説明

イヌ流産菌およびレプトスピラ菌の検出方法およびそれに用いるプライマーセット

【課題】イヌの精液中に存在するイヌ流産菌(B. canis)およびレプトスピラ菌(Leptospira)を、独立または同時に、簡便かつ短時間に検出する方法を提供する。
【解決手段】イヌ精液からDNAを抽出し、抽出したDNAを、特定な塩基配列を有するプライマーのセットを用いてPCR法によるDNA増幅操作に付し、DNA増幅操作の生成物を電気泳動に付して、増幅産物の有無を確認することを含む、イヌ精液中に含まれるイヌ流産菌を検出する方法。イヌ精液からDNAを抽出し、抽出したDNAを、特定な塩基配列を有するプライマーおよび特定な塩基配列を有するプライマーのセットを用いてPCR法によるDNA増幅操作に付し、DNA増幅操作の生成物を電気泳動に付して、増幅産物の有無を確認することを含む、イヌ精液中に含まれるレプトスピラ菌を検出する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イヌ流産菌およびレプトスピラ菌の検出方法およびそれに用いるプライマーセットに関する。
【背景技術】
【0002】
ブルセラ・カニス(Brucella canis)は人獣共通感染症の一つであるブルセラ症の原因菌で、ヒトでは波状熱、イヌでは流産を引き起こす。細胞内寄生菌であり、その細胞内増殖能と病原性には密接な関係があると考えられている。我が国では、家畜におけるブルセラ症は家畜伝染病として防疫対策を実施しているため、感染家畜は全て淘汰されている。しかしながら、イヌにおける対策は立ち後れており、散発的な感染事例が報告されている。
【0003】
ブルセラ症原因菌はイヌに流産を起こすことからイヌ流産菌とも呼ばれている。妊娠イヌでは、妊娠40〜60日の間に自己融解を起こした胎児を流産し、それ以外に症状が認められないのがほとんどである。雄では、精巣上体および前立腺の炎症を伴う腫大と精巣の萎縮を示す。ヒトがこの病気にかかると、38〜40℃の発熱を繰り返す「波状熱」を特徴とする。その他、頭痛、筋肉痛、関節痛の出現、リンパ節、肝臓および脾臓の腫大、また慢性例では、精神症状や肺に結核に似たレントゲン像を示すことがある。
【0004】
イヌ流産菌は、イヌの精液中に本菌が混入することが示唆されており、イヌの繁殖時に問題となっている。例えば、盲導犬の安定的・効率的な繁殖および供給に関する研究が推進されており、その一つの方法としてイヌの人工繁殖についても検討されている。その際、イヌの精液中へのイヌ流産菌の混入は、大きな問題である。(非特許文献1および2)
【非特許文献1】動物の感染症(清水悠紀臣ら編集)、「犬のブルセラ病」、321-323頁、近代出版。
【非特許文献2】度会雅久著、「ブルセラ属菌のマクロファージ内侵入および増殖機構」、日本細菌学雑誌、59巻、465-471頁、2004年。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
イヌ流産菌は精液中に存在することが知られていたが、本菌を人工培地による分離培養によってのみその存在が確認されていた。これには非常に長い時間が必要であり、熟練した技術が必要とされ、より簡便な検出法が必要とされていた。
【0006】
また、イヌの繁殖障害を引き起こす感染症として、イヌ流産菌以外にレプトスピラ症がある。イヌのレプトスピラ症は重症例において急性肝炎あるいは急性腎炎を引き起こすことが知られている。急性期に胎仔が感染すると流産を引き起こす場合がある。
【0007】
レプトスピラ症は、レプトスピラ菌(Leptospira)が原因菌であり、イヌの精液中に本菌が混入することが示唆されている。レプトスピラ菌もイヌ流産菌と同様に、本菌を人工培地による分離培養によってのみその存在が確認されていた。これには非常に長い時間が必要であり、熟練した技術が必要とされ、より簡便な検出法が必要とされていた。
【0008】
そこで、本発明は、イヌの精液中に存在するイヌ流産菌(B. canis)およびレプトスピラ菌(Leptospira)を、独立または同時に、簡便かつ短時間に検出する方法を提供することを目的とする。
【0009】
そこで本発明者らは、菌の分離培養を行って目的とする菌を検出するのではなく、精液からDNAを抽出し、菌のDNAを検出することによって菌の存在を証明することを検討した。その結果、特定の配列を有するプライマーセットを用いるPCR法により、イヌ流産菌(B. canis)およびレプトスピラ菌(Leptospira)を、独立または同時に、検出することができることを見いだし、本発明を完成した。
【0010】
また、前述のように、イヌ、特に、盲導犬の人工繁殖を行っているが、その際、凍結保存したイヌ精液を用いることがある。そこで、凍結保存したイヌ精液についても、同様に、イヌ流産菌(B. canis)およびレプトスピラ菌(Leptospira)を、独立または同時に、検出することができる方法が必要であり、本発明はこの方法を提供することも目的とする。
【0011】
そして、凍結保存したイヌ精液についても、特定の精製工程を経ることで、前述の方法と同様の、特定の配列を有するプライマーセットを用いるPCR法により、イヌ流産菌(B. canis)およびレプトスピラ菌(Leptospira)を、独立または同時に、検出することができることを見いだし、本発明を完成した。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、以下の通りである。
[請求項1]イヌ精液からDNAを抽出し、
抽出したDNAを、配列表の配列番号1に示す塩基配列を有するプライマーおよび配列表の配列番号2に示す塩基配列を有するプライマーのセットを用いてPCR法によるDNA増幅操作に付し、
DNA増幅操作の生成物を電気泳動に付して、増幅産物の有無を確認することを含む、
イヌ精液中に含まれるイヌ流産菌を検出する方法。
[請求項2]イヌ精液からDNAを抽出し、
抽出したDNAを、配列表の配列番号3に示す塩基配列を有するプライマーおよび配列表の配列番号4に示す塩基配列を有するプライマーのセットを用いてPCR法によるDNA増幅操作に付し、
DNA増幅操作の生成物を電気泳動に付して、増幅産物の有無を確認することを含む、
イヌ精液中に含まれるレプトスピラ菌を検出する方法。
[請求項3]イヌ精液からDNAを抽出し、
抽出したDNAを、配列表の配列番号1に示す塩基配列を有するプライマーおよび配列表の配列番号2に示す塩基配列を有するプライマーのセット、並びに配列表の配列番号3に示す塩基配列を有するプライマーおよび配列表の配列番号4に示す塩基配列を有するプライマーのセットを用いてPCR法によるDNA増幅操作に付し、
DNA増幅操作の生成物を電気泳動に付して、増幅産物の有無を確認することを含む、
イヌ精液中に含まれるイヌ流産菌およびレプトスピラ菌を検出する方法。
[請求項4]イヌ精液が、凍結保存液を用いて凍結保存したイヌ精液であり、凍結保存液の凍結保存成分を除去した後にDNA抽出を行う、請求項1に記載の方法。
[請求項5]凍結保存液の凍結保存成分がグルコースであり、凍結保存液を緩衝液で希釈し、希釈物から固形成分を分離し、分離した固形成分をDNA抽出に供する、請求項4に記載の方法。
[請求項6]イヌ精液中に含まれるイヌ流産菌を検出するためのPCR法に用いる、配列表の配列番号1に示す塩基配列を有するプライマーおよび配列表の配列番号2に示す塩基配列を有するプライマーのセット。
[請求項7]イヌ精液中に含まれるレプトスピラ菌を検出するためのPCR法に用いる、配列表の配列番号3に示す塩基配列を有するプライマーおよび配列表の配列番号4に示す塩基配列を有するプライマーのセット。
[請求項8]請求項6に記載のプライマーセットを含む、イヌ精液中に含まれるイヌ流産菌検出用キット。
[請求項9]請求項7に記載のプライマーセットを含む、イヌ精液中に含まれるレプトスピラ菌の検出用キット。
[請求項10]請求項6に記載のプライマーセットおよび請求項7に記載のプライマーセットを含む、イヌ精液中に含まれるイヌ流産菌およびレプトスピラ菌検出用キット。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、イヌの精液中に存在するイヌ流産菌(B. canis)およびレプトスピラ菌(Leptospira)を、独立または同時に、簡便かつ短時間に検出することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
[イヌ流産菌検出法]
本発明の大の態様は、イヌ精液中に含まれるイヌ流産菌を検出する方法に関する。この方法は、
(B-1)イヌ精液からDNAを抽出し、
(B-2)抽出したDNAを、配列表の配列番号1に示す塩基配列を有するプライマーおよび配列表の配列番号2に示す塩基配列を有するプライマーのセットを用いてPCR法によるDNA増幅操作に付し、
(B-3)DNA増幅操作の生成物を電気泳動に付して、増幅産物の有無を確認することを含む。
【0015】
(B-1)におけるイヌ精液からのDNAの抽出は、市販のDNA抽出キット、例えば、キアゲン社から販売されているDNA purification Kitを用いることができる。イヌ精液をキットに含まれる緩衝液と混合してDNA精製用のカラムを用いて精製することで、DNA抽出を行うことができる。この操作は、キットに同封されているプロトコールに従って行うことができる。
【0016】
本発明の方法は、イヌ精液が、凍結保存液を用いて凍結保存したイヌ精液である場合にも実施できる。但し、精液保存液を用いて凍結保存したイヌ精液からのDNAの抽出は、精液のみの場合と同様の方法ではうまくできなかった。これは、凍結保存液には、凍結保存成分が含まれており、DNA抽出を阻害しているためとも考えられる。例えば、凍結保存液には、凍結保存成分として、グルコースが含まれることがある。本発明者らが検討した結果、凍結保存液を緩衝液で希釈し、希釈物から固形成分を分離し、分離した固形成分をDNA抽出に供することで、DNA抽出を良好に実施することができた。具体的には、凍結保存精液を融解し、リン酸緩衝液を用いて10倍に希釈し、8000回転、10分間遠心分離することによって得られる沈差を回収し、凍結保存液を取り除くことで、DNA抽出を良好に実施することができた。得られた沈差は、キットに含まれる緩衝液と混合してDNA精製用のカラムを用いて精製することで、DNA抽出を行うことができる。尚、リン酸緩衝液を用いた希釈の倍率や、遠心分離の条件は、適宜変更することはできる。
【0017】
(B-2)におけるPCR法によるDNA増幅操作には、配列表の配列番号1に示す塩基配列を有するプライマーB2Fおよび配列表の配列番号2に示す塩基配列を有するプライマーB2Rのセットを用いる。
B2F: 5'-TCA TGA AAA CCG CTT CCC CCA GC-3'(配列番号1)
B2R: 5'-CCG TTG TCA TGA TCT GTG TCC CT-3'(配列番号2)
【0018】
このB2FおよびB2Rのプライマーセットは、イヌ流産菌(B. canis)のvirB2遺伝子の特定の配列を増幅するように設計されている。具体的には、これらのプライマーセットは、B. abortus の1607-1629および 1927-1939 (NCBI Enterez Genome website; access number AF226278 (http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez.viewer))の配列に相当し、PCR産物の予想されるサイズは332 bpである。
【0019】
上述のようにB. abortus の遺伝子情報は全て分かっている。しかし、B. canisの遺伝子情報はほとんど不明である。本発明者らは、ブルセラ属菌は何れも遺伝子配列が似ていると考え、B. abortus の遺伝子情報をもとにB. canisの遺伝子を増幅できるかどうか検討した。具体的には、ブルセラ属菌に特有な遺伝子としてvirB1〜virB12までの12の遺伝子があることがすでに明らかとなっていたので、B. abortus の遺伝子情報をもとに各遺伝子について1セット(計12セット)のプライマーセットを作成し、PCRを行った。さらに、virB2遺伝子に関しては3セットのプライマーセットを作成し、PCRを行った。その結果、増幅しやすい遺伝子と増幅し難い遺伝子があることが分かった。さらに詳しく解析したところ、上記配列番号1および2のプライマーセットが、一般的なPCRの反応条件で最も増幅しやすいことが判明した。特にPCRを阻害する様な物質が試料中に入っている場合(精液の凍結保存液など)はこのプライマーセットが最も検出しやすいという結果であった。
【0020】
本発明の方法では、上記2種類のプライマーは、それぞれ上記で示した全配列を有することが、検体中にイヌ流産菌が存在し、virB2遺伝子が存在する場合、virB2遺伝子を確実に増幅するという観点から好ましい。但し、各プライマーともその一部の塩基を欠失または置換したもの、あるいは、他の塩基が付加されたものでも、同様のプライマーとしての機能を発揮するものはあり得る。即ち、配列番号1〜2のいずれかの塩基配列において1から数個の塩基の欠失、置換及び/又は付加を有する塩基配列を有し、かつvirB2遺伝子の1629および 1927の範囲を含む塩基配列をPCR法によって増幅することができるプライマー機能を有するDNAを、プライマーセットの一部または全部のDNAとして含むプライマーセットも、本発明の方法で使用できる。
【0021】
抽出したDNAのPCR法によるDNA増幅操作は、常法により行うことができる。例えば、PCR法の条件は、95℃、1分、52℃、2.5分、72℃、1分を40サイクルに設定することができる。
【0022】
(B-3)において、DNA増幅操作の生成物を電気泳動に付して、増幅産物の有無を確認する。DNA増幅操作の生成物の電気泳動は常法により行うことができる。例えば、0.5 μg のエジチウムブロマイドを含む1.5 % (w/v)アガロースゲルを用いて電気泳動を行い、UV照射器で可視化して、写真撮影し、写真から増幅産物の有無を確認することができる。約332 bpのバンドがあった場合、検体は陽性である、と判断できる。
【0023】
後述する実施例で示すように、実施例に示す条件では、検体中に、菌体が103以上含まれていれば、ほぼ確実に検出することができる。但し、この検出限界は、PCR法の条件を変えることで、変化し得る。例えば、PCR法のサイクル数を増加、高活性のDNAポリメラーゼの使用等である。
【0024】
[レプトスピラ菌検出方法]
本発明の第2の態様は、イヌ精液中に含まれるレプトスピラ菌を検出する方法である。この方法は、
(R-1)イヌ精液からDNAを抽出し、
(R-2)抽出したDNAを、配列表の配列番号3に示す塩基配列を有するプライマーおよび配列表の配列番号4に示す塩基配列を有するプライマーのセットを用いてPCR法によるDNA増幅操作に付し、
(R-3)DNA増幅操作の生成物を電気泳動に付して、増幅産物の有無を確認することを含む。
【0025】
(R-1)は、イヌ精液が、凍結保存液を用いて凍結保存したイヌ精液である場合も含めて、(B-1)と同様に実施できる。
【0026】
(R-2)では、プライマーセットとして、配列表の配列番号3に示す塩基配列を有するプライマーLep1および配列表の配列番号4に示す塩基配列を有するプライマーLep2のセットを用いる。
Lep1: 5'-TGG AGG AAC ACC AGT GGC GAA GGC-3'(配列番号3)
Lep2:5'-CAC ATG CTC CAC CGC TTG TGC GGA-3'(配列番号4)
【0027】
このLep1およびLep2のプライマーセットは、レプトスピラ菌(L. interrogans)のクロモソーム遺伝子の特定の配列を増幅するように設計されている。具体的には、これらのプライマーセットは、レプトスピラ菌(L. interrogans)の551-574および771-794(NCBI Enterez Genome website; access number M71241 (http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez.viewer))の配列に相当し、PCR産物の予想されるサイズは243bpである。
【0028】
レプトスピラ菌は多数の血清型が存在し、これら異なる血清型間でどの程度塩基配列が異なっているか不明である。しかし、どの血清型にも共通して認められ、かつレプトスピラ菌に特異的な遺伝子として16S rRNA遺伝子が知られている。そこで、この遺伝子情報を基にプライマーセットを設計した。この時、上記ブルセラ菌の遺伝子と同時に検出できるサイズで増幅効率の最も良いプライマーセットを検討するために、ブルセラ菌の場合と同様の実験を行いました。即ち、3種類プライマーセットを用意し、PCRによる増幅産物や効率について検討した。その結果、配列番号3および4に示したプライマーセットが、ブルセラ菌の遺伝子と同時に検出できるサイズで増幅効率の最も良いプライマーセットであった。
【0029】
本発明の方法では、上記2種類のプライマーは、それぞれ上記で示した全配列を有することが、検体中にレプトスピラ菌(L. interrogans)が存在し、そのクロモソーム遺伝子が存在する場合、クロモソーム遺伝子を確実に増幅するという観点から好ましい。但し、各プライマーともその一部の塩基を欠失または置換したもの、あるいは、他の塩基が付加されたものでも、同様のプライマーとしての機能を発揮するものはあり得る。即ち、配列番号3〜4のいずれかの塩基配列において1から数個の塩基の欠失、置換及び/又は付加を有する塩基配列を有し、かつクロモソーム遺伝子の574および771の範囲を含む塩基配列をPCR法によって増幅することができるプライマー機能を有するDNAを、プライマーセットの一部または全部のDNAとして含むプライマーセットも、本発明の方法で使用できる。
【0030】
(R-2)におけるPCR法によるDNA増幅操作、および(R-3)におけるDNA増幅操作の生成物の電気泳動および増幅産物の有無を確認は、(B-2)および(B-3)と同様に実施できる。但し、約243 bpのバンドがあった場合、検体は陽性である、と判断できる。
【0031】
[イヌ流産菌およびレプトスピラ菌の検出方法]
本発明の第3の態様は、イヌ精液中に含まれるイヌ流産菌およびレプトスピラ菌を同時に検出する方法も包含する。この方法は、
(BL-1)イヌ精液からDNAを抽出し、
(BL-2)抽出したDNAを、配列表の配列番号1に示す塩基配列を有するプライマーおよび配列表の配列番号2に示す塩基配列を有するプライマーのセット、並びに配列表の配列番号3に示す塩基配列を有するプライマーおよび配列表の配列番号4に示す塩基配列を有するプライマーのセットを用いてPCR法によるDNA増幅操作に付し、
(BL-3)DNA増幅操作の生成物を電気泳動に付して、増幅産物の有無を確認することを含む。
【0032】
この方法は、(BL-2)において、イヌ流産菌用プライマーセットとレプトスピラ菌用プライマーセットとを一緒に用いてPCR法のよるDNA増幅操作を行う以外、本発明の第1の態様および本発明の第2の態様と同様に実施できる。前述のようにイヌ流産菌用プライマーセットにより得られる増幅産物は、約332bpであるのに対して、レプトスピラ菌用プライマーセットにより得られる増幅産物は、約243 bpであり、電気泳動により得られるバンドは区別でき、いずれか一方の菌について陽性である場合も、両方の菌について陽性である場合も、検出可能である。
【0033】
本発明は、イヌ精液中に含まれるイヌ流産菌を検出するためのPCR法に用いる、配列表の配列番号1に示す塩基配列を有するプライマーおよび配列表の配列番号2に示す塩基配列を有するプライマーのセットを包含する。これらのプライマーについては、本発明の第1の態様において説明した通りである。本発明のイヌ流産菌検出用のプライマーセットは、配列番号1〜2のいずれかの塩基配列において1から数個の塩基の欠失、置換及び/又は付加を有する塩基配列を有し、かつvirB2遺伝子の1629および 1927の範囲を含む塩基配列をPCR法によって増幅することができるプライマー機能を有するDNAを、プライマーセットの一部または全部のDNAとして含むプライマーセットであってもよい。
【0034】
さらに本発明は、上記本発明のイヌ流産菌検出用プライマーセットを含む、イヌ精液中に含まれるイヌ流産菌検出用キットを包含する。イヌ流産菌検出用キットには、
(1)イヌ流産菌検出用プライマーセット
(2)陽性対照として用いるイヌ流産菌DNA
(3)陰性対照として用いる菌を含まない凍結イヌ精液
が含まれ、これら以外は、通常のPCR用のキットと同様である。
通常のPCR用のキットには、
(4)10 x reaction buffer、
(5)Taq ポリメラーゼ、
(6)4種類のデオキシヌクレオシドトリフォスフェイトが含まれる。
(7)説明書
【0035】
本発明は、イヌ精液中に含まれるレプトスピラ菌を検出するためのPCR法に用いる、配列表の配列番号3に示す塩基配列を有するプライマーおよび配列表の配列番号4に示す塩基配列を有するプライマーのセットを包含する。これらのプライマーについては、本発明の第2の態様において説明した通りである。本発明のレプトスピラ菌検出用プライマーセットは、配列番号3〜4のいずれかの塩基配列において1から数個の塩基の欠失、置換及び/又は付加を有する塩基配列を有し、かつクロモソーム遺伝子の574および771の範囲を含む塩基配列をPCR法によって増幅することができるプライマー機能を有するDNAを、プライマーセットの一部または全部のDNAとして含むプライマーセットであってもよい。
【0036】
本発明は、上記本発明のレプトスピラ菌検出用プライマーセットを含む、イヌ精液中に含まれるレプトスピラ菌検出用キットを包含する。
レプトスピラ菌検出用キットには、
(1)レプトスピラ菌検出用プライマーセット
(2)陽性対照として用いるレプトスピラ菌DNAおよび
(3)陰性対照として用いる菌を含まない凍結イヌ精液
が含まれ、それ以外は、上記以外はイヌ流産菌検出用キットと同様である。
【0037】
さらに本発明は、本発明のイヌ流産菌検出用プライマーセットおよびレプトスピラ菌検出用プライマーセットを含む、イヌ精液中に含まれるイヌ流産菌およびレプトスピラ菌検出用キットを包含する。
イヌ流産菌およびレプトスピラ菌検出用キットには、上記イヌ流産菌検出用キットおよびレプトスピラ菌検出用キットに含まれる試薬等が適宜含まれる。
【実施例】
【0038】
以下、本発明を実施例によりさらに説明する。
【0039】
試験方法
接種精液からのBrucella または Leptospira-DNAの精製
PCR法の感度を決定するために、B. canis およびL. interrogans をPBSで希釈し、Brucella またはLeptospira を含まないイヌ精液に加えた。精液中のB. canis CFUを決定するため、等量のサンプルをBrucella プレートに配置し、37 ℃で48時間、インキュベートした。L. interrogansを既報の方法(Savio M. L. et. al. 1993)により顕微鏡的にカウントした。100μlの精液中のB. canis またはL. interrogans の最終濃度を1 x 106, 1 x 105, 1 x 104, 2 x 103, 3 x 102 および2 x 101 CFU または 1 x 106, 1 x 105, 1 x 104, 2 x 103, 3 x 102 および 2 x 101とした。B. canis またはL. interrogans DNAは、QIAGEN 社のDNA purification Kit を用いて抽出した。核酸は、さらに、最終200 μl DNA量を、0.6 容量のイソプロパノールを添加して沈殿させ、15,000 rpm で15分間遠心分離した。DNAペレットを冷エタノールで洗浄し、真空下で乾燥した。最後に、各DNAペレットを20μl TE緩衝液(10 mM Tris-HCl; pH 7.5, および1 mM EDTA)に溶解した。5μlをPCR増幅に用いた。
【0040】
接種凍結保存液からのBrucella DNAの精製
PCR法の感度を決定するために、B. canisを凍結保存液、0.2 M グルコース含有Embryo Transfer Water (ETW) (Sigma)で希釈した。保存液中のB. canis CFUを決定するため、等量のサンプルをBrucella プレートに配置し、37 ℃で48時間、インキュベートした。 100μlの凍結保存液中のB. canis の最終濃度を 1 x 106, 1 x 105, 1 x 104, 4 x 103, 5 x 102 および4 x 101 CFUとした。B. canisを収集するために、サンプルを900μl のPBSを添加して希釈し、かつ8,000 rpm で10分間遠心分離してペレットを得た。B. canis DNAの抽出は、上記と同様に行った。
【0041】
DNA 増幅およびPCR産物の検出
DNAサンプルおよびプライマーをTaKaRa Ex Taq (Takara Bio Inc., Japan) と混合し、model iCycler TM Thermal cycler (Bio-Rad)を用いて25μlの容量で行った。PCRの最適感度を得るために、アニーリング温度(50〜60℃)、サイクル数(25〜40)、MgCl2 濃度(0.5〜3.0 mM) およびプライマー濃度(0.4〜2μM)の種々の組み合わせを試験した。その結果、以下の条件を選択した。PCRは、全容量25μl中で、2.5μl の10 x reaction buffer (最終濃度 1.5 mM MgCl2 ), プライマー(最終濃度 1μM), 4種類のデオキシヌクレオシドトリフォスフェイト最終濃度それぞれ150 μM、および1.0 U のTaq ポリメラーゼ(Takara Bio Inc., Japan)。サイクリング条件は、95℃で5分間を1 サイクルの後, 95℃で1分間、52℃で2.5分間および72℃で1分間を40サイクル、その後、72℃で10分間の最終インキュベーションとした。ポジティブコントロール(B. canis または L. interrogans のDNAを用いた反応) およびネガティブコントロール(B. canis またはL. interrogans 陰性精液フラクションまたは0.2 Mグルコース)を含む。
【0042】
増幅産物は、0.5 μg のエジチウムブロマイドを含む1.5 % (w/v)アガロースゲルを用いて電気泳動を行い、UV照射器で可視化して、写真撮影した。約332 bp または243bpのバンドがあった場合、検体は陽性である、と判断できる。
【0043】
実施例1
(イヌ流産菌の検出方法)
試験方法に示す方法により、イヌ精液中に種々の濃度のイヌ流産菌を加え上記方法でDNAの抽出を行った後、PCR法によりイヌ流産菌DNAの検出を行った。結果を図1に示す。(A)は精液、(B)は0.2Mグルコースを含む精液、(C)は精液保存液中の精液からそれぞれDNAを分離した。いずれも試料中に103以上の菌が存在した場合、そのDNAが検出できることが認められる。精液を凍結保存する場合、0.2Mグルコース等を緩衝剤として加える場合がある。また、(C)で用いた保存液はトリス、クエン酸、グルコース、卵黄、グリセロールを含む液体に精液を等量混合したものである。
【0044】
実施例2
(レプトスピラ菌の検出方法)
試験方法に示す方法により、イヌ精液中に種々の濃度のレプトスピラ菌を加え上記方法でDNAの抽出を行った後、PCR法によりレプトスピラ菌DNAの検出を行った。結果を図2に示す。上図は精液、下図は精液保存液中の精液からそれぞれDNAを分離した。いずれも試料中に103以上の菌が存在した場合、そのDNAが検出できることが認められる。
【0045】
実施例3
試験方法に示す方法により、イヌ流産菌とレプトスピラ菌を同時に検出した。(Lep. DNA)はレプトスピラのDNAをテンペレートとして行った対照、(Lep. Dir.)は精液からDNA抽出後レプトスピラのプライマーのみを用いてPCRを行った、(B. canis)はイヌ流産菌のプライマーのみを用いた場合、(Multiplex)は両方のプライマーを混合して同時にPCRを行った場合に検出されるバンドを示している。イヌ流産菌は332bp、レプトスピラは243bpの位置にバンドが検出され、試料中に両菌が存在した場合一度のPCRで同時に菌の検出が可能であることが認められた。検出感度は実施例1と同様に103以上の菌で検出可能であった。
【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明は、畜産業の分野に利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】実施例1で得られた電気泳動写真。
【図2】実施例2で得られた電気泳動写真。
【図3】実施例3で得られた電気泳動写真。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イヌ精液からDNAを抽出し、
抽出したDNAを、配列表の配列番号1に示す塩基配列を有するプライマーおよび配列表の配列番号2に示す塩基配列を有するプライマーのセットを用いてPCR法によるDNA増幅操作に付し、
DNA増幅操作の生成物を電気泳動に付して、増幅産物の有無を確認することを含む、
イヌ精液中に含まれるイヌ流産菌を検出する方法。
【請求項2】
イヌ精液からDNAを抽出し、
抽出したDNAを、配列表の配列番号3に示す塩基配列を有するプライマーおよび配列表の配列番号4に示す塩基配列を有するプライマーのセットを用いてPCR法によるDNA増幅操作に付し、
DNA増幅操作の生成物を電気泳動に付して、増幅産物の有無を確認することを含む、
イヌ精液中に含まれるレプトスピラ菌を検出する方法。
【請求項3】
イヌ精液からDNAを抽出し、
抽出したDNAを、配列表の配列番号1に示す塩基配列を有するプライマーおよび配列表の配列番号2に示す塩基配列を有するプライマーのセット、並びに配列表の配列番号3に示す塩基配列を有するプライマーおよび配列表の配列番号4に示す塩基配列を有するプライマーのセットを用いてPCR法によるDNA増幅操作に付し、
DNA増幅操作の生成物を電気泳動に付して、増幅産物の有無を確認することを含む、
イヌ精液中に含まれるイヌ流産菌およびレプトスピラ菌を検出する方法。
【請求項4】
イヌ精液が、凍結保存液を用いて凍結保存したイヌ精液であり、凍結保存液の凍結保存成分を除去した後にDNA抽出を行う、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
凍結保存液の凍結保存成分がグルコースであり、凍結保存液を緩衝液で希釈し、希釈物から固形成分を分離し、分離した固形成分をDNA抽出に供する、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
イヌ精液中に含まれるイヌ流産菌を検出するためのPCR法に用いる、配列表の配列番号1に示す塩基配列を有するプライマーおよび配列表の配列番号2に示す塩基配列を有するプライマーのセット。
【請求項7】
イヌ精液中に含まれるレプトスピラ菌を検出するためのPCR法に用いる、配列表の配列番号3に示す塩基配列を有するプライマーおよび配列表の配列番号4に示す塩基配列を有するプライマーのセット。
【請求項8】
請求項6に記載のプライマーセットを含む、イヌ精液中に含まれるイヌ流産菌検出用キット。
【請求項9】
請求項7に記載のプライマーセットを含む、イヌ精液中に含まれるレプトスピラ菌の検出用キット。
【請求項10】
請求項6に記載のプライマーセットおよび請求項7に記載のプライマーセットを含む、イヌ精液中に含まれるイヌ流産菌およびレプトスピラ菌検出用キット。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2006−333801(P2006−333801A)
【公開日】平成18年12月14日(2006.12.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−163547(P2005−163547)
【出願日】平成17年6月3日(2005.6.3)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成17年3月1日 第139回日本獣医学会学術集会発行の「第139回 日本獣医学会学術集会講演要旨集」に発表
【出願人】(504300088)国立大学法人帯広畜産大学 (96)
【Fターム(参考)】