説明

アミノグリコシド系抗生物質の分析方法

【課題】試料中のアミノグリコシド系抗生物質とともに複数の不純物(副生産物)を十分に分離して高い感度で検出する。
【解決手段】高濃度の有機酸緩衝液(例えば酢酸アンモニウム)と有機溶媒(例えばアセトニトリル)との混合液を移動相とした親水性相互作用クロマトグラフィにより試料中の各成分を分離し、エレクトロスプレイイオン化インタフェイスを備えた質量分析計により検出する。それにより、試料中のアミノグリコシド系抗生物質(ピークP8)と複数の不純物(ピークP1〜P7、P9、P10)とは互いに十分に分離され、特に不純物も高い感度で検出可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高速液体クロマトグラフィ(HPLC)を用いてアミノグリコシド系抗生物質を分析する分析方法に関し、さらに詳しくは、試料中のアミノグリコシド系抗生物質のみならず例えば該物質に類似した化学構造を持つ不純物も分析対象とする分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ストレプトマイシンなどのアミノグリコシド系抗生物質は強い抗菌作用を有する有用な薬品であるが、その反面、人体、例えば脳神経や腎臓などに対して強い毒性を有する。そのため、我が国においては、各種のアミノグリコシド系抗生物質について畜産品などの飲食物中の残留基準値が定められており、その残留値を測定するための試験法も定められている。
【0003】
即ち、上記試験法は、測定装置として液体クロマトグラフ質量分析計を使用し、移動相としてパーフルオロカルボン酸水溶液であるヘプタフルオロ酪酸水と有機溶媒であるアセトニトリルの混合液を用いる。これは、いわゆる逆相イオンペアクロマトグラフィと呼ばれる分離手法であり、ヘプタフルオロ酪酸水がイオンペア試薬として機能する。また、非特許文献1、2などには、逆相イオンペアクロマトグラフィを用いたアミノグリコシド系抗生物質の分析の実例が記載されている。
【0004】
【非特許文献1】マーク・チェルレット(Marc Cherlet)、ほか2名、「クォンティタティブ・デターミネイション・オブ・ディヒドロストレプトマイシン・イン・ボウバイン・ティッシューズ・アンド・ミルク・バイ・リキッド・クロマトグラフィ−エレクトロスプレイ・イオナイゼイション−タンデム・マス・スペクトロメトリー(Quantitative determination of dihydrostreptomycin in bovine tissues and milk by liquid chromatography-electrospray ionization-tandem mass spectrometry)」、ジャーナル・オブ・マス・スペクトロメトリー(J. Mass Spectrom.)、2007, 42, pp.647-656
【非特許文献2】ボー・リー(Bo Li)、ほか3名、「インベスティゲイション・オブ・アンノウン・リレイテッド・サブスタンシズ・イン・コマーシャル・ネオマイシン・サンプルズ・ウィズ・リキッド・クロマトグラフィ/イオン・トラップ・タンデム・マス・スペクトロメトリー(Investigation of unknown related substances in commercial neomycin samples with liquid chromatography/ion trap tandem mass spectrometry)」、ラピッド・コミュニケイションズ・イン・マス・スペクトロメトリー(Rapid Commun. Mass Spectrom.)、2007, 21, pp.1791-1798
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
逆相イオンペアクロマトグラフィを用いた上記分析手法は、被検試料中の対象とするアミノグリコシド系抗生物質の定量を行うという目的に対しては、十分な精度を確保することが可能である。一方、新薬の開発や製造された薬剤の評価などの分野においては、化学的な合成により得られた試料中のアミノグリコシド系抗生物質のほか、同時に生成される化学構造が類似した各種の副生産物(不純物)を調べることが重要である。
【0006】
しかしながら、このようにアミノグリコシド系抗生物質(主成分)と不純物とを同時に分析したい場合、逆相イオンペアクロマトグラフィを用いた上記分析手法では、主成分と不純物とを十分に分離できないことがあり、またそうした不純物の検出感度もあまり高くないという問題がある。
【0007】
本発明はこうした課題を解決するために成されたものであり、その目的とするところは、試料中に存在するアミノグリコシド系抗生物質と不純物との分離特性を改善し、且つ検出感度も向上させることができる、アミノグリコシド系抗生物質の分析方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
アミノグリコシド系抗生物質はアミノ糖とアミノサイクリトールとがグリコシド結合をした構造を有するものであり、糖類としての性質を有する。また、アミノグリコシド系抗生物質を合成する際にできる副生産物はアミノグリコシド系抗生物質と類似した化学構造を持つから、同様に糖類としての性質を有すると考えられる。そこで、本願発明者は、一般的な逆相クロマトグラフィでは保持が困難である高極性の化合物の分離に適した親水性相互作用クロマトグラフィに着目した。但し、従来、一般的に行われている親水性相互作用クロマトグラフィでは、満足できる分離特性を得ることができない。そこで、本願発明者は分析条件を変えながら実験を繰り返し、移動相として有機酸緩衝液などと有機溶媒の混合液を用い、しかもその有機酸緩衝液の濃度を通常の使用レベルよりも格段に高くすることで、アミノグリコシド系抗生物質と不純物とを十分に分離でき、高い検出感度が達成できることを見い出した。
【0009】
本発明に係るアミノグリコシド系抗生物質の分析方法は、上記のような知見に基づいて成されたものであり、アミノグリコシド系抗生物質を含む試料を高速液体クロマトグラフィにより成分分離して検出する分析方法であって、
高濃度の有機酸、有機酸塩又は有機酸緩衝液のいずれかと有機溶媒との混合液を移動相として用いた親水性相互作用クロマトグラフィにより試料中の各成分を分離することを特徴としている。
【0010】
本発明に係るアミノグリコシド系抗生物質の分析方法では、好ましくは、カラムから溶出する溶出液中の各成分を検出する検出器として大気圧イオン化インタフェイスを備えた質量分析計を用いるとよい。
【0011】
一般的に、有機酸とは、酢酸、蟻酸、シュウ酸、乳酸、酒石酸、クエン酸などを含むカルボン酸類のことであり、特に限定されないが、典型的には、酢酸又は蟻酸を用いることができる。また有機酸塩を使用する場合には、例えば、酢酸アンモニウム又は蟻酸アンモニウムが有用である。また、有機酸緩衝液を使用する場合には、例えば、酢酸アンモニウム緩衝液又は蟻酸アンモニウム緩衝液が有用である。一方、有機溶媒も特に限定されないが、典型的にはアセトニトリルを用いることができる。
【0012】
酢酸アンモニウム緩衝液とアセトニトリルとの混合液は、親水性相互作用クロマトグラフィの移動相として従来から利用されており、両者の混合比は4:6から2:8の範囲内の程度であり、酢酸アンモニウム緩衝液の濃度は10〜50mmol/L程度、最大でも100mmol/L以下の範囲に抑えられている。これは、エレクトロスプレイイオン化インタフェイスを用いた高速液体クロマトグラフ質量分析計の場合、酢酸アンモニウム緩衝液の濃度を高くすると、エレクトロスプレイノズルが詰まり易くなるためである。換言すると、そうした問題のために、従来、酢酸アンモニウム緩衝液の濃度を極端に高くするような試みは行われなかった。
【0013】
これに対し、本発明に係るアミノグリコシド系抗生物質の分析方法では、有機溶媒と混合される、有機酸、有機酸塩又は有機酸緩衝液のいずれかの濃度を、従来の親水性相互作用クロマトグラフィで実施されている濃度と比べてかなり高くする。試料中の不純物について十分な検出感度を確保するには、他の分析条件(例えば移動相流速、温度など)にも依存するものの、300mmol/L以上とすることが好ましい。したがって、従来に比べれば10倍近くの高濃度である。
【発明の効果】
【0014】
本発明に係るアミノグリコシド系抗生物質の分析方法によれば、従来の逆相イオンペアクロマトグラフィでは十分に分離できなかったアミノグリコシド系抗生物質と不純物、或いは不純物同士を十分に分離して検出することができる。また、不純物の検出感度も高くなる。それにより、試料中でアミノグリコシド系抗生物質と共存する不純物を確実に捉えることが可能となる。また、異なる種類の不純物の保持時間が互いに離れるため、例えば成分分離した後の各不純物及びアミノグリコシド系抗生物質を分取・分画することが容易になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明に係るアミノグリコシド系抗生物質の分析方法の一実施形態を説明する。図1は本発明に係る分析方法を実施するための高速液体クロマトグラフ質量分析計の一例の概略構成図である。
【0016】
第1送液ポンプ2は第1移動相容器1から移動相Aを吸引して所定流量で送出し、第2送液ポンプ4は第2移動相容器3から移動相Bを吸引して所定流量で送出する。移動相Aと移動相Bとは混合器5で混合され、インジェクタ6を経てカラム7に送出される。インジェクタ6では分析対象である液体試料がマイクロシリンジなどを用いて移動相中に注入され、液体試料は移動相の流れに乗ってカラム7に送り込まれる。試料中の各種成分はカラム7を通過する際に分離され、時間差がついてカラム7出口から溶出する。
【0017】
カラム7からの溶出液は検出器としての質量分析計8に送られ、エレクトロスプレイイオン化(ESI)インタフェイス81のスプレイノズルから略大気圧雰囲気中に噴霧され、溶出液に含まれる成分分子はイオン化される。そして、生成されたイオンがイオンレンズ82で収束され、四重極質量フィルタ83で質量毎に分離され、イオン検出器84に到達し検出される。時間の経過に伴い溶出液中に含まれる成分の種類、つまり質量分析に供される成分の種類は変化し、また四重極質量フィルタ83は所定の質量範囲で繰り返し質量走査される。したがって、イオン検出器84で得られる検出信号は各成分を反映したものとなり、図示しないデータ処理部では、検出信号に基づいて、トータルイオンクロマトグラム、マスクロマトグラム、マススペクトルが作成される。
【0018】
なお、検出器は質量分析計8に限るものではなく、他の例えば紫外可視分光光度計などを用いてもよい。また、質量分析計8を用いる場合に、イオン化インタフェイスは大気圧化学イオン化インタフェイスなど、他のイオン化方法によるものでもよい。
【0019】
本発明に係る分析方法では、成分分離のための高速液体クロマトグラフィに特徴を有する。即ち、移動相Aは例えば酢酸アンモニウム緩衝液や蟻酸アンモニウム緩衝液等の有機酸緩衝液、酢酸、蟻酸等の有機酸、又は酢酸アンモニウム、蟻酸アンモニウム等の有機酸塩などのいずれかとする。移動相Bは例えばアセトニトリル等の有機溶媒とする。また、カラム7には、順相親水性相互作用クロマトグラフィ用の固定相、例えば多孔性シリカ、又はその表面に適宜の極性官能基が化学結合されたもの、などが充填される。したがって、試料中の各種成分はカラム7を通過する際に主として親水性相互作用により分離される。
【0020】
但し、本発明に係る分析方法では、移動相Aの濃度が重要であり、従来、一般的に実施されている親水性相互作用クロマトグラフィにおける有機酸緩衝液の濃度よりもかなり高くする必要がある。従来一般に、有機酸緩衝液と有機溶媒との混合比が3:7乃至2:8程度の場合、有機酸緩衝液の濃度は10〜50mmol/L程度、最大でも100mmol/L以下で親水性相互作用クロマトグラフィが行われているが、本発明者の実験によれば、こうした濃度では、アミノグリコシド系抗生物質やその副生産物(つまりは目的とするアミノグリコシド系抗生物質に化学構造が類似した物質)を十分な感度で検出できない。アミノグリコシド系抗生物質の副生産物を十分に分離し且つ高い感度で検出するには、移動相Aの濃度は300mmol/L以上とするのがよい。但し、その濃度が高過ぎると、イオン化インタフェイスにおけるスプレイノズルの詰まりが甚だしくなり、頻繁にクリーニングを行わなければならない。そうした点を考慮すると、濃度は300mmol/L〜600mmol/L程度の範囲内が適当である。また、図1の構成では、移動相Aと移動相Bとを流路上で混合しているが、予め混合したものを容器に貯留しておいてもかまわない。
【実施例】
【0021】
本発明に係る分析方法と比較対象のための従来方法との分析について、代表的なアミノグリコシド系抗生物質であるストレプトマイシン含有試料を分析した実例を挙げて説明する。分析装置の構成はいずれも既に説明した図1に示した通りである。
【0022】
(1)分析条件
本発明に係る分析方法である親水性相互クロマトグラフィによる分析の条件は次の通りである。
・試料:ストレプトマイシン標準水溶液(2mg/mL)1μL
・カラム:インタクト(Imtact)社製 Unison UK-Silica(内径2.0mm、長さ250mm、充填物粒子径3μm)
・移動相:400mmol/L 酢酸アンモニウム緩衝液+アセトニトリル(混合比 3:7)
・カラム流速:0.2mL/min
他方、従来方法であるイオンペアクロマトグラフィによる分析の条件は次の通りである。
・試料:ストレプトマイシン標準水溶液(2mg/mL)1μL
・カラム:インタクト(Imtact)社製 Unison UK-C18(内径2.0mm、長さ250mm、充填物粒子径3μm)
・移動相:10mM ヘプタフルオロ酪酸+50mM 蟻酸アンモニウム緩衝液(混合比 9:1)
・カラム流速:0.2mL/min
また、いずれも質量分析計8でのイオン化法はエレクトロスプレイイオン化法でポジティブイオンモードであり、検出対象の質量範囲はm/z100〜1000である。
【0023】
(2)分析結果
上記条件の下での2つの方法による分析結果を図2、図3に示す。図2は従来方法により得られたトータルイオンクロマトグラム(最上段)及びマスクロマトグラム、図3は本発明に係る分析方法により得られたトータルイオンクロマトグラム(最上段)及びマスクロマトグラムである。マスクロマトグラムはそれぞれ縦軸の信号強度が同一ではないことに注意を要する。図2及び図3のマスクロマトグラムにおいて、ピークにP1〜P10の符号を付しているが、P8が目的物質であるスプレプトマイシン(streptomycin)由来のピークであり、P1はストレプチジン(streptidine)由来のピーク、P10はスプレプトマイシンB(streptomycinB)由来のピーク、それ以外のP2〜P7、P9は未知成分由来のピークである。
【0024】
両者の分析結果を比較すると、スプレプトマイシンについてはいずれも十分な感度で検出されていることが分かる。これに対し、不純物(副生産物)については、本発明に係る分析方法では各成分が十分に分離され且つ感度も十分であるのに対し、従来方法ではいくつかの成分について分離性能が悪く、感度も低い。そのため、そうした成分の濃度が低い場合には検出できず、検出できたとしてもピークトップの位置、つまり保持時間を高い精度で確定することが難しい。そうしたことから、本発明に係る分析方法は従来方法に比べて、特にストレプトマイシンと共に複数の不純物を漏れなく分析したい場合に適していることが分かる。
【0025】
また、従来方法では複数の不純物がストレプトマイシンにかなり近い保持時間で出現しているのに対し、本発明に係る分析方法では各成分の出現が時間方向にばらついていることが分かる。本発明に係る分析方法のこうした分離特性は、例えば各不純物を分取・分画したい場合やNMR解析に供する場合に特に有益である。
【0026】
なお、上記実施形態及び実施例は一例であって、本発明の趣旨の範囲で適宜修正や変更、追加を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは明らかである。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本発明に係る分析方法を実施するための液体クロマトグラフ質量分析装置の概略構成図。
【図2】従来方法により得られたストレプトマイシン及びその不純物のマスクロマトグラム。
【図3】本発明に係る分析方法により得られたストレプトマイシン及びその不純物のマスクロマトグラム。
【符号の説明】
【0028】
1、3…移動相容器
2、4…送液ポンプ
5…混合器
6…インジェクタ
7…カラム
8…質量分析計
81…エレクトロスプレイイオン化(ESI)インタフェイス
82…イオンレンズ
83…四重極質量フィルタ
84…イオン検出器

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アミノグリコシド系抗生物質を含む試料を高速液体クロマトグラフィにより成分分離して検出する分析方法であって、
高濃度の有機酸、有機酸塩又は有機酸緩衝液のいずれかと有機溶媒との混合液を移動相として用いた親水性相互作用クロマトグラフィにより試料中の各成分を分離することを特徴とするアミノグリコシド系抗生物質の分析方法。
【請求項2】
請求項1に記載のアミノグリコシド系抗生物質の分析方法であって、カラムから溶出する溶出液中の各成分を検出する検出器として大気圧イオン化インタフェイスを備えた質量分析計を用いることを特徴とするアミノグリコシド系抗生物質の分析方法。
【請求項3】
請求項1に記載のアミノグリコシド系抗生物質の分析方法であって、移動相は、酢酸アンモニウム緩衝液とアセトニトリルの混合液であることを特徴とするアミノグリコシド系抗生物質の分析方法。
【請求項4】
請求項1に記載のアミノグリコシド系抗生物質の分析方法であって、有機酸、有機酸塩又は有機酸緩衝液のいずれかの濃度は300mmol/L以上であり、これと有機溶媒との混合比率は4:6から2:8の範囲であることを特徴とするアミノグリコシド系抗生物質の分析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−139177(P2009−139177A)
【公開日】平成21年6月25日(2009.6.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−314681(P2007−314681)
【出願日】平成19年12月5日(2007.12.5)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】