説明

インスリン分泌増強剤のスクリーニング法

新たなインスリン分泌増強剤のスクリーニング方法及びそのようなスクリーニング方法を行うための手段が開示されている。当該手段は,互いに異なった波長の蛍光を発する2種の異なる蛍光タンパク質をそれぞれコードする2種の異なるDNAと,Epac2をコードするDNAとをイン・フレームで融合させてなる,蛍光標識Epac2をコードするDNA及び該DNAで形質転換した細胞を含む。候補物質を当該DNAで形質転換された細胞に接触させて該物質とEpac2との結合の有無を検出することによる,インスリン分泌増強剤のスクリーニング方法も開示されている。


【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,インスリン分泌増強剤のスクリーニング法に関し,より詳しくは,蛍光標識Epac2遺伝子,当該遺伝子で形質転換させた細胞,及び,そのような細胞を用いたインスリン分泌増強剤のスクリーニング法に関する。
【背景技術】
【0002】
糖尿病治療薬として広く用いられているスルホニル尿素系薬剤(以下,「SU剤」という。)は,ATP感受性カリウムチャネル(KATPチャネル)の構成要素の一つであり調節サブユニットであるSU受容体(SUR1)に結合することによりその効果を発揮することが知られている(非特許文献1〜3)。KATPチャネルは,膵β細胞膜上に存在し,その開閉を介してインスリン分泌量を調節する。SU受容体にSU剤が結合すると,膵β細胞膜上のKATPチャネルが閉じて膜が脱分極し,それにより電位依存性カルシウムチャネルが開いて細胞内にカルシウムイオンが流入し,それによりインスリン分泌が促進される。SU剤としてトルブタミド,グリベンクラミド,クロルプロパミド、グリクラジド等が挙げられる。
【0003】
インスリン分泌の調節機序には,複数の細胞内シグナルが関与している。特に細胞内に存在するcAMPはインスリン分泌の調節において極めて重要なシグナル分子として機能する。cAMPによるインスリン分泌の調節機序にはプロテインキナーゼA依存性経路と非依存性経路があることが知られている。プロテインキナーゼA非依存性経路には,Epac2〔exchange protein
directly activated by cAMP 2:cAMPにより活性化される,small Gタンパク質Rap1のグアニンヌクレオチド交換因子(GEF)の一つである。〕が介在するものが知られている(非特許文献4〜6)。cAMPが直接結合することによって活性化されたEpac2は,Rap1に対するグアニンヌクレオチド交換活性を有し,この活性によりRap1を活性化することで,インスリン分泌を促進させる。
【0004】
上記のようにインスリン分泌の調節機序は多様であり,SU剤を含む糖尿病治療薬の作用機序も完全に解明されているとはいえない。
【0005】
Epac2には,構造が類似したアイソフォーム(Epac1)が存在する(非特許文献7)。Epac1は,1個のcAMP結合ドメイン,膜局在に関与する1個のDishevelled, Egl-10, Plechstrin (DEP)ドメイン,1個のRas 交換モチーフ (REM),及びカルボキシル末端の1個のGEFドメインを有する。Epac2は構造上Epac1に類似しているが,上記のドメインに加えて,アミノ末端に第2のcAMP結合ドメインを有し,またRasと相互作用するものである1個のRas結合〔Ras-association (RA)〕ドメインを有する。Epac1とEpac2はともにcAMPを介した細胞内シグナル伝達に関与する。
【0006】
cAMPを介した細胞内シグナル伝達をモニターするために,2種の異なる色の蛍光を発するタンパク質すなわちシアン蛍光タンパク質とイエロー蛍光タンパク質の間にEpac1の一部もしくは全長を挟んだ形の融合タンパク質が,生細胞中でEpac1活性化をモニターするための蛍光共鳴エネルギー移動(Fluorescence Resonance Energy Transfer(FRET))センサーとして開発されている(非特許文献8〜10)。
【0007】
「FRET」とは,近接した2個の色素分子,例えば蛍光タンパク質の間で,一方の色素分子(供与体)に一定の波長の光(励起光)を照射することによりその色素分子を励起させたときに,励起エネルギーが,近接して存在するもう一方の色素分子(受容体)に電子の共鳴により移動する現象をいう。この現象に従い,供与体で吸収された光のエネルギーによって,受容体から特定の波長を有する光(蛍光)が発せられる。FRET法とは,FRETによる蛍光の変化を測定する方法である。
【0008】
シアン蛍光タンパク質とイエロー蛍光タンパク質の間にEpac1の一部もしくは全長を挟んだ形の融合タンパク質(蛍光標識Epac1)に,シアン蛍光タンパク質(短波長側の蛍光を発する)に対する励起光(波長約440nm)の光を照射すると,同タンパク質が励起され,その励起エネルギーの一部によりFRETが起こり,イエロー蛍光タンパク質も励起されて535nmの蛍光を発する。一方,シアン蛍光タンパク質の励起エネルギーの一部はFRETを起こさず,この場合シアン蛍光タンパク質から480nmの蛍光が発せられる。こうして蛍光標識Epac1から発せられる2種の異なる波長の蛍光相互の強度比(波長535nmの蛍光強度/波長480nmの蛍光強度)は,分子内でのシアン蛍光タンパク質とイエロー蛍光タンパク質の立体配置及び距離に依存する。このため,分子の立体構造が,修飾や他の分子との結合により変化すると,この比も,それに応じて変化する。例えば,蛍光標識Epac1は,cAMPが結合すると高次構造が変化することから,その変化をFRET法で検出することで,Epac1へのcAMPの結合の有無を検出することができる。従って,FRET法により,蛍光標識Epac1に波長440nmの光を照射しつつ,生ずる蛍光の変化を測定することで,Epac1を介したシグナル伝達の有無を検出することができる。
【0009】
上記のようにEpac1をFRET法におけるセンサー(FRETセンサー)として用いシグナル伝達を測定する方法は知られているが,全長Epac2をFRETセンサーとして利用する方法は知られていない。
【0010】
Epac2は,cAMP依存性・プロテインキナーゼA (PKA) 非依存性経路でインスリン分泌を媒介していることが知られている(非特許文献11,12)。Epac2はもともとKATPチャネルの調節サブユニットであるSUR1の相互作用分子(cAMP-GEF II)として同定されたものである(非特許文献13。)。
【0011】
SUR1はSU剤の標的分子として知られている。SU剤がSUR1に結合することによりKATPチャネルが閉じる一方で電位依存性カルシウムチャネルが開き,カルシウムイオンのβ細胞内への流入を許容することにより,インスリン分泌を促進する(非特許文献2)。KATPチャネルのサブユニットを欠損するKir6.2遺伝子欠損マウスとSUR1遺伝子欠損マウスを用いた研究により,KATPチャネルの閉鎖が,SU剤がインスリン分泌を促進するための必須条件であることが確認されている(非特許文献14〜16)。すなわち,SU剤が糖尿病治療薬としての薬効を奏するのは,KATPチャネルを介してである,と考えられてきた。
【0012】
最近,Kir6.2あるいはSUR1の変異が,KATPチャネル機能損失によって,色々な症状を呈する新生児糖尿病を引き起こすことが示されている(非特許文献17)。このような患者の多くで,インスリン注射治療から高濃度SU剤経口投与に変えても,血糖コントロールの改善が認められることが見出された(非特許文献18)。
【0013】
また,ある新生児糖尿病に対して,SU剤の中でも,グリクラジドは効果がなかったが,そのような患者でグリベンクラミドにより血糖コントロールが改善されたという臨床報告がある(非特許文献19)。この知見は,SU剤の作用機序が一様ではないことを示唆している。従って,新生児糖尿病等の患者に対して適切な治療を施す上で,SU剤の作用機序を知ることは不可欠である。また,SU剤の未知なる作用機序の解明は,多様な背景因子を有する糖尿病患者に対する新たな治療法を,及びそのための新たな治療薬を開発する手がかり及び手段を提供するものとして,重要である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0014】
【非特許文献1】Seino S., (1999) Annu. Rev. Physiol. 61, 337-62
【非特許文献2】Henquin J.C., (2000) Diabetes 49, 1751-60
【非特許文献3】Proks P. et.al., (2002) Diabetes 51, S368-76
【非特許文献4】de Rooji J. et.al., (1998) Nature 396, 474-7
【非特許文献5】Kawasaki H. et.al., (1998) Science 282, 2275-9
【非特許文献6】de Rooji J. et.al., (2000) J. Biol. Chem. 275, 20829-36
【非特許文献7】Bos J.L. et.al., (2003) Mol. Cell. Biol. 4, 733-8
【非特許文献8】Nikolaev V.O. et.al., (2004) J. Biol. Chem. 279, 37215-8
【非特許文献9】Dipilato L.M. et.al., (2004) Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 101, 16513-8
【非特許文献10】Ponsioen B. et.al., (2004) EMBO Rep. 5, 1176-80
【非特許文献11】Holz G.G. et.al., (2004) Diabetes 53, 5-13
【非特許文献12】Seino S. et.al., (2005) Physiol. Rev. 85, 1303-42
【非特許文献13】Ozaki N. et.al., (2000) Nat. Cell. Biol. 2, 805-811
【非特許文献14】Miki T. et.al., (1998) Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 95, 10402-6
【非特許文献15】Seghers V. et.al., (2000) J. Biol. Chem. 275, 9270-7
【非特許文献16】Shiota C. et.al., (2002) J. Biol. Chem. 277, 37176-83
【非特許文献17】Hattersley A. T. et.al., (2005) Diabetes 54, 2503-13
【非特許文献18】Pearson E. R. et.al., (2006) N. Engl. J. Med. 355, 467-77
【非特許文献19】Koster J. C., (2008) J. Clin. Endocrinol.Metab. 93, 1054-61
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
上記の背景の下,本発明の目的は,2種類の蛍光タンパク質と融合させたEpac2をセンサーとして用いて,Epac2を標的とする新たなインスリン分泌増強剤をスクリーニングする方法を提供することである。本発明の更なる目的は,SU剤を含む既存の糖尿病治療剤の適正な使用法を知るための,Epac2との結合の有無に基づくそれらのスクリーニング方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは,SUR1を標的分子とすることが知られていたSU剤の新たな作用機序として,SU剤のEpac2への結合を介するものを見出した。本発明はこれらの知見に基づき更に検討を加えて完成させたものである。
【0017】
すなわち,本発明は以下を提供する。
1.互いに異なる波長の蛍光を発する2種の異なる蛍光タンパク質をそれぞれコードする2種の異なるDNAと,Epac2をコードするDNAとを,イン・フレーム(in-frame)で融合させてなる,蛍光標識Epac2をコードするDNA。
2.該2種の異なる蛍光タンパク質がシアン蛍光タンパク質及びイエロー蛍光タンパク質である,上記1のDNA。
3.該シアン蛍光タンパク質をコードするDNAと該イエロー蛍光タンパク質をコードするDNAを,Epac2をコードするDNAの,それぞれ5’末端側及び3’末端側に融合させてなるものである,上記2のDNA。
4.該シアン蛍光タンパク質がECFPであり該イエロー蛍光タンパク質がEYFPである,上記2又は3のDNA。
5.上記1ないし4の何れかのDNAが組み込まれてなる発現ベクター。
6.哺乳動物細胞用である,上記5の発現ベクター。
7.上記5または6の発現ベクターを保持する形質転換体である細胞。
8.哺乳動物細胞である,上記7の細胞。
9.SUR1遺伝子を発現しないことを特徴とする,上記8の哺乳動物細胞。
10.COS細胞である,上記9の哺乳動物細胞。
11.Epac2とこれに融合させた2種の異なる蛍光タンパク質とを含んでなる融合タンパク質である蛍光標識Epac2であって,該2種の異なる蛍光タンパク質が互いに異なる波長の蛍光を発するものである,蛍光標識Epac2。
12.上記7ないし10の何れかの細胞内で該発現ベクターにより産生させることにより得られる,該2種の異なる蛍光タンパク質とEpac2とを含んでなる融合タンパク質である,蛍光標識Epac2。
13.インスリン分泌増強剤の候補物質を準備し,上記7ないし10の何れかの細胞に該候補物質の各々を接触させ,該候補物質との接触の前後において該細胞に該2種の異なる蛍光タンパク質のうち短波長側の蛍光タンパク質に対する励起光を照射して,該細胞内の該蛍光標識Epac2に含まれる該2種の異なる蛍光タンパク質から発せられた蛍光の強度をそれぞれ測定し,該細胞との該候補物質の接触の前対後での該2種の異なる蛍光の強度比における変化を検出し,変化を生じさせた候補物質をインスリン分泌増強剤として選択することを含んでなる,インスリン分泌増強剤のスクリーニング方法。
14.インスリン分泌増強剤の候補物質を準備し,上記11又は12の蛍光標識Epac2に該候補物質の各々を接触させ,該候補物質との接触の前後において該2種の異なる蛍光タンパク質のうち短波長側の蛍光タンパク質に対する励起光を照射して該蛍光標識Epac2に含まれる該2種の異なる蛍光タンパク質から発せられた蛍光の強度をそれぞれ測定し,該候補物質との接触の前対後での該2種の異なる蛍光の強度比における変化を検出し,変化を生じさせた候補物質をインスリン分泌増強剤として選択することを含んでなる,インスリン分泌増強剤のスクリーニング方法。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば,Epac2を標的とするインスリン分泌増強剤をスクリーニングすることができる。Epac2を標的とするインスリン増強剤は今までに知られていないことから,本発明は,新たな作用機序によって作用する糖尿病治療薬のスクリーニングに使用することができる。糖尿病の発症機構が十分に解明されておらず,現在知られている治療に抵抗性を有する患者が存在することに鑑みれば,本発明の方法は重要である。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】図1は,野生型マウスEpac2発現ベクターpFLAG-Epac2のベクターマップである。
【図2】図2は,変異型マウスEpac2発現ベクターpFLAG-Epac2 G114E G422Dのベクターマップである。
【図3】図3aは,pFLAT-CMV-2のベクターマップであり,図3bはマルチクローニングサイトのヌクレオチド配列を示す。
【図4】図4は,ベクターpECFP-C1の遺伝子マップ及びマルチクローニングサイトの塩基配列を示す。
【図5】図5は,ベクターpEYFP-N1の遺伝子マップ及びマルチクローニングサイトの塩基配列を示す。
【図6】図6は,蛍光標識マウスEpac2と変異型蛍光標識マウスEpac2の二次構造の模式図である。ECFP:シアン蛍光タンパク質,EYFP:イエロー蛍光タンパク質,AおよびB:cAMP結合ドメイン,DEP:dishevelled, Egl-10, Plechstrin ドメイン,REM:Ras-exchanger モチーフ,RA :Ras-associationドメイン,GEF:GEFドメイン。
【図7】図7は,FRET法によるCOS-1細胞内での蛍光標識マウスEpac2の8-Bromo-cAMP存在下での動態解析を示すグラフである。縦軸はR/R値,横軸は8-Bromo-cAMP添加後の経過時間を示す。(a)は蛍光標識マウスEpac2,(b)は蛍光標識変異型マウスEpac2のデータをそれぞれ示す。
【図8】図8は, MIN6細胞内での蛍光標識マウスEpac2の,FRET法を用いた動態解析に与えるSU剤の影響を示すグラフである。縦軸はR/R0値,横軸はSU剤添加後の経過時間を示す。SU剤として,(a)トリブタマイド,及び(b)グリベンクラミドを,それぞれ添加した。
【図9】図9は,COS-1細胞内での蛍光標識マウスEpac2の,FRET法を用いた動態解析に与えるSU剤の影響を示すグラフである。縦軸はR/R0値,横軸はSU剤添加後の経過時間を示す。SU剤として,(a)トリブタマイド,(b)グリベンクラミド,(c)クロルプロパミド,(d)アセトヘキサミド,(e)グリピジド,(f)グリクラジド,及び(g)ナテグリニドを,それぞれ添加した。
【図10】図10は,マウスEpac2へのトリチウム標識グリベンクラミドの結合の競合的性質を示すグラフである。(a)●:総結合量,○:100μM非標識グリベンクラミド存在下での結合量。縦軸は結合したトリチウム標識グリベンクラミドの放射活性(DPM),横軸は添加したトリチウム標識グリベンクラミド量を示す。(b)○:非標識グリベンクラミド,●:トルブタミド,△:8-Bromo-cAMP。縦軸は結合したトリチウム標識グリベンクラミドの割合(%),横軸は競合させた物質の量(−log M)を示す。
【図11】図11は,SU剤によるMIN6細胞内におけるRap1の活性化を示す。各図で,上段はGTP結合型Rap1の量,下段はRap1の全量を示す。(a)トリブタマイド,(b)グリベンクラミド,(c)クロルプロパミド,(d)アセトヘキサミド,(e)グリピジド,及び(f)グリクラジドを,それぞれ添加した。
【図12】図12は,SU剤によるEpac2欠損膵β細胞におけるRap1の活性化を示す。図中の略号は,TLB:トルブタミド,CLP:クロルプロパミド,ACT:アセトヘキサミド,GLP:グリピジド,GLB:グリベンクラミドを,それぞれ示す。データは,それぞれ,(a)Epac2欠損膵β細胞,及び(b)マウスEpac2を発現させたEpac2欠損膵β細胞からのものである。
【図13】図13は,野生型マウス(白棒)とEpac2欠損マウス(黒棒)の膵島細胞からのインスリン分泌量をそれぞれ示すグラフである。(a)グルコースまたはKCl,(b)トルブタミド,(c)グリベンクラミド,及び(d)グリクラジドを,それぞれ添加した。
【図14】図14は,野生型マウス(WT)とEpac2欠損マウス(Epac2KO)の血清インスリン濃度および血中グルコース濃度を示すグラフである。白棒と○は野生型マウスの,そして黒棒と●はEpac2欠損マウスデータを示す。(a)グルコース単独を,又は(b)グルコースとトルブタミドを,投与した。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明において,単に「Epac2」というときは,哺乳動物のEpac2をいい,特にマウス及びヒトのEpac2を,そして特に野生型のEpac2をいう。マウスの野生型Epac2のcDNA配列を配列番号1に,アミノ酸配列を配列番号2に,それぞれ示す。またヒト野生型Epac2のcDNA配列を配列番号3に,アミノ酸配列を配列番号4に,それぞれ示す。ヒトEpac2のcDNAは,公知の方法(非特許文献5)で取得することができる。
【0021】
マウス及びヒトの野生型Epac2のアミノ酸配列は,共に1011個のアミノ酸よりなり,それらのうち僅か25個のアミノ酸において相違するのみである。またそれら相違するアミノ酸のうち5個は,同種のアミノ酸のペアの間での相違である(酸性アミノ酸1個,塩基性アミノ酸1個,分枝アミノ酸2個、ヒドロキシアミノ酸1個)。これらのことから,両者の相同性は98%以上と,極めて高い。この高度な相同性は,両者の構造上及び機能上の実質的同一性を強く示唆している。なお,本発明において,単に「Epac2」というときは,天然に存在する全長Epac2に限らず,cAMP結合ドメイン,膜局在に関与するdishevelled, Egl-10,
Plechstrin (DEP)ドメイン,Ras-exchanger モチーフ (REM)ドメイン,カルボキシル末端のGEFドメイン,アミノ末端のcAMP結合ドメイン,Rasと相互作用するRas-association (RA)ドメインを含む,Epac2の部分アミノ酸配列からなるペプチドも含む。
【0022】
本発明において,「蛍光標識Epac2」とは,2種類の蛍光タンパク質をEpac2に融合させてなるタンパク質をいう。このときEpac2に融合させる2種類の蛍光タンパク質の組み合わせは,Epac2に融合させたときに,FRETを引き起こすものである限り如何なる組み合わせでもよいが,好ましくはシアン蛍光タンパク質とイエロー蛍光タンパク質の組み合わせであり,更に好ましくはECFP(Enhanced Cyan Fluorescence Protein)とEYFP (Enhanced Yellow Fluorescence Protein)の組み合わせである。
【0023】
蛍光タンパク質がシアン蛍光タンパク質とイエロー蛍光タンパク質の組み合わせであるとき,FRETを引き起こす限り,各々の蛍光タンパク質をEpac2のN末端側とC末端側のいずれに融合させてもよいが,好ましくは,N末端側にシアン蛍光タンパク質を,C末端側にイエロー蛍光タンパク質をそれぞれ融合させる。
【0024】
本発明において,「FRET法」というときは,蛍光標識Epac2の変化を,FRETによる蛍光の変化として測定する方法のことをいう。また本発明において,「蛍光」というときは,FRET法において蛍光標識Epac2から発せられる蛍光のことをいう。
【0025】
本発明において使用する発現ベクターは,組み込んだ蛍光標識Epac2が発現する限り特に限定はないが,好ましくは哺乳動物細胞用の発現ベクターである。ここに,「哺乳動物細胞用」とは,当該ベクターが哺乳動物細胞中で発現させることのできるものであることをいう。
【0026】
本発明において使用する細胞は,本発明の発現ベクターで形質転換したときに,蛍光標識Epac2が発現する限り特に限定はなく,大腸菌を含む原核細胞でもよく,酵母,哺乳動物を含む真核細胞でもよい。
【0027】
本発明において哺乳動物細胞を使用する場合,その細胞が由来する動物種に特に限定はないが,ヒト,サル,マウス,ラット由来の細胞が好適に利用できる。また,細胞種にも特に限定はなく,繊維芽細胞,腎由来細胞,上皮様細胞,膵β細胞等を使用することができ,また正常細胞,癌化細胞,樹立細胞系,または初代培養系のいずれでも使用することができる。
【0028】
また,本発明において使用する哺乳動物細胞は,KATPチャネルを発現する細胞,例えば膵β細胞由来のMIN6細胞でもよく,KATPチャネルを発現しない細胞,例えばCOS-1細胞等のCOS細胞でもよい。但し,SUR1と蛍光Epac2の相互作用による影響を排除する場合には,KATPチャネルを発現しない細胞を選択することが好ましい。なお,ここで「KATPチャネルを発現しない細胞」とは,KATPチャネルを全く発現しない細胞だけでなく,KATPチャネルを発現するものの,その発現量がFRET法における測定結果に影響を与えない程度の微量である細胞をも含む。
【0029】
本発明におけるインスリン分泌増強剤のスクリーニング法は,蛍光標識Epac2を発現する細胞に薬剤を作用させた後またはその前後で,FRET法により蛍光の変化を観察して行うことができる。ここで,蛍光標識Epac2がシアン蛍光タンパク質とイエロー蛍光タンパク質にEpac2を融合させたものである場合,FRET法において入射する励起光として使用できる光の波長は435〜445nmであり,好ましくは440nmである。また,このとき測定する蛍光は,475〜485nmと530〜540nmの2種類の波長の光であり,特に480nmと535nmの2種類の波長の光である。
【0030】
また,本発明におけるインスリン分泌増強剤のスクリーニング法には,蛍光標識Epac2を発現する細胞のホモジネートを使用することもでき,また,そのホモジネートから完全に又は部分的に精製蛍光標識Epac2を使用することもできる。
【0031】
本発明においてスクリーニングできるインスリン分泌増強剤は,Epac2を直接または間接的に介してインスリンの分泌量を増強する限り特に限定はなく,I型糖尿病治療剤,II型糖尿病治療剤を含む。「Epac2を直接に介して」作用するとは,Epac2に直接結合して作用する場合をいい,「Epac2を間接に介して」作用するとは,シグナル伝達においてEpac2の上流に位置するRab3等のタンパク質を介して,またはEpac2と結合し得る物質を介して作用する等,インスリン分泌増強剤がEpac2とは直接に結合しないが,Epac2に関連する物質に作用するなどにより,シグナル伝達を引き起こすことをいう。
【0032】
本発明は,こうして,Epac2を介して作用するインスリン分泌増強剤のスクリーニングに用いることができる。このことは,また逆に,本発明を用いて,既知の糖尿病治療薬を含むインスリン分泌増強剤から,Epac2を介さずに作用するものをスクリーニングすることもできることを意味する。
【0033】
更に本発明は,KATPチャネルが欠損する糖尿病患者の治療剤のスクリーニングまたはその薬効の評価に特に使用することができる。ここに,「KATPチャネルが欠損する糖尿病患者」とは,遺伝的にKATPチャネルが欠損する糖尿病患者のことをいい,そのような遺伝形質を有する新生児糖尿病患者を含む。また,このときスクリーニングまたは薬効の評価の対象となる治療剤には,例えば,SU剤がある。本発明において,SU剤にはその薬効の発揮にEpac2を介するものとEpac2を介さないものとがあることを明らかとした。KATPチャネルが欠損する糖尿病患者の治療に有効と期待できるものはEpac2を介して薬効を発揮するものであり,そのような薬剤を本発明を用いてスクリーニングすることができ,またその薬効の評価をすることができる。
【実施例】
【0034】
以下,実施例を参照して本発明を更に詳細に説明するが,本発明が実施例に限定されることは意図しない。特に,以下の実施例はマウスのEpac2に関するものであるが,前述のとおりマウスのEpac2とヒトのEpac2が,共に1011個のアミノ酸よりなり,両者の相同性が98%以上であることは,両者の構造上及び機能上の実質的同一性が強く示唆されている。従って,以下の実施例においてマウスEpac2について得られた全ての結果は,ヒトEpac2についても実質的な同等性を以って当てはまるものと考えられる。なお,全ての動物実験は,神戸大学医学部動物実験倫理委員会のガイドラインに従って実施した。
【0035】
〔試薬〕
グリベンクラミドはALEXIS社(米国サンジエゴ)から購入した。トルブタミド,クロルプロパミド,アセトヘキサミド,グリピジド,ナテグリニドおよび12−O−テトラデカノイルホルボール−13−アセテート(TPA)はSIGMA社(米国セントルイス)から購入した。グリクラジドはLKTラボラトリー社(米国セントポール)から購入した。トリチウム標識グリベンクラミドはPerkinElmer社(米国ウォルサム)から購入した。
【0036】
〔動物〕
Epac2欠損マウスは,Shibasaki T.et al. Proc. Natl.
Acad. Sci. USA 104, 19333-9 (2007) に開示された手法により作成した。すべての動物実験において,コントロール動物として野生型マウス(C57BL/6)を使用した。
【0037】
〔Epac2欠損膵β細胞〕
Epac2欠損膵β細胞は,Shibasaki T.Et al. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 104, 19333-9 (2007) に開示された手法に従い,Epac2欠損マウスとヒトインスリン遺伝子プロモーターの制御下にSV40ラージT抗原を発現するIT6マウスとを交雑して育種したマウスから単離することにより得た。IT6マウスの製造方法は,Miyazaki J, et al., Endocrinology, 127, 126-132 (1990) に記載されている。また,MIN6細胞は,特開2002-125661号公報に開示された手法により作成した。
【0038】
〔マウスEpac2発現ベクター〕
マウス野生型Epac2発現ベクター(pFLAG-Epac2:図1)及びマウス変異型Epac2発現ベクター(pFLAG-Epac2 G114E G422D:図2)としては,Ozaki N. et.al., (2000) Nat. Cell. Biol. 2, 805-811(非特許文献13)に開示されているものを用いた。マウス野生型Epac2のcDNA(上記配列番号1)中,先頭の14塩基及び終止コドン「tag」を除いた末尾12塩基は,PCRに用いたプライマー配列である。
【0039】
pFLAG-Epac2及びpFLAG-Epac2 G114E G422Dの構築に用いたベクターpFLAT-CMV-2のベクターマップを図3aに,その全長DNAのヌクレオチド配列を配列番号5に,またそのマルチクローニングサイトのヌクレオチド配列を図3b及び配列番号6に,それぞれ示す。発現ベクターpFLAG-Epac2及びpFLAG-Epac2 G114E G422Dにおいて,Epac2遺伝子は,pFLAT-CMV-2ベクターのEcoRI部位に挿入されている。
【0040】
また,上記で用いたマウス変異型Epac2のcDNA配列を配列番号7に,アミノ酸配列を配列番号8に,それぞれ示す。
【0041】
〔シアン及びイエロー蛍光標識マウスEpac2発現ベクターの作成−ステップ1〕
上記のマウスEpac2発現ベクター(pFLAG-Epac2)を鋳型として,プライマーBglII-Epac2(5’-agatctatggtcgctgcgca-3’:配列番号9)とプライマーEpac2-EcoRI(5’-gaattctggccttcgagg-3’:配列番号10)をプライマーとしてPCR反応を行い,マウスEpac2のcDNAを増幅した。PCR反応は,PfuDNAポリメラーゼを用いて[95℃:30秒,55℃:30秒,68℃:2分]で10サイクルした後,[94℃:30秒,50℃:30秒,68℃:3分]で30サイクルし,最後に68℃で5分間反応させた。増幅したマウス野生型Epac2 のcDNA(上記配列番号1)をBglIIとEcoRIで消化した後,BglIIとEcoRI で消化したシアン蛍光タンパク質(ECFP)発現ベクターpECFP-C1(図4,Clontech)(そのマルチクローニングサイトのDNA配列を配列番号11に示す。)に挿入した。これをpECFP−マウスEpac2発現ベクターとした。シアン蛍光発現タンパク質(ECFP)のcDNA配列を配列番号12に,アミノ酸配列を配列番号13に,それぞれ示す。
【0042】
〔シアン及びイエロー蛍光標識マウスEpac2発現ベクターの作成−ステップ2〕
イエロー蛍光タンパク質発現ベクターpEYFP-N1 (図5,Clontech)(本発明ベクターのマルチクローニングサイトのDNA配列を配列番号14に示す。)を鋳型として,プライマーGFP-fw(5’-atggtgagcaagggcg-3’:配列番号15)とプライマーGFP-rv(5’-cttgtacagctcgtccat-3’:配列番号16)を用いてPCR反応を行い,イエロー蛍光タンパク質であるEYFPのcDNAを増幅させた。PCR反応は,PfuDNAポリメラーゼを用いて[95℃:30秒,55℃:30秒,72℃:1分]で10サイクルした後,[94℃:30秒,52℃:30秒,68℃:1分]で30サイクルし,最後に68℃で5分間反応させた。次いで,PCR反応で得られたEYFPのcDNAを鋳型として,プライマーEcoRI-EYFP(5’-gaattcatggtgagcaagg-3’:配列番号17)とプライマーEYFP-EcoRI(5’-gaattccttgtacagctcgt-3’:配列番号18) をプライマーとしてPCR反応を行い,EcoRIサイト付加EYFP
cDNAを増幅した。イエロー蛍光タンパク質(EYFP)のcDNA配列を配列番号19に,アミノ酸配列を配列番号20に,それぞれ示す。当該cDNAにおいて,先頭の13塩基,及び終止コドン「tga」を除いた末尾14塩基は,プライマー配列である。PCR反応は,PfuDNAポリメラーゼを用いて[95℃:30秒,55℃:30秒,72℃:1分]で10サイクルした後,[94℃:30秒,52℃:30秒,68℃:1分]で30サイクルし,最後に68℃で5分間反応させた。増幅したEcoRIサイト付加EYFP cDNAをEcoRIで消化し,EcoRI
で消化した前記pECFP−マウスEpac2発現ベクターに挿入した。これを蛍光標識マウスEpac2発現ベクターとした。
【0043】
〔変異型蛍光標識マウスEpac2発現ベクターの作成−ステップ1〕
上記変異型マウスEpac2発現ベクター(pFLAG-Epac2 G114E G422D)を鋳型として,プライマーBglII-Epac2(5’-agatctatggtcgctgcgca-3’:上記配列番号9)とプライマーEpac2-EcoRI(5’-gaattctggccttcgagg-3’:上記配列番号10)を用いてPCR反応を行い,マウスEpac2のcDNAを増幅した。PCR反応は,PfuDNAポリメラーゼを用いて[95℃:30秒,55℃:30秒,68℃:2分]で10サイクルした後,[94℃:30秒,50℃:30秒,68℃:3分]で30サイクルし,最後に68℃で5分間反応させた。増幅したマウスEpac2 のcDNAをBglIIとEcoRIで消化した後,pECFP-C1ベクター(Clontech)に挿入した。こうして得られたベクターを,変異型pECFP−マウスEpac2発現ベクターとした。
【0044】
〔変異型蛍光標識マウスEpac2発現ベクターの作成−ステップ2〕
上記pEYFP-N1 ベクター(Clontech)を鋳型として,プライマーGFP-fw(5’-atggtgagcaagggcg-3’:上記配列番号15)とプライマーGFP-rv(5’-cttgtacagctcgtccat-3’:上記配列番号16) を用いてPCR反応を行い,イエロー蛍光タンパク質であるEYFPのcDNAを増幅した。PCR反応は,PfuDNAポリメラーゼを用いて[95℃:30秒,55℃:30秒,72℃:1分]で10サイクルした後,[94℃:30秒,52℃:30秒,68℃:1分]で30サイクルし,最後に68℃で5分間反応させた。次いで,PCR反応で得られたEYFPのcDNAを鋳型として,プライマーEcoRI-EYFP(5’-gaattcatggtgagcaagg-3’:上記配列番号17)とプライマーEYFP-EcoRI(5’-gaattccttgtacagctcgt-3’:上記配列番号18) を用いてPCR反応を行い,EcoRIサイト付加EYFP
cDNAを増幅した。PCR反応は,PfuDNAポリメラーゼを用いて[95℃:30秒,55℃:30秒,72℃:1分]で10サイクルした後,[94℃:30秒,52℃:30秒,68℃:1分]で30サイクルし,最後に68℃で5分間反応させることにより行った。増幅したEcoRIサイト付加EYFP cDNAをEcoRIで消化し,EcoRI
で消化した変異型pECFP−マウスEpac2発現ベクターに挿入した。こうして得られたベクターを,変異型蛍光標識マウスEpac2発現ベクターとした。
【0045】
蛍光標識マウスEpac2と変異型蛍光標識マウスEpac2の二次構造の模式図を図6に示す。
【0046】
〔細胞培養および形質転換〕
MIN6細胞とCOS-1細胞の培養は,10%の熱不活化ウシ胎児血清を含むダルベッコ修飾イーグル培地(DMEM)を用いて,5%CO存在下で行った。細胞の形質転換はFuGENE6トランスフェクション試薬(ロシュ・モレキュラー・バイオケミカルズ社,スイス国バーゼル)を用いて行った。
【0047】
〔FRET法による蛍光標識マウスEpac2の観察と動態解析〕
測定日の2日前に細胞を蛍光標識マウスEpac2発現ベクターで形質転換させて培養した。測定日の1日前に直径25mmのガラス製培養皿に細胞を移し培養を継続した。形質転換してから約48時間後に,培養液をHEPES-KRB緩衝液(NaClを133.4mM ,KClを4.7mM,KH2PO4を1.2mM,MgSO4を1.2mM,CaCl2を2.5mM,NaHCO3を5.0mM,グルコースを2.8mM,BSAを0.2%含む20mM HEPES(pH7.4)緩衝液)に置き換えた。細胞をUPlanSApo対物レンズ(100×oil/1.40NA)を取り付けた共焦点顕微鏡(FV1000,オリンパス社)を用いて観察してレンズの焦点を細胞に合わせ,これに波長440nmの励起光を440nmLDレーザー(FV5-LDPSU,オリンパス社)を用いて0.5%の出力で照射した。このとき励起された蛍光標識マウスEpac2から放射される蛍光を,480DF30(480nm光用)と535DF25(535nm光用)の2種類の蛍光フィルターを用いて二重蛍光の画像として5秒毎に観察し,放射される蛍光の動態解析を行った。動態解析の結果は,まず各測定時における535nmと480nm蛍光の強度比R(535nmでの強度/480nmでの強度の比)を算出し,次いでこれを初期値R(薬剤を添加する前の535nmでの強度/480nmでの強度の比)で除した値(R/R値)として表した。なお全ての観察は室温で行った。
【0048】
〔スルフォニルウレア結合実験〕
COS-1細胞をマウスEpac2発現ベクターで形質転換させた。形質転換した2日後に,細胞を緩衝液(NaClを119mM,KClを4.7mM,CaCl2を2.5mM, KH2PO4を1.2mM,MgSO4を1.2mM,NaHCO3を5.0mM,含む20mM HEPES(pH7.4)緩衝液)で2回洗浄し,これを同緩衝液中に2.5〜5.2×105個/400μLの濃度で懸濁させた。細胞を400μLずつ分注し室温で1時間トリチウム標識グリベンクラミドを加えて静置した。このとき,同時に非放射ラベルのグリベンクラミドまたはトルブタミド等を加えて,トリチウム標識グリベンクラミドと競合させた。COS-1細胞を破壊し,COS-1細胞内のタンパク質と結合したトリチウム標識グリベンクラミドを,真空ろ過によりワットマンGF/C膜(ワットマン社,英国メイドストーン)に吸着させた。膜を4回氷冷した同緩衝液で洗浄し,液体シンチレーションカウンターで放射活性を測定した。
【0049】
〔GTP-RAP1プルダウンアッセイ〕
GTP-RAP1プルダウンアッセイは,Shibasaki T.et al. Proc.
Natl. Acad. Sci. USA 104, 19333-9 (2007)に記載された手法により実施した。すなわち,予めHEPES-KRB緩衝液中に30分間放置した細胞を,所望の薬剤と2.8mMのグルコースを含むHEPES-KRB緩衝液で更に15分間培養した。次に,細胞を破壊して得た細胞溶解物にGST-RalGDS-RIDを結合させたグルタチオン樹脂(SIGMA社)を加えた。4℃で90分間インキュベートした後,同樹脂を遠心分離し,これをHEPES-KRB緩衝液で数回洗浄した後,SDS−PAGEゲル電気泳動に供した。SDS−PAGEゲル電気泳動後,ウェスタンブロット法によりタンパク質をPVDF膜に転写し,抗RAP1抗体(米国サンタクルズバイオテクノロジー社)を用いて膜状に転写されたRap1を検出した。
【0050】
〔インスリン分泌実験〕
マウス膵島を野生型マウス(C57BL/6)またはEpac2欠損マウスから単離し,2日間培養した。マウス膵島を2.8mMのグルコースを含むHEPES-KRB緩衝液中で30分間放置した。次いで96ウェルプレートに,1ウェル当たり大きさの揃ったマウス膵島が5個含まれるように分注し,所望の薬剤と2.8mMのグルコースを含む100μLのHEPES-KRB緩衝液で15分間培養した。培地中に放出されたインスリン量と細胞内のインスリン量をインスリンアッセイキット(メディカルバイオロジカルラボラトリー社)を用いて測定した。インスリン分泌量は細胞内インスリン量で標準化して表した。
【0051】
〔経口グルコース負荷試験〕
体重1kg当たり1.5gの量のグルコースを単独で,あるいは体重1kg当たり1.5gの量のグルコースとともに体重1kg当たり100mgの量のトルブタミドを16時間絶食させたマウスに経口投与した。末梢血を所定の時間に採取し,血清中のインスリン濃度と血中グルコース濃度を,それぞれELISAキット(モリナガ社)とAntsense IIIグルコース分析装置(バイエル薬品)を用いて測定した。
【0052】
〔FRET法による蛍光標識マウスEpac2の立体構造の変化の観察〕
蛍光標識マウスEpac2発現ベクターで形質転換させたCOS-1細胞(蛍光標識マウスEpac2発現COS-1細胞)をcAMPの類似体である8-Bromo-cAMPを1mMまたは10mM含む緩衝液中で6分間 FRET法で観察したところ,R/R値の濃度依存的な低下が認められた(図7a)。R/R値の低下は,8-Bromo-cAMPの蛍光標識マウスEpac2への結合により,蛍光標識マウスEpac2の立体構造が変化し,その結果FRETが変化したことによると考えられた。一方,cAMP結合部位を破壊した変異体蛍光標識マウスEpac2発現ベクターで形質転換させたCOS-1細胞を同様にして観察した場合には,R/R値は変化しなかった(図7b)。これは,変異体蛍光標識マウスEpac2には8-Bromo-cAMPが結合できないので変異体蛍光標識マウスEpac2の立体構造が変化せず,FRETが変化しなかったためと考えられた。また,8-Bromo-cAMPを添加せずに培養した場合は,いずれの場合もR/R値に変化はなかった(図7a,図7b)。
【0053】
これらの結果は,8-Bromo-cAMPが結合することによる蛍光標識マウスEpac2の高次構造の変化を,FRET法を用いて細胞内で観察できることを示す。すなわち,Epac2へのcAMPの結合は,Epac2を介したシグナル伝達の1ステップであり,蛍光標識マウスEpac2を発現する細胞を用い,FRET法により,Epac2を介したシグナル伝達を経時的に観察することができる。
【0054】
〔SU剤の蛍光標識マウスEpac2への結合〕
蛍光標識マウスEpac2発現ベクターで形質転換させたMIN6細胞を,SU剤であるトルブタミドまたはグリベンクラミドの存在下でFRET法により観察したところ,R/R値の濃度依存的な低下が認められた(図8)。SU剤はKATPチャネルの構成因子のSUR1に結合してその機能が発揮することが知られていることから,ここで観察されたR/R値の変化は,SUR1を介した間接的な影響によるものである可能性を否定できなかった。
そこで,SUR1を発現しない蛍光標識マウスEpac2発現COS-1細胞を各種SU剤存在下でFRET法で観察したところ,トルブタミド,グリベンクラミド,クロルプロパミド,アセトヘキサミド,グリピジドの存在下で,R/R値の低下が認められた(図9a〜e)。これらの結果は,これらのSU剤がSUR1を介さずに直接Epac2に作用してその高次構造を変化させることを示唆した。このことはEpac2がSU剤の標的であるとは全く予想されていなかったことから,まさに驚くべきことである。一方,SU剤の中でも,グリクラジド,ナテグリニドの存在下では,R/R値の変化は観察されなかった。このことは,これらの薬剤は直接Epac2に作用してその高次構造を変化させることがないことを示唆している(図9f〜g)。以上の結果は,Epac2がインスリン分泌に関わるシグナル伝達物質であることから,SU剤には,その作用機序にEpac2を介するものとそうでないものがあることを示唆するものである。
【0055】
次に,SU剤がEpac2に直接結合するか否かについて検証をするため,トリチウム標識グリベンクラミドを用いてスルフォニルウレア結合実験を行った。マウスEpac2発現ベクターで形質転換させたCOS-1細胞を,1〜40nMの濃度のトリチウム標識グリベンクラミド存在下で培養した後に,細胞を破壊してCOS-1細胞内の因子と結合したトリチウム標識グリベンクラミドの放射活性を測定した。このとき非特異的なトリチウム標識グリベンクラミドの結合量は,100μMの濃度の非放射ラベルグリベンクラミドとの共存下で同様に培養したときの放射活性とした。その結果,特異的なトリチウム標識グリベンクラミドの結合量が濃度依存的に増加することが認められた(図10a)。一方,通常のCOS-1細胞では,特異的な結合は観察されなかった(データ示さず)。以上の結果は,グリベングラマイドがEpac2に特異的に結合することを示している。
【0056】
次に,マウスEpac2発現ベクターで形質転換させたCOS-1細胞を,非標識のグリベンクラミド(GLB),トルブタミド(TLB)または8-Bromo-cAMP(8-Br-cAMP)と10nMのトリチウム標識グリベンクラミドの共存下で培養し,Epac2への結合を競合させた。その結果,IC50は,非標識グリベンクラミドでは25nM,トルブタミドでは240μMを示し,8-Bromo-cAMPはほとんど競合が認められなかった(図10b)。これらの結果は,Epac2への親和性は,トルブタミドよりグリベンクラミドのほうが大きいことを示唆している。また,Epac2分子内におけるグリベンクラミドの結合部位がcAMP結合部位とは重複しないことを示唆している。
【0057】
これらの結果は,蛍光標識Epac2をセンサーとするFRET法により,SU剤その他の薬剤がEpac2に結合するか否かを,観察することができることを示すものである。
【0058】
〔SU剤によるRap1活性化へのEpac2の関与〕
Epac2はGEF活性を有し,Rap1をGTPとの結合によりGTP結合型Rap1とすることによってRap1を活性化する。この反応はβ細胞におけるインスリン分泌のためのシグナル伝達の一部を構成する。そこで,β細胞由来のMIN6細胞を用いて,Rap1がSU剤によって活性化されるか否かについて調べた。Rap1の活性化は,GTP-RAP1プルダウンアッセイ法を用いてGTP結合型Rap1を定量することにより測定した。陽性コントロールとして,Rap1活性化物質の8-Bromo-cAMPとTPAを用いた。
【0059】
その結果,トルブタミド,グリベンクラミド,クロルプロパミド,アセトヘキサミド,及びグリピジドは,濃度依存的にMIN6細胞内のGTP結合型Rap1量を増加させ,Rap1を活性化させることがわかった(図11a〜e)。但し,グリベンクラミドは100nMまでの濃度ではGTP結合型Rap1を増加させたが,それ以上の濃度ではGTP結合型Rap1を増加させなかった(図11b)。一方,グリクラジドはMIN6細胞内のGTP結合型Rap1量に影響を与えず,Rap1を活性化しないことがわかった(図11f)。
【0060】
Rap1を活性化させたトルブタミド,グリベンクラミド,クロルプロパミド,アセトヘキサミド,及びグリピジドは,いずれもFRET法でR/R値の低下が認められたSU剤であり,Rap1を活性化しなかったグリクラジドは,FRET法でR/R値の低下が認められなかったものである。以上の結果は,SU剤によるRap1の活性化は,SU剤のEpac2への結合を介して起こることを示唆している。
【0061】
次に,Epac2欠損膵β細胞を用いて,Rap1がSU剤によって活性化されるか否かについて調べた。Rap1の活性化は,GTP-RAP1プルダウンアッセイ法を用いてGTP結合型Rap1を定量して測定した。ポジティブコントロールとして,Rap1を活性化することが知られている8-Bromo-cAMPとTPAを用いた。
【0062】
その結果,MIN6細胞でRap1を活性化したトルブタミド,グリベンクラミド,クロルプロパミド,アセトヘキサミド,グリピジドのいずれもが,Epac2欠損膵β細胞ではRap1を活性化しなかった(図12a)。ところが,Epac2欠損膵β細胞をマウスEpac2発現ベクターで形質転換させて同様の実験を行ったところ,上記の全ての薬剤がRap1を活性化した(図12b)。これらの結果から,これらのSU剤がEpac2を介してRap1を活性化するものであることが判明した。一方,FRET法でR/R値に変化を与えなかったナテグリニドでは,マウスEpac2発現ベクターで形質転換したEpac2欠損膵β細胞でもRap1を活性化しなかった(データ示さず)。
【0063】
これらの結果は,蛍光標識Epac2をセンサーとするFRET法によりEpac2への結合が観察された薬剤は,Epac2を介してRap1を活性化することを示す。すなわち,蛍光標識Epac2をセンサーとするFRET法を用いて,Epac2を介してRap1を活性化できる薬剤をスクリーニングできることを示すものである。
【0064】
〔Epac2を介したインスリン分泌へのSU剤の影響〕
膵島を用いたインスリン分泌実験により,Epac2を介したインスリン分泌へのSU剤の影響を調べた。まず,野生型マウスとEpac2欠損マウスから得られた膵島を,グルコースで刺激し,分泌されるインスリン量を測定した。その結果,両者間でインスリンの分泌量に有意な差は認められなかった(図13a)。KClで刺激した場合も同様であった(図13a)。次に,野生型マウスとEpac2欠損マウスから得られた膵島を,FRET法でR/R値を低下させた(100 μM)トルブタミドまたは(10nM)グリベンクラミドで刺激し,同様に分泌されるインスリン量を測定した。その結果,これらの薬剤で刺激した場合,野生型マウスの膵島と比較して,Epac2欠損マウスの膵島でインスリンの分泌量が著しい低値を示した(図13b,c)。一方,FRET法でR/R値に変化を与えなかった(10nM)グリクラジドでは,両者間で有意な差はなかった(図13d)。これらの結果は,FRET法でR/R0値を低下させるSU剤の完全な薬効の発揮には,Epac2を介した経路が必要であることを示した。
【0065】
Epac2を介したSU剤の効果を生体内での効果を調べるために,経口グルコース負荷試験に従ってグルコースを経口投与したときの血清インスリン濃度および血中グルコース濃度に対するトルブタミドの影響を調べた。まず,グルコースを単独で野生型マウスとEpac2欠損マウスに投与し,血清インスリン濃度および血中グルコースを測定し,両者間で有意な差は認められなかった(図14a)。次に,グルコースをトルブタミドともに投与して同様の測定を行った。その結果,野生型マウスと比較して,Epac2欠損マウスでは血清インスリン濃度が低値を示した(図14b)。また,血清インスリン濃度と対応するように,このときの血中グルコース濃度は,野生型マウスと比較して,Epac2欠損マウスで高値を示した(図14b)。
【0066】
上記の結果は,Epac2を介したSU剤の薬効は生体内でも発揮されることを示し,Epac2/Rap1シグナル伝達経路の活性化が,トルブタミドを含むある種のSU剤が効果を完全に発揮するうえで必要であることを示している。更に,Epac2を介してRap1を活性化できる薬剤を,蛍光標識Epac2をセンサーとするFRET法によりスクリーニングできることから, Epac2を介してインスリン分泌を増強する薬剤を同法によりスクリーニングできることが判明した。例えば,KATPチャネルを欠いた糖尿病患者の治療薬として使用できるSU剤は,Epac2/Rap1シグナル伝達経路を活性化するものに限られることから,そのような薬剤を,同法によりスクリーニングすることができる。逆に,同法により,Epac2/Rap1シグナル伝達経路を活性化しない薬剤をスクリーニングすることができる。
【産業上の利用可能性】
【0067】
本発明は,糖尿病患者に適用可能なインスリン分泌増強剤をスクリーニングするための材料として,またはそのスクリーニング方法として利用することができる。
【配列表フリーテキスト】
【0068】
配列番号1は,マウス野生型Epac2
配列番号3は,ヒト野生型Epac2
配列番号5は,pFLAT-CMV-2の全長DNA
配列番号6は,pFLAT-CMV-2のマルチクローニングサイト,
配列番号7は,マウス変異型Epac2 (Epac2 G114E G422D)
配列番号9は,プライマーBglII-Epac2
配列番号10は,プライマーEpac2-EcoRI
配列番号11は,pECFP-C1のマルチクローニングサイト
配列番号12は,ECFP
配列番号13は,合成構築物
配列番号14は,pEYFP-N1のマルチクローニングサイト
配列番号15は,プライマーGFP-fw
配列番号16は,プライマーGFP-rv
配列番号17は,プライマーEcoRI-EYFP
配列番号18は,プライマーEYFP-EcoRI
配列番号19は, EYFP
配列番号20は,合成構築物

【特許請求の範囲】
【請求項1】
互いに異なる波長の蛍光を発する2種の異なる蛍光タンパク質をそれぞれコードする2種の異なるDNAと,Epac2をコードするDNAとをイン・フレームで融合させてなる,蛍光標識Epac2をコードするDNA。
【請求項2】
該2種の異なる蛍光タンパク質がシアン蛍光タンパク質及びイエロー蛍光タンパク質である,請求項1のDNA。
【請求項3】
該シアン蛍光タンパク質をコードするDNAと該イエロー蛍光タンパク質をコードするDNAを,Epac2をコードするDNAの,それぞれ5’末端側及び3’末端側に融合させてなるものである,請求項2のDNA。
【請求項4】
該シアン蛍光タンパク質がECFPであり該イエロー蛍光タンパク質がEYFPである,請求項2又は3のDNA。
【請求項5】
請求項1ないし4の何れかのDNAが組み込まれてなる発現ベクター。
【請求項6】
哺乳動物細胞用である,請求項5の発現ベクター。
【請求項7】
請求項5または6の発現ベクターを保持する形質転換体である細胞。
【請求項8】
哺乳動物細胞である,請求項7の細胞。
【請求項9】
SUR1遺伝子を発現しないことを特徴とする,請求項8の哺乳動物細胞。
【請求項10】
COS細胞である,請求項9の哺乳動物細胞。
【請求項11】
Epac2とこれに融合させた2種の異なる蛍光タンパク質とを含んでなる融合タンパク質である蛍光標識Epac2であって,該2種の異なる蛍光タンパク質が互いに異なる波長の蛍光を発するものである,蛍光標識Epac2。
【請求項12】
請求項7ないし10の何れかの細胞内で該発現ベクターにより産生させることにより得られる,該2種の異なる蛍光タンパク質とEpac2とを含んでなる融合タンパク質である,蛍光標識Epac2。
【請求項13】
インスリン分泌増強剤の候補物質を準備し,請求項7ないし10の何れかの細胞に該候補物質の各々を接触させ,該候補物質との接触の前後において該細胞に該2種の異なる蛍光タンパク質のうち短波長側の蛍光タンパク質に対する励起光を照射して,該細胞内の該蛍光標識Epac2に含まれる該2種の異なる蛍光タンパク質から発せられた蛍光の強度をそれぞれ測定し,該細胞との該候補物質の接触の前対後での該2種の異なる蛍光の強度比における変化を検出し,変化を生じさせた候補物資をインスリン分泌増強剤として選択することを含んでなる,インスリン分泌増強剤のスクリーニング方法。
【請求項14】
インスリン分泌増強剤の候補物質を準備し,請求項11又は12の蛍光標識Epac2に該候補物質の各々を接触させ,該候補物質との接触の前後において該2種の異なる蛍光タンパク質のうち短波長側の蛍光タンパク質に対する励起光を照射して該蛍光標識Epac2に含まれる該2種の異なる蛍光タンパク質から発せられた蛍光の強度をそれぞれ測定し,該候補物質との接触の前対後での該2種の異なる蛍光の強度比における変化を検出し,変化を生じさせた候補物質をインスリン分泌増強剤として選択することを含んでなる,インスリン分泌増強剤のスクリーニング方法。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図13】
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【図14】
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【図11】
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【図12】
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【公表番号】特表2012−523818(P2012−523818A)
【公表日】平成24年10月11日(2012.10.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−542611(P2011−542611)
【出願日】平成22年4月15日(2010.4.15)
【国際出願番号】PCT/JP2010/002755
【国際公開番号】WO2010/119693
【国際公開日】平成22年10月21日(2010.10.21)
【出願人】(504150450)国立大学法人神戸大学 (421)
【出願人】(000228545)日本ケミカルリサーチ株式会社 (27)
【Fターム(参考)】