説明

LFA−1抑制剤、及びその用途

本発明は、式(I)のポリアミン、及びその医薬として許容し得る塩からなる群から選ばれる少なくとも1を含む、LFA−1抑制剤: NH−(CH)m1−(NH)p1−(CH)m2−(NH)p2−(CH)m3−(NH)p3−(CH)m4−(NH)p4−(CH)m5−NH…(1)(式中、m1〜m5は少なくとも2つが0より大きく、それぞれ独立に0〜7の整数であって、m1+m2+m3+m4+m5の和は、2以上かつ18未満であり、かつp1,p2,p3及びp4は、少なくとも1つが1で、他はそれぞれ独立に0又は1である。);該抑制剤を含む医薬組成物、及び疾患の予防及び治療方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は、LFA−1抑制剤、及びその用途に関するものである。さらに詳細に述べると、ポリアミンを含むLFA−1の選択的機能抑制剤、該LFA−1抑制剤を含む医薬組成物、該LFA−1抑制剤及び医薬組成物を用いる疾患の予防方法、及び治療方法に関するものである。
発明の背景
一般に、細胞の表面には、細胞の機能や分化に重要な役割を果たす細胞膜分化抗原(Cluster of differentiation:以下、CDと呼ぶ)が発現している。該CDの中には、細胞外基質構成分子として細胞間の接着に必要な接着分子がある。該接着分子は、細胞間の接着に寄与するだけではなく、細胞内の情報伝達系に作用して、発生や免疫応答等の生体のさまざまな反応を精密に調節する重要な機能のあることが明らかになっている。
これまで多数の接着分子が特定されており、このうち、細胞膜分化抗原であるCD11aとCD18とにより構成されるLFA−1は、炎症の形成に重要な働きを有することが明らかになっている。とくに、末梢血単核球(リンパ球、単球、マクロファージ)などの免疫細胞に存在するLFA−1は様々な炎症のごく初期の段階から炎症の進行までの過程に中心的な役割を有することが明らかにされている。
そして後述するように、動脈硬化、臓器移植における移植片の拒絶反応、自己免疫性疾患、アレルギー性疾患等の多くの疾患において、病態の形成や進行に中心的な役割を果たす因子であることが判明している(1:参照番号 明細書後段に参照文献として記載されている。)。
該LFA−1は、リンパ球、単球、マクロファージ、顆粒球等、免疫を司る細胞に多く発現し、通常、該LFA−1接着分子に選択的に結合する、いわば対となる接着分子が存在する。この対の接着分子同士が接着することにより、細胞内への情報伝達が始まり、細胞は活性化される。該LFA−1は、血管内皮細胞等に多く発現するCD54(別名ICAM−1:Intercelullar adhesion molecule−1)と呼ばれる接着分子と選択的に結合することが明らかになっている(2)。このような場合、ICAM−1はLFA−1のリガンドと呼ばれる。
炎症の初期の段階では、LFA−1を表面に有するリンパ球、単球、マクロファージ、顆粒球等の免疫細胞が、リガンドであるICAM−1を発現している血管内皮細胞等に接着することにより活性化され、組織に炎症を生じさせる。この反応をきっかけに組織の炎症が始まると、様々な炎症を誘発するメディエーターの産生により、他の接着分子や機能的な細胞膜分化抗原分子の活性化が誘発され、炎症が増強される。このため、LFA−1の発現量を減少させるか、この接着分子に抗体や機能的な分子を結合させて接着分子の接着機能を低下させることにより、炎症の発生や進行を抑制することができる(3,4,5)。また、反対に、LFA−1の発現を増強させることにより、炎症を増強させることも可能である(6)。
さらに、LFA−1は免疫細胞による抗腫瘍活性に重要な役割を持っていることもわかっている。同じ細胞培養液中で免疫細胞と癌細胞とを一緒に培養すると、免疫細胞が癌細胞を認識して殺すことは周知であるが、この培養液にLFA−1の抗体を加えて、LFA−1の機能を抑制すると、癌細胞に対する抗腫瘍活性の一部が低下する(7)。
従って、LFA−1の発現を増強させる手段が発見されれば、癌に対する治療方法や、炎症を高度に生じさせて抗菌活性を増強させる治療法の確立に大きな道筋をたてることができるわけである。このように、免疫細胞における細胞膜分化抗原分子、特にLFA−1は、炎症性疾患や癌の治療において、非常に重要なターゲットとなっている。
上述のように、LFA−1は、CD11aとCD18との組み合せ体である。後掲する文献により、上記各種疾患へのLFA−1の関与が明らかになっているが、LFA−1を構成するCD11aとCD18、とくにCD11aの発現を抑制することで、LFA−1の機能を抑制することができる事が分かっている。
このように、LFA−1が炎症の発生と進行に深く関与していることが明らかになったことから、現在まで、さまざまな炎症性疾患の予防、及び治療を目的として、LFA−1の機能を低下させる抗体や機能的分子を開発する試みが、数多くなされている。
実際にLFA−1、またはLFA−1を構成するCD11aを抑制することにより、LFA−1が病態の発生や進行に中心的な役割を有していることがすでに判明している疾患(動脈硬化、移植片に対する拒絶反応、自己免疫性疾患(1型糖尿病(インスリン依存性糖尿病)、甲状腺疾患、自己免疫性関節炎、脳脊髄末梢神経炎もしくは変性疾患等)の発症の抑制や治療、アレルギー疾患の治療や予防、虚血再還流組織障害の抑制、高血圧性腎症や糖尿病性網膜症の進行の予防や軽減等を実現すべく、治療薬の開発が盛んに行われている。
そして、後述するように、すでにヒトに抗LFA−1抗体やLFA−1の機能抑制物質や合成された小分子を投与することにより、動脈硬化の進行抑制、移植片に対する拒絶反応の抑制、及び自己免疫性疾患の一部(乾癬:皮膚炎の一種)の病状の改善等がすでに実現されている。さらには、自己免疫性疾患(1型糖尿病、Graves’disease(バセドー病)、橋本病、自己免疫性関節炎、脳脊髄末梢神経変性疾患等)、アレルギー疾患、虚血性再還流障害、糖尿病性網膜症の各疾患や病態については、これらヒトの疾患と同じ病態を有する動物に対して、抗LFA−1抗体や抗LFA−1作用のある物質を投与すると病態の予防や症状の改善が可能であることが確認されている。
このように、LFA−1を抗体や小分子を用いてリガンドであるICAM−1への接着を抑制する方法が多くの疾患治療に有効であることが認められたために、LFA−1の機能を抑制する方法や治療薬の開発が急速かつ大規模に進んでいる。実際にLFA−1に対する抗体が開発され、すでにヒトの疾患の治療に用いられはじめている(8,9,10,11,12)。
同様にLFA−1のリガンドであるICAM−1の構造に近い物質を合成し、そのなかからLFA−1の鍵穴に入り込むことによりICAM−1への接着を阻止し、かつLFA−1を介した細胞機能の活性化を誘発しないような物質も精製されている(13)。
さらには、高脂血症(血液中の中性脂肪やコレステロールが上昇し心筋梗塞などの動脈硬化を誘発する代謝異常)の治療薬がLFA−1の機能を抑制することが判明し、この薬を内服している患者の動脈硬化の進行が抑制され、臓器移植の生着率が向上することが報告されている(14,15,16)。
しかしながら、高脂血症の治療薬(一般的にスタチン系薬剤と呼ばれる)によるLFA−1の機能抑制、及び細胞の接着の抑制は、人間の生体中では存在し得ない高濃度でしかその作用が発現しないことが見いだされた。また、抗体や小分子は基本的には自然界に存在しない物質で、ヒトの体から見れば異物であり、生体に用いた際にどのような重篤な副作用が出現するかは未知数であることも指摘されている(17)。
医療の歴史において、このような物質による重篤な副作用により多くの生命がこれまでに危険にさらされたことは周知の事実である。よって、これらの物質のヒトへの応用に対しては、広範な臨床試験を含む安全性を検討する必要がある。
さらに、これらの物質はすべて細胞の外からLFA−1の分子に直接接着し、物理的に接着機能を消失させるものである。しかし、LFA−1の機能は、この接着分子を有する細胞に対する刺激が誘因となって、細胞内からこの分子(LFA−1)の発現を増強する情報が伝えられることによって調整されている。すなわち、生体の必要に応じて免疫系細胞から分泌されるケモカインという物質が、LFA−1を有する細胞の表面に存在するケモカインレセプターに反応することにより、細胞内からLFA−1活性化の信号が送られて、LFA−1が活性化され細胞の接着機能が亢進するわけである。よって、LFA−1を外部から強制的に鋳型にはめて身動きのできない状態をもたらす薬剤による治療は、生体内での生理的な反応を完全に阻止するものであり、実用化するためにはヒトにおける広範な安全性を確認しない限り、危険な副作用をもたらす可能性がある。
例えば、遺伝子操作で細胞にLFA−1が全く発現しないマウスを作成したところ、このマウスに移植した腫瘍の転移が正常のマウスに移植したときよりも促進された(18)。
また、LFA−1の抗体を、感染を生じさせた動物に投与すると症状が増悪し、細菌感染に対する抵抗力が減弱する等の報告がすでにあり、LFA−1を強制的に機能できない状態にすることによる深刻な問題を生じさせる可能性があることが指摘されている(19)。
このような状況から、LFA−1の発現、又は機能を安全、かつ効果的に抑制する抑制剤の開発が必要であった。
【発明の開示】
本発明者が前記状況に鑑み、研究を行なった結果、自然界に存在し、かつ人類が食物とともに摂取し続けてきたポリアミンが、細胞膜分化抗原CD11a及びCD18の発現を抑制し、その結果、LFA−1接着分子の機能を抑制するという知見を得た。本発明は当該知見に基づき達成されたものである。
発明の要約
本発明は、ポリアミンを含むLFA−1抑制剤、該LFA−1抑制剤を含む医薬組成物、該LFA−1抑制剤及び医薬組成物を用いる疾患の予防方法、及び治療方法を提供することを目的とする。
さらに詳細に述べると、本発明は、ポリアミンを含むLFA−1の選択的機能抑制剤、該LFA−1抑制剤を含む、動脈硬化治療用医薬組成物、拒絶反応抑制用医薬組成物、自己免疫性疾患治療用医薬組成物、アレルギー治療用医薬組成物、虚血再還流組織障害治療用医薬組成物、糖尿病性網膜症治療用医薬組成物を提供することを目的とする。
さらに、本発明は、前記LFA−1抑制剤を投与することを特徴とする、動脈硬化、自己免疫性疾患、アレルギー、虚血再還流組織障害、糖尿病性網膜症からなる群から選ばれる疾患の予防、及び治療する方法、並びに拒絶反応を抑制する方法を提供することを目的とする。
本発明は、前記目的を達成するために下記発明を提供する。
本発明は、アミノ基2〜6個、及び炭素原子数2〜7個の直鎖、又は分枝鎖のアルキレン部分を1以上有するポリアミン、及びその医薬として許容し得る塩からなる群から選ばれる少なくとも1を含む、LFA−1抑制剤を提供する。
また、本発明は、下記式(1)のポリアミン、及びその医薬として許容し得る塩からなる群から選ばれる少なくとも1を含む、LFA−1抑制剤を提供する:

式中、m1〜m5はそれぞれ独立に0〜7の整数であって、そのうち少なくとも2は0より大きく、m1+m2+m3+m4+m5の和は、2以上かつ18未満であり、かつp1,p2,p3及びp4は、少なくとも1つが1であって、他はそれぞれ独立に0又は1である。
さらに本発明は、ポリアミンが、3.3’−イミノビスプロピルアミン、N−アミノブチル−1,3−ジアミノプロパン、4,4’−イミノビスブチルアミン、及びN−アミノペンチル−1,3−ジアミノプロパンからなる群から選ばれたものである、前記LFA−1抑制剤を提供する。
さらに本発明は、ポリアミンが、4,9−ジアザトリデカン−1,13−ジアミン、4,9−ジアザドデカン−1,12−ジアミン、4,8−ジアザドデカン−1,12−ジアミン、5,9−ジアザトリデカン−1,13−ジアミン、4,9−ジアザトリデカン−1,13−ジアミン、4,10−ジアザトリデカン−1,13−ジアミン、4,9−ジアザトリデカン−1,13−ジアミン、5,9−ジアザトリデカン−1,13−ジアミン、及び5,9−ジアザトリデカン−1,14−ジアミンからなる群から選ばれたものである、前記LFA−1抑制剤を提供する。
さらに本発明は、ポリアミンが、4,8,12−トリアザペンタデカン−1,15−ジアミン、4,8,12−トリアザヘキサデカン−1,16−ジアミン、4,9,13−トリアザヘプタデカン−1,17−ジアミン、4,9,14−トリアザオクタデカン−1,18−ジアミン、5,9,13−トリアザヘプタデカン−1,17−ジアミン、5,9,14−トリアザオクタデカン−1,18−ジアミン、4,9,14−トリアザオクタデカン−1,18−ジアミン、5,10,14−トリアザオクタデカン−1,18−ジアミンからなる群から選ばれたものである、前記LFA−1抑制剤を提供する。
さらに本発明は、ポリアミンが、4,8,12,16−テトラアザノナデカン−1.19−ジアミン、4,8,12,16−テトラアザアイコサン−1.20−ジアミン、4,8,12,17−テトラアザアイコサン−1.20−ジアミン、及び4,8,12,17−テトラアザアイコサン−1.20−ジアミンからなる群から選ばれたものである、前記LFA−1抑制剤を提供する。
さらに本発明は、前記LFA−1抑制剤を含む、動脈硬化治療用医薬組成物、拒絶反応抑制用医薬組成物、自己免疫性疾患治療用医薬組成物、アレルギー治療用医薬組成物、虚血再還流組織障害治療用医薬組成物、及び糖尿病性網膜症治療用医薬組成物を提供する。
さらに本発明は、前記LFA−1抑制剤を投与することを特徴とする、動脈硬化、自己免疫性疾患、アレルギー、虚血再還流組織障害、糖尿病性網膜症からなる群から選ばれる疾患を治療する方法を提供する。
さらに本発明は、前記LFA−1抑制剤を投与することを特徴とする、動脈硬化、自己免疫性疾患、アレルギー、虚血再還流組織障害、糖尿病性網膜症からなる群から選ばれる疾患を予防する方法を提供する。
さらに本発明は、前記LFA−1抑制剤を投与することを特徴とする、拒絶反応を抑制する方法を提供する。
定義
本明細書中で用いる用語を下記のように定義する。
用語「ポリアミン」とは、同一分子内に3個以上のアミノ基、及び炭素原子数2〜7個を有する直鎖、又は分枝鎖のアルキレン部分2以上を含む化合物をいう。
用語「医薬として許容し得る塩」とは、医薬として用いることができる、無機酸又は有機酸の無毒性酸付加塩をいう。
用語「患者」は、治療の対象となる哺乳類のような温血動物を意味する。犬、猫、ラット、ハツカネズミ、馬、牛、羊、及びヒトなど患者の範囲に入る動物例である。
用語「CD11a」は、別名として、LFA−1 α−chain、gp180/95、αL Integrin等と呼ばれているが、本明細書、及び請求の範囲においては、これらの名称を統一してCD11aと呼ぶ。
用語「CD18」は、別名として、LFA−1 β−chain、Integrin β2等と呼ばれているが、本明細書、及び請求の範囲においては、これらの名称を統一してCD18と呼ぶ。
【図面の簡単な説明】
図1は、スペルミンを加えた細胞培養液中で70〜80時間培養したヒト末梢血単核球のCD11aの平均蛍光光度(測定値)の変化(減少)を示す。
図2は、スペルミンによるCD11aヒストグラムの変化を示す。CD11aを強く発現する細胞数が減少していることが示されている。
図3は、スペルミン存在下におけるCD18発現細胞の平均蛍光光度の変化(減少)を示す。
図4は、スペルミン、スペルミジン、プトレスシンを加えた細胞培養液中で70〜80時間培養したヒト末梢血単核球のCD11aの平均蛍光光度(測定値)の変化(減少)を示す。
図5は、スペルミンと20〜26時間培養した時点の末梢血単核球のCD11aの平均蛍光光度が変化しないことを示す。
図6は、16〜24時間培養した後に、細胞を洗浄し細胞外に存在するスペルミンを除去した。その後、スペルミンを含まない培養液で48〜56時間培養したヒト末梢血単核球のCD11aの平均蛍光光度の変化(減少)を示す。
図7は、スペルミンによる接着分子発現細胞の平均蛍光光度の変化を示す。
図8は、スペルミンによる接着分子以外の機能的な細胞膜分化抗原の平均蛍光光度の変化を示す。
図9は、採血直後と72時間培養後のCD11a陽性細胞の発現率とCD11aの平均蛍光光度を示す。
図10は、接着分子を発現した細胞の全体の細胞数に対する割合(発現陽性率)を示す。スペルミンと培養した細胞の接着分子の発現率は低下しなかった。
図11は、接着分子以外の機能的な細胞膜分化抗原を発現した細胞の全体の細胞数に対する割合(発現陽性率)を示す。スペルミンと培養した細胞の細胞膜分化抗原の発現率は低下しなかった。
図12は、培養中もしくは採血前の体内で偶発的に感染を生じた末梢血単核球を用いた実験の平均蛍光光度のスペルミンによる変化を示す。図7,8に示すように通常では低下しないCD16,31.49d,54などの細胞膜分化抗原の発現が、スペルミンで培養した細胞では著明に低下する。
図13は、スペルミン、スペルミジン、プトレスシン存在下における末梢血単核球の培養プレートへの接着率の変化を示す。
図14は、培養プレートを遠心してスペルミンによる培養プレートへの細胞の接着抑制作用を増強したものを示す。
図15は、スペルミンと20〜24時間培養した細胞の培養プレートへの接着の抑制作用が明らかではないことを示す。
図16は、スペルミンとともに20時間もしくは72時間培養した末梢血単核球の血管内皮細胞への接着(率)の変化を示す。20時間程度の培養では接着抑制作用は認められない。
図17は、スペルミンと16〜24時間培養した後に、細胞を洗浄し細胞外に存在するスペルミンを除去した。その後、スペルミンを含まない培養液で48〜56時間培養したヒト末梢血単核球の血管内皮細胞への接着細胞数(実数)の変化を示す。
図18は、スペルミン、スペルミジン、プトレスシンとともに70〜80時間培養した末梢血単核球の血管内皮細胞への接着(率)の変化を示す。
図19は、スペルミンによる細胞障害活性の変化および幼若化反応を示す。
図20は、ポリアミン(スペルミン、スペルミジン、プトレスシン)と培養した末梢血単核球内のポリアミン濃度の変化を示す。
発明を実施するための形態
ポリアミン
本発明のLFA−1抑制剤、医薬組成物、及び方法に有用な化合物は、化学の分野で公知であり、多くは市販されている。本発明で用いる化合物の多くは、生物体内に普遍的に存在する生体アミンであって、生物体からの抽出により製造することができ、また、その製造方法は、Beilsteins Handbuch Der Organischen Chemieなどの文献に開示されている。メルクインデックス第9版やMethod in Molecular Biology(Vol.79,Polyamine Protocols,Edited by:D.Morgan,Humana Press Inc.,Totowa,NJ)なども、本発明で用いる化合物の情報を記載している。なお、当業者であれば、これらの情報に基づき本発明のポリアミンなどを容易に製造できることは明らかである。
本発明で用いるポリアミンは、アミノ基3〜6個、及び炭素原子数2〜7個の直鎖、又は分枝鎖のアルキレン部分を2以上有する化合物である。該ポリアミンは、下記化学式(1)を有する化合物を含む。

式中、m1〜m5は少なくとも2が0よりも大きく、それぞれ独立に0〜7の整数、好ましくは0〜5の整数であって、m1+m2+m3+m4+m5の和は、2以上かつ18未満、好ましくは2以上かつ17未満であり、特に好ましくは4以上かつ16未満であり、かつp1,p2,p3及びp4は少なくとも1つが1で、他はそれぞれ独立に0又は1である。
本発明のポリアミンは、式(1)中において、m1及びm2が2〜7の整数、特に3〜5の整数で、m3,m4及びm5が0であり、p1が1で、p2,p3及びp4がそれぞれ0である化合物を含む。
本発明のポリアミンは、式(1)中において、m1,m2及びm3が2〜7の整数、特に3〜5の整数で、m4及びm5が0であり、p1及びp2が1で、p3及びp4がそれぞれ0である化合物を含む。
本発明のポリアミンは、式(1)中において、m1,m2,m3及びm4が2〜7の整数、特に3〜5の整数で、m5が0であり、p1〜3が1で、p4が0である化合物を含む。
本発明のポリアミンには、トリアミン、テトラアミン、ペンタアミン、及びヘキサアミンがあり、これらを単独で、又は組み合わせて使用することができる。次に本発明のポリアミンを具体的な化合物を記載する。なお、各化合物の後に[]で示している参照は、その製法についての参照である。
本発明で用いるトリアミンの例を挙げると、下記のものがある。


これらトリアミンで好ましいのは、スペルミジンである。
本発明で用いるテトラアミンの例を挙げると、下記のものがある。


これらテトラアミンで好ましいのは、テルミン、スペルミン、ホモスペルミン、テルモスペルミン、アミノペンチルノルスペルミジン、及びN,N’−ビス(アミノプロピル)カダベリンであり、特に好ましいのはスペルミンである。
本発明で用いるペンタアミンの例を挙げると、下記のものがある。


これらペンタアミンで好ましいのは、カルドペンタミン及びホモカルドペンタミンである。
本発明で用いるヘキサアミンの例を挙げると、下記のものがある。


これらヘキサアミンで好ましいのは、カルドヘキサミン及びホモカルドヘキサミンである。
本発明では、前記ポリアミンを、医薬として許容し得る塩の形態で用いることができる。該塩は、有機酸又は無機酸の付加塩類であって、例えば、塩酸、フッ化水素酸、硫酸、硝酸、リン酸などの無機酸付加塩、及び例えば、スルホン酸、メタンスルホン酸、スルファミン酸、酒石酸、フマル酸、臭化水素酸、グリコール酸、クエン酸、マレイン酸、リン酸、コハク酸、酢酸、安息香酸、アスコルビ酸、p−トルエンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸、ナフタリンスルホン酸、プロピオン酸、乳酸、ピルビン酸、シュウ酸、ステアリン酸、ケイ皮酸、アスパラギン酸、サリチル酸、グルコン酸などの有機酸付加塩を含む。該塩は、遊離の塩基のにおいがなく、治療上有利であり、特に塩酸付加塩類が好ましい。該酸付加塩類は、本発明の技術分野で周知であるように遊離の塩基形態のポリアミンと、適当な酸との接触により容易に調製することができる。
投与量
本発明のLFA−1抑制剤の投与量は、投与経路、患者の性別、症状、年齢、体重に合わせて適宜変えることになるが、通常、ヒト成人一日当り、ポリアミンとして、0.01〜100mg/Kg体重、特に0.05〜40mg/kg体重、さらに特に好ましくは0.05〜4mg/kg体重である。本発明のLFA−1抑制剤、及び医薬組成物では有効成分として前記ポリアミン、又はその組み合わせを単独で、又はその他の所望の薬剤との組み合わせて使用することができる。
製剤形態
本発明のLFA−1抑制剤、又は医薬組成物は、経口投与又は非経口投与することができる。該非経口投与には、点滴、静脈注射、皮下注射、筋肉注射などの注射による投与、軟膏及び経皮剤による経皮的投与、座剤による直腸投与などの形態がある。また、経口投与する場合、硬カプセル剤、軟カプセル剤、顆粒剤、散剤、細粒剤、丸剤、トローチ錠、有効成分持続的開放剤、液剤、懸濁剤などの形態で調剤することができる。該調剤は、製薬分野における通常の担体を用い、常法により容易に行なうことができる。
本発明の医薬組成物を経口投与形態に調剤する場合、汎用されている担体などの製剤用成分、例えば、充填剤、増量剤、結合剤、崩壊剤、界面活性剤、滑沢剤などの希釈剤、及び賦形剤などを用いることができる。例を挙げると、乳糖、白糖、塩化ナトリウム、ブドウ糖、尿素、デンプン、炭酸カルシウム、カオリン、結晶セルロース、ケイ酸などの賦形剤、水、エタノール、単シロップ、ブドウ糖液、デンプン液、ゼラチン溶液、カルボキシメチルセルロース、セラツク、メチルセルロース、リン酸カリウム、ポリビニルピロリドンなどの結合剤、乾燥デンプン、アルギン酸ナトリウム、カンテン末、ラミナラン末、炭酸水素ナトリウム、炭酸カルシウム、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、ラウリル硫酸ナトリウム、ステアリン酸モノグリセリド、デンプン、乳糖などの崩壊剤、白糖、ステアリン酸、カカオバター、水素添加油などの崩壊抑制剤、第4級アンモニウム塩、ラウリル硫酸ナトリウムなどの吸収促進剤、グリセリン、デンプンなどの保湿剤、デンプン、乳糖、カオリン、ベントナイト、コロイド状ケイ酸等の吸着剤、精製タルク、ステアリン酸塩等の滑沢剤などである。さらに必要に応じて着色剤、保存剤、香料、風味剤、甘味剤などを配合してもよい。
本発明の医薬組成物の非経口投与形態は、前記ポリアミン類を、単独で、又は他の製剤用成分などと共に、生理食塩水、リン酸緩衝液などの適当な溶媒に溶かして調剤することができる。
ポリアミンの作用と代謝
本発明で用いるポリアミンを、人体に存在する典型的な生体ポリアミンであるスペルミン、及びスペルミジンを例に取り説明する。
ポリアミン(Polyamine)は窒素を含む低分子の塩基性物質で、分子中にアミン部位を含む物質であることからこのように命名された。ポリアミンは、微生物、植物、動物を問わずほぼ全ての生物の細胞内に、高濃度、すなわちmM(ミリモーラー:M(モーラー)はmol/L(モル/リットル)を示す)単位で含まれており、細胞増殖や分化、及び細胞内の信号伝達に重要な働きを有するものと考えられてきた。細胞増殖の盛んな若い個体の細胞内のポリアミン濃度は高く、老化により細胞内ポリアミン濃度が急速に低下することが判明している(20,21)。これは主に細胞内に存在する後述するポリアミンを合成するための酵素の活性が加齢とともに急速に低下するためであると考えられる(22)。
逆に、自立的に増殖を行なう細胞では、ポリアミン濃度ばかりではなく、ポリアミンを合成するために必要な酵素の活性も高い。実際にヒトの癌患者においては、分裂増殖の盛んな癌組織内のポリアミン濃度やポリアミン合成酵素の活性は、周囲の正常組織と比較すると高い値を示すこと等が明らかになっている。
例えば、ヒトの生体内に存在するポリアミンは、主に、スペルミン(Spermine)、スペルミジン(Spermidine)、プトレスシン(Putrescine)の3種類である。
これらポリアミンは細胞内で合成され、その合成の経路は詳細に解明されている。まず、アミノ酸の一種であるアルギニン(Arginine)から、アルギナーゼ(Arginase)の作用によってオルニチン(Ornithin)が合成される。オルニチンは、オルニチン脱炭酸酵素(Ornithin Decarboxylase)の作用によってプトレスシンとなる。このプトレスシンの生成から、ポリアミンの合成が始まる。
また、メチオニン(Methionine)から合成されるS−アデノシルメチオニン(S−adnosylmethionine)が、S−アデノシルメチオニン脱炭酸酵素(S−adnosylmethionine decarboxylase)の作用によって脱炭酸されると、脱炭酸S−アデノシルメチオニン(Decarboxylate S−adnosylmethionine)が生成される。
そして、スペルミジン合成酵素(Spermidine synthase)(別名:スペルミン・スペルミジン合成酵素:Spermine−Spermidine synthase)の作用によって、プトレスシンが、脱炭酸S−アデノシルメチオニンからのプロピルアミンの転移(Propylamine transfer)を受けることにより、スペルミジンが合成される。
また、スペルミン合成酵素(Spermine synthase)(もしくはスペルミン・スペルミジン合成酵素(Spermine−Spermidine synthase))の作用によって、スペルミジンが、脱炭酸S−アデノシルメチオニンからプロピルアミンの転移を受けることにより、スペルミンが合成される。
細胞内に蓄積され、必要のなくなったスペルミン、及びスペルミジンは、アセチルCo−A(AcetylCoA)の作用によりアセチル化される。
すなわち、スペルミンはアセチルCo−Aの作用によってアセチル化されてN−アセチルスペルミン(N−Acetylspermine)となり、さらにポリアミン酸化酵素(Polyamine oxidase)の作用によって、スペルミジンになる。同様に、スペルミジンは、アセチルCo−Aの作用によりアセチル化されてN−アセチルスペルミジン(N−Acetylspermidine)となり、さらにポリアミン酸化酵素(Polyamine oxidase)の作用によって、プトレスシンになる。
以上ように、スペルミン、及びスペルミジンは、細胞内において合成酵素の作用と分解酵素の作用によって合成、及び分解され、細胞内におけるスペルミン、及びスペルミジンの濃度は調節されている。
従って、細胞内においてスペルミン、及びスペルミジンの合成に関わる酵素のいずれかを阻害すれば、スペルミン、及びスペルミジンが合成されなくなり、細胞内のスペルミン、及びスペルミジンが枯渇するので、これらの濃度低下が引き起こされ、細胞の発育や代謝に影響が出ると考えられる。
しかしながら、ポリアミンの合成が自立的にかつ盛んに行われている癌組織を移植された動物を用いた実験では、動物にポリアミン合成酵素阻害剤を投与してポリアミン合成酵素の作用を阻害するだけでは、癌組織内のポリアミンが枯渇せず、癌細胞は増殖し続けることが明らかになっている。ところが、この動物にポリアミンを含まない食事を投与すると癌細胞内のポリアミンが減少し、癌組織が縮小することがわかっている。すなわち、細胞内のポリアミンを枯渇させるためには、細胞内での合成を抑制するだけでなく、細胞外からのポリアミンの供給を断つ必要があることが判明している。
例えば、ラットに、アイソトープでラベルしたポリアミンを混合した食事を与えると、食物中のポリアミンが腸管からすみやかに吸収され、短時間で、体の各組織の細胞内に移行することが明らかになっている。その際、食物中に含まれるポリアミンのうち、プトレスシンは、腸管内に存在するダイアミンオキシダーゼ(Diamine oxidase)によって大半が分解されてしまうので、体内で利用されるのは投与された20〜30%に過ぎない。しかし、食物中のスペルミン、及びスペルミジンは、そのままの形で吸収され、経口投与されたうちの95%以上が、体の様々な組織や臓器内に移行する。また、注射等の非経口的な方法でポリアミンを投与した場合も、スペルミン、及びスペルミジンがそのままの形で、すみやかに体の各組織内へ移行することが、動物実験で明らかになっている。
また、ポリアミンが活発に生成される病態では、血中のポリアミン濃度とともに、尿中へのポリアミンの排泄も増加する。尿中へポリアミンを排泄するためには、血流によって腎臓へポリアミンを輸送する必要があるが、血漿にはポリアミンが存在しないために、血球が体内におけるポリアミンの輸送を担っていると考えられる。
例えば、Bardocz等の報告によれば、スペルミン、及びスペルミジンは、投与された85〜96%が腸管から吸収される。また、吸収されたスペルミンとスペルミンの分子は、その72〜82%が全身に行き渡る。しかしながら、プトレスシンは大半が分解されてしまい、29〜39%のみが取り込まれる(23)。
体内に入ったポリアミンは、経口摂取もしくは腹腔内投与されたポリアミンが、きわめてすみやかに、しかも分解されることなく、そのままの分子の形で体内の組織に移行するという事実を考慮に入れると、血液が重要な役割を果たしていることは明らかである。また、ヒトの血液中において、ポリアミンは、血清中では検出されず、血球(赤血球、白血球、リンパ球、単核球)内に高濃度で含まれることが判っている。
例えば、Cohen等の報告によれば、人の血漿(Plasma)中にはポリアミンはほとんど検出されず、血中のポリアミンのほとんどが、赤血球に含まれる。赤血球内におけるポリアミンの濃度は低いが、赤血球の数が多いためである。なお、リンパ球中では、赤血球中に比べ、スペルミジンが100倍の濃度で含まれ、スペルミンが400倍の濃度で含まれる。また、赤血球中には、スペルミジンの方がスペルミンよりも高い濃度で含まれるが、リンパ球や顆粒球内には、スペルミジンよりもスペルミンの方が高い濃度で含まれる(24)。
また、ポリアミンが体内で盛んに合成されているような病態を有する患者では、血球中のポリアミン濃度が上昇することが明らかになっている(25)。
また、加齢に伴って体内におけるポリアミンの生成量が減少し、細胞内のポリアミン濃度が低下すると、末梢血中のポリアミン濃度も低下することが明らかになっている(26,27,28)。
従って、ポリアミンは、体内において、血液中の細胞(赤血球、白血球、リンパ球、単球、マクロファージ)により移動すると考えられる。
食物中に含まれるポリアミンが、ヒトの末梢血単核球中のポリアミン濃度にどの程度影響を及ぼすのかについては明らかでない。しかし、動物実験では、食物中のポリアミン濃度が末梢血単核球(リンパ球、単球、マクロファージ)などの免疫細胞内のポリアミン濃度に影響をおよぼすことが明らかにされているからである(29)。
以上の説明から明らかなように、ポリアミンの細胞内濃度は、細胞内での合成や分解、細胞外からの取り込み、及び細胞外への排出により調整されており、経口摂取されたスペルミジンやスペルミンは、体内の細胞内(末梢血細胞の単核球(リンパ球、単球、マクロファージ)を含めた)のポリアミンの濃度や構成に強い影響を与える。
食物中には様々な濃度のポリアミンが含まれている。ポリアミン濃度とポリアミンの構成比(スペルミン、スペルミジン、プトレスシンの含まれている量の比)は食物により大きく異なっている。特にそのままの分子の形で吸収され細胞内に取り込まれるスペルミンとスペルミジンは食物の種類により含量が大きく異なる。自然な食物では、大豆やグリーンピースなどの豆類の一部やきのこ類にスペルミンやスペルミジンが高濃度に含まれている。加工食品ではチーズ、ヨーグルトなどの発酵食品にも多量のスペルミンやスペルミジンが含まれている(30)。すなわち、ヒトが1日に摂取するポリアミン(特にスペルミンやスペルミジン)の種類と量は、その地域の食生活の習慣の違いにより大きく異なっているわけである。
スペルミン、及びスペルミジンの細胞内の濃度を上昇させるためには、スペルミン、及びスペルミジンの原料となる、プトレスシン、オルニチン、アルギニン、メチオニン、S−アデノシルメチオニンを投与する方法や、スペルミジンやスペルミンを細胞内で合成するために必要な酵素(例えばオルニチン脱炭酸酵素、S−アデノシルメチオニン脱炭酸酵素、スペルミジン合成酵素、スペルミン合成酵素、スペルミン・スペルミジン合成酵素等)を活性化させて、スペルミン、及びスペルミジンの合成を亢進する方法や、合成された細胞内のスペルミン、及びスペルミジンを分解する酵素の活性を阻害する方法や、スペルミン、及びスペルミジンを経口もしくは非経口的に投与して、体外から細胞内に直接取り込ませる方法が考えられる。特に、スペルミン、及びスペルミジンを経口もしくは非経口的に投与する方法は簡単で、効果的に、スペルミン、及びスペルミジンの細胞内の濃度を上昇させることができる。また、これまでの研究により、ヒトのポリアミンの1日の摂取量や、スペルミンとスペルミジンの急性毒性を発現するために必要な量も明らかにされている。
なお、スペルミン、及びスペルミジンの細胞内の濃度を低下させるためには、上記の方法とは正反対の作用を用いれば良い。すなわち、プトレスシン、オルニチン、アルギニン、メチオニン、S−アデノシルメチオニンなど、スペルミン、及びスペルミジンを合成するために必要な物質の供給を断つ方法や、スペルミン、及びスペルミジンを合成するために必要な酵素(オルニチン脱炭酸酵素、S−アデノシルメチオニン脱炭酸酵素、スペルミジン合成酵素、スペルミン合成酵素、スペルミン・スペルミジン合成酵素等)の作用を抑制する方法や、スペルミン、及びスペルミジンを分解する作用を有するアセチルCo−Aやポリアミンオキシダーゼを活性化させることで、スペルミン、及びスペルミジンの分解を促進する方法や、スペルミン、及びスペルミジンの経口的、及び非経口的な体外からの供給を断つ方法によって、スペルミン、及びスペルミジンの細胞内の濃度を低下させることが可能である。
これまで説明したように、生体ポリアミンは生物中にもともと存在するものであり、その細胞内濃度を調整することは可能であるが、従来、本発明のようにCD11a、及びCD18の発現を抑制し、両者により構成されるLFA−1の機能を阻害する用途において、ポリアミンの生体内濃度を調整するという思想はなかった。すなわち、これまでポリアミンを個別の疾患の治療目的に使用した例は存在するが、LFA−1の機能を直接阻害するという現象は、本発明者が新規に得た知見である。
治療用医薬組成物、及び治療方法
本発明のLFA−1抑制剤を含む医薬組成物は、LFA−1の発現量、及び強度抑制作用を介して、特に動脈硬化、自己免疫性疾患、アレルギー、虚血再還流組織障害、糖尿病性網膜症などの疾患の治療、及び予防に効果を有する。これらの症状改善、治療、及び予防効果に関し、以下に説明する。
動脈硬化の治療、及び予防
本発明の前記LFA−1抑制剤を含む動脈硬化治療用医薬組成物、及び該医薬組成物を用いた動脈硬化の治療、予防方法について説明する。該医薬組成物の製剤形態、調剤方法、及び投与方法は前記LFA−1抑制剤と同様である。また、発症した疾患に対する治療を目的とした場合の投与量は、1日あたり0.02〜20mg/kg体重、特に0.05〜10mg/kg体重とするのが好ましい。動脈硬化の治療にはポリアミンを毎日投与する。また、動脈硬化の発症やその進行を予防するための投与量は1日0.05〜4mg/kg体重とするのが好ましい。
次に該LFA−1抑制剤が、CD11a、及びCD18の発現を抑制し、LFA−1の機能を抑制することによって、動脈硬化の発症やその進行の予防、及び症状の改善することを、文献に基づき説明する。
Mine等は、高脂血症の薬であり、LFA−1抑制剤でもあるプラバスタチン(pravastatin)が、ヒトの心臓移植の患者の冠動脈(心臓の栄養血管)の動脈硬化を抑制することを明らかにしている(31)。
Weitz−Schmidt等は、スタチン系の高脂血症の治療薬は動脈硬化を抑制するが、その機序としては、スタチン系の薬剤がLFA−1を抑制するためであることを明らかにした(32)。
Kallen等は、高脂血症の治療薬であるロバスタチンはLFA−1とICAM−1の接着を阻止し、動脈硬化を抑制することを明らかにした(33)。
Kawakami等は、高脂血症の治療薬であるアトバスタチンは単核球の血管内皮細胞への接着を抑制することを明らかにし、動脈硬化抑制の機序であることを示した(34)。
Mine等は、LFA−1を介した細胞の接着が、動脈硬化の発症に重要であることを明らかにした(35)。
Nie等は、ラットを用いた実験で、LFA−1もしくはICAM−1の抗体を使って、LFA−1とICAM−1の接着を抑制すると血管内皮に接着する単核球が減少することを示し、LFA−1とICAM−1の接着が動脈硬化の発生に重要な役割を有することを明らかにした(36)。
Suzuki等は、マウスを用いた実験で、LFA−1とICAM−1の結合を短時間でも抑制すると移植心臓の動脈硬化の進行が抑制されることを示した(37)。
Russell等は、マウスの心臓移植モデルを用いた実験で、LFA−1とICAM−1の抗体を使ってLFA−1とICAM−1の接着を抑制すると移植した心臓の血管の動脈硬化が抑制されるを明らかにした(38)。
これらの知見から、LFA−1抑制剤含有医薬組成物は、動脈硬化の治療、及び予防に効果があることを、当業者は容易に理解するであろう。
自己免疫性疾患の治療、及び予防
本発明の前記LFA−1抑制剤を含む自己免疫疾患治療用医薬組成物、及び該医薬組成物を用いた自己免疫疾患の治療、予防方法について説明する。該医薬組成物の製剤形態、調剤方法、及び投与方法は前記LFA−1抑制剤と同様である。また、自己免疫疾患の治療に用いる場合には、前記ポリアミンを1日あたり0.02〜20mg/kg体重、特に0.05〜10mg/kg体重投与するのが好ましい。また、自己免疫疾患の発症を予防する場合は、前記ポリアミンを1日あたり0.05〜4mg/kg体重を連日投与するのが好ましい。
次に、該LFA−1抑制剤が、CD11a、及びCD18の発現を抑制し、LFA−1の機能を抑制することによって、自己免疫疾患の予防、及び症状の改善することを、文献に基づき説明する。
本発明の医薬組成物で治療の対象となる自己免疫疾患の例を挙げると下記のものがある:乾癬(psoriasis)、1型糖尿病剤(インスリン依存性糖尿病)、Graves’disease(バセドー病)、橋本病、自己免疫性の関節炎(ライム関節炎、慢性関節リュウマチ)、自己免疫性脳脊髄末梢神経炎もしくは変性症、シェーグレン症候群、葡萄膜炎、網膜炎、変性症、糸球体腎炎などの自己免疫性腎疾患、クローン病や潰瘍性大腸炎等の炎症性腸疾患、原発性胆管炎などである。
次に、LFA−1抑制と、自己免疫疾患との関係に関する知見を記載する。
Papp等は、CD11aの抗体を経静脈的に投与するとヒトの皮膚炎(psoriasis)が改善するとの臨床例を報告している(39)。
Gottlieb等は、CD11aの抗体であるefalizumabを投与すると皮膚炎(psoriasis)が改善するとの臨床例を報告している(40,41)。
Dedrick等は、CD11aの抗体であるefalizumabを投与するとヒトの皮膚炎(psoriasis)が改善するとの臨床例を報告している(42)。
Zeigler等は、免疫不全のマウスにヒトの皮膚炎(psoriasis)の組織を移植してCD11aの抗体を投与したところ、ヒトの皮膚炎(psoriasis)が改善したことを報告している(43)。
Mysliwiec等は、1型糖尿病(インスリン依存性糖尿病)の患者や発症の危険性が高い患者の末梢血単核球の血液中のCD11aの陽性細胞の蛍光光度の光進とランゲルハンス島(インスリン分泌細胞)に対する自己抗体の検出値は比例することを示し、1型糖尿病の発症にLFA−1が重要なはたらきを有することを明らかにした(44)。
Moriyama等は、ヒトの1型糖尿病(インスリン依存性糖尿病)と同様の病態を有するマウスの糖尿病発症モデルにLFA−1の抗体を投与すると糖尿病の発症が抑制されることを報告している(45)。
Herold等は、1型糖尿病(インスリン依存性糖尿病)の発症にはリンパ球のLFA−1とインスリン分泌細胞のICAM−1との接着が発症に関与していると考えられること、及び類似の病態のマウスを用いた実験ではLFA−1に対する抗体を用いると、インスリン分泌細胞で生じる炎症が抑制されることを報告している(46)。
Hasegawa等は、ヒトの1型糖尿病(インスリン依存性糖尿病)に相当するマウスの糖尿病モデルにLFA−1の抗体を投与すると糖尿病の発症を予防できることを報告した(47)。
Kretowski等は、1型糖尿病(インスリン依存性糖尿病)やGraves’disease(バセドー病)の患者の末梢血単核球のLFA−1の発現頻度や陽性細胞の平均蛍光光度(強度)が亢進していることを報告している(48)。
Guerin等によれば、Graves’disease(バセドー病)の患者(30名)の末梢血リンパ球にはLFA−1陽性細胞が増加しており、治療による症状の軽快に伴って陽性細胞の数が減少すること、及び該甲状腺機能亢進にLFA−1が関与していることを報告している(49)。
Arao等は、Graves’disease(バセドー病)の甲状腺の組織にはLFA−1陽性のリンパ球が浸潤しており、甲状腺細胞がリンパ球と接着すると甲状腺細胞の増殖が始まること、及びLFA−1の抗体で末梢血単核球や甲状腺内のリンパ球が甲状腺細胞に接着することを抑制できるので、Graves’diseaseではLFA−1が発症に重要な役割を有していることを報告している(50)。
Bagnasco等は、橋本病(甲状腺の自己免疫性疾患)の甲状腺のリンパ球はLFA−1陽性細胞が多いことを報告している(51)。
Marazuela等は、自己免疫性疾患であるGraves’disease(バセドー病)の甲状腺の組織にはLFA−1陽性のリンパ球が多く、橋本病の甲状腺の甲状腺組織ICAM−1陽性細胞が多いことから、甲状腺の自己免疫性疾患にはリンパ球のLFA−1と甲状腺細胞のICAM−1を介した接着と反応が重要な発症の因子であることを報告した(52)。
Steere等は、LFA−1はLyme(ライム)関節炎の原因菌の抗原と似た構造部分を持っており、病態の中心的な役割を有している可能性が大きいことを報告している(53)。
Gross等は、特殊な関節炎であるLyme(ライム)関節炎の病態にLFA−1の分子が自己免疫の標的となっている可能性があることを報告している(54)。
Birner等は、リウマチ性関節炎ではリンパ球の関節への浸潤が多くなること、及び同様の病態を有するラットにLFA−1の抗体を投与すると関節炎の症状が軽減することを報告している(55)。
Gordon等は、ヒトの多発性硬化症と呼ばれる神経変性疾患に類似した病態を有するラットのモデルに抗CD11a抗体を使用すると、病気の進行と重症度が軽減されることを報告している(56)。
Willenborg等は、ヒトの多発性硬化症と呼ばれる神経変性疾患に類似した病態を有するラットのモデルに抗CD11a抗体を使用すると、病気の進行と重症度が軽減されることを報告している(57)。
Archelos等は、ヒトのGuillain−Barre syndrome(ギランバレー症候群)の動物モデル(ラット)に抗LFA−1抗体を投与すると神経炎の症状が改善することを報告している(58)。
Inoue等は、ヒトの自己免疫性脳脊髄変性疾患と類似の病態を呈する能脊髄炎ウイルスにより誘発される脱髄(神経の変性を示す)性疾患マウスに抗LFA−1抗体を投与すると、脱髄の進行が抑制されることを報告している(59)。
Kapsogeorgou等は、自己免疫性疾患であるSjogren’s syndrome(シェーグレン症候群)の患者の唾液腺にはLFA−1のリガンドであるICAM−1が多く発現していることを報告している(60)。
Takahashi等は、自己免疫性疾患であるSjogren’s syndrome(シェーグレン症候群)と同様の病態を有するマウスの唾液腺内の血管には、LFA−1のリガンドであるICAM−1が多く発現しており、唾液腺の病変に浸潤しているリンパ球にはLFA−1が多く発現していたことを報告している(61)。
Hayashi等は、シェーグレン症候群と類似の病態のマウスの病気を他のマウスに移植する際に抗LFA−1抗体を投与すると、病気が予防できることを報告している(62)。
Uchio等は、ヒトの葡萄膜炎と同じ病態を有するラットにLFA−1とICAM−1の抗体を投与すると葡萄膜炎の発症を防ぐことができることを報告している(63)。
Whitcup等は、ヒトの葡萄膜炎と同じ病態を有するラットにLFA−1とICAM−1の抗体を投与すると葡萄膜炎の発症を防ぐことできることを報告している(64)。
Ando等は、マウスの自己免疫性葡萄膜網膜炎に抗LFA−1抗体を投与すると症状が改善することを報告している(65)。
Nishikawa等は、ヒトの糸球体腎炎と類似の病態を有するラットに抗LFA−1抗体を投与すると腎炎の進行が抑制されることを報告している(66)。
Kawasaki等は、ヒトの糸球体腎炎と類似の病態を有するラットに抗LFA−1抗体を投与すると病状の進行が抑制できることを報告している(67)。
Kootstra等は、ヒトの自己免疫性疾患であるループス腎炎の動物モデルに抗LFA−1抗体を投与すると、腎炎の所見が改善されることを報告している(68)。
Taniguchi等は、ヒトの炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎やクローン病)と類似の病態を有するラットの病態モデルに抗ICAM−1抗体を投与して、LFA−1を発現する免疫細胞の腸粘膜細胞への接着を抑制すると症状が改善することを報告している(69)。
Vainer等は、潰瘍性大腸炎の患者の腸粘膜に浸潤している免疫系細胞はCD18の発現が亢進し、クローン病の患者の細胞にはCD11aが亢進していることを報告している(70)。
Kimura等は、ヒトの原発性胆管硬化症の病態と類似の病態を有するマウスに抗LFA−1抗体を投与すると症状が改善されることを報告している(71)。
Shiina等によれば、自己免疫性疾患である原発性胆管硬化症の患者の末梢血のリンパ球のLFA−1を強く発現する細胞が正常者より多いことを報告している(72)。
これらの知見から明らかなように、LFA−1抑制剤含有医薬組成物は、自己免疫疾患の治療、及び予防に効果があることを、当業者は容易に理解するであろう。
アレルギーの治療、及び予防
本発明の前記LFA−1抑制剤を含むアレルギー治療用医薬組成物、及び該医薬組成物を用いたアレルギーの治療、予防方法について説明する。該医薬組成物の製剤形態、調剤方法、及び投与方法は前記LFA−1抑制剤と同様である。発症したアレルギーを治療する場合、前記ポリアミンを1日あたり0.02〜20mg/kg体重、特に0.05〜10mg/kg体重投与するのが好ましい。また、アレルギー発症を予防する目的として使用する場合、前記ポリアミンを1日あたり0.05〜4mg/kg体重を連日投与とするのが好ましい。
次に、該LFA−1抑制剤が、CD11a、及びCD18の発現を抑制し、LFA−1の機能を抑制することによって、アレルギーの予防、及び症状の改善することを、文献に基づき説明する。
Pesce等は、アレルギー性結膜炎の患者の結膜の上皮細胞にはLFA−1の発現が多いことを報告している(73)。
Whitcup等は、アレルギー性結膜炎のマウスに抗LFA−1抗体もしくは抗ICAM−1抗体を投与すると結膜炎の症状が改善することを報告している(74)。
Tomita等は、アトピー性喘息の患者のリンパ球と単球のCD11aの発現が亢進していることを報告している(75)。
Asakura等は、アレルギー性鼻炎を有するラットに抗LFA−1抗体を投与するとアレルギー発症の際に浸潤する好酸球の数が減り、症状が軽減することを報告している(76)。
Rote等は、ラットを用いたArthus反応(アレルギー反応の一種)は抗LFA−1抗体を投与すると症状が軽減できることを報告している(77)。
Winquist等は、LFA−1を抑制する小分子を作成し動物のアレルギー性皮膚炎に投与すると、症状が改善することを報告している(78)。
Murayama等は、マウスの接触性皮膚炎に抗LFA−1抗体を投与すると症状が改善することを報告している(78)。
Hakugawa等は、マウスを用いた実験で皮膚の遅延性アレルギーに対して抗LFA−1抗体を投与するとアレルギー反応が抑制されることを報告している(79)。
Bloemen等は、マウスに対するアレルギー喘息を誘発させる際に抗LFA−1抗体を投与するとマウスが喘息になりにくくなることを報告している(80)。
Tanaka等は、マウスに抗LFA−1抗体を投与すると、アレルゲンに対するアレルギーの免疫反応に重要な作用を有する免疫グロブリンの一種であるIgEの反応が低下することを報告している(81)。
これらの知見から明らかなように、LFA−1抑制剤含有医薬組成物は、アレルギーの治療、及び予防に効果があることを、当業者は容易に理解するであろう。
虚血再還流組織障害の治療、及び予防
本発明の前記LFA−1抑制剤を含む虚血再環流組織障害の治療用医薬組成物、及び該医薬組成物を用いた虚血再環流組織障害の治療、予防方法について説明する。該医薬組成物の製剤形態、調剤方法、及び投与方法は前記LFA−1抑制剤と同様である。心筋梗塞、狭心症、脳梗塞、一過性脳虚血発作などを発症した患者の虚血再還流組織障害の治療及び予防には、前記ポリアミンを1日あたり0.02〜40mg/kg体重、特に0.05〜20mg/kg体重投与するのが好ましい。
次に該LFA−1抑制剤が、CD11a、及びCD18の発現を抑制し、LFA−1の機能を抑制することによって、虚血再環流組織障害の予防、及び症状の改善することを、文献に基づき説明する。
なお、虚血再還流組織傷害とは、心筋梗塞、狭心症、脳硬塞、一過性脳虚血発作、移植臓器のように血流が一時的に一定の時間遮断された組織において、血管の閉塞後血液が再び組織に還流することによる組織の傷害をいう。
Marubayashi等は、ラットの肝臓の血流を遮断したのちに再開通させると肝臓の細胞が障害をうけるが、抗LFA−1抗体と抗ICAM−1抗体を前もって投与すると、この組織の障害が改善されることを報告している(82)。
Tajra等は、ラットの腎臓の血管を遮断し、その後に血流を再開すると腎臓に障害を生じるが、抗LFA−1抗体を血流再開前に投与すると腎臓の障害が軽減されることを報告している(83)。
Da Silva等は、サルの腎臓を冷却して虚血状態にした場合に抗LFA−1抗体を投与すると、その後の血流再開による腎臓の障害が軽減されることを報告している(84)。
Kelly等によると、ラットの両側の腎臓の血流を遮断して、その後に血流を再開すると腎機能障害を生じるが、抗LFA−1抗体と抗ICAM−1抗体を投与すると、障害が予防できることを報告している(85)。
Childs等によると、ラットを出血させショック状態にした後に、血圧を改善させる処置をすると小腸に炎症細胞浸潤が生じるが、この反応を抗LFA−1抗体を投与することにより防止できることを報告している(86)。
DeMeester等によると、ラットの肺を摘出して再移植する際に、摘出した肺に抗ICAM−1抗体を投与し、移植を受けるラットに抗LFA−1抗体と抗ICAM−1抗体を投与すると肺の生着がよくなることを報告している(87)。
これらの知見から明らかなように、LFA−1抑制剤含有医薬組成物は、虚血再環流組織障害の治療、及び予防に効果があることを、当業者は容易に理解できるであろう。
糖尿病性網膜症の治療、及び予防
本発明の前記LFA−1抑制剤を含む糖尿病性網膜症の治療用医薬組成物、及び該医薬組成物を用いた糖尿病性網膜症の治療、予防方法について説明する。該医薬組成物の製剤形態、調剤方法、及び投与方法は前記LFA−1抑制剤と同様である。糖尿病性網膜症の発症を予防、又は治療するには、前記ポリアミンを1日あたり0.02〜20mg/kg体重、特に0.05〜10mg/kg体重投与するのが好ましい。
なお、該LFA−1抑制剤が、CD11a、及びCD18の発現を抑制し、LFA−1の機能を抑制することにより、糖尿病性網膜症の予防、及び症状の改善することができる。すなわち、Barouch等は、糖尿病ラットにCD18の抗体を投与してLFA−1の機能を抑制したところ網膜に浸潤する白血球の数が減少することを示し、該抗体に糖尿病網膜症の進行を抑制する作用があることを報告している(88)。
この知見から明らかなように、LFA−1抑制剤含有医薬組成物は、糖尿病性網膜症の治療、及び予防に効果があることを、当業者は容易に理解できるであろう。
拒絶反応抑制、及びその方法
本発明の前記LFA−1抑制剤を含む医薬組成物は、移植における拒絶反応の抑制効果を有する。該医薬組成物の製剤形態、調剤方法、及び投与方法は前記LFA−1抑制剤と同様である。該LFA−1抑制剤が、CD11a、及びCD18の発現を抑制し、LFA−1の機能を抑制することによって、移植する臓器や組織に対する拒絶反応を抑制し、移植臓器や組織の生着率を改善することができる。なお、臓器移植時における拒絶反応を抑制するためには、前記ポリアミンを1日あたり0.02〜20mg/kg体重、特に0.05〜10mg/kg体重投与するのが好ましい。また、移植臓器の拒絶抑制の為に、移植臓器に還流する還流液として用いる場合には、前記ポリアミンを1μM〜10mM、特に10μM〜2mMの濃度を含む還流液を使用するのが好ましい。
該医薬組成物を用いた拒絶反応の抑制、及び予防方法について文献に基づき説明する。
Kobashigawa等は、高脂血症の薬でありLFA−1の抑制剤でもあるプラバスタチン(pravastatin)がヒトの心臓移植の患者の移植心臓の生着率を高くしていることを見出し、これを報告した(89)。
Dedrick等は、CD11aの抗体を用いるとヒトの移植腎臓の生着率を高くできることを報告している(90)。
Werther等は、アカゲザルを用いた実験では、LFA−1の抗体を用いると骨髄移植の生着率を高くすることができることを報告している(91)。
Pietersz等は、マウスを用いた実験では、LFA−1とICAM−1の抗体を使うと移植臓器(心臓)の拒絶が抑制されることを報告している(92)。
Ozer等は、ラットを用いた実験では、LFA−1とICAM−1の抗体を使うと移植臓器(四肢)の拒絶が抑制されることを報告している(93)。
Morikawa等は、マウスを用いた実験では、LFA−1(CD11a)の抗体を使うと移植臓器(肺)の拒絶が抑制されることを報告している(94)。
Bowles等は、ラットを用いた実験では、LFA−1の抗体を使うと移植臓器(小腸)の拒絶が抑制されることを報告している(95)。
Grochowiecki等は、ラットを用いた実験では、LFA−1の抗体を使うと移植臓器(膵臓のランゲルハンス細胞(インスリン分泌細胞)、糖尿病の治療に用いる)の拒絶が抑制されることを報告している(96)。
Bashuda等は、ラットを用いた実験では、LFA−1の抗体を短時間でも使うと移植臓器(心臓)の拒絶が長期間にわたり抑制されることを報告している(97)。
Guerette等は、ヒトのデュシャンヌ型筋萎縮症の患者には筋肉組織の移植が有効な治療法であるが、マウスを用いた実験では、筋移植に際してLFA−1に対する抗体を投与すると移植組織の拒絶が抑制されることを報告している(98)。
また、ここに列記した知見以外にも他に数多くの動物の移植実験において、抗LFA−1抗体が移植臓器の拒絶反応を抑制することが報告されている。
これらの知見から明らかなように、LFA−1抑制剤含有医薬組成物は、移植臓器の拒絶反応の抑制、及び予防に効果があることを、当業者は容易に理解できるであろう。
次に、実施例を記載する。これら実施例は、本発明の内容を詳細に説明することを意図するものであって、いかなる場合も本発明の保護範囲を制限するものではない。
温度はすべて摂氏の度数(℃)である。また、使用する略字はそれぞれ次の意味を持つ:(g)はグラム、(kg)はキログラム、(mol)はモル、(μmol)はマイクロモル、(mL)はミリリットル、(L)はリットル、(M)はモーラー(mol/L)、(mp)は融点、(mm/Hg)は水銀のミリリットルとして表わされる圧力、(bp)は沸点である。
【実施例】
(実施例1)細胞の調製
本実施例では、ボランティアから供給された末梢血単核球を用いた。
ヒトの末梢血を採取し、採取した血液から、リンパ球、単球等を含む末梢血単核球を、セパレートL(SEPARATE−L)(武藤化学薬品株式会社(Muto Pure Chemicals Co.LTD.)、東京、日本)を用いて遠心比重法で取り出した。次に、取り出した末梢血単核球を、10%ヒト血清(和光純薬工業株式会社(Wako Pure Chemical Industries LTD)、大阪、日本)、0.1%L−グルタミン(インビトロジェン社(Invitrogen Corp.,CA,USA))、及び0.01%ペニシリン−ストレプトマイシン(インビトロジェン社(Invitrogen Corp.,CA,USA))を混合したPRMI1640(シグマ社(Sigma chemical co.,St.Louis,USA))培養液に浮遊させ、5%の炭酸ガスを含む加湿した37℃の空気中において培養した。また、培養を開始すると同時に、培養液中の最終濃度が0μM(マイクロモル/リットル)、100μM、500μMとなるようにスペルミン(スペルミン四塩酸塩(Spermine tetrahydrochloride)、ICN Biomedicals Inc.,Ohio,USA)、又はスペルミジン(スペルミジン三塩酸塩(Spermidine trihydrochloride)、ICN Biomedicals Inc.,Ohio,USA)、又はプトレスシン(1,4−ジアンブタミン二塩酸塩(1,4−Butanediamine dihydrochloride)(和光純薬工業株式会社(Wako Pure Chemical Industries LTD)、大阪、日本))を細胞培養液に添加した。所定の時間培養した後、培養液中から末梢血単核球を取り出して、実施例2、4、5、6で用いた。
また、得られた実験結果が、ポリアミンが培養液中に存在し、細胞とポリアミンとが長時間接触することにより生じる変化ではないことを確認するため、別の末梢血単核球を調製した。すなわち、ポリアミンとともに16時間〜24時間培養した末梢血単核球を洗浄し、さらに、ポリアミンを含まない培養液中で48〜56時間培養したものを、別の末梢血単核球として、下記実施例2,4、5,6に用いた。
(実施例2)ヒト末梢血単核球の細胞膜分化抗原の検出
実施例1の方法により、16時間〜80時間培養した末梢血単核球を、細胞を傷つけない様に細胞培養プレートから回収した。回収した細胞をPBS(−)液によって洗浄した後、末梢血単核球の細胞表面の細胞膜分子抗原が変化しないように、2%パラホルムアルデヒド(和光純薬工業株式会社(Wako Pure Chemical Industries LTD)、大阪、日本)を含むリン酸緩衝生理食塩水(Phosphate Buffered Saline without calcium chloride,without magnesium chloride(以下PBS(−)とする)(Invitrogen Corporation,GIBCO,Grand Islaned,N.Y.,USA)を用いて固定した。さらに、末梢血単核球を洗浄し、細胞膜分子抗原に対する抗体を、細胞50万個あたり5μL(マイクロリットル)に相当する量だけ加えた。ここで使用した抗体は、CD2(FITCラベル)、CD4(FITC)、CD8(PEラベル)、CD11a(FITC)、CD11b(PE)、CD11c(PE)、CD18(FITC)、CD31(PE)、CD49d(PE)、CD49e(PE)、CD54(PE)、CD62L(PE)、CD95(FITC)、VIA−PROBE(FITC)である。なお、これらの抗体は、いずれもPharMingen,(A Becton Dickinson Company,San Yose,CA,USA)社製である。
各抗体を細胞に加えて20分間暗所で反応させた後、FACS analyzer(Becton Dickinson社製 FACSCalibur,)(日本ベクトン・ディッキンソン社、東京)で培養した末梢血に発現する細胞膜分化抗原の陽性率や発光光度(強度)を測定した。なお、細胞表面の蛍光の測定の際は、末梢血単核球の集団を対象に設定したが、同時に培養全細胞の測定も行なった。さらにネガティヴコントロールをとり、測定のゲートを設定し、その中に含まれる細胞の各抗体の陽性比率、陽性細胞の平均蛍光光度を得た。
実験結果
スペルミンを混合した細胞培養液で培養したヒト末梢血単核球(リンパ球、単球、マクロファージ、ナチュラルキラー(NK)細胞を含む)の細胞膜表面抗原のうち、CD11aとCD18の平均蛍光光度(強度)は抑制された。この抑制はスペルミンの濃度が上昇すると、より強くなり、スペルミンによるCD11aの蛍光光度の抑制には濃度依存性が認められた。すなわち、図1に示すようにスペルミンで70〜80時間培養した末梢血単核球のCD11aの平均蛍光光度はスペルミンの濃度が高くなるに従って低下した。なお、図1におけるおのおのの記号は個々の血液のCD11aの平均蛍光強度の変化の実測値を示したものである。
CD11aのヒストグラムを図2に示す。ヒストグラムの横軸は細胞の蛍光の強度を示す。すなわち、横軸の右にいくほどCD11aを強く発現している細胞であることを示す。縦軸は細胞数を示す。すなわち、縦軸への山が高くなる程同じ蛍光光度の細胞が多いことを示す。図2で判るようにスペルミンを加えた細胞では、ヒストグラムの右側の山が低くなっており、蛍光光度の強い細胞が減少していることが判る。同様にCD11aと共にLFA−1を構成する分子であるCD18の蛍光光度もスペルミンにより低下した(図3)。CD11aと同様に、CD18の場合にも、スペルミンの濃度が高いほど、その平均蛍光光度は低下した。
図4示すように、スペルミジンを混合した細胞培養液で培養したヒト末梢血単核球の場合にも、スペルミジンの濃度依存性にCD11aの平均蛍光光度が抑制された。この低下作用はスペルミンが最も強力で、スペルミジンがそれに続いたが、プトレスシンによる低下作用は明らかではなかった。
図5に示すように、スペルミンによるCD11aの平均蛍光光度の低下作用は、培養後20〜26時間の細胞では認められなかった。しかし、図6に示すように、スペルミンを加えた培養液で16〜24時間培養した細胞を洗浄し、その後スペルミンを含まない培養液で48〜56時間培養した場合には、スペルミンと70〜80時間程度培養した細胞と同様にCD11aの平均蛍光光度の低下を認めた。すなわち、CD11aの平均蛍光光度の低下は、末梢血単核球が長時間、高濃度のポリアミンと接触することにより生じる変化、すなわち細胞外ポリアミンによる細胞外からの細胞表面のCD11a分子に対する直接的な作用ではないことが示唆されている。
また、図7に示すように、スペルミン、及びスペルミジンによるCD11aやCD18以外の接着分子(CD11b、CD11c、CD31、CD49d、CD49e、CD54、CD62L)の平均蛍光光度で低下するものはなかった。CD62Lに関してはスペルミンの濃度依存性に、その平均蛍光光度は明らかに上昇した。
また、図8に示すように、接着分子以外の細胞機能に重要であることが判明している細胞膜分化抗原の平均蛍光光度も低下するものはなかった。
スペルミンによるCD11aの変化は、末梢血単核球を培養した際に、培養プレートの刺激によって末梢血単核球表面のCD11aを強く発現する細胞(CD11a brightとする)の発現が増強したことも考えられる。つまり、本来、培養プレートの刺激によってCD11a brightの発現が増強するところが、スペルミン、又はスペルミジンの存在によって増強しなかった、と考えることもできる。しかしながら、図9に示すように、細胞培養前と培養後で、CD11aの平均蛍光強度と陽性細胞の発現率を比較すると、培養後の方が培養前より低下していることが明らかになった。すなわち、培養プレートによって末梢血単核球が刺激され、CD11aの発現強度が増強するところ、スペルミンまたはスペルミジンの存在によって、その増強が抑制された、との仮定は否定された。
このようにスペルミンやスペルミジンとともに培養した末梢血単核球のCD11aやCD18の平均蛍光光度は低下することが明らかとなった。しかし、図10に示すように、スペルミンで培養した末梢血単核球においてCD11aもしくはCD18が発現している細胞の細胞全体に占める割合は減少していなかった。このことは、スペルミジンとともに培養した末梢血単核球でも同様に認められた。すなわち、図10に示すように、スペルミン、(及びスペルミジン)によってCD11aを細胞表面に発現する細胞の数そのものは増加したにもかかわらず、図1、4、6に示すように平均蛍光光度(強度)が低下したことから、図2に示した様にCD11aを強く発現する細胞が減少した事が明らかである。同様に、図11に示すように、接着分子以外で細胞機能に重要な役割を有する細胞膜分化抗原の発現陽性細胞も低下することはなかった。VIA−Probeは死んだ細胞に取り込まれ、生きた細胞には取り込まれないために、死細胞の数を検討することができる。図11に示すように、CD11a、及びCD18の平均蛍光光度を最も強力に低下させた濃度のスペルミンで細胞を培養しても、死細胞が増加することはなかった。従って、スペルミン、及びスペルミジンは、細胞傷害活性を示すことなく、表面抗原のうち、CD11a、及びCD18のみを選択的に抑制することが明らかである。
また、血液採取直後にウイルス感染を生じていることが判明した、もしくは培養中に微生物による感染を生じた場合,すなわちサイトカインなどが培養末梢血単核球から産生された場合には、全く異なる実験結果が得られた。
ポリアミンにはすでにサイトカイン産生抑制作用があることが判明している(99)。培養細胞に感染を生じた場合には、ウィルスや細菌などの刺激により培養細胞からサイトカインが産生されるが、ポリアミンによりサイトカインの産生は抑制をうけることになる。一方、接着分子の中にはサイトカインの産生により発現が増強するものがある(100,101,102,103)。
培養した末梢血単核球からサイトカインが産生された場合には、ポリアミンの濃度が高くなるほどサイトカイン産生が抑制され、サイトカインの産生により発現が増強する接着分子の発現がみかけ上減弱するはずである。偶発的なウイルス感染や微生物の感染が生じた実験のデータを図12に示すが、サイトカインにより発現が増強することが報告されているCD16、CD31、CD49d、CD54の平均蛍光光度は、ポリアミンを加えた培養液で培養された細胞で低いことがわかる。この変化は、感染を生じていない状態でのポリアミンによる細胞膜分化抗原の変化とは全く異なっている。したがって、ポリアミンによるCD11a、及びCD18の平均蛍光光度の抑制は、細胞を培養することによる物理的、及び化学的な刺激による平均蛍光光度の増強をポリアミンが抑制しているものではないことが明らかである。
【実施例3】
ポリアミンによる末梢血単核球の培養プレートへの接着の抑制
細胞を培養する際、細胞培養プレートで培養した細胞は培養プレート上に接着する。細胞がプレートに接着するためには、細胞表面の接着分子のうちCD11a、及びCD11cが重要であることがわかっている(104)。
末梢血単核球を、前述した培養液を用いて96穴の細胞培養プレート上で培養し、様々な濃度のスペルミン、スペルミジン、又はプトレスシンを加えて所定の時間培養した。培養後、細胞培養プレートをPBS(−)液で3回洗浄し、培養液内に浮遊している細胞を除去することにより、細胞培養プレートの底面に接着している細胞のみが存在する状態とした。
さらに、接着の差を強調する目的で、さまざまな濃度のスペルミンで70〜82時間培養した後に、細胞培養プレートをさかさまにし、遠心器で毎分500回転、5分間遠心し、培養プレート底面に弱く接着した細胞を剥がした。培養上清を除去し、上述と同様に細胞培養プレート底面に強固に接着している細胞のみが存在する状態とした。
これらの細胞培養プレートに新しい細胞培養液を加え1時間培養した後、Thiazolyl blue(MTT)(C1816SBr)
((シグマ社,(Sigma.St.Louis,USA))を最終濃度が0.35mg/mLとなるように加え、37℃で2〜4時間、細胞が染色されるまで培養した。MTTは細胞内に取り込まれ、生きた細胞内でのみ色素が変色するので、色素の量から存在する生細胞の量が確認できる。すなわち、色素の量が多いほど細胞の数が多く、細胞活性が高いことを示す。細胞がMTTによって充分に染まった後、培養上清を吸引除去したのちに、細胞溶解液(12M(mol/L)塩酸(HCl)(和光純薬工業株式会社(Wako Pure Chemical Industries LTD)、大阪、日本)を混じた2−プロパノール(イソプロパノール)(和光純薬工業株式会社(Wako Pure Chemical Industries LTD)、大阪)を100μl加えて細胞を融解して細胞内の色素を取り出し、吸光度計(Titertek Multiskan MCC/340,Labsystems,Flow Laboratories Inc.,USA)を用いて、吸光度570、及び690nmの2波長で細胞培養プレート内の吸光度を測定した。
さらに、スペルミン、及びスペルミジンの培養細胞に対する傷害活性のないことを確認するために、上記と同時に、同条件で培養した末梢血単核球を用いて培養細胞全体の細胞数と活性を検討する実験を行った。すなわち、様々な濃度のスペルミン、スペルミジン、又はプトレスシンを加えて所定の時間培養した末梢血単核球の培養プレートの培養上清中に、MTTを加え、37℃で2〜4時間細胞が充分染色されるまで培養した。細胞が充分に染まったら、遠心分離器で毎分1000回転、10分間遠心し、培養プレートに存在するすべての細胞をプレートの底面に強固に接着させた。その後に、プレート底面に付着している細胞を吸い取らないように細心の注意でプレート内の培養上清を除去した。これで、細胞培養プレートに存在するすべての細胞がプレート底面に存在することになる。この状態で、培養プレートに100μlの細胞溶解液(12M(mol/L)の塩酸を混じるイソプロパノール)を加えて細胞内の色素を放出させ、吸光度計(Titertek Multiskan MCC/340,Labsystems,Flow Laboratories Inc.,USA)を用いて、吸光度570、及び690nmの2波長で細胞培養液の吸光度を測定した。これにより、ポリアミンの各濃度と培養した末梢血単核球の全部の生細胞の量を確認できることになる。
結果
スペルミン、及びスペルミジンによる、CD11a、及びCD18の選択的な平均蛍光光度の抑制作用は、見かけ上のものではなく、CD11a、及びCD18により構成される接着分子であるLFA−1の重要な機能である接着機能を抑制するものであった。
図13に示すように、末梢血単核球を各種濃度のポリアミンとともに70時間〜80時間培養し、細胞培養プレート面に接着した細胞数を比較したところ、スペルミン、又はスペルミジンの濃度が高いほど、プレート面に接着する細胞の数が減少した。しかし、プトレスシンと培養した細胞の場合には、高濃度で培養した細胞の接着機能も抑制されなかった。
また、スペルミンによる細胞の培養プレート底面への接着の抑制は、細胞プレートにプレート底面から上面に遠心を加え、細胞プレートからの細胞の剥離を増強することにより、より顕著な結果が得られた(図14)。
スペルミンやスペルミジンによる細胞培養プレートへの細胞の接着抑制作用は、16時間から24時間程度の培養では発現しなかった(図15)。これにより、LFA−1の機能の抑制の発現のためには一定の時間が必要であることが分かった。この結果は、実施例2(ヒト末梢血単核球の細胞膜分化抗原の検出)による結果と一致した。すなわち、実施例2の結果では、スペルミン、及びスペルミジンによるCD11a、及びCD18の平均蛍光光度の抑制は24時間程度では生じないことが判明した。この実施例3ではCD11a、及びCD18が構成する分子であるLFA−1の機能の抑制、すなわち培養プレートへの細胞の接着の抑制も、実施例2によるCD11a、及びCD18の発現の抑制が顕著になった70時間程度の時間が必要であることがわかった。
細胞培養プレート内の末梢血単核球にMTT色素を取り込ませて、プレート内の全細胞数を測定した場合には、スペルミンの濃度に関係なく、細胞に取り込まれた色素の量には変化がなく一定していた(図13、14、15の全培養細胞)。MTTは生きた細胞にのみ取り込まれ、細胞の活性を反映するものでもある。従って、高濃度のスペルミン、又はスペルミジンとともに培養した末梢血単核球において、MTT色素の取込みと色素の変色が低下していなかったことは、細胞の活性の低下や細胞の数も減少していないことを示すものである。このことから、高濃度(1mMまで)のスペルミン、及びスペルミジンには、末梢血単核球に対する細胞傷害活性が無いことが明らかであり、スペルミン、及びスペルミジンによって細胞の接着機能のみが阻害された結果、細胞培養プレートへの接着が抑制されたことが明らかである。
【実施例4】
ポリアミンによる末梢血単核球の血管内皮細胞への接着の抑制作用
炎症の初期の段階や動脈硬化では、末梢血単核球表面のLFA−1分子が、血管内皮細胞のそのリガンドであるCD54(ICAM−1)と結合することにより、免疫系細胞が刺激を受ける。この刺激により単核球等は様々な炎症にかかわる因子を分泌し、炎症が徐々に進行する。この機序は炎症の最初の段階に生じるものであり、重要な反応である。
そこで本実施例では、ポリアミンがこの初期の反応、すなわち末梢血単核球の血管内皮細胞への接着を抑制するか否かを検討した。すなわち、末梢血単核球を0μM、100μM、又は500μMのスペルミン、スペルミジン、又はプトレスシンを含む細胞培養液中で3日間培養した。
この実験においても、培養液中に存在するポリアミンの長時間の接触による細胞外からの細胞に及ぼす影響を取り除くために、末梢血単核球をスペルミン、又はスペルミジンと16時間から24時間程度培養したのちに、細胞を取り出し、PBS(−)で3回洗浄し細胞外のポリアミンを除去、さらにその後ポリアミンを含まない10%ヒト血清を含むRPMI1640培養液で48時間培養した。
血管内皮細胞はボランティアからの臍帯内の静脈から採取したものを、培養プレート上で継代培養したものを用いた。血管内皮細胞の採取の手技、保存、継代培養の方法はこの発明の手技とは直接関係ないので省略する。
別の細胞培養プレートでヒトの臍帯の内皮細胞を培養し、内皮細胞が培養プレート上で敷き詰められた状態にした(この細胞の培養液には、RPMI1640+10%仔ウシ血清を用いた)。これにより、培養プレート上に血管の内部の環境が再現できたことになる。すなわち、血管内皮細胞が完全にプレート底面を覆った培養プレートに末梢血単核球を投入することにより、ヒトもしくは動物の血管内で実際に生じる末梢血単核球と血管内皮細胞の接着を観察する事が可能になる。
この実験でも70〜80時間ポリアミンを混じた細胞培養液(10%ヒト血清、0.1%L−グルタミン、0.01%ペニシリン−ストレプトマイシンを加えたRPMI1640)で培養した細胞、もしくは、16〜24時間ポリアミンを含む培養液で培養した後、PBS(−)で細胞培養液に存在するポリアミンを洗浄した後に、ポリアミンを含まない細胞培養液で48〜56時間培養した末梢血単核球を用いた。
培養した末梢血単核球を培養プレートから取り出し、PBS(−)液で3回洗浄した後、細胞数を5×10個/mlに調整し、2’,7’−bis−(2−carboxyethyl)−5−(and−6)−carboxyfluorescein,acetoxymethylester(BCECF−AM)(Molecular Probes社、Oregton,USA)(蛍光試薬)を含む濃度5μMの細胞培養液(RPMI1640+10%仔ウシ血清)中で、1時間培養した。
次に、BCECF−AMで蛍光ラベルされた末梢血単核球を、それぞれ1×10個/mlに調整し、血管内皮細胞を培養している細胞プレートに各々100μLづつ混合した。さらに、37℃にて30分間培養した後、培養プレートを培養液で充たし、培養プレートを密封して30分間室温に倒置した。この操作で培養プレート底面を覆っている血管内皮細胞に強固に接着している末梢血単核球のみが残り、接着していない末梢血単核球は除去することができる。培養液を除去し、50mMTris−HCl(トリス−HCl)(和光純薬工業株式会社(Wako Pure Chemical Industries LTD)、大阪)、及び0.1%ドデシル硫酸ナトリウム(Sodium Dodecyl Sulfate(Sodium Lauryl Sulfate))(SDS)(和光純薬工業株式会社(Wako Pure Chemical Industries LTD)、大阪)水溶液の50μLを培養プレートに加え細胞を溶解した。この溶解液中の蛍光の強さを励起(Excitation)波長=485nm、測定(Emission)波長=538nmを用いて測定した(Fluoroskan,Ascent CE,Labsystems,USA)(大日本製薬株式会社、東京)。
また、BCECF−AMを取り込ませたそれぞれの条件で培養した細胞は、細胞数を計測して、細胞1個あたりの蛍光の強さを測定し、上記の実験で得られた蛍光強度から、内皮細胞と接着していた末梢血単核球の実数をそれぞれ算出した。
結果
炎症や動脈硬化の発症メカニズムにおいては、発症の初期に末梢血単核球が血管内皮細胞に接着することが重要である。末梢血単核球が血管内皮細胞に接着する際には、末梢血単核球に存在するLFA−1が血管内皮細胞に存在するICAM−1と結合することにより強固な細胞間の接着が完成され、細胞内に活性化の信号が送られる。
図16、及び17に示すように、100、又は500μMのスペルミンとともに72〜80時間培養した末梢血単核球は、スペルミンを加えていない末梢血単核球に比べ、血管内皮細胞に接着している細胞数が少なかった。しかし、図16に示すように、20時間500μMのスペルミンとともに培養しても、接着する細胞数は減少しなかった。図18に示すように、スペルミジンと培養した場合にも同様な結果が得られた。しかし、プトレスシンと培養した末梢血単核球の血管内皮細胞への接着は抑制されなかった。これにより、スペルミンやスペルミジンが末梢血単核球の血管内皮細胞への接着を抑制することが判明した。
ポリアミンと16〜24時間程度培養して、その後ポリアミンを除去した培養液で培養した末梢血単核球を用いても同様の実験結果を得ることができた(図17)。この結果から、高濃度の細胞外に存在するスペルミン、又はスペルミジンが末梢血単核球のLFA−1を直接的に抑制するのではないことが明らかである。すなわち、実施例2、及び3の結果と同様で、スペルミン、及びスペルミジンは細胞内に取り込まれ、細胞内になんらかの影響を与えることでLFA−1の機能を抑制することが推測された。
実施例2の結果、及び実施例3の結果と照らし合わせるとポリアミンによるCD11a、及びCD18の平均蛍光光度(強度)の低下と一致しており、これにより、スペルミン、及びスペルミジンによるLFA−1の機能の低下を証明できた。この実験は生体内での炎症や動脈硬化の発症の最初のステップを忠実に培養プレート上で再現しているものであり、スペルミンやスペルミジンを抗炎症剤や抗動脈硬化剤として用いた場合、十分な炎症や動脈硬化の予防効果、及び症状の改善が実現できることが示されている。
【実施例5】
ポリアミンによる末梢血単核球の抗腫瘍活性の抑制
末梢血単核球、特にT細胞リンパ球、単球、マクロファージ等は、腫瘍細胞に対する抗腫瘍活性を有しており、これにより腫瘍細胞を殺すことができる。末梢血単核球にもT細胞リンパ球、単球、マクロファージが含まれているので、末梢血単核球は腫瘍細胞に対する細胞傷害活性を有する。細胞が微量分泌するサイトカインとよばれる蛋白のひとつであるリンフォカイン(インターロイキン2)と末梢血単核球を培養すると細胞障害活性が増強することが知られているが、この細胞の作用する際にはLFA−1の機能が重要であることが知られている。よって、ポリアミンと培養した末梢血単核球のLFA−1を介した機能が抑制されていることを確認する目的で、ポリアミンと培養した末梢血単核球をインターロイキン2で刺激して、その抗腫瘍活性を検討した。
末梢血単核球は、10%ヒト血清を混合したRPMI1640を用い、培養液中の最終濃度がそれぞれ0μM、及び100μMとなるようにスペルミンを添加した。末梢血単核球をスペルミンを含む培養液中で12時間から18時間培養した後、末梢血単核球を培養液中からすべて取り出した。取り出した末梢血単核球を3回洗浄し、細胞表面に付着した培養液、スペルミン、及びスペルミジンを取り除いた。洗浄した培養末梢血単核球に、インターロイキン2(Upstage Biotechnology Inc.、Waltham、USA)というサイトカインの一種であるタンパクを微量(最終濃度25U/mL)加え、細胞培養液中(10%仔ウシ血清を含むRPMI1640)で72時間培養した。Daudi細胞(バーキットリンパ腫系の細胞)(大日本製薬ラボラトリープロダクツ、大阪、日本)に放射性同位元素(51Cr(クロム酸ナトリウム):第一科学薬品)を加え、1時間37℃で培養して、同位元素をラベルした。ついで、インターロイキン2とともに培養した末梢血単核球と、Daudi細胞とを、同じ細胞培養プレートで一緒に培養した。3.5時間培養した後に培養上清を取り出し、シンチレーションカウンターで細胞培養上清中の51Crの量を測定した(γ−カウンター、LKB)。この実験では、末梢血単核球により腫瘍細胞が破壊されれば腫瘍細胞内の51Cが培養上清に放出され、培養上清中の51Crの量が増えることになる。
結果
図19に示すように、100μMのスペルミンと1晩培養した末梢血単核球の細胞傷害活性は低下していた。インターロイキン2(IL−2)により活性化された末梢血単核球中のキラー細胞の細胞障害活性を発揮するためにはLFA−1の発現は最も重要なものであることがわかっている(104)。スペルミンと12〜16時間培養した細胞のLAK活性(IL2により刺激された細胞による細胞障害活性)は低下することが判明した。これにより、これまで述べたポリアミンによる末梢血単核球のLFA−1の機能抑制をより確実なものとして認識できた。
(実施例6)ポリアミンによる末梢血単核球の機能検査
末梢血単核球に含まれるT細胞リンパ球は植物の蛋白であるレクチンと呼ばれる物質(Phytohemagglutinin(以下、PHA)やConcanavalin Agglutinin(以下、Con−A))と接触することで刺激され幼若化分裂促進現象を生じる。この検査は通常末梢血単核球に含まれているリンパ球の機能を、量的に検討し得る指標となり、免疫不全などのリンパ球の機能不全では低下する。
末梢血単核球を、スペルミンを0μM、及び100μM含んだ細胞培養液中(10%ヒト血清を含むRPMI1640)で12時間から18時間培養し、培養後にPBS(−)で3回洗浄し、細胞外のポリアミンを除去した。洗浄後の末梢血単核球を、PHA(Difco Laboratories,Detroit,MI,USA)またはCon−A((シグマ社(Sigma chemical co.,St.Louis,USA))を混合した培養液(10%仔ウシ血清を含むRPMI1640)にて64時間培養し、その後、H−サイミジン(Amersham)を加え、さらに8時間培養した。培養後の末梢血単核球を取り出し、細胞の放射能を測定した(液体シンチレーションカウンター、LKB−1205、LKB)。Mitogen(PHAやCon−Aなど)により活性化された末梢血単核球は幼弱化分裂を生じるためにH−サイミジンを細胞内に取り込む。よって、細胞内のH−サイミジンの量を測定することにより細胞の活性化の機能を測定できる。
結果
興味深いことに、100μMのスペルミン、又はスペルミジンと12から18時間程度培養した末梢血単核球のCon−AやPHAによる幼若化反応は、むしろ亢進していた(図19)。この実験では、末梢血単核球は18時間程度までの短時間、スペルミン又はスペルミジンと培養することにより細胞内にポリアミンを取り込ませた後にCon−AもしくはPHAにより刺激している。すなわち、この実験でも細胞外の高濃度のポリアミンではなく、細胞内にポリアミンが高濃度に存在することにより、末梢血単核球の機能に変化を与えたことが明らかである。さらに、この検査は細胞の一般的な機能を量的に測定するものであり、スペルミンもしくはスペルミジンと培養した末梢血単核球の幼若化反応が亢進しているという事実は、細胞の機能全般はスペルミンやスペルミジンにより活性化されていることが明らかである。また、この事実は実験例2の結果で得られた、スペルミンとスペルミジンによるCD11a、及びCD18の平均蛍光光度(強度)の低下が選択的であり、CD11a、及びCD18の発現率を含め、他の細胞膜分化抗原の発現率や平均蛍光光度が増加するものが多かったという事実と矛盾しないものである。すなわち、スペルミンとスペルミジンによるLFA−1の機能抑制はきわめて選択的なものであり、細胞機能はむしろ亢進させる作用のあることも明らかになった。
【実施例7】
培養末梢血単核球による培養液中のポリアミンの細胞内への取込み
スペルミンやスペルミジンによるLFA−1の抑制作用の発現のためには一定の時間が必要であり、スペルミンやスペルミジンが細胞内に取り込まれた後に細胞内のシグナルに変化を及ぼしていると考えられた。
この実験では、培養した末梢血単核球による培養液中のポリアミンの細胞内への取り込みを検討した。末梢血単核球を500μMのプトレスシン、スペルミジン、又はスペルミンを加えた培養液で培養した。16時間培養後に培養プレートから細胞を回収し50mLのチューブに入れ遠心(4℃、10分、100rpm/分)して、培養液をすべて吸引した。細胞を50mLのPBS(−)で洗浄後に再び遠心し、上清を吸引した。この操作を3回繰り替えし、細胞濃度が1×10個/mL程度になるようにPBS(−)を加え−20℃に凍結した。この1回の操作で、遠心後のチューブ内には最大でも100μL程度の培養液もしくは細胞浮遊液が残存する程度になる。もし、500μL残存したとして、再び50mLで細胞を浮遊させると100倍の希釈となる。同じ操作をくり返すと、最初に細胞培養液に含まれていたポリアミンは単純計算で100万倍に希釈されることになる。3回の操作をくり返すことにより、最初の細胞培養液中のポリアミン濃度500μMは最終的には最高でも500pMの濃度になる。凍結した細胞浮遊液を高性能液体クロマトグラフィー(LCMS−2010、島津製作所、京都、日本)にて細胞浮遊液中のポリアミン濃度を測定した。
結果
各ポリアミン500μMを加えた培養液で16時間培養した末梢血単核球を浮遊させた細胞浮遊液の1×10個/mLあたりのポリアミン濃度を図20に示す。各ポリアミンで培養した末梢血単核球は、培養したポリアミン濃度のみが上昇していた。上述したとおり、細胞外に存在するポリアミンはpM単位であるはずであるが、測定した細胞浮遊液のポリアミン濃度はμMの単位であった。よって、培養液中に含まれていたポリアミンは濃度測定に与える影響はわずかであると考えられる。測定した細胞浮遊液は凍結により破壊し、細胞内のポリアミンを浮遊液中に流出させたものであり、測定値は細胞内のポリアミン濃度を反映していると考えられる。すなわち、培養液中のポリアミンは末梢血単核球内に取り込まれていることが明白である。
このように、本発明者は、細胞内に含まれるスペルミン、及びスペルミジンが、ヒトの血液中の免疫細胞である末梢血単核球(リンパ球、単球、マクロファージ)表面のCD11a、及びCD18の発現を抑制し、両者により構成される細胞表面の分子であるLFA−1の機能を抑制することを見いだした。この抑制は選択的であり、他の細胞膜分子抗原は抑制されず、むしろ亢進しているものが多く、細胞機能の一般的な指標も亢進していた。
そして、細胞中におけるスペルミン、及びスペルミジンの濃度を上昇させるには、経口的または非経口的にスペルミン、及びスペルミジンを摂取すれば良いので、本発明は容易に実施可能であり、極めて有用なLFA−1の選択的な阻害剤となる。
さらに、すでにヒトにおいてLFA−1の機能を抑制することによって、動脈硬化の発症、移植臓器の拒絶反応、自己免疫性疾患の一部(乾癬:psoriasis)の症状を抑制する効果が得られることは明らかとなっており、これらの病態に対する治療薬もしくは予防薬として十分な効果が期待できる。
また、自己免疫性疾患(1型糖尿病剤(インスリン依存性糖尿病)、Graves’disease(バセドー病)、橋本病、自己免疫性の関節炎(ライム関節炎、慢性関節リュウマチ)、自己免疫性脳脊髄末梢神経炎もしくは変性症、シェーグレン症候群、葡萄膜炎、及び網膜炎もしくは変性症、糸球体腎炎などの自己免疫性腎疾患、クローン病や潰瘍性大腸炎等の炎症性腸疾患、原発性胆管炎)、アレルギー疾患、虚血再還流組織障害、糖尿病性網膜症の各疾患についても、LFA−1が病態に重要な役割を果たしていることが明らかになっており、かつこれらのヒトの疾患と類似の病態を持つ動物に対して抗LFA−1抗体を投与してLFA−1の機能を抑制すると、病態の進行を抑制したり症状を軽減できることから、上記疾患の予防、及び症状の改善を図ることが可能であることは、発明の詳細な記載で説明したように、CD11a、及びLFA−1と疾患との関係において列挙した知見、及びその関連文献により明らかである。
なお、末梢血単核球を、スペルミジンまたはスペルミンを含む細胞培養液中で培養しても、CD11a、及びCD18の発現がただちに抑制されることはなく、一定の時間(通常72時間程度、すくなくとも24時間以上)が必要であることが分かった。このことは、スペルミン、及びスペルミジンが細胞表面のCD11a、及びCD18の発現を抑制する際に、スペルミンの分子、スペルジミンの分子または関連する分子が、CD11a、及びCD18に直接的に作用するのではないことを示す。スペルミン、及びスペルミジンが細胞内に容易に取り込まれることを考えると、細胞内でのスペルミン濃度またはスペルミジン濃度の変化が、紬胞内のシグナル(情報)伝達を変化させ、細胞表面におけるCD11a、及びCD18の発現強度を抑制しているものと考えられる。このことは、末梢血単核球を16時間〜24時間のみスペルミンとともに培養し、その後スペルミンを含まない培養液中で48時間〜56時間培養した場合にも、CD11a、及びCD18の発現強度が抑制されたことからも推測することができる。すなわち、細胞内のスペルミンまたはスペルミジン濃度が上昇すると、CD11a、及びCD18の発現を促す細胞内の情報伝達系に何らかの情報の変化が加わり、細胞表面におけるCD11a、及びCD18発現が抑制されるものと考えられる。
これまでの研究から、食物に含まれるポリアミンの量と(105)、1日の平均的な食事内容から、成人が1日に摂取しているポリアミンの量はほぼ350−550マイクロモル(μmol)と考えられている(106)。
スペルミンやスペルミジンは高濃度で投与された場合には腸管の粘膜に傷害をおよぼすことが数多く報告されている。しかし、適度な濃度(ほぼ0.1%以下)で投与された場合には腸管粘膜の成長を促す作用があることも判明している(107)。
また、スペルミンは0.2%以上食事に含まれると毒性があるが、しかしそれよりひと桁低濃度では良い効果をもたらすこと、及び経口のスペルミジンは0.05%でよい効果をもたらすことが報告されている(108)。
さらに、動物を用いた数々の研究でスペルミンやスペルミジンが急性毒性を発揮する量もすでに判明している(109)。
Tilらは、ラットをもちいた急性毒性試験で、スペルミジン、及びスペルミンの半致死量(LD50)を600mg/kg体重と報告している。また亜急性毒性試験(6週間の投与)ではスペルミジンでは毎日83mg/kg体重、スペルミンでは毎日19mg/kg体重までの投与ではなんら副作用を認めなかったと報告している。さらに、その検討範囲は、急性毒性の発現する投与量のみでなく、上述したように内服した場合の物質の濃度も明らかにされている。また、スペルミンもスペルミジンも吸水性があり、水溶液としては安定している。前述したようにこれらの物質は腸管からそのままの形で吸収され、体の各組織に移行するばかりではなく、末梢血単核球内のポリアミン濃度も上昇することがわかっている。
本発明者の研究では、培養液中のスペルミン、又はスペルミジン濃度が100から500μMの上昇で末梢血単核球のLFA−1を充分に抑制することが可能であった。成人のヒトの身体は60%が水分であるが、そのうち細胞内に存在する水分が40%であり、細胞外に存在する細胞外液は20%である。ヒトの体重を50kgとして計算すると10kg(約10L)の細胞外液の量になる。この細胞外液にスペルミンもしくはスペルミジンの濃度が500μmolになるために投与するためには500μmol(μmol/L)×10L=5000μモル=5ミリモルのスペルミン、又はスペルミジンが必要ということになる。スペルミンの分子量は202.34、及びスペルミジンの分子量145.24であるので、5ミリモルのスペルミンは約1,012mg、スペルミジンは726mgに相当する。これは体重1kgあたりスペルミンで20.23mg、スペルミジンで14.5mgになり、スペルミジン、及びスペルミン両者で安全な量といえる。これらの数字は、理論的に1回の投与で充分なLFA−1の抑制効果を生じさせるためのものである。しかし、スペルミンやスペルミジンは細胞内に取り込まれた後に徐々にLFA−1の抑制効果を発揮する。したがって、少量の連続した投与方法がより現実的である。
食事中のスペルミン、及びスペルミジン濃度の腸管粘膜におよぼす作用の報告によると、スペルミンとスペルミジンは食物中に0.1〜0.05%程度の量では腸管粘膜に障害を与えず、粘膜の増殖を促す等のよい効果を有することが判明している。したがって、現実的には安全性を考慮にいれ、0.02から0.04%程度の濃度の水溶液として内服する方法が最も推賞される。また、同様な濃度を生理食塩水などの点滴用薬剤に混じてゆっくり点滴投与することも可能であると考える。
これにより1日500mLのポリアミン溶液を内服もしくは点滴による静脈投与で投与可能な最大量は、500mL(=グラム(g))×0.04%=200ミリグラム(mg)となる。この量はスペルミンで約988μmol、スペルミジンで1,377μmolに相当する。成人が食事で摂取していると推測される量(350−550μmol)を考慮に入れると、安全性の面でも充分に納得できる量である。充分な治療効果を発揮できる量であると考える。疾患の予防的な投与においては、より少量のポリアミンの投与が好ましい。スペルミン、及びスペルミジンの投与方法はどちらか1つもしくは両者の濃度が0.1%〜0.001%の範囲の水溶液、もしくはアルコール溶解液で、1回の投与量、及び1日の投与量の上限を体重1Kgあたり200μmolまでとする。
なお、実施例おいては、ポリアミンのうち主としてスペルミンとスペルミジンを用いたが、これは典型的な生体ポリアミンだからであり、他のポリアミンも同様の効果を有することは明らかであろう。













【図1】

【図2】

【図3】

【図4】

【図5】

【図6】

【図7】

【図8】

【図9】

【図10】

【図11】

【図12】

【図13】

【図14】

【図15】

【図16】

【図17】

【図18】

【図19】

【図20】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
アミノ基3〜6個、及び炭素原子数2〜7個の直鎖、又は分枝鎖のアルキレン部分を2以上有するポリアミン、及びその医薬として許容し得る塩からなる群から選ばれる少なくとも1を含む、LFA−1抑制剤。
【請求項2】
式(I)のポリアミン、及びその医薬として許容し得る塩からなる群から選ばれる少なくとも1を含む、LFA−1抑制剤:

(式中、m1〜m5はそれぞれ独立に0〜7の整数であって、そのうち少なくとも2つは0よりも大きく、m1+m2+m3+m4+m5の和は、2以上かつ18未満であり、かつp1,p2,p3及びp4は、少なくとも1つが1であって、他は、それぞれ独立に0又は1である。)。
【請求項3】
式(1)中において、m1〜m5がそれぞれ独立に0〜5の整数であって、m1+m2+m3+m4+m5の和2以上かつ17未満である、請求項2記載のLFA−1抑制剤。
【請求項4】
式(1)中、m1+m2+m3+m4+m5の和が、4以上かつ16未満である、請求項3記載のLFA−1抑制剤。
【請求項5】
式(1)中において、m1が2〜7の整数で、m2が2〜7の整数で、m3,m4及びm5が0であり、p1が1で、p2,p3及びp4がそれぞれ0である、請求項2記載のLFA−1抑制剤。
【請求項6】
式(1)中において、m1が3〜5の整数で、m2が2〜5の整数で、m3,m4及びm5が0であり、p1が1で、p2,p3及びp4がそれぞれ0である、請求項2記載のLFA−1抑制剤。
【請求項7】
式(1)中において、m1が2〜7の整数、m2及びm3が2〜7の整数、m4及びm5が0であり、p1及びp2が1で、p3及びp4がそれぞれ0である、請求項2記載のLFA−1抑制剤。
【請求項8】
式(1)中において、m1が3〜5の整数で、m2及びm3が2〜5の整数で、m4及びm5が0であり、p1及びp2が1で、p3及びp4がそれぞれ0である、請求項2記載のLFA−1抑制剤。
【請求項9】
式(1)中において、m1、m2、m3及びm4が2〜7の整数で、m5が0であり、p1〜p3が1であり、p4が0である、請求項2記載のLFA−1抑制剤。
【請求項10】
式(1)中において、m1が3〜5の整数で、m2,m3及びm4が2〜5の整数で、m5が0であり、p1〜p3が1であり、かつp4が0である、請求項2記載のLFA−1抑制剤。
【請求項11】
ポリアミンが、3.3’−イミノビスプロピルアミン、N−アミノブチル−1,3−ジアミノプロパン、4,4’−イミノビスブチルアミン、及びN−アミノペンチル−1,3−ジアミノプロパンからなる群から選ばれたものである、請求項2記載のLFA−1抑制剤。
【請求項12】
ポリアミンが、N−アミノブチル−1,3−ジアミノプロパンである、請求項2記載のLFA−1抑制剤。
【請求項13】
ポリアミンが、4,8−ジアザウンデカン−1,11−ジアミン、4,9−ジアザドデカン−1,12−ジアミン、4,8−ジアザドデカン−1,12−ジアミン、5,9−ジアザトリデカン−1,13−ジアミン、4,8−ジアザトリデカン−1,13−ジアミン、4,10−ジアザトリデカン−1,13−ジアミン、4,9−ジアザトリデカン−1,13−ジアミン、5,9−ジアザトリデカン−1,13−ジアミン、及び5,9−ジアザテトラデカン−1,14−ジアミンからなる群から選ばれたものである、請求項2記載のLFA−1抑制剤。
【請求項14】
ポリアミンが、4,9−ジアザドデカン−1,12−ジアミン、及び4,8−ジアザドデカン−1,12−ジアミンからなる群から選ばれたものである、請求項2記載のLFA−1抑制剤。
【請求項15】
ポリアミンが、4,9−ジアザドデカン−1,12−ジアミンである、請求項2記載のLFA−1抑制剤。
【請求項16】
ポリアミンが、4,8,12−トリアザペンタデカン−1,15−ジアミン、4,8,12−トリアザヘキサデカン−1,16−ジアミン、4,9,13−トリアザヘプタデカン−1,17−ジアミン、4,9,14−トリアザオクタデカン−1,18−ジアミン、5,9,13−トリアザヘプタデカン−1,17−ジアミン、5,9,14−トリアザオクタデカン−1,18−ジアミン、4,9,14−トリアザオクタデカン−1,18−ジアミン、5,10,14−トリアザオクタデカン−1,18−ジアミンからなる群から選ばれたものである、請求項2記載のLFA−1抑制剤。
【請求項17】
ポリアミンが、4,8,12−トリアザペンタデカン−1,15−ジアミン、又は4,8,12−トリアザヘキサデカン−1,16−ジアミンである、請求項2記載のLFA−1抑制剤。
【請求項18】
ポリアミンが、4,8,12,16−テトラアザノナデカン−1.19−ジアミン、4,8,12,16−テトラアザアイコサン−1.20−ジアミン、4,8,12,17−テトラアザアイコサン−1.20−ジアミン、及び4,8,13,17−テトラアザアイコサン−1.20−ジアミンからなる群から選ばれたものである、請求項2記載のLFA−1抑制剤。
【請求項19】
ポリアミンが、4,8,12,16−テトラアザノナデカン−1.19−ジアミン、又は4,8,12,16−テトラアザアイコサン−1.20−ジアミンである、請求項2記載のLFA−1抑制剤。
【請求項20】
請求項1〜19のいずれか1項記載のLFA−1抑制剤を含む、動脈硬化治療用医薬組成物。
【請求項21】
請求項1〜19のいずれか1項記載のLFA−1抑制剤を含む、拒絶反応抑制用医薬組成物。
【請求項22】
請求項1〜19のいずれか1項記載のLFA−1抑制剤を含む、自己免疫性疾患治療用医薬組成物。
【請求項23】
請求項1〜19のいずれか1項記載のLFA−1抑制剤を含む、アレルギー治療用医薬組成物。
【請求項24】
請求項1〜19のいずれか1項記載のLFA−1抑制剤を含む、虚血再還流組織障害治療用医薬組成物。
【請求項25】
請求項1〜19のいずれか1項記載のLFA−1抑制剤を含む、糖尿病性網膜症治療用医薬組成物。
【請求項26】
請求項1〜19のいずれか1項記載のLFA−1抑制剤を投与することを特徴とする、動脈硬化、自己免疫性疾患、アレルギー、虚血再還流組織障害、糖尿病性網膜症からなる群から選ばれる疾患を治療する方法。
【請求項27】
請求項1〜19のいずれか1項記載のLFA−1抑制剤を投与することを特徴とする、動脈硬化、自己免疫性疾患、アレルギー、虚血再還流組織障害、糖尿病性網膜症からなる群から選ばれる疾患を予防する方法。
【請求項28】
該LFA−1抑制剤を患者の体重1Kgあたり、0.01〜100mg/日投与する、請求項26記載の方法。
【請求項29】
該LFA−1抑制剤を患者の体重1Kgあたり、0.05〜40mg/日投与する、請求項26記載の方法。
【請求項30】
該LFA−1抑制剤を患者の体重1Kgあたり、0.05〜4mg/日投与する、請求項26記載の方法。
【請求項31】
請求項1〜19のいずれか1項記載のLFA−1抑制剤を投与することを特徴とする、拒絶反応を抑制する方法。
【請求項32】
該LFA−1抑制剤を患者の体重1Kgあたり、0.01〜100mg投与する、請求項31記載の方法。
【請求項33】
該LFA−1抑制剤を患者の体重1Kgあたり、0.01〜40mg投与する、請求項31記載の方法。
【請求項34】
該LFA−1抑制剤を患者の体重1Kgあたり、0.05〜4mg投与する、請求項31記載の方法。
【請求項35】
移植臓器の拒絶反応を抑制する方法であって、移植臓器を還流もしくは保存する際に、濃度1μM〜10mMのポリアミンを含む還流液もしくは保存液により臓器を還流し、又は保存することを特徴とする前記方法。

【国際公開番号】WO2004/073701
【国際公開日】平成16年9月2日(2004.9.2)
【発行日】平成18年6月1日(2006.6.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−568468(P2004−568468)
【国際出願番号】PCT/JP2003/001780
【国際出願日】平成15年2月19日(2003.2.19)
【出願人】(505309073)
【Fターム(参考)】