説明

O−マンノース型糖鎖結合アミノ酸及びそれを用いた糖ペプチドの製造方法

【課題】O-マンノース型糖鎖を含有する糖ペプチドの効率的製造方法の提供。
【解決手段】下記一般式[I]:


(式中、R1は、H又はメチル基であり;R2は、水酸基、又はカルボキシル基の活性化基であり;R3は、H、又はアミノ基の保護基であり;Rは、水酸基を保護するアシル基であり;X及びYは、互いに独立して、水酸基がアシル基で保護されているN-アセチルグルコサミン残基若しくはその誘導体(シアル酸及び/又はアシル化ガラクトース付加誘導体を除く)、又は水酸基を保護するアシル基であり;但し、X及びYの少なくとも一方は、水酸基がアシル基で保護されているN-アセチルグルコサミン残基若しくはその誘導体である)で表されるO-マンノース型糖鎖結合アミノ酸、又はそれを縮合反応により結合して糖ペプチドを生成することを含む、該糖鎖結合ペプチドの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はO-マンノース型糖鎖結合アミノ酸、及びそれを用いた糖ペプチドの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
O-マンノース型糖鎖は、細菌、酵母から哺乳類まで幅広い生物の細胞表層タンパク質上に結合している糖鎖として知られる。多細胞生物と単細胞生物では異なる構造のO-マンノース型糖鎖が確認されている。多細胞生物のO-マンノース型糖鎖は、α-ジストログリカンと呼ばれる、筋細胞及びシュワン細胞表面に多量に存在する糖タンパク質上に特異的に結合していることが遠藤らにより見出され、その合成に関わる遺伝子の機能不全が筋ジストロフィーの一因となっていることが報告されている(非特許文献1)。さらに、マウスの脳中に存在するO-結合型糖タンパク質糖鎖の一斉解析により、脳中のO-結合型糖鎖の約3割がO-マンノース型糖鎖であることが報告されている(非特許文献2)。
【0003】
天然のO-マンノース型糖鎖においては、タンパク質中のセリン又はスレオニン残基の水酸基にマンノースがα結合し、そのマンノースの2位水酸基及び/又は6位水酸基にN-アセチルグルコサミン残基がβ結合していることが確認されている。このO-マンノース型糖鎖において、N-アセチルグルコサミン残基にさらにガラクトース残基、フコース残基、シアル酸残基と結合したガラクトース残基、硫酸基を有するガラクトース残基、グルクロン酸残基と結合したガラクトース残基、又は硫酸化されたグルクロン酸残基と結合したガラクトース残基等が結合しているものも確認されている。N-アセチルグルコサミン残基に連結されたこのような糖鎖構造は様々な抗原として機能することも知られており、生化学面で極めて重要な働きをしていることが予想される。
【0004】
その一方、O-マンノース型糖鎖の機能に関する研究例は非常に限られている。O-マンノース型糖鎖は単独ではなくタンパク質に結合して機能しているため、その機能は、それが結合している部位のタンパク質部分配列の構造との相関において研究することが望まれるが、O-マンノース型糖鎖を有する特定のペプチドやタンパク質断片を合成又は分離する技術が未だ確立されていないために研究の進展が妨げられている。
【0005】
これまでに、比較的合成が容易なマンノースホモオリゴ糖を有する微生物由来のO-マンノース型糖ペプチド(特許文献1)や、多細胞生物の主要なO-結合型糖鎖であるムチン型糖アミノ酸(特許文献2、5)の合成、ムチン型糖ペプチドライブラリの合成(特許文献3、4)が報告されている。またO-マンノース単糖を有するα-ジストログリカン関連の糖ペプチドの合成は既に報告例がある(非特許文献3)。しかし、多細胞生物において一般的に認められるような比較的長鎖のO-マンノース型糖鎖を結合したペプチドの合成に成功したとの報告は未だない。ペプチド合成後の糖ペプチド上のO-マンノース残基にグルコサミン残基を化学的手法で導入することは困難であり、またin vivoでその糖転移を担う糖転移酵素も、例えば2つの成分の複合体(POMT1-POMT2複合体)としてのみ活性を有するヒトO-マンノース転移酵素のように、in vitroでの糖転移には利用しにくい。グルコサミン残基に対して糖付加することができる糖転移酵素は入手が比較的容易である(例えば、特許文献4、5)が、グルコサミン残基を含有する糖アミノ酸からO-マンノース型糖鎖結合ペプチドを作製できる技術は知られていない。また、シアル酸を含有するO-マンノース型糖アミノ酸の合成については伊藤らにより報告されている(非特許文献4)が、この糖アミノ酸は一般的なペプチド合成技術との相性が悪いため、O-マンノース型糖鎖結合ペプチドの合成には使用できない。
【0006】
【特許文献1】国際公開第2002/050108号パンフレット
【特許文献2】特開2006−63055号公報
【特許文献3】特開2006−28141号公報
【特許文献4】国際公開第2006/030840号パンフレット
【特許文献5】特開2006−111618号公報
【非特許文献1】T. Endo et al., J. Biol. Chem., 272, 2156-2162 (1997)
【非特許文献2】W. Chai et al., Eur. J. Biochem., 263, 879-888 (1999)
【非特許文献3】T. Endo et al., J. Biol. Chem., 282, 20200-20206 (2007)
【非特許文献4】Y. Ito et al., Tetrahedron Lett., 40, 6803-6807 (1999)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、O-マンノース型糖鎖を含有する糖ペプチドを効率よく製造する方法を提供することを目的とする。本発明はまた、より重合度の高い糖鎖を有する糖ペプチドを効率よく製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意検討を重ねた結果、いずれの水酸基もアシル基で保護されているグルコサミン誘導体(例えば、N-アセチルグルコサミン)をマンノースの2位及び/又は6位水酸基にβ-結合したO-マンノース型糖鎖を有する糖アミノ酸を用いてペプチド合成反応を行うことにより、効率的に糖ペプチドを合成できること、また生成される糖ペプチドにさらに糖転移酵素を作用させて糖鎖を伸長することによってより長い糖鎖を有する糖ペプチドを容易に効率よく製造できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明は以下を包含する。
[1] 下記一般式[I]:
【化1】

(式中、
1は、H又はメチル基であり;
2は、水酸基、又はカルボキシル基の活性化基であり;
3は、H、又はアミノ基の保護基であり;
Rは、水酸基を保護するアシル基であり;
X及びYは、互いに独立して、水酸基がアシル基で保護されているN-アセチルグルコサミン残基若しくはその誘導体(シアル酸及び/又はアシル化ガラクトース付加誘導体を除く)、又は水酸基を保護するアシル基であり;
但し、X及びYの少なくとも一方は、水酸基がアシル基で保護されているN-アセチルグルコサミン残基又はその誘導体である)で表されるO-マンノース型糖鎖結合アミノ酸、及び/又は該O-マンノース型糖鎖結合アミノ酸とアミノ酸を、縮合反応により連結して糖ペプチドを生成することを含む、O-マンノース型糖鎖結合ペプチドの製造方法。
【0010】
この方法では、生成した糖ペプチドを脱アシル化することを含むことも好ましい。
【0011】
この方法では、糖転移酵素を用いて前記糖ペプチドの持つ糖鎖に糖を付加することをさらに含むことも好ましい。
【0012】
この方法では、糖ペプチドのC末端にケトン基を導入することをさらに含んでもよい。
【0013】
上記一般式[I]において、X及びYは水酸基がアシル基で保護されているN-アセチルグルコサミン残基の誘導体でありうるが、該誘導体は好ましくは単糖残基である。
【0014】
この方法で用いる一般式[I]で表されるO-マンノース型糖鎖結合アミノ酸は、下記式[II]〜[IV]:
【化2】

(式中、
1は、H又はメチル基であり;
2は、水酸基、又はカルボキシル基の活性化基であり;
3は、H、又はアミノ基の保護基であり;
4は、アミド基、又はR3とは異なる保護基が付加されたアミノ基である)
のいずれかで表される化合物であってもよい。
[2] 上記[1]の方法により製造される、O-マンノース型糖鎖結合ペプチド。
[3] 上記[2]のO-マンノース型糖鎖結合ペプチドを固相支持体に固定したバイオチップ。
[4] 上記[1]の方法によりO-マンノース型糖鎖結合ペプチドを製造し、それを用いてO-マンノース型糖鎖結合ペプチドのライブラリーを作製し、固相支持体に固定することを含む、バイオチップの製造方法。
[5] 下記一般式[I]:
【化3】

(式中、
1は、H又はメチル基であり;
2は、水酸基、又はカルボキシル基の活性化基であり;
3は、H、又はアミノ基の保護基であり;
Rは、水酸基を保護するアシル基であり;
X及びYは、互いに独立して、水酸基がアシル基で保護されているN-アセチルグルコサミン残基若しくはその誘導体(シアル酸及び/又はアシル化ガラクトース付加誘導体を除く)、又は水酸基を保護するアシル基であり;
但し、X及びYの少なくとも一方は、水酸基がアシル基で保護されているN-アセチルグルコサミン残基若しくはその誘導体である)で表されるO-マンノース型糖鎖結合アミノ酸又はその脱保護体。
【発明の効果】
【0015】
本発明の方法は、O-マンノース型糖鎖を結合した任意のアミノ酸配列を有するペプチドを迅速かつ高収率で製造することができる。本発明の方法はまた、糖転移酵素によるO-GlcNAcへの糖転移を利用することにより、さらに長鎖のO-マンノース型糖鎖を結合した糖ペプチドを簡便に製造することができる。本発明のO-マンノース型糖鎖結合アミノ酸は、本発明の方法に特に適した糖ペプチド合成の原料として用いることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明は、O-マンノース型糖鎖結合ペプチドの効率の良い製造方法に関する。以下、本発明を詳細に説明する。
【0017】
本発明において「O-マンノース型糖鎖結合ペプチド」とは、2糖以上の糖を含む糖鎖の末端のマンノース残基がそのセリン残基又はスレオニン残基の水酸基にα結合したペプチドをいう。本発明において「糖鎖」とは、1種又は2種以上の2個以上の糖の直鎖型又は分岐型重合体をいう。本発明において「糖アミノ酸」とは、単糖又は糖鎖が側鎖に結合したアミノ酸又はアミノ酸残基をいい、「糖ペプチド」とは単糖又は糖鎖が側鎖に結合したアミノ酸又はアミノ酸残基をそのアミノ酸配列中に1個以上含むペプチドをいう。本発明において「ペプチド」とは、2個以上、好ましくは2個〜100個のアミノ酸残基がペプチド結合により連結されたものをいう。
【0018】
本発明のO-マンノース型糖鎖結合ペプチドの製造方法においては、まず、ペプチド合成の原料アミノ酸の少なくとも一部として、水酸基(3位、4位、及び6位のうち少なくとも1つに位置する遊離水酸基)がアシル基で保護されているN-アセチルグルコサミン(GlcNAc)残基又はその誘導体をO-マンノース残基の2位又は6位の水酸基にβ結合した糖アミノ酸を使用することにより、迅速かつ高収率な糖ペプチド合成反応を達成することができる。
【0019】
具体的には、原料として用いるそのような糖アミノ酸は、下記式[I]:
【化4】

(式中、
1は、H(水素)又はメチル基であり;
2は、水酸基(OH)、又はカルボキシル基の活性化基であり;
3は、H(水素)、又はアミノ基の保護基であり;
Rは、水酸基を保護するアシル基であり;
X及びYは、互いに独立して、水酸基がアシル基で保護されているN-アセチルグルコサミン残基若しくはその誘導体、又は水酸基を保護するアシル基であり;
但し、X及びYの少なくとも一方は、水酸基がアシル基で保護されているN-アセチルグルコサミン残基又はその誘導体である)で表されるO-マンノース型糖鎖結合アミノ酸である。このO-マンノース型糖鎖結合アミノ酸とは、具体的には、O-マンノース型糖鎖が結合されたセリン又はスレオニンである。
【0020】
この一般式[I]で表される本発明の糖アミノ酸において、アミノ基の保護基は、脱保護(脱離)可能なものであれば任意のものであってよい。例えば、アミノ基の保護基の例としては、カルバメート系では、tert-ブトキシカルボニル基(Boc又はt-Bocとも略記される;トリフルオロ酢酸や塩酸-酢酸エチル溶液などの強酸性条件下で脱保護できる)、ベンジルオキシカルボニル基(Bz、Z又はCbzとも略記される;パラジウム触媒での水素添加反応やバーチ還元などにより脱保護できる)、9-フルオレニルメチルオキシカルボニル基(Fmocとも略記される;ピペリジンなどの二級アミンによって脱保護できる)、2,2,2-トリクロロエトキシカルボニル基(Trocとも略記される;亜鉛粉末-酢酸などの作用により脱保護できる)、アリルオキシカルボニル基(Allocとも略記される;パラジウム触媒存在下、アミンなどの添加により脱保護できる)が挙げられる。またアミド系では、トリフルオロアセチル基(水酸化ナトリウム水溶液処理などで脱保護できる)、スルホンアミド系ではp-トルエンスルホニル基(トシル基とも呼ばれ、Ts又はTosと略記される;バーチ還元などで脱保護できる)、2-ニトロベンゼンスルホニル基(ノシル基とも呼ばれ、Nsと略記される;塩基性条件下でチオールを作用させることにより容易に脱保護できる)が挙げられる。より好ましくは、カルバメート系保護基、さらに好ましくは、9-フルオレニルメチルオキシカルボニル基(Fmoc基)、ベンジルオキシカルボニル基(Bz基)、tert-ブトキシカルボニル基(Boc基)、2,2,2-トリクロロエトキシカルボニル基(Troc基)などが挙げられる。特にR3がアミノ基の保護基である場合には、Fmoc基又はBoc基を用いることがより好ましい。アミノ基の保護基の導入は、当業者に公知の方法により行えばよく、例えばFmoc化試薬、Boc化試薬等として知られるような公知の試薬を用いて行うこともできる。
【0021】
上記一般式(I)において、マンノースにO-結合した残基X及び/又はYは、互いに独立して、水酸基がアシル基で保護されているN-アセチルグルコサミン残基の誘導体、又は水酸基を保護するアシル基であってよい。ここで「水酸基がアシル基で保護されている」とは、遊離の水酸基にアシル基が付加(アシル化)されていることをいう。X及び/又はYが水酸基がアシル基で保護されているN-アセチルグルコサミン残基の誘導体である場合、そのような誘導体としては、N-アセチル基がアミノ基の保護基で置換されているものが挙げられる。そのようなアミノ基の保護基(すなわちN-保護基)は、例えばTroc基であってよい。そのようなN-保護基(後述の式のR4においてアミノ基に付加される保護基に相当)は、R3とは異なる保護基であることがより好ましい。
【0022】
あるいはそのような誘導体としては、水酸基がアシル基で保護されている、N-アセチルグルコサミン残基の糖付加誘導体も挙げられる。ここで糖付加誘導体とは、当該N-アセチルグルコサミン残基に単糖又は2糖以上を含む糖鎖が1位以外の位置に(好ましくは3位、4位、及び6位のうち少なくとも1つの位置に)結合した糖残基をいう。なおこの糖付加誘導体のN-アセチル基も、アミノ基の保護基で置換されていてもよい。
【0023】
あるいはまた、別の実施形態としては、水酸基がアシル基で保護されているN-アセチルグルコサミン残基の誘導体が単糖残基であることも好ましい。本発明において、水酸基がアシル基で保護されているN-アセチルグルコサミン残基の誘導体が「単糖残基である」とは、水酸基がアシル基で保護されているN-アセチルグルコサミン残基の誘導体に、糖残基が付加されていないこと(1位でのマンノースとのO-結合を除く)を意味する。
【0024】
ペプチド合成における縮合反応の際には、通常、アミノ酸のカルボキシル基を活性化することが好ましい。但しカルボキシル基の活性化は、予め行ってもよいが、縮合させるアミノ酸をペプチド合成反応液に加えた後にその反応液中で行うこともできる。従って上記の本発明の糖アミノ酸のカルボキシル末端のR2は、遊離状態のヒドロキシル基であってもよいし、カルボキシル基の活性化基であってもよい。本発明においてカルボキシル基の活性化基としては、限定するものではないが、ペンタフルオロフェニル基、チオエステル基、フッ素基等を用いることができる。
【0025】
本発明の糖アミノ酸の糖鎖部分(マンノース残基とそれに結合したN-アセチルグルコサミン残基又はその誘導体)が有する水酸基(ヒドロキシル基)は、アシル基の付加によって保護されていることが好ましい。本発明において、水酸基を保護するアシル基としては、特に限定されないが、アセチル基(Acとも略記される)、ピバロイル基(Pivとも略記される)、ベンゾイル基(Bzとも略記される)等が挙げられる。例えば実用面でより好ましいアシル基としては、アセチル基が挙げられる。
【0026】
このような本発明の糖アミノ酸のより具体的な例としては、下記式[II]〜[IV]:
【化5】

(式中、
1は、H又はメチル基であり;
2は、水酸基、又はカルボキシル基の活性化基であり;
3は、H、又はアミノ基の保護基であり;
4は、アミド基、又はR3とは異なる保護基が付加されたアミノ基である)
で表される化合物が挙げられる。
【0027】
これらの化合物において、R4は、限定するものではないが、より好ましくはアミド基、さらに好ましくは-N-アセチル基(AcHN)である。
【0028】
上記化合物のうち本発明の糖ペプチド合成に特に好適な糖アミノ酸としては、限定するものではないが、下記式[V]〜[VII]:
【化6】

(式中、R1は、H又はメチル基である)
で表される化合物が例示される。
【0029】
なお上記一般式(I)のX及び/又はYは、水酸基がアシル基で保護されている、N-アセチルグルコサミン残基の糖付加誘導体であってよいが、本発明では、この糖付加誘導体にシアル酸及び/又はアシル化ガラクトース付加誘導体を含めないものとする。シアル酸(特にシアル酸メチルエステル)やアシル化ガラクトースは、それを含む糖アミノ酸を原料として用いると、ペプチド合成において反応性が低下し、脱保護の難易度が高まり、あるいは脱保護条件が厳しくなり、さらに糖ペプチドライブラリー作製における自由度が低下するなど、ペプチド合成の原料糖アミノ酸の構成糖としては使用しにくい面があるためである。なお本発明において、N-アセチルグルコサミン残基の「シアル酸及び/又はアシル化ガラクトース付加誘導体」とは、当該N-アセチルグルコサミン残基に、シアル酸及びアシル化ガラクトースの両方又は一方を含む糖又は糖鎖が1位以外の位置に(例えば3位、4位、及び6位のうち少なくとも1つの位置に)結合しているものをいう。
【0030】
本明細書においてシアル酸とは、ノイラミン酸のアミノ基及び/又は水酸基が置換された化合物をいい、例えばN-アセチルノイラミン酸(Neu5Ac;5位がアセチル化されている)、N-グライコリルノイラミン酸(Neu5Gc)及びそれらの誘導体(水酸基がアセチル化されたもの、カルボキシル基がメチル化等がされたもの等)がある。またアシル化ガラクトースとは、1個以上の水酸基がアシル化(例えば、アセチル化)されているガラクトースをいう。具体的には、本発明の糖アミノ酸としては、例えば、シアル酸及び/又はアシル化ガラクトース付加誘導体を含む糖残基を有する糖アミノ酸である下記式[VIII]〜[IX]で表される化合物は含まない:
【0031】
【化7】

(式中、R1は、H又はメチル基である)
【0032】
本発明の糖アミノ酸は、糖誘導体の合成に用いられる公知の化学反応系を利用して合成することができる。限定するものではないが、本発明の任意の糖アミノ酸は、例えば後述の実施例1中に図示した合成スキームに準じた化学反応により合成することができる。概略を述べると、まず、トリクロロアセトイミデート等のグリコシル化反応において活性化可能な官能基を1位に有し、水酸基がアセチル基等のアシル基で保護されており、かつアミノ基がTroc基等のアミノ基の保護基によって保護されているグルコサミン誘導体を、D-マンノースの2位及び/又は6位水酸基に導入して、マンノース型糖鎖を合成すればよい。合成したマンノース型糖鎖を、好ましくはアミノ基が保護されたセリン残基又はスレオニン残基の側鎖にO-結合により連結させる。
【0033】
各反応に用いる反応溶媒は、周知の有機溶媒および含水溶媒から適切なものを選択して使用することができる。例えば、エーテル、テトラヒドロフラン、クロロホルム、ジクロロメタン、酢酸エチル、酢酸、トルエン、アセトニトリル、ジメチルホルムアミドなどを挙げることができる。反応温度は通常は-78℃からその溶媒の沸点までの間で反応に適した温度を使用する。反応濃度は通常は0.01モル/l〜2モル/lの範囲、より好ましくは0.1モル/l〜1モル/lの範囲が好ましい。
【0034】
有機合成における各種保護基を用いた保護及び脱保護については、この分野で著名な教科書として知られる「Protective Groups in Organic Synthesis, Third Edition, Wieley Interscience Publication, John-Wiley & Sons, New York, (1999)」やその第4版となる「Greene's Protective Groups in Organic Synthesis, Fourth Edition, by Peter G.M. Wuts and Theodora W. Greene, John-Wiley & Sons Inc., New York, (2007)」等の文献を参照して行うことができる。
【0035】
こうして合成した本発明の糖アミノ酸は、ペプチド合成におけるアミノ酸の縮合反応において非常に好適な原料として使用できる。従って本発明は、糖ペプチド合成の原料として好適な糖アミノ酸も提供する。なおそのような本発明の糖アミノ酸は、糖ペプチド合成に直接使用できるように水酸基等の官能基が保護されたものであるが、そのような糖アミノ酸を脱保護(保護基の脱離)した糖アミノ酸(脱保護体)も糖ペプチド合成用原料の前駆体として本発明の範囲に含まれる。具体的には、そのような脱保護体としては、上記式で表された糖アミノ酸からアミノ基の保護基と水酸基の保護基(例えば、アセチル基)を全て脱離させ、代わりにHを有するようになったものが特に好ましい。
【0036】
さらに本発明は、合成した本発明の糖アミノ酸を原料として用いて、糖ペプチドを合成する方法にも関する。より具体的には、上記の通り合成したO-マンノース型糖鎖結合アミノ酸である糖アミノ酸同士、及び/又はその糖アミノ酸とアミノ酸(好ましくは、20種の天然アミノ酸のいずれか)とを、縮合反応により連結して糖ペプチドを生成することを含む、O-マンノース型糖鎖結合ペプチドの製造方法に関する。縮合反応は好ましくは逐次的に行って、より長いペプチド鎖を作製することができる。ペプチド鎖のアミノ酸配列は、そのO-マンノース型糖鎖結合アミノ酸に相当するセリン又はスレオニン残基を含む限り、任意に設計して合成することができる。また本発明の糖ペプチド合成法においては、本発明のO-マンノース型糖鎖結合アミノ酸に加えて、他の種類の糖アミノ酸を原料として使用してもよい。
【0037】
本発明の糖アミノ酸を用いた糖ペプチド合成は、慣用のペプチド固相合成法を利用して行うこともできる。ペプチド固相合成法では、通常は、原料とする糖アミノ酸又はアミノ酸として、そのアミノ基に保護基が付加されているものを用いる。典型的なペプチド固相合成では、まず固相支持体に、合成すべき糖ペプチドのC末端糖アミノ酸又はアミノ酸のカルボキシル基を結合する。例えば、その糖アミノ酸又はアミノ酸のC末端のカルボキシル基を固相支持体、例えばクロロトリチル樹脂、クロルメチル樹脂、オキシメチル樹脂、p-アルコキシベンジルアルコール樹脂等の担体に結合すればよい。次いで、固相支持体を溶媒でよく洗浄して残存アミノ酸を除去し、固相支持体に結合した糖アミノ酸又はアミノ酸のアミノ基の保護基を脱保護し、続いてそれに連結する糖アミノ酸又はアミノ酸を添加して、縮合反応によりそれらを固相支持体上の糖アミノ酸又はアミノ酸に連結させることができる。ここで、うまく縮合反応を生じさせるためには、縮合させる糖アミノ酸又はアミノ酸のカルボキシル基は活性化基の付加等により活性化されていることが好ましい。カルボキシル基の活性化は、一般的には縮合剤を用いて行うことができる。こうして固相支持体上の糖アミノ酸又はアミノ酸に、糖アミノ酸又はアミノ酸を連結した後、同様に固相支持体を洗浄し、脱保護し、次に連結する糖アミノ酸又はアミノ酸を添加し、縮合反応によりペプチド鎖を伸長させることによって、糖アミノ酸又はアミノ酸をC末端から順次結合していけばよい。
【0038】
縮合剤としては、限定するものではないが、例えば、ジフェニルホスホリルアジド(DPPA)、ジエチルホスホリルシアニデート、アジドトリス(ジメチルアミノ)ホスホニウムヘキサフルオロリン酸塩等の有機リン化合物、N-エトキシカルボニル-2-エトキシ-1,2-ジハイドロキノリン(EEDQ)、1-イソブチル-2-イソブチル-1,2-ジヒドロキシキノリン等のキノリン系ペプチド縮合剤、2-(1H-ベンゾトリアゾール-1-イル)-1,1,3,3-テトラメチルウロニウムヘキサフルオロホスフェート(HBTU)、ジイソプロピルカルボジイミド(DIC)、DCC等のカルボジイミド類等が挙げられる。
【0039】
本発明では、この固相合成反応をマイクロ波を照射しながら行うことが好ましい。本明細書で言う「マイクロ波」とは波長約0.3〜30cm程度の電磁波(1〜100 GHzに相当する)をいう。マイクロ波の波長としては、好ましくは2300〜2600 MHzを用いるが、さらに好ましくは2350〜2550 MHz、特に好ましくは2400〜2500 MHzである。マイクロ波照射下での反応は、市販のマイクロ波式有機化学反応装置を用いて行うことができる。さらに、マイクロ波照射と同時に、振動や超音波を加えることにより、固相合成反応を促進してもよい。
【0040】
ペプチド合成反応において原料とする糖アミノ酸又はアミノ酸のペプチド結合に関与しない官能基は、予め保護基により保護しておくことが好ましい。ペプチド結合に関与しない官能基とは、例えば、糖アミノ酸又はアミノ酸の側鎖、糖残基の水酸基やアミノ基等をいう。アミノ基の保護基としては、例えばベンジルオキシカルボニル(Bz)基、tert-ブトキシカルボニル(Boc)基、p-ビフェニルイソプロピロオキシカルボニル、9ーフルオレニルメチルオキシカルボニル(Fmoc)基等が挙げられる。
【0041】
固相合成における反応温度は、特に限定されないが、通常0〜80℃、好ましくは25〜55℃である。反応時間は、マイクロ波照射下で行う場合は、例えば0.1〜120分であり、好ましくは1〜60分、さらに好ましくは1〜30分である。マイクロ波照射を用いない場合は、例えば0.1〜24時間であり、好ましくは0.5〜12時間、さらに好ましくは1〜4時間である。糖アミノ酸のカップリング法ではマイクロ波非照射下では室温において通常数時間〜24時間程度の反応時間を必要とするが、マイクロ波照射によりその反応時間を10分の1以下に短縮可能であることから、マイクロ波照射条件を用いることが好ましい。マイクロ波照射下でのペプチド合成の手順については特許文献3を参照することもできる。
【0042】
所望のペプチド配列を有する糖ペプチドの合成完了後、その糖ペプチドから、場合により保護基を除去してもよい。例えば、生成された糖ペプチドを脱アシル化して、その糖鎖の水酸基を脱保護することも好ましい。本発明の方法では水酸基がいずれもアシル基で保護されているので、脱アシル化処理により、均一に脱保護することができる。
【0043】
固相合成法を用いた場合には、糖ペプチドの合成完了後、得られた糖ペプチドのC末端と固相支持体との結合を切断してもよい。切り離された糖ペプチドは通常の方法に従って精製することができ、例えばイオン交換クロマトグラフィー、逆相液体クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー等を用いて精製することができる。
【0044】
得られた糖ペプチドのアミノ酸配列は、例えば、エドマン分解法でN末端からアミノ酸配列を読み取るプロテインシークエンサーや、MALDI-TOF MS/MS等で分析することにより確認してもよい。
【0045】
このようにして得られる糖ペプチドは、N-アセチルグルコサミン残基又はその誘導体をマンノースの2位及び/又は6位の水酸基に結合した糖鎖がO-結合したセリン又はスレオニン残基をペプチド配列中に少なくとも1個(例えば1〜10個、好ましくは1〜5個)含むぺプチドである。この糖ペプチドのペプチド鎖は、好ましくは2個〜200個、より好ましくは2個〜100個、さらに好ましくは4個〜30個のアミノ酸を含む。
【0046】
本発明の糖ペプチド合成方法においてはまた、このようにして合成した糖ペプチドのもつ糖鎖に対し、酵素、特に糖転移酵素を用いて糖をさらに付加することにより、より長い糖鎖を有する糖ペプチドを製造することができる。より具体的には、本発明の上記方法で合成した糖ペプチドに、糖供与体の存在下で、糖転移酵素を作用させることにより、糖ペプチドの糖鎖に糖残基を付加し、糖鎖を伸長させることができる。反応完了後、未反応の糖供与体や副生成物を除去し、続いて、必要に応じて次に付加する糖供与体とそれに応じた糖転移酵素を作用させることにより、さらに糖鎖を伸長させることもできる。この工程を繰り返すことにより、糖ペプチド上の糖鎖に所望の糖を付加して伸長させることができる。
【0047】
糖ペプチドの糖鎖に最初に糖を付加する糖転移酵素としては、N-アセチルグルコサミンに糖付加可能な任意の酵素を用いることが好ましく、限定するものではないが、例えばβ1,4-ガラクトース転移酵素を用いることが好ましい。その後の糖鎖伸長には、合成された糖鎖を構成するいずれかの糖に対して糖付加することができる任意の各糖転移酵素を使用できる。そのような糖転移酵素としては、限定するものではないが、ガラクトース転移酵素、シアル酸転移酵素、フコース転移酵素、グルクロン酸転移酵素、N-アセチルグルコサミン転移酵素、N-アセチルガラクトサミン転移酵素、および硫酸転移酵素等のいずれかまたはその組み合わせが挙げられる。一方、糖転移酵素が糖鎖に糖を付加(転移)する際の糖供与体としては、限定するものではないが、糖ヌクレオチドを使用することが好ましく、例えば、UDP-ガラクトース、CMP-シアル酸、GDP-フコース、UDP-グルクロン酸、UDP-N-アセチルグルコサミン、又は3'-ホスホアデノシン5'-ホスホ硫酸又はその組み合わせを利用することができる。このような糖転移酵素による糖鎖伸長によって得られる糖ペプチドは、3糖以上、好ましくは3個〜10糖、より好ましくは3個〜5個、さらに好ましくは3個〜4個の糖を含むO-マンノース型糖鎖をO-結合したペプチドである。
【0048】
以上のような本発明の糖アミノ酸同士又はその糖アミノ酸とアミノ酸を縮合反応により逐次的に連結して得られる糖ペプチド、並びにその糖ペプチドの糖鎖を糖転移酵素によってさらに伸長させて得られるより長鎖の糖鎖を有する糖ペプチドについては、その糖鎖の構成及びペプチド配列を高い自由度で設計することができる。従って、本発明の方法によれば、異なる様々な種類のO-マンノース型糖鎖結合ペプチドを製造し、それらを、例えばサンプルの重複がないように適宜組み合わせることにより、O-マンノース型糖鎖結合ペプチドのライブラリー(O-マンノース型糖鎖結合ペプチドライブラリー)を作製することができる。さらに本発明では、そのようにして作製したO-マンノース型糖鎖結合ペプチドライブラリーを固相支持体に固定することにより、バイオチップを製造することができる。本発明では、上記製造方法により合成された任意のO-マンノース型糖鎖結合ペプチドを固相支持体に固定したバイオチップも提供する。
【0049】
ここでバイオチップとは、生体物質(組織、細胞など)や体液等の生体試料を分析する
ために使用できる、反応性を有する生体物質(例えば、DNA、タンパク質、ペプチド、抗体等)がその表面に固定された固相支持体をいう。バイオチップは、本発明では特に、糖ペプチドがその表面に固定された固相支持体を指す。本発明において使用可能な固相支持体は、任意の固体担体であってもよく、例えば、ガラス基材、プラスチック材料、シリカ材料、樹脂材料、磁性ビーズ、金属材料、水溶性ポリマー等が挙げられる。固相支持体は、糖ペプチドの末端アミノ酸(特にそのカルボキシル基)を固定するのに有用な官能基が付加されたものであってもよい。
【0050】
そのような固相支持体の1つの態様としては、保護されていてもいなくてもよいアミノオキシ基、N-アルキルアミノオキシ基、ヒドラジド基、リンイリド基、チオセミカルバジド基、1,2-ジチオール基及びシステイン残基からなる群より選択される少なくとも1つの官能基を含む固相支持体が挙げられる。
【0051】
本発明の固相支持体としては、さらに、保護されていてもいなくてもよいアミノオキシ基、N-アルキルアミノオキシ基、ヒドラジド基、リンイリド基、チオセミカルバジド基、1,2-ジチオール基及びシステイン残基からなる群より選択される少なくとも1つの官能基を含む固相支持体であって、以下のa)〜c)のうちのいずれかである固相支持体を用いることができる:
a)保護されていてもいなくてもよいアミノオキシ基又はヒドラジド基を有する、ビニル系単量体の重合体若しくは共重合体、又は保護されていてもよいアミノオキシ基若しくはヒドラジド基を有するポリエーテル類;
b)保護されていてもいなくてもよいアミノオキシ基又はヒドラジド基を有するシリカ担体、樹脂担体、磁性ビーズ又は金属担体;並びに
c)下記式:
【化8】

(式中、nは1〜15の整数であり、x:yは1:00〜1:1000である)
のいずれかで表される化合物。
【0052】
本発明の糖ペプチドを固相支持体上に固定するには、当業者に周知の固相結合法を用いることができる。限定するものではないが、例えば本発明の糖ペプチドのC末端にケトン基を導入することにより、本発明の糖ペプチドを固相支持体に容易に結合させることができる。糖ペプチドのC末端へのケトン基の導入は、例えば、糖ペプチドにレブリン酸スクシンイミドエステル、TEA、メタノールを加え、室温で振とうして反応させることにより実施することができる。糖ペプチドのC末端へのケトン基の導入及び固相支持体への結合については、特許文献4に記載の方法を参照して行うこともできる。
【0053】
本発明の糖ペプチドを固相支持体上に固定したバイオチップは、生体試料の分析のために使用できる。O-マンノース型糖鎖を有する糖タンパク質を認識するものとして現在報告されているタンパク質は、いずれも細胞接着関連タンパク質である。従って本発明のようにO-マンノース型糖鎖結合ペプチドを固相支持体に固定したバイオチップを使用して生体試料を分析することにより、生体試料中のタンパク質、特に細胞接着関連タンパク質の検出、同定、解析等を行うことができる。一例としては、既知タンパク質の一部である様々なペプチド配列を有する多様なO-マンノース型糖鎖結合ペプチドのライブラリーを作製し、それを固定したバイオチップを使用して生体試料を分析すれば、生体試料中の成分(例えば、細胞接着関連タンパク質)が相互作用する糖鎖が結合されている既知タンパク質中の部位を同定することができよう。また本発明では、当該バイオチップを用いることにより、バイオチップ上のO-マンノース型糖鎖結合ペプチドとラミニンとの相互作用を解析することもできる。
【0054】
本発明の糖ペプチドには、固相上に固定して検出に用いる際などの便宜のため、他のタンパク質、蛍光基、放射性同位体などが結合されていてもよい。そのような他のタンパク質、蛍光基、放射性同位体などが結合された本発明の糖ペプチドも、本発明の範囲に含まれる。
【0055】
なお本明細書で用いる下記の略語の意味は次の通りである。
Ac:アセチル基
Me:メチル基
DMF:N,N-ジメチルホルムアミド
DCM:ジクロロメタン
HOBT:N-ヒドロキシベンゾトリアゾール
DIEA:ジイソプロピルエチルアミン
TEA:トリエチルアミン
TIS:トリイソプロピルシラン
Man:マンノース
t-Bu:tert-ブチルエステル
TMSOTf:トリメチルシリルトリフルオロメタンスルホネート
NIS:N−ヨードスクシンイミド
TFA:トリフルオロ酢酸
CSA:カンファースルホン酸
SPh:チオフェニル
TfOH:トリフルオロメタンスルホン酸
なおアミノ酸(残基)は通常の3文字表記で記載した。
【実施例】
【0056】
以下、実施例を用いて本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【0057】
[実施例1]糖アミノ酸の合成
本実施例では、下記の合成スキームに従って、D-マンノース(Man)から、スキーム中に示す化合物1を合成した。次いで、得られた化合物1を、後述の実施例でペプチド合成に用いるため、下記の合成スキームの通りTFA-H2O-TISで処理して脱保護して、化合物8を得た。
【0058】
【化9】

【0059】
具体的な工程は以下の通りである。
(化合物2の合成)
まずD-(+)-マンノース(Man、ナカライテスク社)(6.00g)に、氷冷下でピリジン(16.7ml)と無水酢酸(20ml)を加え、1時間後に室温に戻して20時間攪拌した。反応液を水、1規定塩酸、飽和炭酸水素ナトリウム水溶液、飽和食塩水で順次分液洗浄した後、有機相を乾燥し、濃縮した。次に、ジクロロメタン(60ml)、チオフェノール(4.43ml)、ボロントリフルオリドジエチルエーテル錯体(2.21ml)を加えて20時間攪拌した後、ジエチルアミン(2.21ml)を加えて中和し、濃縮した。樹脂を濾別した後、濾液を濃縮した。次に、脱水メタノール(100ml)に溶解し、ナトリウムメトキシド(0.72g)を加えて6時間攪拌した後、メタノール洗浄した酸型イオン交換樹脂Dowex(R)50W(ダウケミカル社)(4g)と共に30分、激しく攪拌した。樹脂を濾別した後、濾液を濃縮した。残渣を再結晶法(酢酸エチル−ヘキサン)によって精製し、S-フェニル-1-チア-α-D-マンノピラノシド(化合物2)(4.00g、3段階69%)を得た。化合物2の薄層クロマトグラフィー(TLC)のRf(Relative to Front)値は0.0[ヘキサン−酢酸エチル(2:1)]であった。
【0060】
(化合物3の合成)
得られた化合物2(4.00g)をメタノール(60ml)に溶解し、2,3-ブタンジオン(2.41ml)とトリメチルオルソフォルメート(9.27ml)、(±)-10-カンファースルホン酸(1.09g)を加え、窒素ガス存在下、80℃で一日攪拌した後、トリメチルアミン(1.12ml)を加えて中和し、濃縮した。残渣を酢酸エチルに懸濁し、飽和炭酸水素ナトリウム水溶液、飽和食塩水で順次分液洗浄した後、有機相を乾燥、濃縮し、残骸をシリカゲルカラムクロマトグラフィー[ヘキサン−酢酸エチル(1:1)]により精製し、S-フェニル3,4-O-(2',3'-ジメトキシブタン-2',3'-ジイル)1-チア-α-D-マンノピラノシド(化合物3)(3.58g、63%)を得た。化合物3のTLCのRf値は0.1[トルエン−酢酸エチル(2:1)]であった。
【0061】
(化合物4の合成)
化合物3(3.58g)に、ピリジン(6.35ml)とトリチルクロリド(3.11g)を加え、60℃で20時間攪拌した後濃縮した。残渣を酢酸エチルに懸濁し、水、1規定塩酸、飽和炭酸水素ナトリウム水溶液で順次分液洗浄した後、有機相を乾燥、濃縮し、残骸をシリカゲルカラムクロマトグラフィー[ヘキサン−酢酸エチル(4:1)]により精製し、S-フェニル3,4-O-(2',3'-ジメトキシブタン-2',3'-ジイル)-6-トリチル-1-チア-α-D-マンノピラノシド(化合物4)(5.72g、98%)を得た。化合物4のTLCのRf値は0.7[トルエン−酢酸エチル(2:1)]であった。
【0062】
(化合物5の合成)
化合物4(5.72g)と、β-D-グルコピラノース,2-デオキシ-2-[[2,2,2-トリクロロエトキシ)カルボニル]アミノ]-3,4,6-トリアセテート1-(2,2,2-トリクロロエタンイミデート)(11.3g)を混合しトルエン共沸した後、一晩真空吸引した。これに、モレキュラーシーブス(AW)、脱水ジクロロメタン(40ml)、脱水アセトニトリル(20ml)を加えた後、窒素置換を行なった。そして、-20℃で5分間攪拌した後に、ジクロロメタン(1ml)溶液に溶解したトリフルオロメタンスルホン酸トリメチルシリル(175μl)を少量ずつ滴下した。5分間攪拌した後、0℃にて6時間攪拌した。トリメチルアミン(44μl)により中和した後にモレキュラーシーブスを濾別した。反応液を水、飽和炭酸水素ナトリウム水溶液で順次分液洗浄した後、有機相を乾燥、濃縮し、残骸をシリカゲルカラムクロマトグラフィー[ヘキサン−酢酸エチル(4:1)]により精製し、化合物5(5.45g、54%)を得た。化合物5のTLCのRf値は0.55[トルエン−酢酸エチル(2:1)]であった。
【0063】
(化合物6の合成)
化合物5(5.45g)に、90%トリフルオロ酢酸(55ml)を加え、30分激しく攪拌した後、トルエン共沸(3回)、真空吸引によりトリフルオロ酢酸を除いた。この反応物に、氷冷下でピリジン(50ml)と無水酢酸(50ml)を加え、1時間後に室温に戻して12時間攪拌した。反応液を水、1規定塩酸、飽和炭酸水素ナトリウム水溶液で順次分液洗浄した後、有機相を乾燥、濃縮し、残骸をシリカゲルカラムクロマトグラフィー[ヘキサン−酢酸エチル(2:1)]により精製し、化合物6(3.42g、81%)を得た。化合物6のTLCのRf値は0.4[トルエン−酢酸エチル(2:1)]であった。
【0064】
(化合物7の合成)
化合物6(3.42g)と、Fmoc-D-セリン-tert-ブチルエステル(3.42g)を混合してトルエン共沸した後、一晩真空吸引した。これに、モレキュラーシーブス(AW)、N-ヨードスクシンイミド(1.79g)、脱水ジクロロメタン(30ml)、脱水ジエチルエーテル(30ml)を加えた後、窒素置換を行なった。そして、-40℃で5分間攪拌した後に、ジクロロメタン(1ml)溶液に溶解したトリフルオロメタンスルホン酸トリメチルシリル(250μl)を少量ずつ滴下した。5分間攪拌した後、0℃にて10時間攪拌した。反応液を、トリメチルアミン(62μl)により中和した後にモレキュラーシーブスを濾別した。反応液を水、飽和炭酸水素ナトリウム水溶液で順次分液洗浄した後、有機相を乾燥、濃縮し、残骸をシリカゲルカラムクロマトグラフィー[ヘキサン−酢酸エチル(2:1)]により精製し、化合物7(2.1g、81%)を得た。化合物7のTLCのRf値は0.3[トルエン−酢酸エチル(2:1)]であった。
【0065】
(化合物1の合成)
化合物7(2.1g)の酢酸エチル(25ml)溶液に、酢酸(2.5ml)と粉末亜鉛(11.3g)を加え2時間激しく攪拌した。亜鉛を濾別した後、濾液を濃縮し、残渣に酢酸エチル(25ml)と無水酢酸(2.5ml)を加え一日攪拌した。反応液を、水、飽和炭酸水素ナトリウム水溶液で順次分液洗浄した後、有機相を乾燥、濃縮し、残骸をシリカゲルカラムクロマトグラフィー[ヘキサン−酢酸エチル(1:1)]により精製し、化合物1(1.4g、81%)を得た。化合物1のTLCのRf値は0.1[ヘキサン−酢酸エチル(1:1)]であった。
【0066】
合成した化合物1の分析値を以下に示す。
1H NMR (500MHz, CDCl3) δ7.78 (d, 2H, J= 7.51 Hz; Fmoc),7.64 (d, 2H, J= 7.43 Hz; Fmoc),7.78 (t, 2H, J= 7.41 Hz; Fmoc),7.35-7.30 (m, 2H; Fmoc),5.70 (d, 1H, J= 8.14 Hz; GNH),δ5.57 (d, 1H, J= 9.25 Hz;ThrNH),5.41 (t, 1H, J= 9.92; G3),δ5.22 (t, 1H,J= 9.94 Hz; M4),5.04-5.02 (m, 1H; M3),4.99 (t, 1H, J= 9.64 Hz; G4),4.85 (s, 1H; M1),4.83 (d, 1H, J= 8.21 Hz; G1),4.45-4.39 (m, 2H; Fmoc),4.45-4.44 (m, 1H;Thrα),4.31-4.30 (m, 1H; Fmoc),4.27-4.24 (m, 1H; G6a),4.23-4.21 (m, 1H;Thrβ),4.18 (t, 1H; M6ba),4.10-3.94 (m, 2H; M2, M6a),3.99 (t, 1H; G6b),3.96-3.94 (m, 1H; M5),3.67-3.63 (m, 1H; G2),3.60-3.57 (m, 1H; G5),2.10-2.01 (m, 21H: Ac×7),1.51 (s, 9H; Thr t-Bu),1.31 (d, 3H;J= 6.19 Hz, Thr Me)
13C NMR (500MHz, CDCl3) δ170.64, 170.56, 170.31, 169.47, 169.35, 156.53, 143.86, 143.77, 141.34, 127.79, 127.12, 125.19, 120.05, 120.03, 99.019, 98.893, 82.716, 77.343, 74.184, 71.894, 71.671, 69.969, 69.268, 68.810, 68.470, 67.393, 66.156, 62.915, 62.089, 58.934, 55.366, 47.207, 29.706, 28.126, 28.055, 23.254, 20.747, 20.703, 20.621, 20.020, 17.896, 14.209
HRMS(FAB, MH) C49H62N2O21の計算値: 1015.3918、実測値: 1015.3919
【0067】
次に、上記の化合物1(1.4g)を、[TFA/H2O/TIS(95:2.5:2.5)](20ml)に懸濁し、30分攪拌した。反応液を風乾させた後に、HTLC[水−アセトニトリル(50:50)]により精製し、化合物8(1.2g)を得た。化合物8についてのHRMS(FAB, M+Na) C45H54N2NaO21の計算値981.3117、実測値981.3102であった。
【0068】
この化合物8は、Fmoc保護されたスレオニン残基の水酸基にマンノースがα結合し、そのマンノースの2位水酸基にN-アセチルグルコサミン残基がβ結合し、その糖残基がO-アシル保護(糖鎖全体の水酸基のアシル化による保護)されている糖アミノ酸(以下、Fmoc-Thr(Man-GlcNAc)-OH)である。化合物8では、ペプチド合成に用いるため、化合物1においてtert-ブチルエステル(t-Bu)で保護されていたカルボキシル基が脱保護されている。
【0069】
[実施例2]糖ペプチド合成
本実施例では、実施例1で合成した、糖残基がO-アシル保護されたFmoc-糖アミノ酸であるFmoc-Thr(Man-GlcNAc)-OHと、Fmoc-アミノ酸誘導体(アミノ基がFmoc基で保護されたアミノ酸誘導体)とを、固体担体上で、ペプチド配列の順(カルボキシル末端からアミノ末端への方向)に用いてマイクロ波照射下にて縮合反応させることにより、下記式(A):
【化10】

の糖ペプチドを合成した。なお式(A)においては、ここで使用した樹脂(固体担体)からはペプチドC末端がアミド型で切り出されるため末端官能基をNH2として表記している(以下同様)。
【0070】
Fmoc-アミノ酸又は糖Fmoc-アミノ酸は、以下を順に縮合させた:Fmoc-Pro-OH(42.2mg)、Fmoc-Thr(tBu)-OH(49.7mg)、Fmoc-Ala-OH(38.9mg)、Fmoc-Val-OH(42.4mg)、Fmoc-Ala-OH(38.9mg)、Fmoc-Thr(Man-GlcNAc)-OH(28.7mg)、Fmoc-Pro-OH(42.2mg)、Fmoc-Glu(tBu)-OH(53.2mg)、Fmoc-Val-OH(42.4mg)、Fmoc-Tyr(tBu)-OH(57.5mg)、Fmoc-Gly-OH(37.2mg)。
【0071】
具体的には、まず上記Fmoc-糖アミノ酸を、0.4 M HBTU,HOBT/DMF溶液(207μl)に溶解して調製した。また各Fmoc-アミノ酸は0.4 M HBTU,HOBT/DMF溶液(669μl)に溶解して調製した。それらの溶液には、さらにDIEAを塩基として添加した(アミノ酸誘導体溶液)。DIEAは、Fmoc-糖アミノ酸を用いる場合には19.6μlを用い、Fmoc-アミノ酸を用いる場合には43.5μlを加えた。
【0072】
次いで、Fmoc-Pro-OH(42.2mg)から調製したこのアミノ酸誘導体溶液に、固体担体(TentaGel S RAM・Rapp Polymere社)100mgを添加して室温で2時間攪拌した。反応終了後、固相担体をDMF(15 ml)で5回洗浄した後、20%ピペリジン/DMF溶液(15 ml)を添加して室温で20分間攪拌した。固体担体をDMF(15 ml)で5回、DCM(15 ml)で5回洗浄して20時間乾燥した。このようにして、固体担体にFmoc-Pro(プロリン)残基を結合し、Fmoc基を脱保護した。
【0073】
この固体担体に結合したPro残基に、マイクロ波照射により、Fmoc-Thr(tBu)-OH、Fmoc-Ala-OH、Fmoc-Val-OH、Fmoc-Ala-OHを順に縮合させた。さらに、上記のFmoc-糖アミノ酸であるFmoc-Thr(Man-GlcNAc)-OHを同様に縮合させた。続いて、Fmoc-Pro-OH、Fmoc-Glu(tBu)-OH(53.2mg)、Fmoc-Val-OH(42.4mg)、Fmoc-Tyr(tBu)-OH(57.5mg)、Fmoc-Gly-OHを同様に順に縮合させた。これらの各縮合反応はマイクロ波式有機化学反応装置グリーン・モチーフI(IDX株式会社製)を用いて行った。Pro残基が結合した固体担体に、縮合させるF-mocアミノ酸(Fmoc-Thr(tBu)-OH)について調製した上記アミノ酸誘導体溶液を加え、その反応液を入れた容器をグリーン・モチーフIに配置し、上部から反応液に熱電対を差し込み、側面に取り付けた振盪器で反応容器を振盪させながら50℃においてマイクロ波(40W、2450MHz)を5分間照射することにより、縮合反応させた。マイクロ波照射停止後、固体担体をDMF(5ml)で5回洗浄した。次いで20%ピペリジン/DMF溶液(15ml)を添加し、マイクロ波(40W、2450MHz)を3分間照射し、マイクロ波照射を停止してから該固体担体をDMF(5ml)で5回洗浄することにより、Fmoc基を脱保護した。この固体担体にさらに次に縮合させるFmoc-アミノ酸のアミノ酸誘導体溶液を添加し、同様にして縮合反応と脱保護を行なうことによりペプチド鎖を伸長させる工程を、上記式(A)に示した11個のアミノ酸/糖アミノ酸からなるペプチドが合成されるまで繰り返した。
【0074】
なお、縮合反応におけるマイクロ波照射時間は、Fmoc-アミノ酸を縮合させる場合は5分間、Fmoc-糖アミノ酸を縮合させる場合は20分間とした。全ペプチド伸長反応終了後、20%ピペリジン/DMF溶液(15ml)を添加し、マイクロ波(40W、2450MHz)を3分間照射することによりFmoc基を脱保護し(脱離させ)、DMF(5ml)で5回、DCM(5ml)で5回洗浄した後、20時間乾燥させた。これにより、固体担体上に上記式(A)の糖ペプチドを合成させることができた。
【0075】
[実施例3]固体担体からの切り出し及び脱アセチル化
本実施例では、実施例2で合成した糖ペプチドを固体担体から切り出し、さらに、後述の実施例における糖鎖伸長のため、脱アセチル化を行って下記式(B)の糖ペプチドを調製した。
【0076】
【化11】

【0077】
実施例2で作製した糖ペプチドを結合した固体担体に、TFA/H2O/TIS(95:2.5:2.5)溶液(5ml)を加え、1時間振盪させて、該固体担体から糖ペプチド鎖を切り出した。糖ペプチドを含む反応溶液を回収し、それを1時間風乾させたのち、エーテル沈殿によってペプチドを沈殿物として得た。
【0078】
この沈殿物をメタノール(5ml)に溶解し、1M 水酸化ナトリウム水溶液を添加してpHを12.5に調整した。1時間後、質量分析を行って糖の側鎖のアセチル基が全て外れたことを確認し、次いで酢酸を添加してpHを6.0に調整した後、この溶液中の糖ペプチド成分を乾燥させた。乾燥後、それを20%アセトニトリル水溶液(3ml)中に溶解し、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)により精製した。回収された糖ペプチドの収率は52%であった。
【0079】
[実施例4]糖転移酵素によるペプチド伸長反応
実施例3で回収した脱アセチル化糖ペプチドは2糖からなる糖鎖を有する。このような2糖ペプチドの糖鎖に、次に糖転移酵素を用いて糖転移させることにより、下記式(C)及び(D)の3糖又は4糖の糖鎖を有する糖ペプチド(それぞれ、3糖ペプチド及び4糖ペプチドと称する)を合成した。
【0080】
【化12】

【0081】
3糖ペプチドの合成は、以下のようにして行った。実施例3で得た脱アセチル化糖ペプチド(6.00mg、終濃度1mM)、UDP-ガラクトース(UDP-Gal、12.3mg、東洋紡株式会社、終濃度5mM)、1M MnCl2(80.9μl、終濃度20mM)、250mM MOPSバッファー(pH 7.4)(809μl、終濃度50mM)、milli-Q水(2.65ml)、8 U/ml β1,4-ガラクトース転移酵素(β1,4-GalT)(101μl、Calbiochem社、終濃度200mU/ml)を混合して、20℃で20時間反応させた。次いで、90℃で5分間加熱して酵素を失活させた後、HPLCにより精製して3糖ペプチド(Galβ1-4GlcNAcβ1-2Man-O-Thrペプチド)を得た。収率は62%であった。
【0082】
4糖ペプチドの合成は、以下のように行った。実施例3で得た脱アセチル化糖ペプチド(3mg、終濃度1mM)、UDP-Gal(6.20mg、東洋紡株式会社、終濃度5mM)、CMP N-アセチルノイラミン酸(CMP-NeuAc)(6.70mg、東洋紡株式会社、終濃度5mM)、1M MnCl2(40.4μl、終濃度20mM)、250mM MOPSバッファー(pH 7.4)(404μl、終濃度50mM)、milli-Q水(1.17ml)、8U/ml β1,4-GalT(50.5μl、Calbiochem社、終濃度200mU/ml)、560mU α2,3-N-シアル酸転移酵素(α2,3-(N)-SiaT)(361μl、Calbiochem社、終濃度100mU/ml)を混合して20℃で30時間反応させた。次いで、90℃で5分間加熱して酵素を失活させた後、HPLCにより精製して4糖ペプチド(Siaα2-3Galβ1-4GlcNAcβ1-2Man-O-Thrペプチド)を得た。収率は61%であった。
【0083】
[実施例5]糖ペプチドのケトン基修飾
上記実施例で得られた糖ペプチドを用いて、ケトン基修飾を行い、下記式(F)〜(H)のケトン基修飾糖ペプチドを得た。コントロールとして、糖鎖を有しない同一のペプチド鎖を通常のペプチド合成法により取得して用い、下記式(E)のケトン基修飾ペプチドを作製した。
【0084】
【化13】

【0085】
具体的には、まず、実施例3で得た2糖ペプチド、実施例4で得た3糖ペプチド及び4糖ペプチドの各々について、糖ペプチド(1mg)、レブリン酸スクシンイミドエステル(2.13mg)、TEA(100μl)、メタノール(MeOH)(150μl)を含む反応溶液をエッペンドルフチューブ中に調製し、室温で24時間振盪させながら反応を行った。これにより、糖ペプチドのC末端にケトン基が付加される。
【0086】
反応後、反応溶液をHPLCにより精製した。ケトン基修飾2糖ペプチドを収率60%、ケトン基修飾3糖ペプチドを収率84%、ケトン基修飾4糖ペプチドを収率62%で取得することができた。
【0087】
[実施例6]
上記実施例で得られたケトン基修飾糖ペプチド(F)〜(H)及びケトン基修飾ペプチド(E)を用いて、これらを提示したチップを作製した。さらにそのチップを用いて、ラミニンとの相互作用を確認した。
【0088】
具体的には、実施例5で得た糖ペプチド及びペプチドそれぞれの0.1μM 水溶液25μlを2%酢酸を含有したアセトニトリル溶液75μlで希釈し、全量をアミノオキシ基を提示した96ウェルプレートに分注した後80℃で1時間静置した。続いて、上澄み液を取り除いた後、蒸留水100μlで3回洗浄し、1%無水コハク酸アセトニトリル溶液を100μl添加し、室温で1時間静置した。上澄み液を取り除いた後、蒸留水100μlで3回洗浄し、これをラミニンとの相互作用測定に使用した。対照サンプルとしては同様の方法で固定化したヘパリンを用いた。測定にはHuman Laminin ELISA Kit, QuantiMatrixTM(ミリポア株式会社製)付属の試薬を使用して以下の手順で行った。まず、各ウェルにラミニン(1μg/mlに調製)50μlと付属の一次抗体ウサギ抗ヒトラミニン溶液 50μlを加えた。1時間室温で精置した後、上澄み液を除去し、付属の洗浄バッファー100μlで4回洗浄した。続いて、付属の二次抗体ヤギ抗ウサギIgG-HRPコンジュゲート(QM2)溶液 100μlを加え、30分室温で静置した後、上澄み液を除去し、付属の洗浄バッファー100μlで4回洗浄した。続いて、付属の発色液TMB/E基質100μlを加え、10分間室温で静置した後、付属の停止液100μlを加え、波長450nmの吸収をプレートリーダー(SpectraMax M5、モレキュラーデバイス社製)で測定した。
【0089】
その結果を図1に示す。図1に示されるように、糖ペプチド(H)とヒトラミニンとの反応が有意に高いことが示された。糖ペプチド(H)は、筋ジストロフィーの研究を通じてα-ジストログリカンにおいて見出され、α-ジストログリカンとラミニンの相互作用に必須であることが示されている糖鎖を含む部分ペプチドである(非特許文献1)。従って、本発明の糖ペプチドを固定したバイオチップを用いることにより、このようなin vivoで見られる糖タンパク質と他の物質との相互作用を再現することができることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0090】
本発明の糖ペプチド製造方法は、O-マンノース型糖鎖を結合した任意のアミノ酸配列を有する糖ペプチドを効率よく製造するために使用することができる。本発明の糖アミノ酸は、そのような糖ペプチドの製造方法において好適なペプチド合成材料として使用できる。本発明の方法を用いれば、様々な長さ及び組成の糖鎖並びに様々なペプチド配列を有する多様なO-マンノース型糖鎖結合糖ペプチドを作製することができ、O-マンノース型糖鎖結合糖ペプチドのライブラリーを作製することもできる。本発明により、機能未解明のO-マンノース型糖鎖結合ペプチドの簡便な合成技術とその機能解析技術が確立され、その結果、O-マンノース型糖鎖結合ペプチドの機能解明とその機能利用が可能となる。具体的には、細胞接着及びアルツハイマー等の分子機構の解明と再生医療用材料の開発において有用である。またラッサ熱などの診断、治療薬及びその開発技術の提供なども期待される。
【図面の簡単な説明】
【0091】
【図1】図1は、糖ペプチドを固定したチップを用いてラミニンと糖ペプチドとの相互作用を調べた結果を示す図である。
【配列表フリーテキスト】
【0092】
配列番号1の配列は合成ペプチドである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式[I]:
【化1】

(式中、
1は、H又はメチル基であり;
2は、水酸基、又はカルボキシル基の活性化基であり;
3は、H、又はアミノ基の保護基であり;
Rは、水酸基を保護するアシル基であり;
X及びYは、互いに独立して、水酸基がアシル基で保護されているN-アセチルグルコサミン残基若しくはその誘導体(シアル酸及び/又はアシル化ガラクトース付加誘導体を除く)、又は水酸基を保護するアシル基であり;
但し、X及びYの少なくとも一方は、水酸基がアシル基で保護されているN-アセチルグルコサミン残基又はその誘導体である)
で表されるO-マンノース型糖鎖結合アミノ酸、又は該O-マンノース型糖鎖結合アミノ酸とアミノ酸を、縮合反応により結合して糖ペプチドを生成することを含む、O-マンノース型糖鎖結合ペプチドの製造方法。
【請求項2】
生成した糖ペプチドを脱アシル化することを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
糖転移酵素を用いて前記糖ペプチドの持つ糖鎖に糖を付加することをさらに含む、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
糖ペプチドのC末端にケトン基を導入することをさらに含む、請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
水酸基がアシル基で保護されているN-アセチルグルコサミン残基の前記誘導体が、単糖残基である、請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
一般式[I]で表されるO-マンノース型糖鎖結合アミノ酸が、下記式[II]〜[IV]:
【化2】

(式中、
1は、H又はメチル基であり;
2は、水酸基、又はカルボキシル基の活性化基であり;
3は、H、又はアミノ基の保護基であり;
4は、アミド基、又はR3とは異なる保護基が付加されたアミノ基である)
のいずれか1つで表される化合物である、請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法により製造される、O-マンノース型糖鎖結合ペプチド。
【請求項8】
請求項7に記載のO-マンノース型糖鎖結合ペプチドを固相支持体に固定したバイオチップ。
【請求項9】
請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法によりO-マンノース型糖鎖結合ペプチドを製造し、それを用いてO-マンノース型糖鎖結合ペプチドのライブラリーを作製し、固相支持体に固定することを含む、バイオチップの製造方法。
【請求項10】
下記一般式[I]:
【化3】

(式中、
1は、H又はメチル基であり;
2は、水酸基、又はカルボキシル基の活性化基であり;
3は、H、又はアミノ基の保護基であり;
Rは、水酸基を保護するアシル基であり;
X及びYは、互いに独立して、水酸基がアシル基で保護されているN-アセチルグルコサミン残基若しくはその誘導体(シアル酸及び/又はアシル化ガラクトース付加誘導体を除く)、又は水酸基を保護するアシル基であり;
但し、X及びYの少なくとも一方は、水酸基がアシル基で保護されているN-アセチルグルコサミン残基若しくはその誘導体である)
で表されるO-マンノース型糖鎖結合アミノ酸又はその脱保護体。

【図1】
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【公開番号】特開2009−215207(P2009−215207A)
【公開日】平成21年9月24日(2009.9.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−59657(P2008−59657)
【出願日】平成20年3月10日(2008.3.10)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成19年度 文部科学省 「先端融合領域イノベーション創出拠点の形成」委託研究,産業技術強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504173471)国立大学法人 北海道大学 (971)
【Fターム(参考)】