説明

アニオン交換基が固定された多孔膜を用いた抗体モノマーの精製方法

【課題】簡便で、高速処理が可能でプロセスウィンドウが広く、凝集体を含む夾雑物を有効にかつ迅速に除去することのできる、抗体モノマーの精製方法を提供すること。
【解決手段】抗体モノマー及び夾雑物を含む混合液からの抗体モノマーの精製方法であって、アニオン交換基が固定された多孔膜に、混合液を通液し、夾雑物及び/又は抗体モノマーを多孔膜に吸着させる工程を含む、抗体モノマーの精製方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アニオン交換基が固定された多孔質吸着膜を用いた、抗体モノマーの精製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、バイオテクノロジー産業において、タンパク質の大量精製が重要な課題となっている。特に医薬の分野において、抗体医薬の需要が急速に拡大しており、効率的に大量のタンパク質を産生可能及び精製可能な技術の確立が強く望まれている。
【0003】
一般的に、タンパク質は、動物由来の細胞株を用いる細胞培養によって産生される。この細胞培養液からタンパク質を精製する通常の操作においては、最初に、細胞培養液を遠心分離し、濁質成分を沈降除去する。次いで、遠心分離で除去しきれない約1μm以下の細胞デブリを、精密ろ過膜を用いるサイズろ過により除去する。さらに無菌化するために、最大細孔径が0.22μm以下のろ過膜を用いて無菌化ろ過を施して、目的タンパク質を含む無菌溶液を得る(ハーベスト工程)。続いて、プロテインAに代表されるアフィニティクロマトグラフィーを初めとする、複数のクロマトグラフィー技術の組み合わせによる精製プロセスを用いて、Host Cell Protein(HCP)、DNA、目的タンパク質の凝集体、エンドトキシン、ウィルス、カラムから脱離したプロテインA及びプロテインAと抗体との凝集体などの夾雑物を、この無菌溶液から除去し、目的タンパク質を分離・精製する(ダウンストリーム工程)。
【0004】
以上説明した従来のタンパク質の精製方法の対象となる細胞培養液中の目的タンパク質の濃度は、現状では通常1g/L程度である。また、夾雑物の濃度も、目的タンパク質の濃度とほぼ同程度又はそれ以下であると考えられ、かかる濃度においては、上記のハーベスト工程及びダウンストリーム工程を含む従来のタンパク質の精製方法は充分有効である。
【0005】
しかしながら、抗体医薬の需要が急速に拡大し、抗体医薬に用いられるタンパク質の大量生産が指向されたため、近年では細胞培養液中のタンパク質濃度を高める細胞培養技術が急速に発達し、細胞培養液中の目的タンパク質の濃度が10g/L又はそれ以上に達することもある。同時に、細胞培養液中の夾雑物の濃度も同様に増加し、従来のタンパク質の精製方法では、目的タンパク質の精製が困難になりつつある。
【0006】
特に、細胞培養液中の目的とする抗体タンパク質の濃度の増大に伴い、そのモノマーの凝集体、例えば2量体、3量体などの多量体の濃度も顕著に増加する傾向にある。凝集体は、生体内への投与時に、補体の活性又はアナフィラキシーをもたらすことによって、抗体医薬の安全性に有害な影響を及ぼす可能性が指摘されており、その有効な除去方法が近年希求されている。このため、凝集体を含む各種の夾雑物を有効に除去し、抗体医薬品として使われる抗体タンパク質、すなわちモノクローナル抗体、ポリクローナル抗体、ヒト化抗体、ヒト抗体及び免疫グロブリンなどを精製することを目的としたクロマトグラフィー工程が多数報告されている。
【0007】
イオン交換クロマトグラフィーは、抗体と夾雑物との等電点の相違を利用して、これらを分離する方法であり、特にアニオン交換クロマトグラフィーは、一般に等電点の値が抗体タンパク質より小さいHCP、DNA、ウィルスなどの夾雑物の除去に多用されている。しかしながら、等電点がモノマーとほぼ等しい凝集体を、アニオン交換クロマトグラフィーを用いて除去するためには、他の夾雑物の除去よりも精密な条件の制御が要求される。
【0008】
例えば、特許文献1には、抗体の等電点の近傍のpHに抗体モノマーと凝集体の混合液を調整して、アニオン交換クロマトグラフィーカラムに通液して透過液を回収し、さらに同じpHの緩衝液を通液して洗浄液を回収し、これらの回収液を抗体モノマーの精製液とする抗体モノマーの精製方法が開示されている。この精製方法は、凝集体はモノマーに比べて多くの電荷点を有するため、僅かではあるがアニオン交換基により固定されやすいという原理に基づいている。特許文献2には、抗体モノマーと凝集体をともにアニオン交換クロマトグラフィーカラムに吸着させた後、溶出液の塩濃度を徐々に上昇させるグラジエント溶出により、先に溶出される抗体モノマーの溶出ピークを回収する、抗体モノマーの精製方法が開示されている。
【0009】
また、近年、効率的に抗体を夾雑物から分離精製するために、複数のリガンドを有する混合モードの樹脂を充填したクロマトグラフィーカラムを用いることが、広く検討されている。このようなクロマトグラフィーカラムに用いられるリガンドとしては、ミックスモードリガンド又はマルチモーダルリガンドと呼ばれるリガンドが用いられている。このようなリガンドを用いるクロマトグラフィーにおいては、電荷と疎水性の複数の相互作用の差を利用するため、より高精度な分離が可能になるばかりでなく、複数の夾雑物を同時にかつ有効に除去可能になることが期待される。
【0010】
例えば、特許文献3には、アニオン交換基と疎水性基よりなるマルチモーダルリガンドのクロマトグラフィーを用いたフロースルーモードにより、夾雑物を吸着して抗体モノマーを回収する方法、特に遊離したプロテインAリガンドと抗体モノマーよりなる凝集体を吸着除去する方法が記載されている。特許文献4には、四級アンモニウム基、水素結合基及び疎水性基を有するマルチモーダルのクロマトグラフィーを用いて、DNA、ウィルス、エンドトキシン、凝集体、HCPなどの殆どの夾雑物を吸着し、抗体モノマーをフロースルーにより回収する方法が記載されており、特にHCPはほぼ完全に除去されることが記載されている。特許文献5には、メルカプト基及び芳香族ピリジン環を有するミックスモードのクロマトグラフィーを用いて、抗体モノマーのみを吸着し、凝集体を非吸着画分として除去することにより、結合モードで抗体モノマーを精製する方法が記載されている。
【0011】
凝集体を選択的にカラムに吸着させ、より有効に凝集体を除去することを目的とした、フロースルーモードで抗体モノマーを精製回収する方法として、特許文献6には、ヒドロキシアパタイトのクロマトグラフィーを適用した例が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】米国特許第6,177,548号明細書
【特許文献2】特表2002−517406号公報
【特許文献3】特表2008−505851号公報
【特許文献4】特表2008−517906号公報
【特許文献5】特表2008−500972号公報
【特許文献6】特表2007−532477号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
上述のとおり、細胞培養液中の多種多様な夾雑物から抗体を高精度で分離する方法は、数多く提案され、報告されている。しかしながら、全ての夾雑物を有効かつ迅速に除去して抗体を精製することは、現状でも困難であり、特にアフィニティクロマトグラフィー後の中間精製において、微量に残存するHCP、凝集体などを医薬品として要求されるレベルにまで除去し、高精度な抗体モノマーを回収することは、細胞培養液中の目的タンパク質濃度が大幅に向上しつつある状況下、さらに困難になることが懸念される。
【0014】
特許文献1及び2に開示された、アニオン交換クロマトグラフィーカラムを用いた方法では、凝集体の除去のために極僅かな電荷相互作用の相違を用いるため、非常に精密な条件の制御と分解能が要求され、高流速で通液することによる迅速な処理は困難である。
【0015】
特許文献3及び4に開示されたマルチモーダルのリガンドについても、同様にクロマトグラフィーカラムに用いるビーズのみをリガンドの固定対象としており、高流速で通液することが困難である。また、特許文献5及び6に開示されたミックスドモードのリガンドについても、クロマトグラフィーカラムに用いるビーズのみをリガンドの固定対象としており、高流速で通液することが困難である。これは、クロマトグラフィーに用いるビーズは多孔体粒子であり、本質的に溶液が拡散によって多孔体の細孔内に侵入することによってのみ、タンパク質とリガンドとの接触が行われるためである。そのため、通常ビーズによるカラムクロマトグラフィーの場合、有効に吸着がなされるための通液流速は100V/h(1時間あたりカラム体積の100倍の溶液を通液)程度である。
【0016】
全ての夾雑物を有効かつ迅速に除去して抗体を精製することの困難さは、フロースルーモード並びに結合モードの両方において、有効に抗体を分離精製するための有効なpH、塩濃度、溶液組成などの条件、すなわちプロセスウィンドウが狭く、安定で汎用的な精製条件を決定することが容易ではないことにも起因する。この状況はより効率的に夾雑物を除去することを目的とした混合モードリガンドのクロマトグラフィーにおいても同様である。
【0017】
加えて、中間精製において夾雑物を除去する工程は、高精度が要求されるために、高流速処理が可能な吸着膜ではなく、分解能が高いクロマトグラフィーカラムによるプロセスが指向される。特にHCPのような、アフィニティグロマトグラフィーにより低濃度にまで除去された状態から、さらに除去することが必要とされる夾雑物の除去においては、なおさらプロセスウィンドウが狭いために条件の設定がより困難となり、さらに凝集体の除去については抗体モノマーと近似した相互作用の性質のために特に条件の設定が困難であり、これまで吸着膜などを用いた迅速な精製は不可能であった。このため、これまでに多孔質膜を用いて抗体モノマーから夾雑物を除去する方法については報告されていない。
【0018】
かかる状況に鑑み、本発明の解決しようとする課題は、高濃度の抗体モノマー及び高濃度の夾雑物を含む溶液から、簡便で高速処理が可能でプロセスウィンドウが広い方法で、HCP、凝集体などの夾雑物を有効にかつ迅速に除去することのできる、抗体モノマーの精製方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明者らは、上記の課題を解決するために鋭意検討した結果、アニオン交換基が表面に固定されている多孔膜を用いることが、凝集体をはじめとするこれまで困難であった夾雑物の除去に有効であることを見出し、本発明を完成した。
【0020】
すなわち、本発明は、抗体モノマー及び夾雑物を含む混合液からの抗体モノマーの精製方法であって、アニオン交換基が固定された多孔膜に、混合液を通液し、夾雑物及び/又は抗体モノマーを多孔膜に吸着させる工程を含む、抗体モノマーの精製方法に関する。
本発明は、また、前記多孔膜が、アニオン交換基がグラフト鎖を介して固定された多孔膜であって、各グラフト鎖は1以上の側鎖を有し、前記側鎖がアニオン交換基を有する多孔膜である、前記の抗体モノマーの精製方法に関する。
本発明は、また、前記グラフト鎖が、グリシジルメタクリレートの重合体を含む、前記の抗体モノマーの精製方法に関する。
本発明は、また、前記アニオン交換基がジエチルアミノ基である、前記の抗体モノマーの精製方法に関する。
本発明は、また、前記混合液の、pHが6〜9及び塩濃度が0M〜0.2Mであるか、又は、pHが4〜7及び塩濃度が0.05M〜2Mであり、前記多孔膜に吸着させる工程において、夾雑物を多孔膜に吸着させる、前記の抗体モノマーの精製方法に関する。
本発明は、また、前記抗体モノマーの等電点が7.5以上である、前記の抗体モノマーの精製方法に関する。
本発明は、また、前記抗体モノマーの等電点が7.5未満であり、前記混合液のpHが6〜9及び塩濃度が0M〜0.1Mであり、前記多孔膜に吸着させる工程において、抗体モノマーを多孔膜に吸着させ、さらにその後、pHが4〜9及び塩濃度が0.1M〜2Mの溶出液を前記多孔膜に通液し、前記多孔膜に吸着した抗体モノマーを溶出回収する工程を含む、前記の抗体モノマーの精製方法に関する。
本発明は、また、前記夾雑物が、抗体モノマーの凝集体である、前記の抗体モノマーの精製方法に関する。
【発明の効果】
【0021】
本発明のアニオン交換基が固定された多孔膜を用いた抗体モノマーの精製方法によれば、高濃度の抗体モノマー及び高濃度の夾雑物を含む溶液についても、凝集体を含む夾雑物の除去を簡便で高速処理が可能でプロセスウィンドウが広い方法で行うことができ、抗体モノマーの精製を有効かつ迅速に実施することができる。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明を実施するための形態(以下、「本実施の形態」という。)について詳細に説明する。なお、本発明は、以下の本実施の形態に限定されるものではなく、その要旨の範囲内で種々変形して実施することができる。
【0023】
本実施の形態は、アニオン交換基が固定された多孔膜を用いて、抗体モノマーと夾雑物を含む混合液のろ過を行って、混合液中の夾雑物及び/又は抗体モノマーを該多孔膜に吸着させる工程を含む、抗体モノマーの精製方法に関する。
【0024】
本実施の形態における「抗体」とは、生体内に侵入した抗原と抗原抗体反応を起こし、抗原に対して免疫性を生体に与えるタンパク質の総称であり、具体的には、モノクローナル抗体、ポリクローナル抗体、ヒト化抗体、ヒト抗体及び免疫グロブリンなどを指す。特に本実施の形態における精製方法が、抗体医薬の製造工程で用い得る方法であるという観点からは、上記の抗体のうち、抗体医薬となり得る抗体が好ましい場合もある。本実施の形態における「抗体モノマー」とは、上記の抗体のうち、単量体で存在するものを指す。
【0025】
本実施の形態における「夾雑物」とは、抗体モノマーを精製しようとする対象溶液(混合液)中に含まれる、抗体モノマー以外の不純物を指し、例えば、抗体を細胞培養により産生させる際に培養槽内で産生される目的抗体モノマー以外の不純物が挙げられ、より具体的には、抗体モノマーの凝集体、誤って折りたたまれた抗体タンパクの種、HCP、エンドトキシン、DNA、プロテアーゼ、遊離プロテインA、ウィルス及びバクテリアなどが挙げられる。
【0026】
本実施の形態における「凝集体」(「抗体モノマーの凝集体」ということもある)とは、1種又は複数種の抗体モノマー同士の複合体、又は抗体モノマーと他のタンパク質等の化合物との複合体を指し、例えば、抗体モノマーの2量体又は3量体などの多量体、遊離したプロテインAと抗体との複合体などを含む。
【0027】
本実施の形態における「抗体モノマー及び夾雑物を含む混合液」は、上記の抗体モノマー及び夾雑物を含有する溶液(又は含有する可能性のある溶液)であれば特に制限されず、本実施の形態の抗体モノマーの精製方法により抗体モノマーを精製しようとする対象溶液である。例えば、抗体の産生において用いられる細胞培養液又はその除濁液、あるいはそれらのダウンストリーム工程でのクロマトグラフィー工程中又は工程後の部分精製液等が挙げられる。これらの中でも、ダウンストリーム工程における、プロテインAに代表されるアフィニティクロマトグラフィー工程前の除濁液、又はアフィニティクロマトグラフィー工程後の部分的に精製された溶液が、溶液が澄明であること、また夾雑物が部分的に除去されていることで後段の精製工程における負荷がより低減されることから、特に好適である。抗体モノマー及び夾雑物を含む混合液中の、抗体モノマー及び夾雑物の濃度は、特に限定されないが、本実施の形態における抗体モノマーの精製方法が、特に高濃度の抗体モノマー及び夾雑物を含有する混合液に対しても効率よく実施することができるという観点からは、例えば、混合液は、抗体モノマー及び夾雑物を合わせて2g/L含んでいてもよく、抗体モノマーを5g/L以上、夾雑物を1g/L以上それぞれ含んでいてもよい。
【0028】
本実施の形態において用いられる「アニオン交換基が固定された多孔膜」とは、基材となる多孔膜の多孔質体及びその細孔の表面にアニオン交換基が固定されている多孔膜であり、特に多孔膜への抗体モノマー及び/又は夾雑物の吸着性を高めるという観点からは、アニオン交換基が表面に固定された多孔膜であることが好ましい。
【0029】
多孔膜の基材は、特に限定はされないが、基材が疎水性であることで、タンパク質と基材の間に疎水性相互作用が生じ得ること、また機械的性質を保持するという観点から、ポリオレフィン系重合体から構成されていることが好ましい。ポリオレフィン系重合体の例としては、例えば、エチレン、プロピレン、ブチレン及びフッ化ビニリデンなどのオレフィンの単独重合体、前記オレフィンの2種以上の共重合体、又は1種もしくは2種以上の前記オレフィンとパーハロゲン化オレフィンとの共重合体などが挙げられる。これらの重合体の2種以上の混合物であってもよい。パーハロゲン化オレフィンの例としては、テトラフルオロエチレン及びクロロトリフルオロエチレンなどが挙げられる。
【0030】
これらの中でも、疎水性と機械的強度に特に優れ、かつ高い吸着容量が得られる素材であるという観点から、多孔膜の基材として、ポリエチレン又はポリフッ化ビニリデンが好ましく、ポリエチレンがより好ましい。
【0031】
本実施の形態において、アニオン交換基は、液中で負に帯電したタンパク質等を吸着することができればよく、例えば、特に限定されないが、ジエチルアミノ基(DEA、Et2N−)、四級アンモニウム基(Q、R3+−)、四級アミノエチル基(QAE、R3+−(CH22−)、ジエチルアミノエチル基(DEAE、Et2N−(CH22−)、ジエチルアミノプロピル基(DEAP、Et2N−(CH23−)などが挙げられる。ここで、Rは、特に限定されず、同一のNに結合するRが同一又は異なっていてもよく、好適には、アルキル基、フェニル基、アラルキル基などの炭化水素基を表す。四級アンモニウム基としては、例えば、トリメチルアミノ基(トリメチルアンモニウム基、Me3+−)などが挙げられる。多孔膜への化学的な固定が容易であり、高い吸着容量が得られるという観点からは、アニオン交換基としてはDEA及びQが好ましく、DEAがより好ましい。
【0032】
アニオン交換基の多孔膜への固定の方法は、特に制限されないが、一般に、エポキシ又はアミンのような反応性の高い官能基を多孔膜の基材表面に導入し、その後、該官能基にアニオン交換基を有する化合物を結合させる方法によって行うことができる。
【0033】
上記のアニオン交換基が表面に固定された多孔膜のうち、例えば特開平2−132132号公報又はJournal of Chromatography A, 689(1995) 211-218に記載されている多孔膜は、多孔質体及びその細孔の表面にグラフト鎖が固定され、さらに該グラフト鎖が有する側鎖にアニオン交換基が固定されていることを特徴とする。このような多孔膜は、基材に固定された各グラフト鎖が1以上の側鎖を有し、その側鎖にアニオン交換基が1以上固定された構造を有するため、アニオン交換基は細孔空間内に立体的に分布する。そのため、電荷点を有するタンパク質などに対して吸着点の数が多く、そのため吸着量が増加するとともに、相互作用の小さなタンパク質などの吸着性が高いことを本発明者は見出した。
【0034】
本実施の形態において、「グラフト鎖」とは、上記の多孔質の基材の内部又は表面に結合した、基材と同種又は異種の分子鎖である。多孔膜の表面及び細孔に、グラフト鎖を導入し、さらに、該グラフト鎖にアニオン交換基を固定する方法としては、限定されるものではないが、例えば、特開平2−132132号公報に開示される方法が挙げられる。
【0035】
グラフト鎖としては、例えば、グリシジルメタクリレート、酢酸ビニル、ヒドロキシプロピルアセテート又はこれらのいずれか2種以上の重合体を含む分子鎖が挙げられるが、アニオン交換基を導入しやすいことから、グリシジルメタクリレート又は酢酸ビニルの重合体が好ましく、グリシジルメタクリレートの重合体がより好ましい。多孔膜に対するグラフト鎖の結合率(グラフト率)は、例えば後述の実施例等に記載の手法を用いて測定することができ、より高い吸着容量及び力学的に安定な強度をともに確保するという観点から、好ましくは20%〜200%、より好ましくは20%〜150%、更に好ましくは30%〜70%である。
【0036】
アニオン交換基のグラフト鎖への固定の例として、グラフト鎖がグリシジルメタクリレートの重合体である場合、この重合体が有するエポキシ基を開環し、ジエチルアミンなどのアミン及びジエチルアンモニウム又はトリメチルアンモニウムなどのアンモニウム塩を付加することにより、アニオン交換基をグラフト鎖に固定することができる。グラフト鎖に対するアニオン交換基の置換率は、後述の実施例等に記載の手法を用いて測定することができ、より高い吸着容量を得るという観点から、好ましくは20%〜100%、より好ましくは50%〜100%、更に好ましくは70%〜100%である。
【0037】
多孔膜の最大細孔径は、溶液中の抗体モノマー及び/又は夾雑物を有効に吸着し、かつ高い透過流速を得るために、上記のアニオン交換基の固定及びグラフト鎖の導入前の状態で、好ましくは0.1μm〜1.0μmであり、より好ましくは0.1μm〜0.8μmであり、さらに好ましくは0.2μm〜0.6μmである。
【0038】
多孔膜中の細孔の占める体積である空孔率は、多孔膜の形状を保持しかつ通液時の圧損が実用上問題のない程度であれば、特に限定されないが、好ましくは5%〜99%であり、より好ましくは10%〜95%であり、さらに好ましくは30%〜90%である。
【0039】
上記細孔径及び空孔率の測定は、Marcel Mulder著「膜技術」(株式会社アイピーシー)などに記載されているような、当業者にとって公知の方法により行うことができる。例えば、電子顕微鏡による観察、バブルポイント法、水銀圧入法、透過率法などの測定方法が挙げられる。例えば最大細孔径の測定は、後述の実施例等に記載のバブルポイント法による評価を適切に用いることができる。
【0040】
多孔膜の形態は、溶液を通液することが可能な形態であれば特に限定されず、例えば、平膜、不織布、中空糸膜、モノリス、キャピラリー、円板又は円筒状などが挙げられる。これらの形態の中でも、製造のし易さ、スケールアップ性、モジュール成型した際の膜のパッキング性などの観点からは、中空糸膜が好ましい。
【0041】
本実施の形態において、中空糸多孔膜とは、中空部分を有する円筒状又は繊維状の多孔膜であり、中空糸の内層と外層が貫通孔である細孔によって連続しており、その細孔によって内層から外層、あるいは外層から内層に、液体又は気体が透過する性質を有する多孔体を意味する。中空糸の外径及び内径は、物理的に多孔膜が形状を保持することができ、かつモジュール成型可能であれば、特に限定されない。
【0042】
上記の本実施の形態の多孔膜に、抗体モノマー及び夾雑物を含む混合液を通液し、夾雑物及び/又は抗体モノマーを多孔膜に吸着させる工程を、以下に説明する。
【0043】
本実施の形態による典型的な抗体モノマーの精製方法の例としては:
混合液中の夾雑物を多孔膜に吸着させる場合には、吸着により夾雑物を混合液から除去し、透過液を抗体モノマーの精製液として回収し;
混合液中の抗体モノマーを多孔膜に吸着させる場合には、まず非吸着の夾雑物を透過液として回収して除去し、その後溶出液を通液して多孔膜に吸着した抗体モノマーを溶出し、抗体モノマーの精製液として回収し;
混合液中の夾雑物及び抗体モノマーの両方を多孔膜に吸着させる場合には、例えば、まず大部分の非吸着の夾雑物を透過液に回収して除去し、その後吸着した残りの夾雑物を保持したまま抗体モノマーのみを溶出する条件の溶出液を用いて抗体モノマーを溶出して回収する、あるいは抗体モノマーのみを保持したまま吸着した夾雑物を先に溶出して除去し、次いで抗体モノマーを溶出して回収する、ことにより抗体モノマーの精製液として回収する方法が挙げられる。
【0044】
抗体モノマーの等電点(pI)は通常、6.5〜8.5の範囲であり、一方HCP、DNA、ウィルスなどの夾雑物の多くのpIは6以下にあるため、上記の多孔膜に通液する溶液のpH範囲及び塩濃度(電気伝導度)を好適に制御することによって、夾雑物の多くが多孔膜のアニオン交換基に吸着し、透過液を抗体モノマーの精製液として回収することができる。夾雑物のうち、凝集体のpIは抗体モノマーに近いかほぼ等しいが、抗体モノマーと凝集体の相違点は、凝集体は抗体モノマーの複合体であるため、pIが抗体モノマーと同程度であっても、凝集体の方が一つの分子が有する電荷点の数が多い点である。このため、凝集体は僅かながら抗体モノマーよりも、アニオン交換基を有する担体に吸着しやすい性質を有し、溶液のpH及び塩濃度を適切に調整することにより、凝集体を多孔膜のアニオン交換基に吸着させ、透過液を抗体モノマーの精製液として回収することができる。
【0045】
特に、アニオン交換基がグラフト鎖を介して多孔膜に固定された多孔膜(好ましくは各グラフト鎖が1以上の側鎖を有し、各側鎖がアニオン交換基を有する多孔膜)を用いる場合、多孔膜においてアニオン交換基が立体的に固定されていることになる。その結果、抗体モノマーや凝集体などのタンパク質は、電荷点において複数のアニオン交換基によって立体的に固定される。そのため、凝集体は抗体モノマーよりも、より強固に多孔膜に吸着され、抗体モノマーの精製を容易に行うことができる。
【0046】
さらに、タンパク質は本質的に疎水性相互作用の性質も有するため、特に基材が疎水性の性質を有する多孔膜を用いることで、抗体モノマーの精製をより容易に行うことができると考えられる。
【0047】
混合液中の夾雑物を多孔膜に吸着させ、吸着により夾雑物を混合液から除去し、透過液を抗体モノマーの精製液として回収する場合、夾雑物(特に凝集体)の多孔膜への吸着性が抗体モノマーよりも顕著になる条件に混合液のpH及び塩濃度を調整する。具体的には、pH6〜9及び塩濃度が0M〜0.2Mの範囲に混合液を調整する。
【0048】
塩濃度の調整に用いる塩としては、例えば、塩化ナトリウム、硫酸ナトリウム、酢酸ナトリウム、硫酸アンモニウムなどの他、クエン酸、リン酸又はグリシンの金属塩が挙げられるが、これらに限定されるものではない。また、pHの調整は通常、簡便には塩酸又は水酸化ナトリウムの添加によって行うことができるが、これに限定されず、当業者に公知のpH調整方法を適宜用いることができる。溶液のpH及び塩濃度の測定は、例えば市販の測定機器を用いて、当業者に公知の手法を用いて行うことができる。
【0049】
上記のpH及び塩濃度の混合液を、本実施の形態における多孔膜に通液することにより、凝集体、HCP、DNA、エンドトキシン、ウィルスなどのpIが6以下の夾雑物が多孔膜に吸着される。混合液のpH及び塩濃度を、精製対象とする抗体モノマーのpIに応じて調整することにより、夾雑物(特に凝集体)がより選択的に多孔膜に吸着され、抗体モノマーの精製を、より有効に行うことができる。一般的な抗体モノマーのpIは8近辺にあるという観点からは、混合液のpH及び塩濃度は、好ましくはpH6〜9及び塩濃度が0M〜0.2M、より好ましくはpH7〜8.5及び塩濃度が0M〜0.1M、さらに好ましくはpH7.5〜8.5及び塩濃度が0M〜0.05Mである。具体的には、精製対象とする抗体モノマーによって異なるが、抗体モノマーの等電点が7.5以上、例えば7.5〜8.5の範囲にある場合、混合液のpH及び塩濃度を上記の範囲とすれば、抗体モノマーの精製を有効に行い得る。
【0050】
上記のpH及び塩濃度の混合液のほか、pH4〜7及び塩濃度が0.05M〜2Mの混合液においても、凝集体を含む夾雑物が選択的に多孔膜に吸着され、精製された抗体モノマーが透過液として回収されることを本発明者らは見出した。この場合、混合液のpH及び塩濃度の好ましい範囲は、抗体モノマーの種類によって異なるが、好ましくはpH4〜7及び塩濃度が0.05M〜2M、より好ましくはpH5〜7及び塩濃度が0.1M〜1M、さらに好ましくはpH5.5〜6.5及び塩濃度が0.2M〜1Mである。なお、上記の混合液と同じpH及び塩濃度を有する洗浄液で、混合液通液後の多孔膜を洗浄することで、抗体モノマーをより高収率で精製することができる。
【0051】
混合液中の抗体モノマーを多孔膜に吸着させ、まず非吸着の夾雑物を透過液として回収して除去し、その後溶出液を通液して多孔膜に吸着した抗体モノマーを溶出し、抗体モノマーの精製液として回収する場合、抗体モノマーの多孔膜への吸着性が夾雑物(特に凝集体)よりも顕著になる条件に混合液のpH及び塩濃度を調整する。特に抗体モノマーの等電点が7.5未満、例えば6.0〜7.5の範囲にある場合、この方法を用いて抗体モノマーの精製を有効に行い得る。具体的には、精製対象とする抗体モノマーによって異なるが、抗体モノマーの等電点が7.5未満、例えば6.0〜7.5の範囲にある場合、混合液のpH及び塩濃度は、好ましくはpH6〜9及び塩濃度が0M〜0.1Mであり、より好ましくはpH7〜8.5及び塩濃度0M〜0.05Mである。その後、多孔膜に吸着した抗体モノマーを溶出するための溶出液のpH及び塩濃度は、pH4〜9及び塩濃度0.1M〜2Mが好ましく、pH4〜8及び塩濃度0.3M〜2Mがより好ましい。抗体モノマーを溶出する前に、抗体モノマー及び夾雑物を含む混合液と同じpH及び塩濃度を有する洗浄液で、多孔膜を予め洗浄しておくと、溶出した際の抗体モノマーの精製度が向上するため好ましい。
【0052】
このように、抗体モノマー及び夾雑物を含む混合液のpH及び塩濃度を調整し、本実施の形態における多孔膜に通液することによって、凝集体を含む夾雑物を容易に除去し、抗体モノマーの精製を簡便に行うことができる。この際、通液する溶液と、多孔膜に固定されたアニオン交換基との接触は強制対流によってなされるため、カラムクロマトグラフィーの場合と比べて極めて早い通液流速、例えば、1000V/h又はそれ以上の流速でも抗体モノマーの精製を行うことができる。
【0053】
本実施の形態の方法及び多孔膜を用い、本明細書の記載を参照することにより、高濃度の抗体モノマー及び高濃度の夾雑物を含む溶液から、凝集体を含む夾雑物の除去を簡便で高速処理が可能でプロセスウィンドウが広い方法で行うことができ、有効かつ迅速に抗体モノマーを精製することができる。従って、精製された抗体モノマーを工業的に効率的に得ることが可能となる。
【実施例】
【0054】
以下、参考例、実施例及び比較例(本明細書中において、単に「実施例等」ともいう。)に基づいて本実施の形態をさらに具体的に説明するが、本発明の範囲は以下の実施例のみに限定されない。
【0055】
[参考例1] アニオン交換基が表面に固定された多孔膜モジュールの作成
(i)中空糸多孔膜へのグラフト鎖の導入
外径3.0mm、内径2.0mm、空孔率70%、下記(iv)に記載のバブルポイント法で測定した最大細孔径が0.3μmのポリエチレン製中空糸多孔膜を密閉容器に入れて、容器内の空気を窒素で置換した。その後、容器の外側からドライアイスで冷却しながら、γ線200kGyを照射し、ラジカルを発生させた。得られたラジカルを有するポリエチレン製中空糸多孔膜をガラス反応管に入れて、200Pa以下に減圧することにより、反応管内の酸素を除いた。ここに40℃に調整したグリシジルメタクリレート(GMA)3体積部、メタノール97体積部よりなる反応液を、中空糸多孔膜の20質量部に注入した後、12分間密閉状態で静置してグラフト重合反応を施し、中空糸多孔膜にグラフト鎖を導入した。なお、GMA及びメタノールよりなる反応液は予め窒素でバブリングして、反応液内の酸素を窒素置換した。
【0056】
グラフト重合反応後、反応管内の反応液を捨てた。次いで、反応管内にジメチルスルホキシドを入れて中空糸多孔膜を洗浄することにより、残存したグリシジルメタクリレート、そのオリゴマー及び中空糸多孔膜に固定されなかったグラフト鎖を除去した。洗浄液を捨てた後、さらにジメチルスルホキシドを入れて2回洗浄を行った。次いでメタノールを用いて同様にして洗浄を3回行った。洗浄後の中空糸多孔膜を乾燥し、重量を測定したところ、中空糸多孔膜の重量はグラフト鎖導入前の138%であり、基材重量に対するグラフト鎖の重量の比として定義されるグラフト率は38%であった。導入したグラフト鎖は、GMAが重合した分子鎖であり、その主鎖は(−CH2CRCH3−)の繰り返し構造である。ここでRは側鎖であり、−COOCH2CHOCH2の構造を有する。
【0057】
このグラフト率から、下記式(I)を用いて、基材ポリエチレンの骨格単位であるCH2基(分子量14)のモル数に対する導入されたGMA(分子量142)のモル数は3.75%であると算出された。
導入GMAのモル数%=(グラフト率/142)/(100/14)×100
・・・(I)
【0058】
固体NMR法により、グラフト反応後の中空糸多孔膜中のポリエチレン骨格単位CH2基のモル数と、グラフト鎖を構成するGMAに特有なエステル基(COO基)のモル数の比を測定した。測定は、グラフト反応後の中空糸多孔膜を凍結粉砕した粉末サンプル0.5gを用いて、Bruker Biospin社製DSX400を使用し、核種を13Cとして、High Power Decoupling法(HPDEC法)の定量モードにより、待ち時間100s、積算1000回の条件で、室温下で行った。
【0059】
得られたNMRスペクトルのエステル基に対応するピーク面積と、CH2基に対応するピーク面積との比が、GMAとCH2基のモル数の比に対応することから、測定結果よりCH2基のモル数に対する導入されたGMAのモル数を算出したところ、3.8%の値が得られた。これは上記グラフト率38.5%に相当し、グラフト反応後のサンプルを固体NMR法で測定することにより、グラフト率が得られることが示された。
【0060】
(ii)アニオン交換基(3級アミノ基)のグラフト鎖への固定
乾燥したグラフト鎖を導入した中空糸多孔膜をメタノールに10分以上浸漬して膨潤させた後、純水に浸漬して水置換した。ジエチルアミン50体積部、純水50体積部の混合溶液よりなる反応液を、上記(i)で得られたグラフト反応後の中空糸多孔膜の乾燥重量に対して20質量部、ガラス反応管に入れ、30℃に調整した。ここに純水浸漬後のグラフト鎖を導入した中空糸多孔膜を挿入し、210分間静置して、グラフト鎖のエポキシ基をジエチルアミノ基に置換することにより、アニオン交換基としてジエチルアミノ基がグラフト鎖を介して固定された中空糸多孔膜を得た。得られた中空糸多孔膜は外径3.3mm、内径2.1mmであり、中空糸多孔膜においてグラフト鎖の有するエポキシ基の80%がジエチルアミノ基によって置換されていた。
【0061】
置換率Tはエポキシ基のモル数N0のうち、ジエチルアミノ基に置換されたモル数N1として下記式(II)を用いて算出した。
T=100×N1/N0
=100×{(w1−w0)/M1}/{w0(dg/(dg+100))/M2
・・・(II)
式(II)中、M1はジエチルアンモニウムの分子量(73.14)、w0はグラフト重合反応後の中空糸多孔膜の重量、w1はジエチルアミノ基置換反応後の中空糸多孔膜の重量、dgはグラフト率、M2はGMAの分子量(142)である。
【0062】
固体NMR法により、上記と同様の方法で、ジエチルアミノ基を導入した中空糸多孔膜中の、ポリエチレン骨格単位CH2基のモル数に対する、GMAに特有なエステル基のモル数の比を測定したところ、3.75%という値が得られた。これはグラフト率38.5%に対応し、この結果よりジエチルアミノ基の導入によるグラフト率の変化はないことが確認された。
【0063】
(iii)アニオン交換基が固定された中空糸多孔膜モジュールの作製
(ii)で得られた、アニオン交換基としてジエチルアミノ基がグラフト鎖を介して固定された中空糸多孔膜3本を束ね、中空糸多孔膜の中空部を閉塞しないようにエポキシ系ポッティング剤で両末端をポリスルホン酸製モジュールケースに固定して、アニオン交換が固定された中空糸多孔膜モジュールを作製した。得られたモジュールの内径は0.9cm、長さは約3.3cm、モジュールの内容積は約2mL、モジュール内に占める中空糸多孔膜の有効体積は0.85mL、中空部分を除いた中空糸多孔膜のみの体積は0.53mLであった。これを、以下の実施例等において、評価モジュールとして用いた。
【0064】
(iv)バブルポイント法
基材としての中空糸多孔膜の最大細孔径を、バブルポイント法を用いて測定した。長さ8cmの中空糸多孔膜の一方の末端を閉塞し、他方の末端に圧力計を介して窒素ガス供給ラインを接続した。この状態で窒素ガスを供給してライン内部を窒素に置換した後、中空糸多孔膜をエタノールに浸漬した。この時、エタノールがライン内に逆流しないように極僅かに窒素で圧力をかけた状態で、中空糸多孔膜を浸漬した。中空糸多孔膜を浸漬した状態で、窒素ガスの圧力をゆっくりと増加させ、中空糸多孔膜から窒素ガスの泡が安定して出始めた圧力Pを記録した。これより、最大細孔径をd、表面張力をγとして、下記式(III)に従って、中空糸多孔膜の最大細孔径を算出した。
d=C1γ/P・・・(III)
式(III)中、C1は定数である。エタノールを浸漬液としたときのC1γ=0.632(kg/cm)であり、上式にP(kg/cm2)を代入することにより、最大細孔径d(μm)を求めた。
【0065】
[参考例2] 抗体モノマーと凝集体の比率の測定
抗体モノマーと凝集体の比率はゲルろ過クロマトグラフィーによって評価した。島津製作所株式会社製クロマトグラフLC−10Aシステムにゲルろ過カラムとして東ソー株式会社製TSKgel G3000SWXLを取り付け、バッファーとして0.1Mリン酸+0.2Mアルギニン(pH6.8)を用いて、25℃において流速0.8ml/minでカラムに通液し、ここに評価サンプルを20μL添加した。カラム透過後に抗体モノマーと凝集体はそれぞれ分離した溶出ピークを示し、得られた抗体モノマーと凝集体のピーク面積比から、溶液中でのそれぞれの存在比率を算出した。
【0066】
[参考例3] 抗体モノマーと凝集体を含む混合液の調整
pH6、7又はpH8の20mM Tris−HCl緩衝液を作成し、ここに塩化ナトリウム(NaCl)を添加して、塩濃度が所定の値となるように調整した後、抗体タンパク質としてhuman IgG(田辺三菱製薬製、ヴェノグロブリンIH)を2g/Lとなるように添加し、夾雑物として凝集体を含む抗体モノマーの混合液を作成した。また、pH5及びpH6の50mM Acetate−NaOHを作成し、同様にして、塩濃度が所定の値の抗体モノマーと凝集体を含む混合液を作成した。ここで、塩濃度は緩衝液調整時のNaCl添加重量により調整し、pHは市販のpHメーター(東亜ディーケーケー(株)、HM−30S)を用いて測定した。
【0067】
[参考例4] 抗体モノマー精製評価
上記の参考例3で作成した抗体モノマーと凝集体の混合液10mLを、参考例1で作成した評価モジュールに透過させた。その際、事前に評価モジュールには抗体モノマーと凝集体を含まない同じpHと塩濃度の緩衝液を20mL通液し、評価モジュールを平衡化しておいた。また、混合液の透過後、平衡化に用いたものと同じ緩衝液4mLをモジュール内に残存する抗体モノマーの洗浄液として通液し、これも透過液に加えて14mLの透過液を回収した。回収した透過液は参考例2の方法により、抗体モノマーと凝集体の比率を測定し、評価モジュールに通液する前の比率と比較した。溶液は評価モジュール内の中空糸多孔膜の内側から外側に向かって流速2mL/minにて通液した。評価はGEヘルスケアバイオサイエンス製AKTAexplorer100を用い、評価液の280nmのUV吸光度を測定し、下記式(IV)に従って、UV吸光度から精製後の抗体モノマーの回収率を評価した。
回収率(%)=(14×I1)/(10×I0)×100・・・(IV)
式(IV)中、I0及びI1はそれぞれモジュール透過前の混合液及び回収した透過液の280nmのUV吸光度である。
【0068】
[実施例1]
参考例3で得られたpH8.0及び塩濃度0Mの、抗体モノマーと凝集体を含む混合液中の、全抗体タンパク質中の凝集体比率を参考例2の方法により測定したところ、5.09%であった。またこの混合液の280nmのUV吸光度は754mAUであった。参考例4に従い、参考例3で得られたpH8.0及び塩濃度0Mの、抗体モノマーと凝集体を含む混合液を、参考例1で作成した評価モジュールに、10mL通液し、洗浄液も含めて14mLを透過液として回収した。得られた透過液に含まれる全抗体タンパク質中の凝集体比率を参考例2の方法により測定したところ、0.12%であった。また、透過液の280nmのUV吸光度は457mAUであり、全抗体モノマーの回収率は85%であった。これにより、凝集体が除去された抗体モノマーが高い回収率で得られることが示された。
【0069】
[比較例1]
参考例1で作成した評価モジュールの代わりに市販のアニオン交換クロマトグラフィーカラム(GEヘルスケア製、HiTrapDEAE FF 1mL)を用い、通液速度を1mL/minにした以外は、実施例1と同様にして、抗体モノマー精製評価を行った。得られた透過液に含まれる全抗体タンパク質中の凝集体比率を参考例2の方法により測定したところ、3.89%であり、通液速度を半分にしたにも関わらず、凝集体の除去率は極めて低かった。また、透過液の280nmのUV吸光度は289mAUであり、回収率は54%であり、回収率も低かった。
【0070】
[実施例2]
参考例3で得られたpH7.0及び塩濃度0Mの、抗体モノマーと凝集体を含む混合液中の、全抗体タンパク質中の凝集体比率を参考例2の方法により測定したところ、5.47%であった。またこの混合液の280nmのUV吸光度は770mAUであった。参考例4に従い、参考例3で得られたpH7.0及び塩濃度0Mの、抗体モノマーと凝集体を含む混合液を、参考例1で作成した評価モジュールに、10mL通液し、洗浄液も含めて14mLを透過液として回収した。得られた透過液に含まれる全抗体タンパク質中の凝集体比率を参考例2の方法により測定したところ、0.49%であった。また、透過液の280nmのUV吸光度は506mAUであり、回収率は92%であった。これにより、凝集体が除去された抗体モノマーが高い回収率で得られることが示された。
【0071】
[実施例3]
参考例3で得られたpH8.0及び塩濃度0.05Mの、抗体モノマーと凝集体を含む混合液中の、全抗体タンパク質中の凝集体比率を参考例2の方法により測定したところ、4.71%であった。またこの混合液の280nmのUV吸光度は738mAUであった。参考例4に従い、参考例3で得られたpH8.0及び塩濃度0.05Mの、抗体モノマーと凝集体を含む混合液を、参考例1で作成した評価モジュールに、10mL通液し、洗浄液も含めて14mLを透過液として回収した。得られた回収液に含まれる全抗体タンパク質中の凝集体比率を参考例2の方法により測定したところ、0.77%であった。また、透過液の280nmのUV吸光度は496mAUであり、回収率は94%であった。これにより、凝集体が除去された抗体モノマーが高い回収率で得られることが示された。
【0072】
[実施例4]
参考例3で得られたpH6.0及び塩濃度0.5Mの、抗体モノマーと凝集体の混合液中の、全抗体タンパク質中の凝集体比率を参考例2の方法により測定したところ、3.87%であった。またこの混合液の280nmのUV吸光度は732mAUであった。参考例4に従い、参考例3で得られたpH6.0及び塩濃度0.5Mの、抗体モノマーと凝集体を含む混合液を、参考例1で作成した評価モジュールに、10mL通液し、洗浄液も含めて14mLを透過液として回収した。得られた透過液に含まれる全抗体タンパク質中の凝集体比率を参考例2の方法により測定したところ、0.86%であった。また、透過液の280nmのUV吸光度は513mAUであり、回収率は98%であった。これにより、凝集体が除去された抗体モノマーが高い回収率で得られることが示された。
【0073】
以上により、アニオン交換基が固定された多孔膜を用いることにより、抗体モノマーの精製が、高速でかつ簡便になされることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0074】
アニオン交換基が固定された多孔膜に、抗体モノマーと夾雑物を含む混合液を通液することによって、抗体モノマーの凝集体を含む夾雑物を容易に除去することができ、精製された抗体モノマーを得ることが可能となる。この方法は、従来のカラムクロマトグラフィーを用いる方法に比べて、より高い凝集体除去能を有し、高濃度の抗体モノマー及び夾雑物を含む混合液であっても高速での処理が可能であり、スケールアップも容易である。このことから、工業レベルで医薬品を製造する際の抗体モノマーの精製に適するという産業上の利用可能性を有する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
抗体モノマー及び夾雑物を含む混合液からの抗体モノマーの精製方法であって、アニオン交換基が固定された多孔膜に、混合液を通液し、夾雑物及び/又は抗体モノマーを多孔膜に吸着させる工程を含む、抗体モノマーの精製方法。
【請求項2】
前記多孔膜が、アニオン交換基がグラフト鎖を介して固定された多孔膜であって、各グラフト鎖は1以上の側鎖を有し、前記側鎖がアニオン交換基を有する多孔膜である、請求項1に記載の抗体モノマーの精製方法。
【請求項3】
前記グラフト鎖が、グリシジルメタクリレートの重合体を含む、請求項2に記載の抗体モノマーの精製方法。
【請求項4】
前記アニオン交換基がジエチルアミノ基である、請求項1〜3のいずれかに記載の抗体モノマーの精製方法。
【請求項5】
前記混合液の、pHが6〜9及び塩濃度が0M〜0.2Mであるか、又は、pHが4〜7及び塩濃度が0.05M〜2Mであり、
前記多孔膜に吸着させる工程において、夾雑物を多孔膜に吸着させる、請求項1〜4のいずれかに記載の抗体モノマーの精製方法。
【請求項6】
前記抗体モノマーの等電点が7.5以上である、請求項5に記載の抗体モノマーの精製方法。
【請求項7】
前記抗体モノマーの等電点が7.5未満であり、
前記混合液のpHが6〜9及び塩濃度が0M〜0.1Mであり、
前記多孔膜に吸着させる工程において、抗体モノマーを多孔膜に吸着させ、
さらにその後、pHが4〜9及び塩濃度が0.1M〜2Mの溶出液を前記多孔膜に通液し、前記多孔膜に吸着した抗体モノマーを溶出回収する工程を含む、請求項1〜4のいずれかに記載の抗体モノマーの精製方法。
【請求項8】
前記夾雑物が、抗体モノマーの凝集体である、請求項1〜7のいずれかに記載の抗体モノマーの精製方法。

【公開番号】特開2010−241761(P2010−241761A)
【公開日】平成22年10月28日(2010.10.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−94741(P2009−94741)
【出願日】平成21年4月9日(2009.4.9)
【出願人】(303046314)旭化成ケミカルズ株式会社 (2,513)
【Fターム(参考)】