説明

イリノテカン塩酸塩の結晶多形の製造方法

水に対する溶解性に優れ、不純物含量の少ない新たなイリノテカン塩酸塩結晶多形の製造方法の提供。イリノテカンをアセトン、アセトニトリル及びテトラヒドロフランからなる群から選ばれる1種又は2種以上の溶媒と混合し、次いで塩酸を加え、晶出した結晶を採取することを特徴とする、粉末X線回折で9.15°、10.00°、11.80°、12.20°、13.00°及び13.40°の回折ピーク(2θ)を有するイリノテカン塩酸塩c形結晶の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は、水への溶解性に優れ及び不純物含量の少ないイリノテカン塩酸塩のc形結晶の製造方法に関する。
【背景技術】
カンプトテシン(camptothecin、CPT)は、中国原産の喜樹(camptotheca acumination)の葉や樹皮等に含有されるアルカロイドである。カンプトテシンは優れた抗腫瘍性を有するが、水に難溶性等の物質であるためカンプトテシンの半合成誘導体であるイリノテカン塩酸塩(7−エチル−10−[4−(1−ピペリジノ)−1−ピペリジノ]カルボニルオキシカンプトテシン塩酸塩:以下、CPT−11と記載することもある)(特公平3−4077号公報)が医薬品として開発された。イリノテカン塩酸塩は、カンプトテシンの高い抗腫瘍性を維持し、かつ毒性が軽減されており、抗腫瘍剤として広く使用されている。このイリノテカン塩酸塩は、生体内で代謝され、7−エチル−10−ヒドロキシカンプトテシン(SN−38)(特公昭62−47193号公報)となり、活性が現れるとされている。
イリノテカン塩酸塩の患者への投与は、主に静注により行われる。このため、現在イリノテカン塩酸塩は、ソルビトールや生理食塩水により等張化した製剤として上市され、使用されている。この製剤化についてはこれまで種々の試みがなされており、例えば、カンプトテシン誘導体をコラーゲンと2−ヒドロキシエチルメタクリレートのコポリマーに含有させた徐放性製剤(特開平7−277981号公報)、カンプトテシン又はその誘導体をポリ乳酸−グリコール酸共重合体からなる担体に含有せしめた徐放性製剤(特開平10−17472号公報)等が報告されている。
【発明の開示】
従来、イリノテカン塩酸塩としては非晶質のものと、結晶質(b形結晶)のものが使用されているが、非晶質のものは製剤製造時の湿度変動によって水分含量が変化し、溶解条件が一定でない等の問題がある。また結晶質のものは3水和物であるが、高温にしないと水に溶解しづらい等の点で問題があり、更に水に対する溶解性が優れ、不純物の少ない新規なイリノテカン塩酸塩結晶多形の製造方法の開発が望まれていた。
従って、本発明の目的は、水に対する溶解性に優れ、不純物含量の少ない新たなイリノテカン塩酸塩結晶多形の製造方法を提供することにある。
本発明者等は、物質が同じ化学構造をとりながら異なった融点、溶解性等の物理的な性質が異なる結晶多形に着目して、鋭意研究を進めたところ、今般、イリノテカンを特定の溶媒と混合し、次いで塩酸を加え、結晶を晶出させると、従来の水から結晶を晶出させたイリノテカン塩酸塩よりも水に対する溶解性が優れ、不純物含量の少ないイリノテカン塩酸塩の新たな結晶多形(c形結晶)が得られることを見出し、本発明を完成した。
すなわち、イリノテカンをアセトン、アセトニトリル及びテトラヒドロフランからなる群から選ばれる1種又は2種以上の溶媒と混合し、次いで塩酸を加え、晶出した結晶を採取することを特徴とする、粉末X線回折で9.15°、10.00°、11.80°、12.20°、13.00°及び13.40°の回折ピーク(2θ)を有するイリノテカン塩酸塩c形結晶の製造方法を提供するものである。
本発明の製造方法は操作が簡便で、製造されるc形結晶イリノテカン塩酸塩は、水に対する溶解性が優れ、分解物等の不純物含量も極めて少なく、製剤製造時に加温操作を必要としない、イリノテカン塩酸塩製剤の原薬として極めて有用である。
【図面の簡単な説明】
図1は得られたイリノテカン塩酸塩結晶の赤外線吸収スペクトルを示す図である。
図2は得られたイリノテカン塩酸塩結晶の粉末X線回折を示す図である。
図3は得られたイリノテカン塩酸塩結晶の熱分析(示差走査熱量測定)を示す図である。
図4は実施例3の薬用炭を使用した製造物の赤外線吸収スペクトルを示す図である。
図5は実施例3の薬用炭を使用した製造物の熱分析(示差走査熱量測定)を示す図である。
図6は純度試験のHPLCチャートを示す図である。
【発明を実施するための最良の形態】
本発明で使用するイリノテカン(7−エチル−10−[4−(1−ピペリジノ)−1−ピペリジノ]カルボニルオキシカンプトテシン)は、特公平3−4077号公報に記載の方法で製造できる。
イリノテカンと混合する溶媒としては、アセトン、アセトニトリル及びテトラヒドロフランからなる群から選ばれる1種又は2種以上を混合して使用される。また、本発明で使用する溶媒は、無水であるのが好ましい。
イリノテカンと溶媒の混合重量比率は、特に限定されないが、c形結晶の生成収率から、イリノテカン1重量部に対して溶媒が30〜1000重量部、更に50〜600重量部、特に70〜500重量部であるのが好ましい。
イリノテカンと溶媒を混合する際に、薬用炭、活性炭、セライト、シリカゲル等のろ過助剤を入れてろ過すると、原料中の不純物の除去が容易で好ましい。
イリノテカンと溶媒の混合物に、塩酸を加えイリノテカン塩酸塩を生成させて溶媒中に溶解させる。塩酸の添加量は、イリノテカンに対して理論上等モルであるが、1.0〜2.0モル倍量、更に1.0〜1.8モル倍量、特に1.0〜1.5モル倍量添加するのが、c形結晶の生成収率から好ましい。添加温度は、特に限定されないが、5〜30℃、特に12〜25℃であるのが好ましい。
塩酸添加後、イリノテカン塩酸塩のc形結晶の晶出を促進させるために、種結晶としてc形結晶を加えてもよい。結晶の晶出の条件は特に限定されないが、該混合液は、5〜30℃、更に10〜25℃で、2〜200時間、更に10〜120時間攪拌するのが好ましい。
晶出したイリノテカン塩酸塩のc形結晶は、ろ過、遠心分離等の方法で採取することができる。
採取されたイリノテカン塩酸塩のc形結晶は、常法で、例えば、飽和塩化ナトリウム法、飽和硝酸アンモニウム水溶液等の方法で吸湿させてもよい。
このようにして得られたイリノテカン塩酸塩は、過飽和のイリノテカン塩酸塩水溶液から晶出させたb形結晶よりも、水に対する溶解性が優れたc形結晶である。すなわち、b形結晶のpH3.5における水に対する溶解度が11.4mg/mLであるのに対し、c形結晶のそれは100mg/mL以上である。
当該c形結晶は、粉末X線回折で9.15°、10.00°、11.80°、12.80°、13.00°及び13.40°に回折ピーク(2θ)を有し、7.60°、8.30°、9.55°、11.00°及び12,40℃に回折ピーク(2θ)を有するb形結晶とは明らかに相違する新規な結晶多形である。また、c形結晶は、1757、1712及び1667cm−1にピークを有する赤外線吸収スペクトル(ν)を有し、この点でも1748、1688および1663cm−1にピークを有するb形結晶とは相違する。また、c形結晶は、イリノテカン塩酸塩1.5水和物である。なお、ここで粉末X線回折ピーク(2θ)は±0.2°の誤差を有し、赤外線吸収スペクトルは±5cm−1程度の誤差を有する。
本発明の製造方法で製造されたイリノテカン塩酸塩のc形結晶は、従来の製造方法で製造されたイリノテカン塩酸塩のb形結晶と同様に抗腫瘍剤として使用することができる。静脈内注射、皮下注射、筋肉内注射等の各種注射剤、経口投与等の種々の方法によって投与することができる。特に、静脈内投与、経口投与するのが好ましい。
投与量は、静脈内投与の場合は治療目的によっても異なるが、成人1日当り、5〜400mg/人、特に20〜200mg/人であるのが好ましく、経口投与の場合は成人1日当り50〜2000mg/人、特に100〜1000mg/人であるのが好ましい。
経口投与の場合の製剤は、胃、腸管から吸収するのに適した形態、例えば錠剤、散剤、カプセル剤、軟カプセル剤、経口用液体製剤等製剤として水性懸濁液、溶液、シロップ等が例示され、注射用製剤としては、一定投与量のアンプルとするのが好ましい。これらの剤型中には、防腐剤等を使用してもよい。
【実施例】
以下に実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
イリノテカンをアセトニトリル又はアセトンに表1に記載の割合で懸濁し、6mol/L塩酸を加えて溶解させ、別途製造したc形結晶1mgを加えて、22℃で25〜46時間攪拌した。晶出した結晶をろ取し、減圧下で乾燥し、飽和塩化ナトリウム法で恒量になるまで(約80時間)吸湿し、イリノテカン塩酸塩の結晶を得た。
表1に製造した結果を示す。

得られたイリノテカン塩酸塩の結晶について赤外線吸収スペクトル測定、粉末X線回折及び熱分析を行った。結果を図1〜3に示す。
赤外線吸収スペクトル:1757cm−1、1712cm−1及び1667cm−1付近に強い吸収を示した(図1)。
粉末X線回折2θ:9.15°、10.00°、11.80°、12.20°13.00°及び13.40°に回折ピークを有し、b形結晶の特有の11.00°に強度の大きい回折ピークは示さなかった(図2)。
熱分析(示差走査熱量測定):b形結晶に特有の90℃付近の脱水に伴う吸熱ピークは認めなかった(図3)。
また、カールフィッシャー法による水分測定の結果、No.3は3.96%であった。従って、上記で得られた結晶は1.5水和物(計算値:4.15%)であった。
以上の結果より、上記No.1〜4で製造されたイリノテカン塩酸塩は結晶形が、従来の水から晶出させたb形とは違ったc形であることが確認された。
【実施例2】
実施例1で製造したイリノテカン塩酸塩の水への溶解性及び経時安定性を測定した。
なお、比較品として次法によりイリノテカン塩酸塩b形結晶を製造した。
比較品 b形結晶の製造:
イリノテカン10gを精製水約100mLに懸濁し、攪拌しながら希塩酸(日局)約10mLを滴下し、加温して溶解した。この液をろ過し、ろ液に種晶を加え、室温で約50時間攪拌し、結晶を晶出させた。晶出した結晶を吸引ろ過し、ろ取物を減圧下乾燥した。乾燥物を加湿器(飽和食塩水法)中に静置して加湿した。
溶解性測定法:
b又はc型結晶を約0.5g秤量し、製剤溶液に懸濁し、22℃で30分間振とう(130r/min)し、混合物をメンブランフィルター(0.45μm)でろ過し、ろ液1mLに製剤溶液を加えて200mLとした。10μLについて液体クロマトグラフィー法で、予め作成した検量線より溶解量を求めた。
なお、製剤溶液として、D−ソルビトール45gを適量の注射用蒸留水に溶解し、次いで乳酸900mgを加え、更に水酸化ナトリウムでpHを3.5付近に調整し、注射用蒸留水を加えて1000mLとしたものを使用した。
c形結晶である本発明のNo.3は、製剤溶液を添加したところで溶解し、溶解量が100mg/mL以上と極めて水に溶解し易いものであったのに対し、比較品のb形結晶は、溶解量が11.4mg/mLであった。本発明の製造方法で製造したc形結晶は、b形結晶に比べて水に対する溶解性が極めて優れていることがわかる。
溶解状態経時変化:
b又はc型結晶を30mg/mLとなるように製剤溶液に溶かし、メンブランフィルター(0.22μm)でろ過し、ろ液を分注して遮光下22℃で静置した。
本発明の製造方法で製造したc形結晶(No.3)は室温で容易に1〜2分間の振とうで溶解したが、b形結晶は70℃付近に加熱して数分間振とうしないと溶解しなかった。しかしながら、両者ともに、ろ液は3ヶ月以上安定で、淡黄色の色調変化及び析出物は認められなかった。
経時安定性試験:
c形結晶(実施例1、No.3)を、遮光した気密容器(褐色ネジロバイアル;パラフィルムで密閉)に封入し、実験室内(約15℃)及び冷蔵庫(5〜10℃)に保存した後、赤外線吸収スペクトル、熱分析及びカールフィッシャー法で水分を測定したが、保存前と変化は認められなかった。
【実施例3】
イリノテカン1gをテトラヒドロフラン120mLに加え、更に薬用炭0.2gを添加し又は添加しないで30分間攪拌をした。メンブランフィルターで薬用炭を除去し、ろ液を攪拌しながら6mol/L塩酸をイリノテカンに対して1.05モル倍量加え、実施例1と同様な処理をした。なお、恒量になるまでの吸湿時間は約100時間であった。薬用炭を添加した系で得られた結晶の、赤外線吸収スペクトル及び熱分析(示差走査熱量測定)結果を図4及び5に示す。得られた結晶は、c形結晶であることが確認された。
c形結晶の収率は、薬用炭添加系で85.6%、無添加系で100%であった。
実施例4 純度試験
本発明の製造方法で製造したc形結晶及びb形結晶(実施例2 比較品)の純度試験を、次の測定法で行った。
純度試験:b又はc型結晶0.05gに0.01mol/Lリン酸二水素カリウム・メタノール・アセトニトリル混液(6:4:3)を加えて溶解し20mLとし試料溶液とした。この液1mLを正確に量り、0.01mol/Lリン酸二水素カリウム・メタノール・アセトニトリル混液(6:4:3)を加えて正確に100mLとし標準溶液とした。試料及び標準溶液20μLについて、以下のHPLC操作条件で、類縁物質の含量を測定した。
類縁物質の合計含有量(%)=(試料のイリノテカン塩酸塩以外のピーク面積)÷(標準溶液のイリノテカン塩酸塩のピーク面積)
各類縁物質の含有量(%)=(試料の各類縁物質のピーク面積)÷(標準溶液のイリノテカン塩酸塩のピーク面積)
HPLC操作条件:
移動相;0.005mol/Lの1−デカンスルホン酸ナトリウム含有0.01mol/Lリン酸二水素カリウム・メタノール・アセトニトリル混液(6:4:3)
検出;紫外吸光光度計(測定波長 254nm)
カラム;InertsilODS−2(5μm;4.6mmID×25cm)
カラム温度;40℃付近の一定温度
流速;約1mL/min
純度試験を行った結果を図6及び表2に示す。
HPLC保持時間から、イリノテカン塩酸塩に含有される類縁物質は次のように帰属された。すなわち、保持時間(RT)6.4分:7−エチル−10−ヒドロキシカンプトテシン、10.1分:分解物(X2)、16.1分:分解物(X1)。
b形結晶イリノテカン塩酸塩(比較品)は分解物(X2及びX1)が0.17重量%であったが、本発明の製造方法で製造したc形結晶は0.03〜0.04重量%と低く純度が高いものであった。

【図1】

【図2】

【図3】

【図4】

【図5】

【図6】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
イリノテカンをアセトン、アセトニトリル及びテトラヒドロフランからなる群から選ばれる1種又は2種以上の溶媒と混合し、次いで塩酸を加え、晶出した結晶を採取することを特徴とする、粉末X線回折で9.15°、10.00°、11.80°、12.20°、13.00°及び13.40°の回折ピーク(2θ)を有するイリノテカン塩酸塩c形結晶の製造方法。
【請求項2】
イリノテカン塩酸塩c型結晶が、1757、1712及び1667cm−1にピークを有する赤外線吸収スペクトルを有するものである請求項1記載のイリノテカン塩酸塩c形結晶の製造方法。
【請求項3】
イリノテカン塩酸塩c形結晶が、イリノテカン塩酸塩1.5水和物結晶である請求項1又は2記載のイリノテカン塩酸塩c型結晶の製造方法。

【国際公開番号】WO2004/076460
【国際公開日】平成16年9月10日(2004.9.10)
【発行日】平成18年6月1日(2006.6.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−502882(P2005−502882)
【国際出願番号】PCT/JP2004/002126
【国際出願日】平成16年2月24日(2004.2.24)
【出願人】(000006884)株式会社ヤクルト本社 (132)
【Fターム(参考)】