説明

MRI装置による拡散テンソルイメージングにおけるイメージング対象領域の設定方法

【課題】 検者の主観や技量などに依存しない、MRI装置による拡散テンソルイメージングにおけるイメージング対象領域の簡便で安定かつ正確な設定方法を提供すること。
【解決手段】 イメージング対象領域をその一部に含む全体領域の拡散テンソル磁気共鳴信号から対象領域に固有の特徴を示す信号を抽出し、画像化することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、MRI装置による拡散テンソルイメージングにおけるイメージング対象領域の設定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
MRI(Magnetic Resonance Imaging)装置による拡散テンソルイメージング(DTI:Diffusion Tensor Imaging)は、白質の密度や変性の程度などと密接に関連する拡散異方性の定量的評価に基づき、錐体路や脳梁などの立体的な描出や、これらと腫瘍などの病巣との位置関係の描出などが可能なイメージング方法であり、他の画像診断法では行えない診断が行えることから、既に臨床現場においてその有用性が実証されている(非特許文献1)。
【0003】
DTIにおいて、拡散異方性は、例えば、FA(Fractional Anisotropy)といった指標を用いることで定量化が行われる。コントラストの少ない変化や微細な変化を正確に描出するためには、FAの正確な定量化が必要となる。そのためには、イメージング対象領域を正確に設定する必要があるが、現状における対象領域の設定は、MRI装置から収集した拡散テンソル磁気共鳴信号を画像化することで得た全体領域の画像をもとに、熟練した検者が自らの主観で対象領域を関心領域(ROI)としてフリーハンドでデータ抽出することによって行われている。そのため、検者の主観や技量などの相違によって対象領域の設定に違いが生じ、その結果、FAの定量化に誤差が発生し、画像診断の正確性に悪影響を及ぼす場合がある。
【非特許文献1】Diffusion tensor imaging of the brain: review of clinical applications P.C.Sundgren et al., Neuroradiology (2004) 46: 339-350.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
そこで本発明は、検者の主観や技量などに依存しない、DTIにおけるイメージング対象領域の簡便で安定かつ正確な設定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記の点に鑑みて完成させた本発明のMRI装置による拡散テンソルイメージングにおけるイメージング対象領域の設定方法は、請求項1記載の通り、対象領域をその一部に含む全体領域の拡散テンソル磁気共鳴信号から対象領域に固有の特徴を示す信号を抽出し、画像化することを特徴とする。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、DTIにおける目的とするイメージング対象領域を簡便で安定かつ正確に設定することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明のMRI装置による拡散テンソルイメージングにおけるイメージング対象領域の設定方法は、対象領域をその一部に含む全体領域の拡散テンソル磁気共鳴信号から対象領域に固有の特徴を示す信号を抽出し、画像化することを特徴とするものである。本発明を適用することができるイメージング対象領域は、例えば、錐体路や脳梁などのような、脳内(全体領域)において、特徴的な拡散テンソルを示す領域として知られている領域であれば特段限定されるものではない。ここで、「特徴的な拡散テンソル」とは、主軸ベクトルの大きさとその方向性(角度)、主軸ベクトルの大きさと第2軸ベクトルおよび/または第3軸ベクトルの大きさとの関係、拡散テンソルのFA値から選択される少なくとも1種類の情報(自体公知のデータ処理により取得)によって評価されるものを意味する。例えば、脳内において、錐体路は、主軸ベクトルが頭尾方向に対して一定の傾き以内であり、その大きさと当該部位におけるFA値が一定基準にあるという固有の特徴を有していることが知られている(例えばAnatomical parcellation of the brainstem and cerebellar white matter: a preliminary probabilistic tractography study at 3 T Christophe H, et al., Neuroradiology. 2007 Aug 15.を参照のこと)。また、脳梁は、主軸ベクトルが左右方向に対して一定の傾き以内であり、その大きさと当該部位におけるFA値が一定基準にあるという固有の特徴を有していることが知られている(例えばTopography of the human corpus callosumusing diffusion tensr tractographyAbeO, et al., J Comput Assist Tomogr. 28: 533-539, 2004.を参照のこと)。従って、脳内の拡散テンソル磁気共鳴信号からこれらの部位に特徴的な拡散テンソルを示す領域の信号を抽出し、画像化することで、錐体路や脳梁をイメージング対象領域として正確に設定することができる。これにより、FAの正確な定量化が可能となり、画像診断の正確性の向上を図ることができる。
【0008】
全体領域の拡散テンソル磁気共鳴信号からイメージング対象領域に固有の特徴を示す信号を抽出し、画像化する手段は、例えば、自体公知の拡散テンソル磁気共鳴信号のFAカラーマップ化により行うことができる。この場合、イメージング対象領域に特徴的な拡散テンソルは、色の種類と強度によって表現され、他の領域と区別されるので、対象領域を視覚的に識別することができる。FAカラーマップ化のデータ処理において、色の種類と強度をより詳細に選別することで、他の領域との区別をより明確にすることができる。なお、必要に応じ、データ上においてノイズ除去処理を行ってもよい。
【実施例】
【0009】
以下、DTIにおいて健常人の脳内における錐体路と脳梁をイメージング対象領域として設定する実施例によって本発明を詳細に説明するが、本発明は以下の記載に限定して解釈されるものではない。
【0010】
実施例1:本発明の方法による錐体路をイメージング対象領域とする場合の設定
(1)MRI撮影
Siemense 1.5T MRI scannerを用い、SE-EPI法(1.5T, TR/TE=9200/114, FOV=230 mm, matrix=128x128 interpolated to 256x256, slice thickness=3mm, no gap, b-Value=0,1000, MPG:12axis, NEX 3)にてDTIを撮影した(図1(a))。
【0011】
(2)拡散テンソル化処理
国立大学法人東京大学医学部附属病院放射線科が提供するVolume-OneおよびdTV(ともにフリーソフト)を用いてFAカラーマップを作成した(図1(b))。dTVにおけるFAカラーマップは、single tensorモデルで長軸を示す単位ベクトルのxyz方向(x:左右方向、y:前後方向、z:頭尾方向)への要素にそれぞれFA値を乗じたもので、各要素の範囲は0-255となっている。さらにb=0の時の値が低い部分をバックグランドとし、値を0として除外している。軸xyzをそれぞれ赤、緑、青の光三原色に対応させて、画像として表示する。
【0012】
(3)FAカラーマップからの抽出によるイメージング対象領域の設定
中脳では、錐体路は頭尾側方向に通り、大脳脚に存在する。この部分は、FAカラーマップでは青く表示される。また、FAは概ね0.6以上を示す。この錐体路についての特徴的な拡散テンソル情報から、青の要素の閾値(最小値)を128と定め、対象領域の候補とした。また、青は他の赤、緑の要素よりも大きいとの条件を加えた(図1(c))。
【0013】
(4)ノイズ対策
xy平面(軸位断面)上で3x3voxelsの中央値フィルターを用いた(図1(d))。
【0014】
(5)スライスの決定
連続する領域の大きさを比較して、最も大きな領域の1/3以上の大きさを有する領域を錐体路に含まれる領域とした(図1(e))。抽出された領域の左右への広がりを求め、この広がりが最大値を示すxy断面から尾側で、左右への広がりが最大値の1/2となる最も頭側のxy平面を中脳部位とした(図1(f))。ここで特定された領域を左右の中線で分離し、左右それぞれのイメージング対象領域を得た。
【0015】
比較例1:従来法による錐体路をイメージング対象領域とする場合の設定
実施例1における工程(2)で作成したFAカラーマップを用いてフリーハンドによるROI設定を行い、FA値の平均とその左右比、対象領域のサイズとその左右比を求めた。
【0016】
実施例1(本発明の方法)と比較例1(従来法)の比較
(a)FA値の左右比
本発明の方法では、FA値の右、左、左右比はそれぞれ平均±標準偏差で0.68±0.06、0.68±0.05、1.00±0.09、フリーハンドによる従来法では0.68±0.07、0.69±0.07、0.98±1.13であった(n=6)。
(b)サイズの左右比
イメージング対象領域のサイズの平均値とその左右比の平均±標準偏差は、本発明の方法では57.0voxels、1.05±0.33、従来法では44.3voxels、1.15±0.21であった(n=6)。
(c)まとめ
本発明の方法によって設定されたイメージング対象領域は、従来法によって設定されたイメージング対象領域とほぼ同じ大きさかやや大きい傾向があったが、両者のFA値の左右比を比較すると、本発明の方法は従来法よりも左右の差が少なく、安定した結果となった。つまり、より網羅的であるが、ノイズの少ない結果をもたらした。
【0017】
実施例2:本発明による脳梁をイメージング対象領域とする場合の設定
(1)MRI撮影
実施例1と同様にしてSiemense 1.5T MRI scannerを用い、SE-EPI法にてDTIを撮影した(図2(a))。
【0018】
(2)拡散テンソル化処理
実施例1と同様にしてFAカラーマップを作成した(図2(b))。
【0019】
(3)FAカラーマップからの抽出によるイメージング対象領域の設定
脳梁では、左右を結ぶ交連線維が主体となり、カラーマップでは赤く表示される。この脳梁についての特徴的な拡散テンソル情報から、赤の要素の閾値(最小値)を32と定め、他の要素よりも赤の要素が2倍以上の値をとる部分を候補とした(図2(c))。
【0020】
(4)ノイズ対策
xy平面上で3x3voxelsの中央値フィルターを用いた(図2(d))。
【0021】
(5)スライスの決定
連続する領域の大きさの比較を行い、最も大きい領域を対象とした(図2(e))。この領域の左右の広がりの中点の平均を、この領域の前後で3等分した領域毎に計算し、中部の値は用いず前・後部の中点を結ぶ線分を求め、それを含むyz平面(矢状断面)をイメージング対象領域とした(図2(f))。
【0022】
比較例2:従来法による脳梁をイメージング対象領域とする場合の設定
実施例2における工程(2)で作成したFAカラーマップを用いてフリーハンドによるROI設定を行い、FA値の分散、対象領域のサイズを求めた。
【0023】
実施例2(本発明の方法)と比較例2(従来法)の比較
(a)FA値の分散
本発明の方法では、FA値は平均±標準偏差で0.563±0.28、フリーハンドによる従来法では0.628±0.50であった(n=6)。
(b)サイズの平均値
イメージング対象領域のサイズの平均値は、本発明の方法では615voxels、従来法では375voxelsであった(n=6)。
(c)まとめ
従来法に比べ、本発明の方法では領域を2倍近く設定することができたにもかかわらず、FA値の標準偏差を低く抑えられた。
【0024】
実施例と比較例の比較から導き出された結論
従来法はその特性として検者の手技の熟達度や恣意、手技からくる不安定性により領域がばらつき、得られるFA値が変化するが、本発明の方法では同一のデータがあれば、誰が何度行っても全く同じ結果が得られる。また、同時に、本発明の方法で設定されたイメージング対象領域は、従来法より広い範囲を網羅しており、領域を減少させずに、測定値を安定化する効果がある。よって、例えば、脳卒中患者、重症頭部外傷患者、脳腫瘍患者などの解析において、安定した計測によって微細な変化を捉えることが可能となり、的確な病態把握や診断方針決定に寄与する。
【産業上の利用可能性】
【0025】
本発明は、検者の主観や技量などに依存しない、DTIにおけるイメージング対象領域の簡便で安定かつ正確な設定方法を提供することができる点において産業上の利用可能性を有する。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】実施例1におけるイメージング対象領域として錘体路を設定する場合の流れを示す図。
【図2】実施例2におけるイメージング対象領域として脳梁を設定する場合の流れを示す図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
MRI装置による拡散テンソルイメージングにおけるイメージング対象領域の設定方法であって、対象領域をその一部に含む全体領域の拡散テンソル磁気共鳴信号から対象領域に固有の特徴を示す信号を抽出し、画像化することを特徴とする方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−72451(P2009−72451A)
【公開日】平成21年4月9日(2009.4.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−245839(P2007−245839)
【出願日】平成19年9月21日(2007.9.21)
【出願人】(504171134)国立大学法人 筑波大学 (510)
【Fターム(参考)】