説明

すぐれた機械的性質と水素透過分離性能を有する水素透過分離薄膜

【課題】すぐれた機械的性質と水素透過分離性能を有する水素透過分離薄膜を提供する。
【解決手段】水素透過分離薄膜を、Zr:0.5〜20%、Ti:23〜43%(ただし、Zr+Ti:23〜52%)、Ni:14〜43%、Co:0.5〜25%(ただし、Ni+Co:20〜50%)と、残りがNbと不可避不純物(ただし、Nb:10〜45%)からなる成分組成(組成割合は原子%)を有し、かつ、ロール急冷法による厚さ0.1mm以下の鋳造箔材の調質熱処理材にして、Niの一部をCoが、また、Tiの一部をZr及びNbが置換したNi(Co)−Ti(Zr,Nb)金属間化合物と、Nbに主としてTi,Ni、および、CoまたはZrのいずれか1種が固溶したNb基固溶合金の微細粒が分散分布した合金組織を有するNb−Ti−Ni−(Co,Nb)合金で構成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、すぐれた機械的性質を有し、厚さ:0.1mm(100μm)以下の薄膜化が可能であり、長期に亘り安定的に優れた水素透過分離性能を発揮するNb−Ti−Ni−(Co,Zr)合金で構成された水素透過分離薄膜に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、例えば水素燃料電池や水素ガスタービンなどのエネルギーシステムの燃料ガスとして高純度水素ガスが注目されており、この高純度水素ガスが、水を電気分解して得られた混合ガスや液化天然ガス(LNG)を水蒸気改質して得られた混合ガスなどの水素含有原料ガスから、例えば図3に概略説明図で示される通り、外周部を例えばNi製などの枠体で補強され、かつ材質的に水素だけが透過できる機能を有する厚さ:0.1〜3mmの水素透過分離膜で左右両側室に仕切られ、左側室には水素含有原料ガス導入管と排ガス取出管が、右側室には高純度水素ガス取出管が取り付けられた、例えばステンレス鋼製などの反応室を中央部に設けた構造の水素高純度精製装置を用い、前記反応室を200〜400℃に加熱し、前記導入管より水素含有原料ガスを導入し、前記水素透過分離膜を通して分離精製された高純度水素ガスが存在する右側室の内圧を0.1MPaに保持し、一方前記水素含有原料ガスの存在する左側室の内圧を0.2〜0.5MPaに保持した条件で前記水素透過分離膜を通して高純度水素ガスを分離精製することにより生産されることが知られている。
また、上記の水素透過分離膜が、水素の選択的移動を前記水素透過分離膜を通して行なう、例えば炭化水素の水蒸気改質プロセスや、ベンゼン⇔シクロヘキサン反応などの水添/脱水素プロセスなどの化学反応プロセスに広く用いられていることもよく知られるところである。
【0003】
そして、従来の水素透過分離膜としては、
(1)Niを固溶したNbTi相とNbを固溶したNiTi相との共晶組織を素地とし、この素地に初晶NbTi相が分散分布した合金組織を有する、Ni−Ti−Nb合金の鋳造薄板材からなる水素透過分離膜(特許文献1)、
(2)Nbを固溶した(Ni,Co)Ti相とNi、Coを固溶したTiNb相との共晶構造、初晶として生成する前記TiNb相が前記共晶に囲まれている構造あるいは初晶として生成する前記(Ni,Co)Ti相が前記共晶に囲まれている構造の複合相合金組織を有する、Ni−Co−Ti−Nb合金の溶解鋳造材からなる水素透過分離膜(特許文献2)、
(3)水素透過性を担う相と耐水素脆化性を担う相との複合相からなるNi−Ti−Nb系合金に圧延加工した溶解鋳造材からなる水素透過分離膜(特許文献3)、
(4)水素透過性を担う相と耐水素脆化性を担う相との複合相からなるNi−Ti−Nb系合金に圧延加工後、1000℃超、100時間以上の熱処理を施した溶解鋳造材からなる水素透過分離膜(特許文献4)、
(5)Ni、Co、Moから選ばれる少なくとも1種の元素と、V、Ti、Zr、Ta、Hfから選ばれる少なくとも1種の元素と、残部Nbからなる液体急冷法により得たアモルファス構造のNb合金からなる水素透過分離膜(特許文献5)等が知られている。
【特許文献1】特開2005−232491号公報
【特許文献2】特開2006−265638号公報
【特許文献3】特開2006−274297号公報
【特許文献4】特開2006−274298号公報
【特許文献5】特開2004−42017号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
水素高純度精製装置を含め各種の化学反応装置の高性能化に対する要求はきわめて強く、これに伴い、前記装置の構造部材として用いられている水素透過分離膜にはより一段と高い水素透過分離性能を具備することが求められ、例えば、上記特許文献1〜4に示されるような従来技術においては、所望の水素透過特性と使用温度(250℃以上)における耐水素脆化特性を有せしめるためには、水素透過特性にすぐれたNb基固溶合金相と耐水素脆化特性に優れたNiTi相の複相合金化が有効とされ、また、水素透過特性の面からは、膜厚が薄いほど有利であるため、冷間圧延等の手法を用いて薄肉化することが行われている。しかし、上記従来技術において、鋳塊から薄肉化するためには、冷間圧延と焼鈍を繰り返す必要があり、また、特許文献4にも示されるように、冷間圧延加工率の増加に対応して水素透過性能が低下することも知られており、これを回復させるために高温で長時間の熱処理を行うことは、プロセスとして非常に煩雑であるばかりか、熱処理の繰り返しによる酸化等の影響も無視できず、水素透過特性を劣化させることになる。また、上記特許文献5に示されるように、水素透過分離膜の薄膜化を図るために、ロール急冷法により結晶構造をアモルファス化することも提案されているが、水素透過は主に250℃以上の高温で行われるため、水素透過分離膜をロール急冷ままのアモルファス状態で使用すると水素透過中に結晶化が始まり、長期に亘る使用では水素透過性能が安定せず、実用材料としては好ましくないという問題があった。
【課題を解決するための手段】
【0005】
そこで、本発明者等は、上述のような観点から、上記の各種化学反応装置の高性能化を図るべく、特にこれの構造部材である水素透過分離膜の薄膜化を可能ならしめ、長期に亘り安定的に優れた水素透過分離性能を発揮する水素透過分離薄膜を提供することを目的として、前記水素透過分離膜を構成する材料に着目し研究を行った結果、以下のような知見を得た。
即ち、水素透過分離膜を、原子%(以下、%は原子%を示す)で、Ti:23〜43原子%、Ni:14〜43原子%、Co:0.5〜25原子%およびZr:0.5〜20原子%のうちのいずれか1種(ただし、Niは、Ni+Co:20〜50原子%を満たし、また、Zrは、Zr+Ti:23〜50原子%を満たす)、Nbと不可避不純物:残部(ただし、Nb:10〜45原子%を満たす)からなる成分組成に特定した上で、これの合金溶湯を、ロール急冷法により厚さ:0.1mm以下の鋳造箔材とし、この鋳造箔材に、酸化を防止する目的で不活性ガス雰囲気中、または真空雰囲気中で、温度:300〜1100℃に所定時間加熱保持の条件で調質熱処理を施すと、この結果の調質熱処理材は、図1に走査型電子顕微鏡による組織写真(倍率:3500倍)で示される通り、Ni−Ti金属間化合物におけるNiの一部をCoが置換、あるいは、Tiの一部をZr及びNbが置換する状態で固溶含有したNi(Co)−Ti(Zr,Nb)金属間化合物からなる素地(図1に黒色で示されている)に、Nbに主としてTi,Ni,さらに、CoまたはZrのいずれか1種が固溶してなるNb基固溶合金の微細粒(図1に白色で示されている)が分散分布した合金組織をもつようになり、この合金組織のNb−Ti−Ni−(Co,Zr)合金は、水素透過特性向上に有効な薄膜化をシンプルなプロセスにより達成すると共に、従来プロセスでは得られない本プロセス特有の非常に均質かつ微細な合金組織とすることにより、水素透過特性のさらなる向上、耐水素脆化特性の向上および薄膜の機械的特性の向上を図ることが可能であることを見出した。
また、調質熱処理は一回で十分であり繰り返し行う必要がないため、従来プロセスに比べ大幅にプロセス時間が短縮できると共に、水素透過性能低下に直結する水素透過分離膜の表面酸化も軽微に抑制することが可能となり、さらに、調質熱処理は実使用温度より高温で行うため、長時間使用による結晶構造の経時変化を抑えることができ、その結果として、長時間使用による水素透過分離膜の特性劣化を防止することが可能であることを見出した。
【0006】
この発明は、上記の研究結果に基づいてなされたものであって、
「(a)Ti:23〜43原子%、
Ni:14〜43原子%、
Co:0.5〜25原子%およびZr:0.5〜20原子%のうちのいず
れか1種(ただし、Niは、Ni+Co:20〜50原子%を満たし、ま
た、Zrは、Zr+Ti:23〜50原子%を満たす)、
Nbと不可避不純物:残部(ただし、Nb:10〜45原子%を満たす)
からなる成分組成、
(b)ロール急冷法による厚さ:0.1mm以下の鋳造箔材の調質熱処理材にして、Ni−Ti金属間化合物におけるNiの一部をCoが置換、あるいは、Tiの一部をZr及びNbが置換する状態で固溶含有したNi(Co)−Ti(Zr,Nb)金属間化合物と、Nbに主としてTi,Ni、および、CoまたはZrのいずれか1種が固溶してなるNb基固溶合金の微細粒が分散分布した合金組織、
以上(a)の成分組成および(b)の合金組織を有するNb−Ti−Ni−(Co,Nb)合金で構成したことを特徴とするすぐれた機械的性質と水素透過分離性能を有する水素透過分離薄膜。」
に特徴を有するものである。
【0007】
つぎに、この発明の水素透過分離薄膜において、これを構成するNb−Ti−Ni−(Co,Zr)合金の組成等を上記の通りに限定した理由を説明する。
【0008】
(a)Nb
Nb成分は、Ni−Ti系金属間化合物においてTiの一部を置換した形で含有され、Ni−Ti系金属間化合物からなる素地を形成し、優れた強度を有するものの水素透過性能に乏しい前記素地の水素透過特性を改善するほか、Zrを合金成分として添加含有させた場合には、主としてTi、Zrを固溶含有し非常に優れた水素透過特性を有するNb基固溶合金を形成して、前記素地中に微細粒として分散分布し、すぐれた水素透過分離性能を発揮する作用があるが、その含有量が10原子%未満では薄膜の厚さを0.1mm以下に薄肉化しても所望のすぐれた水素透過分離性能を発揮させることが困難になり、一方、その含有量が45原子%を越えると、水素透過膜の機械的強度に低下傾向が見られ、水素透過膜の厚さを0.1mm以下に薄膜化することが困難になることから、その含有量を10〜45原子%と定めた。
【0009】
(b)TiおよびNi
TiおよびNi成分には、添加されたZr成分またはCo成分などと共に、素地を構成するNi−Ti系金属間化合物を形成して薄膜の機械的強度を担保し、もって、0.1mm以下の厚さでの実用化を可能とするほか、前記素地に微細粒として分散分布するNb基固溶合金に固溶して、これの機械的強度を高める作用があるが、TiおよびNiのいずれかの含有量が、Ti:23原子%未満、Ni:14原子%未満になると、薄膜に所望の機械的強度を確保することができず、この0.1mm以下の厚さでの実用化が困難となり、一方TiおよびNiのいずれかの含有量でも、Ti:43原子%、Ni:43原子%を超えると、水素透過分離性能の低下が避けられなくなることから、その含有量を、それぞれTi:23〜43原子%、Ni:14〜43原子%と定めた。
【0010】
(c)CoおよびZrのうちのいずれか1種
まず、Co成分は、Ni成分と共存して、Ti成分及び少量のNb成分と共に、水素透過時における延性と機械的強度に優れるB2結晶構造を有するNi−Ti系金属間化合物からなる素地を形成し、その優れた機械的強度を一層向上させる作用を有し、また、Ti成分や少量のNi成分と共にNb基固溶合金相からなる微細粒に少量固溶して、当該固溶合金微細粒の耐水素脆化特性を改善する作用を有する。
さらに、ロール急冷法により得た鋳造箔材の調質熱処理におけるNb基固溶合金相とNi−Ti系金属間化合物の結晶化や再結晶プロセスで、機械的強度の低下要因となる結晶粒の粗大化を抑制すると共に各相の相安定性を向上させ、薄膜の機械的強度を低下させる一要因となる脆化相の析出を抑制する効果を有する。
そして、Co成分の含有量が0.5原子%未満では、前記鋳造箔材の調質熱処理後の相安定性効果が不十分であり、一方、Co成分の含有量が25原子%を超える場合、あるいは、Co成分の含有量がNi成分のそれを超える場合、延性に低下傾向がみられるようになることから、Co成分の含有量は、Ni成分の含有量を超えない範囲であって、かつ、0.5〜25原子%の範囲内と定めた。
また、Co成分の含有量が上記数値範囲内であっても、Ni成分との合計含有量Co+Niが20原子%未満では、Ti成分と共に構成する素地の体積率が不足し、機械的強度に低下傾向がみられ、一方、Co+Niが50原子%を超えると、高水素透過特性を有するNb基固溶合金微細粒の体積率が不足し、水素透過特性に低下傾向がみられるようになることから、Co成分の含有量は、Ni成分との合計含有量Co+Niで20〜50原子%の範囲内と定めた。
【0011】
次に、Zr成分は、Ti成分と共存して、Ni成分及び少量のNb成分と共に、水素透過時における延性と機械的強度に優れるB2結晶構造を有するNi−Ti系金属間化合物からなる素地を形成し、その優れた機械的強度を維持しつつ水素透過特性を向上させる作用を有し、また、Ti成分や少量のNi成分と共にNb基固溶合金相に固溶して水素透過特性に優れたNb基固溶合金微細粒を形成する作用を有する。
さらに、ロール急冷法による鋳造箔材の製造に際し、合金溶湯の流動性を高める作用を有し、鋳造箔材からなる薄膜の延性を向上させる効果も有する。
そして、Zr成分の含有量が0.5原子%未満では、前記合金溶湯の流動性向上作用と鋳造箔材からなる薄膜の延性向上効果が不十分となり、一方、Zr成分の含有量が20原子%を超えると、調質熱処理後の機械的強度に低下傾向がみられることから、Zr成分の含有量は0.5〜20原子%と定めた。
また、Zr成分の含有量が上記数値範囲内であっても、Ti成分との合計含有量Zr+Tiが23原子%未満では、Ni成分と共に構成する素地の体積率が不足し、機械的強度に低下傾向がみられ、一方、Zr+Tiが50原子%を超えると、高水素透過特性を有するNb基固溶合金微細粒の体積率が不足し、水素透過特性に低下傾向がみられるようになることから、Zr成分の含有量は、Ti成分との合計含有量Zr+Tiで23〜50原子%の範囲内と定めた。
【発明の効果】
【0012】
この発明の水素透過分離薄膜は、Ni−Ti金属間化合物におけるNiの一部をCoが置換、あるいは、Tiの一部をZr及びNbが置換する状態で固溶含有したNi(Co)−Ti(Zr,Nb)金属間化合物からなる素地に、Nbに主としてTi,NiおよびCoまたはZrが固溶してなるNb基固溶合金が微細粒として均一に分散分布した合金組織を有することから、素地のすぐれた耐水素脆化特性と機械的強度により0.1mm以下の厚さへの薄肉化が可能となり、この薄肉化による水素透過分離性能の向上と均一に分散分布した微細粒の優れた水素透過分離性能と相俟って、これを各種の化学反応装置に用いた場合、優れた水素透過分離性能を長期に亘って発揮するようになるのである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
つぎに、この発明の水素透過分離薄膜を実施例により具体的に説明する。
【実施例】
【0014】
原料として、純度:99.9%の高純度Nbショット材、同99.9%の高純度Niショット材、同99.5%の高純度Tiスポンジ材、および、同99.9%の高純度Coショット材または同99.5%の高純度Zrスポンジ材を用い、これら原料をそれぞれ表1、2に示される割合に配合し、高純度Ar雰囲気中でアーク溶解して、鋳塊とし、この鋳塊を20mm角に切断した状態で、底部に長さ:20mm×幅:0.3mmの寸法をもったスリットが形成された黒鉛ルツボに装入し、0.06MPaの減圧アルゴン雰囲気中で高周波誘導加熱炉で再溶解し、この溶湯を前記スリットから10〜25m/secの範囲内の所定のロール速度で回転する水冷銅ロールの表面に0.05MPaの噴射圧で吹き付けて、いずれも長さ:20m×幅:20mmの平面寸法を有するが、厚さはそれぞれ表1、2に示される平均厚さ(任意5ヶ所の平均値)をもったNb−Ti−Ni−(Co,Zr)合金の鋳造箔材を単ロール急冷法により形成し、つぎに、これを真空炉に装入し、10−2Pa以下の真空中、それぞれ300〜1100℃の範囲内の所定の温度に5時間保持後炉冷の条件で調質熱処理を施し、調質熱処理後、幅:20mm×長さ:60mmの平面寸法に切り出すことにより本発明の水素透過分離薄膜(以下、本発明水素透過薄膜という)1〜26をそれぞれ製造した。
なお、本実施例では単ロール急冷法により鋳造箔材を形成したが、溶湯から十分な冷却速度でリボン状に成形できる方法であれば、製造方法はこれに限られず、例えば、双ロール急冷法で鋳造箔材を作製することも勿論可能である。
【0015】
比較の目的で、同じく原料として、純度:99.9%の高純度Nbショット材、同99.9%の高純度Niショット材、同99.5%の高純度Tiスポンジ材、および、同99.9%の高純度Coショット材または同99.5%の高純度Zrスポンジ材を用い、これら原料をそれぞれ表3の種別1〜7に示される割合に配合し、高純度Ar雰囲気中でアーク溶解し、鋳造して、直径:80mm×厚さ:10mmの寸法をもったNb−Ti−Ni−(Co,Zr)合金鋳塊とし、この鋳塊から、放電加工にて、いずれも幅:20mm×長さ:60mmの平面寸法を有するが、厚さをそれぞれ表3に示される平均厚さ(任意5ヶ所の平均値)とした薄板材に切出すことにより、鋳物切出し材からなる水素透過分離膜(以下、比較水素透過膜という)1〜8をそれぞれ製造した。
【0016】
同じく比較の目的で、原料として、純度:99.9%の高純度Nbショット材、同99.9%の高純度Niショット材、同99.5%の高純度Tiスポンジ材、および、同99.9%の高純度Coショット材または同99.9%の高純度Zrスポンジ材を用い、これら原料をそれぞれ表3の種別9〜12に示される割合に配合し、実施例と同様な方法で、長さ:20m×幅:20mmの平面寸法を有するが、厚さはそれぞれ表3に示される平均厚さ(任意5ヶ所の平均値)をもったNb−Ti−Ni−(Co,Zr)合金の鋳造箔材を形成し、調質熱処理を行わずロール急冷ままで、幅:20mm×長さ:60mmの平面寸法に切り出すことによりアモルファス材からなる水素透過分離薄膜(比較水素透過膜)9〜12をそれぞれ製造した。
【0017】
同じく比較の目的で、原料として、純度:99.9%の高純度Nbショット材、同99.9%の高純度Niショット材、同99.5%の高純度Tiスポンジ材、同99.5%の高純度Zrスポンジ材を用い、これら原料をそれぞれ表3の種別13、14に示される割合に配合し、高純度Ar雰囲気中でアーク溶解して、直径:80mm×厚さ:10mmの寸法をもった鋳塊とした。この鋳塊から、放電加工にて、いずれも幅:20mm×長さ:60mmの平面寸法、厚さ:約0.15mmの薄板材に切り出した。これをロール圧延機により圧延率60%の冷間圧延を実施し、鋳物切出し材からなる厚み約0.06mmの水素透過分離膜(比較水素透過膜)11、12を製造した。
【0018】
同じく比較の目的で、原料として、純度:99.9%の高純度Nbショット材、同99.9%の高純度Niショット材、同99.5%の高純度Tiスポンジ材、同99.5%の高純度Zrスポンジ材を用い、これら原料をそれぞれ表3の種別15、16に示される割合に配合し、高純度Ar雰囲気中でアーク溶解して、直径:80mm×厚さ:10mmの寸法をもった鋳塊とし、この鋳塊から、放電加工にて、いずれも幅:20mm×長さ:60mmの平面寸法、厚さ:約0.15mmの薄板材に切り出した。その後、種別13に対しては圧延率60%、また、種別14に対しては圧延率40%の冷間加工を実施し、さらにこれを10−2Pa以下の真空中で100時間の熱処理を実施することにより、鋳物切出し材からなる水素透過分離膜(比較水素透過膜)15、16を製造した。
【0019】
この結果得られた本発明水素透過薄膜1〜26および比較水素透過膜1〜16について、その成分組成をエネルギー分散型蛍光X線分析装置を用いて測定したところ、いずれも表1〜3に示される配合組成と実質的に同じ分析値を示し、また、その組織を走査型電子顕微鏡およびX線回折装置を用いて観察したところ、前記本発明水素透過薄膜1〜26では、図1に本発明水素透過薄膜14の合金組織を示す通り、いずれもNi−Ti金属間化合物におけるNiの一部をCoが置換、あるいは、Tiの一部をZr及びNbが置換する状態で固溶含有したNi(Co)−Ti(Zr,Nb)金属間化合物からなる素地に、Nbに主としてTi,Ni、および、CoまたはZrのいずれか1種が固溶してなるNb基固溶合金の微細粒が分散分布した合金組織を示し、一方、上記比較水素透過膜1〜8では、図2に比較水素透過膜4の合金組織を示す通り、いずれもNbに主としてTi(あるいはTiおよびZr)が固溶してなるNb基固溶合金からなる初晶と、その周りを囲むように存在する前記Nb基固溶合金とNi−Ti金属間化合物におけるNiの一部をCoが置換、あるいは、Tiの一部をZrおよびNbが置換する状態で固溶含有したNi(Co)−Ti(Zr,Nb)金属間化合物がラメラー状に晶出した共晶組織からなる複相合金組織を示した。
上記比較水素透過膜1〜8の合金組織は、本発明水素透過膜1〜26のそれとは明らかに異なり、初晶と共晶が存在することから、ミクロな均質性が乏しく、かつ、結晶粒(特に初晶)が粗大であった。
上記比較水素透過膜9〜12については、X線回折分析を行ったところ、一部にNb基固溶合金相に由来する回折ピークが見られるものもあったが、いずれもアモルファス構造に特有のハローパターンを示し、アモルファス単相もしくはアモルファス相と結晶構造相の混合状態となっていることが確認された。
上記比較水素透過膜12〜16については、比較水素透過膜1〜8と類似した初晶と共晶からなる合金組織を示していたが、いずれも冷間加工により(特に初晶が)圧延方向に長く延びているのが特徴的である。いずれも本発明水素透過膜1〜26の組織とは大きく異なっている。
【0020】
ついで、上記の本発明水素透過薄膜1〜26および比較水素透過膜1〜16のそれぞれの両面に、スパッタリング法により厚さ:0.1μmのPd薄膜を蒸着形成し(この場合電気メッキ法により形成しても良い)、かつそれぞれ横外寸:20mm×縦外寸:60mm×枠幅:5mm×枠厚:0.5mmの寸法をもった2枚の銅製補強枠体で両側から挟み、前記各種の透過膜を前記補強枠体に固定した状態で、図3に示される構造の水素高純度精製装置と同じ構造の水素透過評価装置の反応室内に設置し、前記反応室内を400℃に加熱し、反応室の左側室に、水素ガスを導入して、まず、反応室の左側室および右側室の内圧を0.1MPaとし、ついで、前記右側室の内圧を0.1MPaに保持しながら、前記左側室の内圧を0.1MPa当たり5分の速度で、本発明水素透過薄膜1〜26、比較水素透過膜1〜16については0.5MPaまで昇圧し、この条件で1時間保持した時点で、水素ガスの透過速度(表1〜3に初期水素透過速度(ml/分)で示す)をガスフローメーターで測定し、さらにこの条件、すなわち、右側室の内圧を0.1MPa、左側室の内圧を0.5MPaに昇圧し、この条件で1時間保持した時点から、同条件で20時間続行した時点で、同じく水素ガスの透過速度(表1〜3に後期水素透過速度(ml/分)で示す)を測定し、これらの測定結果を表1〜3に示した。
また、急冷法により作製した本発明水素透過薄膜1〜26、比較水素透過膜9〜12および圧延により加工した比較水素透過膜13〜16については、180度折曲試験を実施し、各膜の機械的特性評価を行い、その評価結果を同じく表1〜3に示した。
【0021】
【表1】

【0022】
【表2】

【0023】
【表3】

【0024】
表1〜3に示される通り、本発明水素透過薄膜1〜26は、いずれも素地のNi(Co)−Ti(Zr,Nb)金属間化合物によって高い機械的強度が確保され、0.1mm以下の厚さへの薄肉化が可能となるので、前記素地に微細粒として分散分布するNbに主としてTi,Ni、および、CoまたはZrのいずれか1種が固溶してなるNb基固溶合金が、すぐれた水素透過分離性能を発揮することと相俟って、すぐれた水素透過分離性能を長期に亘って発揮し、また、水素透過分離性能に経時的変化も少ないことから、すぐれた耐久性(使用寿命)を示している。
これに対して、比較水素透過膜1〜8では、いずれも機械的強度の面から膜厚を0.1mm以下にすることができず、このため水素透過分離性能の低いものとなり、比較水素透過膜9〜12では、いずれも水素透過分離特性の経時的劣化が激しいものであることから、耐久性(使用寿命)に劣り、比較水素透過膜13、14では、冷間加工による加工硬化の結果、180°曲げが不可能となり、また、水素透過能も大幅に低下してしまっている。
さらに、比較水素透過膜15、16では、180°曲げが不十分であるとともに、水素透過速度についても、本発明の水素透過膜に比較すると、低い水準に留まってしまっていることが明らかである。なお、比較水素透過膜13、14では、真空熱処理により、冷間加工による加工硬化が十分に焼鈍・除去されているにもかかわらず、180°曲げが不十分であったが、これは、熱処理中の酸化などに起因するものと推測される。
【0025】
上述のように、この発明の水素透過分離薄膜は、高い機械的強度を有するNb−Ti−Ni−(Co,Zr)合金で構成され、厚さ:0.1mm以下への薄膜化を可能とするものであり、実用に際して、長期に亘り安定的に優れた水素透過分離性能を発揮するものであるから、水素透過分離膜が構造部材として用いられている各種の化学反応装置の高性能化の要求に満足に対応できるものである。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明水素透過薄膜14を構成するNb−Ti−Ni−Co合金の走査型電子顕微鏡による組織写真(倍率:3500倍)である。
【図2】比較水素透過膜4を構成するNb−Ti−Ni−Co合金の走査型電子顕微鏡による組織写真(倍率:3500倍)である。
【図3】水素高純度精製装置を例示する概略説明図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)Ti:23〜43原子%、
Ni:14〜43原子%、
Co:0.5〜25原子%およびZr:0.5〜20原子%のうちのいず
れか1種(ただし、Niは、Ni+Co:20〜50原子%を満たし、ま
た、Zrは、Zr+Ti:23〜50原子%を満たす)、
Nbと不可避不純物:残部(ただし、Nb:10〜45原子%を満たす)
からなる成分組成、
(b)ロール急冷法による厚さ:0.1mm以下の鋳造箔材の調質熱処理材にして、Ni−Ti金属間化合物におけるNiの一部をCoが置換、あるいは、Tiの一部をZr及びNbが置換する状態で固溶含有したNi(Co)−Ti(Zr,Nb)金属間化合物と、Nbに主としてTi,Ni、および、CoまたはZrのいずれか1種が固溶してなるNb基固溶合金の微細粒が分散分布した合金組織、
以上(a)の成分組成および(b)の合金組織を有するNb−Ti−Ni−(Co,Nb)合金で構成したことを特徴とするすぐれた機械的性質と水素透過分離性能を有する水素透過分離薄膜。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−53379(P2010−53379A)
【公開日】平成22年3月11日(2010.3.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−217684(P2008−217684)
【出願日】平成20年8月27日(2008.8.27)
【出願人】(000006264)三菱マテリアル株式会社 (4,417)
【出願人】(504238806)国立大学法人北見工業大学 (80)
【Fターム(参考)】