説明

γ−ラクトンの立体選択的合成

【課題】(R)或いは(S)−γ−ラクトンの立体選択的調製法。
【解決手段】γ−ラクトンを微生物により生合成することであって、該生合成は、C5からC20の脂肪酸から選択された基質の、C4における立体選択的なヒドロキシル化を可能にする微生物株から選抜された株、特に、アスペルギルス属或いはモルティエレラ属の株を使用して行われる。また、上記γ−ラクトンの生合成、並びにその香料への使用及び食品用香料への使用も開示される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、γ−ラクトン類、特に天然のγ−ラクトン類の立体選択的合成法に関する。
【背景技術】
【0002】
「天然」物は一般に、社会的に高い評価を受けており、その結果、芳香性或いは着臭性化合物を使用する業界は「天然の」芳香性成分及び芳香性物質の開発に注力している。自然界で同定された物質のみがこの「天然の」という表示を付することができ、それ故、これらの物質は現在のところ植物或いは微生物から製造されている。後者の利用はますます盛んになり、今や、生物工学的方法は天然の分子を手ごろな費用で合成することを可能にしている。これはγ−ラクトン類の場合にあてはまる。
【0003】
γ−ラクトン類は多くの天然産物の芳香及び風味を構成する芳香性の分子である。例えば、γ−ヘプタラクトンはそのヘーゼルナッツ或いはカラメルの芳香と味を呈する物質として知られており、γ−ノナラクトンは脂肪、クリーム、或いはココナッツの芳香を有し、又γ−デカラクトン及びγ−ウンデカラクトンはモモ或いはアンズの芳香と味を有する。
【0004】
γ−ラクトン類は、天然にはそれらの二つのエナンチオマー型である(R)体と(S)体とで存在するが、(R)体のエナンチオマーが優勢である。
【0005】
γ−ラクトン類は合成により、或いは微生物による生合成によっても製造出来る。例えば、特許文献1はサッカロミセス セレビシエ、デバロミセス バンセニアイ、或いはカンディダ ボイディニアイ等の食品の製造において使用が許可されている微生物によるγ−ラクトン類の製造法を記述している。
【0006】
特許文献2は、γ−オクタラクトン、特に、及びその(R)と(S)光学異性体がバターの香り及び風味の形成に使用出来ることを示唆し、光学活性のγ−オクタラクトン及び記載されている生物学的プロセスの副産物である種々の化合物の混合物を相当量添加することによって、消費され得る物質の芳香と風味を増大する方法を記載している。特許文献2に記載の方法は、カプリル酸を用いて、シンセファラストレイタム属或いはモルティエレラ属の株を使用する生合成によりγ−オクタラクトンの(R)及び(S)の二つの異性体を得ることが可能であることを示唆しているが、しかしながらこの方法は鏡像異性選択的ではない。
【0007】
γ−ラクトン類は食品香料産業及び香水産業において大きな価値があり、実際、該産業の大部分の資金が、微妙に感覚刺激の異なる種々の製品の製造に投入されている。
【0008】
揮発性分子のキラリティー(鏡像性)が臭覚に関する相違をもたらし得、又γ−ラクトン類の光学異性体がすべて同じ感覚刺激性の特性を持たないことが知られている。それ故に、γ−ラクトンの特定の光学異性体の製造が、特にこの製造が競争的なコストにおいて、少なくとも先行技術と同等に効率的な方法、或いは先行技術よりも更に効率的な方法に従って行われるならば、大いに有利である。
【0009】
出願人の知る限りでは、γ−ラクトン類の天然のエナンチオマーを直接得るための立体選択的方法は現在存在しない。既知の方法では、エナンチオマーの混合物を製造し、所望のエナンチオマーの分離を通常、置換されたシクロデキストリンのキャピラリーカラムのクロマトグラフィーにより、或いは誘導体化後に行われる。
【特許文献1】欧州特許第371568号明細書
【特許文献2】米国特許第5112803号明細書
【特許文献3】米国特許第5457036号明細書
【特許文献4】欧州特許第519481号明細書
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
それ故、本発明は効果的、経済的且つ立体選択的なγ−ラクトンの生物学的合成法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、(R)−γ−ラクトン類及び(S)−γ−ラクトン類の両者の合成に関する。本合成において、(R)及び(S)はγ−ラクトンの4位の不斉炭素原子における配置を表す。
【0012】
本発明の方法による合成に好適なγ−ラクトン類は、一般式(I)で表される本発明に係る炭素数5(C5)から炭素数20(C20)のγ−ラクトン類である。
【化1】

式中、ラクトン環は2位と3位の炭素の間に不飽和結合を有し、R1はC1−16アルケニル基、C1−16アルキニル基、或いはC1−16アルキル基であって、5位以降の炭素原子の一つ以上が任意に置換されてよい。「置換されたアルケニル基又はアルキニル基又はアルキル基」という用語は、少なくとも1個の炭素原子が少なくとも一つの置換基で置換されたアルケニル基又はアルキニル基又はアルキル基を意味する。「置換基」という用語は、特に、水酸基、ケト基、チオール基、アルキル基、或いはアルケニル基を意味する。
【0013】
それ故、本発明は、γ−ラクトンの立体選択的な調製法に関するものであり、γ−ラクトン、特に、前記一般式(I)のγ−ラクトンの微生物による生合成が行われ、前記ラクトン環が2位と3位の炭素の間に不飽和結合を有しうるが、好ましくは飽和結合であり、R1が任意に置換されてよいC1−16アルケニル基、C1−16アルキニル基又はC1−16アルキル基であり、前記生合成が少なくとも一つの基質、好ましくは脂肪酸から、前記基質のC4位の立体選択的なヒドロキシル化を可能にする微生物株から選抜された株の微生物培養により実施されることを特徴とする。
【0014】
本発明はγ−ラクトン類の生物学的調製、特に適切な微生物株の培養により、少なくとも一つの基質からの、γ−ラクトンの(R)或いは(S)光学異性体のいずれかの立体選択的生合成に関する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本調製法は以下の段階を含んでなる。
a) 適切な微生物株を選抜する段階、
b) 前記微生物株を適切な培地で培養する段階であって、前記培養が任意に前記微生物株の前培養を伴う段階、
c) γ−ラクトンに変換され得る基質を添加する段階、
d) 前記基質をγ−ラクトンに生物学的に変換する段階、及び
e) 産生されたγ−ラクトンを回収する段階。
【0016】
本発明に係るγ−ラクトンの生合成に用いる、段階a)において適切な微生物株は、前記基質の特異的なヒドロキシル化を可能にする株である。本発明の好適な実施形態において、段階a)において本発明に係るγ−ラクトンの生合成に用いる適切な微生物株は、C4位において前記基質の特異的な立体選択的なヒドロキシル化を可能にする株である。このようにして、本発明に従い、炭素原子C4が(R)立体配置又は(S)立体配置にあるγ−ラクトン類が得られる。
【0017】
前記生合成の結果として得られる生成物が食品産業において使用される場合には、食品用の微生物株が勿論好ましいことになる。立体選択的ヒドロキシル化を可能にするこれら微生物株としては、特にアスペルギルス属、ペニシリウム属、ムコール属、及びモルティエレラ属の微生物株が挙げられる。これらの株はすべて微生物クラス1に属し、その幾つかは食用株であるので、それらを使用してもラクトンの工業的生産、或いはその食品における使用に対して何ら特別の問題を起こすことはない。本発明の特定の実施形態において、使用される株はアスペルギルス属の株、好ましくはアスペルギルス オリゼーであり、以下の群の株:
アスペルギルス オリゼー DSMZ 1861、アスペルギルス オリゼー DSMZ 1864、アスペルギルス オリゼー DSMZ 1147、アスペルギルス オリゼー DSMZ 63303、アスペルギルス オリゼー CBS 570.65、アスペルギルス オリゼー CBS 819.72、アスペルギルス オリゼー CBS 110.27、アスペルギルス オリゼー VMF 88093が挙げられる。
【0018】
これらの株の中で、アスペルギルス オリゼー DSMZ 1861及びアスペルギルス オリゼー CBS 110.27が好ましい。
【0019】
別の具体的な実施形態において、使用される微生物株は、モルティエレラ属の株であって、以下の群の種:
モルティエレラ イサベリナ(Mortierella isabellina)DSMZ 1414、モルティエレラ イサベリナ CBS 100559、モルティエレラ イサベリナ CBS 221.29、モルティエレラ イサベリナ CBS 194.28、モルティエレラ イサベリナ CBS 208.32、モルティエレラ イサベリナ CBS 224.35、モルティエレラ イサベリナ CBS 560.63、モルティエレラ イサベリナ CBS 167.80、モルティエレラ イサベリナ CBS 493.83、モルティエレラ イサベリナ CBS 309.93、モルティエレラ イサベリナ CBS 250.95、モルティエレラ イサベリナ CBS 109075、モルティエレラ ラマニアナ(Mortierella ramanniana) CBS 112.08、モルティエレラ ラマニアナ CBS 219.47、モルティエレラ ラマニアナ CBS 243.58、モルティエレラ ラマニアナ CBS 478.63、モルティエレラ ラマニアナ CBS 852.73、モルティエレラ ラマニアナ CBS 366.95、モルティエレラ ラマニアナ CBS 101226が挙げられる。
【0020】
事実、本発明者らは驚くべきことに、且つ予想外にも、アスペルギルス属のある株の使用により(R)γ−ラクトンが選択的に製造され、又モルティエレラ属のある株をの使用により(S)γ−ラクトンが選択的に製造されることを見出した。
【0021】
本発明の一実施形態によれば、ヤロウイア リポリティカ(Yarrowia lipolytica)株は、それらがC4位におけるヒドロキシル化をもたらす能力がないため、本発明から除外される。C4におけるヒドロキシル化を特異的、且つ選択的に行う能力のないすべての微生物株が本発明から除外されることが有利である。
【0022】
何らかの理論によって拘束されることなく、前記微生物株を培養する条件が、観察された立体選択性に、又前記生物学的変換の定量的側面に重要であり得ることは予測出来る。
【0023】
本発明に記載の方法の、段階b)における培養は、例えば、適切な培地における、細胞増殖による微生物株の培養液、好ましくは半濃縮培養液の調製を含む。この培養では、予め前記微生物株の増殖の第一段階にとって適切な第一の培地において前記株の前培養を行ってもよい。
【0024】
本発明の立体選択的プロセスに使用される培養条件は、結果として、封入体で(特にペルオキシソームで)満たされた隆起を示す菌糸の形成をもたらす条件でなければならない。本発明の好適な実施形態において、調製された細胞培養液は、分生胞子を持たず、これらの封入体(特にペルオキシソーム)で満たされた膨化した構造を示す分節したフィラメントからなる「コンポート」型の菌糸を有する。前記培養条件は実際、特に菌糸での胞子形成の防止に適切でなければならない。その上、発明者らは特に、本願明細書に記載された培養条件の使用によって得られる菌糸の生理的状態(封入体、特にペルオキシソームで満たされた隆起及び膨張を有する分節した菌糸)が、反応収量に少なからぬ影響を及ぼし得、先行技術における収量よりも大きな収量を得ることを可能にすることを見出した。菌糸体の生理的状態はまた、前記反応の立体選択性にも影響を与えうる。
【0025】
すなわち、本発明の好適な実施形態において、本発明の方法の段階b)は、封入体、特にペルオキシソームで満たされた隆起及び膨張を有する分節した菌糸を得るために適切な培地で微生物株を培養する段階である。本発明において使用される培養培地はペプトンを含まない方が有利である。本発明において使用される培地は、麦芽抽出物(麦芽エキス)及び/又は酵母抽出物(酵母エキス)を含むことが好ましい。好適な実施形態によれば、段階c)に使用される菌糸は濃縮される。段階c)に使用される菌糸体の濃度は、好ましくは培地1L当たり5gから15g、好ましくは6gから12g、非常に好ましくは7gから10gである。
【0026】
モルティエレラ株による(S)−γ−ラクトンの生成が、立体選択性及び収量に関して、前記のような、封入体で満たされて隆起した菌糸の使用により著しく促進されることが特に注目されていて、実際に、このような菌糸の使用により、絶対値において先行技術における生成物の旋光性よりも大きな旋光性を有する反応生成物を得ることができ、さらに、本発明に記載の方法によって、特に、上述のような封入体で満たされて隆起した菌糸の使用によって、先行技術における収量よりも大きな収量を得ることができる。
【0027】
本方法の段階c)は、細胞培養に基質を添加することである。本発明において、γ−ラクトンの生物学的合成には適切な基質が用いられる。
【0028】
本発明の目的に鑑み、用語「適切な基質」は、少なくとも5個の炭素原子、好ましくは5から20個の炭素原子を含み、5番目以遠の炭素原子の位置で任意に分枝し又は置換されている飽和又は不飽和直鎖脂肪酸、及び該脂肪酸のエステルを意味し、メチルエステル又はエチルエステルが好ましい。
【0029】
好適な基質としては、γ−バレロラクトンを生成する炭素数5の酸であるバレリン酸、γ−ヘキサラクトンを生成する炭素数6の酸であるカプロン酸、γ−ヘプタラクトンを生成する炭素数7の酸であるエナント酸、γ−オクタラクトンを生成する炭素数8の酸であるカプリル酸、γ−ノナラクトンを生成する炭素数9の酸であるペラルゴン酸、γ−デカラクトンを生成する炭素数10の酸であるデカン酸、γ−ウンデカラクトンを生成する炭素数11の酸であるウンデカン酸、γ−ウンデセノラクトンを生成する炭素数11の酸であるウンデシレン酸、γ−ドデカラクトンを生成する炭素数12の酸であるラウリン酸、γ−テトラデカラクトンを生成する炭素数14の酸であるミリスチン酸、γ−ヘキサデカラクトンを生成する炭素数16の酸であるパルミチン酸、γ−ヘキサデセノラクトンを生成する不飽和の炭素数16の酸であるパルミトレイン酸、γ−オクタデカラクトンを生成する炭素数18の酸であるステアリン酸、γ−オクタデセノラクトンを生成する炭素数18の酸であるオレイン酸、γ−オクタデカジエノラクトンを生成する炭素数18の酸であるリノール酸、γ−オクタデカトリエノラクトンを生成する炭素数18の酸であるリノレン酸、及びγ−エイコサノラクトンを生成する炭素数20の酸であるエイコサン酸、ならびにそれらのエステル、好ましくはそれらのエチルエステル又はメチルエステルが挙げられる。
【0030】
希少ではあるが、炭素数13、炭素数15、炭素数17及び炭素数19の脂肪酸、ならびにそれらのエチル或いはメチルエステルを酸化し、それぞれ炭素数13、炭素数15、炭素数17及び炭素数19のγ−ラクトンを製造することも出来る。
【0031】
前記基質がいかなる適切な基質又は種々の適切な基質の混合物、特に所定の酸及びその一つ以上のエステルの混合物であり得ることは言うまでもない。
【0032】
本発明の有利な実施形態において、前記基質はバッチ培養、或いは流加培養により菌糸に蓄積される。好適な実施形態によれば、前記基質を、例えば油、特に大豆、トウモロコシ、ヒマワリの油のような何らかの通常の食物油、ミグリオールのような合成短鎖脂肪酸のトリグリセリド、好ましくは水素添加された、或いはオレイン酸に富むヒマワリ油等の助剤と混合し、基質を前記菌糸に接触させる前に添加する。助剤の存在は特に、前記基質の腐食性或いは毒性効果を大いに減少させることを可能にする。本発明の一実施形態によれば、モルティエレラ イサベリナ株を使用する本発明に記載の合成は、鉱物油を含まない培地で行われる。前記基質は1時間当たり、培地1L当たり0.3g〜2.5gの濃度で添加するのが有利である。前記基質と混合される油、好ましくは植物油の量は、培地1L当たり100g〜500g、好ましくは培地1L当たり150g〜300gであることが有利である。
【0033】
また、糖源、好ましくはグルコース源を基質と同時に培地に添加し、細胞のエネルギー需要が確実に賄われるようにする。添加するグルコースの濃度は、1時間に培地1L当たり0.3から0.4gであることが有利である。
【0034】
pHは、必要に応じて、基質添加の間、及びそれに続く生物学的変換の間、いかなる適当な塩基の添加によっても調節することが出来る。pHは4.5〜8.5、好ましくは5.5〜8、好ましくは6〜7.5であることが有利である。
【0035】
前記生物による変換の間、温度は27〜30℃に維持することが好ましい。前記生物学的変換を行う時間は30〜120時間、好ましくは48〜72時間であってもよい。
【0036】
本発明の方法の段階d)における前記基質のγ−ラクトンへの生物学的変換は、前記微生物株によって行われる前記基質のC4位におけるヒドロキシル化反応が先に行われ、その後にラクトン化が行われる段階である。基質に対するこのヒドロキシル化を可能にするためには、酸素源が必要である。この酸素源は酸素を含む気体が好ましく、空気或いは酸素が極めて好ましい。前記気体は反応培地中に比較的大量に溶解される。
【0037】
好適な実施形態によれば、先行技術において公知のように、消泡剤、特にシリコーン油或いは脂肪酸でエステル化されたポリエチレングリコールのポリマーを使用し、生物学的変換において生じうる泡沫の形成を制御する。
【0038】
前記生物学的変換、即ちC4における特異的且つ立体選択的なヒドロキシル化、それに続くラクトン化が実施された後、本方法の段階e)において、抽出によるγ−ラクトンの回収がおこなわれ、そのγ−ラクトンの抽出は適切な手段によって行われる。前記γ−ラクトンの抽出は水蒸気蒸留によって行われ、必要に応じて、未反応の基質をその後除去するためのエステル化を続いて行うことが有利である。
【0039】
別法として、γ−ラクトンの抽出は、培地を酸性にした後、溶媒抽出によって行われる。
【0040】
本発明の一変法によれば、本方法の段階e)を行わず、代わりに段階e’)を行う。この段階では、抽出前に、得られたγ−ラクトンをin situにて還元することによって段階d)の最終プロセスを継続する。段階e’)では、段階d)で得られたγ−ラクトンの立体構造に依存して、より飽和した(R)−又は(S)−γ−ラクトンが得られる。
【0041】
第一の実施形態によれば、前記還元は飽和ラクトンが得られるまで実施出来る。第二の実施形態によれば、前記還元を中止して、段階d)の生物学的変換から誘導されるγ−ラクトンの側鎖よりも側鎖の不飽和結合が少ないγ−ラクトンが得られる。その他の実施形態によれば、本発明に記載の方法を段階d)の最後まで継続し、一方で発酵槽のpH調節を中止し、パン酵母、ワイン酵母、或いはビール酵母などの生きた乾燥酵母、及び糖源、特にグルコース源を培養装置に添加する。pHが5.5に達する場合、適当な塩基、例えば水酸化ナトリウムでpH5.5に調節する。前記混合物を好ましくは12〜24時間培養を続け、次いでγ−ラクトンを抽出する。別の変法によれば、段階d)から得られるγ−ラクトンを、還元性の微生物、或いは少なくとも還元状態に置かれる微生物、例えば、サッカロミセス セレビシエ、ピキア エチェルシアイ、ピチア パストリス、ハンセヌラ ポリモルファ、枯草菌又はラクトバシラス ブレビスの新鮮培養によって還元出来る。
【0042】
段階e’)の還元により、段階d)から得られるγ−ラクトンよりもさらに飽和したγ−ラクトンが生成される。この特異的な実施形態に従って得られるより飽和されたこれらのγ−ラクトンは4位に不斉炭素原子を有し、前記還元反応が前記分子の立体異性を修飾しないため、原料となる飽和度の低いγ−ラクトンと同じ立体配置を有する。
【0043】
本発明の方法に従って得られるγ−ラクトンは、着臭剤及び風味剤としての特性を有するため、それらはすべての香料及び食品の風味付けへの用途、特に香水、着臭物質、又は化粧品若しくは食品組成物の製造に、又は食品添加物としての用途に使用出来る。
【0044】
本発明において、用語「香料」は、この用語の通常の意味における香料のみならず、製品の匂いが重要である他の分野における香料をも意味する。前記用語の通常の意味における香料組成物としては、例えば芳香性の基剤及び濃縮物、オーデコロン、オードトワレ、香水及び類似の製品;局所用組成物、特に化粧用組成物(例えば、顔及び体につけるクリーム、タルカムパウダー、ヘアオイル、シャンプー、ヘアローション、浴用塩及び浴用油、シャワー用及び浴用ジェル、化粧石鹸、制汗剤及び脱臭剤、髭剃りローションとクリーム、石鹸、クリーム、歯磨き、うがい薬、軟膏及び類似の製品);ならびにメンテナンス製品(例えば軟化剤、界面活性剤、粉末洗剤、空気消臭剤、及び類似の製品)が挙げられる。
【0045】
用語「着臭剤」は匂いを発する化合物を指すのに使用される。
【0046】
用語「食品への風味添加」は、本発明の化合物を使用してあらゆるヒト用或いは動物用の液状又は固体の食品、特に飲料水、酪農製品、アイスクリームに風味を添加することを意味する。
【0047】
γ−ラクトンの(R)若しくは(S)エナンチオマー、又は(R)及び(S)エナンチオマーの混合物を香料組成物に使用し、異国風の、フローラル又はフルーティーな香気を付与出来る。本用途において、前記(S)エナンチオマー又は(R)エナンチオマー、あるいは当業者により決定された種々の比率における二つのエナンチオマーの混合物が使用される。
【0048】
好ましくは、本発明の方法によって得られたγ−ラクトンは、本発明によれば、それらが存在する組成物の総重量に対して0.0025重量%〜10重量%で使用される。これらのγ−ラクトンは固体又は液体の組成物、特にゲル、クリーム、軟膏及び/或いはスプレー用の組成物の製造に役立ち得る。
【0049】
本発明の方法によって得られたγ−ラクトンは、本発明によれば、それ自身が着臭剤である組成物、又は前記着臭剤が一定の臭気の遮断又は中和に使用される組成物に使用出来る。
【0050】
本発明の他の特徴及び利点は、以下に示す実施例の参照により明らかになると思われるが、これらの実施例は本発明を例示するものであって、限定するものではない。
【実施例1】
【0051】
段階a − 微生物株の選抜
すべての微生物保存株(コレクション)を先ずMGY寒天培地に植菌し、27℃で72時間培養し、これらの株を続いて100mlの1×の麦芽培地を含む1L容のエルレンマイヤーフラスコに植菌し、27℃で24時間培養した。基質であるウンデシレン酸を次いで培地に添加し(10回添加、培地1L当たり5g)、さらに48時間から120時間、27℃で培養を継続した。
【0052】
培地中のγ−ウンデセノラクトンを嗅覚により感知し、濃度を分析した後、最適な株を選抜した。モルティエレラ イサベリナ CBS 100559、モルティエレラ イサベリナ CBS 221.29、アスペルギルス オリゼー DSMZ 1861とアスペルギルス オリゼー CBS 110.27株を選抜し、それらの株をその後培養槽における最適化試験に使用した。
【0053】
段階b 細胞培養の調製
モルティエレラ イサベリナ CBS 100559、モルティエレラ イサベリナ CBS 221.29、アスペルギルス オリゼー DSMZ 1861又はアスペルギルス オリゼー CBS 110.27株(元株は−80℃で試験管中に凍結保存した株)をMGY寒天上に植菌し、27℃で30時間培養した。
【0054】
前記の前培養液を、6L容の培養槽内の1×麦芽培地5Lに植菌した。
麦芽エキス 165g
酵母エキス 25g
適量の水 5L
pH 6.5
【0055】
モルティエレラ イサベリナ
27℃、1分間に500回転の回転数、培地1L当たり3.5L/1時間の空気供給、pH調整なし、30時間、の条件で培養を行った。
【0056】
アスペルギルス オリゼー
20℃、500rpmの回転数、0.05vvmの空気供給、pH調整なしで30時間培養を行い、次いで25℃、500rpmの回転数、0.05vvmの空気供給、pH調整なしで24時間培養を行った。両方の場合において、封入体(ペルオキシソームを含む)で満たされた多数の大きな膨張を含む菌糸を得た。
【0057】
次いで、125Lの1.5×麦芽培地を300L容の培養槽に調製した。
麦芽エキス 6.188kg
酵母エキス 0.938kg
適量の水 125L
【0058】
前記培地を121℃で40分間滅菌した。前記培養槽及びその部品を滅菌、加圧処理した。温度を27℃に調節した。加圧し、1時間当たり培地1L当たり3.5L、即ち凡そ0.6m/hの通気速度を維持した。塩基(10N NaOH)、酸(85%のリン酸(HPO))、消泡剤及び接種材として役立つ6L容の発酵糟を無菌状態で寄せ集めた。撹拌速度を325rpmに調節し、消泡剤の滴下を開始し、次いで接種材料(5L)をpH調整なしで接種した。撹拌速度を325rpmに維持し、通気を2.2m/h(0.3vvm)に増加させた。菌の増殖を24時間継続させ、乾燥重量ベースで培地1L当たり凡そ10gの菌糸を得た。この菌糸は「コンポート」型の菌糸で、胞子を持たない多数の膨張と隆起を含むフィラメントから構成されているはずである。
【実施例2】
【0059】
段階c及びd モルティエレラ属の株によるラウリン酸の変換
菌糸の量と品質を確保した後、基質(ラウリン酸)をミグリオールに添加した。平行してグルコースを連続的に0.36g/L/hの流速で55時間にわたり添加した。培養工程全体を通じて、5NのNaOHでpH7に調節した。回転速度を900rpmに増加し、通気を1vvm、即ち12m/hの流速とした。前記変換を55時間実施した。培地1L当たり12gの収量で(S)−γ−ドデカラクトンを得た。比較のため、特許文献3(Han)の教示に従い、特許文献3に記載のモルティエレラ属の株を用いてγ−ドデカラクトンを調製した。
【0060】
前記Hanの方法が使用される場合、収量は培地1L当たり4〜6.5gのオーダーであるが、それと比較し、本発明の方法では封入体で膨張した「コンポート」菌糸を用いた場合、収量は培地1L当たり12〜15gのオーダーであった。
【実施例3】
【0061】
段階c及びd モルティエレラ属の株によるカプリル酸の変換
菌糸体の量と品質を確保した後、基質(カプリル酸)を0.75g/L/hの流速で6時間添加した。平行してグルコースを連続的に0.36g/L/hの流速で添加した。培養工程全体を通じて、5NのNaOHでpH6.5に調節した。回転速度を600rpmに増加させ、通気を3.5L/分の流速とした。前記変換を48〜74時間実施した。培地1L当たり15〜25g、一般には培地1L当たり凡そ9gの収量で(S)−γ−オクタラクトンを得た。
【0062】
比較のため、特許文献4(Farbood)の教示に従い、特許文献4に記載のモルティエレラ属の株を用いてγ−オクタラクトンを調製した。前記ファーブッドの方法に従って得られる生成物の旋光性は−28°であって、このことは本生成物が(R)と(S)エナンチオマーの混合物であり、(S)エナンチオマーがごく僅かに優勢であることを意味している。本発明の方法に従って得られる生成物の旋光性は−42°であって、このことは(S)−γ−ラクトンが選択的に生成されることを示すものである。
【0063】
前記Farboodの方法が使用される場合、得られる収量は培地1L当たり7.5〜10gのオーダーであるが、それと比較し、本発明の方法では封入体で膨張した「コンポート」菌糸体を用いた場合、収量は1L当たり15〜25gのオーダーであった。
【実施例4】
【0064】
段階c及びd モルティエレラ属の株によるカプロン酸の変換
菌糸体の量と品質を確保した後、基質(カプロン酸)を0.3g/L/hの流速で6時間添加した。平行してグルコースを連続的に0.36g/L/hの流速で添加した。培養工程全体を通じて、5NのNaOHでpH6.5に調節した。回転速度を600rpmに増加させ、通気を3.5L/分の流速とした。前記変換を48〜74時間実施した。(S)−γ−ヘキサラクトンを培地1L当たり6gの収量で得た。
【実施例5】
【0065】
段階c及びd モルティエレラ属の株によるウンデシレン酸の変換
菌糸体の量と品質を確保した後、ウンデシレン酸を0.3g/L/hの流速で6時間、次いで0.53g/L/hの流速で72時間、即ち合計で培地1L当たり40g添加した。このウンデシレン酸は水素付加したヒマワリ油との混合物(1/4部の酸:3/4部の油)として添加したため、この油は0.9g/L/hの流速、次いで1.53g/L/hの流速で添加された。平行してグルコースを連続的に0.36g/L/hの流速で72時間添加した。培養工程全体を通じて、5NのNaOHでpH7.5に調節した。回転速度を505rpmに増加させ、通気を1vvm、即ち12m/hの流速で行った。前記変換を72時間実施した。
【0066】
立体配置が(S)型のγ−ウンデセノラクトンが培地1L当たり6.5g生成された。
【実施例6】
【0067】
段階c及びd モルティエレラ属の株によるウンデカン酸の変換
菌糸体の量と品質を確保した後、ウンデカン酸を0.3g/L/hの流速で6時間、次いで0.53g/L/hの流速で3.5時間、次いで0.75g/L/hの流速で3.5時間、次いで1g/L/hの流速で48時間添加した。このウンデカン酸は、水素付加したヒマワリ油との混合物(1/4部の酸:3/4部の油)として添加した。平行してグルコースを連続的に0.36g/L/hの流速で24時間添加した。培養工程全体を通じて、5NのNaOHでpH7.5に調節した。回転速度を505rpmに増加させ、通気を1vvm、即ち12m/hの流速で行った。前記変換を48時間実施した。
【0068】
立体配置が(S)のγ−ウンデカラクトンが培地1L当たり19g生成された。
【実施例7】
【0069】
段階c及びd アスペルギルス属の株によるウンデシレン酸の変換
菌糸体の量と品質を確保した後、ウンデシレン酸を0.3g/L/hの流速で6時間、次いで0.53g/L/hの流速で72時間、即ち合計培地1L当たり40g添加した。このウンデシレン酸は、水素付加したヒマワリ油との混合物(1/4部の酸:3/4部の油)として添加した。平行してグルコースを連続的に0.36g/L/hの流速で72時間添加した。培養工程全体を通じて、5NのNaOHでpH6.5に調節した。通気を0.5vvm、即ち6m/hの流速で行った。前記変換を80時間実施した。立体配置が(R)のγ−ウンデセノラクトンが培地1L当たり0.5g生成された。
【実施例8】
【0070】
段階c及びd アスペルギルス属の株によるカプロン酸の変換
菌糸体の量と品質を確保した後、カプロン酸を1.64g/L/hの流速で24時間、次いで2g/L/hの流速で72時間、即ち合計培地1L当たり183g添加した。このカプロン酸は、水素付加したヒマワリ油との混合物として(1/2部の酸:1/2部の油)配合される。平行してグルコースを連続的に0.36g/L/hの流速で添加した。培養工程全体を通じて、5NのNaOHでpH6.5に調節した。通気を0.5vvm、即ち6m/hの流速で行った。72時間〜96時間後、立体配置が(R)のγ−ヘキサラクトンが培地1L当たり15g生成された。
【実施例9】
【0071】
段階e 抽出−精製
3Lの85%リン酸を用い、pH1.5に酸性化した。100℃以上で30分間加熱を行い、前記ラクトンを本質的にその閉環型とし、開環したヒドロキシ酸型ではないようにした。前記ラクトンを定量して抽出溶媒(好ましくはシクロヘキサン)を添加し、その混合物を常温で1時間攪拌した。遠心分離を行って有機層を回収した。ラクトンを定量した。溶媒を濃縮し、油状の「粗製品」を得た。減圧蒸留を行った。「樹脂を除かれた」ラクトンと排油を得た。次に前記ラクトンを減圧下に分留することによって精製を行う。純度99%以上の生成物が得られ、同生成物は、モルティエレラ属の株を使用した場合はγ−ウンデセノラクトン(99%以上が(S)異性体)であり、又はアスペルギルス種の株を使用した場合はγ−ウンデセノラクトン(99%以上が(R)異性体)であった。
【0072】
(R)又は(S)型のγ−ウンデセノラクトン、又は(R)及び(S)型の混合物、並びに(R)又は(S)型のγ−ウンデカラクトン、又は(R)及び(S)型の混合物は、組成物の着香に使用でき、エキゾチックな、フローラルな、又はフルーティーな香気を付与することが出来、更に出願人はγ−ウンデセノラクトンに関し「トロピカロン(登録商標)」を商標登録した。その用途により、前記(S)エナンチオマー又は前記(R)エナンチオマー、あるいは両エナンチオマーの当業者によって決定された割合の混合物が使用されることとなる。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
γ−ラクトンの立体選択的調製方法であって、γ−ラクトン、特に一般式(I)のγ−ラクトンの微生物による生合成が行われることを特徴とし、
【化1】


式中、ラクトン環が2位と3位の炭素原子の間に不飽和結合を有してよいが、好ましくは飽和結合であって、R1が任意に置換されてよい(C1−C16)アルケニル基、任意に置換されてよい(C1−C16)アルキニル基又は任意に置換されてよい(C1−16)アルキル基であり、前記生合成が、少なくとも一つの基質、好ましくは脂肪酸から、前記基質のC4における特異的ヒドロキシル化を可能にする微生物株から選抜された株の微生物培養により行われることを特徴とする方法。
【請求項2】
a) 前記基質のC4におけるヒドロキシル化を可能にする微生物株から選ばれた適切な株を選抜する段階、
b) 前記の株を適切な培地で培養する段階であって、前記培養に先立って、任意に、前記株を前培養する段階を伴う段階、
c) γ−ラクトン、特に請求項1記載の式(I)のγ−ラクトンに変換され得る基質を添加する段階、
d) 前記基質をγ−ラクトン、特に式(I)のγ−ラクトンに生物学的に変換する段階、及び
e) 生成された前記γ−ラクトンを回収する段階
を含んでなることを特徴とする、請求項1に記載の立体選択的調製方法。
【請求項3】
段階a)における前記微生物株がアスペルギルス属の株から選抜され、好ましくはアスペルギルス オリゼー株であることを特徴とする、請求項2に記載の(R)−γ−ラクトンの立体選択的調製方法。
【請求項4】
段階a)における前記微生物株がモルティエレラ属の株から選抜され、好ましくはモルティエレラ イサベリナア株であることを特徴とする、請求項2に記載の(S)−γ−ラクトンの立体選択的調製法。
【請求項5】
前記基質が、少なくとも5個の炭素原子、好ましくは5から20個の炭素原子を含む任意に置換された飽和又は不飽和直鎖脂肪酸、及びその脂肪酸のエステル、好ましくはメチルエステル又はエチルエステルから選択されることを特徴とする、請求項1から4の何れか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記基質が、吉草酸、カプロン酸、エナント酸、カプリル酸、ペラルゴン酸、デカン酸、ウンデカン酸、ウンデシレン酸、ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、パルミトレイン酸、ステアリン酸、オレイン酸、リノール酸、リノレン酸及びエイコサン酸及びそれらのエステル、好ましくはそれらのエチルエステル若しくはメチルエステル、又はそれらの混合物からなるグループから選ばれることを特徴とする、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
段階c)において、前記基質が、好ましくは、油、特に水素添加されたか若しくはオレイン酸に富むヒマワリ油、ミグリオール若しくはグルコース、又はこれらの成分の混合物から選択される少なくとも一つの製造助剤との混合物として添加されることを特徴とする、請求項2から6の何れか一項に記載の方法。
【請求項8】
段階e)がγ−ラクトンの水蒸気蒸留による抽出であって、必要に応じて、未反応の基質のエステル化及び除去が続いて行われることを特徴とする、請求項2から7の何れか一項に記載の方法。
【請求項9】
段階e)が、段階d)の終わりに得られた前記ラクトンの溶媒抽出であることを特徴とする、請求項2から8の何れか一項に記載の方法。
【請求項10】
段階e)が、段階d)の終わりに得られた前記γ−ラクトンのin situにおける還元からなる段階e’)で置換されることを特徴とする、請求項2から9の何れか一項に記載の方法。
【請求項11】
前記(R)−γ−ラクトンの立体特異的生合成のためのアスペルギルス オリゼーの培養物の使用。
【請求項12】
前記(S)−γ−ラクトンの立体特異的生合成のためのモルティエレラ イサベリナの培養物の使用。

【公表番号】特表2008−518595(P2008−518595A)
【公表日】平成20年6月5日(2008.6.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−538474(P2007−538474)
【出願日】平成17年11月2日(2005.11.2)
【国際出願番号】PCT/FR2005/002730
【国際公開番号】WO2006/048551
【国際公開日】平成18年5月11日(2006.5.11)
【出願人】(507038674)
【Fターム(参考)】