝酸塩エステル)およびnitrate(硝酸塩)の産生を抑える(△、図1B)。(NOはすぐに分解されてしまうため、通常はnitrite, nitrateの量を持ってNO産生量とする。)L-アルギニンメチルエステルもNO代謝物の産生を抑える(■破線、図1B)。よってNω-ニトロ-L-アルギニンメチルエステルもL-アルギニンメチルエステルもNOSの結合性アンタゴニストである。
【0043】
リガンド依存的転写因子である核内受容体の場合、リガンドと結合するとその立体構造が変化し、proteaseに対する感受性が変化することが報告されている(Allanら1992、Bergerら1996、Elbrechtら1999)。試験管内にて合成されたiNOSはアミノ酸がない場合、L-アルギニン、L-アルギニンメチルエステル、L-フェニルアラニン存在下でキモトリプシンにより部分消化される(図 2)。L-アルギニンを加えた時、コントロール(非存在下およびL-フェニルアラニン存在下)に比べてiNOSのキモトリプシン感受性が低くなる。L-アルギニンメチルエステルを加えてもL-アルギニンと同様にキモトリプシンへの感受性が低くなる。L-アルギニンおよびL-アルギニンメチルエステル自身がキモトリプシンの活性は変化させない。これはこれらに結合しないと考えられるPPARgに加えてもキモトリプシンの感受性は変化しないからである(データは示さない)。よって、L-アルギニンメチルエステルおよびL-アルギニンは試験管内でiNOSタンパク質に結合し、立体構造を変化させ、キモトリプシンのiNOSへのアクセスを変化させ、iNOSのキモトリプシンの感受性の低下を認めたと推測される。まとめると、L-アルギニンメチルエステルはL-アルギニン結合因子を効果的に精製する際ナノビーズに固定化するのに適した化合物であることが分かった。
【0044】
L-アルギニンメチルエステル固定化ビーズの作製(図 3)
L-アルギニン結合因子を精製することを目的としてL-アルギニンメチルエステル固定化ビーズを作製した。L-アルギニンではなくL-アルギニンメチルエステルを選択した。なぜならば、ビーズへの固定化反応の時L-アルギニンはそのカルボキシル基とアミノ基で自己縮合がおきることを防ぐ意味がある。
【0045】
図 3にL-アルギニンメチルエステルとFGビーズの結合のスキームを示した。簡単に書くと、FGビーズのエポキシ基はNH4OHによりaminolyseされ、EGDEと結合し、FGNEGDEビーズを作製した。EDGEはスペーサーでsteric hindranceを抑えるのに有効である。FGNEGDEビーズのエポキシ基はNH4OHによりaminolyseされ、succinic anhydrideによりcarboxylateされ、NHSにより活性化されたNHS-活性化FGNEGDENSビーズを作製した。L-アルギニンメチルエステルはそれからNHS活性化FGNEGDENSビーズへ結合させた。本発明者はNHS活性化FGNEGDENSビーズをキャリアーとして選択した。なぜなら、L-アルギニンメチルエステル固定化ビーズはこの方法で作製すると、非特異的なタンパク質の吸着が少ない(理由はL-アルギニンメチルエステルのアミノ基とNHS活性化FGNEGDENSビーズのCarboxy基によるカップリング反応から得られるアミド基は中性であるかである。(データは示さない))。加えて、NHS活性化FGNEGDENSビーズとL-アルギニンメチルエステルのカップリング反応のはL-アルギニンメチルエステル固定化量の測定にも使えた。
【0046】
L-アルギニンメチルエステル固定化ビーズの評価(図 4)
L-アルギニン結合因子(例えばiNOS)やL-アルギニン結合因子以外のタンパク質(例えば PPARg)に対するL-アルギニンメチルエステル固定化ビーズの結合能を解析した(図 4)。これら放射線標識したタンパク質をL-アルギニンメチルエステル固定化ビーズ(AL)、コントロールビーズ(L)と混合後、ビーズへの結合タンパク質をSDS-PAGEで解析した。iNOSはL-アルギニンメチルエステル固定化ビーズに結合し、コントロールビーズには結合しなかった。L-アルギニンメチルエステル固定化ビーズへのiNOSの結合回収率は9.6%で、L-アルギニンメチルエステルとiNOSの結合は一時的であるため、合理的な値である。PPARgはL-アルギニンメチルエステル固定化ビーズ、コントロールビーズともに結合しなかった。これらの結果は、このシステムではL-アルギニン結合因子は精製されるが、L-アルギニン結合因子以外のタンパク質は精製されないことを示した。
【0047】
L-アルギニンメチルエステル固定化ビーズによるL-アルギニン結合因子の精製・同定(図 5及び6)
遺伝子組み換えタンパク質の代わりにHeLa細胞由来粗細胞質抽出液をL-アルギニンメチルエステル固定化ビーズと混合し、HeLa細胞からの未知L-アルギニン結合因子の精製を試みた。結合タンパク質をSDS-PAGEで分離し、銀染色で可視化した。結合タンパク質のパターンは4回の独立した精製でほぼ同じであった(データは示さない)。4回の精製から得られた結合因子を混ぜてSDS-PAGE/銀染色した(図 5A)。特異的なバンドの中で3つのバンド(80, 51, 50 kDa)からタンパク質の同定に成功した。Mass解析により各々phosphofructokinase (PFK), RuvB-like 2 (RBL2), RuvB-like 1 (RBL1)であった(図 5B)。予想又は仮想タンパク質と同定された他のバンドに関しては解析を行わなかった。
【0048】
PFK、RBL1、及びRBL2の放射線標識した遺伝子組み換えタンパク質を調製し、L-アルギニン結合活性を確かめた。まず、L-アルギニンメチルエステル固定化ビーズ(AL)又はコントロールビーズ(L)と混合後結合タンパク質をSDS-PAGEにて解析した(図 6A)。これら3タンパク質はL-アルギニンメチルエステル固定化ビーズに結合し、コントロールビーズには結合しなかった。回収率はRBL1, RBL1, PFK固定化ビーズ各々2.2%, 1.4%, 1.2%であった。これらの回収率からは、PFK, RBL1, RBL2はiNOSに比べて回収率が低いこと、及びL-アルギニンメチルエステル固定化ビーズは低いアフィニティのタンパク質も回収できることが示唆される。さらには、キモトリプシン消化アッセイも行った。放射線標識タンパク質をアミノ酸非存在下、L-アルギニン, L-フェニルアラニン存在下でキモトリプシン消化を行った(図 6B)。L-アルギニン存在下ではキモトリプシン感受性が陰性コントロール(非存在下ないしはL-フェニルアラニン存在下)に比べて低下したり、増加したりした。
【0049】
まとめると、L-アルギニンメチルエステル固定化ビーズはHeLa細胞粗細胞質抽出液から直接L-アルギニン結合因子(PFK, RBL1, RBL2)を精製することに成功した。一般的には数種類のカラムクロマトグラフィーが粗細胞抽出液から精製するためには必要である。加えて磁性担体はオートマティックハイスループットスクリーニングシステムに適している。この実験に使用した最近開発した磁性担体は、市販されている磁性体に比べて効率が良かった(Nishioら2008)。それゆえ本実験で開発したL-アルギニンメチルエステル固定化ビーズは、種々の細胞から、極めて広い条件で、いろいろな試薬の条件においても高効率にL-アルギニン結合因子を精製できるものである。
【0050】
〔結論〕
ヒトにおいて準必須アミノ酸であるL-アルギニンは代謝面で多機能である。また、L-アルギニンはUrea, NO, polyamines, Proline, glutamate, creatine, agmatineの前駆体である。L-アルギニンは複合体により代謝され、多くの不明の多数の機能やシグナルにより制御されている。
【0051】
L-アルギニン結合因子を精製し、同定し、研究するためにL-アルギニンメチルエステル固定化ビーズを開発した。このシステムは粗細胞抽出液から直接L-アルギニン結合因子を高効率で精製できることを示した。L-アルギニンメチルエステル固定化ビーズはL-アルギニン結合因子精製に強力なツールであると結論した。L-アルギニンメチルエステル固定化ビーズは、例えば膵臓β細胞、下垂体、内皮等の種々の細胞からL-アルギニン結合因子を精製できるであろう。それら因子の同定・解析はL-アルギニンの種々の機能(糖によるインスリン分泌促進、成長ホルモンの分泌促進、内皮細胞の機能)のメカニズムを明らかにするであろう。
【0052】
〔引用文献〕
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【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明は、インスリン分泌促進作用を持つ化合物など医薬として利用可能な化合物を取得する手段を提供する。従って、本発明は、製薬などの産業分野において利用可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
担体に固定されたL-アルギニン誘導体に試料を接触させることにより、試料中のL-アルギニン結合因子とアルギニンン誘導体を結合させる工程、及びL-アルギニンン誘導体と結合したアルギニン結合因子を回収する工程を含むL-アルギニン結合因子の精製方法であって、L-アルギニンン誘導体が、アルギニン分子中のカルボキシル基とアミノ基による自己縮合を起こさない化学構造をとり、かつインスリン分泌活性とNOSアンタゴニスト活性を有するものであることを特徴とするL-アルギニン結合因子の精製方法。
【請求項2】
L-アルギニン誘導体が、L-アルギニンメチルエステルであることを特徴とする請求項1に記載のL-アルギニン結合因子の精製方法。
【請求項3】
担体が、磁性を持つ担体であることを特徴とする請求項1又は2に記載のL-アルギニン結合因子の精製方法。
【請求項4】
L-アルギニン結合因子とL-アルギニン又はL-アルギニン誘導体とからなる結合体に、被験物質を接触させ、L-アルギニン又はL-アルギニン誘導体からL-アルギニン結合因子を解離させる被験物質を選択することを特徴とするL-アルギニン様化合物のスクリーニング方法。
【請求項5】
L-アルギニン結合因子が、請求項1乃至3のいずれか一項に記載の精製方法によって精製されたL-アルギニン結合因子であることを特徴とする請求項4に記載のL-アルギニン様化合物のスクリーニング方法。
【請求項6】
L-アルギニン結合因子が、ホスホフラクトキナーゼ、RuvB-like 2、又はRuvB-like 1であることを特徴とする請求項4に記載のL-アルギニン様化合物のスクリーニング方法。
【請求項7】
L-アルギニン誘導体が、アルギニン分子中のカルボキシル基とアミノ基による自己縮合を起こさない化学構造をとり、かつインスリン分泌活性とNOSアンタゴニスト活性を有するL-アルギニンン誘導体であることを特徴とする請求項4乃至6のいずれか一項に記載のL-アルギニン様化合物のスクリーニング方法。
【請求項8】
L-アルギニンン誘導体が、L-アルギニンメチルエステルであることを特徴とする請求項4乃至6のいずれか一項に記載のL-アルギニン様化合物のスクリーニング方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−63541(P2011−63541A)
【公開日】平成23年3月31日(2011.3.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−215216(P2009−215216)
【出願日】平成21年9月17日(2009.9.17)
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【Fターム(参考)】