説明

アポトーシス抑制剤

【課題】抗菌ペプチドの新規な用途、特にアポトーシスの抑制用途やこれを利用した医薬等を提供すること。
【解決手段】抗菌ペプチドを有効成分として含有するアポトーシス抑制剤及び当該剤からなる医薬。抗菌ペプチドは、ヒトに由来するペプチドであることが好ましく、CAP18及びその部分ペプチド並びにデフンシンからなる群から選択される1又は2以上のペプチドであることが好ましい。デフェンシンは、β−デフェンシンであることが好ましく、β−デフェンシン−1、β−デフェンシン−2、β−デフェンシン−3及びβ−デフェンシン−4からなる群から選択される1又は2以上のペプチドであることが好ましい。本発明の抑制剤や医薬は、さらに腫瘍壊死因子を有効成分として含有していてもよい。本発明の抑制剤及び医薬は、好中球のアポトーシスの抑制のために用いられることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は新規なアポトーシス抑制剤及び医薬に関する。
【背景技術】
【0002】
まず、本出願書類中で用いた略号について説明する。
CAP18:18kDaの塩基性抗菌タンパク質(cationic antibacterial protein of 18kDa)
DTT:ジチオスレイトール(dithiothreitol)
ERK:細胞外シグナル制御キナーゼ(extracellular signal-regulated kinase)。マイトジェン活性化キナーゼファミリーの1つである。
FBS:ウシ胎児血清(fetal bovine serum)
FITC:フルオレセインイソチオシアネート(fluorescein isothiocyanate)
FPRL−1:ホルミルペプチドレセプターライク1(formyl-peptide receptor-like-1)
HPLC:高速液体クロマトグラフィー(high performance liquid chromatography)
LPS:リポ多糖(lipopolysaccharide)。エンドトキシン(endotoxin)ともいう。
PBS:リン酸緩衝生理食塩水(phosphate-buffered saline)
SDS−PAGE:ドデシル硫酸ナトリウム−ポリアクリルアミドゲル電気泳動
TNF:腫瘍壊死因子(tumor necrosis factor)
現在、CAP18やデフェンシンなどの種々の抗菌ペプチドが知られている。
【0003】
CAP18は、ヒト及びウサギの顆粒球から見出された抗菌性タンパク質である。特許文献1には、ヒト由来のCAP18の全アミノ酸配列(本願の配列番号1)及びその部分ペプチド(本願の配列番号2)が開示されている。
【0004】
またヒト由来のデフェンシンとしては、好中球の顆粒等に存在するα−デフェンシンや、上皮組織等に存在するβ−デフェンシンが知られている(非特許文献1)。
【0005】
また非特許文献2には、ヒト由来のCAP18が、口腔の扁平細胞のガン細胞のアポトーシスを「誘導」する旨が記載されている。
【0006】
【特許文献1】特表平8−504085号公報
【非特許文献1】ニヨンサバ,F(Niyonsaba, F.)ら,2004年,Immunology, 第111巻,p273−281
【非特許文献2】オクムラ,K(Okumura, K.)ら,2004年、Cancer Lett., 第212巻,第2号,p185−194 しかし前記のような抗菌ペプチドが、細胞におけるアポトーシスを直接的に抑制する旨は、いずれの文献にも開示も示唆もない。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、抗菌ペプチドの新規な用途、特にアポトーシスの抑制用途やこれを利用した医薬等を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は上記課題を解決するために鋭意研究を行った結果、CAP18やデフェンシンに代表される抗菌ペプチドが、細胞におけるアポトーシスを直接的に抑制することを見出し、本発明に至った。
【0009】
すなわち本発明は、抗菌ペプチドを有効成分として含有する、アポトーシス抑制剤(以下、「本発明抑制剤」という)を提供する。
この抗菌ペプチドは、ヒトに由来するペプチドであることが好ましい。また、このヒトに由来するペプチドは、CAP18及びその部分ペプチド並びにデフェンシンからなる群から選択される1又は2以上のペプチドであることが好ましい。また、このCAP18の部分ペプチドは、配列番号2に記載のアミノ酸配列からなるペプチドであることが好ましい。また、前記のデフェンシンは、β−デフェンシンであることが好ましい。このβ−デフェンシンは、β−デフェンシン−1、β−デフェンシン−2、β−デフェンシン−3及びβ−デフェンシン−4からなる群から選択される1又は2以上のペプチドであることが好ましい。この場合、さらにTNFを有効成分として含有することが好ましい。
本発明抑制剤は、好中球のアポトーシスの抑制のために用いられることが好ましい。また、本発明抑制剤によるアポトーシスの抑制は、LPSを介さないでなされるものであることが好ましい。また本発明抑制剤によるアポトーシスの抑制は、ERKのリン酸化、Bcl−XLの発現及びカスパーゼ−3の活性低下を介してなされるものであることが好ましい。
また本発明は、本発明抑制剤からなる医薬(以下、「本発明医薬」という)を提供する。本発明医薬は、微生物感染時に用いられるものであることが好ましい。
【発明の効果】
【0010】
本発明抑制剤は、細胞のアポトーシスを有効に抑制するとともに抗菌作用を併せ持つことから、アポトーシス抑制用の試薬・医薬等として極めて有用である。また本発明医薬は、細胞(特に好中球)のアポトーシスを有効に抑制してその寿命を延ばすとともに、抗菌作用を併せ持つことから、アポトーシスの抑制が望まれる疾患の処置、特に細菌感染時における処置において極めて有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明を発明の実施の形態により詳説する。
<1>本発明抑制剤
本発明抑制剤は、抗菌ペプチドを有効成分として含有する、アポトーシス抑制剤である。本発明抑制剤の有効成分である「抗菌ペプチド」は、抗菌性を示すペプチドである限りにおいて特に限定されない。このような抗菌ペプチドの由来も特に限定されず、目的に応じて種々の由来のペプチドを用いることができる。ヒトに対する医薬等を考慮した場合には、ヒトに由来するものが好ましい。
【0012】
またこの「抗菌ペプチド」は、自然界において存在している抗菌ペプチドそのもののみならず、抗菌性を保持している限りにおいてその部分ペプチド等も含む概念である。またこの「抗菌ペプチド」の製造方法も特に限定されず、天然物からの抽出等は勿論、化学的な合成や、遺伝子工学的手法等も採用することができる。
このような抗菌ペプチドとして、ヒトに由来するペプチドを例に挙げて具体例を示すと、CAP18(配列番号1に記載のペプチド)及びその部分ペプチド並びにデフェンシンからなる群から選択される1又は2以上のペプチドを例示することができる。
この「CAP18の部分ペプチド」として具体的には、例えば、配列番号2に記載のアミノ酸配列からなるペプチドを例示することができる。このような「CAP18」や「その部分ペプチド」は、例えば、特表平8−504085号公報に記載の方法や、後述する実施例に記載の方法等によって製造することができる。
【0013】
また前記の「デフェンシン」として、例えばα−デフェンシンやβ−デフェンシン等を用いることができる。なかでもβ−デフェンシンであることが好ましい。このβ−デフェンシンも、各種のものを用いることができるが、β−デフェンシン−1、β−デフェンシン−2、β−デフェンシン−3及びβ−デフェンシン−4からなる群から選択される1又は2以上のペプチドを用いることが好ましい。そのなかでも、β−デフェンシン−2及びβ−デフェンシン−3の少なくとも一方のペプチドを用いることが好ましい。このようなβ−デフェンシンは、例えばJ. Biol. Chem., 277(10), p8279-8289 (2002)に記載の方法等により製造することもでき、また市販のものを利用することもできる。
この場合、さらにTNFを有効成分として含有することが好ましい。TNFとしてはTNF−αやTNF−βを例示することができるが、TNF−αを用いることが好ましい。TNFを本発明抑制剤の有効成分としてさらに含有させる場合には、そのTNFは、抗菌ペプチドと混合した形態で含有させてもよく、抗菌ペプチドとは隔離した形態で含有させ使用時に混合するものであってもよい。
本発明抑制剤中の抗菌ペプチド(有効成分)の含有量や使用量は、後述する実施例の記載等に基づいて、抗菌ペプチドの種類や使用目的等に応じて当業者が適宜設定することができる。具体的には、例えば抗菌ペプチド(有効成分)として配列番号2に記載のアミノ酸配列からなるペプチドを採用し、アポトーシス抑制のターゲットを好中球とする場合には、当該細胞と本発明抑制剤とを接触させる際における当該ペプチド(有効成分)の濃度が0.01μg/ml以上、好ましくは0.1μg/ml以上、より好ましくは1μg/ml以上、さらに好ましくは5μg/ml以上となるように設定することが好ましい。
また例えば、抗菌ペプチド(有効成分)としてβ−デフェンシン−2及びβ−デフェンシン−3の少なくとも一方を採用し、アポトーシス抑制のターゲットを好中球とする場合には、当該細胞と本発明抑制剤とを接触させる際における当該ペプチド(有効成分)の濃度が5μg/ml以上となるように設定することが好ましい。例えばさらにTNF−αを有効成分として含有させる場合には、本発明抑制剤を当該細胞に接触させる際におけるTNF−αの濃度が2ng/ml以上となるように設定し、かつ当該ペプチド(有効成分)の濃度が1μg/ml以上、好ましくは5μg/ml以上となるように設定することが好ましい。
本発明抑制剤は、少なくとも抗菌ペプチド(必要に応じてさらにTNF)を有効成分として含有する限りにおいて、他の成分をさらに含んでいてもよい。このような他の成分としては、試薬や医薬的に許容される担体(例えば、賦形剤、結合剤、滑沢剤、着色剤、崩壊剤、緩衝剤、等張化剤、保存剤、無痛化剤等)や、他の薬理活性成分等が例示される。
本発明抑制剤は、その有効成分をそのまま用いて、又はこれに上記のような担体や薬理活性成分等を添加して、通常の製剤手法によって製造することができる。
本発明抑制剤は、これをアポトーシス抑制のターゲットとなる細胞や組織等と接触させることによって、各種細胞のアポトーシス抑制のために用いることができる。なかでも好中球のアポトーシスに対して特に有効であることから、本発明抑制剤は好中球のアポトーシスの抑制のために用いられることが好ましい。
また、本発明抑制剤によるアポトーシスの抑制は、LPSを介さないでなされるものであることが好ましい。また本発明抑制剤によるアポトーシスの抑制は、ERKのリン酸化、Bcl−XLの発現及びカスパーゼ−3の活性低下を介してなされるものであることが好ましい。
【0014】
本発明抑制剤は、後述する実施例の記載から明らかなように優れたアポトーシス抑制効果を示し、かつ、その有効成分は「抗菌」ペプチドであることから、以下に詳述する本発明医薬等としても応用することができる。
<2>本発明医薬
本発明医薬は、本発明抑制剤からなる医薬である。本発明抑制剤については前記の説明を参照されたい。
本発明医薬は、本発明抑制剤をそのまま医薬として応用したものである。本発明医薬は、アポトーシスの抑制が望まれる疾患に対して適用することができる。このような疾患としては、例えば、重症細菌感染症、敗血症、虚血性障害(例えば心筋梗塞や脳梗塞等)、神経機能(変性)障害、エイズ(AIDS)、毒物やアルコール障害等が挙げられる。さらに、急性糸球体腎炎、慢性糸球体腎炎、糖尿病性腎炎、糸球体硬化症、狼瘡等に分類される糸球体腎炎;腎芽細胞腫;中毒や虚血による尿細管障害;免疫抑制剤や抗ガン剤の投与による胸腺細胞の障害、末梢T細胞の減少、免疫不全症等の免疫関連疾患;血管狭窄、虚血等の循環器疾患;薬剤やウイルス感染による肝障害等の肝臓疾患;消化器疾患;脳虚血による神経細胞の障害、筋萎縮性側索硬化症、アルツハイマー病、ハンチントン舞踏病やパーキンソン病等の神経細胞の変性性疾患、神経細胞発達性疾患(精神病)等の神経疾患;扁平苔癬;扁平疣贅;臓器移植や組織移植に伴う拒絶反応;萎縮性脱毛症;形態異常;組織形成不全;組織の萎縮等;細菌毒素、植物毒素や動物毒素による障害等も例示することができる。なお、ここに挙げた疾患名はあくまで例示であり、かかる例示疾患に本発明医薬の適用範囲が限定されるものではない。
本発明医薬は、このようなアポトーシスの抑制が望まれる疾患の処置に用いることができる。この「処置」には、治療はもちろん、予防、悪化防止(維持)、改善(軽減)等の目的での処置も包含される。
また、本発明医薬の有効成分である抗菌ペプチドは、アポトーシス抑制作用に加えて抗菌作用も発揮する。したがって本発明医薬は、微生物感染時に用いられることが好ましい。
この「微生物感染」の種類も特に限定されない。例えば、配列番号2に記載のペプチドは、種々のグラム陽性菌、グラム陰性菌及び真菌に対して微量で強力な抗菌作用を発揮することが知られている。したがって、本発明医薬の有効成分として配列番号2に示すペプチドを用いた場合には、種々のグラム陽性菌感染、グラム陰性菌感染又は真菌感染時に用いることができる。これにより、例えば好中球のアポトーシスを抑制することによって好中球の寿命を延長するとともに、本発明医薬の有効成分たるペプチドの抗菌活性を発揮させることができる。
【0015】
本発明医薬は、処置の目的に応じて、注射(皮下、皮内、静脈内、腹腔内等)、点眼、点入、経皮、経口、吸入等、適宜投与方法を選択することができる。
【0016】
また投与方法に応じて注射剤(溶液、懸濁液、乳濁液、用時溶解用固形剤等)、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤、液剤、リポ化剤、軟膏剤、ゲル剤、外用散剤、スプレー剤、吸入散剤、点眼剤、眼軟膏剤、座剤、ペッサリー等の剤形を適宜選択し、製剤化することができる。
【0017】
本発明医薬の投与量は、投与の目的(予防、悪化防止(維持)、症状の改善(軽減)、治療)、疾患の種類、患者の症状、性別、年令、投与方法等によって個別に設定されるべきものであり特に限定されない。一例を挙げると、例えば抗菌ペプチド(有効成分)として配列番号2に記載のアミノ酸配列からなるペプチドを採用し、アポトーシス抑制のターゲットを好中球とする場合には、血中における当該ペプチド(有効成分)の濃度が0.01μg/ml以上、好ましくは0.1μg/ml以上、より好ましくは1μg/ml以上、さらに好ましくは5μg/ml以上となるように投与することができる。また例えば、抗菌ペプチド(有効成分)としてβ−デフェンシン−2及びβ−デフェンシン−3の少なくとも一方を採用し、アポトーシス抑制のターゲットを好中球とする場合には、血中における当該ペプチド(有効成分)の濃度が5μg/ml以上となるように投与することができる。例えばさらにTNF−αを有効成分として含有させる場合には、血中におけるTNF−αの濃度が2ng/ml以上となるように、かつ当該ペプチド(有効成分)の濃度が1μg/ml以上、好ましくは5μg/ml以上となるように投与することができる。
【実施例1】
【0018】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明する。
<1>材料と方法
(1)ペプチドの調製
ヒト由来のCAP18の部分ペプチド(配列番号2に示すもの。以下「LL−37」ともいう。)、FPRL−1のアンタゴニストであるWRW(Trp−Arg−Trp−Trp−Trp−Trp−CONH)、FPRL−1のアゴニストである「WKYMVm」(Trp−Lys−Tyr−Met−Val−D−Met−CONH)及びMMK−1(LESIFRSLLFRVM)は、ペプチド合成装置(peptide synthesizer;model PSSM-8、株式会社島津製作所)を用いたフルオレニルメトキシカルボニル化法(fluorenylmethoxycarbonyl chemistry)による固相法により合成し、Cosmosil 5C18カラム(ナカライテクス株式会社)を用いた逆相HPLCによって単一に精製した。逆相HPLCは、0.1% トリフルオロ酢酸を溶媒とする0〜70%のアセトニトリル濃度勾配を用いて、J. Immunol., 167, p3329-3338 (2001)に記載の方法に従って行った。精製されたペプチドを質量分析計(model TSQ 700, サーモ・クエスト・フィニガン(Thermo Quest Finnigan)を用いて分子量分析した結果、いずれもアミノ酸配列から求めた理論値とよく一致することが示された。
(2)その他の試薬
LPS(大腸菌0111:B4由来)、アネキシン(annexin)V-FITC アポトーシス検出キット、caspase-3 アッセイキット、2'-3'-O-(4-ベンゾイル−ベンゾイル)-ATP(ベンゾイルベンゾイル−ATP, Bz-ATP)、ATP-2',3'-ジアルデヒド(酸化ATP, ox-ATP)、ATP、アピラーゼ(apyrase)及び3,3',5,5'-テトラメチル-ベンジジン(TMB)溶液基質システムは、シグマ(Sigma)社から購入した。
KN−93(2-[N-(2-ヒドロキシエチル)]-N-(4−メトキシベンゼンスルホニル9)アミノ-N-(4-クロロシンナミル)-N-メチルベンジルアミン)及びAG1478(4-(3-クロロアニリノ)-6,7-ジメトキシキナゾリンは、カルビオケム(Calbiochem)社から購入した。
組織培養の添加物は、ベクトン・ディッキンソン・ラブウェア(Becton Dickinson Labware)から入手した。
ビオチン結合マウス抗ヒトIL-1βモノクローナル抗体(CRM56)、マウス抗ヒトIL-1βモノクローナル抗体(CRM57)、ビオチン結合マウス抗ヒトTNF-αモノクローナル抗体(MAB11)、マウス抗ヒトTNF-αモノクローナル抗体(MAB1)及びホースラディッシュペルオキシダーゼ(HRP)標識されたアビジンは、イーバイオサイエンス(eBioscience)社から購入した。
マウス抗リン酸化ERKモノクローナル抗体(E-4;Tyr-204がリン酸化されたERK-1及びERK-2の両方を認識する)、ウサギ抗ERKポリクローナル抗体(K23;ERK-1 p44及びERK-2 p42の両方を認識する)及びマウス抗Bcl-XLモノクローナル抗体(H-5)は、サンタ・クルズ・バイオテクノロジー(Santa Cruz Biotechnology)社から購入した。
マウス抗ヒトIL-1βモノクローナル抗体(クローン8516.31)、マウス抗ヒトTNF-αモノクローナル抗体(クローン1825.12)、マウス抗ヒトIL-8モノクローナル抗体(クローン6217)及びビオチン標識化ヤギ抗ヒトIL-8ポリクローナル抗体は、ジェンザイム・テクネ(Genzyme Techne)社から購入した。
マウス抗ヒト上皮成長因子受容体(EGFR)モノクローナル抗体(クローンLA1)は、アップステート(Upstate)社から購入した。HRP結合ヤギ抗マウスIgG/IgMは、ケミコン・インターナショナル(Chemicon International)社から購入した。HRP結合ヤギ抗ウサギIgGは、オーガノン・テクニカ(Organon Teknika)社から購入した。HRP標識されたストレプトアビジンは、ザイメッド・ラボラトリーズ(Zymed Laboratories)社から購入した。
FITC結合マウス抗ヒトCD3モノクローナル抗体(S4.1)及びアロフィコシアニン結合マウス抗ヒトCD20モノクローナル抗体(HI47)は、カルタグ・ラボラトリーズ(Caltag Laboratories)社から購入した。
フィコエリスリン(PE)結合マウス抗ヒトCD14モノクローナル抗体(MY4)は、ベックマン・コールター(Beckman Coulter)社から購入した。マウス精製コントロールIgGは、ジャクソン・イムノリサーチ・ラボラトリーズ(Jackson ImmunoResearch Laboratories)社から購入した。
(3)細胞の調製
ヒトのヘパリン化静脈血から、デキストラン沈降によって赤血球を沈降させ、次いでFicoll-PaqueTM Plus(アマシャム・バイオサイエンス(Amersham Bioscience)社)を用いた密度勾配遠心を行うことにより、好中球及び単核細胞を単離した(Annu. Rev. Pharmacol. Toxicol., 40, p563-580 (2000))。純度は、メイ−グルンワルド−ギムザ染色(May-Grunwald-Giemsa stain)を用いたディファレンシャル・サイトスピン・カウント、及び、FITC結合抗CD3モノクローナル抗体、PE結合抗CD14モノクローナル抗体及びアロフィコシアニン結合抗CD20モノクローナル抗体で染色した細胞について、フローサイトメーター(FACS Vantage、BD Sciences)を用いたフォワード・ライト・スキャッター(forward light scatter (FSC)/サイド・ライト・スキャッター(side light scatter (SSC))ゲーティングにより決定した。
好中球画分には、好中球が94.0±2.0%、好酸球が5.7±2.1%、リンパ球が0.15±0.36%、単球が0.15±0.29%含まれていた(n=24)。単核細胞画分には、リンパ球が85.8±2.3%、単球が11.4±1.1%、好中球が2.8±0.6%含まれていた(n=4)。細胞をPBSで洗浄した後、10細胞/mlとなるように10% FBS(三光純薬株式会社)を含有するRPMI 1640培地(シグマ社)に懸濁させた。FBS中のLPS含量が5pg/100ml未満であることが製造元によって保証されている。
(4)アポトーシスの分析
好中球(10細胞/ml)を、RPMI 1640培地(10% FBS含有)中で、LL-37(0.01〜5μg/ml)又はLPS(10ng/ml)の存在下又は非存在下(control)において37℃で18時間、5% CO2条件下でインキュベートした。またLL-37及びLPSの非存在下、4℃で同様にインキュベートしたものを「Resting」とした。
さらに、LL-37が誘導する好中球のアポトーシス抑制におけるFPRL-1及びP2X7の関与を評価するために、好中球を、1μg/mlのLL-37とともに、WRW4(10μM)又はP2X7阻害剤(100μM ox-ATP及び5μM KN-93)の存在下又は非存在下において37℃で18時間インキュベートした。
【0019】
さらに、好中球を直接、FPRL-1アゴニスト(0.1〜10μM WKYMVm及びMMK-1)又はP2X7アゴニスト(50〜500μM Bz-ATP)とともに37℃で18時間インキュベートした。
インキュベート後、Cytospin 4(サーモシャンドン(ThermoShandon)社)によって細胞遠心し、メイ−グルンワルド−ギムザ染色を行った。複数回のサイトスピンによって最低でも1スライドあたり300個の好中球を調べ、クロマチン凝縮、細胞核の輪郭が丸みを帯びるといった変形、細胞の萎縮、細胞膜のブレブ形成(blebbing)及び細胞質空胞化といったアポトーシスによる形態学的変化を基準として、アポトーシスを起こした好中球を同定した。
別途、細胞を、製品説明書に従ってFITC-アネキシンV及びヨウ素化プロピジウム(propidium iodide)で染色した。細胞を暗所で10分間インキュベートした後、フローサイトメトリー(FACS Vantage)で分析した。アポトーシスを起こした好中球は、アネキシンV陽性かつヨウ素化プロピジウム陰性として同定され、生存している好中球は、アネキシンV及びヨウ素化プロピジウムの両方とも陰性の細胞として同定される。結果は、アポトーシスを起こした細胞の割合で表した。
好中球のアポトーシスを評価するこれらの二つの方法(形態学的変化とアネキシンV結合)は相互に相関することから、好中球のアポトーシスは基本的に好中球の形態学的変化により評価することができる。
(5)カスパーゼ 3(caspase 3)活性の測定
カスパーゼ 3の活性は、Inflamm. Res., 53, p609-622 (2004)に記載の方法に従って、比色アッセイキット(シグマ社)を用いて測定した。簡潔に説明すると、種々の試薬とともに37℃で18時間インキュベートした後、好中球(3x10細胞)を60μlの溶解バッファー(50mM 4-(2-ヒドロキシエチル)ピペラジン-1-エタンスルホン酸(pH7.4)、5mM 3-[(3-コルアミドプロピル)ジメチルアンモニオ]-1-プロパンスルホネート及び5mM DTT)中で溶解させ、氷冷下で超音波処理することにより破壊した。その超音波処理物を遠心分離(17,400xgで10分間)し、その上清(10μl;5x10細胞に相当、〜20μgのタンパク質を含有)を2mM アセチル-Asp-Glu-Val-Asp-p-ニトロアニリド基質とともに、カスパーゼ 3の特異的阻害剤であるアセチル-Asp-Glu-Val-Asp-al 200 μMの存在下又は非存在下において、総量を100μlとして37℃で2時間インキュベートした。カスパーゼ 3活性は、3550-UVマイクロプレートリーダー(バイオラッド(Bio-Rad)社)を用いた405nmの波長によって測定し、10細胞、1時間あたりのパラニトロアニリドの解放量(nmol)として表示した。タンパク質含量は、BCA protin assay kit(ピアス(Pierce)社)により測定した。
(6)ERK-1/-2のリン酸化とBcl-XL発現のウエスタンブロット解析
好中球(10細胞/ml)を、RPMI 1640培地(10%FBS含有)中、LL-37(1μg/ml)又はLPS(10ng/ml)の存在下又は非存在下において37℃で4時間インキュベートした。5mM EDTAと2mM Na3VO4を含有するPBSで洗浄した後、細胞を1/25 v/vのCompleteTM(Roche Diagnostics社)を含有する30μlの溶解バッファー(1% Triton X-100、0.5% Nonidet P-40、10mM Tris-HCl(pH7.4)、150mM NaCl、1mM EDTA、1mM EGTA、20mM Na3VO4、10mM p−ニトロフェニルフォスフェート及び1mM ジイソプロピルフルオロフォスフェート)に溶解した。この溶解物を30μlのSDS-PAGEサンプルバッファー(62.5mM Tris-HCl(pH6.8)、2% SDS、10% グリセリン、0.005% ブロモフェノールブルー及び5% 2-メルカプトエタノール)と混合し、氷冷下で超音波処理し、遠心分離(17,400xgで10分間)した。その上清を100℃で3分間変性させ、その20μl(3x10細胞相当)を、還元下、7.5〜20%のポリアクリルアミド直線濃度勾配ゲルを用いてSDS-PAGEを行った。分離したタンパク質を、Trans-Blot SD装置(バイオラッド社)を用いてイモビロン-P ポリビニリデンジフルオライド膜(Imobilon-P polyvinilidene difluoride membrane;ミリポア社)に転写した。
転写後の膜をBlock Ace(大日本製薬株式会社)中でブロックし、マウス抗リン酸化ERK抗体モノクローナル抗体(E-4;1:500希釈)又は抗Bcl-XLモノクローナル抗体(H-5;1:500希釈)と反応させた。その後、HRP結合ヤギ抗マウスIgG/IgM(1:5000希釈)と反応させ、SuperSingal West Pico Chemiluminescent substrate(ピアス社)を用いてリン酸化ERK-1/-2及びBcl-XLを検出した。
【0020】
その後、各サンプルにおいて等量のタンパク質が分析されたことを確認するために、このブロットを剥離バッファー(2% SDS、62.5mM Tris-HCl(pH6.8)及び100mM 2-メルカプトエタノール)中で60℃、30分間インキュベートし、それぞれのサンプル中に存在するERK-1/-2タンパク質を、ウサギ抗ERKポリクローナル抗体(K-23;1:1000希釈)とHRP結合ヤギ抗ウサギIgG抗体(1:5000希釈)を用いて再度検出した。
(7)アピラーゼ(apyrase)の影響及び培養上清中のATP定量
LL-37により誘導される好中球のアポトーシス抑制における、細胞外に放出されたATPの関与を調べるために、好中球(10細胞/ml)をLL-37(1μg/ml)又は5mM ATP(陽性対照)中、10 U/mlのアピラーゼ(ATPをAMPに加水分解する酵素)の存在下又は非存在下で、37℃、18時間インキュベートした。別途、好中球をATPを添加(0.001〜5mM)した培地中で37℃、18時間インキュベートして、好中球のアポトーシスを定量した。
【0021】
さらに、細胞外に放出されたATPは、Inflamm. Res., 53, p680-688 (2004)に記載された高感度ホタルルシフェラーゼアッセイ(sensitive firefly luciferase assay)によって定量した。簡潔に説明すると、LL-37処理をした好中球(0.01〜5μg/ml;37℃で10分間又は18時間インキュベートしたもの)の培養液上清10μl又はスタンダードのATPを、1μg/mlのルシフェラーゼ(Roche Molecular Biochemicals)と0.1mMのD-ルシフェリン(和光純薬工業株式会社)を含有する反応バッファー(50mM Tris-acetate、2mM EDTA、60mM DTT、0.072% BSA、10mM Mg-acetate(pH 7.2))0.1mlに添加した。ルミネッセンスは、Lumat LB9501 luminometer(Berthold社)を用いて測定した。光の出力は、10秒間の測定時間中の相対光単位の積算値として与えられる。ATPの濃度は検量線より計算した。
(8)好中球と単核細胞によるサイトカイン生産の測定
好中球又は単核細胞(10細胞/ml)を、RPMI1640培地(10% FBS含有)中で、LL-37(0.01〜5μg/ml)の存在下又は非存在下で、37℃、18時間インキュベートした。培養液の上清を、ELISAによるIL-1β、TNF-α及びIL-8の定量のために回収した。
マイクロタイタープレート(96ウェル)を、25μl/ウエルの抗ヒトIL-1βモノクローナル抗体(CRM56)又は抗TNF-αモノクローナル抗体(MAB1)(1xコーティングバッファー(eBioscience社)で1:250に希釈)で4℃、1晩インキュベートすることによりコーティングした。0.05% Tween 20を含有するPBSでプレートを洗浄後、室温で1時間、1xAssay Diluent(eBioscience社)を用いてブロッキングした。プレートを洗浄後、培養液の上清(25μl/ウエル)を添加して室温で2時間インキュベートした。洗浄後、プレートをビオチン結合抗ヒトIL-1βモノクローナル抗体(CRM57)又は抗TNF-αモノクローナル抗体(MAB11)(1xAssay Diluentで1:250に希釈;1時間)とともにインキュベートし、次いでHRP標識されたアビジン(1xAssay Diluentで1:250に希釈;30分間)とともにインキュベートした。
【0022】
IL-8を検出するために、マイクロタイタープレートを抗IL-8モノクローナル抗体(クローン6217、PBSで2μg/mlに希釈)でコートし、Block Aceでブロッキングした。培養液の上清でインキュベーションした後、プレートをビオチン結合の抗IL-8ポリクロナール抗体(Block Aceで20ng/mlに希釈)とともにインキュベートし、次いでHRP標識されたストレプトアビジン(Block Aceで500ng/mlに希釈)とともにインキュベートした。IL-1β、TNF-α又はIL-8は、最終的にTMB基質(25μl/ウエル)とともに〜15分間インキュベートすることにより検出した。この反応を25μl/ウエルの2M H2SO4を添加することによって停止させ、マイクロプレートリーダーを用いて450nmと570nmにおける吸収を定量した。ELISAの検出限界は、IL-1β、TNF-α及びIL-8において15pg/ml未満であった。
LL-37により誘導される好中球のアポトーシス抑制における炎症性サイトカインの役割をさらに評価するため、好中球(10細胞/ml)を、LL-37(0.01〜5μg/ml)中で、10μg/mlの抗IL-1βモノクローナル抗体(中和抗体)(クローン8516.31)、抗TNF-αモノクローナル抗体(クローン1825.12)、抗ヒトIL-8モノクローナル抗体(クローン6217)又はマウスコントロールIgGの存在下又は非存在下において、37℃、18時間インキュベートし、好中球のアポトーシスの定量を行った。
(9)統計解析
データは平均値±SDで表示し、one-way ANOVAの多重比較検定(Prism 4、GraphPad Software, Inc.)によって有意差を解析した。p<0.05で統計学的に有意であるとした。
【0023】
<2>結果
(1)好中球のアポトーシス及びカスパーゼ 3活性に対するLL-37の影響
好中球のアポトーシスに対するLL-37の影響を調べた結果を図1Aに示す。
【0024】
好中球を単に18時間インキュベートすると、50%以上の好中球が自然発生的にアポトーシスを起こした(Resting対Control;p<0.001)。LPS(10ng/ml)によって、好中球のアポトーシスは52.6±5.5%(n=10)から31.2±5.5%に減少した(Control対LPS;p<0.001)。また、LL-37は用量依存的に好中球のアポトーシスを抑制した(p<0.001)。5μg/mlのLL-37によって、好中球のアポトーシスは10.4±4.2%まで減少した(Control対LL-37;p<0.001)。
【0025】
次に、アポトーシスを引き起こす要因となるカスパーゼ 3活性を評価した。結果を図1Bに示す。
【0026】
その結果、カスパーゼ 3活性は、図1Aにおけるアポトーシスを起こした細胞数の変化と一致した挙動を示した。すなわち、LL-37の用量依存的にカスパーゼ 3の活性も抑制された。
【0027】
なお図1A及びBともに、データは4〜18回別個独立に行われた実験の平均値±SDである。また図中の*はp<0.05、**はp<0.001で、それぞれControlに対して有意であることを示す(以下同様である)。
(2)ERKのリン酸化及びBcl-XLの発現に対するLL-37の影響
LL-37の作用メカニズムを明らかにするために、アポトーシスの抑制を媒介するシグナル分子を調べた。結果を図2に示す。
【0028】
抗リン酸化ERKモノクローナル抗体は、Tyr-204がリン酸化されたERK-1及びERK-2の両方を認識することができる(pERK-1及び-2;図2Aの上半分)。ウサギ抗ERKポリクローナル抗体は、ERK-1 p44及びERK-2 p42の両方を検出することができる(pERK-1及び-2;図2A及びBの下半分)。
【0029】
ERKのリン酸化に対するLL-37の影響を調べた結果、図2Aに示すように、LL-37(1μg/ml)による刺激はERK-1/-2のリン酸化を著しく促進させることが示された。また、Bcl-XL(抗アポトーシスタンパク質)の発現に対するLL-37の影響を調べた結果、図2Bに示すように、LL-37(1μg/ml)はBcl-XLの発現を顕著に誘発した。
(3)LL-37により誘導される好中球のアポトーシス抑制におけるFPRL-1及びP2Xの関与
LL-37は、FPRL-1を受容体として、好中球、単球及びT細胞を化学的に誘導することが知られている。またLL-37は、P2X受容体を介して、単球からのIL-1βのプロセシングと放出を促進することが知られている。
【0030】
そこで、LL-37により誘導される好中球のアポトーシス抑制におけるFPRL-1及びP2Xの関与を調べた。結果を図3に示す。
図3Aの結果から、FPRL-1及びP2X7の拮抗剤(それぞれ、WRW4(10μM)及びox-ATP(100μM);KN-96(5 μM))は、それ自体は好中球のアポトーシスを誘導することはないが(コントロール対FPRL-1とP2X7のアンタゴニスト;P>0.05)、LL-37による好中球のアポトーシス抑制作用を著しく抑制した(LL-37対FPRL-1とP2X7のアンタゴニスト;P<0.001)。この条件においてカスパーゼ 3の活性を調べたところ、同様にこれらの拮抗剤自体はカスパーゼ 3活性に対して影響を与えることはないが(コントロール対FPRL-1とP2X7のアンタゴニスト;P>0.05)、LL-37によるカスパーゼ 3に対する阻害作用を著しく抑制した(LL-37対FPRL-1とP2X7のアンタゴニスト;P<0.001)(図3B)。
これらの結果は、FPRL-1とP2X7が、LL-37による好中球のアポトーシス抑制作用に関与していることを示唆している。
好中球のアポトーシス抑制におけるFPRL-1及びP2X7の関与をさらに調べるために、好中球をFPRL-1及びP2Xのそれぞれのアゴニストとともに直接インキュベートし、アポトーシスを評価した。結果を図4に示す。
図4Aに示すように、FPRL-1の活性化剤(WKYMVm(0.1〜10μM);MMK-1(0.1〜10μM))及びP2X7の活性化剤(Bz-ATP(50〜500μM))は、用量依存的に好中球のアポトーシスを抑制した(コントロール対FPRL-1及びP2X7のアゴニスト;p<0.001)。
【0031】
特に、FPRL-1及びP2X7のそれぞれのアゴニストは、協働して好中球のアポトーシス及びカスパーゼ 3の活性化を抑制した(WKYMVm(0.1μM)、MMK-1(1μM)又はBz-ATP(50μM)対 「WKYMVm(0.1μM)及びBz-ATP(50μM)」又は「MMK-1(1μM)及びBz-ATP(50μM)」;p<0.001)(図4B及びC)。
これらの結果は、FPRL-1及びP2X7の活性化が、好中球のアポトーシス抑制に関与していることを示唆するものである。
(4)LL-37により誘導される好中球のアポトーシス抑制における、ATP及び炎症性サイトカインの役割
LL-37の刺激により単球からATPが放出されることから、好中球をLL-37とともにインキュベートすることによって放出されたATPがP2X7に作用して、アポトーシスの抑制を誘導している可能性もある。そこで、LL-37による好中球のアポトーシス抑制作用において、ATPが関与しているか調べた。注目すべきことに、0.1mM以上の外因性のATPは、抗アポトーシス活性を示した(コントロール対0.1mM ATP;p<0.05)(図5A)。この活性は、ATP分解酵素であるアピラーゼを添加することによって完全に抑制された(ATP対ATP及びアピラーゼ;p<0.001)(図5B)。
しかしながらアピラーゼは、LL-37により誘導される好中球のアポトーシス抑制作用には影響しなかった(LL-37対LL-37及びアピラーゼ;p>0.05)(図5B)。
この結果と一致して、LL-37(0.01〜5μg/ml)とインキュベートした後の好中球(106 細胞/ml)の培養上清中のATP量はわずか10〜50nMであった。この量では、好中球のアポトーシスを抑制することができない。
これらの結果は、たとえ好中球からATPが放出されるとしても、LL-37により誘導される好中球のアポトーシス抑制作用には関与していないことを示唆するものである。
【0032】
さらに、炎症促進性のサイトカイン(IL-1β、TNF-α及びIL-8等)が好中球のアポトーシスを抑制することが報告されていることから、LL-37とインキュベートしている間にこれらのサイトカインが産生され、好中球のアポトーシスを抑制している可能性もある。この可能性を調べるため、LL-37(0.01〜5μg/ml)とインキュベートした後における、好中球及び単核細胞(106細胞/ml)によるサイトカインの産生を測定した。その結果、IL-1β、TNF-α及びIL-8の産生レベルは、好中球においてはそれぞれ16pg/ml未満、16pg/ml未満及び約60pg/mlであり、単核細胞においてはそれぞれ16pg/ml未満、約30pg/ml及び2ng/mlであった。さらに、LL-37(0.01〜5μg/ml)とのインキュベーションにおいて、IL-1β、TNF-α及びIL-8のそれぞれに対する中和抗体が好中球のアポトーシスに対してどのような影響を与えるか調べた。その結果、これらのモノクローナル抗体はLL-37により誘導される好中球のアポトーシス抑制作用に対して実質的に影響を与えなかった(データ示さず)。IL-1β、TNF-α及びIL-8が、好中球に対して抗アポトーシス作用を示すためには500pg/mlを超える量が必要であることが報告されている。したがってこの結果は、好中球や夾雑している単核細胞(好中球画分において0.3%未満)によるサイトカイン産生レベルは、LL-37による好中球のアポトーシス抑制作用に影響を与えるには低すぎることを示唆している。
【実施例2】
【0033】
前記の<1>の(4)におけるLL-37に替えて、β−デフェンシン−1(hBD-1)、β−デフェンシン−2(hBD-2)、β−デフェンシン−3(hBD-3)及びβ−デフェンシン−4(hBD-4)(いずれもヒト由来)並びにこれらにさらにTNF-α(2ng/ml)を添加したものについて、好中球のアポトーシス対する作用を調べた。これらのデフェンシンは、いずれも株式会社ペプチド研究所から市販されているものを用いた。結果を図6に示す。
【0034】
図6より、LL-37のみならず、これらのデフェンシンによっても好中球のアポトーシス抑制作用が発揮されることが示された。さらにこの作用は、TNF-αによって増強されることが示された。
【実施例3】
【0035】
前記の<1>の(4)に記載の方法と同様に、アポトーシスの分析を行った。
図7のA〜Cは、好中球の形態を観察した結果を示すものである。図7のBは、好中球(10細胞/ml)を、RPMI 1640培地(10% FBS含有)中、37℃で18時間、5% CO2条件下でインキュベートしたものである。図7のCは、この培地にさらにβ−デフェンシン−3(hBD-3)(いずれもヒト由来)を5μg/mlとなるように添加してインキュベートしたものである。図7のAは、好中球をhBD-3を含有しない培地で、4℃で同様にインキュベートしたものである。なお、図7のA〜C中の矢印は、アポトーシスを起こしている細胞を指し示すものである。
図7のBに示すように、好中球を37℃でインキュベートすると、核が濃縮し、円形になり、アポトーシスを起こすことがわかる。しかし、好中球をβ−デフェンシン(hBD-3)とともにインキュベートすると、アポトーシスを起こしている細胞が顕著に減少することが示された(図7のC)。
また、インキュベート時間を「6時間」として同様にインキュベートした好中球について、前記<1>の(4)に記載された方法と同様にFITC-アネキシンV及びヨウ素化プロピジウム(propidium iodide)で染色し、フローサイトメトリー(FACS Vantage)で分析した。結果を図7のD〜Fに示す。なお図7のD〜F中、アネキシンV陽性かつヨウ素化プロピジウム陰性の細胞ポピュレーションはアポトーシス初期(Early apoptosis)として、アネキシンVとヨウ素化プロピジウムがいずれも陽性である細胞ポピュレーションはアポトーシス後期+ネクローシス(Late apoptosis + necrosis)として、それぞれ分類した。
これらの結果からも、好中球を37℃でインキュベートするとアポトーシスを起こした細胞が増加するが(図7のE)、好中球をβ−デフェンシン(hBD-3)とともにインキュベートするとアポトーシスを起こしている細胞が顕著に減少することが示された(図7のF)。
【実施例4】
【0036】
前記の<1>の(4)におけるLL-37、これに替えてβ−デフェンシン−1(hBD-1)、β−デフェンシン−2(hBD-2)、β−デフェンシン−3(hBD-3)又はβ−デフェンシン−4(hBD-4)(いずれもヒト由来)を添加してインキュベートした好中球について、図6とは別個独立に、アポトーシスを起こした細胞の割合を調べた。結果を図8に示す。
【0037】
図8から、LL-37、hBD-2及びhBD-3を中心に、アポトーシスの濃度依存的な抑制作用が観察された。
【実施例5】
【0038】
前記の<1>の(5)と同様に、LL-37、β−デフェンシン−1(hBD-1)、β−デフェンシン−2(hBD-2)、β−デフェンシン−3(hBD-3)又はβ−デフェンシン−4(hBD-4)(いずれもヒト由来)を添加してインキュベートした好中球について、カスパーゼ 3活性を測定した。結果を図9に示す。
【0039】
図9から、好中球をインキュベートするとカスパーゼ 3活性が上昇するが(図9中のcontrol)、LL-37、hBD-2及びhBD-3を中心として、カスパーゼ 3活性の低下が観察された。
【実施例6】
【0040】
前記の<1>の(4)に記載の方法で、p38MAPK阻害剤であるSB203580、あるいはERK阻害剤であるU0126をさらに用いて、これらの阻害剤がhBD-3による好中球アポトーシスの抑制作用に与える影響を調べた。結果を図10に示す。
【0041】
図10から、hBD-3による好中球アポトーシスの抑制が、これらの阻害剤によって顕著にブロックされることが示された。なお、これらの阻害剤自身は好中球のアポトーシスを誘導しなかった。この結果から、hBD-3による好中球のアポトーシス抑制にp38MAPKとERKが関与している可能性が示唆された。
【実施例7】
【0042】
好中球をhBD-3とともにインキュベートし、前記の<1>の(6)と同様の方法で、p38MAPKとERKのリン酸化をウエスタンブロット法で検討した。結果を図11に示す。図11のAはp38MAPKについての結果を、BはERKについての結果である。
【0043】
図11より、好中球をhBD-3とともにインキュベートすることによって、p38MAPKとERK-1/-2のリン酸化が増強されることが確認された。
【実施例8】
【0044】
さらに、アポトーシスに関連する分子について検討した。
Bidタンパクの分解によって生成するtruncated Bid(tBid)は、ミトコンドリアに作用してアポトーシスを促進することが知られている。一方、Bcl-XLはミトコンドリアに保護的に作用してアポトーシスを抑制する。
好中球をhBD-3とともにインキュベートし、前記の<1>の(6)と同様の方法で、Bidタンパク質及びtBidの発現、並びにBcl-XLの発現をウエスタンブロット法で検討した。結果を図12に示す。図12のAはBidタンパク質及びtBidについての結果を、BはBcl-XLについての結果である。
図12より、好中球をhBD-3とともにインキュベートすると、tBidの生成が低下する一方、Bcl-XLの発現が増強することが確認された。
【実施例9】
【0045】
単球等において、hBD-3がケモカイン受容体であるCCR6を介して作用することが報告されている。そこで、hBD-3の好中球に対する作用にもCCR6が関与しているか否かを検討した。結果を図13に示す。
図13より、hBD-3による好中球アポトーシスの抑制が、抗CCR6抗体(Anti-CCR6 mAb)によって顕著にブロックされることが示された。なお、コントロール抗体(control IgG)を添加してもそのような効果は認められなかった。
【0046】
また図13より、CCR6のリガンドであるMIP-3αを好中球に作用させるとアポトーシスが抑制されることが示されたが、この作用も抗CCR6抗体によって顕著にブロックされることが確認された。
【0047】
これらの結果から、hBD-3は、CCR6を介して好中球のアポトーシスを抑制することが示された。
【実施例10】
【0048】
hBD-3が、好中球や混在する単核細胞に対して作用して、ケモカインやサイトカインの生成を介し、これにより好中球のアポトーシスを抑制する可能性も考えられるので、この点を検討した。結果を図14に示す。
【0049】
図14から、好中球と単核細胞を種々の濃度のhBD-3とともにインキュベートしても、CCR6のリガンドであるMIP-3αや、好中球のアポトーシスを抑制するIL-8, IL-1β, TNF-αなどのケモカイン、サイトカインがほとんど産生されないことが示された。
【0050】
なお、LPSをポジティブコントロールとして用いると、単核細胞によってこれらのケモカイン、サイトカインが非常に良く産生されることが確認された。
【0051】
これらの結果から、hBD-3はケモカイン、サイトカイン生成を介して作用しているのではなく、好中球に直接作用してアポトーシスを抑制することが示唆された。
【実施例11】
【0052】
以下に本発明抑制剤や本発明医薬の製剤例を示すが、これらはあくまで例示であり、本発明における剤形がこれらに限定されるものではない。
(1)軟膏剤
LL−37 10mg
モノステアリン酸ソルビタン 7mg
モノステアリン酸ポリオキシエチレンソルビタン 7mg
パルミチン酸イソプロピル 37mg
ワセリン 37mg
流動パラフィン 37mg
セタノール 50mg
グリセリン 70mg
ステアリン酸マグネシウム 2mg
上記成分に精製水を加えて、1gのクリームとした。
(2)錠剤
LL−37 100mg
乳糖 670mg
バレイショデンプン 150mg
結晶セルロース 60mg
軽質無水ケイ酸 50mg
上記成分を混合し、ヒドロキシプロピルセルロースを30mgをメタノールに溶解した溶液(ヒドロキシプロピルセルロース10重量%)を加えて混練したのち造粒した。これを径0.8mmのスクリーンで押し出して顆粒状にし、乾燥した後、ステアリン酸マグネシウム15mgを加え200mgづつ打錠して錠剤を得た。
(3)カプセル剤
LL−37 100mg
乳糖 80mg
上記成分を均一に混合し、硬カプセルに充填してカプセル剤を得た。
(4)注射剤
LL−37 30mg
上記成分を5%マンニトール水溶液2mLに溶解し、これを無菌濾過した後、アンプルに入れて密封した。
(5)用時溶解用注射剤
(A)LL−37(凍結乾燥体) 30mg(アンプルに封入した)
(B)無菌濾過したPBS 2mL(アンプルに封入した)
上記(A)および(B)を1セットとして、用時溶解用注射剤を製造した。使用時には(A)を(B)で溶解して用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】LL-37の、好中球のアポトーシス抑制作用及びカスパーゼ 3阻害作用を示す図である。
【図2】LL-37の、ERKのリン酸化及びBcl-XLの発現に対する影響を示す図である。
【図3】LL-37により誘導される好中球のアポトーシス抑制及びカスパーゼ 3阻害作用に対する、FPRL-1及びP2Xアンタゴニストの影響を示す図である。
【図4】好中球のアポトーシス及びカスパーゼ 3活性に対する、FPRL-1及びP2X7アゴニストの影響を示す図である。
【図5】LL-37により誘導される好中球のアポトーシス抑制に対するアピラーゼの影響を示す図である。
【図6】各種抗菌ペプチドによる好中球のアポトーシス抑制作用を示す図である。
【図7】hBD-3の、好中球のアポトーシス抑制作用を示す図である。
【図8】各種抗菌ペプチドによる好中球のアポトーシス抑制作用を示す図である。
【図9】各種抗菌ペプチドによるカスパーゼ 3阻害作用を示す図である。
【図10】p38MAPK阻害剤又はERK阻害剤による、hBD-3の好中球アポトーシスの抑制作用に与える影響を示す図である。
【図11】hBD-3の、p38MAPKとERK-1/-2のリン酸化に対する影響を示す図である。
【図12】hBD-3の、Bidタンパク質及びtBidの発現並びにBcl-XLの発現に対する影響を示す図である。
【図13】hBD-3の好中球に対する作用における、CCR6の関与を示す図である。
【図14】hBD-3の、好中球や単核細胞によるケモカインやサイトカインの生成に対する影響を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
抗菌ペプチドを有効成分として含有する、アポトーシス抑制剤。
【請求項2】
抗菌ペプチドが、ヒトに由来するペプチドである、請求項1に記載のアポトーシス抑制剤。
【請求項3】
ヒトに由来するペプチドが、CAP18及びその部分ペプチド並びにデフェンシンからなる群から選択される1又は2以上のペプチドである、請求項2に記載のアポトーシス抑制剤。
【請求項4】
CAP18の部分ペプチドが、配列番号2に記載のアミノ酸配列からなるペプチドである、請求項3に記載のアポトーシス抑制剤。
【請求項5】
デフェンシンが、β−デフェンシンである、請求項3に記載のアポトーシス抑制剤。
【請求項6】
β−デフェンシンが、β−デフェンシン−1、β−デフェンシン−2、β−デフェンシン−3及びβ−デフェンシン−4からなる群から選択される1又は2以上のペプチドである、請求項5に記載のアポトーシス抑制剤。
【請求項7】
さらに腫瘍壊死因子を有効成分として含有する、請求項6に記載のアポトーシス抑制剤。
【請求項8】
好中球のアポトーシスの抑制のために用いられることを特徴とする、請求項1〜7のいずれか1項に記載のアポトーシス抑制剤。
【請求項9】
アポトーシスの抑制が、リポ多糖を介さないでなされることを特徴とする、請求項1〜8のいずれか1項に記載のアポトーシス抑制剤。
【請求項10】
アポトーシスの抑制が、ERKのリン酸化、Bcl−XLの発現及びカスパーゼ−3の活性低下を介してなされることを特徴とする、請求項1〜9のいずれか1項に記載のアポトーシス抑制剤。
【請求項11】
請求項1〜10のいずれか1項に記載のアポトーシス抑制剤からなる医薬。
【請求項12】
微生物感染時に用いられることを特徴とする、請求項11に記載の医薬。






【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2007−169260(P2007−169260A)
【公開日】平成19年7月5日(2007.7.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−189896(P2006−189896)
【出願日】平成18年7月10日(2006.7.10)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成17年7月1日 第52回毒素シンポジウム世話人 神尾好是 発行の「第52回毒素シンポジウム 予稿集(ISSN−1344−9346)」に発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成17年8月25日 社団法人日本生化学会発行の「生化学 第77巻 第8号」に発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成17年11月15日 日本エンドトキシン研究会発行の「第11回 日本エンドトキシン研究会 プログラム・講演抄録集」に発表
【出願人】(502285457)学校法人順天堂 (64)
【出願人】(000195524)生化学工業株式会社 (143)
【Fターム(参考)】