説明

うつ予防

【課題】
本発明の課題は、ストレス、特にうつの予防及び治療を行うことである。
【解決手段】
ピロロキノリンキノン類又はその塩を含む組成物を提供することにより、ストレス又はうつを予防及び治療することを可能とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はストレス予防、特にうつの予防に関する。
【背景技術】
【0002】
うつ病は日本において自殺原因の第1位であり、2008年までの11年間、連続して年間自殺者が3万人を超えている。社会的損失であるだけでなく、医療経済上の大問題である。また、うつ病は誰でも発症する可能性があるといわれ、医学的な対策が急務となっており、うつ病の予防は重要な課題である。
【0003】
うつ病の原因は明確でないが、ストレスなどを契機とする脳のセロトニン神経系とノルエピネフリン神経系の機能低下が主な原因と考えられている。神経伝達物質の再取込を阻害しシナプスにおける寿命を延長させ、作用の持続性を高める薬剤はすでに抗うつ薬として市販され有効性が証明されている。しかし、治療効果が出るまでに2、3週間が必要で、治療効果が出る前に副作用が現れるため服薬が滞って病状を悪化させることがある。また、これらの薬は発症した後の治療であり、それらを防ぐものではない。
【0004】
これまでうつを含むストレスの予防は、うつ病の治療薬を予防薬として使用することが数多く提案されている(例えば特許文献1,2)。しかし、これらの薬剤の製造は難しく、高価である。また、通常の生活を送っている人にこれらの薬剤を投与するのは、うつ病の発生頻度が高いとはいえ、副作用、費用の点からも現実的な選択ではない。
【0005】
そのため、安価に製造が可能であり、ストレス予防効果だけでなく、その他の機能も有しており長期間服用できる物質が求められている。特に食品として摂取可能であることは長期間の服用を続ける動機になり、容易に予防できるため求められている。また、犬、猫、牛、馬、豚等のペットや家畜に対してもストレス状態は問題であることが分かっている。問題行動や生産性にとってストレスを生じさせないことは重要な課題である。
【0006】
ピロロキノリンキノン(以下、PQQと記す)は、生物のエネルギー獲得系にとって必須な酸化還元酵素の補酵素の一つとして数十年前に発見された水溶性キノンである。生物界に広く分布し、種々の生理活性機能や必須栄養素も認められていて、身近にはお茶、納豆、果実などの食品に含まれる。体内で特定の酵素と結合して、酵素が正常に働けるように補助する働きをするのでビタミン様物質として注目が集まっている。一般式(1)にその化学構造を示す。
【化1】

【0007】
PQQは新しいビタミンの可能性があることが提案されて(例えば、非特許文献1参照)注目を集めている。このPQQ類は、有機化学的合成法又は発酵法などにより製造することが可能で、比較的安価に提供することが可能である。このPQQはアルカリ金属塩で提供されることが多く、特にジナトリウム塩の固体として提供される。
【0008】
PQQは経口投与で生体内に取り込まれることが分かっている(非特許文献2)。そして、動物を対象とした学習・記憶能力に関する研究や記憶能力の保持に関する研究(神経成長因子NGF増強作用)や抗酸化作用、ミトコンドリア賦活作用、中高年者に対する脳機能改善効果が示唆されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2000−204040号公報
【特許文献2】特表2008−538741号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】nature,vol422, 24April, 2003, p832
【非特許文献2】Proceedings of the society for Experimental Biology and Medicine, 197, 27-31, (1991)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の課題は、ストレス、特にうつの予防及び治療を提供することを課題とした。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意研究した結果、以下に示す項目によって解決できることを見出した。
(1)ピロロキノリンキノンのフリー体、エステル体及び塩から選ばれる1種以上を含む抗うつ剤。
(2)前記塩がナトリウム塩であることを特徴とする(1)記載の抗うつ剤。
(3)ピロロキノリンキノンのフリー体、エステル体及び塩から選ばれる1種以上を1日に0.01から1500mg/kg体重投与することを特徴とする動物(ヒトを除く)のうつ治療方法。
(4)投与する際のピロロキノリンキノンのフリー体、エステル体及び塩から選ばれる1種以上の濃度が0.1〜5mg/MLの濃度の注射液を用いることを特徴とする(3)記載の動物(ヒトを除く)のうつ治療方法。
(5)前記塩がナトリウム塩であることを特徴とする(3)又は(4)記載のうつ治療方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明により、ストレス、特にうつの予防と治療をピロロキノリンキノンによって可能にする。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】ストレスの負荷方法
【図2】うつの治療方法
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施形態について述べる。
本発明のピロロキノリンキノン類とは、フリー体、エステル体及び塩から選ばれる1種以上を示し、一般式(2)又は(3)で表される構造である。
【化2】


R1, R2, R3は、それぞれHまたはCが1から4のアルキル基である。

【化3】


n=1,2,3、M=Na, K, Li, Rb, Cs, Ca, Mg、m=1,2,3である。
【0016】
本発明で使用するPQQは、有機化学的合成方法又は発酵法、例えばメタノール資化性を有し、かつPQQを生産する能力を有する細菌を、炭素源としてメタノールを含有し鉄化合物の濃度を制御した培養液中で培養することによりPQQを製造することが可能である。
【0017】
PQQのエステル体は、PQQより常法のエステル化反応に従って合成することができる。PQQのトリエステル体は、例えば、PQQ又はその塩を酸性条件下でアルコール類と反応させる方法(特開平3−123781号公報、特開平3−145492号公報)や、PQQまたはその塩を塩基の存在下でハロゲン化アルキル、ハロゲン化アラルキル、ハロゲン化アルキルアリール、ハロゲン化アルケニル、ハロゲン化アルキニル等と反応させる方法などにより合成することができる。
【0018】
上記方法によって得られるPQQのトリエステル体を酸性または塩基性条件下で部分加水分解することで、モノエステル体、ジエステル体を得ることができる。PQQ類またはその塩は、カラムクロマトグラフィー、再結晶法、又は溶媒抽出法などの通常の方法により、反応液中から分離、精製することができる。同定には、元素分析、NMRスペクトル、IRスペクトル、質量分析などの各種手段が用いられる。
【0019】
PQQの塩は、ナトリウム塩、カリウム塩等のアルカリ金属塩、マグネシウム塩、カルシウム塩等のアルカリ土類金属塩、アンモニウム、トリエタノールアミン、トリメチルアミン等の有機アミン塩、リジン、アルギニン等の塩基性アミノ酸塩等が挙げられる。
【0020】
製造が容易であることからPQQのフリー体、ナトリウム塩、カリウム塩が使用しやすく、より好ましくはジナトリウム塩である。
【0021】
本発明では、PQQ類をそのまま投与することも可能であるが、各種の製剤として提供することが望ましい。製剤の投与形態は、経口投与、または静脈内、腹膜内、皮下若しくは経皮等の非経口投与を挙げることができる。哺乳類に投与する場合、注射、経口、経皮等により行うことができる。
【0022】
投与する際のPQQ類の濃度は、製剤の種類、該製剤の投与により期待する効果等に応じて適宜選択されるが、例えば経口剤の場合、PQQ類またはその塩として、通常は0.1〜100重量%、好ましくは0.5〜70重量%、特に好ましくは1〜50重量%である。また、投与量および投与回数は、投与形態、投与対象者の年齢、体重、損傷の程度等により異なるが、通常、成人一日当たり、PQQ類を0.01から1500mg/kg、より好ましくは0.05から100mg/kgとなるように、一日一回ないし数回投与する。投与期間は、特に限定されないが、ストレス予防として使用する場合、継続的に使用することが好ましい。
【0023】
剤形としては、例えば、錠剤、散剤、顆粒剤、丸剤、懸濁剤、乳剤、浸剤・煎剤、カプセル剤、シロップ剤、液剤、エリキシル剤、エキス剤、チンキ剤、流エキス剤、注射剤、点滴剤、クリーム剤、坐剤等の経口剤や非経口剤を挙げることができる。
経口剤として製剤化する際には、賦形剤、結合剤、崩壊剤、潤沢剤、分散剤、懸濁剤、乳化剤、希釈剤、緩衝剤、抗酸化剤、細菌抑制剤等の添加剤を用いることができる。
【0024】
経口投与に適当な、例えばシロップ剤のような液体調製物である場合は、水、蔗糖、ソルビトール、果糖等の糖類、ポリエチレングリコール、プロピレングリコール等のグリコール類、ゴマ油、オリーブ油、大豆油等の油類、p−ヒドロキシ安息香酸エステル類等の防腐剤、パラオキシ安息香酸メチル等のパラオキシ安息香酸誘導体、安息香酸ナトリウム等の保存剤、ストロベリーフレーバー、ペパーミント等のフレーバー類等を添加して製剤化することができる。
【0025】
経口投与に適当な、例えば錠剤、散剤または顆粒剤等の場合には、乳糖、ブドウ糖、蔗糖、マンニトール、ソルビトール等の糖類、バレイショ、コムギ、トウモロコシ等の澱粉、炭酸カルシウム、硫酸カルシウム、炭酸水素ナトリウム、塩化ナトリウム等の無機物、結晶セルロース、カンゾウ末、ゲンチアナ末等の植物末等の賦形剤、澱粉、寒天、ゼラチン末、結晶セルロース、カルメロースナトリウム、カルメロースカルシウム、炭酸カルシウム、炭酸水素ナトリウム、アルギン酸ナトリウム等の崩壊剤、ステアリン酸マグネシウム、タルク、水素添加植物油、マクロゴール、シリコーン油等の滑沢剤、ポリビニールアルコール、ヒドロキシプロピルセルロース、メチルセルロース、エチルセルロース、カルメロース、ゼラチン、澱粉のり液等の結合剤、脂肪酸エステル等の界面活性剤、グリセリン等の可塑剤などを添加して製剤化することができる。
【0026】
経口投与に適当な製剤には、一般に飲食品に用いられる添加剤、例えば食甘味料、着色料、保存料、増粘安定剤、酸化防止剤、発色剤、漂白剤、防かび剤、ガムベース、苦味料、酵素、光沢剤、酸味料、調味料、乳化剤、強化剤、製造用剤、香料、香辛料抽出物等が添加されてもよい。経口投与に適当な製剤は、そのまま、または例えば粉末食品、シート状食品、瓶詰め食品、缶詰食品、レトルト食品、カプセル食品、タブレット状食品、流動食品、ドリンク剤等の形態のものであってもよいし、健康食品、機能性食品、栄養補助食品等の飲食品として用いてもよい。
【0027】
非経口投与に適当な、例えば注射剤は、好ましくは受容者の血液と等張であるPQQ類を含む滅菌水性剤と、塩溶液、ブドウ糖溶液、または塩溶液とブドウ糖溶液の混合物からなる担体等を用いて調製することができる。また、これら非経口剤においても、経口剤で例示した希釈剤、防腐剤、フレーバー類、賦形剤、崩壊剤、潤沢剤、結合剤、界面活性剤、可塑剤などから選択される1種またはそれ以上の補助成分を添加することができる。この時のPQQ類の濃度は0.1から5mg/MLの濃度であることが好ましい。濃度が低い場合は大量の注射が必要であり、また、濃度を高くすると結晶が析出しやすくなる。
【0028】
本発明の製剤は、ヒトだけでなく、ヒト以外の動物(以下、非ヒト動物と略す)に対し、抗うつ剤として使用することができる。本発明でいう抗うつ剤とは、ストレス、特にうつの予防剤及び治療剤を含む。
【0029】
非ヒト動物としては、ほ乳類、鳥類、は虫類、両生類、魚類等、好ましくはほ乳類に属する非ヒト動物を挙げることができる。動物に使用する場合、飼料に混合させて使用することができる。つまり、一般的に使用する穀物等でできた家畜用飼料又はペットフードに混合して使用することができる。
【実施例】
【0030】
以下に、実施例及び比較例を以って本発明をさらに詳しく示すが、これらの例のみに本発明は限定されない。
実施例1−3、比較例1,2 ストレス予防試験
ストレスの負荷
ヒトのうつ病の原因となるストレスは強烈なストレスよりも中等度で多種類の日常的なストレスが主であると考えられるため、図1に示すいくつかのマイルドストレスを3週間にわたり負荷する方法を用いた(Phytomedicine. 13, 658-667, 2000)。
具体的には、マウス(7週齢雌ddY)を、(1)強制水泳(15分間)後、2日間正常飼育、(2)傾斜ケージで2日間飼育後、1日正常飼育、(3)湿床ケージで1日飼育後、1日正常飼育、(4)180回転/分の回転ケージで1日飼育後、1日正常飼育した。さらに(2)から(4)を2回繰り返し合計3週間ストレスを負荷した。
【0031】
ストレスの負荷に並行して1日1回午前9時に生理的リン酸緩衝液(以下、PBSと記す)又は、1、5または25 mg/kgのPQQ含有PBSを腹腔内投与した。投与量はいずれも0.25 mlとした。実験にはマウスを計68匹使用した。本発明において実施例および比較例は以下の表1に示す。
【表1】

【0032】
うつ病態の評価法
尾懸垂試験:マウスの尾の先端から約1 cmの所を指先で摘み、床から10 cmの高さで固定し、逆さ吊りにする。マウスは始めの内は激しく動き抵抗するが、次第に諦め無動化する。尾懸垂開始から6分間における無動時間を測定し、抑うつ症状の度合いを評価した。最後に各PQQ含有PBSを投与してから1日後に尾懸垂試験を行った試験結果を表2に示す。
【0033】
高架式十字型迷路試験:床より50 cmの高さに壁のないオープンアーム (30 cm×5 cm) と高さ10 cmの壁のあるクローズドアーム(30 cm×5 cm) を直交させた構造を持つ装置を用いる。マウスを中央に置き、5分間の行動を観察する。初めは全てのアームに入り探索を行うが、徐々に危険度が高く、開けた明るい場所であるオープンアームに入る回数が減少する。マウスがオープンアームに滞在した時間を測定し不安症状の指標とした。また、アームへの総出入り回数を行動量の指標とした。試験結果を表2に示す。
【0034】
オープンフィールド試験:40 cmの正方形平板を底面とし、四方に20 cm高の壁を持つ装置を用いた。平板には10 cm間隔で平行な直線を引き16区画とする。装置中央にマウスを置き、5 分間のマウスの行動を観察した。マウスは暗所を好み壁の影のない中央4区画への侵入を避けるが、危険性の明確でない場所の忌避は軽度の不安を反映する。また新しい場所では探索行動を示す。よって中央4区画に滞在した時間を指標に不安状態を、直線を横切る回数から行動量を評価した。試験結果を表2に示す。
【表2】

【0035】
尾懸垂試験における抑うつ症状に対する効果:
PQQ無投与のとき、ストレス負荷群は非ストレス負荷群に比べ尾懸垂テストでの無動時間が有意に延長しており、ストレスによって抑うつ症状が誘導されることが確認された。この無動時間の延長は、5 mg/kgのPQQ投与により有意に抑制された。すなわち、PQQは5 mg/kgの用量で投与するとストレス誘導性の抑うつ症状を予防する作用をもつことが示唆された。
【0036】
高架式十字型迷路試験における不安症状に及ぼす効果:
PQQ無投与のとき、ストレス負荷群は非ストレス負荷群に比べオープンアームに留まる時間が有意に短縮した。しかし、オープンアームとクローズドアームの両方に出入りする回数はストレスの有無で違いは認められなかった。すなわち、ストレス負荷によって運動量には差がないことから、不安症状が誘発されることが確認された。しかもこのオープンアーム滞在時間は1 mg、5 mg、25 mg/kgのPQQ投与によって延長する傾向が認められた。PQQはストレス誘導性の不安症状を予防する作用をもつ可能性が示唆された。
【0037】
オープンフィールド試験における不安症状に及ぼす効果:
高架式十字迷路試験とほぼ同じ結果が得られた。すなわち、PQQ無投与のとき、ストレス負荷群は非ストレス負荷群に比べフィールドの中央部に留まる時間が有意に短縮した。しかし、運動量(動いていた時間)はストレスの有無で違いが認められなかった。すなわち、ストレス負荷によって不安症状が誘発されることが確認された。中央部分滞在時間は1 mg、5 mg、25 mg/kgのPQQ投与によって延長する傾向が認められた。
【0038】
ストレス負荷が誘導する抑うつ症状はPQQによって予防でき、不安症状はPQQ投与によって予防が可能な傾向があった。
【0039】
うつの治療効果
実施例4−6、比較例3,4
図2のスケジュール表に示すように、強制水泳後、図1に示すマイルドストレスを3週間にわたって負荷した。具体的には、マウス(7週齢雌ddY)を、(1)強制水泳(15分間)後、2日間正常飼育、(2)傾斜ケージで2日間飼育後、1日正常飼育、(3)湿床ケージで1日飼育後、1日正常飼育、(4)180回転/分の回転ケージで1日飼育後、1日正常飼育した。さらに(2)から(4)を2回繰り返し合計3週間ストレスを負荷した。負荷終了後、PBS又はPQQ含有の各種PBSを腹腔内投与又は経口投与した。
経口投与はゾンデで胃内へ直接注入した。
【表3】

【0040】
ガラス玉隠蔽試験:30cm立方の箱に木製チップを敷詰めその上に25個のガラス玉を設置した。マウスをその中で15分間放置し、隠蔽されていないガラス玉の数を計測した。
試行1回目はストレス負荷終了1日後PQQ投与前の状態、試行2回目は投与2週間後、試行3回目は投与3週間後に、試験を行った結果を表4に示す。
【表4】

試行1回目(ストレス負荷終了1日後PQQ投与前の状態)はストレス負荷によってすべての群で有意に隠蔽数が増えている。試行2回目(PQQ投与2週間後)では、5 mg/kg腹腔内投与では、対照群との間に有意差が残ったが、5または25mg/kgの経口投与では対照群との間の有意差が消失した。試行3回目(PQQ投与3週間後)では、これに加えて、5mg/kgの腹腔内投与で、対照群との間の有意差が消失した。すなわち、本法による不安症状が、経口投与されたPQQによって回復傾向になると推定される。
【0041】
同様に尾懸垂試験の結果を以下の表5に示す。
【表5】

試行2回目、3回目とも同じ結果が得られた。5mg/kgの腹腔内投与群は、ストレス負荷で無投与群との間で有意差が認められた。すなわち、5mg/kgの腹腔内投与群によって、明確に無働時間が短縮している。
【0042】
さらに同様にして高架式十字迷路試験の結果を表6に示す。
【表6】

試行2回目、3回目とも同じ結果が得られた。5mg/kgの腹腔内投与群は、ストレス負荷で無投与群との間で有意差が認められた。すなわち、5mg/kgの腹腔内投与群によって、明確に無働時間が短縮している。
【0043】
海馬におけるmitogen-activated protein kinases/extracellular signal-regulated kinases1/2 (ERK1/2)のリン酸化評価
実施例7−9、比較例5,6
海馬における神経伝達物質や神経栄養因子が引き起こす細胞内シグナル伝達とうつ病形成及び抗うつ薬による治療効果とは深く関連していることが報告されている。例えば、慢性のストレスは海馬の歯状回における mitogen-activated protein kinases/extracellular
signal-regulated kinases1/2 (ERK1/2) のリン酸化レベルを選択的に減少させ、抑うつ症状の指標となる無働時間の延長や意欲の減退を伴う(Biol. Psychiatry. 63 (2008) 353-359)。更に、ERK1/2シグナル伝達経路は不安障害や心的外傷性ストレス障害で重要な要素である恐怖消去メカニズムにも組み込まれていると考えられている(J. Neurosci. 28 (2008) 8178-8188.)。
抗うつ薬の作用メカニズムとして、神経栄養因子のような働きで、ストレスによって低下した海馬のERK1/2のリン酸化レベルを回復させる。実施例7−9では、PQQ投与によりリン酸化レベルが回復されているかを確認した。
【0044】
前処理マウスは前記の実験に使用したものを使用した。
屠殺したマウスを断頭してから頭蓋を開けて全脳を出し、脳梁を切って大脳を左右に分け広げて大脳の裏を縁取るように横たわる海馬を採取した。最終投与24時間後に行動を観察し、その直後に脳の試料を調製した。
採取した脳組織 (海馬) とその湿重量の19倍量の破砕液(1 % Nodient P40、1 %デオキシコール酸ナトリウム、2 mM EDTA、0.1 % sodium dodecyl sulfate (SDS) 、0.15 M NaCl、10 mg/mL aprotinin、10 mg/mL leupeptin、50 mM NaF、1 mM オルトバナジン酸ナトリウム、1 mM phenylmethylsulfonyl fluoride (PMSF) を含む20 mMトリス塩酸緩衝液 (pH 7.4) : RIPA バッファー)をマイクロチューブ (1.5 mL) に溶解し、超音波で破砕した (ULTRASONIC CONVERTOR, Farmingdale, NY, U.S.A.)。破砕後、30分氷上で静置してから遠心 (4 ℃、1400 × g、15分) し、上清を回収して脳組織タンパク質抽出溶液とした。
【0045】
評価方法
BCAタンパク質定量キットはPierce社、PVDFメンブランは和光純薬工業株式会社、抗 ERK1/2抗体、抗リン酸化ERK1/2抗体はCell Signaling Techonology社より購入した。抗rabbit
IgG 抗体はPromega社より購入した。TRIzol 、逆転写酵素はInvitrogen社より購入した。
脳組織は採取後ウエスタンブロットを行うまでRIPAバッファーを加えずに−80 ℃で保管した。
タンパク質溶液に1/3量の電気泳動用サンプルバッファー(0.2 M, pH 7.2, トリス塩酸緩衝液、8 % SDS、40 % glycerol、bromophenol blue (BPB) )、1/10量の2-mercaptoethanolを加え、95 ℃で5分間加熱処理し、10 %ポリアクリルアミドゲルでSDS電気泳動を行った。
ERK1/2及びリン酸化ERK1/2の両方についてそれぞれウエスタンブロット解析を行うこととし、各々2 μg、5 μgの組織抽出タンパク質を電気泳動した。
その後、セミドライブロッティング法によりゲルからPVDF膜へタンパク質を転写した (陽極の溶液には0.3 M トリス-20 % メタノール溶液、陰極の溶液には25 mM トリス−20 % メタノール溶液および25 mMトリス−40 mM ノルロイシン−20 % メタノール溶液を用い、0.8 mA/cm2、90分間通電した)。
転写後のPVDF膜はブロック液〔5 %スキムミルクを含む トリス緩衝化生理食塩水 : TBS(0.15 M NaClを含む10 mM トリス塩酸緩衝液 (pH 7.4) ))抗リン酸化ERK1/2抗体、1000倍希釈 と一晩4 ℃で反応させた。メンブランを洗浄した後、2次抗体(アルカリフォスファターゼ標識抗マウスIgG抗体(Promega) 、5000倍希釈)と反応させた。
最後に100 mM 塩化ナトリウム、5 mM 塩化マグネシウムを含む100 mM トリス塩酸緩衝液 (pH 9.5) (DIG3 バッファー) にアルカリフォスファターゼの基質としてnitroblue tetrazolium (NBT ; 225 mg/mL) と5-bromo-4-chloro-3-indolylphosphate p-toluidine salt (BCIP ; 263 mg/mL) を加えた液で数分間インキュベートして発色させた。各バンドの染色強度はScion Image および Image J ソフトを用いて数値化した。
【0046】
ストレス負荷を与えていない実験のリン酸化の平均値を100とした値を以下の表7に示す。
【表7】

PQQの腹腔内投与は海馬におけるERK1/2リン酸化の回復も見られた。PQQの5,25
mg/kg経口投与では、低下したERK1/2のリン酸化レベルは低いままで推移したが、PQQの腹腔内投与(5 mg/kg)では海馬におけるERK1/2リン酸化レベルはストレス負荷前のレベルを回復した。すなわち腹腔内投与されたPQQは脳に到達し活性を発揮した。PQQのような安全で副作用の小さい分子が抗うつ作用を示すことが示され、将来の即効性の抗うつ薬の開発につながる可能性が示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明は、ヒト用または動物用として、医薬品または医薬部外品、食品、機能性食品、飼料として幅広く利用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ピロロキノリンキノンのフリー体、エステル体及び塩から選ばれる1種以上を含む抗うつ剤。
【請求項2】
前記塩がナトリウム塩であることを特徴とする請求項1記載の抗うつ剤。
【請求項3】
ピロロキノリンキノンのフリー体、エステル体及び塩から選ばれる1種以上を1日に0.01から1500mg/kg体重投与することを特徴とする動物(ヒトを除く)のうつ治療方法。
【請求項4】
投与する際のピロロキノリンキノンのフリー体、エステル体及び塩から選ばれる1種以上の濃度が0.1〜5mg/MLの濃度の注射液を用いることを特徴とする前記3記載の動物(ヒトを除く)のうつ治療方法。
【請求項5】
前記塩がナトリウム塩であることを特徴とする請求項3又は4記載のうつ治療方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−158527(P2012−158527A)
【公開日】平成24年8月23日(2012.8.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−17487(P2011−17487)
【出願日】平成23年1月31日(2011.1.31)
【出願人】(000004466)三菱瓦斯化学株式会社 (1,281)
【Fターム(参考)】