説明

アルキル化用組成物及び当該組成物を利用した有害化合物の無害化方法

【課題】 本発明は、無機砒素などを無毒化するために有用なアルキル化用組成物、及び当該組成物を利用した、安全且つ高効率の無害化方法を提供することにある。
【解決手段】 本発明のアルキル化用組成物は、本発明のアルキル化組成物は、コバルト−炭素結合を有する有機金属錯体を含有することを特徴とする。本発明の無害化方法は、本発明の組成物の存在下、砒素、アンチモン、セレンからなる群から選択される少なくとも1種の元素を含有する有害化合物を、アルキル化することにより無害化することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルキル化用組成物及び当該組成物を利用した有害化合物の無害化方法に関する。
【背景技術】
【0002】
砒素、アンチモン、セレン等の重金属は、半導体等の工業材料として広く用いられている物質であるが、生物に有毒な物質であることから、環境中に流出することにより生物に与えられる影響が懸念されている。
【0003】
従来、これらの重金属を除去する方法として、有毒な亜砒酸等の無機砒素を含む廃水にポリ塩化アルミニウム(PAC)等の凝集剤を添加し、該凝集剤と原水中の鉄分に砒素を凝集、吸着し、沈殿させた後、濾過により除去する方法や、活性アルミナ、セリウム系吸着剤により砒素化合物等を吸着させる方法等が一般に知られている。
【0004】
一方、自然界において、海藻等の海洋生物では、無機砒素が蓄積され、該無機砒素の一部が生理反応により、ジメチル化砒素などの有機砒素化合物へ転換されることが明らかとなっている(非特許文献1)。そして、これらの有機砒素化合物は、一般に、哺乳動物に対して無機砒素よりも低い毒性を示すことが知られている。
【0005】
【非特許文献1】Kaiseet al.、 1998、 Organomet. Chem.、 12 137-143
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、濾過、吸着等を利用した上述の重金属を除去する方法では、依然として有害なままである無機砒素等の有害化合物を含んだ汚泥、及び当該有害化合物が吸着されている吸着剤を、当該有害化合物が外部に漏れないようにコンクリート等で密封するなどした上で保管するか又は埋め立てる必要があり、保管場所、埋め立て地用の広いスペースを要することから、大量処理が困難であるという問題があった。
【0007】
また、上記の海洋生物に無機砒素を取り込ませても、取り込まれた無機砒素の一部しか有機砒素化合物とならず、有害な無機砒素が依然として海洋生物体内に蓄積されているという問題がある。
【0008】
そこで、本発明は、上記問題点を解決すべく、砒素等を含む有害化合物を効率的に、系統的に無害化するのに有益な組成物、及び当該組成物を利用した有害化合物の無害化方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するために、本発明者らは、上記目的を達成するために、本発明者らは、コバルト−炭素結合をもつ有機金属錯体を用いた化学反応によってヒ素等を含む有害化合物をメチル化、特に、ジメチル化、更に好ましくはトリメチル化することを試み、当該有害化合物のメチル化反応について鋭意検討した結果、本発明を見出すに至った。
【0010】
すなわち、本発明のアルキル化組成物は、コバルト−炭素結合を有する有機金属錯体を含有することを特徴とする。
【0011】
また、本発明のアルキル化組成物の好ましい実施態様において、前記有機金属錯体を用いることにより、砒素、アンチモン、セレンからなる群から選択される少なくとも1種の元素を含有する有害化合物をアルキル化することを特徴とする。
【0012】
また、本発明のアルキル化組成物の好ましい実施態様において、さらに、砒素、アンチモン、セレンからなる群から選択される少なくとも1種の金属を還元する還元剤を含有することを特徴とする。
【0013】
また、本発明のアルキル化組成物の好ましい実施態様において、前記還元剤が、SH基を有する物質であることを特徴とする。
【0014】
また、本発明のアルキル化組成物の好ましい実施態様において、SH基を有する物質が、グルタチオン、還元型グルタチオン(GSH)、システイン、S−アデノシルシステイン、スルフォラファンからなる群から選択される少なくとも1種であることを特徴とする。
【0015】
また、本発明のアルキル化組成物の好ましい実施態様において、さらに、S-Me基を有するメチル化添加因子を含有することを特徴とする。
【0016】
また、本発明のアルキル化組成物の好ましい実施態様において、前記メチル化添加因子が、メチオニン、S-アデノシルメチオニンからなる群から選択される少なくとも1種であることを特徴とする。
【0017】
また、本発明のアルキル化組成物の好ましい実施態様において、さらに、緩衝液を含有することを特徴とする。
【0018】
また、本発明のアルキル化組成物の好ましい実施態様において、前記緩衝液のpHが、5〜10の範囲であることを特徴とする。
【0019】
また、本発明のアルキル化組成物の好ましい実施態様において、さらに、有機ハロゲン化合物を含有することを特徴とする。
【0020】
また、本発明のアルキル化組成物の好ましい実施態様において、前記有機ハロゲン化合物が、ハロゲン化メチルであることを特徴とする。
【0021】
また、本発明のアルキル化組成物の好ましい実施態様において、前記ハロゲン化メチルが、ヨウ化メチル、臭化メチル、塩化メチルからなる群から選択される少なくとも1種であることを特徴とする。
【0022】
また、本発明のアルキル化組成物の好ましい実施態様において、前記有機ハロゲン化合物が、ハロゲン化酢酸であることを特徴とする。
また、本発明のアルキル化組成物の好ましい実施態様において、前記ハロゲン化酢酸が、クロロ酢酸、ブロモ酢酸、ヨード酢酸からなる群から選択される少なくとも1種であることを特徴とする。
また、本発明のアルキル化組成物の好ましい実施態様において、前記有機ハロゲン化合物が、塩化メチル、臭化メチル、ヨウ化メチル、クロロ酢酸、ブロモ酢酸、ヨード酢酸、クロロエタノール、ブロモエタノール、ヨードエタノール、クロロプロピオン酸、ブロモプロピオン酸、ヨードプロピオン酸、クロロ酢酸エチルエステル、ブロモ酢酸エチルエステル、ヨード酢酸エチルエステルからなる群から選択される少なくとも1種であることを特徴とする。
また、本発明のアルキル化組成物の好ましい実施態様において、前記有機ハロゲン化合物が、下記化学式1で表されるグリニャール試薬であることを特徴とする。
化学式1 RMgX
(化学式1中、R=Me、CHCOOH、又はCHCOOCHであり、X=Cl、Br、又はIである。)
【0023】
また、本発明の無害化方法は、請求項1〜16項のいずれか1項に記載の組成物の存在下、砒素、アンチモン、セレンからなる群から選択される少なくとも1種の元素を含有する有害化合物を、アルキル化することにより無害化することを特徴とする。
【0024】
また、本発明の無害化方法の好ましい実施態様において、前記1種の元素の価数を高酸化数とすることにより無害化することを特徴とする。
【0025】
また、本発明の無害化方法の好ましい実施態様において、前記1種の元素の少なくとも1つの結合手をアルキル化することを特徴とする。
【0026】
また、本発明の無害化方法の好ましい実施態様において、前記元素が砒素であることを特徴とする。
【0027】
また、本発明の無害化方法の好ましい実施態様において、前記アルキル化することにより無害化された化合物の50%致死量(LD50)が、1000mg/kg以上であることを特徴とする。
【0028】
また、本発明の無害化方法の好ましい実施態様において、前記アルキル化することにより無害化された化合物の50%細胞増殖阻害濃度(IC50)が、1000μM以上であることを特徴とする。
【0029】
また、本発明の無害化方法の好ましい実施態様において、前記有害化合物が、亜ヒ酸、五酸化砒素、三塩化砒素、五塩化砒素、硫化砒素化合物、シアノ砒素化合物、クロロ砒素化合物、及びその他の砒素無機塩類からなる群から選択されることを特徴とする。
【0030】
また、本発明の無害化方法の好ましい実施態様において、前記アルキル化が、メチル化であることを特徴とする。
【0031】
また、本発明の無害化方法の好ましい実施態様において、前記メチル化によって、有害化合物をジメチル化合物又はトリメチル化合物とすることを特徴とする。
【0032】
また、本発明の無害化方法の好ましい実施態様において、前記ジメチル化合物が、ジメチルアルソニルエタノール(DMAE)、ジメチルアルソニルアセテート(DMAA)、ジメチルアルシン酸、又はアルセノシュガーであることを特徴とする。
【0033】
また、本発明の無害化方法の好ましい実施態様において、前記トリメチル化合物が、アルセノコリン、アルセノベタイン、トリメチルアルセノシュガー又はトリメチルアルシンオキシドであることを特徴とする。
【発明の効果】
【0034】
本発明のアルキル化用組成物は、有害化合物、特に、砒素、アンチモン、セレンなどを含有する有害化合物を、容易かつ簡便にアルキル化することが可能であるという有利な効果を奏する。また本発明の方法によれば、有害化合物を限りなく無害化することができるので、保管場所等の広いスペースを必要としないという有利な効果を奏する。また、本発明の方法によれば、生物体そのものを生きたままで利用するものではないので、不必要な副産物を発生させないという有利な効果を奏する。さらに、本発明によれば、簡便な操作で、有害な無機砒素などをより少なくすることができるという有利な効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0035】
本発明のアルキル化組成物は、コバルト−炭素結合を有する有機金属錯体を含有する。ここで、コバルト−炭素結合を有する有機金属錯体の例としては、以下を例示できる。すなわち、メチルコバラミン(あるいは、メチル化ビタミンB12、正式名称:Coα−[α−5、6−ジメチルベンズ−1H−イミダゾール−1−イル−Coβ−メチルコバミド]が好ましく用いられる。また、シアノコバラミンなどのビタミンB12、コバルト(II)アセチルアセトナート、コバルト(III)アセチルアセトナート、コバルトカルボニル(二コバルトオクタカルボニル)、コバルト(II)1、1、1、5、5、5-ヘキサフルオロアセチルアセトナート、コバルト(II)メゾ−テトラフェニルポルフィン、ヘキサフルオロりん酸ビス(ペンタメチルシクロペンタジエニル)コバルト、N、N’−ビス(サリチリデン)エチレンジアミンコバルト(II)、ビス(2、2、6、6-テトラメチル-3、5-ヘプタンジオナト)コバルト(II)、(クロロフタロシアニナト)コバルト(II)、クロロトリス(トリフェニルホスフィン)コバルト(I)、酢酸コバルト(II)のメチル錯体、安息香酸コバルト(II)、シアン化コバルト(II)、シクロヘキサン酪酸コバルト(II)、2-エチルヘキサン酸コバルト(II)、meso−テトラメトキシフェニルポルフィリンコバルト(II)、ナフテン酸コバルト、フタロシアニンコバルト(II)、メチルコバルト(III)プロトポルフィリンIX、ステアリン酸コバルト、スルファミン酸コバルト(II)、(1R、2R)-(-)-1、2-シクロヘキサンジアミノ-N、N’−ビス(3、5−ジ-t-ブチルサリチリデン)コバルト(II)、(1S、2S)-(+)-1、2-シクロヘキサンジアミノ-N、N’−ビス(3、5−ジ-t-ブチルサリチリデン)コバルト(II)、シクロペンタジエニルビス(トリフェニルホスフィン)コバルト(I)、シクロペンタジエニルコバルトジカルボニル、ジブロモビス(トリフェニルホスフィン)コバルト(II)、(テトラアミノクロロフタロシアニナト)コバルト(II)、(テトラ−t−ブチルフタロシアニナト)コバルト(II)から選ばれた少なくとも1種の化合物のメチル錯体、または、前記コバルト化合物とハロゲン化アルキル、特にハロゲン化メチルを共存させて形成するコバルト−メチル錯体を例示できる。有害な無機砒素などを含む有害化合物を比較的容易にアルキル化し、毒性の低い有機物にすることが可能であるという観点から、コバルト−炭素結合を有する有機金属錯体としては、メチルコバラミンが好ましい。
【0036】
すなわち、本発明のアルキル化組成物においては、前記有機金属錯体を用いることにより、砒素、アンチモン、セレンからなる群から選択される少なくとも1種の元素を含有する有害化合物をアルキル化することが可能である。ここで、本明細書において、有害化合物とは、環境中に流出し、生物に暴露された際に、何らかの悪影響を生物に与える恐れがある化合物を意味する。
【0037】
前記有害化合物のうち砒素を含有する有害化合物としては、亜ヒ酸、五酸化砒素、三塩化砒素、五塩化砒素、硫化砒素化合物、シアノ砒素化合物、クロロ砒素化合物、及びその他の砒素無機塩類等が挙げられる。これらの砒素は、例えばLD50(mg/kg)(マウスにおける50%致死量)が20以下であり、一般に生物に対して有毒な値である。
【0038】
また、アンチモンを含有する有害化合物としては、三酸化アンチモン、五酸化アンチモン、三塩化アンチモン、五塩化アンチモン等が挙げられる。
【0039】
さらに、セレンを含有する有害化合物としては、二酸化セレン、三酸化セレン等が挙げられる。
【0040】
好ましい実施態様において、本発明の組成物は、さらに、砒素、アンチモン、セレンからなる群から選択される少なくとも1種の金属を還元する還元剤を含有することができる。このような還元剤の存在により、アルキル化をさらに促進することができる。砒素のアルセノベタインへの変換において砒素を還元する能力やメチル基転移反応などが律速となっている可能性が考えられるが、還元剤を添加することによりアルセノベタインなどへの変換を促進できると考えられる。このような還元剤としては、例えば、SH基を有する物質を挙げることができ、具体的には、SH基を有する物質が、グルタチオン、還元型グルタチオン(GSH)、システイン、S−アデノシルシステイン、スルフォラファンからなる群から選択される少なくとも1種を挙げることができる。
【0041】
また、本発明のアルキル化組成物の好ましい実施態様において、さらに、S-Me基を有するメチル化添加因子を含有する。当該メチル化添加因子が存在すれば、より多くのアルキル基を提供することができ、ひいては、より多くのアルキル化、無害化を達成できる。前記メチル化添加因子としては、メチオニン、S-アデノシルメチオニンからなる群から選択される少なくとも1種を挙げることができる。
【0042】
本発明のアルキル化組成物において、緩衝液を含有してもよい。緩衝液は、通常、生体材料を単離、精製、保存等に用いられるものを使用することができ、特に限定されるものではなく、例えば、トリス緩衝液、リン酸緩衝液、炭酸緩衝液、ホウ酸緩衝液などの緩衝液を例示することができる。また、前記緩衝液のpHとしては、より安全に無害化を達成できる点を考慮して、5〜10の範囲であることが好ましい。
【0043】
本発明のアルキル化組成物は、さらに、有機ハロゲン化合物を含むことができる。ジメチル化合物及び/又はトリメチル化合物からアルセノベタインへの変換を容易にするという観点から、有機ハロゲン化合物としては、ハロゲン化メチルを挙げることができる。ハロゲン化メチルとしては、メチル化反応性の高さという観点から、ヨウ化メチル、臭化メチル、塩化メチルからなる群から選択される少なくとも1種を挙げることができる。
【0044】
そのほか、有機ハロゲン化合物としては、アルキル化反応性の高さという観点から、ヨード酢酸、ヨードエタノール、ブロモ酢酸、ブロモエタノール、ヨードプロピオン酢酸からなる群から選択される少なくとも1種を挙げることができる。
好ましい実施態様において、前記有機ハロゲン化合物が、ハロゲン化酢酸である。ハロゲン化酢酸の例としては、クロロ酢酸、ブロモ酢酸、ヨード酢酸からなる群から選択される少なくとも1種を挙げることができる。
また、好ましい実施態様において、前記有機ハロゲン化合物としては、塩化メチル、臭化メチル、ヨウ化メチル、クロロ酢酸、ブロモ酢酸、ヨード酢酸、クロロエタノール、ブロモエタノール、ヨードエタノール、クロロプロピオン酸、ブロモプロピオン酸、ヨードプロピオン酸、クロロ酢酸エチルエステル、ブロモ酢酸エチルエステル、ヨード酢酸エチルエステルからなる群から選択される少なくとも1種を例示することができる。
さらに、本発明において、前記有機ハロゲン化合物が、下記化学式1:
化学式1 RMgX
(化学式1中、R=Me、CHCOOH、又はCHCOOCHであり、X=Cl、Br、又はIである。)で表されるグリニャール試薬であってもよい。
【0045】
次に、本発明の無害化方法について説明する。すなわち、本発明の有害化合物の無害化方法は、上述の本発明のアルキル化用組成物の存在下、砒素、アンチモン、セレンからなる群から選択される少なくとも1種の元素を含有する有害化合物を、アルキル化することにより無害化する。ここで、本発明のアルキル化用組成物、有害化合物とは、上述で説明したものを意味し、本発明の無害化方法においてそのまま適用することができる。
【0046】
本発明の無害化方法の好ましい実施態様において、50%細胞増殖阻害濃度(IC50)若しくはLD50が大きく、より無害化を達成できるという観点から、上記有害化合物に含まれる上記一種の元素の価数を高酸化数とすることにより前記有害化合物を無害化することが好ましい。具体的には、上述した本発明の組成物を反応の触媒として用いて、アルキル化によって、上記一種の元素の価数を高酸化数とすることが可能である。なお、上記元素が砒素又はアンチモンである場合、価数が3価のものを5価に、セレンの場合、価数が4価のものを6価にすることが好ましい。
【0047】
本発明において、上記有害化合物の無害化は、上記有害化合物をアルキル化することにより行う。ここで、上記有害化合物中の上記一種の元素の少なくとも1つの結合手をアルキル化することにより無害化を達成することができる。
【0048】
具体的には、上述の本発明のアルキル化用組成物を用いて反応を行うことによって、上記一種の元素の少なくとも1つの結合手をアルキル化することができる。ここで、上記一種の元素に付加するアルキル基としては、例えば、メチル基、エチル基、プロピル基等が挙げられる。無毒化をより効率的に達成するという観点から、アルキル基として、メチル基が好ましい。
【0049】
本発明の無害化方法においては、生体への安全性という観点から、上記アルキル化することにより無害化された化合物の50%致死量(LD50)(マウスの50%が死亡する薬物用量による経口毒性)が1000mg/kg以上であることが好ましく、5000mg/kg以上であることがより好ましい。
【0050】
また、本発明の無害化方法においては、生体への安全性という観点から、上記アルキル化又はアリール化することにより無害化された化合物の50%細胞増殖阻害濃度(IC50)が、1000μM以上であることが好ましく、3000μM以上であることがより好ましい。ここで、本明細書において、50%細胞増殖阻害濃度(IC50)とは、ある細胞をある物質と共に100ある細胞の増殖を50%阻止又は阻害するのに必要な物質の濃度を示す数値を意味する。IC50の数値が小さいほど細胞毒性が大きいことを示す。なお、IC50は、37℃、24時間の条件下で、プラスミドDNA損傷が示す細胞毒性について検討した結果から算出した。
ここで、各砒素化合物のIC50を表1に示す。
【0051】
【表1】

【0052】
表1から、3価の砒素を有するアルセノシュガーは、5価の砒素を有するものモノメチル化ヒ素(MMA)及びジメチル化砒素(DMA)よりも細胞毒性が高いが、3価の砒素を有するMMA、DMA及び亜ヒ酸より細胞毒性が低いことが分かる。一方で、3価の砒素を有するMMA、DMAは、亜ヒ酸(3価及び5価)よりも細胞毒性が高いが、全体として、細胞毒性という観点から、5価の砒素を有する砒素化合物が3価の砒素を有する砒素化合物よりも生体への安全性が高いことが理解できる。
【0053】
また、各砒素化合物のLD50を表2に示す。
【表2】

【0054】
また、本発明の無害化方法においては、生体への安全性という観点から、上記アルキル化することにより無害化された化合物の生物学的半減期が8時間以下であることが好ましい。本発明の無害化方法において、前記メチル化によって、有害化合物をジメチル化合物又はトリメチル化合物とすることが、より安全で毒性が低いという観点から好ましい。前記ジメチル化合物としては、ジメチルアルソニルエタノール(DMAE)、ジメチルアルソニルアセテート(DMAA)、ジメチルアルシン酸、又はアルセノシュガーを挙げることができる。また、トリメチル化合物としては、アルセノコリン、アルセノベタイン、トリメチルアルセノシュガー又はトリメチルアルシンオキシドを挙げることができる。
【実施例】
【0055】
以下、本発明の実施例を説明するが、下記の実施例は、本発明の範囲を何ら限定するものではない。
まず、実施例で使用する略号について説明すれば、以下の通りである。
〔略号〕
iAs(III):無機三価ヒ素
MMA:モノメチルアルソン酸
DMA:ジメチルシン酸
TMAO:トリメチルアルシンオキシド
AB:アルセノベタイン(トリメチルアルソニウム酢酸)
DMAA:ジメチルアルソニウム酢酸
MeCo:メチルコバラミン
GSH:グルタチオン(還元型)
iSe(IV):無機セレン(四価)
MIAA:モノヨード酢酸
【0056】
実施例1
〔反応スキーム〕
MeCo
iAs(III) → MMA
GSH

〔反応操作〕
1.5mLのエッペンドルフチューブに、反応緩衝液(20mM Tris-HCl ( pH7.6 ))740μLを添加した。これに、100mMのGSH水溶液を220μLを添加して30秒間、Voltexで攪拌して、30分間37℃で静置した。 これに、100ppmの無機ヒ素(III)標準液(原子吸光用)を20μL添加して、30秒間攪拌した。これに、7.4mMメチルコバラミン(MeCo)水溶液を20μLを添加した(組成物A)。これを37℃に保持した恒温槽中で反応し、定期的にサンプリングして生成物の増加量を追跡した。
【0057】
〔生成物の分析〕
高速液体クロマトグラフ装置(Agilent 1100)を直接オンラインで接続した誘導結合プラズマイオン質量分析装置(Agilent 7500ce)で、標準サンプルと、反応性生物の保持時間を比較することにより、定性、定量分析を行った。
【0058】
実施例2
〔反応スキーム〕

MeCo
iAs(III) → MMA
GSH、iSe(IV)

【0059】
〔反応操作〕
実施例1の組成物Aに、1000ppmの無機Se(IV)標準液(原子吸光用)を20μL添加した以外は、実施例1と同様に行った(組成物B)。
【0060】
比較例1
実施例1において、MeCoを添加しないほかは、実施例1と同様に実施した(組成物C)。表3は、無機ヒ素のMMAへの無毒化(実施例1)と無機ヒ素のDMAへの無毒化(実施例2)を示す。
【0061】
【表3】

実施例1〜2に示したように、比較例に比べて、メチル化ヒ素(MMA)が時間の経過とともに生成した。実施例2では、更にメチル化が進行し、ジメチル化ヒ素(DMA)の生成も確認した。MeCo存在下で、有毒な無機ヒ素が、毒性の低いメチル化ヒ素に無毒化される顕著な効果を確認した。
【0062】
実施例3
〔反応スキーム〕

MeCo
MMA → DMA
GSH
【0063】
〔反応操作〕
実施例2の組成物Bに、1000ppmのMMAを20μL添加した以外は、実施例2と同様に行った(組成物D)。
【0064】
比較例2
実施例3で、MeCoを添加しないこと以外は、実施例3と同様に行った。
【0065】
実施例4
〔反応スキーム〕

MeCo
DMA → TMAO
GSH
【0066】
〔反応操作〕
実施例2の組成物Bに、1000ppmのDMAを20μL添加した以外は、実施例2と同様に行った(組成物E)。
【0067】
比較例3
実施例4で、MeCoを添加しないこと以外は、実施例4と同様に行った。表2は、 MMAのDMAへの無毒化(実施例3)とDMAのTMAOへの無毒化(実施例4)を示す。
【表4】

実施例3−1〜3−3に示したように、ジメチル化ヒ素(DMA)の濃度が時間の経過とともに増大した。比較例2はでは、DMAの生成は観測されなかった。実施例4−1〜4−3に示したように、トリメチル化ヒ素(TMAO)の濃度が増加しており、ヒ素基質が、最も無害なトリメチル化ヒ素に変換されていることがわかった。比較例3では、トリメチル化ヒ素の生成は観測されなかった。
【0068】
実施例5
〔反応スキーム〕

MeCo 、MIAA
TMAO → AB
GSH
〔反応操作〕
実施例2の組成物Bにおいて、無機ヒ素の代わりに、1000ppmのTMAOを20μL添加した以外は、実施例2と同様に行った(組成物F)。
【0069】
実施例6
〔反応スキーム〕

MIAA
TMAO → AB
GSH
【0070】
〔反応操作〕
実施例5の組成物Fにおいて、MeCoを添加しない以外は、実施例5と同様に行った(組成物G)。
【0071】
実施例7
〔反応スキーム〕

MeCo、MIAA
DMA → AB
GSH
〔反応操作〕
実施例5の組成物Fにおいて、TMAOの代わりに、DMAを用いた以外は、実施例5と同様に行った(組成物G)。表3は、ABへの変換を示す。
【0072】
【表5】

実施例5に示したように、MeCoとMIAA存在下で、ヒ素基質であるTMAOからABの変換が確認された。実施例6に示したように、MIAA存在下のみでもTMAOからABの変換が確認された。実施例7に示したように、MeCoとMIAA存在下でヒ素基質であるDMAからABの変換が確認された。
【0073】
実施例8
まず、以下の実施例で使用する略号について説明すると以下のようである。
〔略号〕
iAs(III):無機三価ヒ素、
MMA:モノメチルアルソン酸
DMA:ジメチルシン酸
TMAO:トリメチルアルシンオキシド
AB:アルセノベタイン(トリメチルアルソニウム酢酸)
DMAA:ジメチルアルソニウム酢酸
MeCo:メチルコバラミン
GSH:グルタチオン(還元型)
MIAA:モノヨード酢酸
AS:アルセノシュガー
iSe(IV):無機セレン(四価)
【0074】
(1)微細藻類培養
対数増殖期まで前培養した微細藻類クロレラ(Chlorella vulgaris IAM C-629株)を150mlのBold's Basal (BB) Mediumに1×10cells/mlとなるように植菌し、蛍光灯照射下(4000Lux、24hr照射)、温度25℃、静置培養した。この際、培養液には炭素源として10mMグルコースまたは10mM酢酸ナトリウムを添加した培地を調整した。
【0075】
(2)ヒ素取込試験
植菌後に金属ヒ素として1ppmとなるように亜ひ酸を添加し、ヒ素添加後284時間培養することで、ヒ素の取込試験を実施した。
【0076】
(3)ヒ素含有量測定
藻体内の無機ヒ素および有機ヒ素は、高速液体クロマトグラフ装置(Agilent 1100)を直接オンラインで接続した誘導結合プラズマイオン質量分析装置(Agilent 7500ce)で、標準サンプルと、反応性生物の保持時間を比較することにより、定性、定量分析を行った。
【0077】
(4)分析条件
有機ヒ素化合物の標準サンプルとして、MMA、DMA、TMAO、TeMA、AB、ACは、トリケミカル研究所の試薬を、無機ヒ素の標準サンプルとしては、As(III)、As(V)の和光純薬特級試薬のナトリウム塩を用いた。各ヒ素化合物の100mg/100mLの標準溶液は、超純水(ミリポア社)で希釈して調整した。
【0078】
ICP−MS装置条件

RF forward
power: 1.6kW
RF reflect
power: <1W
Carrier gas flow: Ar 0.75L/min
Sampling 8.5mm
Monitoring mass: m/z=75 and 35
internal standard m/Z=71
Dwell time: 0.5 sec
0.01sec 0.1sec
Times of scan: 1 time
【0079】
HPLC条件
溶離液:5mM硝酸/6mM硝酸アンモニウム/1.5mMピリジンジカルボン酸
溶離液流速:0.4mL/分
注入量:20μL
カラム:陽イオン交換カラム Shodex RSpak NN-614(150mm×4.6mm i.d.)
カラム温度:40度
【0080】
〔ヒ素を取り込んだ微細藻類からヒ素化合物の抽出〕
微細藻類抽出物(クロレラをメタノールで抽出処理し、エバポレーションによりメタノールを除去したもの)を準備した。これに純水を加え希釈し、下表の濃度の溶液を得た。なお、UN1(Unknown1)とUN6の成分は、アルセノシュガーに相当する化合物として帰属した(図1)。図1は、クロレラ抽出物のHPLC−ICP−MS分析(上:標準サンプル、下:サンプル)の様子を示す。表6は、クロレラ抽出液のヒ素化合物濃度(ppm)を示す。
【0081】
【表6】

〔ABへの変換〕
容量1.5mLのエッペンドルフチューブに、反応緩衝液(20mM Tris-HCl ( pH7.6 ))740μLを添加した。これに、20mMのGSH水溶液を200μLを添加して30秒間、Voltexで攪拌して、30分間37℃で静置した。前記クロレラ抽出液100μLを加え30秒間攪拌した。これに、7.4mMメチルコバラミン(MeCo)水溶液を135μLを添加した。これに、MIAAを68mg(0.35μM)加えて溶解した。これを37℃に保持した恒温槽中で反応し、定期的にサンプリングして生成物の増加量を追跡した。図2に示すように、GSH、MeCo、MIAAが存在する場合に、ABの生成が確認できた。
図2.クロレラ抽出物のHPLC−ICP−MS分析(上:標準サンプル、中:GSH添加(NE_14-7)、下:MeCo+GSH+MIAA添加(NE_15-7))

【0082】
実施例9
アルカリ MeCO、 MIAA
AS → DMA → AB
GSH
【0083】
〔アルセノシュガーからDMAへの変換〕
前記クロレラ抽出液100μLを4N NaOH水溶液(1mL)に混合し、80℃で一晩放置した。DMAが生成し、アルセノシュガーがDMAに変換していることを確認した(図3)。
【0084】
〔DMAからABへの変換〕
実施例1〜7に記載のものと同様にして行った。図3は、クロレラ抽出物にGSH添加(NE_14-4)、GSH+MeCo+MIAA添加(NE_15-4)をNaOH処理(下)を示す。また、図4は、DMAにGSH+MeCo+MIAA添加(NE_9-4)を示す。
【産業上の利用可能性】
【0085】
本発明の組成物は、砒素等を含む有害化合物の無毒化に寄与しえる有害化合物の無害化方法をより実用的に、工業的に提供することが可能である。アルキル化された砒素などの有害化合物は、より無害な化合物に変換され、無害化合物は、極めて安定でかつ安全であるので、広く産業廃棄物の処理等の分野、汚泥、土壌の環境保護の分野において極めて有効である。
【図面の簡単な説明】
【0086】
【図1】図1は、クロレラ抽出物のHPLC−ICP−MS分析(上:標準サンプル、下:サンプル)を示す図である。
【図2】図2は、クロレラ抽出物のHPLC−ICP−MS分析(上:標準サンプル、中:GSH添加(NE_14-7)、下:MeCo+GSH+MIAA添加(NE_15-7))示す図である。
【図3】図3は、クロレラ抽出物にGSH添加(NE_14-4)、GSH+MeCo+MIAA添加(NE_15-4)をNaOH処理(下)した様子を示す図である。
【図4】図4は、DMAにGSH+MeCo+MIAA添加(NE_9-4)した様子を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
コバルト−炭素結合を有する有機金属錯体を含有するアルキル化用組成物。
【請求項2】
前記有機金属錯体を用いることにより、砒素、アンチモン、セレンからなる群から選択される少なくとも1種の元素を含有する有害化合物をアルキル化することを特徴とする請求項1記載の組成物。
【請求項3】
さらに、砒素、アンチモン、セレンからなる群から選択される少なくとも1種の金属を還元する還元剤を含有する請求項1記載の組成物。
【請求項4】
前記還元剤が、SH基を有する物質である請求項3記載の組成物。
【請求項5】
SH基を有する物質が、グルタチオン、還元型グルタチオン(GSH)、システイン、S−アデノシルシステイン、スルフォラファンからなる群から選択される少なくとも1種である請求項4記載の組成物。
【請求項6】
さらに、S-Me基を有するメチル化添加因子を含有する請求項1〜5のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項7】
前記メチル化添加因子が、メチオニン、S-アデノシルメチオニンからなる群から選択される少なくとも1種である請求項6記載の組成物。
【請求項8】
さらに、緩衝液を含有する請求項1〜7項のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項9】
前記緩衝液のpHが、5〜10の範囲である請求項8記載の組成物。
【請求項10】
さらに、有機ハロゲン化合物を含有する請求項1〜9項のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項11】
前記有機ハロゲン化合物が、ハロゲン化メチルである請求項10記載の組成物。
【請求項12】
前記ハロゲン化メチルが、ヨウ化メチル、臭化メチル、塩化メチルからなる群から選択される少なくとも1種である請求項11記載の組成物。
【請求項13】
前記有機ハロゲン化合物が、ハロゲン化酢酸である請求項10記載の組成物。
【請求項14】
前記ハロゲン化酢酸が、クロロ酢酸、ブロモ酢酸、ヨード酢酸からなる群から選択される少なくとも1種である請求項13記載の組成物。
【請求項15】
前記有機ハロゲン化合物が、塩化メチル、臭化メチル、ヨウ化メチル、クロロ酢酸、ブロモ酢酸、ヨード酢酸、クロロエタノール、ブロモエタノール、ヨードエタノール、クロロプロピオン酸、ブロモプロピオン酸、ヨードプロピオン酸、クロロ酢酸エチルエステル、ブロモ酢酸エチルエステル、ヨード酢酸エチルエステルからなる群から選択される少なくとも1種である請求項10記載の組成物。
【請求項16】
前記有機ハロゲン化合物が、化学式1で表されるグリニャール試薬であることを特徴とする請求項10記載の組成物。

化学式1 RMgX
(化学式1中、R=Me、CHCOOH、又はCHCOOCHであり、X=Cl、Br、又はIである。)
【請求項17】
請求項1〜16項のいずれか1項に記載の組成物の存在下、砒素、アンチモン、セレンからなる群から選択される少なくとも1種の元素を含有する有害化合物を、アルキル化することにより無害化する前記有害化合物の無害化方法。
【請求項18】
前記1種の元素の価数を高酸化数とすることにより無害化する請求項17記載の方法。
【請求項19】
前記1種の元素の少なくとも1つの結合手をアルキル化する請求項17又は18項に記載の方法。
【請求項20】
前記元素が砒素であることを特徴とする請求項17〜19項のいずれか1項に記載の方法。
【請求項21】
前記アルキル化することにより無害化された化合物の50%致死量(LD50)が、1000mg/kg以上である請求項17〜20項のいずれか1項に記載の方法。
【請求項22】
前記アルキル化することにより無害化された化合物の50%細胞増殖阻害濃度(IC50)が、1000μM以上である請求項17〜21項のいずれか1項に記載の方法。
【請求項23】
前記有害化合物が、亜ヒ酸、五酸化砒素、三塩化砒素、五塩化砒素、硫化砒素化合物、シアノ砒素化合物、クロロ砒素化合物、及びその他の砒素無機塩類からなる群から選択される請求項17〜22項のいずれか1項に記載の方法。
【請求項24】
前記アルキル化が、メチル化である請求項17〜23項のいずれか1項に記載の方法。
【請求項25】
前記メチル化によって、有害化合物をジメチル化合物又はトリメチル化合物とする請求項24記載の方法。
【請求項26】
前記ジメチル化合物が、ジメチルアルソニルエタノール(DMAE)、ジメチルアルソニルアセテート(DMAA)、ジメチルアルシン酸、又はアルセノシュガーである請求項25記載の方法。
【請求項27】
前記トリメチル化合物が、アルセノコリン、アルセノベタイン、トリメチルアルセノシュガー又はトリメチルアルシンオキシドである請求項25記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−50265(P2008−50265A)
【公開日】平成20年3月6日(2008.3.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−118388(P2006−118388)
【出願日】平成18年4月21日(2006.4.21)
【出願人】(000004008)日本板硝子株式会社 (853)
【Fターム(参考)】