説明

アクロレインの合成方法及び装置

【課題】本発明は、アルカリ触媒を用いた動植物油脂廃棄物からのバイオディーゼル燃料の製造過程で副生するグリセリンから、超臨界水を用いた処理によりアクロレインを製造する、工業的に利用可能な方法を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明は、副生グリセリン中の水素イオン濃度を測定する測定工程と、前記測定の結果から導かれる、前記グリセリンを酸性とするための量の酸を前記グリセリンに添加する酸添加工程と、酸添加後のグリセリンに超臨界水を作用させ、グリセリンからアクロレインを製造する超臨界水処理工程とを含むことを特徴とする、アクロレインの製造方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、油脂廃棄物から脂肪酸メチルエステル(バイオディーゼル燃料)を製造する際に副生するグリセリンからアクロレインを合成する方法及び装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、ディーゼルエンジンの燃料として、カーボンニュートラルであるバイオディーゼル燃料が注目を集めている。バイオディーゼルは、植物油や動物油、またはその廃油などの原料に含まれるトリグリセリドと一価アルコールをエステル交換反応させた後、副生物のグリセリンを除去して得る方法が公知である(式1)。式1の反応により、粘度の低い一価アルコールと脂肪酸のエステルとすることで、燃料として用いることが可能となる。
【0003】
バイオディーゼル製造において、副生されたグリセリンには、触媒や未変換の脂肪酸などが混入している為、有効な用途がないとされており、廃棄するのが現状である。このため、副生グリセリンの有効利用が近年の課題となっている。
【0004】
【化1】

【0005】
グリセリンの用途としては、ニトログリセリン、医薬品、化粧品、甘味料などの原料が一般的であるが、どれも高純度が求められる上に大量需要がない。このため、バイオディーゼル製造における副生グリセリンから精製して得られるグリセリンは、精製コストと精製量に見合った販売先が確保出来ないのが現状である。
【0006】
特許文献1に記載されるバイオディーゼル製造に関する方法では、副生物であるグリセリンについて、蒸留などを行うことで精製することに言及している。しかしこの特許文献1記載の方法では、グリセリンを精製するための工程を行うことで、余計なコストがかかる為、経済性の成立が難しい。更に、記載された手法ではグリセリンの純度が必ずしも高く出来ないため、商用に適さない可能性が高い。
【0007】
特許文献2では、アルカリ触媒を用いずに、臨界温度付近の高温メタノールを用いてバイオディーゼルとグリセリンを生成する方法が記載されている。この方法ではアルカリや中和剤といった不純物が不要であるため、バイオディーゼルおよびグリセリンの精製を容易である。しかしこの製造方法はアルカリ触媒法と比較するとエネルギーが多量に必要となり、安価な材料を製造するために多量のコストがかかるという問題がある。
【0008】
特許文献1および2に記載された製造方法以外にも、酵素法や超臨界法などにより純度の高いグリセリンを得る方法が知られているが、いずれの製造方法でもコスト高となり、経済性の成立が難しいため、工業的利用が困難となっている。
【0009】
一方、化学品としてのグリセリンの用途としては、アクリル酸や1,3−プロパンジオールなどの原料として用いられるアクロレインの製造原料としての用途が挙げられる。
【0010】
非特許文献1では、グリセリンに硫酸を添加し、超臨界水で処理することにより、アクロレインを製造する方法が記載されている。この方法では超臨界水のプロトンが高い触媒作用を有することによりグリセリンからアクロレインが70%以上の収率で得られる。
【0011】
【化2】

【0012】
非特許文献1の技術では、超臨界反応に供される反応混合物中のグリセリン濃度が1.0%前後と低い条件のみを検討している。しかしながら、工業化のためには、超臨界水を得る際に投入するエネルギーを効率よく利用する観点から、高濃度グリセリンを原料とする必要がある。
【0013】
非特許文献2では、酸と超臨界水を用いた処理によりグリセリンからアクロレインを合成する方法において、グリセリンの高濃度条件下においてもアクロレイン合成の原料収率を高く維持するためには、高濃度化に対応した適切な反応時間と、触媒助剤(酸)濃度が必要であることが記載されている。非特許文献2によれば、超臨界反応に供される反応混合物中のグリセリン濃度([G]R)と、水素イオン濃度([H+]R)とは、 [H+]R2/[G]R=15〜25mM2/wt%の関係を満たすことが望ましく、特に18〜22mM2/wt%の関係を満たすことが望ましい。グリセリン濃度と水素イオン濃度との関係がこの範囲から逸脱する場合、すなわち酸濃度が低すぎても高すぎても、タールやカーボン等の副生物が多く生成し、原料収率が低下する。更にこれらの副生物は反応器や配管を閉塞するリスクを生じさせ、プラントの安定運転を妨げる恐れがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】特許第3934630号公報
【特許文献2】特許第4052748号公報
【非特許文献】
【0015】
【非特許文献1】M.Watanabe,et al., Bioresource Technology 98 (2007)1285-1290
【非特許文献2】近藤他,化学工学会第74年会公演予稿集J108(2009)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
バイオディーゼル燃料を製造するためのトリグリセリド原料としては、食品産業や一般家庭から排出される動植物油脂の廃棄物を用いることが好ましい。しかしながら、動植物油脂の廃棄物には、調理の際に生じる水等の不純物が含まれ、その含有量は一定しない。このため、動植物油脂の廃棄物をトリグリセリド原料とするバイオディーゼル製造において副生したグリセリンには、一定しない量の水等が含まれていることとなる。
【0017】
非特許文献2について上述したとおり、超臨界水と酸とを用いた処理によるグリセリンからアクロレインへの変換反応において、タールやカーボン等の副生を抑制するためには、グリセリン濃度及び水素イオン濃度の精密な制御が必要となる。このため、当該変換反応を、動植物油脂の廃棄物に由来するグリセリンからのアクロレイン製造に適用することは困難である。
【0018】
また、バイオディーゼル燃料の製造における触媒としてアルカリ触媒を使用する場合、副生グリセリン中にアルカリ触媒が混入する。このため、副生グリセリンに酸を添加するとアルカリ触媒の塩が形成されるという問題がある。グリセリン中の塩を除去することは困難である。
【0019】
そこで本発明は、アルカリ触媒を用いた動植物油脂廃棄物からのバイオディーゼル燃料の製造過程で副生するグリセリンから、超臨界水を用いた処理によりアクロレインを製造する、工業的に利用可能な方法を提供することを解決すべき課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0020】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討を行った結果、バイオディーゼル抽出工程で副生したグリセリン中の水素イオン濃度を測定し、適度な酸濃度となるように酸を添加、混和した後に超臨界水と反応させグリセリンのアクロレインへの脱水反応を行うことで、グリセリンとしての純度を上げるための特別な措置を用いることなく、アクロレインを合成できる方法を見出した。
【0021】
すなわち、本発明は以下の発明を包含する。
(1)脂肪酸とグリセリンとのエステルを主成分とする油脂の廃棄物と一価アルコールとをアルカリ触媒存在下においてエステル交換させることで得られる、一価アルコールと脂肪酸とのエステルおよびグリセリンを含む混合物から分離されたグリセリンに超臨界水を作用させてアクロレインを製造する方法であって、
グリセリン中の水素イオン濃度を測定する測定工程と、
前記測定の結果から導かれる、前記グリセリンを酸性とするための量の酸を前記グリセリンに添加する酸添加工程と、
酸添加後のグリセリンに超臨界水を作用させ、グリセリンからアクロレインを製造する超臨界水処理工程と
を含むことを特徴とする、アクロレインの製造方法。
【0022】
(2)アルカリ触媒が、アルカリ金属またはアルカリ土類金属の酸化物または水酸化物である、(1)の方法。
【0023】
(3)酸添加工程におけるグリセリンが中和された時点以降または該工程終了後であって、超臨界水処理工程よりも前に、アルカリ触媒と酸とで形成される塩の沈殿物をグリセリン中に析出させ、分離除去する沈殿物除去工程を更に含む、(1)または(2)の方法。
【0024】
(4)沈殿物除去工程に供されるグリセリンの水分量が、該グリセリン中の前記塩の全量が水和することのできる水の化学量論量より少ないことを特徴とする、(3)の方法。
【0025】
(5)沈殿物除去工程に供されるグリセリン中の水分量を(4)に規定される量とするために、グリセリンを冷却する、および/または水分を除去する水分調節工程を更に含む、(4)の方法。
【0026】
(6)超臨界水処理工程に用いられる水が、酸添加工程後のグリセリン、または沈殿物除去工程を行う場合は沈殿物除去工程のグリセリンに、水の臨界圧力未満の圧力条件の水として添加される工程と、水の臨界圧力以上の圧力条件の水として添加される工程とを含む、(1)〜(5)のいずれかに記載の方法。
【0027】
(7)脂肪酸とグリセリンとのエステルを主成分とする油脂の廃棄物と一価アルコールとをアルカリ触媒存在下においてエステル交換させることで得られる、一価アルコールと脂肪酸とのエステルおよびグリセリンを含む混合物から分離されたグリセリンに高温高圧水を作用させてアクロレインを製造する方法であって、
グリセリン中の水素イオン濃度を測定する測定工程と、
前記測定の結果から導かれる、前記グリセリンを酸性とするための量の酸を前記グリセリンに添加する酸添加工程と、
酸添加後のグリセリンに水を加え、得られた混合物を高温高圧条件で処理する、グリセリンからアクロレインを製造する高温高圧処理工程と
を含むことを特徴とする、アクロレインの製造方法。
【0028】
(8)高温高圧処理工程が、酸添加後のグリセリンと水との混合物を、該混合物中の水が374℃以上の温度、22.06MPa以上の圧力となる条件により処理する工程である、(7)の方法。
【0029】
(9)アルカリ触媒が、アルカリ金属またはアルカリ土類金属の酸化物または水酸化物であることを特徴とする、(7)または(8)の方法。
【0030】
(10)酸添加工程におけるグリセリンが中和された時点以降または該工程終了後であって、高温高圧処理工程よりも前に、アルカリ触媒と酸とで形成される塩の沈殿物をグリセリン中に析出させ、分離除去する沈殿物除去工程を更に含む、(7)〜(9)のいずれかの方法。
【0031】
(11)沈殿物除去工程に供されるグリセリンの水分量が、該グリセリン中の前記塩の全量が水和することのできる水の化学量論量より少ないことを特徴とする、(10)の方法。
【0032】
(12)沈殿物除去工程に供されるグリセリン中の水分量を(11)に規定される量とするために、グリセリンを冷却する、および/または水分を除去する水分調節工程を更に含む、(11)の方法。
【0033】
(13)高温高圧処理工程に用いられる水が、酸添加工程後のグリセリン、または沈殿物除去工程を行う場合は沈殿物除去工程のグリセリンに、水の臨界圧力未満の圧力条件の水として添加される工程と、水の臨界圧力以上の圧力条件の水として添加される工程とを含む、(7)〜(12)のいずれかに記載の方法。
【0034】
(14)グリセリンに超臨界水を作用させてアクロレインを製造するための装置であって、
原料グリセリンの水素イオン濃度を測定する手段と、
原料グリセリンを供給する手段と、酸を供給する手段と、攪拌手段とを備えた、原料グリセリンに酸を添加するための酸添加槽と、
酸添加槽の下流側に位置し、酸添加槽から供給されるグリセリンに超臨界水を作用させる超臨界水処理手段と
を備えることを特徴とする装置。
【0035】
(15)酸添加槽の下流側であって超臨界水処理手段の上流側の位置に配置される、酸添加槽から供給されるグリセリン中の沈殿物を分離除去し、沈殿物除去後のグリセリンを超臨界水処理手段に供給する沈殿物除去手段を更に備える、(14)の装置。
【0036】
(16)沈殿物除去手段の下流側であって超臨界水処理手段の上流側の位置に配置される、沈殿物除去後のグリセリンを沈殿物除去手段から供給する手段と、水を供給する手段と、攪拌手段とを備えた、沈殿物除去後のグリセリンに水を添加するための水添加槽を更に備え、水添加槽において水が添加されたグリセリンが超臨界水処理手段に供給される、(15)の装置。
【0037】
(17)グリセリンに高温高圧水を作用させてアクロレインを製造するための装置であって、
原料グリセリンの水素イオン濃度を測定する手段と、
原料グリセリンを供給する手段と、酸を供給する手段と、攪拌手段とを備えた、原料グリセリンに酸を添加するための酸添加槽と、
酸添加槽の下流側に位置し、酸添加槽から供給されるグリセリンに高温高圧水を作用させる高温高圧水処理手段と
を備えることを特徴とする装置。
【0038】
(18)酸添加槽の下流側であって高温高圧水処理手段の上流側の位置に配置される、酸添加槽から供給されるグリセリン中の沈殿物を分離除去し、沈殿物除去後のグリセリンを高温高圧水処理手段に供給する沈殿物除去手段を更に備える、(17)の装置。
【0039】
(19)沈殿物除去手段の下流側であって高温高圧水処理手段の上流側の位置に配置される、沈殿物除去後のグリセリンを沈殿物除去手段から供給する手段と、水を供給する手段と、攪拌手段とを備えた、沈殿物除去後のグリセリンに水を添加するための水添加槽を更に備え、水添加槽において水が添加されたグリセリンが高温高圧水処理手段に供給される、(18)の装置。
【0040】
本発明の方法及び装置により得られた粗アクロレインは沸点が低く、精製が容易である。精製後、アクリル酸、1,3−プロパンジオール、メチオニン等の、アクロレイン誘導体の原料として用いることが出来る。
【0041】
アクリル酸はアクロレインを空気酸化することで容易に得られる。1,3-プロパンジオールはアクロレインを水和することで得られる3-ヒドロキシプロピオンアルデヒドを、Pt,Ni等の触媒存在下で水素添加することで得られる。メチオニンはアクロレインにメチルメルカプタンをマイケル付加させ3−メチルメルカプトプロピオンアルデヒドを生成した後にシアン化水素、アンモニアおよび二酸化炭素を用いて反応、加水分解することで得られる。
【発明の効果】
【0042】
本発明により、動植物油脂廃棄物からアルカリ触媒を用いてバイオディーゼル燃料を製造する際に副生する純度の低いグリセリンから、多くの工業的用途を有するアクロレインを効率的に製造することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】本発明の超臨界工程で必要な酸の量を算出するためのモデルである。
【図2】本発明の全体工程を実施するための装置の一実施形態を示す図である。
【図3】本発明の全体工程を実施するための装置の他の実施形態を示す図である。
【図4】実施例1と実施例3で、アクロレイン収率の比較を行ったグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0044】
1.原料
本発明のアクロレイン製造方法は、脂肪酸とグリセリンとのエステルを主成分とする油脂の廃棄物と一価アルコールとをアルカリ触媒存在下においてエステル交換させることで得られる、一価アルコールと脂肪酸とのエステルおよびグリセリンを含む混合物から分離されたグリセリンを出発原料とする。
【0045】
当該グリセリン中には、油脂廃棄物に由来する水、エステル交換反応により生じる水、アルカリ触媒、およびその他の不純物が含有され、その含有量は一定しない。
【0046】
グリセリンを得るまでの工程(バイオディーゼル製造工程)は、本発明の方法と同時に行うことが好ましいが、別途バイオディーゼル製造工程を実施し副生されたグリセリンを本発明の出発原料として用いてもよい。
【0047】
油脂とは、高級脂肪酸とグリセリンのエステル化合物であり、主にトリグリセリドから構成される。高級脂肪酸としては、例えばラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、オレイン酸、リノール酸、リノレン酸が挙げられる。
【0048】
油脂は、植物性油脂または動物性油脂のどちらか1種類または両方の混合物である。ここで動物油脂としては牛油、豚油、鯨油、魚油などが挙げられ、植物油脂としては、大豆油、菜種油、胡麻油、オリーブ油、とうもろこし油、ヤシ油、落花生油などが挙げられる。
【0049】
本発明の特徴の一つは、油脂の廃棄物からのバイオディーゼル製造で副生されたグリセリンを出発原料とすることにある。油脂の廃棄物とは、飲食業、食品製造加工業などの食品産業や、一般家庭において、調理等の目的で使用され排出される油脂の廃棄物を指す。使用過程により、油脂の廃棄物は一般に水、脂質ヒドロペルオキシド、遊離脂肪酸、揚げ粕などの固形夾雑物、微量金属物、タンパク質等の不純物を含有する可能性がある。
【0050】
油脂廃棄物とのエステル交換反応に用いられる一価アルコールとしては例えば、メタノール、エタノール、1-プロパノール、2-プロパノール、1-ブタノール、2-ブタノールなどが挙げられるが、メタノールが好適である。
【0051】
本発明において、アルカリ触媒とは、その水溶液がアルカリ性のpH値(pH 7.0超)を呈する物質からなる触媒であれば特に限定されないが、例えば、酸化ナトリウム、酸化カリウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムなどのアルカリ金属の水酸化物または酸化物や、酸化カルシウムなどのアルカリ土類金属の酸化物または水酸化物が挙げられる。入手性、反応性および中和工程後のろ過工程を考慮すると、水酸化カリウムまたは水酸化ナトリウムが好ましい。アルカリ触媒は、ゼオライト等の適当な担体に担持させた形態で使用することもできる。
【0052】
上述の通り、本発明の方法の一実施形態では、油脂の廃棄物とアルカリ触媒と一価アルコールを混合し、油脂を一価アルコールとエステル交換する、エステル交換工程を含むことができる。混合とエステル交換工程は同時に行ってもよいし、交互に行ってもよいが、好ましくは同時に行う。混合手段としてはラインミキサーやスタティックミキサーのような配管内で混合する手段もあるが、混合時間の調整が困難なので、原料とアルカリ触媒と一価アルコールを攪拌槽に連続または回分で投入し、撹拌手段により攪拌するのが好ましい。ここでいう攪拌手段とは、例えば、円形、長円形、3角形、4角形及び多葉形などの攪拌翼が回転軸上に1枚または2枚以上設置されたものが挙げられる。攪拌手段は、一軸のものでも、二軸以上のものでもよいが、本発明においては一軸の攪拌手段が好ましい。本工程により、一価アルコールと脂肪酸とのエステル化合物およびグリセリンを含む混合物が形成される。エステル化合物とグリセリンとはグリセリン分離工程により分離される。グリセリン分離工程は、デカンタなどの静置分離、遠心分離などの強制分離のいずれの方法で行っても良いが、処理量が大量になる場合は、コストの面から強制分離が好ましい。グリセリン分離工程によって、バイオディーゼル(エステル化合物を主成分とする)は軽質相に、グリセリンは重質相に分離される。バイオディーゼルは蒸留などの精製処理を加えて、製品バイオディーゼルとする。こうして分離されたグリセリンは本発明のアクロレイン製造方法の出発原料として用いられる。
【0053】
2.測定工程
本発明における測定工程は、出発原料の上記グリセリン(水、アルカリ触媒、その他の不純物を含有する)中の水素イオン濃度を測定する工程である。
【0054】
測定工程を実施する理由は次の通りである。
非特許文献2に記載のように、本発明者らは、超臨界反応に供される反応混合物(すなわち、超臨界反応開始時の反応混合物)中の(常温常圧条件(典型的には25℃・1気圧条件を指す。以下同じ)における)グリセリン濃度([G]R)と、水素イオン濃度([H+]R)とは、 [H+]R2/[G]R=15〜25mM2/wt%の関係を満たすことが望ましく、特に18〜22mM2/wt%の関係を満たすことが望ましいことを見出している。また、超臨界反応に供される反応混合物の水素イオン濃度([H+]R)(常温常圧条件における)は0.1〜500mMが好ましく、特にグリセリン濃度が1.5〜15wt%の際には5〜18mMがより好ましいことが非特許文献2に記載されている。水素イオン濃度が500mMより高い場合、反応が早くなりすぎて制御できなくなり、副次反応に伴うタール、カーボン等の副生成物量が増大するので、製造装置の設計が困難となる。0.1mMよりも低い場合は逆に反応性が低下し、反応時間増大に伴う運転コスト増大を招く。超臨界反応に供される反応混合物の水素イオン濃度は、1〜100mMが特に好ましい。更に、超臨界反応に供される反応混合物のグリセリン濃度([G]R)は15〜30 wt%が好ましいことが知られている。これはグリセリン濃度が15 wt%未満であればエネルギー効率が低下して運転コストが増大するので製品価値の観点から見合わないから、30wt%よりも高い場合はグリセリンに作用する配位水が確保できなくなるため副次反応の影響が多くなり原料収率が低下するからである。このように、超臨界反応条件には種々の要請が存在する。
【0055】
そこで本発明では、出発原料のグリセリン中の水素イオン濃度を測定し、測定結果に基づいて、上記要請を満足するために下記酸添加工程において添加されるべき酸の量と、超臨界反応の反応混合物中に含まれるべき水の量を導く。
【0056】
水素イオン濃度の測定方法としてはキンヒドロン電極、アンチモン電極、ガラス電極、水素電極などを用いて、電位差によってpH値を測定するpH計を用いた方法が挙げられ、精度の面からガラス電極を用いてpH値を測定する方法が好ましい。pH計を用いる方法以外にも、指示薬を用いた比色法による滴定により水素イオン濃度を測定してもよい。滴定を行う場合に用いる指示薬としては、グリセリンがアルカリ性であればコンゴーレッド、メチルオレンジ、ブロムクレゾールグリーン、メチルレッド、ブロムクレゾールパープル等が好適に用いられる。
【0057】
原料グリセリンを少量サンプリングし、水で希釈し、希釈溶液の水素イオン濃度を測定して、希釈液の水素イオン濃度に基づき原料グリセリンの水素イオン濃度を算出することもできる。
【0058】
3.酸添加工程
酸添加工程は、上記測定工程の結果に基づき導かれた、原料グリセリンを酸性とするための量の酸を原料グリセリンに添加する工程である。本発明において「酸性」とは常温常圧におけるpH値が7.0未満の条件を指す。酸性領域のなかでもどの程度の水素イオン濃度が必要であるかは、最終的に超臨界反応に供される混合物中の水素イオン濃度が上記「2.測定工程」において詳述した条件を満たすように適宜決定することができる。原料グリセリンに酸を添加する手段は、エステル交換工程に関して上記したものと同様の手段が採用できる。攪拌槽に原料グリセリンおよび酸を連続または回分で投入し、上記撹拌手段により攪拌するのが好ましい。
【0059】
添加される酸は、アルカリ触媒を中和するとともに、超臨界反応における触媒として作用する。酸としては、有機酸あるいは無機酸のどちらも選択可能である。有機酸としてはメタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸、アルキルスルホン酸などが挙げられ、無機酸としては硫酸、リン酸、酢酸、硝酸などが挙げられるが、脱水作用や触媒作用の強い硫酸が好ましい。
【0060】
4.沈殿物除去工程
酸添加工程においてグリセリンが中和された時点で、アルカリ触媒と酸とから塩が形成される。塩の種類はアルカリ触媒と酸との組み合わせにより決まるが、典型的には、硫酸ナトリウム、硫酸カリウム、硫酸カルシウム、塩化カルシウムなどが挙げられる。
【0061】
これらの塩は通常水に対して大きな溶解度を有するが、超臨界水に対しては誘電率の低下に伴い溶解度が低下する。このため超臨界水中において析出現象で配管閉塞等のリスクが考えられる。
【0062】
そこで本発明では、酸添加工程におけるグリセリンが中和された時点以降または該工程終了後であって、超臨界水処理工程の前に、上記塩を水和物塩または無水物塩の形態で析出させ、ろ過、遠心分離等の通常の分離手段により塩を除去することで、上記リスクを回避することが好ましい。沈殿物を除去することにより、超臨界水処理工程の運転効率を向上させることができる。酸添加工程の途中の、グリセリンが中和された時点以降に沈殿物の分離除去を実施し、次いで、沈殿物が除去されたグリセリンに更に酸を添加して酸添加工程を終了させてもよいし、酸添加工程終了後に沈殿物の分離除去を行ってもよい。
【0063】
本発明者らは、グリセリンの水分量が該グリセリン中の塩の全量が水和することのできる水の化学量論量より少ない場合に、水和物塩または無水物塩がグリセリン中で析出させることが可能となることを見出した。この点について具体的に説明する。例えば塩が硫酸ナトリウム、硫酸カリウム、硫酸カルシウム、塩化カルシウムの場合、それぞれ32.4℃、9.7℃、42℃、37.1℃以下の温度にて、十水和物、一水和物、二水和物、六水和物になることが知られている。すなわち、硫酸ナトリウム、硫酸カリウム、硫酸カルシウム、塩化カルシウムの各1モル当たり、それぞれ10モル、1モル、2モル、6モルの水の量が「塩の全量が水和することのできる水の化学量論量」に相当する。このことは硫酸ナトリウム、硫酸カリウム、硫酸カルシウム、塩化カルシウムの場合において、投入するアルカリ金属またはアルカリ土類金属の水酸化物重量に対して、それぞれ2.25倍、0.16倍、0.49倍、1.46倍の重量の水分が結晶水として塩に取り込まれることを意味する。従って、原料グリセリンや添加する酸に含まれる水分量がこれらの量よりも小さければ、各塩の水和物はグリセリン/酸の混合溶液中に理論上、全量固体として析出するので、これをろ過、遠心分離などの分離手段により分離除去すれば、残存触媒のアルカリ金属やアルカリ土類金属を高効率で除去することが可能となる。
【0064】
グリセリン中の水分量が、該グリセリン中の塩の全量が水和することのできる水の化学量論量よりも少ないことは、沈殿物が析出しており、なお且つ沈殿物に無水物塩が含まれていることにより確認することができる。無水物塩の有無はX線回折パターン等の通常の手段により判別可能である。
【0065】
通常は、特別に水分調節処理を行わなくとも、酸が水溶液の形態で投入される場合の水溶液の酸濃度を高める等の方法により、酸添加後のグリセリンが上記の水分量を有するようにすることが可能である。本発明の他の実施形態では、酸添加後のグリセリンの水分量を上記の化学量論量よりも少なくすることを目的として、グリセリンを冷却する、および/または水分を除去する水分調節工程を行う。グリセリンを冷却することにより、上記のように結晶の相転移が生じ、水和物が形成されるため、グリセリン中の水は水和物塩に取り込まれて析出し、過剰な塩は無水物塩として析出することとなる。水分を除去する方法としては、ゼオライトや吸湿樹脂による水分吸着、分離膜による分離、蒸留などが挙げられる。除去後、カールフィッシャー水分計などによりグリセリン中の水分濃度を計測する事も可能である。
【0066】
析出した塩の沈殿物はろ過、遠心分離等の通常の手段により除去することができる。ろ過に用いるフィルタの種類としては、例えばセラミックス、活性炭などの多孔質構造のもの、金属によるメッシュ構造のもの、繊維によるファイバー構造のものなどがあり、沈殿物の粒子径に応じて適宜選定する。
【0067】
5.超臨界水処理工程
超臨界水処理工程は、上記の酸添加工程により酸添加されたグリセリン、好ましくは更に沈殿物が除去されたグリセリンに超臨界水を作用させ、アクロレインを生成する工程である。
【0068】
なお、酸添加工程により酸添加されたグリセリン、好ましくは更に沈殿物が除去されたグリセリンに超臨界水を作用させる前に、もう一度グリセリン中のpH値を確認することが好ましい。
【0069】
本発明において超臨界水とは、温度が水の臨界温度(Tc)以上でかつ圧力が水の臨界圧力(Pc)以上の状態の水をいう。このため超臨界水処理工程では、グリセリンと水との混合物を、該混合物中の水が374℃以上の温度、22.06MPa以上の圧力となることができる高温高圧条件にて処理する。水の温度条件(すなわち反応温度条件)としては380℃〜550℃の範囲が好ましく、400〜500℃の範囲がより好ましい。温度が380℃未満であると副反応が進行しやすいという問題がある。温度が550℃よりも高い場合、工業的な利用に適さないという問題がある。水の圧力条件(すなわち反応圧力条件)としては25〜50MPaの範囲が好ましく、30〜45MPaの範囲がより好ましい。圧力条件が25MPa未満であるとき、反応混合物中のプロトン濃度が低下し、反応が進行しにくいという問題がある。圧力が50MPaよりも高い場合、高圧化することのメリットが少ない一方、副生成物の除去等を行う際のフィルター機器等の構造強度確保のためのコスト増大が発生するため、工業的な利用に適さないという問題がある。
【0070】
超臨界水処理工程の反応時間と酸濃度(水素イオン濃度)は、上記「2.測定工程」において述べた通り、原料となるグリセリン濃度に応じた最適解が存在する。最適酸濃度はグリセリン濃度の2分の1乗に比例する。また、最適反応時間はグリセリン濃度と反比例の関係にある。従って反応時間は0.1〜100秒が好ましく、またより好ましくは0.5〜10秒である。
【0071】
超臨界水処理工程で用いる反応器の種類としては、管型や槽型などがあるが、反応時間の短さを考慮すると管型が好ましい。超臨界水と混合されたグリセリンは管中を通過する際にヒーターや熱媒などの外部からの加熱手段によって反応温度まで加熱され、アクロレインへの脱水反応が起こる。
【0072】
6.水添加工程
超臨界反応の開始時の反応混合物中の水分濃度は、上記「2.測定工程」に記載された種々の要請を満たすように決定される。後述する図3におけるように、酸添加工程後(好ましくは沈殿物除去工程後)のグリセリンと混合される、水の臨界条件に近い温度圧力の水(配管25からの水)(以下「超臨界水」と呼ぶ)の流量を制御することにより、反応混合物の水分濃度を制御することが可能である。しかしながら、図2に示すように、超臨界水(配管25からの水)を合流させる流路以外に、酸添加工程後(好ましくは沈殿物除去工程後)のグリセリンに水を添加する手段(図2の符号50〜53)を、沈殿物除去手段の下流側であって超臨界水処理手段の上流側の位置に配置すれば、超臨界水(配管25からの水)の流量を固定したままで水添加量の微調整が可能となり、工業的に適した方法が提供される。
【0073】
そして、超臨界水の質量流量をM scとした場合、測定工程で測定された原料グリセリンのpH値に基づき、微調整のための水(水溶液として投入される酸に由来する水も包含する)の質量流量MWと酸の添加量 MH とを算出することができることを本発明者らは見出した。
【0074】
測定したpHから、グリセリンに添加すべき酸の濃度を算出する方法のモデルを図1に示す。
【0075】
図1は、pHを測定した原料グリセリンに酸と水を添加し、超臨界水と反応させるモデルである。Tは流体の温度、[H+]は水素イオン濃度、[G]はグリセリン濃度、ρは密度、Mは質量流量、Cpは比熱を表している。また、記号右下の添え字(sc,H,w,G,R)は各々のラインを表している。
【0076】
本発明の超臨界反応では実用上、
【数1】

と近似することができる。
【0077】
(1) グリセリンのマスバランス、(2) [H+]のマスバランス、(3) エンタルピーバランスを考えると、
【数2】

【0078】
【数3】

【0079】
【数4】

【0080】
【数5】

が成立する。数5の式を数2の式に代入して
【0081】
【数6】

が成立し、数2の式、数6の式を数3の式に代入すると、
【0082】
【数7】

が成立し、数6の式、数7の式を数5の式に代入すると、
【0083】
【数8】

が成立する。以上より、グリセリンのpH測定値から、必要な酸と水の添加量MH、Mwを決定することが出来る。
【0084】
すなわち、本発明は、超臨界水処理工程に用いられる水を、酸添加工程後のグリセリン、または沈殿物除去工程を行う場合は沈殿物除去工程のグリセリンに、水の臨界圧力未満の圧力条件の水として添加される工程と、水の臨界圧力以上の圧力条件の水として添加される工程とを含む。ここで「水の臨界圧力未満の圧力条件の水」は、通常、高圧ポンプ等を用いずに添加され、通常は0.1MPa〜3.0MPaの圧力、5℃〜40℃の温度で添加される。「水の臨界圧力以上の圧力条件の水」は、通常、高圧ポンプ等により加圧されて添加され、添加時の圧力は30MPa〜45MPaであることが好ましく、温度は400℃〜550℃であることが好ましい。「水の臨界圧力以上の圧力条件の水」の質量流量Msc、目的とする酸濃度、グリセリン濃度等の諸条件を決定した後、測定工程で測定されたグリセリン中の水素イオン濃度に基づき上記数8の式により、「水の臨界圧力未満の圧力条件の水」の質量流量 Mw を決定することができる。
【0085】
7.その他の工程および
本発明においては、超臨界反応によって生成したアクロレインを冷却する工程を含むことができる。冷却することによって超臨界反応を停止させるので、反応制御の側面から、冷却時間は反応時間よりも遥かに短い必要があり、従って冷却時間は0.01〜10秒が好ましく、またより好ましくは0.05〜1秒とする。冷却手段は熱交換器を用いても良いが、前述した冷却時間との関係上、冷媒の混合による直接接触が好ましく、また混合によるコンタミネーションを防ぐ目的で、水を用いるのがより好ましい。
【0086】
本発明においては、冷却したアクロレインから、超臨界反応の副反応などで生成した固形物を除去する工程を含む。除去する方法としてはデカンタのような沈降分離方式を用いても良いが、処理時間の短縮から、フィルタによる単純ろ過が好ましい。フィルタの種類としては、例えばセラミックス、活性炭などの多孔質構造のもの、金属によるメッシュ構造のもの、繊維によるファイバー構造のものなどがあり、沈殿物の粒子径に応じて適宜選定する。
【0087】
本発明においては、ろ過したアクロレインを精製する工程を更に含むことができる。粗アクロレイン中には未反応グリセリン、酸、副反応によるタールやアリルアルコールなどが含まれているが、いずれもアクロレインに対しては高沸点成分であることから、蒸留による分離が望ましい。
【0088】
本発明においては、精製アクロレインの水和工程を更に含むことができる。水和工程では、水を含有したアクロレインを陽イオン交換樹脂を充填したカラムに通す。反応温度は30〜150℃、好ましくは40〜100℃である。アクロレインを水和することで3-ヒドロキシプロパナールを得ることができる。
【0089】
本発明においては、水和によって得られた3-ヒドロキシプロパナールの水素添加工程を更に含むことができる。本工程では原料に水素を添加した後に触媒下で反応させる。反応温度は40〜200℃で、好ましくは70〜180℃である。反応圧力は0.5〜20MPaで、好ましくは5〜15MPaである。また水素添加工程での触媒としては例えばニッケル、白金、タングステンなどの金属が挙げられる。収率を高めるために白金が好適に用いられる。ヒドロキシプロパナールの水素添加によって、1,3-プロパンジオールが得られる。得られた粗1,3-プロパンジオールから未反応アクロレインや未反応ヒドロキシプロパナールなどを精製分離し、製品1,3-プロパンジオールが得られる。
【0090】
本発明の方法を実施するための装置の一実施形態を図2に示すが、本発明の装置はこれに限定されるものではない。
【0091】
図2に示される1,3-プロパンジオール製造プロセスは、原料油脂混合/BDF(バイオディーゼル燃料)化工程、BDF分離工程、pH計測・酸添加工程、沈殿物分離工程、水添加工程、超臨界水処理工程、固形物分離工程、アクロレイン精製工程、水和工程、水添工程の10工程から構成される。
【0092】
原料油脂混合/BDF化工程では、タンク1から原料油脂が、タンク2からアルカリ触媒が、タンク3から一価アルコールが配管4、5、6を介してBDF化槽7に供給される。配管4、5、6には必要に応じてポンプ等の輸送機構を設けている。槽7では混合と共にBDF化が進行する。反応物は配管8を通り、分離工程に移送される。分離工程には遠心分離機などの強制分離装置9が備えてられており、連続的に供給された粗BDFを、軽質BDFと重質グリセリン水溶液に分離する。分離されたBDFは配管10を通り、精製塔11で精製し、配管12から製品BDFが得られる。
【0093】
一方、分離されたグリセリン水溶液は配管14を通り、酸添加槽15に移送する。槽15ではグリセリン水溶液のpHが計測される。pH計測は通常の手段で行うことができる。図2,3ではpH計100を備えるがこれには限定されない。槽15からグリセリン水溶液を少量サンプリングし、水で希釈し、希釈溶液のpH濃度を測定して、希釈液のpH値に基づき槽15内のグリセリン水溶液のpH値を算出することもできる。槽15内のグリセリン水溶液のpH値に基づき、後段で行う超臨界反応に供される反応混合物が目的とする水素イオン濃度及びグリセリン濃度となるために必要な酸濃度及び水の添加量を計算する。タンク16から酸が配管17を介して槽15に移送され、槽15に備え付けられた攪拌機101によって混合される。槽15内部が適切なpHに到達した時点でタンク16からの酸の移送は停止する。
【0094】
pH調整を行ったグリセリン水溶液は配管18を通り、フィルタ19に移送される。フィルタ19により、酸添加などで生じた沈殿物を除去する。
【0095】
続いてグリセリン水溶液は配管20を通り、水添加槽50に移送される。槽50では槽15におけるpH値に基づき算出された量の水が、タンク51から配管52を介して槽50に移送され、槽50に備え付けられた攪拌機201によって混合される。規定の量の水が槽50に供給された時点でタンク51からの水の移送は停止する。
【0096】
水添加後のグリセリン水溶液は配管53を通り高圧ポンプ21に供給される。ポンプ21により、グリセリン水溶液は水の臨界圧力まで昇圧された後、配管28中で、タンク22から供給された水と混合される。タンク22からの水は配管23を通り、高圧ポンプ24により、昇圧される。水の予備加熱を目的として、配管25には熱交換器26が設置されており、水の臨界温度付近まで加熱される。
【0097】
混合されたグリセリン水溶液と水は超臨界反応器28に移送される。反応器28には電気ヒーターが備え付けられており、反応温度まで加熱される仕組みになっている。
【0098】
本発明において、超臨界水処理手段(または高温高圧水処理手段)とは、タンク22、配管23、高圧ポンプ24、熱交換器26、配管25から構成される超臨界水生成手段と、高圧ポンプ21と、超臨界反応器28とを備え、高圧ポンプ21と、超臨界反応器28とをつなぐ配管の部位27に、超臨界水生成手段の配管25から超臨界水(又は高温高圧水)が合流するよう構成されている。
【0099】
超臨界反応により生成したアクロレインを含む混合物は、配管32から吐き出される。配管32中でタンク22からの冷却水を混合する。高圧流体に混合させるために、冷却水は高圧ポンプ30で加圧され、配管32で混合されるようになっている。
【0100】
混合物は冷却することにより固形物が析出するので、フィルタ33で固形物を除去する。その後混合物は減圧弁34により減圧され、アクロレインを精製するために精製塔35に移送される。ここでグリセリンや酸などの高沸点成分は塔底から除去され配管36を通じて排出され、低沸点成分であるアクロレインが塔頂から得られる。精製アクロレインは配管37を通して水和反応器38に移送される。反応器38はイオン交換樹脂と加温装置からなっており、アクロレインを反応器38内に通すことで、水和反応が進む仕組みになっている。
【0101】
水和によって生成したプロピオンアルデヒドは配管39を通じて水素添加工程に移送される。タンク40には水素が充填されており、配管41を通じて、配管39中でプロピオンアルデヒドと混合される。水素添加反応は高圧下で行うため、配管には高圧ポンプ42が設置されており、反応圧力まで加圧され、配管43を通じて、水素添加反応器44に供給される。
【0102】
反応器44は触媒を充填したカラムと加熱装置からなっており、反応器44を通じることにより、1,3-プロパンジオールが得られる。
【0103】
図2に示す形態の装置によれば、タンク22から配管23、高圧ポンプ24、配管25を経て供給される、水の臨界圧力以上の圧力条件の水の供給量(M sc)は一定の値に固定し、水の添加量を槽50において適宜調節することができるため、工業的な生産現場における適用が容易であるという点で有利である。
【0104】
更に、本発明の方法を実施するための装置の他の実施形態を図3に示す。図3の実施形態は、水添加槽50、タンク51、配管52、53が含まれない以外は、図2に示す装置と同様の構成を有する。図3の実施形態では、タンク22から配管23、高圧ポンプ24、配管25を経て供給される、水の臨界圧力以上の圧力条件の水の供給量を調節することにより、槽15内のグリセリン水溶液のpH値に基づき算出された、超臨界反応に供される反応混合物が目的とする水素イオン濃度及びグリセリン濃度となるために必要な水の添加量を実現する。図3に示す装置における、その他の構成部材の機能及び構造は、図2に基づいて詳述した、同一の参照番号を有する構成部材の機能及び構成と同一であるので、その説明は省略する。
【0105】
以下本発明を実施例により、さらに詳細に説明するが、本発明の範囲はこれに限定されるものではない。
【実施例】
【0106】
実施例1
<BDF製造>
BDFの原料油として大豆油を選定した。グリセリン成分を除いた脂肪酸組成は、パルミチン酸8wt%、ステアリン酸5wt%、オレイン酸27wt%、リノール酸53wt%、リノレン酸7wt%であった。
【0107】
まず水酸化ナトリウム35gにメタノール2Lを添加し、20分間混合した。原料大豆油10Lを55℃に加温し、混合したメタノール溶液を静かに加えた。温度を保ちつつ1時間程度攪拌した後、冷却し、20時間程静置した。上の層に分離したバイオディーゼル燃料10リットルほどをサイフォンで吸い出した。下の層にはグリセリン溶液が2L残った。
【0108】
<pH調整>
グリセリン溶液にpH指示薬のメチルレッドを2滴加え、攪拌した。溶液は黄色を呈した。溶液の攪拌を続けながら、濃硫酸(濃度90wt%、以下同じ)を1滴ずつ加えていった。溶液が赤色になった時点で一旦添加を停止した。この時点でのグリセリン溶液のpH値は7である。
【0109】
本実験では、超臨界反応開始時の反応混合物のグリセリン濃度([G]R)を15wt%、水素イオン濃度([H+]R)を18mMとすることを目標とする。このとき、[H+]R2/[G]R= 182 / 15 = 21.6 mM2/wt%となる。
【0110】
水素イオン濃度の上記目標値が水添加工程後に達成されるように、上記のpH=7のグリセリン溶液にさらに濃硫酸を16g追加添加して攪拌した。なお、追加添加は次の沈殿物除去の後段で行ってもかまわない。
【0111】
<沈殿物除去>
室温20℃の環境下、中和によって硫酸ナトリウム十水和物と無水物の混合物が無色透明のスラリー状沈殿として、グリセリン/硫酸混合溶液中に析出した。これをろ過することでナトリウムの除去を行った。分離した沈殿物の重量は130gであった。沈殿物をX線回折装置にかけ、沈殿物が硫酸ナトリウム十水和物と無水物の混合物であることを確認した。なお、溶液中の酸濃度は0.15M程度と希硫酸相当の濃度である。ろ過用フィルターは腐食等の影響のない耐酸性合金、布、または紙製のものが望ましい。
【0112】
<水添加>
沈殿物除去後のグリセリン/硫酸の混合溶液に、グリセリン濃度が15wt%、水素イオン濃度が18mMとなるように蒸留水を14.3L添加し、グリセリン水溶液を作った。
【0113】
<超臨界反応>
水素イオン濃度18mMの15wt%グリセリン水溶液を高圧ポンプにより35MPaまで昇圧し、250℃にて流量を安定させた。圧力が安定したら、反応器中の液温度が瞬時に400℃になるように反応器に設置したヒーターを調整した。調整した反応器に、反応時間が2秒となるように、水溶液を流通させた。
【0114】
<冷却>
流通させた水溶液を瞬時に200℃に冷却するために20℃の蒸留水を6mL/sの流量で配管中に加えた。
【0115】
<沈殿物除去・冷却・減圧>
溶液中にはカーボンの沈殿物が生じた。フィルタを用いて沈殿物の除去を行った。更に冷却した後、減圧弁を通じて、常圧に戻した。この結果、収率70%でグリセリンをアクロレインに転換することができた。
【0116】
<蒸留>
回分単式蒸留装置を用いて溶液から硫酸、未反応グリセリン、タールなどの高沸成分の除去を行い、アクロレインを精製した。この結果、1.4Lのアクロレイン溶液を得た。
【0117】
<水和>
アクロレイン溶液の水分濃度をカールフィッシャー水分計を用いて測定し、水和工程に必要な水分量を算出した。アクロレイン濃度が20wt%となるように、アクロレイン溶液中に水を5.1L添加した後に、イオン交換樹脂を充填したカラム中にアクロレイン水溶液を0.35mL/sの流量で流通させ、出口液温度を50℃となるようにヒーターで加熱した。この結果、転換率76%でアクロレインを3-ヒドロキシプロピオンアルデヒドに転換できた。
【0118】
<水素添加>
水和によって得られた3-ヒドロキシプロピオンアルデヒド水溶液を高圧ポンプにより15MPaまで昇圧し、流量を安定させた。配管途中で水素ボンベから水素を7.5NmL/sの流量で添加し、混合物を白金とニッケルを充填したカラムに1.7mL/sの流量で流通させた。カラムにはヒーターを備え付け、出口温度が60℃となるように設定した。この結果、転換率99%で3-ヒドロキシプロピオンアルデヒドを1,3-プロパンジオール (1,3-PDO) に転換することができた。以上のことから、原料グリセリンから収率53%で1,3-PDOを合成することができた。
【0119】
実施例2
<グリセリン濃度>
本実験では、超臨界反応開始時の反応混合物のグリセリン濃度([G]R)を50wt%、水素イオン濃度([H+]R)を18mMとすることを目標とする。このグリセリン濃度、水素イオン濃度のとき、[H+]R2/[G]R= 182 / 50 = 6.48 mM2/wt%となる。
【0120】
実施例1の<pH調整>に際して、水素イオン濃度が18mMとなるように濃硫酸を4g添加し、<水添加>に際して、グリセリン濃度が50wt%となるように水を2.5L添加し、実施例1と同様の反応条件で反応を行った。
【0121】
この結果、アクロレインの収率は10%となった。また反応後の溶液中に、多量のタール及びカーボン粒子を確認した。
【0122】
実施例3
<水素イオン濃度>
本実験では、超臨界反応開始時の反応混合物のグリセリン濃度([G]R)を15wt%、水素イオン濃度([H+]R)を6mMとすることを目標とする。このグリセリン濃度、水素イオン濃度のとき、[H+]R2/[G]R= 62 / 15 = 2.4 mM2/wt%となる。
【0123】
実施例1の<pH調整>に際して、滴定後に硫酸を9.7g添加し、実施例1と同様の反応条件で反応を行った。グリセリン/硫酸の混合溶液に水を加えた水溶液中の水素イオン濃度は実施例1の1/3である6mMであった。この結果、アクロレインの収率は40%となった。実施例1との比較を図4に示す。
【産業上の利用可能性】
【0124】
本発明の廃油脂からのアクロレイン製造方法は、バイオディーゼルから除いたグリセリンを高純度に精製することなく高付加価値の製品の原料として利用することにより、製品アクロレインの原料コストを低減することが出来るため、産業上の利用可能性が高い。
【符号の説明】
【0125】
15・・・酸添加槽
100・・・pH計(水素イオン濃度測定手段)
16・・・タンク(酸)
101・・・攪拌機
19・・・フィルタ(沈殿物除去手段)
50・・・水添加槽
51・・・タンク(水)
201・・・攪拌機
28・・・超臨界反応器(高温高圧反応器)
22・・タンク(超臨界水生成用)
2000・・・アクロレイン製造装置
3000・・・アクロレイン製造装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
脂肪酸とグリセリンとのエステルを主成分とする油脂の廃棄物と一価アルコールとをアルカリ触媒存在下においてエステル交換させることで得られる、一価アルコールと脂肪酸とのエステルおよびグリセリンを含む混合物から分離されたグリセリンに超臨界水を作用させてアクロレインを製造する方法であって、
グリセリン中の水素イオン濃度を測定する測定工程と、
前記測定の結果から導かれる、前記グリセリンを酸性とするための量の酸を前記グリセリンに添加する酸添加工程と、
酸添加後のグリセリンに超臨界水を作用させ、グリセリンからアクロレインを製造する超臨界水処理工程と
を含むことを特徴とする、アクロレインの製造方法。
【請求項2】
アルカリ触媒が、アルカリ金属またはアルカリ土類金属の酸化物または水酸化物である、請求項1の方法。
【請求項3】
酸添加工程におけるグリセリンが中和された時点以降または該工程終了後であって、超臨界水処理工程よりも前に、アルカリ触媒と酸とで形成される塩の沈殿物をグリセリン中に析出させ、分離除去する沈殿物除去工程を更に含む、請求項1または2の方法。
【請求項4】
沈殿物除去工程に供されるグリセリンの水分量が、該グリセリン中の前記塩の全量が水和することのできる水の化学量論量より少ないことを特徴とする、請求項3の方法。
【請求項5】
沈殿物除去工程に供されるグリセリン中の水分量を請求項4に規定される量とするために、グリセリンを冷却する、および/または水分を除去する水分調節工程を更に含む、請求項4の方法。
【請求項6】
超臨界水処理工程に用いられる水が、酸添加工程後のグリセリン、または沈殿物除去工程を行う場合は沈殿物除去工程のグリセリンに、水の臨界圧力未満の圧力条件の水として添加される工程と、水の臨界圧力以上の圧力条件の水として添加される工程とを含む、請求項1〜5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
脂肪酸とグリセリンとのエステルを主成分とする油脂の廃棄物と一価アルコールとをアルカリ触媒存在下においてエステル交換させることで得られる、一価アルコールと脂肪酸とのエステルおよびグリセリンを含む混合物から分離されたグリセリンに高温高圧水を作用させてアクロレインを製造する方法であって、
グリセリン中の水素イオン濃度を測定する測定工程と、
前記測定の結果から導かれる、前記グリセリンを酸性とするための量の酸を前記グリセリンに添加する酸添加工程と、
酸添加後のグリセリンに水を加え、得られた混合物を高温高圧条件で処理する、グリセリンからアクロレインを製造する高温高圧処理工程と
を含むことを特徴とする、アクロレインの製造方法。
【請求項8】
高温高圧処理工程が、酸添加後のグリセリンと水との混合物を、該混合物中の水が374℃以上の温度、22.06MPa以上の圧力となる条件により処理する工程である、請求項7の方法。
【請求項9】
アルカリ触媒が、アルカリ金属またはアルカリ土類金属の酸化物または水酸化物であることを特徴とする、請求項7または8の方法。
【請求項10】
酸添加工程におけるグリセリンが中和された時点以降または該工程終了後であって、高温高圧処理工程よりも前に、アルカリ触媒と酸とで形成される塩の沈殿物をグリセリン中に析出させ、分離除去する沈殿物除去工程を更に含む、請求項7〜9のいずれかの方法。
【請求項11】
沈殿物除去工程に供されるグリセリンの水分量が、該グリセリン中の前記塩の全量が水和することのできる水の化学量論量より少ないことを特徴とする、請求項10の方法。
【請求項12】
沈殿物除去工程に供されるグリセリン中の水分量を請求項11に規定される量とするために、グリセリンを冷却する、および/または水分を除去する水分調節工程を更に含む、請求項11の方法。
【請求項13】
高温高圧処理工程に用いられる水が、酸添加工程後のグリセリン、または沈殿物除去工程を行う場合は沈殿物除去工程のグリセリンに、水の臨界圧力未満の圧力条件の水として添加される工程と、水の臨界圧力以上の圧力条件の水として添加される工程とを含む、請求項7〜12のいずれかに記載の方法。
【請求項14】
グリセリンに超臨界水を作用させてアクロレインを製造するための装置であって、
原料グリセリンの水素イオン濃度を測定する手段と、
原料グリセリンを供給する手段と、酸を供給する手段と、攪拌手段とを備えた、原料グリセリンに酸を添加するための酸添加槽と、
酸添加槽の下流側に位置し、酸添加槽から供給されるグリセリンに超臨界水を作用させる超臨界水処理手段と
を備えることを特徴とする装置。
【請求項15】
酸添加槽の下流側であって超臨界水処理手段の上流側の位置に配置される、酸添加槽から供給されるグリセリン中の沈殿物を分離除去し、沈殿物除去後のグリセリンを超臨界水処理手段に供給する沈殿物除去手段を更に備える、請求項14の装置。
【請求項16】
沈殿物除去手段の下流側であって超臨界水処理手段の上流側の位置に配置される、沈殿物除去後のグリセリンを沈殿物除去手段から供給する手段と、水を供給する手段と、攪拌手段とを備えた、沈殿物除去後のグリセリンに水を添加するための水添加槽を更に備え、水添加槽において水が添加されたグリセリンが超臨界水処理手段に供給される、請求項15の装置。
【請求項17】
グリセリンに高温高圧水を作用させてアクロレインを製造するための装置であって、
原料グリセリンの水素イオン濃度を測定する手段と、
原料グリセリンを供給する手段と、酸を供給する手段と、攪拌手段とを備えた、原料グリセリンに酸を添加するための酸添加槽と、
酸添加槽の下流側に位置し、酸添加槽から供給されるグリセリンに高温高圧水を作用させる高温高圧水処理手段と
を備えることを特徴とする装置。
【請求項18】
酸添加槽の下流側であって高温高圧水処理手段の上流側の位置に配置される、酸添加槽から供給されるグリセリン中の沈殿物を分離除去し、沈殿物除去後のグリセリンを高温高圧水処理手段に供給する沈殿物除去手段を更に備える、請求項17の装置。
【請求項19】
沈殿物除去手段の下流側であって高温高圧水処理手段の上流側の位置に配置される、沈殿物除去後のグリセリンを沈殿物除去手段から供給する手段と、水を供給する手段と、攪拌手段とを備えた、沈殿物除去後のグリセリンに水を添加するための水添加槽を更に備え、水添加槽において水が添加されたグリセリンが高温高圧水処理手段に供給される、請求項18の装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−12007(P2011−12007A)
【公開日】平成23年1月20日(2011.1.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−157090(P2009−157090)
【出願日】平成21年7月1日(2009.7.1)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.BDF
【出願人】(000005452)株式会社日立プラントテクノロジー (1,767)
【Fターム(参考)】