説明

N−カルボン酸無水物の製造方法

【課題】N−カルボン酸無水物の製造において、工程が簡略でしかも複雑な反応設備を使用することなく、高純度に精製されたN−カルボン酸無水物を取り出す方法を提供すること。
【解決手段】アミノ酸またはアミノ酸の塩と、ホスゲン等を反応させてN−カルボン酸無水物を製造する際に、一般式[1]で表されるエーテル化合物を溶媒として使用して反応を行い、反応を短時間で完結させるとともに、反応完結後に該溶媒を濃縮することにより、他の溶媒を添加することなしに反応生成物を析出させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はN−カルボン酸無水物の製造方法に関する。更に詳細には、アミノ酸またはその塩とホスゲンもしくはその多量体とを反応させる際に、エーテル化合物を溶媒として使用する効率的なN−カルボン酸無水物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
N−カルボン酸無水物は医薬、農薬、ペプチド合成の中間体として重要な化合物である。N−カルボン酸無水物の製造方法として最も一般的な方法はアミノ酸またはその塩を溶媒中でホスゲンもしくはその多量体とを反応させる方法である。アミノ酸の塩としては硫酸塩、酢酸塩などがあるが、塩酸塩が好んで用いられる。溶媒としては、酢酸エチル、酢酸ブチルのような脂肪酸エステル、ジクロロメタン、ジクロロエタンのようなハロゲン化炭化水素、トルエン、キシレンのような芳香族炭化水素、テトラヒドロフランやジオキサンのような環状エーテルが用いられる。しかしながら、このような多様な溶媒種の中から適切な溶媒を選択することは公知法における問題点の一つである。すなわち、酢酸エチルやトルエンのような非極性溶媒中では、N−カルボン酸無水物の生成反応は進行が非常に遅く、反応を完結させることが困難である。一方、やや極性の高い環状エーテル溶媒ではN−カルボン酸無水物の生成反応を早めることはできるが、溶媒自身がホスゲン及び反応中に形成される塩酸に対して完全には不活性でないため、好ましくない不純物が多量に生成することが分かっている。そこで反応時間短縮のために、反応系に反応を促進させる物質を添加する方法が提案されている(例えば、特許文献1、特許文献2参照)。しかし、反応促進剤の添加で反応時間は短縮されるが、反応終了後に生成したN−カルボン酸無水物を純粋に取り出すための工程を付加することになる。
【0003】
【特許文献1】特開2002−356481号公報
【特許文献2】特開2002−145871号公報
【0004】
公知法のさらなる問題点は、高純度のN−カルボン酸無水物を得るために、生成反応終了後、溶媒留去による反応液の濃縮を行った後に、貧溶媒の添加もしくは貧溶媒への溶媒置換による結晶化を行うことによって、高純度に精製されたN−カルボン酸無水物が取り出されていることである(例えば、特許文献3、特許文献4参照)。ここでいう貧溶媒とは、該当するN−カルボン酸無水物の溶解度が小さいか、もしくは無い溶媒種をさす。N−カルボン酸無水物は熱や水分に対し一般的に安定ではないため、このように工程が長くなると高純度のN−カルボン酸無水物を得るには、反応設備面も含め高い技術力を要する。以上のことからここにおいても、収率や純度に寄与する適切な溶媒や貧溶媒の選択に迫られることとなる。また、複数の溶媒を使用することは、工業的、環境的観点からも不利である。
【0005】
【特許文献3】特開昭63−301854号公報
【特許文献4】WO01/87858号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
このように、N−カルボン酸無水物の製造において、不純物の生成を抑えて短時間で反応を完結させる製造方法が望まれており、さらに、複数の溶媒を使用することなく、工程が簡略でしかも複雑な反応設備を使用することなく、高純度に精製されたN−カルボン酸無水物を取り出す方法が求められている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らはこの課題を解決すべく鋭意検討を行った。その結果、N−カルボン酸無水物の生成反応を不純物の生成を抑えて短時間で終了させ、容易にかつ複数の溶媒の使用なく高純度に精製されたN−カルボン酸無水物を製造するのに、一般式[1]で表されるエーテル化合物を溶媒として用いることが有用であることを見出し本発明を完成するに至った。
【0008】
【化1】

【0009】
(式中、Rは炭素数1〜4のアルキル基を表す)
【0010】
すなわち本発明は、アミノ酸またはアミノ酸の塩と、ホスゲン、ジホスゲンまたはトリホスゲンとを反応させてN−カルボン酸無水物を製造する際に、一般式[1]で表されるエーテル化合物を溶媒として使用して反応を行い、反応を短時間で完結させるとともに、反応完結後に該溶媒を濃縮することにより、他の溶媒を添加することなしに反応生成物を析出させ、高純度かつ高収率で反応生成物を取り出すことを特徴とするN−カルボン酸無水物の製造方法である。
【0011】
また本発明のN−カルボン酸無水物の製造方法は、前記したアミノ酸またはアミノ酸の塩のアミノ酸部分が一般式[2]で表される構造を有しており、反応生成物である前記したN−カルボン酸無水物が一般式[3]で表される構造を有していることを特徴としている。
【0012】
【化2】

【0013】
(式中、R1、R2はそれぞれ独立して水素原子、アルキル基、1カ所以上が置換されたアルキル基、シクロアルキル基、1カ所以上が置換されたシクロアルキル基、アリール基、1カ所以上が置換されたアリール基、複素環基、1カ所以上が置換された複素環基を表し、R1およびR2が結合してシクロアルキル基を形成してもよく、さらに縮合環として芳香環または複素環を有してもよい。R3は水素原子、アルキル基、1カ所以上が置換されたアルキル基、シクロアルキル基、1カ所以上が置換されたシクロアルキル基、アリール基、1カ所以上が置換されたアリール基、複素環基、1カ所以上が置換された複素環基を表す。)
【0014】
【化3】

【0015】
(式中、R1、R2、R3は前記した一般式[2]におけるR1、R2、R3と同一である。)
【0016】
本発明の製造方法を反応式で表すと、次式のとおりである。原料のアミノ酸またはその塩は一般式[2]で表し、反応生成物であるN−カルボン酸無水物は一般式[3]で表した。
【0017】
【数1】

【0018】
本発明においては、一般式[1]で表されるエーテル化合物として好ましいのはシクロペンチルメチルエーテルである。また、一般式[2]で表されるアミノ酸またはその塩として好ましいのはN−(1−エトキシカルボニル−3−フェニルプロピル)アラニン(EPAL)である。
【発明の効果】
【0019】
アミノ酸またはその塩を溶媒中でホスゲン、ジホスゲンまたはトリホスゲンと反応させてN−カルボン酸無水物を製造する方法において、一般式[1]で表されるエーテル化合物を溶媒として用いることで、公知のエステル溶媒を使用した場合の半分以下の時間で反応を完結することができる。また、N−カルボン酸無水物を反応溶媒の留去後、貧溶媒の添加もしくは貧溶媒への溶媒置換による結晶化なしに容易に析出させることができ、高収率、高純度でN−カルボン酸無水物を製造することができる。しかも、本発明の製造方法においては特別な装置を必要としない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明に係るN−カルボン酸無水物の製造方法について具体的に説明する。本発明のN−カルボン酸無水物を製造するに際して、溶媒として一般式[1]で表されるエーテル化合物が用いられる。具体的には、シクロペンチルメチルエーテル、シクロペンチルエチルエーテル、シクロペンチルプロピルエーテル、シクロペンチルイソプロピルエーテル、シクロペンチルブチルエーテルが挙げられ、中でも、シクロペンチルメチルエーテルの使用が好ましい。
【0021】
N−カルボン酸無水物製造の出発原料として用いられるアミノ酸は、一般式[2]で表され、天然物、合成品、光学異性体等を限定しない。一般式[2]における具体的な置換基としては、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、tert−ブチル基、クロロメチル基、クロロエチル基、フェニル基、ベンジル基、フェニルエチル基、フェニルプロピル基、ナフチル基、ヒドロキシ基、チオール基、アミノ基、アミノメチル基、アミノエチル基、メトキシ基、エトキシ基、tert−ブトキシ基、メトキシフェニル基、メトキシベンジル基、アセチル基、トリクロロアセチル基、トリフルオロアセチル基、エトキシカルボニル基、プロポキシカルボニル基、ベンジルオキシカルボニル基、エチルカルバモイル基、フェニルカルバモイル基、アミド基、ニトロ基、シクロペンチル基、シクロヘキシル基、ピリジル基、イミダゾイル基、モルホニル基等が挙げられる。
【0022】
一般式[2]で表されるアミノ酸の具体例としては、グリシン、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、フェニルアラニン、メチオニン、アスパラギン、アスパラギン酸、グルタミン、グルタミン酸、セリン、システイン、トレオニン、リシン、アルギニン、プロリン、アスパラギン酸−β−エチルエステル、N’−アセチルリシン、o−ベンジルセリン、s−ベンジルシステイン、N−(1−エトキシカルボニル−3−フェニルプロピル)アラニン、N’−トリフルオロアセチルリシン等およびその塩、またはその誘導体およびその塩が挙げられる。置換基にN−カルボン酸無水物環の形成に関与しない官能基がある場合は公知の方法により、保護基を導入する。
【0023】
本発明の製造方法では、一般式[2]で表されるアミノ酸またはその塩を、重量で5〜20倍の一般式[1]で表されるエーテル化合物に溶解または懸濁して反応が行われる。反応ではホスゲンまたはその多量体を一般式[2]で表されるアミノ酸に対し0.8〜10倍モル、好ましくは1〜5倍モル使用する。反応は通常0〜100℃、好ましくは30〜60℃で行われ、反応時間は0.5〜24時間、好ましくは2〜8時間である。反応は窒素のような不活性雰囲気下、無水条件で行うのが好ましいが、雰囲気条件は特に限定しない。
【0024】
このようにして得られた一般式[2]で表されるアミノ酸に対応したN−カルボン酸無水物の反応液は、常圧もしくは減圧下で一般式[1]で表されるエーテル化合物を減少させることにより濃縮される。この際、反応に用いた過剰のホスゲンを除去してもしなくてもかまわない。濃縮が進行するにつれて、または濃縮液を冷却すると一般式[3]で表されるN−カルボン酸無水物が析出する。析出した一般式[3]で表されるアミノ酸に対応したN−カルボン酸無水物を常圧もしくは減圧下あるいは加圧下でろ過し結晶を単離する。
【0025】
この際、さらに高純度の一般式[3]で表されるアミノ酸に対応したN−カルボン酸無水物を得るために、一般式[1]で表されるエーテル化合物を用いて結晶の洗浄を行ってもかまわない。
以下に本発明の実施例を説明するが、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0026】
N−(1−エトキシカルボニル−3−フェニルプロピル)アラニンのN−カルボニル酸無水物(EPAL−NCA)の製造
300mlの4ツ口フラスコにN−(1−エトキシカルボニル−3−フェニルプロピル)アラニン(EPAL)14.0g(0.05mol)とシクロペンチルメチルエーテル(CPME)120.6g(140ml)を加え、系内を窒素置換した後撹拌し懸濁させた。懸濁液を40℃に加熱し、12.4g(0.125mol、2.5倍モル)のジホスゲンを3時間かけて滴下した。滴下終了後3時間撹拌を続け、その後、過剰のホスゲンを窒素抜気により除去した。減圧蒸留によりCPMEを97g留去し、濃縮液を5℃に冷却した。結晶化したEPAL−NCAをろ過により単離し、減圧乾燥後12.1g(収率79%)のEPAL−NCAを得た。HPLCによる分析の結果、純度は99.6%であった。
【0027】
[比較例1]
N−(1−エトキシカルボニル−3−フェニルプロピル)アラニンのN−カルボニル酸無水物(EPAL−NCA)の製造
300mlの4ツ口フラスコにN−(1−エトキシカルボニル−3−フェニルプロピル)アラニン(EPAL)14.0g(0.05mol)と酢酸エチル120.6g(140ml)を加え、系内を窒素置換した後撹拌し懸濁させた。懸濁液を40℃に加熱し、12.4g(0.125mol、2.5倍モル)のジホスゲンを3時間かけて滴下した。滴下終了後7時間撹拌を続け、その後、過剰のホスゲンを窒素通気により抜気した。減圧蒸留により酢酸エチルを101.6g留去し、n−ヘキサン49gを加えてEPAL−NCAを結晶化させた。その後、ろ過により単離し、減圧乾燥後10.7g(収率70%)のEPAL−NCAを得た。HPLCによる分析の結果、純度は99.0%であった。
【実施例2】
【0028】
N−トリフルオロアセチルリシンのN−カルボニル酸無水物(TFA−Lys−NCA)の製造
300mlの4ツ口フラスコにN−トリフルオロアセチルリシン(TFA−Lys) 24.2g(0.1mol)とシクロペンチルメチルエーテル(CPME)266.2gを加え、系内を窒素置換した後撹拌し懸濁させた。懸濁液を40℃に加熱し、24.8g(0.25mol、2.5倍モル)のジホスゲンを滴下した。滴下終了後6時間撹拌を続け、その後、過剰のホスゲンを窒素抜気により除去した。減圧蒸留によりCPMEを213g留去し、濃縮液を5℃に冷却した。結晶化したTFA−Lys−NCAをろ過により単離し、減圧乾燥後15g(収率56%)のTFA−Lys−NCAを得た。HPLCによる分析の結果、純度は95%であった。
【産業上の利用可能性】
【0029】
本発明の製造方法によって製造されたN−カルボン酸無水物は、医薬、農薬、ペプチド合成の中間体として、特に高純度な中間体として有用な化合物である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アミノ酸またはアミノ酸の塩と、ホスゲン、ジホスゲンまたはトリホスゲンとを反応させてN−カルボン酸無水物を製造する際に、一般式[1]で表されるエーテル化合物を溶媒として使用して反応を行い、反応を短時間で完結させるとともに、反応完結後に該溶媒を濃縮することにより他の溶媒を添加することなしに反応生成物を析出させ、高純度かつ高収率で反応生成物を取り出すことを特徴とするN−カルボン酸無水物の製造方法。
【化1】


(式中、Rは炭素数1〜4のアルキル基を表す)
【請求項2】
前記したアミノ酸またはアミノ酸の塩のアミノ酸部分が一般式[2]で表される構造を有しており、反応生成物である前記したN−カルボン酸無水物が一般式[3]で表される構造を有していることを特徴とする請求項1記載のN−カルボン酸無水物の製造方法。
【化2】


(式中、R1、R2はそれぞれ独立して水素原子、アルキル基、1カ所以上が置換されたアルキル基、シクロアルキル基、1カ所以上が置換されたシクロアルキル基、アリール基、1カ所以上が置換されたアリール基、複素環基、1カ所以上が置換された複素環基を表し、R1およびR2が結合してシクロアルキル基を形成してもよく、さらに縮合環として芳香環または複素環を有してもよい。R3は水素原子、アルキル基、1カ所以上が置換されたアルキル基、シクロアルキル基、1カ所以上が置換されたシクロアルキル基、アリール基、1カ所以上が置換されたアリール基、複素環基、1カ所以上が置換された複素環基を表す。)
【化3】


(式中、R1、R2、R3は前記した一般式[2]におけるR1、R2、R3と同一である。)
【請求項3】
一般式[1]で表されるエーテル化合物がシクロペンチルメチルエーテルである請求項1または請求項2記載のN−カルボン酸無水物の製造方法。
【請求項4】
前記したアミノ酸またはアミノ酸の塩のアミノ酸部分が、N−(1−エトキシカルボニル−3−フェニルプロピル)アラニン(EPAL)である請求項1〜3いずれかの項に記載のN−カルボン酸無水物の製造方法。



【公開番号】特開2007−63147(P2007−63147A)
【公開日】平成19年3月15日(2007.3.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−247755(P2005−247755)
【出願日】平成17年8月29日(2005.8.29)
【出願人】(000005315)保土谷化学工業株式会社 (107)
【Fターム(参考)】