説明

アラビノフラノシダーゼB提示酵母及びその利用

【課題】キシラン分解物の効率的な製造方法及びそれに用いる材料を提供する。
【解決手段】5’末端側から順に、酵母細胞で機能する分泌シグナル配列、アラビノフラノシダーゼ活性を示すポリペプチドをコードする配列、細胞表層局在タンパク質の一部をコードする配列、及びGPIアンカー付着シグナル配列を含むポリヌクレオチド。キシランを、このポリヌクレオチドを保持する酵母並びにキシロシダーゼ、又はさらにキシラナーゼの存在下で分解する工程と、キシラン分解物を回収する工程とを含む、キシラン分解物の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞表層にアラビノフラノシダーゼを保持する酵母及びそれを用いたキシラン分解物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、環境やエネルギーに対する関心が高まるなか、エタノールの自動車燃料としての直接利用やガソリンのような既存燃料への一部添加が検討されている。これにより、化石燃料への依存度が減り、懸念されている化石燃料の枯渇を防ぐことができる。また、エタノールは、通常のガソリンに比べ、環境汚染が非常に少ない燃料である。
【0003】
従来、発酵による工業用アルコールの製造原料として、サトウキビから得られる糖質、トウモロコシ等の食用作物から得られるデンプン等が主に用いられている。しかし、これらの農作物は高価であるため、燃料用エタノール(バイオエタノール)の製造原料として使用するのは実用的ではない。また、将来、地球規模での食料不足が予測される点でも、農作物をエタノール発酵原料として用いることは実用的ではない。
【0004】
一方、木質系バイオマスは、大量かつ低価格で入手でき、また食用に供されるものでないため、バイオエタノール原料として期待されている。木質系バイオマスは、セルロース50%程度、ヘミセルロース20〜30%程度、及びリグニン20〜30%程度で構成されている。セルロースは、グルコースの重合体である。ヘミセルロースの主成分はキシランであり、キシランは、例えば広葉樹やイネ科植物では、D−キシロース残基がβ−1,4結合したキシラン主鎖にL−アラビノース、グルクロン酸、4−O−メチルグルクロン酸などが短い側鎖として結合した多糖類である。
【0005】
高分子多糖は糖分解酵素で加水分解して単糖にすることにより初めてエタノール発酵の基質となり得る。木質系バイオマスは、食用作物に較べて、ヘミセルロースの含有比率が高いため、ヘミセルロースの加水分解反応の効率が木質系バイオマスからのエタノール生産効率を定める大きな要素となっている。
【0006】
キシラン主鎖のキシロース間のβ−1,4結合を分解する酵素として、キシラナーゼ及びキシロシダーゼが知られている。しかし、アラビノース側鎖が付加した枝分かれ部分にはこれらの酵素が作用し難いため、これらの酵素だけでは十分にキシランを加水分解することができず、キシロースの回収率が低く、ひいてはバイオエタノールの生産効率が低くなる。
【0007】
側鎖のアラビノースと主鎖のキシロースとの間の結合を分解する酵素は、アラビノフラノシダーゼである。アラビノフラノシダーゼをキシロシダーゼ、又はさらにキシラナーゼと共にキシランに作用させれば、キシランの分解によるキシロースの収率が向上することが報告されている(非特許文献1)。
【0008】
しかし、キシラナーゼやキシロシダーゼと異なり、アラビノフラノシダーゼは工業利用できる程度に大量に生産する技術が確立されていない。また、これらの酵素を生産する微生物を用いてキシランの分解によりキシロースを生産することも考えられるが、キシランは高分子であるため細胞膜を透過し難く、その結果キシロースの生産効率が悪い。
【0009】
【非特許文献1】平成15年度 第55回 日本生物工学大会 講演要旨集 p19 岐阜大・農 高見澤ら
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、キシラン分解物の効率的な製造方法及びそれに用いる材料を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するために本発明者は研究を重ね、以下の知見を得た。
(1) 上流側から、酵母細胞内で機能する分泌シグナル配列、アラビノフラノシダーゼ活性を有するポリペプチドをコードする配列、及び、細胞表層局在タンパク質の一部をコードする配列、及びGPIアンカー付着シグナル配列を含むポリヌクレオチドを発現可能な状態で保持する酵母は、アラビノフラノシダーゼとN末端にGPIアンカー付着シグナルを有する細胞表層局在タンパク質との融合タンパク質が、細胞表面に高密度に固定されたものとなる。
【0012】
タンパク質が、細胞表層局在タンパク質との融合タンパク質として細胞表層に高密度に固定され得るか否かは、タンパク質の種類によって大きく異なり、成功しない例もある。また、表層提示されたとしても、固定された状態で活性を示すことができるか否かはタンパク質の種類によって大きく異なり、細胞表層に固定されることにより活性を失う場合もある。このような状況の下で、本発明者は、キシロース製造に有用なアラビノフラノシダーゼを細胞表層局在タンパク質との融合タンパク質として酵母細胞表層に提示させ、かつ高い酵素活性を発現させることに成功した。
(2) キシランを、上記のアラビノフラノシダーゼ提示酵母、キシロシダーゼ、又はさらにキシラナーゼの存在下でインキュベートすることにより、主鎖のキシロース間の結合及び側鎖のアラビノースと主鎖のキシロースとの間を結合が効率的に分解することができ、キシロースやアラビノースなどのキシラン分解物を高収率で製造することができる。
【0013】
本発明は、上記知見に基づき完成されたものであり、以下のポリヌクレオチド、酵母及びキシラン分解物の製造方法を提供する。
【0014】
項1. 5’末端側から順に、酵母細胞で機能する分泌シグナル配列、アラビノフラノシダーゼ活性を示すポリペプチドをコードする配列、細胞表層局在タンパク質の一部をコードする配列、及びGPIアンカー付着シグナル配列を含むポリヌクレオチド。
【0015】
項2. 細胞表層局在タンパク質の一部をコードする配列とGPIアンカー付着シグナル配列とからなる配列が、酵母のα−アグルチニンをコードする配列に含まれる項1に記載のポリヌクレオチド。
【0016】
項3. 細胞表層局在タンパク質の一部をコードする配列とGPIアンカー付着シグナル配列とからなる配列が、酵母のα−アグルチニンのC末端から320ないしは600個のアミノ酸をコードする配列中に含まれる項2に記載のポリヌクレオチド。
【0017】
項4. アラビノフラノシダーゼ活性を有するポリペプチドが、アスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)に由来する酵素である項1、2又は3に記載のポリヌクレオチド。
【0018】
項5. 酵母細胞で機能できるプロモーターに発現可能な状態で連結された、項1〜4のいずれかに記載のポリヌクレオチド。
【0019】
項6. 項5のポリヌクレオチドを含む発現ベクター。
【0020】
項7. 項5に記載のポリヌクレオチド又は項6に記載の発現ベクターを保持する酵母。
【0021】
項8. キシランを、項7に記載の酵母及びキシロシダーゼ、又はさらにキシラナーゼの存在下で分解する工程と、キシラン分解物を回収する工程とを含む、キシラン分解物の製造方法。
【0022】
項9. 酵母が担体に固定化されている項8に記載の方法。
【0023】
項10. キシランを項7に記載の酵母の存在下で分解する工程(a)と、工程(a)により得られたキシラン部分分解物を、キシロシダーゼ、又はさらにキシラナーゼの存在下で分解する工程(b)と、キシラン分解物を回収する工程とを含む、キシラン分解物の製造方法。
【0024】
項11. 酵母が担体に固定化されている項10に記載の方法。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、活性なアラビノフラノシダーゼを細胞表層に高密度に保持する酵母が得られた。この酵母細胞とキシロシダーゼ、又はさらにキシラナーゼとを、キシランに作用させることにより、効率的にキシランを分解して、キシロース及びアラビノースを始めとするキシラン分解物を得ることができる。
【0026】
詳述すれば、キシランの主鎖のβ−1,4結合を分解するキシラナーゼ及びキシロシダーゼは工業利用できるだけの量を入手できるが、それに見合った量のアラビノフラノシダーゼを低コストで生産する技術は存在しなかった。
【0027】
本発明の酵母は細胞表面に活性なアラビノフラノシダーゼを保持しているため、この酵母を培養することにより、大量のアラビノフラノシダーゼを安価に入手できる。
【0028】
また、本発明の酵母は細胞表面にアラビノフラノシダーゼが高密度に固定されているため、反応液中の酵母密度を高くすることにより、アラビノフラノシダーゼ濃度を高くすることができる。これにより、本発明の酵母をキシロシダーゼ、又はさらにキシラナーゼとともに反応液中に存在させることにより、キシランの側鎖を効率的に分解するとともに、キシロシダーゼ、又はさらにキシラナーゼによるキシラン主鎖の分解を促進し、その結果、キシロースを含むキシラン分解物の回収率及び製造速度が向上する。
【0029】
また本発明の酵母は細胞表面上にアラビノフラノシダーゼが固定されているため、細胞膜を透過し難い高分子のキシランを効率的に分解できる。
【0030】
本発明によれば、従来、加水分解が難しかったキシランを効率的に加水分解できるため、木質系バイオマスのエタノール発酵による利用の路が開けた。
【発明を実施するための最良の形態】
【0031】
以下、本発明を詳細に説明する。
(1)ポリヌクレオチド
本発明のポリヌクレオチドは、5’末端から順に、酵母細胞で機能する分泌シグナル配列、アラビノフラノシダーゼ活性を示すポリペプチドをコードする配列、及び、細胞表層局在タンパク質の一部をコードする配列、及びGPIアンカー付着認識シグナル配列を含むポリヌクレオチドである。これを図1に示す。
分泌シグナル配列
本発明のポリヌクレオチドに含まれる分泌シグナル配列は、分泌シグナルペプチドをコードするポリヌクレオチドである。
【0032】
本発明において、ポリヌクレオチドは、特に言及しない限り、DNA又はRNAのいずれであってもよい。また特に言及しない限り、2本鎖又は1本鎖のいずれであってもよい。また特に言及しない限り、DNAは、cDNA、ゲノムDNA、合成DNAのいずれであってもよく、RNAは、totalRNA、mRNA、rRNA及び合成RNAのいずれであってもよい。
【0033】
分泌シグナルペプチドは、ペリプラズムを含む細胞外に分泌される分泌性タンパク質のN−末端に通常結合しているペプチドである。このペプチドは、生物間で類似した構造を有しており、20個程度のアミノ酸からなり、N末端付近に塩基性アミノ酸配列を有し、その後に疎水性アミノ酸を多く含んでいる。分泌シグナルは、通常、分泌性タンパク質が細胞内から細胞膜を通過して細胞外へ分泌される際にシグナルペプチダーゼにより分解されることにより除去される。
【0034】
本発明においては、アラビノフラノシダーゼを酵母の細胞外に分泌させることができる分泌シグナルペプチドをコードするポリヌクレオチド配列であれば、どのようなものでも用いることができ、その起源は問わない。例えば、リゾプス・オリゼ(Rhizopus oryzae)等のグルコアミラーゼの分泌シグナルペプチド配列、アスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)のグルコアミラーゼの分泌シグナルペプチド配列、酵母(Saccharomyces cerevisiae)のα−またはa−アグルチニンの分泌シグナルペプチド配列、酵母(Saccharomyces cerevisiae)由来のα因子の分泌シグナルペプチド配列等を好適に用いることができる。特に、分泌効率の点で、リゾプス・オリゼ由来グルコアミラーゼの分泌シグナルペプチド配列が好ましい。また、アスペルギルス・オリゼ由来グルコアミラーゼの分泌シグナルペプチド配列も好ましいものとして挙げられる。
アラビノフラノシダーゼ活性を示すポリペプチドをコードする配列
本発明において、アラビノフラノシダーゼ活性とは、キシラン主鎖のキシロースと側鎖のアラビノースとの間の結合を分解する活性をいう。アラビノフラノシダーゼ活性を示すポリペプチドをコードする配列は、アラビノフラノシダーゼの全長をコードするポリヌクレオチドであってもよく、アラビノフラノシダーゼ活性を示す限り、酵素活性を示す一部の領域をコードするポリヌクレオチドであってもよい。また、アラビノフラノシダーゼ活性を示す限り、天然アラビノフラノシダーゼをコードする配列において、1又は2以上のヌクレオチドが欠失、付加又は置換された配列であってもよい。
【0035】
アラビノフラノシダーゼの起源は特に限定されず、微生物、植物、動物などのいずれの生物に由来する酵素であってもよい。中でも、調製や取り扱いが容易である点で、微生物由来のものが好ましく、アスペルギルス・オリゼ由来のものがより好ましい。アスペルギルス・オリゼ由来のアラビノフラノシダーゼは、耐熱性に優れるため、反応槽内の温度制御が困難な工業スケールのリアクターで使用することができる点で、実用性の高い酵素である。
本発明者らはすでに、アラビノフラノシダーゼをコードする遺伝子abfAをアスペルギルス・オリゼから取得している。また、この酵素を酵母表層に提示させることにも成功している(特願2004−61379)。今回さらに、別の遺伝子として、既に見つかっているアスペルギルス・オリゼ由来のabfB遺伝子に着目した。そして、abfBについて、酵母細胞表層におけるアラビノフラノシダーゼの酵素活性を検討した。
今回用いたアスペルギルス・オリゼ由来のアラビノフラノシダーゼをコードするDNA配列を配列番号8に示す。また、コードするポリペプチドがアラビノフラノシダーゼ活性を有する限り、配列番号8又はこの配列において、1又は2以上のポリヌクレオチドが付加、欠失又は置換されたものであってもよい。例えば、置換後の対応アミノ酸が、置換前のアミノ酸と、極性、電荷、可溶性、親水性/疎水性等の点で同じ性質を有するような置換を行うことができる。
細胞表層局在タンパク質
<細胞表層局在タンパク質>
本発明方法では、細胞表層に固定化され又は付着ないしは接着して、そこに局在するタンパク質であればよく、公知のものを制限なく使用できる。
【0036】
細胞膜に局在するタンパク質としては、膜貫通タンパク質や細胞表層局在タンパク質が挙げられる。膜貫通タンパク質は、疎水性アミノ酸領域部分で脂質二重膜を貫通しているタンパク質であり、受容体タンパク質に多く見られる。一方、細胞表層局在タンパク質としては、脂質で修飾されたタンパク質が知られており、この脂質が膜成分と共有結合することにより細胞膜に固定される。その他に、固定化の機構が明らかにされていない細胞表層局在タンパク質もあり、本発明方法ではそれらも使用できる。細胞表層局在タンパク質としては、後述する各種GPIアンカリングタンパク質、やBGL2などが知られている。BGL2は、酵母のβ−グルカナーゼであり、細胞壁に強く結合することは分かっているが、その機構は不明のタンパク質である。また、BGL2は、GPIアンカータンパク質と共通するモチーフは有さない。
<GPIアンカリングタンパク質>
細胞表層局在タンパク質の代表例として、GPI(glycosylphosphatidylinositol:エタノールアミンリン酸−6マンノースα1−2マンノースα1−6マンノースα1−4グルコサミンα1−6イノシトールリン脂質を基本構造とする糖脂質)アンカリングタンパク質を挙げることができる。GPIアンカリングタンパク質は、そのC末端に糖脂質であるGPIを有しており、このGPIが細胞膜中のPI(phosphatidylinositol)と共有結合することによって細胞膜表面に結合する。
【0037】
GPIアンカリングタンパク質のC末端へのGPIの結合は以下のようにして行われる。即ち、GPIアンカリングタンパク質は、転写及び翻訳の後、N末端側に存在する分泌シグナルの作用により小胞体内腔に分泌される。GPIアンカリングタンパク質のC末端又はその近傍の領域には、GPIアンカーがGPIアンカリングタンパク質と結合する際に認識されるGPIアンカー付着シグナルと呼ばれる領域が存在する。小胞体内腔及びゴルジ体において、このGPIアンカー付着シグナル領域が切断され、新たに生じるC末端にGPIが結合する。
【0038】
GPIが結合したタンパク質は、分泌小胞により細胞膜まで運ばれ、GPIが細胞膜のPIに共有結合することにより、細胞膜に固定される。さらに、ホスファチジルイノシトール依存性ホスホリパーゼC(PI−PLC)によりGPIアンカーが切断され、細胞壁に組み込まれることにより細胞壁に固定された状態で、細胞表面に提示される。
【0039】
GPIアンカリングタンパク質のプロセッシング及び細胞内輸送の様子を図2に示す。
<本発明の細胞表層局在タンパク質の1例としてのGPIアンカリングタンパク質>
このように、GPIアンカリングタンパク質は、本発明にいう細胞表層局在タンパク質の1種であって、しかもGPIアンカー付着シグナルを有するものである。本発明においては、細胞表層局在タンパク質の一部をコードする配列及びGPIアンカー付着シグナル配列からなる配列として、GPIアンカー付着シグナル領域を含むGPIアンカリングタンパク質の細胞膜結合領域をコードするポリヌクレオチドを好適に用いることができる。
【0040】
GPIアンカリングタンパク質の細胞膜結合領域は、GPIアンカー付着シグナル領域を含む、通常C末端の領域である。この細胞膜結合領域は、GPIアンカー付着シグナル領域を含んでいればよく、アラビノフラノシダーゼ活性を阻害しない限り、その他GPIアンカリングタンパク質のどのような部分を含んでいてもよい。
【0041】
GPIアンカリングタンパク質は、酵母細胞で機能するタンパク質であればよく、公知のGPIアンカリングタンパク質を制限なく使用できる。公知のGPIアンカリングタンパク質としては、例えば、酵母の性凝集タンパク質であるα−又はa−アグルチニン、Flo1タンパク質、大腸菌の外膜タンパク質OmpA(Georgiou,G.et.al.Trends Biotechnol.,11,6−10,1993) 、大腸菌マルトーストランスポーターLamB、大腸菌鞭毛タンパク質flagellin、枯草菌細胞壁溶解酵素CwlB等が挙げられる。
【0042】
特に、酵母のα−アグルチニンを好適に使用できる。α−アグルチニンのC末端側から320ないしは600個のアミノ酸からなる領域(即ち、C末端から320個のアミノ酸からなる領域、C末端から321個のアミノ酸からなる領域、……C末端から599個のアミノ酸からなる領域、又はC末端から600個のアミノ酸からなる領域)を用いることが好ましく、C末端側から320個のアミノ酸からなる領域をコードするポリヌクレオチド配列を用いることがより好ましい。α−アグルチニンのC末端側から320個のアミノ酸からなる配列には、4カ所の糖鎖結合部位が存在する。GPIアンカーがPI−PLCにより切断された後、この糖鎖と細胞壁を構成する多糖類とが共有結合することにより、α−アグルチニンの細胞壁への固定を増強する。
【0043】
α−アグルチニンのようなGPIアンカリングタンパク質の細胞膜結合領域をコードする配列は、細胞表層局在タンパク質の一部をコードする配列とGPIアンカー付着シグナル配列との双方を本来的に含んでいるが、本発明においては、細胞表層局在タンパク質の一部をコードする配列とGPIアンカー付着シグナル配列とが、別々の起源から調製されたものであってもよい。
ポリヌクレオチドの作製方法
分泌シグナル配列、アラビノフラノシダーゼ活性を示すポリペプチドをコードする配列、細胞表層局在タンパク質の一部をコードする配列、及びGPIアンカー付着シグナル配列をこの順で有するDNAの製造方法は、当業者には周知の技術である。
【0044】
例えば、分泌シグナル配列とアラビノフラノシダーゼの構造遺伝子との結合は、DNA連結酵素(T4 DNA Ligase TakaRa社)等を用いて行うことができる。さらにこの配列と、例えばGPIアンカリングタンパク質の細胞膜結合領域をコードする配列とを結合する際も同様にできる。
(2)発現ベクター
本発明の発現ベクターは、本発明のポリヌクレオチド(ここではDNA)が酵母細胞内で発現できるように連結された発現ベクターである。即ち、本発明の発現ベクターにおいては、酵母細胞で機能できるプロモーターの下流に、このプロモーターにより発現できるように本発明のポリヌクレオチドが連結されている。
【0045】
発現ベクターは、プラスミドベクターであってもよく、あるいは人工染色体であっても良い。ベクターの調製が容易である点および酵母細胞の形質転換が容易である点でプラスミドベクターであることが好ましい。また、本発明のポリヌクレオチドの構築や、本発明のポリヌクレオチドの発現ベクターへの組み込みを大腸菌を用いて簡単に行うことができるように、酵母と大腸菌との間のシャトルベクターであることが好ましい。このようなシャトルベクターは公知のものを制限なく使用できる。
【0046】
酵母−大腸菌シャトルベクターとしては、例えば、酵母の2μmプラスミド又は酵母染色体の複製開始点(Ori)を大腸菌プラスミドベクターに挿入したものが挙げられる。このシャトルベクターは、この酵母の複製開始点と大腸菌の複製開始点(ColE1)とを有している。また、通常、酵母選択マーカー(例えば、薬剤耐性遺伝子、URA3、TRP1、LEU2等)及び大腸菌の選択マーカー(薬剤耐性遺伝子等)を備えていればよい。また、アラビノフラノシダーゼ構造遺伝子を発現させるために、通常、この遺伝子の発現を調節するオペレーター、プロモーター、ターミネーター、エンハンサー等のいわゆる調節配列も含んでいればよい。本発明のポリヌクレオチドを挿入する酵母−大腸菌シャトルベクターとしては、pYE22m、pYGA2270等が挙げられる。これらのベクターのGAPDH(グリセルアルデヒド3’−リン酸デヒドロゲナーゼ)プロモーターとGAPDHターミネーターとの間のこのプロモーターにより発現可能な位置に、本発明のポリヌクレオチドを挿入すればよい。
【0047】
発現ベクター中の本発明のポリヌクレオチドの状態を図2に示す。
(3)酵母
本発明の酵母は、本発明のポリヌクレオチド又は発現ベクターを保持する酵母である。本発明の酵母は、本発明のポリヌクレオチド(ここでは主にDNA)又は発現ベクターを宿主となる酵母に導入することにより得られる。「ポリヌクレオチド又は発現ベクターの導入」とは、酵母細胞中にポリヌクレオチド又は発現ベクターを導入し、融合タンパク質を発現させることを意味する。
【0048】
導入方法は特に限定されず、公知の方法を採用できる。代表的には、上記説明した本発明の発現ベクターを用いて酵母を形質転換する方法が挙げられる。形質転換方法は、特に限定されず、リン酸カルシウム法、エレクトロポレーション法、リポフェクション法、DEAEデキストラン法、酢酸リチウム法、プロトプラスト法などのトランスフェクション法やマイクロインジェクション法のような公知の方法を制限なく使用できる。
【0049】
本発明の発現ベクターのプロモーターとGPIアンカー付着シグナルとの間を、適当な制限酵素を用いて切断して得られる線状ポリヌクレオチドを上記例示した形質転換方法で酵母細胞に導入することもできる。
【0050】
また、上記例示した形質転換方法で、酵母細胞で機能できるプロモーターに本発明のポリヌクレオチドを発現可能に連結したDNA断片を酵母細胞に導入することもできる。
【0051】
本発明の酵母中に導入されたDNAは、アラビノフラノシダーゼ活性を有するポリペプチドを発現できる限り、酵母細胞内でどのような形態で存在していてもよい。このDNAは、例えば、プラスミドの状態、相同組換えにより宿主染色体に組み込まれた状態、又は宿主の核外遺伝子などに挿入された状態で存在していればよい。
【0052】
本発明のポリヌクレオチドが導入された酵母は、常法に従い、例えばTRP1のような選択マーカーによる形質又はアラビノフラノシダーゼ活性等を指標として選択することができる。
【0053】
得られた酵母の細胞表層にアラビノフラノシダーゼが固定されていることは、常法により確認できる。例えば、被験酵母に、抗アラビノフラノシダーゼ抗体と、FITCのような蛍光色素で標識した2次抗体、アルカリフォスファターゼのような酵素標識2次抗体等とを作用させる方法、抗アラビノフラノシダーゼ抗体とビオチン標識2次抗体とを反応させた後さらに蛍光標識ストレプトアビジンを作用させる方法などが挙げられる。
<宿主>
宿主として用いる酵母は、子のう菌酵母(Ascomycetou yeast)に属するものであればよく、特に限定されない。その中でもSaccharomycetaceaeに属するものが好ましく、Saccharomyces属であるものがより好ましい。
【0054】
中でも、各種培養ストレスに強いことから、厳密な制御が難しい工業生産においても安定した細胞増殖を示す点で、実用酵母が好ましい。実用酵母としては清酒酵母、焼酎酵母、ワイン酵母、ビール酵母、パン酵母など、発酵食品に深く関与する酵母が挙げられる。実用酵母の中でも、高い発酵能と高いエタノール耐性を有し、遺伝学的にも安定した清酒酵母が好ましい。
【0055】
一般に、微生物にとってエタノールは有毒である。エタノール発酵する酵母も例外ではなく、エタノール濃度が8%(v/v)を超えると自身が生産したエタノールにより徐々に死滅してしまう。ここで、清酒酵母はエタノール濃度が20%にも達する清酒モロミで長年選抜及び育種されてきた株であり、一般的な酵母に比べ極めて高いエタノール耐性を持っている。
本発明においては、酵母を用いてキシランの分解により、キシロースやアラビノースを製造するが、これらの5炭糖はエタノール発酵原料に供される。エタノール発酵では、培養液中のエタノール濃度を究極まで高めることが重要であることから、そこに用いられる酵母にはエタノール耐性能が高いことが求められる。
清酒酵母としては、日本醸造協会頒布の「きょうかい酵母」およびこれらを親株とした突然変異株などが挙げられる。また他にも、清酒醸造で使用されている酵母であればいずれも有用である。形質転換マーカーとして栄養要求性遺伝子を用いる場合は、これら清酒酵母に突然変異などの手法を用いて栄養要求性を付与した株を用いればよく、そのような栄養要求性としてはウラシル要求性、トリプトファン要求性、ロイシン要求性、ヒスチジン要求性、アデニン要求性などが挙げられる。清酒酵母にウラシル要求性を付与した例としては「きょうかい9号酵母」を宿主として突然変異法により取得したSaccharomyces cerevisiae GRI−117−Uが挙げられる。
<アラビノフラノシダーゼ活性>
上記のようにして得られる本発明の酵母のアラビノフラノシダーゼ活性は、菌体1mgあたり通常3〜10×10−5U程度である。酵母のアラビノフラノシダーゼ活性は実施例に記載の方法により測定した値である。
(4)第1のキシラン分解物の製造方法
本発明の第1のキシラン分解物の製造方法は、キシランを、本発明の酵母とキシロシダーゼ、又はさらにキシラナーゼの存在下で分解する工程と、キシラン分解物を回収する工程とを含む方法である。
キシラン
例えばスギ、ブナ、竹のような木材;雑草;籾殻、ふすまのような種子殻;稲藁;とうもろこしかす、サトウキビの絞りかす(バガス)のような植物かす;大豆ミールのような穀類等の植物性バイオマスから、爆砕、溶媒抽出、水蒸気蒸留、超臨界炭酸ガス抽出、加圧熱水抽出などの方法で、キシランおよびアラビノキシランを主成分とするヘミセルロースを抽出することができる。
【0056】
本発明方法では、キシランをヘミセルロースそのままの形で分解に供することもでき、又はヘミセルロースから分離されたキシランを分解に供することもできる。
酵母
反応液中の酵母密度は、酵母1細胞当たりに固定されているアラビノフラノシダーゼの数及び活性により異なるが、反応液中のアラビノフラノシダーゼ活性が0.02〜5U/l程度となる密度とすることが好ましく、0.05〜2U/l程度となる密度とすることがより好ましい。
【0057】
酵母は、そのまま反応液中に含まれていてもよく、又は、固定化されていてもよいが、連続反応、回分式反応又は半回分式反応により連続使用できる点で、固定化されていることが好ましい。「固定化」とは、酵母が遊離の状態ではない状態を意味し、例えば、酵母が担体に結合、付着又は担体内部に取り込まれた状態を指す。固定化方法は特に限定されず、公知の微生物固定化方法を採用できる。このような公知の固定化方法としては、細孔を有する担体に酵母を保持させる方法、格子やマイクロカプセルにより酵母を包括する方法などが挙げられる。
【0058】
担体としては、反応液中の水又は溶媒に対して不溶性の物質からなるものを用いる。具体的には、例えば、ポリビニルアルコール、ポリアクリルアミド、ポリビニルフォルマール、セルロース等の樹脂からなる多孔質体を好適に使用できる。また、ポリウレタンフォーム、ポリスチレンフォーム、シリコンフォームのような発泡体も多孔質体として使用できる。担体内で良好に酵母を増殖させることができ、さらに活性が低下した酵母や死滅した酵母を脱離させずに長期間保持することができる点で、多孔質の担体が望ましい。
【0059】
多孔質体の細孔(開口部)の直径は、酵母の種類によっても異なるが、通常50〜1000μm程度が好ましく、50〜100μm程度がより好ましい。上記開口部直径の範囲であれば、酵母の侵入及び増殖が容易であるとともに、高密度で酵母を保持することができる。
【0060】
また担体の外形は、特に限定されず、球状、立方体状又は不定形などの粒状;網目状、シート状などのいずれの形状であってもよい。調製が容易である点で、粒状であることが好ましい。粒子の大きさは、例えば球状の場合直径が2〜50mm程度、立方体状の場合2〜50mm角程度とすればよい。
【0061】
包括による酵母の固定化方法としては、ポリアクリルアミド、アルギン酸カルシウム、κ−カラギーナン、合成プレポリマー(光架橋性樹脂プレポリマー、ウレタンプレポリマー等)などを用いて格子状に酵母を包括する方法;相分離法、界面重合法、水中乾燥法などの手法で高分子半透膜からなるマイクロカプセルで酵母を覆うことによりこれを包括する方法が挙げられる。また、酵母を互いに架橋する方法もあげられる。
キシラナーゼ・キシロシダーゼ
キシランの主鎖のキシロース間のβ−1,4結合を分解するために、反応液中にキシロシダーゼ、又はさらにキシラナーゼを添加する。キシラナーゼ及びキシロシダーゼは、いずれもキシラン主鎖のβ−1,4結合を切断する活性を有する。この中で、キシラナーゼは、エンド型酵素であり、キシラン主鎖の部位に関係なく切断する活性を有する。一方、キシロシダーゼは、エキソ型酵素であり、キシラン主鎖の末端から順番にキシロースを一つずつ切断する。従って、キシラナーゼ単独ではキシランからキシロースを製造することはできない。また、キシロシダーゼはキシラン末端から分解するという性質上、反応速度が遅くなる。本発明方法では、キシラナーゼとキシロシダーゼとを組み合わせて使用することが好ましい。
【0062】
これらの酵素は、どのような生物に由来するものであってもよい。例えば、バクテリアやカビ等の起源のものを使用できる。中でも、酵素の大量調製が容易である等の点でカビ(Aspergillus属)起源のものを使用することが好ましい。
【0063】
キシロシダーゼ及びキシラナーゼの使用量は、反応液中の活性が、通常0.1〜200U/l程度、好ましくは1〜20U/l程度となるようにすればよい。これらの酵素活性は実施例に記載の方法により測定された値である。
反応
アラビノフラノシダーゼ並びにキシロシダーゼ、又はさらにキシラナーゼによるキシランの分解反応は、反応容器内の反応液中に遊離の酵母又は固定化された酵母を懸濁した状態で行うことができる。また、カラムのような反応容器内に遊離又は固定化された酵母を充填したバイオリアクターを用いて行うこともできる。また、反応は連続式、回分式(バッチ式)又は半回分式のいずれの方式で行ってもよい。
【0064】
反応液中には、基質のみ含まれていてもよく、又はこれに加えてpH調製のための緩衝剤や酵母の生存に必要な公知の物質が含まれていてもよい。
【0065】
反応液中の基質(キシラン)の濃度は、通常0.02〜20重量%程度とすることが好ましく、0.05〜5重量%程度とすることがより好ましい。基質濃度が余りに低いと、実用的なキシロース製造効率が得られない。逆に、基質濃度が余りに高いと、反応液の粘度が上がり、攪拌や温度制御等が難しくなったり、反応液の浸透圧が上がり、酵母に多大なストレスがかかる状態になったりする場合がある。極度のストレスは細胞増殖の悪化や細胞の死滅(破壊)の引き金となり、その結果、理想的な反応効率が得られなくなる。しかし、上記詰範囲であれば、このような問題は生じない。
【0066】
反応液のpHは、アラビノフラノシダーゼ並びにキシロシダーゼ、又はさらにキシラナーゼの至適pHを含む4〜8程度が好ましい。反応の進行とともに反応液のpHが低下するため、上記pH範囲になるように調整することが望ましい。
【0067】
反応温度は、酵母が保持するアラビノフラノシダーゼ並びにキシロシダーゼ、又はさらにキシラナーゼが活性を示す温度であればよく、通常20〜60℃程度が好ましい。耐熱性酵素を用いる場合は、さらに高温で行うことができる。この場合、酵母が生育できなくても、表層のアラビノフラノシダーゼは活性を有したまま固定されているため、分解反応には支障がない。
【0068】
反応液中にキシランの他にセルロースなどが混在する場合には、セルラーゼ等の各種糖加水分解酵素を併用してもよい。
【0069】
反応液中の各成分濃度を、例えば、ガスクロマトグラフやHPLCなどで経時的に測定することによりモニターすることにより、基質の追加量、反応時間、pH調整剤の添加量などを決定すればよい。
キシラン分解物の回収
キシランの起源生物種によっても異なるが、上記の反応により反応液中に主にキシロース、アラビノース等が生成する。反応終了後の反応液から、遠心分離などにより単糖を分離すればよい。これによりキシラン分解物を回収できる。これらの単糖は、そのまま、エタノール発酵の基質として用いることができる。
(5)第2のキシラン分解物の製造方法
本発明の第2のキシラン分解物の製造方法は、キシランを本発明の酵母の存在下で分解する工程(a)と、工程(a)により得られたキシラン部分分解物をキシロシダーゼ、又はさらにキシラナーゼの存在下で分解する工程(b)と、キシラン分解物を回収する工程とを含む方法である。
アラビノフラノシダーゼによる分解工程(工程(a))
基質、酵母及び反応方法については、第1の方法と同様である。反応液中のアラビノフラノシダーゼ活性についても第1の方法と同様である。反応終了後の反応液は、そのまま、又は遠心分離などによりアラビノースを回収して除去した後、次工程に供される。
キシロシダーゼ、又はさらにキシラナーゼによる分解工程(工程(b))
本発明の酵母を用いてキシランの側鎖のアラビノースを分解した後に、キシロシダーゼ、又はさらにキシラナーゼにより主鎖のキシロースを分解する。反応方法及びキシラン分解物の回収方法は第1の方法と同様である。また反応液中の酵素活性についても第1の方法と同様である。
実施例
以下、実施例を示して本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0070】
本発明において、酵素活性は以下の方法により測定した値である。
<アラビノフラノシダーゼ活性の検出>
アラビノフラノシダーゼ活性の有無は、菌体又は培養上清を1mM 4−Nitrophenyl α−L−arabinofuranosideを含む50mM酢酸緩衝液(pH5.0)中に添加し、30℃で3時間静置した後、遊離した4−Nitrophenolを目視にて確認した。遊離4−Nitrophenolは黄色を呈するため、この呈色を確認する。
<菌体のアラビノフラノシダーゼ活性の定量>
アラビノフラノシダーゼ活性は、菌体又は培養上清を1mM 4−Nitrophenyl α−L−arabinofuranosideを含む50mM酢酸緩衝液(pH5.0)中に添加し、30℃で3時間静置した後、遊離した4−Nitrophenol量から求めた。アラビノフラノシダーゼ活性1U=4−Nitrophenyl α−L−arabinofuranoside から1分間に1μmolの4−Nitrophenolを生成するのに必要な酵素量、と定義した。
<キシラナーゼ活性の定量>
キシラナーゼ活性の測定は、菌体又は培養上清又は精製酵素溶液を1%xylan from birchwood(Sigma社)を含む50mM酢酸緩衝液(pH5.0)中に添加し、30℃で2時間静置した後、遊離した糖の還元力をソモギーネルソン法により定量した。キシラナーゼ活性1U=xylan from birchwood から1分間に1μmolのキシロースに相当する還元力を生成する酵素量、と定義した。
<キシロシダーゼ活性の定量>
キシロシダーゼ活性は、菌体又は培養上清精製酵素溶液を1mM 2−Nitrophenyl β−D−xylosideを含む50mM酢酸緩衝液(pH5.0)中に添加し、30℃で5分間静置した後、遊離した2−Nitrophenol量から求めた。キシロシダーゼ活性活性1U=2−Nitrophenyl β−D−xyloside から1分間に1μmolの2−Nitrophenolを生成するのに必要な酵素量、と定義した。
【実施例1】
【0071】
(分泌シグナル配列、アラビノフラノシダーゼの構造遺伝子配列、α−アグルチニンの一部の配列及びGPIアンカー付着シグナル配列をこの順で有するDNAの作製)
掲題のDNAを作製した手順を、図3を参照して説明する。
(A) 常法に従って、Aspergillus oryzaeのグルコアミラーゼの分泌シグナル配列を取得した。簡単に述べると、5’−GAATTCATGCGGAACAACCTTCTTTTT−3’(配列番号:1)及び5’−GTCGACGTTGAGATCCGACTGCCTCTT−3’(配列番号:2)を合成し、これをプライマーとして、プラスミドpNGB1(Gene 207 127−134 (1998))を鋳型にPCRを行った。PCRの条件としては、94℃/1分−52℃/1分−72℃/30秒のサイクルを30回繰り返した。ここで、両プライマーの設計には、後に分泌シグナル配列をアラビノフラノシダーゼと融合させるため、制限酵素サイトEcoRIとSalIを付加するようにした。
【0072】
得られたPCR産物をスピンカラム(キアゲン社製、PCR Purification Kit)により精製後、制限酵素EcoRI、SalIで切断し、約100bpのグルコアミラーゼ分泌シグナル配列を取得した。配列表の配列番号:7にその配列を示す
(B) 常法に従って、Aspergillus oryzaeのアラビノフラノシダーゼBのcDNAを取得した。簡単に述べると、まず、Aspergillus oryzaeから全RNAを抽出し、ついで、オリゴdTセルロースを用いてPoly(A)+RNAを取得した。
【0073】
次にPoly(A)+RNAを鋳型とし、GIBCO BRL社のRT−PCR KITを用いて逆転写反応を行い、cDNA混合物を取得した。即ち、5’−gtcgacATGTCCTCAGGATTAAGCCT−3’(配列番号:3)及び5’−gttaacCAGCAAAGCCAGTGCTGACA−3’(配列番号:4)を合成し、これをプライマーとして、先ほどのcDNA混合物を鋳型にPCRした。PCRは、50℃/30分−94℃/2分の後、94℃/1分−52℃/1分−72℃/2分のサイクルを30回繰り返す条件で行った。ここで、両プライマーの設計には、後にアラビノフラノシダーゼの一方の末端を分泌シグナル配列と融合させるために制限酵素サイトSalIを付加し、他方の末端をα−アグルチニンのC末端の一部と融合させるため、制限酵素サイトHpaIを付加し、また翻訳終止コドンを除去した。
【0074】
得られたPCR産物をスピンカラム(キアゲン社製、PCR Purification Kit)により精製後、制限酵素SalIとHpaIで切断し、約1.5kbpのアラビノフラノシダーゼcDNA断片を得た。配列表の配列番号:8にその配列を示す。
(C) α−アグルチニンのC末端の一部をコードする配列及びGPIアンカー付着シグナル配列を有する遺伝子(320アミノ酸)を有する配列を取得するため、酵母Saccharomyces cerevisiae MT8−1から、常法により染色体DNAを単離し、5’−cccggggctcgAGCGCCAAAAGCTCTTTTATC−3’(配列番号:5)および5’−ggtaccTTTGATTATGTTCTTTCTAT−3’(配列番号:6)の2つのプライマーを用いて、PCRを行った。PCRの条件としては、94℃/1分−52℃/1分−72℃/2分のサイクルを30回繰り返した。
【0075】
得られたPCR産物をスピンカラム(キアゲン社製、PCR Purification Kit)により精製後、SmaIとKpnIとで消化して、SmaI −KpnI断片を得た。このSmaI −KpnI断片には、α−アグルチニンのC末端から320アミノ酸をコードする配列と、3’非コード領域の446bpとを含んでおり、この配列中にGPIアンカー付着シグナル配列が含まれている。配列表の配列番号:9にその配列を示す。
【0076】
本発明のポリヌクレオチドの1実施例である目的DNAは、(A)で得られた分泌シグナル配列と(B)で得られたアラビノフラノシダーゼ遺伝子と(C)で得られたSmaI −KpnI断片を、常法に従いDNA連結酵素(T4 Ligase)等を用いて接続することより得られる。
【0077】
得られた目的DNAをプラスミドpRS406 Psed1のEcoRIとKpnI切断部位に挿入して、本発明の1実施例である目的プラスミドpK113−abfBを得た。
【実施例2】
【0078】
(細胞表層にアラビノフラノシダーゼを有する酵母の作製)
実施例1で得られたプラスミドpK113−abfBを単離し、制限酵素StuIで一カ所を切断して線状としたDNAを、酢酸リチウム法で酵母Saccharomyces cerevisiae GRI−117−Uに導入した。0.67%Yeast nitrogen base w/o amino acids(Difco社)、0.077% CSM−URA(BIO101社)、2%グルコースを含むSD寒天培地で培養し、生育してきた酵母を選択した。本培地ではプラスミドpK113−abfBが染色体に導入され、ウラシル要求性が相補された株のみが生育できる。この酵母を、Saccharomyces cerevisiae GRI−117−U−abfBと名付けた(以下、単にGRI−117−U−abfBという)。
【0079】
得られた酵母GRI−117−U−abfBを0.67%Yeast nitrogen base w/o amino acids(Difco社)、0.077% CSM−URA(BIO101社)、2%グルコースを含むSD液体培地で培養し、遠心分離して培地と菌体とに分離し、それぞれのアラビノフラノシダーゼ活性を測定した。コントロールとして、Saccharomyces cerevisiae GRI−117−Uを用いた。その結果、コントロールは、培地および菌体にアラビノフラノシダーゼ活性はみとめられなかった。形質転換された酵母GRI−117−U−abfBの培地中にはほとんどアラビノフラノシダーゼ活性はみられなかったが、酵母GRI−117−U−abfB菌体はアラビノフラノシダーゼ活性を有していた。
【実施例3】
【0080】
(細胞表層にアラビノフラノシダーゼBを有する酵母によるキシランの分解)
実施例2で得られた酵母GRI−117−U−abfBをYNB培地で生育させた後、集菌、洗浄し、菌体を反応液(0.5%Xylan from oat spelts(SIGMA社製)(pH5.0))にアラビノフラノシダーゼ活性が5mUとなるように加え、キシラナーゼ、キシロシダーゼをそれぞれ20mU加え、30℃で反応させた。反応3時間後、遠心し、その上清のキシロースを定量し、酵母GRI−117−U−abfBを加えなかった場合と比較した。
その結果、酵母GRI−117−U−abfBを添加することにより、キシロース生産量が18%上昇した。用いたXylan from oat spelts(SIGMA社製)のアラビノース含量は10%であるので、この結果から、abfBを用いた場合、ほぼ完全にキシランからアラビノース側鎖を除くことができたことが分かった。
【実施例4】
【0081】
(細胞表層にアラビノフラノシダーゼを有する酵母の固定化)
0.67%Yeast nitrogen base w/o amino acids(Difco社)、0.077% CSM−URA(BIO101社)、2%グルコースを含むSD培地3Lを含む気泡塔型培養槽に、6mm角のポリウレタンフォームBSPsを、1,000個/Lとなるように投入し、酵母GRI−117−U−abfBとともに6〜20L/分の通気量で培養した。これにより、ポリウレタンフォームに酵母GRI−117−U−abfBが固定された。
【0082】
この酵母のアラビノフラノシダーゼ活性はポリウレタンフォーム1個当たり0.01Uであった。
【実施例5】
【0083】
(固定化された細胞表層にアラビノフラノシダーゼBを有する酵母によるキシランの分解)
実施例4で得られたポリウレタンフォームに固定された酵母GRI−117−U−abfB3,000個に新たに反応液:粗キシラン100g、キシラナーゼ(総活性150U量)、キシロシダーゼ(総活性150U量)、および0.67%Yeast nitrogen base w/o amino acids(Difco社)、0.077% CSM−URA(BIO101社)、2%グルコースを含むSD培地3Lを加え、3〜20L/分の通気量で気泡塔型培養槽内で30℃、24時間接触させた。反応中、KOHを用いて、pHを5.0〜6.0にコントロールした。
【0084】
第1サイクルの反応液を回収した後、新たな反応液を加え、2サイクルの反応を行い、これを5サイクルまで行った。第1サイクル終了後の反応液組成を分析した結果、培養槽内に11.5gのキシロースが生産されていることがわかった。なお、ポリウレタンフォームに固定された酵母GRI−117−U−abfB(アラビノフラノシダーゼ)を加えなかった場合には、培養槽内には9.5gのキシロースが生産されていた。即ち、アラビノフラノシダーゼを添加することにより、約20%のキシロースの生産増加が見られた。
第2サイクル以降も活性は落ちることなく、固定化された酵母GRI−117−U−abfBは高いアラビノフラノシダーゼ活性を発現した。
【図面の簡単な説明】
【0085】
【図1】本発明のポリヌクレオチドの構成を示す図である。
【図2】GPIアンカリングタンパク質のプロセッシング及び細胞内輸送の様子を説明する図である。
【図3】実施例における表層提示ベクター作成の模式図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
5’末端側から順に、酵母細胞で機能する分泌シグナル配列、アラビノフラノシダーゼ活性を示すポリペプチドをコードする配列、細胞表層局在タンパク質の一部をコードする配列、及びGPIアンカー付着シグナル配列を含むポリヌクレオチド。
【請求項2】
細胞表層局在タンパク質の一部をコードする配列とGPIアンカー付着シグナル配列とからなる配列が、酵母のα−アグルチニンをコードする配列に含まれる請求項1に記載のポリヌクレオチド。
【請求項3】
細胞表層局在タンパク質の一部をコードする配列とGPIアンカー付着シグナル配列とからなる配列が、酵母のα−アグルチニンのC末端から320ないしは600個のアミノ酸をコードする配列中に含まれる請求項2に記載のポリヌクレオチド。
【請求項4】
アラビノフラノシダーゼ活性を有するポリペプチドが、アスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)に由来する酵素である請求項1、2又は3に記載のポリヌクレオチド。
【請求項5】
酵母細胞で機能できるプロモーターに発現可能な状態で連結された、請求項1〜4のいずれかに記載のポリヌクレオチド。
【請求項6】
請求項5のポリヌクレオチドを含む発現ベクター。
【請求項7】
請求項5に記載のポリヌクレオチド又は請求項6に記載の発現ベクターを保持する酵母。
【請求項8】
キシランを、請求項7に記載の酵母及びキシロシダーゼ、又はさらにキシラナーゼの存在下で分解する工程と、キシラン分解物を回収する工程とを含む、キシラン分解物の製造方法。
【請求項9】
酵母が担体に固定化されている請求項8に記載の方法。
【請求項10】
キシランを請求項7に記載の酵母の存在下で分解する工程(a)と、工程(a)により得られたキシラン部分分解物を、キシロシダーゼ、又はさらにキシラナーゼの存在下で分解する工程(b)と、キシラン分解物を回収する工程とを含む、キシラン分解物の製造方法。
【請求項11】
酵母が担体に固定化されている請求項10に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−20539(P2007−20539A)
【公開日】平成19年2月1日(2007.2.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−211455(P2005−211455)
【出願日】平成17年7月21日(2005.7.21)
【出願人】(000165251)月桂冠株式会社 (88)
【Fターム(参考)】