説明

アディポネクチン分泌促進剤

【課題】血中アディポネクチン濃度を積極的に高めることができる摂食用/摂飼用組成物を得る。
【解決手段】SUU型のトリグリセリド(但し式中、Sは炭素数20から24の飽和脂肪酸残基、Uは炭素数16以上の不飽和脂肪酸残基)を、有効成分としてベース油脂中に5〜30重量%含んだ油脂組成物を、アディポネクチン分泌促進剤とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はSUU型のトリグリセリドを有効成分とする、アディポネクチン分泌促進剤に関する。
【背景技術】
【0002】
わが国の食生活は近年大きく変化しており、肉類などの動物性食品の摂取が増加する一方で、日本食離れに伴う米類,野菜類,豆類等の植物性食品の摂取が減少している。このような背景において、糖尿病や動脈硬化疾患あるいは肥満症といった生活習慣病患者が増加してきている。
【0003】
ところで、生体の脂肪組織はエネルギーの単なる一時貯蔵庫ではなく、アディポサイトカイン(adipocytokines)と総称される種々の生理活性物質を分泌する「分泌組織」であると提唱されている(非特許文献1)。アディポサイトカインにはインスリン抵抗性に関与するTNF-αをはじめ、レプチン、高血圧との関連がうかがわれるアンジオテンシノーゲン、線溶系の重要な調節因子で血栓形成を促すPAI-1などがある。中でも近年最も注目されているのが「アディポネクチン」(adiponectin)である。アディポネクチンは、脂肪組織に特異的な分泌蛋白質であり、コラーゲン様の構造を有する。
【0004】
アディポネクチンの生理作用の、重要な役割の一つとして、PAI-1、TNF-α、レジスチンや遊離脂肪酸の分泌を調節することによってインスリン抵抗性を改善することが示されている(非特許文献2,3)。マウスを用いた試験で、アディポネクチンはマクロファージを主体とする粥状動脈硬化巣局所に直接作用し、マクロファージの泡沫化および粥状動脈硬化を抑制することが報告されている(非特許文献4)。これらのことから、アディポネクチン濃度を積極的に高めることで、各疾病の予防が可能と想定される。
【0005】
一方、長鎖飽和脂肪酸であるベヘン酸は、その高融点故に動物の消化管内での消化吸収率が低いことが知られている。この性質を用いた、ベヘン酸を構成脂肪酸として含有する、低吸収性のトリグリセリドが開示されている(特許文献1)。これらトリグリセリドは、通常の油脂の代替として使用することで、低カロリーな食品として用いることができるが、その効果についての認識はあくまで、摂取したベヘン酸が吸収されずに排泄される量に留まる上に、脂肪酸のグリセリンへの結合位置を特定したSUU型トリグリセリドについて、低濃度で用いた例は開示されていない。また、アディポネクチンの分泌については何ら示唆されていない。
【0006】
【非特許文献1】Annals of the New York Academy of Sciences 892, 146-154, 1999.
【非特許文献2】松澤、大豆たん白質研究, 6,1-10, 2003.
【非特許文献3】下村、医学のあゆみ, 207, 647-652, 2003.
【非特許文献4】高橋、医学のあゆみ, 192,541-545, 2001.
【特許文献1】特開平1−85040号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
かかる状況に鑑み、アディポネクチンの分泌をより強く促進しうる物質が解明できれば、アディポネクチンの血中濃度の上昇により、糖尿病や動脈硬化疾患の治療,予防薬剤や食品の開発が可能となる。すなわち、本発明は、アディポネクチンの分泌を促進しうる物質を見出し、このアディポネクチン分泌促進物質に基づく各種疾患の治療,予防に役立つ経口物を開発することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは上記課題を解決すべく、種々の成分の検討を行う中で、少量のSUU型のトリグリセリドの経口投与が血中アディポネクチン濃度を強く亢進することを初めて見出した。この知見に従ってSUU型のトリグリセリドをアディポネクチン分泌促進剤の有効成分として利用できることを見出し、本発明を完成させた。
【0009】
すなわち、本発明は
(1)SUU型のトリグリセリドを有効成分とする、アディポネクチン分泌促進剤。但し式中、Sは炭素数20から24の飽和脂肪酸残基で、Uは炭素数16以上の不飽和脂肪酸残基である。
(2)Sがベヘン酸残基である(1)の分泌促進剤。
(3)Uがオレイン酸残基である(1)の分泌促進剤。
(4)SUU型のトリグリセリドを5から30重量%含有した油脂組成物である、(1)の分泌促進剤。
(5)アディポネクチン分泌促進効果に基づく健康表示を付した、(1)の分泌促進剤を含んだ食品。
である。
【発明の効果】
【0010】
本発明の提供する分泌促進剤は、アディポネクチンの分泌促進効果が高いため、それを利用した機能剤や飲食品を提供することができ、これらの経口摂取により血中アディポネクチン濃度を上昇させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明について詳細に説明する。本発明のアディポネクチン分泌促進剤は、SUU型のトリグリセリドを有効成分とすることが特徴である。本発明のSと示した脂肪酸残基は、炭素数20から24の飽和脂肪酸残基であるが、炭素数18以下の飽和脂肪酸では本効果が弱く、また炭素数26以上の飽和脂肪酸では、融点が上がり汎用性が減少する上に、脂肪酸の供給源も少なく実用性は高くない。効果と実現性から、炭素数22のベヘン酸が好ましい。
【0012】
Uと示した脂肪酸残基は、炭素数16以上の不飽和脂肪酸残基であるが、炭素数14以下の不飽和脂肪酸は、その供給源が少なく実用性は高くない。Uの炭素数の上限は特に設けないが、供給源を考えれば炭素数22以下が好ましく、炭素数18以下が最も好ましい。また不飽和度は特に制限は設けないが、脂肪酸の酸化安定性を考えれば、極端な多価不飽和脂肪酸は使用しにくく、ジエン酸以下の不飽和が好ましく、モノ不飽和酸が更に好ましく、オレイン酸が最も好ましい。
【0013】
そして本発明の有効成分は、Sで示した脂肪酸残基がグリセリンの1位または3位の水酸基、Uで示した脂肪酸残基がグリセリンの残り2つの水酸基にエステル結合した、SUU型で示される1長鎖飽和-2長鎖不飽和トリグリセリドである。尚、本発明明細書の表記では、脂肪酸のグリセリンへの結合位置について、その1位と3位とを区別しない。
【0014】
本発明は、SUU型トリグリセリドを油脂中に少量含むことが特徴である。そしてこの経口摂取により、消化吸収性に大きな影響を及ぼすことなく、アディポネクチン分泌を促し、血中アディポネクチン濃度を上昇させることができる。アディポネクチン分泌促進剤としての有効摂取量は使用目的,使用対象,形態により異なるが、ベース油脂中に5から30重量%、好ましくは10から20重量%含むことで、血中アディポネクチン濃度を上昇させることができる。
【0015】
SUU型トリグリセリドが油脂中に30重量%を超えて存在すると、摂取カロリーの低下等の低消化吸収に起因する他の効果が表われる上に、脂溶性ビタミン類の吸収性阻害等の問題が発生し、更にSUU型トリグリセリドを含む油脂組成物の融点が上昇し汎用性に欠けるために、好ましくない。また油脂中に5重量%以下であると、血中アディポネクチン濃度上昇に関わる効果が明確に示されないため、不適切である。
【0016】
本発明は、SUU型トリグリセリドを油脂中に少量含むことが特徴であるが、ベースとなる油脂は食用の動植物油脂、例えば、大豆油,ヒマワリ油,菜種油,キャノラ油,米糠油,紅花油,パーム油,パーム核油,ヤシ油,魚油,乳脂,カカオバター等であれば制限はない。多くの医薬品は、その適正量以上の摂取は安全性に問題を生じさせる可能性があるのに対し、本発明の有効成分は、天然の植物由来の含有物を使用したトリグリセリドであることから、安全性の観点からは摂取量の上限はほとんど問題にはされない。
【0017】
本発明の有効成分であるSUU型のトリグリセリドは、ハイエルシン菜種油や魚油の極度硬化油を脂肪酸もしくはエステルにしたもの、または、更に蒸留により精製したものをS脂肪酸源として、一般的な不飽和脂肪酸を多く含む油脂、例えば、菜種油,キャノーラ油,大豆油,ひまわり油,サフラワー油,ハイオレインひまわり油,ハイオレインサフラワー油等をU脂肪酸源として、1,3位に特異性のあるリパーゼにより、エステル交換させることで得られる。得られた有効成分は溶剤分別により濃縮することも可能であり、好ましい。
【0018】
本発明の分泌促進剤は、食品,薬剤又は飼料の、種々の用途に用いることができる。その際の形態は、ベースとなる油脂の融点や本発明のSUU型トリグリセリドの添加量によって異なるが、液油をそのまま用いる形態や、エマルジョンもしくはサスペンジョンなどの液剤の形態、クリーム,マーガリン,ショートニング,ハードバターなどの一般的な食品素材の形態などを採ることができる。この分泌促進剤を用いた食品には、油脂含量の比較的高い食品が好ましく、例えばマヨネーズ,ドレッシング類,各種のクリーム類,チョコレート等に配合できる。他には、焼き菓子等の菓子類、パン類などに配合することができるし、カプセル剤として用いることもできる。
【0019】
本発明の分泌促進剤およびこれを含む食品の摂取量の基準は特に設けるに及ばず、通常の食品や食品中の油脂組成物に代替して用いることで、アディポネクチン分泌促進効果を得ることができる。目標とすべき分泌促進剤の摂取量として、1日に5gから100g、好ましくは10gから50g程度が例示できる。
【0020】
以下、この発明の実施例を示すが、本発明がこれらによってその技術的範囲が限定されるものではない。なお、以下%は特に断りがない限り、重量%を示す。
【実施例】
【0021】
[製造例1]
炭素数22の不飽和脂肪酸を45%含む高エルシン菜種油の極度硬化油を加水分解し、エステル化して脂肪酸エチルエステルを得た。この脂肪酸エステルを精留し、アシル基の炭素原子数20から24の飽和脂肪酸エステルを97.9%含む留分を得た。この脂肪酸エステル留分70部を高オレイン酸ヒマワリ油30部と混合し、1,3位特異的な酵素剤を用いてエステル交換し、その後に脂肪酸エステルを留去することにより、沃素価45の反応油を得た。さらに分別して、低融点画分を収率42.4%で分取し、常法により精製した(試験油脂)。本試験油脂の融点は24℃、沃素価は55.8であり、その脂肪酸組成およびトリグリセリド(TG)組成を表1に示す。
【0022】
(表1)試験油脂の脂肪酸およびトリグリセリド組成

【0023】
[試験例1]
試験油脂が血中アディポネクチン濃度に及ぼす影響について、動物実験により調査した。モデル動物は7週齢のSD系雄ラット(日本SLC(株)販売)を12匹を使用した。1週間の予備飼育後、群間の平均体重がほぼ同等になるように比較油脂群(6匹)と試験油脂群(6匹)に群分けを行った。食餌飼料はAIN-93G組成に基づき、油脂含量を28%とした。これらを6週間自由摂取させた。食餌配合は以下表2に示した。
【0024】
(表2)試験食組成

【0025】
6週間後に腹部大動脈から採血を行った。常法に従って血漿を調製し、血液中のアディポネクチン量をELISA法キット(大塚製薬(株)製)にて測定した。結果を表3に示したように、SUU型のトリグリセリドの置き換えによって血中アディポネクチン濃度の上昇が認められた。一方、ラットの糞生成率は、8.0%(比較試験群)が9.4%(試験群)と微増したに過ぎず、本効果がベヘン酸の低吸収に起因するものではないと推定された。以上の結果より、SUU型のトリグリセリドがアディポネクチンの分泌促進作用を有していることが示された。
【0026】
(表3)血中アディポネクチン濃度および糞生成率

【0027】
[実施例1]マヨネーズの製造
卵黄30部に食酢25部,食塩4部,グルタミン酸ナトリウム1部を加えて撹拌している中に、別途、製造例1で調製した試験油28部に菜種油112部を混合した混合油を徐々に加えることで、アディポネクチン分泌促進効果を持つマヨネーズが調製できる。
【0028】
[実施例2]クリームの製造
水51部に、脱脂粉乳4部,製造例1で調製した試験油9部,乳脂36部,シュガーエステル0.2部,レシチン0.2部,ヘキサメタリン酸ナトリウム0.1部から成る混合液を70℃に加温し、ホモミキサー(特殊機化工業株式会社製)で10,000回転で1分間撹拌し、予備乳化させる。次にこの液を高圧ホモゲナイザーを用い10kgf/cm2力下で均質化した後、144℃で4秒の加熱殺菌を行う。この溶液を急速に5℃まで冷却した後、5℃で一晩エージングすることでアディポネクチン分泌促進効果を持つクリームが調製できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
SUU型のトリグリセリドを有効成分とする、アディポネクチン分泌促進剤。但し式中、Sは炭素数20から24の飽和脂肪酸残基で、Uは炭素数16以上の不飽和脂肪酸残基である。
【請求項2】
Sがベヘン酸残基である請求項1の分泌促進剤。
【請求項3】
Uがオレイン酸残基である請求項1の分泌促進剤。
【請求項4】
SUU型のトリグリセリドを5から30重量%含有した油脂組成物である、請求項1の分泌促進剤。
【請求項5】
アディポネクチン分泌促進効果に基づく健康表示を付した、請求項1の分泌促進剤を含んだ食品。

【公開番号】特開2008−24647(P2008−24647A)
【公開日】平成20年2月7日(2008.2.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−199116(P2006−199116)
【出願日】平成18年7月21日(2006.7.21)
【出願人】(000236768)不二製油株式会社 (386)
【Fターム(参考)】