説明

L−リボースイソメラーゼとその製造方法並びに用途

【課題】 L−リボースやD−タロースなどの希少糖質を提供する。
【解決手段】 L−リボースイソメラーゼとその製造方法を確立し、併せて本L−リボースイソメラーゼを用いてL−リボース、D−タロースなどのアルドースを対応するケトースに異性化させるか、又はL−リブロース、D−タガトースなどのケトースを対応するアルドースに異性化させることにより各種希少糖質の製造方法を確立して解決する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、L−リボースイソメラーゼとその製造方法並びに用途に関し、更に詳細には、L−リボースをL−リブロースに異性化し、L−リブロースをL−リボースに異性化するL−リボースイソメラーゼとその製造方法、それを産生する微生物、並びに該酵素を用いるケトース及びアルドースの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、生化学工業が発達し、糖質化学の分野においても、従来、殆ど必要としなかった各種希少糖質の需要が起こりつつあり、これらの糖質の安定な製造方法の確立が望まれている。これらの糖質の製造方法は、有機化学的手法によっても行うことができるが、一般的には、その製造条件が苛酷で、目的糖質の収率が低く、工業的生産方法としては不適である。一方、生化学的手段としては、酵素による糖質変換方法が想定されるものの希少糖質であるL−リボース、D−タロース等に作用するイソメラーゼは現在まで全く報告がなく、その生産方法も確立されていない。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
工業的にL−リボースやD−タロース等の希少糖質を製造する方法を確立することが強く望まれている。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明者等は上記課題を解決するために、L−リボースイソメラーゼに着目し、その酵素を産生する微生物を広く検索した。その結果、香川県木田郡三木町の土壌から分離したアシネトバクター(Acinetobacter)属に属する新規な微生物LR7C株が、L−リボースイソメラーゼを産生することを見出した。本菌株の生産するL−リボースイソメラーゼを基質であるアルドースまたはケトースに作用させることにより各種の希少糖質を容易に製造しうることを見出し、本発明を完成した。
【発明の効果】
【0005】
本発明によって、従来入手が困難であった希少糖質を容易に提供できることとなり、それが与える影響は、食品、化粧品、医薬品、化学品など多くの工業分野に及び、その工業的意義は極めて大きい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0006】
以下、本発明のアシネトバクター属に属する微生物LR7C株の同定試験結果を示す。
【0007】
<アシネトバクター・カルコアセティカスLR7C株の同定試験結果>
<A 細胞形態>
肉汁寒天培養、27℃
通常1.0乃至1.5×1.5乃至2.5μm桿菌。単独。運動性あり
(回転あるいは振動)。無胞子。鞭毛あり。グラム陰性。
【0008】
<B 培養的性質>
(1) 肉汁寒天平板培養、27℃
形状 : 円形。大きさは2日間培養で0.1乃至1mm。
周縁 : 全縁
隆起 : 半レンズ状
光沢 : 鈍光
表面 : 平滑
色調 : 不透明、淡い黄色
(2) 肉汁寒天斜面培養、27℃
生育度 : 良好
形状 : 糸状
(3) トリプトソーヤ寒天斜面培養、27℃
生育度 : 良好
形状 : 糸状
(4) 肉汁ゼラチン穿刺培養、27℃
液化しない。
【0009】
<C 生理学的性質>
(1) 硝酸塩の還元性 : 陽性
(2) ポリ−β−ヒドロキシ酪酸の蓄積: 陰性
(3) メチルレッド試験 : 陰性
(4) VP試験 : 陰性
(5) インドールの生成 : 陰性
(6) 硫化水素の生成 : 陰性
(7) 澱粉の加水分解 : 陰性
(8) クエン酸の利用 : 陽性
(9) 色素の生成 : なし
(10) オキシダーゼ : 陰性
(11) カタラーゼ : 陽性
(12) 生育の温度範囲 : 20乃至37℃
(13) 酸素に対する態度 : 好気性
(14) D−グルコースからの酸の生成: 陽性
(15) 溶血性 : 陰性
(16) β−キシロシダーゼ : 陰性
(17) 炭素源の利用: グルタル酸、マロン酸、フェニル乳酸、アゼライン酸、
D−リンゴ酸、エタノール、2,3−ブタンジオール、
アコニット酸、D−リボース、D−キシロース、L−ア
ラビノース及びD−グルコースを利用する。
(18) 窒素源の利用: L−フェニルアラニン、L−ヒスチジン、L−アスパラ
ギン酸、L−ロイシン、L−チロシン、β−アラニン、
L−アルギニン及びL−オルニチンを利用する。
ヒスタミンを利用しない。
(19) DNase : 陽性
(20) 3−ケトラクトースの生成: 陰性
(21) DNAのG−C含量 : 42%
【0010】
以上の菌学的性質をもとにして、『バージーズ・マニュアル・オブ・デターミナティブ・バクテリオロジー(Bergey’s Manual of Determinative Bacteriology)』、第9版(1994年)を参考にして、公知の菌株とその異同を検討した。その結果、本菌は、アシネトバクター(Acinetobacter)属に属する新規微生物であることが判明した。詳細には、41℃で生育せず、ゼラチン分解と溶血性が陰性、グルコースからの酸生成が陽性及び炭素源と窒素源の利用状況からアシネトバクター・カルコアセティカス(Acinetobacter calcoaceticus)と同定した。
【0011】
これらの結果から、本発明者等は、本微生物を『アシネトバクター・カルコアセティカス(Acinetobacter calcoaceticus)LR7C』と命名し、平成7年12月14日付けで、茨城県つくば市東1丁目1番3号にある通商産業省工業技術院生命工学工業技術研究所、特許微生物寄託センターに寄託し、受託番号『FERM BP−5335』として受託された。
【0012】
本発明では、上記菌株のみならず、アシネトバクター属に属し、L−リボースイソメラーゼ産生能を有する他の菌株やこれらの変異株なども適宜使用することができる。例えば、紫外線照射やガンマ線照射などの物理処理や、ニトロソグアニジンなどの化学処理、更にはD−リキソースを含有する培地で継代培養するなどにより変異株を得て、L−リボースイソメラーゼを安定して産生させたり、その産生量を高めたりすることも随意である。更に、本発明では、これら微生物に限ることなく、L−リボースイソメラーゼ産生能を有する微生物であれば広く利用することができる。加えて、L−リボースイソメラーゼをコードする遺伝子を他の微生物に組換え発現させて、L−リボースイソメラーゼを産生させることも可能である。更には、必要に応じて、蛋白質工学的手法により、本発明のL−リボースイソメラーゼの温度安定性を高めたり、pH安定性の範囲を広げたりして利用することも有利に実施できる。本発明の微生物の培養に用いる培地は、微生物が生育でき、本発明のL−リボースイソメラーゼを産生するものであればよく、合成培地及び天然培地のいずれでもよい。炭素源としては、アルドース、ケトース、糖アルコールなどから選ばれる1種または2種以上が適宜選ばれる。通常、前培養の培地としては、D−リキソースが有利に用いられる。窒素源としては、例えば、アンモニウム塩、硝酸塩などの無機窒素化合物、及び、例えば、尿素、コーンスティープ・リカー、カゼイン、ペプトン、酵母エキス、肉エキスなどの有機窒素含有物が用いられる。また、無機成分としては、例えば、カルシウム塩、マグネシウム塩、カリウム塩、ナトリウム塩、リン酸塩が適しており、通常、約10乃至40℃、望ましくは、約20乃至35℃、約pH5乃至9、望ましくは、約6乃至8.5から選ばれる条件で好気的に行われる。
【0013】
このようにして、微生物を培養した後、得られる培養物から本発明の酵素を回収する。本酵素活性は、主に菌体に認められ、菌体を酵素剤として利用してもよい。菌体内酵素は、通常の手段をもちいて菌体から抽出し、粗酵素として用いることができる。粗酵素は、そのまま用いることもできるが、常法に従って、更に精製することもできる。例えば、菌体磨砕抽出液をポリエチレングリコール分画、イオン交換クロマトグラフィー、ゲル濾過クロマトグラフィーなどを組み合わせて電気泳動的に単一な酵素を得ることができる。
【0014】
本発明のL−リボースイソメラーゼの活性は次のようにして測定する。0.5Mグリシン・水酸化ナトリウム緩衝液(pH9.0)0.05ml、0.05ML−リボース0.05ml、および酵素液を加えて全容を0.5mlとし、30℃で酵素反応を行い、生成するL−リブロースをシステイン・カルバゾール法により測定する。酵素活性1単位は、1分間に1μmolのL−リブロースを生成するに要する酵素量とする。
【0015】
本発明のL−リボースイソメラーゼは、基質として、L−リボースのみならず、D−リキソース、D−タロース、D−マンノース、L−アロース及びL−グロースにも作用する。これらのアルドースは異性化され、それぞれ対応するケトースになる。
【0016】
本発明のL−リボースイソメラーゼは、必ずしも高度に精製して用いる必要はなく、例えば、本L−リボースイソメラーゼを有する微生物をトルエン処理をしたものをそのまま用いることは、工業的に糖質変換反応する上で好都合である。また、本発明のL−リボースイソメラーゼを固定化して利用することも有利に実施できる。例えば、本酵素活性を有する微生物又は部分精製酵素を、包括法、吸着法、共有結合法などの固定化方法により固定化して、バッチ反応で繰り返し利用することも、また、カラムなどに充填して連続的に利用することも随意である。
【0017】
このようにして得られる反応液は、通常、アルドースとケトースの両者を含有している。反応液は、常法、すなわち、濾過助剤、濾過膜、精密濾過膜などを用いる濾過や、遠心分離などによる不溶物の除去、活性炭を用いた脱色、H型及び/又はOH型イオン交換樹脂等を用いた脱塩などを組み合わせて精製し、濃縮してシラップ状製品にすることも、乾燥して粉末状などの固状物にすることも随意である。また、必要ならば、更に高度な精製をすることも随意である。例えば、アルカリ金属型及び/又はアルカリ土類金属型の陽イオン交換樹脂や、亜硫酸水素型及び/又はほう酸型の陰イオン交換樹脂や、シリカゲル等を用いるカラムクロマトグラフィーにより目的糖質の高含有画分を採取する方法で高純度の糖質を得ることも容易である。更には、得られる糖質が結晶性の場合には、斯界において慣用の晶析技術を適用して結晶製品に仕上げることも随意である。例えば、上述のようにして得られる反応液又は当該反応液に適宜の精製手段の施された糖液に、メタノール、エタノール、イソプロピルアルコールをはじめとする低級アルキルアルコール類など通常の有機溶媒から選ばれる1種又は2種以上を添加・混合するか、これら糖液に濃縮及び/又は低温処理を施すか、更にはこれらの方法を組み合わせることにより、当該糖質の過飽和溶液とし、結晶化させ、これを分蜜するなどすれば結晶含有固状物が得られる。このようにして得られる各種糖質は、試薬はもとより、甘味料、品質改良剤などとして食品工業に、原材料、中間体などとして医薬品工業、化学工業など多くの用途に利用できる。
【0018】
とりわけ、L−リボースの光学異性体であるD−リボースは、細胞の増殖と密接に関連しているRNAの必須成分であるので、L−リボース自体を、又は、これを原料として誘導体としたものを、核酸の複製阻害剤などとして用いることができ、例えば、抗菌剤、抗ウイルス剤、抗エイズ剤、抗癌剤などの医薬品に利用することも有利に実施できる。以上述べたようにL−リボースは、本発明のL−リボースイソメラーゼを用いることによりL−リブロースから容易に製造できる。L−リブロースの出所・由来は問わない。例えば、リビトールを原料として、グルコノバクター属やアセトバクター属に属する微生物、具体的には、例えば、グルコノバクター・フラテウリやアセトバクター・アセチなどによる、酸化反応で、L−リブロースを容易に得ることができる。以下、実験で本発明を詳細に説明する。
【0019】
<実験1:アシネトバクター・カルコアセティカスLR7CからのL−リボースイソメラーゼの製造>
酵母エキス0.5w/v%、ポリペプトン0.5w/v%、食塩0.5w/v%及び水からなる液体培地をpH7.0に調整した。この培地2lを2.5l容ジャーファーメンターに入れ、オートクレーブで120℃、20分間滅菌し、冷却して、あらかじめD−リキソースを単一炭素源とした培養基に4日間前培養したアシネトバクター・カルコアセティカスLR7C(FERM BP−5335)を接種し、30℃で14時間通気撹拌培養した。培養液を遠心分離して、菌体を培地1l当たり湿質量約15gを採取し、これを、常法に従って、アルミナ粉末とともに磨砕し、0.05Mトリス・塩酸緩衝液(pH7.5)を加えて酵素を抽出し遠心分離して上清(粗酵素液)200mlを得た。本液は、活性量2870単位、比活性1.73単位/mg蛋白質であった。
【0020】
<実験2:L−リボースイソメラーゼの精製>
【0021】
<実験2−1:ポリエチレングリコール分画>
実験1で得た粗酵素液を、氷冷し、これに0.01M塩化マンガンを添加し、30分間放置したあと不溶物を遠心分離して除去した。次いで、ポリエチレングリコール粉末を15w/v%になるように加え、撹拌溶解し、生じた不溶物を遠心分離して除去した。得られた上清にポリエチレングリコールを終末25w/v%になるように加え、撹拌溶解し、生じた不溶物を遠心分離し、沈殿を採取した。
【0022】
<実験2−2:イオン交換クロマトグラフィー>
実験2−1で得た沈殿物を0.05Mトリス塩酸緩衝液(pH7.5)に溶解し、不溶物を遠心分離して除去し、上清13mlを得た。本上清を弱塩基性陰イオン交換樹脂(東ソー製、商品名『DEAE−トヨパール650M』)を充填したカラムにかけて本酵素を吸着させ、次いで、塩化カリウムによる0乃至0.5Mの濃度勾配で溶出し、L−リボースイソメラーゼ画分を採取した。
【0023】
<実験2−3:ゲル濾過クロマトグラフィー>
実験2−2で得た活性画分を濃縮し、これをビーズ状デキストランゲル(ファルマシア社製、商品名『セファデックス G−150』)を充填したカラムにかけ、0.05Mトリス塩酸緩衝液(pH7.5)で溶出し、L−リボースイソメラーゼ活性画分を採取した。上述の各精製工程における蛋白質量、酵素活性量、回収率、精製倍率を表1に示す。
【0024】
【表1】

【0025】
表1の工程で『セファデックス G−150』を用いるゲル濾過溶出液として得られた精製酵素標品をポリアクリルアミドゲルディスク電気泳動法で純度を検定したところ、単一バンドであることが確認され、電気泳動的に極めて高純度の酵素標品であることが判明した。
【0026】
<実験3:L−リボースイソメラーゼの性質>
実験2の方法で得た精製L−リボースイソメラーゼを用いて、その理化学的性質を調べた。
【0027】
<実験3−1:作用>
活性測定法に準じて、L−リボースに作用させるとL−リブロースを生成し、L−リブロースに作用させるとL−リボースが生成する。この反応は可逆的であり平衡反応である。
【0028】
<実験3−2:基質特異性>
活性測定法に準じて、各種アルドースを基質に活性を測定した。L−リボースを100とした時の各種アルドースに対する相対活性を表2に示す。
【0029】
【表2】

【0030】
表2の結果からも明らかなように、L−リボースに対して最も高い活性を示した。他にD−リキソース、D−タロース、D−マンノース、L−アロース及びL−グロースにも作用した。この反応は可逆的であり、またそれぞれのアルドースに対応するL−リブロース、D−キシルロース、D−タガトース、D−フラクトース、L−プシコース及びL−ソルボースを基質としても同様に作用した。これらの基質から生産されるケトースおよびアルドースをイオン交換クロマトグラフィー、高速液体クロマトグラフィー、薄層クロマトグラフィー等によって確認した結果を表3にまとめた。
【0031】
【表3】

【0032】
表3から明らかなように、本発明のL−リボースイソメラーゼは各種アルドースに作用し対応するケトースへ変換する。また同様に、各種ケトースに作用し対応するアルドースへ変換する。これらの反応様式は共通しており、その一例としてL−リボースの場合を示すと化1のとおりである。
【0033】
【化1】

【0034】
本イソメラーゼ反応は可逆的であり、それぞれアルドース、ケトース間の反応の、活性測定法の条件下における、平衡の量的関係を確認した結果を表4にまとめた。
【0035】
【表4】

【0036】
次にL−リボースに対するKmを求めた結果、44mMであった。
【0037】
<実験3−3:分子量>
(1) ドデシル硫酸ナトリウム−ポリアクリルアミドゲル電気泳動(以下、「SDS−PAGE」と略記する。)で約25,000乃至35,000ダルトンを示す。
(2) ゲル濾過法で約110,000乃至130,000ダルトンを示す。
ゲル濾過法による分子量結果が、SDS−PAGEによる分子量結果の約4倍になることから、L−リボースイソメラーゼは、4量体で存在していることが推察される。
【0038】
<実験3−4:等電点>
アガロースプレートを用いる等電点電気泳動法で、pI約4.0乃至5.5を示す。
【0039】
<実験3−5:活性阻害>
L−アラビトールやリビトールの共存下で活性がわずかに阻害される。
【0040】
<実験3−6:至適温度>
活性測定法に準じて調べた。結果は、図1に示すように、pH9.0、10分間反応で、約30℃が至適である。
【0041】
<実験3−7:至適pH>
活性測定法に準じて調べた。結果は、図2に示すように、30℃、10分間反応で、pH約8乃至9が至適である。図中、○、●及び△は、緩衝液として、それぞれ、クエン酸塩緩衝液、ベルナール緩衝液及びグリシン・水酸化ナトリウム緩衝液を用いて活性測定した結果を示す。
【0042】
<実験3−8:温度安定性>
活性測定法に準じて調べた。結果は、図3に示すように、pH9.0、10分間保持で、30℃付近まで安定である。
【0043】
<実験3−9:pH安定性>
活性測定法に準じて調べた。結果は図4に示すように、4℃、24時間保持で、pH約7乃至9が安定であった。図中、○、●、△及び▲は、緩衝液として、それぞれ、クエン酸塩緩衝液、リン酸緩衝液、トリス・塩酸緩衝液及びグリシン・水酸化ナトリウム緩衝液を用いて活性測定した結果を示す。
【0044】
以上の結果から、本発明のL−リボースイソメラーゼは、至適pH、pH安定性がほぼ一致しており、工業的に利用する上で有利である。
【0045】
<実験3−10:N末端部分アミノ酸配列>
実験2−3の方法で得た精製酵素標品の一部を蒸留水に対して透析した後、蛋白質量として約80マイクログラムをN末端部の部分アミノ酸配列分析用の試料とした。アミノ酸配列は、『プロテインシーケンサー モデル473A』(アプライドバイオシステムズ社製造、米国)を用い、N末端から5残基まで分析した。N末端から得られた配列は、配列表における配列番号1に示すアミノ酸配列であった。さらに、同じ試料を、同じ方法に供してより詳細に分析したところ、当該酵素はN末端部の部分アミノ酸配列として、配列表における配列番号2に示すアミノ酸配列を含んでいることが判明した。
【0046】
以下、本発明の実施例を述べる。
【実施例1】
【0047】
<アルドースからケトースの製造>
実験2の方法で調製した精製L−リボースイソメラーゼを用いて、アルドースからケトースを製造した。アルドースとして、L−リボース、D−リキソース、D−タロース、D−マンノース、L−アロース及びL−グロースを用いた。0.05Mアルドース溶液10mlをpH9に維持しつつ、これに精製L−リボースイソメラーゼ50単位を加えて30℃で10時間反応させた。この反応液を活性炭処理、脱イオン処理の後、カルシウム型の陽イオン交換樹脂を用いるカラムクロマトグラフィーにより分画し、生産物の画分を減圧濃縮することによって純粋な生産物を得た。高速液体クロマトグラフィーや薄層クロマトグラフィーで分析したところ、原料のアルドースと生産物のケトースとの関係は表3と同じであった。
【実施例2】
【0048】
<ケトースからアルドースの製造>
実験2の方法で調製した精製L−リボースイソメラーゼを用いて、ケトースからアルドースを製造した。ケトースとして、L−リブロース、D−キシルロース、D−タガトース、D−フラクトース、L−プシコース及びL−ソルボースを用いた。0.05Mケトース溶液10mlをpH9に維持しつつ、これに精製L−リボースイソメラーゼ50単位を加えて30℃で10時間反応させた。この反応液を活性炭処理、脱イオン処理の後、ナトリウム型の陽イオン交換樹脂を用いるカラムクロマトグラフィーにより分画し、生産物の画分を減圧濃縮することによって純粋な生産物を得た。高速液体クロマトグラフィーや薄層クロマトグラフィーで分析したところ、原料のケトースと生産物のアルドースとの関係は表3と同じであった。
【実施例3】
【0049】
<L−リボースの製造>
実施例2の方法に準じて、0.1M L−リブロース25mlに精製L−リボースイソメラーゼ10単位を加え、30℃で15時間反応させ、L−リブロースをL−リボースに変換させた。次いで、反応液を常法に従って活性炭で脱色し、H型、炭酸型イオン交換樹脂で脱塩精製し、更に40℃に保温した亜硫酸水素型の陰イオン交換樹脂を用いるカラムクロマトグラフィーにより分画し、純粋なL−リボースの標品を得た。本精製L−リボースのL−リブロースに対する収率は、約60%であった。本品は、甘味料、品質改良剤、保湿剤、核酸の複製阻害剤などとして、食品、化粧品、医薬品、又はそれらの原料などに有利に使用できる。
【実施例4】
【0050】
<D−タロースの製造>
実施例2の方法に準じて、0.1M D−タガトース50mlに精製L−リボースイソメラーゼ10単位を加え、30℃で20時間反応させ、D−タガトースをD−タロースに変換させた。次いで、反応液を常法に従って活性炭で脱色し、H型、炭酸型のイオン交換樹脂で脱塩し、カルシウム型の陽イオン交換樹脂を用いるカラムクロマトグラフィーにより分画し、生産物の画分を濃縮し、D−タロースの結晶を得た。本D−タロースのD−タガトースに対する収率は、約10%であった。本品は、甘味料、品質改良剤、保湿剤、核酸の複製阻害剤などとして、食品、化粧品、医薬品、又はそれらの原料などに有利に使用できる。
【実施例5】
【0051】
<リビトールからL−リボースの製造>
トリプトソーヤブイヨン2w/v%、グリセロール1w/v%及び脱イオン水からなる培養液100mlずつを500ml容振盪フラスコ10本にとり、120℃20分間オートクレーブし、冷却した後、グルコノバクター・フラテウリ(Guluconobacter frateurii)(IFO3254)を1白金耳ずつ植菌し、30℃で2日間振盪培養した。培養後、遠心分離により集菌し、得られた生菌体約10gをリビトール5w/v%を含有する0.05Mトリス・塩酸緩衝液(pH7.0)100mlに加え混合し、この混合液100mlを500ml容振盪フラスコに分注し、30℃で20時間振盪し、リビトールをL−リブロースに変換させた。次いで遠心分離して細菌を除去した。この上清を、常法に従って、活性炭を用いて脱色し、次いで、『ダイヤイオンSK1B』(H型、三菱化成工業株式会社製造の商品名)及び『ダイヤイオンWA30』(OH型、三菱化成工業株式会社製造の商品名)を用いて脱塩し、減圧濃縮して濃度約60%の透明なシラップを得た。さらに、『ダウエックス50WX4』(カルシウム型の陽イオン交換樹脂、ダウケミカル社製造の商品名)を用いるカラムクロマトグラフィーにより分画し、L−リブロース高含有画分を採取し、濃縮して、濃度約70%のシラップを得た。『MCIGEL CK−08EC』(カルシウム型、8×300mm、三菱化学製造)カラムを用いた高速液体クロマトグラフィーにより分析したところ、本品はL−リブロースを固形物当たり97%以上含有していることが確認された。L−リブロースのリビトールに対する収率は、固形物当たり約90%であった。
【0052】
このようにして得られたL−リブロースを用いて、L−リボースを製造した。実験1の方法で、培養液を遠心分離して得た湿菌体約50gをトルエン処理し、10mMリン酸緩衝液に溶解した2.5%アルギン酸ナトリウム100mlに混練した。この菌体を含むスラリーを、マグネティックスターラーで攪拌している0.1MCaCl2 溶液中に滴下して、直径約2mmのゲル化物を形成させ、濾過して、活性約5,000単位の固定化酵素剤を得た。前述の方法で調製したL−リブロースシラップを水で希釈して約1.0M溶液とし、これに本固定化酵素剤をL−リブロース1グラム当たり約50単位加え、pH8.5、10℃で15時間反応させ、L−リブロースをL−リボースに変換させた。次いで、固定化酵素剤を濾過、回収し、濾液を実施例3と同様に脱色、脱塩し、カラムクロマトグラフィーにより分画し、L−リボース高含有画分を採取し、L−リブロース高含有画分は除去した。本L−リボース高含有画分を濃縮し、種晶を加えて攪拌しつつ晶出させ、分蜜して、L−リボース結晶含有固状物を得た。この実施例5に記載した高速液体クロマトグラフィーにより分析したところ、本品のL−リボース純度は約98%であることが確認された。本L−リボース結晶のL−リブロースに対する収率は約20%であった。本品は、甘味料、品質改良剤、保湿剤、核酸の複製阻害剤などとして、食品、化粧品、医薬品、又はそれらの原料などに有利に使用できる。また、回収した固定化酵素剤は、本発明の変換反応に繰り返し利用することができる。さらには、反応液から分画、除去したL−リブロース高含有画分は、原料に戻して再利用し、L−リボース結晶の収率を高めることも有利に実施できる。
【実施例6】
【0053】
<リビトールからL−リボースの製造>
トリプトソーヤブイヨン2w/v%、グリセロール1w/v%及び水からなる培養液100mlずつを500ml容振盪フラスコ2本にとり、120℃で20分間オートクレーブし、冷却した後、アセトバクター・アセチ(Acetobacter aceti)(IFO3281)を1白金耳ずつ植菌し、30℃で2日間振盪培養して、種培養を行った。ポリペプトン1.1w/v%、『ハイニュートSMP』(不二製油株式会社製造の商品名)0.2w/v%、燐酸2水素カリウム1.68w/v%、グリセリン1w/v%及び水からなる培養液16.8lを30l容ジャーファメンターに入れ、120℃20分間オートクレーブし、30℃に冷却した後、水酸化ナトリウム水溶液でpH7.2に調整した。この培地に対し種培養液を1v/v%加え、温度30℃で22時間通気攪拌培養した後、これに別途120℃20分間オートクレーブしたリビトール水溶液3.2l(リビトールを2kg含有)を加え、27時間通気攪拌してリビトールをL−リブロースに変換させた。精密膜瀘過して濾液を採取した。この濾液を実施例5に記載の高速液体クロマトグラフィーにより分析したところ、L−リブロースを固形物当たり97%以上含有していることが確認された。
【0054】
このようにして得られたL−リブロースを用いて、L−リボースを製造した。先ず、アシネトバクター・カルコアセティカスLR7C(FERM BP−5335)を、D−リキソースを単一炭素源とした培地中で温度30℃で4日間振盪培養した。培養液の一部を、同じ組成の新鮮な培地に植えつぎ2日間培養する継代培養を5回繰り返した後、D−リキソースを単一炭素源とした寒天培地表面に接種して更に培養し、単一コロニーを形成させた。コロニーの1つを種菌として、酵母エキス0.5w/v%、ポリペプトン0.5w/v%、食塩0.5w/v%及び水からなる、120℃で20分間オートクレーブした培地で、30℃で振盪培養して種培養液を得た。次いで、種培養と同じ組成の培地15lを30l容ジャーファーメンターに入れ、120℃で20分間オートクレーブし、30℃に冷却し、これに対し、種培養液を1v/v%加え、温度30℃で20時間通気攪拌培養した。培養液を遠心分離して得られる湿菌体約50グラムをトルエン処理し、湿菌体1グラム当たり1mlの50mMグリシン緩衝液(pH9.0)を加え、128単位/mlのL−リボースイソメラーゼ剤110mlを得た。前述の方法で調製したL−リブロースを含む瀘液を水酸化ナトリウム水溶液でpH9.0に調整し、さらに塩化マンガンを終濃度で0.5mMとなるように加えた後、これに本L−リボースイソメラーゼ剤をL−リブロース1グラム当たり約5単位加え、30℃で24時間反応させ、L−リブロースの約70%をL−リボースに変換させた。
【0055】
次いで、限外瀘過膜で瀘過した後、脱塩し、減圧濃縮して濃度約85%のシラップを1.77kg得た。このシラップにエタノールを加えL−リボースを結晶化させ、この結晶を分蜜・洗浄した後、真空乾燥し粉砕して、高純度L−リボースの結晶約600グラムを得た。実施例5に記載の高速液体クロマトグラフィーで分析したところ、本品のL−リボース純度は約99.9%であることが確認された。本L−リボース結晶の原料リビトールからの収率は約30%であった。本品の粉末X線回折図形を、X線回折装置(理学電機株式会社製造、商品名ガイガーフレックスRAD−IIB、CuKα線使用)を用いる粉末X線回折法により求めたところ、図5に示すように、その主な回折角(2θ)として、16.3°、20.1°、21.3°、21.4°及び33.0°を示すことが判明した。本品は、甘味料、品質改良剤、保湿剤、核酸の複製阻害剤などとして、食品、化粧品、医薬品、又はそれらの原料などに有利に使用できる。
【産業上の利用可能性】
【0056】
上記から明らかなように、本発明のL−リボースイソメラーゼは、L−リボース、D−リキソース、D−タロース、D−マンノース、L−アロース及びL−グロースに作用し、それぞれに対応するL−リブロース、D−キシルロース、D−タガトース、D−フラクトース、L−プシコース及びL−ソルボースに異性化する。また、この反応は可逆的であり、平衡反応である。従って、それぞれの糖質の異性化変換反応に利用することが可能である。しかも、本発明の酵素は、必ずしも高度に精製して作用させる必要はなく、各種希少糖質の工業生産に有利に利用することができる。本発明によって、従来入手が困難であった希少糖質を容易に提供できることとなり、それが与える影響は、食品、化粧品、医薬品、化学品など多くの工業分野に及び、その工業的意義は極めて大きい。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】アシネトバクター・カルコアセティカス由来のL−リボースイソメラーゼの活性に及ぼす温度の影響を示す図である。
【図2】アシネトバクター・カルコアセティカス由来のL−リボースイソメラーゼの活性に及ぼすpHの影響を示す図である。
【図3】アシネトバクター・カルコアセティカス由来のL−リボースイソメラーゼの温度安定性を示す図である。
【図4】アシネトバクター・カルコアセティカス由来のL−リボースイソメラーゼのpH安定性を示す図である。
【図5】本発明により得られる高純度L−リボースの結晶にCuKα線を用いた粉末X線回折法を適用して得たX線回折図形を示す図である。図中の数字は各ピークのピーク番号を示している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
L−リブロースに、L−リボースを異性化してL−リブロースを生成し、また、逆に、L−リブロースを異性化してL−リボースを生成する作用を有するL−リボースイソメラーゼを作用させる工程と、生成したL−リボースを採取する工程とを含んでなるL−リボースの製造方法。
【請求項2】
L−リブロースが、リビトールをグルコバクター属又はアセトバクター属に属する微生物によって酸化反応させて得られたものである請求項1記載のL−リボースの製造方法。
【請求項3】
L−リボースが、粉末X線回折法(CuKα線使用)における主な回折角(2θ)として、16.3゜、20.1゜、21.3゜、21.4゜、及び33.0゜を示す結晶である請求項1又は2記載のL−リボースの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2007−222186(P2007−222186A)
【公開日】平成19年9月6日(2007.9.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−157141(P2007−157141)
【出願日】平成19年6月14日(2007.6.14)
【分割の表示】特願平9−91316の分割
【原出願日】平成9年3月27日(1997.3.27)
【出願人】(000155908)株式会社林原生物化学研究所 (168)
【Fターム(参考)】