説明

アルコール発酵によるアルドースレダクターゼ阻害作用を増強する製造方法並びに果実酒中のアルドースレダクターゼ阻害作用剤

【課題】従来より食品もしくは食品素材として利用されており、安全性に問題がなく、糖尿病をはじめとする各種疾患に対して副作用の心配が殆どない農水産物に由来する成分を有効成分とするアルドースレダクターゼ阻害作用剤を提供すること
【解決手段】アルコール発酵によるアルドースレダクターゼ阻害作用を増強する製造方法、並びに果実酒の抽出物を有効成分として含有してなるアルドースレダクターゼ阻害剤および当該アルドースレダクターゼ阻害作用剤を含有する食品もしくは食品素材。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は果実を酵母でアルコール発酵することによるアルドースレダクターゼ阻害作用を増強する方法並びに果実酒に含有する物質を有効成分とするアルドースレダクターゼ阻害剤、及びこれを含有する食品もしくは食品素材に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、日本には約600万人もの糖尿病患者がおり、発症前症状の人も含めれば我が国の人口の10%にも達し、国民病の規模になりつつある。糖尿病には、インシュリン依存型とインシュリン非依存型との2つのタイプがあり、日本人の患者の約95%がインシュリン非依存性糖尿病である。糖尿病は高血圧を主な症状とし、様々な合併症(網膜症、腎症、神経障害等)を引き起こすことが知られている。
【0003】
従来、糖尿病の治療薬として、インシュリンや種々の血糖降下剤が用いられてきたが、前述した種々の合併症の治療薬としては有効性に限界がある。これら合併症には、ポリオール代謝経路の亢進が深く関わっているとされ、この経路の律速酵素であるアルドースリダクターゼ(以下、ARと略記することがある。)の阻害作用を示す物質の検索が進められている。阻害作用を示す物質としては、合成物質エパレルスタットが開発された他、種々の植物由来成分、例えば桂皮、芍薬、桑白皮、甘草、トチュウ、フトモモ、ハマゴウ、ネムノキ、褐藻類等の抽出物が有効であるとの報告もある。また、タマネギの皮に含まれるフラボノイドの1種であるケルセチンは、強いAR阻害作用効果があると報告されている。
【0004】
人体において、インシュリン非依存的にグルコースの取り込みを行う水晶体、網膜、末梢神経等の組織では、糖尿病によって血糖値が高くなるため、細胞内におけるグルコース濃度が上昇する。これにより、グルコースの代謝経路のうち、主経路の解糖系で代謝しきれなくなった過剰のグルコースは、細胞中のARによりソルビトールに変換される。ソルビトールは細胞膜電荷のため細胞外に出にくく、さらにソルビトール脱水酵素(副経路のポリオール経路上でフルクトースへの変換を促す)による処理速度が遅いこと等からソルビトールが細胞内に蓄積され、細胞内浸透圧が上昇して細胞の膨化と細胞膜の変性が起こる。その結果として生じた細胞障害により、種々の糖尿病合併症が発病すると考えられている。
【0005】
そこで、糖尿病合併症の発症経路に着目した合併症の治療薬として、治療効果が有効、かつ人体に対して有害な副作用を生じさせない治療薬の開発が望まれている。さらに、国民病の規模となっている糖尿病を、日常的に予防することのできる成分を含有する食品もしくは食品素材の開発についても待望されている。
【0006】
一方、果実酒中のポリフェノールは抗酸化作用、抗変異原性、抗発癌性、抗アレルギー性、抗動脈硬化作用、心疾患予防作用などの機能を持つことが知られており、中でもアントシアニンやリスベラトロールが高い活性を示すことも明らかにされている(非特許文献1)。また、ブドウ種子に多く含まれているプロアントシアニジンオリゴマーが糖尿病性合併症の予防に効果があると報告があるが(特許文献1参照)、プロアントシアニジンオリゴマーおよび果実酒中の成分がAR阻害作用を有するとの報告はない。
【0007】
【非特許文献1】New Food Industry 1999、Vol.41、No.11、p55-64
【特許文献1】特開2000−44472
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、糖尿病合併症の発症経路に着目したAR阻害作用剤を開発することであり、特に天然物に由来し、前記したような各種疾患に対して副作用の心配がない物質を有効成分とするAR阻害作用剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は上記目的を達成するため、従来より食品もしくは食品素材として利用されており、人体に対して副作用の心配が殆ど無い農水産物の中から当該物質を検索すべく検討を重ねた。その結果、果実を酵母でアルコール発酵することによりアルドースレダクターゼ阻害作用が高まり、さらに果実酒に高いアルドースレダクターゼ阻害活性を有する成分があることを見いだし、係る知見に基づいて本発明に達した。
【0010】
すなわち請求項1記載の本発明は果実を酵母でアルコール発酵させることにより、アルドースレダクターゼ阻害作用を増強させる製造方法である。請求項2記載の本発明は果実酒の抽出物を有効成分として含有してなる、アルドースレダクターゼ阻害剤である。請求項3記載の本発明は果実酒を蒸留した際の蒸留残液の抽出物を有効成分として含有してなる、アルドースレダクターゼ阻害剤である。請求項4記載の本発明は請求項2又は3記載のアルドースレダクターゼ阻害剤を含有することを特徴とする食品もしくは食品素材である。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、従来より食品素材として利用されており、安全性の上で心配のない果実を酵母でアルコール発酵することによりアルドースレダクターゼ阻害活性を増強する方法が提供される。さらに果実酒の有効成分として含有するアルドースレダクターゼ阻害剤、並びに当該阻害剤を含有する食品もしくは食品素材が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明のアルコール発酵は酒用酵母で行うが、酒用酵母としては通常の果実酒製造に用いられる、たとえばワイン酵母、清酒酵母、焼酎酵母が好適な例として挙げられる。これらの酵母は乾燥酵母でも酵母湿菌体であってもよい。本発明に用いる果実は特に制限がなく、果実を酵母で発酵させることができるものであればどのような果実でもよい。具体的にはブドウ、ブルーベリー、プラム、リンゴ、ウメ、ナシ、キウイフルーツ、メロン、アンズ、パイナップル、イチゴ、マルメロ、イチジク、ハマナスなどが挙げられ、これらを1種または2種以上を用いることができる。なお、本発明の果実酒としてはブドウ、ブルーベリー、プラムが好適である。
【0013】
上記果実を常法に従い果汁処理したものに酵母を1.0×10〜1.0×10cells/ml、好ましく1.0×10〜1.0×10cells/ml添加した後、5〜35℃、好ましくは10〜30℃で5〜60日間、好ましくは7〜30日間アルコール発酵して果実酒が得られる。また、果汁にAR阻害作用を増強させるための発酵は完全発酵を必要とするものではなく、アルコール発酵の途中で発酵を終了させてもよく、たとえば15℃、5日間で発酵を終えてよい。
【0014】
果実酒の蒸留方法は単式蒸留法、連続式蒸留法があるがどの方法でもよい。蒸留機についても制限はなく、銅、ステンレス、ガラス、木桶等、一般的に蒸留に用いられているものであればよい。蒸留残液を得るための条件は特にないが、機能性飲料等に用いる場合を考慮して残存アルコール濃度は1%以下が好ましい。
【0015】
後述する実施例で示すように果実酒中のフェノール化合物に高いAR阻害活性が認められる。フェノール化合物のなかでも中性フェノールの寄与は少ないと考えられ、フェノール酸、フラボノール、アントシアニン類が重要と考えられる。これらを抽出あるいは濃縮する方法は特に限定されるものではないが、エタノール、酢酸エチル、アセトンなどの有機溶媒を用い抽出・濃縮する方法や液量が元の1/1.5〜1/6、好ましくは1/2〜1/3となるように減圧濃縮することにより得ることもできる。
【0016】
また、上記したフェノール化合物は食経験があるので食品に添加し、AR阻害作用を有する健康食品あるいは医薬品などの形態で提供される。食品もしくは食品素材として用いる場合は、各種食品等に添加するほか、必要に応じて安定剤、増量剤、膨張剤などの補助剤と併用して用いることができる。本発明に係る有効成分の食品等への添加量は、用途などを考慮して適宜決定すればよい。また、医薬品として用いる場合には散在、顆粒、錠剤、トローチ剤、カプセル剤、液剤、シロップ剤などの任意の剤形を採用することができる。製剤化にあたっては、賦形剤、結合剤などの常用の成分を必要に応じて適宜配合することができる。なお、有効成分の使用量については、用途などを考慮して適宜決定すればよい。
【0017】
本発明により製造される食品としては、たとえばジャム、フルーツソース、ゼリー、もろみ酢などが挙げられる。本発明のAR阻害作用剤の食品等への添加量についても特に制限がないが、用途等を考慮して適宜決定すればよい。
【0018】
次に本発明を実施例により詳しく説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【実施例1】
【0019】
AR阻害活性測定法は96穴マイクロプレートにて、0.2Mリン酸緩衝液(pH6.2)50μLに1.5mM還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸(以下NADPHと略記することがある。)10μL、100mM DL−グリセルアルデヒド10μL、水10μL及び試料10μLを加え、さらに0.03unit/mLのヒト組換え体アルドースレダクターゼ(和光純薬(株)製)10μLを添加した後、25℃で酵素反応を10分間行った。なお、対照として、試料の代わりに水を用いた場合についても、同様の操作を行った。試料として果汁とそれをワイン酵母で発酵させた果実酒を水で10倍希釈したものを測定に用いた。白ワイン用ブドウのシャルドネ、赤ワイン用ブドウのワイングランドを原料にしたもので、常法に従い、果汁処理し、発酵を行ったものである。
【0020】
酵素反応終了後、マイクロプレートリーダー(Model 3550-UV、バイオラッド社製)にてNADPHの減少量を波長340nmにおける吸光度の減少量から求め、阻害活性を算出した。すなわち、得られた測定結果から、下記の計算式により阻害率を算出した。式中、AOは酵素反応開始前の吸光度、A1は酵素反応後の吸光度、COは対照の酵素反応開始前の吸光度、C1は対照の酵素反応後の吸光度をそれぞれ示す。結果を表1に示す。表からも明らかなように酵母で発酵させることにより阻害活性が増強され、ワイングランドのみならずシャルドネも同様の結果が得られた。
【0021】
【数1】

【0022】
【表1】

【実施例2】
【0023】
様々な原料の秋田県産の果実酒を用い、実施例1と同様にして実施したAR阻害活性の測定結果を表2に示す。表からも明らかのように、ブルーベリーやプラム、赤ワイン用ブドウを原料にした果実酒でAR阻害活性が高い。
【0024】
【表2】

【実施例3】
【0025】
赤ワインの原料となるワイングランドおよび白ワインの原料となるミュラートゥルガウの果汁または果実酒30mLを水酸化ナトリウムでpH7にした後、等量の酢酸エチルで3度抽出し、酢酸エチル層(pH7)と水層とを得た。水層を塩酸でpH2にした後、等量の酢酸エチルで3度抽出し、酢酸エチル層(pH2)と水層とを得た。酢酸エチル層(pH7)と水層はメタノール、水の順序で調整したC18―Sep-Pak(Waters社製)により分離しそれぞれ画分A、画分Cを得た。酢酸エチル層(pH2)はメタノール、0.01N塩酸の順序で調整したC18―Sep-Pakにより分離し画分Bを得た。果汁および果実酒それぞれの画分A、B、Cを5倍希釈し、実施例1と同様に実施したAR阻害活性の測定結果を表3に示す。表からも明らかなように果実酒の画分Bと果汁および果実酒の画分Cに高い阻害活性が認められ、ワイングランドとミュラートゥルガウで同様の結果が得られた。発酵することで画分Bの成分が大幅に増強され、画分Cもやや阻害活性が高まった。
【0026】
【表3】

【実施例4】
【0027】
上記方法で得られた果汁および果実酒の画分Bについて高速液体クロマト(HPLC)にて分析を行った。HPLCの詳細な条件は文献〔Am.J.Enol.Vitic.,Vol.46,No.2,p255-261(1995)〕に示した条件と同一である。保持時間が1.5分から4.7分の化合物が果実酒で増加し、これらの物質がAR阻害活性に寄与しているものと考えられる。これまでにAR阻害作用が知られているケルセチンやクロロゲン酸、糖尿病合併症予防に効果があると報告されているプロアントシアニジンオリゴマーとは異なる化合物である。ミュラートゥルガウの果汁画分Bの分析結果を図1、果実酒画分Bの分析結果を図2に示す。
【実施例5】
【0028】
様々な原料の秋田県産果実酒720mLを蒸留し、アルコール分1%以下の蒸留残液について実施例1と同様に実施したAR阻害活性の測定結果を表4に示す。表から明らかなように蒸留残液には高いAR阻害活性がある。
【0029】
【表4】

【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明によれば果実をアルコール発酵によりアルドースレダクターゼ阻害作用を増強する製造方法を提供できる。さらに果実酒中および果実を蒸留した蒸留残液にはアルドースレダクターゼ阻害作用に対して優れた効果を有しており、糖尿病性網膜症、糖尿病性腎症、神経障害等の糖尿病合併症の予防、治療に有効な食品、医薬品などの製品に利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】ミュラートゥルガウ果汁画分BのHPLC結果
【図2】ミュラートゥルガウ果実酒画分BのHPLC結果

【特許請求の範囲】
【請求項1】
果実を酵母で発酵させることにより、アルドースレダクターゼ阻害作用を増強させる製造方法。
【請求項2】
果実酒の抽出物を有効成分として含有してなる、アルドースレダクターゼ阻害剤。
【請求項3】
果実酒を蒸留した際の蒸留残液の抽出物を有効成分として含有してなる、アルドースレダクターゼ阻害剤。
【請求項4】
請求項2又は3記載のアルドースレダクターゼ阻害剤を含有することを特徴とする食品もしくは食品素材。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−31326(P2007−31326A)
【公開日】平成19年2月8日(2007.2.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−215534(P2005−215534)
【出願日】平成17年7月26日(2005.7.26)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成17年3月29日 社団法人日本農芸化学会主催の「日本農芸化学会2005年度(平成17年度)大会」において文書をもって発表
【出願人】(591108178)秋田県 (126)
【Fターム(参考)】