説明

pH応答性薬物徐放担体とその製造方法

【課題】pH依存性の、例えば、胃では分解されないでそのまま小腸に達することができ、
小腸では分解されて薬物が放出されて吸収される性質、もしくは分解される前にそのまま小腸に吸収される性質をもつ担体を提供すること。
【解決手段】N−アシル、好ましくは、N−アセチル水溶性エラスチンのナノ粒子からなるpH応答性薬物徐放担体である。かかるpH応答性薬物徐放担体は、N−アシル水溶性エラスチンのコアセルベート液滴に、放射線、例えば、γ線を照射し、この液滴をナノ粒子化することによって製造することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水溶性エラスチンを利用したpH応答性薬物徐放担体とその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ドラッグデリバリーシステム(DDS)は「薬剤を必要な時に、必要な場所で、必要な量だけ作用させる」ことを目的としており、薬物の効率的な活用や副作用の低減、患者のQOLの向上のためにも非常に重要な役割を果たすことが期待されている。現在、経口、静脈注射、経皮、経肺といった様々な投与形態での技術開発が進んでいる。
【0003】
例えば、経肺投与は、肺癌、肺感染症、アレルギー性肺疾患などに直接投与できるルートであり、薬物の有効性を高めるとともに全身への曝露を低減させることができる。Pfizer社のインスリン粉末吸入剤であるExuberaは、粒子サイズが約3μmに最適化されたヒトインスリンがそれぞれマンニトール、グリシン、およびクエン酸ナトリウムとともに製剤としてパッケージされたもので、非多孔性のスプレードライ品である。これは、世界初の全身投与吸入剤として2006年に発売されたが、わずか2年で販売中止になった。これは、コストの高さ、デバイスの適正使用の難しさ、製剤の分散性の確保といった経肺投与に対する問題点を浮き彫りにした。
【0004】
経皮吸収は、適用面積が大きいことから期待されている投与形態である。これは、最初の血液循環で、肝臓をバイパスできるので、薬効成分が壊れずに静脈注射と同じように最も有効に利用でき、注射のような痛みは伴わない。代表的なものとして、ニトロダームTTSがある。これは、冠状動脈を広げる働きのあるニトログリセリンを含んだパッチを胸や腕に貼り付けることで狭心症発作を予防できる。しかし、角質層による抵抗から薬の皮膚吸収に時間遅れが生じるために、注射のような即効性はないので、発作予防には有効だが、発作が起こってからはほとんど効果がない。また、経皮吸収製剤には透過促進剤などの皮膚吸収を促進するための添加剤が用いられているために皮膚の敏感な人はこれらの物質によって皮膚刺激を受けることがある。
【0005】
以上のような投与経路は、いずれも患者のQOLの向上や経済的なコストの観点でみるとまだまだ改良の余地が多いと考えられる。その中で、経口投与は、利便性の高さから現在最も汎用されている投与経路であり、安全でコストが嵩まないという利点を持つことから、患者のQOL向上のためには、他の投与経路と比較して一番望ましい投与経路であると考えられる。また、経口投与はインスリンの注射による投与などでしばしば問題となる、抹消における高インスリン血症も起こしにくいなどの利点を持つ。しかしながら、消化管内での放出制御や消化酵素からの保護、吸収改善などの問題点もある。このような問題点を解消して、胃では分解されないでそのまま小腸に達することができ、小腸で分解されて薬物が吸収される性質をもつ担体を作製する必要がある。
【0006】
一方、本発明者らは、生体高分子であるエラスチンに着目し、その薬物担体としての応用を検討してきた。エラスチンは、動物の大動脈や項靭帯や皮膚などの主要な構成成分である。エラスチンは、不溶性だが酸やアルカリ処理によって可溶化される。その可溶化エラスチンは水溶液中においてコアセルベーションと呼ばれる現象を引き起こす。これは、エラスチン水溶液を体温付近まで加熱すると白濁し、そのまま放置すると透明な平衡溶液と淡黄色の高粘性なコアセルベートの2層に分離し、冷却すると元の均一溶液に戻るという可逆的な一連の現象のことをいう(特許文献1、2参照)。本発明者らは、このコアセルベーション時に形成されるコアセルベート液滴に着目し、これにγ線を照射することでより安定なナノ粒子を作製することに成功した。そして、本発明者らは、かかるナノ粒子の作製技術の応用開発にも努めてきた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2007−45722号公報
【特許文献2】特開2009−219422号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の課題は、水溶性エラスチンのコアセルベート液滴の技術を更に展開し、胃では分解されないでそのまま小腸に達することができ、小腸では分解されて薬物が放出されて吸収される性質、もしくは分解される前にそのまま小腸に吸収される性質をもつ担体を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、水溶性エラスチンのコアセルベート液滴に様々な条件でγ線照射を行うことで粒径の異なるナノ粒子を作製しγ線照射条件の違いによる影響を調べた。この方法によって得られる粒径の範囲は10〜1000nmであった。また、水溶性エラスチンをアシル化、例えば、アセチル化することで等電点を強酸側にシフトさせ、より強酸条件で自己集合するようなN−アセチル水溶性エラスチンを作製し、γ線照射によって安定なナノ粒子を得た。そして、そのナノ粒子を用いて、pH1.2及びpH7.4の条件での粒径測定や色素徐放試験を行い、pH応答性薬物徐放担体への応用を検討し、本発明を完成した。
【0010】
即ち、本発明は、pH変化に応答して粒径が変化する、N−アシル水溶性エラスチンのナノ粒子からなるpH応答性薬物徐放担体、及び、pH変化に応答して薬物放出を調節する、N−アシル水溶性エラスチンのナノ粒子からなるpH応答性薬物徐放担体である。
【0011】
そして、本発明の他の態様は、かかる担体の製造方法に係るものであり、N−アシル水溶性エラスチンのコアセルベート液滴に放射線、例えば、γ線を照射し、該液滴をナノ粒子化することを特徴とするpH応答性薬物徐放担体の製造方法である。
【発明の効果】
【0012】
静脈注射による投与は患者に苦痛を与えることになるので、最近では経口、経皮、経肺といった様々な投与技術が開発されているが、経口投与は通常の薬の摂取と同様の感覚で投与でき、利便性が高いことから、最も望まれている投与方法である。本発明のpH応答性薬物徐放担体は、生体高分子素材の生分解性、γ線照射装置を用いた簡便で滅菌されたナノ粒子作製方法等を活かした担体であり、経口投与できることから、患者のQOLの向上や経済的なコストの面で医療分野に多大に貢献できる。また本発明のpH応答性薬物徐放担体は経口投与以外にも、pH応答に対応した薬物徐放を必要とする静脈注射、経皮、経肺等の投与技術にも応用できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】濃度を変更した条件下でγ線照射して得られたナノ粒子の粒径を示す図。
【図2】昇温速度を変更した条件下でγ線照射して得られたナノ粒子の粒径を示す図。
【図3】照射量を変更した条件下でγ線照射して得られたナノ粒子の粒径を示す図。
【図4】異なるpH条件下でのアセチル水溶性エラスチンの濁度曲線を示す図。
【図5】pH1.2及び7.4の条件で測定したナノ粒子からの色素徐放の結果を示す図。
【図6】pH1.2から7.4に変化させた場合のナノ粒子からの色素徐放の結果を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明においては、生体由来の水溶性エラスチンを用いて、先ず、胃の酸性下と同じ条件下では自己集合により収縮して薬物を放出しないように、ついで小腸の弱アルカリ下と同じ条件下では自己集合がほどけることにより膨潤して薬物を放出するように設計し、水溶性エラスチンを化学修飾することによりN−アシル水溶性エラスチンを作製し、得られたN−アシル水溶性エラスチンによって形成されるコアセルベート液滴から、γ線等の放射線照射技術によってナノ粒子を作製するものである。得られたN−アシル水溶性エラスチンのナノ粒子は、胃内と同様な酸性下で薬物を放出せず、小腸内と同様な弱アルカリ中で薬物を放出する性質をもつ担体である。またこの担体は、経口投与したとき、胃の酸性下で膨潤することにより、ペプシン等による酵素分解を受けずに小腸に到達し、ついで小腸の弱アルカリ下では膨潤することにより、エラスターゼ等による酵素分解を受ける性質をもつ担体である。さらにこの担体は小腸で分解を受ける前に一部がナノ粒子のまま小腸に吸収される性質をもつ担体でもある。
【0015】
本発明のN−アシル水溶性エラスチンは、高分子量水溶性エラスチンの分子中に含まれる第1アミン及び第2アミンの一部又は全部をN−アシル化して得られる。水溶性エラスチンのN末端及びリジン、アルギニン等のアミノ酸残基側鎖のアミノ基等がアシル化される。N−アシル化には、N−ホルミル化、N−アセチル化、N−ベンゾイル化などがあるが、N−アセチル化が好ましい。また、ウレタン型やアルキル型を用いてもよい。
【0016】
水溶性エラスチンを得る方法・手段は色々と提案されている。好ましいのは、本発明者が提案した下記の方法である(特開2007−45722号公報(特許文献1)参照)。
【0017】
第1の方法は、動物性生体組織からコラーゲンやその他の不要タンパク質の除去処理を行って不溶性エラスチンを得、次いでこの不溶性エラスチンをシュウ酸等の可溶化液に浸漬・溶解させ、水溶性エラスチンを製造する。コラーゲンやその他の不要タンパク質の除去処理は、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム、水酸化バリウムの少なくともいずれか一つを含むアルカリ性溶液であって、このアルカリ性溶液中に添加した水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム、水酸化バリウムの総量を、1Lあたり0.05〜0.15molで90〜105℃としたアルカリ性溶液中に、動物性生体組織を10〜20分間浸漬して行うのが好ましい。また、コラーゲンやその他の不要タンパク質の除去処理に際しては、アルカリ性溶液による処理の前に、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウム、塩化バリウムの少なくともいずれか一つを含む塩溶液に、動物性生体組織を浸漬させる浸漬処理(前処理)を行うのも好ましい。
【0018】
動物性生体組織としては、特に制限はないが、エラスチンの含量が多い点で、豚、馬、牛、羊などの哺乳動物から得られた項靱帯や大動脈血管を使用することが好ましい。またエラスチン含有が多い魚の動脈球を使用してもよい。動物性生体組織は、先ず、ホモジナイザーを用いてホモジナイズするのが良い。ホモジナイズはミキサー、ミートチョッパーなど動物性生体組織を細断できれば良く、好ましくは3ミリメートル角以下、さらに好ましくはペースト状に細断できる器具を用いると良い。細断した動物性生体組織の粒が小さいほど、コラーゲンやその他の不要なタンパク質の除去効率を上げることができるので好ましい。ホモジナイズした動物性生体組織は、例えば、熱水又は熱希薄アルカリ水溶液で煮沸するか、もしくは有機溶媒で処理することによって脱脂処理を行っても良い。
【0019】
前記可溶化液としては、シュウ酸、蟻酸、酢酸、コハク酸、リンゴ酸、酒石酸、クエン酸、安息香酸、ベタイン、ジフルオロ酢酸、トリフルオロ酢酸、リン酸、スルファミン酸、過塩素酸、トリクロロ酢酸の少なくともいずれか一つを含む酸性溶液が用いられる。そして、この酸性溶液の酸の総量は、1Lあたり0.1〜0.5molとし、かつ、液温を90〜105℃とするのが好ましい。
【0020】
前記可溶化液は、また、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム、水酸化バリウムの少なくともいずれか一つを含むアルカリ性溶液であっても良い。このアルカリ性溶液中に添加した水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム、水酸化バリウムの総量を、1Lあたり0.05〜0.5molとし、かつ、液温が90〜105℃のアルカリ性溶液とするのが好ましい。
【0021】
第2の方法は、動物性生体組織の不要部分の除去処理、動物性生体組織の脱脂処理、動物性生体組織の細断処理の少なくともいずれか一つを含む前処理工程と、前処理された動物性生体組織をアルカリ性溶液に浸漬して濾別するアルカリ溶解工程と、アルカリ溶解工程を所定回数繰り返し、濾別により水溶性エラスチンを含む濾液を得る濾液回収工程と、濾液から水溶性エラスチンを生成する水溶性エラスチン生成工程とを順次行って水溶性エラスチンを製造する方法である。前記アルカリ溶解工程で用いるアルカリとしては、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム、水酸化バリウムのいずれか一つ又は混合物が好ましい。
【0022】
この操作は、前記の、組織からコラーゲンやその他の不要タンパク質を除去して不溶性エラスチンを得て、次いで、この不溶性エラスチンを可溶化して水溶性エラスチンを得る第1の方法とは異なり、組織から不溶性エラスチンを得ることなく、直接水溶性エラスチンを得る方法である。即ち、1Lあたり0.05〜0.15molで90〜105℃としたアルカリ性溶液中に、脱脂、細断処理した動物性生体組織を10〜20分間浸漬し、エラスチン以外のコラーゲンや不要タンパク質を除去した処理組織を得、次いで、この処理組織を1Lあたり0.05〜0.5mol(アルカリ液の濃度がより高濃度)で90〜105℃のアルカリ性溶液中に60〜240分間(時間がより長い)浸漬して溶解し、水溶性エラスチンを得る方法である。
【0023】
前記のごとく第1又は第2の方法で得られた水溶性エラスチンは、次いで、それを、例えば、透析処理することによって低分子量のものを除去して、分子量約8000以上の水溶性エラスチンとされる。特に好ましく用いられるのは、平均分子量が約20万程度の高分子量水溶性エラスチンである。
【0024】
本発明のN−アセチル水溶性エラスチンの製造においては、先ず、水溶性エラスチンの分子中に含まれる第1アミン及び第2アミンの一部又は全部をN−アシル化、好ましくは、N−アセチル化してN−アセチル化水溶性エラスチンを得る。エラスチンを構成するアミノ酸残基の中で、反応性の第1アミン又は第2アミンを有するアミノ酸(塩基性アミノ酸)としては、リシン、アルギニン及びヒスチジンが挙げられるが、高分子量水溶性エラスチンの分子中に含まれる第1アミンとしては、末端アミノ基も含まれる。
【0025】
本発明においては、水溶性エラスチンの分子中に含まれる第1アミン及び第2アミンの一部又は全部が、好ましくは、無水酢酸等のアセチル化試薬によってN−アセチル化されるが、N−アセチル化の程度は、下記式で表される修飾率で95%以上であるものが好ましい。
修飾率(%)=(1−B/A)×100
Aは、水溶性エラスチンの吸光度(波長400nm)の平均値からブランクの吸光度の平均値を引いた値を表す。Bは、N−アセチル化水溶性エラスチンの吸光度(波長400nm)の平均値からブランクの吸光度の平均値を引いた値を表す。
【0026】
本発明においては、水溶性エラスチンをアシル化、例えば、アセチル化することで等電点を強酸側にシフトさせ、より強酸条件で自己集合するようなN−アセチル水溶性エラスチンが得られる。そして、次に、N−アセチル水溶性エラスチンのコアセルベート液滴を調整し、この液滴に電子線やγ線等の放射線を照射することによって、安定なナノ粒子を得る。得られたナノ粒子は、例えば、pH1.2及びpH7.4の条件での粒径測定や色素徐放試験にもちいられる。
【0027】
得られたN−アセチル水溶性エラスチンは、濃度0.1〜60mg/mlの範囲で広域緩衝溶液(pH1.0〜11.0)の溶媒でそれぞれ調整し、昇温速度0.1〜40℃/minで加熱することにより、コアセルベート液滴を形成することができる。そして、N−アセチル水溶性エラスチンの水溶液の濁度を5〜80℃の温度範囲で測定することによって、コアセルベート液滴の生成を確認することができる。
【0028】
前記のようにして得られたコアセルベート液滴に、放射線、例えば、Co−60γ線照射装置によってγ線を照射すればよい。照射条件としては、照射温度は20〜80℃、照射量が5〜60kGy程度が適当である。
【実施例】
【0029】
以下、実施例により本発明を詳述する。
【0030】
[ブタ由来水溶性エラスチンの作製]
1)ブタ由来不溶性エラスチンの単離
以下の手順に従ってブタ大動脈脱脂組織からNaCl可溶及びNaOH可溶の不溶タンパク質を抽出した。
【0031】
ブタ大動脈脱脂組織(生体組織)を用い、前処理として付着している脂肪や筋肉などエラスチン含量の低い部分を、刃物などを用いて削ぎ落とすことで不要部分の除去処理を行い、次いで、生体組織をホモジナイザーを用いてホモジナイズすることで細断処理を行った。ホモジナイズした生体組織を、重量の約10倍容量の1M塩化ナトリウムを加え、室温で1時間攪拌して脱脂を行った。この操作を5回繰り返し、その後蒸留水で洗浄し、遠心分離(3000rpm、5分)により水切りした。
【0032】
上記のようにして脱脂した生体組織の重量に対して約10倍容量(重量1g当たり10ml)の0.1N水酸化ナトリウム水溶液を加え、100℃で15分間攪拌し、エラスチン以外のコラーゲンや不要タンパク質を除去する工程を行った。そして、生体組織とアルカリ性溶液とを分離した。分離したアルカリ性溶液を、例えば、ビューレット法にて総タンパク質の定量を行い、アルカリ性溶液中に含まれる総タンパク質量が0.1mg/mL以下になるまで、この操作を5回繰返した。その後、酢酸を加えて中和し、遠心分離(5000rpm、20分)により洗浄し、残渣を乾燥して不溶性エラスチンを得た。
【0033】
2)ブタ由来水溶性エラスチンの調製
ブタ由来不溶性エラスチンの乾燥重量の10倍容量の0.5Nの水酸化ナトリウムを加え、100℃で30分撹拌した。反応後、溶液を速やかに氷冷し酢酸で中和した。その後、分子量6,000〜8,000以上を分画する透析膜を用いて1週間透析した。その後、凍結乾燥し高分子量ブタ由来水溶性エラスチンを得た。
【0034】
[実施例1]
水溶性エラスチンのナノ粒子の作製
γ線照射はCo−60γ線照射施設を用いて行った。照射条件として、照射量は10kGyと30kGy、水溶性エラスチン濃度は2、5、10mg/ml、昇温速度は2.0、10.0、20.0℃/min、照射温度は60℃で行った。これらの条件は濁度測定の結果から決定した。γ線照射後のナノ粒子の粒径測定には、NICOMP380ZLSを用いて行った。各サンプルを3mlセルに入れ、2分×3回測定した。測定温度は4℃、37℃、60℃である。
【0035】
異なる条件でγ線照射したナノ粒子の粒径(4℃で測定)を条件ごとにそれぞれ図1(a)水溶性エラスチン濃度の影響、図1(b)昇温速度の影響、図1(c)γ線照射量の影響、に示した。図1より、濃度と昇温速度の違いが粒径に大きく影響を与えることが確認できた。特に、濃度が10mg/mlのときの粒径は2mg/mlのときの粒径と比較して5倍近い大きさになった。粒径の小さな粒子を作製するためには濃度が薄く、昇温速度が速い条件でγ線照射を行う必要があることが示唆される。
【0036】
[実施例2]
N−アセチル水溶性エラスチンのナノ粒子の作製
【0037】
1)N−アセチル水溶性エラスチンの作製
前記で得られたブタ由来水溶性エラスチンにTFEを加え溶解させ、次いでピリジン、無水酢酸の順に加え撹拌し4℃、24時間反応させた。反応後、ニンヒドリンによる呈色反応を行い、アミノ基がほぼ定量的にアセチル化されたことを確認した。その後、減圧濃縮によって溶媒を除去した。そして、蒸留水に再溶解させ4℃で1週間透析後、凍結乾燥を行ってN−アセチル水溶性エラスチンを得た。N−アセチル水溶性エラスチンの収率は80.6%で、N−アセチル化修飾率は96.8%であった。
【0038】
2)N−アセチル水溶性エラスチンの濁度測定(コアセルベート液滴の調整)
前記で得られたN−アセチル水溶性エラスチンは、濃度1.0mg/ml、広域緩衝溶液(pH2.0〜8.0)の溶媒でそれぞれ調整し、ペルチェ式温度コントローラー付き分光光度計(JASCO:V-560)を用いて窒素気流下で濁度測定を行った。波長400nm、温度範囲5〜65℃、温度上昇速度0.5℃/minであった。
【0039】
作製したN−アセチル水溶性エラスチンの異なるpH条件での濁度曲線を図2に示した。作製したN−アセチル水溶性エラスチンは、pH2〜4の強酸中では20℃付近で濁度が開始し、生理的温度である37℃付近でピークに達した。一方、pH5〜8では40℃付近から濁度を開始することが確認された。
【0040】
3)N−アセチル水溶性エラスチンのγ線照射
γ線照射はCo−60γ線照射施設を用いて行った。照射条件は照射量10kGy、N−アセチル水溶性エラスチン濃度2.0mg/ml、温度上昇速度20℃/min、照射温度は60℃で行った。ナノ粒子の生成は、TEM観察によって行った。即ち、得られたN−アセチル水溶性エラスチンのナノ粒子(AcENPs)の懸濁液(1.0mg/ml)5μlをグリッドに乗せ、余分な試料を濾紙で吸い取り、ランプの前で数十秒放置して乾燥させ、TEMにより観察を行った。その結果、γ線照射(条件:濃度2mg/ml、
昇温速度20℃/min、照射量10kGy)により作製したcENPsのTEM画像から、AcENPsが球状のナノ粒子になっていることが確認できた。
【0041】
[実施例3]
1)N−アセチル水溶性エラスチンのナノ粒子の色素徐放試験
【0042】
色素徐放試験は以下の2通りで行った。
(1)AcENPs
1mgに対して0.5mM・Ponceau
BSを300μl加え、4℃で24時間、次いで37℃で24時間放置して色素を担持させた。遠心分離(10,000rpm、5min、37℃)で上清を回収し、0.1M・HCl(pH1.2)またはPBS(pH7.4)を300μl加えた。次いで、37℃、30分震盪させた後、遠心分離を行い、上清を回収し、再び、0.1M・HCl(pH1.2)またはPBS(pH7.4)を300μl加えた。徐放が終わるまで同様の操作を繰り返し、回収した上清は分光光度計を用いて吸光度測定(505nm)を行った。
【0043】
(2)上記1)と同様にして色素を担持後、0.1M・HCl(pH1.2)を300μl加えた。それを37℃、30分震盪させた後、遠心分離を行い、上清を回収し、再び0.1M・HCl(pH1.2)を300μl加えた。この操作をさらに3回繰り返して行った後、溶媒をPBS(pH7.4)に変え同様の操作を8回繰り返し行った。回収した上清は分光光度計を用いて吸光度測定(505nm)を行った。
【0044】
胃のpHがpH1〜2、小腸のpHが7〜8であることより、pH1.2及び7.4の条件を設定して測定した色素徐放の結果を図3に示した。pH1.2中では色素徐放が10%にも満たなかったが、pH7.4中では80%近く徐放される結果が確認された。
【0045】
次に、実際の消化器官(胃ではpH1〜2、小腸ではpH7〜8中での徐放、すなわち胃を通って小腸に達する過程での徐放を想定してのpH1.2から7.4に変化させた場合の色素徐放の結果を図4に示した。図3と同様に、pH1.2では色素がほとんど徐放されないが、pH7.4に変化すると急激な徐放が始まるのが確認された。
【0046】
2)N−アセチル水溶性エラスチンのナノ粒子の粒径測定
AcENPsを濃度が2mg/ml
になるようにpH1.2の0.1M・HCl溶液及びpH7.4のPBS溶液にそれぞれ溶解し、NICOMP380ZLSを用いて粒径を測定した。異なるpH環境(pH1.2、pH7.4)でのナノ粒子の粒径は、pHが1.2で279.7±57.0nmで、pHが7.4で579.6±98.9nmであり、pH7.4での粒径はpH1.2での粒径と比較すると約2倍近く大きくなっていることが確認された。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
pH変化に応答して粒径が変化する、N−アシル水溶性エラスチンのナノ粒子からなるpH応答性薬物徐放担体。
【請求項2】
pH変化に応答して薬物放出を調節する、N−アシル水溶性エラスチンのナノ粒子からなるpH応答性薬物徐放担体。
【請求項3】
N−アシル水溶性エラスチンのコアセルベート液滴に放射線を照射し、該液滴をナノ粒子化することを特徴とするpH応答性薬物徐放担体の製造方法。
【請求項4】
高分子量水溶性エラスチンのコアセルベート液滴に放射線を照射し、ナノオーダーの粒径をもつ粒子を得ることを特徴とするナノ粒子の製造方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−184364(P2011−184364A)
【公開日】平成23年9月22日(2011.9.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−51653(P2010−51653)
【出願日】平成22年3月9日(2010.3.9)
【出願人】(504174135)国立大学法人九州工業大学 (489)
【出願人】(505127721)公立大学法人大阪府立大学 (688)
【Fターム(参考)】