説明

アスベスト処理方法及び処理装置、水素生成方法及び生成装置、重金属処理方法及び処理装置

【課題】アスベストを飛散させずに低温で無害化する処理を行う。
【解決手段】水溶液に白石綿、青石綿、茶石綿などのアスベスト(石綿)を混合したものを、その混合液を含む容器の外部からの放射線照射により、混合液中に誘起される酸化還元反応を利用して、構造破壊にともなう非針状化・分解を促進して、アスベストの無害化する処理を行う。処理に用いる水溶液としては塩濃度の高い水溶液が好ましく、放射線としては水溶液や容器に対して充分な透過性をもち、アスベストに充分に吸収されるだけのエネルギーをもつガンマ線や電子線が好ましい。図2では、白石綿を浸漬した硫酸水溶液中に、入射エネルギー0.8MeVの電子線を照射することで、白石綿の構造が針状から粒状に変化することが、X線回折による結晶構造ならびに電子顕微鏡による表面構造の測定結果から確認できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、針状の繊維状酸化物材料で有害物質であるアスベスト(石綿)を水溶液に浸した状態で、放射線照射することにより水溶液中に誘起される酸化還元反応を利用して、構造破壊に伴う非針状化・分解によるアスベストの無害化を行うアスベスト処理方法及び処理装置に関する。また、同様の構成によって水素ガスを生成させる水素生成方法及び生成装置に関する。また、同様の構成によって6価クロムに代表される重金属イオンを還元処理する重金属処理方法および処理装置に関する。
【背景技術】
【0002】
白石綿(クリソタイル)、青石綿(クロシドライト)、茶石綿(アモサイト)に代表されるアスベスト(石綿)は、耐熱性、耐薬品性が高く、建築物の断熱材などとして広く用いられていた。しかし、近年はこれを原因とする肺ガンや中皮種の発生が知られるようになり、その除去が進んでいる。ここで、例えば建築物の壁などに設置されたアスベストの除去は、機械的にこれを取り除くことによって行うことができるが、その後で除去したアスベストの処理を行うことが必要になる。ところが、アスベストは一般に化学的に安定な物質であるため、これを無害化する特別な処理をして廃棄しなければ、重大な環境汚染の原因となる。
【0003】
アスベストを無害化する方法としては、例えば特許文献1〜4に記載された技術が知られている。
【0004】
特許文献1〜3に記載の技術においては、アスベストに、他の添加剤(酸化アルミニウムやフッ化カルシウム等)を添加した状態、あるいは添加剤しない状態でアスベストを1200 ℃以上の高温にして溶融し、固化する。
【0005】
特許文献4に記載の技術においては、ケイ酸塩類を主成分とするアルカリ性水溶液とガラスの微粒子との混合液をアスベストに含浸させて、アスベストを改質硬化させ、これが飛散されることのない状態にする。
【0006】
こうした技術を用いることによって、建築物などから除去したアスベストを無害化した上で廃棄することができた。
【0007】
【特許文献1】特開平5−138147号公報
【特許文献2】特開平6−170352号公報
【特許文献3】特開平9−19672号公報
【特許文献4】特開2002−137976号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、アスベストは極めて耐熱性の高い材料である。例えば白石綿の融点は1521 ℃と高く、特許文献1〜3に記載の処理方法においても、アスベストを1200 ℃以上の高温で処理することが必要になる。この場合には、この処理は密封された大規模な炉の中で行われるが、この処理自身の際にアスベストが飛散する可能性が高い。
【0009】
また、特許文献4に記載の処理方法においては、高温を要しないためにこうした問題は発生しないが、アスベストを含んだ固形物を生成するという方法であるため、その効果は不充分である。すなわち、この処理後の固形物から有害なアスベストが再び飛散する可能性が高い。
【0010】
従って、アスベストを飛散させずに低温で無害化する処理を行うことは困難であった。
【0011】
本発明は、上記問題点に鑑みてなされたものであり、上記問題点を解決する発明を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、上記課題を解決すべく、以下に掲げる構成とした。
本発明のアスベスト処理方法は、アスベストの無害化処理を行うアスベスト処理方法であって、前記アスベストを水溶液中に浸漬し、放射線を前記アスベスト及び前記水溶液に照射することを特徴とする。
本発明のアスベスト処理方法において、前記アスベストは針状の繊維状構造をもつ酸化物材料であることを特徴とする。
本発明のアスベスト処理方法において、前記アスベストは白石綿、青石綿、茶石綿のいずれかであることを特徴とする。
本発明のアスベスト処理方法において、前記放射線は、前記アスベスト及び前記水溶液を同時に照射することのできる、ガンマ線、ベータ線、アルファ線、エックス線、電子線のうちのいずれかであることを特徴とする。
本発明のアスベスト処理方法において、前記放射線は、放射線発生装置、原子炉、燃料棒、放射性廃棄物から回収された又は放射性廃棄物中のCs−137、Sr−90のうちのいずれかから発生することを特徴とする。
本発明のアスベスト処理方法は、前記放射線の照射によって前記アスベストの構造破壊による非針状化および/または分解溶解等を促進することを特徴とする。
本発明の水素生成方法は、水溶液に放射線を照射して水素ガスを生成する水素生成方法であって、アスベストを前記水溶液中に浸漬し、前記放射線を前記アスベスト及び前記水溶液に照射する際に前記水溶液中から発生する水素ガスを取り出すことを特徴とする。
本発明の水素生成方法において、前記アスベストは針状の繊維状構造をもつ酸化物材料であることを特徴とする。
本発明の水素生成方法において、前記アスベストは白石綿、青石綿、茶石綿のいずれかであることを特徴とする。
本発明の水素生成方法において、前記放射線は、前記アスベスト及び前記水溶液を同時に照射することのできる、ガンマ線、ベータ線、アルファ線、エックス線、電子線のうちのいずれかであることを特徴とする。
本発明の水素生成方法において、前記放射線は、放射線発生装置、原子炉、燃料棒、放射性廃棄物から回収された又は放射性廃棄物中のCs−137、Sr−90のうちのいずれかから発生することを特徴とする。
本発明の重金属処理方法は、還元処理すべき重金属のイオンが含まれる水溶液に放射線を照射して前記重金属の無害化を行う重金属処理方法であって、アスベストを前記水溶液中に浸漬し、前記放射線を前記アスベスト及び前記水溶液に照射して前記重金属のイオンの還元処理を行うことを特徴とする。
本発明の重金属処理方法において、前記アスベストは針状の繊維状構造をもつ酸化物材料であることを特徴とする。
本発明の重金属処理方法において、前記アスベストは白石綿、青石綿、茶石綿のいずれかであることを特徴とする。
本発明の重金属処理方法において、前記放射線は、前記アスベスト及び前記水溶液を同時に照射することのできる、ガンマ線、ベータ線、アルファ線、エックス線、電子線のうちのいずれかであることを特徴とする。
本発明の重金属処理方法において、前記放射線は、放射線発生装置、原子炉、燃料棒、放射性廃棄物から回収された又は放射性廃棄物中のCs−137、Sr−90のうちのいずれかから発生することを特徴とする。
本発明の重金属処理方法において、前記重金属のイオンは、−2.0V以上の標準酸化還元電位をもつことを特徴とする。
本発明の重金属処理方法において、前記重金属のイオンは6価クロムであることを特徴とする。
本発明のアスベスト処理装置は、アスベストを水溶液中に混合した混合液を収容する混合液収容槽と、前記混合液に放射線を照射する放射線照射部と、を具備することを特徴とする。
本発明のアスベスト処理装置において、前記放射線は、前記アスベスト及び前記水溶液を同時に照射することのできる、ガンマ線、ベータ線、アルファ線、エックス線、電子線のうちのいずれかであることを特徴とする。
本発明の水素生成装置は、アスベストが水溶液中に混合された混合液を収容する混合液収容槽と、前記混合液に放射線を照射する放射線照射部と、を具備し、前記放射線が前記混合液に照射される際に前記水溶液中から発生する水素ガスが取り出されることを特徴とする。
本発明の水素生成装置において、前記放射線は、前記アスベスト及び前記水溶液を同時に照射することのできる、ガンマ線、ベータ線、アルファ線、エックス線、電子線のうちのいずれかであることを特徴とする。
本発明の重金属処理装置は、還元処理すべき重金属のイオンが含まれる水溶液中にアスベストを混合した混合液を収容する混合液収容槽と、前記混合液中の前記アスベストに放射線を照射する放射線照射部と、を具備することを特徴とする。
本発明の重金属処理装置において、前記放射線は、前記アスベスト及び前記水溶液を同時に照射することのできる、ガンマ線、ベータ線、アルファ線、エックス線、電子線のうちのいずれかであることを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明は以上のように構成されているため、アスベストを飛散させずに低温で無害化する処理を行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明を実施するための最良の形態となるアスベスト処理方法につき説明する。図1は、このアスベスト処理方法を実施する際の形態を示す図である。ここでは、無害化すべきアスベスト10が容器11内の水溶液12中に浸漬されており、その状態で容器11の外部から放射線が照射される。
【0015】
アスベスト10としては、任意のアスベスト(石綿)に適用でき、具体的には、白石綿(クリソタイル、化学式:MgSi10(OH))、青石綿(クロシドライト、化学式:Na(Fe2+Fe3+)Si22(OH))、茶石綿(アモサイト、化学式:MgSi22(OH))、直閃石綿(アンソフィライト、化学式:MgSi22(OH))、透角閃石綿(トレモライト、化学式:Ca(Mg,Fe)Si22(OH) (Mg/(Mg+Fe)=1.0〜0.9))、陽起石綿(アクチノライト、化学式:Ca(Mg,Fe)Si22(OH) (Mg/(Mg+Fe)=0.5〜0.9)などのうちいずれか、あるいはこれらの混合物がある。これらはいずれも化学的な毒性物質ではないが、繊維状(針状)の構造の酸化物材料であるために、よく知られているように、特に人間の肺に吸い込まれると肺ガンや中皮種の原因となる。また、アスベスト10は繊維状酸化物の中でも高い耐熱性、耐薬品性を有するために、熱処理だけ、あるいは薬品だけによるその無害化処理は困難である。
【0016】
容器11は、水溶液12を収容でき、かつ後述する放射線を充分に透過させることのできる材料で構成される。具体的には、石英ガラスやステンレスなどからなるものを使用することができる。ただし、容器11自身に放射線を透過させずに水溶液12中のアスベスト10に放射線を照射できる構成であれば、容器11の放射線透過性は特に要求されない。また、以降に説明する反応を効率的に生ずるためには、容器11の形状は、水溶液12中のアスベスト10にこの放射線を効率的に照射できる構成が好ましい。
【0017】
水溶液12としては、塩濃度の高い水溶液が用いられ、塩の種類はアスベスト10の種類によって適宜選択される。具体的には、硫酸(HSO)などの酸性水溶液、ならびに塩化カルシウム(CaCl)や塩化ナトリウム(NaCl)の塩濃度の高い水溶液が好ましい。
【0018】
照射される放射線としてはガンマ線や電子線が好ましい。具体的には、商用に広く用いられているCo−60からのガンマ線(平均エネルギー1.25MeV)や、電子線発生装置から発生する0.5MeV以上の入射エネルギーをもつ電子線である。ただし、水溶液12に対する充分な透過性をもち、アスベスト10に充分に吸収されるだけのエネルギーをもつ放射線であれば適用可能であり、使用済み核燃料の再処理で取り出される放射性物質やその際に発生する高レベル廃液のガラス固化体からのガンマ線や、放射性同位元素からのアルファ線、ベータ線も対象となる。この場合、一般には利用されていない放射性廃棄物の資源化が可能となる。
【0019】
以下では、主にアスベスト10として白石綿を用いた場合について具体的に説明する。
【0020】
アスベスト10として白石綿、水溶液12としては酸性水溶液を用いた場合の0.8MeVの電子線の照射にともなう結晶構造の変化、表面微細構造の変化を図2に示す。図2の左側のグラフ(a)はX線回折結果(横軸は回折角で、縦軸はX線カウント数)で、右側(b)は電子顕微鏡写真であり、下段が照射前、中段が濃度0.4Mの硫酸水溶液中に吸収線量を4MGyで照射した場合、上段が17.8Mの硫酸中に10MGyで照射した場合の結果をそれぞれ示す。なお、この照射の際に、水溶液および白石綿は室温に維持されている。
【0021】
まず、電子顕微鏡写真(b)では、照射前(下段)は1μm以下の太さの針状の構造が顕著であるが、照射後の中段の状態ですでに針状の構造は見られず、粒状化が進んでいることが明らかである。これに対応して、X線回折(a)の結果では、照射が進むにしたがって、回折ピークが小さくなり、その結晶構造が破壊されていくことが明らかである。なお、水溶液中ではなく、放射線を直接白石綿に照射した場合には、吸収線量に関わらず、X線回折結果、微細構造共に図2の下段(照射前)のままの状態であった。また、白石綿をこの水溶液中に浸漬しただけでは、後述するようにMg成分が溶解することは確認できたが、構造の変化は見られなかった。
【0022】
つぎに、0.4M硫酸水溶液中で吸収線量を増やした際の白石綿の比表面積の変化を測定した結果を図3に示す。ここで、比表面積(m/g)はBET比表面積測定装置で測定した。この結果から、水溶液に浸漬した直後に比表面積が増大し、その後の放射線の吸収によってさらに大きくなっている、すなわち、針状の結晶構造から粒状の構造になることが確認でき、針状の構造が破壊されるために、人体に対する無害化が進んでいる。
【0023】
さらに、この反応において、図4に示すように、白石綿の構成元素であるMgが水溶液中に溶解する。図4は、上記の処理を行った際の硫酸水溶液の100倍に希釈した後のMg濃度の吸収線量依存性を測定した結果(■)である。硫酸水溶液の代わりに純水を用いた場合の結果(●)も同時に示してある。硫酸水溶液中では吸収線量に関わらずMgが溶解することが確認できる。
【0024】
以上により、硫酸水溶液中で白石綿に放射線を照射することにより、白石綿の針状構造が粒状構造に変化することが確認され、これを常温で水溶液中に溶解させることができる。すなわち、室温(低温)で安全にアスベストの無害化処理を行うことができる。上記の構成によって、放射線照射によってアスベストの構造破壊による非針状化および/または分解溶解等が促進される。
【0025】
また、これを充分に溶解させない場合でも、粒状構造は針状構造とは異なり、中皮種などの原因となることはない。また、上記の構造変化にともなって、化学反応によって人体に有害な副生成物が生成されていることもない。したがって、白石綿が粒状構造に変化した後では人体に対して無害となり、これを特別な処理せずに廃棄することもできる。また、上記の処理を行うにあたり、白石綿は水溶液中に混合されているため、処理中に白石綿が飛散することもない。
【0026】
上記ではアスベストの一例として蛇紋石系の白石綿の場合について記載したが、角閃石系などの他のアスベストについても同様である。これは、アスベスト中の金属原子(Mg、Feなど)の水溶液中への溶解と、放射線照射によるシリカの損傷が同時に発生するという原理は、他の種類のアスベストにおいても同様であるためである。また、上記では酸性水溶液を用いたが、この場合、水溶液中の酸性度の高さより塩濃度の高さがアスベストの構造変化にとって重要であることを以下の例で示す。
【0027】
例えば、水溶液12として塩化カルシウム(CaCl)の飽和水溶液を用いて、0.8MeV電子線によって吸収線量1MGyで照射した前後のX線回折の結果を、アスベスト10として白石綿の場合を図5、青石綿の場合を図6、茶石綿の場合を図7(いずれにおいても照射前:上段、照射後:下段)に示す。これらの場合においても、放射線を水溶液中ではなく直接アスベストに照射した場合には、吸収線量に関わらず、X線回折の結果は図5から図7の上段のままの状態であった。
【0028】
これらの場合においても、塩化カルシウム水溶液中での放射線照射によって、結晶構造の変化が生じてことを確認できる。具体的には、図5から図7においてアスベストの特徴を示す第1ピークおよび第2ピークの照射後の回折強度がそれぞれ照射前に比べて小さくなっている。なお、セメントの主要成分のカルシウムを含む塩化カルシウム以外に、塩化ナトリウム(NaCl)を用いた場合にも同様の結果が得られた。塩化ナトリウム水溶液を用いた場合も有効であるため、この水溶液として極めて安価な海水を用いることもできる。
【0029】
以上より、酸性水溶液の代わりに塩濃度の高い水溶液を用いても、アスベストとして青石綿や茶石綿においても、水溶液中での放射線の照射によって構造変化が生ずることが確認された。したがって、蛇紋石系の白石綿に比べて処理の困難な角閃石系の青石綿や茶石綿に対しても同様の原理によってその無害化処理を行うことができる。他のアスベスト、例えば直閃石綿、透角閃石綿、陽起石綿などについても同様である。
【0030】
なお、上記の構造変化が生ずる際に、水溶液中ではその対の反応として強い還元作用が発生する。したがって、この還元作用を利用した他の処理も、アスベストの無害化処理と同時に行うことができる。
【0031】
例えば、この還元作用によって水素ガスを発生させることができる。濃度0.4Mの硫酸水溶液中に白石綿を5.0wt%だけ浸漬してCo−60ガンマ線を照射した場合に発生する水素ガス量の吸収線量依存性を測定した結果を図8に示す。ここで、破線はこの水溶液に白石綿を混合しない場合の結果である。白石綿を混合した場合には、これを混合しない場合の2倍近くの水素ガス発生量が得られる。白石綿の代わりに他のアスベストを用いた場合の結果も同様に示しているが、白石綿と同等の発生量が得られている。また、比較例として、アスベストの代わりに特開2007−326755号公報に記載された酸化物粉末(Al、TiO、SiOなど)を用いた場合の結果も×印で示してあるが、アスベストを用いた場合よりも発生量が小さい。
【0032】
水溶液のみの場合と比較した、水溶液に酸化物粉末を混合した場合の水素ガス発生量の増加は、例えば特開2007−326755号公報に記載されているように、酸化物粉末が放射線誘起の触媒として機能しているためである。これに対して、酸化物粉末を混合した場合と比較した、アスベストを混合した場合の発生量の増加は、アスベストが酸化物粉末と同様に触媒として機能しながら、さらにアスベストの構造変化にともなう水の還元によって水素ガスが生成されるためである。
【0033】
したがって、アスベストの無害化処理を行いながら、水素ガスを多量に発生させることができ、これを回収して有用なエネルギー源として用いることができる。あるいは、アスベストが完全に無害化されない状態においても、発生した水素ガスを回収することができる。
【0034】
この水素生成方法においては、安価な水溶液やアスベストを用いて水素ガスを常温で有効に発生させることができる。常温でありかつ電流を流すこともないために水素ガスに引火する危険性も少ないことから、安全に水素ガスを発生させることができる。
【0035】
放射線の照射によってアスベストを含む水溶液中で起こる還元作用を、水素ガスの生成以外にも用いることができ、例えば重金属のイオンの還元処理を行うことができる。特に、6価クロムなどの標準酸化還元電位が−2.0V以上の強い酸化力をもつ重金属イオンに対して還元処理を行うことができる。
【0036】
クロム(Cr)においては、その単体あるいは化合物は有用であるが、反面、6価クロムを含む化合物は強い毒性をもつことが知られている。したがって、6価クロムがある場合には、これを還元処理して酸化数を減らす、例えば3価あるいは4価とすることにより、無害化することができ、かつ無害化したクロムを有用な物質として再利用することができる。6価クロムが含まれる水溶液中に放射線を照射してこの処理を行う技術は、例えば特開2006−247485号公報に記載されているが、上記メカニズムによって水素ガスの発生と同様に、特にアスベストを混合した水溶液中でこの処理を効率的に行うことができる。
【0037】
図9は、この水溶液中における6価クロムの還元濃度の吸収線量依存性を図8と同様に測定した結果である。図8の結果と同様に、アスベストが混合されない場合でも6価クロムの還元処理は可能であるが、アスベストを混合した場合にはこの効率は2倍近くになる。この理由は、前記の水素ガスの生成の場合と同様である。
【0038】
したがって、この重金属処理方法においては、アスベストを処理している水溶液中で有害な重金属の処理を効率的に行うことができ、これを無害化・回収した上で再利用することができる。この場合においても、水素ガスの生成の場合と同様に、安価な水溶液やアスベストを用いて有害な重金属を無害化し、その再利用をすることができる。あるいは、アスベストが完全に無害化されない状態においても、重金属イオンの無害化処理を行うことができる。
【0039】
ここで処理できる重金属のイオンとしては、上記の6価クロムの他に、4価セリウム、7価マンガンなどがある。
【0040】
なお、上記の場合にはCo−60のガンマ線や、0.5MeV以上の入射エネルギーの電子線が放射線として用いられたが、上記の還元作用が起こる限りにおいて、他の放射線を用いることも可能である。
【0041】
例えば、この放射線としては、混合液23中のアスベスト及び水溶液を同時に照射することのできる、ガンマ線、ベータ線、アルファ線、エックス線、電子線のうちのいずれかを用いることができる。また、これらの放射線としては、一般に知られる各種の放射線発生装置から発生するものを初め、原子炉、燃料棒、放射性廃棄物から回収された又は放射性廃棄物中のCs−137、Sr−90を用いることも可能である。
【0042】
上記のアスベスト処理方法を実際に行うアスベスト処理装置の全体の構成の概要を図10に示す。このアスベスト処理装置20の上部には電子線加速器(放射線照射部21)が設けられ、電子線(放射線22)が下方に向かって照射される。水溶液と処理対象となるアスベスト(あるいはアスベストを含有する廃棄物)との混合液23は混合液収容槽24中に入れられ、ベルトコンベア25の移動にともなってこの電子線中を移動する。なお、この雰囲気は大気中であり、温度は可変で室温とすることができる。
【0043】
なお、前記の通りに、アスベストに照射する放射線としては、電子線以外にもガンマ線やエックス線などを用いることができるが、短時間で処理が可能な高い線量率で照射することができ、オン・オフの制御が容易であり、汎用性に優れ取り扱いも比較的容易である電子線を用いることが好ましい。この場合、電子線のエネルギーは、この雰囲気および水溶液中を電子線が透過してアスベストが充分な強度で照射され、放射線障害防止法の加速器としての適用が除外される範囲であることが好ましく、0.5MeV以上1.0MeV未満であることが好ましい。
【0044】
このアスベスト処理装置20によって無害化処理が施された後、粒状化したアスベストは固化廃棄物として、アスベスト成分の溶解した前記水溶液は液体廃棄物として、特別な後処理を施すことなく処分することができる。
【0045】
また、前記の通り、この際に水素ガスが発生するため、この構成のアスベスト処理装置をそのまま上記の水素生成方法を実現する水素生成装置とすることもできる。この場合には、発生した水素ガスを取り出すためには、アスベスト処理装置20中の雰囲気ガスを取り出し、水素精製装置などで処理をすればよい。この際、アスベスト処理装置20内の雰囲気は室温であるため、水素が爆発する可能性も低く、安全性の確保も容易である。
【0046】
また、前記の通り、この際に重金属の無害化処理を行うことができるため、この構成のアスベスト処理装置をそのまま上記の重金属処理方法を実現する重金属処理装置、例えば6価クロム無害化処理装置とすることもできる。この場合には、重金属イオンが含まれる溶液を前記の水溶液と混合すればよい。重金属が6価クロムである場合、アスベストの無害化処理が行われた後には、同時に6価クロムは還元されて、無害な3価クロムなどに変換されているため、これを回収して再利用することができる。この3価クロムは前記の固化した廃棄物あるいは廃液の中に含まれ、同時にこの中にはアスベストも含まれているが、アスベストがすでに無害化された状態であれば、このクロムの再利用にあたっての処理も容易である。
【0047】
以上に述べた本発明の特徴をまとめると、以下の有利な効果を有する。
【0048】
上記のアスベスト処理方法によって実際に処理されるアスベストは建材中に含まれるものを対象にすることもできる。従来のアスベスト処理方法においては、高温加熱による溶融固化の他に、マイクロ波照射処理やアークプラズマによる溶融処理などがあるが、いずれも乾式であり、効果的に処理するため大量の薬品を必要とした。この場合、薬品が建材中に浸透しない場合があるとともに、アスベスト以外の物質に熱やマイクロ波が遮られる可能性もあった。これに対して本発明のアスベスト処理方法では、水溶液が建材に満遍なく浸透し、透過性の高い放射線がアスベストを的確に照射することができる。
【0049】
また、このアスベスト処理方法は、高温の加熱及びおよび劇物などの薬品を必要とせずに、アスベストを常温・常圧、かつ飛散することなく水溶液中に保持した状態で処理することができるため、安全性・操作性に優れている。また、薬品の購入コストが要らず、水溶液として人為的に調製されたものだけでなく海水でも可能である。
【0050】
また、このアスベスト処理方法は、アスベストを放射線分解で完全に分解・非針状化して無害化する、あるいはそれを容易にする方法であるため、従来法との相補性に優れている。さらに、薬品などを利用しないため、後処理を要しないだけでなく、アスベストの構成元素自体は有害なものはないため、その分解による溶解成分は環境に直接排出でき、非針状化した固体成分は無害化・減容化した状態で廃棄されるため、環境適合性にも優れている。
【0051】
また、上記の通りに、同一の構成の装置を用いて、アスベストの無害化、水素生成、及び重金属の無害化処理を同時に行うことができる。したがって、これらの処理を行うに際しての経済性に優れている。
【0052】
また、放射線源として、医療器具の滅菌やタイヤの硬化処理などに広く利用されている商用の放射線源の転用・活用も可能である。従って、上記のアスベスト処理方法、水素生成方法、重金属無害化方法は従来の処理施設などに組み込み可能な、オンサイト処理法である。
【0053】
さらに、これらの方法において利用する放射線として、使用済み核燃料の再処理で取り出される放射性物質やその際に発生する高レベル放射性廃棄物のガラス固化体からのガンマ線やベータ線も用いることができる。従って、将来的にコストゼロの放射線源として放射性廃棄物の資源化も可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1】本発明の実施の形態に係るアスベスト処理方法を実行する際の形態の一例として外部放射線照射系の概要を示す図である。
【図2】酸性水溶液中の放射線吸収に伴う白石綿の結晶構造(X線回折結果)と表面微細構造の変化を測定した結果である。
【図3】酸性水溶液中の放射線吸収に伴う白石綿の比表面積の変化を測定した結果である。
【図4】白石綿から水溶液中に溶解したマグネシウムMg濃度の吸収線量依存性を測定した結果である。
【図5】塩化カルシウム水溶液中の放射線吸収に伴う白石綿の結晶構造の変化を測定した結果である。
【図6】塩化カルシウム水溶液中の放射線吸収に伴う青石綿の結晶構造の変化を測定した結果である。
【図7】塩化カルシウム水溶液中の放射線吸収に伴う茶石綿の結晶構造の変化を測定した結果である。
【図8】アスベストを含んだ水溶液中の放射線吸収に伴う水素ガス発生量を測定した結果である。
【図9】白石綿を含んだ水溶液中の放射線吸収に伴う6価クロムの還元濃度を測定した結果である。
【図10】本発明の実施の形態に係るアスベスト処理装置の構成を示す図である。
【符号の説明】
【0055】
10 アスベスト
11 容器
12 水溶液
20 アスベスト処理装置(水素生成装置、重金属処理装置)
21 放射線照射部(電子線加速器)
22 放射線(電子線)
23 混合液
24 混合液収容槽
25 ベルトコンベア

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アスベストの無害化処理を行うアスベスト処理方法であって、
前記アスベストを水溶液中に浸漬し、放射線を前記アスベスト及び前記水溶液に照射することを特徴とするアスベスト処理方法。
【請求項2】
前記アスベストは針状の繊維状構造をもつ酸化物材料であることを特徴とする請求項1に記載のアスベスト処理方法。
【請求項3】
前記アスベストは白石綿、青石綿、茶石綿のいずれかであることを特徴とする請求項2に記載のアスベスト処理方法。
【請求項4】
前記放射線は、前記アスベスト及び前記水溶液を同時に照射することのできる、ガンマ線、ベータ線、アルファ線、エックス線、電子線のうちのいずれかであることを特徴とする請求項1から請求項3までのいずれか1項に記載のアスベスト処理方法。
【請求項5】
前記放射線は、放射線発生装置、原子炉、燃料棒、放射性廃棄物から回収された又は放射性廃棄物中のCs−137、Sr−90のうちのいずれかから発生することを特徴とする請求項4に記載のアスベスト処理方法。
【請求項6】
前記放射線の照射によって前記アスベストの構造破壊による非針状化および/または分解溶解等を促進することを特徴とする請求項1から請求項5までのいずれか1項に記載のアスベスト処理方法。
【請求項7】
水溶液に放射線を照射して水素ガスを生成する水素生成方法であって、
アスベストを前記水溶液中に浸漬し、前記放射線を前記アスベスト及び前記水溶液に照射する際に前記水溶液中から発生する水素ガスを取り出すことを特徴とする水素生成方法。
【請求項8】
前記アスベストは針状の繊維状構造をもつ酸化物材料であることを特徴とする請求項7に記載の水素生成方法。
【請求項9】
前記アスベストは白石綿、青石綿、茶石綿のいずれかであることを特徴とする請求項8に記載の水素生成方法。
【請求項10】
前記放射線は、前記アスベスト及び前記水溶液を同時に照射することのできる、ガンマ線、ベータ線、アルファ線、エックス線、電子線のうちのいずれかであることを特徴とする請求項7から請求項9までのいずれか1項に記載の水素生成方法。
【請求項11】
前記放射線は、放射線発生装置、原子炉、燃料棒、放射性廃棄物から回収された又は放射性廃棄物中のCs−137、Sr−90のうちのいずれかから発生することを特徴とする請求項10に記載の水素生成方法。
【請求項12】
還元処理すべき重金属のイオンが含まれる水溶液に放射線を照射して前記重金属の無害化を行う重金属処理方法であって、
アスベストを前記水溶液中に浸漬し、前記放射線を前記アスベスト及び前記水溶液に照射して前記重金属のイオンの還元処理を行うことを特徴とする重金属処理方法。
【請求項13】
前記アスベストは針状の繊維状構造をもつ酸化物材料であることを特徴とする請求項12に記載の重金属処理方法。
【請求項14】
前記アスベストは白石綿、青石綿、茶石綿のいずれかであることを特徴とする請求項13に記載の重金属処理方法。
【請求項15】
前記放射線は、前記アスベスト及び前記水溶液を同時に照射することのできる、ガンマ線、ベータ線、アルファ線、エックス線、電子線のうちのいずれかであることを特徴とする請求項12から請求項14までのいずれか1項に記載の重金属処理方法。
【請求項16】
前記放射線は、放射線発生装置、原子炉、燃料棒、放射性廃棄物から回収された又は放射性廃棄物中のCs−137、Sr−90のうちのいずれかから発生することを特徴とする請求項15に記載の重金属処理方法。
【請求項17】
前記重金属のイオンは、−2.0V以上の標準酸化還元電位をもつことを特徴とする請求項12から請求項16までのいずれか1項に記載の重金属処理方法。
【請求項18】
前記重金属のイオンは6価クロムであることを特徴とする請求項17に記載の重金属処理方法。
【請求項19】
アスベストを水溶液中に混合した混合液を収容する混合液収容槽と、
前記混合液に放射線を照射する放射線照射部と、
を具備することを特徴とするアスベスト処理装置。
【請求項20】
前記放射線は、前記アスベスト及び前記水溶液を同時に照射することのできる、ガンマ線、ベータ線、アルファ線、エックス線、電子線のうちのいずれかであることを特徴とする請求項19に記載のアスベスト処理装置。
【請求項21】
アスベストが水溶液中に混合された混合液を収容する混合液収容槽と、
前記混合液に放射線を照射する放射線照射部と、
を具備し、
前記放射線が前記混合液に照射される際に前記水溶液中から発生する水素ガスが取り出されることを特徴とする水素生成装置。
【請求項22】
前記放射線は、前記アスベスト及び前記水溶液を同時に照射することのできる、ガンマ線、ベータ線、アルファ線、エックス線、電子線のうちのいずれかであることを特徴とする請求項21に記載の水素生成装置。
【請求項23】
還元処理すべき重金属のイオンが含まれる水溶液中にアスベストを混合した混合液を収容する混合液収容槽と、
前記混合液中の前記アスベストに放射線を照射する放射線照射部と、
を具備することを特徴とする重金属処理装置。
【請求項24】
前記放射線は、前記アスベスト及び前記水溶液を同時に照射することのできる、ガンマ線、ベータ線、アルファ線、エックス線、電子線のうちのいずれかであることを特徴とする請求項23に記載の重金属処理装置。

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図10】
image rotate


【公開番号】特開2010−63970(P2010−63970A)
【公開日】平成22年3月25日(2010.3.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−230947(P2008−230947)
【出願日】平成20年9月9日(2008.9.9)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 日本原子力学会 2008年春の年会 講演予稿集(2008年3月11日発行、開催日2008年3月28日)
【出願人】(505374783)独立行政法人 日本原子力研究開発機構 (727)
【Fターム(参考)】