説明

アルミナ質焼結体

【課題】より低い焼成温度で焼結が可能であり、焼成工程にかかるコストを低減でき、かつ耐電圧特性に優れるアルミナ質焼結体を実現する。
【解決手段】アルミナ質焼結体は、アルミナ結晶を主相と非晶質の粒界相を有する。非晶質の粒界相は、SiOにCaOおよびMgOの少なくとも一方を添加したガラス成分中に、希土類元素および周期律表第4族元素から選ばれる少なくとも1種の酸化物を特定成分として含む粒界ガラス相であり、主相と粒界ガラス相の組成比を、アルミナ:ガラス成分:特定成分=a:b:c(a+b+c=100重量%)とした時に、これら成分を頂点とする三角座標において、点(a、b、c)が、A(98.0、1.0、1.0)、B(90.0、5.0、5.0)、C(93.5、5.0、1.5)、D(97.8、2.0、0.2)の4点で囲まれる範囲内にある。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミナを主成分とするアルミナ質焼結体に関する。特に、低温焼結性および耐電圧性が改善されたアルミナ質焼結体に関するものであり、内燃機関用点火プラグの絶縁碍子、電子部品用の基板、絶縁保護素子等に利用可能である。
【背景技術】
【0002】
アルミナ質焼結体は、物理的に安定した性質を有するアルミナ(Al)を主成分とし、絶縁性、耐電圧性に優れることから、自動車エンジンのスパークプラグ、各種基板や素子用の絶縁材料として広く用いられている。アルミナは高融点(約2050℃)であり、アルミナ質焼結体中のアルミナ含有率を高めれば、高耐電圧化が期待できるが、アルミナ含有率が高くなると焼結性が低下する。このため、焼結助剤を添加することで、例えば1650℃以下の温度での焼結を可能にしている。一般的には、アルミナとの共晶反応により低融点の液相を形成し得るシリカ(SiO)、マグネシア(MgO)、カルシア(CaO)等が焼結助剤として用いられてきた。
【0003】
一方、自動車エンジンの高出力化、小型化が進み、燃焼室内におけるバルブ占有面積の増大に伴い、点火プラグの小型化要求が高まっている。それに伴って、スパークプラグの絶縁碍子の厚みが薄くなる傾向にある。このため、絶縁材料として用いられるアルミナ質焼結体に対しては、さらなる高耐電圧化が要求されている。ところが、SiO−MgO−CaO系焼結助剤を含む従来のアルミナ質焼結体は、アルミナの結晶粒界中に形成される低融点ガラス相のエネルギーバンドギャップが小さく、絶縁破壊が生じやすくなるために、アルミナ質焼結体の高耐電圧化に限界があった。
【0004】
そこで、結晶粒界相の高耐電圧化を図ることが検討されている。特許文献1では、従来のSiO−MgO−CaO系焼結助剤に代えて、新規な焼結助剤として、イットリア、マグネシア、ジルコニア及び酸化ランタンの少なくとも1つを用いている。これに、平均粒径1μm以下のアルミナを組み合わせることで、アルミナ結晶の粒界成分を結晶化して高融点の粒界相を形成し、アルミナの異常粒成長を抑制することによって、導電経路を長くして、30〜35kV/mmの耐電圧を有するアルミナ磁器を得ている。
【0005】
また、特許文献2では、アルミナを95〜99.7重量%の高含有率とし、焼結助剤としてSi、Ca、Mg、Ba、Bから選ばれる添加元素系原料を、合計で0.3〜5重量%含有することにより、粒径20μm以上のアルミナ系主相粒子が断面積の50%以上となる絶縁材料を得ている。アルミナ系主相粒子が適度に粗大化することで、破壊の経路となりやすい粒界の量を減少させて高い耐電圧を有するアルミナ系絶縁材料を得ている。
【0006】
特許文献3では、アルミナ原料と、ジルコン原料と、Mg、Ca、Sr、Ba、アクチノイドを除く第3族元素から選択される特定金属酸化物の原料を用いて、アルミナと、ムライトと、ジルコンと、ジルコニアと、特定金属酸化物を含むアルミナ複合焼結体を得ている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開昭63−190753号公報
【特許文献2】特開平11−317279号公報
【特許文献3】特開2008−127263号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1のアルミナ磁器は、微小アルミナを使用しているために、焼結体中の空孔率が大きくなりがちであること、アルミナ含有量に上限があり、耐電圧性の向上には限界があることが指摘されている。さらに、粒界成分を結晶化させるために焼成温度が高くなり、焼結密度を95%以上とするためには1600〜1650℃での焼成が必要となる。
【0009】
特許文献2のアルミナ系絶縁材料は、平均粒径1μm以下のアルミナを用い、粒径20μm以上の粗大粒子に成長させて、アルミナ系主相粒子の体積率を増大し、破壊起点となる粒界の量を減少させている。ところが、粒成長速度の抑制が不十分であると、成長した粗大粒子の内部に空孔が残留し、耐電圧性を低下させるおそれがある。また、焼成温度も実施例では1600℃と高いため、原料コストや製造コストが高くなる。
【0010】
特許文献3のアルミナ複合焼結体は、アルミナとジルコンの反応で生成するムライトに、特定金属酸化物を均一分散させ、隣り合うアルミナ結晶粒の間の粒界相を結晶化させるとしているが、ムライト、ジルコン、ジルコニア、特定金属酸化物を粒界に結晶化させ、しかもそれぞれが独立した凝集結晶となることなく分散配置することは容易ではない。焼成温度は、1300〜1600℃とされているものの、粒界に結晶相を形成していることから比較的低温での焼成は困難と考えられる。
【0011】
このように、従来は、粒界の結晶化による耐電圧性の向上が検討されているが、焼成温度が高くなり焼成時間も長くなる。そこで、本発明は、より低い焼成温度で焼結が可能であり、焼成工程にかかるコストを低減でき、かつ耐電圧特性に優れるアルミナ質焼結体を実現することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本願請求項1の発明は、アルミナ結晶を主相とし、該アルミナ結晶の結晶粒界に非晶質の粒界相を有するアルミナ質焼結体であって、
上記非晶質の粒界相は、SiOにCaOおよびMgOの少なくとも一方を添加したガラス成分中に、希土類元素および周期律表第4族元素から選ばれる少なくとも1種の酸化物を特定成分として含む粒界ガラス相であり、
上記主相と上記粒界ガラス相の組成比を、アルミナ:ガラス成分:特定成分=a:b:c(a+b+c=100重量%)とした時に、これら成分を頂点とする三角座標において、点(a、b、c)が、A(98.0、1.0、1.0)、B(90.0、5.0、5.0)、C(93.5、5.0、1.5)、D(97.8、2.0、0.2)の4点で囲まれる範囲内にある。
【0013】
本願請求項2の発明において、アルミナ質焼結体は、焼成温度が1500℃以下であり、上記非晶質の粒界相は、上記ガラス成分および上記特定成分が結晶化した結晶成分、またはこれら成分とアルミナの反応で生じる結晶成分を含まない。
【0014】
本願請求項3の発明において、上記粒界ガラス相は、上記ガラス成分の組成比が、SiO:CaO:MgO=a´:b´:c´(a´+b´+c´=100重量%)とした時に、これら成分を頂点とする三角座標において、点(a´、b´、c´)が、A´(100、0、0)、B´(75、25、0)、C´(75、20、5)、D´(95、0、5)の4点で囲まれる範囲内(ただしA´点を除く)にある。
【0015】
本願請求項4の発明において、上記粒界ガラス相は、エネルギーバンドギャップΔeVが、3.5eV以上である。
【0016】
本願請求項5の発明において、上記希土類元素は、Y、Sc、またはランタノイド元素であり、上記周期律表第4族元素は、Hf、Zr、またはTiである。
【0017】
本願請求項6の発明において、上記特定成分は、Y、HfO、ZrO、ScおよびTiOから選ばれる少なくとも1種である。
【0018】
本願請求項7の発明において、アルミナ質焼結体は、耐電圧が、30kV/mmより大きい。
【発明の効果】
【0019】
本発明者等は、SiO-CaO‐MgO系の粒界ガラス相の成分と耐電圧特性について、鋭意検討を行った。そして、CaOまたはMgOの添加により、SiOへの電子供与が生じてエネルギーバンドギャップが小さくなるために、SiOの高耐電圧特性を低下させていること、ところが、この粒界相に特定の元素を混在させると、CaOまたはMgOからの電子を吸収してエネルギーバンドギャップを大きくできることを見出した。しかもCaO、MgO、特定成分の添加により、粒界ガラス相の融点が低下するので、アルミナの低温焼結が可能になり、粒成長が抑制されるので、アルミナ結晶を取り巻く粒界ガラス相にて形成される導電経路が長くなり、絶縁破壊が生じにくい。本願発明は、この知見に基づくものである。
【0020】
本願請求項1の発明によれば、アルミナ質焼結体は、アルミナ結晶の結晶粒界の粒界相に、SiO-CaO‐MgO系の低融点ガラス相を有するので、従来より低い温度、例えば1450〜1500℃でアルミナを焼結させることができる。低融点ガラス相は、SiO-CaO‐MgOに特定成分を添加し、組成範囲を制御することにより、粒界ガラス相の結晶化を抑制することができ、1400℃程度で溶融して、アルミナの焼結を促進し、粒径の小さい緻密な焼結体を生成する。これにより、耐電圧性が向上する。また、SiO-CaO‐MgO系ガラス相に混在する特定成分により、粒界ガラス相のエネルギーバンドギャップが大きくなり、電子の移動が抑制されるので、より高耐電圧となる。よって、低コストで耐電圧性に優れる高品質のアルミナ質焼結体を実現できる。
【0021】
本願請求項2の発明によれば、焼成温度を1500℃以下とすることで、アルミナ質焼結体の粒界ガラス相に、結晶が析出するのを抑制することができる。焼結後、特定成分が結晶化してしまうと、粒界ガラス相の絶縁性が低下するが、非晶質の粒界相に結晶成分を含まないので、低融点ガラス相による低温焼結の効果と耐電圧向上の効果により、本発明の効果を確実に得ることができる。
【0022】
本願請求項3の発明によれば、粒界ガラス相のガラス成分を、特定の組成比とすることで、より結晶の析出を生じにくい組成とすることができる。よって、特定成分との組み合わせにより、均質な非晶質の粒界相を形成し、本発明の効果を向上させることができる。
【0023】
本願請求項4の発明によれば、粒界ガラス相のエネルギーバンドギャップΔeVが、SiO-CaO‐MgO系ガラス相に比べて十分高いので、高耐電圧のアルミナ質焼結体を実現できる。
【0024】
本願請求項5の発明によれば、特定の希土類元素または周期律表第4族元素を用いることで、粒界ガラス相のエネルギーバンドギャップΔeVを所望の値以上に大きくして、高耐電圧のアルミナ質焼結体を実現できる。
【0025】
本願請求項6の発明によれば、具体的には、特定成分をY、HfO、ZrO、Sc、TiOから選択することで、上記効果が得られる。
【0026】
本願請求項7の発明によれば、得られるアルミナ質焼結体が、30kV/mmを超える高耐電圧特性を有するので、点火プラグの絶縁碍子といった各種絶縁材料に好適に使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】(a)は、本発明の第1の実施形態におけるアルミナ質焼結体の製造工程概要を示す工程図であり、(b)は、本発明の特定成分の作用効果を説明するためのエネルギー準位図である。
【図2】(a)は、アルミナ:ガラス成分:特定成分=a:b:c(a+b+c=100重量%)とした時に、これら成分を頂点とする三角座標図であり、(b)は、SiO:CaO:MgO=a´:b´:c´(a´+b´+c´=100重量%)とした時に、これら成分を頂点とする三角座標図である。
【図3】(a)、(b)は、本発明実施例1で製造したアルミナ質焼結体の焼結状態を示し、それぞれサンプル6(焼成温度1450℃)、サンプル8(焼成温度1450℃)の透過型電子顕微鏡(TEM)像を示す図である。
【図4】(a)は、エネルギーバンドギャップΔeVの算出に用いたガラス構造モデルの作成方法を説明するための図、(b)は、電子状態の計算とエネルギーバンドギャップΔeVの算出方法を説明するための図である。
【図5】(a)は、SiOガラス構造を示す模式図、(b)、(c)は、粒界ガラス相における特定成分の効果を説明するための模式図である。
【図6】本発明実施例2で製造したアルミナ質焼結体のサンプル組成を示す三角座標図である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下に、本発明を、図面を参照しながら詳細に説明する。図1(a)は、本発明の第1の実施形態におけるアルミナ質焼結体の製造工程の概略を示す工程図である。図1(a)に示すように、本発明のアルミナ質焼結体は、アルミナと、ガラス成分と、特定成分とを原料として得られる。これら成分を配合することにより、アルミナ結晶を主相とし、該アルミナ結晶の結晶粒界に非晶質の粒界相を形成したアルミナ質焼結体を得る。
【0029】
本発明において、非晶質の粒界相は、シリカ(SiO)にカルシア(CaO)およびマグネシア(MgO)の少なくとも一方を添加したガラス成分と、ガラス成分中に添加される特定成分とを含む。特定成分は、希土類元素および周期律表第4族元素から選ばれる少なくとも1種の酸化物であり、ガラス成分中に混在して、均質な粒界ガラス相を形成する。具体的には、特定成分となる希土類元素として、Y、Sc、またはランタノイド元素が挙げられ、周期律表第4族元素としては、Hf、Zr、またはTiがあげられる。特定成分は、これら元素の酸化物であり、好適には、Y、HfO、ZrO、ScおよびTiOから選ばれる少なくとも1種である。
【0030】
本発明のアルミナ質焼結体において、所望の耐電圧特性を得るために、主相となるアルミナと、粒界ガラス相を形成するガラス成分および特定成分の組成比が重要となる。図2(a)は、アルミナ:ガラス成分:特定成分=a:b:c(a+b+c=100重量%)とした時に、これら成分を頂点とする三角座標であり、本発明のアルミナ質焼結体は、この三角座標において、点(a、b、c)が、A(98.0、1.0、1.0)、B(90.0、5.0、5.0)、C(93.5、5.0、1.5)、D(97.8、2.0、0.2)の4点で囲まれる範囲内となるように、各成分の組成比が設定される。ここで、図2(a)の三角座標は、アルミナ:90〜100重量%、ガラス成分:0〜5重量%、特定成分:0〜5重量%の範囲を示している。
【0031】
図示されるように、主相となるアルミナに対して、焼結助剤となるガラス成分および特定成分の組成比は小さく、最大でも合計で10重量%を超えないようにする。焼結助剤成分が多いと、主相の周囲に低融点ガラスによる液相が形成されてアルミナの液相焼結を容易にするが、アルミナ比率が小さくなり、絶縁破壊の起点となる粒界ガラス相の比率が大きくなることで、耐電圧が低下しやすい。アルミナ質焼結体の焼結性を促進する効果を得るためには、焼結助剤となるガラス成分および特定成分を、合計で2重量%以上とすることが望ましい。ガラス成分に添加される特定成分は、粒界ガラス相のエネルギーギャップを大きくし、耐電圧特性に寄与する。粒界ガラス相は1400℃程度の低融点であり、低温での焼結によりアルミナの粒成長を抑制して、耐電圧特性を高める。
【0032】
特に、アルミナと、ガラス成分および特定成分の組成比が、図2(a)に示す特定の範囲にある時にのみ、結晶成分の析出がなく、均質な粒界ガラス相が生成し、1500℃以下、好ましくは1450℃〜1500℃程度の焼結温度で、緻密なアルミナ質焼結体が得られる。ガラス成分に対する特定成分の配合比は、1:1以下であることが望ましく、図中、線ABよりも特定成分が多くなると、過剰添加により、特定成分の結晶化が起こりやすい。また、線BCよりもガラス成分の添加量が多くなると、ガラス成分中とアルミナの反応によるムライト(AlSi13)の生成や特定成分の結晶化が起こりやすい。線CDよりも特定成分の添加量が少ないと、ムライト(AlSi13)が生成しやすくなり、線ADよりもガラス成分および特定成分の添加量が少ないと、アルミナ比率が大きくなって焼結性が悪化する。
【0033】
原料となるアルミナは、平均粒径2μm以下の高純度アルミナ粉末であることが望ましい。平均粒径2μm以下の微粒であることで、粒界に形成される導電経路(粒界パス)が長くなり、耐電圧が向上する。ただしアルミナ粒径が微細すぎると、焼成工程において結晶粒成長が活性化するため、好ましくは平均粒径が0.5μmであるとよい。好適には、平均粒径0.4〜1.0μmのアルミナ粉末を用いる。ガラス成分および特定成分は、通常は、アルミナ粉末よりも微粒である原料粉末を用いるのがよい。好適には、例えばアルミナ粉末の平均粒径の1/5以下の高純度微粒子粉末を用いることがより望ましい。
【0034】
さらに、ガラス成分の組成比が、図2(b)に示す特定の範囲にあると、結晶化が抑制されて、非晶質の粒界相が得やすい。図2(b)は、ガラス成分であるSiO、CaOおよびMgOの組成比を、SiO:CaO:MgO=a´:b´:c´(a´+b´+c´=100重量%)とした時に、これら成分を頂点とする三角座標である。ここで、点(a´、b´、c´)が、A´(100、0、0)、B´(75、25、0)、C´(75、20、5)、D´(95、0、5)の4点で囲まれる範囲内(ただしA´点を除く)となるように、ガラス成分を配合する。三角座標は、SiO:50〜100重量%、CaO:0〜50重量%、MgO:0〜50重量%の範囲を示している。
【0035】
図示するように、好適なガラス成分の組成比は、ガラス基材となるSiOが75〜100重量%、不純物成分のCaOが0〜5重量%、MgOが0〜25重量%をいずれも満足する範囲である。これを特定成分と組み合わせ、図2(a)に示した特定範囲に調整すると、結晶成分の析出がなく、均質な粒界ガラス相を生成する効果が高い。
【0036】
図1(a)において、原料となるアルミナ、ガラス成分、特定成分を用いて、アルミナ質焼結体を製造するには、まず、これら原料を上述した所定の配合組成となるように、秤量し(秤量工程(1))、水に分散させて攪拌機を用いて混合物スラリーとする(混合工程(2))。この時、必要に応じて分散剤やバインダーを使用してもよい。次いで、得られた混合物スラリーを、造粒スプレー乾燥により、乾燥して造粒粉とする(造粒工程(3))。この造粒粉を所定の形状、例えば点火プラグの絶縁碍子形状に成形し(成形工程(4))、1500℃以下の温度で焼成することにより(焼成工程(5))、本発明のアルミナ質焼結体を得ることができる。
【0037】
本発明のアルミナ質焼結体は、アルミナ結晶からなる主相の粒界に、低融点の粒界ガラス相を有し、アルミナの低温での焼結を促進する。粒界ガラス相は、ガラス成分に特定成分を混合することで、エネルギーバンドギャップを大きくし、例えば3.5eV以上とすることができる。これを図1(b)により説明する。図は、SiOのエネルギー準位構造を示したもので、荷電子帯と伝導帯のエネルギーバンドギャップは大きい。ここに、低融点化するために不純物成分のCaO、MgOが添加されると、不純物準位が生じ、伝導帯とのエネルギーバンドギャップΔeVが小さくなる。このために、電界印加時に電子が伝導帯へ励起されやすくなり、耐電圧性が低下する。これに対して、ガラス成分にさらに特定成分を混合することで、不純物準位が消滅し、電子の発生数が抑制されて、結果的に絶縁抵抗値が大きくなるものと推察される。
【0038】
したがって、非晶質のガラス構造を維持したまま、耐電圧特性を改善できる。すなわち、従来のように粒界結晶化によるものに比べて、1500℃以下の低い焼成温度で緻密な焼結体が得られ、特定成分の添加によりエネルギーバンドギャップを大きくできる。また、焼結温度が1450℃程度と低いので、主相のアルミナ結晶の粒成長が大幅に抑制でき、電界印加時に粒界面を流れる電流の経路を長くすることができる。このため、耐電圧を30kV/mmより大きく、好ましくは耐電圧35kV/mm以上とすることができる。
【実施例】
【0039】
(実施例1)
図1(a)の工程図に基づいて、アルミナ質焼結体を製造した。特定成分としてはイットリア(Y)を用いた。図中、秤量工程(1)では、原料粉末として、アルミナ粉末と、ガラス成分であるシリカ粉末と、不純物成分のマグネシア粉末およびカルシア粉末と、特定成分であるイットリア粉末が、表1にサンプル1〜29として示す所定量の配合割合となるように、秤量した。具体的には、アルミナ粉末として、純度99.9%以上、平均粒径0.5μmの微粒子粉末を用いた。シリカ粉末、マグネシア粉末およびカルシア粉末と、イットリア粉末は、純度99.9%以上、平均粒径0.1μmの微粒子粉末を用いた。ガラス成分であるSiOと、不純物成分のCaOおよびMgOの組成比は、SiO:CaO:MgO=86.9:10.2:2.9(重量%)とした。また、比較のため、特定成分を使用しない場合を、サンプル1〜4とした。
【0040】
【表1】

【0041】
混合工程(2)において、これら原料粉末を混合するために、まず撹拌翼を設けた混合タンク内に純水と分散剤を添加し、次いで、シリカ粉末、マグネシア粉末およびカルシア粉末と、イットリア粉末を投入した。これを撹拌混合して、混合スラリーを形成した。さらに、アルミナ粉末を混合スラリーに添加し、高速ロータミキサ等の混合分散手段を用いて混合して均一分散させた。
【0042】
造粒工程(3)において、得られた混合スラリーに、造粒助剤を添加し、噴霧乾燥装置を用いた公知の造粒方法によって造粒、乾燥し、造粒粉末を得た。成形工程(4)では、得られた造粒粉末を用いて、公知の成形方法により、所定の碍子形状の成形体とした。
【0043】
焼成工程(5)において、得られた成形体を、大気雰囲気下、公知の焼成炉を用いて1〜3時間焼成した。焼成温度は、表1に示す1400〜1550℃の範囲とした。サンプル1〜8の各組成について、得られたアルミナ質焼結体の焼結性、耐電圧を測定して表1に併記した。
【0044】
ここで、焼結性は、得られたアルミナ質焼結体の密度が理論密度の95%以上であるものを、焼結性○とし、理論密度の95%に満たないものを焼結性×とした。また、アルミナ結晶の粒成長が見られたもの、粒界ガラス相中に結晶が析出したものを焼結性△とした。耐電圧は、耐電圧測定装置を用いて測定した。詳細には、碍子形状のアルミナ質焼結体に、耐電圧測定装置の内部電極を挿入し、円形リング状の外部電極をアルミナ質焼結体の外周に嵌め込み、測定点が常に厚さ1.0±0.05mmになるように両電極を配置した。この両電極間に、定電圧電源から発振器とコイルとにより発生させた高電圧を、オシロスコープでモニターしながら印加し、20サイクル/秒の周波数で1kV/秒の割合でステップ的に印加電圧を上昇させ、アルミナ質焼結体が絶縁破壊したときの電圧をそのアルミナ質焼結体の耐電圧とした。
【0045】
さらに、表1に示すように、特定成分としてイットリア(Y)に代えて、ハフニア(HfO)、ジルコニア(ZrO)を用いたものを、サンプル9〜12、サンプル13〜16として、同様の方法でアルミナ質焼結体を製造した。アルミナ粉末と、ガラス成分と、特定成分の組成比は、いずれのサンプルも同じで、アルミナ粉末98重量%、ガラス成分2重量%、特定成分1重量%となるようにした。これらサンプルについても、焼成温度を1400〜1550℃の範囲で設定して、焼結性、耐電圧を表1に併記した。
【0046】
表1に明らかなように、特定成分を添加していないサンプル1〜4では、焼成温度1450℃以上で良好な焼結性が得られ、ガラス成分により低温焼結が可能となっている。これに伴い、耐電圧も上昇しているものの、1450℃で24kV/mm、1550℃で30kV/mmと、30kV/mmを超えるものはない。これに対して、ガラス成分に特定成分(Y)を、上記図2に示す本願発明の組成比で混在させたサンプル5〜8では、焼成温度1450℃で36kV/mm、焼成温度1500℃で34kV/mmの耐電圧を示し、絶縁耐圧が大幅に向上している。焼成温度が1450℃を超えると耐電圧が低下する傾向にあり、焼成温度1550℃では、特定成分を添加していないサンプル4と耐電圧が同等となっていることがわかる。
【0047】
図3(a)、(b)は、サンプル6(焼成温度1450℃)、サンプル8(焼成温度1450℃)の透過型電子顕微鏡(TEM)像をそれぞれ示したものである。図3(a)のサンプル6は、結晶の析出等が見られず、ガラス相におけるY/Si比(30.2)は、添加量に基づくY/Si比(31.3)と同等であった。これにより、ガラス相に特定成分が溶け込み、ガラスの融点が下がって、焼結性を向上させていることがわかる。焼結後は、均一な粒界ガラス相が形成され、特定成分の効果でエネルギーバンドギャップが広くなり、高耐電圧なガラスを形成する。なおかつ、非晶質ガラスで存在していることから、粒界、欠陥等の弱い構造が存在せず、絶縁性がより向上すると考えられる。
【0048】
一方、図3(b)のサンプル8は、ガラス相中にYSi結晶の析出等が見られ、特定成分が結晶化してしまうことで、この付近のガラス相におけるY/Si比(90.6)が大きくなっている。その周辺部では、逆にY/Si比(6.0)が小さくなっているところがある。このように、特定成分が結晶化してしまうことで、粒界、欠陥等の弱い構造が優先的に破壊してしまい、絶縁性が低下しやすい。なおかつ、結晶化周辺では、特定成分が吸い上げられてしまうために、特定成分による粒界ガラス相の高耐電圧化効果が減少し、優先的に破壊を生じると考えられる。
【0049】
また、表1において、特定成分として、ハフニア(HfO)、ジルコニア(ZrO)を用いたサンプル9〜12、サンプル13〜16についても、イットリア(Y)と同様の傾向が見られた。すなわち、特定成分(HfO、ZrO)を、上記図2に示す本願発明の組成比で混在させることにより、焼成温度1450℃のサンプル10、14の耐電圧が、それぞれ36kV/mm、34kV/mm、焼成温度1500℃のサンプル11、15の耐電圧がそれぞれ35kV/mm、32kV/mmと、絶縁耐圧が大きく向上している。焼成温度が1400℃、焼成温度1550℃における焼結性、耐電圧特性も同様の傾向を有する。
【0050】
したがって、本発明では、粒界ガラス相を、図2に示す特定の組成範囲とすることで、従来困難であった1450℃近傍での低温焼結を可能にし、非晶質の高耐電圧ガラスを形成することができる。特定成分による高耐電圧化は、粒界ガラス相が結晶等を含まない均一なガラスであることで、より効果的に発揮され、このためには、焼成温度が1500℃以下、好ましくは1450℃近傍であるとよい。
【0051】
さらに、表1には、特定成分による耐電圧性を示す値として、ガラスモデルを用いて算出したエネルギーバンドギャップΔeVを併記した。エネルギーバンドギャップΔeVの算出は、図4(a)に示すガラス構造モデルを用い、古典分子動力学(MD)法を用いたシミュレーションによって、ガラス成分(SiO、CaO、MgO)に特定成分を添加した溶融体(5000K)を、所定の冷却速度(10K/ps)、圧力一定の条件下で300Kまで冷却させた時のガラス構造を再現した。この時の条件は、ポテンシャル:BMH、時間刻み:2(fs)とした。得られたガラス構造モデルについて、図4(b)に示すように、高速化量子力学法に基づく電子状態の計算を行い、エネルギー準位と状態密度の分布から不純物準位深さを導出し、エネルギーバンドギャップΔeVを算出した。
【0052】
表1に明らかなように、特定成分を含まないサンプル1〜4の組成では、エネルギーバンドギャップΔeVが3.0であるのに対して、ガラス成分に特定成分(Y)を混在させたサンプル5〜8の組成では、エネルギーバンドギャップΔeVが4.2に上昇している。また、特定成分を変更したサンプル9〜12、サンプル13〜16においても、エネルギーバンドギャップΔeVが4.3、4.1と大きくなっており、耐電圧の測定結果とよく相関している。
【0053】
これを図5により説明する。図5(a)に示すように、SiOガラスは、SiO四面体が頂点を共有して網目構造のネットワークを形成することが知られている。SiOガラスに不純物成分として添加されるCaO、MgOは、このネットワークの網目に取り込まれて非晶質化するが、図5(b)に示すように、酸素原子に電子を供給する性質がある。このために、図5(c)に示すように、酸素のp軌道エネルギーが上昇し、SiOのエネルギーバンドギャップΔeVを低下させると考えられる。本発明の特定成分は、d軌道に空きがあるために、電子を吸収しやすく、CaO、MgOとともにガラス相に混在させることで、軌道エネルギーの上昇を抑制する効果を発揮する。
【0054】
表2は、ガラス成分(SiO、CaO、MgO)と特定成分の組み合わせを変更した場合について、同様の手法を用いて算出したエネルギーバンドギャップΔeVを示している。表に明らかなように、SiOにCaO、MgOの一方、または両方を添加したガラス相は、エネルギーバンドギャップΔeVが3.0〜3.4である。これに対して、特定成分として、Y、HfO、TiO、ZrO、Scを混在させた粒界ガラス相は、エネルギーバンドギャップΔeVが4.0〜4.3と広くなっており、CaO、MgOによって形成された不純物準位が特定成分の添加によって消滅し、または不純物準位の形成を抑制して、耐電圧特性の向上に寄与していることがわかる。
【0055】
【表2】

【0056】
(実施例2)
次に、特定成分をイットリア(Y)とした場合について、アルミナ粉末と、ガラス成分と、特定成分の組成比を、表3のように変更して、同様の方法でアルミナ質焼結体を製造した(サンプル17〜45)。ガラス成分であるSiOと、不純物成分のCaOおよびMgOの組成比は、SiO:CaO:MgO=86.9:10.2:2.9(重量%)とした。アルミナ粉末98重量%、ガラス成分2重量%、特定成分1重量%とし、特定成分としてはイットリア(Y)の他、ハフニア(HfO)、ジルコニア(ZrO)を用いた。また、焼結温度は1450℃とした。
【0057】
得られたアルミナ質焼結体について、同様にして焼結性を調べ、結果を表3に併記した。焼結性は、実施例1と同様に、得られたアルミナ質焼結体の密度が理論密度の95%以上であるものを、焼結性○とし、理論密度の95%に満たないものを焼結性×とした。また、粒界ガラス相中に結晶が析出したものを焼結性△とした。これらの結果を表3中に併記した。
【0058】
【表3】

【0059】
図6は、上記図2(a)の三角座標中に、表3のサンプル17〜36、38〜42の組成と結果を○×△で示したものである。アルミナが90重量%より少ないサンプル37、43〜45は省略している。表3、図6から、アルミナ、ガラス成分、特定成分の組成比が、本願発明の範囲にあれば、良好な焼結性が得られ、1450℃以下で緻密な焼結体を得ることが可能であることがわかる。組成比が本願発明の範囲外であると、1450℃以下で未焼結であるか、特定成分であるイットリアの結晶またはムライト結晶といった結晶成分が析出しやすくなる。
【0060】
また、得られたアルミナ質焼結体の耐電圧を測定したところ、焼結性が○のサンプル19、23〜27、32〜36(本発明実施例)は、いずれも耐電圧35kV/mm以上であった。これに対して、焼結性が×、△のサンプル17、18、20〜22、28〜31、37〜45(比較例)は、いずれも耐電圧30kV/mm以下であった。さらに、ガラス成分(SiO、CaO、MgO)の組成を、図2(b)に示す範囲で変更したサンプルについて、同様の方法で、アルミナ質焼結体の焼結性と耐電圧特性を調べたところ、いずれも粒界に非晶質ガラス相が形成され、結晶の析出は見られなかった。また、耐電圧35kV/mm以上であり、良好な耐電圧特性が得られた。
【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明のアルミナ質焼結体は、優れた耐電圧性を有するものであり、低コストであることから、自動車の燃焼機関用の点火プラグ、エンジン部品、IC基板における絶縁材料に用いて有効である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミナ結晶を主相とし、該アルミナ結晶の結晶粒界に非晶質の粒界相を有するアルミナ質焼結体であって、
上記非晶質の粒界相は、SiOにCaOおよびMgOの少なくとも一方を添加したガラス成分中に、希土類元素および周期律表第4族元素から選ばれる少なくとも1種の酸化物を特定成分として含む粒界ガラス相であり、
上記主相と上記粒界ガラス相の組成比を、アルミナ:ガラス成分:特定成分=a:b:c(a+b+c=100重量%)とした時に、これら成分を頂点とする三角座標において、点(a、b、c)が、A(98.0、1.0、1.0)、B(90.0、5.0、5.0)、C(93.5、5.0、1.5)、D(97.8、2.0、0.2)の4点で囲まれる範囲内にあることを特徴とするアルミナ質焼結体。
【請求項2】
焼成温度が1500℃以下であり、上記非晶質の粒界相は、上記ガラス成分および上記特定成分が結晶化した結晶成分、またはこれら成分とアルミナの反応で生じる結晶成分を含まない請求項1に記載のアルミナ質焼結体。
【請求項3】
上記粒界ガラス相は、上記ガラス成分の組成比が、SiO:CaO:MgO=a´:b´:c´(a´+b´+c´=100重量%)とした時に、これら成分を頂点とする三角座標において、点(a´、b´、c´)が、A´(100、0、0)、B´(75、25、0)、C´(75、20、5)、D´(95、0、5)の4点で囲まれる範囲内(ただしA´点を除く)にある請求項1または2に記載のアルミナ質焼結体。
【請求項4】
上記粒界ガラス相は、エネルギーバンドギャップΔeVが、3.5eV以上である請求項1ないし3のいずれか1項に記載のアルミナ質焼結体。
【請求項5】
上記希土類元素は、Y、Sc、またはランタノイド元素であり、上記周期律表第4族元素は、Hf、Zr、またはTiである請求項1ないし4のいずれか1項に記載のアルミナ質焼結体。
【請求項6】
上記特定成分は、Y、HfO、ZrO、ScおよびTiOから選ばれる少なくとも1種である請求項1ないし5のいずれか1項に記載のアルミナ質焼結体。
【請求項7】
耐電圧が、30kV/mmより大きい請求項1ないし3のいずれか1項に記載のアルミナ質焼結体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−219301(P2011−219301A)
【公開日】平成23年11月4日(2011.11.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−89310(P2010−89310)
【出願日】平成22年4月8日(2010.4.8)
【出願人】(000004260)株式会社デンソー (27,639)
【出願人】(000004695)株式会社日本自動車部品総合研究所 (1,981)
【Fターム(参考)】