説明

イオン伝導性複合高分子膜およびその製造方法

【課題】 高いイオン伝導性を保持しながら、吸水に対する寸法安定性にも優れたイオン伝導性高分子膜を得ること。
【解決手段】 化学的安定性に優れ高いプロトン伝導性を示すイオン交換基含有ポリマーAからなるナノファイバーが、ポリマーAと非相溶であり溶融可能で機械的・化学的安定性に優れるイオン交換基非含有ポリマーBのマトリックス相中にナノレベルで分散してなるイオン伝導性複合高分子膜を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体高分子型燃料電池に好適なイオン伝導性高分子膜とその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
燃料電池は排出物が少なく、かつ高エネルギー効率で環境への負担の低い発電装置であるため、近年の地球環境保護への高まりの中で再び脚光を浴びている。従来の大規模発電施設に比べ、比較的小規模の分散型発電施設、自動車や船舶など移動体の発電装置として、将来的にも期待されている発電装置である。また、小型移動機器や携帯機器の電源としても注目されており、ニッケル水素電池やリチウムイオン電池などの二次電池に替わり、携帯電話やパソコンなどへの搭載が期待されている。
【0003】
その中でも注目されている固体高分子型燃料電池は、一般に膜電極アッセンブリ(MEA)と呼ばれる基本単位から構成され、MEAではイオン伝導性高分子膜(PEM)が陰極と陽極に挟まれており、陽極で形成されるイオンを陰極へ輸送して電極に接続されている外部回路に電流を流す。PEMは適切なイオン伝導性を保有するのみならず、発電装置の運転条件下で要求される機械的、化学的強度を有していなければならない。
このようなPEM材料として超強酸基含有フッ素系高分子が知られているが、これらのPEM材料はフッ素系の高分子であるため非常に高価であると共にガラス転移温度が低いため、装置の操作温度が100℃前後の場合においては、水分保持が十分でないために高いイオン伝導性を活かしきれず、イオン伝導度が急激に低下し電池として作用できなくなるという問題があった。
【0004】
このような欠点を克服するため、非フッ素系芳香族環含有ポリマーにスルホン酸基を導入したPEMが種々検討されている。ポリマー骨格としては耐熱性や化学的安定性を考慮すると、芳香族ポリアリーレンエーテルケトン類や芳香族ポリアリーレンエーテルスルホン類などの芳香族ポリアリーレンエーテル化合物が注目されており、ポリアリーレンエーテルスルホンをスルホン化したもの(例えば、非特許文献1)、ポリエーテルエーテルケトンをスルホン化したもの(例えば、特許文献1)などが報告されている。
しかしながら、これらのポリマーにスルホン酸基を導入したものは、スルホン酸基の導入量増加に伴い膨潤時の寸法変化が大きくなり、燃料電池などの運転条件では膜の破壊が起こりやすくなる欠点がある。この欠点を改善するために高分子鎖間の架橋形成が可能な構成単位を導入して寸法変化を抑制する試みが報告されている(例えば特許文献2〜4)が、架橋だけでは必ずしも膨潤時の寸法変化を十分に抑制できるものではなかった。
また、イオン交換基非含有ポリマーをブレンドすることで性能を改善する試み(例えば、特許文献5、6)や、イオン伝導性高分子を多孔性不活性膜中に含浸させて複合膜を形成させる試み(例えば、特許文献7)が報告されている。しかしブレンドにより相溶するものは寸法安定性とプロトン伝導性を両立させるには至らず、相分離させたものは層間剥離などによる膜強度の低下が見られた。含浸による複合膜は、その製造法が簡便でないという問題があった。
また、イオン伝導性高分子の粒子などをマトリックスポリマー中に分散させる方法も考えられるが、分散させるイオン伝導性高分子の粒径が大きいと十分なイオン伝導のパスが形成されず、また、膜が脆くなる傾向がある。そのため、ナノレベルでイオン伝導性高分子を分散させる必要が有る。
【0005】
【特許文献1】特開平6-93114号公報
【特許文献2】特開2003-217342号公報
【特許文献3】特開2003-217343号公報
【特許文献4】特開2003-292609号公報
【特許文献5】特開2003-502828号公報
【特許文献6】特開2003-109624号公報
【特許文献7】特開2005-209361号公報
【非特許文献1】Journal of membrane science,(オランダ)1993年, 83巻,P.211-220
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は上記事情に着目してなされたものであり、その目的は化学的安定性に優れ、高いプロトン伝導性を示すイオン交換基含有ポリマーと、機械的・化学的安定性に優れるイオン交換基非含有ポリマーを用いることで、耐熱性、加工性、イオン伝導性に優れると共に、寸法安定性、機械的耐久性、化学的耐久性にも優れたイオン伝導性高分子膜を得ることにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意研究した結果、遂に本発明を完成するに至った。即ち、本発明は下記の構成からなる。
1. イオン交換基を有する芳香族ポリマーAからなる短軸直径1〜100nmのナノファイバーが、芳香族ポリマーAと非相溶である熱溶融性ポリマーB中に、含有率10〜70質量%の範囲で含有してなることを特徴とするイオン伝導性複合高分子膜。
2. イオン伝導性と面積変化率(%)が下式(1)を、また吸水率(質量%)と面積変化率(%)が下式(2)を満たすことを特徴とする上記1に記載のイオン伝導性複合高分子膜。
面積変化率(%)/イオン伝導性(S/cm)≦200 (1)
面積変化率(%)/吸水率(質量%)≦0.5 (2)
【0008】
3. 熱溶融性ポリマーBのガラス転移温度が300℃以下で溶融成形可能であることを特徴とする上記1又は2記載のイオン伝導性複合高分子膜。
4. 芳香族ポリマーAが一般式(1)と共に一般式(2)で示される構成成分を含むポリアリーレンエーテル系化合物であることを特徴とする上記1〜3のいずれかに記載のイオン伝導性複合高分子膜。
【化1】

但し、Arは2価の芳香族基、Yはスルホン基またはケトン基、RはH、スルホン酸基、ホスホン酸基またはそれらの塩を示す。
【化2】

但し、Ar’は2価の芳香族基を示す。
【0009】
5. 芳香族ポリマーAが一般式(3)と共に一般式(4)で示される構成成分を含むポリアリーレンエーテル系化合物であることを特徴とする上記1〜4のいずれかに記載のイオン伝導性複合高分子膜。
【化3】

但し、XはHまたは1価のカチオン種を示す。
【化4】

【0010】
7.イオン交換基を有する芳香族ポリマーAと、芳香族ポリマーAと非相溶である熱溶融性ポリマーBを溶媒に溶解させて混合溶液とし、該混合溶液を紡糸することにより繊維内部に複数の短軸直径1〜100nmの芳香族ポリマーAのナノファイバーを含有した繊維の集合体を得、次いで該繊維中の熱溶融性ポリマーBを溶融させて該繊維集合体を膜化し、次いで該膜を酸性水溶液中で処理し、水洗することを特徴とするイオン伝導性複合高分子膜の製造方法。
【0011】
8.芳香族ポリマーAと、熱溶融性ポリマーBからなる繊維集合体が静電紡糸法により紡糸された極細繊維集合体であることを特徴とする上記7に記載のイオン伝導性複合高分子膜の製造方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明のイオン伝導性高分子膜は、化学的安定性に優れ高いプロトン伝導性を示すイオン交換基含有芳香族ポリマーAと、芳香族ポリマーAと非相溶である熱溶融性ポリマーBとからなり、かつ平均繊維直径1〜100nmの芳香族ポリマーA成分が熱溶融性ポリマーB中にナノレベルで分散されているため、芳香族ポリマーAのナノファイバー効果、すなわち、芳香族ポリマーAのナノファイバーの補強効果とイオン伝導効果、吸水効果が発現されて、イオン伝導性が高く、吸水性も高いにもかかわらず、寸法安定性、加工性、力学的強度に優れるという二律背反的特性を保有する。
このため、燃料電池などの高分子電解質膜として好適な膜である。また、本発明のイオン伝導性複合高分子膜はメタノール透過性が低いという特徴もあり、ダイレクトメタノール型燃料電池用の高分子電解質膜としても有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
まず、本発明におけるイオン伝導性ポリマーについて説明する。本発明のイオン伝導性複合高分子膜は、イオン交換基を有する芳香族ポリマーAのナノファイバーとイオン交換基を有しない熱溶融性ポリマーBから構成されている。ナノファイバーを形成する芳香族ポリマーAと熱溶融性ポリマーBは同一溶媒に溶解することが好ましい。
【0014】
本発明におけるイオン伝導性ポリマーのイオン交換基は、負電荷を有する原子団であれば特に限定されるものではないが、プロトン交換能を有するものが好ましい。このような官能基としては、スルホン酸基、スルホンイミド基、硫酸基、ホスホン酸基、リン酸基、カルボン酸基が好ましく用いられる。ここで、スルホン酸基とは−SO(OH)、スルホンイミド基とは−SONHSOR(ただし、Rは有機基を意味する。)、硫酸基とは−OSO(OH)、ホスホン酸基とは−PO(OH)、リン酸基とは−OPO(OH)、カルボン酸基とは−CO(OH)、およびこれらの塩のことを意味する。これらのイオン交換基は前記高分子固体電解質中に2種類以上含むことができ、組み合わせることにより好ましくなる場合がある。組み合わせはポリマーの構造などにより適宜決められる。中でも、高プロトン伝導度の点から少なくともスルホン酸基、スルホンイミド基、硫酸基を有することがより好ましく、耐加水分解性の点から少なくともスルホン酸基を有することが最も好ましい。イオン交換基の例として、スルホン酸基、ホスホン酸基、スルホンイミド基などのプロトン酸基を挙げることができる。中でもスルホン酸基が好ましい。
【0015】
本発明における芳香族ポリマーAとしては、十分な機械強度と高イオン交換基密度のポリマーを容易に合成できる点から、ポリマー骨格としては、ポリフェニレンオキシド、ポリエーテルケトン、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルスルホン、ポリエーテルエーテルスルホン、ポリフェニレンスルフィド、ポリイミド、ポリエーテルイミド、ポリイミダゾール、ポリオキサゾール、ポリフェニレン、ポリスチレン及びこれらの骨格成分が共重合された構造のものを挙げることができる。
【0016】
これらのポリマーの中で、芳香族ポリマーAが一般式(1)と共に一般式(2)で示される構成成分を含むポリアリーレンエーテル系化合物であることが好ましい。
【化5】

但し、Arは2価の芳香族基、Yはスルホン基またはケトン基、RはH、スルホン酸基
、ホスホン酸基またはそれらの塩を示す。
【化6】

但し、Ar’は2価の芳香族基を示す。
さらに、芳香族ポリマーAが一般式(3)と共に一般式(4)で示される構成成分を含むポリアリーレンエーテル系化合物であることが好ましい。
【0017】
【化7】

但し、XはHまたは1価のカチオン種を示す。
【化8】

【0018】
これらのポリマーの分子量(Mw)については、常温で固体であれば特に限定されないが、膜強度および溶剤への溶解性の観点から1000以上、1×107以下が好ましい。
【0019】
本発明に使用されるイオン交換基を有する芳香族ポリマーAのイオン交換容量(IEC)は、1.0〜4.0meq/gであり、好ましくは1.0〜3.0meq/gである。1.0meq/g未満であるとプロトン伝導性が低くなる傾向があり、4.0meq/gを超えると吸水率が大きくなり膜の機械的強度が弱くなる傾向にある。
【0020】
本発明で使用される熱溶融性ポリマーBとしては、芳香族ポリマーAと非相溶であるが芳香族ポリマーAと同一溶媒に溶解可能で、かつ溶融可能であり、ガラス転移温度が300℃以下であれば、芳香族ポリマーであっても非芳香族ポリマーであっても特に限定されないが、具体例としては、ポリアリーレンエーテル、ポリエーテルスルホン、ポリエーテルエーテルスルホン、ポリエーテルケトン、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルケトンケトン、ポリスルホン、ポリパラフェニレン、ポリフェニレンサルファイド、ポリフェニレンスルホキシド、ポリフェニレンスルフィドスルホン、ポリフェニレンスルホン、ポリベンズオキサゾール、ポリベンズイミダゾール、ポリベンズチアゾール、ポリイミド、ポリエーテルイミド、ポリアミドイミド、ポリアミド、ポリエステル、ポリエーテル、ポリスチレン、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリメチルペンテン、ポリビニルフルオライド、ポリビニリデンフルオライド、ポリクロロトリフルオロエチレン、テトラフルオロエチレン−エチレン共重合体、テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体、テトラフルオロエチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体、ポリテトラフルオロエチレンなどが挙げられ、ポリマーBは単独でも2種以上の混合でも共重合体でもよい。さらに、芳香族ポリマーAと同一溶媒に溶解可能であることが好ましい。
これらのポリマーのガラス転移温度が300℃よりも高いと溶融成形時にポリマーAのスルホン酸基が脱離する可能性がある。
【0021】
本発明のイオン伝導性複合高分子膜は、短軸直径1〜100nmの繊維状でイオン交換基を有する芳香族ポリマーA、すなわち本発明でいうナノファイバーと、芳香族ポリマーAと非相溶であり、熱溶融性ポリマーBからなる複合膜である。
ナノファイバー短軸直径が1〜100nmの範囲をはずれると、上記のナノファイバー効果が発現されにくくなる。
ナノファイバーの長さは、芳香族ポリマーAのナノファイバーの補強効果とイオン伝導効果、吸水効果が発現される限り特に限定されないが、ナノファイバーのアスペクト比(繊維長さ/繊維直径)が2以上であることが、ナノファイバー同士が膜中で接触する確率が高くなるため、好ましい。
【0022】
短軸直径1〜100nmの繊維状の芳香族ポリマーAであるナノファイバーを膜中にナノレベルで含有分散させる方法としては、例えば、芳香族ポリマーAと熱溶融性ポリマーBを双方が溶解する溶媒に溶解させて紡糸することによって繊維とし、該繊維単繊維内部に複数の短軸直径1〜100nmの芳香族ポリマーAのナノファイバーを含有したシート状の繊維集合体を得て、次いで該繊維集合体を加熱して繊維中の熱溶融性ポリマーBを溶融させて膜化する方法が好適である。 熱溶融性ポリマーBをマトリックスとし、該マトリックス中に短軸直径1〜100nmの芳香族ポリマーAのナノファイバーを含有する繊維を紡糸する方法としては、乾式紡糸法、湿式紡糸法、静電紡糸法など、特に限定されないが、繊維の内部に該繊維直径以下の複数のポリマーAのナノファイバーを形成させやすいという点で、静電紡糸法により紡糸することが最も好ましい。また、単繊維の平均繊維直径は、1μm以下の極細繊維であることが好ましい。
静電紡糸の場合、例えば、芳香族ポリマーAと熱溶融性のポリマーBとの混合溶液をノズルを配した容器内に充填し、ノズル部に3〜100kV程度の範囲の高電圧を印加し、該混合溶液をノズルからアース又はノズル部とは逆の電圧を印加した捕集部に向けて吐出させる方法を採用することができる。
ポリマーAのナノファイバーの膜中での分散状態は、膜の断面のTEM観察写真などによって、ナノファイバーを観察することによって確認することができる。本発明でいうナノレベルの分散とは、膜の断面のTEM観察写真で、芳香族ポリマーAの短軸直径1〜100nmの断面が明瞭に確認できる状態をいう。
【0023】
本発明において紡糸に用いる溶媒は、芳香族ポリマーAと熱溶融性ポリマーBとの双方が溶解する溶媒であれば特に限定されないが、溶解性や取り扱い性、コストの面などからN−メチル−2−ピロリドン、N、N−ジメチルアセトアミド、N,N−ジメチルホルムアミド、テトラメチルウレア、ジメチルイミダゾリジノン、ジメチルスルホキシド、ヘキサメチルホスホンアミドなどの有機極性溶媒が望ましく、また、これらの混合物であってもよい。溶解温度には特に限定はなく、室温下であっても、加熱下であってもよい。
【0024】
芳香族ポリマーA/熱溶融製ポリマーBの組成比(質量/質量)は、10/90〜70/30である。芳香族ポリマーAの割合が少なすぎるとプロトン伝導性が悪くなる傾向にあり、多すぎるとブレンドの効果が期待できなくなる。より好ましい組成比は35/65〜65/35、更に好ましくは40/60〜60/40である。
【0025】
本発明のイオン伝導性高分子膜は、イオン伝導性と面積変化率(%)が下記式(1)を、また吸水率と面積変化率(%)が下記式(2)を満たすことが好ましい。
面積変化率(%)/イオン伝導性(S/cm)≦200 (1)
面積変化率(%)/吸水率(質量%)≦0.5 (2)
さらには、面積変化率(%)/イオン伝導性(S/cm)≦100、及び
面積変化率(%)/吸水率(質量%)≦0.3を満足することが好ましい。
すなわち、本発明のイオン伝導性高分子膜は、イオン交換基を有するポリマーAのイオン伝導性及び吸水性が高いにもかかわらず、膜の寸法安定性が従来になく優れる特性が認められることが特徴である。
【0026】
本発明のイオン伝導性複合高分子膜は、以下の主要工程を経て製造することができる。
すなわち、芳香族ポリマーAと熱溶融性ポリマーBとの混合溶媒溶液を静電紡糸法などにより紡糸し、熱溶融性ポリマーBをマトリックスとする単繊維の内部に該繊維直径以下の複数のポリマーAの繊維(ナノファイバー)が含有されている繊維の集合体(シート)を得る工程、得られた該繊維集合体(シート)の熱溶融性ポリマーB成分を溶融させて膜化する工程、すなわち、該繊維集合体(シート)をホットプレスする工程、もしくは該繊維集合体(シート)をTダイを取り付けた押し出し機などを用い溶融押し出しにより製膜する工程、得られた膜を酸性水溶液中で処理する工程、さらに、処理された膜を純水にて水洗する工程を経て製造することができる。該製造方法によれば、芳香族ポリマーAと熱溶融性ポリマーBとの混合溶液は、均一に溶解した状態で安定に吐出され、その後、繊維状に成形中又は成形後に溶媒が除去されていくに従って相分離が進行して、繊維中に芳香族ポリマーAからなる極細繊維が存在することとなり、複雑な工程を必要とせず、安定に芳香族ポリマーAからなる極細繊維が得られる。そして、得られた繊維中の熱溶融性ポリマーBを溶融させて膜化することにより、ナノファイバーとマトリックス(熱溶融性ポリマーB)との間に空隙が殆ど見られない極細繊維を含有する複合高分子膜が得られる。また、得られた膜を酸性水溶液中で処理し、さらに、処理された膜を純水にて水洗することにより、芳香族ポリマーAの酸性基がプロトン化された高分子電解質膜を得ることが出来る。
【0027】
本発明のイオン伝導性複合膜は目的に応じて任意の膜厚にすることができるが、イオン伝導性の面からはできるだけ薄いことが望ましい。具体的には5〜250μmであることが好ましく、5〜100μmであることがさらに好ましい。イオン伝導性複合膜の厚みが5μmより薄いとイオン伝導性膜の取り扱いが困難となり燃料電池を作成した場合に短絡等が起こる傾向にあり、250μmよりも厚いとイオン伝導性複合膜の電気抵抗値が高くなり燃料電池の発電性能が低下する傾向にある。
【実施例】
【0028】
以下に実施例によって本発明を具体的に説明するが、本発明はもとより下記の実施例によって制限を受けるものではなく、前後記の主旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれる。
【0029】
各種測定は以下の通りに実施した。
1.還元粘度
80℃で一晩減圧乾燥させたポリマー粉末を0.5g/dlの濃度でN−メチルピロリドン(NMP)に溶解し、25℃の恒温槽中でウベローデ粘度計を用いて粘度測定を行い、還元粘度ηsp/c=〔(t−t)/t〕/cを評価した。〔t:溶媒のみの滴下時間(s)、t:試料溶液の滴下時間(s)、c:試料溶液の濃度(g/dl)〕
【0030】
2.極細単繊維の平均繊維直径
繊維集合体に白金−パラジウム合金を蒸着し、走査型電子顕微鏡(SEM 日立製 S−800)にて撮影を行い、5000倍または10000倍のSEM画像に映し出された多数の繊維からランダムに20本の繊維を選び、繊維直径を測定した。測定した20本の繊維直径の平均値を算出し、極細単繊維の平均繊維直径とした。
【0031】
3. ナノファイバーのTEM観察
試料をエポキシ樹脂に包埋し、ミクロトームで超薄切片を作製する。作製した切片を四酸化ルテニウム(RuO)蒸気中で30分間染色し、カーボン蒸着を施して、TEM観察用サンプリングを作製し、TEM観察した。TEM観察における加速電圧は200kVで行い、観察倍率は、50000倍と100000倍で実施した。
【0032】
4.イオン交換容量
80℃で一晩減圧乾燥させたポリマーを50mg秤量し、0.01M-NaOH水溶液
60ml中で1時間攪拌した。その後、溶液を50ml取り出し、自動滴定装置(HIRANUMA TITSTATION TS-980)を用いて0.02M−HCl水溶液で滴定した。イオン交換容量(IEC)は下式より計算した。
IEC=(ブランク平均滴下量(ml)−サンプル滴下量(ml)) ×1.2×0.02/サンプル質量(g)
【0033】
5.イオン伝導性
測定用プローブ(PTFE製)上で幅1cmの短冊状膜サンプルの表面に白金線(直径:0.2mm)を押しあて、80℃、相対湿度95%の恒温恒湿槽中にサンプルを保持し、白金線間の10kHzにおける交流インピーダンスをSOLARTRON社1250FREQUENCY RESPONSE ANALYSERにより測定した。極間距離を1cmから4cmまで1cm間隔で変化させて測定し、極間距離と抵抗測定値をプロットした直線の勾配Dr[Ω/cm]から下式により
膜と白金線間の接触抵抗をキャンセルして算出した。
σ[S/cm]=1/(膜幅[cm]×膜厚[cm]×Dr[Ω/cm])
【0034】
6.飽和吸水率
5cm四方のサンプルを80℃で一晩真空乾燥させた後、乾燥質量を測定した。乾燥サンプルを80℃の水中に1日以上保持して飽和吸水後質量(測定開始後質量変化が無くなった時点での質量)を求めて下式よりサンプルの吸水率[%]を算出した。
飽和吸水率[%]=〔(飽和吸水後質量/乾燥質量)−1〕×100
【0035】
7.面積変化率
5cm四方のサンプルを80℃で一晩真空乾燥させた後、乾燥後面積を測定した。乾燥サンプルを80℃の水中に1日以上保持して飽和吸水後面積(測定開始後面積変化が無くなった時点での面積)を求めて下式よりサンプルの面積変化率[%]を算出した。
面積変化率[%]=〔(飽和吸水後面積/乾燥後面積)−1〕×100
【0036】
(合成例:イオン伝導性芳香族ポリマーA1の合成)
3,3’−ジスルホ−4,4’−ジクロロジフェニルスルホン2ナトリウム塩(略号:S−DCDPS)15.0g〔0.03026mol〕、2,6−ジクロロベンゾニトリル(略号:DCBN)2.81g〔0.01629mol〕、4,4’−ビフェノール8.6747g〔0.04655mol〕、炭酸カリウム7.0775gを200ml四つ口フラスコに秤量し、窒素を流した。89.1mlのNMPを加えて、150℃で1時間攪拌した後、反応温度を195−200℃に昇温して系の粘性が十分上がるのを目安に反応を続けた(約6時間)。その後、放冷して水中にストランド状に沈殿させた。得られたポリマーは水中で洗浄した後、乾燥した。ポリマーの還元粘度は1.93(dl/g)、IECは2.3(meq/g)であった。
【0037】
(実施例1)
合成例にて得たイオン伝導性芳香族ポリマーA1およびポリフッ化ビニリデン(PVDF:アルドリッチ社製 Mw=275,000)をN,N−ジメチルアセトアミド(ナカライテスク社製 特級)に質量比30/70の割合で溶解した。ポリマー濃度は20wt%とした。このブレンド溶液を内径0.9mmのノズルを配した容器内に充填し、ノズル部に高電圧電源を介して電圧を印加した。溶液はノズル先端より吐出され、溶剤を蒸発させながら飛び、アースした捕集部に繊維集合体を作製した。印加した電圧は17kV、ノズル先端から捕集部までの距離は10.5cmであった。極細繊維集合体の極細繊維の平均繊維径は260nmであった。極細繊維のTEM観察から短軸直径が100nm以下の繊維状の島成分(ナノファイバー)が複数存在することが確認できた。
次いで得られた極細繊維集合体を230℃×8MPa×5min真空の条件でホットプレスすることにより膜状に成形した。その後、得られた膜を2N HSO水溶液で12時間処理を行い、さらに純水で処理することで複合膜を得た。得られた複合膜1のIEC、イオン伝導性、吸水率、面積変化率などの特性を表1にまとめた。なお、複合膜断面のTEM観察写真から、複合膜中に短軸直径が100nm以下の多数のナノファイバーが分散しているのが確認できた。複合膜断面のTEM観察写真の例を図1、図2に示した。
【0038】
(実施例2)
イオン伝導性ポリマーA1およびポリフッ化ビニリデンをN,N−ジメチルアセトアミドに質量比40/60の割合で溶解した以外は実施例1と同様に行った。印加した電圧は18kV、ノズル先端から捕集部までの距離は10.5cmであった。得られた極細繊維集合体の極細繊維の平均繊維径は210nmであった。極細繊維のTEM観察から繊維状の島成分(ナノファイバー)が複数存在することが確認できた。得られた極細繊維集合体を実施例1と同様の方法で膜に成形し、評価を行った。その結果を表1にまとめた。また、実施例1と同様にして、複合膜断面のTEM観察写真から、複合膜中に短軸直径が100nm以下の多数のナノファイバーが分散しているのが確認できた。
【0039】
(実施例3)
イオン伝導性ポリマーA1および公知のポリエーテルイミド(PEI)であるウルテム1000をN,N−ジメチルアセトアミドに質量比40/60の割合で溶解した以外は実施例1と同様に行った。印加した電圧は18kV、ノズル先端から捕集部までの距離は10.5cmであった。得られた極細繊維集合体の極細繊維の平均繊維径は270nmであった。極細繊維のTEM観察から繊維状の島成分(ナノファイバー)が複数存在することが確認できた。得られた極細繊維集合体を290℃×8MPa×5min真空の条件でホットプレスすることにより膜状に成形した。実施例1と同様の方法で評価を行った。その結果を表1にまとめた。また、実施例1と同様にして、複合膜断面のTEM観察写真から、複合膜中に短軸直径が100nm以下の多数のナノファイバーが分散しているのが確認できた。
【0040】
(比較例1)
イオン伝導性芳香族ポリマーA1をNMPに溶解させ、10質量%溶液とし、この溶液をガラスプレート上にキャストし、100℃で6時間乾燥させることで芳香族ポリマーAの単独膜を得た。この膜について実施例1と同様の評価を行った。
(比較例2)
ナフィオン(Nafion)(登録商標;デュポン社)112を用いた単独膜において実施例1と同様の評価を実施し、その特性を表1にまとめた。
【0041】
【表1】

以上の結果から、本発明の複合膜は、イオン伝導性が高く、吸水性が高いにもかかわらず、吸水に対する寸法安定性が優れていることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0042】
本発明のイオン伝導性複合高分子膜は、イオン伝導性だけでなく加工性、寸法安定性に優れた燃料電池などの高分子電解質膜として際立った性能を示す材料であり、また、メタノール透過性が低いという特徴もあり、ダイレクトメタノール型燃料電池用の高分子電解質膜としても有用である。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】実施例1で得られたイオン伝導性高分子膜の断面のTEM観察写真である。
【図2】実施例1で得られたイオン伝導性高分子膜の断面のTEM観察写真(拡大)である。
【符号の説明】
【0044】
1・・・ ナノファイバー
2・・・ 熱溶融性ポリマーB

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオン交換基を有する芳香族ポリマーAからなる短軸直径1〜100nmのナノファイバーが、芳香族ポリマーAと非相溶である熱溶融性ポリマーB中に、含有率10〜70質量%の範囲で含有してなることを特徴とするイオン伝導性複合高分子膜。
【請求項2】
イオン伝導性と面積変化率(%)が下式(1)を、また吸水率(質量%)と面積変化率(%)が下式(2)を満たすことを特徴とする請求項1に記載のイオン伝導性複合高分子膜。
面積変化率(%)/イオン伝導性(S/cm)≦200 (1)
面積変化率(%)/吸水率(質量%)≦0.5 (2)
【請求項3】
熱溶融性ポリマーBのガラス転移温度が300℃以下で溶融成形可能であることを特徴とする請求項1又は2記載のイオン伝導性複合高分子膜。
【請求項4】
芳香族ポリマーAが一般式(1)と共に一般式(2)で示される構成成分を含むポリアリーレンエーテル系化合物であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のイオン伝導性複合高分子膜。
【化1】

但し、Arは2価の芳香族基、Yはスルホン基またはケトン基、RはH、スルホン酸基、ホスホン酸基またはそれらの塩を示す。
【化2】

但し、Ar’は2価の芳香族基を示す。
【請求項5】
芳香族ポリマーAが一般式(3)と共に一般式(4)で示される構成成分を含むポリアリーレンエーテル系化合物であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のイオン伝導性複合高分子膜。
【化3】

但し、XはHまたは1価のカチオン種を示す。
【化4】

【請求項6】
イオン交換基を有する芳香族ポリマーAと、芳香族ポリマーAと非相溶である熱溶融性ポリマーBを溶媒に溶解して混合溶液とし、該混合溶液を紡糸することにより単繊維内部に複数の短軸直径1〜100nmの芳香族ポリマーAのナノファイバーを含有した繊維の集合体を得、次いで該繊維中の熱溶融性ポリマーBを溶融させて該繊維集合体を膜化し、次いで該膜を酸性水溶液中で処理し、水洗することを特徴とするイオン伝導性複合高分子膜の製造方法。
【請求項7】
芳香族ポリマーAと、熱溶融性ポリマーBからなる繊維集合体が静電紡糸法により紡糸された極細繊維集合体であることを特徴とする請求項6に記載のイオン伝導性複合高分子膜の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−21126(P2010−21126A)
【公開日】平成22年1月28日(2010.1.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−256288(P2008−256288)
【出願日】平成20年10月1日(2008.10.1)
【出願人】(000003160)東洋紡績株式会社 (3,622)
【Fターム(参考)】