説明

イオン注入分布発生方法

【課題】 イオン注入分布発生方法に関し、モーメントパラメータの任意性をなくすとともに、適用種類及び適用範囲を拡大する。
【解決手段】 xを基板の深さ方向、Φを注入するイオンのドーズ量、Φchanをチャネルドーズ量、na (x)を非晶質パートの分布関数、nc (x)をチャンネリングパートの分布関数とすると、下記の式で表されるテール関数N(x)からイオン注入分布を発生させる際に、非晶質層中のイオン分布から抽出したモメントパラメータ、イオンの飛程の注入方向の射影を表すパラメータRp 、Rp の標準偏差ΔRp 、注入イオン分布の左右非対称性を表すパラメータγ、注入イオン分布のピークの鋭さを表すパラメータβを前記テール関数のRp 、ΔRp 、γ、βとして用いてイオン注入分布を発生させる。
N(x)=(Φ+Φchan)na (x)+Φchanc (x)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はイオン注入分布発生方法に関するものであり、特に、本発明者が提案しているテール関数を用いてイオン注入分布を発生させる場合のモーメントパターンをユニークに定めるとともに、各モーメントパラメータについてユニバーサルな関係を仮定して理論の拡張性を高めるための構成に関するものである。
【背景技術】
【0002】
現在、シリコン集積回路装置における不純物導入手段としては、イオン注入法が一般的である。
イオン注入においては、注入後のイオン分布が重要であるため、さまざまなイオン注入条件に対応して分布を発生させるためにイオン注入データベースが構築されている。
【0003】
このようなイオン注入により注入された不純物の分布は、SIMS(二次イオン質量分析器)により求めることができるが、広範な各種のイオン注入条件によるイオン注入分布をSIMSにより実測することは現実的ではない。
【0004】
そこで、基板へ注入されたイオンの挙動を理論的に予測することが行われており、Monte Carlo法やLSS(Lindhart,Scharff,Schiott)理論が知られている(例えば、非特許文献1参照)。
【0005】
例えば、Monte Carlo法は、非晶質層へのイオン注入分布を理論的に予想する手段であり、入射イオンと基板との相互作用を(核阻止能、電子阻止能)の物理に基づいて、入射イオンの軌跡を追跡していくものである。
この理論は任意のイオンを任意の基板にイオン注入した場合の一般的な場合にも有効である。
【0006】
また、同じ物理に基づいてイオンの従うべき積分方程式を提供するのがLSS理論である。この理論では、粒子の軌跡を追跡することなしに注入条件が決まれば即座に分布モーメントのエネルギー依存性までが即座に計算できるという特長がある。
【0007】
一方、本発明者等は、データベースを構築する際用いる関数として、従来のdual Peason関数からテール関数を提案した。このテール関数を用いることにより、より少ないパラメータでユニークなパラメータセットが可能になった(例えば、特許文献1参照)。
【特許文献1】特開2002−118073号公報
【非特許文献1】J.Lindhart,M.Scharff,H.Schiott,Mat.Fts.Medd.Dan.Vid.Sclsk,vol.33,pp.1−39,1963
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上述のMonte Carlo法は粒子(注入されたイオン)の各軌跡を追うため、統計誤差を減らすためには数万個以上の計算をする必要があり、そのために多大の時間を要する。
【0009】
また、LSS理論では、積分方程式を解く際に近似が必要で、これまでに提案されているモデルではイオンの飛程の注入方向の射影Rp は問題ないが、射影Rp の標準偏差であるΔRp は格段に精度が落ちるか、計算できないという問題がある。
【0010】
そこで、本発明者は、Rp 、ΔRp 、γ、βまでを正確に計算する解析モデルを提案し、現在標準的に用いられているPeason分布のパラメータを初めて解析的に求めることを可能にした。
【0011】
しかし、LSIプロセスで実際に利用されるのは非晶質基板ではなくて結晶基板である。
したがって、結晶基板中の分布を理論的に予想する際には、イオン注入に伴って導入される欠陥、およびその蓄積、その蓄積された欠陥とチャンネリングとの関連等解決されていない問題が多数存在する。
【0012】
また、本発明者等が提案したテール関数においても注入イオン分布の左右非対称性を表す3次のパラメータγ、注入イオン分布のピークの鋭さを表す4次のパラメータβの任意性が存在するという問題がある。
【0013】
そこで、データベースを構築する際には、パラメータγ及びβの抽出の際にはできるだけ変動させないようにして変化を抑えてきた。しかしながら、このような制約は物理的には意味がなく、この値の任意性は問題としてあった。
【0014】
したがって、本発明は、テール関数を用いてイオン注入分布を発生させる場合のモーメントパターンをユニークに定めるとともに、各モーメントパラメータについてユニバーサルな関係を仮定して理論の拡張性を高めることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明の一観点からは、xを基板の深さ方向、Φを注入するイオンのドーズ量、Φchanをチャネルドーズ量、na (x)を非晶質パートの分布関数、nc (x)をチャンネリングパートの分布関数とすると、下記の式で表されるテール関数N(x)からイオン注入分布を発生させる際に、非晶質層中のイオン分布から抽出したモーメントパラメータ、イオンの飛程の注入方向の射影を表すパラメータRp 、Rp の標準偏差ΔRp 、注入イオン分布の左右非対称性を表すパラメータγ、注入イオン分布のピークの鋭さを表すパラメータβを前記テール関数のRp 、ΔRp 、γ、βとして用いるイオン注入分布発生方法が提供される。
N(x)=(Φ+Φchan)na (x)+Φchanc (x)
但し、na (x)及びnc (x)は、hma(x),hmc(x)を前記の同じモーメントパラメータRp 、ΔRp 、γ、βを持つピアソン関数、xT =Rp +ΔRp 、κを比例係数とした場合に、
a (x)=hma(x)
c (x)=hmc(x):x<xT
c (x)=κ〔hmc(x)+hTC(x)〕:x>xT
で表され、且つ、ピーク濃度位置をxpc、Lをイオン注入分布のテールの広がりを表すパラメータ、α(なお、hTC(x)においては便宜的にaを用いる)をイオン注入分布のテールの広がりの形状を表すパラメータ、ηを係数とすると、
TC(x)=hmc(xpc)exp{−(lnη)〔(x−xpca /L〕}
【0016】
また、別の観点からは、xを基板の深さ方向、Φを注入するイオンのドーズ量、Φchanをチャネルドーズ量、na (x)を非晶質パートの分布関数、nc (x)をチャンネリングパートの分布関数とすると、下記の式で表されるテール関数N(x)からイオン注入分布を発生させる際に、Rp をイオンの飛程の注入方向の射影を表すパラメータ、ΔRp をRp の標準偏差、γを注入イオン分布の左右非対称性を表すパラメータ、βを注入イオン分布のピークの鋭さを表すパラメータ、ξを比例係数、Rmax をイオンの最大飛程とした場合に、前記テール関数のイオン注入分布のテールの広がりを表すパラメータLを、 L=ξ(Rmax −Rp
と仮定して計算を行うイオン注入分布発生方法が提供される。
N(x)=(Φ+Φchan)na (x)+Φchanc (x)
但し、na (x)及びnc (x)は、hma(x),hmc(x)を前記の同じモーメントパラメータRp 、ΔRp 、γ、βを持つピアソン関数、xT =Rp +ΔRp 、κを比例係数とした場合に、 na (x)=hma(x)
c (x)=hmc(x):x<xT
c (x)=κ〔hmc(x)+hTC(x)〕:x>xT
で表され、且つ、ピーク濃度位置をxpc、a(なお、hTC(x)においては便宜的にaを用いる)をイオン注入分布のテールの広がりの形状を表すパラメータ、ηを係数とすると、
TC(x)=hmc(xpc)exp{−(lnη)〔(x−xpca /L〕}
【0017】
さらに、別の観点からは、上述のイオン注入分布発生方法により抽出したRp 、ΔRp 、γ、β、L、a、Φchanを利用してピアソン分布を発生させる機能を備えたシミュレータが提供される。
【発明の効果】
【0018】
開示のイオン注入分布発生方法によれば、テール関数のモーメントパラメータは著しくユニークに定めることができ、定めたパラメータを用いた上で、テール関数の結晶と関連するパラメータL、α、Φchanを実測から求めることによって、ユニークなデータベース構築が可能になる。
【0019】
また、各パラメータL、α、Φchanに関して、適当な仮定を導入することにより、各パラメータとイオン注入条件との間にユニバーサルな関係を設定することができ、それによって、各種の基板、各種の注入イオン、或いは、各種の注入エネルギーに対しても理論を拡張して適用することが可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
ここで、図1乃至図15を参照して、本発明の実施の形態を説明する。
図1は、イオンの注入に伴う衝突現象の概念的説明図である。
図に示すように、質量M1 のイオンは、基板中を基板を構成する質量M2 の原子の原子核及び電子と相互作用しながらx方向に進んで行く。
この時、基板を構成する質量M2 の原子も相互作用により影響を受け、これが、基板の受けるダメージとなる。
【0021】
図2は、イオン注入における各パラメータの説明図であり、質量M1 のイオンが、質量M2 の元素で構成される基板に注入された状態を示している。
イオンは、基板中を基板を構成する原子の原子核及び電子と相互作用しながらx方向に進んで行き、イオンが進んだ軌跡の線積分を飛程Rとした場合、その注入方向の射影をRp 、横方向の広がりをRT とすると、図から明らかなように、
T 2 =(Δy)2 +(Δz)2 ・・・(1)
となる。
【0022】
そこで、イオンの横方向の広がりΔRptを、
ΔRpt=(RT 2 /2)1/2 ・・・(2)
で定義する。
また、射影Rp の標準偏差をΔRp とし、イオンの飛程の最大射影をRmax と定義する。
【0023】
図3は、注入されたイオンの1次元分布の模式的説明図であり、ここでは、本発明者が提案しているテール関数との関係で説明する。
注入されたイオンは射影Rp にピークを有するとともに、イオン注入分布のテールの広がりを表すパラメータLだけ、裾をひいた分布になる。
また、αをイオン注入分布のテールの広がりの形状を表すパラメータとする。
【0024】
次に、本発明者が提案している高位の階層のテール関数N(x)を説明すると、N(x)は、xを基板の深さ方向、Φを注入するイオンのドーズ量、Φchanをチャネルドーズ量、na (x)を非晶質パートの分布関数、nc (x)をチャンネリングパートの分布関数とすると、
N(x)=(Φ+Φchan)na (x)+Φchanc (x) ・・・(3)
で表される。
但し、na (x)及びnc (x)は、hma(x),hmc(x)をイオンの飛程の注入方向の射影を表すパラメータRp 、Rp の標準偏差ΔRp 、注入イオン分布の左右非対称性を表すパラメータγ、注入イオン分布のピークの鋭さを表すパラメータβを持つピアソン関数、xT =Rp +ΔRp 、κを比例係数とした場合に、
a (x)=hma(x) ・・・(4)
c (x)=hmc(x):x<xT ・・・(51 ) nc (x)=κ〔hmc(x)+hTC(x)〕:x>xT ・・・(52
で表され、且つ、ピーク濃度位置をxpc、Lをイオン注入分布のテールの広がりを表すパラメータ、αをテールの広がりの形状を表すパラメータηを係数とすると、低位の階層のテール関数hTC(x)は、
TC(x)=hmc(xpc)exp{−(lnη)〔(x−xpca /L〕}・・(6)で表される。
なお、hTC(x)においては、イオン注入分布のテールの広がりの形状を表すパラメータαを便宜上aで表記する。
【0025】
したがって、提案に係るテール関数は、2つのPeason関数の和で表される。
しかし、図4に示すように、テール関数においても、パラメータはユニークでなく、特に、メインパートを表す分布関数na (x)のテール部がどのようになっているかに関しては任意性がある。
【0026】
図5は、Bを結晶Si及びα−Siに注入した場合のイオン注入分布図であり、1×1015cm-2のBイオンを注入した場合のα−Si中の分布形状が、結晶Si中のピーク近傍の分布を良く近似していることが分かる。
【0027】
図6は、Asを結晶Si及びα−Siに注入した場合のイオン注入分布図であり、この場合も、1×1015cm-2のAsイオンを注入した場合のα−Si中の分布形状が、結晶Si中のピーク近傍の分布を良く近似していることが分かる。
【0028】
そこで、本発明の実施の形態においては、メインパートを表す分布関数na (x)を規定するモーメントパラメータRp 、ΔRp 、γ、βとして、非晶質層におけるモーメントパラメータRp 、ΔRp 、γ、βをそのまま採用する。
【0029】
この場合の非晶質層におけるモーメントパラメータRp 、ΔRp 、γ、βとしては、SIMSによる実測値を用いても良いし、Monte Carlo法或いはLSS理論から求めたRp 、ΔRp 、γ、βを用いても良い。
なお、LSS理論は、粒子の軌跡を追跡することなしに注入条件が決まれば即座に分布モーメントのエネルギー依存性までが即座に計算できるので、LSS理論から求めたRp 、ΔRp 、γ、βを用いることが望ましい。
但し、解析の精度により、ΔRp 、γ、βの精度が異なることになる。
【0030】
このように、実測による値、或いは、シミュレーションによる値をメインパートを表す分布関数na (x)を規定するモーメントパラメータRp 、ΔRp 、γ、βとして用いることにより、モーメントパラメータは著しくユニークに定まる。
【0031】
このようなユニークに定めたパラメータRp 、ΔRp 、γ、βを用いた上で、テール関数の結晶と関連するパラメータL、α、ΦchanをSIMSによる実測値をフィッティングすることによって抽出して任意性の非常に少ないユニークなデータベースを構築する。
【0032】
また、Monte Carlo法或いはLSS理論から求めたパラメータRp 、ΔRp 、γ、βを使用する場合には、Monte Carlo法或いはLSS理論はイオンの横方向の広がりΔRptも同時に求めることができるため、この横方向の広がりΔRptもデータベースに採用する。
【0033】
次に、図7乃至図15を参照して、テール関数の結晶と関連するパラメータL、α、Φchanを実測ではなく、各パラメータとイオン注入条件との間にユニバーサルな関係を設定た半経験的なモデル式から求める方法を説明する。
ここでは、Si或いはGe結晶基板中のイオン注入分布のデータからこれらのパラメータの注入条件依存性を検討し、その依存性を現象論的に捉え、イオンに関して連続またはユニバーサルな関係を見つけ出し、それを半経験的なモデル式で表現することを試みる。
【0034】
まず、イオン注入分布のテールの広がりを表すパラメータL、即ち、チャンネリングテールの長さについて検討する。
上記の図3に示すように、基板の一番奥まで到達するイオンは核と相互作用しないで電子とのみ相互作用したものと考えられる。
即ち、イオンの到達する深さRmax は、Nをイオンのドーズ量、Se (E)を電子阻止能、Eを注入エネルギーとすると、下記の式(7)で表現される。
【数1】

【0035】
また、同じく図3に示すように、Lはイオンの飛程の注入方向の射影Rp を基準にした場合のチャンネリング長であるから、ξL を比例定数とし、
L=ξL (Rmax −Rp ) ・・・(8)
と表現することを本発明は提案する。
チャンネリングしているイオンは非晶質中での電子相互作用の場合よりも平均的に原子核から遠いこと、つまり、この場合の電子阻止能は非晶質層に対して有効なものと異なること、Lは物理的に厳密に定義されたものでなく定性的にチャンネリング長を表しているだけであること、が比例定数で経験的に表現されていることである。
【0036】
図7は、比例定数ξL の注入エネルギー依存性の説明図であり、ここでは、B、P、Asの3種類のイオンをSi基板に注入した場合のSIMSによる実測値とテール関数をフィッティングして求めた注入エネルギー依存性を示している。
図から明らかなように、イオンの種類により注入エネルギー依存性が異なっている。
【0037】
そこで、イオンの種類によらずユニバーサルな注入エネルギー依存性が得られるように、各イオン種について注入エネルギーEを核阻止能Sn と電子阻止能Se の一致するエネルギーE1 で規格化することを試みた。
図8は、核阻止能Sn と電子阻止能Se の模式的説明図であり、核阻止能Sn と電子阻止能Se の一致するエネルギーE1 が存在するがイオン種によってその値は異なることになる。
【0038】
図9は、比例定数ξL の規格化注入エネルギー(E/E1 )依存性の説明図であり、ほぼ不純物に関してユニバーサルな依存性になっている。
この場合、ばらつきはあるが、EがE1 と等しければξL はほぼ1となり、それより小さければ単調に減少している。
【0039】
これは以下のように定性的に解釈できると考えられる。
イオン注入分布は注入エネルギーEが電子阻止能Se と核阻止能Sn が同じになるエネルギーE1 よりも充分大きければイオンはRp に到達する前にほとんど電子との相互作用のみをすると考えられる。
この場合は上で議論したLとRmax を結びつける物理的な背景と定性的に一致する。
【0040】
しかし、エネルギーEがE1 より小さくなってくると核と相互作用なしでテール部に到達する可能性は小さくなってくる。この場合は仮定した状況と異なってくる。しかし、その効果を同じ形式を使いξL にエネルギー依存性を持たせて表現する。
【0041】
図示は省略するものの、さらに細かくみると、基板がGeの場合はSiの場合に比べて常に下側にある。つまり、弱い基板依存性があるように見える。この依存性の物理的な意味はわかっていない。
【0042】
ここで、以上を纏めて、図9で示される比例定数ξL を、
ξL =λ(Z2 )In(1000E/E1 ):E/E1 ≧1/1000 ・・(91 ) ξL =0 :E/E1 <1/1000 ・・(92 )で半経験的に表現する。
但し、λ(Z2 )は基板依存性を示す係数であり、Si基板の場合には、
λ(Z2 =14:Si)=0.1485 ・・・(10)
である。
なお、Z2 のサフィックスの2は、図1において基板を構成する原子の質量をM2 としたことに合わせた表記を行うためである。
【0043】
また、他の基板に関しても、各種のSIMSにより実測値及びシミュレーション結果に基づいて決定して行く。
例えば、GaAs等の化合物半導体基板のように基板が複数種類の原子からなる場合はZ2 として、その平均値Z2av を用いる。なお、平均値Z2av が、単位基板構成原子内にiという種類の基板原子がni 個含まれているとした場合に、下記の式(11)で表現される。
【数2】

【0044】
次に、イオン注入分布のテールの広がりの形状を表すパラメータαについて検討する。
図10は、パラメータαの注入エネルギー依存性の説明図であり、ここでは、B、P、Asの3種類のイオンをSi基板及びGe基板に注入した場合のSIMSによる実測値とテール関数をフィッティングして求めた注入エネルギー依存性を示している。
図から明らかなように、イオンの種類により注入エネルギー依存性が異なっており、Pの場合には基板依存性も見られる。
【0045】
そこで、ここでもイオンの種類及び基板の種類によらずユニバーサルな注入エネルギー依存性が得られるように、各イオン種について注入エネルギーEを核阻止能Sn と電子阻止能Se の一致するエネルギーE1 で規格化することを試みた。
【0046】
図11は、パラメータαの規格化注入エネルギー(E/E1 )依存性の説明図であり、Pの場合にはばらつきが見られるものの、この場合もE/E1 は現象を区切るいい尺度になっている。即ち、EがE1 よりも小さければテール部は指数関数的になり、大きければGaussの形状になり、不純物及び基板に関してユニバーサルな依存性になっている。
【0047】
このような図11に示すパラメータαの規格化注入エネルギー(E/E1 )依存性はE/E1 =1で急激に変動するので、
α(E)=1+1/{1+(E1 /E)4 } ・・・(13)
で経験的に表現される。
【0048】
次に、チャネルドーズ量Φchanについて検討する。
図12は、BをSi基板に注入した場合のチャネルドーズ量Φchanのドーズ量依存性の説明図であり、ここでは、BをSi基板に注入する場合の注入エネルギーを10keV、20keV、40keV、80keV、160keVにした場合のSIMSによる実測値を示している。
この場合、ΦchanがΦに比例する領域と飽和する領域に大まかに区別できる。高ドーズ量側で多少のばらつきはあるものの、高ドーズではΦchanはエネルギーによらずほぼ一定の飽和値Φchansat になる。
【0049】
図13は、PをSi基板に注入した場合のチャネルドーズ量Φchanのドーズ量依存性の説明図であり、ここでは、PをSi基板に注入する場合の注入エネルギーを30keV、70keV、180keVにした場合のSIMSによる実測値を示している。
この場合も、ΦchanがΦに比例する領域と飽和する領域に大まかに区別でき、高ドーズではΦchanはエネルギーによらずほぼ一定の飽和値Φchansat になる。
【0050】
図14は、AsをSi基板に注入した場合のチャネルドーズ量Φchanのドーズ量依存性の説明図であり、ここでは、AsをSi基板に注入する場合の注入エネルギーを20keV、40keV、80keV、160keVにした場合のSIMSによる実測値を示している。
この場合も、ΦchanがΦに比例する領域と飽和する領域に大まかに区別でき、高ドーズではΦchanはエネルギーによらずほぼ一定の飽和値Φchansat になる。
【0051】
上記の図12乃至図14を合わせて考察すると、チャネルドーズ量Φchanはイオン注入に伴うダメージの蓄積と関連すると考えられる。
ドーズ量Φが小さい場合は各イオンの形成するダメージ領域は独立と考えることができるため、ΦchanはΦに比例すると考えられる。
更にドーズΦを上げていくとダメージ領域は重なり、ついには面全体を覆う。つまり、中間領域を無視すると、各イオンが独立にダメージ領域を形成するドーズ領域とダメージ領域が飽和する領域の二つが考えられる。
【0052】
しかし、大まかな傾向は同じであっても、そのままでは、飽和の状態が各イオン種毎或いは基板毎にばらつくので、ここでもイオンの種類及び基板の種類によらずユニバーサルな注入エネルギー依存性が得られるように、各イオンの質量M1 を基板を構成する原子の質量M2 で規格化することを試みた。
【0053】
図15は、Si基板及びGe基板中の種々のイオンのΦchansat のM1 依存性の説明図であり、両対数グラフにおいて反比例的なユニバーサルな相関が見られた。
したがって、Φchanの依存性をユニバーサルな関係として表すと、
Φchan=rchanΦ :rchanΦ<Φchansat ・・・(141 ) Φchan=Φchansat :rchanΦ>Φchansat ・・・(142
と表現する。
なお、rchanは簡略化して表現する場合には1とする。
【0054】
また、Φchansat のM1 依存性は、
Φchansat =4.9×1013(M1 /M2 -1.088cm-2 ・・・(15) で、Ge及びSi両基板で共通に表現される。
【0055】
また、基板が化合物半導体のように複数種類の原子からなる場合は、M2 として下記の式(16)で表現される平均値M2av を用いる。
【数3】

なお、ここで単位基板構成原子内にiという基板原子がni 個含まれているとしている。
【0056】
このように、本発明の実施の形態においては、各パラメータとイオン注入条件との間にユニバーサルな関係を設定しているので、実際に扱っていないイオン種や注入エネルギーに対しても、その内挿および外挿で適用することが可能になる。
【実施例1】
【0057】
以上を前提として、次に、図16乃至図19を参照して本発明の実施例1のイオン注入分布発生方法を説明する。
ここでは、上述のテール関数のメインパートを表す分布関数na (x)を規定するモーメントパラメータRp 、ΔRp 、γ、βを、本発明者等がLSS理論を3次摂動まで拡張して求めた値を用いる。
【0058】
図16は、BをSi基板に注入した場合のイオン注入分布図であり、ここでは、シミュレーション値をSIMSによる実測値と比較している。
図においては、Bのドーズ量を1013cm-2、1014cm-2、1015cm-2の3種類のドーズ量とし、注入エネルギーを20keV及び80keVの2種類の注入エネルギーとした、合わせて6つのイオン注入条件の結果を示している。
図から明らかなように、ピーク値から落ち込む部分でSIMSによる実測値との不一致が見られるが、テール部においては満足がいく程度の良好な一致性が見られた。
【0059】
図17は、PをSi基板に注入した場合のイオン注入分布図であり、ここでも、シミュレーション値をSIMSによる実測値と比較している。
図においては、Pのドーズ量を1×1013cm-2、3×1014cm-2、1×1016cm-2の3種類のドーズ量とし、注入エネルギーを30keV及び70keVの2種類の注入エネルギーとした、合わせて6つのイオン注入条件の結果を示している。
この場合も、ピーク値から落ち込む部分でSIMSによる実測値との不一致が見られるが、テール部においては満足がいく程度の良好な一致性が見られた。
【0060】
図18は、AsをSi基板に注入した場合のイオン注入分布図であり、ここでは、シミュレーション値をSIMSによる実測値と比較している。
図においては、Asのドーズ量を1013cm-2、1014cm-2、1015cm-2の3種類のドーズ量とし、注入エネルギーを20keV及び80keVの2種類の注入エネルギーとした、合わせて6つのイオン注入条件の結果を示している。
この場合も、ピーク値から落ち込む部分でSIMSによる実測値との不一致が見られるが、テール部においては満足がいく程度の良好な一致性が見られた。
【0061】
図19は、上述のイオン注入分布発生方法により構築したBをSi基板に注入する場合のデータベースの構成例である。
このような、データベースを構築することによって、シリコン集積回路装置を設計する場合のイオン注入条件を安定して設定することができるようになる。
【実施例2】
【0062】
次に、図20乃至図24を参照して、本発明の実施例2のイオン注入分布発生方法を説明する。
ここでは、上述の式(7)乃至式(16)を用いてイオン注入条件をユニバーサル化したパラメータを用いて本発明者が改良した擬似結晶LSS(QCLSS)理論によりシミュレーションした結果を示す。
【0063】
図20は、BをSi基板に注入した場合のイオン注入分布図であり、ここでは、QCLSS理論によるシミュレーション値をSIMSによる実測値と比較している。
図においては、Bのドーズ量を1013cm-2、1014cm-2、1015cm-2の3種類のドーズ量とし、注入エネルギーを20keV及び80keVの2種類の注入エネルギーとした、合わせて6つのイオン注入条件の結果を示している。
図から明らかなように、完全ではないものの、シミュレーション値とSIMSによる実測値との間に良好な一致性が見られた。
【0064】
図21は、PをSi基板に注入した場合のイオン注入分布図であり、ここでも、QCLSS理論によるシミュレーション値をSIMSによる実測値と比較している。
図においては、Pのドーズ量を1×1013cm-2、3×1014cm-2、1×1016cm-2の3種類のドーズ量とし、注入エネルギーを30keV及び70keVの2種類の注入エネルギーとした、合わせて6つのイオン注入条件の結果を示している。
図から明らかなように、テール部において多少の乖離は見られるものの、シミュレーション値とSIMSによる実測値との間に良好な一致性が見られた。
【0065】
図22は、AsをSi基板に注入した場合のイオン注入分布図であり、ここでも、QCLSS理論によるシミュレーション値をSIMSによる実測値と比較している。
図においては、Asのドーズ量を1013cm-2、1014cm-2、1015cm-2の3種類のドーズ量とし、注入エネルギーを20keV及び80keVの2種類の注入エネルギーとした、合わせて6つのイオン注入条件の結果を示している。
図から明らかなように、完全ではないものの、シミュレーション値とSIMSによる実測値との間に良好な一致性が見られた。
【0066】
図23は、InをSi基板に注入した場合のイオン注入分布図であり、ここでも、QCLSS理論によるシミュレーション値をSIMSによる実測値と比較している。
図においては、Inのドーズ量を5×1012cm-2、1×1014cm-2、1×1015cm-2の3種類のドーズ量とし、注入エネルギーを20keV及び80keVの2種類の注入エネルギーとした、合わせて6つのイオン注入条件の結果を示している。
図から明らかなように、完全ではないものの、シミュレーション値とSIMSによる実測値との間に良好な一致性が見られた。
【0067】
図24は、SbをSi基板に注入した場合のイオン注入分布図であり、ここでも、QCLSS理論によるシミュレーション値をSIMSによる実測値と比較している。
図においては、Sbのドーズ量を5×1012cm-2、1×1014cm-2、1×1015cm-2の3種類のドーズ量とし、注入エネルギーを20keV及び80keVの2種類の注入エネルギーとした、合わせて6つのイオン注入条件の結果を示している。
図から明らかなように、完全ではないものの、シミュレーション値とSIMSによる実測値との間に良好な一致性が見られた。
【0068】
以上に図20乃至図24の結果を合わせて考察すると、完全ではないが、幅広い注入条件のものを統一的に扱いほぼ定量的に表現できていることが分かる。
したがって、このようにユニバーサルな関係として求めたL、α、Φchanを、実施例1で示したテール関数のパラメータとして採用することにより、実測値を直接参照することなく、幅広い注入条件におけるデータベースを構築することができる。
【0069】
また、上記の図20乃至図24に示したように、ユニバーサルな関係として求めたL、α、Φchanを、テール関数のメインパートをアモルファス中のモーメントパラメータの値として採用している実施例1とは関係なく、一般的なテール関数のパラメータとして採用することによって、幅広い注入条件におけるイオン注入分布を統一的に扱うことができる。
【0070】
そして、これらの機能をプログラムとしてシミュレータに搭載することによって、幅広い注入条件におけるイオン注入分布を簡単に求めることができるシミュレータを提供することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0071】
【図1】イオンの注入に伴う衝突現象の概念的説明図である。
【図2】イオン注入における各パラメータの説明図である。
【図3】注入されたイオンの1次元分布の模式的説明図である。
【図4】テール関数におけるパラメータの非ユニーク性の説明図である。
【図5】Bを結晶Si及びα−Siに注入した場合のイオン注入分布図である。
【図6】Asを結晶Si及びα−Siに注入した場合のイオン注入分布図である。
【図7】比例定数ξL の注入エネルギー依存性の説明図である。
【図8】核阻止能Sn と電子阻止能Se の模式的説明図である。
【図9】比例定数ξL の規格化注入エネルギー(E/E1 )依存性の説明図である。
【図10】パラメータαの注入エネルギー依存性の説明図である。
【図11】パラメータαの規格化注入エネルギー(E/E1 )依存性の説明図である。
【図12】BをSi基板に注入した場合のチャネルドーズ量Φchanのドーズ量依存性の説明図である。
【図13】PをSi基板に注入した場合のチャネルドーズ量Φchanのドーズ量依存性の説明図である。
【図14】AsをSi基板に注入した場合のチャネルドーズ量Φchanのドーズ量依存性の説明図である。
【図15】Si基板及びGe基板中の種々のイオンのΦchansat のM1 依存性の説明図である。
【図16】BをSi基板に注入した場合のイオン注入分布図である。
【図17】PをSi基板に注入した場合のイオン注入分布図である。
【図18】AsをSi基板に注入した場合のイオン注入分布図である。
【図19】本発明のイオン注入分布発生方法により構築したBをSi基板に注入する場合のデータベースの構成例である。
【図20】BをSi基板に注入した場合のイオン注入分布図である。
【図21】PをSi基板に注入した場合のイオン注入分布図である。
【図22】AsをSi基板に注入した場合のイオン注入分布図である。
【図23】InをSi基板に注入した場合のイオン注入分布図である。
【図24】SbをSi基板に注入した場合のイオン注入分布図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
xを基板の深さ方向、Φを注入するイオンのドーズ量、Φchanをチャネルドーズ量、na (x)を非晶質パートの分布関数、nc (x)をチャンネリングパートの分布関数とすると、下記の式で表されるテール関数N(x)からイオン注入分布を発生させる際に、非晶質層中のイオン分布から抽出したイオンの飛程の注入方向の射影を表すパラメータRp 、Rp の標準偏差ΔRp 、注入イオン分布の左右非対称性を表すパラメータγ、注入イオン分布のピークの鋭さを表すパラメータβを前記テール関数のRp 、ΔRp 、γ、βとして用いるイオン注入分布発生方法。
N(x)=(Φ+Φchan)na (x)+Φchanc (x)
但し、na (x)及びnc (x)は、hma(x),hmc(x)を前記の同じモメントパラメータRp 、ΔRp 、γ、βを持つピアソン関数、xT =Rp +ΔRp 、κを比例係数とした場合に、
a (x)=hma(x)
c (x)=hmc(x):x<xT
c (x)=κ〔hmc(x)+hTC(x)〕:x>xT
で表され、且つ、ピーク濃度位置をxpc、Lをイオン注入分布のテールの広がりを表すパラメータ、aをイオン注入分布のテールの広がりの形状を表すパラメータ、ηを係数とすると、
TC(x)=hmc(xpc)exp{−(lnη)〔(x−xpca /L〕}
【請求項2】
前記非晶質層中のイオン分布からのパラメータ抽出を、モンテ・カルロ法或いはLLS理論のいずれかによる非晶質層中のイオン分布の計算から求める請求項1記載のイオン注入分布発生方法。
【請求項3】
前記非晶質層中のイオン分布から計算により抽出したパラメータが、イオンの横方向の広がりのパラメータΔRptを含んでいる請求項2に記載のイオン注入分布発生方法。
【請求項4】
前記Rp 、ΔRp 、γ、βを固定した上で、前記テール関数のパラメータである、イオン注入分布のテールの広がりのパラメータL、イオン注入分布のテールの広がりの形状を表すパラメータα、及び、チャネルドーズ量Φchanを実験データから抽出する請求項1乃至3のいずれか1項に記載のイオン注入分布発生方法。
【請求項5】
xを基板の深さ方向、Φを注入するイオンのドーズ量、Φchanをチャネルドーズ量、na (x)を非晶質パートの分布関数、nc (x)をチャンネリングパートの分布関数とすると、下記の式で表されるテール関数N(x)からイオン注入分布を発生させる際に、Rp をイオンの飛程の注入方向の射影を表すパラメータ、ΔRp をRp の標準偏差、γを注入イオン分布の左右非対称性を表すパラメータ、βを注入イオン分布のピークの鋭さを表すパラメータ、ξを比例係数、Rmax をイオンの最大飛程とした場合に、前記テール関数のイオン注入分布のテールの広がりを表すパラメータLを、
L=ξ(Rmax −Rp
と仮定して計算を行うイオン注入分布発生方法。
N(x)=(Φ+Φchan)na (x)+Φchanc (x)
但し、na (x)及びnc (x)は、hma(x),hmc(x)を前記の同じモメントパラメータRp 、ΔRp 、γ、βを持つピアソン関数、xT =Rp +ΔRp 、κを比例係数とした場合に、
a (x)=hma(x)
c (x)=hmc(x):x<xT
c (x)=κ〔hmc(x)+hTC(x)〕:x>xT
で表され、且つ、ピーク濃度位置をxpc、aをイオン注入分布のテールの広がりの形状を表すパラメータ、ηを係数とすると、
TC(x)=hmc(xpc)exp{−(lnη)〔(x−xpca /L〕}
【請求項6】
Eをイオンの注入エネルギー、E1 を前記基板の核阻止能と電子阻止能とが等しくなるエネルギーとした場合に、前記ξがE/E1 に依存すると仮定して計算を行う請求項5記載のイオン注入分布発生方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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