説明

ばね用合金、ばね用板材及びばね部材

【課題】機械的強度が高く、疲労強度も高く、耐食性にも優れたばね用合金、ばね用板材及びばね部材を提供する。
【解決手段】本発明のばね用合金は、組成が重量比で、Coが28〜42%、Crが10〜27%、Moが3〜12%、Niが15〜40%、Tiが0.1〜1.0%、Mnが1.5%以下、Feが0.1〜26.0%、Cが0.1%以下及び不可避不純物と、Nbが3.0%以下、Wが5.0%以下、Alが0.5%以下、Zrが0.1%以下及びBが0.01%以下のうち少なくとも一種とからなることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ばね用合金、ばね用板材及びばね部材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、操作キーや送話部を備えた本体部と、本体部に重なるように配置され、ディスプレイや受話部を備えた蓋体部とを、互いの重ね合わせ面に沿ってスライドさせて開閉するスライド式の携帯電話機が普及している。そして、このスライド式の携帯電話機には、ばね部材を利用したヒンジ機構が組み込まれており、蓋体部の移動によってばね部材が弾性変形することにより、その復元力(付勢力)を利用して蓋体部を開方向または閉方向に付勢するようになっている。
【0003】
一般的に、上記ヒンジ機構において用いられるばね部材は、製作が容易である点、低コストである点等の観点から、トーションバネが用いられている。このトーションバネは、線材がコイル状に三次元的に巻回された巻回部を有しており、この巻回部から引き出された両端末を利用して取り付けを行うことが可能とされている。例えば、上記スライド式の携帯電話機に採用した場合には、巻回部から引き出された一端を本体部側に連結し、他端を蓋体部側に連結することで、トーションバネを取り付けることができる。これにより、巻回部の復元力を利用して蓋体部を開方向または閉方向に付勢することが可能とされている。
【0004】
ところで、近年の技術進歩に伴って、ヒンジ機構が搭載される各種装置(例えば、携帯電話機等)の小型化が進んでいるが、今後のさらなる小型化を図るために、ばね部材の小型化、薄型化、特に薄型化が求められている。
そこで、例えば特許文献1には、線材を渦巻き状に巻回した巻回部を有するトーションバネが知られている。これによれば、巻回部における厚みをできるだけ抑制することが可能とされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2009−188753号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記バネであっても、巻回部が渦巻き状であるとはいえ線材を三次元的に巻回しているので、どうしても厚みが生じてしまい、さらなる薄型化を図ることが困難であった。
また、巻回時に、曲率が小さいところほど応力が集中するので、全体の強度が不均一になり易かった。また、巻による疲労が線材に蓄積されてしまい易かった。これらのことから、十分な耐久性を得ることが難しかった。
なお、線材を仮に二次元的に巻回して巻回部を作製した場合には、薄型化を図ることはできるが、技術的に困難であるうえ必要とする強度を得難い。
スライド式の携帯機器の小型化のために、スライド機構を担うばねはできるだけ薄型のものが望まれるが、線材をコイル状に若しくは渦巻き状に巻回したばねではその構造上、薄型化に限界がある。また、平坦な線材を用いたばねでは、必要とされる機械的強度(硬さ、引張強さ)を確保することができず、また、耐久性も十分ではないという問題があった。
【0007】
本発明は、上記事情を鑑みてなされたもので、機械的強度が高く、疲労強度も高く、耐食性にも優れたばね用合金、ばね用板材及びばね部材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するための本発明は、以下の構成を採用した。
本願請求項1に記載のばね用合金は、組成が重量比で、Coが28〜42%、Crが10〜27%、Moが3〜12%、Niが15〜40%、Tiが0.1〜1.0%、Mnが1.5%以下、Feが0.1〜26.0%、Cが0.1%以下及び不可避不純物と、Nbが3.0%以下、Wが5.0%以下、Alが0.5%以下、Zrが0.1%以下及びBが0.01%以下のうち少なくとも一種とからなることを特徴とする。
本願請求項2に記載のばね用合金は、請求項1に記載のばね用合金において、前記Feが0.1〜3.0%であり、前記少なくとも一種はNbが3.0%以下、Wが5.0%以下、Zrが0.1%以下及びBが0.01%以下のうちから選択されたことを特徴とする。
本願請求項3に記載のばね用合金は、請求項2に記載のばね用合金において、前記少なくとも一種はNb3.0%以下が選択されたことを特徴とする。
本願請求項4に記載のばね用板材は、請求項1から3のいずれか一項に記載のばね用合金を加工率20%以上で板状に冷間加工してなることを特徴とする。
本願請求項5に記載のばね用板材は、請求項4に記載のばね用板材を、真空中又は非酸化雰囲気中で200℃〜730℃で熱処理してなることを特徴とする。
本願請求項6に記載のばね部材は、請求項4又は5のいずれかに記載のばね用板材から非巻回加工によって形成され、該板材と同じ厚みで且つ板材の平面方向に延在したことを特徴とするばね部材。
【発明の効果】
【0009】
本発明のばね用合金は、機械的強度及び疲労強度が高いので、例えば、スライド式の携帯機器等のスライド機構を担うばねを作製する材料として適している。
【0010】
本発明のばね用板材は、Co、Ni、Crを主成分とする合金を冷間加工することにより、Mo、Nb、Fe等の溶質原子を転位芯ないしは拡張転位の積層欠陥に偏析させて交差すべりを起き難くすること、及び微細な変形双晶を形成させてすべり転位を阻止することの二つの方法により加工硬化されており、機械的強度が高い。また、その後の時効処理を行った場合は静的ひずみ時効硬化されてさらに機械的強度が高い。
【0011】
本発明のばね部材は、機械的強度及び疲労強度が高い合金を、冷間加工して、又は、冷間加工し、その後時効処理を行って、さらに機械的強度を高めているので、所望の形状に形成された板状のばねであるにも関わらず、従来、線材を巻回したばねに代替して用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の第1実施形態におけるばね部材を示す図であり、(a)は平面図、(b)は(a)のA−A線に沿う断面図である。
【図2】本発明の第2実施形態におけるばね部材を示す図であり、(a)は平面図、(b)は(a)のB−B線に沿う断面図、(c)は(a)のC−C線に沿う断面図である。
【図3】本発明の第3実施形態におけるばね部材の平面図である。
【図4】本発明の第3実施形態の変形例を示すばね部材の平面図である。
【図5】加工率と引張強さとの関係を示すグラフである。
【図6】引張強さと冷間加工率との関係を、時効処理の温度毎に示したグラフである。
【図7】引張強さと時効処理時の温度との関係を、冷間加工率毎に示したグラフである。
【図8】硬さと冷間加工率との関係を、時効処理の温度毎に示したグラフである。
【図9】硬さと時効処理時の温度との関係を、冷間加工率毎に示したグラフである。
【図10】本発明のばね用板材及びばね部材の特性と、他の比較材料のばね用板材及びばね部材の特性を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明のばね用合金は、積層欠陥エネルギーが低く、周囲温度が室温であるような冷間加工を施すことにより、原子半径の大きさが1.25ÅであるCo、Ni、Crに比べ、原子半径が大きいかあるいは近似しているMo、Nb、Fe等の溶質原子が、転位芯ないしは拡張転位の積層欠陥に強く引き付けられて偏析して交差すべりが起き難くなるため、高い加工硬化能が発現する。即ち、原子半径の大きさが1.2Å以上の元素であればこの効果は顕著になる。
【0014】
また、本発明のばね用板材は、冷間塑性加工により高強度特性を付与した後、200℃以上再結晶温度以下の温度で時効処理することにより、転位芯ないしは拡張転位の積層欠陥にMo、Nb、Fe等の溶質原子が引き付けられ転位を固着する、いわゆる静的ひずみ時効により、一層高い強度特性が得られる。
【0015】
なお、本発明のばね用合金及びばね用板材の高い加工硬化能は室温のみならず高温下においても発現するため、高温強度特性も高いという特徴を有している。
【0016】
本発明のばね用合金は、組成が重量比で、Coが28〜42%、Crが10〜27%、Moが3〜12%、Niが15〜40%、Tiが0.1〜1.0%、Mnが1.5%以下、Feが0.1〜26.0%、Cが0.1%以下及び不可避不純物と、Nbが3.0%以下、Wが5.0%以下、Alが0.5%以下、Zrが0.1%以下及びBが0.01%以下のうち少なくとも一種とからなるが、かかる組成範囲を限定した理由を説明する。
【0017】
Coはそれ自体加工硬化能が大きく、切り欠け脆さを減じ、疲労強度を高め、高温強度を高める効果があるが、28%未満ではその効果が弱く、本組成では42%を越えるとマトリクスが硬くなり過ぎて加工困難となると共に面心立方格子相が最密六方格子相に対して不安定になるため、28〜42%とした。
【0018】
Crは耐食性を確保するのに不可欠な成分であり、またマトリクスを強化する効果があるが、10%未満では優れた耐食性を得る効果が弱く、27%を越えると加工性及び靱性が急激に低下することから、10〜27%とした。
【0019】
Moはマトリクスに固溶してこれを強化する効果、加工硬化能を増大させる効果、及びCrとの共存において耐食性を高める効果があるが、3%未満では所望する効果が得られず、12%を越えると加工性が急激に低下すること、及び脆いσ相が生成しやすくなることから、3〜12%とした。
【0020】
Niは面心立方格子相を安定化し、加工性を維持し、耐食性を高める効果があるが、本発明合金のCo、Cr、Mo、Nb、Feの組成範囲において、Niが15%未満では安定した面心立方格子相を得ることが困難であり、40%を越えると機械的強度が低下することから、15〜40%とした。
【0021】
Tiは強い脱酸、脱窒、脱硫の効果、及び鋳塊組織の微細化の効果があるが、0.1%未満ではその効果が弱く、例えば1.0%では問題がないが、多過ぎると合金中に介在物が増えたり、η相(Ni3 Ti)が析出して靱性が低下することから、0.1〜1.0%とした。
【0022】
Mnは脱酸、脱硫の効果、及び面心立方格子相を安定化する効果があるが、多過ぎると耐食性、耐酸化性を劣化させるため、1.5%以下とした。
【0023】
Feは、多過ぎると耐酸化性が低下するが、耐酸化性よりも、マトリクスに固溶してこれを強化する効果を重視して上限を26.0%として、0.1〜26.0%とした。
【0024】
Cはマトリクスに固溶するほか、Cr、Mo、Nb、W等と炭化物を形成し、結晶粒の粗大化の防止効果があるが、多過ぎると靭性の低下、耐食性の劣化等が生じるため、0.1%以下とした。
【0025】
Nbはマトリクスに固溶してこれを強化し、加工硬化能を増大させる効果があるが、3.0%を越えるとσ相やδ相(Ni3Nb)が析出して靭性が低下することから、3.0%以下とした。
【0026】
Wは、マトリクスに固溶してこれを強化し、加工硬化能を著しく増大させる効果があるが、5.0%を越えるとσ相を析出して靭性が低下することから、5.0%以下とした。
【0027】
Alは、脱酸、及び耐酸化性を向上させる効果があるが、多過ぎると耐食性の劣化等が生じるため、0.5%以下とした。
【0028】
Zrは、高温での結晶粒界強度を上げて、熱間加工性を向上させる効果があるが、多過ぎると逆に加工性が悪くなるため、0.1%以下とした。
【0029】
Bは、熱間加工性を改善する効果があるが、多過ぎると逆に熱間加工性が低下し割れやすくなるため、0.01%以下とした。
【0030】
また、本発明の他のばね用合金は、上記ばね用合金において、前記Feが0.1〜3.0%であり、前記少なくとも一種はNbが3.0%以下、Wが5.0%以下、Zrが0.1%以下及びBが0.01%以下のうちから選択される。
このばね用合金においても、Coについて、本組成では42%を越えるとマトリクスが硬くなり過ぎて加工困難となると共に面心立方格子相が最密六方格子相に対して不安定になるため、上限を42%とした。また、Feは多過ぎると耐酸化性が低下するため、上限を3.0%とした。また、Alを含まない。
また、本発明のさらに他のばね用合金は、上記他のばね用合金において、前記少なくとも一種はNb3.0%以下が選択される。
【0031】
本発明のばね用板材は、上述した本発明のばね用合金を真空溶解炉で溶製し、溶製したインゴットを一般的な加工により塑性加工するが、最終的には加工率20%以上で板状に冷間加工して作製する。
ここで加工率を20%以上としたのは、加工硬化が発現する下限値を示しているからである。
本発明のばね用板材は冷間加工しただけでも優れた強度特性を有する高弾性材料であるが、冷間加工後、200〜730℃の温度で真空中または非酸化雰囲気中で時効処理することにより、静的ひずみ時効により時効硬化して一層高い強度特性を有する高弾性材料になる。ここで、温度を200℃以上としたのは、時効硬化が発現する下限温度を示しているからであり、730℃以下としたのは、この温度を越えると再結晶により軟化が始まるからである。
【0032】
本発明のばね部材は、上述した本発明のばね用板材から非巻回加工によって形成され、該板材と同じ厚みで且つ板材の平面方向に延在したものである。
このばね部材は、打ち抜き加工やレーザーカット加工等により作製した板状のばね部材であるにもかかわらず、高い機械的強度及び疲労強度を有する。
【0033】
次に、本発明のばね部材の実施形態を図面に基づいて説明する。
(第1実施形態)
(ばね部材)
図1は、第1実施形態におけるばね部材を示す図であり、(a)は平面図、(b)は(a)のA−A線に沿う断面図である。
図1に示すように、本実施形態のばね部材10は、後述するように合金からなる板材に打ち抜き加工やレーザーカット加工等の非巻回加工を施して一体的に形成されたものである。具体的に、ばね部材10は、平面方向(図1中紙面方向)に沿って延在するとともに、平面方向において弾性屈曲可能に構成された一対の腕部12,13と、腕部12,13に一体的に連設され、弾性屈曲時に腕部12,13を付勢して復元させる渦巻き状の渦巻部(弾性部)11とを備えている。また、ばね部材10は渦巻部11の中心を対称点にして点対称に形成されている。なお、図1(b)に示すように、ばね部材10は、延在方向に沿って一様な断面視矩形状に形成されており、幅寸法W1(ばね部材10の平面視における短手方向)と厚さ寸法T(平面に直交する方向の寸法)とは同等に形成されている。
【0034】
渦巻部11は、径方向外側に向かうにつれ、除々に大径となるように引き回された一対の引き回し部15,16(湾曲部)を備えている。各引き回し部15,16は、同一の方向に湾曲が連続するように形成され、その基端(内側端部)同士が渦巻部11の中心で連結されている。すなわち、本実施形態のばね部材10は、渦巻部11(引き回し部15,16)が平面上(二次元的)に形成されてなるばね部材10である。一方、各引き回し部15,16の先端(外側端部)側は、渦巻部11を径方向で挟んで対向配置されている。そして、各引き回し部15,16の先端には腕部12,13の基端側がそれぞれ一体的に連結されている。このように、各引き回し部15,16によって渦巻き状に湾曲が連続した渦巻部11を形成することで、腕部12,13を付勢する付勢力が強いばね部材10として利用することができる。なお、渦巻部11(引き回し部15,16)の巻数によってばね部材10(腕部12,13)の付勢力を調整できるようになっている。
【0035】
各腕部12,13は、各引き回し部15,16の先端から渦巻部11の径方向に沿って、互いに逆方向に延在している。各腕部12,13は、互いに平行に配置されており、幅方向に沿って弾性屈曲可能に構成されている(図1(a)中矢印J参照)。
各腕部12,13は、その先端部分に一体的に連設された連結部21,22を備えている。連結部21,22は、腕部12,13の先端がフック状に形成されたものであって、各連結部21,22の内側に各種装置が連結されるようになっている。
【0036】
そして、上記ばね部材10は、連結部21,22のうち、一方の連結部を固定部材に連結し、他方の連結部を可動部材に連結することで、ばね部材10をヒンジ機構等に利用することができる。このような例としては、操作キーや送話部を備えた本体部と、本体部に重なるように配置され、ディスプレイや受話部を備えた蓋体部とを、ヒンジ機構によって互いの重ね合わせ面に沿って相対的にスライドさせて開閉するスライド式の携帯電話機等において、本実施形態のばね部材10を利用することができる。具体的には、各連結部のうち、一方の連結部を本体部に連結し、他方の連結部を蓋体部に連結することで、本体部と蓋体部との相対移動によって上記したようにばね部材10の腕部12,13が弾性屈曲する。これにより、その復元力(付勢力)を利用して蓋体部を開方向または閉方向に付勢するようになっている。
【0037】
(合金)
ここで、上記ばね部材は例えば、組成が重量比で、Coが28〜42%、Crが10〜27%、Moが3〜12%、Niが15〜40%、Tiが0.1〜1.0%、Mnが1.5%以下、Feが0.1〜3.0%、Nbが3.0%以下、Cが0.1%以下及び不可避不純物からなる合金から作製されている。
【0038】
(ばね部材の製造方法)
次に、上記ばね部材10の製造方法について説明する。
まず上記組成からなる合金を真空溶解炉で溶製する。そして、溶製したインゴットを一般的な加工により塑性加工する。この時、室温で加工率(加工前と加工後とでの断面積の割合)が少なくとも20%以上の冷間塑性加工を施し、完成後のばね部材10の厚さ寸法Tと同じ厚みに形成された平板状の板材を作成する(冷間加工工程)。このように、加工率(冷間加工率)を20%以上に設定することにより、合金の硬さ及び引張強さを高めることができる。従って、より機械的強度の強い優れたばね部材10を作成することができる。なお、加工率は40%以上に設定することがより好ましい。
【0039】
そして、上記合金からなる板材に対して打ち抜き加工またはレーザーカット加工等の非巻回加工を施す(成型工程)。これにより、上記ばね部材10の形状に成型されることになる。
【0040】
ところで、上記Co−Ni合金は、冷間加工を施しただけでも優れた強度特性を有する高弾性合金であるが、本実施形態では上記成型工程後、ばね部材10に対して、真空中または非酸化雰囲気下において、200℃以上730℃以下の温度で時効処理する(熱処理工程)。これにより、冷間加工した板材から成形したばね部材10をさらに時効処理することで、静的ひずみ時効により時効硬化して一層高い機械的強度を有する高弾性合金になり、さらに優れたばね部材10にすることができる。
特に、少なくとも200℃以上の温度で時効処理するので、合金の時効効果を確実に発現させることができる。一方、上限は730℃以下に設定するので、合金の再結晶による軟化を防止することができる。なお本実施形態の合金における最適組成での十分な時効硬化と靱性が得られる、より望ましい時効処理温度は350℃以上650℃以下である。
以上により、本実施形態のばね部材10が完成する。
【0041】
このように、本実施形態によれば、まず、合金を冷間加工によって板状にして板材を作製する。次いで、この板材を打ち抜き加工やレーザーカット加工等の非巻回加工によって所望のばね形状に成型する。これにより、板材と同じ厚さ寸法Tで、且つ板材の平面方向に延在した二次元的なばね部材10を得ることができる。即ち、平面方向に弾性屈曲可能な腕部12,13と、この腕部12,13に一体的に連設され、弾性屈曲時に腕部12,13を付勢して復元させる渦巻部11と、を備えたばね部材10を得ることができる。
【0042】
特に、従来のように線材を三次元的に巻回したものとは異なり、平板の板材を非巻回加工によって二次元的に成型しているので、ばね部材10の厚さ寸法Tを板材と同じ厚みに抑制することができ、薄型化を図ることができる。
また、従来のように線材を巻回する必要がないので、巻回による方法では作製が困難であった複雑な形状のばね部材も容易に作製することができる。従って、薄型化を図ったうえで、様々な形状等の要望に対応することができる。また、線材を巻回する必要がないので、巻きによる疲労が蓄積することがない。従って、疲労のない耐久性に優れたばね部材10とすることができる。
この場合、本実施形態では、上記合金からなる板材に対して打ち抜き加工またはレーザーカット加工等の非巻回加工を施す構成とした。
この構成によれば、容易且つ確実に板材からばね部材10を非巻回で作製することができる。特に、複雑で微細な形状のばね部材10を作製することも可能である。また、特殊な方法ではないので、製造効率が増加したり、製造コストが増加したりし難い。
【0043】
ところで、上記板材は、上記ばね部材は例えば、組成が重量比で、Coが28〜42%、Crが10〜27%、Moが3〜12%、Niが15〜40%、Tiが0.1〜1.0%、Mnが1.5%以下、Feが0.1〜3.0%、Nbが3.0%以下、Cが0.1%以下及び不可避不純物からなる合金から作製されている。
そのため、この板材は、ステンレス系ばね鋼材として代表的であるSUS301に比べても、引張強度が強い特性を有している。従って、線材を三次元的に巻回した従来のばね部材を上回るような機械的強度に優れたばね部材とすることができる。
そして、このようなばね部材10を、例えばスライド式携帯電話機等の各種装置のヒンジ機構として用いることで、スムーズなスライド機能を発揮することができるとともに、耐久性に優れた携帯電話を提供することができる。
【0044】
(第2実施形態)
次に、本発明の第2実施形態について説明する。図2は、第2実施形態のばね部材を示す図であり、(a)は平面図、(b)は(a)のB−B線に沿う断面図、(c)は(a)のC−C線に沿う断面図である。本実施形態のばね部材は、強度を確保するために厚肉部を形成した点で上記第1実施形態と相違している。
図2に示すように、本実施形態のばね部材30は、上記第1実施形態と同様に合金からなる板材を非巻回加工によって形成したものであり、径方向外側に向かうにつれ、徐々に大径となるように引き回された引き回し部(湾曲部)35を有する渦巻き状の渦巻部(弾性部)31と、引き回し部35の外側端部から引き出された腕部32とを備えている。
【0045】
腕部32は、渦巻部31の最外周の接線方向に沿って延在しており、幅方向に沿って弾性屈曲可能に構成されている(図2(a)中矢印K参照)。また、腕部32は、その先端部分に一体的に連設され、各種装置に連結されるフック状の連結部33を備えている。一方、引き回し部35の内側端部には、各種装置に連結されるフック状の連結部34が形成されている。そして、これら連結部33,34のうち、一方の連結部が固定部材に連結され、他方の連結部が可動部材に連結されるようになっている。
【0046】
ここで、引き回し部35の最外周には、その他の領域(例えば、腕部32や引き回し部35の内周部)よりも幅寸法が拡大された幅広部36が形成されている。具体的に、幅広部36は、腕部32と引き回し部35との連結部分から所定の角度範囲(例えば、渦巻部31の中心角で180度程度)で形成されている。そして、幅広部36は、その周方向両端部から中間部分に向かうにつれ、幅寸法が除々に広くなるように形成されている。具体的には、図2(c)に示すように、幅広部36の幅寸法W2は、厚さ寸法Tに比べて広くなるように形成されている(すなわち、厚さ寸法T/幅寸法W2の比率が1.0未満)。この場合、幅広部36において最も幅広な部分(幅広部36の周方向中間)の幅寸法W2は、厚さ寸法Tの2倍程度に形成されている。なお、これら引き回し部35、幅広部36、及び連結部34により、本実施形態の渦巻部31が形成されている。
【0047】
この構成によれば、上記第1実施形態と同様の効果を奏するとともに、腕部12.13の弾性屈曲時に応力集中が生じ易い引き回し部35の最外周側の幅寸法W2が、内周側の幅寸法W1よりも幅広とされているので、引き回し部35の強度をより高めることができ、耐久性を向上させることができる。この場合、引き回し部35の厚さ寸法Tに対して幅寸法W2を大きくするので、薄型化を図りながら、機械的強度をさらに高めることができる。従って、薄くて強いばね部材10にすることができる。
【0048】
また、応力集中が生じやすい部位(引き回し部35の最外周側)のみに幅広部36を形成することで、ばね部材30全体を幅広形成する場合に比べてばね部材30の薄型化を図った上で、ばね部材30の強度を確保することができる。
さらに、周方向両端から中間部分に向かうにつれ徐々に幅寸法が厚くなるように幅広部36を形成することで、幅広部36の連結部分において、段差等が生じることがなく、滑らかな曲線形状に形成される。これにより、幅広部36の連結部分において、応力集中を防ぐことができる。
【0049】
(第3実施形態)
次に、本発明の第3実施形態について説明する。図3は、第3実施形態のばね部材を示す平面図である。本実施形態のばね部材は、ベース部に対して弾性屈曲可能な一対の腕部及び弾性部が一体的に形成されている点について上記第1実施形態と相違している。
図3に示すように、第3実施形態のばね部材50は、平面視H状のベース部51と、ベース部51に一体的に連設された一対の弾性部52及び腕部57とを備えている。なお、本実施形態のばね部材50は、ベース部51の中心線を対称線として、線対称に形成されている。
【0050】
ベース部51は、互いに平行に延在する第1延在部51a及び第2延在部51bと、第1延在部51a及び第2延在部51b間を架け渡すように形成された橋架部51cとで形成されている。
【0051】
各弾性部52及び腕部57は、第1延在部51aの長手方向両端部にそれぞれ形成されている。なお、各弾性部52及び腕部57は、ベース部51に対して左右対称の部材であるため、以下の説明では一方の弾性部52について説明する。
【0052】
弾性部52は、第1延在部51aの長手方向端部から延在するフック状の連結部55と、連結部55の中途部から形成され、連結部55を取り囲むように湾曲する湾曲部56とを備えている。
また、腕部57は、湾曲部56の先端から一体的に連設されており、腕部57の先端には、各種装置に連結される連結部58が形成されている。そして、腕部57は、その幅方向に沿って弾性屈曲変形可能に構成されている(図3中矢印L参照)。
【0053】
この構成によれば、上記第1実施形態と同様の効果を奏することができるとともに、一対の弾性部52を一体的に連結することができるので、ばね部材50の更なる小型化を図ることができる。
また、本実施形態のばね部材50は、上記第1実施形態と同様に、合金からなる平板に打ち抜き加工やレーザーカット加工等の非巻回加工を施すことにより形成される。そのため、従来のように線材を巻回する必要がないので、巻回による方法では作製が困難であった本実施形態のような複雑な形状のばね部材50であっても、平板を打ち抜くのみで容易に所望のばね形状に成型することができる。従って、薄型化を図ったうえで、様々な形状等の要望に対応することができる。
【0054】
(変形例)
また、本発明のばね部材としては、以下に示すような形状を採用することも可能である。図4は、本発明の他の構成を示すばね部材の平面図である。
図4に示すばね部材70は、細長形状のベース部71と、ベース部71に一体的に連結された一対の弾性部72及び腕部73とを備えている。なお、本実施形態のばね部材70は、ベース部71の中心を対称点として点対称に形成されている。また、各弾性部72及び腕部73は、対称点に対して対称の部材であるため、以下の説明では一方の弾性部72について説明する。
【0055】
弾性部72は、ベース部71の長手方向中途部から蛇行しながら延在する波状部(湾曲部)74と、波状部74の先端に連設され、各種装置が連結されるリング部76とを備えている。
【0056】
腕部73は、ベース部71の長手方向端部からベース部71の幅方向に沿って延在している。腕部73の先端には、腕部73の延在方向に直交するように突出する突出部75が形成されており、この突出部75に各種装置が係止されるようになっている。そして、腕部73は、平面方向に沿って弾性屈曲可能に構成されている(図4中矢印M参照)。
この構成によれば、上記第1実施形態と同様の効果を奏することができる。
【0057】
なお、本発明の技術範囲は上記実施形態に限られるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において、上記実施形態に種々の変更を加えたものを含む。すなわち、実施形態で挙げた具体的な構造や形状などはほんの一例に過ぎず、適宜変更が可能である。
例えば、本実施形態のばね部材は、スライド式の携帯電話機に用いるヒンジ機構に限らず、種々の装置に採用することができる。この場合も、本実施形態のばね部材は、合金からなる平板を打ち抜くのみで、所望のばね形状に形成することができるので、小型薄型化を図った上で、様々な形状やサイズ等の要請に即座に対応することができる。
また、上記幅広部を各実施形態のばね部材に採用しても構わない。例えば、上記第2実施形態の幅広部36を各湾曲部(引き回し部15,16や湾曲部56、波状部74)に形成しても構わない。これにより、各湾曲部の強度をより高めることができ、耐久性を向上させることができる。
【0058】
(実施例)
次に、本発明に係るばね部材を実際に作製し、その機械的強度を比較した実施例について説明する。
はじめに、本実施例では、以下の合金を採用した。
即ち、組成が不可避不純物を含み、且つ、重量比でCo:34.07%、Cr:19.96%、Mo:10.06%、Ni:32.33%、Ti:0.5%、Mn:0.3%、Fe:1.77%、Nb:1.01%、C:0.018%からなる合金を用いた。
そして、この合金に冷間加工を施して、板材を作製した。
【0059】
その後、この板材を打ち抜き加工による非巻回加工を施して、第1実施形態に示すばね部材10の形状に成型した。以下、この状態のばね部材を「実施例1」として説明する。
また、上記打ち抜き成型後、真空中において温度525℃で時効処理を行ってばね部材を作製した。以下、この状態のばね部材を「実施例2」として説明する。
【0060】
これに対して、SUS系バネ鋼材として有名であるSUS301を用いて、上記ばね部材10と同形状のばね部材を作製した。以下、この状態のばね部材を「比較例」として説明する。
【0061】
次に、各実施例と比較例とで引張強さの比較を行った結果を図**に示す。この図5は、加工率と引張強さとの関係を示すグラフである。
図5に示すように、いずれの場合も、加工率が増加するにつれて引張強さも増加傾向にあることがわかる。特に、本発明に係る合金を利用して作製した実施例1のばね部材は、比較例として挙げたSUS301からなるばね部材に比べて、加工率に関係なく引張強さが高いことが確認できた。さらに、時効処理を施した実施例2のばね部材は、さらに引張強さが高くなるという結果が得られた。例えば、実施例2に加工率60%程度で冷間加工を施した場合には、比較例に加工率60%程度で冷間加工を施した場合に比べて、30%以上も引張強さが大きいことがわかる。
これらの結果から、本発明に係るばね部材は、機械的強度が高く、二次元的な構造であっても十分な耐久性を確保できることが確認できた。
【0062】
次に、上記組成の本発明に係る合金の機械的性質について、各種実験を行った結果を図6から図9に示す。
図6は、引張強さと冷間加工率との関係を、時効処理の温度毎に示したグラフである。図7は、引張強さと時効処理時の温度(熱処理温度)との関係を、冷間加工率毎に示したグラフである。図8は、硬さ(ビッカーズ硬さ)と冷間加工率との関係を、時効処理の温度毎に示したグラフである。図9は、硬さと時効処理時の温度(熱処理温度)との関係を、冷間加工率毎に示したグラフである。
【0063】
これら図6及び図8に示すように、時効処理を施さない場合(圧延上り)であっても、合金を冷間加工することで、合金が加工硬化し、引張強さ及び硬さがともに向上することが確認できた。特に、図8に示すように、少なくとも20%の冷間加工率で引張強さが効果的に高まることが確認できた。従って、冷間加工工程時に、少なくとも加工率20%で冷間加工を行うことが好ましい。
【0064】
次に、図6から図9に示すように、その後、時効処理を施すことで、より引張強さ及び硬さがともに向上することが確認できた。特に、350℃程度からの増大が大きく、560℃程度をピークに低下し始めていることがわかる。さらに、時効処理の温度が800℃を超えると、引張強さ及び硬さが逆に低下することが確認された。これは、730℃を超える温度になってしまうと、合金の再結晶により軟化が始まるためと考えられる。また、時効処理の温度が200℃を超えると、引張強さ及び硬さを効果的に高めることが確認できた。これは、200℃を超えると、合金の時効効果を確実に発現させることができるためと考えられる。
これらのことから、熱処理工程時に、200℃以上、730度以下の温度で時効処理を施すことが好ましい。
【0065】
次に、上記実施例2と同じ板材、本発明の他の板材である実施例3及び4と、比較材料(HASTELOY(ハステロイ(登録商標))C22、SUS304WPB、SWRJ2A)からなる板材とで、引張強さ、硬さ、疲労限度、耐食性(腐食度)の比較を行った結果、並びに、実施例2、実施例3及び4のばね部材と上記比較材料からなるばね部材とで、伸び及びヘタリ率の比較を行った結果を図**に示す。
【0066】
実施例3で用いた合金では以下の組成のものを採用した。
即ち、組成が不可避不純物を含み、且つ、重量比でCo:33.56%、Cr:22.84%、Mo:9.06%、Ni:29.90%、Ti:0.49%、Mn:0.31%、Fe:1.66%、Nb:0.52%、Wが1.55%、Zrが0.02%、Bが0.005%、及びC:0.04%とからなる合金を用いた。
また、実施例4で用いた合金では以下の組成のものを採用した。
即ち、組成が不可避不純物を含み、且つ、重量比でCo:38.40%、Cr:11.70%、Mo:4.00%、Ni:16.50%、Ti:0.58%、Mn:0.75%、Fe:23.08%、Wが4.01%、Alが0.06%、及びC:0.018%とからなる合金を用いた。
【0067】
図10から、実施例2及び3の板材について、引張強さ、硬さ、疲労限度、耐食性のほとんどの特性について、比較材料の板材よりも優れていることが確認できた。耐食性についてはハステロイ(登録商標)C22と同程度であった。
また、実施例4の板材について、耐食性についてはハステロイ(登録商標)C22よりも劣っているが、引張強さはSWRJ2Aと同程度であるものの、他の特性はすべて比較材料の板材よりも優れていることが確認できた。
尚、実施例2及び3の板材は実施例4の板材よりも引張強さ、硬さ、疲労限度、耐食性の全ての特性について優れており、実施例3の板材は実施例2の板材よりも引張強さ及び硬さについて10%程度高かった。
【0068】
また、ばねにした場合、実施例2から4のいずれも、伸びについてはハステロイ(登録商標)C22よりも小さいが、他の比較材料とは同程度である。
他方、ヘタリ率については、実施例2から4のいずれも、他の材料より優れていることが確認できた。
尚、実施例2及び3は実施例4よりも優れていた。
【符号の説明】
【0069】
10,30,50,70…ばね部材
11,31…渦巻部(弾性部)
12,13…腕部
15,16…引き回し部(湾曲部)
52,72…弾性部
56…湾曲部
57,70…腕部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
組成が重量比で、Coが28〜42%、Crが10〜27%、Moが3〜12%、Niが15〜40%、Tiが0.1〜1.0%、Mnが1.5%以下、Feが0.1〜26.0%、Cが0.1%以下及び不可避不純物と、Nbが3.0%以下、Wが5.0%以下、Alが0.5%以下、Zrが0.1%以下及びBが0.01%以下のうち少なくとも一種とからなることを特徴とするばね用合金。
【請求項2】
前記Feが0.1〜3.0%であり、前記少なくとも一種はNbが3.0%以下、Wが5.0%以下、Zrが0.1%以下及びBが0.01%以下のうちから選択されたことを特徴とする請求項1に記載のばね用合金。
【請求項3】
前記少なくとも一種はNb3.0%以下が選択されたことを特徴とする請求項2に記載のばね用合金。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか一項に記載のばね用合金を加工率20%以上で板状に冷間加工してなることを特徴とするばね用板材。
【請求項5】
請求項4に記載のばね用板材を、真空中又は非酸化雰囲気中で200℃〜730℃で熱処理してなることを特徴とするばね用板材。
【請求項6】
請求項4又は5のいずれかに記載のばね用板材から非巻回加工によって形成され、該板材と同じ厚みで且つ板材の平面方向に延在したことを特徴とするばね部材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2011−80097(P2011−80097A)
【公開日】平成23年4月21日(2011.4.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−230619(P2009−230619)
【出願日】平成21年10月2日(2009.10.2)
【出願人】(000002325)セイコーインスツル株式会社 (3,629)
【Fターム(参考)】