説明

がん治療剤

【課題】生体に有効ながんの治療方法、がん治療剤及びがん治療に有用なシステムを提供する。
【解決手段】(A)被験個体のがん病巣部及び/又はがん病巣部を含む部位を加温処置する工程、及び(B)上記(A)工程中及び/又は上記(A)工程後に被験個体にリンパ球を投与する工程、を包含することを特徴とするがんの治療方法、がん病巣部及び/又はがん病巣部を含む部位への加温処置を実施している被験個体に、前記の加温処置中及び/又は加温処置後に投与されるための、リンパ球を有効成分とするがん治療剤。本発明は被験個体への身体的負担やストレスが少ない高い治療効果を有するがんの治療方法、がん治療剤、及びがん治療に有効なシステムであることから、手術療法、放射線療法、又は化学療法後にも用いることもでき、医療分野において極めて有用である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医療分野において有用ながん治療方法、治療剤及び治療システムに関する。
【背景技術】
【0002】
がんの治療には、外科的治療(手術)、放射線療法、化学療法、免疫療法(細胞療法やワクチン療法)などが行われている。その中でも、抗がん剤を用いた化学療法によるものが一般的である。また、これらとは異なる視点からのがんの治療である温熱療法(ハイパーサーミア)も行われている。温熱療法は、42〜43℃以上の温度になるとがん細胞が死滅するという作用を利用したものであり、外部からがん病巣部を局所的又は周辺を含む部位を加温処置することで、がん細胞に選択的にダメージを与え、がん病巣部を縮小又はがんを根治させる方法である。また、近年、放射線療法や抗がん剤との増感作用があることが知られている。
【0003】
がん患者に対してしばしば実施されている細胞療法の一種である養子免疫療法においては、患者自身のリンパ球を体外で培養し、得られたリンパ球を患者に投与している。培養法としては、色々な方法があり、リンパ球増殖因子であるインターロイキン−2(IL−2)やインターロイキン−15(IL−15)の添加、抗CD3抗体刺激又は抗CD3抗体及び抗CD28抗体による共刺激とリンパ球増殖因子との組合せ等が主に使用されている。また、腫瘍を認識もしくは傷害できるようにリンパ球を教育するために、抗原となる腫瘍細胞、腫瘍抗原タンパクもしくは腫瘍抗原ペプチド、又は抗原で処理した抗原提示細胞を添加しての培養も行われている。
【0004】
養子免疫療法のうち、体外で誘導した細胞傷害性T細胞(CTL)や末梢血リンパ球等からIL−2と抗CD3抗体の作用により拡大培養して得られるリンフォカイン活性化細胞を移入する療法において、前記の細胞を拡大培養する際に細胞傷害活性をいかに維持するか、リンパ球を体外でいかに効率よく拡大培養できるか、治療に適した能力を有するリンパ球をいかに効率よく拡大培養するか等の問題については、フィブロネクチンやそのフラグメントを使用することによる効果が、既に本発明者らにより検討されてきた(例えば、特許文献1〜5)。また、これら養子免疫療法と化学療法を併用した方法も検討されている(例えば、特許文献6)。
【0005】
また、ワクチン療法では、腫瘍抗原タンパクやそれに由来する抗原ペプチドが、免疫原性を高めるためのアジュバント(不完全フロイントアジュバント、CpG等)と混合して製剤化され使用されている。その他に、それらの抗原の免疫原性を高めるための誘導体(GM−CSFとのキメラタンパク質等)、抗原提示細胞にタンパクやペプチドを取り込ませたもの、抗原遺伝子を発現させるためのDNAワクチン等が試験されており、これらは単独で、もしくはアジュバントと混合して使用されている。上記のワクチンとして用いられる抗原は、いずれも体外で調製され、投与されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開第03/080817号パンフレット
【特許文献2】国際公開第2005/019450号パンフレット
【特許文献3】特開2007−061020号公報
【特許文献4】国際公開第2007/020880号パンフレット
【特許文献5】国際公開第2007/040105号パンフレット
【特許文献6】国際公開第2008/143014号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
抗がん剤は、がん細胞を殺傷することによりその効果を発揮するが、がん細胞を殺傷すると共に、正常細胞も殺傷するものが多い。この際、リンパ球等の血中の細胞が殺傷され、白血球数が減少する。したがって、抗がん剤の投与は、患者体内の抗がん剤の代謝を想定し、ある一定の期間を空けてこれらの機能の回復を待って、数サイクルの投与が行われているが、がんに対して十分な殺傷効果が得られないケースもある。
【0008】
一方、抗がん剤による治療は、リンパ球を始めとする白血球の減少による免疫機能の低下を招き、感染症のリスクを増大させる。また、がん細胞への免疫反応の回復が遅れる原因ともなる。
【0009】
また、温熱療法(以下、温熱治療とも言う)は、患者への身体的負担が少なく、加温処置による温度変化でがん細胞を殺傷することによりその効果を発揮するが、全てのがんに対して十分な殺傷効果が得られないケースもある。
【0010】
本発明の目的は、生体に有効ながんの治療方法、がん治療剤及びがん治療に有用なシステムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記の課題を解決すべく鋭意努力した結果、温熱療法にリンパ球、特に好適にはナイーブT様細胞を含有する細胞集団、を用いた養子免疫療法を併用することで、生体における腫瘍増殖をきわめて効率よく抑制することが可能であることを見出し、本発明を完成させた。
【0012】
すなわち本発明を概説すれば、
[1]下記(A)工程及び(B)工程を包含することを特徴とするがんの治療方法:
(A)被験個体のがん病巣部及び/又はがん病巣部を含む部位を加温処置する工程、及び
(B)上記(A)工程中及び/又は上記(A)工程後に被験個体にリンパ球を投与する工程、
[2](A)工程が38〜43℃の加温処置である[1]の方法、
[3](B)工程が(A)工程実施後1時間〜10日間後に実施される[1]の方法、
[4]リンパ球が被験個体から採取されたリンパ球又はリンパ球前駆細胞を含有する細胞集団の培養により得られたリンパ球培養物である[1]の方法、
[5]リンパ球が抗CD3抗体の存在下での培養により得られたリンパ球培養物である[4]の方法、
[6]リンパ球がフィブロネクチン、フィブロネクチン フラグメント、もしくはそれらの混合物の存在下での培養により得られたリンパ球培養物である[5]の方法、
[7]リンパ球がリンパ球培養物から分離されたナイーブT様細胞集団である[1]〜[6]いずれか1つに記載の方法、
[8]がん病巣部及び/又はがん病巣部を含む部位への加温処置を実施している被験個体に、前記の加温処置中及び/又は加温処置後に投与されるための、リンパ球を有効成分とするがん治療剤、
[9]加温処置を実施している被験個体に、前記の処置開始後1時間〜10日間後に投与されるための、[8]の治療剤、
[10]リンパ球が被験個体から採取されたリンパ球又はリンパ球前駆細胞を含有する細胞集団の培養により得られたリンパ球培養物である[8]の治療剤、
[11]リンパ球が抗CD3抗体の存在下での培養により得られたリンパ球培養物である[10]の治療剤、
[12]リンパ球がフィブロネクチン、フィブロネクチン フラグメント、もしくはそれらの混合物の存在下での培養により得られたリンパ球培養物である、[11]の治療剤、
[13]リンパ球がリンパ球培養物から分離されたナイーブT様細胞集団である[8]〜[12]いずれか1つに記載の治療剤、
[14]リンパ球又はリンパ球前駆細胞を含有する細胞集団の培養により得られたリンパ球培養物と、がん病巣部及び/又はがん病巣部を含む部位を加温処置可能な装置を包含するがん治療システム、
に関する。
【0013】
当該システムとしては内部にナイーブT様細胞集団が封入された移入容器、腫瘍の位置を示す画像データを取得する手段、画像データに基づいて腫瘍周辺を加温する手段、及びナイーブT様細胞集団を移入する手段を備えた装置を包含するがん治療システムが挙げられる。なお本発明において被験個体とはがん病巣部を保持するヒト患者、及び非ヒト動物を包含する。
【発明の効果】
【0014】
本発明により、がんに対する細胞性免疫力が活性化され、高い治療効果を有するがんの治療方法、がん治療剤及びがん治療システムが提供される。また、本発明は被験個体への身体的負担やストレスが少ないことから、手術療法、放射線療法、又は化学療法後にも用いることができる。更に前記療法後にがんが再発した場合にも用いることが可能である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明は、下記(A)工程及び(B)工程を包含することを特徴とするがんの治療方法:
(A)被験個体のがん病巣部及び/又はがん病巣部を含む部位を加温処置する工程、及び
(B)上記(A)工程中及び/又は上記(A)工程後に被験個体にリンパ球を投与する工程;
を提供する。すなわち、本発明は(A)工程の温熱療法と(B)工程の養子免疫療法を包含する。
【0016】
本願明細書において「加温処置」とは、がん病巣部を局所的に加温すること又はがん病巣部を含む部位を加温することを示す。加温する温度(加温によってがん病巣部が達する温度:加温目標温度)は38〜44℃が好ましく、好適には41〜43℃、更に好適には42.5℃である。加温する時間は1回の加温処置で10分〜2時間が好ましく、好適には30〜50分間である。
【0017】
加温する方法は、がん病巣部を局所的に又はがん病巣部を含む部位を加温することができれば特に限定はなく、例えば、湯浴、ヒーター、高周波、マイクロ波、又はラジオ波を利用した方法が挙げられる。また市販されている局所加温装置(例えば、サーモトロンRF8(山本ビニター社製))を用いることで簡便に行う事が可能である。がん病巣部を局所的又はがん病巣部を含む部位に対して、上、下、左、又は右のどの方向から加温してもよく、また全ての方向から加温してもよい。
【0018】
本願明細書において「リンパ球」とは、T細胞、B細胞に代表される免疫系の細胞、ならびに前記細胞を含有する細胞集団を意味する。特に本発明を限定するものではないが、リンパ球又はリンパ球前駆細胞を含有する細胞集団を培養することにより得られる培養物(以下、リンパ球培養物とも記載する)が例示される。本発明の好適な態様では、後述のナイーブT様細胞を含有するリンパ球培養物が使用される。
【0019】
なお、前記リンパ球は被験個体自身より採取された細胞に由来するもの(自己リンパ球)、被験個体以外のドナーから採取された細胞に由来するもの(ドナーリンパ球)のいずれでもよいが、好適には前者被験個体自身に由来するものが使用される。被験個体よりリンパ球の採取を行う場合、その時期は(A)工程の前後どちらでもよい。
【0020】
本願明細書において「ナイーブT様細胞集団」とは、ナイーブT細胞及び/又はナイーブT細胞の表面抗原マーカーであるCD45RA、CD62L、CCR7、CD27、CD28等を発現するT細胞(以下、ナイーブT様細胞と称する)を高比率に含有する細胞集団を示す。
【0021】
前記のナイーブT様細胞集団を高含有する細胞集団は、人為的な細胞培養操作により調製される培養物であってもよい。リンパ球は抗CD3抗体の存在下での培養により人為的に拡大培養することができる。また、フィブロネクチン、フィブロネクチン フラグメント、もしくはそれらの混合物を抗CD3抗体と組み合わせた培養により得られるリンパ球培養物はナイーブT様細胞に富むことが知られている。したがって、当該方法により得られるリンパ球培養物の使用は本発明の一つの好適な態様として例示される。特に本発明を限定するものではないが、本発明に使用されるリンパ球の調製にはフィブロネクチン フラグメント、好ましくはVLA−4結合領域、VLA−5結合領域、ヘパリン結合領域から選択される部位を有する組換えフィブロネクチン フラグメントが使用される。本発明の特に好適な態様においては、組換えフィブロネクチン フラグメント(例えば後述のCH−296)、抗CD3抗体(例えばOKT−3)の存在下、IL−2を含有する培地中でリンパ球又はリンパ球前駆細胞を含有する細胞集団を培養することにより、本発明での使用に適したリンパ球培養物が調製される。当該培養方法については、特許文献1〜3にも記載されている。前記のリンパ球又はリンパ球前駆細胞を含有する細胞集団としては、本発明を特に限定するものではないが、CD4陽性もしくはCD8陽性のT細胞やそれらの前駆細胞を含有するものであればよく、例えば末梢血単核球(PBMC)、臍帯血単核球、骨髄細胞、脾臓細胞、造血幹細胞等を使用することができる。培養には生体から採取されたものをそのままもしくは凍結保存したもののいずれも使用することができる。
【0022】
前記の抗CD3抗体やフィブロネクチン フラグメントは培地中に溶解して共存させる他、適切な固相、例えば培養に使用される容器(シャーレ、フラスコ、バッグ等)、又はビーズ、メンブレン、スライドガラス等の細胞培養用担体に固定化して使用してもよい。前記担体は、細胞培養時に細胞培養器材中の培養液に浸漬して使用される。当該成分の固定化は、国際公開第97/18318号パンフレット、並びに国際公開第00/09168号パンフレットに記載のフィブロネクチン フラグメントの固定化と同様の方法により実施することができる。
【0023】
培養は、抗CD3抗体やフィブロネクチン フラグメントの使用を除いて公知のリンパ球の培養条件で行なえばよい。例えば、37℃、5%CO等の条件で培養することができる。また、適当な時間間隔で細胞培養液に新鮮な培地を加えて希釈したり、培地を新鮮なものに交換したり、細胞培養器材を交換することができる。培養期間は通常、2〜15日程度である。使用される培地や、同時に使用されるその他の成分等は後述のとおり、製造するリンパ球の種類によって、適宜設定することができる。培地には血清や血漿を添加することもできる。これらの培地中への添加量は特に限定はないが、0〜20容量%、好ましくは0〜5容量%である。血清又は血漿の由来は自己(培養する細胞と由来が同じであることを意味する)もしくは非自己(培養する細胞と由来が異なることを意味する)のいずれでも良いが、好適には自己由来のものが使用される。
【0024】
また、リンパ球培養物から分離又は単離されたナイーブT様細胞集団も本発明に使用することができる。前記の培養方法により得られた培養物からナイーブT様細胞集団を得るための手段としては、特に限定はないが、例えば上述のナイーブT細胞の表面抗原マーカーを指標に公知の方法により分離又は単離することができる。例えば、前記の表面抗原マーカーに特異的に結合する物質、例えば抗CD62L抗体を使用することにより、ナイーブT様細胞に富む細胞集団を調製することができる。
【0025】
さらに、本発明に使用される「リンパ球」は外来遺伝子が導入されたものであってもよい。なお、「外来遺伝子」とは、遺伝子導入対象のナイーブT様細胞集団に人為的に導入される遺伝子のことを意味し、遺伝子導入対象のナイーブT様細胞集団と同種由来のものも包含される。前記外来遺伝子には特に限定はなく、例えば、タンパク質(例えば、酵素、サイトカイン類、レセプター類等)をコードするものの他、アンチセンス核酸やsiRNA(small interfering RNA)、リボザイムをコードするものが使用できる。また、遺伝子導入された細胞の選択を可能にする適当なマーカー遺伝子を同時に導入してもよい。例えば、抗がん剤に対する耐性に関連する酵素をコードする遺伝子を導入してリンパ球に薬剤耐性を付与すること、特定の薬剤に対する感受性を付与するような遺伝子を導入し、生体に移植した後のリンパ球を当該薬剤の投与によって除去すること、が可能である。遺伝子導入は公知の方法、例えばウイルスベクターを使用する方法により実施できる。
【0026】
本発明において、(A)工程の後の被験個体の体内は、殺傷されたがん細胞からの遊離がん抗原が血中に多く含まれ、それらがマクロファージや樹状細胞などの抗原提示細胞に食されて、がん抗原が多く提示された状態となり、がん抗原特異的細胞傷害活性を有するCTLが誘導されやすい状態となっている。しかも、(A)工程により癌患者の免疫抑制状態を解除することも期待される。したがって、(B)工程でナイーブT様細胞集団を投与することにより、当該細胞が免疫抑制状態が解除された被験個体体内でがん抗原と接触し、被験個体のがん細胞を特異的に殺傷できる能力を有するCTLに誘導されるという利点がある。更に、ナイーブT様細胞集団は、被験個体体内で長期にわたり生存することができる。
【0027】
(B)工程は、被験個体に対して(A)工程が実施された後、速やかに実施される。ここで「速やかに実施される」とは、(B)工程でのリンパ球投与による所望の効果が得られる範囲で、(A)工程中及び/又は(A)工程後に適切な間隔をおいて(B)工程を実施することを包含する。例えば、(A)工程と(B)工程の間隔としては、例えば(A)工程実施後1時間〜10日間、好ましくは3時間〜8日間、より好ましくは3時間〜24時間である。また、(A)工程中に(B)工程を実施する場合、(A)工程開始後に(B)工程を実施すればよい。また、本発明の好適な態様として、前記の(A)、(B)両工程の組み合わせを複数回反復するがんの治療方法が例示される。例えば、(A)工程の実施前に被験個体から末梢血単核球を採取し、その末梢血単核球を材料として、前記のような公知の培養方法によりリンパ球の培養物を製造し、当該培養物からナイーブT様細胞集団を分離又は単離し、当該細胞集団を用いて適切な時期に(B)工程を実施する。このような(A)、(B)両工程を含むクールを複数回実施することができる。
【0028】
また、(A)工程は単回の処置であってもよく、複数回繰り返してもよい。処置の回数や条件は、例えば被験個体に対するダメージを考慮して決定される。例えば、(A)工程を1日40分〜50分間実施し、これを6日間行い、次の(B)工程へと進めることができる。ここで加温する温度は全て同一温度としてもよく、効果のある範囲で適宜変更して行ってもよい。
【0029】
(B)工程において被験個体に投与されるリンパ球の投与量やその諸条件は免疫状態に準じて設定することができる。本発明を特に限定するものではないが、例えば、成人一日あたり、好適には1×10〜1×1012cells/日、より好ましくは、5×10〜5×1011cells/日、更に好ましくは1×10〜1×1011cells/日が例示される。通常、リンパ球は注射や点滴により静脈、動脈、皮下、腹腔内等へ投与される。
【0030】
本発明の治療方法が適用されるがんは特に限定はない。例えば食道がん、肺がん、骨髄腫、卵巣がん、頭頚部がん、悪性黒色腫、胃がん、結腸がん、直腸がん、膵がん、胆道がん、肝細胞がん等の固形がんが例示される。また、本発明の治療方法は、腫瘍組織の切除後にも適用可能である。
【0031】
本発明により、特に胃がん、結腸がん、直腸がん、膵がん、胆道がん、肝細胞がん等のがんを対象とする、リンパ球を用いたがん温熱療法が提供される。本発明の方法とは、温熱療法と養子免疫療法としてのリンパ球の投与とを組み合わせるものである。物理的ながん治療の処置である加温によってがん細胞を殺傷してがんを縮小させるとともに、リンパ球の投与によって、がん免疫を強化させる。更に温熱療法の1つの効果により、一般的な免疫も強化される。
【0032】
投与されたリンパ球は、加温によりがん細胞が破壊されて放出された腫瘍抗原や、抗がん剤に対して生存能力の高いマクロファージや樹状細胞等に提示された腫瘍抗原に接触することにより、治療しようとするがんに対する特異的細胞傷害性が高く誘導される。
【0033】
次に、本発明のがんの治療方法に使用されるがん治療剤について説明する。本発明の治療剤は、その有効成分としてリンパ球を含有することを特徴とする。また、加温を実施している被験個体に、がん病巣部及び/又はがん病巣部を含む部位への加温処置中及び/又は加温処理後に投与されるためのがん治療剤である。本発明を特に限定するものではないが、例えば、本発明のがんの治療方法に使用するための指示書が添付されたリンパ球を含有する製剤は本発明に包含される。
【0034】
本発明の治療剤の有効成分であるリンパ球としては、前記の、本発明のがんの治療方法における(B)工程において被験個体に投与されるリンパ球、特に好適にはナイーブT様細胞集団が挙げられる。前記のリンパ球の材料としては被験個体自身に由来する自己リンパ球、被験個体以外のドナーから採取されたドナーリンパ球のいずれでもよいこと、人為的な細胞培養操作に供して得られる培養物から分離又は単離されたものであってもよいことは前記のとおりである。
【0035】
本発明の治療剤は、有効成分であるリンパ球を、公知の非経口投与に適した有機又は無機の担体、賦形剤、安定剤等と混合し、点滴剤、注射剤として調製できる。その投与方法にも特に限定はなく、細胞を含有する公知の医薬と同様の手段、例えば注射もしくは点滴による静脈内への投与を利用することができる。
【0036】
さらに、本発明は、前記の本発明の治療剤と、がん病巣部及び/又はがん病巣部を含む部位を加温処置可能な装置とからなるがん治療システムを提供する。また、他の態様として、本発明の治療剤、すなわちナイーブT様細胞集団の調製に使用される試薬類と、がん病巣部及び/又はがん病巣部を含む部位を加温処置可能な装置とからなるがん治療システムも提供される。ナイーブT様細胞集団の調製に使用される試薬類としては、抗CD3抗体、フィブロネクチン フラグメント、IL−2並びにリンパ球培養用の培地が例示される。これら試薬類の必要量が収納された細胞培養容器(抗CD3抗体とフィブロネクチン フラグメントがコートされた培養用容器等)が含まれる治療用システムとすることもできる。更に当該システムとしては内部にナイーブT様細胞集団が封入された移入容器、腫瘍の位置を示す画像データを取得する手段、画像データに基づいて腫瘍周辺を加温する手段、及びナイーブT様細胞集団を移入する手段を備えた装置を包含するがん治療システムが挙げられる
【実施例】
【0037】
以下、実施例を挙げて、本発明を更に具体的に説明するが、本発明はこれらの記載に何ら限定されるものではない。
【0038】
実施例1 マウス同系腫瘍モデルを用いた移入ナイーブT様細胞と温熱治療併用効果の検討
(1)担がんマウスからの脾臓リンパ球の調製
6週齢の雌のC57BL/6マウスの右鼠蹊部を麻酔下で9平方センチメートル程剃毛し、その皮下にRPMI1640培地(シグマ社製)に4×10cells/mLとなるように懸濁した高転移性黒色腫であるhB16F10を0.1mL接種した。6日後、脾臓を摘出してRPMI1640培地中でスライドガラスを用いてすりつぶし、すりつぶした脾臓をチューブに回収した。その後、同培地で45mLにフィルアップした脾臓細胞を氷上に5分間静置後、40μmセルストレーナー(ベクトン・ディッキンソン社製)を通して新しいチューブに移した。こうして得られた細胞懸濁液を遠心分離して上清を除去し、溶血操作として沈殿した細胞をACKバッファー(0.15M NHCl、0.01M KHCO、0.01mM NaEDTA、pH7.4)2mLに懸濁した。この細胞懸濁液に更にACKバッファー2mLを添加して懸濁後、RPMI1640培地を細胞懸濁液が50mLになるように添加した。得られた細胞懸濁液は遠心分離後上清を除去し、細胞をRPMI1640培地10mLに懸濁しセルストレーナーを通して新しいチューブに移した。細胞懸濁液に容量が40mLとなるようにRPMI1640培地を添加後、遠心して細胞を回収した。細胞をRPMI1640培地と8%ヒト血清アルブミン(HSA、製剤名;ブミネート:バクスター社製)を含むCP−1(極東製薬工業社製)とを等量混合したものに懸濁し、使用するまで液体窒素中で保存した。
【0039】
(2)抗マウスCD3抗体及びヒトCH−296フラグメントの固定化
以下の実験で使用する培養器材に抗マウスCD3抗体及びヒトCH−296フラグメント〔レトロネクチン(登録商標)、タカラバイオ社製:以下、単にCH−296と記載〕を固定化した。すなわち、12穴細胞培養プレート(コーニング社製)に抗マウスCD3抗体(終濃度5μg/mL、R&D Systems社製)を含むACD−A液(テルモ社製)を800μL/ウェルずつ添加し、4℃で終夜インキュベートした。次いで各ウェルにCH−296を終濃度5μg/mLとなるように添加し、さらに5時間室温でインキュベートした。使用直前に培養器材から抗体・CH−296を含むACD−A液を吸引除去後、各ウェルをダルベッコPBS(日水製薬社製、以下、DPBSと記載)で2回、RPMI1640培地で1回洗浄し実験に供した。
【0040】
(3)脾臓リンパ球のナイロンファイバーによる精製
実施例1−(1)で調製した脾臓リンパ球の純度を上げるためにナイロンファイバーを用いて精製を行った。20mLシリンジ(テルモ社製)に1.5gのナイロンファイバー(和光純薬社製)を充填したカラムを作製し、DPBSで平衡化した後、121℃で20分滅菌した。このカラムを10%ウシ胎児血清(インビトロジェン社製、以下、FBSと記載)含有RPMI1640培地で平衡化し、5%COインキュベーターで、37℃、1時間インキュベートした。実施例1−(2)で調製した脾臓リンパ球を5×10cellsを超えないように10%FBS含有RPMI1640培地2〜3mLに懸濁し、カラムにアプライ後、5%COインキュベーターで、37℃でさらに1時間インキュベートした。予め37℃に保温しておいた10%FBS含有RPMI1640培地15〜20mLをカラムに添加し溶出された細胞を回収した。
【0041】
(4)マウスT細胞集団の拡大培養
10%FBS、0.1mM NEAA mixture(Cambrex社製)、1mM Sodium pyruvate(Cambrex社製)、50μM 2−mercaptoethanol(Invitrogen社製)、0.2% HSA含有GT−T503培地(タカラバイオ社製)(以下、培養用培地と記載)に3×10cells/mLとなるように実施例1−(3)で調製したリンパ球を懸濁した。実施例1−(2)で調製した抗マウスCD3抗体及びヒトCH−296固定化プレートに培養用培地を1.9mL/ウェルで添加しておき、上記細胞懸濁液を0.5mL/ウェルずつ添加し、5%COインキュベーター中、37℃で培養した(培養0日目)。培養3日目に細胞懸濁液を3.6×10cells/mLとなるように培養用培地を用いて希釈し、何も固定化していない新しい225cm細胞培養フラスコ(コーニング社製)に全量を移した。この際、終濃度100U/mLとなるようにマウスIL−2(R&D Systems社製)を、また終濃度10ng/mLとなるようにマウスIL−7(R&D Systems社製)を添加した。培養6日目に拡大培養した細胞を回収し、以下の同系腫瘍モデルでの試験に供した。
【0042】
(5)拡大培養したマウスT細胞集団のナイーブT様細胞とエフェクターT様細胞の分離
実施例1−(4)で得られた細胞を回収し、必要量分取した後、500×g、室温で5分間遠心して上清を除去した。得られた細胞を0.5%BSA、及び2mMエチレンジアミン四酢酸二ナトリウムを含むDPBS(以下、0.5%BSA/DPBSと記載)に1.11×10cells/mLとなるように懸濁した。その細胞液に細胞数1×10cellsあたり10μLのCD62L(L−セレクチン)マイクロビーズ(マウス)(ミルテニー・バイオテック社製)を添加し、暗所、4℃にて時々攪拌しながら15分間インキュベートした。次に当該細胞液に1×10cellsあたり1mLの0.5%BSA/DPBSを加え、500×gで室温5分間遠心して上清を除いた後、1×10cellsあたり0.5mLの0.5%BSA/DPBSを加え、十分懸濁して氷上に静置し、CD62Lマイクロビーズ標識細胞液とした。続いて、VarioMACSTM separator(ミルテニー・バイオテック社製、以下分離装置と記載)にLSカラム(ミルテニー・バイオテック社製、以下分離カラムと記載)を設置し、3mLの0.5%BSA/DPBSでリンスした。カラムにCD62Lマイクロビーズ標識細胞液を添加して溶出させた後、さらに9mLの0.5%BSA/DPBSでリンスし、溶出画分を回収して得られたCD62L細胞をエフェクターT様細胞とした。分離装置からカラムを外し、5mLのバッファーを添加して分離カラム付属のプランジャーで押し出し回収して得られたCD62L細胞をナイーブT様細胞とした。
【0043】
(6)C57BL/6−hB16F10の同系腫瘍モデルにおける温熱治療及びT細胞集団の移入
6週齢の雌のC57BL/6マウスの右鼠蹊部を麻酔下で9平方センチメントール程剃毛し、その皮下にRPMI1640培地に4×10cells/mLとなるように懸濁したhB16F10を0.1mL接種した。その後、以下のとおりに群設定を行い、無処置群をA群、温熱治療群をB群、温熱及びナイーブT様細胞併用治療群をC群、温熱及びエフェクターT様細胞併用治療群をD群とした。腫瘍接種3日後と4日後にA群を除いて、温熱治療を施行した。温熱治療は、上下に設置された発熱体から遠赤外線を放射する温熱装置を用いた。マウスの入った金網ケージを温熱装置内に設置し、予備加温として60℃で10分間照射後、続けて43℃で50分間の温熱治療を実施した。腫瘍接種6日目と10日目には実施例1−(5)で調製した各マウスT細胞をRPMI1640培地でそれぞれ3.5×10cells/mLと2×10cells/mLに調製し、C群、D群の各個体にそれぞれナイーブT様細胞、エフェクターT様細胞を0.2mLずつ尾静脈から投与した。またA群、B群の各個体には生理食塩水(大塚製薬社製)を0.2mLずつ尾静脈から投与した。
【0044】
(7)C57BL/6−hB16F10の同系腫瘍モデルにおける温熱治療及びT細胞投与後の抗腫瘍活性の評価
各個体における腫瘍接種後17日目の腫瘍サイズを、電子ノギスを用いて測定した。その結果を表1に示す。表中の数字は各群N=4〜5の平均値を示す。なお、腫瘍サイズは以下の計算式を用いた。
腫瘍サイズ=R1×R1×R2×0.5(R1は短直径 R2は長直径)。
【0045】
【表1】

【0046】
また、各個体における腫瘍接種後17日目の腫瘍重量を測定した。結果を表2に示す。なお、表中の数字は各群N=4〜5の平均値を示す。
【0047】
【表2】

【0048】
表1及び表2から明らかなように、同系腫瘍モデルにおいて温熱治療とナイーブT様細胞の投与を組み合わせることにより、温熱治療及びエフェクターT様細胞を併用治療した場合と比較して、腫瘍サイズ・重量とも小さく、抗腫瘍活性が高い結果となった。このことより、温熱治療と拡大培養され、分離されたナイーブT様細胞集団の投与を組み合わせることで、温熱治療との併用効果による腫瘍増殖抑制作用が示された。また、ナイーブT様細胞集団を用いた養子免疫療法が、温熱治療との併用による癌の治療に極めて有効であることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明により、高い治療効果を有するがんの治療方法、がん治療剤、及びがん治療に有効なシステムが提供される。当該方法は、被験個体への身体的負担やストレスが少ないことから、手術療法、放射線療法、又は化学療法後にも用いることもでき、医療分野において極めて有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記(A)工程及び(B)工程を包含することを特徴とするがんの治療方法:
(A)被験個体のがん病巣部及び/又はがん病巣部を含む部位を加温処置する工程、及び
(B)上記(A)工程中及び/又は上記(A)工程後に被験個体にリンパ球を投与する工程。
【請求項2】
(A)工程が38〜43℃の加温処置である請求項1記載の方法。
【請求項3】
(B)工程が(A)工程実施後1時間〜10日間後に実施される請求項1記載の方法。
【請求項4】
リンパ球が被験個体から採取されたリンパ球又はリンパ球前駆細胞を含有する細胞集団の培養により得られたリンパ球培養物である請求項1記載の方法。
【請求項5】
リンパ球が抗CD3抗体の存在下での培養により得られたリンパ球培養物である請求項4記載の方法。
【請求項6】
リンパ球がフィブロネクチン、フィブロネクチンのフラグメント、もしくはそれらの混合物の存在下での培養により得られたリンパ球培養物である請求項5記載の方法。
【請求項7】
リンパ球がリンパ球培養物から分離されたナイーブT様細胞集団である請求項1〜6いずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
がん病巣部及び/又はがん病巣部を含む部位への加温処置を実施している被験個体に、前記の加温処置中及び/又は加温処置後に投与されるための、リンパ球を有効成分とするがん治療剤。
【請求項9】
加温処置を実施している被験個体に、前記の処置開始後1時間〜10日間後に投与されるための、請求項8記載の治療剤。
【請求項10】
リンパ球が被験個体から採取されたリンパ球又はリンパ球前駆細胞を含有する細胞集団の培養により得られたリンパ球培養物である請求項8記載の治療剤。
【請求項11】
リンパ球が抗CD3抗体の存在下での培養により得られたリンパ球培養物である請求項10記載の治療剤。
【請求項12】
リンパ球がフィブロネクチン、フィブロネクチンのフラグメント、もしくはそれらの混合物の存在下での培養により得られたリンパ球培養物である、請求項11記載の治療剤。
【請求項13】
リンパ球がリンパ球培養物から分離されたナイーブT様細胞集団である請求項8〜12いずれか1項に記載の治療剤。
【請求項14】
リンパ球又はリンパ球前駆細胞を含有する細胞集団の培養により得られたリンパ球培養物と、がん病巣部及び/又はがん病巣部を含む部位を加温処置可能な装置を包含するがん治療システム。

【公開番号】特開2011−51937(P2011−51937A)
【公開日】平成23年3月17日(2011.3.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−202852(P2009−202852)
【出願日】平成21年9月2日(2009.9.2)
【出願人】(302019245)タカラバイオ株式会社 (115)
【出願人】(509247995)
【Fターム(参考)】