説明

アスベストの検出方法

【課題】本発明が解決しようとする課題は、アスベストを感度良く検出でき、しかも現場での測定(オンサイト測定)が可能なアスベストの検出方法を提供すること。
【解決手段】(1)アスベストが含有されている可能性のある被検査試料と特定の遺伝子を含む核酸物質および微生物細胞を混合して試料懸濁液を作製し、(2)この試料懸濁液を平板培養基材の表面に塗布した後に、当該平板培養基材の表面に一定の垂直抗力を与えながら一定方向に擦って滑り摩擦を与えることにより、被検査試料中のアスベストを微生物細胞に侵入させ、(3)被検査試料中のアスベストに付着した核酸物質を微生物細胞内に導入して核酸物質にコードされた遺伝形質を付与し、(4)微生物の遺伝形質の変化を検出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被検査試料中のアスベストを検出する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アスベストはケイ酸塩水和物を主成分とした繊維状の天然粘土鉱物拡の一種であり、拡張性、絶縁性、耐熱性に優れた物性を有していることから、かつては、家屋の断熱材や耐火服をはじめ、約3000種の工業製品等に使用され、現在もその工業製品等が多く残存している。
【0003】
アスベストはそれを構成している鉱物のケイ酸塩骨格構造の違いによって大きくフィロケイ酸塩鉱物である蛇紋石族とイノケイ酸塩鉱物である角閃石族に区別される。蛇紋石族に属するアスベストはクリソタイルであり、角閃石族に属するアスベストは分子構造に多様性があり、クロシドライト、アンソフィライト、アモサイト、トレモライト、アクチノライト等が知られている。(非特許文献1)
【0004】
角閃石族アスベストは耐酸性にすぐれているが、繊維がややもろい欠点がある。蛇紋石族のアスベストであるクリソタイルは繊維が柔軟で、綿糸と同様に織物を作ることもできるので、世界のアスベスト利用の90%以上を占めている。
【0005】
しかしながらこれらアスベストの発ガン性が懸念され、人のみならず環境中の動物や植物にも悪影響を及ぼすことがわかってきた。人体においては耐久性のある細い繊維はすべて発ガン性を有するという、物理的刺激による発ガン性が有力であるが、繊維の結晶性や化学性も重要な因子とする考えもある。(非特許文献2、3)
【0006】
このようなアスベストの健康影響を考慮し、北欧諸国、米国、カナダ、日本においてアスベスト規制が進みその廃棄が重要な課題となりつつある。廃棄にあたっては大気や土壌などの環境中へのアスベストの拡散も考慮されるべき問題であり、これら環境サンプル中のアスベストの検出は重要な課題である。
【0007】
ただし、アスベストは繊維状構造をとるケイ酸塩粘土鉱物の総称であるので、土壌などの地圈を構成する多くのケイ酸塩粘土鉱物と区別して定量することは極めて難しい。
【0008】
従来のアスベストの検出法は大別すると電子顕微鏡や位相差顕微鏡でその繊維数を計測する方法(特許文献1、2)、X線回折装置を用いる方法(特許文献3、4)、および示差熱測定装置を用いる方法がある。
【0009】
しかし電子顕微鏡法や位相差顕微鏡で観察する方法は、最終的には人間が目で見て計測するために、アスベストではない繊維状の鉱物との区別が難しい。また数え間違えなども否定できず不正確なデータになりがちである。また位相差顕微鏡では極微小なアスベスト繊維を観察することができない。
【0010】
X線回折法では他の粘土鉱物が共存していると回折ピークが重なってしまい、微量のアスベストは定量ができない。示差熱測定法でも同様で微量のアスベストは定量ができない。とくに鉱物系試料においては、5質量%以上のアスベスト含量がないと検出は不可能とされている。
【0011】
近年、アスベストの検出基準は厳しくなっており、アスベストの有無を判断するために、0.1質量%以下の検出感度が求められているが、従来のアスベストの検出法では0.1質量%以下の検出感度を満足することはできない。
【0012】
また、電子顕微鏡やX線回折装置は大型機器であり、輸送や設置に時間と労力がかかり、必要電力も大きいため、アスベスト汚染があると予想される現場での測定(オンサイト測定)には適していない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特開平7−181268号公報
【特許文献2】特開平9−127102号公報
【特許文献3】特開平10−221275号公報
【特許文献4】特開2008−101945号公報
【非特許文献】
【0014】
【非特許文献1】Mossman BT, Bignon J, Corn M, Seaton A, Gee JB. Asbestos: scientific developments and implications for public policy.Science. 1990;247:294-301.
【非特許文献2】Stanton MF, Layard M, Tegeris A, Miller E, May M, Morgan E, Smith A. Relation of particle dimension to carcinogenicity in amphibole asbestoses and other fibrous minerals. J Natl Cancer Inst. 1981;67:965-75.
【非特許文献3】Pontefract RD, Cunningham HM. Penetration of asbestos through the digestive tract of rats. Nature. 1973;243:352-353.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明が解決しようとする課題は、アスベストを感度良く検出でき、しかも現場での測定(オンサイト測定)が可能なアスベストの検出方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
発明者らはアスベストの一種であるクリソタイルの微生物への毒性を検討する研究において、偶発的にクリソタイルが微生物細胞内へ核酸物質を導入する担体として作用することを見出した。同様な作用は他のアスベスト(クロシドライトとアモサイト)にも認められたが、ロックウールやガラスウールなどの建築資材に含まれる物質や珪砂や海砂などの天然土石には認められなかった。
【0017】
このように、微生物細胞内へ核酸物質を導入する担体としての作用がアスベストに特異的であることを応用すれば、土壌、建材、断熱材、保温材、パッキン材、水試料、水試料中の懸濁物質を濃縮したろ過材、大気中の粉塵を濃縮したろ過材、Pタイル、焼却残渣、灰および溶融スラグ等の被検査試料中のアスベストを微生物の遺伝形質の変化として検出することが可能である。
【0018】
例えば、抗生物質(アンピシリン等)耐性の遺伝子がコードされた核酸物質(プラスミドpUC18等)と大腸菌(抗生物質に感受性がある)を用いれば、被検査試料中にアスベストが含有されている場合にのみ抗生物質耐性を獲得する。従って抗生物質を含む平板培養基材の表面で増殖してコロニー(微生物群落)を形成する。大腸菌のコロニーは肉眼でもはっきりと確認することが可能である。この大腸菌のコロニー数を計測することで、被検査試料中のアスベストを定量的に検出できる。
【0019】
アスベストが微生物細胞内へ核酸物質を導入する際には、平板培養基材の表面でアスベストがいがぐり状の凝集体を形成して微生物細胞を穿刺することが明らかにされており、このいがぐり状の凝集体が微生物細胞を穿刺する現象は、発明者の吉田直人によって「ヨシダ効果」と命名されている。(Yoshida, N.Discovery and application of the Yoshida Effect: Nano-sized acicular materials enable penetration of bacterial cells by sliding friction force. Recent Patents on Biotechnology, 1, 194-201 (2007).)
【0020】
以下にヨシダ効果について記載する。
【0021】
微細針状材料と微生物細胞から成るコロイド溶液を、水分を吸収する弾性体(ハイドロゲル)表面に広げ、一定の垂直抗力を与えながら一定方向に擦って滑り摩擦を与えると、コロイド溶液の水分はハイドロゲルに浸透していくので、滑り摩擦力は増大する。この場合にハイドロゲル上の微細針状材料と微生物細胞はいがぐり状複合体を形成し、滑り摩擦が推進力となって、いがぐり状複合体は成長しながら微生物を穿刺し、微細針状材料−細菌穿刺中間体が形成される。このハイドロゲル上で微細針状材料−細菌穿料穿刺中間体が形成される現象をヨシダ効果と呼んでいる。
【0022】
ヨシダ効果を発生させるには、ハイドロゲルは破断強度2.1N以上を有することが必要で、アガロース(寒天)、ジェランガム、κ−カラギーナンで微細針状材料−細菌穿料穿刺中間体の形成が確認されている。微細針状材料としては直径が10−50nmであることが必要で、多層カーボンナノチューブ、マグヘマイト、アスベスト(クリソタイル、クロシドライト、アモサイト)でヨシダ効果が確認されている
【0023】
すなわち、アスベスト(クリソタイル、クロシドライト、アモサイト)は、ヨシダ効果を発生させ、かつ核酸物質を吸着して、微生物細胞に遺伝変異を起こさせる物質である。
【0024】
ヨシダ効果を発生させる条件の1つとして、ハイドロゲル表面で一定の垂直抗力を与えながら一定方向に擦って滑り摩擦を与えることが不可欠である。この条件は手動でも回転操作盤と微生物塗沫用のコーンラージ棒(ストリークバー)があれば作ることができる。しかし手動では再現性に欠けるため、ハイドロゲル表面に一定の垂直抗力を与えながら一定方向に擦って滑り摩擦を与えることができる装置を用いることが望ましい。またこのような装置は小型なものであるので、アスベスト汚染があると予想される現場での測定(オンサイト測定)にも用いることができる。
【0025】
アスベスト検出のために用いる核酸物質としては、アスベスト検出に使用する微生物が有していない何らかの遺伝子を含むものであれば、いかなる遺伝子も用いることができる。ただし、微生物が核酸物質の導入によって遺伝形質を変化させたことが、明確になるものが好ましい。例えば抗生物質耐性遺伝子であれば、抗生物質を添加した平板培養基材の表面での増殖(コロニー形成)として容易に観察できる。この他にもβ−ガラクトシダーゼなどの呈色反応を起こす酵素の遺伝子や蛍光を発する蛍光タンパク質の遺伝子などを挙げることができる。
【0026】
アスベスト有無の判断基準となる0.1質量%以下の検出感度を確実に達成するには、試料懸濁液のpHを4.0〜5.6に調整する。すなわち、試料懸濁液のpHを4.0〜5.6に調整することにより、アスベストの検出感度を向上させることができる。これは、アスベスト(鉱物)とDNAとの吸着は静電相互作用であり、酸性側でアスベストは正の電荷を帯び、負の電荷のDNAを吸着しやすいことによるものと考えられる。また、アスベストに付着したpUC18を大腸菌細胞内に効果的に導入するには、平板培養基材として、アンピシリンを含有し、寒天の濃度を2.0〜4.0質量%に調整した寒天培地を使用する。これにより更なる検出感度の向上が図れる。これは、ストリークバーと寒天との界面に生じる滑り摩擦力が上昇し、大腸菌細胞への穿刺が起こりやすくなったことによるものと考えられる。
【発明の効果】
【0027】
本発明によれば、現場においてアスベストを感度良く検出できる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】本発明のアスベストの検出方法の手順を示すフロー図である。
【図2】プラスチック製のストリークバーに掛かる垂直抗力と核酸物質の導入効率の関係を示す図である。
【図3】海砂1gにアスベスト(クリソタイル)を0.15mgから15mg添加し、これを被検査試料として、本発明の方法で検出を行った結果を示す図である。
【図4】本発明の方法において試料懸濁液のpHとアスベスト(クリソタイル)の検出感度との関係を示す図である。
【図5】本発明の方法において試料懸濁液のpHとアスベスト(クロシドライト)の検出感度との関係を示す図である。
【図6】本発明の方法において試料懸濁液のpHとアスベスト(アモサイト)の検出感度との関係を示す図である。
【図7】本発明の方法において寒天培地の寒天濃度とアスベスト(クリソタイル)の検出感度との関係を示す図である。
【図8】本発明の方法において寒天培地の寒天濃度とアスベスト(クロシドライト)の検出感度との関係を示す図である。
【図9】本発明の方法において寒天培地の寒天濃度とアスベスト(アモサイト)の検出感度との関係を示す図である。
【図10】アスベスト(クリソタイル)の検出感度に及ぼす試料懸濁液のpHと寒天培地の寒天濃度の影響を示す図である。
【図11】アスベスト(クロシドライト)の検出感度に及ぼす試料懸濁液のpHと寒天培地の寒天濃度の影響を示す図である。
【図12】アスベスト(アモサイト)の検出感度に及ぼす試料懸濁液のpHと寒天培地の寒天濃度の影響を示す図である。
【図13】蛇紋岩中鉱物(クリソタイル、アンチゴライト、リザルタイト)のX線回折パターンを示す図である。
【図14】蛇紋岩の微分熱重量分析(DTG)曲線(アンチゴライト−クリソタイル系)を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
図1は、本発明のアスベストの検出方法の手順を示すフロー図である。以下、核酸物質としてアンピシリン耐性遺伝子を含むpUC18を使用し、これを導入する微生物細胞として大腸菌細胞を使用した場合を例に説明する。
【0030】
まず、本発明では、アスベストが含有されている可能性のある被検査試料とアンピシリン耐性遺伝子を含むpUC18および大腸菌細胞を混合して試料懸濁液を作製する。次に、この試料懸濁液を、アンピシリンを含有する平板培養基材の表面に塗布した後に、当該平板培養基材の表面に一定の垂直抗力を与えながら一定方向に擦って滑り摩擦を与えることにより、被検査試料中のアスベストを大腸菌細胞に侵入させ、被検査試料中のアスベストに付着したpUC18を大腸菌細胞内に導入(核酸物質導入)してpUC18にコードされたアンピシリン耐性を付与する。なお、この核酸物質導入のためには、発明者らが開発した核酸物質導入装置(特開2006−122027号公報参照)を好適に用いることができる。
【0031】
また、核酸物質導入において、平板培養基材の表面に塗布する試料懸濁液のpHは 4.0〜5.6に調整することが望ましく、平板培養基材として、アンピシリンを含有し、寒天の濃度を2.0〜4.0質量%に調整した寒天培地を使用することがさらに望ましい。
【0032】
最後に、大腸菌のアンピシリン耐性を検出することで、アスベストを定量的に検出する。具体的には、核酸物質導入に使用した平板培養基材の上でそのまま大腸菌を培養し、大腸菌のコロニー数、つまり形質転換体の数を計測する。すなわち、アスベストによってアンピシリン耐性遺伝子が導入されて形質転換された大腸菌のみが、アンピシリンを含有する平板培養基材の表面で増殖してコロニーを形成するので、このコロニー数を計測することで、アスベストを定量的に検出できる。
【0033】
以下、実施例により本発明の効果を説明する。なお、以下の実施例は本発明の効果を具体的に示した例であり、本発明の範囲を制限するものではない。
【実施例】
【0034】
<基礎実験>
まず、本発明の方法の基礎条件を確認するために、アスベスト(クリソタイル)が外来核酸物質を微生物細胞に導入する際の平板培養基材(ハイドロゲル)表面での垂直抗力の影響を検討した。
【0035】
寒天を2質量%と抗生物質アンピシリンを0.005質量%含む寒天培地(直径9cmの円形)の上に、大腸菌JM109株(終濃度200,000,000細胞/ml)とクリソタイル(終濃度50μg/ml)およびプラスミドpUC18(終濃度0.001μg/ml)を混合して得た試料懸濁液を50μl添加し、寒天培地を回転させながら、核酸物質の導入を行った。核酸物質の導入効率は抗生物質アンピシリンに対する耐性細胞数を計測して算出した。大腸菌JM109株は抗生物質アンピシリンに感受性があり、抗生物質アンピシリンを含む寒天培地では生育できない。プラスミドpUC18には抗生物質アンピシリンに対する耐性遺伝子が存在するため、プラスミドpUC18が導入された大腸菌JM109株は抗生物質アンピシリンに対する耐性を獲得して、抗生物質アンピシリンを加えた寒天培地上で成育することができる。
【0036】
寒天培地を90rpmで回転させながら、プラスチック製のストリークバーに掛かる垂直抗力を変化させて核酸物質の導入効率を測定した。図2はその実験結果を示している。同図において垂直の棒グラフは各垂直抗力に対する核酸物質の導入効率を示している。核酸物質の導入効率は、アンピシリン耐性を獲得したJM109株の数をプラスミド1μg当りに換算した数値で表している。
【0037】
図2に示すように、ストリークバーに掛かる垂直抗力を20gから40gに増加させることで、核酸物質の導入効率は約2倍に向上した。またストリークバーに掛かる垂直抗力を40g以上に増加させても核酸物質の導入効率は、ほぼ一定であった。
【0038】
<実施例1>
従来法では判別困難な砂榛中にアスベストが含まれている試料について、本発明の方法を適用した。
【0039】
海砂1gにアスベスト(クリソタイル)を0.15mgから15mg添加して、これを被検査試料とした。被検査試料1gを、3mlの滅菌蒸留水に懸濁させ、そのpHを5.2に調整した。pHの調整は酢酸および酢酸ナトリウムを添加することによって行った。この被検査試料の上澄みとプラスミドpUC18(終濃度0.001μg/ml)を混合して試料懸濁液とし、この試料懸濁液を、寒天を2質量%と抗生物質アンピシリンを0.005質量%含む寒天培地(直径9cmの円形)の上に50μl添加し、平板培地を90rpmで回転させながら、ストリークバーに掛かる垂直抗力を40gとして核酸物質の導入を行った。
【0040】
図3は実験結果を示す図である。海砂1gにアスベスト(クリソタイル)が1mg以上含まれていれば検出は可能であった。法律的にはアスベストの検出感度は0.1質量%が求められているが、本発明の方法では、それを上回る充分な検出感度が得られた。
【0041】
<実施例2>
本発明の方法の特異性について検証するために、アスベスト以外の微細針状材料についても核酸物質実験を行った。具体的には、それぞれの被検査試料を200mM NaClを含む滅菌蒸留水に10μg/mlになるように懸濁し、プラスミドpUC18を1μg/mlになるように添加し、実施例1と同様の条件で核酸物質導入実験を行った。
【0042】
表1に実験結果を示す。表1に示すようにアスベスト(クリソタイル、クロシドライト、アモサイト)以外の微細針状材料では核酸物質は導入されなかった。
【0043】
【表1】

【0044】
<実施例3>
本発明の方法において試料懸濁液のpHとアスベストの検出感度との関係について、クリソタイル、クロシドライト、アモサイトを用いて検討を行った。
【0045】
ズ4はクリソタイル、図5はクロシドライト、図6はアモサイトの実験結果を示す図である。クリソタイルについては、試料懸濁液のpHによる影響を受けないが、図5のクロシドライト及び図6のアモサイトの実験結果を総合的に見ると、試料懸濁液のpHを4.0〜5.6に調整することで、核酸物質の導入効率が向上しアスベストの検出感度が向上すると言える(pH=4.0ではクロシドライトにおいてもコロニー数が10個以上検出されており、pH=4.0〜5.6の範囲ではいずれのアスベストにおいても10個以上のコロニー数が検出されている。)。この実験結果を踏まえ、かつpHが低いと大腸菌の生育に影響が及ぶことを考慮し、3種類のアスベストを同時に効率よく検出させるためには、試料懸濁液のpHは4.0〜5.6に調整することが望ましいと言える。
【0046】
<実施例4>
本発明の方法において平板培養基材として寒天培地を用い、その寒天濃度とアスベストの検出感度との関係について、クロシドライト、アモサイトを用いて検討を行った。
【0047】
図7はクリソタイル、図8はクロシドライト、図9はアモサイトの実験結果を示す図である。寒天培地の寒天濃度を2.0〜4.0質量%に調整することで、核酸物質の導入効率が向上しアスベストの検出感度が向上した。この実験結果を踏まえ、かつゲルの強度不足を考慮すると、寒天培地の寒天濃度は2.0〜4.0質量%に調整することが望ましいと言える。
【0048】
<実施例5>
本発明の方法においてアスベストの検出感度に及ぼす試料懸濁液のpHと寒天培地の寒天濃度の影響を総合的に評価した。アスベストとしては、クリソタイル、クロシドライト、アモサイトを用いた。
【0049】
図10はクリソタイル、図11はクロシドライト、図12はアモサイトの実験結果を示す。各図中、◆印は、試料懸濁液のpHと寒天培地の寒天濃度を実施例3,4で確認した望ましい範囲に調整した例(具体的には試料懸濁液のpH=5.2、寒天濃度=3質量%)で、□印は、試料懸濁液のpHと寒天培地の寒天濃度を調整しなかった例(具体的には試料懸濁液のpH=7.0、寒天濃度=1.5質量%)を示す。その他の条件は、実施例1の条件に準じた。
【0050】
図10〜図12に示すとおり、試料懸濁液のpHと寒天培地の寒天濃度を上記望ましい範囲に調整することで、アスベストの検出感度が向上することが確認された。なお、試料懸濁液のpHと寒天培地の寒天濃度を上記望ましい範囲に調整した場合、クリソタイルの検出限界は試料懸濁液での濃度として0.1μg/mlである。この濃度は被検査試料200μg/mlをクリソタイル100%とした場合の0.05質量%に相当する。クロシドライトおよびアモサイトの検出限界は1μg/mlである。この濃度は被検査試料1mg/mlをクロシドライトおよびアモサイト100%とした場合の0.1質量%に相当する。
【0051】
以下に従来法による環境中のアスベストの測定例を示す。これは本発明の効果を明確にするための比較例である。
【0052】
<比較例1>
被検査試料として蛇紋岩を用いた。蛇紋岩は蛇紋石が主要構成鉱物の岩石である。蛇紋石には、アンチゴライト、リザルダイト、クリソタイルの3種類があり、そのうちクリソタイルがアスベストである。3種類の蛇紋石は互いに化学組成と結晶構造がよく似ており、図13に示すようにX線回折分析では何れも12°と24°付近に強い回折ピークを示す類似の回折パターンを示し、クリソタイルとその他の蛇紋石が共存している場合、X線回折分析単独ではクリソタイルの検出・定量は難しい。
【0053】
<比較例2>
各地の蛇紋岩試料の微分熱重量分析(DTG)曲線を図14に示す。微分熱重量分析(DTG)曲線からリザルダイト−クリソタイル系とアンチゴライト−クリソタイル系の2つをよく識別できるが、クリソタイルの含有の有無は、クリソタイルが最低5質量%程度含有されている場合にピークとして認められる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(1)アスベストが含有されている可能性のある被検査試料と特定の遺伝子を含む核酸物質および微生物細胞を混合して試料懸濁液を作製し、
(2)この試料懸濁液を平板培養基材の表面に塗布した後に、当該平板培養基材の表面に一定の垂直抗力を与えながら一定方向に擦って滑り摩擦を与えることにより、被検査試料中のアスベストを微生物細胞に侵入させ、
(3)被検査試料中のアスベストに付着した核酸物質を微生物細胞内に導入して核酸物質にコードされた遺伝形質を付与し、
(4)微生物の遺伝形質の変化を検出する
ことを特徴とするアスベストの検出方法。
【請求項2】
(1)アスベストが含有されている可能性のある被検査試料と抗生物質耐性遺伝子を含む核酸物質および微生物細胞を混合して試料懸濁液を作製し、
(2)この試料懸濁液を、抗生物質を含有する平板培養基材の表面に塗布した後に、当該平板培養基材の表面に一定の垂直抗力を与えながら一定方向に擦って滑り摩擦を与えることにより、被検査試料中のアスベストを微生物細胞に侵入させ、
(3)被検査試料中のアスベストに付着した核酸物質を微生物細胞内に導入して核酸物質にコードされた抗生物質耐性を付与し、
(4)微生物の抗生物質耐性を検出する
ことを特徴とするアスベストの検出方法。
【請求項3】
(1)アスベストが含有されている可能性のある被検査試料とアンピシリン耐性遺伝子を含むpUC18および大腸菌細胞を混合して試料懸濁液を作製し、
(2)この試料懸濁液を、アンピシリンを含有する平板培養基材の表面に塗布した後に、当該平板培養基材の表面に一定の垂直抗力を与えながら一定方向に擦って滑り摩擦を与えることにより、被検査試料中のアスベストを大腸菌細胞に侵入させ、
(3)被検査試料中のアスベストに付着したpUC18を大腸菌細胞内に導入してpUC18にコードされたアンピシリン耐性を付与し、
(4)大腸菌のアンピシリン耐性を検出する
ことを特徴とするアスベストの検出方法。
【請求項4】
試料懸濁液を平板培養基材の表面に塗布する前に、試料懸濁液のpHを4.0〜5.6に調整する請求項3に記載のアスベストの検出方法。
【請求項5】
平板培養基材として、アンピシリンを含有し、寒天の濃度を2.0〜4.0質量%に調整した寒天培地を使用する請求項4に記載のアスベストの検出方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2010−178634(P2010−178634A)
【公開日】平成22年8月19日(2010.8.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−22849(P2009−22849)
【出願日】平成21年2月3日(2009.2.3)
【出願人】(000164438)九州電力株式会社 (245)
【出願人】(501331142)九電産業株式会社 (7)
【出願人】(504224153)国立大学法人 宮崎大学 (239)
【Fターム(参考)】