説明

アクリル系熱可塑性樹脂組成物

【課題】溶融成形時の安定性および成形体の色相が改善された、メタクリル系樹脂とポリビニルアセタール樹脂とを含有するアクリル系熱可塑性樹脂組成物を提供する。
【解決手段】メタクリル系樹脂(A)、ポリビニルアルコール樹脂を炭素数3以下のアルデヒドとでアセタール化して得られた特定のポリビニルアセタール樹脂(B)、および亜リン酸エステル化合物(I)を含有するアクリル系熱可塑性樹脂組成物であって、少なくともメタクリル系樹脂(A)が当該樹脂組成物中にて連続相を形成しており、しかも当該樹脂組成物におけるメタクリル系樹脂(A)に起因する主分散ピーク温度TαAPが、メタクリル系樹脂(A)単独での主分散ピーク温度(TαA)とポリビニルアセタール樹脂(B)単独での主分散ピーク温度(TαB)との間の値を示す、アクリル系熱可塑性樹脂組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶融成形時の安定性および色相が改善されたアクリル系熱可塑性樹脂組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリメタクリル酸メチルを主体とする熱可塑性重合体(以下、メタクリル系樹脂ということがある)は透明性および表面硬度において優れた特性を有しているため様々な分野で使用されている。ところが、このメタクリル系樹脂は用途によって機械的特性、特に靭性が不足することがあり、その改善が求められている。
その改善のために、例えば、特許文献1において、メタクリル系樹脂とポリビニルアセタール樹脂とからなる熱可塑性樹脂組成物が提案されている。
しかし、上記メタクリル系樹脂とポリビニルアセタール樹脂とからなる熱可塑性樹脂組成物は、溶融成形時の安定性がメタクリル系樹脂に比べ劣り、特に、溶融成形時に着色しやすく、成形体の色相が悪化しやすかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2008−133452号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の目的は、溶融成形時の安定性および成形体の色相が改善された、メタクリル系樹脂とポリビニルアセタール樹脂とを含有するアクリル系熱可塑性樹脂組成物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは上記目的を達成すべく鋭意検討した結果、メタクリル系樹脂(A)と、特定のポリビニルアセタール樹脂(B)と、式(I)で表される亜リン酸エステル化合物とを、特定のドメイン構造で含有するアクリル系熱可塑性樹脂組成物を見出した。そして当該樹脂組成物は溶融成形時における安定性に優れ且つ得られる成形体の色相が良好であることを見出した。本発明はこれらの知見に基づいてさらに検討し、完成するに至ったものである。
【0006】
【化1】

【0007】
【化2】

【0008】
【化3】

【0009】
式(I)中、R1、R2、R4およびR5はそれぞれ独立して水素原子、炭素数1〜8のアルキル基、炭素数5〜8のシクロアルキル基、炭素数6〜12のアルキルシクロアルキル基、炭素数7〜12のアラルキル基またはフェニル基を示し、R3は水素原子または炭素数1〜8のアルキル基を示し、Xは単結合、硫黄原子または式(II)で表される2価の基(式(II)中、R6は水素原子、炭素数1〜8のアルキル基または炭素数5〜8のシクロアルキル基を示す。)を示し、Aは炭素数2〜8のアルキレン基または式(III)で表される2価の基(式(III)中、R7は単結合または炭素数1〜8のアルキレン基を示し、+は酸素原子に結合していることを示す。)を示し、YおよびZは、いずれか一方がヒドロキシル基、炭素数1〜8のアルコキシ基または炭素数7〜12のアラルキルオキシ基を示し、もう一方が水素原子または炭素数1〜8のアルキル基を示す。
【0010】
すなわち、本発明は、 メタクリル系樹脂(A)、ポリビニルアセタール樹脂(B)、および式(I)で表される亜リン酸エステル化合物を含有するアクリル系熱可塑性樹脂組成物であって、 少なくともメタクリル系樹脂(A)は、当該樹脂組成物中にて連続相を形成しており、 ポリビニルアセタール樹脂(B)は、ポリビニルアルコール樹脂を炭素数3以下のアルデヒドによってアセタール化して成るものであり、 しかも、正弦波振動10Hz、昇温速度3℃/分の条件下での動的粘弾性測定において、当該樹脂組成物におけるメタクリル系樹脂(A)に起因する主分散ピーク温度TαAPが、メタクリル系樹脂(A)単独での主分散ピーク温度(TαA)とポリビニルアセタール樹脂(B)単独での主分散ピーク温度(TαB)との間の値を示す、アクリル系熱可塑性樹脂組成物 である。
【発明の効果】
【0011】
本発明のアクリル系熱可塑性樹脂組成物は、溶融成形時の安定性に優れており、該樹脂組成物から得られる成形体の色相が良好である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明のアクリル系熱可塑性樹脂組成物は、メタクリル系樹脂(A)、ポリビニルアセタール樹脂(B)および亜リン酸エステル化合物(I)とを含有してなるものである。
【0013】
本発明に用いられるメタクリル系樹脂(A)は、アルキルメタクリレートを含有する単量体混合物を重合することによって得られる。
【0014】
アルキルメタクリレートとしては、メチルメタクリレート、エチルメタクリレート、プロピルメタクリレート、イソプロピルメタクリレート、n−ブチルメタクリレート、sec−ブチルメタクリレート、tert−ブチルメタクリレート、ペンチルメタクリレート、ヘキシルメタクリレート、オクチルメタクリレート、2−エチルヘキシルメタクリレート、ドデシルメタクリレート、ミリスチルメタクリレート、パルミチルメタクリレート、ステアリルメタクリレート、ベヘニルメタクリレート、シクロヘキシルメタクリレートなどが挙げられる。これらのアルキルメタリレートは1種単独で若しくは2種以上を組み合わせて用いることができる。これらのうち、アルキル基の炭素数が1〜4であるアルキルメタクリレートが好ましく、メチルメタクリレートが特に好ましい。
【0015】
アルキルメタクリレート以外の単量体としては、アルキルアクリレートが挙げられる。またアルキルメタクリレートおよびアルキルアクリレートと共重合可能な他のエチレン性不飽和単量体が挙げられる。
アルキルアクリレートとしては、メチルアクリレート、エチルアクリレート、プロピルアクリレート、イソプロピルアクリレート、n−ブチルアクリレート、sec−ブチルアクリレート、tert−ブチルアクリレート、ペンチルアクリレート、ヘキシルアクリレート、オクチルアクリレート、2−エチルヘキシルアクリレート、ドデシルアクリレート、ミリスチルアクリレート、パルミチルアクリレート、ステアリルアクリレート、ベヘニルアクリレート、シクロヘキシルアクリレートなどが挙げられる。これらのうち、アルキル基の炭素数が1〜8であるアルキルアクリレートが好ましい。これらのアルキルアクリレートは1種単独で若しくは2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0016】
アルキルメタクリレートおよびアルキルアクリレートと共重合可能なエチレン性不飽和単量体としては、1,3−ブタジエン、イソプレンなどのジエン系化合物;スチレン、α−メチルスチレン、ビニルトルエン、2,4−ジメチルスチレン、ハロゲンで核置換されたスチレン、1−ビニルナフタレン、4−メチルスチレン、4−プロピルスチレン、4−シクロヘキシルスチレン、4−ドデシルスチレン、2−エチル−4−ベンジルスチレン、4−(フェニルブチル)スチレンなどのビニル芳香族化合物;アクリロニトリル、メタクリロニトリルなどのエチレン性不飽和ニトリル類;アクリル酸、メタクリル酸、アクリルアミド、メタクリルアミド、無水マレイン酸、マレイン酸イミド、モノメチルマレエート、ジメチルマレエート、アリールメタクリレート、アリールアクリレートなどを挙げることができる。これらのエチレン性不飽和単量体は1種単独で若しくは2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0017】
本発明に用いられるメタクリル系樹脂(A)は、アルキルメタクリレート単位の割合が、耐候性の観点から、好ましくは50〜100質量%、より好ましくは80〜99.9質量%である。また、該メタクリル系樹脂(A)は、耐熱性の観点から0.1〜20質量%の範囲でアルキルアクリレート単位を含有することが好ましい。
【0018】
本発明に用いられるメタクリル系樹脂(A)は、強度特性および溶融性の点から、重量平均分子量(これ以降、Mwと表記することがある。)が、好ましくは40,000以上、より好ましくは40,000〜10,000,000、特に好ましくは80,000〜1,000,000である。
本発明に用いられるメタクリル系樹脂(A)としては、一本の線状構造を成しているもの、分岐構造を有するもの、環状構造を有するものなどを挙げることができる。
【0019】
本発明に用いられるメタクリル系樹脂(A)は、特にその製法によって制限されないが、ラジカル重合によって製造されたものが好ましい。重合法としては、塊状重合、懸濁重合、溶液重合、乳化重合などが挙げられる。
【0020】
重合時に用いられるラジカル重合開始剤としては、アゾビスイソブチロニトリル、アゾビスγ−ジメチルバレロニトリルなどのアゾ化合物;ベンゾイルパーオキサイド、クミルパーオキサイド、オキシネオデカノエート、ジイソプロピルパーオキシジカーボネート、t−ブチルクミルパーオキサイド、クメンヒドロパーオキサイド、t−ブチルハイドロパーオキサイド、シクロヘキサノンパーオキサイド、メチルエチルケトンパーオキサイド、ジクミルパーオキサイド、ラウロイルパーオキサイドなどの過酸化物が挙げられる。重合開始剤は、全単量体100質量部に対して通常0.05〜0.5質量部用いられる。重合反応は、通常50〜140℃の温度で、通常2〜20時間行われる。
【0021】
メタクリル系樹脂(A)の分子量を制御するために、連鎖移動剤を使用することができる。連鎖移動剤としては、メチルメルカプタン、エチルメルカプタン、イソプロピルメルカプタン、n−ブチルメルカプタン、t−ブチルメルカプタン、n−ヘキシルメルカプタン、n−オクチルメルカプタン、n−ドデシルメルカプタン、エチルチオグリコエート、メルカプトエタノール、チオ−β−ナフトール、チオフェノールなどが挙げられる。連鎖移動剤の使用量は、全単量体に対して、通常0.005〜0.5質量%である。
【0022】
ポリビニルアセタール樹脂(B)は、通常、式(IV)で表される繰り返し単位を有する樹脂である。
【0023】
【化4】

【0024】
式(IV)中、nは、アセタール化に用いたアルデヒドの種類の数(自然数)、R1、R2、・・・・、Rnはアセタール化反応に用いたアルデヒドのアルキル残基または水素原子、k(1)、k(2)、・・・、k(n)はそれぞれR1、R2、・・・、Rnを含むビニルアセタール単位のモル割合、lはビニルアルコール単位のモル割合、mはビニルアセテート単位のモル割合である。ただし、k(1)+k(2)+・・・+k(n)+l+m=1であり、k(1)、k(2)、・・・、k(n)、l、およびmはいずれかがゼロであってもよい。各繰返し単位は、式(IV)に示す配列順序によって特に制限されず、ランダムに配列されていてもよいし、ブロック状に配列されていてもよいし、テーパー状に配列されていてもよい。
【0025】
本発明に用いられるポリビニルアセタール樹脂(B)は、例えば、ポリビニルアルコール樹脂を炭素数3以下のアルデヒドによってアセタール化することによって得ることができる。
【0026】
ポリビニルアセタール樹脂の製造に用いられるポリビニルアルコール樹脂は、粘度平均重合度が通常200〜4,000、好ましくは300〜3,000、より好ましくは500〜2,000である。ポリビニルアルコール樹脂の粘度平均重合度が200未満であると、得られるポリビニルアセタール樹脂の力学物性が不足し、本発明に係るアクリル系熱可塑性樹脂組成物の力学物性、特に靭性が不足する傾向がある。一方、ポリビニルアルコール樹脂の粘度平均重合度が4,000を超えると本発明のアクリル系熱可塑性樹脂組成物を溶融混練する際に、溶融粘度が高くなり、本発明のアクリル系熱可塑性樹脂組成物の製造を困難にする傾向がある。
ポリビニルアルコール樹脂は、その製法によって特に限定されず、例えば、ポリ酢酸ビニルなどをアルカリ、酸、アンモニア水などを用いてけん化することによって製造することができる。好適なポリビニルアルコール樹脂は、そのけん化度が、好ましくは80mol%以上、より好ましくは97モル%以上、さらに好ましくは99.5モル%以上である。また、上記ポリビニルアルコール樹脂として、エチレン−ビニルアルコール共重合体樹脂、部分けん化エチレン−ビニルアルコール共重合体樹脂などの、ビニルアルコールとビニルアルコールと共重合可能なモノマーとの共重合体を用いることができる。さらに、一部にカルボン酸などが導入された変性ポリビニルアルコール樹脂を用いることができる。これらポリビニルアルコール樹脂は、1種単独で若しくは2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0027】
ポリビニルアセタール樹脂(B)の製造に用いられる炭素数3以下のアルデヒドとしては、例えばホルムアルデヒド(パラホルムアルデヒドを含む)、アセトアルデヒド(パラアセトアルデヒドを含む)、プロピオンアルデヒドなどが挙げられる。これら炭素数3以下のアルデヒドは1種単独で若しくは2種以上を組み合わせて用いることができる。これら炭素数3以下のアルデヒドのうち、製造の容易さの観点から、アセトアルデヒド(パラアセトアルデヒドを含む)およびホルムアルデヒド(パラホルムアルデヒドを含む)が好ましく、アセトアルデヒドが特に好ましい。
【0028】
前記アルデヒドによるポリビニルアルコール樹脂のアセタール化は、公知の方法で行うことができる。例えば、ポリビニルアルコール樹脂の水溶液とアルデヒドとを酸触媒の存在下で反応させて樹脂粒子を析出させる方法(水媒法); ポリビニルアルコール樹脂を有機溶媒中に分散させ、当該分散液とアルデヒドとを酸触媒の存在下で反応させ、得られた反応液を水などのポリビニルアセタール樹脂に対する貧溶媒に添加して析出させる方法(溶媒法)などが挙げられる。これらのうち水媒法が好ましい。
上記で用いられる酸触媒は特に限定されず、例えば、酢酸、p−トルエンスルホン酸などの有機酸類;硝酸、硫酸、塩酸などの無機酸類;炭酸ガスなどの水溶液にした際に酸性を示す気体;陽イオン交換体や金属酸化物などの固体酸触媒などが挙げられる。
水媒法若しくは溶媒法において生成したスラリーは、通常、酸触媒によって酸性を呈している。酸触媒を除去する方法として、該スラリーの水洗を繰り返し、pHを通常5〜9、好ましくは6〜9、さらに好ましくは6〜8に調整する方法;該スラリーに中和剤を添加して、pHを通常5〜9、好ましくは6〜9、さらに好ましくは6〜8に調整する方法;アルキレンオキサイド類などを添加する方法などが挙げられる。
上記酸触媒除去のために用いる化合物としては、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、酢酸ナトリウム、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸カリウムなどのアルカリ金属化合物やアンモニア、アンモニア水溶液が挙げられる。また、アルキレンオキサイド類としては、エチレンオキサイド、プロピレンオキサイド;エチレングリコールジグリシジルエーテルなどのグリシジルエーテル類が挙げられる。
次に中和によって生成した塩、アルデヒドの反応残渣などを除去する。除去方法は特に制限されず、脱水と水洗を繰り返すなどの方法が通常用いられる。
残渣などが除去された含水状態のポリビニルアセタール樹脂は、必要に応じて乾燥され、必要に応じてパウダー状、顆粒状あるいはペレット状に加工され、成形材料として供される。パウダー状、顆粒状あるいはペレット状に加工される際に、減圧状態で脱気することによってアルデヒドの反応残渣や水分などを低減しておくことが好ましい。
【0029】
本発明に用いられるポリビニルアセタール樹脂(B)は、総アセタール化度、すなわち、炭素数3以下のアルデヒドでアセタール化して得られたビニルアセタール単位のモル割合が、65〜85モル%、好ましくは70〜85モル%、より好ましくは80〜85モル%である。総アセタール化度が65モル%を下回ると、本発明のアクリル系樹脂成形体の力学物性、特に靭性と耐衝撃性が不足する傾向がある。一方、総アセタール化度が85モル%を超えるポリビニルアセタール樹脂を得るためには製造に非常に長い時間を要するため、経済的に不利である。
なお、ポリビニルアセタール樹脂の総アセタール化度は、次のようにして求めることができる。まず、JIS K6728(1977年)に記載の方法に則ってビニルアルコール単位の質量割合(l0)およびビニルアセテート単位の質量割合(m0)を滴定によって求める。ビニルアセタール単位の質量割合(k0)をk0=1−l0−m0によって求める。これらの質量割合から、ビニルアルコール単位のモル割合(l)およびビニルアセテート単位のモル割合(m)を算出し、k=1−l−mの計算式によってビニルアセタール単位のモル割合(k)を算出する。そして、総アセタール化度(mol%)を、{k}/{k+l+m}×100によって算出する。
【0030】
また、ポリビニルアセタール樹脂を重水素化ジメチルスルフォキサイドに溶解させ、この溶液を1H−NMRまたは13C−NMRにて分析して、その結果からポリビニルアセタール樹脂の総アセタール化度を算出することができる。1H−NMRまたは13C−NMRによる分析結果から算出する方法では、アルデヒド(1)、(2)、・・・、および(n)でアセタール化して得られたビニルアセタール単位の質量割合またはモル割合を個別に算出できるので、例えば、アルデヒド(2)に対するアセタール化度(モル%)を、式:k(2)/{(k(1)+k(2)+・・・+k(n))+l+m}×100によって求めることができる。なお、k(1)、k(2)、・・・、およびk(n)は、それぞれ、アルデヒド(1)、(2)、・・・、および(n)でアセタール化して得られたビニルアセタール単位のモル割合である。
【0031】
本発明に好適なポリビニルアセタール樹脂は、ビニルアルコール単位を好ましくは15〜35モル%、より好ましくは17〜30モル%含み、ビニルアセテート単位を好ましくは0〜5モル%、より好ましくは0〜3モル%含む。
【0032】
本発明に用いられる亜リン酸エステル化合物(I)は、式(I)で表される化合物である。
式(I)中のR1およびR4はそれぞれ独立して水素原子、炭素数1〜8のアルキル基、炭素数5〜8のシクロアルキル基、炭素数6〜12のアルキルシクロアルキル基、炭素数7〜12のアラルキル基またはフェニル基を示し、好ましくは炭素数1〜8のアルキル基、炭素数5〜8のシクロアルキル基または炭素数6〜12のアルキルシクロアルキル基を示し、より好ましくはt−アルキル基、シクロヘキシル基または1−メチルシクロヘキシル基を示す。
式(I)中のR2は水素原子、炭素数1〜8のアルキル基、炭素数5〜8のシクロアルキル基、炭素数6〜12のアルキルシクロアルキル基、炭素数7〜12のアラルキル基またはフェニル基を示し、好ましくは炭素数1〜8のアルキル基、炭素数5〜8のシクロアルキル基または炭素数6〜12のアルキルシクロアルキル基を示し、より好ましくは炭素数1〜5のアルキル基を示し、さらに好ましくはメチル基、t−ブチル基またはt−ペンチル基を示す。
式(I)中のR5は水素原子、炭素数1〜8のアルキル基、炭素数5〜8のシクロアルキル基、炭素数6〜12のアルキルシクロアルキル基、炭素数7〜12のアラルキル基またはフェニル基を示し、好ましくは水素原子、炭素数1〜8のアルキル基または炭素数5〜8のシクロアルキル基を示し、より好ましくは水素原子または炭素数1〜5のアルキル基を示す。
【0033】
1、R2、R4およびR5が示す、炭素数1〜8のアルキル基としては、例えば、メチル基、エチル基、n−プロピル基、i−プロピル基、n−ブチル基、i−ブチル基、s−ブチル基、t−ブチル基、t−ペンチル基、i−オクチル基、t−オクチル基、2−エチルヘキシル基などが挙げられ、炭素数5〜8のシクロアルキル基としては、例えば、シクロペンチル基、シクロヘキシル基、シクロヘプチル基、シクロオクチル基などが挙げられ、炭素数6〜12のアルキルシクロアルキル基としては、例えば、1−メチルシクロペンチル基、1−メチルシクロヘキシル基、1−メチル−4−i−プロピルシクロヘキシル基などが挙げられ、炭素数7〜12のアラルキル基としては、例えば、ベンジル基、α−メチルベンジル基、α,α−ジメチルベンジル基などが挙げられる。
【0034】
式(I)中のR3は水素原子または炭素数1〜8のアルキル基を示し、好ましくは水素原子または炭素数1〜5のアルキル基を示し、より好ましくは水素原子またはメチル基を示す。
3が示す炭素数1〜8のアルキル基としては、前記と同じものを例示することができる。
【0035】
式(I)中のXは単結合、硫黄原子または式(II)で表される2価の基を示し、好ましくは単結合または式(II)で表される2価の基を示し、より好ましくは単結合を示す。
式(II)中のR6は水素原子、炭素数1〜8のアルキル基または炭素数5〜8のシクロアルキル基を示し、好ましくは水素原子、メチル基、エチル基、n−プロピル基、i−プロピル基、n−ブチル基、i−ブチル基またはt−ブチル基を示す。
6が示す炭素数1〜8のアルキル基および炭素数5〜8のシクロアルキル基としては、それぞれ前記と同じのものを例示することができる。
【0036】
式(I)中のAは炭素数2〜8のアルキレン基または式(III)で表される2価の基を示し、好ましくは炭素数2〜8のアルキレン基を示し、より好ましくはプロピレン基を示す。
Aが示す炭素数2〜8のアルキレン基としては、例えばエチレン基、プロピレン基、ブチレン基、ペンタメチレン基、ヘキサメチレン基、オクタメチレン基、2,2−ジメチル−1,3−プロピレン基などが挙げられる。
式(III)中、R7は単結合または炭素数1〜8のアルキレン基を示し、好ましくは単結合またはエチレン基を示す。式(III)中の+は酸素原子に結合していることを示す。
7が示す炭素数1〜8のアルキレン基としては、例えば、メチレン基、エチレン基、プロピレン基、ブチレン基、ペンタメチレン基、ヘキサメチレン基、オクタメチレン基、2,2−ジメチル−1,3−プロピレン基などが挙げられる。
【0037】
式(I)中のYおよびZは、いずれか一方がヒドロキシル基、炭素数1〜8のアルコキシ基または炭素数7〜12のアラルキルオキシ基を示し、もう一方が水素原子または炭素数1〜8のアルキル基を示す。
YまたはZが示す炭素数1〜8のアルキル基としては、前記と同じのものを例示することができ、炭素数1〜8のアルコキシ基としては、例えば、メトキシ基、エトキシ基、n−プロポキシ基、i−プロポキシ基、n−ブトキシ基、i−ブトキシ基、s−ブトキシ基、t−ブトキシ基、t−ペンチルオキシ基、i−オクチルオキシ基、t−オクチルオキシ基、2−エチルヘキシルオキシ基などが挙げられ、炭素数7〜12のアラルキルオキシ基としては、例えば、ベンジルオキシ基、α−メチルベンジルオキシ基、α,α−ジメチルベンジルオキシ基などが挙げられる。
【0038】
本発明のアクリル系熱可塑性樹脂組成物には、正弦波振動10Hz、昇温速度3℃/分の条件下での動的粘弾性測定において、当該樹脂組成物中のメタクリル系樹脂(A)に起因する主分散ピーク温度(TαAP)と、当該樹脂組成物中のポリビニルアセタール樹脂(B)に起因する主分散ピーク温度(TαBP)とが存在する。
熱可塑性樹脂組成物において主分散ピーク温度が一つしか観測できない場合、すなわちTαAP=TαBPとなる場合は、熱可塑性樹脂組成物中のメタクリル系樹脂(A)とポリビニルアセタール樹脂(B)とが完全な相溶状態になっていることを示している。
【0039】
本発明のアクリル系熱可塑性樹脂組成物は、当該樹脂組成物中のメタクリル系樹脂(A)に起因する主分散ピーク温度TαAPが、メタクリル系樹脂(A)単独での主分散ピーク温度(TαA)とポリビニルアセタール樹脂(B)単独での主分散ピーク温度(TαB)との間の値である。すなわち、TαB<TαAP<TαA、またはTαA<TαAP<TαBの関係を満たしている。このような関係を満たすTαAPを持つ本発明のアクリル系熱可塑性樹脂組成物は、メタクリル系樹脂(A)とポリビニルアセタール樹脂(B)とが少なくとも部分的に相溶した状態になっていると考えられる。これに対して、TαAP=TαA、TαBP=TαBとなる場合は、メタクリル系樹脂(A)とポリビニルアセタール樹脂(B)とが完全な非相溶の状態になっていることを示している。そして、本発明のアクリル系熱可塑性樹脂組成物は、少なくともメタクリル系樹脂(A)によって連続相が形成されているものである。
なお、本発明に係るアクリル系熱可塑性樹脂組成物に含有されるメタクリル系樹脂(A)が二種以上のメタクリル系樹脂の組み合わせである場合は、その組み合わせたもののうちのいずれか一つの主分散ピーク温度をTαAとし、また、本発明に係るアクリル系熱可塑性樹脂組成物に含有されるポリビニルアセタール樹脂(B)が二種以上のポリビニルアセタール樹脂の組み合わせである場合は、その組み合わせたもののうちのいずれか一つの主分散ピーク温度をTαBとし、それらが上記関係、すなわちTαB<TαAP<TαAまたはTαA<TαAP<TαBの関係を満たすようにする。
【0040】
メタクリル系樹脂(A)とポリビニルアセタール樹脂(B)とは完全相溶であることが好ましく、その場合、本発明のアクリル系熱可塑性樹脂組成物は、耐熱性、表面硬度および剛性がメタクリル系樹脂とほぼ同等であり、且つ延伸した時、折り曲げた時、衝撃を受けた時および/または長時間湿熱条件下に置かれた時に白化し難くなる。また、靭性、取扱い性なども優れている。
【0041】
本発明のアクリル系熱可塑性樹脂組成物は、、靭性、表面硬度および剛性の観点から、メタクリル系樹脂(A)とポリビニルアセタール樹脂(B)との質量比(A)/(B)が、好ましくは99/1〜51/49、より好ましくは95/5〜60/40、特に好ましくは90/10〜60/40である。ポリビニルアセタール樹脂(B)の割合が少なすぎると、当該樹脂組成物の靭性などの力学物性の改善効果が低下する傾向がある。一方、ポリビニルアセタール樹脂(B)の割合が多すぎると、当該樹脂組成物の表面硬度および剛性が不足する傾向がある。
【0042】
本発明のアクリル系熱可塑性樹脂組成物は、例えば、メタクリル系樹脂(A)とポリビニルアセタール樹脂(B)に、亜リン酸エステル化合物(I)を配合することによって製造することができる。
亜リン酸エステル化合物(I)は、メタクリル系樹脂(A)を重合で製造する段階、例えば原料であるメタクリル酸メチルを含有する単量体混合物にまたは重合反応の進行途上における該単量体混合物に添加することができ;重合によって得られたメタクリル系樹脂(A)に添加混練することができ;ポリビニルアルコール樹脂をアセタール化しポリビニルアセタール樹脂(B)を合成する段階で配合することができ;合成されたポリビニルアセタール樹脂(B)に添加混練することができ;またはメタクリル系樹脂(A)とポリビニルアセタール樹脂(B)とを一軸混練機、二軸混練機などの混練機によって溶融混練する段階で配合することができる。
【0043】
亜リン酸エステル化合物(I)の配合量の下限は、本発明のアクリル系熱可塑性樹脂組成物の溶融成形時の安定性向上および着色抑制の観点から、メタクリル系樹脂(A)とポリビニルアセタール樹脂(B)との合計100質量部に対して、好ましくは0.01質量部、より好ましくは0.1質量部である。亜リン酸エステル化合物(I)の配合量の上限は、配合量に見合った効果が得られ、経済的に有利であり、また熱分解を抑制する効果が十分である点で、メタクリル系樹脂(A)とポリビニルアセタール樹脂(B)との合計100質量部に対して、好ましくは10質量部、より好ましくは5質量部である。
【0044】
本発明のアクリル系熱可塑性樹脂組成物を得るための好適な方法としては、メタクリル系樹脂(A)、ポリビニルアセタール樹脂(B)および亜リン酸エステル化合物(I)を、混合、好ましくは溶融条件下で混合し、160℃以上まで昇温し、次いで120℃以下に冷却する工程を含むものが挙げられる。より好適な製法は、メタクリル系樹脂(A)、ポリビニルアセタール樹脂(B)および亜リン酸エステル化合物(I)を、樹脂温度140℃以上で溶融混練し、次いで120℃以下に冷却する工程を含むものである。さらに好適な製法では、メタクリル系樹脂(A)とポリビニルアセタール樹脂(B)および亜リン酸エステル化合物(I)を、樹脂温度160℃以上で溶融混練する際に、せん断速度100sec-1以上にする段階と、せん断速度50sec-1以下にする段階とをそれぞれ少なくとも2回経ることが好ましい。
【0045】
本発明のアクリル系熱可塑性樹脂組成物の製法では、メタクリル系樹脂(A)とポリビニルアセタール樹脂(B)および亜リン酸エステル化合物(I)を、溶液混合または溶融混練することによって、好ましくは溶融混練することによって得られる。混練においては、一軸押出機、二軸押出機、バンバリーミキサー、ブラベンダー、オープンロール、ニーダーなどの公知の混練機を用いることができる。これら混練機のうち、大きなせん断力が得られ、メタクリル系樹脂(A)が連続相を形成しやすく、生産性に優れ、せん断速度100sec-1以上にする段階と、せん断速度50sec-1以下にする段階とをそれぞれ少なくとも2回含む工程を容易に作り出せることから、二軸押出機が好ましい。
【0046】
溶融混練する際の樹脂温度は、140℃以上が必要であり、140〜270℃がより好ましく、160〜250℃が特に好ましい。
溶融混練する際の最大せん断速度は、100sec-1以上であることが好ましく、200sec-1以上であることがより好ましい。
【0047】
本発明の製法では、160℃以上まで昇温、あるいは、140℃以上で溶融混練した後、120℃以下の温度に冷却することが好ましい。冷却は、溶融状態のストランドを冷水を溜めた槽に浸すなどの方法で、自然放冷に比べて急速に行うことが好ましい。急速冷却することによって、メタクリル系樹脂(A)が連続相を形成し、且つメタクリル系樹脂(A)とポリビニルアセタール樹脂(B)とが部分相溶しやすくなる。さらに、分散相の大きさが非常に小さくなる。分散相の大きさは、通常、200nm以下、好ましくは100nm以下、特に好ましくは50nm以下である。
【0048】
本発明のアクリル系熱可塑性樹脂組成物には、必要に応じて各種の添加剤、例えば、酸化防止剤、安定剤、滑剤、加工助剤、帯電防止剤、着色剤、耐衝撃性改良剤、発泡剤、充填剤、艶消し剤などを添加してもよい。なお、本発明に係るアクリル系熱可塑性樹脂組成物の力学物性および表面硬度の観点から軟化剤や可塑剤は多量に添加しないことが好ましい。
さらに、耐候性を向上させる目的で紫外線吸収剤を添加することができる。紫外線吸収剤の種類は特に限定されないが、ベンゾトリアゾール系、ベンゾフェノン系、または、トリアジン系のものが好ましい。紫外線吸収剤の添加量は、アクリル系熱可塑性樹脂組成物に対して、通常0.1〜10質量%、好ましくは0.1〜5質量%、より好ましくは0.1〜2質量%である。
なお、本発明のアクリル系熱可塑性樹脂組成物に添加される上記添加剤は、当該樹脂組成物を製造する際に添加してもよいし、後述する成形の直前に添加してもよい。
【0049】
本発明のアクリル系熱可塑性樹脂組成物は、各種の成形部品に適用することができる。該樹脂組成物の用途としては、例えば、広告塔、スタンド看板、袖看板、欄間看板、屋上看板などの看板部品やマーキングフィルム;ショーケース、仕切板、店舗ディスプレイなどのディスプレイ部品;蛍光灯カバー、ムード照明カバー、ランプシェード、光天井、光壁、シャンデリアなどの照明部品;家具、ペンダント、ミラーなどのインテリア部品;ドア、ドーム、安全窓ガラス、間仕切り、階段腰板、バルコニー腰板、レジャー用建築物の屋根などの建築用部品;航空機風防、パイロット用バイザー、オートバイ、モーターボート風防、バス用遮光板、自動車用サイドバイザー、リアバイザー、ヘッドウィング、ヘッドライトカバー、自動車内装部材、バンパーなどの自動車外装部材などの輸送機関係部品;音響映像用銘板、ステレオカバー、テレビ保護マスク、自動販売機、携帯電話、パソコンなどの電子機器部品;保育器、レントゲン部品などの医療機器部品;機械カバー、計器カバー、実験装置、定規、文字盤、観察窓などの機器関係部品;液晶保護板、導光板、導光フィルム、フレネルレンズ、レンチキュラーレンズ、各種ディスプレイの前面板、拡散板などの光学関係部品;道路標識、案内板、カーブミラー、防音壁などの交通関係部品;その他、温室、大型水槽、箱水槽、浴室部材、時計パネル、バスタブ、サニタリー、デスクマット、遊技部品、玩具、熔接時の顔面保護用マスク;パソコン、携帯電話、家具、自動販売機、浴室部材などに用いる表面材料などが挙げられる。
【0050】
本発明のアクリル系熱可塑性樹脂組成物を用いると、靭性、耐衝撃性、表面硬度および剛性とのバランスに優れ、取扱いが容易で、しかも延伸した時、折り曲げた時および/または衝撃を受けた時に白化しないので意匠性に優れた成形体を得ることができる。本発明のアクリル系熱可塑性樹脂組成物からなるフィルム状またはシート状成形体を、鋼材、プラスチックシート、木材、ガラスなどからなる基材に接着、ラミネート、インサート成形、あるいはインモールド成形などで成形すると、それら基材の意匠性を向上させ、また基材を保護することができる。さらに、基材に複合させた本発明のアクリル系熱可塑性樹脂組成物の上に紫外線(UV)または電子線(EB)の照射によって硬化してなるコーティング層を付与することによって、さらに意匠性と保護性を高めることができる。本発明のアクリル系熱可塑性樹脂組成物と、鋼材、プラスチック、木材、ガラスなどからなる基材とを共押し出しすることによって基材の意匠性を向上させることができる。また、優れた意匠性を活かして、壁紙;自動車内装部材表面;バンパーなどの自動車外装部材表面;携帯電話表面;家具表面;パソコン表面;自動販売機表面;浴槽などの浴室部材表面などにも好適に用いることができる。
【実施例】
【0051】
以下に実施例を示し、本発明をより具体的に説明する。ただし、本発明はこれら実施例によってなんら限定されるものではない。なお、実施例中の「部」は、特に断りのない限り「質量部」を表し、「%」は、特に断りのない限り「質量%」を表す。
【0052】
物性評価を以下の方法に従って行った。
(1)熱安定性
TAインスツルメント社製「SDTQ600」を用いて、窒素流量100ml/分の条件下で30℃から260℃まで昇温速度10℃/分で熱可塑性樹脂組成物を加熱し、260℃で60分間保持した。260℃に達した直後の熱可塑性樹脂組成物の質量に対する260℃で60分間保持した後の熱可塑性樹脂組成物の質量の減少比率(質量%)を測定した。この減少比率(質量%)の値が小さいほど熱安定性に優れていることを示す。
【0053】
(2)溶融成形時の着色性
熱可塑性樹脂組成物を、100mm×100mm×厚さ2mmの両面鏡面を持つ平板の金型を用いて射出成形し、厚さ2mmの試験片を得た。この試験片を日立ハイテクノロジーズ社製の分光光度計「U−4100」を用いて、波長380〜780nmの範囲で透過率を測定した。透過率の測定値からJIS Z−8722記載の方法に従ってXYZ値を導出した。次いでJIS K−7105記載の方法に従って黄色度(YI)を求めた。黄色度(YI)の値が小さいほど、溶融成形時の着色が少ないことを示す。
【0054】
(3)重量平均分子量
ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(昭和電工社製、Shodex(商標)GPCSYSTEM11)に、カラム(昭和電工社製、Shodex(商標)KF−806L)を繋ぎ、示差屈折率検出器(昭和電工社製、Shodex(商標)RI−101)を用いて測定した。テトラヒドロフランを溶媒に用いた。試料溶液は、重合体3mgを精秤し、これを3mlのテトラヒドロフランに溶解し、0.45μmのメンブランフィルターでろ過することによって調製した。測定の際の流量は、1.0ml/分とし、ポリマーラボラトリーズ社製の標準ポリメタクリル酸メチルを用いて作成した検量線に基づいて、ポリメタクリル酸メチル換算分子量として重量平均分子量(Mw)を算出した。
【0055】
(4)主分散ピーク温度(Tα)
損失正接(tanδ)の主分散のピーク温度(Tα)は、レオロジ社製DVE RHEOSPECTOLER DVE−V4に、長さ20mm×幅3mm×厚さ200μmの試験片をセットして、正弦波振動10Hz、昇温速度3℃/分にて測定した。
【0056】
(5)透過電子顕微鏡によるモルフォロジー観察
射出成形で得られた試験片をウルトラミクロトーム(RICA社製ReichertULTRACUT−S)で切断し超薄切片を得た。該超薄切片を四酸化ルテニウムの蒸気で電子染色し、試料を作製した。熱可塑性樹脂組成物中のポリビニルアセタール樹脂の部分が染色された。このようにして作成した試料を日立製作所社製透過電子顕微鏡H−800NAを用いて観察した。観察されたモルフォロジーにおいて非染色部(メタクリル系樹脂(A))が連続相を形成していたものをC、メタクリル系樹脂(A)が不連続であったものをDとして評価した。
【0057】
(6)ゲル分率
熱可塑性樹脂組成物を280℃で1時間熱プレスした。熱プレス後の熱可塑性樹脂組成物から小片を切り出し、該小片をテトラヒドロフランに溶解させた。得られた溶液を0.45μmのメンブランフィルターを用いてろ過した。ろ過後のメンブランフィルターを乾燥させて溶媒のテトラヒドロフランを除去し、質量を測定した。ろ過後のメンブランフィルターの乾燥質量とろ過前のメンブランフィルターの乾燥質量とを比較し、増加した質量をゲル質量と看做した。テトラヒドロフランに溶解させた小片の質量に対するゲル質量の割合を算出し、それをゲル分率とした。
【0058】
〔メタクリル系樹脂〕
バルク重合法によって、メタクリル酸メチル単位97.6質量%およびアクリル酸メチル単位2.4質量%を有するメタクリル系樹脂を得た。当該メタクリル系樹脂の重量平均分子量(Mw)および主分散ピーク温度(TαA)を表1に示す。
【0059】
【表1】

【0060】
〔ポリビニルアセタール樹脂〕
ポリビニルアルコール樹脂の水溶液に、表2に示すアルデヒド化合物ならびに酸触媒(塩酸)を添加し、攪拌することによって、アセタール化反応を行った。該反応の進行に伴って樹脂が析出した。公知の方法に従ってpH6になるまで洗浄し、次いでアルカリ性にした水性媒体中に懸濁させて攪拌した。次いでpH7になるまで洗浄した。その後、揮発分が1.0%になるまで乾燥させることによって、表2に示す物性を有するポリビニルアセタール樹脂(B-1)および(B-2)を得た。
【0061】
【表2】

【0062】
ポリビニルアセタール樹脂の総アセタール化度は、下記の手順にて求めた。
まず、JIS K6728(1977年)に記載の方法に則って、ビニルアルコール単位の質量割合(l0)およびビニルアセテート単位の質量割合(m0)を後記の方法によって求め、さらに、ビニルアセタール単位の質量割合(k0)をk0=1−l0−m0によって求めた。 次に、l=(l0/44.1)/(l0/44.1+m0/86.1+k0/Mw(acetal))およびm=(m0/86.1)/(l0/44.1+m0/86.1+k0/Mw(acetal))を計算によって求め、k=1−l−mの計算式によってビニルアセタール単位の割合(k)を計算し、最後に、総アセタール化度(mol%)={k}/{k+l+m}×100によって求めた。ここで、Mw(acetal)はアセタール化ユニットひとつあたりの分子量である。例えば、ポリビニルアセトアセタール樹脂のとき、Mw(acetal)=Mw(acetoacetal)=115である。ポリビニルブチラール樹脂のとき、Mw(acetal)=Mw(butyral)=142.2である。
また、13C−NMRによって、炭素数4以上のアルデヒドでアセタール化された繰返し単位の全繰返し単位に対するモル%(k(BA))、炭素数3以下のアルデヒドでアセタール化された繰返し単位の全繰返し単位に対するモル%(k(AA))、アセタールユニット1つあたりの平均分子量(Mw(acetal))、ビニルアルコール単位の全繰返し単位に対するモル%(l)、およびビニルアセテート単位の全繰返し単位に対するモル%(m)を算出した。
【0063】
〔l0およびm0の求め方〕
ポリビニルアセタール樹脂約0.4gを共せん付き三角フラスコに正確に量りとり、ピリジン/無水酢酸(体積比92/8)の混合液10mlをピペットで加えて、該樹脂を溶解し、温度50℃の水浴上で120分間加熱した。室温に冷ました後、ジクロロエタン20mlを加えて混ぜ合わせ、さらに水50mlを加え、栓をして激しく振り混ぜた。その後、30分間放置した。フェノールフタレイン指示薬にて微紅色を呈するまでN/2水酸化ナトリウム溶液で生成酢酸を滴定した。このときに要したN/2水酸化ナトリウム溶液の滴定量をa(ml)とした。別にブランク試験を行った。これに要したN/2水酸化ナトリウム溶液の滴定量をb(ml)とした。ビニルアルコール単位の質量割合(l0)を次式で算出した。
0=2.2×(b−a)×Fl/(sl×Pl)
式中の、s1:ポリビニルアセタール樹脂の質量、Pl:純分(%)、Fl:N/2水酸化ナトリウム溶液の力価である。
【0064】
また、ポリビニルアセタール樹脂約0.4gを共せん付き三角フラスコに正確に量りとり、エタノール25mlを加えて、該樹脂を85℃で溶解させた。これに、N/10水酸化ナトリウム溶液5mlをピペットでよく振り混ぜながら加えた。温度85℃の水浴中で60分間還流させた。室温に冷ました後、N/10塩酸5mlをピペットで加えてよく振り混ぜ、30分間放置した。フェノールフタレイン指示薬にて微紅色を呈するまでN/10水酸化ナトリウム溶液で過剰塩酸を滴定した。このときに要したN/2水酸化ナトリウム溶液の滴定量をc(ml)とした。別にブランク試験を行った。これに要したN/10水酸化ナトリウム溶液の滴定量をd(ml)とした。ビニルアセテート単位の質量割合(m0)を次式で算出した。
0=0.86×(c−d)×Fm/(sm×Pm)
式中の、sm:ポリビニルアセタール樹脂の質量、Pm:純分(%)、Fm:N/10水酸化ナトリウム溶液の力価である。
【0065】
以下に示す実施例等で使用した化合物は次のとおりである。
化合物(i):6−[3−(3−メチル−4−ヒドロキシ−5−t−ブチルフェニル)プロポキシ]−2,4,8,10−テトラ−t−ブチルジベンゾ[d,f][1,3,2]ジオキサホスフェピン
この化合物(i)は、式(I)におけるR1、R2およびR4がそれぞれt−ブチル基であり、R3が水素原子であり、R5がメチル基であり、Xが単結合であり、Aがプロピレン基であり、Yがヒドロキシル基であり、Zが水素原子である化合物である。化合物(i)は、亜リン酸エステル構造とヒンダードフェノール構造を同一分子内に有する化合物である。
【0066】
化合物(ii):2,4,8,10−テトラ−t−ブチル−6−[(2−エチルヘキサン−1−イル)オキシ]−12H−ジベンゾ[d,g][1,3,2]ジオキサホスホシン
化合物(ii)は、亜リン酸エステル構造のみを有する化合物である。
【0067】
化合物(iii):3,9−ジオクタデカン−1−イル−2,4,8,10−テトラオキサ−3,9−ジホスファスピロ[5.5]ウンデカン
化合物(iii)は、亜リン酸エステル構造のみを有する化合物である。
【0068】
化合物(iv):ペンタエリトリトール=テトラキス[3−(3’,5’−ジ−tert−ブチル−4’−ヒドロキシフェニル)プロピオナート]
化合物(iv)は一般的なヒンダードフェノール化合物である。
【0069】
化合物(v):ジブチルヒドロキシトルエン
化合物(v)は、ヒンダードフェノール構造のみを有する化合物である。
【0070】
実施例1
メタクリル系樹脂(A-1)75質量部、ポリビニルアセタール樹脂(B-1)25質量部および化合物(i)0.2質量部を、東洋精機社製二軸押出し機LABO PLASTOMILL 2D30W2を用いて、シリンダー温度240℃、スクリュー回転数100rpmで混練し、アクリル系熱可塑性樹脂組成物を得た。得られたアクリル系熱可塑性樹脂組成物の物性評価・モルフォロジー観察を行い、これらの結果を表3に示す。
【0071】
実施例2
化合物(i)の添加量を0.05質量部に変更した以外は実施例1と同じ手法にてアクリル系熱可塑性樹脂組成物を得た。得られたアクリル系熱可塑性樹脂組成物の物性評価・モルフォロジー観察を行った。これらの結果を表3に示す。
【0072】
実施例3
化合物(i)の添加量を0.5質量部に変更した以外は実施例1と同じ手法にてアクリル系熱可塑性樹脂組成物を得た。得られたアクリル系熱可塑性樹脂組成物の物性評価・モルフォロジー観察を行った。これらの結果を表3に示す。
【0073】
実施例4
メタクリル系樹脂(A-1)90質量部、ポリビニルアセタール樹脂(B-1)10質量部および化合物(i)0.2質量部を、東洋精機社製二軸押出し機LABO PLASTOMILL 2D30W2を用いて、シリンダー温度240℃、スクリュー回転数100rpmで混練し、アクリル系熱可塑性樹脂組成物を得た。得られたアクリル系熱可塑性樹脂組成物の物性評価・モルフォロジー観察を行った。これらの結果を表3に示す。
【0074】
実施例5
メタクリル系樹脂(A-1)60質量部、ポリビニルアセタール樹脂(B-1)40質量部および化合物(i)0.2質量部を、東洋精機社製二軸押出し機LABO PLASTOMILL 2D30W2を用いて、シリンダー温度240℃、スクリュー回転数100rpmで混練し、アクリル系熱可塑性樹脂組成物を得た。得られたアクリル系熱可塑性樹脂組成物の物性評価・モルフォロジー観察を行った。これらの結果を表3に示す。
【0075】
実施例6
化合物(i)の添加量を0.1質量部に変更した以外は実施例1と同じ手法にてアクリル系熱可塑性樹脂組成物を得た。得られたアクリル系熱可塑性樹脂組成物の物性評価・モルフォロジー観察を行った。これらの結果を表3に示す。
【0076】
比較例1
化合物(i)を用いなかった以外は実施例1と同じ手法にて熱可塑性樹脂組成物を得た。得られた熱可塑性樹脂組成物の物性評価・モルフォロジー観察を行った。これらの結果を表3に示す。
【0077】
【表3】

【0078】
比較例2〜4
ポリビニルアセタール樹脂(B-1)をポリビニルアセタール樹脂(B-2)に変更した以外は、実施例1〜3と同じ手法にて熱可塑性樹脂組成物を得た。得られた熱可塑性樹脂組成物の物性評価・モルフォロジー観察を行った。これらの結果を表4に示す。
【0079】
比較例5
化合物(i)を化合物(ii)に変えた以外は実施例1と同じ手法に従って熱可塑性樹脂組成物を得た。得られた熱可塑性樹脂組成物の物性評価・モルフォロジー観察を行った。これらの結果を表4に示した。
【0080】
比較例6
化合物(i)を化合物(iii)に変えた以外は実施例1と同じ手法に従って熱可塑性樹脂組成物を得た。得られた熱可塑性樹脂組成物の物性評価・モルフォロジー観察を行った。これらの結果を表4に示した。
【0081】
比較例7
化合物(i)を化合物(iv)に変えた以外は実施例1と同じ手法に従って熱可塑性樹脂組成物を得た。得られた熱可塑性樹脂組成物の物性評価・モルフォロジー観察を行った。これらの結果を表4に示した。
【0082】
比較例8
化合物(i)0.2質量部を、化合物(ii)0.1質量部および化合物(v)0.1質量部に変えた以外は実施例1と同じ手法に従って熱可塑性樹脂組成物を得た。得られた熱可塑性樹脂組成物の物性評価・モルフォロジー観察を行った。これらの結果を表4に示した。
【0083】
【表4】

【0084】
以上の結果から、本発明のアクリル系熱可塑性樹脂組成物は、溶融成形時の安定性に優れており、該熱可塑性樹脂組成物から得られる成形体の色相が良好であることがわかる。これに対し成分(B)がポリビニルブチラールである比較例2〜4の熱可塑性樹脂組成物は、成分(A)と成分(B)とが完全相溶ではなく相溶していない成分が残っているため、化合物(i)の効果が十分に発揮されずにゲル分率が高くなっている。
また、亜リン酸エステル構造とヒンダードフェノール構造を同一分子内に有する化合物(i)に代表されるような、式(I)で示される亜リン酸エステル化合物を配合した樹脂組成物は、亜リン酸エステル構造のみを有する化合物(ii)を配合した樹脂組成物、亜リン酸エステル構造のみを有する化合物(iii)を配合した樹脂組成物、ヒンダードフェノール構造のみを有する化合物(iv)を配合した樹脂組成物、あるいは、亜リン酸エステル構造のみを有する化合物(ii)とヒンダードフェノール構造のみを有する化合物(v)とを併用した場合のいずれと比較しても溶融成形時の安定性に優れ、溶融成形時に着色しにくいことがわかる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
メタクリル系樹脂(A)、ポリビニルアセタール樹脂(B)、および式(I)で表される亜リン酸エステル化合物を含有するアクリル系熱可塑性樹脂組成物であって、
少なくともメタクリル系樹脂(A)は、当該樹脂組成物中にて連続相を形成しており、
ポリビニルアセタール樹脂(B)は、ポリビニルアルコール樹脂を炭素数3以下のアルデヒドによってアセタール化して成るものであり、
しかも、正弦波振動10Hz、昇温速度3℃/分の条件下での動的粘弾性測定において、当該樹脂組成物におけるメタクリル系樹脂(A)に起因する主分散ピーク温度TαAPが、メタクリル系樹脂(A)単独での主分散ピーク温度(TαA)とポリビニルアセタール樹脂(B)単独での主分散ピーク温度(TαB)との間の値を示す、アクリル系熱可塑性樹脂組成物。

{式(I)中、R1、R2、R4およびR5はそれぞれ独立して水素原子、炭素数1〜8のアルキル基、炭素数5〜8のシクロアルキル基、炭素数6〜12のアルキルシクロアルキル基、炭素数7〜12のアラルキル基またはフェニル基を示し、R3は水素原子または炭素数1〜8のアルキル基を示し、Xは単結合、硫黄原子または式(II)で表される2価の基(式(II)中、R6は水素原子、炭素数1〜8のアルキル基または炭素数5〜8のシクロアルキル基を示す。)を示し、Aは炭素数2〜8のアルキレン基または式(III)で表される2価の基(式(III)中、R7は単結合または炭素数1〜8のアルキレン基を示し、+は酸素原子に結合していることを示す。)を示し、YおよびZは、いずれか一方がヒドロキシル基、炭素数1〜8のアルコキシ基または炭素数7〜12のアラルキルオキシ基を示し、もう一方が水素原子または炭素数1〜8のアルキル基を示す。}






【請求項2】
メタクリル系樹脂(A)とポリビニルアセタール樹脂(B)との質量比(A)/(B)が99/1〜51/49である請求項1に記載のアクリル系熱可塑性樹脂組成物。

【公開番号】特開2012−158723(P2012−158723A)
【公開日】平成24年8月23日(2012.8.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−21125(P2011−21125)
【出願日】平成23年2月2日(2011.2.2)
【出願人】(000001085)株式会社クラレ (1,607)
【Fターム(参考)】