説明

RNAの解析方法

【課題】固定液により固定された組織または細胞の遺伝子の発現情報や発現有無を解析することを課題とする。
【解決手段】固定液により固定された組織または細胞から抽出されたRNAをマイクロアレイにより解析するRNAの解析方法であって、該RNAを増幅倍率2〜20倍で増幅した増幅産物を解析することを特徴とする、RNAの解析方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固定液により固定された組織または細胞から抽出されたRNAのマイクロアレイによる解析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、病院や研究機関等で莫大な数の検体が保管されている、ホルマリン固定パラフィン包埋(FFPE)組織に代表されるような、固定液によって固定された組織、細胞の遺伝子を解析する技術に対して大いに期待が高まっている。特に、FFPE組織については、過去の膨大な疾患データが蓄積されていることから、FFPE組織から遺伝子を抽出し、それらの発現を解析できる技術を確立すれば、長期間保存された組織を用いた遡及的な研究が可能となり、将来的には疾患の治療や予防に大きく貢献できる。
【0003】
しかしながら、FFPE等の固定組織や固定細胞から抽出したRNAは、一般的な固定条件、保管条件において分解、断片化が進行することから、遺伝子発現解析を行うのが難しいと考えられている。また、固定液として最も一般的に用いられているホルムアルデヒド(ホルマリン)により、RNA−RNA間、RNA−たんぱく質間が架橋されることや、ホルムアルデヒドがRNAに付加、修飾されることがあり、RNAがそのような状態では、酵素反応および/または化学反応が進行しにくく、遺伝子発現解析が困難となる。よって、分解、断片化が進行したRNAサンプルや、架橋、付加、修飾がなされたRNAサンプルからの遺伝子発現解析を実施する技術が求められている。さらに、そのようなRNAサンプルの遺伝子発現解析を実施するにあたり、解析する前にRNAサンプルの分解・断片化、あるいは架橋や付加・修飾の程度を確認して品質を判断し、解析の可否を確認することは、正確な遺伝子発現解析ならびにmiRNA発現解析を実施する上で非常に有用であり、それを可能にする技術が求められている。
【0004】
特許文献1は、標的ポリヌクレオチドを増幅して、その多数のコピーを産生することに関連する方法、組成物およびキットを提供するものである。1回の増幅反応におけるmRNAの増幅倍数は、標準的に50〜100又は250倍まで、又は500〜1000倍又は500〜2000倍以上であり、ナノグラム量未満の総RNAからできるだけ多くの増幅RNAを得るものである。特許文献2は、新規なリニアRNA増幅法について開示されている。5’末端にアンカー配列を有し、かつ3’末端にRNAポリメラーゼプロモーター配列を有する2本鎖cRNAを合成し、当該cDNAから前記RNAポリメラーゼプロモーター配列依存的にcRNAを合成し、このcRNAから前記アンカー配列をプライミングすることによって再度cDNAを合成する方法により、レーザーキャプチャーマイクロダイセクションやセルソーターを利用して得られた少量の細胞・組織から得られる微量のRNAを増幅することで、既存の増幅法の問題点であったcDNA合成−cRNA合成サイクルを繰り返すたびに生じるcDNAおよびcRNA上のmRNA5’相当領域の欠失を抑制するものである。特許文献1、特許文献2ともに、増幅バイアスのない方法として記載されており、1サイクルあたりのバイアスは従来と比べて小さいと思われるが、少量のRNAからできるだけ多く増幅することに主眼を置いていることから、増幅倍率としてはかなり大きい。したがって、その分だけバイアスが積み重なり、結局大きな増幅バイアスが生じることが否めない。
【0005】
特許文献3は、例えば分解度等、核酸サンプル中の核酸の品質測定方法を含む、分解核酸サンプル中のターゲットの増幅用組成物および方法、更には分解RNAサンプルから遺伝子発現プロファイルを作成するための方法について開示されている。同一遺伝子に由来する異なるサイズのアンプリコン(増幅産物)の増幅効率を尺度とし、サンプルが分解するにつれて、サイズの大きなアンプリコンの増幅効率が低下することから品質を評価するものである。本方法は10〜20数種の遺伝子について、それぞれ複数のサイズのPCRを行うものである。RNAの分解が進んでいる場合、PCRのプローブサイズが大きいものほど増幅されないことから、ある程度分解度を確認することはできると考えられるが、RNA1サンプルあたり延べ数十種の遺伝子をPCR増幅する必要があるため、本方式を実際に行うのは困難と考えられる。
【0006】
特許文献4には、分解していない状態では長鎖分画に含まれるRNAの塩基配列を元にして設計した分解指標核酸プローブを核酸アレイに搭載し、トータルRNAから短鎖を分画したRNAサンプルを該核酸アレイに対してハイブリダイズさせ、分解指標核酸プローブのシグナルの有無によって、RNAサンプルの分解度を測定する方法、ならびにRNAの分解度測定用核酸アレイに関する技術が開示されている。しかしながら、当該核酸アレイは、マイクロRNA(miRNA)などの短鎖RNAに特化したものであり、遺伝子発現解析への適用は困難であると考えられる。さらに、FFPE等の固定組織や固定細胞からRNAを抽出する場合、細胞や凍結組織から抽出する場合とは異なり、多くのRNAを得られないことがしばしばあるが、そのような状況において、RNAサンプルの品質確認のためだけに数〜数十μgという大量のサンプルを使って実験を行うのは非現実的であり、コスト面からも決して好ましい方法とはいえない。
【0007】
特許文献5には、核酸の断片化レベルを測定する方法に関する記載がある。当該特許文献の出願人は、RNAサンプルに含まれる2種のリボソームRNA(18S、28S)の量をそれぞれ測定し、28S/18Sの比から分析可能か否かを判定するキットを販売している。RNAが分解するとき、先ず28Sが分解し、次いで18Sが分解すると言われており、当該キットにおいては、28S/18Sが0.1以下の場合、RNAの品質が悪いと判定する。しかしながら、固定液により固定された組織、細胞から抽出されるRNAは、一般的に固定の際にRNAが分解し、さらに固定組織、細胞は常温保管が一般的であることから、経年につれてさらにRNAが分解する。したがって、例えばホルマリン固定パラフィン包埋(FFPE)組織から抽出したRNAは、上記2種のリボゾームRNAが検出されないことが少なからずあり、上記の基準でRNAサンプルの品質を判定した場合、大半のサンプルが解析できないとみなされてしまう。したがって、上述のような、長期間保存された固定組織、固定細胞を用いて遡及的研究を実施するにあたり、当該キットを使用するのは極めて困難である。
【0008】
その他、キャピラリー電気泳動システム(アジレント社バイオアナライザ)を用いる場合に、RNA分解の指標として、アジレント社が開発した測定基準であるRIN(RNA Integrity Number)が算出される。RINは、電気泳動したRNAサンプル全体のエレクトロフェログラムをベースに算定され、その値は0〜10の範囲である(非特許文献1)。バイオアナライザを使用した場合において、RINはRNAの品質を示す一般的な指標となっている。しかしながら、固定組織、固定細胞から抽出したRNAをバイオアナライザで分析したとき、そのエレクトロフェログラムが明らかに異なり、分解挙動が様々であるRNAにおいて、RINの値は2〜3の間でほとんど変わらないことから、RINは実際のRNAの状態を必ずしも反映できていない可能性があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特表2006−520603号公報
【特許文献2】特開2005−224172号公報
【特許文献3】特表2008−541699号公報
【特許文献4】特開2008−35779号公報
【特許文献5】特開2008−43332
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Schroeder A,Mueller O,Stocker S,Salowsky R,Leiber M,Gassmann M,Lightfoot S,Menzel W,Granzow M,Ragg T:The RIN:an RNA integrity number for assigning integrity values to RNA measurements;BMC Molecular Biology 7:3(2006)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
固定液により固定された組織または細胞から抽出されたRNAをマイクロアレイ解析するとき、通常の増幅方法は、RNAの状態によらず、できるだけ多くの増幅産物を得ることを主眼に置いて、増幅倍率の高い手法を用いてサンプルを処理していた。その結果、得られた増幅産物をマイクロアレイで解析すると、増幅バイアスが原因と考えられる、解析結果の再現性の低さが問題となっていた。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題に鑑みて、本発明者らは鋭意検討した結果、固定液により固定された組織または細胞から抽出されたRNAをマイクロアレイにより遺伝子発現解析を行うにあたり、当該RNAを増幅するとき、その増幅倍率をもとの2〜20倍とすれば、増幅によるバイアスを抑えられ、もとのRNAの存在量に見合った妥当性の高いデータが得られることを見出し、またデータの再現性が高いことを見出し、本発明を完成させた。
【0013】
すなわち、本発明は次の(1)〜(5)で構成される。
【0014】
(1)固定液により固定された組織または細胞から抽出されたRNAをマイクロアレイにより解析するRNAの解析方法であって、該RNAを増幅倍率2〜20倍で増幅した増幅産物を解析することを特徴とする、RNAの解析方法。
【0015】
(2)前記増幅産物がアンチセンス鎖RNAである、(1)に記載のRNAの解析方法。
【0016】
(3)前記固定液により固定された組織または細胞から抽出されたRNAについて、該RNA分子量分布における1000〜4000ヌクレオチドの範囲のRNA量の比率を確認する工程を含む、(1)または(2)に記載のRNAの解析方法。
【0017】
(4)固定液により固定された組織または細胞が、パラフィン包埋またはOCTコンパウンド包埋されてなる、(1)〜(3)のいずれかに記載のRNAサンプルの解析方法。
【0018】
(5)固定液がホルムアルデヒドまたはパラホルムアルデヒドを含む、(1)〜(4)のいずれかに記載のRNAサンプルの解析方法。
【発明の効果】
【0019】
本発明のRNAの解析方法により、固定液により固定された組織または細胞から抽出されたRNAについて、もとの遺伝子の存在量を正確に反映したマイクロアレイ解析が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】マウス小脳、肝臓のFFPE組織からのマイクロアレイによる発現解析を2回行い、得られた各遺伝子のシグナル強度について、両者の小脳/肝臓の比をプロットした散布図を示す。
【図2】マウス小脳、肝臓の凍結組織およびFFPE組織からのマイクロアレイによる発現解析を行い、得られた各遺伝子のシグナル強度について、両者の小脳/肝臓の比をプロットした散布図を示す。
【図3】各種RNAの1000〜4000ヌクレオチドの存在割合と増幅倍率についてプロットした図を示す。
【図4】各種RNAの1000〜4000ヌクレオチドの存在割合と増幅倍率についてプロットした図を示す。
【図5】各種分解RNAモデルの電気泳動パターンを示す。
【図6】各種RNAのRINと増幅量についてプロットした図を示す。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下に、本発明をさらに具体的に説明する。
【0022】
本発明は固定液により固定された組織または細胞(以下、固定組織または細胞という)から抽出されたRNAをマイクロアレイによって解析する方法に関する。該RNAの抽出方法としては特に制限はなく、例えば、“RecoverAll(TM) Total Nucleic Acid Isolation Kit for FFPE”(Ambion社製)、“RNeasy FFPE Kit”(Qiagen社製)、“ISOGEN PB Kit”(ニッポンジーン株式会社製)、“FFPE RNA Purification Kit”(Norgen社製)、 “PureLink(TM) FFPE RNA Isolation Kit”(Invitrogen社製)、“High Pure FFPE RNA Micro”(Roche Applied Science社製)等のホルマリン固定パラフィン包埋組織用RNA抽出キットを好適に用いることができる。
【0023】
本発明のマイクロアレイ解析で用いられるマイクロアレイとしては、市販のマイクロアレイであれば特に制限はない。すなわち、ガラス、セラミックス、シリコンなどの無機材料、ステンレス、金(めっき)などの金属類、ポリエチレンテレフタレート、ポリメチルメタクリレート(PMMA)、酢酸セルロース、ポリカーボネート、ポリスチレン、ポリジメチルシロキサン、シリコンゴムなどの高分子材料からなる基板に、選択結合性物質が結合されてなるマイクロアレイを用いた解析を行う際に利用できる。ここで選択結合性物質とは、RNAと直接的又は間接的に選択的に結合しうる物質をいう。その例として、核酸または他の抗原性化合物が挙げられる。核酸は、デオキシリボ核酸(DNA)、リボ核酸(RNA)、ペプチド核酸(PNA)、相補的DNA(cDNA)、相補的RNA(cRNA)などを含む。他の抗原性化合物としては、低分子化合物を含む。特に好ましい選択結合性物質は核酸である。このような選択結合性物質は、市販のものでもよいし、あるいは、合成したもの、生体組織又は細胞などの天然源から調製したものでもよい。
【0024】
本発明で用いられるマイクロアレイの好ましい例としては、基板表面に凹凸部を具備していてもよく、さらに凸部の上面にカバーが設けられていてもよい。このとき、カバーには、空隙に連通する1つ以上の貫通孔を備えることが好ましい。この孔は、核酸溶液、結合用バッファーなどの液体を注入するためのものであり、また同時に、基板内部の圧力を大気圧に保持するためのものでもある。貫通孔は、一つの空隙に対して複数あることが好ましく、中でも3〜6個とすることにより、検体溶液の充填が容易となるので特に好ましい。なお、上記のようなカバーの製造方法は特に限定されず、例えば、樹脂の場合は射出成形法、ホットエンボス法、削り出しの方法等、ガラスやセラミックの場合はサンドブラスト法、シリコンの場合は公知の半導体プロセスで使用される方法等が好ましく用いられる。さらに、マイクロアレイとカバーの間の空隙に微粒子を封入することで、空隙に検体溶液をアプライし検体溶液に振動を伝播させた際に、封入した微粒子が液中で激しく動き回る。その結果、攪拌効率が著しく高くなり、ハイブリダイゼーションの反応促進効果がもたらされるため好ましい。ここで、微粒子の材質は特に限定されないが、例えばガラス、セラミックス(例えばイットリア安定化ジルコニア)、金属類(例えばステンレス)、ポリマー(例えばナイロン、ポリスチレン)、磁性体などが好適に用いられる。中でも、物理的、化学的に安定であり、かつ比重が大きいことから、セラミックスの微粒子が好ましく用いられる。さらに、基板を回転させて重力方向に微粒子を落下させる方法や、基板を振盪させる方法、磁性微粒子を用いて磁力により微粒子を移動させる方法などを併用することで、より一層攪拌効率が向上する。
【0025】
本発明においては、前記の通り固定組織または細胞から抽出されたRNAを、増幅倍率2〜20倍で増幅した増幅産物をマイクロアレイ解析することを特徴としている。増幅倍率が2倍に満たない増幅産物しか得られないようなRNAは、RNAの分解、断片化が激しく、RNA鎖長が非常に短くなっているため、あるいはRNA分子間あるいはRNAとタンパク質間で生じる架橋や、固定の際にホルムアルデヒド等の固定液由来物質がRNAに結合することで生じる付加・修飾物の影響で、増幅反応が阻害されるため、増幅しない、あるいは増幅反応が不十分となることが考えられ、その結果として正確なマイクロアレイ解析ができないため、好ましくない。また、増幅産物が20倍を超える増幅倍率である場合、分解等の影響が少ないRNAは増幅しやすい一方、分解がかなり進行したRNAはほとんど増幅しないといった、いわゆる増幅バイアスが顕著に現れる可能性が高いため、好ましくない。
【0026】
本発明においてマイクロアレイ解析に供される増幅産物としては、RT−PCR等によって得られるDNAであってもRNAポリメラーゼ等によって合成されたRNAであってもよいが、本発明においてはRNAであることが好ましい。また、増幅産物をRNAとする場合、センス鎖RNAでも、アンチセンス鎖RNAでもよく、特に限定されないが、既存のマイクロアレイの大半は、搭載されているプローブがアンチセンス鎖RNAに対応しているため、既存のマイクロアレイを用いる場合、アンチセンス鎖RNAとして増幅するのが好ましい。
【0027】
固定組織または細胞から抽出されたRNAを増幅する方法としては、各社から上市されているFFPEに対応する増幅用キットを用いればよく、例えば“ExpressArt FFPE RNA Amplification Kit”(AmpTec)、“WT−Ovation FFPE System V2”(NuGen)等が好ましく利用される。また、“SenseAMP Plus”、“RumpUp”、“RumpUp Plus”(Genisphere)を用いてセンス鎖RNAを合成し、それから当業者に公知の方法でアンチセンス鎖RNAを合成することも好ましい。このとき、増幅倍率が2〜20倍とする方法としては、RNAの増幅に使用する酵素やプライマー、基質等の濃度を増減させることで、試薬の組成を最適化したり、反応時間を調整したりすることで対応できる。例えば、比較的増幅倍率の大きい試薬を用いて固定組織または細胞から抽出したRNAサンプルを増幅する場合、反応時間を定められた時間より短くするとよい。また、増幅回数は1回とすることが好ましい。増幅反応を2回以上繰り返すと、1回目の増幅により増幅産物にわずかでもバイアスが生じた場合、2回目以降そのバイアスが際立つことになる場合がある。
【0028】
前記増幅産物をマイクロアレイ解析する場合、増幅産物を蛍光標識する必要がある。蛍光標識は、マイクロアレイによるハイブリダイゼーション反応の前に行ってもよいし、ハイブリダイゼーションの後に行ってもよい。増幅反応の際に用いるヌクレオチド3リン酸(NTP)(アデノシン3リン酸(ATP)、グアニジン3リン酸(GTP)、シチジン3リン酸(CTP)、ウリジン3リン酸(UTP))の一部、例えばUTPの一部にアミノアリル基やビオチンを付加させたものを用いて、増幅産物にアミノアリル基やビオチンといった反応基を導入することで、増幅産物が容易に蛍光標識できるため好ましい。アミノアリル基を導入した場合、N−ヒドロキシスクシンイミド(NHS)基を末端に持つ蛍光色素と容易にカップリング反応する。ここで用いられる蛍光色素としては、Cy3、Cy5、Hyper5(GEヘルスケア)、Alexa Fluor(登録商標)シリーズ(Molecular Probes)等が挙げられる。また、アミノアリル基などの反応基を導入せず、増幅したRNAを直接蛍光標識する試薬を使用してもよい。
【0029】
前記増幅産物を蛍光標識したサンプルは、マイクロアレイに固定化された選択結合性物質との結合反応に供される。前記増幅産物とマイクロアレイに固定化された選択結合性物質を結合させる方法としては、当業者に公知の方法が採用され、特に選択結合性物質が核酸である場合、当業者に公知のハイブリダイゼーション方法によって結合させることができる。また、核酸と選択結合性物質を結合させる場合の反応液についても、当業者に公知の組成が採用され、特に選択結合性物質が核酸である場合、当業者に公知のハイブリダイゼーション緩衝液を使用することができる。また、マイクロアレイに固定化された選択結合性物質と結合した前記増幅産物の核酸量を検出する方法としては、当業者に公知の蛍光スキャナー装置により、核酸に標識した蛍光の強度を読み取ることで検出・測定することができる。
【0030】
また本発明者らは、後述の実施例において示されるとおり、固定組織または細胞から抽出されたRNAにおいて、該RNA分子量分布における1000〜4000ヌクレオチドの範囲のRNA量の比率を確認する工程により、RNAの分解や断片化の指標となる分子量の小さいRNA、および架橋や付加・修飾等の指標となる分子量の大きなRNAの比率が多いRNAサンプルを予め排除し、該RNAが前記マイクロアレイ解析に適するかどうかを判断可能であることを見いだした。ここでいう「マイクロアレイ解析に適する」とは、マイクロアレイによりRNAの解析を実施した場合、当該サンプルが保有する情報を正確に測定しうる状態のことをいう。上述の通り、RNAを解析に供する場合、分解、断片化の程度が大きかったり、架橋あるいは付加・修飾物が多く存在したりすると、十分な増幅量が得られなかったり、増幅の際にバイアスが生じたりすることがあり、結果として正確な解析ができない可能性が極めて高い。
【0031】
固定組織または細胞から抽出されたRNAにおいて、該RNA分子量分布における1000〜4000ヌクレオチドの範囲のRNA量の比率を確認する方法としては、該RNAを分子量の大きさで分別して分子量分布を確認し、特定の分子量範囲におけるRNAの存在割合を定量し、当該割合と増幅量の関係から基準値を設定することが好ましい。固定された組織、細胞等から抽出したRNAサンプルを分子量の大きさで分別して分子量分布を確認する手段としては、電気泳動、ゲルろ過、静的光散乱などが挙げられ、電気泳動が好ましく利用される。このとき、一般的に核酸の分析に用いられる手法であれば特に限定されないが、アガロースゲル電気泳動、ポリアクリルアミドゲル電気泳動、キャピラリー電気泳動、チップ電気泳動等が好適に用いられる。RNAサンプルを電気泳動すると、分子量に応じて分離され、分子量分布が示される。ここでいう分子量とは、RNAのヌクレオチド単位のことを指し、「ヌクレオチド」(略号は「[nt]」)と表記する。特定の分子量範囲におけるRNAの存在割合を定量する手段としては、ゲル電気泳動の場合、当業者に公知である各種デンシトメーターやTyphoon(GEヘルスケア)等のイメージャーを使用してバンド強度を数値化する方法を利用すればよい。また、Agilent2100バイオアナライザ(アジレント社)のような電気泳動システムで電気泳動を実施する場合は、専用ソフトウェアに備えられたSmear解析を行うことにより、特定の分子量範囲におけるRNAの存在割合を求めることができる。
【0032】
なお、本発明で使用するマイクロアレイによって、本発明の解析に適した1000〜4000ヌクレオチドの範囲のRNA量の比率の値は変わりうるが、例えば、東レ株式会社製の“3D−gene(登録商標)”シリーズのマイクロアレイにおいては、固定組織または細胞から抽出されたRNAにおける1000〜4000ヌクレオチドのRNA量の比率が20%以上である場合は解析可能と判定することができ、一方、20%未満の場合は、本発明の解析に供する増幅産物を調製する際の増幅効率が不十分となるため、解析に使用しないことが好ましい。
【0033】
その他、固定組織または細胞から抽出されたRNA中の特定遺伝子の存在有無を検出することで、該RNAがマイクロアレイによって解析可能か否かを詳細に判定することも好ましい。この操作を行うことで、より高率で解析の可否を判定することができる可能性がある。この場合、RNAの逆転写酵素反応を行ってcDNAを合成し、該cDNAを鋳型として特定遺伝子をPCRによって増幅し、特定遺伝子の増幅産物が認められた場合に解析可能と判定する。本発明において、特定遺伝子の増幅産物が認められたというとき、PCR増幅後のサンプルを電気泳動により評価した際の特定遺伝子に由来するバンド(ピーク)の強さは50以上であることが好ましい。なお、ここでいう特定遺伝子としては、ハウスキーピング遺伝子、インターナルコントロールと呼ばれる、発現の変動が理論上ないと考えられる遺伝子を選ぶのが好ましく、例えば、グリセルアルデヒド3リン酸脱水素酵素、β−アクチン、β2−マイクログロブリン、ヒポキサンチンリボシル転移酵素、ポルフォビリノーゲンデアミナーゼ等が挙げられる。
【0034】
本発明で使用される固定組織または細胞の固定処理に用いられる固定液は、ホルムアルデヒド溶液、パラホルムアルデヒド溶液、エタノール等のアルコール類、アセトン、クロロホルム等を含む溶液や、ピクリン酸、重クロム酸カリウム等の酸を含む固定液、酢酸亜鉛、塩化亜鉛、硫酸亜鉛等の金属を含む溶液等が好適に使用される。ホルムアルデヒド溶液は、市販のホルマリン(ホルムアルデヒド濃度37%)を水で希釈したものを使用してもよいし、水で希釈した溶液のpHを炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム等で中性に調整したものや、リン酸緩衝液で希釈してpHを中性に調整したものを使用することも好ましい。なお、ホルムアルデヒド溶液中のホルムアルデヒド含量は、1〜30%が好ましく、2〜20%がより好ましい。
【0035】
また、前記固定組織または細胞はパラフィンで包埋されていてもよい。固定組織または細胞をパラフィン包理する場合、当業者に公知である一般的な手法で操作すればよい。すなわち、固定組織または細胞をアルコールで置換して脱水し、次いでキシレン、ベンゼン等で置換した後、熱して液化したパラフィンを流し入れた型枠に組織、細胞を入れて包埋し、パラフィンブロックとする。なお、パラフィン包埋した組織、細胞からRNAを抽出する際は、回転式ミクロトーム、滑走式ミクロトーム等のミクロトームを用いて薄切したものを使用する。そのとき、薄切片の厚さは特に限定されないが、1〜100μmが好ましく、2〜50μmがより好ましい。その他、パラフィンの代わりに、主に凍結組織切片作製に用いられるOCT(Optical Cutting Temperature)コンパウンドを用いてもよい。
【実施例】
【0036】
本発明を以下の参考例、実施例によってさらに詳細に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0037】
参考例1
(RNAの蛍光標識操作における収量確認)
“3D−Gene(登録商標) Mouse 24k chip”(東レ株式会社)を使用してマイクロアレイ解析を行う場合、蛍光標識されたアンチセンス鎖RNA(aRNA)を1μg必要とする。そこで、1μg以上の蛍光標識aRNAを得るための条件について検討した。マウス小脳凍結組織から抽出したRNAを増幅し、aRNAを50μg合成した。なお、aRNA合成におけるインビトロ転写(IVT)反応の際に用いるNTP混合物(ATP、GTP、CTP、UTP)に、アミノアリル(AA)基を付加したUTP(AA−UTP)を添加することで、合成aRNAにAA基を導入した。合成したaRNA1μg、2μg、3μg、4μg、5μgにCy5(GEヘルスケア)を標識する操作を各3回行った。標識後の回収量を表1に示す。マイクロアレイにより網羅的な遺伝子解析を行う際に最低限必要となる1μgの蛍光標識aRNAを確実に回収するには、未標識の増幅aRNAが3μg以上必要であることが示された。
【0038】
【表1】

【0039】
実施例1
(固定組織からのRNA抽出)
マウス(7週齢、雄、Slc:ICR)小脳および肝臓を摘出し、10%リン酸緩衝ホルマリン溶液(ホルムアルデヒド4%)に2日間、室温で浸漬して固定後、パラフィン包埋してFFPEブロックを作製した。各FFPEブロックから、ミクロトームを用いて10μm厚の薄切片をそれぞれ採取し、小脳は5枚、肝臓は2枚をそれぞれ1.5mLのチューブに入れた。そこにキシレン1mLを加えて攪拌し、パラフィンを溶解させた。16,000×gで5分間遠心した後、ピペットを用いて組織を吸わないようにキシレンを除いた。次いで、エタノール1mLを加えて攪拌し、16,000×gで2分間遠心した後、ピペットで組織を吸わないようにエタノールを十分に除去する操作を2回行った。チューブの蓋を開けた状態にして約10分間風乾させ、組織に含まれるエタノールを除いた。プロテイナーゼK溶液(500μg/mL)100μLを添加して組織を懸濁させ、37℃で16時間静置した。16,000×gで2分間遠心して残渣を除いた後、シリカカラムを用いてRNAを精製した。収量および純度(260nmと280nmの比)を分光光度計(Nano Drop)により測定した結果を表2に示す。
【0040】
【表2】

【0041】
(RNAの増幅)
抽出したマウス小脳、肝臓のRNA1μgから、First strand cDNA合成、Second strand cDNA合成を行った。カラムを用いて合成したcDNAを精製した。続いて、in vitro transcription(IVT)を行い、aRNAの増幅反応を行った。なお、本反応の際、AA−UTPを用いて増幅aRNAにアミノアリル基を導入した。カラムを用いて増幅したaRNAを精製し、分光光度計(Nano Drop)により収量を求め、増幅倍率を算定した結果を表3に示す。増幅倍率は、すべて2〜20倍の範囲内であった。
【0042】
(増幅RNAの蛍光標識、フラグメンテーション)
上記で増幅したaRNAに蛍光色素をカップリングさせた。遠心濃縮機(MV−100(トミー精工))を用いて各増幅aRNA溶液を濃縮し、約1μLとした。そこに3D−Gene Hybridization Buffer(東レ株式会社)のキットに添付のSodium Bicarbonate Bufferを5mL添加してピペッティングにより攪拌し、さらにDMSOに溶解させたCy5−NHS(GEヘルスケア)を5μL加えてピペッティングにより攪拌して、40℃で1時間インキュベートすることでカップリング反応させた。各反応溶液をゲルろ過スピンカラム(バイオラッド)を用いて未反応のCy5を除去、精製した後、ヌクレアーゼフリーの水で32μLにメスアップした。そこに3D−Gene Hybridization Buffer(東レ株式会社)のキットに添付の5×Fragmentation Bufferをそれぞれ8μL加え、軽くピペッティングして攪拌し、94℃で15分間処理した。各サンプルをクラッシュアイスで3分間急冷し、マイクロコンYM−10(ミリポア社)で精製した。
【0043】
(マイクロアレイ解析)
標識、精製後のaRNAを、以下の操作によりマイクロアレイ解析を行った。各1000ng分のRNAを含む溶液をヌクレアーゼフリー水で16μLに調製し、“3D−Gene”Hybridization Buffer(東レ株式会社)のHybridization Buffer Aを2μL加えて、95℃で5分間熱処理した。クラッシュアイスで3分間急冷した後、Hybridization Buffer Bを232μL加えて、穏やかにピペッティングで攪拌して、250μLの検体溶液を調製した。検体溶液を減圧下で脱気した後、“3D−Gene”マウス全遺伝子型DNAチップ(東レ株式会社)に210μLアプライした。カバーの孔4箇所をシールして塞ぎ、バイオシェーカー(東京理化器械株式会社;MMS−210)の天板に固定したハイブリダイゼーションチャンバー(タカラバイオ株式会社;TX711)にセットした。チャンバー庫内の温度を37℃とし、250rpmで旋回回転させて攪拌しながら、16時間反応させた。
【0044】
(蛍光シグナル値の測定)
反応後、分析用チップのカバー部材を脱離させ、基板を洗浄、乾燥した。DNAチップ用のスキャナー(Axon Instruments社製 GenePix 4000B)に上記基板をセットし、レーザー出力33%、フォトマルチプライヤーの電圧設定を500にした状態で、ハイブリダイゼーション反応した蛍光標識RNAのシグナル値(蛍光強度)、バックグラウンドノイズを測定した。全スポットのうち、1750個をバックグラウンド蛍光値測定用のネガティブコントロールスポットとし、個々のシグナル値からバックグラウンドシグナル値を差し引いて各スポットの真のシグナル値を算出した。ここで、真のシグナル値が正の場合を「有効スポット」とした。有効スポット数を表3に示す。同一組織の有効スポットのバラつきが小さいことが示された。また、2回の実験における小脳、肝臓の各遺伝子のシグナルの比(小脳/肝臓)より作成した散布図を図1に示す。この結果より、2回の実験の相関が高いことが示された。
【0045】
【表3】

【0046】
実施例2
(固定組織からのRNA抽出)
マウス(7週齢、雄、Slc:ICR)小脳および肝臓を摘出し、二分割して一方は液体窒素で凍結し、もう一方は10%リン酸緩衝ホルマリン溶液(ホルムアルデヒド4%)に2日間、室温で浸漬して固定後、パラフィン包埋してFFPEブロックを作製した。各FFPEブロックから、ミクロトームを用いて10μm厚の薄切片をそれぞれ10枚採取し、1.5mLのチューブに入れた。そこにキシレン1mLを加えて10秒間ボルテックスミキサーで攪拌し、パラフィンを溶解させた。16,000×gで5分間遠心した後、ピペットを用いて組織を吸わないよう注意深くキシレンを除いた。次いで、エタノール1mLを加えて10秒間ボルテックスミキサーで攪拌し、16,000×gで2分間遠心した後、ピペットで組織を吸わないよう注意深くエタノールを除去する操作を繰り返した。チューブの蓋を開けて約10分間風乾させ、組織に含まれるエタノールを除いた。プロテイナーゼK溶液(500μg/mL)100μLを添加して組織を懸濁させ、37℃で16時間静置した。16,000×gで2分間遠心して残渣を除いた後、シリカカラムを用いてRNAを精製した。一方、各凍結組織から、常法によりRNAを抽出、精製した。表4に、収量および純度(260nmと280nmの比)を分光光度計(Nano Drop)により測定した結果を示す。
【0047】
【表4】

【0048】
(RNAの増幅)
抽出したマウス小脳、肝臓のRNA1μgから、実施例1と同様にして、アミノアリル化aRNA(AA−aRNA)として増幅した。分光光度計(Nano Drop)により収量を求め、増幅倍率を算定した結果を表5に示す。増幅倍率は、すべて2〜20倍の範囲内であった。
【0049】
(増幅RNAの蛍光標識、マイクロアレイ解析)
上記で増幅したFFPE由来RNAおよび凍結組織由来RNAに、実施例1と同様にして蛍光色素をカップリングし、標識反応を行った。標識、精製後のaRNAの収量を表5に示す。
【0050】
(マイクロアレイ解析)
標識、精製後のaRNA収量が1000ng以上であったサンプル5種(10サンプル)については、以下の操作によりマイクロアレイ解析を行った。各1000ng分のRNAを含む溶液をヌクレアーゼフリー水で16μLに調製し、“3D−Gene”Hybridization Buffer(東レ株式会社)のHybridization Buffer Aを2μL加えて、95℃で5分間熱処理した。クラッシュアイスで3分間急冷した後、Hybridization Buffer Bを232μL加えて、穏やかにピペッティングで攪拌して、250μLの検体溶液を調製した。検体溶液を減圧下で脱気した後、“3D−Gene”マウス全遺伝子型DNAチップ(東レ株式会社)に210μLアプライした。カバーの孔4箇所をシールして塞ぎ、バイオシェーカー(東京理化器械株式会社;MMS−210)の天板に固定したハイブリダイゼーションチャンバー(タカラバイオ株式会社;TX711)にセットした。チャンバー庫内の温度を37℃とし、250rpmで旋回回転させて攪拌しながら、16時間反応させた。
【0051】
(蛍光シグナル値の測定)
反応後、分析用チップのカバー部材を脱離させ、基板を洗浄、乾燥した。DNAチップ用のスキャナー(Axon Instruments社製 GenePix 4000B)に上記基板をセットし、レーザー出力33%、フォトマルチプライヤーの電圧設定を500にした状態で、ハイブリダイゼーション反応した蛍光標識RNAのシグナル値(蛍光強度)、バックグラウンドノイズを測定した。全スポットのうち、1750個をバックグラウンド蛍光値測定用のネガティブコントロールスポットとし、個々のシグナル値からバックグラウンドシグナル値を差し引いて各スポットの真のシグナル値を算出した。ここで、真のシグナル値が正の場合を「有効スポット」とした。それぞれの有効スポット数を表5に示す。また、両者における小脳、肝臓の各遺伝子のシグナルの比(小脳/肝臓)より、共通の有効スポットで散布図を作成したものを図2に示す。凍結組織、FFPEそれぞれから抽出したRNA間の相関がよかったことから、増幅倍率を2〜20倍の範囲とすれば、両者に高い相関があることが示された。
【0052】
【表5】

【0053】
実施例3
(FFPEからのRNA抽出)
作成条件、保存期間の異なるマウス(7週齢、雄、Slc:ICR)小脳、肝臓のホルマリン固定パラフィン包埋(FFPE)ブロックを表7のとおり準備した。各FFPEブロックから、ミクロトームを用いて10μm厚の薄切片をそれぞれ10枚採取し、1.5mLのチューブに5枚ずつ入れた。そこにキシレン1mLを加えて10秒間ボルテックスミキサーで攪拌し、パラフィンを溶解させた。16,000×gで5分間遠心した後、ピペットを用いて組織を吸わないよう注意深くキシレンを除いた。次いで、エタノール1mLを加えて10秒間ボルテックスミキサーで攪拌し、16,000×gで2分間遠心した後、ピペットで組織を吸わないよう注意深くエタノールを除去する操作を繰り返した。チューブの蓋を開けて約10分間風乾させ、組織に含まれるエタノールを除いた。プロテイナーゼK溶液(500μg/mL)100μLを添加して組織を懸濁させ、37℃で16時間静置した。16,000×gで2分間遠心して残渣を除いた後、シリカカラムを用いてRNAを精製した。収量および純度(260nmと280nmの比)を分光光度計(Nano Drop)により測定した結果、ならびに、サイズが1000〜4000ヌクレオチドであるRNAの比率をそれぞれ表6の(a)および(b)に示す。
【0054】
【表6】

【0055】
(RNAの増幅)
各RNAサンプル1μgを、実施例1と同様にして、アミノアリル化aRNA(AA−aRNA)として増幅した。このとき、マウス小脳、肝臓の凍結組織からそれぞれ抽出したRNAも同様にして増幅した。増幅後の収量より算定した増幅倍率を表7に示す。ここで使用するマイクロアレイは、“3D−Gene”マウス全遺伝子型DNAチップ(東レ株式会社)であることから、参考例1より3μg以上の増幅aRNAが必要であり、RNAサンプル1μgから増幅した場合、増幅倍率は3倍以上必要となる。そこで、横軸に1000〜4000ヌクレオチドの割合、縦軸に増幅倍率をとり、各サンプルにおける両者の関係をグラフ化して、3μg以上得られる分解度について算定した。その結果、図3に示すとおり、RNAサンプルの1000〜4000ヌクレオチドの存在割合が20%以上の場合、すべてのサンプルで3μg以上のaRNAが得られたことから、「1000〜4000ヌクレオチドの存在割合が20%以上」を基準値とした。
【0056】
(蛍光標識)
上記で3μg以上得られたaRNAについて、蛍光色素をカップリングさせた。遠心濃縮機(MV−100(トミー精工))を用いて各増幅aRNA溶液を濃縮し、約1μLとした。そこに3D−Gene Hybridization Buffer(東レ株式会社)のキットに添付のSodium Bicarbonate Bufferを5mL添加してピペッティングにより攪拌し、さらにDMSOに溶解させたCy5−NHS(GEヘルスケア)を加えてピペッティングにより攪拌したものを、40℃で1時間インキュベートしてカップリング反応させた。各反応溶液をゲルろ過スピンカラム(バイオラッド)を用いて未反応のCy5を除去、精製した後、ヌクレアーゼフリーの水で32μLにメスアップした。そこに3D−Gene Hybridization Buffer(東レ株式会社)のキットに添付の5×Fragmentation Bufferをそれぞれ8μL加え、軽くピペッティングして攪拌し、94℃で15分間処理した。処理後、各サンプルをクラッシュアイスで3分間急冷し、マイクロコンYM−10(ミリポア社)で精製した。標識、精製後のaRNAの収量を表7に示す。表7より、上記で設定した基準値の妥当性を判断したところ、すべてのサンプルで増幅前の判定が妥当であることが示された。
【0057】
(マイクロアレイ解析)
各1000ng分のRNAを含む溶液をヌクレアーゼフリー水で16μLに調製し、“3D−Gene”Hybridization Buffer(東レ株式会社)のHybridization Buffer Aを2μL加えて、95℃で5分間熱処理した。クラッシュアイスで3分間急冷した後、Hybridization Buffer Bを232μL加えて、穏やかにピペッティングで攪拌して、250μLの検体溶液を調製した。検体溶液を減圧下で脱気した後、“3D−Gene”マウス全遺伝子型DNAチップ(東レ株式会社)に210μLアプライした。カバーの孔4箇所をシールして塞ぎ、バイオシェーカー(東京理化器械株式会社;MMS−210)の天板に固定したハイブリダイゼーションチャンバー(タカラバイオ株式会社;TX711)にセットした。チャンバー庫内の温度を37℃とし、250rpmで旋回回転させて攪拌しながら、16時間反応させた。
【0058】
(蛍光シグナル値の測定)
反応後、分析用チップのカバー部材を脱離させ、基板を洗浄、乾燥した。DNAチップ用のスキャナー(Axon Instruments社製 GenePix 4000B)に上記基板をセットし、レーザー出力33%、フォトマルチプライヤーの電圧設定を500にした状態で、ハイブリダイゼーション反応した蛍光標識RNAのシグナル値(蛍光強度)、バックグラウンドノイズを測定した。全スポットのうち、1750個をバックグラウンド蛍光値測定用のネガティブコントロールスポットとし、個々のシグナル値からバックグラウンドシグナル値を差し引いて各スポットの真のシグナル値を算出した。ここで、真のシグナル値が正の場合を「有効スポット」とした。表7の(a)および(b)に示すとおり、有効スポット数は概ね同等であり、マイクロアレイ解析に適するかどうかを判定する方法の妥当性が確認された。
【0059】
【表7】

【0060】
実施例4
実施例3で設定した基準値に関して、実験の再現性を確認した。マウス小脳、肝臓、腎臓、ラット小脳、肝臓のFFPEから、それぞれ10μm厚の薄切片を採取して、実施例1と同様にしてRNAを抽出、増幅した。RNAの収量、純度、および分子量が1000〜4000ヌクレオチドであるRNAの比率、および増幅倍率を表8の(a)および(b)にそれぞれ示す。その結果、実施例3で設定した基準値、すなわちRNAサンプルの1000〜4000ヌクレオチドの存在割合が20%以上であれば、ほぼ全てのサンプルで増幅倍率は3倍以上であり、逆に当該割合が20%に満たないサンプルについては、全て増幅倍率が3倍に達しなかった。したがって、実施例3のマイクロアレイ解析に適するかどうかを判定する方法の妥当性が確認された。
【0061】
【表8】

【0062】
実施例5
固定された組織から抽出したRNAをさらに分解させて複数の分解パターンを示すサンプルを作製し、実施例3と同様にして基準値を設定した。10%中性緩衝ホルマリンで1日固定後、パラフィン包埋したラット肝臓のFFPE組織ブロックを作製し、厚さ10μmの薄切片を切り出した。実施例1と同様にしてRNAを抽出、精製し、分光光度計(Nano Drop)により精製したRNAの収量、純度(260nmと280nmの比)を測定したところ、収量は4.8μg、純度(260nm/280nm)は2.07であった。また、Agilent2100バイオアナライザ(アジレント社)のRNA6000 Nano chipを用いて電気泳動を行った結果を図5(A)に示す。抽出、精製したRNAを3μgずつ1.5mLチューブ5本に分注して、ヌクレアーゼフリーの水で32μLにメスアップした。そこに3D−Gene Hybridization Buffer(東レ株式会社)のキットに添付の5×Fragmentation Bufferをそれぞれ8μL加え、軽くピペッティングして攪拌し、表2に示す条件で熱処理した。処理後、各サンプルをクラッシュアイスで3分間急冷し、マイクロコンYM−10(ミリポア社)で精製した。Agilent2100バイオアナライザ(アジレント社)のRNA6000 Nano chipを用いて電気泳動を行い、RNAの分解挙動を観察した。その結果、図5(B)〜(E)の通り、熱処理の条件によって分解挙動が異なっていた。また、表9に示すとおり、各RNAサンプルの1000〜4000ヌクレオチドの割合は、分解の進行とともに減少する傾向がみられた。
【0063】
各種分解RNA(サンプルB〜E)および未分解のRNA(サンプルA)それぞれ1μgから、実施例1と同様にして、実施例1と同様にして、アミノアリル化aRNA(AA−aRNA)として増幅した。各RNAサンプルの収量から算定した増幅倍率を表9に示す。分解の程度が小さいサンプル、すなわち1000〜4000ヌクレオチドの割合が多いサンプルほど増幅倍率が高い傾向がみられた。参考例1より、増幅後のRNAが3μg以上ある場合を解析可能とする場合、3μg以上のRNAが得られたサンプル(1000〜4000ヌクレオチドの割合が63%、40%、28%)はマイクロアレイ解析に適する、3μg得られなかったサンプル(1000〜4000ヌクレオチドの割合が18%、3%)はマイクロアレイ解析に適さないとそれぞれ判定できた。したがって、分解させたRNAを用いた場合においても、基準値は「1000〜4000ヌクレオチドが20%以上」と設定でき、これは実施例3と同様の基準値であった。
(増幅RNAの蛍光標識)
上記のすべてのサンプルについて、実施例3と同様にして蛍光標識、フラグメンテーション(断片化)反応を行った。各サンプルの収量を表9に示す。収量が1μg以上である場合マイクロアレイ解析に適する、1μg未満である場合適さないと判定すると、上記のRNA増幅後における判定結果とすべて合致した。したがって、分解させたRNAを用いても、同様に基準値を設定できることが示された。
【0064】
【表9】

【0065】
比較例1
実施例1と同様のマウス小脳、肝臓のFFPEから、実施例1と同様にしてRNAを抽出した。RNA50ngから、WT−Ovation FFPE RNA Amplification System(NuGen)を用いて、cDNAとして増幅した。増幅後の収量は表10に示すとおりであり、増幅倍率は100倍前後であった。それぞれ検体溶液をFL−Ovation cDNA Biotin Module(Nugen)で標識、断片化し、各1μgを“3D−Gene”マウス全遺伝子型DNAチップ(東レ株式会社)それぞれ2枚にアプライし、42℃で16時間反応させた。反応後、洗浄、乾燥させて、実施例1と同様にして蛍光シグナル値を測定した。その結果、表10の通り、2回の実験の有効スポットに差異があり、実験再現性に乏しいことが示された。
【0066】
【表10】

【0067】
比較例2
実施例3、4において、FFPEから抽出したRNAを、バイオアナライザで電気泳動した際に算定されたRINと、各RNAサンプル1μgから増幅したときの収量の関係について、図6ならびに表11の(a)〜(c)にまとめた。その結果、RINと収量の関係には相関関係がみられなかった。さらに、一部のサンプルについては、RINを算定できなかったものもあった(表7において“N/A”と表記)。よって、FFPEをはじめとする固定組織や固定細胞から抽出したRNAの場合、それらの品質をRINで判定するのは困難であることが示された。
【0068】
【表11】

【産業上の利用可能性】
【0069】
本発明のRNAの解析方法を用いることで、ホルマリン固定パラフィン包埋組織等、病院や研究機関に莫大な数量が保存されている固定組織または細胞の遺伝子の発現増減や発現有無に関する正確な情報を得ることができ、それらの情報は、医薬品開発や遺伝子検査、遺伝子診断技術等に幅広く活用できる。さらに、解析が困難なサンプルを事前に見極めることにより、試薬等のコスト削減にも結びつくため、産業上非常に有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
固定液により固定された組織または細胞から抽出されたRNAをマイクロアレイにより解析するRNAの解析方法であって、該RNAを増幅倍率2〜20倍で増幅した増幅産物を解析することを特徴とする、RNAの解析方法。
【請求項2】
前記増幅産物がアンチセンス鎖RNAである、請求項1に記載のRNAの解析方法。
【請求項3】
前記固定液により固定された組織または細胞から抽出されたRNAについて、該RNA分子量分布における1000〜4000ヌクレオチドの範囲のRNA量の比率を確認する工程を含む、請求項1または2に記載のRNAの解析方法。
【請求項4】
固定液により固定された組織または細胞が、パラフィン包埋またはOCTコンパウンド包埋されてなる、請求項1〜3のいずれかに記載のRNAサンプルの解析方法。
【請求項5】
固定液がホルムアルデヒドまたはパラホルムアルデヒドを含む、請求項1〜4のいずれかに記載のRNAサンプルの解析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−252754(P2010−252754A)
【公開日】平成22年11月11日(2010.11.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−109458(P2009−109458)
【出願日】平成21年4月28日(2009.4.28)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】