説明

インクタンクの物流形態

【課題】 インクタンクの物流・搬送時の環境変化によって発生する、インク供給口空間へのインクたれを抑制する。
【解決手段】 インク供給口に毛管部材を配置し、収納室内に直接インクを保持するタンクにおいて、物流等の環境変化により膨張するエア体積と、毛管部材とキャップによる供給口空間のエア体積の差が、毛管部材の保持するインク体積以下である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は液体収納容器に関し、より詳しくはインクジェット記録装置に装着し、使用されるインクタンクの物流形態に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、インクを吐出して記録を行うインクジェット記録ヘッド、およびこの記録ヘッドに対して、記録のためのインクを保持し、供給するインクタンクとして、大きく二つの構成が挙げられる。一方は記録ヘッド部とインクタンクとが一体となったヘッド一体型インクジェットカートリッジであり、もう一方は記録ヘッドとインクタンクとが相互に着脱可能な交換型インクジェットカートリッジである。このような交換型インクジェットカートリッジでは、インクタンク内のインクがなくなった場合に、インクタンクのみを交換して使用可能であり、一般にランニングコストの観点で有利とされている。
【0003】
この種の交換型インクジェットカートリッジにおいては、インクタンクを単体で取り扱う際(例えば流通過程など)に、インク供給口からのインク漏れ防止のためにいくつかの構成が提案されている。
【0004】
インク供給口周辺の壁面部分に柔軟性のあるシート状のシール部材を貼付し、インク漏出を防止する構成が知られている。また、このシール部材を貼付ける壁部を供給口に設け、インク供給口内の空間体積を小さくするインクタンクの構成や、インクタンクの供給口にキャップを取り付け、インク漏れを防止する構成も知られている。さらに、タンクの大気連通口へのインク漏れを防ぐため、供給口が存在する面と異なる面にインクを溜める室を設け、供給口と大気連通口をシールする方法が知られている。
【特許文献1】特開平10−128990号公報
【特許文献2】特開平6−328714号公報
【特許文献3】特開平8―112915号公報
【特許文献4】特開平8−025644号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、従来のインクタンクの構成では、インクタンクの搬送あるいは物流時における温度変化や気圧変化により、インク供給口内へインクが流れ出し、インクタンクの使用時にシール部材やキャップを外すと、インクが飛び散ると言う課題があった。以下、温度や気圧など、外部環境の変化による、供給口空間内部へのインク流れのメカニズムを、図7を用いて具体的に説明する。図7(a)は、インク供給口の開口部をシール部材でシールした構成になっており、供給口付近の拡大断面図である。
【0006】
インク供給口1014の開口部は、シール材1017でシールされている。メニスカス形成部材1016はインク供給口1014からのインク漏出を防止するために配置されている。メニスカス形成部材1016とシール部材1017によって、密閉された供給口空間1100を構成している。インク供給部材1013はスポンジなどのインクを保持しやすい部材で構成され、インクの残量が少なくなってもあるいはインクタンクの姿勢を変えてもメニスカス形成部材1016のメニスカスを破壊しないようにインクを供給する。また、インク残量が充分にある状態においてはインク収納室1101にはインクが直接保持されている。インクのメニスカスは、第1のメニスカス形成部材であるインク供給部材1013と、第2のメニスカス形成部材1016の2つの相互作用によって形成される。
【0007】
図7(b)は図7(a)の状態から、図示するように、インク供給口1014が鉛直方向(重力方向)下向きで、環境温度が上昇した場合を説明するための図である。供給口空間1100は密閉された空間で、インク収納室1101より上流側には大気連通口(不図示)があり、この上流方向へインク移動が可能である。環境温度が上昇した場合、供給口空間1100のエアは膨張し、膨張したエアは図7(b)の矢印方向に向かい、第2メニスカス形成部材1016に形成されていたメニスカスを破壊しインク供給部材1013まで侵入する。そして、インク供給部材1013内で保持できない程膨張したエアは、インク供給部材を乗り越え、インク収納室1101内へ気泡1102として侵入し、インク収納室1101内にて、鉛直方向上部に移動する。この膨張エアの体積分だけ、インクタンクの大気連通口側へインクが移動する。
【0008】
図7(c)は図7(b)にて破壊されたメニスカス形成部材によるインクの保持状態が、平衡状態となった様子を示す。図7(b)で示すように、供給口空間1100内のエアの膨張によって、メニスカス形成部材のインクの保持状態は、一端破壊される。破壊前に負圧を保っていたメニスカス部分のインク圧力は、破壊後に外気と同じ1気圧になり、メニスカス形成部材の繊維は図7(c)で示すように平衡状態となる。第2メニスカス形成部材1016は第1のメニスカス形成部材であるインク供給口部材1013よりも毛管力が強く構成されているため、図7(c)の矢印のように第2メニスカス形成部材1016の端部付近からインクが侵入する。端部からインクが侵入する理由は、2つのメニスカス形成部材の繊維がその端部で直接接触しており、繊維の中央部分では、膨張したエアが介在した状態で2つのメニスカス形成部材の繊維が接触しているからである。第2メニスカス形成部材の端部からインクが侵入し、再び第2メニスカス形成部材1016内にインクが充填された状態となり、メニスカスが形成される。図7(c)で示すように、インク供給部材1013内の気泡1103とインク収納室1101内の気泡は供給口空間1100内のエアとは分断される。
【0009】
図7(d)は、図7(c)の状態から環境変化により周囲の温度が低下し、再び図7(a)と同じ温度にもどった状態を示す。温度低下により供給口空間1100内のエア及びインク供給部材1013内の気泡1103が体積収縮する。第2メニスカス形成部材1016内のメニスカスにより、供給口空間のエアとインク供給部材1013内のエアは分断されているため、それぞれ個別に収縮する。気泡1103はインク供給部材1013内で収縮し、残存気泡となる。供給口空間1100内のエアが収縮する場合には、第2メニスカス形成部材1016からインクが引き出され、シール部材1017にインク1104として漏出する。この場合に気泡1103は供給口空間1100内にほとんど移動しない。インクで満たされたメニスカス形成部材を貫通し、エアが移動するためには、メニスカス形成部材に発生するインクの表面張力をエアが破る必要があり、表面張力を破る力が必要になる。これに対して、インクで満たされたメニスカス形成部材を貫通し、インクが移動するためには、メニスカス形成部材の内外にインクが存在するために、このような力が必要にはならない。これは、第2メニスカス形成部材1016内をエアが移動するにはエアの表面張力の分だけ流抵抗が大きく、より流抵抗の小さいインクが移動するためである。また、インクを直接収納している中間室1101内に移動した気泡は完全に分断されているため、供給口空間にもどることはない。
【0010】
図7(d)の状態から再び環境温度の上昇が発生すると、同様に図7(b)〜(d)の状態を繰り返し、漏出したインク1104の量が増大する。このサイクルを繰り返していくと最終的に供給口空間1100はほぼインク1104で充填され、初期に供給口空間1100内にあったエアは、インク供給部材1013内や中間室1101内の気泡として移動する。これにより、シール部材17を剥がす際にインク飛散する可能性が高まる。
【0011】
また、前記の温度変化サイクルを経験したインクタンクにはインク供給部材1013内に気泡が堆積している。この気泡は自然に排出されることがないため、記録ヘッドへのインク供給時のインク供給の抵抗となりやすい。これによりインクタンクからヘッドへのインク供給が不足となり印字不良が発生したり、インクタンク内のインク使用効率が低下しやすくなる課題があった。
【0012】
特許文献2および3においては、スポンジなどで構成されたインク保持部材でインクを保持しており、特許文献1における中間室のように直接インクを保持している空間がない。したがって、周囲の温度上昇により供給口空間内のエアが膨張した際に、膨張エアが供給口付近から大きく移動することはない。しかし、タンク内の全てのインクを保持しているインク保持部材が、スポンジなどの毛管部材で構成されている場合、インク保持部材の内部のエアを完全に除去することは困難である。インク保持部材内部のエアが膨張し、エアの膨張によって保持部材内のインクは、インク供給口側へ押し出され、インク供給口付近からインク漏出が発生する場合がある。インク保持部材の体積が大きければ大きいほど、保持部材内部の残存エアが多く、供給口へのインク漏出量が多くなる。特許文献2では、インクタンクを構成する壁面の構成により、特許文献3では、キャップ部材の弾性体部に凸状段差を設けることで、供給口空間を小さくしている。供給口空間を小さくすることで、漏出したインク量を少なくすることは可能ではあるが、供給口空間を0とすることはできないため、インク漏出を完全に抑制することはできなかった。
【0013】
また、タンクのインク収容室に毛管部材のみで構成されたインク保持部材を設け、この保持部材をタンク内壁のリブで保持するような構成の場合、毛管部材と容器内壁リブとの間に隙間が生じる。インク供給口はこの隙間と連通するため密閉されておらず、供給口空間に漏れ出したインクが溜まると言う課題は生じない。しかしながら、このような構成のタンクでは、インク収容室内に設けられたインク保持部材によってインクを保持しているため、タンクの容積に対して保持できるインク量が少なく、インクタンクが大きくなってしまっていた。つまり、特許文献1の構成においては、インクタンクの搬送・物流における環境変化によるインク漏出の問題があり、シール部材の引き剥がし時のインク飛散を確実に防止できない場合があった。特許文献2、3においても、環境変化による供給口空間内のインク漏出が避けられず、シール部材の引き剥がし時や保護キャップ部材の開放時にインク飛散が発生する場合があった。特許文献4においては、インクタンク内が加圧される場合があり、インク供給口のシール部材の密閉力が大きくなることがあり、いずれの場合も供給口空間へのインクもれを完全に抑制することはできないと言う課題があった。
【0014】
本発明の目的は、前述の課題を解決し、インク供給口内に漏出するインク量を低減しインクタンクの開封時のインク飛散を抑制することできるインクタンクを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記目的を達成するために本発明においては、
インクを直接収納するインク収納室と、前記インク収納室内のインクを記録ヘッドへ供給する供給口と、前記供給口に配置され、インクを保持する毛管部材と、を備えて構成されるインクタンクと、
前記インクタンクの前記供給口を覆うシール部材と、
を有し、前記シール部材によって前記供給口が覆われた状態で物流に供されるインクタンクの物流形態において、
前記毛管部材と前記シール部材にて形成される空間内のエア体積をV、前記毛管部材が保持するインク体積をVi、前記インクタンクの環境変動に伴い、前記空間内のエアが膨張する最大体積をVexpとした時、
Vi≧Vexp−V
となることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、インクタンクの輸送中に発生しうる温度変化や気圧変化に起因する供給口空間へのインクたれを抑制し、ユーザーがキャップ部材を開放する場合のインク飛散を低減することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、図面を参照して本発明の実施形態について説明する。
【0018】
図1は、本発明の第1の実施形態におけるインクタンク1の断面図であり、図2は、そのインクタンク1の斜視図である。図1は、図2のI−I線に沿う断面図に相当する。図3はインクタンク1の分解斜視図である。図4(a)〜(c)は、図2のJ−J線に沿う断面図に相当する。
【0019】
(インクタンクの構成)
インクタンク1は、タンクケース10と可撓性部材40によって構成されるインク収納室R内にインク2を収納する容器であり、インク収納室R内に配置されたインク導出口64はインク供給口60に連通する。インク供給口60は、インクジェット記録ヘッドのインク供給路に接続される。インクタンク1が搬送・物流される場合にはインク供給口60からのインク漏出を防止するためにシール部材66が接合されたキャップ部材65によりインク供給口60をシールしている。シール部材はゴムなどの弾性体からなる弾性部材である。インクジェット記録ヘッドに装着する場合にはキャップ部材65を取り外して装着する。また、インクタンク1は、記録ヘッドと分離可能とされている。
【0020】
図3に示すように、インクタンク1は、主に、タンクケース10、ばね部材30、圧力板31、可撓性部材40、蓋部材50で構成される。供給口周辺は、毛管部材61とメニスカス保持部材62、供給口部材63、シール部材66および、キャップ部材65から構成される。タンクケース10、蓋部材50、供給口部材63はインクタンク1の筐体を構成する。
【0021】
タンクケース10には、インクジェット記録ヘッドに接続可能なインク供給口60が形成されている。インク供給口60には、図1に示されるように、毛管部材61とメニスカス保持部材62が備えられている。毛管部材61は、インク供給口60に記録ヘッドを接続したときに、その記録ヘッドの鉛直方向(図1中の上下方向)の位置ずれを吸収できるように、ある程度の柔軟性をもつ材料によって構成されている。さらに、この毛管部材61は、インクの流路となるような毛管力を持つ。また、インクタンク1の搬送・物流中における振動・落下等でインク供給口60からのインク漏出を防止するためにインク供給口60をシール部材66によりシールしている。また、インク収納室Rは静止状態でインク供給口60からのインクが垂れ出ないように負圧に保たれている。メニスカス保持部材62は、そのインク収納室R内の負圧によって、インク供給口60から気泡を引き込まないように、インクのメニスカスを発生する。したがってメニスカス保持部材62としては、インク収納室R内に発生する負圧の最大値よりも強いメニスカス保持圧力を発生させるような部材が選択される。
【0022】
円錐コイルばねであるばね部材30は、タンクケース10の内壁に形成された掘り込み部11内に位置決めされる。さらにばね部材30は、その荷重中心と圧力板31の重心とがほぼ一致するように配置される。可撓性部材40の周縁部はタンクケース10の溶着部13に溶着され、この可撓性部材40とタンクケース10とによって、インク供給口60を除いて密閉された空間、つまりインク収納室Rが形成される。
【0023】
本例の可撓性部材40の中央部分の形状は、平板状の支持部材である圧力板31によって規制されており、可撓性部材40の周縁部分は変形可能となっている。この可撓性部材40は、予め、その中央部分が凸状に形成されて、その断面形状がほぼ台形となっている。この可撓性部材40は、後述するように、インク収納室R内におけるインク量の変化や圧力変動に応じて変形する。その際に、可撓性部材40の周辺部分がバランスよく柔軟に変形し、その可撓性部材40の中央部分は、タンクケース10の内壁とほぼ平行の姿勢を保ったまま、図1中の左右方向に移動する。このように可撓性部材40がスムーズに変形(移動)することにより、その変形に伴う衝撃の発生がなく、その衝撃に起因してインク収納室R内に異常な圧力変動が生じることもない。
【0024】
また、圧縮ばね形態のばね部材30は、圧力板31を介して可撓性部材40を図1中の左方向に付勢する。その付勢力がインク収納室Rを拡大させる方向に作用することによって、そのインク収納室R内に負圧が発生する。その負圧によって、記録ヘッド内のインクには、そのインク吐出部に形成されるインクのメニスカスの保持力と平衡して、記録ヘッドのインク吐出動作が可能となる範囲の負圧が付与される。つまりインク収納室R内には、記録ヘッドのインク吐出動作を可能とする範囲の負圧が発生する。図1は、インク収納室R内にほぼ完全にインクが充填された状態を示している。この状態でもばね部材40は圧縮された状態にあり、インク収納室R内に適切な負圧が生じている。
【0025】
タンクケース10の開口部には蓋部材50が取り付けられ、その蓋部材50によって可撓性部材40が保護される。蓋部材50には大気連通部51が設けられており、タンクケース10内におけるインク収納室Rの外側が大気圧とされている。インク収納室R内の圧力は、圧力板31に対するばね部材30の押圧荷重と、可撓性部材40の平面部の面積と、に対応する圧力分だけ、大気圧に対して負圧となっている。
【0026】
図1のように、インク収納室R内にほぼ完全にインク2が充填された状態から、そのインク2が記録ヘッドに供給されて消費された場合、ばね部材30の付勢力に抗して圧力板31が図1中の右方向に移動し、そして可撓性部材40が変形する。ばね部材30が圧縮されて、そのばね部材30の荷重が増加した分だけ、インク収納室R内の負圧がわずかに増加する。さらにインクの消費が進むと、最終的には、圧力板31がタンクケース10の内部底面に接触して変位できなくなるまで、インク収納室R内の容積が減少する。ばね部材30は、それが圧縮された場合に、それを形成する素線が干渉しないように円錐コイルばねとなっており、その素線の直径分の幅まで圧縮可能である。ばね部材30は、それが完全に圧縮されたときに掘り込み部11内に完全に収納されるため、圧力板31の変位を妨げることはない。
【0027】
(第1の実施形態)
本構成におけるインクタンクへの環境変化に対して、供給口付近のインク移動メカニズムについて図4(a)〜(c)を用いて説明する。図4(a)〜(c)は、図2のJ−J線に沿う断面図に相当し、供給口付近を拡大した拡大断面図である。
【0028】
本実施例において、供給口60は供給口部材63により構成されている。供給口部材63は毛管部材61を固定するためにタンクケース10に完全に接合されている。また、キャップ部材65に接合されているシール部材66はゴム等の弾性体で構成されている弾性部材である。突起68を供給口部材63の平面部に押圧している。この押圧の反発力を取っ手67の係合爪72と係合爪69により保持してキャップ部材65はタンクケース10に対して固定されている。突起68は供給口周囲に沿って円周上のリブとして構成されており、その全面が供給口部材63に押圧されることにより、シール部材66は供給口60を覆う。シール部材によって供給口が覆われて密閉された状態になっている。インクタンクは、シール部材によって供給口が覆われた状態で物流に供されることになる。これにより供給口60の空間は、毛管部材61、供給口部材63および、シール部材66により密閉空間(以下供給口空間70と称する)となる。本例において、インク収納室R内にはインクがほぼ完全に充填された状態にあるため、毛管部材61にもその毛管力によりインクが充填されている。本構成において特長的なのは毛管部材61内に保持されているインク量であるインク体積を(Vi)、供給口空間70のエア体積を(V)、搬送や物流状態の環境変化により供給口空間70内のエアが膨張した場合の最大体積を(Vexp)とすると、
Vi≧Vexp−V ・・・ (1)
であるように毛管部材61のインク保持量と供給口空間70を構成することである。インクタンクが物流に供される物流形態において、図4(b)は図4(a)の状態から環境温度が上昇もしくは気圧が低下した状態を示した図である。供給口空間70内のエアは温度上昇もしくは気圧低下により膨張する。前述したように、インク収納室Rは可撓性部材40により柔軟に体積変化が可能であるため、膨張したエアは毛管部材61内に侵入し、毛管部材61内のインクはインク収納室Rへ押し出される。毛管部材61が保持するインク体積すなわちインク量Viは、(1)の関係式で構成されているように、エアが膨張した場合の最大体積Vexpから供給口空間70のエア体積を減じた値以上となっている。このため、膨張したエア体積は、毛管部材61内に保持されているインク量より下回り、図4(b)のように膨張エアが毛管部材61内にとどまる。(1)の関係式を満たしていない場合、毛管部材が薄く、かつ供給口付近の直上に直接インクを保持しているインク収納室Rがあるため、膨張したエアがインク収納室Rに移動し、さらにインク収納室Rの上部に移動する。膨張したエアが収縮した場合、インク収納室内上部に移動したエアは、インク収納室内で体積が収縮する。この時、毛管部材内に膨張したエアは、供給口空間内に収縮して戻ることになる。毛管部材内から供給口空間内に戻ったエアの体積と同じ体積のインクが、インク収納室内から毛管部材内に流れ、エアが膨張する前から毛管部材内にあったインクを押し出す。この押し出された体積分のインクが供給口空間にたれてしまうことになる。また、毛管部材61の供給口側の表面は供給口空間に対して開放状態であるため、毛管部材表面の毛管力は、内部の毛管力より低めになっている。よって、毛管部材61内に侵入したエアと供給口空間70内のエアは、図7(c)で説明したように分断されることがない。
【0029】
図4(c)は図4(b)の状態から環境の温度もしくは気圧が図4(a)の初期状態に戻った状態を示した図である。今度は逆に温度低下もしくは気圧上昇により供給口空間内のエアは収縮する。供給口空間70内のエアと毛管部材61内のエアは分断されていないので一体となって収縮する。それにより、図4(c)の矢印で示すようにインク収納室R内からインクを引き出し、再び毛管部材61内のインク保持量が増大する。環境温度や気圧が初期状態に戻ると、図4(a)から図4(b)の状態に遷移した場合に膨張した体積と、図(b)から図4(c)の状態に遷移した場合に収縮する体積は等しいので、供給口空間70の状態が図4(a)の状態に戻る。したがって、温度変化や気圧変化により、供給口空間内へのインクたれが生じない。
【0030】
環境変化におけるエアの膨張の要因には、温度上昇と気圧低下がある。一般には気圧低下による膨張量の方が多い。例えば、製造工程において25℃でキャップ部材を装着した場合に、搬送・物流過程において最大60℃まで温度上昇が発生したとすると、膨張体積は約1.12倍になる。しかしながら、タンクを4000m以上の高地で使用する場合の気圧は0.6atm程度であり、その状態でのエア膨張体積は約1.67倍に達し、温度変化に対するよりも膨張体積がはるかに大きい。
【0031】
インクタンクが置かれ得る実際の環境における、最低と考えられる大気圧は、ほぼ標準状態における大気圧を1atmとすると、例えば以下の通りである。
【0032】
気圧 環境
0.9atm 平地での使用。移動を行わない。
【0033】
0.7atm 航空機による輸送。
【0034】
0.6atm 4000m以上の高地(ボリビア、チベットなど)での使用。
【0035】
すべての使用状態におけるタンクの仕様を満足させるためには、0.6atmにてインクたれが発生しない状況を考慮すれば良い。この場合にはエアの膨張体積が1.67倍となるので、供給口空間70の体積をVとすると、
Vi≧Vexp−V=1.67*V−V=0.67*V
であるように、ViとVを構成する。毛管部材のインク保持体積Viと、供給口空間エア体積V、膨張エア最大体積Vexpをこのような関係とすることで、タンクの環境変動として0.6atmまでの気圧変化ではインクたれが発生しない。平地での使用のみを考える場合には、平地での気圧0.9atmでの膨張体積が1.11倍となり、環境温度が60℃へと上昇した場合の膨張体積1.12倍の方が大きいため、環境温度変化への対応を優先して考慮し
Vi≧Vexp−V=1.12*V−V=0.12*V
であるように、ViとVを構成すればよい。
【0036】
供給口空間へのインクたれは、環境変化のみではなく落下や振動でも起こりうるため、供給口空間の体積は小さければ小さいほどよい。したがって、供給口空間体積Vをできるかぎり小さくしたのちに、上記のように想定する環境変化量に対して毛管部材のインク保持量Viを決定することが望ましい。
【0037】
次に、環境の温度が下降もしくは、気圧が上昇した場合に供給口空間のエアが収縮する状態について説明する。
【0038】
エアが収縮する状態については、図4(b)から図4(c)へ変化する状態である。毛管部材61内に膨張したエアが収縮する場合を説明する。膨張したエアが、供給口空間から独立し、毛管部材61内部に取り込まれ、供給口空間と連通していない場合、毛管部材61内部にある膨張エアはそれ自身が毛管部材内で収縮する。収縮して減少したエアの体積と同じ体積のインクが、インク収納室から毛管部材内に引き込まれることになる。加えて供給口空間内のエアも収縮する。収縮した体積と同じ体積のインクが、インク収納室から毛管部材へ、押し出される。このようにしてそれぞれ毛管部材内へ押し出されたインクは、毛管部材でのインク保持力を超える量となり、供給口空間内へたれることになる。
【0039】
しかし、膨張したエアが供給口空間と連通した状態で毛管部材61内部に留まった場合、供給口空間と毛管部材内部のエアが連通した状態で収縮することになる。収縮した体積と同じ体積分のインクが、インク収納室から毛管部材へ押し出される。毛管部材61内に保持されているインク量Viと、供給口空間のエア体積V、エアば膨張した場合の最大体積Vexpが式(1)のように規定されているため、インク収納室から押し出されたインクが、供給口空間にたれることはない。毛管部材61は毛管力があるため、インクタンク内にインクを注入した状態では毛管部材の表面までインクが保持されており、毛管部材61の内部にはエアは保持されていない。毛管部材の内部にインクにより閉鎖されたエアを保持させることは可能であるが、供給口空間と連結しているエアを保持させた場合、インクたれ抑制の効果がある。
【0040】
図5(a)は、キャップ部材を装着する状態を説明する断面図である。図の矢印の方向でキャップ部材65をインクタンク1に固定する。弾性部材の突起68の先端が供給口部材63に接触した状態が、図5(b)である。キャップとインクタンクは係合しておらず、突起68の先端は供給口部材63に接触しているだけで、つぶれてはいない。この後図5(c)で示すように、取っ手となるレバー67と係合爪69がインクタンクに係合し、その結果突起68の先端がつぶれ、キャップとタンクが密閉状態になる。レバーの一部にも、インクタンクと係合する係合爪72が設けられている。キャップに設けられ、キャップの装着時に供給口を挟んで対向する位置にある2つの係合爪69と72の相互作用によって、突起68をタンク側へ押し込むことになるが、これはキャップ部材65を固定し、かつ供給口空間を確実に密閉するためである。複数の係合爪で供給口を挟み込み、この時にキャップの突起68が供給口を押しつぶす分だけ、供給口空間の密閉空間が圧縮される。圧縮された体積に相当する量のエアが、毛管部材内に押し込まれる。これにより、キャップ部材を装着した状態で毛管部材61内にエアが保持される。図5(b)で示すように供給口空間内のエア体積をVb(毛管部材内に保持されたエア体積も含む)とする。図5(c)で示すように輸送時に発生しうる環境変化により収縮した後の最小エア体積をVshrとする。図5(d)で示すように毛管部材内に保持されているエア体積をVaとすると、
Va≧Vb−Vshr ‥ (2)
が成立するように構成することで、温度低下もしくは気圧上昇時にもインクもれの発生を抑制することができる。したがって、レバー67および係合爪69と、突起68との先端高さで決定されるキャップ装着時の圧縮量Vaを、想定される供給口空間のエア収縮量体積Vb−Vshr以上とすることが、重要である。
【0041】
インクタンクが置かれ得る実際の環境における最低温度は−30℃程度であり、その場合のエア体積は0.89倍(急速に温度変化が起こった場合)になる。(徐々に−30℃に変化した場合には、インクが凍結しインク収納室Rが体積変化することができなくなり、−30℃に至ってもエア体積は0.89倍まで達しない場合もある。)また、気圧の上昇は、1.1atmであり、その場合のエアの収縮体積は、0.91倍になる。したがって、エアが膨張する場合の体積変化に対し、エアが収縮する場合の体積変化は小さいので、供給口からのインクたれへの対策は、エア膨張時のみを考慮すれば良い。勿論エアの膨張・収縮両方向の対策を行うことが望ましい。
【0042】
(第2の実施形態)
図6は、本発明の第2の実施形態におけるインクタンクの断面図である。
【0043】
本例の場合、キャップ部材がフィルム部材71となっている。供給口空間を密閉するものがキャップ部材の場合、合成の高いキャップ部材に弾性体であるシール部材を接合する形態であった。本実施例では、粘着層を有するフィルム部材1部品で、供給口空間を密閉にしている。これによりコストダウンが可能となる。
【0044】
本実施例においても、環境変動によって、タンクが温度上昇もしくは気圧低下した場合、供給口内のエアが膨張する際に、第1の実施例と同様にインクたれ抑制効果がある。しかしながら、環境変動によるタンクの温度下降もしくは気圧上昇する場合では、供給口空間を圧縮しながらフィルム部材71を貼付することができないため、第1の実施例と同様の効果を得ることはできない。この場合、タンクの製造工程において1atmより高圧の環境下でフィルム部材71を貼付することにより、出荷時に通常の気圧に戻った時に供給口空間内のエアが膨張し、毛管部材61内にエアを保持させることができ、インクたれに対して同様の効果を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】本発明の第1の実施形態におけるインクタンクの断面図
【図2】インクタンクの外観斜視図
【図3】インクタンクの分解斜視図
【図4】(a)は第1の実施形態におけるインクタンクのJ−J断面図、(b)は供給口空間内のエアが膨張した断面図、(c)は供給口空間内のエアが収縮した断面図
【図5】(a)キャップ部材をタンクの供給口に装着する断面図、(b)はキャップ部材を装着した断面図、(c)は供給口空間内のエアが収縮した断面図、(d)は毛管部材内に保持されているエア体積Vaの説明図
【図6】第2の実施形態におけるインクタンクの断面図
【図7】(a)は従来例におけるインクタンクの断面図、(b)は供給口空間のエアが膨張した断面図、(c)は繊維の平衡状態でのエア説明断面図、(d)は供給口空間内のエアが収縮した断面図
【符号の説明】
【0046】
10 タンクケース
60 供給口
61 毛管部材
62 メニスカス保持部材
63 供給口部材
64 インク導出口
65 キャップ部材
66 シール部材
70 供給口空間

【特許請求の範囲】
【請求項1】
インクを直接収納するインク収納室と、前記インク収納室内のインクを記録ヘッドへ供給する供給口と、前記供給口に配置され、インクを保持する毛管部材と、を備えて構成されるインクタンクと、
前記インクタンクの前記供給口を覆うシール部材と、
を有し、前記シール部材によって前記供給口が覆われた状態で物流に供されるインクタンクの物流形態において、
前記毛管部材と前記シール部材にて形成される空間内のエア体積をV、前記毛管部材が保持するインク体積をVi、前記インクタンクの環境変動に伴い、前記空間内のエアが膨張する最大体積をVexpとした時、
Vi≧Vexp−V
となることを特徴としたインクタンクの物流形態。
【請求項2】
前記シール部材は、前記供給口を密閉する弾性部材と、該弾性部材を保持するキャップ部材からなり、前記キャップ部材が該弾性部材を前記供給口に押圧し密閉することを特徴とした請求項1に記載されたインクタンクの物流形態。
【請求項3】
前記キャップ部材が備える複数の係合爪によって、前記弾性部材を前記供給口に押圧し密閉することを特徴とした請求項2に記載されたインクタンクの物流形態。
【請求項4】
インクを直接収納するインク収納室と、前記インク収納室内のインクを記録ヘッドへ供給する供給口と、前記供給口に配置され、インクを保持する毛管部材と、を備えて構成されるインクタンクと、
前記インクタンクの前記供給口を密閉するための弾性部材と、該弾性部材を保持するキャップ部材と、
を有したインクタンクの物流形態において、
前記弾性部材が前記供給口と接触した状態で、前記毛管部材と前記弾性部材にて形成される空間内のエア体積をVb、前記毛管部材が保持するエア体積をVa、前記インクタンクの環境変動に伴い、前記空間内のエアが収縮する最小エア体積をVshrとした時、
Va≧Vb−Vshr
となることを特徴としたインクタンクの物流形態。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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