説明

X線による性能評価方法およびその利用

【課題】眼鏡レンズ基材上に形成される機能性膜の性能を高い信頼性をもって評価するための新たな手段を提供すること。
【解決手段】眼鏡レンズ基材上に機能性膜を形成するための成膜材料または該成膜材料を用いて形成された機能性膜の性能評価方法。前記評価される性能は、上記機能性膜表面の滑り感および上記機能性膜の密着性からなる群から選ばれ、上記成膜材料または上記機能性膜にX線を照射することにより発生する光電子量の経時変化に基づき、前記評価を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、眼鏡レンズ基材上に機能性膜を形成するための成膜材料または該成膜材料を用いて形成された機能性膜の性能評価方法に関するものであり、詳しくは、上記機能性膜の滑り感および上記機能性膜の密着性からなる群から選ばれる性能を評価する方法に関するものである。
更に本発明は、上記評価により良品と判断された成膜材料を用いて眼鏡レンズ基材上に機能性膜を形成することを含む眼鏡レンズの製造方法、および上記評価方法に使用される評価装置に関する。
【背景技術】
【0002】
眼鏡レンズに所望の性能を付与するために、レンズ基材上に各種機能性膜を形成することが行われている。例えば特許文献1には、眼鏡レンズ表面に撥水性を付与するために蒸着膜(撥水膜)を形成することが提案されている。
【0003】
特許文献1に記載の撥水膜等の眼鏡レンズ最表面に形成される蒸着膜には、眼鏡レンズに所望の表面性(例えば撥水性)を付与することに加え、実用上、滑り感および密着性が良好であることが求められる。良好な滑り感が求められる理由は、眼鏡レンズは、レンズに付着した指紋、皮脂、その他汚れを頻繁に拭き取る必要があるためであり、良好な密着性が求められる理由は、上記拭き取り時に加わる力により剥がれが生じないことや、長期間使用した際に剥離しないことが求められるからである。なお、本明細書において、良好な滑り感とは、布等で拭いたときに抵抗が少なくスムーズに拭き取りを行うことができることをいう。この滑り感は、通常、実際に人の手で拭き取りを行い評価されているが、簡便に信頼性の高い評価を行うためには機械的に定性的ないしは定量的に評価をすることが望まれる。
【0004】
かかる状況下、本願出願人は、滑り感について、上記官能評価に代わる方法として、原子間力顕微鏡の探針を蒸着膜表面上で振動させながら測定される位相変化に基づき滑り感を評価する方法を提案し、先に特許出願した(特許文献2参照)。
【0005】
一方、眼鏡レンズ基材上に形成された機能性膜の密着性評価方法としては、クロスカット法が広く用いられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開第2008/038782号
【特許文献2】特開2008−256373号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記特許文献2に記載の方法は、従来感覚的に評価されていた滑り感を機械的に評価することを可能にする優れた方法であるが、原子間力顕微鏡を持たない製造設備では実施することができない。したがって、原子間力顕微鏡に代わる手段によって滑り感を機械的に評価することができれば、機械的評価方法のバリエーションが増えるため、実用上有利である。
【0008】
一方、密着性評価方法として用いられているクロスカット法は、機能性膜表面をカットしてマス目を作ることが必須であるため、製品レンズの全数検査法として用いることができない。そのため、製品レンズの全数検査を可能とする、新たな密着性評価方法を確立することができれば、密着性評価を行い高い密着性を有することが確認されたレンズを製品レンズとして出荷することができるため、製品として出荷する眼鏡レンズの品質および信頼性を高めることが可能となる。
【0009】
そこで本発明の目的は、眼鏡レンズ基材上に形成される機能性膜の性能を高い信頼性をもって評価するための新たな手段を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記目的を達成するために鋭意検討を重ねた結果、眼鏡レンズ基材上に形成される機能性膜、更には該機能性膜を形成するために使用される成膜材料にX線を照射して発生する光電子量の経時変化が、形成される機能性膜表面の滑り感および該機能性膜の密着性と良好な相関性を示すことを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
即ち、上記目的は、下記手段により達成された。
[1]眼鏡レンズ基材上に機能性膜を形成するための成膜材料または該成膜材料を用いて形成された機能性膜の性能評価方法であって、
前記評価される性能は、上記機能性膜表面の滑り感および上記機能性膜の密着性からなる群から選ばれ、
上記成膜材料または上記機能性膜にX線を照射することにより発生する光電子量の経時変化に基づき、前記評価を行うことを特徴とする、前記性能評価方法。
[2]前記経時変化は、XPSスペクトルにおけるピーク強度の経時変化量である、[1]に記載の性能評価方法。
[3]前記経時変化は、XPSスペクトルにおける結合エネルギーの異なるピークのピーク強度の大小関係の変化である、[1]に記載の性能評価方法。
[4]前記XPSスペクトルは、XPS法によるC1sスペクトルである、[2]または[3]に記載の性能評価方法。
[5]前記ピーク強度は、前記Clsスペクトルにおける結合エネルギー295〜300eVの範囲内にあるピークおよび285〜290eVの範囲内にあるピークの少なくとも一方のピーク強度を含む、[4]に記載の性能評価方法。
[6][1]〜[5]のいずれかに記載の性能評価方法により評価した結果、良品と判定された成膜材料を用いて機能性膜を形成することを特徴とする、眼鏡レンズ基材上に機能性膜を有する眼鏡レンズの製造方法。
[7]眼鏡レンズ基材上に機能性膜を形成するための成膜材料または該成膜材料を用いて形成された機能性膜の性能を評価する評価装置であって、
[1]〜[5]のいずれかに記載の性能評価方法を実施するために使用され、
前記成膜材料または前記機能性膜にX線を照射するX線照射部と、
前記X線が照射された成膜材料または前記機能性膜から発生する光電子量の経時変化を測定する測定部と、
測定された経時変化に基づき、前記機能性膜表面の滑り感および上記機能性膜の密着性からなる群から選ばれる性能の良否を判定する判定部と、
を含むことを特徴とする、前記評価装置。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、機能性膜のみならず成膜材料自体を評価することによっても、形成される機能性膜の滑り感および密着性を評価することができる。これにより、テスト成膜を行う必要なく、良好な滑り感および密着性を有する機能性膜を形成可能な成膜材料を選択することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】後述する成膜材料1のXPSスペクトル(C1sスペクトル)の経時変化を示す。
【図2】後述する成膜材料2のXPSスペクトル(C1sスペクトル)の経時変化を示す。
【図3】後述する成膜材料1〜3のXPSスペクトル(C1sスペクトル)における結合エネルギー295〜300eVの範囲内にあるピークのピーク強度の経時変化を示す。
【図4】実施例で使用した耐久性試験装置の概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明は、眼鏡レンズ基材上に機能性膜を形成するための成膜材料または該成膜材料を用いて形成された機能性膜の性能評価方法に関する。本発明の性能評価方法は、上記機能性膜表面の滑り感および上記機能性膜の密着性からなる群から選ばれる性能を、上記成膜材料または上記機能性膜にX線を照射することにより発生する光電子量の経時変化に基づき評価するものである。
【0015】
X線照射により発生する光電子に基づく分析法としては、X線光電子分光(XPS)法が知られている。例えば特開2003−66640号公報には、XPSスペクトルにおけるピーク強度比から有機感光層の感光体特性の耐久性を評価することが提案されている。しかし、上記特開2003−66640号公報をはじめとする従来の技術には、X線照射により発生する光電子量の経時変化と眼鏡レンズ基材上の機能性膜の滑り感との関係を示唆するものはない。
これに対し、本発明者らは、X線照射により発生する光電子量の経時変化が大きな成膜材料から形成された機能性膜や上記経時変化が大きな機能性膜は滑り感および密着性に劣るものであること、即ち、上記経時変化と滑り感および密着性との間には良好な相関関係が存在することを見出し、本発明を完成するに至ったものである。本発明の性能評価方法によれば、実際に眼鏡レンズ基材上に形成された機能性膜の評価はもちろんのこと、眼鏡レンズ基材上に形成される前の成膜材料の状態での評価も可能であるため、テスト成膜を行う必要なく、良好な滑り感および密着性を有する機能性膜を形成可能な成膜材料を選択することができる。
以下、本発明の性能評価方法について、更に詳細に説明する。
【0016】
本発明の性能評価方法における評価対象は、眼鏡レンズ基材上に形成される機能性膜表面の滑り感および該機能性膜の密着性からなる群から選ばれる性能である。滑り感および密着性の一方のみを評価してもよく、両方を評価してもよい。先に説明したように、良好な滑り感とは、布等で拭いたときに抵抗が少なくスムーズに拭き取りを行うことができることをいう。本発明の性能評価方法は、機械的に評価することが従来困難であった滑り感を、X線照射により発生される光電子量の経時変化によって定量的に評価することができる。また、本発明において、機能性膜の密着性とは、機能性膜と、その直下に位置する表面との密着性を意味する。機能性膜の直下に位置する表面とは、機能性膜がレンズ基材上に直接形成されている場合にはレンズ基材表面であるが、レンズ基材と機能成膜との間に他の層が存在する場合には、機能性膜と隣接する層の表面である。本発明の性能評価方法は、クロスカット法に代わり得る方法として、機能性膜の密着性をX線照射により発生される光電子量の経時変化によって定量的に評価することができる。
【0017】
上記機能性膜が形成される眼鏡レンズ基材は、無機ガラス製であってもプラスチック製であってもよく、耐久性の点からはプラスチック製眼鏡レンズ基材が好ましい。プラスチック製のレンズ基材としては、メチルメタクリレート単独重合体、メチルメタクリレートと1種以上の他のモノマーとをモノマー成分とする共重合体、ジエチレングリコールビスアリルカーボネート単独重合体、ジエチレングリコールビスアリルカーボネートと1種以上の他のモノマーとをモノマー成分とする共重合体、イオウ含有共重合体、ハロゲン含有共重合体、ポリカーボネート、ポリスチレン、ポリ塩化ビニル、不飽和ポリエステル、ポリエチレンテレフタレート、ポリウレタンなどのプラスチック製レンズが挙げられる。また、評価対象である機能性膜または評価対象である成膜材料から形成される機能性膜は、レンズ基材上に直接形成されてもよく、他の機能性膜を介して間接的に形成されていてもよい。この場合、形成される他の機能性膜としては、反射防止膜、ハードコート膜を挙げることができる。反射防止膜については、例えば特開2008−256373号公報段落 [0055]を参照できる。また、ハードコート膜としては、レンズの耐久性向上の点からは、有機ケイ素化合物および金属酸化物粒子を含むものが好ましい。そのようなハードコート層を形成可能なハードコート組成物の一例としては、特開昭63−10640号公報に記載されているものを挙げることができる。
【0018】
また、上記有機ケイ素化合物の好ましい態様としては、下記一般式(I)で表される有機ケイ素化合物またはその加水分解物を挙げることもできる。
(R1a(R3bSi(OR24-(a+b) ・・・(I)
【0019】
一般式(I)中、R1は、グリシドキシ基、エポキシ基、ビニル基、メタアクリルオキシ基、アクリルオキシ基、メルカプト基、アミノ基、フェニル基等を有する有機基を表し、R2は炭素数1〜4のアルキル基、炭素数1〜4のアシル基または炭素数6〜10のアリール基を表し、R3は炭素数1〜6のアルキル基または炭素数6〜10のアリール基を表し、aおよびbはそれぞれ0または1を示す。
【0020】
2で表される炭素数1〜4のアルキル基は、直鎖または分岐のアルキル基であって、具体例としては、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基等が挙げられる。
2で表される炭素数1〜4のアシル基としては、例えば、アセチル基、プロピオニル基、オレイル基、ベンゾイル基等が挙げられる。
2で表される炭素数6〜10のアリール基としては、例えば、フェニル基、キシリル基、トリル基等が挙げられる。
3で表される炭素数1〜6のアルキル基は、直鎖または分岐のアルキル基であって、具体例としては、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基等が挙げられる。
3で表される炭素数6〜10のアリール基としては、例えば、フェニル基、キシリル基、トリル基等が挙げられる。
上記一般式(I)で表される化合物の具体例としては、特開2007−077327号公報段落[0073]に記載されているものを挙げることができる。一般式(I)で表される有機ケイ素化合物は硬化性基を有するため、塗布後に硬化処理を施すことにより、硬化膜としてハードコート層を形成することができる。
【0021】
前記ハードコート層に含まれる金属酸化物粒子は、ハードコート層の屈折率の調整および硬度向上に寄与し得る。具体例としては、酸化タングステン(WO3)、酸化亜鉛(ZnO)、酸化ケイ素(SiO2)、酸化アルミニウム(Al23)、酸化チタニウム(TiO2)、酸化ジルコニウム(ZrO2)、酸化スズ(SnO2)、酸化ベリリウム(BeO)、酸化アンチモン(Sb25)等の粒子が挙げられ、単独または2種以上の金属酸化物粒子を併用することができる。金属酸化物粒子の粒径は、耐擦傷性と光学特性とを両立する観点から、5〜30nmの範囲であることが好ましい。同様の理由から、ハードコート層における金属酸化物粒子の含有量は、屈折率および硬度を考慮して適宜設定可能であるが、通常、ハードコート組成物の固形分あたり5〜80質量%程度である。また、上記金属酸化物粒子は、ハードコート層中での分散性の点から、コロイド粒子であることが好ましい。
【0022】
有機系ハードコート層は、上記成分および必要に応じて有機溶媒、界面活性剤(レベリング剤)等の任意成分を混合して調製したハードコート組成物を樹脂層上に塗布し、硬化性基に応じた硬化処理(熱硬化、光硬化等)を施すことにより形成することができる。ハードコート組成物の塗布手段としては、ディッピング法、スピンコーティング法、スプレー法等の通常行われる方法を適用することができるが、面精度の面からディッピング法、スピンコーティング法が好ましい。
【0023】
レンズ基材と前記機能性膜との間に形成される他の機能性膜の厚さは特に限定されるものではなく、所望の機能と光学特性を両立可能な範囲で適宜設定することが可能である。一例として、ハードコート膜の厚さは、例えば0.5〜10μmの範囲であることが好ましい。
【0024】
評価対象である機能性膜または評価対象である成膜材料から形成される機能性膜としては、眼鏡レンズの最表層に撥水膜ないし潤滑膜として形成される機能性膜が好ましい。最表層に位置する機能性膜が良好な滑り感を有するものであれば、使用者が眼鏡レンズを布等で拭いたときに抵抗が少なくスムーズに拭き取りを行うことができる。一方、最表層に位置する機能性膜の密着性が良好であれば、使用者が眼鏡レンズを布等で拭いたときに機能性膜が剥がれることがなく、また、長期間眼鏡レンズを使用した際に機能性膜が剥がれることがなく好ましい。前記機能性膜としては、例えば、屈折率1.30〜1.47(好ましくは1.40〜1.45)、膜厚は1〜20nm(好ましくは3〜15nm)のものを挙げることができる。膜厚が1nm以上(好ましくは3nm以上)であれば十分な耐久性や耐摩耗性が得られ、20nm以下(好ましくは15nm以下)であれば曇り等により透過率が下がるおそれがないため好ましい。
【0025】
上記最表層に形成する機能性膜の成膜材料としては、有機化合物、具体的にはフッ素系有機化合物を挙げることができる。なお本発明において「フッ素系」とはフッ素を含有することを意味する。
【0026】
上記フッ素系有機化合物としては、フッ素置換アルキル基含有有機ケイ素化合物が好ましい。また、前記成膜材料から形成される機能性膜は、その成膜方法は特に限定されるものではないが、例えば、上記成膜材料を蒸着することにより形成された蒸着膜であることができる。
【0027】
上記フッ素置換アルキル基含有有機ケイ素化合物としては、眼鏡レンズ最表面に優れた撥水性ないし潤滑性を付与することができるため、下記一般式(I)で表されるフッ素置換アルキル基含有有機ケイ素化合物が好ましい。
【0028】
【化1】

【0029】
一般式(I)において、Rfは、式:−(Ck2kO)−(式中、kは1〜6、好ましくは1〜4の範囲の整数であり、該式中の(Ck2kO)の配列はランダムであることが好ましい。)で表される単位を含み、分岐を有しない直鎖状のパーフルオロポリアルキレンエーテル構造を有する二価の基である。なお、一般式(I)中のnおよびn'がいずれも0である場合、一般式(I)中の酸素原子(O)に結合するRf基の末端は、酸素原子ではないことが好ましい。このRf基としては、例えば、下記一般式で示されるものが挙げられる。但し、本発明は下記例示に限定されるものではない。
【0030】
−CF2CF2O(CF2CF2CF2O)lCF2CF2
(式中、1は1以上、好ましくは1〜50、より好ましくは10〜40の範囲の整数である。)
−CF2(OC24p−(OCF2q
(式中、pおよびqは、それぞれ、1以上、好ましくは1〜50、より好ましくは10〜40の範囲の整数であり、かつp+qの和は、10〜100、好ましくは20〜90、より好ましくは40〜80の範囲の整数であり、該式中の繰り返し単位(OC24)および(OCF2)の配列はランダムである。)
【0031】
一般式(I)において、Xは加水分解性基またはハロゲン原子である。Xで表される加水分解性基としては、例えば、メトキシ基、エトキシ基、プロポキシ基、ブトキシ基等のアルコキシ基;メトキシメトキシ基、メトキシエトキシ基、エトキシエトキシ基等のアルコキシアルコキシ基;アリロキシ基、イソプロペノキシ等のアルケニルオキシ基;アセトキシ基、プロピオニルオキシ基、ブチルカルボニルオキシ基、ベンゾイルオキシ基等のアシロキシ基;ジメチルケトオキシム基、メチルエチルケトオキシム基、ジエチルケトオキシム基、シクロペンタノキシム基、シクロヘキサノキシム基等のケトオキシム基;N−メチルアミノ基、N−エチルアミノ基、N−プロピルアミノ基、N−ブチルアミノ基、N,N−ジメチルアミノ基、N,N−ジエチルアミノ基、N−シクロヘキシルアミノ基等のアミノ基;N−メチルアセトアミド基、N−エチルアセトアミド基、N−メチルベンズアミド基等のアミド基;N,N−ジメチルアミノオキシ基、N,N−ジエチルアミノオキシ基等のアミノオキシ基等を挙げることができる。
また、Xで表されるハロゲン原子としては、例えば、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子等が挙げられる。
これらの中で、メトキシ基、エトキシ基、イソプロペノキシ基および塩素原子が好適である。
【0032】
一般式(I)において、Rは炭素原子数1〜8の一価炭化水素基であり、Rが複数存在する場合には、Rは互いに同一でも異なってもよい。Rで表される炭化水素基の具体例としては、例えば、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基、ヘプチル基、オクチル基等のアルキル基;シクロペンチル基、シクロヘキシル基等のシクロアルキル基;フェニル基、トリル基、キシリル基等のアリール基;ベンジル基、フェネチル基等のアラルキル基;ビニル基、アリル基、ブテニル基、ペンテニル基、ヘキセニル基等のアルケニル基等が挙げられる。これらの中でも炭素原子数1〜3の一価炭化水素基が好ましく、特にメチル基が好適である。
【0033】
一般式(I)において、nおよびn'はそれぞれ独立に0〜2の範囲の整数であり、好ましくは1である。nとn'は互いに同一であっても異なっていてもよい。また、mおよびm'はそれぞれ独立に1〜5の整数であり、3であることが好ましい。mとm'は互いに同一であっても異なっていてもよい。
【0034】
一般式(I)において、aおよびbはそれぞれ独立に2または3であり、加水分解および縮合反応性、および被膜の密着性の観点から、3であることが好ましい。
【0035】
一般式(I)で表されるフッ素置換アルキル基含有有機ケイ素化合物(パーフルオロポリアルキレンエーテル変性シラン)の分子量は、特に制限されないが、安定性、取扱い易さ等の点から、数平均分子量で500〜20,000、好ましくは1000〜10,000のものが適当である。
【0036】
一般式(I)で表されるパーフルオロポリアルキレンエーテル変性シランの具体例としては、例えば、下記構造式で示されるものが挙げられる。但し、本発明は下記例示に限定されるものではない。
【0037】
(CH3O)3SiCH2CH2CH2OCH2CF2CF2O(CF2CF2CF2O)lCF2CF2CH2OCH2CH2CH2Si(OCH33
(CH3O)2CH3SiCH2CH2CH2OCH2CF2CF2O(CF2CF2CF2O)lCF2CF2CH2OCH2CH2CH2SiCH3(OCH32
(CH3O)3SiCH2CH2CH2OCH2CF2(OC24p(OCF2qOCF2CH2OCH2CH2CH2Si(OCH33
(CH3O)2CH3SiCH2CH2CH2OCH2CF2(OC24p(OCF2qOCF2CH2OCH2CH2CH2SiCH3(OCH32
(CH3O)3SiCH2CH2CH2OCH2CH2CF2(OC24p(OCF2qOCF2CH2CH2OCH2CH2CH2Si(OCH33
(C25O)3SiCH2CH2CH2OCH2CF2(OC24p(OCF2qOCF2CH2OCH2CH2CH2Si(OC253
【0038】
一般式(I)で表される化合物は、1種単独で使用してもよく2種以上を組合せて使用することもできる。また、上記パーフルオロポリアルキレンエーテル変性シランと該変性シランの部分加水分解縮合物とを組み合わせて使用することもできる。
【0039】
一般式(I)で表されるパーフルオロポリアルキレンエーテル変性シランは、溶媒で希釈されたものを用いることが好ましい。使用できる溶媒としては、例えば、フッ素変性脂肪族炭化水素系溶剤(パーフルオロヘプタン、パーフルオロオクタン等)、フッ素変性芳香族炭化水素系溶剤(1,3−ジ(トリフルオロメチル)ベンゼン、トリフルオロメチルベンゼン等)、のフッ素変性エーテル系溶剤(メチルパーフルオロブチルエーテル、パーフルオロ(2−ブチルテトラヒドロフラン)等)、フッ素変性アルキルアミン系溶剤(パーフルオロトリブチルアミン、パーフルオロトリペンチルアミン等)、炭化水素系溶剤(石油ベンジン、ミネラルスピリッツ、トルエン、キシレン等)、ケトン系溶剤(アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン等)等が挙げられる。これらは1種単独でも2種以上を組み合わせてもよい。これらのなかでも、変性シランの溶解性、濡れ性等の点で、フッ素変性された溶剤が好ましく、特に、1,3−ジ(トリフルオロメチル)ベンゼン、パーフルオロ(2−ブチルテトラヒドロフラン)、およびパーフルオロトリブチルアミンが好ましい。
【0040】
上記一般式(I)で表される化合物をはじめとするフッ素系有機化合物は、潤滑性を付与し滑り感を良好にするために変性シリコーンオイルと併用することが好ましい。このような変性シリコーンオイルは、必要に応じてカップリング剤と併用することにより得られる被膜の耐久性および耐磨耗性を高めることができる。これは変性シリコーンオイルとカップリング剤により複雑な立体構造を有する物質が形成されることに起因すると考えられる。そのような変性シリコーンオイルとしては、下記一般式(III)で表されるシリコーンオイルが好ましく、カップリング剤としては、下記一般式(II)で表されるシラン化合物が好ましい。一般式(I)で表される化合物を一般式(II)で表される化合物および一般式(III)で表される化合物と混合して蒸着材料とした場合、耐久性、耐摩耗性に優れた蒸着膜を得ることができる。これは、一般式(III)で表される変性シリコーンオイルをシランカップリング剤である一般式(II)で表されるシラン化合物により結合させることにより、複雑な立体構造を有した化合物ができるため、蒸着された状態において、一般式(I)で表されるフッ素置換アルキル基含有有機ケイ素化合物が、一般式(II)で表されるシラン化合物と一般式(III)で表される変性シリコーンオイルとの反応生成物によって保護されるためではないかと考えられる。
【0041】
【化2】

【0042】
一般式(II)において、R'は有機基であり、炭素数1〜50(好ましくは1〜10)のアルキル基(メチル基、エチル基、プロピル基等)、エポキシエチル基、グリシジル基、アミノ基等が挙げられる。これらは置換されていてもよい。
【0043】
一般式(II)において、R”はアルキル基であり、炭素数1〜48のアルキル基(メチル基、エチル基、プロピル基等)であることが好ましく、メチル基またはエチル基が更に好ましい。
【0044】
一般式(II)で表されるシラン化合物の具体例としては、例えば、以下の化合物を挙げることができる。但し、本発明は下記具体例に限定されるものではない。
【0045】
(C25O)3SiC36NH2、(CH3O)3SiC36NH2、(C25O)4Si、(C25O)3Si-O-Si(OC253
【0046】
一般式(II)で表されるシラン化合物は、1種単独で使用してもよく2種以上を組合せても使用することができる。一般式(II)で表される化合物は、R'−Si(OR”)3を単独またはSi(OR”)4より多く用いることが好ましい。この場合、変性シリコーンオイルとの反応物がより複雑な立体構造になり、耐久性や耐摩耗性を向上できる。
【0047】
【化3】

【0048】
一般式(III)において、cは1以上の整数であり、1〜60であることが好ましく、より好ましくは1〜10である。
【0049】
一般式(III)において、X1〜X6は、それぞれ独立に有機基であり、その具体例としては、炭素数1〜20のアルキル基(メチル基、エチル基、プロピル基等)、エポキシエチル基、グリシジル基、アミノ基、カルボキシル基等が挙げられる。これらは置換されていてもよい。一般式(III)において、X1およびX5ならびに/またはX2およびX4はメチル基を有する。
【0050】
一般式(III)で表される化合物は、1種単独で使用してもよく2種以上を組合せて使用してもよい。
【0051】
一般式(III)で表される変性シリコーンオイルの具体例としては、例えば、下記構造式で示されるものが挙げられる。但し、本発明は下記例示に限定されるものではない。
【0052】
【化4】

[(a)および(b)の有機基におけるR1は、アルキレン基(メチレン基、エチレン基、プロピレン基等)等であり、rは1〜20、sは1〜20、tは1〜40の範囲の整数である。]
【0053】
上記成分を含む蒸着膜をはじめとする各種蒸着膜の形成方法については、国際公開公報第2008/038782号段落[0025]〜[0033]、特開2008−256373号公報段落[0042]〜[0052]を参照できる。ただし本発明の評価対象とされる被膜は蒸着膜に限定されるものではない。スピンコート法、ディップ法等により形成された被膜に対しても本発明の評価方法を用いることができる。
【0054】
スピンコート法、ディップ法により潤滑膜を形成するために好適な成膜材料(潤滑剤)としては、下記一般式(1)で表されるフッ素系有機化合物、下記一般式(2)で表されるフッ素系窒素含有有機化合物、下記一般式(3)で表されるフッ素系窒素含有有機化合物を挙げることができる。
【0055】
【化5】

【0056】
一般式(1)〜(3)中、Rf11、Rf12、Rf13、Rf21、Rf22、Rf23、Rf31、Rf32、およびRf33は、それぞれ独立に−(CF2)m−で表される基を表し、mは1〜6の範囲の整数を表し、n11、n12、n13、n21、n22、n23、n24、n25、n31、n32、n33、n34、n35、n36、およびn37は、それぞれ独立に、1〜5の範囲の整数を表す。上記一般式(1)〜(3)で表される成膜材料の具体例としては、例えば以下に示すフッ素系有機化合物およびフッ素系窒素含有有機化合物を挙げることができる。以下において、mは1〜5の範囲の整数を表す。
【0057】
【化6】

【0058】
一般式(1)〜(3)で表される化合物は、公知の方法で合成することができ、市販品としても入手可能である。これらは、1種単独で、または2種以上を組み合わせて潤滑膜形成のための成膜材料として用いることができる。また、溶媒や公知の添加剤と混合して成膜材料として使用することも可能である。
【0059】
次に、本発明における滑り感および密着性の評価手法について説明する。
【0060】
本発明では、眼鏡レンズ基材上に形成される機能性膜の滑り感および密着性からなる群から選ばれる性能を、該機能性膜を成膜するための成膜材料または眼鏡レンズ基材上に形成された機能性膜にX線を照射することにより発生する光電子量の経時変化に基づき評価する。ここで、評価対象の機能性膜としては、製品そのもの、または製品と同一ロット内で製造されたレンズ等の評価用に形成した眼鏡レンズ上の機能性膜を評価を挙げることができる。また、評価対象の成膜材料は、機能性膜を成膜するために使用される組成物そのものでもよく、所望の機能を発現するための成分(例えば前述のフッ素系有機化合物)単独であってもよく、当該成分を1以上の他の成分と混合した混合物であってもよい。また、任意の成膜方法により膜形状としたものであってもよく、サンプル管内に封入した状態であってもよい。このように任意の形態で評価できることは、テスト成膜を行うことなく成膜材料そのものを評価することによる上記性能の評価を可能とする点できわめて有利である。
【0061】
X線照射により光電子を発生させる評価装置としては、評価対象試料にX線、好ましくは軟X線を照射し、このX線照射により試料から発生する光電子量を測定可能な装置であれば何ら制限なく使用することができる。そのような装置としては、X線光電子分光(XPS;X-ray Photoelectron Spectrometry)分析装置を用いることができる。また、X線の照射は連続的に行ってもよく断続的に行ってもよい。照射時間は所望の滑り感に応じて設定すればよい。成膜材料の種類にもよるが、後述の実施例では、滑り感および密着性に劣る成膜材料では、例えば15分程度のX線連続照射により光電子量に顕著な変化が確認されている。また、X線の照度は光電子を発生可能な値に設定すればよい。
【0062】
前記光電子量の経時変化は、検出される光電子の総量(XPSスペクトルの総面積)の経時変化量として求めることもでき、XPSスペクトルにおける特定ピークのピーク強度の経時変化量として求めることもできる。または、特定ピークのピーク面積の経時変化量として光電子量の経時変化を求めることも可能である。評価の簡便性の点からは、ピーク強度によって評価を行うことが好ましい。
または、光電子量の経時変化を、X線照射によるスペクトル形状の変化から求めることも可能である。例えば、評価対象の成膜材料または機能性膜において、XPSスペクトルにおいて結合エネルギーの異なるピークが2つ以上出現する場合には、結合エネルギーの異なるピークのピーク強度の大小関係が、X線照射により変化するか否か(維持されるか逆転するか)を滑り感および密着性からなる群から選ばれる性能の判定基準とし、大小関係が維持されているものを滑り感および密着性からなる群から選ばれる性能が良好と判定することができる。または、XPSスペクトルにおいて、X線照射によりピークの消失、新たなピークの出現、等のスペクトル形状変化が起こるか否かによって、滑り感および密着性からなる群から選ばれる性能を評価することもできる。
【0063】
上記評価に用いるXPSスペクトルとしては、評価対象である成膜材料に応じて決定すればよい。例えば、有機系成膜材料の評価のためには炭素の結合状態を示すC1s(炭素)スペクトルが好ましい。また、注目するピークとしては、一例として、後述の実施例で示すように結合エネルギー285〜290eVの間に出現するピーク、295〜300eVの間に出現するピークの少なくとも一方のピークが挙げられるが、これに限定されるものではない。なお、本発明者らは、光電子量の経時変化が大きい成膜材料とは、即ちX線照射により結合の切断などの構造変化が生じやすいものであり、そのような成膜材料はレンズ基材上で十分な滑り感および密着性を発現できないことが、光電子量の経時変化と滑り感との間に良好な相関関係が成立している理由ではないかと推察している。
滑り感が良好であるか否かの判断基準(閾値)は適宜予備実験を行うことにより設定すればよいが、一例として所定時間(例えば15分間〜1時間)内での経時変化量が±20%以内であれば滑り感良好と判定することができる。または、特に良好な滑り感が求められる場合には、上記経時変化量が±5%以内であれば滑り感良好と判定することもできる。
一方、密着性が良好であるか否かの判断基準(閾値)も適宜予備実験を行うことにより設定すればよく、一例として所定時間(例えば15分間〜1時間)内での経時変化量が±20%以内であれば密着性良好と判定することができる。または、特に良好な密着性が求められる場合には、上記経時変化量が±5%以内であれば密着性良好と判定することもできる。
また、前述のようにXPSスペクトルのスペクトル形状の変化に基づき評価を行う場合には、所定時間(例えば15分間〜1時間)でスペクトル形状の変化(例えばピーク強度の大小関係の逆転)が起こらないことをもって、滑り感および密着性が良好と判定することができる。
以上説明した良否判定は、プログラムにより自動化することができる。
【0064】
したがって本発明によれば、
眼鏡レンズ基材上に機能性膜を形成するための成膜材料または該成膜材料を用いて形成された機能性膜の性能を評価する評価装置であって、
本発明の性能評価方法を実施するために使用され、
前記成膜材料または前記機能性膜にX線を照射するX線照射部と、
前記X線が照射された成膜材料または前記機能性膜から発生する光電子量の経時変化を測定する測定部と、
測定された経時変化に基づき、前記機能性膜表面の滑り感および前記機能性膜の密着性からなる群から選ばれる性能の良否を判定する判定部と、
を含むことを特徴とする、前記評価装置、
も提供される。
【0065】
更に本発明は、本発明の性能評価方法により評価した結果、良品と判定された成膜材料を用いて機能性膜を形成することを特徴とする、眼鏡レンズ基材上に機能性膜を有する眼鏡レンズの製造方法に関する。
本発明の性能評価方法によれば、良好な滑り感および密着性を発現可能な成膜材料を選択可能であるため、選択された成膜材料(良品)を用いて機能性膜を形成することにより、良好な滑り感を有する眼鏡レンズおよび機能性膜の密着性が良好な眼鏡レンズを得ることができる。
【0066】
先に説明したように、機能性膜の成膜方法は特に限定されるものではなく、蒸着法、スピンコート法、ディップ法等の公知の成膜方法を用いることができる。例えば、蒸着装置内では、100個程度の基材に対して同時に蒸着処理を施すことができるため、蒸着法は量産性の点で有利である。その他、本発明の製造方法の詳細は、先に説明した通りである。
【0067】
更に本発明によれば、
複数の眼鏡レンズ基材上に機能性膜を形成することにより、機能性膜を有する眼鏡レンズを複数製造する工程(以下、「工程I」という)と、
製造された複数の眼鏡レンズの少なくとも1つについて、該眼鏡レンズが有する機能性膜を本発明の性能評価方法により評価する工程(以下、「工程II」という)と、
評価結果に基づき製品として出荷する眼鏡レンズを決定する工程(以下、「工程III」という)と、
を含む眼鏡レンズの製造方法、
を提供することもできる。
【0068】
先に説明したように、工程Iにおける機能性膜形成方法は特に限定されるものではなく、蒸着法、スピンコート法、ディップ法等の公知の成膜方法により被膜を形成することができ、中でも量産性の点からは蒸着法が好ましい。例えば、上記製造方法では、同一装置内で同時に蒸着処理が施された複数の眼鏡レンズ等、同一ロット内の複数の眼鏡レンズの少なくとも1つを工程IIに付す。工程IIに付される眼鏡レンズの数は少なくとも1つであればよく、高品質な製品を高い信頼性をもって提供するためには2つ以上の眼鏡レンズを工程IIに付すことが好ましい。
【0069】
工程IIでは、工程Iにおいて評価用試料として選択した眼鏡レンズに対して本発明の性能評価方法による評価を行う。その詳細は先に説明した通りである。
【0070】
工程IIIでは、工程IIにより得られた評価結果に基づき、製品として出荷する眼鏡レンズを決定する。出荷する眼鏡レンズの決定は、例えば以下の方法で行うことができる。
(1)工程IIにおいて評価した試料の評価結果が、良否判定基準を満たすものであった場合は該試料と同一ロット内の眼鏡レンズは良否判定基準を満たすものと判断し、同一ロット内の眼鏡レンズを製品として出荷する。
(2)製造した眼鏡レンズそれぞれを工程IIに付し、工程IIにおける評価結果が良否判定基準を満たす場合は、その眼鏡レンズを製品として出荷する。出荷前の製品すべてに対して評価を行うことにより、高品質な製品をより高い信頼性をもって提供することが可能となる。先に説明したように、クロスカット法による密着性評価では全数評価は困難であるのに対し、このように本発明によれば、密着性について全数評価を行うことができる。
【0071】
また、本発明の性能評価方法により不良品と判定された眼鏡レンズについて、その上に形成されている機能性膜を除去して新たな機能性膜を形成したり、前記機能性膜上に更に機能性膜形成処理を施したりすることもできる。これにより不良品として廃棄される眼鏡レンズの数を低減することができるため、コスト面および環境への配慮の点で好ましい。
【実施例】
【0072】
以下に、本発明を実施例に基づき更に説明する。但し、本発明は実施例に示す態様に限定されるものではない。
【0073】
1.フッ素系有機化合物の評価
(1)評価対象試料
以下の3種類のフッ素系有機化合物を評価対象成膜材料とした。
成膜材料1:下記構造単位の繰り返しである主骨格を有するフッ素系有機化合物
【化7】

成膜材料2:下記2種類の構造単位のブロック共重合体を主骨格とするフッ素系有機化合物
【化8】

成膜材料3:成膜材料2と同じ主骨格を有するフッ素系有機化合物
【0074】
(2)XPSによる評価
上記各成膜材料5〜20gを試験管内に封入しXPS分析装置において、成膜材料1については75分間、成膜材料2、3については60分間X線を連続照射しC1sスペクトル(ナロースペクトル)の経時変化を観察した。XPS分析装置としては、Physical Electronics社製(ESCA5400MC)を使用した。成膜材料1について得られたC1sスペクトルの経時変化を図1に、成膜材料2について得られたC1sスペクトルの経時変化を図2に示す。成膜材料3のC1sスペクトルの経時変化は、成膜材料2とほぼ同様であった。
【0075】
図1に示すように、成膜材料1のC1sスペクトルでは、結合エネルギー285〜290eVおよび結合エネルギー295〜300eVの領域にピークが出現し、いずれのピークも時間の経過とともにピーク強度が増加または減少(発生する光電子量が変化)しスペクトル形状が変化した。これに対し、図2に示すように、成膜材料2でも同じ位置にピークが確認されたが、評価中、スペクトル形状が変化するほどのピーク強度変化は確認されなかった。そこで、成膜材料1〜3において経時的にピーク強度の顕著な低下が見られた結合エネルギー295〜300eVの間のピークトップの強度(成膜材料1については結合エネルギー約298eVのピーク強度、成膜材料2および3については結合エネルギー約296eVのピーク強度)のX線照射開始後15分から60分までの経時変化をグラフ化したものを図3に示す。図3に示すように、成膜材料1では45分間でピーク強度は60%低下したのに対し、成膜材料2、3では45分間のピーク強度減少は20%以内であった。
【0076】
2.蒸着材料(撥水処理剤)の調製
以下の方法により、蒸着材料(撥水処理剤)を調製した。容器は、アズワン社ガラススクリュー瓶30ccを使用し、スターラーの攪拌速度は500rpmに設定した。
【0077】
【表1】

【0078】
(工程1)シラン化合物とシリコーンオイルとの反応溶液の製造
一般式(II)のシラン化合物として信越化学工業(株)製KBE903((C25O)3SiC36NH2、分子量221.4,屈折率(25℃)1.420)10gと一般式(III)の変性シリコーンオイルとして下記オイル(a)の構造を有する信越化学工業(株)製KF105(動粘度15mm2/s(25℃)、屈折率(25℃)1.442、官能基当量490g/mol)10gを24時間、混合攪拌した。
前記シラン化合物はアミノ基を有しており、前記シリコーンオイルはエポキシエチル基を有している。これにより、アミノ基とグリシジル基が反応し、2および3級アミンを有したジメチルシロキサン含有混合物が生成された。この反応には約24時間程度が必要で、H,C、NMRの分析では、分子量約200〜1000の化合物の生成が確認された。
【0079】
【化9】

[上記有機基におけるR1は、アルキレン基(メチレン基、エチレン基、プロピレン基等)等であり、rは1〜20、sは1〜20、tは1〜40の範囲の整数である。]
【0080】
(工程2)フッ素系有機化合物(撥水剤)と、シラン化合物とシリコーンオイル化合物の反応溶液との混合
次に、成膜材料1〜3のいずれか15gに、工程1で製造した溶液3.5gを投入し24時間攪拌した。
【0081】
(工程3)注入性改善および乾燥性改善のためのハイドロフルオロエーテルの混合過程
工程2で調製した混合溶液18.5gに、ハイドロフルオロエーテルとして住友スリーエム(株)製HFE7200(C49OC25、粘度5.7×10-4Pa・s、動粘度0.40mm2/s、屈折率(25℃)1.28)3g投入し、24時間、攪拌を行った。
以上の工程により、蒸着材料(撥水処理剤)を得た。
【0082】
3.ハードコート膜の形成
マグネティックスターラーを備えたガラス製の容器にγ−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン17質量部、メタノール30質量部、および、水分散コロイダルシリカ(固形分40質量%、平均粒子径15nm)28質量部を加え充分に混合し、5℃で24時間攪拌を行った。次に、プロピレングリコールモノメチルエーテル15質量部、シリコ−ン系界面活性剤0.05質量部、および、硬化剤としてアルミニウムアセチルアセトネ−トを1.5質量部加え、充分に撹拌した後、濾過を行ってハードコ−ティング液(ハードコート組成物)を調製した。このコ−ティング液のpHは、およそ5.5であった。
プラスチック製眼鏡レンズ基材として、メニスカス形状のポリチオウレタン(HOYA(株)製 商品名EYAS、中心肉厚2.0mm厚、直径75mm、凸面の表面カーブ(平均値)約+0.8)を使用し、レンズ基材の凸面上に、調製したハードコ−ティング液を用いて、ディッピング法(引き上げ速度20cm/分)でコーティングを行い、100℃、60分加熱硬化することで、厚さ3μmのハードコート膜を形成した。
【0083】
4.撥水膜の形成
上記2.で得た各撥水処理剤を0.35mlしみ込ませたステンレス製焼結フィルター(細孔経80〜100μm、直径18mmΦ、厚さ3mm)を80℃で2時間ドライオーブン加熱し、その後、真空蒸着装置内にセットした。以下の条件で電子銃(EB)を用いて焼結フィルター全体を加熱して、上記3.で形成したハードコート膜上に、厚さ約3nmの撥水膜を形成した。このレンズの視感反射率は0.4%であった。
(1)真空度
3.1×10-4〜8.0×10-4Pa(2.3×10-6〜6.0×10-6Torr)
(2)電子銃の条件
加速電圧:6kV、印加電圧:11mA、照射面積:3.5×3.5cm2、照射時間:120秒
【0084】
5.官能評価
成膜材料1〜3を用いて形成した各眼鏡レンズについて、最表面(撥水膜表面)をシルボン紙で擦った感覚を以下の4段階で評価した。
○:滑り感良好
×:滑り感がない
【0085】
【表2】

【0086】
6.クロスカット法による密着性評価
成膜材料1〜3を用いて形成した各眼鏡レンズについて、撥水膜表面を1.5mm間隔で100目クロスカットし、このクロスカットしたところに粘着テープ(セロファンテープ ニチバン株式会社製)を強く貼り付けた後、粘着テープを急速に剥がした後の100目中の剥離マス目数を調べた。剥離マス目数1〜2/100を密着性「○」、3〜50/100を密着性「△」、50超/100を密着性「×」と判断した。
【0087】
【表3】

【0088】
7.その他評価
上記3種類のレンズについて、以下の評価を行った。
(1)水に対する静止接触角
上記3種類のレンズについて、以下の評価を行った。
接触角計(協和界面科学(株)製品、CA−D型)を使用し、25℃において直径2mmの水滴を針先に作り、これをレンズの最表面(凸面)の最上部に触れさせて、液滴を作った。この時に生ずる液滴と面との角度を測定し静止接触角とした。静止接触角θは水滴の半径(水滴がレンズ表面に接触している部分の半径)をrとし、水滴の高さをhとしたときに、以下の式で求められる。
θ=2×tan-1(h/r)
なお、静止接触角の測定は水の蒸発による測定誤差を最小限にするために水滴をレンズに触れさせた後10秒以内に行った。いずれのレンズにおいても、接触角は約108°であった。これとは別に、撥水膜形成前のハードコート膜表面の静止接触角を同様の方法で測定したところ、約60°であったため、いずれの撥水膜も撥水膜として機能することが確認された。
(2)動摩擦係数の測定
上記3種類のレンズの最表面(撥水膜表面)において、新東科学(株)製の連続加重式表面性測定機TYPE:22Hを使用し、移動距離20mmの平均動摩擦係数を各々3回測定し、平均値を算出したところ、いずれも約0.080であった。
(3)耐久性の評価
図4に示す装置を用い、レンズクリーニング布(商品名:HOYA Clearcloth)で500gの荷重をかけて上記3種類のレンズの最表面(撥水膜表面)を3600回、前後に擦り(25℃、相対湿度50〜60%)、その後(1)に記載した方法で水に対する静止接触角を測定したところ、いずれのレンズにおいても接触角は約106°であった。なお、図4中、11はレンズ、12はレンズクリーニング布、13は六面体板を示す。
(4)外観
上記3種類のレンズについて、目視にて干渉色の色ムラおよび干渉色変化があるかどうかを調べ、眼鏡レンズとして使用できる外観かどうか評価したところ、いずれのレンズも概観は良好であった。
【0089】
8.評価結果
上述の通り、前記3種のレンズは、外観、接触角、耐久性、動摩擦係数のいずれの評価でも同じ結果が得られたにもかかわらず、表2に示すように、官能評価による滑り感の評価結果には明確な差があった。
表2に示すように、C1sスペクトルにおける結合エネルギー295〜300eVのピーク強度の経時変化(45分間)が20%以内であった成膜材料2、3を使用して作製したレンズでは滑り感は良好であったのに対し、上記ピーク強度変化が60%であった成膜材料を使用して作製したレンズは滑り感が著しく劣っていたことから、X線照射により発生する光電子量の経時変化量と滑り感との間には良好な相関性があることが確認できる。
また、表3に示すように、C1sスペクトルにおける結合エネルギー295〜300eVのピーク強度の経時変化(45分間)が20%以内であった成膜材料2、3を使用して作製したレンズではクロスカット法により評価した撥水膜の密着性は良好であったのに対し、上記ピーク強度変化が60%であった成膜材料を使用して作製したレンズはクロスカット法で評価した撥水膜の密着性が著しく劣っていたことから、X線照射により発生する光電子量の経時変化量と撥水膜の密着性との間にも良好な相関性があることが確認できる。
前記3種のレンズについて、前記1(2)と同様の方法で撥水膜のC1sスペクトルの経時変化を確認したところ、成膜材料における結果と同様の傾向が見られた。即ち、成膜材料1を使用して形成された撥水膜では、スペクトル形状が経時的に変化し、特に結合エネルギー295〜300eVの領域におけるピーク強度の大きな低下が見られたのに対し、成膜材料2、3を使用して形成された撥水膜では経時的なスペクトル形状の変化は観察されなかった。この結果から、成膜後の機能性膜のXPS分析によっても、滑り感および密着性の評価が可能であることが確認できる。
また、上記結果に基づき、良否判定基準を「C1sスペクトルにおける結合エネルギー295〜300eVのピーク強度の経時変化(45分間)が20%以内」と決定し、当該基準を満たす試料を良品と判定するプログラムを搭載した端末装置(判定部)をXPS分析装置(X線照射部および光電子量の経時変化を測定する測定部を備える)と接続し、XPS分析装置から出力される光電子量の経時変化情報に基づき上記判定基準により良否判定を行う評価装置を作製した。上記評価装置によれば、成膜材料および機能性膜を連続的に自動評価することが可能となる。
【0090】
本発明の性能評価方法を実生産において使用するために、上記のような評価結果を基に実生産に使用する成膜材料を選択することができる。例えば、上記評価結果から、C1sスペクトルの結合エネルギー295eVのピーク強度の45分間の経時変化率が20%以内であれば滑り感および密着性が良好な撥水膜を形成可能な成膜材料であるとの指標に基づき、候補材料から実生産に使用する成膜材料を決定し、決定した成膜材料を用いて撥水膜を形成することにより、滑り感、密着性とも良好な撥水膜を有する眼鏡レンズを得ることができる。
または、結合エネルギーの異なるピークのピーク強度の大小関係が、所定期間内に逆転せず維持されていることを良品の判定基準とすることもできる。具体的には、C1sスペクトルにおける結合エネルギー285〜290eVの領域のピークのピーク強度を「P1」、結合エネルギー295〜300eVの領域のピークのピーク強度を「P2」とすると、成膜材料1では初期はP1>P2であったものの、X線の連続照射の結果、照射45分以降はその大小関係が逆転しP1<P2となった(図1参照)。これに対し、成膜材料2ではX線の連続照射前後でP1、P2の大小関係の変化はなく、P1>P2が維持されていた(図2参照)。成膜材料3も同様であった。そこで、このP1>P2の大小関係が経時変化せず維持されていることをもって、滑り感および密着性が良好な撥水膜を形成可能な成膜材料であると判定することもできる。この方法は、スペクトル形状から良品を判定可能であるため簡便であり実生産工程での使用に適する。
【産業上の利用可能性】
【0091】
本発明の性能評価方法は、撥水膜形成材料の選択のために有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
眼鏡レンズ基材上に機能性膜を形成するための成膜材料または該成膜材料を用いて形成された機能性膜の性能評価方法であって、
前記評価される性能は、上記機能性膜表面の滑り感および上記機能性膜の密着性からなる群から選ばれ、
上記成膜材料または上記機能性膜にX線を照射することにより発生する光電子量の経時変化に基づき、前記評価を行うことを特徴とする、前記性能評価方法。
【請求項2】
前記経時変化は、XPSスペクトルにおけるピーク強度の経時変化量である、請求項1に記載の性能評価方法。
【請求項3】
前記経時変化は、XPSスペクトルにおける結合エネルギーの異なるピークのピーク強度の大小関係の変化である、請求項1に記載の性能評価方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の性能評価方法により評価した結果、良品と判定された成膜材料を用いて機能性膜を形成することを特徴とする、眼鏡レンズ基材上に機能性膜を有する眼鏡レンズの製造方法。
【請求項5】
眼鏡レンズ基材上に機能性膜を形成するための成膜材料または該成膜材料を用いて形成された機能性膜の性能を評価する評価装置であって、
請求項1〜3のいずれか1項に記載の性能評価方法を実施するために使用され、
前記成膜材料または前記機能性膜にX線を照射するX線照射部と、
前記X線が照射された成膜材料または前記機能性膜から発生する光電子量の経時変化を測定する測定部と、
測定された経時変化に基づき、前記機能性膜表面の滑り感および前記機能性膜の密着性からなる群から選ばれる性能の良否を判定する判定部と、
を含むことを特徴とする、前記評価装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−8120(P2012−8120A)
【公開日】平成24年1月12日(2012.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−97849(P2011−97849)
【出願日】平成23年4月26日(2011.4.26)
【出願人】(000113263)HOYA株式会社 (3,820)
【出願人】(509333807)ホヤ レンズ タイランド リミテッド (25)
【氏名又は名称原語表記】HOYA Lens Thailand Ltd
【Fターム(参考)】