説明

インクセット、インクジェット記録方法、インクカートリッジ、記録ユニット、及びインクジェット記録装置

【課題】 高いレベルの画像の堅牢性及び耐ブリーディング性と、インクの耐目詰まり性などの信頼性とを両立することができるインクセットを提供すること。
【解決手段】 少なくとも、ブラックインクとイエローインクとを含むインクセットであって、前記ブラックインクが色材として、カーボンブラック粒子の表面に少なくともひとつの親水性基が直接又は他の原子団を介して結合しているカーボンブラックを含有し、前記イエローインクが色材として、下記一般式(I)で表される化合物を含有することを特徴とするインクセット。
【化1】

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複数のインクを含むインクジェット用のインクセット、並びに、該インクセットを用いたインクジェット記録方法、インクカートリッジ、記録ユニット、及びインクジェット記録装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、高い画質及び堅牢性を有する写真画質の画像と、滲みの少ない高品位なテキスト画像とを共に出力可能な、多用途に適するインクジェット記録装置として、顔料インクと染料インクとを共に利用するインクジェット記録装置が普及している。このようなインクジェット記録装置においては、これまで以上に優れた性能を有する画像を出力することが求められている。
【0003】
例えば、光沢メディアなどの記録媒体にインクを付与して得られた記録物の観点では、銀塩写真に匹敵する高いレベルの発色性を実現し得るまでに至っている。しかし、その一方で、画像の堅牢性をより高いレベルとすることが求められている。具体的には、記録物が、光、湿度、熱、空気中に存在する環境ガスなどに長時間さらされた際に、色材の劣化による画像の色調変化や褪色が発生することのないようなインク、すなわち高い堅牢性を有する画像を記録可能なインクとすることが求められている。また、普通紙などの記録媒体にインクを付与して得られた記録物の観点では、光学濃度が高いことに加え、耐ブリーディング性(異色間の境界部の滲みが軽微なこと)に優れた画像を記録可能なインクとすることが求められている。
【0004】
さらに近年では、これらの画像の性能以外においても、インクの目詰まりが抑制された、吐出安定性などの信頼性にも優れた特性を有するインクとすることが求められている。
【0005】
これらの技術課題を解決するためには、これまでにも様々な提案がなされている。例えば、画像の堅牢性を向上させる方法として、インクセットに含まれるインクの諸特性を規定することに関する提案がある(特許文献1及び2参照)。また、画像の堅牢性と耐ブリーディング性との両立をはかるために、特定の色材を含有するインクを用いることに関する提案がある(特許文献3参照)。また、画像の耐ブリーディング性を向上させる方法に関する検討も行われている。例えば、顔料インクの組成を工夫することにより、色材の会合性や凝集性を上げることに関する提案や、顔料インクと特定の化合物を含有する反応液とを反応させることで顔料の凝集を促進させることに関する提案がある(特許文献4〜6参照)。また、水不溶性色材を含有するインクと共に用いられるインクに、該水不溶性色材に対する貧溶媒を含有させることで、画像の耐ブリーディング性を向上させることに関する提案がある(特許文献7参照)。
【特許文献1】特開2003−238863号公報
【特許文献2】特開2004−91537号公報
【特許文献3】特開2006−282795号公報
【特許文献4】特開2000−198955号公報
【特許文献5】特開2005−206615号公報
【特許文献6】特開2000−63719号公報
【特許文献7】特開2005−350661号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、従来のいずれの技術においても、高いレベルの画像の堅牢性及び耐ブリーディング性と、インクの耐目詰まり性などの信頼性との両立は未だに実現していないのが現状である。
【0007】
したがって、本発明の目的は、高いレベルの画像の堅牢性及び耐ブリーディング性と、インクの耐目詰まり性などの信頼性とを両立することができるインクセットを提供することにある。また、本発明の別の目的は、このインクセットを構成する各インクを用いたインクジェット記録方法、インクカートリッジ、記録ユニット、及びインクジェット記録装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の目的は以下の本発明によって達成される。すなわち、本発明にかかるインクセットは、少なくとも、ブラックインクとイエローインクとを含むインクセットであって、前記ブラックインクが色材として、カーボンブラック粒子の表面に少なくともひとつの親水性基が直接又は他の原子団を介して結合しているカーボンブラックを含有し、前記イエローインクが色材として、下記一般式(I)で表される化合物を含有することを特徴とするインクセット。
【0009】
【化1】

【0010】
(一般式(I)中、R、R、Y及びYはそれぞれ独立に、一価の基であり、X及びXはそれぞれ独立に、ハメットのσp値が0.20以上の電子吸引性基であり、Z及びZはそれぞれ独立に、水素原子、置換若しくは無置換のアルキル基、置換若しくは無置換のアルケニル基、置換若しくは無置換のアルキニル基、置換若しくは無置換のアラルキル基、置換若しくは無置換のアリール基、又は置換若しくは無置換のヘテロ環基であり、Mは、水素原子、アルカリ金属、アンモニウム、又は有機アンモニウムである。)
【0011】
また、本発明の別の実施態様にかかるインクジェット記録方法は、インクをインクジェット方式で吐出して記録媒体に記録を行うインクジェット記録方法であって、前記インクとして、上記構成のインクセットを構成するインクを用いることを特徴とする。
【0012】
また、本発明の別の実施態様にかかるインクカートリッジは、インクを収容するインク収容部を備えたインクカートリッジであって、前記インク収容部に収容されたインクが、上記構成のインクセットを構成するいずれかのインクであることを特徴とする。
【0013】
また、本発明の別の実施態様にかかる記録ユニットは、インクを収容するインク収容部と、インクを吐出するための記録ヘッドとを備えた記録ユニットであって、前記インク収容部に収容されたインクが、上記構成のインクセットを構成するいずれかのインクであることを特徴とする。
【0014】
また、本発明の別の実施態様にかかるインクジェット記録装置は、インクを収容するインク収容部と、インクを吐出するための記録ヘッドとを備えたインクジェット記録装置であって、前記インク収容部に収容されたインクが、上記構成のインクセットを構成するいずれかのインクであることを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、高いレベルの画像の堅牢性及び耐ブリーディング性と、インクの耐目詰まり性などの信頼性とを両立することができるインクセットを提供することができる。また、本発明の別の実施態様によれば、このインクセットを構成する各インクを用いたインクジェット記録方法、インクカートリッジ、記録ユニット、及びインクジェット記録装置を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下に、本発明の好ましい実施の形態を挙げて、詳細に説明する。
【0017】
以下、本発明の好ましい実施の形態を挙げて、詳細を説明する。なお、本発明においては、色材が塩である場合は、インク中では塩の少なくとも一部はイオンに解離して存在しているが、便宜上、「塩を含有する」と表現する。また、以下の記載において、NをI〜VIIIとしたとき、一般式(N)で表される化合物をそれぞれ「一般式(N)の化合物」と省略して記載することがある。
【0018】
<インクセット>
本発明のインクセットは、インクジェット用として好適に使用できるものであり、少なくとも、ブラックインク及びイエローインク、好適にはさらにシアンインク及びマゼンタインクを含むものである。また、フルカラーの画像などを形成するために、本発明のインクセットを構成するインクを、これらのインクとは異なる色相を有するインクと組み合わせて用いることができる。本発明のインクセットを構成するインクは、例えば、レッドインク、グリーンインク、ブルーインク、及びグレーインクなどから選択される少なくともいずれか1種のインクと共に用いることができる。また、これらのインクを色材の含有量が相対的に大きい濃インクとして用い、さらにこれらのインクと実質的に同一の色相を有し、且つ色材の含有量が相対的に小さい淡インクを組み合わせて用いることもできる。これらの濃インクや淡インクの色材は、公知又は新規の色材(染料や顔料)を用いることができる。
【0019】
本発明におけるインクセットとは、複数のインクをそれぞれ独立に収容してなるインクカートリッジの状態や、複数のインクをそれぞれ収容してなる複数のインク収容部を組み合わせて一体的に構成したインクカートリッジの状態、を含むものである。なお、前記インクカートリッジは、さらに記録ヘッドが一体的に形成された構成を有するものであってもよい。又は、前記複数のインクをそれぞれ独立に収容してなるインクカートリッジが、インクジェット記録装置に対して着脱可能に構成されてなる状態も、本発明のインクセットに含まれるものとする。勿論、本発明のインクセットは、これらの形態に限られるものではない。
【0020】
(ブラックインクの色材とその含有量)
本発明のインクセットを構成するブラックインクは、色材として、カーボンブラック粒子の表面に少なくともひとつの親水性基が直接又は他の原子団を介して結合しているカーボンブラックを含有する必要がある。
【0021】
一般に、色材として顔料を含有する顔料インクに用いられる顔料としては、カーボンブラックや有機顔料などが挙げられる。また、このような顔料の分散方式としては、例えば、樹脂分散剤を用いて顔料を分散する樹脂分散型顔料や、界面活性剤を用いて顔料を分散するタイプの顔料が挙げられる。また、顔料そのものの分散性を高めることで、分散剤などを用いることなく水性媒体中に分散可能とした顔料が挙げられる。例えば、マイクロカプセル型顔料、顔料粒子の表面に親水性基を導入した自己分散型顔料、顔料粒子の表面に高分子を含む有機基を化学的に結合させたポリマー結合型自己分散型顔料などが挙げられる。
【0022】
本発明のインクセットを構成するブラックインクには、以下の理由から、顔料粒子の表面に少なくともひとつの親水性基が直接又は他の原子団を介して結合している顔料を用い、さらに顔料としてカーボンブラックを用いることが必要である。このようなカーボンブラックは上記の自己分散型顔料やポリマー結合型自己分散型顔料を含むものであり、以下、自己分散型カーボンブラックと呼ぶことがある。自己分散型カーボンブラックは、これを含有するインクが記録媒体に付与された後、インク中の水性媒体の蒸発などに伴って生じるインクの状態変化(粘度の上昇、顔料の会合や凝集)を起こしやすいという特性がある。このような特性により、耐ブリーディング性及び光学濃度が共に高く、さらには滲みの少ない高品位な画像を得ることができるためである。勿論、本発明の効果を損なうことがない限り、自己分散型カーボンブラックに加えて、さらに分散方式の異なる顔料を組み合わせて用いることもできる。
【0023】
〔自己分散型カーボンブラック〕
本発明においては、上記で説明した自己分散型カーボンブラックとして、少なくともひとつの親水性基がカーボンブラック粒子の表面に直接又は他の原子団(−R−)を介して結合しているカーボンブラックを用いることができる。このような自己分散型カーボンブラックを用いることにより、カーボンブラックをインク中に分散するための分散剤の添加が不要となる、又は分散剤の添加量を少量とすることができる。
【0024】
カーボンブラック粒子の表面に結合している親水性基は、具体的には、例えば、−COOM、−SO、−POHM、−PO(M、−(COOMなどが挙げられる。なお、式中「M」は、水素原子、アルカリ金属、アンモニウム、又は有機アンモニウムであり、nは2以上の整数である。また、前記他の原子団(−R−)は、炭素原子数1乃至12のアルキレン基、置換若しくは未置換のフェニレン基、又は置換若しくは未置換のナフチレン基が挙げられる。勿論、本発明はこれに限られるものではない。なお、インク中の親水性基の形態は、その一部が解離した状態、又は完全に解離した状態のいずれの形態であってもよい。本発明においてはとりわけ、ジアゾカップリング法により得られる、上記の−R−(COOM基という構造を一部分に有する化合物を表面に結合しているカーボンブラックを好適に用いることができる。その他にも、表面酸化処理タイプの自己分散型カーボンブラックを用いることもできる。このような自己分散型カーボンブラックは、次亜塩素酸ソーダで酸化処理する方法、水中オゾン処理で酸化する方法、オゾン処理を施した後に酸化剤により湿式酸化してカーボンブラック粒子の表面を改質する方法などによって得ることができる。
【0025】
また、前記カーボンブラック粒子の表面に結合している−R−において、−(COOM)が結合している炭素原子に隣接する炭素原子が、−(COOM)を結合していることが好ましい。また、前記nが2であることや、前記RがCであることが好ましい。なお、前記カーボンブラック粒子の表面に結合している−R−において、−(COOM)が結合している炭素原子に隣接する炭素原子が、−(COOM)を結合していることとは、以下のことを意味する。すなわち、R中の隣り合う2つ以上の炭素原子が共に−(COOM)基を有することを意味し、具体的には、下記一般式(A)のような構造を有することである。本発明においては、カーボンブラック粒子の表面に、下記一般式(A)で表される基が結合した自己分散型カーボンブラックを用いることが好ましい。
【0026】
【化2】

【0027】
また、本発明においては、前記−R−(COOM)n基がより高密度にカーボンブラックの表面に結合している自己分散型カーボンブラックを用いることが特に好ましい。具体的には、例えば、カーボンブラックの表面における親水性基密度が、2.00μmol/m以上である自己分散型カーボンブラックを用いることが好ましい。なお、本発明においては、カーボンブラックにおける親水性基密度は、カーボンブラックの比表面積や、カーボンブラックの表面に結合している官能基の構造などにより大きく影響を受けるため、この範囲に限られるものではない。
【0028】
〔ポリマー結合型自己分散型カーボンブラック〕
本発明においては、上記で説明した自己分散型カーボンブラックとして、カーボンブラックそのものの分散性を高め、分散剤などを用いることなく水性媒体中に分散可能とした、ポリマー結合型自己分散型カーボンブラックを用いることができる。このポリマー結合型自己分散型カーボンブラックは、カーボンブラック粒子の表面に直接又は他の原子団を介して化学的に結合している官能基と、イオン性モノマーと疎水性モノマーとが共重合された共重合体との反応物を含むものであることが好ましい。このような構造を有するカーボンブラックは、カーボンブラック粒子の表面を改質する際に用いる共重合体を構成するイオン性ユニット及び疎水性ユニットの共重合比を適宜に変化することができるため、カーボンブラックの親水性を任意に調整することができる。さらには、共重合体を構成するイオン性ユニット及び疎水性ユニットの種類や、これらのユニットの組み合わせも任意に選択することができるため、カーボンブラック粒子の表面に様々な特性を付与することもできる。
【0029】
〔カーボンブラック〕
上記で説明したような自己分散型カーボンブラックとして用いるカーボンブラックの種類としては、ファーネスブラック、ランプブラック、アセチレンブラック、チャンネルブラックなどのカーボンブラックなどが挙げられる。また、マグネタイトやフェライトなどの磁性体微粒子やチタンブラックなどを用いることができる。具体的には、以下に挙げるような市販品などを用いることができる。
レイヴァン:1170、1190ULTRA−II、1200、1250、1255、1500、2000、3500、5000、5250、5750、7000(以上、コロンビア製)。ブラックパールズL、リーガル:330R、400R、660R、モウグルL。モナク:700、800、880、900、1000、1100、1300、1400、ヴァルカンXC−72R(以上、キャボット製)。カラーブラック:FW1、FW2、FW2V、FW18、FW200、S150、S160、S170、プリンテックス:35、U、V、140U、140V、スペシャルブラック:4、4A、5、6(以上、デグッサ製)。No.25、No.33、No.40、No.47、No.52、No.900、No.2300、MCF−88、MA600、MA7、MA8、MA100(以上、三菱化学製)。
【0030】
〔色材の含有量〕
ブラックインク中のカーボンブラックの含有量(質量%)は、インク全質量を基準として、0.1質量%以上15.0質量%以下、さらには、1.0質量%以上10.0質量%以下であることが好ましい。含有量が1.0質量%未満であると、画像の光学濃度が十分に得られない場合があり、含有量が10.0質量%を超えると、耐固着性などのインクジェット特性が得られない場合がある。
【0031】
(イエローインクの色材とその含有量)
本発明者らは、上記で説明したブラックインクと共にインクセットを構成するイエローインクについて、以下の2つの視点から該イエローインクを構成するのに適した材料の探索を行った。
【0032】
先ず、本発明者らは、上記で説明した自己分散型カーボンブラックを含有するブラックインクと共に用いることによって、高い耐ブリーディング性を有する画像を得ることができるイエローインクの色材を探索した。一般に、イエローインクのように明度が高いインクは、ブラックインクと共に用いると、画像の境界部におけるブリーディングが目立ちやすい傾向にある。この理由としては、ブラックインクとイエローインクとの明度の差が大きいことが要因として考えられる。したがって、ブラックインクとイエローインクとで記録した画像の境界部におけるブリーディングを抑制することは、インクセットの構成を決定するうえで非常に重要なファクターとなる。
【0033】
次に、本発明者らは、上記で説明した自己分散型カーボンブラックを含有するブラックインクと共に用いることによって、ブラックインクの耐目詰まり性という課題に対して良好な作用を及ぼす材料を探索した。本発明のインクセットを構成するブラックインクは色材として顔料を含有するインクである。このため、インク中の水性媒体の蒸発などにより顔料の分散状態が不安定化し、顔料が凝集することによって、ブラックインクを吐出するための記録ヘッドのノズルの吐出口近傍において、目詰まりが発生しやすい。したがって、この目詰まりを抑制することができる材料を適切に決定することが重要である。
【0034】
本発明者らは、上記のような観点からイエローインクを構成する材料についての検討を行った結果、下記一般式(I)の化合物が、耐ブリーディング性と耐目詰まり性とを両立するうえで非常に優れた性能を有することを見出した。
【0035】
【化3】

【0036】
(一般式(I)中、R、R、Y及びYはそれぞれ独立に、一価の基であり、X及びXはそれぞれ独立に、ハメットのσp値が0.20以上の電子吸引性基であり、Z及びZはそれぞれ独立に、水素原子、置換若しくは無置換のアルキル基、置換若しくは無置換のアルケニル基、置換若しくは無置換のアルキニル基、置換若しくは無置換のアラルキル基、置換若しくは無置換のアリール基、又は置換若しくは無置換のヘテロ環基であり、Mは、水素原子、アルカリ金属、アンモニウム、又は有機アンモニウムである。)
【0037】
一般式(I)の化合物が耐ブリーディング性と耐目詰まり性とを両立するうえで非常に優れた性能を有する理由について、本発明者らは以下のように考えている。
【0038】
まず、色材として一般式(I)の化合物を含有するイエローインクを、上記で説明した自己分散型カーボンブラックを含有するブラックインクと共に用いることによって、高い耐ブリーディング性を有する画像を得ることができる理由について述べる。一般に、自己分散型カーボンブラックのような顔料の分散体は、電気二重層を形成することによって生じる静電的な反発力により分散安定性を保っていると考えられる。このような状態の顔料が電解質と接触すると、電気二重層の電荷が打ち消されるため、顔料の分散状態が不安定化することで、凝集物を形成する。また、この際に、電解質の濃度が高いほど、顔料の分散状態の不安定化がより促進される傾向がある。
【0039】
本発明者らの検討の結果、一般式(I)の化合物は高い導電率を有することがわかっている。このことは、一般式(I)の化合物が上記の電解質の役割を果たし、自己分散型カーボンブラックの分散状態を不安定化させる作用があるものと考えられる。つまり、一般式(I)の化合物を含有するイエローインクと自己分散型カーボンブラックを含有するブラックインクとを用いて画像を記録すると、これらのインクにより記録された画像が隣接する境界部では、以下のような現象が起こると考えられる。具体的には、記録媒体上において、イエローインクに含有されていた一般式(I)の化合物がブラックインクに含有されていた自己分散型カーボンブラックの分散状態を速やかに不安定化させる。その結果、自己分散型カーボンブラックの凝集が促進されることで、インク間の滲みが抑制され、耐ブリーディング性が向上すると考えられる。
【0040】
次に、上記構成のイエローインク及びブラックインクを共に用いることによって、該ブラックインクを吐出するための記録ヘッドのノズルの吐出口近傍における目詰まりを抑制することができる理由について述べる。一般に、インクジェット記録装置には、記録ヘッドのノズルに、該ノズルが吐出するインクとは異なるインクが混入するのを抑制するための対策がなされている。このような対策の代表例としては、非記録時における予備吐出や吸引動作などが挙げられ、このような対策は当該技術分野においては広く行われている。しかし、これらのような対策が行われているのにもかかわらず、実際には、ノズルの先端部においては微量のインクの混入はよく起こっている。この原因としては、記録時に発生するミスト状のインクの混入や、インクジェット記録装置のクリーニング部に具備されているワイパーが動作することによる混入などが考えられる。このようなインクの混入によって、ブラックインクのノズルの目詰まりがしばしば引き起こされる。
【0041】
そこで、本発明者らは、自己分散型カーボンブラックを含有するブラックインクを充填したノズル内に、一般式(I)の化合物を含有するイエローインクを混入させ、その後のノズルの目詰まりの回復性の評価を行った。また、上記のイエローインクに代えて、一般式(I)の化合物を含有するインクと同等の耐ブリーディング性を発現することができる色材として、導電率が高い染料を含有するインクを用いて同様の評価を行った。その結果、一般式(I)の化合物を含有するイエローインクを混入させたノズルの方が、ノズルの目詰まりの回復性が著しく良好であることがわかった。
【0042】
このような結果となったメカニズムについて、本発明者らは以下のように推測している。導電率がある程度高い色材を含有するインクがブラックインクと接触すると、上記で述べた通り、自己分散型カーボンブラックの分散状態は速やかに不安定化し、自己分散型カーボンブラックの凝集が促進される。また、一般式(I)の化合物はその分子構造中において、疎水的な部位(ピラゾール−ピラゾール−トリアジン−ピラゾール−ピラゾールのユニット)が平面に近い構造をとっている。この疎水的な部位の平面に近い構造が、自己分散型カーボンブラックの疎水部と相互作用を起こしやすい。また、一般式(I)の化合物は電子吸引性基を有するため、カーボンブラック粒子の表面に直接又は他の原子団を介して結合している親水性基と相互作用を起こしやすい。これらの2つの相互作用に加えて、一般式(I)の化合物はその構造がある一定の分子サイズを有していることから、自己分散型カーボンブラックが凝集する過程において、その凝集体の隙間に一般式(I)の化合物が複雑に絡み合った状態の凝集体を形成する。これらの理由から、一般式(I)の化合物が電解質として作用することによって、カーボンブラックの凝集が促される一方で、カーボンブラックのみの凝集体と比較して一般式(I)の化合物を取り込んだ相対的に疎な凝集体が形成されるものと考えられる。したがって、記録ヘッドのノズルの回復動作を行う際に、カーボンブラックのみの凝集体と比較して、物理的な力が相対的に弱くても効果的に凝集体を除去することが可能となり、回復性が高まる結果、耐目詰まり性が向上するものと考えられる。
【0043】
以上述べたように、自己分散型カーボンブラックを含有するブラックインクと共に用いるイエローインクに一般式(I)の化合物を含有させることで、高いレベルの画像の耐ブリーディング性とインクの耐目詰まり性とを両立することができるのである。さらには、一般式(I)の化合物はその堅牢性に優れるため、耐オゾン性及び耐光性に非常に優れた画像を与えるイエローインクとすることができる。
【0044】
〔一般式(I)で表される化合物〕
本発明のインクセットを構成するイエローインクが色材として、下記一般式(I)で表される化合物を含有することが必要である。
【0045】
【化4】

【0046】
(一般式(I)中、R、R、Y及びYはそれぞれ独立に、一価の基であり、X及びXはそれぞれ独立に、ハメットのσp値が0.20以上の電子吸引性基であり、Z及びZはそれぞれ独立に、水素原子、置換若しくは無置換のアルキル基、置換若しくは無置換のアルケニル基、置換若しくは無置換のアルキニル基、置換若しくは無置換のアラルキル基、置換若しくは無置換のアリール基、又は置換若しくは無置換のヘテロ環基であり、Mは、水素原子、アルカリ金属、アンモニウム、又は有機アンモニウムである。)
【0047】
一般式(I)におけるR、R、Y及びYは、それぞれ独立に一価の基であり、具体的には以下の置換基とすることができる。水素原子、ハロゲン原子、アルキル基、シクロアルキル基、アラルキル基、アルケニル基、アルキニル基、アリール基、ヘテロ環基、シアノ基、ヒドロキシル基、ニトロ基、アルコキシ基、アリールオキシ基、シリルオキシ基、ヘテロ環オキシ基、アシルオキシ基。カルバモイルオキシ基、アルコキシカルボニルオキシ基、アリールオキシカルボニルオキシ基、アミノ基(アルキルアミノ基、アリールアミノ基)、アシルアミノ基(アミド基)、アミノカルボニルアミノ基(ウレイド基)、アルコキシカルボニルアミノ基。アリールオキシカルボニルアミノ基、スルファモイルアミノ基、アルキルスルホニルアミノ基、アリールスルホニルアミノ基、アルキルチオ基、アリールチオ基、ヘテロ環チオ基、スルファモイル基、アルキルスルフィニル基、アリールスルフィニル基。アルキルスルホニル基、アリールスルホニル基、アシル基、アリールオキシカルボニル基、アルコキシカルボニル基。カルバモイル基、ホスフィノ基、ホスフィニル基、ホスフィニルオキシ基、ホスフィニルアミノ基、シリル基、アゾ基、イミド基が挙げられる。これらの基はさらに置換基を有してもよい。
【0048】
上記した中でも特に、以下の置換基とすることが好ましい。水素原子、ハロゲン原子、アルキル基、アリール基、ヘテロ環基、シアノ基、アルコキシ基、アミド基、ウレイド基、アルキルスルホニルアミノ基、アリールスルホニルアミノ基、スルファモイル基、アルキルスルホニル基。アリールスルホニル基、カルバモイル基、アルコキシカルボニル基。また、この中でも、水素原子、ハロゲン原子、アルキル基、アリール基、シアノ基、アルキルスルホニル基、アリールスルホニル基、及びヘテロ環基がより好ましく、水素原子、アルキル基、アリール基、シアノ基、及びアルキルスルホニル基が特に好ましい。
【0049】
以下に、一般式(I)における、R、R、Y及びYをさらに詳しく説明する。
【0050】
ハロゲン原子は、塩素原子、臭素原子、及びヨウ素原子などが挙げられ、中でも、塩素原子又は臭素原子が好ましく、特には塩素原子が好ましい。
【0051】
アルキル基は、炭素数が1乃至30の置換又は無置換のアルキル基が挙げられる。具体的には、メチル、エチル、ブチル、t−ブチル、n−オクチル、エイコシル、2−クロロエチル、ヒドロキシエチル、シアノエチル、及び4−スルホブチルなどが挙げられる。
【0052】
シクロアルキル基は、炭素数が5乃至30の置換又は無置換のシクロアルキル基が挙げられる。具体的には、シクロヘキシル、シクロペンチル、及び4−n−ドデシルシクロヘキシルなどが挙げられる。
【0053】
アラルキル基は、炭素数が7乃至30の置換又は無置換のアラルキル基が挙げられる。具体的には、ベンジル及び2−フェネチルなどが挙げられる。
【0054】
アルケニル基は、炭素数が2乃至30の置換又は無置換のアルケニル基が挙げられる。具体的には、ビニル、アリル、プレニル、ゲラニル、オレイル、2−シクロペンテン−1−イル、及び2−シクロヘキセン−1−イルなどが挙げられる。
【0055】
アルキニル基は、炭素数2乃至30の置換又は無置換のアルキニル基が挙げられる。具体的には、エチニル及びプロパルギルなどが挙げられる。
【0056】
アリール基は、炭素数6乃至30の置換又は無置換のアリール基が挙げられる。具体的には、フェニル、p−トリル、ナフチル、m−クロロフェニル、及びo−ヘキサデカノイルアミノフェニルなどが挙げられる。
【0057】
ヘテロ環基は、5員環又は6員環であり、置換又は無置換の、芳香族又は非芳香族のヘテロ環化合物から1個の水素原子を取り除いた一価の基であり、これらはさらに縮環していてもよい。中でも、炭素数3乃至50の5員環又は6員環である芳香族のヘテロ環基であることが好ましい。へテロ環基は、置換位置を限定しないで例示すると、ピリジン、ピラジン、ピリダジン、ピリミジン、トリアジン、キノリン、イソキノリン、キナゾリン、シンノリン、フタラジン、キノキサリン、ピロール、インドール、フラン、ベンゾフラン、チオフェン。ベンゾチオフェン、ピラゾール、イミダゾール、ベンズイミダゾール、トリアゾール、オキサゾール、ベンズオキサゾール、チアゾール、ベンゾチアゾール、イソチアゾール、ベンズイソチアゾール、チアジアゾール、イソオキサゾール、ベンズイソオキサゾール。ピロリジン、ピペリジン、ピペラジン、イミダゾリジン、チアゾリンなどが挙げられる。
【0058】
アルコキシ基は、炭素数が1乃至30の置換又は無置換のアルコキシ基が挙げられる。具体的には、メトキシ、エトキシ、イソプロポキシ、n−オクチルオキシ、メトキシエトキシ、ヒドロキシエトキシ、及び3−カルボキシプロポキシなどが挙げられる。
【0059】
アリールオキシ基は、炭素数6乃至30の置換又は無置換のアリールオキシ基が挙げられる。具体的には、フェノキシ、2−メチルフェノキシ、4−t−ブチルフェノキシ、3−ニトロフェノキシ、及び2−テトラデカノイルアミノフェノキシなどが挙げられる。
【0060】
シリルオキシ基は、炭素数3乃至20のシリルオキシ基が挙げられる。具体的には、トリメチルシリルオキシ、及びt−ブチルジメチルシリルオキシなどが挙げられる。
【0061】
ヘテロ環オキシ基は、炭素数2乃至30の置換又は無置換のヘテロ環オキシ基が挙げられる。具体的には、1−フェニルテトラゾール−5−オキシ、及び2−テトラヒドロピラニルオキシなどが挙げられる。
【0062】
アシルオキシ基は、ホルミルオキシ基、炭素数2乃至30の置換又は無置換のアルキルカルボニルオキシ基、及び炭素数6乃至30の置換又は無置換のアリールカルボニルオキシ基が挙げられる。具体的には、ホルミルオキシ、アセチルオキシ、ピバロイルオキシ、ステアロイルオキシ、ベンゾイルオキシ、及びp−メトキシフェニルカルボニルオキシなどが挙げられる。
【0063】
カルバモイルオキシ基は、炭素数1乃至30の置換又は無置換のカルバモイルオキシ基が挙げられる。具体的には、N,N−ジメチルカルバモイルオキシ、N,N−ジエチルカルバモイルオキシ、モルホリノカルボニルオキシ、N,N−ジ−n−オクチルアミノカルボニルオキシ、N−n−オクチルカルバモイルオキシなどが挙げられる。
【0064】
アルコキシカルボニルオキシ基は、炭素数2乃至30の置換又は無置換アルコキシカルボニルオキシ基が挙げられる。具体的には、メトキシカルボニルオキシ、エトキシカルボニルオキシ、t−ブトキシカルボニルオキシ、及びn−オクチルカルボニルオキシなどが挙げられる。
【0065】
アリールオキシカルボニルオキシ基は、炭素数7乃至30の置換又は無置換のアリールオキシカルボニルオキシ基が挙げられる。具体的には、フェノキシカルボニルオキシ、p−メトキシフェノキシカルボニルオキシ、及びp−n−ヘキサデシルオキシフェノキシカルボニルオキシなどが挙げられる。
【0066】
アミノ基は、炭素数1乃至30の置換又は無置換のアルキルアミノ基、及び炭素数6乃至30の置換又は無置換のアリールアミノ基が挙げられる。具体的には、アミノ、メチルアミノ、ジメチルアミノ、アニリノ、N−メチル−アニリノ、ジフェニルアミノ、ヒドロキシエチルアミノ、カルボキシエチルアミノ、スルフォエチルアミノ、及び3,5−ジカルボキシアニリノなどが挙げられる。
【0067】
アシルアミノ基は、ホルミルアミノ基、炭素数1乃至30の置換又は無置換のアルキルカルボニルアミノ基、及び炭素数6乃至30の置換又は無置換のアリールカルボニルアミノ基が挙げられる。具体的には、ホルミルアミノ、アセチルアミノ、ピバロイルアミノ、ラウロイルアミノ、ベンゾイルアミノ、及び3,4,5−トリ−n−オクチルオキシフェニルカルボニルアミノなどが挙げられる。
【0068】
アミノカルボニルアミノ基は、炭素数1乃至30の置換又は無置換のアミノカルボニルアミノ基が挙げられる。具体的には、カルバモイルアミノ、N,N−ジメチルアミノカルボニルアミノ、N,N−ジエチルアミノカルボニルアミノ、モルホリノカルボニルアミノなどが挙げられる。
【0069】
アルコキシカルボニルアミノ基は、炭素数2乃至30の置換又は無置換のアルコキシカルボニルアミノ基が挙げられる。具体的には、メトキシカルボニルアミノ、エトキシカルボニルアミノ、t−ブトキシカルボニルアミノ、n−オクタデシルオキシカルボニルアミノ、及びN−メチル−メトキシカルボニルアミノなどが挙げられる。
【0070】
アリールオキシカルボニルアミノ基は、炭素数7乃至30の置換又は無置換のアリールオキシカルボニルアミノ基が挙げられる。具体的には、フェノキシカルボニルアミノ、p−クロロフェノキシカルボニルアミノ、及びm−n−オクチルオキシフェノキシカルボニルアミノなどが挙げられる。
【0071】
スルファモイルアミノ基は、炭素数0乃至30の置換又は無置換のスルファモイルアミノ基が挙げられる。具体的には、スルファモイルアミノ、N,N−ジメチルアミノスルホニルアミノ、及びN−n−オクチルアミノスルホニルアミノなどが挙げられる。
【0072】
アルキルスルホニルアミノ基及びアリールスルホニルアミノ基は、炭素数1乃至30の置換又は無置換のアルキルスルホニルアミノ基、炭素数6乃至30の置換又は無置換のアリールスルホニルアミノ基が挙げられる。具体的には、メチルスルホニルアミノ、ブチルスルホニルアミノ、フェニルスルホニルアミノ、2,3,5−トリクロロフェニルスルホニルアミノ、及びp−メチルフェニルスルホニルアミノなどが挙げられる。
【0073】
アルキルチオ基は、炭素数1乃至30の置換又は無置換のアルキルチオ基が挙げられる。具体的には、メチルチオ、エチルチオ、及びn−ヘキサデシルチオなどが挙げられる。
【0074】
アリールチオ基は、炭素数6乃至30の置換又は無置換のアリールチオ基が挙げられる。具体的には、フェニルチオ、p−クロロフェニルチオ、及びm−メトキシフェニルチオなどが挙げられる。
【0075】
ヘテロ環チオ基は、炭素数2乃至30の置換又は無置換のヘテロ環チオ基が挙げられる。具体的には、2−ベンゾチアゾリルチオ、及び1−フェニルテトラゾール−5−イルチオなどが挙げられる。
【0076】
スルファモイル基は、炭素数0乃至30の置換又は無置換のスルファモイル基が挙げられる。具体的には、N−エチルスルファモイル、N−(3−ドデシルオキシプロピル)スルファモイル、N,N−ジメチルスルファモイル。N−アセチルスルファモイル、N−ベンゾイルスルファモイル、及びN−(N’−フェニルカルバモイル)スルファモイルなどが挙げられる。
【0077】
アルキルスルフィニル基及びアリールスルフィニル基は、炭素数1乃至30の置換又は無置換のアルキルスルフィニル基、及び炭素数が6乃至30のアリールスルフィニル基が挙げられる。具体的には、メチルスルフィニル、エチルスルフィニル、フェニルスルフィニル、及びp−メチルフェニルスルフィニルなどが挙げられる。
【0078】
アルキルスルホニル基及びアリールスルホニル基は、炭素数1乃至30の置換又は無置換のアルキルスルホニル基、及び炭素数が6乃至30のアリールスルホニル基が挙げられる。具体的には、メチルスルホニル、エチルスルホニル、フェニルスルホニル、及びp−トルエンスルホニルなどが挙げられる。
【0079】
アシル基は、ホルミル基、炭素数2乃至30の置換又は無置換のアルキルカルボニル基、炭素数7乃至30の置換又は無置換のアリールカルボニル基、炭素数4乃至30の置換又は無置換の炭素原子でカルボニル基と結合するヘテロ環カルボニル基が挙げられる。具体的には、アセチル、ピバロイル、2−クロロアセチル、ステアロイル、ベンゾイル、p−n−オクチルオキシフェニルカルボニル、2−ピリジルカルボニル、及び2−フリルカルボニルなどが挙げられる。
【0080】
アリールオキシカルボニル基は、炭素数7乃至30の置換又は無置換のアリールオキシカルボニル基が挙げられる。具体的には、フェノキシカルボニル、o−クロロフェノキシカルボニル、m−ニトロフェノキシカルボニル、及びp−t−ブチルフェノキシカルボニルなどが挙げられる。
【0081】
アルコキシカルボニル基は、炭素数2乃至30の置換又は無置換のアルコキシカルボニル基が挙げられる。具体的には、メトキシカルボニル、エトキシカルボニル、t−ブトキシカルボニル、及びn−オクタデシルオキシカルボニルなどが挙げられる。
【0082】
カルバモイル基は、炭素数1乃至30の置換又は無置換のカルバモイル基が挙げられる。具体的には、カルバモイル、N−メチルカルバモイル、N,N−ジメチルカルバモイル、N,N−ジ−n−オクチルカルバモイル、及びN−(メチルスルホニル)カルバモイルなどが挙げられる。
【0083】
ホスフィノ基は、炭素数2乃至30の置換又は無置換のホスフィノ基が挙げられる。具体的には、ジメチルホスフィノ、ジフェニルホスフィノ、及びメチルフェノキシホスフィノなどが挙げられる。
【0084】
ホスフィニル基は、炭素数2乃至30の置換又は無置換のホスフィニル基が挙げられる。具体的には、ホスフィニル、ジオクチルオキシホスフィニル、及びジエトキシホスフィニルなどが挙げられる。
【0085】
ホスフィニルオキシ基は、炭素数2乃至30の置換又は無置換のホスフィニルオキシ基が挙げられる。具体的には、ジフェノキシホスフィニルオキシ、及びジオクチルオキシホスフィニルオキシなどが挙げられる。
【0086】
ホスフィニルアミノ基は、炭素数2乃至30の置換又は無置換のホスフィニルアミノ基が挙げられる。具体的には、ジメトキシホスフィニルアミノ、及びジメチルアミノホスフィニルアミノなどが挙げられる。
【0087】
シリル基は、炭素数3乃至30の置換又は無置換のシリル基が挙げられる。具体的には、トリメチルシリル、t−ブチルジメチルシリル、及びフェニルジメチルシリルなどが挙げられる。
【0088】
アゾ基は、具体的には、フェニルアゾ、4−メトキシフェニルアゾ、4−ピバロイルアミノフェニルアゾ、及び2−ヒドロキシ−4−プロパノイルフェニルアゾなどが挙げられる。
【0089】
イミド基は、具体的には、N−スクシンイミド、及びN−フタルイミドなどが挙げられる。
【0090】
これらの置換基はさらに置換されていてもよい。この場合の置換基は、以下のものが挙げられる。炭素数1乃至12の直鎖又は分岐鎖アルキル基、炭素数7乃至18の直鎖又は分岐鎖アラルキル基、炭素数2乃至12の直鎖又は分岐鎖アルケニル基。炭素数2乃至12の直鎖又は分岐鎖アラルニル基、炭素数3乃至12の直鎖又は分岐鎖シクロアルキル基、炭素数3乃至12の直鎖又は分岐鎖シクロアルケニル基。これらの置換基は、染料の溶解性やインクの安定性を優れたものとするために、分岐鎖を有するものがより好ましく、さらには不斉炭素を有するものが特に好ましい。
【0091】
置換基の具体例としては、下記のものを挙げることができる。メチル、エチル、プロピル、イソプロピル、sec−ブチル、t−ブチル、2−エチルヘキシル、2−メチルスルホニルエチル、3−フェノキシプロピル、トリフルオロメチル、及びシクロペンチルなどの置換又は無置換のアルキル基。塩素原子、及び臭素原子などのハロゲン原子。フェニル、4−t−ブチルフェニル、及び2,4−ジ−t−アミルフェニルなどのアリール基。イミダゾリル、ピラゾリル、トリアゾリル、2−フリル、2−チエニル、2−ピリミジニル、及び2−ベンゾチアゾリルなどのヘテロ環基。シアノ基。ヒドロキシル基。ニトロ基。カルボキシ基。アミノ基。メトキシ、エトキシ、2−メトキシエトキシ、及び2−メチルスルホニルエトキシなどのアルキルオキシ基。フェノキシ、2−メチルフェノキシ、4−t−ブチルフェノキシ、3−ニトロフェノキシ、3−t−ブチルオキシカルボニルフェノキシ、及び3−メトキシカルボニルフェニルオキシなどのアリールオキシ基。アセトアミド、ベンズアミド、及び4−(3−t−ブチル−4−ヒドロキシフェノキシ)ブタンアミドなどのアシルアミノ基。メチルアミノ、ブチルアミノ、ジエチルアミノ、及びメチルブチルアミノなどのアルキルアミノ基。フェニルアミノ、及び2−クロロアニリノなどのアニリノ基。フェニルウレイド、メチルウレイド、及びN,N−ジブチルウレイドなどのウレイド基。N,N−ジプロピルスルファモイルアミノなどのスルファモイルアミノ基。メチルチオ、オクチルチオ、及び2−フェノキシエチルチオなどのアルキルチオ基。フェニルチオ、2−ブトキシ−5−t−オクチルフェニルチオ、及び2−カルボキシフェニルチオなどのアリールチオ基。メトキシカルボニルアミノなどのアルキルオキシカルボニルアミノ基。メチルスルホニルアミノ、フェニルスルホニルアミノ、及びp−トルエンスルホニルアミノなどのアルキル又はアリールスルホニルアミノ基。N−エチルカルバモイル、及びN,N−ジブチルカルバモイルなどのカルバモイル基。N−エチルスルファモイル、N,N−ジプロピルスルファモイル、及びN−フェニルスルファモイルなどのスルファモイル基。メチルスルホニル、オクチルスルホニル、フェニルスルホニル、及びp−トルエンスルホニルなどのスルホニル基。メトキシカルボニル、及びブチルオキシカルボニルなどのアルキルオキシカルボニル基。1−フェニルテトラゾール−5−オキシ、及び2−テトラヒドロピラニルオキシなどのヘテロ環オキシ基。フェニルアゾ、4−メトキシフェニルアゾ、4−ピバロイルアミノフェニルアゾ、及び2−ヒドロキシ−4−プロパノイルフェニルアゾなどのアゾ基。アセトキシなどのアシルオキシ基。N−メチルカルバモイルオキシ、及びN−フェニルカルバモイルオキシなどのカルバモイルオキシ基。トリメチルシリルオキシ、及びジブチルメチルシリルオキシなどのシリルオキシ基。フェノキシカルボニルアミノなどのアリールオキシカルボニルアミノ基。N−スクシンイミド、及びN−フタルイミドなどのイミド基。2−ベンゾチアゾリルチオ、2,4−ジ−フェノキシ−1,3,5−トリアゾール−6−チオ、及び2−ピリジルチオなどのヘテロ環チオ基。3−フェノキシプロピルスルフィニルなどのスルフィニル基。フェノキシホスホニル、オクチルオキシホスホニル、及びフェニルホスホニルなどのホスホニル基。フェノキシカルボニルなどのアリールオキシカルボニル基。アセチル、3−フェニルプロパノイル、及びベンゾイルなどのアシル基。カルボキシル基、スルホン酸基、ホスホノ基、及び4級アンモニウム基などのイオン性親水基が挙げられる。
【0092】
本発明で使用する前記一般式(I)で表される化合物は、該一般式(I)中のX及びXが、それぞれ独立に、ハメットのσp値が0.20以上の電子吸引性基であることを要する。ここで、ハメット則及びハメットの置換基定数σp値(以下、「ハメットのσp値」と呼ぶ)について説明する。ハメット則は、ベンゼン誘導体の反応や平衡に及ぼす置換基の影響を定量的に論ずるために、1935年にL.P.Hammettにより提唱された経験則であり、今日では広く妥当性が認められている。ハメット則により求められる置換基定数にはσp値とσm値があり、これらの値は多くの一般的な成書に記載がある。例えば、J.A.Dean編、Lange s Handbook of Chemistry 第12版、1979年、McGraw−Hillや、化学の領域、増刊、122号、96〜103頁、1979年、南光堂に詳細な記載がある。
【0093】
なお、本発明においては、各置換基をハメットのσp値により規定している。しかし、本発明では、上記したような文献に具体的にσp値が記載された置換基のみに限定されるものではない。本発明は、上記したような文献にσp値が記載されていない置換基であっても、ハメット則に基づいてσp値を算出した場合に、その範囲内に含まれるであろう置換基をも含む。一般式(I)の化合物はベンゼン誘導体ではないが、本発明においては、置換基の電子効果を示す尺度として、置換位置に関係なくσp値を用いるものとする。以下に、本発明で使用する一般式(I)の化合物の有する置換基において、ハメットのσp値が0.20以上の電子吸引性基として用いることができる置換基の具体例を、ハメットのσp値の範囲ごとに列挙する。
【0094】
ハメットのσp値が0.60以上の電子吸引性基としては、以下のものが挙げられる。シアノ基、ニトロ基、アルキルスルホニル基(例えば、メタンスルホニル基)、アリールスルホニル基(例えば、ベンゼンスルホニル基)。
【0095】
ハメットのσp値が0.45以上の電子吸引性基としては、上記に加えて、以下のものが挙げられる。
アシル基(例えば、アセチル基)、アルコキシカルボニル基(例えば、ドデシルオキシカルボニル基)、アリールオキシカルボニル基(例えば、m−クロロフェノキシカルボニル基)。アルキルスルフィニル基(例えば、n−プロピルスルフィニル基)、アリールスルフィニル基(例えば、フェニルスルフィニル基)。スルファモイル基(例えば、N−エチルスルファモイル基、N,N−ジメチルスルファモイル基)、ハロゲン化アルキル基(例えば、トリフロロメチル基)。
【0096】
ハメットのσp値が0.30以上の電子吸引性基としては、上記に加えて、以下のものが挙げられる。
アシルオキシ基(例えば、アセトキシ基)、カルバモイル基(例えば、N−エチルカルバモイル基、N,N−ジブチルカルバモイル基)。ハロゲン化アルコキシ基(例えば、トリフロロメチルオキシ基)、ハロゲン化アリールオキシ基(例えば、ペンタフロロフェニルオキシ基)。スルホニルオキシ基(例えば、メチルスルホニルオキシ基)、ハロゲン化アルキルチオ基(例えば、ジフロロメチルチオ基)。2つ以上のσp値が0.15以上の電子吸引性基で置換されたアリール基(例えば、2,4−ジニトロフェニル基、ペンタクロロフェニル基)。複素環(例えば、2−ベンゾオキサゾリル基、2−ベンゾチアゾリル基、1−フェニル−2−ベンズイミダゾリル基)。
【0097】
ハメットのσp値が0.20以上の電子吸引性基は、上記に加えて、ハロゲン原子(例えば、フッ素、塩素、臭素)などが挙げられる。
【0098】
一般式(I)におけるZ及びZはそれぞれ独立に、以下に挙げる置換基のいずれかである。すなわち、水素原子、置換若しくは無置換のアルキル基、置換若しくは無置換のアルケニル基、置換若しくは無置換のアルキニル基、置換若しくは無置換のアラルキル基、置換若しくは無置換のアリール基、又は置換若しくは無置換のヘテロ環基のいずれかである。前記アルキル基としては、先にR、R、Y及びYの説明で挙げたアルキル基と同じものが挙げられる。前記アルケニル基は、先にR、R、Y及びYの説明で挙げたアルケニル基と同じものが挙げられる。前記アルキニル基は、先にR、R、Y、及びYの説明で挙げたアルキニル基と同じものが挙げられる。前記アラルキル基は、先にR、R、Y及びYの説明で挙げたアラルキル基と同じものが挙げられる。前記アリール基は、先にR、R、Y及びYの説明で挙げたアリール基と同じものが挙げられる。前記へテロ環基は、先にR、R、Y及びYの説明で挙げたヘテロ環基と同じものが挙げられる。また、これらの置換基はさらに置換されていてもよく、この場合の置換基は、先にR、R、Y及びYの説明で挙げた置換基をさらに置換する基として挙げた基と、同じものが挙げられる。
【0099】
一般式(I)におけるMは、それぞれ独立に、水素原子、アルカリ金属、アンモニウム、又は有機アンモニウムである。前記アルカリ金属は、例えば、リチウム、ナトリウム、及びカリウムなどが挙げられる。前記有機アンモニウムは、例えば、アセトアミド、ベンズアミド、メチルアミノ、ブチルアミノ、ジエチルアミノ、及びフェニルアミノなどが挙げられる。
【0100】
前記一般式(I)の化合物の好ましい具体例としては、下記の例示化合物1〜14が挙げられる。なお、下記の例示化合物は、遊離酸の形で記載する。勿論、本発明においては、前記一般式(I)の構造及びその定義に包含されるものであれば、下記の例示化合物に限られるものではない。本発明においては、下記の例示化合物の中でも、特に、例示化合物5、6、7、8、及び10を用いることが好ましい。
【0101】
【化5】

【0102】
【化6】

【0103】
【化7】

【0104】
【化8】

【0105】
【化9】

【0106】
【化10】

【0107】
【化11】

【0108】
【化12】

【0109】
【化13】

【0110】
【化14】

【0111】
【化15】

【0112】
【化16】

【0113】
【化17】

【0114】
【化18】

【0115】
〔一般式(II)で表される化合物〕
本発明のインクセットを構成するイエローインクは、上記で説明した一般式(I)の化合物に加えて、さらに色材として下記一般式(II)の化合物を含有することが好ましい。かかる構成のイエローインクとすることで、ブラックインクとイエローインクとで記録した画像の境界部における耐ブリーディング性を損なうことなく、イエローインクとしてさらに高いレベルの耐光性を得ることができる。
【0116】
【化19】

【0117】
(一般式(II)中、Rは、水素原子、炭素数1乃至4のアルキル基、炭素数1乃至4のアルコキシ基、又はスルホン酸基であり、nは1又は2の整数、l(エル)は1又は2の整数、xは2乃至4の整数、yは1乃至3の整数であり、Mは、それぞれ独立に、水素原子、アルカリ金属、アンモニウム、又は有機アンモニウムである。)
【0118】
一般式(II)におけるRは、以下の置換基である。すなわち、水素原子、炭素数1乃至4のアルキル基、炭素数1乃至4のアルコキシ基、又はスルホン酸基が挙げられる。前記炭素数1乃至4のアルキル基は、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基が挙げられる。前記炭素数1乃至4のアルコキシ基は、メトキシ基、エトキシ基、プロポキシ基、ブトキシ基が挙げられる。また、一般式(II)におけるMはそれぞれ独立に、水素原子、アルカリ金属、アンモニウム、又は有機アンモニウムである。前記アルカリ金属としては、例えば、リチウム、ナトリウム、及びカリウムなどが挙げられる。前記有機アンモニウムとしては、例えば、アセトアミド、ベンズアミド、メチルアミノ、ブチルアミノ、ジエチルアミノ、及びフェニルアミノなどが挙げられる。
【0119】
前記一般式(II)の化合物の好ましい具体例は、下記の例示化合物15〜49が挙げられる。なお、下記の例示化合物は遊離酸の形で記載する。勿論、本発明においては、前記一般式(II)の構造及びその定義に包含されるものであれば、下記の例示化合物に限られるものではない。本発明においては、下記の例示化合物の中でも、例示化合物16を用いることが特に好ましい。
【0120】
【化20】

【0121】
【化21】

【0122】
【化22】

【0123】
【化23】

【0124】
【化24】

【0125】
【化25】

【0126】
【化26】

【0127】
【化27】

【0128】
【化28】

【0129】
【化29】

【0130】
【化30】

【0131】
【化31】

【0132】
【化32】

【0133】
【化33】

【0134】
【化34】

【0135】
【化35】

【0136】
【化36】

【0137】
【化37】

【0138】
【化38】

【0139】
【化39】

【0140】
【化40】

【0141】
【化41】

【0142】
【化42】

【0143】
【化43】

【0144】
【化44】

【0145】
【化45】

【0146】
【化46】

【0147】
【化47】

【0148】
【化48】

【0149】
【化49】

【0150】
【化50】

【0151】
【化51】

【0152】
【化52】

【0153】
【化53】

【0154】
【化54】

【0155】
〔色材の含有量〕
イエローインク中の一般式(I)の化合物の含有量(質量%)は、インク全質量を基準として、0.1質量%以上10.0質量%以下であることが好ましい。また、イエローインク中の一般式(II)の化合物の含有量(質量%)は、インク全質量を基準として、0.1質量%以上10.0質量%以下であることが好ましい。
【0156】
また、イエローインク中の一般式(I)の化合物と一般式(II)の化合物との含有量の合計(質量%)が、インク全質量を基準として、1.0質量%以上10.0質量%以下であることが好ましい。さらには、これらの含有量の合計(質量%)が、1.5質量%以上6.0質量%以下であることが特に好ましい。含有量の合計が1.0質量%未満であると、画像の耐光性及び発色性が十分に得られない場合があり、含有量の合計が10.0質量%を超えると、耐固着性などのインクジェット特性が得られない場合がある。
【0157】
イエローインク全質量を基準とした、一般式(I)の化合物の含有量(質量%)は、一般式(II)の化合物の含有量(質量%)に対して、質量比率で、{一般式(I)の化合物/一般式(II)の化合物}=0.1倍以上10.0倍以下であることが好ましい。含有量の質量比率を上記範囲とすることで、画像の耐光性及び発色性を特に効果的に得ることができる。本発明においてはさらに、{一般式(I)の化合物の含有量/一般式(II)の化合物の含有量}=1.0倍以上5.0倍以下であることがより好ましい。含有量の質量比率を上記範囲とすることで、一般式(I)の化合物が有する耐光性と、一般式(II)の化合物が有する耐光性との組み合わせから予測される性能をはるかに上回る高いレベルの耐光性を得ることができる。
【0158】
上述のように、一般式(I)の化合物と一般式(II)の化合物とを特定の質量比率で用いることで、相乗効果が発揮され、予測を上回る耐光性が得られる理由は明確には明らかではないが、本発明者らは以下のように推測している。一般式(I)の化合物は、もともと溶解性が低いため、この化合物を含有するインクを記録媒体に付与すると、その直後から速やかに色材の会合や凝集が起こる。会合や凝集は、画像を形成している記録媒体上の色材の堅牢性を向上させる傾向がある。しかし、その一方で、過度の会合や凝集は、分子構造が本来有する耐光性の能力を低下させる場合がある。これに対して、一般式(II)の化合物を共存させることで、記録媒体上で、一般式(I)の化合物が耐光性に関して最適な会合や凝集の状態を形成し、これにより耐光性が向上したものと考えられる。
【0159】
(シアンインクの色材とその含有量)
本発明のインクセットを構成するインクとしてシアンインクを用いる場合、該シアンインクは色材として下記一般式(III)の化合物を含有することが好ましい。かかる構成のシアンインクは、上記で説明したブラックインク及び/又はイエローインク、さらに必要に応じてインクセットに加えるマゼンタインクと共に用いられることにより、優れた耐ブリーディング性を発現することができる。
【0160】
【化55】

【0161】
(一般式(III)中、A、B、C、及びDはそれぞれ独立に、芳香性を有する6員環であり、Mはそれぞれ独立に、水素原子、アルカリ金属、アンモニウム、又は有機アンモニウムであり、Eはアルキレン基である。また、Xは、スルホ置換アニリノ基、カルボキシル置換アニリノ基、又はホスホノ置換アニリノ基であり、該置換アニリノ基はさらに、スルホン酸基、カルボキシル基、ホスホノ基、スルファモイル基、カルバモイル基、水酸基、アルコキシ基、アミノ基、アルキルアミノ基、ジアルキルアミノ基、アリールアミノ基、ジアリールアミノ基、アセチルアミノ基、ウレイド基、アルキル基、ニトロ基、シアノ基、ハロゲン、アルキルスルホニル基、及びアルキルチオ基からなる群から選ばれる少なくとも1つの置換基を1乃至4個有してもよい。また、Yは水酸基又はアミノ基であり、l(エル)、m、及びnは、0≦l(エル)≦2、0<m≦3、0.1≦n≦3であり、且つl(エル)+m+n=1乃至4である。)
【0162】
一般式(III)の化合物を含有するシアンインクを用いることで、画像の耐ブリーディング性を向上できる理由について、本発明者らは以下のように推測している。上記で述べた通り、イエローインクに含有させる一般式(I)の化合物は導電率が高いため電解質として作用することによって、ブラックインクに含有される自己分散型カーボンブラックの分散状態を不安定化させ、耐ブリーディング性を向上することができる。本発明者らの検討の結果、一般式(III)の化合物についても同様に比較的高い導電率を有していることがわかった。つまり、一般式(I)の化合物を用いる場合と同様の理由により、耐ブリーディング性が向上するものと考えられる。
【0163】
また、本発明者らの検討の結果、一般式(III)の化合物を含有するシアンインクは、一般式(I)を含有するイエローインクとの耐ブリーディング性について優れた性能を発現することがわかった。さらには、一般式(III)の化合物はその堅牢性(耐オゾン性及び耐光性)に優れるため、一般式(I)の化合物を含有するイエローインクとシアンインクを共に用いて画像を記録することにより、非常に優れた画像の耐オゾン性及び耐光性を得ることができる。
【0164】
〔一般式(III)で表される化合物〕
本発明のインクセットを構成するシアンインクは色材として下記一般式(III)の化合物を含有することが好ましい。
【0165】
【化56】

【0166】
(一般式(III)中、A、B、C、及びDはそれぞれ独立に、芳香性を有する6員環であり、Mはそれぞれ独立に、水素原子、アルカリ金属、アンモニウム、又は有機アンモニウムであり、Eはアルキレン基である。また、Xは、スルホ置換アニリノ基、カルボキシル置換アニリノ基、又はホスホノ置換アニリノ基であり、該置換アニリノ基はさらに、スルホン酸基、カルボキシル基、ホスホノ基、スルファモイル基、カルバモイル基、水酸基、アルコキシ基、アミノ基、アルキルアミノ基、ジアルキルアミノ基、アリールアミノ基、ジアリールアミノ基、アセチルアミノ基、ウレイド基、アルキル基、ニトロ基、シアノ基、ハロゲン、アルキルスルホニル基、及びアルキルチオ基からなる群から選ばれる少なくとも1つの置換基を1乃至4個有してもよい。また、Yは水酸基又はアミノ基であり、l(エル)、m、及びnは、0≦l(エル)≦2、0<m≦3、0.1≦n≦3であり、且つl(エル)+m+n=1乃至4である。)
【0167】
一般式(III)におけるA、B、C、及びDはそれぞれ独立に芳香性を有する6員環である。芳香性を有する6員環としては、ベンゼン環や含窒素複素芳香環が挙げられる。含窒素複素芳香環は、ピリジン環、ピラジン環、ピリミジン環、及びピリダジン環が挙げられ、好ましくは、ピリジン環又はピラジン環であり、さらには、ピリジン環が特に好ましい。本発明に好適に用いることができる一般式(III)の具体的な化合物としては、下記のものが挙げられる。A、B、C、及びDが全てベンゼン環又は全て含窒素複素芳香環である化合物や、A、B、C及びDのうち1乃至3個が含窒素複素芳香環であり、残りがベンゼン環である化合物が挙げられる。本発明者らの検討によれば、一般式(III)の化合物は、その構造中の含窒素複素芳香環の数が増えると記録物の耐オゾン性が向上するが、逆に、耐ブロンズ性(ブロンズ現象の発生の抑制)は低下するという傾向がある。このため、耐オゾン性及び耐ブロンズ性のバランスを考慮して、含窒素複素芳香環の数を調整することが好ましい。
【0168】
一般式(III)におけるEはアルキレン基であり、アルキレン基における炭素数は2乃至12、さらには2乃至6であることが好ましい。具体的には、エチレン基、プロピレン基、ブチレン基、ペンチレン基、ヘキシレン基、シクロプロピレンジイル基、1,2−又は1,3−シクロペンチレンジイル基、1,2−、1,3−、又は1,4−などのシクロヘキシレン基などが挙げられる。中でも、エチレン基、プロピレン基、及びブチレン基が好ましい。
【0169】
一般式(III)におけるXは、スルホ置換アニリノ基、カルボキシル置換アニリノ基、又はホスホノ置換アニリノ基である。前記置換アニリノ基は、さらに、下記に挙げる置換基群から選ばれる少なくとも1つの置換基を、1乃至4個、好ましくは1乃至2個有してもよい。置換基群:スルホン酸基、カルボキシル基、ホスホノ基、スルファモイル基、カルバモイル基、水酸基、アルコキシ基。アミノ基、アルキルアミノ基、ジアルキルアミノ基、アリールアミノ基、ジアリールアミノ基、アセチルアミノ基、ウレイド基、アルキル基、ニトロ基、シアノ基、ハロゲン、アルキルスルホニル基、及びアルキルチオ基。一般式(III)におけるXのより具体的なものとしては、下記のものが挙げられる。2,5−ジスルホアニリノ基、2−スルホアニリノ基、3−スルホアニリノ基、4−スルホアニリノ基、2−カルボキシアニリノ基、2−メトキシ−5−スルホアニリノ基、4−エトキシ−2−スルホアニリノ基、2−メチル−5−スルホアニリノ基。2−ニトロ−4−スルホアニリノ基、2−メトキシ−4−ニトロ−5−スルホアニリノ基、2−クロロ−5−スルホアニリノ基、2−カルボキシ−4−スルホアニリノ基、3−カルボキシ−4−ヒドロキシアニリノ基。3−カルボキシ−4−ヒドロキシ−5−スルホアニリノ基、2−ヒドロキシ−5−ニトロ−3−スルホアニリノ基、4−アセチルアミノ−2−スルホアニリノ基、4−アニリノ−3−スルホアニリノ基、3,5−ジカルボキシアニリノ基。2−カルボキシ−4−スルファモイルアニリノ基、2,5−ジクロロ−4−スルホアニリノ基、及び3−ホスホノアニリノ基など。
【0170】
一般式(III)におけるYは、水酸基又はアミノ基である。
【0171】
一般式(III)におけるMは、それぞれ独立に、水素原子、アルカリ金属、アンモニウム、又は有機アンモニウムである。前記アルカリ金属としては、例えば、リチウム、ナトリウム、及びカリウムなどが挙げられる。前記有機アンモニウムとしては、例えば、アセトアミド、ベンズアミド、メチルアミノ、ブチルアミノ、ジエチルアミノ、及びフェニルアミノなどが挙げられる。
【0172】
一般式(III)の化合物におけるXの説明の際に挙げたスルホン酸基、カルボキシル基、又はホスホノ基などは塩の形態であってもよい。また、塩を形成する対イオンとしては、例えば、アルカリ金属、アンモニウム、及び有機アンモニウムなどのイオンが挙げられる。アルカリ金属としては、例えば、リチウム、ナトリウム、及びカリウムが挙げられる。有機アンモニウムとしては、例えば、下記のものが挙げられる。メチルアミン、エチルアミンなどの炭素数1乃至3のアルキルアミン類が挙げられる。また、モノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン、モノイソプロパノールアミン、ジイソプロパノールアミン、トリイソプロパノールアミンなどの、モノ、ジ、又はトリ(炭素数1乃至4のアルカノール)アミンのオニウム塩が挙げられる。また、対イオンは、カルシウム及びマグネシウムなどのアルカリ土類金属であってもよい。
【0173】
一般式(III)の化合物は下記のように合成することができる。
【0174】
先ず、下記一般式(V)の化合物(銅ポルフィラジン化合物)を合成する。
【0175】
【化57】

【0176】
(一般式(V)中、A、B、C、及びDはそれぞれ独立に芳香性を有する6員環である。)
【0177】
上記一般式(V)の化合物は、例えば、触媒及び銅化合物の存在下で、芳香性を有する含窒素複素芳香環ジカルボン酸誘導体と、フタル酸誘導体とを反応させることにより得られる。芳香性を有する含窒素複素芳香環ジカルボン酸誘導体とフタル酸誘導体の反応のモル比を変えることにより、A、B、C、及びDの含窒素複素芳香環の数とベンゼン環の数を調整することができる。
【0178】
この際に用いる芳香性を有する含窒素複素芳香環ジカルボン酸誘導体としては、例えば、以下のものが挙げられる。キノリン酸、3,4−ピリジンジカルボン酸、及び2,3−ピラジンジカルボン酸などのジカルボン酸化合物、又はこれらの酸無水物。ピリジン−2,3−ジカルボキシアミドなどのジカルボキシアミド化合物。ピラジン−2,3−ジカルボン酸モノアミドなどのジカルボン酸モノアミド化合物。キノリン酸イミドなどの酸イミド化合物。ピリジン−2,3−ジカルボニトリル、及びピラジン−2,3−ジカルボニトリルなどのジカルボニトリル化合物。また、フタル酸誘導体は、例えば、フタル酸、無水フタル酸、フタルアミド、フタラミック酸、フタルイミド、フタロニトリル、1,3−ジイミノイソインドリン、及び2−シアノベンズアミドなどが挙げられる。
【0179】
銅化合物の一般的な合成方法には、ニトリル法及びワイラー法があり、それぞれ反応条件などが異なる。ニトリル法は、2,3−ピリジンジカルボニトリル、2,3−ピラジンジカルボニトリル、フタロニトリルなどのジカルボニトリル化合物を原料として、銅化合物を合成する方法である。ワイラー法は、下記に挙げるような化合物を原料として、銅化合物を合成する方法である。ワイラー法の原料に用いることができる化合物としては、例えば、以下のものが挙げられる。フタル酸、キノリン酸、3,4−ピリジンジカルボン酸、2,3−ピラジンジカルボン酸などのジカルボン酸化合物又はこれらの酸無水物。フタルアミド、2,3−ピリジンジカルボキシアミドなどのジカルボキシアミド化合物。フタラミック酸、2,3−ピラジンジカルボン酸モノアミドなどのジカルボン酸モノアミド化合物。フタルイミド、キノリン酸イミドなどの酸イミド化合物。なお、ワイラー法で銅化合物を合成する際には、尿素が必要であり、尿素の使用量は、含窒素複素芳香環ジカルボン酸誘導体とフタル酸誘導体の合計1モルに対して、5モル倍乃至100モル倍であることが好ましい。
【0180】
通常、銅化合物の合成反応は有機溶媒の存在下で行われる。ニトリル法では沸点100℃以上、好ましくは130℃以上の有機溶媒が用いられる。ニトリル法で用いることができる有機溶媒としては、例えば、以下のものが挙げられる。n−アミルアルコール、n−ヘキサノール、シクロヘキサノール、2−メチル−1−ペンタノール、1−ヘプタノール、1−オクタノール、2−エチルヘキサノール、N,N−ジメチルアミノエタノール、ベンジルアルコールなどのアルコール類。エチレングリコール、プロピレングリコールなどのグリコール類。トリクロロベンゼン、クロロナフタレン、ニトロベンゼン、キノリンスルホラン、尿素など。また、ワイラー法では沸点150℃以上、好ましくは180℃以上の非プロトン性の有機溶媒が用いられる。ワイラー法で用いることができる有機溶剤は、トリクロロベンゼン、クロロナフタレン、ニトロベンゼン、キノリン、スルホラン、尿素などが挙げられる。有機溶媒の使用量は、含窒素複素芳香環ジカルボン酸誘導体とフタル酸誘導体の合計の質量に対して、1質量倍乃至100質量倍であることが好ましい。
【0181】
また、ニトリル法で用いることができる触媒としては、例えば、以下のものが挙げられる。キノリン、1,8−ジアザビシクロ[5,4,0]−7−ウンデセン、トリブチルアミン、アンモニア、N,N−ジメチルアミノエタノールなどのアミン類、ナトリウムエトキシド、ナトリウムメトキシドなどのアルカリ金属アルコラート類。また、ワイラー法で用いることができる触媒としては、モリブデン酸アンモニウムやホウ酸などが挙げられる。これらの触媒の使用量は、上記の含窒素複素芳香環ジカルボン酸誘導体とフタル酸誘導体の合計1モルに対して、0.001モル倍乃至1モル倍であることが好ましい。
【0182】
上記の合成の際に使用する銅化合物としては、金属銅、銅のハロゲン化物、カルボン酸銅、硫酸銅、硝酸銅、銅アセチルアセトナート、銅の錯体などが挙げられる。具体的には、塩化銅、臭化銅、酢酸銅、銅アセチルアセトナートなどが挙げられる。銅化合物の使用量は、上記の含窒素複素芳香環ジカルボン酸誘導体とフタル酸誘導体の合計1モルに対して、0.15モル倍乃至0.35モル倍であることが好ましい。
【0183】
ニトリル法における反応温度は通常、100℃乃至200℃、さらには130℃乃至170℃であることが好ましい。また、ワイラー法における反応温度は通常、150℃乃至300℃、さらには170℃乃至220℃であることが好ましい。なお、反応時間は反応条件により異なるが、通常1時間乃至40時間であることが好ましい。反応終了後、濾過、洗浄、乾燥することにより、前記一般式(V)で示した銅ポルフィラジン銅化合物を得ることができる。
【0184】
前記一般式(V)におけるA、B、C、及びDのうち2つがピリジン環で残り2つがベンゼン環である化合物(銅ジベンゾビス(2,3−ピリド)ポルフィラジン)を例に挙げて、一般式(III)の化合物の合成方法をさらに詳細に説明する。
【0185】
先ず、キノリン酸(0.5モル)、無水フタル酸(0.5モル)、塩化銅(II)(0.25モル)、リンモリブデン酸アンモニウム(0.004モル)、尿素(6モル)を、有機溶媒であるスルホラン中において200℃で5時間反応させる。このようにして、一般式(V)におけるA、B、C、及びDのうち2つがピリジン環で、残り2つがベンゼン環である、銅ジベンゾビス(2,3−ピリド)ポルフィラジンを得る。なお、キノリン酸、無水フタル酸、金属化合物、有機溶媒、及び触媒などは、その種類や使用量により反応性が異なるため、これらに限られるものではない。
【0186】
上記の合成フローで得られる主生成物は、銅ジベンゾビス(2,3−ピリド)ポルフィラジンであり、これらにはピリジン環の位置とピリジン環の窒素原子の位置の異なる5種類の異性体(下記の構造式1A、1B、1C、1D、及び1E)である。さらに、これらと同時に副生成物として、銅トリベンゾ(2,3−ピリド)ポルフィラジン、及び銅ベンゾトリス(2,3−ピリド)ポルフィラジンが生成する。前記銅トリベンゾ(2,3−ピリド)ポルフィラジンは、一般式(V)におけるA、B、C、及びDのうち1つがピリジン環で、残り3つがベンゼン環である化合物(下記の構造式2)である。また、前記銅ベンゾトリス(2,3−ピリド)ポルフィラジンは、一般式(V)におけるA、B、C、及びDのうち3つがピリジン環で、残り1つがベンゼン環である化合物である。これらの化合物にも、さらにピリジン環の位置異性体(下記の構造式3A、3B、3C、及び3D)が存在する。加えて、少量ではあるが、銅テトラキス(2,3−ピリド)ポルフィラジン、及び銅フタロシアニン(銅テトラベンゾポルフィラジン)も生成する。つまり、上記の合成フローで得られるのは、これらの化合物の混合物である。
【0187】
通常、これらの混合物から目的の化合物のみを単離することは非常に困難である。このため、これらの混合物を、「平均値として、2つがピリジン環で、残り2つがベンゼン環である、銅ジベンゾビス(2,3−ピリド)ポルフィラジン」として用いる場合がほとんどである。
【0188】
【化58】

【0189】
【化59】

【0190】
【化60】

【0191】
次に、下記一般式(VI)の化合物(銅クロロスルホニルポルフィラジン化合物)を合成する。
【0192】
【化61】

【0193】
(一般式(VI)中、A、B、C、及びDはそれぞれ独立に、芳香性を有する6員環であり、xは1乃至4である。)
【0194】
一般式(VI)の化合物は、先のようにして得られる一般式(V)の化合物をクロロスルホン酸中でクロロスルホン化することにより得られる。又は、一般式(V)の化合物を硫酸又は発煙硫酸中でスルホン化した後、クロロ化剤でスルホン酸基をクロロスルホン酸基に誘導することにより得られる。このようにして得られるクロロスルホン酸基又はスルホン酸基は、前記一般式(V)におけるA、B、C、及びDがベンゼン環である場合にはそのベンゼン環上に導入され、A、B、C、及びDが含窒素複素芳香環である場合には導入されない。つまり、前記一般式(V)におけるA、B、C、及びDのうち、クロロスルホン酸基又はスルホン酸基はベンゼン環にのみ導入される。
【0195】
前記一般式(V)の化合物をクロロスルホン化する際の反応は一般に、クロロスルホン酸を溶媒として用いる。クロロスルホン酸の使用量は、一般式(V)の化合物の3質量倍乃至20質量倍、さらには5質量倍乃至10質量倍とすることが好ましい。反応温度は一般に、100℃乃至150℃、さらには120℃乃至150℃とすることが好ましい。反応時間は反応温度などの条件により異なるが一般に、1時間乃至10時間とすることが好ましい。得られる一般式(VI)の化合物はクロロスルホン酸基とスルホン酸基が置換されているが、反応系中にクロロ化剤を添加することで、クロロスルホン酸基の比率を向上させることができる。クロロ化剤は、クロロスルホン酸、塩化チオニル、塩化スルフリル、三塩化リン、五塩化リン、及びオキシ塩化リンなどが挙げられる。勿論、本発明はこれらに限られるものではない。
【0196】
また、前記一般式(VI)の化合物は、上記の他に以下の方法によっても得ることができる。先ず、スルホン酸基を有するスルホフタル酸、又はスルホン酸基を有するスルホフタル酸とキノリン酸とを、縮合閉環することにより、下記一般式(VII)の化合物(スルホン酸基を有する銅ポルフィラジン化合物)を合成する。そして、このようにして得られた一般式(VII)の化合物におけるスルホン酸基をクロロスルホン基に誘導することにより、一般式(VI)の化合物を得ることもできる。
【0197】
【化62】

【0198】
(一般式(VII)中、A、B、C、及びDはそれぞれ独立に芳香性を有する6員環であり、pは1乃至4である。)
【0199】
また、上記一般式(VII)の化合物におけるスルホン酸基は、一般式(VII)の化合物とクロロ化剤とを反応させることで、クロロスルホン酸基に変換することができる。クロロ化する際の反応に用いる溶媒は、例えば、硫酸、発煙硫酸、クロロスルホン酸、ベンゼン、トルエン、ニトロベンゼン、クロロベンゼン、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミドなどが挙げられる。また、クロロ化剤は、例えば、クロロスルホン酸、塩化チオニル、塩化スルフリル、三塩化リン、五塩化リン、及びオキシ塩化リンなどが挙げられる。勿論、本発明はこれらに限られるものではない。
【0200】
最後に、上記のようにして得られる一般式(VI)の化合物、下記一般式(VIII)の化合物(有機アミン)、及びアンモニアを反応させて、目的とする前記一般式(III)の化合物を合成する。
【0201】
【化63】

【0202】
(一般式(VIII)中、Eはアルキレン基であり、Xはスルホ置換アニリノ基、カルボキシル置換アニリノ基、又はホスホノ置換アニリノ基であり、これらの置換アニリノ基は、さらに、下記の置換基群から選ばれる少なくとも1つの置換基を1乃至4個有してもよい。置換基群:スルホン酸基、カルボキシル基、ホスホノ基、スルファモイル基、カルバモイル基、水酸基、アルコキシ基。アミノ基、アルキルアミノ基、ジアルキルアミノ基、アリールアミノ基、ジアリールアミノ基、アセチルアミノ基、ウレイド基、アルキル基、ニトロ基、シアノ基、ハロゲン、アルキルスルホニル基、及びアルキルチオ基からなる。また、Yは、水酸基又はアミノ基である。)
【0203】
具体的には、本発明で用いる前記一般式(III)の化合物は、上記の各化合物を用い、下記のような手順で合成することができる。すなわち、水中で、上記で得た一般式(VI)の化合物、前記一般式(VIII)の化合物、及びアンモニア(アミノ化剤)を、一般にpH8乃至10及び温度5℃乃至70℃の条件で、1時間乃至20時間反応させることで得られる。この際に使用するアンモニアとしては、例えば、塩化アンモニウム、硫酸アンモニウムなどのアンモニウム塩、尿素、アンモニア水、アンモニアガスなどが挙げられる。そして、これらを用いることで、反応系中に導入することができる。なお、一般式(VIII)の化合物、一般式(VIII)の化合物、及びアミノ化剤の反応は一般に水中で行われる。また、一般式(VI)の化合物の使用量は、一般式(VI)の化合物1モルに対して、理論値の1モル倍以上であることが好ましいが、一般式(VIII)の化合物の反応性や反応条件により異なる。
【0204】
上記で使用する前記一般式(VIII)の化合物は、下記のようにして合成することができる。先ず、前記一般式(VIII)中のXに対応する置換アニリン類0.95モル乃至1.1モル、及び2,4,6−トリクロロ−S−トリアジン(シアヌルクロライド)1モルを、水中で、pH3乃至7、温度5℃乃至40℃の条件で2時間乃至12時間反応させる。これにより、1次縮合物が得られる。式中のYがアミノ基である構造の前記一般式(VIII)の化合物を得る場合は、次に、上記で得た一次縮合物及びアンモニア0.95モル乃至2.0モルを、pH4乃至10及び5℃乃至80℃の条件で、0.5時間乃至12時間反応させる。また、式中のYが水酸基である構造の前記一般式(VIII)の化合物を得る場合は、次に、上記で得た一次縮合物に水酸化ナトリウムなどのアルカリ金属の水酸化物を添加して、pH4乃至10及び温度5℃乃至80℃の条件で0.5時間乃至8時間反応させる。このような手順により、前記一般式(VIII)の化合物を得ることができる。なお、縮合の際のpH調整には、例えば、水酸化ナトリウムや水酸化カリウムなどのアルカリ金属の水酸化物、炭酸ナトリウムや炭酸カリウムなどのアルカリ金属の炭酸塩などを用いることができる。なお、縮合の順序は、各化合物の反応性に応じて適宜に決定することができる。
【0205】
上記したように、本発明で使用する前記一般式(III)の化合物は、前記一般式(VI)の化合物と前記一般式(VIII)の化合物とから、アンモニアの存在下で合成される。このため、理論上、一般式(VI)の化合物のクロロスルホニル基の一部が、反応系内に存在する水により加水分解され、スルホン酸へと変換された化合物が副生成物として生成し、一般式(III)の化合物に混入することが考えられる。しかし、質量分析では、無置換スルファモイル基とスルホン酸基とを識別することは困難である。このため、本発明においては、一般式(VIII)の化合物(有機アミン)と反応したもの以外の一般式(VI)の化合物におけるクロロスルホニル基は、全て無置換スルファモイル基(−SO−NH)に変換されたものとして記載する。
【0206】
前記一般式(III)の化合物を上記の方法で合成した場合、2価の連結基(L)を介して銅ポルフィラジン環(Pz)が2量体(Pz−L−Pz)や3量体(Pz−L−Pz−L−Pz)を形成した不純物が、副生成物として反応生成物中に混在することがある。この場合の2価の連結基(L)としては、−SO−、−SO−NH−SO−などが挙げられる。また、3量体の場合には、これらの2つのLが組み合わされた副生成物が生成することもある。
【0207】
前記一般式(III)の化合物は、酸析又は塩析を行った後、ろ過などにより、上記のような反応系から取り出すことができる。塩析は、酸性〜アルカリ性で行うことができ、さらにはpH1乃至11の範囲で行うことが好ましい。また、塩析は、40℃乃至80℃、さらには50℃乃至70℃に加熱した後、食塩などを加えて行うことが好ましい。
【0208】
上記のような方法で合成される一般式(III)の化合物は、遊離酸型、又はその塩型で得られる。一般式(III)の化合物を遊離酸型にするためには、例えば、酸析を行えばよい。また、一般式(III)の化合物を塩型にするためには、塩析を行えばよく、塩析によって所望の塩が得られない場合は、例えば、遊離酸型にした後、所望の有機又は無機の塩基を添加する通常の塩交換法を利用すればよい。
【0209】
一般式(III)の化合物の好ましい具体例としては、下記表1に示す例示化合物I−1〜I−25が挙げられる。なお、表1には、前記一般式(III)におけるA、B、C、D、E、X、及びYの部分をそれぞれ示した。勿論、本発明は、前記一般式(III)の構造及びその定義に包含されるものであれば、下記の例示化合物に限られるものではない。一般式(III)におけるA、B、C、及びDがピリジン環である場合、先に述べたように窒素原子の位置異性体が存在するため、化合物を合成する際にはこれらの位置異性体の混合物が含まれる。これらの異性体を単離することは困難であり、また、これらの異性体を分析して特定することも困難である。したがって、一般式(III)の化合物は通常、混合物として用いる。しかし、異性体を含む状態であっても、本発明の効果は何ら変わらずに得られるため、ここでは異性体を区別することなく記載する。また、本発明においては、一般式(III)におけるA、B、C及びDのうち、ピリジン環の数が好ましくは1個乃至3個、さらには1個乃至2個であることが、本発明の効果をより効果的に得ることができるため、特に好ましい。具体的には、下記の例示化合物の中でも、例示化合物I−1〜I−3、I−10〜I−12、I−21〜I−23、I−25を用いることが特に好ましい。なお、例示化合物I−25は、一般式(III)におけるMがナトリウムの化合物である。
【0210】
【表1】

【0211】
〔色材の含有量〕
シアンインク中の一般式(III)の化合物の含有量(質量%)は、インク全質量を基準として、0.1質量%以上10.0質量%以下であることが好ましい。
【0212】
(マゼンタインクの色材とその含有量)
本発明のインクセットを構成するインクとしてマゼンタインクを用いる場合、該マゼンタインクは色材として下記一般式(IV)の化合物を含有することが好ましい。かかる構成のマゼンタインクは、上記で説明したブラックインク及び/又はイエローインク、さらに必要に応じてインクセットに加えるシアンインクと共に用いられることにより、優れた耐ブリーディング性を発現することができる。
【0213】
【化64】

【0214】
(一般式(IV)中、Rはそれぞれ独立に、水素原子、アルキル基、ヒドロキシアルキル基、シクロヘキシル基、又はモノ若しくはジアルキルアミノアルキル基であり、Mはそれぞれ独立に、水素原子、アルカリ金属、アンモニウム、又は有機アンモニウムであり、Xは連結基である。)
【0215】
一般式(IV)の化合物を含有するマゼンタインクを用いることで、画像の耐ブリーディング性を向上できる理由について、本発明者らは以下のように推測している。本発明者らの検討の結果、一般式(IV)の化合物についても、一般式(I)の化合物及び一般式(III)の化合物と同様に比較的高い導電率を有していることがわかった。つまり、一般式(I)の化合物や一般式(III)の化合物を用いる場合と同様の理由により、耐ブリーディング性が向上するものと考えられる。
【0216】
また、本発明者らの検討の結果、一般式(IV)の化合物を含有するマゼンタインクは、一般式(I)を含有するイエローインクとの耐ブリーディング性について優れた性能を発現することがわかった。また、一般式(IV)の化合物を含有するマゼンタインクは、一般式(III)の化合物を含有するシアンインクとの耐ブリーディング性についても優れた性能を発現することがわかった。さらには、一般式(IV)の化合物はその堅牢性(耐オゾン性及び耐光性)に優れるため、一般式(I)の化合物を含有するイエローインクとマゼンタインクを共に用いて画像を記録することにより、非常に優れた画像の耐オゾン性及び耐光性を得ることができる。勿論、一般式(III)の化合物を含有するシアンインクとマゼンタインクを共に用いて画像を記録することにより、非常に優れた画像の耐オゾン性及び耐光性を得ることができる。
【0217】
〔一般式(IV)で表される化合物〕
本発明のインクセットを構成するマゼンタインクは色材として下記一般式(IV)の化合物を含有することが好ましい。
【0218】
【化65】

【0219】
(一般式(IV)中、Rはそれぞれ独立に、水素原子、アルキル基、ヒドロキシアルキル基、シクロヘキシル基、又はモノ若しくはジアルキルアミノアルキル基であり、Mはそれぞれ独立に、水素原子、アルカリ金属、アンモニウム、又は有機アンモニウムであり、Xは連結基である。)
【0220】
一般式(IV)におけるRは、それぞれ独立に、水素原子、アルキル基、ヒドロキシアルキル基、シクロヘキシル基、又はモノ若しくはジアルキルアミノアルキル基である。
【0221】
アルキル基は、炭素数1乃至8のアルキル基が挙げられる。具体的には、メチル、エチル、n−プロピル、iso−プロピル、n−ブチル、sec−ブチル、t−ブチル、iso−ブチル、n−ペンチル、n−へキシル、n−へプチル、及びn−オクチルなどが挙げられる。
【0222】
ヒドロキシアルキル基は、炭素数1乃至4のヒドロキシアルキル基が挙げられる。具体的には、ヒドロキシメチル、ヒドロキシエチル、ヒドロキシプロピル、ヒドロキシブチルが挙げられる。ヒドロキシアルキル基におけるアルキルは、直鎖、分岐、及び環状のアルキルが挙げられるが、直鎖アルキルが特に好ましい。また、前記アルキルにおけるヒドロキシの置換位置はいずれの位置でもよいが、末端にヒドロキシが置換した、例えば、2−ヒドロキシエチル、3−ヒドロキシプロピル、及び4−ヒドロキシブチルが特に好ましい。
【0223】
モノアルキルアミノアルキル基は、モノ−炭素数1乃至4アルキルアミノ−炭素数1乃至4アルキル基が挙げられる。具体的には、モノメチルアミノプロピル、及びモノエチルアミノプロピルなどが挙げられる。
【0224】
ジアルキルアミノアルキル基は、ジ−炭素数1乃至4アルキルアミノ−炭素数1乃至4アルキル基が挙げられる。具体的には、ジメチルアミノプロピル、及びジエチルアミノエチルなどが挙げられる。
【0225】
本発明においては、前記一般式(IV)中のRが、水素原子、アルキル基、又はシクロヘキシルであることが好ましく、さらには水素原子又はアルキル基が好ましく、特にはメチル基が好ましい。
【0226】
一般式(IV)におけるXは連結基である。前記連結基は、例えば、以下の連結基1乃至7が挙げられる。連結基1乃至7において、「*」を付した結合手は、各窒素原子の結合手であり、各窒素原子と一般式(IV)中の2つの異なるトリアジン環が直接結合する。下記の連結基の中でも、連結基1を用いることが特に好ましい。
【0227】
【化66】

【0228】
(連結基1中、nは2乃至8、好ましくは2乃至6、さらに好ましくは2であり、*はそれぞれ異なる2つのトリアジン環との結合部位である。)
【0229】
【化67】

【0230】
(連結基2中、Rはそれぞれ独立に、水素原子又はメチル基であり、*はそれぞれ異なる2つのトリアジン環との結合部位である。)
【0231】
【化68】

【0232】
(連結基3中、*はそれぞれ異なる2つのトリアジン環との結合部位である。)
【0233】
【化69】

【0234】
(連結基4中、*はそれぞれ異なる2つのトリアジン環との結合部位である。)
【0235】
【化70】

【0236】
(連結基5中、*はそれぞれ異なる2つのトリアジン環との結合部位である。)
【0237】
【化71】

【0238】
(連結基6中、mは2乃至4であり、*はそれぞれ異なる2つのトリアジン環との結合部位である。)
【0239】
【化72】

【0240】
(連結基7中、*はそれぞれ異なる2つのトリアジン環との結合部位である。)
【0241】
一般式(IV)におけるMは、それぞれ独立に、水素原子、アルカリ金属、アンモニウム、又は有機アンモニウムである。前記アルカリ金属としては、例えば、リチウム、ナトリウム、及びカリウムなどが挙げられる。前記有機アンモニウムとしては、例えば、アセトアミド、ベンズアミド、メチルアミノ、トリメチルアミノ、ブチルアミノ、ジエチルアミノ、フェニルアミノ、及びトリエタノールアミノなどが挙げられる。
【0242】
前記一般式(IV)の化合物の好ましい具体例は、下記の例示化合物50及び51が挙げられる。なお、下記の例示化合物は遊離酸の形で記載する。勿論、本発明においては、前記一般式(IV)の構造及びその定義に包含されるものであれば、下記の例示化合物に限られるものではない。本発明においては、下記の例示化合物の中でも、特に例示化合物50を用いることが好ましい。
【0243】
【化73】

【0244】
【化74】

【0245】
〔色材の含有量〕
マゼンタインク中の一般式(IV)の化合物の含有量(質量%)は、インク全質量を基準として、0.1質量%以上10.0質量%以下であることが好ましい。
【0246】
(色材の検証方法)
本発明で用いる色材がインク中に含まれているか否かの検証には、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を用いた下記(1)〜(3)の検証方法が適用できる。
(1) ピークの保持時間
(2) (1)のピークについての最大吸収波長
(3) (1)のピークについてのマススペクトルのM/Z(posi)、M/Z(nega)
【0247】
高速液体クロマトグラフィーの分析条件は、以下に示す通りである。純水で約1,000倍に希釈した液体(インク)を測定用サンプルとした。そして、下記の条件で高速液体クロマトグラフィーでの分析を行い、ピークの保持時間(retention time)、及び、ピークの極大吸収波長を測定した。
・カラム:SunFire C18(日本ウォーターズ製)2.1mm×150mm
・カラム温度:40℃
・流速:0.2mL/min
・PDA:200nm〜700nm
・移動相及びグラジエント条件:下記表2
【0248】
【表2】

【0249】
また、マススペクトルの分析条件は以下に示す通りである。得られたピークについて、下記の条件でマススペクトルを測定し、最も強く検出されたM/Zをposi、negaそれぞれに対して測定する。
・イオン化法
・ESI
キャピラリ電圧:3.5kV
脱溶媒ガス:300℃
イオン源温度:120℃
・検出器
posi:40V 200〜1500amu/0.9sec
nega:40V 200〜1500amu/0.9sec。
【0250】
上記した方法及び条件下で、それぞれの色材の代表例として、一般式(I)の化合物の具体例である例示化合物5、一般式(II)の化合物の具体例である例示化合物16、一般式(IV)の化合物の具体例である例示化合物50について測定を行った。その結果、得られた保持時間、極大吸収波長、M/Z(posi)、M/Z(nega)の値を表3に示した。未知のインクについて、上記と同様の方法及び条件下で測定を行って、得られた測定値が表3に示す値に該当する場合、本発明で用いる化合物に該当する色材を含有してなるインクであると判断できる。
【0251】
【表3】

【0252】
(水性媒体)
本発明のインクセットを構成する各インクには、水、又は水及び水溶性有機溶剤の混合溶媒である水性媒体を用いることができる。水は、脱イオン水(イオン交換水)を用いることが好ましい。インク中の水の含有量(質量%)は、インク全質量を基準として、10.0質量%以上90.0質量%以下であることが好ましい。
【0253】
水溶性有機溶剤は、水溶性であれば特に制限はなく、アルコール、多価アルコール、ポリグリコール、グリコールエーテル、含窒素極性溶媒、含硫黄極性溶媒などを用いることができる。インク中の水溶性有機溶剤の含有量(質量%)は、インク全質量を基準として、5.0質量%以上90.0質量%以下、さらには10.0質量%以上50.0質量%以下であることが好ましい。水溶性有機溶剤の含有量が上記した範囲より少ないと、インクをインクジェット記録装置に用いる場合に吐出安定性などの信頼性が得られない場合がある。また、水溶性有機溶剤の含有量が上記した範囲より多いと、インクの粘度が上昇して、インクの供給不良が起きる場合がある。
【0254】
水溶性有機溶剤は、具体的には、例えば、以下のものを用いることができる。メチルアルコール、エチルアルコール、nープロピルアルコール、イソプロピルアルコール、n−ブチルアルコール、sec−ブチルアルコール、tert−ブチルアルコールなどの炭素数1乃至4のアルキルアルコール類。ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミドなどのアミド類。アセトン、ジアセトンアルコールなどのケトン又はケトアルコール類。テトラヒドロフラン、ジオキサンなどのエーテル類。ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコールなどのポリアルキレングリコール類。エチレングリコール、プロピレングリコール、ブチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、ヘキシレングリコール、チオジグリコールなどのグリコール類。1,5−ペンタンジオール、1,6−ヘキサンジオール、2−メチルー1,3−プロパンジオール、3−メチルー1,5−ペンタンジオール、1,2,6−ヘキサントリオ−ルなどのアルキレン基が2乃至6個の炭素原子を持つアルキレングリコール類。ビス(2−ヒドロキシエチル)スルホン。ポリエチレングリコールモノメチルエーテルアセテートなどのアルキルエーテルアセテート類。エチレングリコールモノメチル(又はエチル)エーテル、ジエチレングリコールメチル(又はエチル)エーテル、トリエチレングリコールモノメチル(又はエチル)エーテルなどの多価アルコールのアルキルエーテル類。N−メチル−2−ピロリドン、2−ピロリドン、1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノンなど。勿論、本発明はこれらに限られるものではない。これらの水溶性有機溶剤は、必要に応じて1種又は2種以上を用いることができる。
【0255】
(その他の添加剤)
本発明のインクセットを構成する各インクは、上記した成分以外にも必要に応じて、トリメチロールプロパン、トリメチロールエタンなどの多価アルコール類や、エチレン尿素などの尿素誘導体などの、常温で固体の水溶性有機化合物を含有してもよい。さらに、本発明のインクセットを構成する各インクは必要に応じて、界面活性剤、pH調整剤、防錆剤、防腐剤、防黴剤、酸化防止剤、還元防止剤、蒸発促進剤、キレート化剤、及び水溶性ポリマーなど、種々の添加剤を含有してもよい。
【0256】
(塩)
本発明のインクセットを構成するブラックインクは、塩を含有することが好ましい。塩としては、インク中で電解質として作用するものであれば、いずれのものも用いることができる。これにより、記録媒体上でのカーボンブラックの凝集が促進されるため、記録媒体の種類によらずに本発明の効果を得ることができる。
【0257】
ブラックインク中における塩の形態は、その一部が解離した状態、又は完全に解離した状態のいずれの形態であってもよい。本発明においては、これらの状態のことをいずれも、インクが「塩」を含有する、と表現する。ブラックインクに用いることができる塩は、下記の陽イオンと、陽イオンに結合する陰イオンとで構成される塩のことであり、塩の少なくとも一部が水に可溶であることが好ましい。
【0258】
塩を形成するための陽イオンとしては、1〜3価の金属イオン、アンモニウムイオン、及び有機アンモニウムイオンなどが挙げられる。金属イオンとしては、Li、Na、Kなどの1価の金属イオン、Ca2+、Sr2+、Ba2+、Cu2+、Ni2+、Mg2+、Zn2+などの2価の金属イオン、Al3+、Fe3+、Cr3+、Y3+などの3価の金属イオンが挙げられる。また、有機アンモニウムイオンとしては、例えば、アセトアミド、ベンズアミド、メチルアミノ、エチルアミノ、ブチルアミノ、ジメチルアミノ、ジエチルアミノ、ジブチルアミノ、トリエタノールアミノ、及びフェニルアミノなどが挙げられる。勿論、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0259】
また、前記陽イオンに結合する陰イオンとしては、具体的には、例えば、以下のようなものが挙げられる。Cl、Br、I、ClO、ClO、ClO、ClO、NO、NO、SO2−、CO2−、HCOO、CHCOO、C(COO、CCOO、C(COOなど。勿論、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0260】
本発明においては、記録した画像の耐水性を向上することができるため、陽イオンとしてアンモニウムイオンを発生し得る塩を用いることが特に好ましい。特に、NHNO、C(COONH、C(COONH、(NHSOなどは画像を記録した後の比較的短い時間で優れた耐水性が発現するため、特に好ましい。
【0261】
ブラックインク中の塩の含有量は、本発明の効果が十分得られる範囲で含有されていれば良い。具体的には、ブラックインク中の塩の含有量(質量%)が、インク全質量を基準として、0.05質量%以上10.0質量%以下であることが好ましい。含有量が0.05質量%未満であると塩を使用することによる効果が得られない場合があり、含有量が10.0質量%を越えるとインクの保存安定性などが得られない場合がある。
【0262】
<記録媒体>
本発明のインクセットを構成する各インクを用いて画像を形成する際に用いる記録媒体は、インクを付与して記録を行う記録媒体であればいずれのものでも用いることができる。本発明においては、染料や顔料などの色材をインク受容層の多孔質構造を形成する微粒子に吸着させる、インクジェット用の記録媒体を用いることが好ましい。特には、支持体上のインク受容層に形成された空隙によりインクを吸収する、所謂、隙間吸収タイプのインク受容層を有する記録媒体を用いることが好ましい。隙間吸収タイプのインク受容層は、微粒子を主体として構成されるものであり、さらに必要に応じて、バインダーやその他の添加剤を含有してもよい。
【0263】
微粒子は、具体的には、以下のものを用いることができる。シリカ、クレー、タルク、炭酸カルシウム、カオリン、アルミナ又はアルミナ水和物などの酸化アルミニウム、珪藻土、酸化チタン、ハイドロタルサイト、又は酸化亜鉛などの無機顔料。尿素ホルマリン樹脂、エチレン樹脂、スチレン樹脂などの有機顔料。これらの微粒子は、必要に応じて1種又は2種以上を用いることができる。
【0264】
バインダーは、水溶性高分子やラテックスなどが挙げられ、具体的には、以下のものを用いることができる。ポリビニルアルコール、澱粉、ゼラチン、又はこれらの変性体。アラビアゴム。カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、又はヒドロキシプロオイルメチルセルロースなどのセルロース誘導体。SBRラテックス、NBRラテックス、メチルメタクリレート−ブタジエン共重合体ラテックス、官能基変性重合体ラテックス、又はエチレン酢酸ビニル共重合体などのビニル系共重合体ラテックス。ポリビニルピロリドン。無水マレイン酸若しくはその共重合体、又はアクリル酸エステル共重合体など。これらのバインダーは、必要に応じて1種又は2種以上を用いることができる。
【0265】
その他に、必要に応じて添加剤を用いることができる。例えば、分散剤、増粘剤、pH調整剤、潤滑剤、流動性変性剤、界面活性剤、消泡剤、離型剤、蛍光増白剤、紫外線吸収剤、酸化防止剤、染料定着剤などを用いることができる。
【0266】
特に、本発明においては、平均粒子径が1μm以下である微粒子を主体として、インク受容層を形成した記録媒体を用いることが好ましい。前記微粒子の具体例は、シリカ微粒子や酸化アルミニウム微粒子などが挙げられる。シリカ微粒子として好ましいものは、コロイダルシリカに代表されるシリカ微粒子である。コロイダルシリカは市販品を用いることもできるが、特には、例えば、特許第2803134号公報、同2881847号公報に記載のコロイダルシリカを用いることが好ましい。また、酸化アルミニウム微粒子として好ましいものは、アルミナ水和物微粒子(アルミナ系顔料)を挙げることができる。
【0267】
前記アルミナ系顔料の中でも、下記式で表される擬ベーマイトなどのアルミナ水和物を特に好適なものとして挙げることができる。
AlO3−n(OH)2n・mH
(式中、nは1乃至3の整数であり、mは0乃至10、好ましくは0乃至5である。ただし、mとnは同時には0とならない。)
mHOは、多くの場合、mHO結晶格子の形成に関与しない脱離可能な水相をも表すものである。このため、mは整数又は整数でない値を取ることができる。また、この種のアルミナ水和物を加熱すると、mは0に達することがあり得る。
【0268】
アルミナ水和物は、下記のような公知の方法で製造することができる。例えば、米国特許第4,242,271号明細書、米国特許第4,202,870号明細書に記載のアルミニウムアルコキシドの加水分解やアルミン酸ナトリウムの加水分解で製造することができる。また、特公昭57−44605号公報に記載のアルミン酸ナトリウムなどの水溶液に、硫酸ナトリウムや塩化アルミニウムなどの水溶液を加えて中和を行う方法で製造することができる。
【0269】
記録媒体は上記したインク受容層を支持するための支持体を有することが好ましい。支持体は、インク受容層が、上記多孔質の微粒子で形成することが可能であって、かつインクジェット記録装置などの搬送機構によって搬送可能な剛度を与えるものであれば、特に制限はなく、いずれのものも用いることができる。例えば、天然セルロース繊維を主体としたパルプ原料で構成される紙支持体を用いることができる。また、ポリエステル(例えば、ポリエチレンテレフタラート)、セルローストリアセテート、ポリカーボネート、ポリ塩化ビニル、ポリプロピレン、ポリイミドなどの材料で構成されるプラスチック支持体を用いることができる。さらに、基紙の少なくとも一方の面に白色顔料などを添加したポリオレフィン樹脂被覆層を有する樹脂被覆紙(例:RCペーパー)を用いることができる。
【0270】
<インクジェット記録方法>
本発明のインクセットを構成する各インクは、インクをインクジェット方式で吐出して記録媒体に記録を行う本発明のインクジェット記録方法に用いることが特に好ましい。インクジェット記録方法は、インクに力学的エネルギーを作用することによりインクを吐出する記録方法や、インクに熱エネルギーを作用することによりインクを吐出する記録方法などがある。特に、本発明においては、熱エネルギーを利用するインクジェット記録方法を好ましく用いることができる。
【0271】
<インクカートリッジ>
本発明のインクセットを構成する各インクを用いて記録を行うのに好適なインクカートリッジとしては、これらのインクをそれぞれ収容するインク収容部を備えた本発明のインクカートリッジが挙げられる。
【0272】
<記録ユニット>
本発明のインクセットを構成する各インクを用いて記録を行うのに好適な記録ユニットとしては、これらのインクを収容するインク収容部と、これらのインクを吐出するための記録ヘッドとを備えた本発明の記録ユニットが挙げられる。特に、前記記録ヘッドが、記録信号に対応した熱エネルギーをインクに作用することによりインクを吐出する記録ユニットを好ましく用いることができる。特に、本発明においては、金属及び/又は金属酸化物を含有する発熱部接液面を有する記録ヘッドを用いることが好ましい。前記発熱部接液面を構成する金属及び/又は金属酸化物は、具体的には、例えば、Ta、Zr、Ti、Ni、若しくはAlなどの金属、又はこれらの金属の酸化物などが挙げられる。
【0273】
<インクジェット記録装置>
本発明のインクセットを構成する各インクを用いて記録を行うのに好適なインクジェット記録装置としては、かかるインクを収容するインク収容部と、インクを吐出するための記録ヘッドとを備えた本発明のインクジェット記録装置が挙げられる。特に、前記インクを収容するインク収容部を有する記録ヘッドの内部のインクに、記録信号に対応した熱エネルギーを作用することによりインクを吐出するインクジェット記録装置が挙げられる。
【0274】
以下に、インクジェット記録装置の機構部の概略構成を説明する。インクジェット記録装置は、各機構の役割から、給紙部、搬送部、キャリッジ部、排紙部、クリーニング部、及びこれらを保護し、意匠性を持たせる外装部などで構成される。
【0275】
図1は、インクジェット記録装置の斜視図である。また、図2及び図3は、インクジェット記録装置の内部機構を説明する図であり、図2は右上部からの斜視図、図3はインクジェット記録装置の側断面図をそれぞれ示す。
【0276】
給紙を行う際には、給紙トレイM2060を含む給紙部において、記録媒体の所定枚数のみが給紙ローラM2080と分離ローラM2041から構成されるニップ部に送られる。記録媒体はニップ部で分離され、最上位の記録媒体のみが搬送される。搬送部に搬送された記録媒体は、ピンチローラホルダM3000及びペーパーガイドフラッパーM3030に案内されて、搬送ローラM3060とピンチローラM3070とのローラ対に搬送される。搬送ローラM3060とピンチローラM3070とのローラ対は、LFモータE0002の駆動により回転し、この回転により記録媒体がプラテンM3040上を搬送される。
【0277】
記録媒体に画像を形成する際には、キャリッジ部は、記録ヘッドH1001(図4;詳細な構成は後述する)を目的の画像を形成する位置に配置して、電気基板E0014からの信号にしたがって記録媒体にインクを吐出する。記録ヘッドH1001により記録を行いながらキャリッジM4000が列方向に走査する主走査と、搬送ローラM3060により記録媒体を行方向に搬送する副走査とを交互に繰り返すことにより、記録媒体に画像を形成する。画像が形成された記録媒体は、排紙部において、第1の排紙ローラM3110と拍車M3120とのニップに挟まれた状態で搬送されて、排紙トレイM3160に排出される。
【0278】
なお、クリーニング部は、非記録時の記録ヘッドH1001をクリーニングする。キャップM5010で記録ヘッドH1001の吐出口をキャッピングした状態で、ポンプM5000を作動すると、記録ヘッドH1001の吐出口から不要なインクなどが吸引されるようになっている。また、キャップM5010を開いた状態で、キャップM5010の内部に残っているインクなどを吸引することによっても、ノズルに混入したインクによる固着やその他の弊害が起こらないようになっている。さらに、記録ヘッドH1001の吐出口を有する面を弾性部材で構成されたワイパー(不図示)でワイピングすることによっても、ノズルへのインクの混入や、混入したインクによる固着やその他の弊害が起こらないようになっている。
【0279】
(記録ヘッドの構成)
ヘッドカートリッジH1000の構成について説明する。図4は、ヘッドカートリッジH1000の構造を示した図であり、また、ヘッドカートリッジH1000に、インクカートリッジH1900を装着する様子を示した図である。ヘッドカートリッジH1000は、記録ヘッドH1001と、インクカートリッジH1900を搭載する手段、及びインクカートリッジH1900から記録ヘッドにインクを供給する手段を有しており、キャリッジM4000に対して着脱可能に搭載される。
【0280】
インクジェット記録装置は、イエロー、マゼンタ、シアン、ブラック、淡マゼンタ、淡シアン、及びグレーの各インクで画像を形成する。したがって、インクカートリッジH1900も7色分が独立に用意されている。なお、上記において、少なくともひとつのインクに、本発明のインクセットを構成するインクを用いる。そして、図4に示すように、それぞれのインクカートリッジH1900が、ヘッドカートリッジH1000に対して着脱可能となっている。なお、インクカートリッジH1900の着脱は、キャリッジM4000にヘッドカートリッジH1000を搭載した状態でも行うことができる。
【0281】
図5は、ヘッドカートリッジH1000の分解斜視図である。ヘッドカートリッジH1000は、記録素子基板、プレート、電気配線基板H1300、カートリッジホルダーH1500、流路形成部材H1600、フィルターH1700、シールゴムH1800などで構成される。記録素子基板は第1の記録素子基板H1100及び第2の記録素子基板H1101で構成され、プレートは第1のプレートH1200及び第2のプレートH1400で構成される。
【0282】
第1の記録素子基板H1100及び第2の記録素子基板H1101はSi基板であり、その片面にインクを吐出するための複数の記録素子(ノズル)がフォトリソグラフィ技術により形成されている。各記録素子に電力を供給するAlなどの電気配線は成膜技術により形成されており、個々の記録素子に対応した複数のインク流路はフォトリソグラフィ技術により形成されている。さらに、複数のインク流路にインクを供給するためのインク供給口が裏面に開口するように形成されている。
【0283】
図6は、第1の記録素子基板H1100及び第2の記録素子基板H1101の構成を説明する正面拡大図である。H2000〜H2600は、それぞれ異なるインク色に対応する記録素子の列(以下、ノズル列ともいう)である。第1の記録素子基板H1100には、イエローインクのノズル列H2000、マゼンタインクのノズル列H2100、及びシアンインクのノズル列H2200の3色分のノズル列が形成されている。第2の記録素子基板H1101には、淡シアンインクのノズル列H2300、ブラックインクのノズル列H2400、グレーインクのノズル列H2500、及び淡マゼンタインクのノズル列H2600の4色分のノズル列が形成されている。勿論、インクの種類やノズル列の配列はこれらに限られるものではない。
【0284】
以下、図4及び図5を参照して説明する。第1の記録素子基板H1100及び第2の記録素子基板H1101は第1のプレートH1200に接着固定されている。ここには、第1の記録素子基板H1100及び第2の記録素子基板H1101にインクを供給するためのインク供給口H1201が形成されている。さらに、第1のプレートH1200には、開口部を有する第2のプレートH1400が接着固定されている。この第2のプレートH1400は、電気配線基板H1300と第1の記録素子基板H1100及び第2の記録素子基板H1101とが電気的に接続されるように、電気配線基板H1300を保持する。
【0285】
電気配線基板H1300は、第1の記録素子基板H1100及び第2の記録素子基板H1101に形成されている各ノズルからインクを吐出するための電気信号を印加する。この電気配線基板H1300は、第1の記録素子基板H1100及び第2の記録素子基板H1101に対応する電気配線と、この電気配線端部に位置し、インクジェット記録装置からの電気信号を受け取るための外部信号入力端子H1301とを有する。外部信号入力端子H1301は、カートリッジホルダーH1500の背面側に位置決め固定されている。
【0286】
インクカートリッジH1900を保持するカートリッジホルダーH1500には、流路形成部材H1600が、例えば、超音波溶着により固定され、インクカートリッジH1900から第1のプレートH1200に通じるインク流路H1501を形成する。インクカートリッジH1900と係合するインク流路H1501のインクカートリッジ側端部には、フィルターH1700が設けられており、外部からの塵埃の侵入を防止し得るようになっている。また、インクカートリッジH1900との係合部にはシールゴムH1800が装着され、係合部からのインクの蒸発を防止し得るようになっている。
【0287】
さらに、上記したように、カートリッジホルダー部と記録ヘッド部H1001とを接着などで結合することで、ヘッドカートリッジH1000が構成される。なお、カートリッジホルダー部は、カートリッジホルダーH1500、流路形成部材H1600、フィルターH1700、及びシールゴムH1800から構成される。また、記録ヘッド部H1001は、第1の記録素子基板H1100及び第2の記録素子基板H1101、第1のプレートH1200、電気配線基板H1300及び第2のプレートH1400から構成される。
【0288】
なお、ここでは記録ヘッドの一形態として、電気信号に応じた膜沸騰をインクに生じさせるための熱エネルギーを生成する電気熱変換体(記録素子)を用いて記録を行うサーマルインクジェット方式の記録ヘッドについて述べた。この代表的な構成や原理については、例えば、米国特許第4,723,129号明細書、同第4,740,796号明細書に開示されている基本的な原理を用いて行うものが好ましい。この方式は、所謂、オンデマンド型、コンティニュアス型のいずれにも適用することができる。
【0289】
サーマルインクジェット方式は、オンデマンド型に適用することが特に有効である。オンデマンド型の場合には、インクを保持する液流路に対応して配置されている電気熱変換体に、記録情報に対応していて核沸騰を超える急速な温度上昇を与える少なくとも一つの駆動信号を印加する。このことによって、電気熱変換体に熱エネルギーを発生せしめ、インクに膜沸騰を生じさせて、結果的にこの駆動信号に一対一で対応したインク内の気泡を形成できる。この気泡の成長及び収縮により吐出口を介してインクを吐出することで、少なくともひとつの滴を形成する。駆動信号をパルス形状とすると、即時、適切に気泡の成長及び収縮が行われるので、特に応答性に優れたインクの吐出が達成でき、より好ましい。
【0290】
また、本発明のインクセットを構成するインクは、前記のサーマルインクジェット方式に限らず、下記に述べるような、力学的エネルギーを利用したインクジェット記録装置においても好ましく用いることができる。かかる形態のインクジェット記録装置は、複数のノズルを有するノズル形成基板と、ノズルに対向して配置される圧電材料と導電材料からなる圧力発生素子と、この圧力発生素子の周囲を満たすインクを備えてなる。そして、印加電圧により圧力発生素子を変位させ、インクをノズルから吐出する。
【0291】
インクジェット記録装置は、上記したように、記録ヘッドとインクカートリッジとが別体となったものに限らず、それらが分離不能に一体になったものを用いてもよい。さらに、インクカートリッジは、記録ヘッドに対して分離可能又は分離不能に一体化されてキャリッジに搭載されるもの、また、インクジェット記録装置の固定部位に設けられて、チューブなどのインク供給部材を介して記録ヘッドにインクを供給するものでもよい。また、記録ヘッドに対して、好ましい負圧を作用させるための構成をインクカートリッジに設ける場合には、以下の構成とすることができる。すなわち、インクカートリッジのインク収容部に吸収体を配置した形態、又は可撓性のインク収容袋とこれに対してその内容積を拡張する方向の付勢力を作用するばね部とを有した形態などとすることができる。また、インクジェット記録装置は、上記したようなシリアル型の記録方式を採るもののほか、記録媒体の全幅に対応した範囲にわたって記録素子を整列させてなるラインプリンタの形態をとるものであってもよい。
【実施例】
【0292】
以下、実施例及び比較例を用いて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は、その要旨を超えない限り、下記の実施例によって何ら限定されるものではない。なお、特に指定のない限り、「%」や「部」とあるものは質量基準である。
【0293】
<顔料分散液の調製>
[顔料分散液Aの調製]
5.5gの水に5gの濃塩酸を溶かした溶液に、5℃に冷却した状態でp−アミノ安息香酸1.55gを加えた。次に、この溶液が入った容器をアイスバスに入れて液を撹拌することにより溶液を常に10℃以下に保った状態とし、これに5℃の水9gに亜硝酸ナトリウム1.8gを溶かした溶液を加えた。この溶液をさらに15分間撹拌後、比表面積が220m/gでDBP吸油量が105mL/100gであるカーボンブラック6gを撹拌下で加えた。その後、さらに15分間撹拌した。得られたスラリーをろ紙(商品名:標準用濾紙No.2;アドバンテック製)でろ過した後、粒子を充分に水洗し、110℃のオーブンで乾燥させ、自己分散型カーボンブラックを調製した。さらに、上記で得られた自己分散型カーボンブラックに水を加えて顔料濃度が10質量%となるように分散させ、分散液を調製した。上記の方法により、カーボンブラック粒子表面に−C−COONa基が導入されてなる自己分散型カーボンブラックA(顔料A)が水中に分散された状態の顔料分散液Aを得た。上記で調製した自己分散型カーボンブラックAのイオン性基密度を測定したところ、2.6μmol/mであった。この際に用いたイオン性基密度の測定方法は、上記で調製した顔料分散液中のナトリウムイオン濃度をイオンメーター(東亜DKK製)を用いて測定し、その値から自己分散型カーボンブラックのイオン性基密度に換算した。
【0294】
[顔料分散液Bの調製]
5.5gの水に5gの濃塩酸を溶かした溶液に、5℃に冷却した状態で4−アミノ−1,2−ベンゼンジカルボン酸1.5gを加えた。次に、この溶液の入った容器をアイスバスに入れて液を撹拌することにより溶液を常に10℃以下に保った状態にし、これに5℃の水9gに亜硝酸ナトリウム1.8gを溶かした溶液を加えた。この溶液をさらに15分間撹拌後、比表面積が220m/gでDBP吸油量が105mL/100gであるカーボンブラック6gを撹拌下で加えた。その後、さらに15分間撹拌した。得られたスラリーをろ紙(商品名:標準用濾紙No.2;アドバンテック製)でろ過した後、粒子を充分に水洗し、110℃のオーブンで乾燥させ、自己分散型カーボンブラックを調製した。さらに、上記で得られた自己分散型カーボンブラックに水を加えて顔料濃度が10質量%となるように分散させ、分散液を調製した。上記の方法により、カーボンブラック粒子表面に−C−(COONa)基が導入されてなる自己分散型カーボンブラックB(顔料B)が水中に分散された状態の顔料分散液Bを得た。上記で調製した自己分散型カーボンブラックBのイオン性基密度を、自己分散型カーボンブラックAと同様の方法で測定したところ、3.1μmol/mであった。
【0295】
[顔料分散液Cの調製]
比表面積220m/g、DBP吸油量112mL/100gのカーボンブラック500g、アミノフェニル(2−スルホエチル)スルホン45g、蒸留水900gを反応器に入れ、温度55℃、回転数300RPMで20分間撹拌した。これに、25%の亜硝酸ナトリウム40gを15分間かけて滴下し、さらに蒸留水50gを加えた。その後さらに、60℃で2時間反応させた。得られた反応物を蒸留水で希釈しながら取り出し、固形分濃度が15%となるように調整した。さらに、遠心分離処理及び精製処理を行い、不純物を除去して、分散液(1)を得た。分散液(1)中のカーボンブラックは、カーボンブラック粒子の表面にアミノフェニル(2−スルホエチル)スルホンが結合した状態であった。
【0296】
ここで、分散液(1)に含まれるカーボンブラック粒子について、カーボンブラックに結合したアミノフェニル(2−スルホエチル)スルホンのモル数を以下のようにして求めた。先ず、分散液(1)中のナトリウムイオン濃度を、アンモニウムイオン電極を接続したイオンメーター(Orion290A+;サーモエレクトロン製)で測定した。得られた値をカーボンブラックの仕込み量(質量基準)当りに換算して、カーボンブラックに結合したアミノフェニル(2−スルホエチル)スルホンのモル数を求めた。
【0297】
次に、分散液(1)を、強力に撹拌し、室温に保っている状態のペンタエチレンヘキサミン溶液中に1時間かけて滴下した。このとき、ペンタエチレンヘキサミンの濃度は、先に測定したナトリウムイオンのモル数の1乃至10倍とし、ペンタエチレンヘキサミン溶液の量は分散液(1)と同量とした。この混合物をさらに18乃至48時間撹拌した後、精製処理を行うことにより不純物を除去して、固形分濃度が10%の分散液(2)を得た。分散液(2)中のカーボンブラックは、カーボンブラック粒子の表面にペンタエチレンヘキサミンが結合した状態であった。
【0298】
スチレン−アクリル酸樹脂を以下のようにして調製した。先ず、重量平均分子量8,000、酸価140mgKOH/g、多分散度Mw/Mn(Mw:重量平均分子量、Mn:数平均分子量)が1.5であるスチレン−アクリル酸樹脂190gを秤量した。これに1,800gの蒸留水を加え、樹脂を中和するのに必要な量の水酸化ナトリウムを加えて撹拌することにより樹脂を溶解して、スチレン−アクリル酸樹脂を含む水溶液を調製した。
【0299】
次に、上記で得られたスチレン−アクリル酸樹脂を含む水溶液中に、先に調製した分散液(2)500gを撹拌下で滴下した。この混合物を蒸発皿に移し、150℃で15時間加熱して、液体成分を蒸発させた後、得られた乾燥物を室温に冷却した。次いで、水酸化ナトリウムを用いてpHを9.0に調整した蒸留水中に、上記で得られた乾燥物を加えたものを、分散機を用いて分散し、さらに、撹拌下で1.0規定の水酸化ナトリウム水溶液を添加して、液体のpHを10乃至11に調整した。その後、脱塩処理及び精製処理を行って不純物や粗大粒子を除去した。上記の方法により、ポリマー結合型自己分散型カーボンブラック(顔料C)が水中に分散された状態の顔料分散液Cを得た。上記で調製した顔料分散液Cの固形分(顔料)濃度は10質量%、pHは10.1であり、顔料の平均粒子径は130nmであった。
【0300】
[顔料分散液Dの調製]
カーボンブラック10部、樹脂20部、水70部を混合した。なお、前記カーボンブラックとしては、比表面積210m/g、DBP吸油量74mL/100gであるものを用いた。また、前記樹脂としては、酸価200mgKOH/g、重量平均分子量10,000のスチレン−アクリル酸共重合体を、10質量%水酸化ナトリウム水溶液で中和したものを用いた。この混合物を、サンドグラインダーを用いて1時間分散した後、遠心分離処理を行って粗大粒子を除去し、ポアサイズ3.0μmのミクロフィルター(富士フイルム製)にて加圧ろ過を行った。上記の方法により、樹脂分散型カーボンブラック(顔料D)が水中に分散された状態の顔料分散液Dを得た。上記で調製した顔料分散液Dの固形分(顔料)濃度は10質量%、pHは10.0であり、顔料の平均粒子径は120nmであった。
【0301】
<色材:染料の合成>
(例示化合物5の合成と物性値の測定)
以下に示す合成フロー及び手順(1)〜(5)にしたがって、例示化合物5(カリウム塩)を合成した。
【0302】
【化75】

【0303】
(1)化合物bの合成
炭酸水素ナトリウム25.5g及びイオン交換水150mLを混合して40℃に加温し、これに塩化シアヌル(東京化成製;化合物a)25.0gを10分ごとに5等分して添加し、1時間撹拌して溶液を調製した。得られた溶液を、ヒドラジン一水和物52.8mL及びイオン交換水47mLの混液(8℃)中に、内温が10℃を超えないようにして滴下した。その後、内温を50℃に昇温して、30分撹拌した。析出した結晶をろ過して、23.4gの化合物b(ヒドラジン誘導体、融点>300℃)を得た。収率は94.7%であった。
【0304】
(2)化合物cの合成
上記で得られた化合物b(ヒドラジン誘導体)35.0gをエチレングリコール420mLに懸濁し、内温を50℃にして撹拌した。これに、濃塩酸59mLを添加し、次にピバロイルアセトニトリル(東京化成製)60.1gを添加し、温度50℃で10時間撹拌した。これに、濃塩酸95mL、メタノール145mLを添加して、さらに8時間撹拌した。室温になるまで冷却した後、析出した結晶をろ別し、81.6gの化合物c(5−アミノピラゾール誘導体、融点=233〜235℃)を得た。収率は94.2%であった。
【0305】
(3)化合物eの合成
化合物d(東京化成製)90.57gを、水500mLに懸濁して、これに、130mLの濃塩酸を添加し、添加後の内温が5℃以下になるまで冷却した。次に、亜硝酸ナトリウム36.23gを含む70mLの水溶液を内温4〜6℃の範囲で滴下し、さらに内温を5℃以下として30分撹拌した。次に、159gの亜硫酸ナトリウム及び636mLの水を、内温を20℃以下に保ちながら添加し、さらに内温を25℃として250mLの濃塩酸を添加し、続いて内温を90℃として1時間撹拌した。その後、内温を室温まで冷却した後、ろ過を行い、200mLの水で洗浄した後、風乾して、80.0gの化合物eを得た。
【0306】
(4)化合物fの合成
上記で得た23.3gの化合物eを、209mLのエタノールに懸濁して、これに、トリエチルアミン28mLを室温で滴下した。その後、これに、12.2gのエトキシメチレンマロノニトリル(ALDRICH製)を数回に分けて添加した。さらに、3時間還流を行った後、室温まで冷却して、ろ過を行い、400mLのイソプロピルアルコールで洗浄した後、乾燥して、23.57gの化合物fを得た。
【0307】
(5)例示化合物5の合成
内温を4℃以下として硫酸32.4mLに酢酸145.56mLを添加し、内温を7℃以下として撹拌下で40質量%のニトロシル硫酸15.9mL(ALDRICH製)を滴下した。これに、上記で得た32.4gの化合物fを数回に分けて添加し、内温を10℃として60分撹拌した。その後、尿素1.83gを添加した18.8gの化合物cを470mLのメタノールに懸濁した溶液中に、内温を0℃未満として化合物fのジアゾニウム塩を滴下して、内温を0℃未満として30分撹拌した。その後、反応液の内温を室温まで昇温した後、ろ過を行い、メタノールで洗浄し、さらに水で洗浄して、粗結晶を得た。得られた粗結晶をメタノール400mLに懸濁して、還流下で60分撹拌した後、室温まで冷却して、ろ過を行い、メタノール、水、メタノールの順序でそれぞれ洗浄した後、75℃で一晩乾燥して、例示化合物5の遊離酸型結晶34.4gを得た。得られた結晶を水に溶解して10質量%の水溶液(25℃:pH≒8.3:KOH水溶液で調整)とした後、内温50℃でイソプロパノールを添加して晶析した後、冷却して、ろ過を行い、さらにイソプロパノールで洗浄して、乾燥した。このようにして、35.0gの例示化合物5(カリウム塩)を得た。
【0308】
(6)例示化合物5の物性値の測定
上記で得られた例示化合物5について、水中でのλmax値を測定したところ、λmax=436.4nmであった。なお、吸光度は以下の条件で測定した。
・分光光度計:自記分光光度計(商品名:U−3300;日立製作所製)
・測定セル:1cm 石英セル
・サンプリング間隔:0.1nm
・スキャン速度:30nm/min
【0309】
(例示化合物16の合成と物性値の測定)
以下に示す手順(1)〜(3)にしたがって、例示化合物16を合成した。
【0310】
(1)式(a)の化合物の合成
3−アミノベンゼンスルホン酸17.3部を、水酸化ナトリウムでpH6に調整しながら水200部に溶解し、次いで亜硝酸ナトリウム7.2部を添加した。この溶液を温度0〜10℃として、5%塩酸300部中に30分間かけて滴下した後、10℃以下で1時間撹拌して、ジアゾ化反応を行い、ジアゾニウム塩を調製した。
【0311】
また、2−メトキシアニリン12.3部を、水酸化ナトリウムでpH5に調整しながら水130部に溶解し、10.4部の重亜硫酸ナトリウム及び8.6部の35%ホルマリンを用いて、常法によりメチル−ω−スルホン酸誘導体を得た。得られたメチル−ω−スルホン酸誘導体を、先に調製したジアゾニウム塩中に加え、温度0〜15℃、pH2〜4として、5時間撹拌した。得られた反応液を水酸化ナトリウムでpH11に調整した後、pHを11に維持しながら、温度80〜95℃として5時間撹拌した。これに、塩化ナトリウム100部を加えて塩析を行い、析出した固体を濾取することで、下記式(a)の化合物100部をウェットケーキとして得た。
【0312】
【化76】

【0313】
(2)式(b)の化合物の合成
3−アミノベンゼンスルホン酸17.3部を水酸化ナトリウムでpH6に調整しながら水200部に溶解し、次いで亜硝酸ナトリウム7.2部を添加した。この溶液を温度0〜10℃として、5%塩酸300部中に30分間かけて滴下した後、10℃以下で1時間撹拌して、ジアゾ化反応を行い、ジアゾニウム塩を調製した。
【0314】
また、2−スルホプロポキシアニリン23.1部を、水酸化ナトリウムでpH5に調整しながら水130部に溶解し、10.4部の重亜硫酸ナトリウム及び8.6部の35%ホルマリンを用いて、常法によりメチル−ω−スルホン酸誘導体を得た。得られたメチル−ω−スルホン酸誘導体を、先に調製したジアゾニウム塩中に添加し、温度0〜15℃、pH2〜4として5時間撹拌した。得られた反応液を水酸化ナトリウムでpH11に調整した後、pHを11に維持しながら、温度80〜95℃として5時間撹拌した。これに、塩化ナトリウム100部を加えて塩析を行い、析出した固体を濾取することで、下記式(b)の化合物130部をウェットケーキとして得た。
【0315】
【化77】

【0316】
(3)例示化合物16の合成と物性値の測定
次に、250部の氷水中にレオコールTD90(商品名;ライオン製、界面活性剤)0.10部を加えて激しく撹拌し、これに塩化シアヌル8.0部を添加して、温度0〜5℃で30分間撹拌し、懸濁液を得た。上記で得られた式(a)の化合物100部のウェットケーキを水200部に溶解し、これに、上記で得られた懸濁液を30分間かけて滴下した。その後、温度0〜10℃、pH5〜6として6時間撹拌して、溶液を得た。さらに、上記で得られた式(b)の化合物130部のウェットケーキを水300部に溶解し、前記の溶液に30分間かけて滴下した。その後、温度25〜35℃、pH6〜7として6時間撹拌し、さらにタウリン18.8部を加え、温度75〜80℃、pH7〜9として3時間撹拌して、反応液を得た。得られた反応液を温度20〜25℃まで冷却した後、この反応液にアセトン800部を加え、温度20〜25℃で1時間撹拌して、固体を析出させた。析出した固体を濾取することで、ウェットケーキ95.0部を得た。このウェットケーキを温度80℃の熱風乾燥機で乾燥することで、例示化合物16(水溶性アゾ化合物)30.0部を得た。上記で得られた例示化合物16の水中でのλmax値は、λmax=391nmであった。なお、吸光度の測定条件は、例示化合物5の場合と同様である。
【0317】
[化合物A及び化合物Bの合成と物性値の測定]
以下に記載する色材の合成で得られた一般式(III)の化合物は、全て混合物であり、特に断りのない限り、以下の異性体などの混合物のことを「化合物」として記載する。すなわち、化合物とは、化合物の位置異性体、含窒素複素芳香環の窒素原子の位置異性体、一般式(III)のA、B、C、及びDのベンゾ環/含窒素複素芳香環の比率の異性体、並びにベンゾ環の置換又は無置換のスルファモイル基のα/β位置異性体などを含む。先に述べたように、これらの異性体の混合物から特定の化合物を単離して、構造を決定することは極めて困難であるため、便宜上、考えられる異性体の中の一例を代表例として挙げ、その構造式を記載した。一般式(III)の化合物を合成する際に得られた化合物について、質量分析、ICP発光分光法、及び吸光度測定による分析を行って、各化合物の合成を確認した。
【0318】
(質量分析)
各化合物について、DI−MS(ダイレクトマス)測定を行った。DI−MSの分析条件は以下に示す通りである。
・EI法
・質量分析装置:SSQ−7000
・イオン源温度:230℃
・真空度:約8mT。
【0319】
(ICP発光分光法)
銅を含有する各化合物について、ICP発光分光法により銅の含有量を分析した。具体的には、下記のようにして分析を行った。分析試料約0.1gを精秤して、これを純水で溶解した後、100mLのメスフラスコに定容した。この液体から1mLをホールピペットを用いて50mLのメスフラスコに計り取り、内部標準物質としてY(イットリウム)を一定量加え、純水を用いて50mLに定容した後、ICP発光分光法により銅の含有量を定量した。なお、この際に用いた装置はICP発光分光装置SPS3100(SIIナノテクノロジー製)である。
【0320】
(吸光度測定)
各化合物について、吸光度測定を行った。吸光度の測定条件を以下に示す。
・分光光度計:自記分光光度計(商品名:U−3300;日立製作所製)
・測定セル:1cm 石英セル
・サンプリング間隔:0.1nm
・スキャン速度:30nm/min
・測定回数:5回測定平均。
【0321】
(化合物Aの合成)
以下に示す手順(1)〜(4)にしたがって、化合物Aを合成した。
【0322】
(1)化合物(1)の合成
【0323】
【化78】

【0324】
氷水2,000部に、ロータットOH104−K(ライオン製)7.2部、及び塩化シアヌル239.9部を添加して、30分間撹拌した。これに、アニリン−2,5−ジスルホン酸モノナトリウム塩(純度91.2%)411.6部を添加して、25%水酸化ナトリウム水溶液を添加しながら、反応液のpHを2.7〜3.0に保ち、10〜15℃で1時間、次いで27〜30℃で2時間反応を行った。次に、反応液を10℃以下に冷却した後、25%水酸化ナトリウム水溶液を添加して、反応液のpHを7.0〜7.5に調整した。これに、28%アンモニア水118.4部を添加して、温度10〜15℃、pH9.5〜10.0にして3時間保った。その後、濃塩酸を添加し、反応液のpHを6.0〜7.0に調整した。次に、氷2,000部を添加し、0℃まで冷却して、5℃以下を保ちながらエチレンジアミン780部を滴下した。その後、反応液の温度を10〜15℃として1時間保った。続いて、これに濃塩酸を滴下して、反応液のpHを0.9〜1.0に調整した。この間、温度が上昇しないように氷を添加することで、反応液の温度を10〜15℃に保った。さらに、これに氷を添加して、反応液の温度を10℃以下に冷却した。この際の液量は13,000部であった。この反応液に塩化ナトリウム2,600部(液量に対して20%)を加え、1時間撹拌して結晶を析出させた。析出した結晶を濾過分取し、20%塩化ナトリウム水溶3000部で洗浄し、ウェットケーキを743.0部を得た(純度:59.3%、HPLC純度:93.3%)。
【0325】
(2)銅トリベンゾ(2,3−ピリド)ポルフィラジン[下記の化合物(2):前記一般式(V)におけるA、B、C、及びDのうち1つがピリジン環で残り3つがベンゼン環である混合物]の合成
【0326】
【化79】

【0327】
四つロフラスコに、スルホラン250部、フタルイミド22.1部、キノリン酸8.4部、尿素72.0部、塩化銅(II)・2水和物(純度97.0%)8.8部、モリブデン酸アンモニウム1.0部を加え、反応液を200℃に昇温して5時間保った。反応終了後、反応液を75℃まで冷却し、メタノール200部を添加して、析出した結晶を濾過した。得られた結晶をメタノール250部、続いて温水500部で洗浄し、ウェットケーキ61.9部を得た。得られたウェットケーキを5%塩酸500部に添加し、この液体を60℃に昇温して1時間保った。得られた結晶を濾過して、水300部で洗浄した。次いで、得られたウェットケーキを10%アンモニア水500部に添加し、液体の温度を25〜30℃として1時間保った。その後、得られた結晶を濾過した後、水300部で洗浄し、ウェットケーキ64.9部を得た。得られたウェットケーキを80℃で乾燥し、青色結晶20.9部を得た。この青色結晶について分析した結果、極大吸収波長(λmax)は670.5nm(ピリジン中)であり、構成元素はC3115Cuでありその元素分析値は下記表4に示す値であることがわかった。下記の測定値が得られた。これらの結果、得られた青色結晶は、上記構造を有する化合物(2)であることが確認された。
【0328】
【表4】

【0329】
(3)銅トリベンゾ(2,3−ピリド)ポルフィラジントリスルホニルクロリド[下記の化合物(3):混合物中の主たる成分の最外核芳香環の1つがピリジン環で残り3つがベンゼン環である混合物]の合成
【0330】
【化80】

【0331】
クロロスルホン酸46.2部に、液体の温度を60℃以下に保って、上記(2)で得られた銅トリベンゾ(2,3−ピリド)ポルフィラジン5.8部を撹拌下で徐々に添加し、その後140℃で4時間反応させた。次に、反応液を70℃まで冷却し、塩化チオニル17.9部を30分間かけて滴下し、70℃で3時間反応させた。反応液を30℃以下に冷却し、氷水500部中にゆっくりと注ぎ、析出した結晶を濾過し、冷水200部で洗浄して、銅トリベンゾ(2,3−ピリド)ポルフィラジントリスルホニルクロリドのウェットケーキ71.1部を得た。
【0332】
(4)下記の化合物(4)[混合物中の主たる成分の最外核芳香環の1つがピリジン環で残り3つがベンゼン環であり、bが2.4、cが0.6である混合物]の合成
【0333】
【化81】

【0334】
氷水200部に、上記(3)で得られた銅トリベンゾ(2,3−ピリド)ポルフィラジントリスルホニルクロリド(化合物(3))のウェットケーキ71.1部を添加して、撹拌して懸濁させた。次に、アンモニア水3.0部及び温水100部中に、上記(1)で得られた化合物(1)(純度:59.3%)20.5部を溶解したものを添加した。これに、28%アンモニア水を添加することで反応液のpHを9.0〜9.3に保ち、反応液の温度を17〜20℃として6時間反応させた。その後、反応液を60℃に昇温した。この時の液量は500部であった。これに、塩化ナトリウム100部(液量に対して20%)を添加し、35%塩酸水溶液を添加して液体のpHを1.0に調整し、結晶を析出させた。析出した結晶を濾過分取し、20%塩化ナトリウム水溶液100部で洗浄し、ウェットケーキ47.7部を得た。得られたウェットケーキを再度水に溶解して、液体のpHを9.0に調整した後、全量を300部に調整して、液体の温度を60℃に昇温した。この時の液量は320部であった。これに、塩化ナトリウム48部(液量に対して15%)を添加し、35%塩酸水溶液を添加して液体のpHを1.0に調整し、結晶を析出させた。析出した結晶を濾別し、15%塩化ナトリウム水溶液100部で洗浄し、ウェットケーキ47.8部を得た。得られたウェットケーキ47.8部をメタノール250部中に添加し、60℃で1時間撹拌して懸濁させた後、濾過、メタノール100部で洗浄、乾燥し、青色結晶(化合物A)を10.7部得た。この青色結晶について分析した結果、極大吸収波長(λmax)は、極大吸収波長(λmax)は、611nm(水溶液中)であった。
【0335】
(化合物Bの合成)
(1)銅ジベンゾビス(2,3−ピリド)ポルフィラジン[下記の化合物(5):前記一般式(V)におけるA、B、C、及びDのうち2つがピリジン環で残り2つがベンゼン環である混合物]の合成
【0336】
【化82】

【0337】
四つロフラスコに、スルホラン250部、フタルイミド14.7部、キノリン酸16.7部、尿素72.0部、塩化銅(II)・2水和物(純度97.0%)8.8部、モリブデン酸アンモニウム1.0部を加え、反応液を200℃に昇温して5時間保った。反応終了後、反応液を85℃まで冷却し、メタノール200部を添加して、析出した結晶を濾過した。得られた結晶をメタノール200部、続いて温水500部で洗浄した後、乾燥して、粗銅ジベンゾビス(2,3−ピリド)ポルフィラジン(混合物)24.1部を青色結晶として得た。得られた粗銅ジベンゾビス(2,3−ピリド)ポルフィラジン(混合物)24.1部を5%塩酸500部中に添加し、この液体を60℃に昇温して1時間保った。その後、結晶を濾過した後、水100部で洗浄し、ウェットケーキを得た。次いで、得られたウェットケーキを10%アンモニア水500部中に添加して、液体の温度を25〜30℃として1時間保った。得られた結晶を濾過した後、水200部で洗浄し、ウェットケーキ44.4部を得た。得られたウェットケーキを80℃で乾燥し、銅ジベンゾビス(2,3−ピリド)ポルフィラジン(混合物)17.7部を青色結晶として得た。この青色結晶について分析した結果、極大吸収波長(λmax)は662.5nm(ピリジン中)であり、構成元素はC301410Cuでありその元素分析値は下記表5に示す値であることがわかった。
【0338】
【表5】

【0339】
(2)銅ジベンゾビス(2,3−ピリド)ポルフィラジンジスルホニルクロリド[下記の化合物(6):混合物中の主たる成分の最外殻芳香環の2つがピリジン環で、残り2つがベンゼン環である混合物]の合成
【0340】
【化83】

【0341】
クロロスルホン酸46.2部に、液体の温度を60℃以下に保って、上記(1)で得られた銅ジベンゾビス(2,3−ピリド)ポルフィラジン5.8部を撹拌下で徐々に添加し、その後140℃で4時間反応させた。次に、反応液を70℃まで冷却し、塩化チオニル17.9部を30分間かけて滴下し、70℃で3時間反応させた。反応液を30℃以下に冷却し、氷水500部中にゆっくりと注ぎ、析出した結晶を濾過し、冷水200部で洗浄して、銅ジベンゾビス(2,3−ピリド)ポルフィラジンジスルホニルクロリドのウェットケーキ46.0部を得た。
【0342】
(3)下記の化合物(7)[混合物中の主たる成分の最外殻芳香環の2つがピリジン環で残り2つがベンゼン環であり、bが1.6、cが0.4である混合物]の合成
【0343】
【化84】

【0344】
氷水250部に、上記(2)で得られた銅ジベンゾビス(2,3−ピリド)ポルフィラジンジスルホニルクロリド(化合物(6))のウェットケーキ46.0部を添加して、撹拌して懸濁させた。次に、アンモニア水4.0部及び温水100部中に、上記化合物Aの合成の際に得た化合物(1)(純度:59.3%)20.5部を溶解したものを添加した。これに、28%アンモニア水を添加することで反応液のpHを9.0〜9.3に保ち、反応液の温度を17〜20℃として4時間反応させた。その後、反応液を60℃に昇温した。この時の液量は480部であった。これに、塩化ナトリウム48部(液量に対して10%)を添加し、35%塩酸水溶液を添加して液体のpHを1.0に調整し、結晶を析出させた。析出した結晶を濾過分取し、15%塩化ナトリウム水溶液100部で洗浄し、ウェットケーキ86.1部を得た。得られたウェットケーキを再度水に溶解して、液体のpHを9.0に調整した後、全量を400部に調整して、液体の温度を60℃に昇温した。この時の液量は410部であった。これに、塩化ナトリウム41部(液量に対して10%)を添加し、35%塩酸水溶液を添加して液体のpHを1.0に調整し、結晶を析出させた。析出した結晶を濾別し、10%塩化ナトリウム水溶液100部で洗浄し、ウェットケーキ65.7部を得た。得られたウェットケーキ65.7部をメタノール330部中に添加し、60℃で1時間撹拌して懸濁させた後、濾過、メタノール100部で洗浄、乾燥し、青色結晶(化合物(7))を9.3部得た。この青色結晶について分析した結果、極大吸収波長(λmax)は、602nm(水溶液中)であった。得られた化合物(7)を常法によりイオン交換して、ナトリウム塩型の化合物Bを得た。
【0345】
[化合物Cの合成]
化合物Cは、特開2003−238863号公報に記載された方法に準じて、下記の化合物Cを含む混合物を合成した。
【0346】
【化85】

【0347】
(例示化合物50の合成)
(A)キシレン360部中に、下記式(1)の化合物94.8部、炭酸ナトリウム3.0部、ベンゾイル酢酸エチルエステル144.0部を撹拌下で順次添加し、液体の温度を140〜150℃に昇温して8時間反応させた。その間、反応で生成したエタノール及び水をキシレンと共沸させながら系外へ留出して、反応を完結した。反応液を30℃に冷却し、メタノール240部を添加して30分撹拌した。その後、析出した固体を濾取した。得られた固体をメタノール360部で洗浄した後、乾燥して、下記式(2)の化合物124.8部を淡黄色針状結晶として得た。
【0348】
【化86】

【0349】
【化87】

【0350】
(B)N,N−ジメチルホルムアミド300.0部中に、上記で得られた式(2)の化合物88.8部、メタアミノアセトアニリド75.0部、酢酸銅1水和物24.0部、及び炭酸ナトリウム12.8部を撹拌下で順次添加した。そして、液体の温度を120〜130℃に昇温して3時間反応を行った。反応液を約50℃に冷却し、メタノール120部を添加して30分撹拌した。その後、析出した固体を濾取した。得られた固体をメタノール500部、次いで80℃の温水で洗浄した後、乾燥して、下記式(3)の化合物79.2部を青味の赤色結晶として得た。
【0351】
【化88】

【0352】
(C)98%の硫酸130部に、水冷しながら、28%の発煙硫酸170部を撹拌下で添加して、12%の発煙硫酸300部を調製した。水冷しながら、上記で得られた式(3)の化合物51.3部を温度50℃以下で添加した後、液体の温度を85〜90℃に昇温して4時間反応させた。600部の氷水中に反応液を添加し、その間氷を加えながら発熱による液温の上昇を抑え、液温を40℃以下に保った。さらに、水を加えて反応液の液量を1,000部とした後、ろ過を行い、非溶解物を除去した。得られた母液に温水を加えて1,500部とし、液温を60〜65℃に保ちながら、塩化ナトリウム300部を添加して2時間撹拌し、析出した結晶を濾取した。得られた結晶を20%塩化ナトリウム水溶液300部で洗浄し、よく水分を絞って、下記式(4)の化合物59.2部を含むウェットケーキ100.3部を赤色結晶として得た。
【0353】
【化89】

【0354】
(D)水60部中に、上記で得られた式(4)の化合物のウェットケーキ67.7部を添加した。次いで、これに25%の水酸化ナトリウム水溶液24部を添加して撹拌し、さらに、25%の水酸化ナトリウム水溶液を加えて液体のpHを3〜4に調整しながら溶解した。一方、60部の氷水に、リパールOH(商品名、アニオン界面活性剤;ライオン製)0.4部を添加し、これにシアヌルクロライド8.9部を添加して30分撹拌して懸濁液を得た。得られた懸濁液を、上記で得られた式(4)を含む溶液中に添加した。そして、10%の水酸化ナトリウム水溶液を用いて、液体のpHを2.7〜3.0に保ちながら、温度25〜30℃で4時間反応を行うことにより、下記式(5)の化合物を含む反応液を得た。
【0355】
【化90】

【0356】
(E)上記で得られた式(5)の化合物を含む反応液中に、p−フェノールスルホン酸ナトリウム2水和物9.5部を添加した。次いで、これに25%の水酸化ナトリウム水溶液を加えて、液体のpHを6.5±0.3に保ちながら、液体の温度を50〜55℃に昇温して、同温度で1時間反応させることにより、下記式(6)の化合物を含む反応液を得た。
【0357】
【化91】

【0358】
(F)上記で得られた式(6)の化合物を含む反応液中に、エチレンジアミン1.2部を添加した。次いで、これに25%の水酸化ナトリウム水溶液を添加して、液体のpHを7.8〜8.2に保ちながら、液体の温度を78〜82℃に昇温して、同温度で1時間反応させた。その後、水を加えて液量を約350部にした後、ろ過を行い、非溶解物を除去した。得られた母液に水を加えて液量を400部とした後、液体の温度を55±2℃に保ちながら、濃塩酸を添加して、液体のpHを3に調整した。次いで、この液体に、塩化ナトリウム40部を15分かけて添加し、30分間撹拌して、さらに濃塩酸を添加して、液体のpHを2に調整した。得られた酸性の水溶液を1時間撹拌して、析出した結晶を濾取し、得られた結晶を20%の塩化ナトリウム水溶液100部で洗浄することにより、赤色のウェットケーキを得た。
【0359】
(G)上記で得られたウェットケーキをメタノール500部中に添加して、液体の温度を60〜65℃に昇温して、1時間撹拌した。析出した結晶を濾取してメタノールで洗浄した後、乾燥することにより遊離酸の形の例示化合物50を得た。
【0360】
(化合物Dの合成)
化合物Dは、特開2002−371079号公報などを参考に、下記の化合物Dを合成した。
【0361】
【化92】

【0362】
(比較化合物I〜IIIの合成)
特開2004−91537号公報に記載された例示化合物I−36、I−52、及びI−58の合成方法に準じて、下記の比較化合物I〜IIIをそれぞれ合成した。比較化合物I〜IIIは例示化合物5の比較化合物に該当する。
【0363】
【化93】

【0364】
【化94】

【0365】
【化95】

【0366】
<インクの調製>
下記表6〜9に示す各成分を混合して、十分に撹拌した後、ブラックインクはポアサイズ3.0μm、その他のインクはポアサイズ0.2μmのフィルターにて加圧ろ過を行い、各インクを調製した。
【0367】
【表6】

【0368】
【表7】

【0369】
【表8】

【0370】
【表9】

【0371】
<インクセットの構成>
上記で得られた各インクを下記表10に示す組み合わせで用いて、各インクセットとした。
【0372】
【表10】

【0373】
<評価>
(堅牢性〔耐オゾン性・耐光性〕)
上記で得られた各インクセットを構成する各インクをそれぞれ、熱エネルギーの作用によりインクを吐出するインクジェット記録装置(商品名:PIXUS iP3100)に搭載した。このインクジェット記録装置を用いて、インクジェット用の光沢メディア(商品名:プロフェッショナルフォトペーパーPR101;キヤノン製)に、単色のベタ画像とコンポジットブラックのベタ画像とを含む記録物を各インクセットについて2枚ずつ作製した。単色のベタ画像とは、シアン、マゼンタ、及びイエローの各インクをそれぞれ単独で用いて記録した、反射濃度(初期)が1.0である画像である。また、コンポジットブラックのベタ画像とは、シアン、マゼンタ、及びイエローの各インクを重ね合わせて記録した、反射濃度(初期)が1.0である画像である。このようにして得られた記録物における各画像の光学濃度を測定した(「試験前の光学濃度」とする)。なお、光学濃度は、分光光度計(商品名:Spectrolino;Gretag Macbeth製)を用いて、光源:D50、視野:2°の条件で測定した。
【0374】
オゾン試験装置(商品名:OMS−H;スガ試験機製)を用いて、オゾンガス濃度10ppm、相対湿度60%、槽内温度23℃として、上記で得られた2枚の記録物のうちの1枚を、オゾンガスに4時間曝露させ、耐オゾン性試験を行った。また、スーパーキセノン試験機(商品名:SX−75;スガ試験機製)を用いて、照射強度100キロルクス、槽内温度24℃、相対湿度60%として、上記で得られた2枚の記録物のうちのもう1枚を、キセノンに72時間曝露させ、耐光性試験を行った。このようにして耐オゾン性試験又は耐光性試験を行った後の各記録物における各画像の光学濃度を上記と同様の分光光度計及び条件で測定した(「試験後の光学濃度」とする)。
【0375】
得られた各試験前の光学濃度及び各試験後の光学濃度の各値から、下記式に基づいて、単色のベタ画像における光学濃度の残存率を算出した。
【0376】
【数1】

【0377】
また、耐オゾン性試験前後又は耐光性試験前後のコンポジットブラックのベタ画像についてそれぞれ、分光感度特性;ISO ステータスAにより規定されたイエロー成分、マゼンタ成分、及びシアン成分の反射濃度を求めた。具体的には、分光光度計(商品名:Spectrolino;Gretag Macbeth製)を用いて測定した、シアン、マゼンタ、及びイエローの各波長領域での反射濃度から、各成分の光学濃度の残存率を上記と同様の式に基づいて求めた。このようにして得られた、イエロー成分、マゼンタ成分、及びシアン成分の濃度残存率の最大値及び最小値の差をΔOD値とした。なお、ΔOD値が大きくなると、イエロー成分、シアン成分、マゼンタ成分のいずれかに色相が大きくずれ、褪色カラーバランスが低くなる。
【0378】
このようにして得られた単色のベタ画像における光学濃度の残存率の値と、ΔOD値とから、画像の耐オゾン性と耐光性とを総合した堅牢性の評価を行った。堅牢性の評価基準は以下の通りである(図7参照)。評価結果を表11に示す。
AA:耐オゾン試験及び耐光性試験の光学濃度の残存率が共に90%以上であり、且つ、ΔOD値が10未満であった。(図7におけるAAの領域)
A:耐オゾン試験及び耐光性試験の光学濃度の残存率が共に80%以上90%未満であり、且つ、ΔOD値が15未満であったか、又は、耐オゾン試験及び耐光性試験の光学濃度の残存率が共に80%以上であり、且つ、ΔOD値が10以上15未満であった。(図7におけるAの領域)
B:耐オゾン試験及び耐光性試験の光学濃度の残存率が共に70%以上80%未満であり、且つ、ΔOD値が20未満であったか、又は、耐オゾン試験及び耐光性試験の光学濃度の残存率が共に70%以上であり、且つ、ΔOD値が15以上20未満であった。(図7におけるBの領域)
C:耐オゾン試験及び耐光性試験の光学濃度の残存率が共に70%未満であったか、又は、ΔOD値が20以上であった。(図7におけるCの領域)。
【0379】
(耐ブリーディング性)
上記で得られたインクセットを構成する各インクをそれぞれ、熱エネルギーの作用によりインクを吐出するインクジェット記録装置(商品名:PIXUS iP3100)に搭載した。このインクジェット記録装置を用いて、PPC用紙オフィスプランナー(キヤノン製)に、ブラック、シアン、マゼンタ、及びイエローの各インクで記録したベタ画像がそれぞれ隣接した画像を記録した。この画像における、各色の画像の境界部におけるブリーディングの程度を目視で確認して、耐ブリーディング性の評価を行った。耐ブリーディング性の評価基準は以下の通りである。評価結果を表11に示す。
AA:全ての境界部において、ブリーディングがなかった
A:ブラック−イエローの境界部ではブリーディングがなかったが、それ以外の境界部においては軽微なブリーディングがあった
B:全ての境界部においてブリーディングがあったが、実際の使用上問題のないレベルであった
C:境界部によっては、色の境界がはっきりしないほどのブリーディングがあった。
【0380】
(耐目詰まり性)
上記で得られた各インクセットを構成するブラックインクを、熱エネルギーの作用によりインクを吐出するインクジェット記録装置(商品名:PIXUS iP3100)に搭載した。このインクジェット記録装置を用いて、インクジェット用の光沢メディア(商品名:プロフェッショナルフォトペーパーPR101;キヤノン製)に、温度23℃、湿度55%の条件で、記録デューティを100%としたA4サイズのベタ画像を3枚分記録した。その後、インクジェット記録装置から記録ヘッドを取り外して記録ヘッドの吐出口を大気に曝した状態で、温度35℃、相対湿度10%の環境で2週間放置した。その後、この記録ヘッドを再度インクジェット記録装置に搭載して所定の回数の吸引を行い、吐出の回復性を確認することで、耐目詰まり性の評価を行った。なお、上記の吸引とは、前記インクジェット記録装置に具備された機能のひとつである、「プリントヘッドのクリーニング」のことである。耐目詰まり性の評価基準は以下の通りである。評価結果を表11に示す。
A:2回以下の吸引で全ての吐出口が吐出できる状態に回復した
B:3回以上6回以下の吸引で全ての吐出口が吐出できる状態に回復した
C:吸引を7回行っても吐出できない吐出口があった。
【0381】
【表11】

【図面の簡単な説明】
【0382】
【図1】インクジェット記録装置の斜視図である。
【図2】インクジェット記録装置の機構部の斜視図である。
【図3】インクジェット記録装置の断面図である。
【図4】ヘッドカートリッジにインクカートリッジを装着する状態を示す斜視図である。
【図5】ヘッドカートリッジの分解斜視図である。
【図6】ヘッドカートリッジにおける記録素子基板を示す正面図である。
【図7】堅牢性の評価基準の説明図である。
【符号の説明】
【0383】
M2041 分離ローラ
M2060 給紙トレイ
M2080 給紙ローラ
M3000 ピンチローラホルダ
M3030 ペーパーガイドフラッパー
M3040 プラテン
M3060 搬送ローラ
M3070 ピンチローラ
M3110 排紙ローラ
M3120 拍車
M3160 排紙トレイ
M4000 キャリッジ
M5000 ポンプ
M5010 キャップ
E0002 LFモータ
E0014 電気基板
H1000 ヘッドカートリッジ
H1001 記録ヘッド
H1100 第1の記録素子基板
H1101 第2の記録素子基板
H1200 第1のプレート
H1201 インク供給口
H1300 電気配線基板
H1301 外部信号入力端子
H1400 第2のプレート
H1500 カートリッジホルダー
H1501 インク流路
H1600 流路形成部材
H1700 フィルター
H1800 シールゴム
H1900 インクカートリッジ
H2000 イエローノズル列
H2100 マゼンタノズル列
H2200 シアンノズル列
H2300 淡シアンノズル列
H2400 ブラックノズル列
H2500 グレーノズル列
H2600 淡マゼンタノズル列

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも、ブラックインクとイエローインクとを含むインクセットであって、
前記ブラックインクが色材として、カーボンブラック粒子の表面に少なくともひとつの親水性基が直接又は他の原子団を介して結合しているカーボンブラックを含有し、
前記イエローインクが色材として、下記一般式(I)で表される化合物を含有することを特徴とするインクセット。
【化1】

(一般式(I)中、R、R、Y及びYはそれぞれ独立に、一価の基であり、X及びXはそれぞれ独立に、ハメットのσp値が0.20以上の電子吸引性基であり、Z及びZはそれぞれ独立に、水素原子、置換若しくは無置換のアルキル基、置換若しくは無置換のアルケニル基、置換若しくは無置換のアルキニル基、置換若しくは無置換のアラルキル基、置換若しくは無置換のアリール基、又は置換若しくは無置換のヘテロ環基であり、Mは、水素原子、アルカリ金属、アンモニウム、又は有機アンモニウムである。)
【請求項2】
前記イエローインクが色材としてさらに、下記一般式(II)で表される化合物を含有する請求項1に記載のインクセット。
【化2】

(一般式(II)中、Rは、水素原子、炭素数1乃至4のアルキル基、炭素数1乃至4のアルコキシ基、又はスルホン酸基であり、nは1又は2の整数、l(エル)は1又は2の整数、xは2乃至4の整数、yは1乃至3の整数であり、Mは、それぞれ独立に、水素原子、アルカリ金属、アンモニウム、又は有機アンモニウムである。)
【請求項3】
前記インクセットがさらに、シアンインク及びマゼンタインクを含み、
前記シアンインクが色材として、下記一般式(III)で表される化合物を含有し、
前記マゼンタインクが色材として、下記一般式(IV)で表される化合物を含有する請求項1又は2に記載のインクセット。
【化3】

(一般式(III)中、A、B、C、及びDはそれぞれ独立に、芳香性を有する6員環であり、Mはそれぞれ独立に、水素原子、アルカリ金属、アンモニウム、又は有機アンモニウムであり、Eはアルキレン基である。また、Xは、スルホ置換アニリノ基、カルボキシル置換アニリノ基、又はホスホノ置換アニリノ基であり、該置換アニリノ基はさらに、スルホン酸基、カルボキシル基、ホスホノ基、スルファモイル基、カルバモイル基、水酸基、アルコキシ基、アミノ基、アルキルアミノ基、ジアルキルアミノ基、アリールアミノ基、ジアリールアミノ基、アセチルアミノ基、ウレイド基、アルキル基、ニトロ基、シアノ基、ハロゲン、アルキルスルホニル基、及びアルキルチオ基からなる群から選ばれる少なくとも1つの置換基を1乃至4個有してもよい。また、Yは水酸基又はアミノ基であり、l(エル)、m、及びnは、0≦l(エル)≦2、0<m≦3、0.1≦n≦3であり、且つl(エル)+m+n=1乃至4である。)
【化4】

(一般式(IV)中、Rはそれぞれ独立に、水素原子、アルキル基、ヒドロキシアルキル基、シクロヘキシル基、又はモノ若しくはジアルキルアミノアルキル基であり、Mはそれぞれ独立に、水素原子、アルカリ金属、アンモニウム、又は有機アンモニウムであり、Xは連結基である。)
【請求項4】
インクをインクジェット方式で吐出して記録媒体に記録を行うインクジェット記録方法であって、
前記インクとして、請求項1乃至3のいずれか1項に記載のインクセットを構成するインクを用いることを特徴とするインクジェット記録方法。
【請求項5】
インクを収容するインク収容部を備えたインクカートリッジであって、
前記インク収容部に収容されたインクが、請求項1乃至3のいずれか1項に記載のインクセットを構成するいずれかのインクであることを特徴とするインクカートリッジ。
【請求項6】
インクを収容するインク収容部と、インクを吐出するための記録ヘッドとを備えた記録ユニットであって、
前記インク収容部に収容されたインクが、請求項1乃至3のいずれか1項に記載のインクセットを構成するいずれかのインクであることを特徴とする記録ユニット。
【請求項7】
インクを収容するインク収容部と、インクを吐出するための記録ヘッドとを備えたインクジェット記録装置であって、
前記インク収容部に収容されたインクが、請求項1乃至3のいずれか1項に記載のインクセットを構成するいずれかのインクであることを特徴とするインクジェット記録装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate


【公開番号】特開2010−37505(P2010−37505A)
【公開日】平成22年2月18日(2010.2.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−204961(P2008−204961)
【出願日】平成20年8月8日(2008.8.8)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】