説明

ばね用鋼線及びばね

【課題】細線からなり、疲労特性に優れるばね、及び疲労特性に優れるばねが得られる細径のばね用鋼線を提供する。
【解決手段】ばね1は、当該ばね1を構成する鋼線の周方向における表面粗さがRzで6μm以下であり、平滑である。このように平滑な表面を具えることで、破壊の感受性を低下することができるため、ばね1は、ばね加工後にショットピーニングや窒化処理といった後処理を施さなくても疲労特性に優れる。ばね1は、線径が1mm未満のばね用鋼線に電解研磨処理を施し、鋼線の周方向における表面粗さがRzで6μm以下であるばね用鋼線にばね加工を施すことで得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ばね用鋼線及びばねに関するものである。特に、細径の鋼線からなり、疲労特性に優れるばね、及び疲労特性に優れるばねが得られる細径のばね用鋼線に関するものである。
【背景技術】
【0002】
種々の分野で利用されるばねのうち、自動車のエンジンやトランスミッションなどに利用されるばねは、繰り返し負荷される応力が大きく、疲労限が高いことやへたり難いことなど、疲労特性に優れることが求められる。そのため、このようなばね素材(線材)には、疲労特性に優れるシリコンクロム鋼オイルテンパー線が汎用されている(特許文献1,2など)。
【0003】
また、従来、ばねの疲労特性を向上するために、ばね加工して得られたばねに、ショットピーニングや窒化処理といった後処理を施すことがなされている(特許文献1の明細書0003、特許文献2の明細書0035)。ショットピーニング後に更に電解研磨処理を施すこともある(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第3301088号公報
【特許文献2】特開2009-235523号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1,2は、線径1mm以上のばね用鋼線から形成された疲労特性に優れるばねを開示しているものの、線径1mm未満といった細径の鋼線から形成され、疲労特性に優れるばねについて十分に検討されていない。
【0006】
線径1mm未満といった細線により形成されたばねは、ばね自体も小さい。そのため、この小さなばねにショットピーニングを均一的に施すことが難しい上に、ショットピーニングによりばねが変形する恐れがある。また、ショットピーニングにより、ばねを構成する線材表面が凹凸になり疵感受性を高める恐れがある。更に、ばね加工後のばねにショットピーニングや窒化処理、更に電解研磨処理といった後処理を施すと、工程数が多くなり、ばねの生産性の低下を招く。
【0007】
従って、細径の鋼線からなるばねであって、ばね加工後にショットピーニングなどの後処理を施さなくても、疲労特性に優れるばね、及びこのような疲労特性に優れるばねが得られる細径のばね用鋼線の開発が望まれる。
【0008】
そこで、本発明の目的の一つは、細径の鋼線からなり、疲労特性に優れるばねを提供することにある。また、本発明の他の目的は、疲労特性に優れるばねが得られる細径のばね用鋼線を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、線径1mm未満といった細径の鋼線からなるばねを製造するにあたり、ばね加工前の鋼線の表面粗さが特定の範囲を満たし、鋼線表面が平滑であると、ばね加工後のばねも、ばね加工前の鋼線の平滑さを実質的に維持する、との知見を得た。特に、ばね加工前の鋼線の長手方向に沿って平滑であるだけでなく、当該鋼線の周方向に沿って平滑にしておくことで、当該鋼線にばね加工を施して得られたばねも、当該ばねを構成する鋼線の長手方向及び周方向の双方において平滑なものが得られる、との知見を得た。そして、このように周方向にも平滑な鋼線からなるばねは、疵感受性が低下し、ばね加工後に後処理を施さなくても疲労特性に優れる、との知見を得た。本発明は、上記知見に基づくものである。
【0010】
本発明のばね用鋼線は、線径が1mm未満であり、この鋼線の周方向における表面粗さがRzで6μm以下である。本発明のばねは、上記本発明ばね用鋼線を用いて製造され、このばねは、上記本発明ばね用鋼線の表面粗さを実質的に維持しており、当該ばねを構成する鋼線の周方向における表面粗さがRzで6μm以下である。また、本発明のばねは、線径が1mm未満の鋼線を螺旋状に巻回して形成され、上記鋼線の周方向における表面粗さがRzで6μm以下である。
【0011】
本発明ばねは、当該ばねを構成する鋼線の表面がその周方向に亘って平滑であることから、当該鋼線の長手方向においても平滑になる。このような鋼線を螺旋状に巻回して形成された筒状の本発明ばねは、その全周面が実質的に平滑である。従って、本発明ばねは、破壊の起点となり易いばねの内周側領域だけでなく、全周に亘って疵感受性が低い。そのため、本発明ばねは、ショットピーニングや窒化処理といった後処理を施さなくても、高い疲労限を有することができ、疲労特性に優れる。また、ばね加工後にショットピーニングなどの後処理を施さない場合、最終製品までの工程数が低減され、ばねの生産性にも優れる。更に、上記後処理を施さない場合、細径の鋼線から構成されていても、当該後処理によって鋼線が変形することがないため、変形による不良品の発生を防止できる。この点からも、本発明ばねは、生産性に優れる。
【0012】
本発明ばね用鋼線は、その周方向に亘ってその表面が平滑であることで、当該鋼線の長手方向においても平滑になり、上述のような全周が実質的に平滑な本発明ばねを製造できる。従って、本発明ばね用鋼線をばね素材に用いることで、細径の鋼線から形成されたばねであって、ばね加工後にショットピーニングなどの後処理を施すことなく疲労特性に優れるばねを生産性よく製造することができる。
【0013】
本発明ばね用鋼線の一形態として、上記ばね用鋼線の周方向に亘って電解研磨処理が施された形態が挙げられる。
【0014】
電解研磨処理は、線径が1mm未満といった細径の鋼線であっても、その長手方向、及び周方向の双方に亘って均一的な研磨を容易に施すことができ、長手方向及び周方向の双方に亘って平滑な鋼線を製造可能である。従って、上記形態は、本発明ばね用鋼線をばね加工する際の生産性に優れる。また、電解研磨処理は、研磨対象である鋼線に残留応力が実質的に生じない処理であるため、残留応力を調整するための熱処理なども不要である。この点からも、本発明ばね用鋼線は、生産性に優れる。
【0015】
本発明ばねの一形態として、窒化処理及びショットピーニングが施されていない形態が挙げられる。
【0016】
上記形態は、ばね加工後のばねに窒化処理やショットピーニングといった後処理が施されていない、即ち、当該後処理を省略していることで、工程数の低減により、本発明ばねの生産性に優れる。なお、窒化処理が施されていないことは、ばねを構成する鋼線の表面に窒化層が実質的に存在しないこと、ショットピーニングが施されていないことは、ばねを構成する鋼線の内部の残留応力と当該鋼線表面の残留応力との差が小さい(300MPa以下)、或いは実質的に残留応力を有していないことで判別することができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明ばねは、疲労特性に優れる。本発明ばね用鋼線は、細径で、疲労特性に優れるばねが得られる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明ばねの一例を示す概略斜視図である。
【図2】表面粗さの測定方法を説明する説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明をより詳細に説明する。
<組成>
本発明ばね用鋼線、及び本発明ばねを構成する鋼線は、代表的は、シリコンクロム鋼線(特に焼入れ・焼戻し処理を行うオイルテンパー線)、焼入れ・焼戻し処理を行わない硬引線(代表的にはピアノ線)などから構成される。その他、公知の鋼線、例えば、JIS規格の鋼線とすることができる。
【0020】
シリコンクロム鋼の代表的な組成は、質量%で、(1)C:0.5%〜0.8%、Si:1.0%〜2.5%、Mn:0.20%〜1.0%、Cr:0.5%〜2.5%を含有し、残部がFe及び不純物、(2)上記(1)に加えて、V:0.05%〜0.50%、Co:0.02%〜1.00%、Ni:0.1%〜1.0%、及びMo:0.05%〜0.50%から選択される1種以上を含有するものが挙げられる。
【0021】
<線径>
本発明ばね用鋼線、及び本発明ばねを構成する鋼線は、その線径を1mm未満とする。用途によっては0.8mm以下、更に0.6mm以下とすることができる。所望の線径となるように伸線加工度を調整して、伸線加工を施すとよい。
【0022】
<表面粗さ>
本発明ばね用鋼線、及び本発明ばねを構成する鋼線は、その周方向における表面粗さがRz(最大高さ、JIS B 0601(2001))で6μm以下である。周方向における表面粗さは、鋼線の端面又は横断面(軸方向と直交する方向の断面)において、周方向の異なる2点以上(好ましくは3点以上)を起点とし、当該鋼線の長手方向に沿って表面粗さを測定し、これら測定した表面粗さのうちの最大高さを言う。2点以上の地点は、例えば、鋼線の直径方向に対向する2点が挙げられる。表面粗さは、市販の測定装置(接触式でも非接触式でもよい)を用いることができる。表面粗さRzは小さいほど好ましく、5μm以下、更に3μm以下がより好ましい。
【0023】
[ばね用鋼線の製造方法]
本発明ばね用鋼線は、例えば、従来のオイルテンパー線の製造工程と重複する工程を経て得られる。オイルテンパー線の製造工程は、代表的には、原料鋼の溶製→熱間鍛造→熱間圧延→パテンチング(微細パーライト組織化)→皮剥ぎ(脱炭層の除去)→焼鈍(皮剥ぎにより生じたマルテンサイト相をなます)→伸線加工→焼入れ焼戻し、という工程が挙げられる。この工程により、焼戻しマルテンサイト組織から構成される線素材が得られる。或いは、本発明ばね用鋼線は、例えば、従来の硬引線の製造工程と重複する工程を経て得られる。硬引線の製造工程は、代表的には、原料鋼の溶製→熱間鍛造→熱間圧延→パテンチング→皮剥ぎ→焼鈍→伸線加工、という工程が挙げられる。この工程により、微細パーライト組織から構成される線素材が得られる。オイルテンパー線や硬引線における上述の各工程の条件は、公知の条件を利用できる。市販のオイルテンパー線やピアノ線などを線素材として利用することができる。そして、本発明ばね用鋼線は、上記線素材に、その周方向に亘って表面粗さがRzで6μm以下となるように平滑化処理を施すことで得られる。
【0024】
平滑化処理は、線素材の周方向に亘って均一的に平滑可能な適宜な手段を利用できる。このような平滑化処理には、電解研磨処理が好適である。ばね加工後のばねに電解研磨処理を施すのではなく、ばね加工前の線素材に電解研磨処理を施すことで、線素材の表面をその周方向に亘って均一的に平滑にすることができる。また、電解研磨処理後の線材(本発明ばね用鋼線)にばね加工を施すことで、得られたばねを構成する線材も、その周方向に亘って均一的な表面粗さを有することができる。
【0025】
平滑化処理は、表面粗さがRzで6μm以下となるように条件(電解研磨処理の場合、通電時の電流値、電解液の種類、通電時間など)を調整するとよい。
【0026】
[ばねの製造方法]
本発明ばねは、上記本発明ばね用鋼線にばね加工を施すことで得られる。所望のばねとなるように、ばねの仕様(巻き径、巻き数、自由長など)を選択するとよい。本発明ばね用鋼線は、上述のようにその周方向に亘って均一的に平滑であるため、ばね加工後に得られたばねに窒化処理やショットピーニングなどの後処理を施すことなく、疲労特性に優れるばねが得られる。従って、本発明ばねの製造にあたり、上記後処理を省略することができる。なお、ばね加工後、得られたばねに対して、ばね加工に伴う歪みを除去するための熱処理(歪み取り焼鈍)を施してもよい。
【0027】
[試験例]
線素材として、JIS規格のSWOSC-Vの組成からなるオイルテンパー線(直径φ0.8mm)を用意した。
【0028】
(試料No.1〜3)
用意した線素材に電解研磨処理を施した。試料No.1〜3のいずれも、電解研磨処理に用いた電解液及び通電電流値は同じとし、通電時間を異ならせることで、表面粗さを異ならせた。通電時間を長くすると、表面粗さが小さくなる傾向にある。
【0029】
電解研磨処理を施した線材(ばね用鋼線)について表面粗さを測定した。ここでは、以下のように測定した。図2に示すように、線材100の端面(又は横断面)において円周の任意の1点をとり、この点に対して90°、180°、270°ずれた点をそれぞれとる。各点を起点とし、線材100の長手方向に沿った直線を測定線とする。つまり、図2に示すように線材100をその周方向に4等分し、各4等分線(図2では破線で示す)を測定線とする。ここでは、各測定線の測定距離を10mmとし、4本の測定線について変位を測定し、変位の最大値をJIS B 0601(2001)におけるRz(輪郭曲線の最大高さ)と見なす。変位の測定には、市販のレーザ変位計(株式会社キーエンス LK-G5000シリーズ)を利用した。表面粗さRzを表1に示す。
【0030】
電解研磨処理を施した線材にばね加工を施し、図1に示すばね1を作製した。試料No.1,2のばねは、ばね加工後に後処理を施していない。試料No.3のばねは、ばね加工後、ショットピーニングを施した。ショットピーニングは、公知の線径1mm以上のばね用鋼線から形成されたばねに施されている条件を準用して施した。
【0031】
(試料No.100〜130)
用意した線素材に電解研磨処理を施すことなく、ばね加工を施し、試料No.1〜3と同様の仕様のばねを作製した。そして、得られたばねに対して、表1に示す後処理を施した。ショットピーニングや電解研磨は、公知の線径1mm以上のばね用鋼線から形成されたばねに施されている条件を準用して施した。試料No.100は、後処理を施していないばねである。
【0032】
得られた各ばねについて疲労限を測定した(各試料:n=3)。疲労限は、市販の星型ばね疲労試験機を用いて測定した。そして、各試料について試料No.100の疲労限に対する相対値を求めた。その結果を表1に示す。なお、いずれの試料も、ばね加工後歪取り焼鈍を行った。
【0033】
【表1】

【0034】
表1に示すように、ばね加工前の線材として、当該線材の周方向における表面粗さがRzで6μm以下であるばね用鋼線を利用することで、ばね加工後、ショットピーニングなどの後処理を施すことなく、高い疲労限を有するばねが得られることが分かる。この理由として、ばね加工後のばねに後処理を施していないことで、当該ばねを構成する線材は、ばね加工前のばね用鋼線と同様に周方向に亘って平滑な表面状態が維持されて疵感受性が低下されたため、と考えられる。試料No.1,2のばねは、ばね加工前のばね用鋼線と同様に、周方向における表面粗さがRzで6μm以下であり、ばね加工前の線材の表面粗さが実質的に維持されていた。
【0035】
ばね加工後にショットピーニングを施した試料No.3は、試料No.100よりも疲労限が高いものの、疲労限にばらつきがみられた。また、ばね加工後にショットピーニングを施した試料No.120,130も、疲労限にばらつきがみられた。この理由として、ショットピーニングによりばねを構成する線材の表面の少なくとも一部が荒れて表面粗さが大きくなり、疵感受性が高まったため、と考えられる。一方、ばね加工後にショットピーニングを施していない試料No.1,2は、高い疲労限を安定して有することが分かる。
【0036】
また、この試験から、ばね用鋼線の表面粗さが小さいほど、疲労特性に優れるばねが得られることが分かる。
【0037】
上記試験結果から、ばね加工前のばね用鋼線として、その周方向に亘って均一的に平滑な表面を有するものを利用することで、ばね加工後に後処理を施さなくても、疲労特性に優れるばねが得られることが分かる。また、このような平滑な表面を有するばね用鋼線を利用することで、ばね加工後に後処理を施したばねよりも、疲労特性に優れるばねを安定して製造可能なことが分かる。更に、得られたばねは、ばね加工前のばね用鋼線と同様に、その周方向に亘って均一的な表面を有することで、疵感受性が低減されて疲労特性に優れることが分かる。
【0038】
なお、本発明は、上述した実施の形態の限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で適宜変更することが可能である。例えば、鋼線の組成、組織、線径などを変更することができる。
【産業上の利用可能性】
【0039】
本発明ばねは、各種のばね、特に、自動車部品に利用される各種のばね、具体的には、燃料噴射ノズル用ばね、クラッチ・トルクコンバーター用ばねなどに好適に利用することができる。本発明ばね用鋼線は、上記本発明ばねの素材に好適に利用することができる。
【符号の説明】
【0040】
1 ばね 100 線材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
線径が1mm未満であり、
周方向における表面粗さがRzで6μm以下であることを特徴とするばね用鋼線。
【請求項2】
前記ばね用鋼線の周方向に亘って電解研磨処理が施されていることを特徴とする請求項1に記載のばね用鋼線。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のばね用鋼線を用いて製造されたことを特徴とするばね。
【請求項4】
線径が1mm未満の鋼線を螺旋状に巻回して形成され、
前記鋼線の周方向における表面粗さがRzで6μm以下であることを特徴とするばね。
【請求項5】
窒化処理及びショットピーニングが施されていないことを特徴とする請求項3又は4に記載のばね。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2013−50195(P2013−50195A)
【公開日】平成25年3月14日(2013.3.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−189569(P2011−189569)
【出願日】平成23年8月31日(2011.8.31)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【Fターム(参考)】