説明

TIGアーク溶接装置

【課題】フィラワイヤを通電してもアーク偏向を小さくできて、それにより安定した高溶着、大電流のTIGアーク溶接装置を提供できるようにする。
【解決手段】TIG溶接トーチのタングステン電極23と母材との間にアーク31を発生させる電圧を供給し、また、アーク31に向けてフィラワイヤ24を送給し、かつフィラワイヤ24と母材との間に電圧を供給し、その場合、タングステン電極23と母材との間に流れる電流の方向とは逆向きにフィラワイヤ24と母材との間に電流を流して、フィラワイヤ24先端から断続的にアークを発生させると共に、タングステン電極23から発生するアークの熱とフィラワイヤ24から発生する熱によってフィラワイヤ24先端がアークと短絡とを繰り返す状態を維持するようにした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、TIG(Tungsten Inert Gas)アーク溶接装置に関し、特に溶接ワイヤ(フィラワイヤ)に電流を供給するホットワイヤTIG溶接装置に関する。
【背景技術】
【0002】
アーク溶接においてはスパッタが発生し易く、このスパッタが溶接品質を低下させるとして問題になっている。そこで、スパッタが発生しない溶接方法としてTIG溶接が良く知られている。
TIG溶接は、熱に強いタングステン電極を持ち、その周囲にアルゴン不活性ガス(イナートガス)を流して溶接する方法である。溶接箇所に酸素(空気)がなく、材料が酸化されないため、ステンレス鋼やアルミニウム合金の溶接ができるのが最大の特徴である。周囲に不活性ガスを流して溶接するので、TIG溶接ではスパッタが飛散しなくる。
しかしながら、TIG溶接は、(1)溶接速度が遅い、(2)溶接ワイヤの溶着量が少ない、(3)ワーク(母材)材質のバラツキに対する対応力が弱い、といった別の問題があり、全体的に見ると消耗電極式アーク溶接に比べて産業用ロボットに適用されている事例は少ないと思われる。
そこで、TIG溶接にて溶接速度をアップし、かつワイヤを高溶着量化するための方法として、溶接ワイヤに電流を流して加熱するホットワイヤTIG溶接方法がある。
【0003】
ホットワイヤTIG溶接装置の例を図7に示し、(a)はホットワイヤTIG溶接装置の正面図、(b)はTIGトーチ先端の拡大図である。
図7(a)において、70はTIGトーチ、71はノズル、72は電極であり、電極72にはTIG電源82から電圧が印加される。これにより電極72の先端と部材(Wa、Wb)との間にアーク73が形成される。
一方、溶接ワイヤ(フィラワイヤとも呼称される)78にはワイヤ加熱電源81からの電圧が通電チップ75の給電電極77に印加され、溶接ワイヤ78のエクステンションEの範囲にワイヤ電流Iwが流れる。これにより電極72の先端と対向する対向する部材と送りこまれた溶接ワイヤ78の先端部は過熱され溶融されて溶融プールWpが形成される。
溶接ワイヤ78のエクステンションEの範囲はアーク73により加熱されるだけではなくワイヤ電流Iwによるジュール熱でも加熱されて速やかに温度が上昇するので、溶接速度が増大されるというものである(例えば特許文献1参照)。
【0004】
一方で、非特許文献1にはホットワイヤTIG溶接方法について問題点と解決策が記載されており、非特許文献1のp364には基本的な問題点として、次のような事項が挙げられている。
(a)フィラワイヤの通電によりアークが偏向する(「アークの磁気吹き」といわれるホットワイヤTIG溶接方法の最も代表的な問題)。
(b)フィラワイヤ先端が何らかの原因で母材から離れるとフィラワイヤからアークが発生して大きな溶滴を形成し、またタングステン電極から発生するTIGアークが乱れて溶接作業の持続が困難になる。
(c)適正なフィラワイヤ加熱電力に保つことが必要だが、影響する因子が多くて難しい。加熱過剰だとフィラワイヤが溶け落ちてフィラワイヤ先端が母材から離れて(b)の現象を生じ、加熱不足だとフィラワイヤが母材を突くなど不具合が生じる。
(d)フィラワイヤの曲がり癖などによってフィラワイヤ先端がふらつき、フィラワイヤ加熱状態が変わったり、タングステン電極と接触したりする。また、溶接進行方向とも関連してフィラワイヤ挿入位置が問題になる。
(e)ホットワイヤ法による高溶着速度に見合った溶接速度で、適正な母材溶融状態を形成しなければならない。単にTIGアーク電流を高くするだけでは空孔や融合不良を形成し易い。
【0005】
こうした問題に対し、非特許文献1では、上記(a)、(b)に対して次のような対策が挙げられている。
(a)の対策:
パルス電流でフィラワイヤを加熱して磁気吹きの期間を瞬間的にすると、溶接作業を阻害する程度が少なくなる。
(b)の対策:
パルス通電休止期間中のフィラワイヤ電圧から、フィラワイヤ先端が母材と接触しているかどうか検知する技術を開発し、この技術を利用してDCENのTIGアークの下でフィラワイヤが母材から離れたときに、フィラワイヤからアークが発生してTIGアークが乱れる現象を防止する技術を開発した。その結果、次のことが判明している。
イ)フィラワイヤ「−」接続(DCEN)の場合:
フィラワイヤ「−」接続(DCEN)の場合には、フィラワイヤが母材から離れているときにはフィラワイヤ電源の一次側でフィラワイヤ通電しないように制御するとアーク乱れが防止できる。
ロ)フィラワイヤ「+」接続(DCEP)の場合:
フィラワイヤ「+」接続(DCEP)の場合には、フィラワイヤ電源出力側にスイッチングトランジスタを入れ、パルス通電加熱するフィラワイヤ電流のパルス期間でフィラワイヤが母材と接触しているときだけトランジスタをオンするように制御するとアーク乱れが防止できる。
【0006】
【特許文献1】特開2005−111551号公報
【非特許文献1】堀、渡辺、明賀、草野、「ワイヤ加熱にパルス電流を用いたホットワイヤTIG溶接法の開発」、溶接学会論文集第21巻、第3号、p362−373。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1のホットワイヤTIG溶接装置では、図7(a)のアーク73の部分を拡大した図7(b)に示すように、フィラワイヤ78はワイヤ電流Iwによっても加熱され、アーク73内に突入すると直ちに溶融してしまい、TIGトーチ70の電極72の真下より、大きく手前にずれた位置に溶接の狙いがずれてしまう。
また、非特許文献1の上記(a)の対策では、ホットワイヤTIG溶接方法における磁気吹き対策が完全に出来ている訳ではない。
また、上記(b)の対策についても、フィラワイヤからアークを発生させない制御が必要であるため、制御が複雑化している。さらにはフィラワイヤからアークを発生させないために、フィラワイヤに流す電流も制限され、高溶着溶接、高速溶接が困難である。フィラワイヤが完全に溶けている保証も無いため、十分熱せられていないフィラワイヤ(コールドワイヤ)にアークが当たる状態になり、溶接部の溶け込み不良が発生する可能性もある。
本発明は、このような問題点を鑑みてなされたものであり、従来とは逆に、ホットワイヤTIG溶接においてフィラワイヤからもアークを発生させることで、意図した位置について正確に溶接を行え、大電流による安定した高溶着の溶接が行えるようにすると共に、溶接状態を監視し異常を確実に検知することで溶接品質を向上させるTIGアーク溶接装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために、請求項1記載のTIGアーク溶接装置の発明は、TIG溶接トーチのタングステン電極と母材との間にアークを発生させる電圧を供給する第1溶接電源と、前記タングステン電極から発生するアークに向けてフィラワイヤを送給するフィラワイヤ送給部と、前記フィラワイヤと前記母材との間に電圧を供給する第2溶接電源と、前記第1および第2溶接電源と前記フィラワイヤ送給部を制御する制御部とを備えたTIGアーク溶接装置において、前記第2溶接電源は、前記第1溶接電源によって前記タングステン電極と前記母材との間に流れる電流の方向とは逆向きに前記フィラワイヤと前記母材との間に電流を流して前記フィラワイヤ先端から断続的にアークを発生させると共に、前記タングステン電極から発生するアークの熱と前記フィラワイヤから発生する熱によって前記フィラワイヤ先端がアークと短絡とを繰り返す状態を維持することを特徴としている。
また、請求項2記載の発明は、請求項1記載のTIGアーク溶接装置において、前記第2溶接電源が前記フィラワイヤと前記母材との間に流れる電流値を測定し、測定した電流値と予め設定された値との差が所定の閾値より大きくなると異常発生と判定することを特徴としている。
また、請求項3記載の発明は、請求項1記載のTIGアーク溶接装置において、前記TIG溶接トーチが先端のノズルにて前記フィラワイヤのガイド部と一体となり、前記タングステン電極の長手方向と前記フィラワイヤの長手方向とのなす角は45°以下であることを特徴としている。
また、請求項4記載の発明は、請求項3記載のTIGアーク溶接装置において、前記TIG溶接トーチが前記タングステン電極と前記ノズルにそれぞれ冷却水を循環させて冷却を行い、前記タングステン電極を冷却する冷却水と前記ノズルを冷却する冷却水とは互いに絶縁されていることを特徴としている。
また、請求項5記載の発明は、請求項3記載のTIGアーク溶接装置において、前記TIG溶接トーチが、前記タングステン電極から発生するアークを雰囲気から遮蔽するシールドガスを前記ノズルの内壁から噴出させると共に、前記タングステン電極の側面からも噴出させて前記シールドガスを二重化することを特徴としている。
また、請求項6記載の発明は、請求項1記載のTIGアーク溶接装置において、カメラによって撮像した前記タングステン電極の先端部の側面画像について画像処理を行う画像処理部を備え、前記画像処理部が前記タングステン電極の先端部について偏磨耗の有無を確認することを特徴としている。
また、請求項7記載の発明は、請求項6記載のTIGアーク溶接装置において、
前記画像処理部が前記タングステン電極の先端部の側面画像から前記タングステン電極の端点と外径を抽出し、前記端点位置と前記外径の中央線との距離が所定の閾値より大きい場合は、異常発生と判定することを特徴としている。
また、請求項8記載の発明は、請求項1記載のTIGアーク溶接装置において、
前記TIG溶接トーチを先端に取り付けた多関節ロボットと、前記ロボットを制御する制御装置と、を備え、前記ロボットの制御装置が前記制御部として前記第1溶接電源および第2溶接電源と前記フィラワイヤ送給部を制御することを特徴としている。
【発明の効果】
【0009】
請求項1に記載の発明によると、安定した高溶着、大電流のTIGアーク溶接装置を提供することができる。
請求項2に記載の発明によると、フィラワイヤ先端の状態について異常の有無を判別し、溶接品質を向上させることができる。
請求項3に記載の発明によると、TIGトーチ先端部をコンパクトにすることができる。またフィラワイヤ先端から断続的にアークが発生してもタングステン電極の直下付近へとフィラワイヤを送給することができ意図した箇所について正確に溶接を行うことができる。
さらに請求項4に記載の発明によると、ノズル部を冷却しながら、安定したアークの高周波スタート、もしくは、高電圧スタートを行うことができる。
請求項5に記載の発明によると、タングステン電極から発生するアークの直進性を確保し、溶接状態を安定させ溶接品質を向上させることができる。
請求項6、7に記載の発明によると、タングステン電極の形状からアークの偏向が分かるため、溶接異常の有無を判断することができる。
請求項8に記載の発明によると、多関節ロボットにより、ワークの形状に合わせてTIG溶接トーチを最適な姿勢、速度で自在に移動させて溶接品質を向上させることができると共に、ロボット制御装置にて溶接状態を総合的に監視しコントロールすることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明の実施の形態について図を参照して説明する。
【実施例1】
【0011】
本発明を適用したTIGアーク溶接装置の全体構成を図1に示す。
図1において、1は多関節ロボットで、先端にTIG溶接トーチ2を備えている。3はロボット制御装置でロボット1と接続されており、予め教示された動作プログラムに従ってロボットを動作させ、TIG溶接トーチ2を所定の溶接線に沿って移動させる。TIG溶接トーチ2はその先端にてノズル部とフィラワイヤ用ガイド部が一体となった形状をしており、フィラワイヤ用ガイド部へはリールユニット5から送給装置4を介してフィラワイヤ24が供給される。6はTIGアーク溶接用の電源で、その2つの電極のうち一方6aはTIG溶接トーチ2のタングステン電極に、他方6bは母材(ワーク)に接続されている。
後述するように、本発明ではタングステン電極に加えてフィラワイヤからもアークを発生させるので、TIGアーク溶接用の電源6とは別にフィラワイヤにアーク電流を供給するフィラワイヤ用溶接電源7を備えている。フィラワイヤ用溶接電源7の2つの電極の一方7aはフィラワイヤ用ガイド部に接続され、他方7bは母材(ワーク)に接続されている。
ロボット制御装置3はTIGアーク溶接用電源6、フィラワイヤ用溶接電源7にも通信線36、37でそれぞれ接続されており、各溶接電源から各種情報を取得するとともに各溶接電源への指令出力を行う。
【0012】
また、8、9はTIG溶接トーチ2へシールドガスを供給するガスボンベである。ガスボンベを2つ備えるのは、後述するシールドガスの二重化のためである。 また、10はタングステン電極を冷却する冷却用水循環装置、11はTIG溶接トーチ2先端のノズル部やフィラワイヤ用ガイド部を冷却する冷却用水循環装置で、各々床面とは絶縁ベースを介して設置されている。冷却用水循環装置を2つに分離することで、タングステン電極の冷却水とTIG溶接トーチ2先端部の冷却水とを絶縁している。
その他、12はロボット制御装置3に接続された教示装置であり、前述の動作プログラムの教示や、ロボット1を含めたTIGアーク溶接装置への動作開始/停止指令、状態確認などに用いる。また13は同じくロボット制御装置3に接続された表示灯であり、TIGアーク溶接装置の動作状態をランプの点灯や音で作業者に提示する。
【0013】
多関節ロボット1の先端に取り付けられたTIG溶接トーチ2の先端部の側断面図を図2(a)に示す。また、図2(b)は図2(a)の矢印方向から見たTIG溶接トーチ2の図である。
前述したようにフィラワイヤ用のガイド部21はトーチ先端部のノズル22と一体となっており、図2に示した例ではタングステン電極23とフィラワイヤ24とのなす角θは22°になっている。
従来のTIG溶接トーチにおいては、θは50〜80°程度であるのが一般的であった。しかしながら、タングステン電極23から発生するアークによって溶融したフィラワイヤ24がタングステン電極23の真下付近に溶滴移行するようにするには、種々の実験結果、タングステン電極23とフィラワイヤ24とのなす角θを小さくすることがよいことを突き止め、本発明によって初めて角θを小さくしている(ここではθ=22°)。
ガイド部先端から送り出されたフィラワイヤ24は、タングステン電極23から発生するアークが直接当たる状態になる。ガイド部21内には給電ケーブル25を介してフィラワイヤ用溶接電源7と接続されたコンタクトチップが内蔵されており、コンタクトチップがフィラワイヤ24と接触することでフィラワイヤ24へ給電が行われる。
また、26はノズル22やフィラワイヤ用ガイド部21を冷却する冷却水の循環路で、冷却用水循環装置11(図1)と接続されている。なお図2においては図示されていないが、タングステン電極23に関する冷却用水循環装置10との冷却水の循環路もTIG溶接トーチ2に接続されている。
タングステン電極23の冷却水と、ノズル22やフィラワイヤ用ガイド部21の冷却水とが絶縁されていることは既に述べたが、これは本願発明ではフィラワイヤ用ガイド部21がTIG溶接トーチ2と一体になっているためである。仮に冷却水を絶縁せずに共有するとTIGアーク溶接用の電源6からタングステン電極23に供給された電流が冷却水を介してフィラワイヤ側に流れ、フィラワイヤ24からフィラワイヤ用溶接電源7へと流れた後、アースに落ちてタングステン電極23からはアークが発生しなくなってしまう。
【0014】
図3は、本発明のTIGアーク溶接装置による溶接現象の状態変化を模式的に示す図である。図において、21はフィラワイヤ用ガイド部、23はタングステン電極、24はフィラワイヤ、31と31’はアーク、32は溶融プール、Wは母材(ワーク)である。溶接方向は図の白矢印のように図で左から右に移動する。

まず図3(a)は、タングステン電極23から発生したアーク31にフィラワイヤ24が挿入されている状態を示す。
図3(b)は、フィラワイヤ24がフィラワイヤ用ガイド部21から押し出されてアーク31に加熱されながら溶融プール32に挿入されている状態を示している。図3(a)および(b)の時点では、タングステン電極23にのみ通電しており、フィラワイヤ24にはまだ通電を行っていない。
図3(c)は、図3(b)の状態から、さらにフィラワイヤ24にも通電した状態である。ここで、タングステン電極23には溶接電源6の負極が接続され、母材には溶接電源6の正極が接続されている。これに対してフィラワイヤには溶接電源7の正極が接続され、母材には溶接電源7の負極が接続されている。よって、隣接したタングステン電極23とフィラワイヤ24とでは電流の流れる向きが互いに逆方向となるので、電流に伴って発生する磁界の向きも逆方向になり反力が発生しタングステン電極23から発生したアーク31はフィラワイヤ24から離れる方向(図3(c)においては右方向)に偏向する。
この際のアーク31の偏向方向は、フィラワイヤ24の送給の向きとほぼ平行となる。
なお、タングステン電極23に溶接電源6の正極を接続し、母材に溶接電源6の負極を接続するようにし、フィラワイヤ24にフィラワイヤ溶接電源7の負極が接続し、母材にフィラワイヤ溶接電源7の正極を接続するようにしてもよい。
【0015】
図3(d)は、フィラワイヤ24に流す電流を図3(c)より大きくした状態を示し、(d−1)はフィラワイヤ24の先端が溶融プール32に触れて短絡している状態、(d−2)はフィラワイヤ24の先端が溶融プール32と非接触になってアーク31’が発生している状態を示している。
フィラワイヤ24は常に矢印dw方向に押し出されている。そこで、フィラワイヤ24に流す電流が大きくなるとフィラワイヤ24自身に流れる電流によるジュール熱が大きくなり、さらにタングステン電極23から発生するアーク31によっても加熱されるので、やがてフィラワイヤ24の先端は溶融プール32に溶滴移行し、その先端からアーク31’が発生するようになる。フィラワイヤ24の先端はアークになって切れているため、フィラワイヤ24は途中から屈曲し、母材付近では垂直に近い形状で垂れ下がった状態になる。(d−2)はこの状態を示している。
しかしながらアーク31’が発生するとそのときに発生する抵抗のためにアークを維持できず、しかもフィラワイヤ24が常に矢印dw方向に押し出されているため、垂れ下がったフィラワイヤ24の先端は再び溶融プール32に接触して、(d−1)で示すようにすぐに短絡状態となる。
短絡状態になるとまた大きなジュール熱が発生し、さらにタングステン電極23から発生するアーク31によっても加熱されるので、再度、先端からアーク31’が発生するようになる(d−2)。
本発明によれば、このように短絡状態(d−1)とアーク発生状態(d−2)とを短周期(例えば、約100回/秒)で繰り返す状態を故意に作ることでフィラワイヤから発生するアークの影響をなくして、従来技術の欠点(フィラワイヤからアークを発生させないための複雑な制御、流す電流に限界があり高溶着溶接・高速溶接が困難、溶接部の溶け込み不良発生)を解消している。
本発明による短絡状態とアーク発生状態との短周期的な繰り返しは、次の2つによって実現できる。
(1)1つ目は、フィラワイヤ24にアーク電流を供給するフィラワイヤ用溶接電源7を接続し、フィラワイヤ24が溶融プール32に挿入されると継続的に電流を流して電流によるジュール熱で加熱することによって、アーク31’を発生させ易くしている。
(2)2つ目は、逆に、フィラワイヤ用溶接電源7の出力電圧を低くして、フィラワイヤ24にアーク31’が発生したときに生じる抵抗でアーク31’を維持出来ないようにしている。
このようにすることで、短絡状態とアーク発生状態との短周期的な繰り返しが実現できる。
【0016】
また、フィラワイヤ24の先端が垂直に近い形状になると、それに伴ってフィラワイヤ24の周囲に発生する磁界の方向も変化するので、タングステン電極23のアーク31はやや前方に押し出されてはいるが図3(c)に比べて偏向の少ない安定した状態になる、という別の効果も得られる。
【0017】
本発明は、図3(d)の状態を維持しながら溶接を行うことに特徴がある。
図3(d)の状態では、「アークの磁気吹き」が抑制されタングステン電極23から発生したアーク31は確実に母材に当たるため、母材の溶け込みが確実に確保されると言うメリットもある。
一方、図7に示されるような、タングステン電極とフィラワイヤとのなす角が大きい従来のホットワイヤTIG溶接装置においてフィラワイヤからアークが発生すると、フィラワイヤはタングステン電極の直下の手前で溶融してしまい、意図した溶接箇所から狙いがずれてしまう。
本発明は、図3(d)の状態を作り出して維持することを特徴とすることを既に述べたが、タングステン電極23から発生するアーク31を雰囲気から遮蔽するシールドガスを二重化してアーク31の直進性を強くすると、図3(c)の状態においてタングステン電極23から発生するアーク31が偏向するのを抑えることができるため、より容易に図3(d)の状態を作り出すことができる。
【0018】
シールドガスを二重化したTIG溶接トーチを図4に示す。
図4はTIG溶接トーチ2のタングステン電極23の先端付近の側断面図である。図4において点線G1で示されるのが、ガスボンベ8から供給されタングステン電極23の外周に沿って噴出される内側のシールドガスである。また実線G2で示されるのが、ガスボンベ9から供給されノズル22の内壁に沿って噴出される外側のシールドガスである。なお、図2にてTIG溶接トーチ2内の各シールドガスG1とG2の経路を示している。図2において、図の上方からタングステン電極23の外周に沿って軸方向にシールドガスG1が送り込まれ、タングステン電極23と同軸をなす最外側の円筒状外管の内側に沿って軸方向にシールドガスG2が送り込まれ、それぞれ下方に進み、最終的に図4に示すようにシールドガスG1、G2が二重化されて噴出される様子が見て取れる。
【0019】
本願発明ではフィラワイヤ24からもアークを発生させることは既に述べたが、フィラワイヤ24用の溶接電源7から所定の電流が供給されているかを監視し、溶接品質の維持を図っている。
図5にフィラワイヤ用溶接電源7の内部ブロック図を示す。
図5において、7はフィラワイヤ用溶接電源、21はフィラワイヤ用ガイド部、
24はフィラワイヤ、51は整流回路、52はインバータ回路、53は絶縁トランス、54は整流回路、55は電流センサ、56は直流リアクトル、57はコントロール部である。フィラワイヤ用溶接電源7はアーク溶接電流の定電流制御を行う一方、前述のように電圧については通常のアーク溶接電源より低く抑えられた供給電力の小さいものが使用されている。具体的には、通常の溶接電源が25V程度の電圧を出力するのに対し、本発明のフィラワイヤ用溶接電源は10V以下となっている。
アーク溶接電流については電流センサ55によって測定した出力側の電流をフィードバックして指定された定電流にする定電流制御を行うが、出力電圧が抑えられているため、出力側の抵抗値が大きいと指定の電流値までは到達しない。この抵抗値は、アーク状態時に発生するため、フィラワイヤ24が短絡している状態であれば指定電流に到達するが、フィラワイヤ24がアークになっている状態だと抵抗となって指定電流に到達しない。例えばフィラワイヤ電流を250Aに設定した場合、フィラワイヤ先端が、短絡とアークとを短周期で繰り返す状態では実電流の平均値は240A程度になる。
この特性を利用してフィラワイヤ24の実電流を測定して溶接状態の監視を行う。ロボット制御装置3は、設定した電流とフィラワイヤ用溶接電源7からフィードバックされる電流値を比較し、設定した電流値とフィードバック電流値が一致すれば、フィラワイヤ24についてアーク状態が発生してないので異常と判断する。また、設定した電流値とフィードバック電流値の乖離が所定の閾値より大きい場合も、何らかのフィラワイヤ通電異常によって溶接異常が発生したと判断する。
さらに、こうしたフィラワイヤについての異常が発見されれば、ロボット制御装置3は直ちにTIGアーク溶接装置の稼動を停止して溶接部に異常がないか確認するよう、教示装置12の表示画面にメッセージを表示したり、ロボット制御装置3に接続された表示灯13を点灯させたりして周囲に知らせる。
【0020】
また、本発明のTIGアーク溶接装置では、タングステン電極先端の形状によっても溶接異常の発生の有無を確認する。
ロボットの到達可能範囲内に設置されたカメラ90(図1)にTIG溶接トーチ2を定期的にアプローチさせ、先端のタングステン電極23を側面からカメラで撮影し、撮影された画像を画像処理装置91(図1)に送る。図6はカメラによって撮像されたタングステン電極23の側面画像の例を示す図である。撮影された画像は画像処理装置91によってタングステン電極23の先端部に偏磨耗が発生していないかチェックされる。
画像処理装置91の行うチェックの具体的は手法の1つは、カメラ90によって撮像された図6のように画像の横方向にX軸、縦方向にY軸を設定して、図6の実線の矢印で指されたタングステン電極23の外径の輪郭線を抽出し、その輪郭線の中心線L1を求める。さらに図6の破線の矢印で指されたタングステン電極23の端点を抽出しその位置P1を求める。そして、タングステン電極23の中心線L1と端点P1との距離d1を求める。その距離d1が所定の閾値dsより大きければ偏磨耗と判断し、以下であれば電極交換不要でそのまま運転を続行させる。
例えば、図6(a)のような形状であれば問題ないが、図6(b)のような形状であれば偏磨耗と判断する。偏磨耗が存在すると言うことは、図3(c)のような、タングステン電極23から発生するアークが偏向した異常状態が継続して発生したことの証拠であり、溶接異常が発生した可能性が高い。なお、一方向のみから撮像した画像ではタングステン電極23の偏磨耗の発生を見落とす恐れがあるため、確実を期すために複数の方向から撮像して画像処理装置による確認を行うことが望ましい。
図6(b)のようなタングステン電極23の偏磨耗が発見されれば、ロボット制御装置3は、直ちにTIGアーク溶接装置の稼動を停止して溶接部に異常がないか確認するよう、教示装置12の表示画面にメッセージを表示したり、ロボット制御装置3に接続された表示灯13を点灯させたりして周囲に知らせる。
【0021】
画像処理装置91の行うチェックの具体的は手法の2つ目は、画像処理装置91の記憶装置(メモリ)92の中にタングステン電極のぎりぎり正常な形状の先端部の画像データを記憶しておく。そして、カメラ90によって撮像したタングステン電極の先端部の画像と記憶装置92の画像データとを比較して、カメラ90の撮像した先端部の画像と画像データの先端部の画像とを比較してタングステン電極の先端部について偏磨耗の有無を検査するようにしてもよい。
さらに、本発明のTIGアーク溶接装置では、フィラワイヤ24に流れる電流値の制御や、タングステン電極23の先端形状の確認の他にも、ロボット制御装置によってTIGアーク溶接用溶接電源6から供給されるTIGアーク電流値や、ガスボンベ8、9からTIG溶接トーチ2に供給されるシールドガス流量、フィラワイヤ24の送給速度を監視または制御して溶接品質保証を行うことも可能である。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本発明のTIGアーク溶接装置の全体構成図である。
【図2】TIG溶接トーチの先端部を示す図で、(a)は側断面図、(b)は(a)の矢印方向から見た図である。
【図3】本発明のTIGアーク溶接装置による溶接現象の状態変化を示す図である。
【図4】シールドガスを二重化したTIG溶接トーチを示す図である。
【図5】フィラワイヤ用溶接電源の内部ブロック図である。
【図6】カメラによって撮像されたタングステン電極の画像の例を示す図である。
【図7】従来のホットワイヤTIG溶接装置を示す図で、(a)はホットワイヤTIG溶接装置の正面図、(b)はTIGトーチ先端の拡大図である。
【符号の説明】
【0023】
1 多関節ロボット
2 TIG溶接トーチ
3 ロボット制御装置
4 送給装置
5 リールユニット
6 TIGアーク溶接用溶接電源
6a 電源端子の一方
6b 電源端子の他方
7 フィラワイヤ用溶接電源
7a 電源端子の一方
7b 電源端子の他方
8、9 ガスボンベ
10、11 冷却用水循環装置
12 教示装置
13 表示灯
21 フィラワイヤ用ガイド部
22 ノズル
23 タングステン電極
24 フィラワイヤ
25 給電ケーブル
26 冷却水循環路
31 アーク
32 溶融プール
W ワーク(母材)
36、37 通信線
51 整流回路
52 インバータ回路
53 絶縁トランス
54 整流回路
55 電流センサ
56 直流リアクトル
57 コントロール部
70 TIGトーチ
71 ノズル
72 電極
73 アーク
75 通電チップ
76 セラミックノズル
77 給電電極
77a 給電ポイント
78 溶接ワイヤ(フィラワイヤ)
81 ワイヤ加熱電源
82 TIG電源
90 カメラ
91 画像処理装置
92 記憶装置(メモリ)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
TIG溶接トーチのタングステン電極と母材との間にアークを発生させる電圧を供給する第1溶接電源と、
前記タングステン電極から発生するアークに向けてフィラワイヤを送給するフィラワイヤ送給部と、
前記フィラワイヤと前記母材との間に電圧を供給する第2溶接電源と、
前記第1および第2溶接電源と前記フィラワイヤ送給部を制御する制御部とを備えたTIGアーク溶接装置において、
前記第2溶接電源は、前記第1溶接電源によって前記タングステン電極と前記母材との間に流れる電流の方向とは逆向きに前記フィラワイヤと前記母材との間に電流を流して前記フィラワイヤ先端から断続的にアークを発生させると共に、
前記タングステン電極から発生するアークの熱と前記フィラワイヤから発生する熱によって前記フィラワイヤ先端がアークと短絡とを繰り返す状態を維持することを特徴とするTIGアーク溶接装置。
【請求項2】
前記第2溶接電源は、前記フィラワイヤと前記母材との間に流れる電流値を測定し、測定した電流値と予め設定された値との差が所定の閾値より大きくなると異常発生と判定することを特徴とする請求項1記載のTIGアーク溶接装置。
【請求項3】
前記TIG溶接トーチは、先端のノズルにて前記フィラワイヤのガイド部と一体となり、前記タングステン電極の長手方向と前記フィラワイヤの長手方向とのなす角は45°以下であることを特徴とする請求項1記載のTIGアーク溶接装置。
【請求項4】
前記TIG溶接トーチは、前記タングステン電極と前記ノズルにそれぞれ冷却水を循環させて冷却を行い、前記タングステン電極を冷却する冷却水と前記ノズルを冷却する冷却水とは互いに絶縁されていることを特徴とする請求項3記載のTIGアーク溶接装置。
【請求項5】
前記TIG溶接トーチは、前記タングステン電極から発生するアークを雰囲気から遮蔽するシールドガスを前記ノズルの内壁から噴出させると共に、前記タングステン電極の側面からも噴出させて前記シールドガスを二重化することを特徴とする請求項3記載のTIGアーク溶接装置。
【請求項6】
カメラと、画像処理部とを備え、前記画像処理部は、前記カメラによって撮像した前記タングステン電極の先端部の側面画像から前記タングステン電極の端点と外径を抽出し、前記端点位置と前記外径の中央線との距離が所定の閾値より大きい場合は、異常発生と判定することを特徴とする請求項1記載のTIGアーク溶接装置。
【請求項7】
カメラと、タングステン電極の正常状態の先端部の画像データを記憶した先端部画像データ記憶部と、画像処理部とを備え、前記画像処理部は、前記カメラによって撮像した前記タングステン電極の先端部の画像と前記先端部画像データ記憶部の画像データとを比較して、前記タングステン電極の先端部について偏磨耗の有無を検査することを特徴とする請求項1記載のTIGアーク溶接装置。
【請求項8】
前記TIG溶接トーチを先端に取り付けた多関節ロボットと、前記ロボットを制御する制御装置と、を備え、
前記ロボットの制御装置が前記制御部として前記第1溶接電源および第2溶接電源と前記フィラワイヤ送給部を制御することを特徴とする請求項1記載のTIGアーク溶接装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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