説明

アンギオテンシン変換酵素含有薬剤

細胞膜のGPIアンカーを特異的に切断するアンギオテンシン変換酵素もしくはそのペプチダーゼ活性不活性化変異型酵素を含有し、GPIアンカー型タンパク質を細胞膜から遊離させることを作用機序とする、プリオン性疾患、細菌感染疾患または不妊症等の予防または治療用薬剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
この出願の発明は、アンギオテンシン変換酵素を含有する薬剤に関するものである。さらに詳しくは、この出願の発明は、GPIアンカー型タンパク質を細胞膜から遊離させることを作用機序とし、プリオン性疾患や細菌感染疾患、精子異常による不妊症等の予防または治療に有用な薬剤に関するものである。
【背景技術】
アンギオテンシン変換酵素[angiotensin−converting enzyme:ACE。酵素学的にはジペプチジルカルボキシペプチダーゼ(EC3.4.15.1)]は、レニン・アンギオテンシン・アルドステロン血圧制御系の一員で、アンギオテンシンIを活性化型のアンギオテンシンIIに変換するとともに、ブラディキニンを分解不活性化することによって様々な生理活性の変化(例えば、血圧上昇)を生じさせることが知られている(非特許文献1)。このため、ACE阻害を薬理作用とする薬剤(例えば、血圧降下剤)やACE阻害剤等の発明が数多く存在する(例えば、特許文献1−4)。
一方、細胞の表面を構成する細胞膜はタンパク質と脂質を主成分とし、エネルギーの生産、刺激の伝達、細胞間相互作用、分泌などの多彩な生命機能を営む場である。GPIアンカー型タンパク質はGPIアンカーを介して細胞膜に結合するその主要な構成成分であり、上記の生命機能維持の一翼を担っている重要な分子群である。しかし他方で、細胞膜のGPIアンカーには正常型プリオンタンパク質が結合しており、この正常型プリオンに異常型プリオンが結合するとクロイツフェルト・ヤコブ病、Grestmann−Straussele症候群・クルー病等のいわゆる「プリオン性疾患」の原因となる。また、GPIアンカーに結合するリポポリサッカライド(LPS)受容体CD14には菌体毒素LPSが結合し、細胞障害の原因となっている。
さらに、哺乳類の精子−卵子透明体の結合による受精成立時において、精子細胞膜のGPIアンカーに結合したタンパク質(マウスの事例ではPH−20やTEPS5等、非特許文献2および3)の遊離が必須であるが、GPIアンカーからそれらタンパク質の切り離しを行う機能が欠損した異常精子を持つ雄性不妊症が知られている。
従って、プリオン性疾患や細菌感染、精子異常による不妊症等に対する症状の緩和や治療においては、GPIアンカー型タンパク質を細胞膜から遊離させることが有効である。GPIアンカー切断活性(GPIase活性)を示すタンパク質としては、哺乳類においては、唯一GPI−PLDが知られている。しかし、GPI−PLDは細胞内でGPI−PLDを発現する場合に限って、GPIase活性を示すことが、培養細胞を用いた研究により報告されている(非特許文献4)。すなわちGPIase活性の医薬への利用という観点から、外来性のGPI−PLDは有効に作用した事例がない。
なお、ACEはアンギオテンシンIおよびブラディキニン以外の基質、例えばエンケファリン、ならびにヘプタペプチドおよびオクタペプチドのエンケファリン前駆体を切断する。また、トリデカペプチド、ニューロテンシンをジペプチドおよびウンデカペプチドに加水分解し、さらにはサブスタンスPを切断不活性化することが知られている(非特許文献5)。しかしながら、ACEがGPIアンカー型タンパク質を細胞表面からGPIアンカータンパク質から切断遊離することは、従来、全く知られていない。
特許文献1:特開平10−036391号公報
特許文献2:特開2001−064299号公報
特許文献3:特開2001−233789号公報
特許文献4:特開2002−138100号公報
非特許文献1:Hooper et al.,Int.J.Biochem.23:641−647,1991
非特許文献2:Honda et al.,J.Biol.Chem.277:16976−16984,2002
非特許文献3:Lin et al.,J.Cell Biol.125:1157−1163,1994
非特許文献4:Tujioka et al.,Biochem.Biophys.Res.Commun.251:737−747,1998
非特許文献5:Skidgel et al.,Neuropeptides and Their Prptidases,Turner AJEd.,Chichester,UK,1989
【発明の開示】
この出願の発明者は、GPIアンカー型タンパク質遊離活性を有する物質を探索し、この物質がアンギオテンシン変換酵素(ACE)であることを見出した。
この発明は、発明者による以上のとおりの新規な知見に基づくものであり、有害なGPIアンカー型タンパク質を細胞膜から遊離させることによって各種疾患を予防または治療するための新規薬剤を提供することを課題としている。
さらに、従来ACEは既知の生理活性(たとえば血圧上昇などをおこすペプチダーゼ活性)が有害であることから、それを抑制するための研究が多様に行われてきていた。ACEを実用的薬剤として提供するにあたり、この出願の発明者は有害なペプチダーゼ活性を抑制し、目的とするGPIアンカー型タンパク質遊離活性のみを有効に利用しうるACEを提供することを課題としている。
この出願は、前記の課題を解決するための発明として、アンギオテンシン変換酵素を含有し、GPIアンカー型タンパク質を細胞膜から遊離させることを作用機序とするアンギオテンシン変換酵素含有薬剤を提供する。
この発明の薬剤は、好ましくは、プリオン性疾患、細菌感染疾患または精子異常による不妊症の予防または治療用としての薬剤である。
この発明の薬剤の一つの態様は、含まれるアンギオテンシン変換酵素が、GPIアンカー型タンパク質遊離活性を保持させたまま、アンギオテンシン変換酵素活性を失活させるアミノ酸変異を導入した変異型酵素、好ましくはそのアミノ酸配列中のHis Glu Met Gly His配列におけるいずれか1以上のアミノ酸残基を他のアミノ酸残基に置換した変異酵素、さらに好ましくはそのアミノ酸配列中のHis Glu Met Gly His配列におけるGluをAspに置換した変異型酵素を含む薬剤である。
この出願はまた、GPIアンカー型タンパク質遊離活性を保持させたまま、アンギオテンシン変換酵素活性を失活させるアミノ酸変異を導入した変異型アンギオテンシン変換酵素を提供する。
この変異型酵素は、そのアミノ酸配列中のHis Glu Met Gly His配列におけるいずれか1以上のアミノ酸残基、好ましくはHis Glu Met Gly His配列におけるGluをAspに置換した酵素である。
この発明において、「GPIアンカー型タンパク質」とは、細胞膜のGPIアンカーに結合するタンパク質であり、例えば、プリオン性疾患に関係する正常型または異常型プリオン、菌体毒素LPSの受容体CD14等である。
「GPIアンカー型タンパク質を細胞膜から遊離させる」とは、細胞膜のGPIアンカーに結合しているGPIアンカー型タンパク質をGPIアンカーから切断分離させて、不活性化させることを意味する。これによって、例えばGPIアンカー型タンパク質である正常型プリオンが細胞膜から遊離され、正常型プリオンに結合してプリオン性疾患の原因となる異常型プリオンが細胞膜に結合することが防止される。また、菌体毒素LPSの受容体CD14が細胞膜から遊離されるため、膜型CD14−LPS複合体の形成が阻害され、LPSによる細胞障害や炎症反応の拡大が防止または改善される。
「プリオン性疾患」は、例えば、クロイツフェルト・ヤコブ病、Grestmann−Straussele症候群、クルー病等である。
「細菌感染疾患」は、例えば、グラム陰性菌(大腸菌、インフルエンザ桿菌、サルモネラ菌、髄膜炎菌、緑膿菌等)による感染症であり、またそれらの細胞毒によるエンドトキシンショック等の炎症性疾患等である。
「精子異常による不妊症」は、たとえばTEPS5やPH−20等の精子細胞膜表面に存在するGPIアンカー型タンパク質を、卵との会合時に遊離できないことによる受精不成立を特徴とする精子異常を示す雄性の不妊症である。
なお、この発明を実施するために使用する様々な技術は、特にその出典を明示した技術を除いては、公知の文献等に基づいて当業者であれば容易かつ確実に実施可能である。例えば、薬剤の調製はRemington’s Pharmaceutical Sciences,18th Edition,ed.A.Gennaro,Mack Publishing Co.,Easton,PA,1990、遺伝子工学および分子生物学的技術はSambrook and Maniatis,in Molecular Cloning−A Laboratory Manual,Cold Spring Harbor Laboratory Press,New York,1989;Ausubel,F.M.et al.,Current Protocols in Molecular Biology,John Wiley & Sons,New York,N.Y,1995)等に記載されている。
【図面の簡単な説明】
図1は、EGFP−GPI遺伝子導入マウスの精巣における蛍光局在化を観察した顕微鏡像である。EGFP−GPIの生殖細胞(Gc)発現は第2系統(Lane2)マウスに見られたが、第1(示さず)および第3系統マウスには見られなかった。Lyはライディヒ細胞。倍率は200倍。
図2は、EGFP−GPI遺伝子導入マウスの精巣におけるEGFP−GPIタンパク質の溶解度を調べた電気泳動像である。界面活性剤を添加した溶解緩衝液(Tx−114+)または界面活性剤非添加の溶解緩衝液(Tx−114−)を用いて組織を可溶化し、溶解産物の一部をウエスタンブロット解析した。EGFP−GPIが界面活性剤非存在下で積極的に可溶化したのは、第2系統マウスの精巣においてのみであった。水溶性タンパク質の大きさ(Ln.2,Tx−114−)が界面活性剤可溶性の膜アンカータンパク質(Ln.2,Tx−114+)と同等であった点は特記すべきである。F9はF9トランスフェクタント、NTgは対照としての非トランスジェニックである。
図3は、連続液体クロマトグラフィーにより精製されたGPIアンカータンパク質遊離活性を示す分子。TSK gel 3000SWゲルろ過カラムから溶出したピーク分画(Frac.)より、SDS−PAGEと銀染色によって、100kDaの単一バンドとして単離された。
図4は、精製組換えACE(ACE−T)市販製品(ACE−S)、PI−PLCおよびバッファーのみと反応させたPLAPのイムノブロッティング。Inputは反応の基質である。
図5は、ACE反応の用量依存性を測定した結果である。部分精製したPLAPを様々な濃度のACE−Sと反応させ、水溶相のPLAP活性を測定した。値は平均値±SD、n=3である。0mU/mlを対照とした。Student’s t検定による有意差水準は、:P<0.01、**:p<0.05である。最下段は10−3Mカプトプリルを添加した場合の反応である。
図6は、ACEと反応させたPLAPのイムノブロッティングによるGPIアンカー型タンパク質遊離活性の測定結果である。E414Dはペプチダーゼ活性中心のGlu414をAspに置換した変異体ACE、WTは野生型のACE−T。BufferはPLAPをバッファーのみと反応させた対照。活性のユニット数は表.1に示す方法で求めた。Inputは反応の基質である。
図7は、ペプチダーゼ活性(Pase)の測定結果。E414Dはペプチダーゼ活性中心のGlu414をAspに置換した変異体ACE、WTは野生型のACE−T。活性測定手順はKasahara and Ashihara,Clin Chem.27:1922−1925に記載された測定方法に従った。
図8は、filipin前処理(右)または非処理(左)条件下で、EGFP−GPIをトランスフェクションしたF9細胞を1.0U/mlのACE−Sにより処理し、EGFP−GPI、Sca−1、Thy−1およびE−カドヘリンの細胞表面発現をFACS分析した結果である。filipin処理後にはGPIアンカータンパク質の発現は減少していたが(細胞数の左シフト)、膜貫通型E−カドヘリンは減少していないことが分かり、またそれらの程度は異なっていた(遊離%:EGFP−GPIは53%、Sca−1は67%、Thy−1は34%)。aはACE(−)、bはACE(+)、cはPI−PLC処理を行ったもの。各ラインの数値は中央値(Mean)である。
図9は、EGFP−GPIを発現するF9細胞へACEまたはPI−PLC処理を行った場合に観察されるGFP蛍光の顕微鏡写真。ACEはEGFP−GPIを細胞表面から切断している。ゴルジ体のGFP蛍光は減衰していない。倍率200倍。「PBS」はACEおよびPI−PLCX未処理の対照である。
図10は、HeLa細胞をfilipin前処理(右)または非処理(左)で、1.0U/mlのACS−Sまたは2.8U/mlのPI−PLCを用いて処理し、細胞表面のCD59およびDAFの発現をFACS分析した結果である。ACE処理によってタンパク質の発現は減少したが(細胞数の左シフト)、その程度は異なっていた(CD59は66%、filipin処理後のDAFは58%)。
図11上図は、プリオンタンパク質(PrP)を結合したHEK293細胞を1.0U/mlのACE−Sにより処理し、プリオンタンパク質の遊離をFACS分析した結果である。下図は、対照としてCD59の遊離を分析した結果である。
図12はfilipin処理を行ったHeLa細胞を様々な濃度のACE−S存在下でインキュベートし、CD59の細胞表面発現をFACS分析し、遊離%を算出した結果である。値は平均値±SD、n=3である。0U/mlを対照とした。Student’s t検定による有意差水準は、:P<0.005、**:p<0.01である。
図13はfilipin処理したHeLa細胞を、表示されたカプトプリル用量の存在下、10−7MのACEペプチドに相当する0.2U/mlのACE−Sと共にインキュベートし、CD59の細胞表面発現をFACS分析した結果である。値は平均値±SD、n=3である。カプトリル0Mを対照とした。Student’s t検定による有意差水準は、:P<0.01、**:p<0.05である。
図14は、各種の細胞におけるACEの各種タンパク質の遊離活性を比較した。図8、図10および図11の結果の要約となる。ACEは膜タンパク質であるE−カドヘリンを除き、様々な内在性GPIアンカー型タンパク質を切断放出する。EGFP−GPIを発現するF9細胞ではEGFP−GPI、Sca−1、Thy−1およびE−カドヘリンを、HeLa細胞ではCD59およびDAFを、HEK293細胞ではCD59とプリオンタンパク質(PrP)をそれぞれFACS分析で解析した。値は平均値±SD、n=3である。NDは未測定である。
図15は、遊離タンパク質中に含まれるGPIアンカー型断片の同定。EGFP−GPIを発現するF9細胞を32Pリン酸もしくはHエタノールアミンで代謝ラベルし、フィリピンを処理を行った後に、ACE−S、PI−PLCまたはmGK(マウス腺性カリクレイン)による処理を行った。遊離されたEGFP−GPIタンパク質を抗GFP抗体で精製、SDS−PAGEで分離後、ニトロセルロース膜に転写した。遊離したEGFP−GPIタンパク質の総量はEGFPイムノブロットによる検出バンドの強度により求めた。また放射線解析では矢印で示した部分で同一のバンドが確認された。タンパク質重量あたりの放射線強度を計算し、ACE処理サンプルを1.0として遊離したタンパク質に含まれるそれぞれの標識化合物の相対量として表示した。ACE処理サンプルではRapid migrating bandがいくつか認められるが、これはF9細胞中に存在する何らかの酵素による切断によるものである。
図16は、GPIアンカー糖鎖骨格におけるリン酸およびエタノールアミンの結合部位、およびPI−PLC、GPI−PLD、mGKの切断部位を示した模式図である。Manはマンノース、GlcNcはグルコサミン、Inoはイノシトール、黒い太線は脂肪鎖を示す。
図17は、正常マウスおよびACEノックアウトマウス精巣上体由来の精子を、水溶性画分Xすなわちアクロソームのなどの水溶性成分(WS)と、細胞膜を構成するタンパク質などの界面活性剤可溶性(難水溶性)画分(DS)に分配し、SDS−PAGEにより分離し、それぞれの抗体を用いてイムノブロットを行った。アクロシンおよびファーティリンβは、ともに精子Xに存在し、それぞれWS、DSの指標タンパク質として用いた。理由は不明だが、ACEノックアウトマウス精子ではファーティリンβの発現が正常マウス精子での発現にくらべて低くなっている。+/+は正常精子、−/−はACEノックアウト精子を示す。
図18は、ACEノックアウトマウス精子に対して、様々な処理を行ったのちに精子を卵(透明体)へ結合させた顕微鏡写真。倍率は200倍。前処理に使用した物質はそれぞれの写真に示した。ACE−WTは野生型ACE、ACE−E414Dはペプチダーゼ活性を不活性化させた変異体ACE、Inositol−PはPI−PLCの阻害剤である。Bufferは前処理にバッファーを用いる対照実験である。
図19は、図18における卵に結合した精子の数をグラフ化したものである。値は平均±SE(標準誤差)で、平均値をグラフ上に数値で示した。凡例は図18に同じである。それぞれの実験を行った卵子の数はそれぞれ、Bufferが18、ACE−WTが20、ACE−E414Dが17、PI−PLCが18、PI−PLC+Inositol−Pは18、Inositol−Pが17である。student’s t検定による有意差水準は、対照実験(Buffer)と比較して、:P<0.005、**p<0.01である。またACE−WTとACE−E414D間ではP<0.3、ACE−WTとPI−PLC間ではP<0.5、PI−PLCとPI−PLC+Inositol−P間ではP<0.05であった。これとは別個に行った実験でも同様の結果を得た。
【発明を実施するための最良の形態】
この発明において使用するACEは、ヒトをはじめとする各種哺乳動物の細胞(体細胞や精巣細胞)から公知の方法によって単離することができる(体細胞型ACE−S、精巣型ACE−T)。また、市販品(例えば、ウサギ肺由来のACE−S:Sigma A−6778等)や、特表2002−525108号公報に開示されているアンギオテンシン変換酵素相同物を使用することもできる。さらに、このACEは各種の動物から単離されたものがそれぞれのアミノ酸配列およびそれをコードするポリヌクレオチド(cDNA配列)と共に以下のとおりに知られている。すなわち、ヒトACE−S(GenBank/J04144)、ヒトACE−T(GenBank/M26657)、ヒトACEアイソフォーム3前駆体(GenBank/NM_152831)、ヒトACEアイソフォーム2前駆体(GenBank/NM_152830)、ヒトACEアイソフォーム1前駆体(NM_000789)、ヒトACE様タンパク質(GenBank/NM_021804)、マウスACE−T(GenBank/NM_009598)、マウスACE−S(GenBank/XM_110936)、ラットACE(GenBank/NM_012544)、ラット肺由来ACE(GenBank/NM_012544)、ラットACE−T(GenBank/AF539425)、ウサギACE−T(Swissprot/P22968)、ウサギACE−S(Swissprot/P12822)、ニワトリ(GenBank/Q10751)、ウシACE(Swissprot/1919242A)、イエバエACE前駆体(Swissprot/10715)、ショウジョウバエACE(GenBank/NM_165070)等である。従って、この発明で使用するACEは、前記の公知アミノ酸配列に基づいて公知の固相ペプチド合成法により化学合成して作製することもできる。あるいは、ACEをコードするポリヌクレオチドをin vitro転写翻訳系や適当な宿主−ベクター系で発現させることによって、組換えACEとして取得することができる。ポリヌクレオチド(例えばACE cDNA)は前記GenBankデータベースや特表2002−525108号公報の塩基配列情報に基づき作製したオリゴヌクレオチドプローブを用いて既存のcDNAライブラリーをスクリーニングする方法や、オリゴヌクレオチドプライマーを用いたRT−PCR法等の公知の方法により取得することができる。
例えば組換えACEをin vitro転写翻訳で作製する場合には、前記ポリヌクレオチドを、RNAポリメラーゼプロモーターを有するベクターに挿入して発現ベクターを作製し、このベクターを、プロモーターに対応するRNAポリメラーゼを含むウサギ網状赤血球溶解物や小麦胚芽抽出物などのインビトロ翻訳系に添加する。RNAポリメラーゼプロモーターとしては、T7、T3、SP6などが例示できる。これらのRNAポリメラーゼプロモーターを含むベクターとしては、pKA1、pCDM8、pT3/T7 18、pT7/3 19、pBluescript IIなどが例示できる。
組換えACEを、大腸菌などの微生物で発現させる場合には、微生物中で複製可能なオリジン、プロモーター、リボソーム結合部位、DNAクローニング部位、ターミネーター等を有する発現ベクターに前記のDNA断片を組換えた発現ベクターを作成し、培養物から融合ペプチドを単離する。大腸菌用発現ベクターとしては、pUC系、pBluescript II、pET発現システム、pGEX発現システムなどが例示できる。
また組換えACEを真核細胞で発現させる場合には、前記の融合ポリヌクレオチドを、プロモーター、スプライシング領域、ポリ(A)付加部位等を有する真核細胞用発現ベクターに挿入して組換えベクターを作成し、真核細胞内に導入すれば、融合ペプチドを形質転換真核細胞で発現させることができる。発現ベクターとしては、pKA1、pCDM8、pSVK3、pMSG、pSVL、pBK−CMV、pBK−RSV、EBVベクター、PRS、pcDNA3、pMSG、pYES2などが例示できる。真核細胞としては、サル腎臓細胞COS7、チャイニーズハムスター卵巣細胞CHOなどの哺乳動物培養細胞、出芽酵母、分裂酵母、カイコ細胞、アフリカツメガエル卵細胞などが一般に用いられるが、目的とするタンパク質を発現できるものであれば、いかなる真核細胞でもよい。
発現ベクターを宿主細胞に導入するには、電気穿孔法、リン酸カルシウム法、リポソーム法、DEAEデキストラン法など公知の方法を用いることができる。
融合ペプチドを原核細胞や真核細胞で発現させたのち、培養物から組換えACEを単離精製するためには、公知の分離操作を組み合わせて行うことができる。例えば、尿素などの変性剤や界面活性剤による処理、超音波処理、酵素消化、塩析や溶媒沈殿法、透析、遠心分離、限外濾過、ゲル濾過、SDS−PAGE、等電点電気泳動、イオン交換クロマトグラフィー、疎水性クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー、逆相クロマトグラフィーなどが挙げられる。
またこの発明において使用するACEは、GPIアンカー型タンパク質遊離活性を保持させたまま、アンギオテンシン変換酵素活性(血圧上昇等のペプチダーゼ活性)を失活させるアミノ酸変異を導入した変異型ACEであってもよい。すなわち、ACEは血圧制御因子として働き、血圧上昇を引き起こす。そのためACEを投与した場合には、その主作用としてのGPIアンカー型タンパク質遊離とともに、副作用としての血圧上昇等を引き起こす危険性がある。この発明の変異型ACEは、1または複数のアミノ酸残基を欠失または付加、若しくは他のアミノ酸残基に置換することによって、目的とする主作用を保持したまま、好ましくない副作用を低減または消失させることを可能とする。
変異型ACEは、公知のACEアミノ酸配列(例えば配列番号4)に基づき、公知の固相ペプチド合成法(例えばOrganic Syntheses Collective Volumes,Gilman,et al.(Eds)John Wiley & Sons,Inc.,NY)に従って様々な変異型ペプチドを作製し、あるいは変異導入型のPCR法や公知のKunkel法(Kunkel,T.A.Proc.Natl.Acad.Sci.USA 82:488,1985およびKunkel,T.A.,et al.Methods in Enzymology 54:367,1987)に従って作製した変異型ポリヌクレオチドを適当な宿主ベクター系で発現させることによって様々な変異型ペプチドを作製し、後記の試験方法によってそのペプチダーゼ活性およびGPlaseを試験することによって、目的とする変異型を得ることができる。
従って、変異型ACEのアミノ酸変異導入部位は適宜に設計することができるが、この発明では、その一例として、ACEアミノ酸配列におけるHis Glu Met Gly His配列(配列番号4の413−417位)のいずれか1以上のアミノ酸残基を他のアミノ酸残基に置換した変異型ACEを好ましいものとして例示する。すなわちこの配列領域は、ACEのペプチダーゼ活性に必須なZnの配位に深く関係する配列であり、哺乳類(ヒト、マウス、ラット、ウサギ、ウシ)、鳥類(ニワトリ)、昆虫(ハエ)など、現在報告されているACEにおいて、ACE−TおよびACE−S問わず、ほぼ完全に保存されている。そしてこの発明においては、特に好ましい変異型ACEとして、Glu Met Gly His配列におけるGluをAspに置換した変異型ACE(以下「ペプチダーゼ活性欠損ACE(E414D)」と記載することがある)を提供する。
この発明の薬剤は、実施的にACE単独であってもよいが、疾患の種類や薬剤の投与形態に応じて、薬剤的に許容される担体と混合して調製することが好ましい。すなわち、この発明の薬剤は、非経口的または経口的な投与に適した剤型となるような担体と混合することができる。
非経口投与は、局所注入、腹腔内投与、選択的静脈内注入、静脈注射、皮下注射、臓器灌流液注、直腸投与等であり、例えば注射剤としての製剤化する場合の担体としては、滅菌水、塩溶液、グルコース溶液、または塩水とグルコース溶液の混合物等を使用することができる。また緩衝剤pH調節剤(リン酸水素ナトリウム、クエン酸等)、等張化剤(塩化ナトリウム、グルコース等)、保存剤(パラオキシ安息香酸メチル、P−ヒドロキシ安息香酸プロピル等))等の製薬補助剤を含有することもできる。このように製剤化した薬剤は、細菌保持フィルターを通す濾過、組成物への殺菌剤の混入、組成物の照射や加熱によって滅菌することができる。また粉末状態で製剤化し、使用時に前記液体担体と混合して注射液を調製するようにしてもよい。
経口投与剤は胃腸器官による吸収に適した剤形(例えば、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、細粒剤、粉末剤、または懸濁剤やシロップ剤のような経口液体調製物等)に製剤化する。担体としては、常用の製薬補助剤、例えば結合剤(シロップ、アラビアゴム、ゼラチン、ソルビット、トラガカント、ポリビニルピロリドン、ヒドロキシプロピルセルロース等)、賦形剤(ラクトース、シュガー、コーンスターチ、リン酸カルシウム、ソルビット、グリシン等)、滑沢剤(ステアリン酸マグネシウム、タルク、ポリエチレングリコール、シリカ等)、崩壊剤(ポテトスターチ、カルボキシメチルセルロース等)、湿潤剤(ラウリル硫酸ナトリウム等)を使用することができる。ストロベリー・フレーバー、ペパーミント等のフレーバー類等を添加することもできる。また錠剤は常法によりコーティングすることができる。経口液剤は水溶液またはドライプロダクトにすることができる。そのような経口液剤は常用の添加剤、例えば保存剤(p−ヒドロキシ安息香酸メチルもしくはプロピル、ソルビン酸等)を包含していてもよい。
ACEの含有量は対象疾患やその投与形態に応じて適宜とすることができるが、通常は5〜100%(w/w)、好ましくは10〜60%(w/w)の範囲とすることができる。
この発明の薬剤の投与量は、患者の年齢や体重、症状、投与経路等によって異なるが、ACE量として100〜200mg/kg/day程度とすることができる。なお、ACEは人体に存在するタンパク質であり、その安全性については問題がない。
【実施例】
以下、実施例としてACE活性について試験した結果を記載し、この発明についてさらに詳細かつ具体的に説明するが、この発明は以下の例によって限定されるものではない。
1.材料と方法
1.1.組織学的分析
GPIアンカーGFP(EGFP−GPI)遺伝子導入マウス(Kondoh,G.et al.FEBS lett.458,299−303,1999)をフェノバルビタールにより麻酔し、左心室経由で4%(W/V)パラホルムアルデヒド−PBSを潅流させることにより固定した。切除した組織を4%パラホルムアルデヒド−PBS中で再度固定し、20%スクロース−PBS中で4℃で48時間にわたりインキュベートした。次に組織断片をTissue−Tek O.C.T化合物(Sakura Finetek,Torrance,CA)中に埋め込み、ドライアイスで急速冷凍し、低温槽上で5−10μm厚に切断した。標本の調査は、GFP特異的フィルタを用いた蛍光顕微鏡(Olympus,Tokyo)を用いて行った。
1.2.破砕細胞サンプルの調製
Complete TM プロテアーゼ阻害剤(Boehringer Mannheim,Mannheim,Germany)存在下、氷冷状態のTNE溶液(10mM Tris−HCl pH7.8、1mM EDTA、150mM NaCl)中で細胞と組織を超音波破砕に続いてポリトロンホモジナイザーでホモジナイズした。ホモジネートは100,000×gで遠心分離し、上清を収集した(水溶性分画)。沈殿はTNE緩衝液中で洗浄し、次に1%TritonX−114(Nacalaitasque,Kyoto,Japan)−TNE溶液中、Complete TMプロテアーゼ阻害剤の存在下でホモジナイズを行い、100,000×gで遠心分離し、上清を収集した(界面活性剤可溶性分画)。精子サンプルは破砕前にTYH培地に1時間おいて受精能獲得処理を行った。
1.3.イムノブロット
各組織の両方の分画を非還元状態でSDS−PAGEに供し、ニトロセルロース膜に電気泳動的に転写し、抗GFP(MBL,Nagoya,Japan)、PLAP(Biomeda)、抗TEPS5、および抗PH−20それぞれのウサギポリクローナル抗体、および抗ファーティリンβマウスモノクローナル抗体によるプローブ処理を行い、ECLシステム(Amersham Bioscience,Pistataway,USA)を用いて染色の検出を行った。
1.4.PLAP変換アッセイ
非イオン化界面活性剤のTritonX−114が、37℃の条件で水溶性分子と界面活性剤可溶性の疎水性分子を分配する性質を利用した。PLAP変換アッセイを用いて、精製途中におけるGPIアンカータンパク質遊離活性のモニタリングを行った。PLAPは、COS7細胞中でcDNAを発現させて緩衝液(20mM Tris pH8.0、150mM NaCl、1%TritonX−114、Complete TMプロテアーゼ阻害剤)により抽出することにより調製し、37℃で分配した後で界面活性剤可溶性の相を収集した。次にDEAE−セルロース陰イオン交換液体クロマトグラフィー(LC)(溶出バッファー:20mM Tris pH8.0、0.1%TritonX−100、0mM〜500mM NaCl勾配)、抗−PLAP抗体カラム(抗体:ウサギポリクロナール抗−PLAP抗体(Biomeda);カラム:Hitrap NHS−Activated HP(Amersham Bioscience);溶出バッファー:100mM グリシンpH2.8)でPLAPを精製した。界面活性剤可溶性のPLAPタンパク質を基質に用いてアッセイを行った。PLAP活性の測定は、アルカリホスファターゼ検出キット(Nacalai tasque,Kyoto)を用いて製造元のプロトコルに従って行った。変換反応は、100mM Tris pH7.5、5mM CaCl2、150mM NaClおよび0.1UのPLAPの条件で、90分にわたり37℃で実施した。反応停止はTritonX−114を最終濃度2%となるように添加することで行い、試料を25℃で微小遠心分離した。水溶相を収集し、PLAP活性を測定した。またこれはポリクローナル抗−PLAP抗体を用いたイムノブロッティングにも用いた(Biomeda,Foster City,USA)。
1.5.GPIアンカータンパク質遊離活性物質の精製
成熟したICRマウスの精巣500個を莢から出し、カミソリを用いて〜1mmの断片に切断した。生殖細胞の単離はピペット吸引の反復により行った。軽い遠心により輸精管を除去した後、上清を収集し、1500×gで遠心分離することによりさらに沈降させた。沈殿は10倍量の緩衝液(3mM Tris pH7.4、2mM MgCl、1mM EDTA、0.25Mスクロース、およびComplete TMプロテアーゼ阻害剤を含む)中で破砕および超音波処理を行い、ホモジネートを100,000×gで1時間にわたり遠心分離した。その沈殿を10倍量の緩衝液(20mM Tris pH8.0、1%TritonX−100、およびComplete TMプロテアーゼ阻害剤を含む)中で可溶化した。溶解産物は超遠心(100,000×g)で1時間にわたり分離を行い、上清を収集した。この試料を以下の連続液体クロマトグラフィーにより精製した。
(1)DEAE−セルロース(Seikagakukogyo,Tokyo);緩衝液(20mM Tris pH8.0、0.1%TritonX−100、0mM〜500mM NaCl勾配)で溶出。
(2)フェニルセファロースX CL−4B(Amersham Bioscience,Piscataway,USA):緩衝液(20mM Tris pH7.5、0.1%TritonX−100)で溶出。
(3)ConA−セファロース4B(Amersham Bioscience,Piscataway,USA);緩衝液(20mM Tris pH7.5、0.1%TritonX−100、150mM NaCl、500mM methyl−α−D−mannnopyranosid(Seikagakukogyo,Tokyo)で溶出。
(4)TSKゲル3000SW(Tosoh,Tokyo);緩衝液(20mM Tris pH7.5、0.1%TritonX−100、300mM NaCl)で溶出。
1.6.プロテオミクス分析
精製ペプチドをSDS−PAGEにより分離し、ゲル中でトリプシンまたは0.1M臭化シアンを含む70%ホルマリン溶液で消化し、キャピラリーHPLC(Magic)およびイオン捕集マススペクトル分析(ThermoFinnigan)に供した。それぞれの得られたシグナルに対してSequestおよびMascot検索を行った。Sマススペクトルで識別されたペプチドはトリプシン消化逆相HPLCで分離後、ある程度の量を供出してオートマチックペプチドシーケンサーで同定した。
1.7.細胞培養とトランスフェクション
F9、HeLaおよびCOS7細胞を、10%FCSを加えたDMEM培地中で培養した。DNAトランスフェクションにはリポフェクトアミン試薬(Life Technologies,Rockville,USA)を製造元のプロトコルに従って使用した。
1.7.ACE試料
ACE cDNAを、マウス精巣cDNAをテンプレートとして、’5−tgaattccaccatgggccaaggttgggctactccagg−’3(配列番号1)および’5−gaattcgcacttatcatcatcatccttataatcctgctgtggctccaggtacaggc−’3(配列番号2)のプライマーセットを用いてRT−PCRにより調製した。このPCR産物は、FLAGを付加した可溶性精巣ACEのアイソフォームをコードしている。グルタミン酸414をアスパラギン酸へアミノ酸置換によりペプチダーゼ活性を不活性化した変異タンパク質のcDNAは、変異導入プライマーとして、’5−cttggtgatagcgcaccacgatatgggccacatccagtatttcatgca−’3(配列番号3)を用いた部位特異的変異誘発により合成した。cDNAの発現にはCAAGベクターを利用した。このACE cDNAをトランスフェクションしたCOS7細胞の培養上清を収集し、組換えACEを抗−FLAG M2−アガロースアフィニティカラム(Sigma,St.Louis)を用いて精製した。また、ウサギ肺由来ACEの体細胞アイソフォーム(ACE−S)(SigmaA−6778)を、製造業者の支持する活性単位で使用した。ACEのペプチダーゼ活性は公知の方法(Kasahara and Ashihara,Clin Chem.27:1922−1925,1981)で行った。
1.9.FACS分析
0.02%EDTA/PBSを用いて細胞を培養皿から剥離させ、1%BSAを含むHank’s調整塩溶液に数回浸した。懸濁した細胞を、適切な時点で10μg/mlのフィリピン(filipin)/PBS(Sigma,St.Louis)を用いて0℃で1時間にわたり処理した。PBSに浸した後、細胞をACEまたは1.0IU/ml PI−PLC(GLYKO,Novato,USA)またはPBSのみで、カプトプリル(Sigma,St.Louis)の存在下または非存在下の条件で、37℃で1時間にわたり処理を行った。次に細胞を1%BSAを含むPBSに繰り返し浸し、ヒトCD59、ヒトDAF、マウスSca−1(Pharmingen−Fujisawa,Tokyo)、マウスThy1.2(Pharmingen−Fujisawa,Tokyo)、マウスE−カドヘリン(宝酒造)、ヒトプリオンタンパク質(3F4,SignetLaboratories)に対するビオチン共役抗体を用いて染色し、次にフィコエリトリン共役ストレプトアビジン(Pharmingen−Fujisawa,Tokyo)を用いて染色した。
また、プリオンタンパク質(PrP)の遊離活性は、ヒト胎児由来線維芽細胞(HEK293細胞)および抗ヒトプリオンモノクローナル抗体3F4(Signet Laboratories,USA)を使用し、前記と同様に染色した。
染色した細胞をFACScanセルソーターに供した。ソートされた細胞の生存度を、FSCおよびSSCチャンネルにより評価した。F9細胞内で発現したEGFP−GPIは直接検出した。切断の定量はそれぞれの細胞における平均の蛍光発光強度より次式によって切断放出(%)を算出した。
切断放出(%)=(ACE(−)−ACE(+))/(ACE(−)−PI−PLC)
すなわち、PI−PLC処理時の蛍光強度を最大値、ACE(−)での蛍光強度を切断がないものとした。
1.10.放射性標識分析
EGFP−GPIを発現するF9細胞を0.2mCi/mlの[32P]−オルトリン酸(Amersham Bioscience)もしくは0.1mCi/mlの[H]−エタノールアミン(Amersham Bioscience)で16時間処理し代謝による標識を行った。フィリピン処理を行った細胞を、0.5μM ACE、1.0IU/ml PI−PLC、マウス腺性カリクレイン(mGK:EGFPをC末端近傍で切断する酵素)を含む顎下腺の10%ライセートのいずれかで1時間37℃で処理した。遊離したEGFPを抗GFP抗体で免疫沈降させ、SDS−PAGEを行い、ニトロセルロース膜に転写した。EGFP−GPIタンパク質の量は、デンシトメトリー(Molecular Device)でのEGFPイムノブロットで検出されたEGFP−GPIのバンド強度の測定、および同じバンドについて液体シンチレーションカウンタでの放射能測定により行った。
1.11.精子−卵結合能測定
全ての生殖細胞TYH培地中で取扱いおよび静置をおこなった。同腹の正常マウスおよびACE欠損マウスから精巣上体を摘出し、250μlの培地を加え刻んだ。精子を15分間泳がせた後に、1.5ml培地に移し変え、すくなくとも1時間以上培養した。卵細胞は過排卵されたC57BL/6マウスの卵管から採取し、THY培地で積層細胞を除去するために1mg/mlのヒアルロニダーゼ(Sigma)で処理した。培養した精子(約2.0×10 6個/ml)次の試薬で90分、それぞれ処理した。野生型ACE(ACE−WT)0.2U/ml、ACE−E414D 0.2U/ml、PI−PLC 1.0IU/ml、4mMイノシトールモノリン酸(Sigma)をふくむPI−PLC 1.0ml、4mMイノシトールモノリン酸のみ、またはPBSバッファーのみ。生殖細胞はミネラルオイルで表面を覆ったTYH培地中で1時間インキュベートし、PBSで穏やかに4%洗浄後、パらホルムアルデヒドを含むPBSで固定し、卵−精子結合能測定に供した。卵細胞は200倍の光学顕微鏡(オリンパス)で観察し、卵子に集合してきた精子の数は、卵子の直径がもっとも大きく見える焦点にあわせてカウントした。
2.結果と考察
2.1.遺伝子導入マウスとそのGPIタンパク質
図1は、EGFP−GPI遺伝子導入マウスの精巣の蛍光シグナルを撮影した写真像である。生殖細胞(Gc)におけるEGFP−GPIの発現は第2系統(Line2)に見られたが、第1および第3系統には見られなかった。
図2は、遺伝子導入動物の精巣におけるEGFP−GPIタンパク質の溶解度を解析した結果である。界面活性剤を添加した溶解緩衝液(Tx−114+)または界面活性剤非添加の溶解緩衝液(Tx−114−)を用いて組織を可溶化し、溶解産物の一部をウエスタンブロッティングに供した。EGFP−GPIが界面活性剤非存在下で積極的に可溶化したのは、第2系統の精巣においてのみであった。水溶性タンパク質の大きさ(Ln.2,Tx−114−)が界面活性剤可溶性の膜アンカータンパク質(Ln.2,Tx−114+)と同等であった点は特記すべきである。
2.2.GPIアンカータンパク質放出因子の特定
EGFP−GPI遺伝子導入マウスを用いて、GPIアンカー膜結合型タンパク質放出因子の同定を行い、目的の活性を有する100kDaタンパク質を精製した。すなわち、マウス精巣に由来する生殖細胞の膜リッチ分画を1%TritonX−100を含む緩衝液中で可溶化し、遠心分離を行って上清を取り、連続液体クロマトグラフィーによる分画に供した。溶出分画に対してPLAP変換アッセイを行い、その最大値を表1に示す。なお、全ての反応はPI−PLC(1.0U/ml)処理を付随して行い、その値を最大反応として定義した。図3は、銀染色によるこの100kDaタンパク質の単一バンドを示す。

この精製タンパク質は、プロテオミクス分析によりACEであることを確認した。
さらにこの精製タンパク質活性を、組換えACEおよび市販品ACEと比較した。すなわち、組換えタンパク質および市販品ACEはPLAPを水溶性形態に変換するかを確かめるため、部分精製したPLAPを、精製組換えACE(ACE−T)または市販製品(ACE−S)と反応させた。TritonX−114による分配後、水溶性相の一部をSDS−PAGEに供し、PLAPを免疫ブロッティングにより検出した。結果は図4に示した通りである。可溶性PLAPに相当するバンドはPI−PLC処理を行った試料よりわずかに小さいが、ACE−TおよびACE−S処理サンプルの両方に見ることができる。
また、ACE反応の用量依存性を。部分精製したPLAPを様々な濃度のACE−Sと反応させ、水溶相のPLAP活性を測定した。結果は図5に示したとおりである。この図5に示したとおり、市販品ACEにおいてもその活性は用量依存的であり、しかもこの活性は特異的なACE阻害剤であるカプトプリルによって阻害された。
ACEのGPIアンカー型タンパク質遊離活性の活性中心について、既知であるペプチダーゼ活性中心のAsp414をGluに置換した組替え体ACE(E414D)を作成し、GPIアンカー型タンパク質遊離活性およびペプチダーゼ活性について測定を行った(図6、図7)。その結果、ペプチダーゼ活性は1/1000以下に下がったの対して、GPIアンカー型タンパク質遊離活性は野生型とほとんど変わらなかった。このことよりACEのGPIアンカー型タンパク質遊離活性を担当する活性中心は、ペプチダーゼ活性を示す部位とは別の場所に局在することが示唆された。
2.3.GPIアンカー型タンパク質に対するACEの作用
GPIアンカータンパク質に対するACEの活性を精査するため、EGFP−GPIを細胞表面で安定に発現するF9細胞を使用し解析を行った。フィリピン前処理済みのおよび未処理のEGFP−GPI発現F9細胞を1.0U/mlのACE−Sまたは2.8U/mIのPI−PLCにより処理し、EGFP−GPIの動態をGFP蛍光の観察により、またEGFP−GPI、Sca−1、Thy−1およびE−カドヘリンの細胞表面発現をFACS分析によりそれぞれ解析した。ACEはEGFP−GPIの発現にほとんど影響しないが、フィリピン処理を行った細胞については、ACE処理により細胞表面からEGFP−GPIのほとんど全てを遊離させた(図8、9)。実際、GPIアンカー型タンパク質は細胞膜の脂質ラフトに局在化して包含されており、外来性のACEは脂質ラフトにより基質分子への会合が阻害されているように思われる。他のGPIアンカー型タンパク質、Sca−1、Thy−1も細胞のACE処理によって同様に切断放出されることが確認された。これより、ACEおよびPI−PLCは、膜貫通型タンパク質であるE−カドヘリンには何ら作用を及ぼさないいっぽうで、GPIアンカー型タンパク質に特異的に切断酵素活性を示すことが確認された。
さらに、HeLa細胞上でCD59および解離促進因子(DAF)の2種類のGPIアンカー型タンパク質を、HEK293細胞でプリオンタンパク質をそれぞれ分析対象とし、ACEによる切断活性を同様なFACS分析により調査した(図10、11)。その結果、これらGPIアンカー型タンパク質がいずれも細胞膜上から切断放出されたことが確認された。さらに、HeLa細胞でのCD59のACEの切断活性は、コレステロールブロッキング剤であるフィリピン(filipin)を用いて膜脂質ラフトを崩壊させた場合により明確化し(図10)、ACE用量依存的であり(図11)、またカプトプリルによる阻害された(図12)。F9細胞の事例とは対照的に、ACEはヒト細胞上でACEは、フィリピン処理を行わずとも容易に細胞表面からGPIアンカー型タンパク質を遊離させることが確認された(図14)。
2.4.ACEのGPIアンカー型タンパク質遊離活性における基質切断部位の同定
GFP−GPIを発現するF9細胞をPLAPとともにACE処理し、抗GFP抗体カラムで遊離したEGFP−GPIを精製し、トリプシン、臭化シアンもしくはStaphylococcus aureus V8プロテアーゼを用いたHPLC−マススペクトル解析でC末端の構造決定を何度か試みたところ、いずれもターゲットペプチドの捕集に失敗し構造決定が不可能であった。これより、遊離したGFP−GPIはC末端にGPIアンカーの一部が繋がったままの構造であることが推測された。
そこで、GPIアンカーの特定部位を放射ラベルする[32P]−リン酸、または[H]−エタノールアミンを用いて、EGFP−GPIを発現するF9細胞に代謝ラベルを行い、ACE、PI−PLC、mGKでそれぞれ処理したのちに遊離したタンパク質を、EGFPイムノブロットにより検出し、検出されたバンドについてそれぞれの放射線強度を測定した(図15)。分析は少なくとも4回行い、ほぼ同一の結果が得られた。mGK処理では32PまたはHで放射ラベルされた遊離EGFP−GPIはどちらも検出されなかったが、ACE処理およびPI−PLC処理ではどちらの放射ラベルも検出された。これよりACE処理産物にはGPIアンカー型タンパク質の構造の一部でも存在していることが示された。また、ACE処理で遊離したタンパク質の放射線強度は、PI−PLC処理の場合と比較してリン酸ラベルの場合で約1/3、エタノールアミンラベルの場合で約1/2の検出強度だった。図16に示したように、GPIアンカー上ではラベルに用いた放射性同位元素は局在化しており、先の検出強度の差分よりACEの切断部位は既知のPI−PLCの切断部位よりGPIアンカー型タンパク質に近く、GPIアンカー骨格のアンカー型タンパク質が付加する末端に3つ連なっているマンノース付近であることが示唆された。
2.5.卵結合能を欠失した精子へのACEの作用の解析
ACEノックアウトマウスでは雄性不妊が認められる。ACEノックアウトマウスの精子は正常の精子と比較して、透明体(zona pellucida)における精子−卵結合能が欠失していることが、XKrege et al.,Nature375:146−148,1995で、報告されている。
受精時に精子から遊離される事が知られているGPIタンパク質、TESP5とPH−20(非特許文献3および4)を対象として、正常マウスおよびACEノックアウトマウス精巣上体由来の精子について、それぞれ水溶性成分(WS)および界面活性剤可溶性画分(DS)に分配し、イムノブロットで分析した(図17)。精子から遊離した水タンパク質は可溶性画分に分配されるが、正常な精子の水溶性画分(WS)からはTESP5とPH−20の両タンパク質が検出され、ACEノックアウトマウスの精子では水溶性画分からはどちらも検出されなかった。この結果から、ACEはGPIアンカー型タンパク質の放出に必須である可能性が示された。
さらに精子−卵結合におけるACEの影響の同定を試みた。前記の正常マウス、およびACEノックアウトマウス、それぞれの精巣上体由来の精子を、野生型ACE、ペプチダーゼ活性欠損ACE(E414D)、PI−PLCでそれぞれ処理し、C57BL/6マウスの未受精卵に接種した。正常マウスの精子ではこの処理により受精能に何ら影響が見られなかったが、対照的に卵結合能を欠くACEノックアウトマウスの精子では、野生型ACE、ペプチダーゼ活性欠損ACEのどちらのACE処理においても、精子結合能が大きく回復した(図18、図19)。さらに、PI−PLC処理の場合においても、XPI−PLCに特異的な阻害剤イノシトールモノリン酸(inositol−P)で(PI−PLC処理を)阻害した場合を比較することによって、ACEノックアウト精子の卵結合能が回復することが明らかとなった。以上より、ACEのもつGPIase活性が、受精時における精子の卵結合能に決定的な形で関与していることが結論付けられた。
2.6.ACEのGPIase活性の特徴と利用
GPIアンカー切断活性(GPIase活性)を示すタンパク質としては、哺乳類においては、唯一GPI−PLDが知られている。しかし、GPI−PLDは細胞内でGPI−PLDを発現する場合に限って、GPIase活性を示すことが、培養細胞を用いた研究により報告されている(Tujioka et al.,Biochem.Biophys.Res.Commun.251:737−747,1998)。すなわちGPIase活性の医薬への利用という観点から、外来性のGPI−PLDは有効に作用した事例がない。一方で、ACEはヒトの培養細胞や組織に添加するだけで、細胞膜の構造を薬剤処理等で破壊することなく、容易にGPIアンカー型タンパク質を能率的に遊離することができるという優れた特性をもつ。
ACEのGPIase活性の優れたもうひとつの特性は、そのGPIアンカー切断部位である。図16の模式図に示したGPIアンカーの構造における切断部位は、成熟GPIアンカーにおいては、イノシトールのヒドロキシル基への脂肪酸付加(アシル化)がよく起こる。GPI−PLDの切断部位はイノシトールの直近であるため(図16およびHagaman et al.,Proc.Natl.Acad.Sci.USA.,95:2552−2557,1998)X切断できない。実際、アシル化が顕著な健全赤血球では、GPI−PLDによって解離促進因子(DAF)の切断ができない(Davitz et al.,J.Biol.Chem.,264:13760−13764,1989)。一方、ACEはGPI−PLDとは対照的にGPIアンカーのアンカー型タンパク質結合末端側を切断するため、HeLa細胞においてDAFの遊離させたことからもイノシトールへの脂肪鎖付加による阻害を受けにくいことは明らかである。
さらに、GPIase活性を示すタンパク質としてはバクテリア由来のPI−PLCが知られているが、GPIase活性をヒトに対する薬剤として使用する場合に、ACEはヒト体内に通常広く分布していることから、きわめて安全性が高いと考えられる。
またACEは血圧制御因子として働き、血圧上昇を引き起こす。そのためACEを阻害する薬理作用を持つ医薬品(血圧降下剤)やペプチダーゼ活性の阻害についての研究がすすめられてきた。ウサギ体細胞由来ACE(ACE−S)およびマウス精巣由来ACE(ACE−T)の変異型ACE(E414D)の試験結果は、ACEの副作用を制圧して、目的とする活性のみを利用することが可能であることを明確に示した。
【産業上の利用可能性】
以上詳しく説明したとおり、この出願の発明によって、GPIアンカー型タンパク質を細胞膜から遊離させることによって、プリオン性疾患、炎症性疾患、細菌感染性疾患、精子の卵結合能不足による雄性不妊症等を効果的に予防または治療することのできる薬剤が提供される。
【配列表】





【図1】

【図2】

【図3】

【図4】

【図5】

【図6】

【図7】

【図8】

【図9】

【図10】

【図11】

【図12】

【図13】

【図14】

【図15】

【図16】

【図17】

【図18】

【図19】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
アンギオテンシン変換酵素を含有し、GPIアンカー型タンパク質を細胞膜から遊離させることを作用機序とするアンギオテンシン変換酵素含有薬剤。
【請求項2】
プリオン性疾患の予防または治療用である請求項1の薬剤。
【請求項3】
細菌感染疾患の予防または治療用である請求項1の薬剤。
【請求項4】
精子異常による不妊症の予防または治療用である請求項1の薬剤。
【請求項5】
アンギオテンシン変換酵素が、GPIアンカー型タンパク質遊離活性を保持させたまま、アンギオテンシン変換酵素活性を失活させるアミノ酸変異を導入した変異型アンギオテンシン変換酵素である請求項1から4のいずれかの薬剤。
【請求項6】
変異型アンギオテンシン変換酵素が、そのアミノ酸配列中のHis Glu Met Gly His配列におけるいずれか1以上のアミノ酸残基を他のアミノ酸残基に置換した変異酵素である請求項5の薬剤。
【請求項7】
変異型アンギオテンシン変換酵素が、そのアミノ酸配列中のHis Glu Met Gly His配列におけるGluをAspに置換した変異酵素である請求項6の薬剤。
【請求項8】
ペプチダーゼ活性を失活させるアミノ酸変異を導入した変異型アンギオテンシン変換酵素。
【請求項9】
そのアミノ酸配列中のHis Glu Met Gly His配列におけるいずれか1以上のアミノ酸残基を他のアミノ酸残基に置換した請求項8の変異型アンギオテンシン変換酵素。
【請求項10】
そのアミノ酸配列中のHis Glu Met Gly His配列におけるGluをAspに置換した請求項9の変異型アンギオテンシン変換酵素。

【国際公開番号】WO2004/039396
【国際公開日】平成16年5月13日(2004.5.13)
【発行日】平成18年2月23日(2006.2.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−548070(P2004−548070)
【国際出願番号】PCT/JP2003/013851
【国際出願日】平成15年10月29日(2003.10.29)
【出願人】(502392249)
【Fターム(参考)】