説明

アーク溶線式溶射装置

【課題】直流電源でも交流電源でも使用可能な電気式のものであって、電極の消耗や溶損が避けられ、溶射材料として安価な線材が使用できて、構造が簡単で大型な冷却装置も必要ではない溶射装置を提供すること。
【解決手段】ノズル11内の作動ガス通路12に、電極13と、導電材料によって形成されて、作動ガス通路12内に順次送り込まれる溶射線材14の先端とを臨ませるとともに、これらの電極13及び溶射線材14との間に通電することにより、これらの間に発生させたアーク15によって、溶射線材14の先端を溶融し、この溶融された前記溶射線材14の先端を、作動ガス通路12内を送り込まれて来る作動ガスによって溶滴14aにしながら、ノズル11から噴射させるようにしたこと。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶射装置に関し、特に、電極とノズル間にアークを発生させるようにしたアーク溶線式溶射装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
素材の表面の改質を行う方法としての溶射技術は、非特許文献1にも述べられているように、
・殆どの基材に対する被膜形成が行えること
・溶射される材料の種類が広範囲であること
・溶射被膜が形成される基材の寸法に制限がないこと
・被膜の形成速度が速いため、効率的な表面改質法であること
・現場施工が容易であること
等の優れた技術である。
【0003】
このような溶射技術は、ガス式と電気式との2つに大きく分けられるが、近年では制御が容易であることから、特許文献1及び特許文献2にも示されるように、電気式の溶射技術が種々提案され発達してきている。そして、この電気式の溶射技術は、溶射材料を「アーク」によって加熱する古くからの「アーク溶射法」と、「アーク」によって発生させたプラズマジェットをエネルギー源とする「プラズマ溶射法」と、通電加熱をエネルギー源とする「線爆溶射法」との3つに分けられる。
【0004】
「アーク溶射法」は、非特許文献1及び2、そして図4にも示すように、2本のノズルを通して連続的に送給される「溶射線材」の先端間に「アーク」を発生させ、このアークによる熱で溶融させた溶射線材を、中間にあるノズルから噴射する空気ジェットによって「溶滴化」し、この溶滴を基材表面に吹き付けて被膜とするものである。換言すれば、この「アーク溶射法」では、2本の「溶射線材」を、2本のノズルを通して連続的に送給しなければならないだけでなく、ノズルから噴射する空気ジェットに常に正確に乗せなければならないものとなっている。
【0005】
この「アーク溶射法」は、「交流アーク」も「直流アーク」も使用できて、出力を大きくすることによって、溶射速度を高めることができるし、被膜自体の強度や、被膜の基材表面に対する密着強度が「ガス(フレーム)溶射」より高くできるから、効率の良い溶射が行える反面、空気ジェットによって溶滴として吹き飛ばされた後は、加熱されないため温度が低下することとなる。また、この「アーク溶射法」では、溶射線材の送給速度が出力に対して低すぎると、溶滴の過熱及び酸化が生じ、場合によっては、溶射線材の合金元素の損失を生じて被膜の化学組成が大きく変化することになる。
【0006】
一方、電気式の溶射技術の中の「プラズマ溶射法」は、非特許文献1にも述べられているように、「直流アーク」のみによって発生させた「プラズマ」をエネルギー源として溶射を行うもので、上記「アーク溶射法」の一種である。そして、この「プラズマ溶射法」は、非特許文献2にも述べられているように、
・プラズマのエネルギー密度が高いので、セラミックス等の高融点材料を溶融し、高速度に加速して溶射できること
・基材に対するプラズマの熱影響を小さくすることができて、プラスチック等の低融点基材へも容易に成膜できること
・溶融粒子の急冷凝固やプラズマ中での反応を利用して、種々な被膜組織が形成できること
等の長所があるものである。
【0007】
また、この「プラズマ溶射法」は、非特許文献1にも述べられているように、エネルギー源として、「プラズマアーク」を使用するものと、「プラズマジェット」を使用するものと、の2形態のものが実用化されている。「プラズマアーク」を使用するものは、図5の(a)に示すように、プラズマトーチ内の陰極と、基材自体が構成することになる陽極との間にアークを発生させ、このアークを取り囲むように、ノズルから作動ガスを旋回流として基材に送り込むものである。
【0008】
「プラズマジェット」をエネルギー源として使用するものは、図5の(b)に示すように、ノズル内に陰極及び陽極を並存させておき、これらの両極間にアークを発生させながら作動ガスを旋回流として給送するものである。これにより、作動ガスはアークによってプラズマ化されて、ノズルの先端から超高温の「プラズマジェット」となって噴出されることになる。
【0009】
図5の(a)に示す「プラズマアーク」ではアークの陽極点加熱であるのに対し、図5の(b)に示す「プラズマジェット」では高温流による加熱である。このため、前者の基材の加熱効果は後者のそれに比べて遙かに高く、基材面を加熱しない方がよいという表面改質法の原則からすると、溶射技術の殆どには「プラズマジェット」が用いられていることになる。
【0010】
しかしながら、この「プラズマ溶射法」でも、上記の「アーク溶射法」と同様に、溶射材料の送給速度が出力に対して低すぎると、溶滴の過熱及び酸化が生じ、溶射線材の合金元素の損失を生じて被膜の化学組成が大きく変化するという問題が無い訳ではないし、直流電源が必要でもある。
【0011】
そこで、2陽極とプラズマトリミング部を備えた溶射装置が提案されていることが、非特許文献1に記載されている。この溶射装置では、1個の陰極トーチに対応して、軸対称となるべき2個の陽極トーチを有していて、プラズマトリミング部にて高温のジェットを除去することによって、基材や被膜の過熱を防ぐようにしているものである。さらに、この溶射装置では、陰極及び陽極を、アルゴンあるいは窒素ガス等の不活性ガスによって保護するようにしている。
【0012】
逆に言えば、非特許文献1に記載されている溶射装置では、溶射材料として原価の高い「粉末状」のものを採用しなければならないだけでなく、直流電源が必要でもあることから、装置全体が非常に複雑になっている。
【0013】
これに対して、前述の図4に示す溶射装置では、直流電源でも交流電源でも使用できて、原価の安い「溶射線材」が使用できるため構造が簡単ではあるが、溶滴の過熱及び酸化が生じ、溶射線材の合金元素の損失を生じて被膜の化学組成が大きく変化するという問題が残ったままである。さらに、この図4の装置も、非特許文献2の装置も、ノズルと電極間に「アーク」を発生させるのであるから、非特許文献2の「プラズマ溶射ガン」という項目中にも記載されているように、このアークの発生によってノズルや電極が消耗したり溶損したりする。そのために、これらのノズルや電極は、冷却水循環装置によって冷却しなければならないものとなっているのである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】特開2002−206159号公報、要約
【特許文献2】特許第3661017号掲載公報
【非特許文献】
【0015】
【非特許文献1】新版溶射工学(産報出版株式会社1996年発行、著者 蓮井 淳)
【非特許文献2】溶射工学便覧(日本溶射協会2010年発行)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
ところで、特許文献1には、「アークを安定に維持して安定な動作を行わせるとともに、溶射用線材の霧化を効率よく行わせることができるアーク溶射装置を提供する」ことを目的としてなされた「アーク溶射方法及び装置」に関する発明が提案されている。
【0017】
この特許文献1にて提案されている「アーク溶射方法及び装置」は、図7にも示すように、「2本の線材ガイド管5A及び5Bにより溶射用線材11A及び11Bをガイドしつつ目標点Cに向けて送給し、線材11A及び11Bの先端を接触させてアークを発生させる。目標点C付近に一次ガス流の集合点Aを設定し、2本の線材ガイド管5A及び5Bが配置された領域よりも外側の領域から溶射軸線に対して傾斜した方向に沿って集合点Aに向けて流れるビーム状の一次ガス流を生じさせ、この一次ガス流を線材の先端の溶融部分に吹き付けることにより溶融金属を霧化させる」ものである。
【0018】
従って、この特許文献1の「アーク溶射方法及び装置」は、図4に示す「アーク溶射装置」と基本原理が同じで、「アークを安定に維持して安定な動作を行わせるとともに、溶射用線材の霧化を効率よく行わせることができる」ものではあっても、図4の「アーク溶射装置」に関連する上述した長所と短所を有しているものである。
【0019】
特に、この特許文献1の「アーク溶射方法及び装置」は、「2本の線材ガイド管5A及び5B」を必要としているものであって、溶射材料として「2本の線材」を使用するものであるから、例えば、鉄橋を構築している非常に多数のリベットやボルト・ナットの錆止めや、エンジンのシリンダ内の表面処理を、この種の溶射技術によって行うことは非常に困難である。何故なら、小さな突起の全外周や円筒内面を2本の線材を使用しながら溶射しようとすると、これら2本の線材を供給しながら突起や円筒の周りに回転させる必要があるからであり、そのようにするには更に大型の装置が必要になるからである。このことは、図4に示した装置に付いても同様に言えることである。
【0020】
一方、特許文献2の技術は、本願の発明者が提案したものであるが、図6にも示すように、「吐出口金60の先端部中央に、溶滴81の吐出方向を変換する突起63を形成するとともに、吐出口金60の後端に、当該吐出口金60から突出して、外筒10内に収納したエア噴出筒50内に配置される複数のアーム部65を一体化することにより、回転エアが噴出されるエア噴射空間66を形成して、エア噴出空間66の外側であって外筒10の直ぐ内側に、回転エア室52を介在させた状態でエア噴出筒50を配置した」ものであり、燃料ガスを燃焼させた熱エネルギーによって溶射材料を溶融させる、所謂「ガス溶線式溶射装置」である。
【0021】
この特許文献2の技術は、「エア噴出筒50に形成した多数のエア噴出口53から噴出するエアによって吐出口金60に回転力を与える」ようにしたものであり、円筒状の基材内面への溶射が行えるようにした」、非常に有用なものではあるが、本発明者は、電気式のものに比較すると、制御方法に少し難があると考えたのである。
【0022】
そこで、本発明者は、この種の溶射装置について、
(a)直流電源でも交流電源でも使用可能な電気式の溶射装置
(b)電極の消耗や溶損が避けられる溶射装置
(c)溶射材料として、安価な線材が使用できる溶射装置
(d)簡単な構造で大型な冷却装置は必要でない溶射装置
とするにはどうしたらよいか、について種々検討を重ねてきた結果、本発明を完成したのである。
【0023】
すなわち、本発明の目的とするところは、電気式であって直流電源でも交流電源でも使用可能で、電極の消耗や溶損が避けられ、溶射材料として安価な線材が使用できて、構造が簡単で大型な冷却装置も必要ではない溶射装置を提供することにある。
【0024】
さらに、本発明の他に目的とするところは、上記の目的が達成できる他、1本だけの溶射線材を使用するようにして、ノズルを回転させるようにしたときでも、溶射線材の送りが行える簡単な構造の溶射装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0025】
以上の課題を解決するために、まず、請求項1に係る発明の採った手段は、後述する実施形態の説明中で使用する符号を付して説明すると、
「ノズル11内の作動ガス通路12に、電極13と、導電材料によって形成されて、作動ガス通路12内に順次送り込まれる溶射線材14の先端とを臨ませるとともに、
これらの電極13及び溶射線材14との間に通電することにより、これらの間に発生させたアーク15によって、溶射線材14の先端を溶融し、
この溶融された溶射線材14の先端を、作動ガス通路12内を送り込まれて来る作動ガスによって溶滴14aにしながら、ノズル11から噴射させるようにしたことを特徴とするアーク溶線式溶射装置10」
である。
【0026】
この請求項1に係るアーク溶線式溶射装置10の基本構成は、図1及び図2に示すように、ノズル11内の作動ガス通路12に、互いに対極する状態で、電極13及び溶射線材14の先端を臨ませて、これらの電極13及び溶射線材14の先端に発生させたアーク15によって溶射材料を溶融し、作動ガス通路12内に送り込まれて来る作動ガスにより、溶融した溶射線材14の先端を溶滴化(溶滴14a)するようにしたものである。
【0027】
このアーク溶線式溶射装置10において重要なことは、電極13に対極するものを、導電材料によって形成され、作動ガス通路12内に順次送り込まれて溶滴14aとなる溶射線材14によって構成した、つまり「1本」の溶射線材14で溶射が行えるようにしたことである。換言すれば、作動ガス通路12内で電極13に対極するものを、基材20上の被膜21となるべき溶射線材14の先端によって構成するとともに、この溶射線材14の先端が作動ガス通路12内に順次送り込まれて溶滴14aとなるようにしたことが、本発明に係るアーク溶線式溶射装置10の最大特徴なのである。
つまり、このアーク溶線式溶射装置10は、上記の (a)の「電気式の溶射装置」となっているのである。なお、電極13については、導電性のものであることは勿論、溶滴14aとはならないものによって構成し、固定的なものとしておけばよいものである。
【0028】
溶射線材14を電極とすることは、上述した「アーク溶射法」において既に採用されてきていることではあるが、従来のアーク溶射法では、必ず「2本」の溶射線材によってアークを発生させるようになっていて、2本の溶射線材を送り装置によって送り込み、溶滴が一定の(交差)点、つまり空気ジェットが送られる先で発生し得るように送り速度を調整しなければならない。
【0029】
ところが、本発明に係るアーク溶線式溶射装置10では、一方の電極となるべき1本の溶射線材14を送り速度を調整しながら作動ガス通路12内に向けて送らなければならないが、電極13は固定的でかつ非消耗部分としてその送り調整を全く不要としているだけでなく、この電極13は作動ガス通路12内に臨んでいることから、作動ガス通路12内を送り込まれてくる作動ガスによって冷却されることにもなるのである。
【0030】
勿論、この溶射線材14は、電極13との間にアーク15を発生させなければならないから、導電性のものである必要があるが、一般的には基材20上の被膜21とすべきものは導電性のある金属が多いから、特に問題となることはない。むしろ、粉体とする必要がないことから、一般的な金属棒材を採用すればよく、100%被膜21となることはない溶射材料として、安価なものでよいことになって、非常に効率的なアーク溶線式溶射装置10となるのである。つまり、本発明に係るアーク溶線式溶射装置10は、上記の (c)の「溶射材料として、安価な線材が使用できる溶射装置」となっているのである。
【0031】
この一方の電極となる溶射線材14は、例えば図1に示すような線材案内部材16によってノズル11内に案内供給すればよいし、しかも1本だけ使用すればよいから、当該アーク溶線式溶射装置10全体の構成を簡略化し得るものである。そして、この溶射線材14を案内する線材案内部材16に電源17の一方を接続し、電極13側にこの電源17の他方を接続すれば、ノズル11内の作動ガス通路12にて対極している溶射線材14と電極13との間に通電され、これらの溶射線材14の先端及び電極13間にアーク15を発生させることが簡単な構成によって形成できるのである。
【0032】
換言すれば、本発明に係るアーク溶線式溶射装置10は、電気式の溶射装置であって、交流電源でも直流電源も採用できるものであり、使用の汎用性が高いものとなっているのである。なお、電源として直流を採用する場合には、溶射線材14側をカソード(陰極)とすることが好ましい。つまり、本発明に係るアーク溶線式溶射装置10は、上記の(a)の「直流電源でも交流電源でも使用可能な溶射装置」となっているのである。
【0033】
この場合、作動ガス通路12内に送り込まれて来る作動ガスを加熱するアーク15が交流電源によって発生されるのであれば、このアーク15の到達点において加熱されることになり、このアーク15の到達点の周囲に存在する作動ガスがプラズマ化される。一方、アーク15が直流電源によって発生されるのであれば、作動ガスは直接的にプラズマ化されて高温化することになる。何れの場合も、プラズマ化された作動ガスは、溶射材料14の先端を溶滴14aとすることになるし、アーク15の発生地点より後流側に至っても十分な熱エネルギーを保存していて、各溶滴14aが被膜になるまでの温度維持を確保することになる。
【0034】
また、この請求項1のアーク溶線式溶射装置10においては、電極の一方を、ノズル11内の作動ガス通路12に順次送り込まれる1本の溶射線材14によって構成し、電極13をノズル11自体あるいはその一部に形成した電気式溶射装置であるから、図1にも示すように、ノズル11への溶射線材14の供給方向と溶射方向(溶滴14aの噴射方向)との角度を90度以内のものとすることができる。
【0035】
このことは、例えば、鉄橋を構築している非常に多数のリベットやボルト・ナットの錆止めや、エンジンのシリンダ内の表面処理を非常に容易に行えることを意味している。リベットやボルト・ナットは、鉄橋を構築している鉄骨の大きな平面に対して僅かに突出している突起となっているものであるが、このような突起に溶射を行おうとすれば、直ぐ直前に立ちはだかっている鉄骨の大きな平面が作業の邪魔になる。ところが、この請求項1のアーク溶線式溶射装置10においては、ノズル11への溶射線材14の供給方向と溶射方向との角度がせいぜい90度以内であるから、溶射線材14や電源コードと鉄骨平面とが干渉し合うことなく、ノズル11の溶射口を、各突起の正面は勿論、周囲側面に対しても向けることができるからである。
【0036】
また、表面処理すべき対象、つまり基材20が、シリンダなどの円筒内面であっても、この円筒の開口からノズル11を円筒内に差し込むとともに、このノズル11を少し傾斜させながら自身または円筒側を回転させれば、溶射線材14や電源コードがこの円筒に干渉することなく、溶射が行えることになる。
【0037】
以上のアーク溶線式溶射装置10を作動させると、従来のアーク溶射法の場合と同様に、電極である溶射線材14の先端と、固定的な電極13との間に、図1及び図2に示すように、アーク15が発生する。このアーク15は、作動ガス通路12内を流れている、圧縮空気、アルゴンガス、窒素ガス等の作動ガスを、加熱あるいはプラズマ化して高温にするから、この高温作動ガスによって溶射線材14の先端が順次溶融することは上述した通りである。また、アーク15が発生する近傍を含めて、作動ガス通路12内には作動ガスが高速で流れているのであるから、溶融した溶射線材14は、これに吹き飛ばされるようにして溶滴14aとなるのである。
【0038】
ここで、溶滴14aを吹き飛ばした後の作動ガスは、外気によってある程度まで冷却されるが、もとものこの作動ガスは、非常に高速で基材20に向けて噴射されているし、アーク15によって加熱されてプラズマ化されているから、上述したように、基材20に到達するまでの時間程度では、溶滴14aを固化させる程冷却されることはない。つまり、基材20の上に被膜21を形成すべく確実に溶射されるのである。
【0039】
作動ガスによって吹き飛ばされた溶滴14aは、作動ガス通路12の開口部から溶融状態を維持したまま基材20表面に向けて飛ばされる、つまり溶射されるから、基材20の表面に付着して固形化することにより、目的の被膜21となるのである。勿論、溶滴14aとなるべき溶射線材14は、順次送られるのであるから、溶滴14aが途切れることはなく、しかもアーク15の発生は安定化されるのである。
【0040】
一方、作動ガス通路12内に露出している電極13は、当該作動ガス通路12内を流れる作動ガスに触れているのであるから、そのアーク15より上流側が常に冷却されることになって、この電極13は、ある程度の耐熱性のあるものであれば、「アーク溶射法」の場合と異なって、溶融することはなく、まして、溶滴14aとして吹き飛ばされることもない。つまり、本発明に係るアーク溶線式溶射装置10は、上記の(b)の「電極の消耗や溶損が避けられる溶射装置」となっているのであるし、他方の電極13のための冷却装置は殆ど必要ないのであるから、(d)の「構造が簡単で大型な冷却装置は必要でない溶射装置」ともなっているのである。
【0041】
ところで、図5あるいは図6に示す従来の装置では、ノズルと電極間に「アーク」を発生させるのであるから、このアークの発生によってノズルや電極が消耗したり溶損したりするということがあったが、本発明に係るアーク溶線式溶射装置10では、一方の電極が溶射線材14そのものであり、この溶射線材14自体は、アーク15によって加熱されることにより溶滴14aとなる、つまり「溶損」することを前提としているものである。
【0042】
この溶射線材14自体が溶損するものであっても、当該溶射線材14はそれを見越して線材送り装置18などによって作動ガス通路12内に送り込まれるのであるから、この溶射線材14自体の言わば「溶損」は全く問題がない。それだけでなく、この溶射線材14自体の溶損は、アーク15の熱エネルギーを溶滴14aの形成のために使用することを意味しているから、アーク15の熱エネルギーは、電極13の消耗または溶損のためには使用されない。換言すれば、本発明に係るアーク溶線式溶射装置10では、電極13については、消耗または溶損しないのである。
【0043】
従って、この請求項1に係るアーク溶線式溶射装置10は、電気式であって直流電源でも交流電源でも使用可能で、電極13の消耗や溶損が避けられ、溶射材料として安価な線材14が使用できて、構造が簡単で大型な冷却装置も必要ではないものとなっているのである。
【0044】
また、上記課題を解決するために、請求項2に係る発明の採った手段は、上記請求項1に記載のアーク溶線式溶射装置10について、
「電極13を、溶射線材14を構成している材料よりも高い融点の金属、またはその合金、あるいは複合体によって形成したこと」
である。
【0045】
電極13は、上述したように、作動ガス通路12内に広く露出していて、作動ガス通路12内を流れる作動ガスによって冷却されるものではあるが、溶射線材14の先端との間に発生するアーク15の到達場所でもあるから、これを消耗しにくいタングステンまたはその合金、あるいは複合体によって形成しておけば、その耐久性は格段に向上することは言うまでもない。溶射線材14を構成している材料よりも高い融点の金属とし得るものとしては、タングステン、タンタル、モリブデンあるいはクロムがある。なお、複合体としては、例えば「銀タン」と呼ばれる銀とタングステンとの複合物を言い、タングステンとは合金化されない他の金属との複合物を言うものとする。
【0046】
従って、この請求項2のアーク溶線式溶射装置10は、上記請求項1のそれと同様な機能を発揮する他、電極13がより耐久性が高いものとなっているのである。
【0047】
さらに、上記課題を解決するために、請求項3に係る発明の採った手段は、上記請求項1または請求項2に記載のアーク溶線式溶射装置10について、
「ノズル11内に存在する作動ガス通路12内に、溶射線材14の供給口14bを開口させるとともに、この供給口14bより下流側の作動ガス通路12の方向と、供給口14bでの溶射線材14の送り込み方向とが交差し得るようにしたこと」
である。
【0048】
この請求項3に係るアーク溶線式溶射装置10は、図1〜図3に示すように、供給口14bより下流側の作動ガス通路12の方向と、供給口14bでの溶射線材14の送り込み方向とを交差させて、溶射線材14の送り制御と、アーク15を発生させる電源条件とを緩和するようにしている。
【0049】
アーク15の発生時期及び回数は、電極13と溶射線材14の先端との間の距離及び電圧の大きさによって決定されるが、これらは溶射線材14の送り速度の調整、及び電源17での電圧制御に大きく依存する。ところが、本発明に係るアーク溶線式溶射装置10では、供給口14bより下流側の作動ガス通路12の方向と、供給口14bでの溶射線材14の送り込み方向とを交差させていることによって、溶射線材14の先端が電極13に直接接触するまでの時間に余裕ができ、溶射線材14の送り速度に変化があっても、または電源17の電圧に変化があっても、安定したアーク15の発生が行えるのである。
【0050】
また、本発明に係るアーク溶線式溶射装置10では、供給口14bより下流側の作動ガス通路12の方向と、供給口14bでの溶射線材14の送り込み方向とを交差させていることによって、溶射線材14が他方の電極13に対する距離が部分で異なる太さのあるものであっても、あるいは溶融した部分が溶射線材14の先端に残っていたとしても、図1にも示すように、これらの部分の内電極13に近い部分が先に溶滴14aとなり、溶射線材14の送り速度に変化があっても、または電源17の電圧に変化があっても、安定したアーク15の発生が行えるのである。
【0051】
さらに、本発明に係るアーク溶線式溶射装置10では、供給口14bより下流側の作動ガス通路12の方向と、供給口14bでの溶射線材14の送り込み方向とを交差させていることによって、この溶射線材14の溶融した先端が、作動ガス通路12内の作動ガスの流れに対して直交することはないのであるから、この直交する場合に比較すれば、溶射線材14の溶融した先端が作動ガスの流れ中に長時間存在し得ることになり、溶射線材14の溶融した先端が効果的に飛散するのである。
【0052】
特に、図2及び図3に示すアーク溶線式溶射装置10では、供給口14bより下流側の作動ガス通路12の方向と、供給口14bでの溶射線材14の送り込み方向とが直角に交差しているため、作動ガス通路12内のアーク15が発生する直前までの他方の電極13の冷却を、この作動ガス通路12内を流れる作動ガスによってより効果的に行えるものとなっているのである。
【0053】
従って、この請求項3に係るアーク溶線式溶射装置10は、上記請求項1または2のそれと同様な機能を発揮する他、アーク15の発生の安定化と、他方の電極13の冷却とを効果的に行えるものとなっているのである。
【0054】
そして、上記課題を解決するために、請求項4に係る発明の採った手段は、上記請求項1〜請求項3のいずれかに記載のアーク溶線式溶射装置10について、
「電極13を、溶射線材14に対して回転可能にしたこと」
である。
【0055】
すなわち、この請求項4に係るアーク溶線式溶射装置10では、図3にも参考的に示すように、ノズル本体11A内に一方の電極13となるべき1本の溶射線材14を直線的に送り込むようにするとともに、ノズル本体11Aの先端に電極13の他方でもあるノズル11を、1本の溶射線材14の回りに、つまり溶射線材14に対して回転可能にしたものである。
【0056】
以上の結果、この請求項4のアーク溶線式溶射装置10においては、作動ガス通路12の開口から噴出される高温化された作動ガス及び溶滴14aの反作用によって、他方の電極13、つまりノズル11が、1本の溶射線材14を中心に回転し得ることになるのである。これにより、溶射線材14側となるノズル本体11Aを、作業者の手やロボットのハンドによって固定的にしておけば、当該アーク溶線式溶射装置10は、円筒内にノズル本体11Aの先端を挿入すれば、この円筒内面全体への溶射が行えることになるのである。
【0057】
特に、このアーク溶線式溶射装置10においては、電極の一方を、ノズル11内の作動ガス通路12に順次送り込まれる1本の溶射線材14によって構成し、電極13をノズル11自体あるいはその一部に形成した電気式溶射装置であって、電極13が溶射線材14に対して回転可能になっていて、しかも、このアーク溶線式溶射装置10は、ノズル11への溶射線材14の供給方向と溶射方向(溶滴14aの噴射方向)との角度を90度となるようにしているのであるから、エンジンのシリンダ等の円筒内の表面処理を非常に容易に行えるものである。
【0058】
何故なら、このアーク溶線式溶射装置10のノズル11を円筒内に差し込んで、溶射を開始すれば、ノズル11は、溶滴14aを内周壁に吹き付けながら自ら回転するから、例えばノズル本体11Aは円筒に対して上下させるだけで、円筒内面の全てに溶射による被膜21が形成できるからである。勿論、このときに、1本の溶射線材14自身や、これと電源コードが絡み合うことは全くなく、上述したノズル本体11Aの円筒に対する上下操作のみによって、円筒内への被膜21の形成が非常に容易に行えるのである。
【0059】
従って、この請求項4に係るアーク溶線式溶射装置10は、上記請求項1〜3の何れかに係るそれと同様な機能を発揮する他、円筒内の溶射も行えるものとなっているのである。
【発明の効果】
【0060】
以上の通り、本発明においては、
「ノズル11内の作動ガス通路12に、電極13と、導電材料によって形成されて、作動ガス通路12内に順次送り込まれる溶射線材14の先端とを臨ませるとともに、
これらの電極13及び溶射線材14との間に通電することにより、これらの間に発生させたアーク15によって、溶射線材14の先端を溶融し、
この溶融された溶射線材14の先端を、作動ガス通路12内を送り込まれて来る作動ガスによって溶滴14aにしながら、ノズル11から噴射させるようにしたこと」
にその構成上の主たる特徴があり、これにより、直流電源でも交流電源でも使用可能で、電極13の消耗や溶損が避けられ、溶射材料として安価な線材14が使用できて、構造が簡単で大型な冷却装置も必要ではないアーク溶線式溶射装置10を提供することができるのである。
【0061】
特に、このアーク溶線式溶射装置10は、
(a)直流電源でも交流電源でも使用可能な電気式溶射装置
(b)電極13の消耗や溶損が避けられる溶射装置
(c)溶射材料として、安価な線材14が使用できる溶射装置
(d)構造が簡単で大型な冷却装置は必要でない溶射装置
といった要望の全てを実現することができるのである。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】本発明に係るアーク溶線式溶射装置10の概略を示す断面図である。
【図2】請求項3に係るアーク溶線式溶射装置10の概略を示す部分断面図である。
【図3】同アーク溶線式溶射装置10の概略を示すもので、(a)は部分断面図、(b)は部分平面図である。
【図4】従来のアーク溶射装置の概略を示す断面図である。
【図5】従来のアーク溶射装置(a)とプラズマ溶射装置(b)の概略をそれぞれ示す断面図である。
【図6】特許文献2に示されたプラズマ溶射装置の概略を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0063】
次に、上記のように構成した各請求項に係る発明を、図面に示した実施の形態であるアーク溶線式溶射装置10について説明すると、図1には本発明の第1実施例に係るアーク溶線式溶射装置10が、また、図2及び図3には本発明の第2実施例に係るアーク溶線式溶射装置10が、概略的に示してある。
【0064】
まず、これらの第1実施例及び第2実施例に係るアーク溶線式溶射装置10のそれぞれを説明する前に、これらに共通する部分から説明すると、次の通りである。これらのアーク溶線式溶射装置10は、ノズル11内の作動ガス通路12に、互いに対極する状態で、電極13と溶射線材14の先端とを臨ませて、これらの電極13及び溶射線材14の先端間に発生させたアーク15によって溶射材料14の先端のみを溶融し、作動ガス通路12内に送り込まれて来る作動ガスにより、溶融した溶射材料14の先端を溶滴化するようにしたことを基本とするものである。
【0065】
そして、本発明に係るアーク溶線式溶射装置10で重要なことは、互いに対極する電極の内の一方を、溶射線材14によって構成したことである。この溶射線材14は、アーク15の基点あるいは到達点となるもの、つまり導電材料によって形成されて「電極」をも構成するものであり、しかも、作動ガス通路12内に順次送り込まれながら、アーク15によって加熱されて溶滴14aとなるものである。
【0066】
ここで、安定的な溶射が行えるためには、溶射線材14の送りと、この溶射線材14に対する通電が問題になるが、本発明に係るアーク溶線式溶射装置10では、この溶射線材14の送りについては、溶射線材14と他方の電極13間の電圧または電流の計測と、これに基づく線材送り装置18等の制御によって、溶射線材14の送り調整を行うようにしている。アーク15の発生は、この溶射線材14の先端と電極13との距離、及びその間の電圧または電流の大きさによるからである。
【0067】
また、溶射線材14に対する通電は、例えば、導電性の線材案内部材16内に常に接触するようにしながら、当該溶射線材14を作動ガス通路12内に送り込むようにするとともに、当該溶射線材14を導電材料によって構成することによって行っている。勿論、この線材案内部材16と電極13とは、例えば図2に示したように、絶縁させておくことは言うまでもない。
【0068】
これに対して、電極13は、アーク15によって加熱されても「溶滴」とはならないものである。この電極13がアーク15によって加熱されても「溶滴」とはならないのは、作動ガス通路12内に面したものであること、またこの作動ガス通路12内を流れる作動ガスによって常に冷却されていることによる。勿論、この電極13自体を、溶射線材14を構成している材料よりも高い融点の金属、例えばタングステンやその合金、あるいは複合体等の、導電性があって耐熱性に優れた材料によって形成しておけば、アーク15によって加熱されても、より一層「溶滴」とはならないことは言うまでもない。 つまり、本発明に係るアーク溶線式溶射装置10は、電気式の溶射装置であって、交流電源でも直流電源も採用できるものであり、使用の汎用性が高いものとなっているのである。
【0069】
(実施例1)
図1には、本発明の第1実施例に係るアーク溶線式溶射装置10の概略が示してある。このアーク溶線式溶射装置10では、人の手やロボットのアームによって動かされるノズル11内に作動ガス通路12が形成してあって、この作動ガス通路12はノズル11の一部にて開口させてある。勿論、図1中の白抜き矢印にて示したように、この作動ガス通路12内には作動ガスが図示しない装置によって供給されるのであるが、この作動ガスとしては、圧縮空気、一酸化炭素、アルゴンガスや窒素ガス等の不活性ガスが採用される。
【0070】
この作動ガスが流れる作動ガス通路12内には、電極13が比較的広い面積で露出するようにしてあり、この電極13に溶射線材14の先端が対極するように、溶射線材14の出口である供給口14bが開口させてある。この供給口14bからは、線材案内部材16にて案内されながら送られて来る溶射線材14が作動ガス通路12内に突出することになるが、この溶射線材14の突出角度は、他方の電極13の露出面に対して傾斜するように設定してある。この溶射線材14の、他方の電極13の露出面に対する傾斜角度は、当該溶射線材14の案内方向、ノズル11自体の構造、及び溶滴14aが他方の電極13に付着しないようにすることを考慮すると、20度〜60度が好ましい。
【0071】
以上の線材案内部材16と電極13との間に給電する電源17としては、上述したように、交流電源でも直流電源でもよいのであるが、アーク15によってプラズマジェットを発生させたい場合には、直流電源を採用するとよい。この直流電源を電源17として採用する場合には、線材案内部材16側をカソードつまり陰極とするとよい。
【0072】
(第2実施例)
図2及び図3には本発明の第2実施例に係るアーク溶線式溶射装置10が示してあるが、この第2実施例のアーク溶線式溶射装置10と上記第1実施例のそれと異なる点は、ノズル11内に作動ガス通路12を形成したことと、この作動ガス通路12の溶射線材14が送り込まれる部分の方向と溶射線材14以降の部分の方向とが互いに傾斜させてあることである。なお、この第2実施例のアーク溶線式溶射装置10と上記第1実施例のそれと共通する部分については、図2及び図3中に同一符号を付してその説明を省略することがある。
【0073】
この第2実施例のアーク溶線式溶射装置10におけるノズル11は、図2及び図3の(a)にて示したように、その中心部分に作動ガス通路12を形成しておいて、この作動ガス通路12の上流側部分内に、溶射線材14を案内するための線材案内部材16の先端部分が挿入できるようにしてある。また、このアーク溶線式溶射装置10における作動ガス通路12は、図3に示したように、ノズル11が組み付けられるべきノズル本体11A内に連通しているものであり、このノズル本体11A内に供給される作動ガスが、当該ノズル11内の作動ガス通路12に供給できるようにしてある。
【0074】
この第2実施例におけるアーク溶線式溶射装置10での溶射線材14の送りは、図3の(a)にて示したように、互いに対向して溶射線材14を挟み込む一対のピンチローラの一方を、線材送り装置18によって回転駆動制御することにより行うようにしている。勿論、これら一対のピンチローラの送り出し方向は、ノズル本体11Aの軸心方向と一致しているものであり、例えば、ロールに巻き取られた長尺な溶射線材14の曲がり癖を、これら一対のピンチローラによる挟み込みによって直線状態に直しながら、当該溶射線材14の送り込みを行うようにしているのである。勿論、この線材送り装置18は、1本の溶射線材14の送り込みを行うものであるから、「1台」でよい。
【0075】
また、このアーク溶線式溶射装置10におけるノズル本体11Aは、図3の(a)にて示したように、図示右端にあって電源17の一端が接続される電源接続部19bを、絶縁部材19aを介して一体化するようにしてあり、この電源接続部19bには線材案内部材16の一端が固定してある。この線材案内部材16の他端は、ノズル11の作動ガス通路12内に、ノズル11と非接触状態となるように配置してあって、線材案内部材16の中間部分は導電性のノズル本体11A内に浮いた状態に配置してある。そして、このノズル本体11Aの一部には、導電性の作動ガス供給口19cが一体化してあり、この作動ガス供給口19cには電源17の他端が接続されるのである。勿論、ノズル11は、ノズル本体11Aに対して固定的であってもあるいは回転可能であっても、このノズル本体11Aに対して電気的に接続されているものである。
【0076】
以上の結果、当該アーク溶線式溶射装置10のノズル本体11Aでは、電源17からの電力は、電源接続部19bを介して線材案内部材16に、また作動ガス供給口19c及びノズル本体11Aを介してノズル11に、それぞれ供給されることになるのであり、電力が供給されたときには、溶射線材14の先端と、他方の電極13、つまりノズル11との間にアーク15を発生するのである。
【0077】
ところで、図3では具体化していないが、ノズル11はノズル本体11Aに対して回転可能に組み付けることができるものである。この場合には、線材案内部材16をノズル本体11Aの長手方向の中心に配置して、この線材案内部材16による溶射線材14の送りを、回転可能なノズル11の中心、つまり当該ノズル11内の作動ガス通路12の中心に向けて行うようにする。そうすると、当該ノズル11は、送られてくる溶射線材14を中心にして回転できることになり、ノズル11は、溶射線材14の送りに影響されることなく、かつノズル11の中心への溶射線材14の供給が常になされる状態で回転できることになるのである。
【0078】
また、ノズル11内の作動ガス通路12は、特に図2に示したように、その溶射線材14が送り込まれる部分の軸心方向は、溶射線材14の軸心と一致したものであるが、この溶射線材14の先端部分以降(後流側)の作動ガス通路12の軸心方向とは交差状態にある。換言すれば、ノズル11内の作動ガス通路12については、図2に示したように、線材案内部材16の先端に形成した溶射線材14のための供給口14bが開口していて、この供給口14bより下流側の作動ガス通路12の方向と、供給口14bでの溶射線材14の送り込み方向とが交差させてある。
【0079】
この第2実施例における作動ガス通路12では、上記供給口14bより下流側の作動ガス通路12の方向と、供給口14bでの溶射線材14の送り込み方向とが直交するように交差しているものである。これにより、アーク15によって加熱されたあるいはプラズマ化した作動ガス、及び溶射線材14から生じた溶滴14aは、線材案内部材16の案内によって送り込まれる溶射線材14の軸心方向に対して直交する方向にノズル11から噴射することになり、図2に示したように、溶滴14aの噴射を基材20表面に対して直交状態で行うことが容易となる。
【0080】
また、ノズル11が回転可能にしてあれば、線材案内部材16によって送り込まれる溶射線材14の軸心方向に対して直交する方向に噴射する作動ガスや溶滴14aの反作用によって、当該ノズル11が回転することになるから、基材20が円筒であっても、被膜21を形成すべき円筒内面に対する溶射が容易に行えることになるのである。
【0081】
ところで、この第2実施例に係るアーク溶線式溶射装置10では、図1に示したように、ノズル11内に、作動ガス通路12と略平行に位置する作動ガス副路12aが形成してある。この作動ガス副路12aは、ノズル本体11A内の作動ガス通路12に連通するものであり、アーク15によって加熱あるいはプラズマ化されない作動ガスを、ノズル11内の作動ガス通路12の周囲に送り込んで、溶滴14a等と同じ方向に噴射させるものである。この作動ガス副路12a内を通る作動ガスは、アーク15によって加熱あるいはプラズマ化されないのであるから、ノズル11の冷却の役割を果たすものである。なお、この作動ガス副路12aから噴射される作動ガスは、作動ガス通路12から噴射される作動ガスや溶滴14aへの「サーマルピンチ」(噴射している高温ガスの周囲を囲んで冷却することにより、この高温ガスを噴射方向の軸心に集中させる物理的効果)効果も生じさせることもできる。
【符号の説明】
【0082】
10 アーク溶線式溶射装置
11 ノズル
11A ノズル本体
12 作動ガス通路
12a 作動ガス副路
13 電極
14 溶射線材
14a 溶滴
14b 供給口
15 アーク
16 線材案内部材
17 電源
18 線材送り装置
19a 絶縁部材
19b 電源接続部
19c 作動ガス供給口
20 基材
21 被膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ノズル内の作動ガス通路に、電極と、導電材料によって形成されて、前記作動ガス通路内に順次送り込まれる溶射線材の先端とを臨ませるとともに、
これらの電極及び溶射線材との間に通電することにより、これらの間に発生させたアークによって、前記溶射線材の先端を溶融し、
この溶融された前記溶射線材の先端を、前記作動ガス通路内を送り込まれて来る作動ガスによって溶滴にしながら、前記ノズルから噴射させるようにしたことを特徴とするアーク溶線式溶射装置。
【請求項2】
前記電極を、前記溶射線材を構成している材料よりも高い融点の金属、またはその合金、あるいは複合体によって形成したことを特徴とする請求項1に記載のアーク溶線式溶射装置。
【請求項3】
前記ノズル内に存在する前記作動ガス通路内に、前記溶射線材の供給口を開口させるとともに、この供給口より下流側の前記作動ガス通路の方向と、前記供給口での前記溶射線材の送り込み方向とが交差し得るようにしたことを特徴とする請求項1または請求項2に記載のアーク溶線式溶射装置。
【請求項4】
前記電極を、前記溶射線材に対して回転可能にしたことを特徴とする請求項1〜請求項3のいずれかに記載のアーク溶線式溶射装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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