説明

UHMWPE繊維およびその製造方法

本発明は、ゲル紡糸超高分子量ポリエチレン(UHMWPE)繊維およびその製造方法に関する。具体的には、本発明は、デカリン中135℃での固有粘度が少なくとも8dl/gでありかつ26℃で固体プロトンNMRによって測定したT緩和時間が少なくとも600msであるUHMWPEを含む、ゲル紡糸UHMWPE繊維に関する。本発明はさらに、本発明のUHMWPE繊維を含んでいるロープ、網および複合材(特に衝撃用途のための複合材)に関する。

【発明の詳細な説明】
【発明の詳細な説明】
【0001】
本発明は、ゲル紡糸された超高分子量ポリエチレン(UHMWPE)繊維およびその製造方法に関する。本発明はさらに、UHMWPE繊維を含んでいるロープ、網および複合材(特に衝撃用途のための複合材)に関する。
【0002】
ゲル紡糸UHMWPE繊維は、UHMWPEの溶液をフィラメント状に紡糸し、その流体フィラメント(fluid filaments)をゲル状態にしてから紡糸溶剤を除去して固体フィラメント(solid filaments)を形成させることによって調製する。1本または複数本の流体フィラメント、ゲルフィラメントまたは固体フィラメントを引き伸ばして、フィラメント内のUHMWPE分子が高配向された状態にする。UHMWPE繊維およびそれを得るためのゲル紡糸法は、例えば、欧州特許第1,137,828B1号明細書、国際公開第2005/066,401号パンフレット、欧州特許出願公開第1,193,335号明細書、米国特許第6,958,187号明細書および米国特許第6,969,553号明細書に記載されている。
【0003】
ゲル紡糸法では、高配向のUHMWPE繊維が製造されやすいが、前記繊維の分子構造全体、特に前記分子構造の結晶部分に欠陥が生じることが多い。欠陥(例えば、ジグザグのUHMWPE分子における鎖の折重なり、ループ、絡み合いおよびねじれなど)は、繊維の物理的性質および機械的性質に好ましくない影響を及ぼす。
【0004】
分子構造全体で欠陥の少ないUHMWPE繊維、特に結晶部分の完全性が単一結晶の場合のように増しているUHMWPE繊維は、例えば、複合材、ロープおよび網のようなさまざまな用途で優れた性能を示すことが予想される。
【0005】
それゆえに、分子構造全体の完全性が増しているゲル紡糸UHMWPE繊維、特に理想的なUHMWPE結晶の構造により近い構造を有するUHMWPE結晶部分を含むゲル紡糸UHMWPE繊維が必要とされている。
【0006】
したがって、本発明の目的は、分子構造全体の完全性が増しているUHMWPE繊維、すなわち公知のUHMWPE繊維の分子構造全体よりも含まれている欠陥が少ない分子構造を有するUHMWPE繊維、またそのような繊維の製造方法を提供することである。本発明の更なる目的は、分子構造全体の完全性が増していることに加えて、公知のUHMWPE繊維の結晶部分よりも欠陥の少ないUHMWPE結晶部分、それゆえに理想的なUHMWPE結晶の構造により近いUHMWPE結晶部分を含む、UHMWPE繊維を提供することである。
【0007】
この目的は、デカリン中135℃での固有粘度が少なくとも8dl/gでありかつ26℃で固体プロトンNMR(Solid−State proton NMR)によって測定したT緩和時間が少なくとも600msであるUHMWPEを含む、ゲル紡糸UHMWPE繊維によって達成される。
【0008】
本発明によるUHMWPE繊維の分子構造全体の完全性は、固体プロトンの核磁気共鳴(NMR)により、前記UHMWPE繊維に特有のスピン−格子T緩和時間(以上および以下において、「T緩和時間」と呼ばれている)を測定することで確かめた。T緩和時間は、本明細書で後ほど説明されている反転回復実験から求める。T緩和時間は、UHMWPE繊維の分子構造全体に存在する欠陥(例えば、前述の欠陥など)の総数によって決まるものであり、その値は、前記分子構造の完全性が向上するにつれて(すなわち、分子構造が示す欠陥が少なくなるにつれて)増加する。
【0009】
意外なことに、本発明のUHMWPE繊維では、T緩和時間が公知のUHMWPE繊維のT緩和時間よりも長く、したがって本発明のUHMWPE繊維の分子構造全体は含まれる欠陥が少なくなっていて、それゆえにより完全であることが見出された。
【0010】
好ましくは、本発明のUHMWPE繊維のT緩和時間は、少なくとも700ms、より好ましくは少なくとも800ms、さらにより好ましくは少なくとも900ms、さらにずっとより好ましくは少なくとも1000ms、もっとも好ましくは少なくとも1100msである。
【0011】
本発明者らは、分子構造全体の完全性の増した本発明のUHMWPE繊維は、例えば、寸法安定性の向上、湿気または水分の吸収が非常に少ないこと、および湿潤状態において引張り強さが高度に保持されるといったような、物理的性質が向上するかまたは物理的性質の組合せが向上することを見出した。
【0012】
本発明者らはさらに、本発明のUHMWPE繊維は、同様に延伸した公知の繊維と比較した場合、引張特性が向上していることを見出した。理論に縛られることはないが、本発明者らは、本発明のUHMWPE繊維の分子構造全体の完全性の増大と8dl/gより大きなIVを有するUHMWPEの潜在能力とが組み合わさって、例えば、高強度の炭素−炭素結合、小さな断面積を有する長くて規則的な鎖および高結晶性を生み出す近接分子パッキング能力(capability of close molecular packing)により高強度繊維が形成されるために、引張特性が向上すると考えた。
【0013】
本発明によるUHMWPE繊維の引張り強さは、好ましくは少なくとも2.5、より好ましくは少なくとも3GPa、さらにより好ましくは少なくとも3.5GPa、さらにずっとより好ましくは少なくとも4GPa、さらにずっとより好ましくは少なくとも4.5GPa、もっとも好ましくは少なくとも5GPaである。
【0014】
簡単にするために、引張り強さが少なくとも2.5GPaであるUHMWPE繊維を、以下、高強度UHMWPE繊維と呼ぶ。
【0015】
好ましい実施態様では、本発明のUHMWPE繊維は、26℃で固体プロトンNMRによって測定したスピン−スピンT緩和時間(以下、T緩和時間と呼ぶ)が10.3μs以下である。より好ましくは、本発明のUHMWPE繊維のT緩和時間は、10.2μs以下、さらにより好ましくは10.1μs以下、さらにずっとより好ましくは10μs以下、さらにずっとより好ましくは9.9μs以下、さらにずっとより好ましくは9.8μs以下、さらにずっとより好ましくは9.7μs以下、もっとも好ましくは9.6μs以下である。
【0016】
緩和時間は、UHMWPE繊維の結晶部分の完全性の尺度であり、前記繊維(例えば、上に列挙したようなもの)の結晶部分中に存在する欠陥の数によって決まり、その値は、前記結晶部分の完全性が向上するにつれて減少する。前記UHMWPE繊維に特有のT緩和時間は、固体プロトンNMRによって確かめられ、UHMWPE繊維のプロトン横方向磁化の減衰(以下、自由誘導減衰(FID)と呼ぶ)から求められる。前記減衰は言及されている手法を用いて記録した。
【0017】
意外なことに、分子構造全体の完全性が向上し、かつUHMWPE結晶の構造により近い構造を有する結晶部分を含んでいる本発明のUHMWPE繊維は、高速の機械荷重をかけたときに、衝撃荷重のもとでの挙動が向上する(すなわち、回復性が向上する)ことが見出された。衝撃荷重挙動の向上は、主として、高速で動く物体によって衝撃を受けている間に発生する高速の機械荷重に対応しなければならない用途において前記繊維を使用する場合に有利である。
【0018】
本発明のUHMWPE繊維は、多種多様な用途に適している。例えば、前記UHMWPE繊維は、凧糸(kite lines)、デンタルフロス、医療器具(例えば、縫合糸、埋没物(implants)および人工器官)、テニスのラケットの弦、キャンバス(例えば、テントのキャンバス、不織布および他の種類の布帛)、帯ひも、電池セパレーター、コンデンサー、圧力容器、ホース、自動車用品、動力伝達ベルト、建築材料、ヘリコプターの座席、防破片シールド(spall shields)、保護手袋、複合スポーツ用具(スキー板、ヘルメット、カヤック、カヌー、自転車および艇体や船艇のスパー)、スピーカーコーン、高性能電気絶縁、レードームなどの製造に使用できる。
【0019】
特に、本発明は、本発明のUHMWPE繊維を含む複合物品に関する。そうした複合物品の利点は、少ない量の前記UHMWPE繊維を利用して、公知のUHMWPE繊維を含む複合物品と同じ機械的特性(例えば、機械的強度および衝撃エネルギー吸収)を有する複合物品を得ることができること、および/または公知のUHMWPE繊維を含む複合材と同じ量の前記UHMWPE繊維を利用して、機械的特性が向上した複合物品を得ることができることである。
【0020】
特定の実施態様では、本発明のUHMWPE繊維を含む前記複合材は、衝撃用途、例えば、防弾チョッキ、ヘルメット、遮蔽パネル(shield panels)などに使用される。これは、そうした製品の重量が少なくなっても防護性能が保持されるからである。したがって、本発明はさらに、本発明のUHMWPE繊維を含んでいる衝撃物品、さらにまた本発明のUHMWPE繊維を含んでいる刺切抵抗性(cut and stab resistant)物品および切断抵抗性物品に関する。
【0021】
好ましくは、前記物品は本発明のUHMWPE繊維を含み、前記繊維の引張り強さは少なくとも3.5GPa、より好ましくは少なくとも4GPa、もっとも好ましくは少なくとも4.5GPaである。
【0022】
好ましい実施態様では、前記物品は、T緩和時間が少なくとも780msであり、T緩和時間が9.95μs以下であり、かつ引張り強さが少なくとも3GPaである本発明のUHMWPE繊維を含む。好ましくは、引張り強さは、少なくとも3.5GPa、より好ましくは少なくとも4GPa、もっとも好ましくは少なくとも4.5GPaである。
【0023】
上述した物理的性質の向上または物理的性質の組合せの向上により、前記UHMWPE繊維は、工業用または民生用のさまざまなロープ、例えば、海洋産業で用いられるロープ(例えば、つなぎ縄、太綱、ヨットロープなど)、洞窟探検用および登山用ロープ、農業用のさまざまなロープ、ならびに土木工学、電気設備または建設工事用のさまざまなロープなどを作製するのに非常に適したものとなる。
【0024】
さらに、本発明のUHMWPE繊維、特に本発明の高強度UHMWPE繊維は、過酷な環境(例えば、湿潤環境および腐食性環境のような)用に意図された用途に特に適していることが見出された。
【0025】
したがって、本発明はまた、本発明のUHMWPE繊維を含むロープおよび前記ロープの(例えば、船舶および海洋産業に関連した)使用に関する。そのような用途に関係した好ましい実施態様では、本発明の高強度UHMWPE繊維が使用される。
【0026】
本発明はまた、複数本のロープまたはストラップを格子構造に配置して相互に連結したものを含む網であって、前記ロープまたはストラップが本発明のUHMWPE繊維(特に本発明の高強度UHMWPE繊維)を含む、網に関する。特定の実施態様では、網は海洋用途(例えば、漁網または魚の養殖用網など)に使用される。
【0027】
普通の海洋ロープおよび網は、ナイロン、ポリエステル、アラミドおよびスチールなどの材料で作製されるので、重量が非常に重くなり、しかも海水による加水分解作用または腐食作用にさらされ、さらには、さまざまな安全率を満たすため定期的に交換しなければならない。本発明のUHMWPE繊維(特に本発明の高強度UHMWPE繊維)を含んでいるロープ、ケーブルおよび網製品は、寸法安定性および環境安定性が優れているばかりでなく、機械的性質がいっそう維持され、それゆえに寿命が長くなっていると共に必要な保守が少なくてすむ。湿気または水分の吸収が非常に少ないことと相まって、前記製品は、海洋用途に用いられた場合にかなりの利点を提供する。
【0028】
分子構造全体の完全性が増した本発明によるUHMWPE繊維は、
a)溶剤中に1〜30質量%のUHMWPEを含む溶液であって、UHMWPEが、135℃においてデカリン溶液で測定した固有粘度が少なくとも8dl/gである溶液を作製するステップと、
b)複数の出口を有する紡糸口金を通して溶液を流体延伸ゾーン(fluid stretching zone)に紡ぐように出して流体繊維(fluid fibers)を形成させると共に、前記出口での延伸比Δが少なくとも2となるようにするステップと、
c)UHMWPE溶液の総延伸比Δsolution=Δfluid×Δが少なくとも150であるという条件で、少なくとも5の延伸比Δfluidで流体延伸ゾーンにおいて前記流体繊維を延伸するステップと、
d)流体繊維を冷却して溶剤含有ゲル繊維を形成させるステップと、
e)80℃から140℃の間の温度において、少なくとも2.5の延伸比Δgelで少なくとも1回の延伸ステップによって前記ゲル繊維を延伸するステップと、
f)一部の溶剤をゲル繊維から抽出して固体繊維を形成させるステップと、
g)少なくとも4の延伸比Δsolidで少なくとも1回の延伸ステップによって固体繊維を延伸するステップと、
h)前記固体繊維の延伸時および/またはその後に残りの溶剤を除去するステップと
を含む新規の方法で製造される。
【0029】
増大させたΔgel比でのゲル繊維の延伸は、本発明のUHMWPE繊維の製造方法における新規かつ重要なステップである。ゲル繊維は、好ましくは少なくとも1回の延伸ステップで、好ましくは少なくとも3、より好ましくは少なくとも3.5、もっとも好ましくは少なくとも4の延伸比Δgelで延伸する。好ましくは、Δgelは10を超えず、より好ましくは7.5を超えず、もっとも好ましくは、Δgelは5を超えない。ゲル繊維の延伸温度は、好ましくは100℃から130℃の間である。
【0030】
本明細書で使用される「ゲル繊維」という用語は、ゲル化温度未満に冷却されると、紡糸溶剤で膨潤したUHMWPEの連続網を生じる繊維を指す。流体繊維からゲル繊維への転換およびUHMWPEの連続網の形成の目に見えるしるしとなるのは、冷却すると、半透明のUHMWPE繊維から、実質的に不透明の繊維(すなわち、ゲル繊維)へと繊維の透明性が変化することである。
【0031】
本発明の方法の間に流体繊維とゲル繊維の延伸が組み合わされるので、UHMWPE繊維の分子構造全体が向上し、この方法の間に起こるフィラメント破損の頻度が低下することにもなり、それゆえに前記繊維の製造方法はより効果的かつ経済的なものとなる。
【0032】
繊維は、本明細書では、幅および厚さの横断寸法よりも長さがずっと大きい細長い物体と理解される。したがって、本明細書で使用される「繊維」という用語は、規則的または不規則な断面を有する連続長または不連続長の複数のフィラメント、リボン、ストリップ、縫い糸などを包含する。本発明との関連においては、糸は繊維を含んでいる細長い物体と理解される。本発明による糸は、撚られた糸または編んだ糸であってよい。
【0033】
本発明の方法では、135℃においてデカリン溶液で測定された固有粘度(IV)が、好ましくは少なくとも10dl/g、より好ましくは少なくとも12dl/g、さらにより好ましくは少なくとも15dl/gであるUHMWPEを使用する。好ましくは、IVは、40dl/g以下、より好ましくは30dl/g以下、さらにより好ましくは28dl/g以下、さらにずっとより好ましくは25dl/g以下である。
【0034】
好ましくは、UHMWPEは、5,000個の炭素原子当たりの側鎖が1本未満、より好ましくは10,000個の炭素原子当たりの側鎖が1本未満、さらにより好ましくは15,000個の炭素原子当たりの側鎖が1本未満、もっとも好ましくは20,000個の炭素原子当たりの側鎖が1本未満である線状ポリエチレンであり、側鎖は、好ましくは10個以下の炭素原子を含む。
【0035】
好ましい実施態様では、側鎖は、C1〜C4のアルキル基、すなわち1から4個の間の炭素原子を有する比較的小さいアルキル基である。前記側鎖の場合、本発明のUHMWPE繊維のT緩和時間が減少すること、したがって結晶部分の完全性が向上することが見出された。UHMWPEがメチルまたはエチル側鎖を含むのがより好ましく、さらにより好ましくはメチル側鎖を含む。
【0036】
もっとも好ましい実施態様では、UHMWPEは、5,000個の炭素原子当たり側鎖が1本未満であり、かつ側鎖としてメチルまたはエチル基を含んでいる線状ポリエチレンである。
【0037】
さらに、UHMWPEは、単一のポリマーグレード(polymer grade)だけでなく、2種類以上の異なるグレード(例えば、IVおよび/または数および/または側鎖の長さが異なる)の混合物であってもよい。
【0038】
本発明による方法で使用されるUHMWPEは、少量の、好ましくは5質量%以下の通例の添加剤、例えば、酸化防止剤、粘度調整剤、紫外線安定剤、充填剤、艶消剤、熱安定剤、着色剤、流動促進剤(flow promoters)、難燃剤などをさらに含むことができる。
【0039】
本発明による方法では、UHMWPEのゲル紡糸に適した公知の任意の溶剤を使用できる。以下、簡単にするために前記溶剤を紡糸溶剤と呼ぶ。紡糸溶剤の好適な例として、脂肪族および脂環式の炭化水素(オクタン、ノナン、デカンおよびパラフィンなど(それらの異性体を含む));石油留分;鉱油;ケロシン;トルエン、キシレン、およびナフタレンなどの芳香族炭化水素(デカリンおよびテトラリンなど、その水素化誘導体を含む);ハロゲン化炭化水素(モノクロロベンゼンなど);およびシクロアルカンまたはシクロアルケン(カレン(careen)、フッ素、カンフェン、メンタン、ジペンテン、ナフタレン、アセナフタレン(acenaphtalene)、メチルシクロペンタンジエン(methylcyclopentandien)、トリシクロデカン、1,2,4,5−テトラメチル−1,4−シクロヘキサジエン、フルオレノン、ナフチンダン(naphtindane)、テトラメチル−p−ベンゾジキノン、エチルフルオレン(ethylfuorene)、フルオランテンおよびナフテノン(naphthenone)など)がある。上に列挙した紡糸溶剤を組み合わせたものも、UHMWPEのゲル紡糸に使用でき、溶剤を組み合わせたものも簡単にするために紡糸溶剤と呼ぶ。本発明の方法は、デカリン、テトラリンおよび幾種類かのケロシン級(kerosene grades)のような比較的揮発性の溶剤にとって特に有利であることが見出された。もっとも好ましい実施態様では、一般に好まれる溶剤はデカリンである。
【0040】
紡糸溶剤中にUHMWPEを含む溶液は、公知の方法で作製することができる。好ましくは、二軸スクリュー押出機を利用して、UHMWPE/溶剤スラリーから均一溶液を作製する。好ましくは、UHMWPE溶液の濃度は3から20質量%の間であり、UHMWPEのモル質量が大きいほど、濃度は低いほうが好ましい。
【0041】
UHMWPE溶液は押出機に送り出すことができ、押出機では前記UHMWPE溶液を、好ましくは一定流速で紡糸口金を通して押し出して流体繊維を形成させる。押し出されるUHMWPE溶液の温度(以下、紡糸温度と呼ぶ)は、UHMWPE溶液を作製するのに用いる紡糸溶剤によって異なり、好ましくは約150℃〜約280℃の範囲である。
【0042】
本発明による方法に用いる紡糸口金は、複数の出口を有する。好ましくは、紡糸口金は、少なくとも10個の出口、より好ましくは少なくとも30個の出口、さらにより好ましくは少なくとも60個の出口、さらにより好ましくは少なくとも90個の出口、もっとも好ましくは少なくとも120個の出口を含む。
【0043】
本発明の出口は、出口でのUHMWPE溶液に対する延伸比Δが少なくとも2となるようにする、長さ方向および横方向の幾何学形状を有している。それゆえに、出口を通してUHMWPE溶液を繊維状にする間に、UHMWPE分子の部分配向が達成される。出口での延伸比Δは、出口の初期断面および最終断面におけるUHMWPE溶液の流れの平均速度の比に等しく、その比はそれぞれの断面の領域の比と等しい。
【0044】
好ましい実施態様では、出口は、少なくとも1つの収縮部分(すなわち初期直径dから最終直径d(dより小さい)へ徐々に減少する部分)を含んだ幾何学形状を有し、収縮部分は、好ましくは長さ(Lcs)が少なくとも0.15cm、より好ましくは少なくとも0.3cm、さらにより好ましくは少なくとも0.5cmである。Lcsは、4cm以下であるのが好ましく、より好ましくは2cm以下、さらにより好ましくは1cm以下である。本発明との関連においては、出口の直径は有効直径を意図しており、それは非円形または不規則形状の出口の場合、外側境界線間の最長距離である。
【0045】
別の好ましい実施態様では、収縮部分の後に、長さ/直径比(L/d)が0から25以下である一定直径dおよび長さLの部分が続く。好ましくは、長さ/直径比(L/d)は、20以下、より好ましくは15以下、さらにより好ましくは10以下、もっとも好ましくは5以下である。
【0046】
さらに他の好ましい実施態様では、出口は、複数の収縮部分から構成され、それぞれの収縮部分は、好ましくはその後に一定直径の部分が続く。
【0047】
そのうえ、さらに他の好ましい実施態様では、出口は円形断面を有しており、その場合、出口での延伸比は、出口の初期直径および最終直径の2乗の比、すなわちΔ=(d/dになる。紡糸孔の最終直径dは、総延伸比および所望の繊維の太さに応じてさまざまであってよい。好ましくは、dは0.2から5mmの間、より好ましくは0.3から2mmの間である。
【0048】
好ましくは、出口で達成される延伸比Δは、少なくとも5、より好ましくは少なくとも10、さらにより好ましくは少なくとも15、さらにずっとより好ましくは少なくとも25であり、もっとも好ましくは少なくとも40の延伸比が出口で達成される。
【0049】
本明細書で使用される「流体繊維」という用語は、紡糸溶剤中にUHMWPEを含んでいる溶液を含む繊維を指す。押し出される流体繊維中のUHMWPEの濃度は、ほとんどの場合、UHMWPE溶液の初期濃度と同じであるかまたはほぼ同じである。
【0050】
紡糸口金を通して溶液を繊維状にすることによって形成される流体繊維は、ゾーン(以下、流体延伸ゾーンと呼ぶ)に押し出し、次いで冷却ゾーンに入れるが、流体繊維はそこから最初の従動ローラー(driven roller)上に巻き取られる。流体延伸ゾーンとは、本明細書では、紡糸口金の出口から流体繊維の冷却工程が行われる領域の始まりまでの間の、流体繊維が横切るゾーンと理解される。
【0051】
本発明によれば、流体繊維は、流体延伸ゾーンにおいて、最初の従動ローラーの表面流速が紡糸口金から出されるUHMWPE溶液の流速を超えるように前記ローラーの角速度を選択することによって、延伸される。
【0052】
流体延伸ゾーンの延伸比(Δfluid)は、少なくとも5、好ましくは少なくとも10、より好ましくは少なくとも20、もっとも好ましくは少なくとも50である。ΔとΔfluidを合わせたものは、UHMWPE溶液の総延伸比(Δsolution)が少なくとも150、好ましくは少なくとも200、より好ましくは少なくとも250、さらにより好ましくは少なくとも300、さらにずっとより好ましくは少なくとも400、もっとも好ましくは少なくとも500となるように選択する。
【0053】
UHMWPE溶液の総延伸比(Δsolution)がそのように高い場合、分子構造全体の完全性の増した高強度UHMWPE繊維が得られるという利点がある。
【0054】
好ましくは、流体延伸ゾーンは、長さが少なくとも3mm、より好ましくは少なくとも10mm、さらにより好ましくは少なくとも25mmである。好ましくは、流体延伸ゾーンは、長さが100mm以下、より好ましくは75mm以下、さらにより好ましくは50mm以下である。
【0055】
流体延伸ゾーン中の雰囲気は、空気または不活性ガス(例えば、窒素またはアルゴンなど)であってよく、また紡糸溶剤の蒸気を含んでいてもよい。
【0056】
流体繊維は、流体延伸ゾーンから冷却ゾーンへ入って溶剤含有ゲル繊維が形成されるが、その際に、前記流体繊維は冷却ゾーンにおいて、(以下、ゲル化温度と呼ばれる)温度より下に冷やされる。その温度ではUHMWPEの溶解度はUHMWPE溶液の初期濃度よりもずっと低い。
【0057】
1つの実施態様では、冷却ゾーンでの流体繊維の冷却は、ガス流を用いて行う。冷却ゾーンでは温度勾配が存在するのが好ましく、冷却ゾーン中の温度は、紡糸温度付近から100℃以下まで低下し、より好ましくは80℃以下まで、さらにより好ましくは60℃以下まで低下する。好ましくは、ガス流が前記冷却ゾーン中に存在し、前記ガス流は、糸と冷却ガスとの間で熱伝達が効果的に行われるようにするため、好ましくは乱流状態にある。好ましくは、冷却ゾーン中のガスの循環は、流体繊維の近くにおける時間平均ガス速度が、1〜100メートル/分、より好ましくは2〜80メートル/分、もっとも好ましくは5〜60メートル/分である。
【0058】
冷却ガスは、ガスと紡糸溶剤の蒸気との爆発性混合物が形成されるのを防ぐために、流体延伸ゾーンの雰囲気を生成するのに用いられるガス(例えば、窒素または他の不活性ガス)と同一であるのが好ましい。
【0059】
好ましい実施態様では、冷却ガスは水蒸気で飽和状態にされて、流体繊維と冷却ガスとの間の熱伝達がよりいっそう効果的に確実に行われる。さらにより好ましい実施態様では、その混合物は紡糸溶剤の蒸気も含む。
【0060】
別の実施態様では、液体冷却槽を用いて流体繊維を冷却するが、その場合、延伸条件をよりうまく明確に定めて制御できるという利点がある。好ましくは、繊維は冷却液を含んでいる冷却槽中で急冷されるが、その冷却液は紡糸溶剤と混和性ではない。冷却液の温度は制御され、冷却液は、好ましくは少なくとも流体繊維が冷却槽に入れられる位置において繊維と交差して流れるようにされる。より好ましくは、冷却槽は、UHMWPE溶液の調製に用いられた紡糸溶剤と冷却液との混合物を含む。
【0061】
流体繊維を冷却して溶剤含有ゲル繊維にすることは、ガス流による冷却と液体冷却槽とを組み合わせて実施することもできる。
【0062】
ゲル繊維の延伸に続いて、ゲル繊維の紡糸溶剤を一部抽出して、繊維(以下、固体繊維と呼ぶ)を形成させる。好ましくは、抽出ステップの後、固体繊維は、紡糸溶剤を繊維の全重量の15%以下の量、より好ましくは10%以下の量だけ含み、もっとも好ましくは、固体繊維は紡糸溶剤を繊維の全重量の5%以下の量だけ含む。
【0063】
溶剤抽出工程は、公知の方法によって、例えば、蒸発によって(UHMWPE溶液を調製するのに揮発性または比較的揮発性の紡糸溶剤が使用されている場合)、あるいは抽出液を使用するかまた列挙したすべての方法の組合せによって実施することができる。好適な抽出液には、UHMWPEゲル繊維の構造に重大な変化を生じさせない液体、例えば、エタノール、エーテル、アセトン、シクロヘキサノン、2−メチルペンタノン、n−ヘキサン、ジクロロメタン、トリクロロトリフルオロエタン、ジエチルエーテルおよびジオキサンまたはそれらの混合物がある。好ましくは、抽出液は、再生利用のために紡糸溶剤を抽出液から分離できるようなもの選択する。
【0064】
好ましい実施態様では、抽出ステップの前に、少しの間(以下、ドウェル時間(dwell time)と呼ぶ)ゲル繊維を容器に入れることによって溶剤の一部を除去するが、この時間は数分から数日までさまざまである。好ましくは、ドウェル時間は少なくとも10分、より好ましくは少なくとも30分、もっとも好ましくは少なくとも60分である。最大ドウェル時間は、好ましくは5日以下、より好ましくは2日以下、もっとも好ましくは1日以下である。
【0065】
抽出時間は、非常にさまざまであってよく、所望の量の紡糸溶剤が抽出されるように選択される。普通は、抽出時間は、数分または数秒から数時間または数日までさまざまになるであろう。好ましい抽出時間は約30秒〜約24時間であり、より好ましい抽出時間は約30秒〜約10分である。
【0066】
抽出温度は、幾つもの因子(特に所与の温度での紡糸溶剤の揮発性または抽出液への紡糸溶剤の溶解度)によって、大きく異なりうる。抽出液を使用する場合、抽出ステップは、周囲温度(すなわち約20℃〜約30℃)で行うのが好ましい。
【0067】
本発明のUHMWPE繊維の製造方法は、流体繊維およびゲル繊維の延伸に加えて、少なくとも1回の延伸ステップによって少なくとも4の延伸比Δsolid(以下、固体延伸比と呼ぶ)で固体繊維を延伸することをさらに含む。より好ましくは、固体延伸比は少なくとも8、さらにより好ましくは、固体延伸比は少なくとも12である。固体繊維をそのような大きな固体延伸比で延伸することは、分子構造全体の結晶部分の完全性を向上させるのに有益であることが分かった。
【0068】
固体繊維の延伸は、好ましくは、約110から約160℃の間、より好ましくは約120から約160℃の間、もっとも好ましくは約125℃から約155℃の温度で行われる。
【0069】
好ましい実施態様では、固体繊維の延伸は、3段階以上で、好ましくは約120から約155℃の間において上昇させる形の異なる温度で行う。
【0070】
さらにより好ましい実施態様では、3段階延伸方法を固体繊維に適用する。この場合、固体繊維Δsolidの総延伸比は、Δsolid=Δsolid 1Δsolid 2Δsolid 3である。すなわち、固体繊維に当てはめる総延伸比は、延伸段階のそれぞれで当てはめる延伸比の積である。3段階延伸方法を用いて固体繊維を延伸する利点は、UHMWPE繊維の引張り強さがさらに向上すると共に、前記繊維の製造方法がさらに安定化される(すなわち、フィラメントの破損が少なくなる)ことである。
【0071】
溶剤の除去は、固体繊維の延伸時および/または延伸後に行われる。
【0072】
好ましくは、溶剤は、製造工程の最終時点での本発明のUHMWPE繊維に含まれる紡糸溶剤が、繊維重量の2%以下、好ましくは10%以下、より好ましくは紡糸溶剤が繊維重量の5%以下となるように除去する。さらにずっとより好ましくは、繊維に含まれる紡糸溶剤は2000ppm以下、もっとも好ましくは1000ppm以下である。
【0073】
溶剤は、例えば、繊維に吸引法(vacuum extraction process)を実施して蒸発または除去を行うような、当該技術分野において知られている溶剤除去の任意の方法で除去することができる。
【0074】
本発明による方法は、例えば、本発明の繊維を含んでいる糸に帯電防止剤、紡糸仕上げ剤(spin finish)またはサイズ剤を施すステップのような、当該技術分野において知られている追加ステップをさらに含んでもよい。
【0075】
以下に、図について説明する。
【図面の簡単な説明】
【0076】
【図1】固体プロトンNMRによって記録された、UHMWPE繊維(比較実験A)に特有の正規化プロトンFID(A(t)/A 対 時間t(μs))を示す。実線は、T緩和時間の計算に用いられたスペクトルの一部のあてはめを示す。
【図2】固体プロトンNMRで記録されたUHMWPE繊維(実施例1)に特有の、tinv(ミリ秒)に対する反転回復手法で求めたA(tinv)(任意の単位)の変化を示す。
【図3】本発明で示されている実施例および比較実験の繊維に関する、記録されたプロトンFIDから求めたT緩和時間(μs)の値を示す。
【図4】本発明で示している実施例および比較実験のUHMWPE繊維に特有のT緩和時間(ms)の値を示す。
【0077】
本発明を、以下の実施例および比較実験を用いてさらに説明する。
【0078】
[固有粘度、側鎖の量および引張特性の測定]
・IV:固有粘度は、デカリン中135℃でPTC−179の方法(Hercules Inc.Rev.Apr.29,1982)に従って測定する。溶解時間は16時間であり、DBPCを酸化防止剤として2g/リットル溶液の量だけ用い、種々の濃度で測定された粘度を濃度ゼロに外挿する。
・側鎖:UHPE試料中の側鎖の数は、2mmの厚さの圧縮成形フィルムでFTIRによって求め、1375cm−1における吸収量を測り、NMRの測定値に基づく検量線を使用する(例えば、欧州特許出願公開第0269151号明細書の場合のように)。
・引張特性:引張り強さ(または強さ)は、ASTM D885Mで規定されているように定義し、マルチフィラメント糸で測定する。繊維の公称標点距離(nominal gauge length)は500mm、クロスヘッド速度は50%/分、Instron 2714クランプ(Fibre Grip D5618Cタイプのもの)で行う。モジュラスは、測定された応力−歪曲線に基づいて、0.3から1%の歪の間の傾きとして求める。モジュラスおよび強さを計算するために、測定した引張力を、10メートルの繊維を計量して求められる繊度(titre)で割る。値(GPa単位)は密度を0.97g/cmと仮定して計算する。
【0079】
[TおよびT緩和時間の測定]
固体プロトンNMR緩和実験は、Bruker Minispec MQ−20分光計で固定試料について実施した。試料はすべてUHMWPE繊維であり、前記繊維は本発明に従って製造したものか、または比較実験の場合のように別の方法で製造したものであった。前述の分光計は、19.6MHzのプロトン共鳴周波数で動作する。
【0080】
実験はすべて26℃で行い、温度は、精度が±0.1℃であるBVT−2000温度調節器を用いて調節した。温度の値は、それぞれの試料について、直径が0.5mmのRTD感知器Pt100を用いて別個にクロスチェックした。
【0081】
一本一本の糸を切断し、直径が9mmのNMRガラス管に約0.35グラムを詰めた。この後、特別に繊維を整列させなかった。それゆえに、どんな好ましい繊維の配向にもならずにNMR管に繊維を確実にランダムに詰めることができた。
【0082】
ヘキサンで繊維を洗浄することにより、検査したすべての繊維の繊維表面に施された紡糸仕上げ剤を除去した。試料は、室温において窒素の噴流で十分に乾燥させて、NMRの測定に影響しかねないどんな微量のヘキサンも除去した。
【0083】
プロトンのスピン−スピン緩和時間実験で、試料において誘起される磁化Mxyの時間依存性を記録することにより、検査対象のUHMWPE繊維に特有のT緩和時間を求めた。Mxyは、Z軸に沿って永久均一磁場Bを試料にかけることによって誘起される磁化Mを、90°回転させて得られる試料のXY平面の磁化である。磁化Mxyは、すでに均一磁場Bの影響下にある試料にかけられる高周波電磁パルス(以下、RFパルスと呼ぶ)によって誘起される。RFパルスを加えた後、Mxyの振幅が時間とともに減衰する。前記時間がT緩和時間である。
【0084】
RFパルス系列は、持続時間の等しい2つの個別のRFパルスから構成されており、試料が永久均一磁場Bの下に置かれている間に、これをUHMWPE繊維に加えた。個別のRFパルスは、Bに対して90°の角度で加えた。RFパルスの持続時間および分光計のデッドタイムはそれぞれ2.68μsおよび7μsであった。分光計のデッドタイムとは、NMR信号の記録が行われない時間である。分光計のドウェル時間(サンプリングされるそれぞれのデータポイント間の時間)は0.5μsであった。
【0085】
RFパルス系列(固体エコーパルス系列(solid−echo pulse sequence)(SEPS)とも呼ばれる)を用いてプロトンの自由誘導減衰(FID)を記録した。前記SEPSは、次のような一連のパルスから構成される:
90°−tse−90°−(tse+t90)−[FIDの振幅A(t)の取得に必要な時間]
上式で、90°は、巨視的磁化ベクトルを90°だけ回転させるRFパルスに相当し、パルスは回転座標系のX軸およびY軸の両方に沿って当てられ、上記においてこれらの軸に沿ったパルスはそれぞれ90°および90°と定義される。さらに上式で、tseはパルス間の遅延時間であり、tseは10μsに設定され、t90は90°パルスの時間である。「回転座標系」という用語は、例えば、T.C.Farrar and E.D.Becker,“Pulse and Fourier Transform NMR−Introduction to Theory and Methods”,Academic Press,New York,1971という著書の第8〜15頁で定義されている、NMR技術における背景的知識である。
【0086】
分光計のデッドタイムを避けることができるという利点のあるSEPS手法を使用して、後ほどのデータ解析における最終的な系統誤差を避けた。単一90°パルス励起手法(single 90° pulse excitation technique)を用いるだけでは、分光計のデッドタイムに相当するプロトンFIDの領域を記録できないが、SEPS手法を使用すると、プロトンFIDの全体形状が検出され、それゆえに分光計のデッドタイムが避けられる。
【0087】
固体エコーは、最初のパルスの始めから、およそt=(2tse+t90)(式中、t90は90°パルスの時間である)で最大値を持つ。これにより、その初期部分を含め、プロトンFIDの形状の正確な測定が可能になる。プロトンFIDは、最初の90°パルスのスタートからt=(2tse+t90)の時間がたった後に取得した。図1のグラフ表示では、時間t=(2tse+t90)はゼロに設定された。すなわち時間軸の起点と見なされた。
【0088】
図1は、固体プロトンNMRによって測定されたUHMWPE繊維(比較実験A)に特有の正規化プロトンFIDを示す。正規化は、振幅A(t)をt=0の振幅(A)で割ることによって行った。図1から分かるように、プロトンFIDは幾つかの部分に分けることができ、それぞれの部分は繊維の形態を作り上げている構成要素の特定の質量分率に対応する。
【0089】
図1に示されているスペクトルに関して具体的に述べれば、0から約40μsの間の部分は、UHMWPE繊維の結晶部分に存在する欠陥の影響を受けているが、40μsより上の部分は、前記繊維の構造全体に存在する欠陥の影響を受けている。NMR信号の振幅比A(t)/Aが、約40μsの時間の間に90%を上回るほど減衰していることが、図1から観察できる。減衰時間は、UHMWPE繊維の結晶部分の完全性の尺度である。
【0090】
さらに詳細には、t=0からt=16μsへの振幅比A(t)/Aの減衰率はプロトンFIDの一部であるが、この領域は、UHMWPE繊維のUHMWPE鎖の分子構造の完全性の尺度であるので非常に関心を引くものである。減衰時間またはT緩和時間は、プロトンFIDの0から16μsの間の部分に次の型の関数を当てはめることにより、この領域から求めた。
【数1】



(式中、A(t)は時間tにおける振幅であり、Aはt=0における振幅である)
【0091】
プロトンFIDのSN比を向上させるために行った走査の数は400であり、それぞれの後続の走査間のリサイクル遅延時間(recycling delay time)は20秒であった。
【0092】
検査対象のUHMWPE繊維に特有のスピン−格子T緩和時間は、反転回復手法を用いて求めた。反転回復手法は、RFパルス系列およびその後のデータ解析は別にして、T緩和時間の測定に用いた手法と似ていた。
【0093】
反転回復手法のRFパルス系列(以下、反転RFパルス系列と呼ぶ)は、以下のようなパルスの系列で構成されていた。
180°−tinv−90°−tse−90°−tse−[最大固体エコー信号の振幅A(tinv)の取得に必要な時間]
(式中、180°は磁化Mを180°回転させる5.6μsのRFパルスであり、tinvは反転時間であり、90°および90°は、上記でSEPSにおいて定義されたものと同等の2つのRFパルスである。tseも上で定義されているが、時間は14μsである)
【0094】
一連の反転RFパルス系列を用いて、振幅A(tinv)対tinvの変化を図表化した。前記の一連のものの中で固有のtinvを有するそれぞれの反転RFパルス系列について、A(tinv)を記録した。その図表を図2に示す。
【0095】
その一連のものにおけるそれぞれの反転RFパルス系列は定まったtinv値を有しており、前記値は、系列の間で0.5ms〜20秒までさまざまであった。それぞれの系列で、選択されたtinv値は、直前の系列のtinvに1.15を乗じた値と等しかった。
【0096】
invへのA(tinv)の依存性は、2項指数関数(two−exponential function)を用いてあてはめた。
【数2】



(式中、A(0)およびA(0)はそれぞれ、tinv=0における第1指数関数および第2指数関数の振幅である)
【0097】
緩和時間は以下のようにして求めた。
【数3】



式中、
【数4】



【0098】
さらに、本発明および比較実験の繊維のNMRの測定およびTおよびT緩和時間の計算は、“Pulse and Fourier Transform NMR−Introduction to Theory and Methods”by T.C.Farrar and E.D.Becker,1974,Academic Press New York and Londonという著書の第20〜22頁;“NMR:Topography,Diffusometry,Relaxometry”by R.Kimmich,Springer 1997,ISBN 3−540−61822−8という著書の第26〜27頁;およびA.M.Kenwright and B.J.Say,Solid State NMR,7(1996),85−93の記事の第87頁に示されている説明に従って行った。これらの刊行物すべてを参考文献として本明細書に含める。
【0099】
[実施例1]
9質量%のUHMWPEホモポリマーのデカリン溶液を作製した。前記UHMWPEは、デカリン中135℃において溶液で測定したIVが20dl/gであった。UHMWPE溶液は、180℃の設定温度で、ギヤーポンプを備えた25mmの二軸スクリュー押出機を用いて、64個の出口を有する紡糸口金を通して、デカリンおよび水蒸気も含んでいる空気雰囲気中へ1個の孔当たり約1.5g/分の速度で押し出した。出口は円形断面を有しており、0.17cmの長さにわたって初期直径が3mmから1mmへ徐々に減少し、その後でL/Dが10である一定直径の部分が続いていた。この特定の幾何学形状の出口により、延伸比Δが9になった。
【0100】
流体繊維は紡糸口金から25mmの流体延伸ゾーンへ入り、それから水槽に入った。そこでは、エアギャップで延伸比Δが20となるような速度で流体繊維を巻き上げた。ΔfluidはΔfluid=ΔΔ=180である。
【0101】
流体繊維を水槽中で冷却して、ゲル繊維を形成させた。水槽は約40℃に保持した。ここで、槽に入る繊維に対して垂直に約50リットル/時間の流速で水流を供給した。
【0102】
水槽から、ゲル繊維を巻き上げて温度が90℃のオーブンに入れたが、これは、ゲル繊維に対して延伸比Δgelが4となるように、また溶剤の蒸発が起きて固体繊維が形成されるような速度で行った。その後、固体繊維を、オーブンの入口の90℃から出口の130℃へと変わる温度勾配のあるオーブンへ入れた。そこでは、約4の延伸比で延伸した。
【0103】
[実施例2]
実施例2では、実施例1の実験を繰り返したが、固体繊維の延伸比が5になるようにしたという点で異なる。
【0104】
[実施例3]
実施例3では、実施例1の実験を繰り返したが、固体繊維の延伸比が6になるようにしたという点で異なる。
【0105】
[実施例4]
実施例3では、実施例1の実験を繰り返したが、固体繊維の延伸比が7になるようにしたという点で異なる。
【0106】
[比較実験A]
比較実験Aでは、実施例1の実験を繰り返したが、延伸比をゲル繊維に使用しなかったという点で異なる。
【0107】
[比較実験B]
比較実験Bでは、実施例1の実験を繰り返したが、ゲル繊維の延伸比が2となるようにしたという点で異なる。
【0108】
表1に要約された、上に示した実施例で成し遂げられた結果から、本発明のUHMWPE繊維は、比較実験の繊維と比較した場合にT緩和時間が長く、T緩和時間が短くなっており、それゆえに、分子構造の完全性が向上していることがはっきりと分かる。本発明のUHMWPE繊維は比較の繊維よりも引張り強さがかなり大きいということも観察できる。
【0109】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ゲル紡糸超高分子量ポリエチレン(UHMWPE)繊維であって、前記UHMWPE繊維が、デカリン中135℃での固有粘度が少なくとも8dl/gでありかつ26℃で固体プロトンH NMRによって測定したT緩和時間が少なくとも600msであるUHMWPEを含むことを特徴とする、ゲル紡糸超高分子量ポリエチレン(UHMWPE)繊維。
【請求項2】
前記T緩和時間が少なくとも800msである、請求項1に記載のUHMWPE繊維。
【請求項3】
前記T緩和時間が少なくとも1000msである、請求項1に記載のUHMWPE繊維。
【請求項4】
26℃で固体プロトンH NMRによって測定したT緩和時間が9.95μs以下である、請求項1〜3のいずれか一項に記載のUHMWPE繊維。
【請求項5】
26℃で固体プロトンH NMRによって測定したT緩和時間が10.3μs以下である、請求項1〜3のいずれか一項に記載のUHMWPE繊維。
【請求項6】
26℃で固体プロトンH NMRによって測定したT緩和時間が10μs以下である、請求項1〜3のいずれか一項に記載のUHMWPE繊維。
【請求項7】
26℃で固体プロトンH NMRによって測定したT緩和時間が9.8μs以下である、請求項1〜3のいずれか一項に記載のUHMWPE繊維。
【請求項8】
前記UHMWPE繊維の引張り強さが少なくとも3GPaである、請求項1〜7のいずれか一項に記載のUHMWPE繊維。
【請求項9】
前記UHMWPE繊維の引張り強さが少なくとも4GPaである、請求項1〜8のいずれか一項に記載のUHMWPE繊維。
【請求項10】
前記UHMWPE繊維の引張り強さが少なくとも5GPaである、請求項1〜9のいずれか一項に記載のUHMWPE繊維。
【請求項11】
請求項1〜10のいずれか一項に記載のUHMWPE繊維を含む、複合物品。
【請求項12】
請求項1〜10のいずれか一項に記載のUHMWPE繊維を含む、衝撃物品。
【請求項13】
請求項1〜10のいずれか一項に記載のUHMWPE繊維を含む、ロープまたは網。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate


【公表番号】特表2010−525184(P2010−525184A)
【公表日】平成22年7月22日(2010.7.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−504558(P2010−504558)
【出願日】平成20年4月25日(2008.4.25)
【国際出願番号】PCT/EP2008/003360
【国際公開番号】WO2008/131925
【国際公開日】平成20年11月6日(2008.11.6)
【出願人】(503220392)ディーエスエム アイピー アセッツ ビー.ブイ. (873)
【Fターム(参考)】