説明

アルミニウム物品の製造方法

【課題】 鉄を含有する治具を接触させて塑性加工を行っても鉄の含有量が抑制されている高純度(例えば純度が99.999%以上)のアルミニウム物品の製造方法を提供する。
【解決手段】 純度が質量比で99.999%以上のアルミニウム材を準備する工程と、前記アルミニウム材に鉄を含有する治具を接触させて、前記アルミニウム材を塑性加工する工程と、前記塑性加工を行ったアルミニウム材を圧力が1.0×10−2Pa以下の減圧下で熱処理する工程と、を含むことを特徴とするアルミニウム物品の製造方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はアルミニウム物品、とりわけ鉄の含有量を抑制した高純度アルミニウム物品の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
純度が例えば99.999%(質量比、以下同じ)以上の高純度のアルミニウムは、多くの分野で用いられており、その用途は拡大している。そのような用途として、例えば絶対温度50K以下の極低温で使用でき、かつ、低い電気抵抗率および/または高い熱伝導率を必要とする超電導マグネット、クライオポンプまたは極低温冷凍機の部材が知られている。さらに、高純度のアルミニウムは、MBE等による半導体の気相成長に用いる原料としても用いられている。
例えば特許文献1は、99.9999%以上の純度レベルを有する高純度アルミニウム材を開示している。
また、三層電解法により精製(精錬)することで99.999%以上のアルミニウム材を得ることができることも知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2009−242867号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
これら高純度アルミニウム材は鋳造材として提供されるものがほとんどであり、例えば寸法精度に優れる、および熱伝導性や電気伝導性にも優れるといった理由から、鋳造材に代って、例えば圧延または押し出し等の塑性加工を行った高純度アルミニウム物品(例えば純度99.9999%以上)に対して強い要望がある。
【0005】
詳細を後述するようにアルミニウム材の上述の塑性加工は、治具をアルミニウム材に接触させて行う。しかし、治具の耐久性確保および塑性加工後のアルミニウム材の寸法精度確保のために、例えば工具鋼のように鉄を含有した治具を用いることが圧倒的に多いことから、塑性加工後のアルミニウム材は不純物である鉄の含有量が増加してしまう場合が多い。
たとえ、アルミニウム材の純度が99.999%以上であっても、鉄の含有量が増加すると熱処理時に不純物である鉄がアルミニウム材内部に拡散してしまう。その結果、上記用途に要求される諸特性を悪化させる、または純度を低下させる可能性がある。すなわち、熱伝導性不良、電気伝導性不良や結晶性不良(結晶欠陥不良)という問題を生ずることから鉄の含有量は少ない方がよい。例えば、鉄の濃度が2ppm(質量比、以下同じ)(すなわち0.0002%)を超えると、超電導マグネット等の用途では著しく電気伝導性を悪化させるという問題がある。
【0006】
そこで本願発明は、鉄を含有する治具を接触させて塑性加工を行っても鉄の含有量が抑制されている高純度(例えば純度が99.999%以上)のアルミニウム物品の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の態様1は、純度が質量比で99.999%以上のアルミニウム材を準備する工程と、前記アルミニウム材に鉄を含有する治具を接触させて、前記アルミニウム材を塑性加工する工程と、前記塑性加工を行ったアルミニウム材を圧力が1.0×10−2Pa以下の減圧下で熱処理する工程と、を含むことを特徴とするアルミニウム物品の製造方法である。
【0008】
本発明の態様2は、前記熱処理を500℃〜650℃で行うことを特徴とする態様1に記載のアルミニウム物品の製造方法である。
【0009】
本発明の態様3は、前記熱処理を圧力が3.5×10−3Pa以下の減圧下で行うことを特徴とする態様1または2に記載のアルミニウム物品の製造方法である。
【0010】
本発明の態様4は、前記塑性加工が圧延であり、前記治具が圧延ロールであることを特徴とする態様1〜3のいずれかに記載のアルミニウム物品の製造方法である。
【0011】
本発明の態様5は、前記治具が鋼より成ることを特徴とする態様1〜4のいずれかに記載のアルミニウム物品の製造方法である。
【0012】
本発明の態様6は、前記加工を行ったアルミニウム材の表面を、フッ硝酸を含む水溶液に浸漬する、または電解研磨する工程を更に含むことを特徴とする態様1〜5のいずれかに記載のアルミニウム物品の製造方法である。
【0013】
本発明の態様7は、前記フッ硝酸を含む水溶液に浸漬する、または前記電解研磨する工程により、前記加工を行ったアルミニウム材の表面を厚さ2μm以上溶解すること特徴とする態様6に記載のアルミニウム物品の製造方法である。
【0014】
本発明の態様8は、前記加工を行ったアルミニウム材の表面を化学的に溶解し、該アルミニウム材の表面を前記溶解の前より平滑にする工程を更に含むことを特徴とする態様1〜5のいずれかに記載のアルミニウム物品の製造方法である。
【0015】
本発明の態様9は、前記加工を行ったアルミニウム材の表面を前記化学的に溶解することが、フッ硝酸を含む水溶液への浸漬、または電解研磨により行われることを特徴とする態様8に記載のアルミニウム物品の製造方法である。
【0016】
本発明の態様10は、前記加工を行ったアルミニウム材の表面を化学的に2μm以上溶解することを特徴とする態様8または9に記載の製造方法である。
【0017】
本発明の態様11は、前記加工を行ったアルミニウム材の表面を化学的に溶解し、該アルミニウム材の表面を前記溶解の前より平滑にする工程を経た後、該アルミニウム材の表面を超純水で洗浄することを特徴とする態様8〜10の何れかに記載の製造方法。
【発明の効果】
【0018】
本発明により、鉄を含有する治具を接触させて塑性加工を行っても鉄の含有量が抑制されている高純度(例えば純度が99.999%以上)のアルミニウム物品を製造することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】6Nアルミニウム材の表面処理前後の表面を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察した結果を示す。図1(a)は圧延加工(加工)を行った後、すなわち表面処理前の表面を示し、図1(b)は表面処理として本願発明に係るフッ硝酸を含む水溶液への浸漬を行った後の表面を示し、図1(c)は表面処理として本願発明に係る電解研磨を行った後の表面を示し、図1(d)は表面処理として塩酸への浸漬を行った後の表面を示し、図1(e)は表面処理として王水への浸漬を行った後の表面を示す。
【図2】深さGDMS分析により求めた表面部の鉄の含有量を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本出願の発明者は、鋭意検討した結果、鉄を含有する治具を用いて塑性加工を行った後に、1.0×10−2Paまたはそれよりも高真空中(すなわち、圧力が、1.0×10−2Pa以下の真空中(あるいは、圧力が1.0×10−2Pa以下の減圧下))で熱処理を行うことで、塑性加工中にアルミニウム材の表面に拡散した不純物の鉄を除去できることを見出した。
これは、従来の技術常識と全く異なる現象である。すなわち、真空中に例えば2種の金属の合金を置き、昇温すると蒸気圧の高い金属が真空中により多く放出される。そして、常温からアルミニウムの融点までの温度範囲において鉄とアルミニウムであればアルミニウムの方が蒸気圧の高いことが広く知られており、従来の技術常識では真空中で加熱して不純物の鉄が除去されるということは予測不可能であった。
【0021】
さらに、本願発明者は、上述の圧力が1.0×10−2Pa以下の減圧下の熱処理と併せて、フッ硝酸(沸酸と硝酸の混合液)を含有する水溶液への浸漬および電解研磨の少なくともいずれか一方を行って、加工を行ったアルミニウム材の表面を化学的に溶解(除去)する表面処理を行うことが好ましく、これにより、表面に拡散した不純物の鉄をよりいっそう除去できることを見出した。あるいは、アルミニウム材の表面を化学的に溶解(除去)することにより、処理前に比べて、表面がより平滑になる表面処理を行うことが好ましいことを見出した。
【0022】
以下に本願発明に係る製造方法の詳細を説明する。
(1)塑性加工用アルミニウム材
塑性加工に用いるアルミニウム材は、高純度、好ましくは純度が99.999%以上のアルミニウム材である。限定するものではないが、このような高純度材は通常は鋳造材である。表面を切削した鋳造材を用いてもよい。
このような高純度のアルミニウム材は、例えば、三層電解法等の既知の方法により精製(精錬)して得ることができる。
三層電解法では主に純度99.999%以上の純度のアルミニウムを得ることができる。またアルミニウム中の鉄の濃度を比較的容易に1質量ppm以下に抑制することができる。
【0023】
例えば三層電解法により得た高純度アルミニウムの純度をさらに高めるために一方向凝固法を用いることができる。
一方向凝固法によって、鉄の濃度とチタン、バナジウム、クロムおよびジルコニウムの各濃度とを選択的に低減することができる。
【0024】
一方向凝固法とは、例えば炉体移動式管状炉を用い、炉心管内でアルミニウムを溶解させた後、炉体を炉心管から引き抜くことにより、端部から一方向に凝固させる方法であり、凝固開始端側ではチタン、バナジウム、クロムおよびジルコニウムの各元素の濃度が選択的に多くなることが知られており、かつ、凝固終了端側(凝固開始端の反対側)では鉄の濃度が選択的に多くなる。よって、得られた鋳塊の凝固開始端側と凝固終了端側とを切り取ることにより、鉄とチタン、バナジウム、クロムおよびジルコニウムの各元素の濃度を確実に低減することが可能になる。具体的に、一方向凝固法で得られた鋳塊のどの部分を切り取るかについては、例えば、凝固方向に沿って適当な間隔で元素含有量を分析するなどして、鉄の濃度とチタン、バナジウム、クロムおよびジルコニウムの合計濃度とが充分に低減された部分のみを残すように決定すればよい。
【0025】
三層電解法による精製と一方向凝固法による精製の実施順序は、特に制限されないが、通常は、まず三層電解法で精製し、その後、一方向凝固法で精製される。また、三層電解法による精製と一方向凝固法による精製は、例えば、交互に繰り返し行ってもよいし、いずれか一方もしくは両方を各々繰り返し行ってもよいが、特に、一方向凝固法による精製
は、繰り返し行うことが好ましい。
このように三層凝固法と一方向凝固法を組み合わせることにより純度99.9999質量%以上の純度のアルミニウムを得ることができる。また、アルミニウム中の鉄の濃度を比較的容易に1質量ppm以下、更には0.1質量ppm以下に抑制することができる。
【0026】
なお、すべての元素を測定して純度を求めることは、実用的には極めて困難を伴うことから、アルミニウム中の不純物として存在することが多い、Li、Be、B、Na、Mg、Si、K、Ca、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Ni、Co、Cu、Zn、Ga、Ge、As、Se、Zr、Mo、Ag、Cd、In、Sn、Sb、Ba、La、Ce、Pt、Hg、Pb、Biの35元素の濃度(質量%)を求めて、100質量%からこれら35元素の濃度を引いたものをアルミニウムの純度として用いる。
これらの35元素の濃度の測定は、例えばICP−MS(誘導結合プラズマ質量分析)により行うことができる。また、例えばグロー放電質量分析のような質量分析により測定することもできる。
【0027】
不純物である鉄の濃度を評価する方法として、上述の35元素の分析で述べたようなバルクの状態での濃度を測定する方法に加えて、表面部の鉄の濃度を評価することも重要である。塑性加工の際に鉄を含有する治具と接触するアルミニウム材の表面から鉄が侵入するからである。
【0028】
このようなアルミニウム材の表面の鉄を定量的に評価する方法として、深さGDMS(深さグロー放電質量分析)による測定を用いることができる。
これは得られたアルミニウム材の片面において、表面から2μmの範囲の鉄の濃度を深さ方向にGDMS分析し、得られたGDMS分析値の両面合計4μm換算値(単位:ppm・μm)から塑性加工前のアルミニウム材3のGDMS分析値の両面合計4μm換算値を引くことにより求めることができる。
より詳細には、例えば詳細を後述する実施例に係る図2に示すように表面から2μmの範囲の深さ方向GDMS分析値(片面の濃度プロファイル)の面積(ppm・μm(ppmは質量比、以下同じ))を2倍した値が塑性加工材のそれぞれの面で深さ2μmずつ、両面合計で深さ4μmの範囲の鉄の濃度の積算値(ppm・μm)となり、この積算値からGDMS分析で測定した塑性加工用のアルミニウム材の鉄の濃度(例えば詳細を後述する実施例では1.7ppm)の両面合計4μmの範囲の鉄の濃度の積算値、すなわち塑性加工用アルミニウム材の鉄の濃度と4μmとの積(実施例では1.7ppm×4μm=6.8ppm・μm)を差引いて求められる鉄の表面汚染総量で評価することができる。
以下、本明細書ではこのようにして求めた鉄の量を「鉄の表面汚染総量(両面合計4μm)」と呼ぶことがある。
【0029】
(2)塑性加工
塑性加工は、アルミニウム材を所望の形状に加工するために従来から広く用いている方法を用いてよい。
このような塑性加工方法として、圧延加工および押し出し加工を例示することができる。
これらの塑性加工では従来と同様に、鉄を含む治具を接触させて塑性加工用アルミニウム材を変形させてよい。
すなわち、圧延であれば、鉄を含む圧延ロールを用いて圧延を行う。好ましい圧延ロールは、例えばJISに規定されるSKD61に代表される工具鋼のような鋼より成る。比較的安価で耐久性に優れ、かつ得られる圧延材の寸法精度に優れるからである。圧延は冷間圧延および熱間圧延の何れでもよいが、冷間圧延が好ましい。加工温度が低いため、鉄の拡散が抑制されるからである。
また、押し出し加工であれば、例えば鉄を含む金型を用いて所定の形状を得る。好ましい金型はJISに規定されるSKD61に代表される工具鋼のような鋼よりなる。比較的安価で耐久性に優れ、かつ得られる押し出し材の寸法精度が高いからである。
【0030】
(3)熱処理
圧力が1.0×10−2Pa以下の真空中(減圧下)で熱処理を行い、目的とするアルミニウム物品を得る。
この真空度(減圧度)の範囲であれば、塑性加工後のアルミニウム材から確実に鉄を除去できるからである。また、この真空度の範囲であれば熱処理により鉄の表面汚染総量(両面合計4μm)および表面の鉄の濃度を顕著に減少できる。
一方、この圧力より高い(真空度が低い)と、鉄をほとんど除去できないだけでなく、最表面の鉄の濃度(深さ方向のGDMS分析で深さが0の時の鉄の濃度)が、熱処理前よりも上がってしまう場合がある。
【0031】
好ましくは圧力が3.5×10−3Pa以下の真空中(減圧下)で熱処理を行う。この真空度の範囲であれば、さらに表面汚染総量(両面合計4μm)を低減できるからである。
【0032】
熱処理を行う温度(保持温度)は、好ましくは500℃〜650℃である。不純物原子の熱振動や鉄の熱エネルギー的な安定性を考慮すると、500℃〜650℃の比較的高温で熱処理することによって、不純物である鉄が塑性加工後のアルミニウム材から放出され易くなるためだからである。保持時間は好ましくは2時間〜24時間である。保持時間が2時間未満だと鉄が十分に除去しきれない場合があり、24時間を越えると熱処理中にアルミニウム材が著しく軟化する場合があるからである。
【0033】
上述のように、従来の技術常識と異なり、圧力が1.0×10−2Pa以下の真空中(減圧下)で熱処理することで塑性加工後のアルミニウム材から鉄を除去できる理由はわかっておらず、本願発明者らが初めて見出した極めて特徴的な現象である。
【0034】
(4)表面処理
本願発明者らは、詳細は後述するが、上述の1.0×10−2Pa以下の減圧下(真空中)での熱処理に加えて、フッ硝酸(沸酸と硝酸の混合液)を含有する水溶液への浸漬および電解研磨の少なくともいずれか一方を行って、加工を行ったアルミニウム材の表面を化学的に溶解(除去)することで、不純物である鉄をよりいっそう効果的に減少させることができることを見出した。
【0035】
加工したアルミニウム材表面を化学的な溶解により除去することは、以前から試みられており、塩酸や王水(塩酸と硝酸の混合比が3:1の混合液)等の各種の溶液を用いて表面層を例えば20μm以上除去することが行われている。
しかし、このような溶液を用いて化学的に溶解しても、不純物である鉄等の不純物の濃度を十分に低下させることはできなかった。
【0036】
本願発明者らは、さらに検討を続け、塩酸や王水等の溶液を用いた従来の表面処理法により、加工したアルミニウム材の表面を除去した場合、表面処理後の表面が、同処理前の表面と比べ粗面化していることを見出した。そして、上記のフッ硝酸を含有する水溶液への浸漬または電解研磨を行ったアルミニウム材(加工したアルミニウム材)の表面では、粗面化が生じていないだけでなく、アルミニウム材の表面が表面処理前に比べて、より平滑になっていることを見出した。
【0037】
そして、この知見より、加工をしたアルミニウム材を表面の粗面化が起こらないように表面処理を行うことが好ましいことを見出した。より好ましくは、表面がより平滑になるように、表面を化学的に溶解(除去)することにより、アルミニウム材の表面に存在する不純物の鉄をさらに効果的に除去できる。
なお、この表面処理は、上述の減圧下(真空中)での熱処理の前に行ってもよく、後に行ってもよい。好ましくは、上述の減圧下(真空中)での熱処理の前に行う。熱処理前に予め表面部の鉄を除去することにより、不純物である鉄が、熱処理中に拡散して表面からバルク中に浸入することを防止できるからである。
以下にこの好ましい表面処理について詳細を説明する。
【0038】
好ましい表面処理として、これに限定するものではない例として、以下に示すフッ硝酸を含む水溶液への浸漬と電解研磨とを挙げることができる。
図1は、6Nアルミニウム材の表面処理前後の表面を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察した結果を示す。図1(a)は圧延加工(加工)を行った後、すなわち表面処理前の表面を示し、図1(b)は表面処理として本願発明に係るフッ硝酸を含む水溶液への浸漬を行い、厚さ(平均厚さ)4μmを化学的に除去した後の表面を示し、図1(c)は表面処理として本願発明に係る電解研磨を行い、厚さ(平均厚さ)25μmを化学的に除去した後の表面を示し、図1(d)は表面処理として塩酸への浸漬を行い、厚さ(平均厚さ)23μmを化学的に除去した後の表面を示し、図1(e)は表面処理として王水への浸漬を行い、厚さ(平均厚さ)23μmを化学的に除去した後の表面を示す。
【0039】
塩酸に浸漬した場合および王水に浸漬した場合、これらの表面処理を行うことにより、加工を受けたアルミニウム材の表面が粗面化している。
これに対して、本願発明の好ましい実施形態に係る表面処理であるフッ硝酸を含む水溶液に浸漬または電解研磨を行った場合、これらの表面処理を行っても粗面化は起こらない。
それどころか、フッ硝酸を含む水溶液への浸漬または電解研磨を行うことにより、アルミニウム材の表面は、より平滑になっている(表面処理前より平滑になっている)。
【0040】
ここで、「粗面化する」とは、表面処理後の表面粗さが、表面処理前と比べて粗くなる状態および局部溶解している(表面の一部が溶解されずに残る)状態をいう。このような表面粗さは、表面粗さ計を用いて、十点平均粗さ(Rz)を測定することにより得ることができる。
さらに図1に示すような場合には、このような方法を用いなくても、概ね、数μm以下程度の凹凸しか観察されない表面処理前の表面が、表面処理後は10μmを超える凹凸が観察される状態になっており、また、表面の未溶解部が存在し、粗面化していることが顕微鏡観察等で判る。
【0041】
また、「より平滑になるとは」、表面処理後の表面粗さの値が表面処理前と比べて小さくなることを意味するが、本願発明においては、とりわけ、図1(d)および図1(e)のような局部溶解が起こっていない状態ならびに図1(b)および図1(c)のような均一溶解している状態であることを意味し、図1(b)のようにSEM観察では、電子線の反射像に表れる粒界部の凹凸が実際の凹凸以上に強調されてしまうので、SEM像においては、粒界部に認められる平滑さの乱れ(凹凸)は除外する(即ち、粒内の凹凸がより平滑になることを意味する。)。
【0042】
このようにフッ硝酸を含む水溶液への浸漬および電解研磨を行うことで、加工したアルミニウム材の表面を粗面化を起こさずに化学的に溶解できる。より好ましくは、加工したアルミニウム材の表面をより平滑にできる。そして、このような表面処理を行うことで、アルミニウム材の表面に存在する不純物の鉄を効果的に減少させることができる。
【0043】
なお、本願発明者らが考える、このような表面処理により鉄が減少するメカニズムは以下の通りである。
上述のように、塩酸や王水等を用いる従来の表面処理では粗面化が生ずる。これは、溶解した部分の平均厚さ(除去した表面の減量(質量)と表面積から求めた、溶解した部分の平均の厚さ)が大きな値であっても、表面が粗面化していることから判るように、実際の溶解した厚さは、平均の溶解厚さよりも大きい部分と平均の溶解厚さより小さい(場合によっては溶解されていない)部分が存在することを意味している。
そして、鉄はアルミニウムよりもイオン化傾向の小さな元素であることから、塩酸や王水等により表面が溶解して粗面化が進む過程で、鉄を多く含む部分はあまり溶解(除去)されず、鉄が少ない部分が優先的に溶解(除去)されていると考えられる。
【0044】
これに対して、本願発明に係るフッ硝酸を含む水溶液への浸漬および電解研磨の場合、上述のように粗面化が起こらず、むしろ表面がより平滑になっている。このことは、表面の溶解(除去)が、場所に寄らず表面全体に亘り概ね均一に行われることを示しており、この結果、鉄が多く存在する部分も十分に除去されるものと思われる。よって、不純物元素である鉄を確実に減少させることができる。
【0045】
なお、フッ硝酸を含む水溶液にアルミニウム材を浸漬した場合、アルミニウムの純度が99.99%程度あるいはそれ以下であると、その表面は、本願発明のように平滑にならず粗面化する。
そして、例えば純度99.999%以上の高純度アルミニウムを用いた場合、上述のように、粗面化が起こらず、表面処理前よりも平滑な表面を得ることができることは、本願発明者らが初めて見出したものである。
このメカニズムについては、不明な点もあるが、鉄以外の不純物がある程度以上存在すると、フッ硝酸を含む水溶液による溶解の速度は場所により大きく異なり粗面化が生じ易くなるものと思われる。
【0046】
また、電解研磨については、従来より、アルミニウムに限らず多くの金属で鏡面等の平滑な面を得る方法として用いられてきた。
しかし、アルミニウムの純度が99.9%程度あるいはそれ以下、すなわち市販の多くのアルミニウム材の純度レベルであると、目視では鏡面のように見えても顕微鏡レベルで観察すると局部的に研磨されていない(またはほとんど研磨されていない)部分および/、または過度に研磨された部分が存在する場合が多い。
一方、例えば純度99.999%以上の高純度アルミニウムを用いた場合、このような局所的に研磨されていない(除去されていない部分)および過度に研磨された部分がほとんど生じないことを、本願発明者らが初めて見出したものである。
高純度アルミニウム材に、このような局所的に研磨されない部分が生じないメカニズムについては、不明な点もあるが、鉄以外の不純物がある程度以上存在すると、電解研磨が均一に行われずこのような部分が生ずるものと思われる。
以下に、この2つの表面処理の詳細について説明する。
【0047】
・フッ硝酸を含む水溶液への浸漬
フッ硝酸を含む水溶液を用意する。
このような液として、フッ化水素酸と硝酸と水の混合液、すなわちフッ硝酸水溶液を例示できる。
この場合、フッ化水素酸と硝酸と水の比率(濃度)は、表面処理後に粗面化しない、好ましくはより平滑な平面が得られるように適宜調整してよい。
このような好ましい、組成範囲の例は、質量比でフッ化水素酸1〜20%、硝酸20〜40%であり、残部が水である。
【0048】
水は、好ましくは純水、より好ましくは超純水を用いる。水からの不純物の侵入を防止できるからである。
本明細書でいう純水とは、所謂工業用純水であり、比抵抗値が1〜10MΩ・cm、TOC値(合計有機物濃度)が100ppb以下の水を意味する。超純水とは、比抵抗値が18MΩ・cm以上、TOC値(合計有機物濃度)が5ppb以下、無機物濃度が0.1pptより低い水を意味する。このような超純水として、日本ミリポア株式会社が販売するMilli−Q Referenceを用いて製造した所謂、ミリQ水を用いることができる。
【0049】
また、フッ化水素酸、硝酸および水に加えて、硫酸を含有してよい。
【0050】
次に準備したフッ硝酸を含む水溶液に加工した高純度アルミニウム材(加工後熱処理をした高純度アルミニウム材を含む)を浸漬する。
この際、フッ硝酸を含む水溶液の温度は室温であってよい。
そして、高純度アルミニウム材の表面を溶解して除去する。除去する表面の厚さは、鉄の量に応じ適宜選択してよい。好ましくは、2μm以上であり、より好ましくは2μm以上50μm以下である。不純物である鉄は多くの場合、加工後は、表面から2μm程度までに存在しているからであり、また50μm以上表面を除去しても効果が飽和し、除去量に応じた効果を得ることが困難になることがあるからである。
【0051】
この場合、除去する表面厚さは、直接測定してもよいが、より簡便にフッ硝酸を含む溶液により溶解した質量と、アルミニウム材の浸漬した表面積と、密度(高純度アルミニウム材の密度)から算出してもよい。
【0052】
溶解する厚さの調整は、浸漬温度、浸漬時間およびフッ硝酸の濃度等のパラメータを変えることにより行ってよい。
なお、浸漬工程で不純物元素(例えば鉄以外の不純物元素)が侵入するのを防止するように、浸漬に用いる容器、フッ硝酸を含む水溶液を調整する容器および浸漬工程に用いる機械および器具等は、必要に応じて、予め、純水、超純水、硝酸水溶液およびフッ硝酸を含む水溶液より成る群から選択される1つ以上により洗浄することが好ましい。
【0053】
また、本明細書において、「フッ硝酸を含む水溶液に浸漬する」とは、対象物(加工した高純度アルミニウム材)とフッ硝酸を含む水溶液に接触させることを意味し、フッ硝酸を含む水溶液を容器に入れ、当該容器に入ったフッ硝酸を含む水溶液内に対象物を移動することに加え、対象物にフッ硝酸を含む水溶液を塗布または噴霧することを含む概念である。
【0054】
フッ硝酸を含む水溶液に浸漬した後、高純度アルミニウム材は、好ましくは水またはアルコールで洗浄される。表面からフッ硝酸を含む水溶液を除去するためである。
好ましくは水で洗浄を行う。より確実にフッ硝酸を含む水溶液を除去できるからである。より好ましくは純水で、さらにより好ましくは超純水で洗浄する。高純度アルミニウム材に不純物が付着するのをより確実に防止できるからである。
【0055】
・電解研磨
電解研磨液としては、通常純度(例えば3Nクラス)のアルミニウムの電解研磨に用いる液(電解研磨液)を用いてよい。このような電解研磨液として、エタノールと過塩素酸の混合溶液、リン酸水溶液、リン酸と硫酸とクロム酸の混合水溶液、過塩素酸と無水酢酸の混合液および硝酸水溶液を例示できる。
エタノールと過塩素酸の混合溶液は好ましい電解液の1つである。高純度アルミニウムをより平滑に電解研磨できるからである。
電解研磨液が水溶液等で水を用いる場合、好ましくは純水を用い、より好ましくは超純水を用いる。電解研磨液中の不純物の濃度を低減できるからである。
【0056】
電解研磨は既知の電解研磨法を用いて実施してよい。
すなわち、電解研磨液を入れた電解槽の中に、表面を化学的に溶解しようとする加工後の高純度アルミニウム材(加工後に熱処理を行った高純度アルミウム材を含む)を陽極として配置し、さらに加工した高純度アルミニウム材の溶解しようとする表面に対向して陰極を配置する。そして、陽極と陰極の間に電流を流すことで電解研磨液に加工した高純度アルミニウム材の表面が溶解する。
【0057】
粗面化しない、好ましくは電解研磨前より平滑な平面を得るように、例えば流す電流の電圧(または電流密度)、電解研磨液の温度または液濃度等を調整してよい。
例えば、電解研磨液として、エタノールと過塩素酸を用いた場合、好ましい条件として例えばエタノールと過塩素酸の比を1:5〜7(より好ましくは1:6)、液温を10〜30℃(より好ましくは20℃)、電圧を15〜30V(より好ましくは25V)とすることを例示できる。
【0058】
そして、電解研磨により高純度アルミニウム材の表面を溶解する厚さは、鉄の量に応じ適宜選択してよい。好ましくは、2μm以上であり、より好ましくは2μm以上50μm以下である。不純物である鉄は多くの場合、表面から2μm程度までに存在しているからであり、また50μm以上表面を除去しても効果が飽和し、除去量に応じた効果を得ることが困難になる場合があるからである。
【0059】
この場合、除去する表面厚さは、直接測定しもよいが、より簡便にフッ硝酸を含む溶液により溶解した質量と、アルミニウム材の浸漬した表面積と、密度(高純度アルミニウム材の密度)から算出してもよい。
【0060】
なお、電解研磨工程で不純物元素(例えば鉄以外の不純物元素)が侵入するのを防止するように、用いる容器(電解槽を含む)、機械および器具等は、必要に応じて、予め、純水または超純水等で洗浄することが好ましい。
【0061】
電解研磨を行った後、高純度アルミニウム材は、好ましくは水またはアルコールで洗浄される。表面の電解研磨液を除去するためである。
好ましくは水で洗浄を行う。電解研磨液を除去できるからである。より好ましくは純水で、さらにより好ましくは超純水で洗浄する。高純度アルミニウム材に不純物が付着するのをより確実に防止できるからである。
【0062】
以上のように、加工した高純度アルミニウム材の表面を化学的に溶解して、粗面化することなく表面の所定の厚さ部分を除去する方法として、フッ硝酸を含む水溶液への浸漬およぶ電解研磨を示した。
しかし、これら2つの方法およびこれら2つの方法を組み合わせた方法(例えば、フッ硝酸を含む水溶液への浸漬およぶ電解研磨の両方を行う)に限定されるものではない。
【0063】
すなわち、加工した高純度アルミニウム材の表面を、粗面化することなく(好ましくは、より平滑になるように)、化学的に溶解して所定の厚さを除去できる方法であれば、他の方法(他の表面処理方法)を用いてよい。
このような、他の表面処理方法として、水酸化ナトリウム水溶液への浸漬を例示できる。
【0064】
以上に述べた方法により、加工したアルミニウム材の表面を、粗面化せずに化学的に溶解して、表面の所定の厚さの範囲を除去して得られたアルミニウム物品は、加工の際に表面に侵入した不純物である鉄等の不純物元素が除去されている。
鉄以外の不純物として、クロム、ニッケル、タングステンおよびコバルトを挙げることができる。すなわち、クロム、ニッケル、タングステンおよびコバルトの少なくとも1種を含む治具を接触させて塑性加工後、上述の減圧下での熱処理と加工したアルミニウム材の表面を、粗面化せずに化学的に溶解して、表面の所定の厚さの範囲を除去する表面処理とを行うことで、加工の際に表面に侵入したクロム、ニッケル、タングステンおよびコバルトの少なくとも1種の不純物元素の濃度を低下させることができる。
【実施例】
【0065】
(1)塑性加工用のアルミニウム材
・実施例1、2および比較例1〜3のサンプル用アルミニウム材
三層電解法で精製して純度99.999%以上の5N(ファイブナイン)アルミニウム材を用いた。
より詳細には、鉄(Fe)が1.7ppmで、シリコン(Si)が1.5ppm、銅(Cu)が0.78ppm、マグネシウム(Mg)が0.54ppmであった。
そして、これ以外の31元素(Li、Be、B、Na、K、Ca、Ti、V、Cr、Mn、Ni、Co、Zn、Ga、Ge、As、Se、Zr、Mo、Ag、Cd、In、Sn、Sb、Ba、La、Ce、Pt、Hg、Pb、Bi)の合計が0.78ppmであった。
従って、35元素合計の不純物量は5.3ppmであった。
【0066】
・実施例3のサンプル用アルミニウム材
三層電解法により精製して得た、純度99.999%以上の5Nアルミニウムを一方向凝固法により更に精製して、純度99.9999%以上の6Nアルミニウム材を得た。
より詳細には、鉄(Fe)が0.059ppmで、シリコン(Si)が0.37ppm、銅(Cu)が0.077ppm、マグネシウム(Mg)が0.090ppmであった。
そして、これ以外の31元素(Li、Be、B、Na、K、Ca、Ti、V、Cr、Mn、Ni、Co、Zn、Ga、Ge、As、Se、Zr、Mo、Ag、Cd、In、Sn、Sb、Ba、La、Ce、Pt、Hg、Pb、Bi)の合計が0.16ppmであった。
従って、35元素合計の不純物量は0.76ppmであった。
【0067】
それぞれのアルミニウム材を幅60mm×長さ80mm×厚さ10mmに切削加工した後、フッ硝酸洗浄(溶解洗浄)と水洗浄と乾燥とを行い、圧延用(塑性加工用)のアルミニウム材(純度99.999%以上(5N)の圧延用5Nアルミニウム材および純度99.9999%以上(6N)の圧延用6Nアルミニウム材)を得た。
【0068】
(2)塑性加工
塑性加工として室温で冷間圧延を行った。
用いた圧延ロールは、JISに規定されたSKD61鋼より成り、表1に示す成分を有していた。
【0069】
【表1】

【0070】
・実施例1、2および比較例1〜3のサンプル用圧延材
この圧延ロールを用いて、上述の圧延用(塑性加工用)のアルミニウム材(圧延用5Nアルミニウム材)を厚さ10mm→0.1mmまで、30パスで冷間圧延を行った。1パス当たりの圧下率は18%であった。圧延油をとして、石油系炭水化物を主成分とする出光興産株式会社製「ダフニー オイル AL−41」を使用した。
【0071】
・実施例1、2および比較例1〜3のサンプル用圧延材
上記のある円ロールを用いて、圧延用6Nアルミニウム材を10mm→0.5mmまで16パスで熱間圧延を行った。1パス当たりの圧下率は、18%であった。熱間圧延は、ハイテンプオーブンを用いて、圧延用材料を1パス毎に500℃まで加熱して行った。圧延油をとして、石油系炭水化物を主成分とする出光興産株式会社製「ダフニー オイル AL−41」を使用した。
【0072】
(3)熱処理および表面処理
実施例1、2および比較例3については、得られた圧延材サンプル(5Nアルミニウム材)から、幅方向および長さ方向の中央部付近から幅24mm×長さ24mm×厚さ0.1mmのサンプルを複数切り出し、エタノールで表面を洗浄後、自然乾燥させて熱処理用サンプルを得た。
実施例3については、得られた圧延材サンプル(6Nアルミニウム材)から、幅方向および長さ方向の中央部付近から幅24mm×長さ24mm×厚さ0.5mmのサンプルを複数切り出し、エタノールで表面を洗浄後、自然乾燥させて熱処理用サンプルを得た。
【0073】
表2に示す条件で上述の熱処理用サンプルを、電気炉を用いて熱処理した。熱処理は、表2に示す雰囲気および圧力下において、550℃で10時間保持して実施した。10時間の保持後はそれぞれの雰囲気・圧力下で室温まで冷却し、得られたサンプルを分析用サンプルとした。
【0074】
・表面処理(実施例3のサンプルのみ)
なお、実施例3のサンプルについては、表2に示す熱処理の前に表面処理として電解研磨を行い、表面を化学的に溶解した。
電解研磨は、電解研磨液として過塩素酸とエタノールの混合液(過塩素酸:エタノール=1:6、質量比)を用いた。電解研磨は、この電解研磨液をクールスターラー(日伸理化株式会社製、SWC−900)を用いて、撹拌しながら20℃に保持し、定電圧電源(菊水電子株式会社製PAN55−10A)を用いて、サンプルに25Vの電圧を印加して3分間実施した。
その後、超純水により洗浄した。
これにより分析面(両面)をそれぞれ平均厚さ26μm化学的に除去した。
【0075】
【表2】

【0076】
(4)鉄の含有量
表2に示すサンプルおよび熱処理前のサンプル(5Nアルミニウム材および6Nアルミウム材)の鉄の濃度を求めた。
バルク(サンプル全体)中の鉄の濃度をICP発光分析により求めた。
また、深さGDMSによる測定により、サンプル表面から0.1μm毎に深さ2μmまで鉄の濃度を求めた。得られた測定結果より鉄の表面汚染総量(両面合計4μm)を算出した。
【0077】
図2は深さGDMSによる鉄の濃度の測定結果を示すグラフである。縦軸は鉄の濃度(ppm)を対数目盛で示している。
表3にバルク中の鉄の濃度、バルク中の鉄の減少濃度(熱処理前の鉄の濃度から熱処理後の鉄の濃度を引いた値)および鉄の表面汚染総量(両面合計4μm)を示す。
【0078】
【表3】

【0079】
表3から分かるように真空度がほぼ1.0×10−2paである実施例1のサンプルと3.5×10−3である実施例2のサンプルは何れもバルク中の鉄の濃度が1.9ppmと2.0ppm未満であり、上述の塑性加工用のアルミニウム材の鉄の濃度1.7ppmに近い値にまで減少している。すなわち、バルク中の鉄の減少濃度は0.5ppmと顕著な値となっている。また、表面汚染総量(両面合計4μm)も実施例1では67.2ppm・μmと70ppm・μm以下となっており、熱処理時の真空度がより高い実施例2では、55.6ppm・μmと60ppm・μm以下となっている。
さらに、図2から分かるように実施例1のサンプルは最表面(図1の深さ0μm)の鉄の濃度が68ppm、実施例2のサンプルは最表面の鉄の濃度が57ppmと熱処理前のサンプルの110ppmと比べ明らかに減少している。
【0080】
これに対して、表3から分かるように比較例1〜3のサンプルはバルク中の鉄の濃度が2.3ppm〜2.4ppmと2.0ppmをかなり上回っており、バルク中の鉄の減少濃度も0〜0.1ppmとほとんど減少していない。また、表面汚染総量も200ppm・μm以上であり、熱処理前の材料と同程度となっている。
さらに、図2から分かるように比較例1〜3のサンプルは最表面の鉄の濃度が270〜340ppmで熱処理前のサンプルの110ppm・μmと比べ大きく増加している。
【0081】
また、表面処理を行った実施例3のサンプルは、バルク中の鉄の濃度が0.1ppm以下と極めて少なく、またバルク中の鉄の減少濃度も2.0ppm以上と極めて多く、表面処理と減圧下の熱処理とを組み合わせることにより、よりいっそう大きな効果を得ている。
【産業上の利用可能性】
【0082】
本発明によれば、例えば超電導マグネット、クライオポンプまたは極低温冷凍機等の部材およびMBE等による半導体の気相成長に用いる原料としても用いることができる高純度のアルミニウム物品の製造方法が提供される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
純度が質量比で99.999%以上のアルミニウム材を準備する工程と、
前記アルミニウム材に鉄を含有する治具を接触させて、前記アルミニウム材を塑性加工する工程と、
前記塑性加工を行ったアルミニウム材を圧力が1.0×10−2Pa以下の減圧下で熱処理する工程と、
を含むことを特徴とするアルミニウム物品の製造方法。
【請求項2】
前記熱処理を500℃〜650℃で行うことを特徴とする請求項1に記載のアルミニウム物品の製造方法。
【請求項3】
前記熱処理を圧力が3.5×10−3Pa以下の減圧下で行うことを特徴とする請求項1または2に記載のアルミニウム物品の製造方法。
【請求項4】
前記塑性加工が圧延であり、前記治具が圧延ロールであることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載のアルミニウム物品の製造方法。
【請求項5】
前記治具が鋼より成ることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載のアルミニウム物品の製造方法。
【請求項6】
前記加工を行ったアルミニウム材の表面を、フッ硝酸を含む水溶液に浸漬する、または電解研磨する工程を更に含むことを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載のアルミニウム物品の製造方法。
【請求項7】
前記フッ硝酸を含む水溶液に浸漬する、または前記電解研磨する工程により、前記加工を行ったアルミニウム材の表面を厚さ2μm以上溶解すること特徴とする請求項6に記載のアルミニウム物品の製造方法。
【請求項8】
前記加工を行ったアルミニウム材の表面を化学的に溶解し、該アルミニウム材の表面を前記溶解の前より平滑にする工程を更に含むことを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載のアルミニウム物品の製造方法。
【請求項9】
前記加工を行ったアルミニウム材の表面を前記化学的に溶解することが、フッ硝酸を含む水溶液への浸漬、または電解研磨により行われることを特徴とする請求項8に記載のアルミニウム物品の製造方法。
【請求項10】
前記加工を行ったアルミニウム材の表面を化学的に2μm以上溶解することを特徴とする請求項8または9に記載の製造方法。
【請求項11】
前記加工を行ったアルミニウム材の表面を化学的に溶解し、該アルミニウム材の表面を前記溶解の前より平滑にする工程を経た後、該アルミニウム材の表面を超純水で洗浄することを特徴とする請求項8〜10の何れか1項に記載の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−92430(P2012−92430A)
【公開日】平成24年5月17日(2012.5.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−189243(P2011−189243)
【出願日】平成23年8月31日(2011.8.31)
【出願人】(000002093)住友化学株式会社 (8,981)
【Fターム(参考)】