説明

インホイールモータ駆動装置

【課題】走行に支障がない範囲で潤滑油貯留部を大きく確保することができ、しかも潤滑油貯留部の空冷効果が向上し、しかも減速部に循環した潤滑油の回収経路が短くて潤滑油のスムーズな回収が行えるインホイールモータ駆動装置を提供する。
【解決手段】モータ部Aを保持するハウジング22gの下部に、潤滑油排出口22cと回転ポンプ51との間の潤滑油を一時的に貯留する潤滑油貯留部22dを配置し、潤滑油貯留部22dの潤滑油を回転ポンプ51によってパイプ61を介して吸い上げ、循環油路22eを経由して潤滑油路25cに強制的に還流させるようにした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、電動モータの出力軸と車輪のハブとを減速機を介して連結したインホイールモータ駆動装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来のインホイールモータ駆動装置101は、例えば、特開2009−63043号公報(特許文献1)に記載されている。
【0003】
このインホイールモータ駆動装置101は、図10に示すように、車体に取り付けられるハウジング102の内部に駆動力を発生させるモータ部103と、車輪に接続される車輪ハブ軸受部104と、モータ部103の回転を減速して車輪ハブ軸受部104に伝達する減速部105とを備える。
【0004】
上記構成のインホイールモータ駆動装置101において、装置のコンパクト化の観点からモータ部103には低トルクで高回転のモータが採用される。一方、車輪ハブ軸受部104には、車輪を駆動するために大きなトルクが必要となる。このため、減速部105には、コンパクトで高い減速比が得られるサイクロイド減速機を採用することが多い。
【0005】
サイクロイド減速機を適用した減速部105は、偏心部106a、106bを有する入力軸106と、偏心部106a、106bに配置される曲線板107a、107bと、曲線板107a、107bを入力軸106に対して回転自在に支持する転がり軸受106cと、曲線板107a、107bの外周面に係合して曲線板107a、107bに自転運動を生じさせる複数の外周係合部材108と、曲線板107a、107bの自転運動を車輪側回転部材110に伝達する複数の内ピン109とを含む。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2009−63043号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記構成のインホイールモータ駆動装置101においては、減速部105に潤滑油を供給する減速部潤滑機構を備えている。
【0008】
減速部潤滑機構は、モータ側回転部材112の内部に設けられる潤滑油路112aと、潤滑油路112aからモータ側回転部材112の外径面に向かって延びる潤滑油供給口112bと、ハウジング102に設けられ、減速部105から潤滑油を排出する潤滑油排出口102bと、潤滑油排出口102bと潤滑油路112aとを接続し、潤滑油排出口102bから排出された潤滑油を潤滑油路102aに還流する循環油路102cと、ハウジング102内に配置され、車輪側回転部材110の回転を利用して潤滑油を循環させる回転ポンプ113とを備える。
【0009】
潤滑油排出口102bと回転ポンプ113との間には、潤滑油を一時的に貯留する潤滑油貯留部102dを、減速部105の減速部ハウジング102eの下部に設けている。
【0010】
このように、潤滑油を循環させる油路を設けると共に、回転ポンプ113によって強制的に潤滑油を循環させることにより、減速部105の全域に安定して潤滑油を供給することができると共に、攪拌抵抗の上昇を防止することができる。
【0011】
ところで、インホイールモータ駆動装置101の課題として、車内空間を広く確保するため、できるだけ軸方向寸法を小さくする必要がある。
【0012】
軸方向寸法を小さくするためには、減速部105やモータ部103を径方向に大きくして、扁平化する必要があるが、インホイールモータ駆動装置101を軽自動車、あるいはミュータのような小型の車に適用する場合には、ホイール114のサイズが小さくなるため、減速部105やモータ部103を径方向に広げることにも自ずと限界がある。
【0013】
また、減速部105の周辺には、ブレーキ、ハブ、懸架装置の取付け等のため、スペース的な制限もある。
【0014】
したがって、上記従来例のように、減速部ハウジング102eの下部に潤滑油貯留部102dを配置した場合、次のような問題が発生する。
【0015】
減速部ハウジング102eとホイール114間に確保できる容積が少ないため、潤滑油貯留部102dの容積も少なくなり、油量が不足する。
【0016】
この油量の不足を減速部105やモータ部103が浸漬するほどオイルを入れることによって解消すると、撹拌損失が大きくなるため、インホイールモータ駆動装置101の効率が低下するという問題が生じる。
【0017】
また、仮に、減速部ハウジング102eの下部に潤滑油貯留部102dを配置して、十分なオイル量を確保できたとしても、潤滑油貯留部102dとホイール114間との隙間が狭く、かつホイール114内に配置すると、空冷効果が小さいという問題もあった。
【0018】
そこで、この発明は、走行に支障がない範囲で潤滑油貯留部を大きく確保することができ、しかも潤滑油貯留部の空冷効果が向上し、しかも減速部に循環した潤滑油の回収経路が短くて潤滑油のスムーズな回収が行えるインホイールモータ駆動装置を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0019】
前記の課題を解決するために、この発明は、モータ側回転部材を回転駆動するモータ部と、前記モータ側回転部材の回転を減速して車輪側回転部材に伝達する減速部と、前記モータ部および前記減速部を保持するハウジングと、前記車輪側回転部材に固定連結された車輪ハブと、前記減速部に潤滑油を供給する減速部潤滑機構とを備え、前記減速部潤滑機構は、前記モータ側回転部材の内部に設けられる潤滑油路と、前記潤滑油路から前記モータ側回転部材の外径面に向かって延びる潤滑油供給口と、前記ハウジングに設けられ、前記減速部から潤滑油を排出する潤滑油排出口と、前記潤滑油排出口と前記潤滑油路とを接続し、前記潤滑油排出口から排出された潤滑油を前記潤滑油路に還流する循環油路と、前記ハウジング内に配置され、前記車輪側回転部材の回転を利用して潤滑油を循環させる回転ポンプとを備える、インホイールモータ駆動装置において、前記モータ部を保持するハウジングの下部に、潤滑油排出口と回転ポンプとの間の潤滑油を一時的に貯留する潤滑油貯留部を配置したことを特徴とする。
【0020】
前記潤滑油貯留部は、一部が前記減速部を保持するハウジングの下部に延びるようにしてもよい。
【0021】
前記潤滑油貯留部の外面には、空冷用のフィンを設けることが好ましい。
【0022】
空冷用フィンは、前記潤滑油貯留部を鋳物で構成する場合には、空冷用のフィンも潤滑油貯留部と一体に形成することができる。
【0023】
また、前記潤滑油貯留部と、モータ部を保持するハウジングとを一体化することもできる。
【0024】
前記回転ポンプは、サイクロイドポンプを使用することができる。
【0025】
前記前記回転ポンプは、モータ部の回転数ではなく、減速後の回転数で駆動するようにしてもよい。
【0026】
前記潤滑油貯留部から潤滑油を吸い上げるパイプは、モータ部のハウジングにねじ止め、圧入によって固定してもよいし、モータ部のハウジングと一体に形成してもよい。
【0027】
前記潤滑油貯留部から潤滑油を吸い上げるパイプとドレイン穴とは、製造上、同軸上に配置することが望ましい。
【発明の効果】
【0028】
この発明に係るインホイールモータ駆動装置は、以上のように、モータ部を保持するハウジングの下部に、潤滑油排出口と回転ポンプとの間の潤滑油を一時的に貯留する潤滑油貯留部を配置したので、走行に支障がない範囲で潤滑油貯留部を大きく確保することができ、しかも潤滑油貯留部の空冷効果が向上し、しかも減速部に循環した潤滑油の回収経路が短くて潤滑油のスムーズな回収が行える。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】この発明の一実施形態に係るインホイールモータ駆動装置の概略断面図である。
【図2】図1のモータ部の拡大図である。
【図3】図1の減速部の拡大図である。
【図4】図1の車輪ハブ軸受部の拡大図である。
【図5】図1のV−V線の断面図である。
【図6】図1の偏心部周辺の拡大図である。
【図7】図1の回転ポンプを軸方向から見た図である。
【図8】図1のインホイールモータ駆動装置を有する電気自動車の概略平面図である。
【図9】図8の車両後方から見た図である。
【図10】従来のインホイールモータ駆動装置の概略断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下、この発明の実施の形態を添付図面に基づいて説明する。
この発明の一実施形態に係るインホイールモータ駆動装置を備えた電気自動車11は、図8に示すように、シャーシ12と、操舵輪としての前輪13と、駆動輪としての後輪14と、左右の後輪14それぞれに駆動力を伝達するインホイールモータ駆動装置21とを備える。後輪14は、図9に示すように、シャーシ12のホイールハウジング12aの内部に収容され、懸架装置(サスペンション)12bを介してシャーシ12の下部に固定されている。
【0031】
懸架装置12bは、左右に伸びるサスペンションアームによって後輪14を支持すると共に、コイルスプリングとショックアブソーバとを含むストラットによって、後輪14が地面から受ける振動を吸収してシャーシ12の振動を抑制する。さらに、左右のサスペンションアームの連結部分には、旋回時等に車体の傾きを抑制するスタビライザが設けられる。なお、懸架装置12bは、路面の凹凸に対する追従性を向上し、駆動輪の駆動力を効率良く路面に伝達するために、左右の車輪を独立して上下させることができる独立懸架式とするのが望ましい。
【0032】
この電気自動車11は、ホイールハウジング12a内部に、左右の後輪14それぞれを駆動するインホイールモータ駆動装置21を設けることによって、シャーシ12上にモータ、ドライブシャフト、およびデファレンシャルギヤ機構等を設ける必要がなくなるので、客室スペースを広く確保でき、かつ、左右の駆動輪の回転をそれぞれ制御することができるという利点を備えている。
【0033】
一方、この電気自動車11の走行安定性を向上するために、ばね下重量を抑える必要がある。また、さらに広い客室スペースを確保するために、インホイールモータ駆動装置21の小型化が求められる。そこで、図1に示すようなこの発明の一実施形態に係るインホイールモータ駆動装置21を採用する。
まず、図1に示すように、インホイールモータ駆動装置21は、駆動力を発生させるモータ部Aと、モータ部Aの回転を減速して出力する減速部Bと、減速部Bからの出力を駆動輪14に伝える車輪ハブ軸受部Cとを備え、モータ部Aと減速部Bとはハウジング22に収納されて、図9に示すように電気自動車11のホイールハウジング12a内に取り付けられる。
【0034】
モータ部Aは、ハウジング22に固定されるステータ23と、ステータ23の内側に径方向の隙間を空けて対向する位置に配置されるロータ24と、ロータ24の内側に固定連結されてロータ24と一体回転するモータ側回転部材25とを備えるラジアルギャップモータである。ロータ24は、フランジ形状のロータ部24aと円筒形状の中空部24bとを有し、転がり軸受36a、36bによってハウジング22に対して回転自在に支持されている。
【0035】
モータ側回転部材25は、モータ部Aの駆動力を減速部Bに伝達するためにモータ部Aから減速部Bにかけて配置され、減速部B内に偏心部25a、25bを有する。このモータ側回転部材25は、一端がロータ24と嵌合すると共に、減速部B内で転がり軸受36cによって支持される。さらに、2つの偏心部25a、25bは、偏心運動による遠心力を互いに打ち消し合うために、180°位相を変えて設けられている。
【0036】
減速部Bは、偏心部25a、25bに回転自在に保持される公転部材としての曲線板26a、26bと、ハウジング22上の固定位置に保持され、曲線板26a、26bの外周部に係合する外周係合部材としての複数の外ピン27と、曲線板26a、26bの自転運動を車輪側回転部材28に伝達する運動変換機構と、偏心部25a、25bに隣接する位置にカウンタウェイト29とを備える。また、減速部Bには、減速部Bに潤滑油を供給する減速部潤滑機構が設けられている。
【0037】
車輪側回転部材28は、フランジ部28aと軸部28bとを有する。フランジ部28aの端面には、車輪側回転部材28の回転軸心を中心とする円周上の等間隔に内ピン31を固定する穴が形成されている。また、軸部28bは車輪ハブ32に嵌合固定され、減速部Bの出力を車輪14に伝達する。車輪側回転部材28のフランジ部28aとモータ側回転部材25とは、転がり軸受36cによって回転自在に支持されている。
【0038】
曲線板26a、26bは、図5に示すように、外周部にエピトロコイド等のトロコイド系曲線で構成される複数の波形を有し、一方側端面から他方側端面に貫通する複数の貫通孔30aを有する。貫通孔30aは、曲線板26a、26bの自転軸心を中心とする円周上に等間隔に複数個設けられており、後述する内ピン31を受入れる。また、貫通孔30bは、曲線板26a、26bの中心に設けられており、偏心部25a、25bに嵌合する。
【0039】
曲線板26aは、転がり軸受41によって偏心部25aに対して回転自在に支持されている。図6に示すように、この転がり軸受41は、偏心部25aの外径面に嵌合し、その外径面に内側軌道面42aを有する内輪部材42と、曲線板26aの貫通孔30bの内径面に直接形成された外側軌道面43と、内側軌道面42aおよび外側軌道面43の間に配置される複数の円筒ころ44と、隣接する円筒ころ44の間隔を保持する保持器(図示省略)とを備える円筒ころ軸受である。
【0040】
外ピン27は、モータ側回転部材25の回転軸心を中心とする円周軌道上に等間隔に設けられる。曲線板26a、26bが公転運動すると、曲線形状の波形と外ピン27とが係合して、曲線板26a、26bに自転運動を生じさせる。また、曲線板26a、26bとの摩擦抵抗を低減するために、曲線板26a、26bの外周面に当接する位置に針状ころ軸受27aを有する。
【0041】
カウンタウェイト29は、円板状で、中心から外れた位置にモータ側回転部材25と嵌合する貫通孔を有し、曲線板26a、26bの回転によって生じる不釣合い慣性偶力を打ち消すために、各偏心部25a、25bに隣接する位置に偏心部と180°位相を変えて配置される。
【0042】
ここで、図6に示すように、2枚の曲線板26a、26b間の中心点をGとすると、図6の中心点Gの右側について、中心点Gと曲線板26aの中心との距離をL1、曲線板26a、転がり軸受41、および偏心部25aの質量の和をm1、曲線板26aの重心の回転軸心からの偏心量をε1とし、中心点Gとカウンタウェイト29との距離をL2、カウンタウェイト29の質量をm2、カウンタウェイト29の重心の回転軸心からの偏心量をε2とすると、L1×m1×ε1=L2×m2×ε2を満たす関係となっている。また、図6の中心点Gの左側の曲線板26bとカウンタウェイト29との間にも同様の関係が成立する。
【0043】
運動変換機構は、車輪側回転部材28に保持された複数の内ピン31と、曲線板26a、26bに設けられた貫通孔30aとで構成される。内ピン31は、車輪側回転部材28の回転軸心を中心とする円周軌道上に等間隔に設けられており、その軸方向一方側端部が車輪側回転部材28に固定されている。また、曲線板26a、26bとの摩擦抵抗を低減するために、曲線板26a、26bの貫通孔30aの内壁面に当接する位置に針状ころ軸受31aが設けられている。
【0044】
一方、貫通孔30aは、複数の内ピン31それぞれに対応する位置に設けられ、貫通孔30aの内径寸法は、内ピン31の外径寸法(「針状ころ軸受31aを含む最大外径」を指す。以下同じ。)より所定分大きく設定されている。
【0045】
減速部潤滑機構は、減速部Bに潤滑油を供給するものであって、潤滑油路25cと、潤滑油給油口25dと、潤滑油排出口22b、22cと、潤滑油貯留部22dと、回転ポンプ51と、循環油路22eとを備える。
【0046】
潤滑油路25cは、モータ側回転部材25の内部を軸線方向に沿って延びている。また、潤滑油供給口25dは、潤滑油路25cからモータ側回転部材25の外径面に向かって延びている。なお、この実施形態において、潤滑油供給口25dは、偏心部25a、25bに設けられている。
【0047】
また、減速部Bを保持するハウジング22fの下部の少なくとも1箇所には、減速部B内部の潤滑油を排出する潤滑油排出口22bが設けられている。また、潤滑油排出口22bは、モータ部Aを保持するハウジング22gの下部に接続され、ハウジング22gの下部に設けた潤滑油貯留部22dに、潤滑油排出口22cを介して連通されている。
【0048】
潤滑油貯留部22dには、潤滑油を吸い上げるパイプ61が設けられ、潤滑油貯留部22dの潤滑油を回転ポンプ51で吸い上げて、循環油路22eを経由して潤滑油路25cに強制的に還流させている。
【0049】
ここで、回転ポンプ51は、図7に示すように、車輪側回転部材28の回転を利用して回転するインナーロータ52と、インナーロータ52の回転に伴って従動回転するアウターロータ53と、ポンプ室54と、パイプ61に連通する吸入口55と、循環油路22cに連通する吐出口56とを備えるサイクロイドポンプである。
【0050】
インナーロータ52は、外径面にサイクロイド曲線で構成される歯形を有する。具体的には、歯先部分52aの形状がエピサイクロイド曲線、歯溝部分52bの形状がハイポサイクロイド曲線となっている。このインナーロータ52は、スタビライザ31bの円筒部31dの外径面に嵌合して内ピン31(車輪側回転部材28)と一体回転する。
【0051】
アウターロータ53は、内径面にサイクロイド曲線で構成される歯形を有する。具体的には、歯先部分53aの形状がハイポサイクロイド曲線、歯溝部分53bの形状がエピサイクロイド曲線となっている。このアウターロータ53は、ハウジング22に回転自在に支持されている。
【0052】
インナーロータ52は、回転中心c1を中心として回転する。一方、アウターロータ53は、インナーロータの回転中心c1と異なる回転中心c2を中心として回転する。また、インナーロータ52の歯数をnとすると、アウターロータ53の歯数は(n+1)となる。なお、この実施形態においては、n=5としている。
【0053】
インナーロータ52とアウターロータ53との間の空間には、複数のポンプ室54が設けられている。そして、インナーロータ52が車輪側回転部材28の回転を利用して回転すると、アウターロータ53は従動回転する。このとき、インナーロータ52およびアウターロータ53はそれぞれ異なる回転中心c1、c2を中心として回転するので、ポンプ室54の容積は連続的に変化する。これにより、吸入口55から流入した潤滑油が吐出口56から循環流路22eに圧送される。
【0054】
さらに、潤滑油排出口22bと回転ポンプ51との間には、潤滑油を一時的に貯留する潤滑油貯留部22dが設けられている。
【0055】
この潤滑油貯留部22dは、モータ部Aを保持するハウジング22gの下部に設けられている。
【0056】
図1の実施形態では、潤滑油貯留部22dを、モータ部Aを保持するハウジング22gの下部に設けているが、潤滑油貯留部22dの一部が減速部Bのハウジング22fの方に延びるように設けてもよい。
【0057】
この潤滑油貯留部22dは、モータ部Aを保持するハウジング22gと一体に鋳物によって形成することができる。
【0058】
また、潤滑油貯留部22dの外面には、空冷用のフィン64を一体に形成している。
【0059】
前記潤滑油貯留部22dから潤滑油を回転ポンプ51によって吸い上げるパイプ61は、モータ部Aのハウジング22gにねじ止め、圧入によって固定してもよいし、モータ部のハウジングと一体に形成してもよい。
【0060】
前記潤滑油貯留部22dの下部には、ドレイン穴63が設けられている。ドレイン穴63は、通常は、ボルト63によって閉塞されている。このドレイン穴63は、製造上、パイプ61同軸上に配置することが望ましい。
【0061】
なお、前記回転ポンプ51は、モータ部Aの回転数でなく、減速後の回転数で駆動するようにしてもよい。
【0062】
上記のように、潤滑油貯留部22dを設けると、高速回転時においては、回転ポンプ51によって排出しきれない潤滑油を一時的に潤滑油貯留部22dに貯留しておくことができる。その結果、減速部Bのトルク損失の増加を防止することができる。一方、低速回転時においては、潤滑油排出口22bに到達する潤滑油量が少なくなっても、潤滑油貯留部22dに貯留されている潤滑油を潤滑油路25cに還流することができる。その結果、減速部Bに安定して潤滑油を供給することができる。
【0063】
上記構成の減速部Bにおける潤滑油の流れを説明する。まず、潤滑油路25cを流れる潤滑油は、モータ側回転部材25の回転に伴う遠心力によって潤滑油供給口25dおよび内輪部材42を貫通する開口部42bから減速部Bに流出する。
【0064】
減速部B内部の潤滑油にはさらに遠心力が作用するので、内側軌道面42a、外側軌道面43、曲線板26a、26bと内ピン31との当接部分、および曲線板26a,26bと外ピン27との当接部分等を潤滑しながら径方向外側に移動する。
【0065】
ハウジング22の内壁面に到達した潤滑油は、潤滑油排出口22b、22cから排出されて潤滑油貯留部22dに貯留される。潤滑油貯留部22dに貯留された潤滑油は、回転ポンプ51によってパイプ61を介して吸い上げられ、吐出口56から循環油路22eに圧送され、循環油路22eを経由して潤滑油路25cに還流する。
【0066】
ここで、潤滑油排出口22bからの潤滑油の排出量は、モータ側回転部材25の回転数に比例して多くなる。一方、インナーロータ52は車輪側回転部材28と一体回転するので、回転ポンプ51の排出量は、車輪側回転部材28の回転数に比例して多くなる。また、潤滑油排出口22bから減速部Bに供給される潤滑油量は、回転ポンプ51の排出量に比例して多くなる。すなわち、減速部Bへの潤滑油の供給量および排出量は、いずれもインホイールモータ駆動装置21の回転数伴って変化するので、常にスムーズに潤滑油を循環させることができる。
【0067】
さらに、循環油路22eに流れる潤滑油の一部は、ハウジング22とモータ側回転部材25との間から転がり軸受36a、モータ部A、転がり軸受36bを通って減速部Bに到達する。この経路を流れる潤滑油は、転がり軸受36a、36bを潤滑すると共に、モータ部Aを冷却する冷却液としても機能する。
【0068】
このように、モータ側回転部材25から減速部Bに潤滑油を供給することにより、モータ側回転部材25周辺の潤滑油量不足を解消することができる。また、回転ポンプ51によって強制的に潤滑油を排出することによって、攪拌抵抗を抑えて減速部Bのトルク損失を低減することができる。さらに、回転ポンプ51をハウジング22内に配置することによって、インホイールモータ駆動装置21全体としての大型化を防止することができる。
【0069】
車輪ハブ軸受部Cは、図4に示すように、車輪側回転部材28に固定連結された車輪ハブ32と、車輪ハブ32を減速部Bのハウジング22fに対して回転自在に保持する車輪ハブ軸受33とを備える。車輪ハブ32は、円筒形状の中空部32aとフランジ部32bとを有する。フランジ部32bにはボルト32cによって駆動輪14が固定連結される。また、車輪側回転部材28の軸部28bの外径面にはスプラインおよび雄ねじが形成されている。また、車輪ハブ32の中空部32aの内径面にはスプライン穴が形成されている。そして、車輪ハブ32の内径面に車輪側回転部材28を螺合し、先端をナット32dでとめることによって、両者を締結している。
【0070】
車輪ハブ軸受33は、車輪ハブ32の中空部32aの車両アウター側の外径面に一体形成されたアウター側軌道面と車輪ハブ32の中空部32aの車両インナー側の外径面に嵌合された外面にインナー側軌道面を有する内輪33bとからなる内方部材33aと、この内方部材33aのアウター側軌道面とインナー側軌道面に配置される複列の玉33cと、内方部材33aのアウター側軌道面とインナー側軌道面に対向するアウター側軌道面とインナー側軌道面を内周面に有する外方部材33dと、隣接する玉33cの間隔を保持する保持器33eと、車輪ハブ軸受33の軸方向両端部を密封する密封部材33f、33gとを備える複列アンギュラ玉軸受である。
【0071】
車輪ハブ軸受33の外方部材33dは、減速部ハウジング22bに対して締結ボルト71によって固定される。
【0072】
車輪ハブ軸受33の外方部材33dには、外径部にフランジ部33hが設けられ、減速部B側に円筒部33iが設けられている。
【0073】
上記構成のインホイールモータ駆動装置21の作動原理を詳しく説明する。
モータ部Aは、例えば、ステータ23のコイルに交流電流を供給することによって生じる電磁力を受けて、永久磁石または磁性体によって構成されるロータ24が回転する。このとき、コイルに高周波数の電圧を印加する程、ロータ24は高速回転する。
【0074】
これにより、ロータ24に接続されたモータ側回転部材25が回転すると、曲線板26a、26bはモータ側回転部材25の回転軸心を中心として公転運動する。このとき、外ピン27が、曲線板26a、26bの曲線形状の波形と係合して、曲線板26a、26bをモータ側回転部材25の回転とは逆向きに自転運動させる。
【0075】
貫通孔30aに挿通する内ピン31は、曲線板26a、26bの自転運動に伴って貫通孔30aの内壁面と当接する。これにより、曲線板26a、26bの公転運動が内ピン31に伝わらず、曲線板26a、26bの自転運動のみが車輪側回転部材28を介して車輪ハブ軸受部Cに伝達される。
【0076】
このとき、モータ側回転部材25の回転が減速部Bによって減速されて車輪側回転部材28に伝達されるので、低トルク、高回転型のモータ部Aを採用した場合でも、駆動輪14に必要なトルクを伝達することが可能となる。
【0077】
なお、上記構成の減速部Bの減速比は、外ピン27の数をZA、曲線板26a,26bの波形の数をZBとすると、(ZA−ZB)/ZBで算出される。図5に示す実施形態では、ZA=12、ZB=11であるので、減速比は1/11と、非常に大きな減速比を得ることができる。
【0078】
このように、多段構成とすることなく大きな減速比を得ることができる減速部Bを採用することにより、コンパクトで高減速比のインホイールモータ駆動装置21を得ることができる。また、外ピン27および内ピン31の曲線板26a、26bに当接する位置に針状ころ軸受27a、31aを設けたことにより、摩擦抵抗が低減されるので、減速部Bの伝達効率が向上する。
【0079】
上記の実施形態に係るインホイールモータ駆動装置21を電気自動車11に採用することにより、ばね下重量を抑えることができる。その結果、走行安定性に優れた電気自動車11を得ることができる。
【0080】
なお、上記の実施形態においては、ハウジング22の内部に循環油路22cを設けた例を示したが、これに限ることなく、例えば、インホイールモータ駆動装置21の外側に循環油路を設けてもよい。
【0081】
また、上記の実施形態においては、潤滑油供給口25dを偏心部25a、25bに設けた例を示したが、これに限ることなく、モータ側回転部材25の任意の位置に設けることができる。ただし、転がり軸受41に安定して潤滑油を供給する観点からは、潤滑油供給口25dは偏心部25a、25bに設けるのが望ましい。
【0082】
また、上記の実施形態においては、回転ポンプ51を車輪側回転部材28の回転を利用して駆動した例を示したが、回転ポンプ51はモータ側回転部材25の回転を利用して駆動することもできる。しかし、モータ側回転部材25の回転数は車輪側回転部材28と比較して大きい(上記の実施形態では11倍)ので、回転ポンプ51の耐久性が低下するおそれがある。また、車輪側回転部材28に接続しても十分な排出量を確保することができる。これらの観点から、回転ポンプ51は車輪側回転部材28の回転を利用して駆動するのが望ましい。
【0083】
また、上記の実施形態においては、回転ポンプ51としてサイクロイドポンプの例を示したが、これに限ることなく、車輪側回転部材28の回転を利用して駆動するあらゆる回転型ポンプを採用することができる。
【0084】
また、上記の実施形態においては、減速部Bの曲線板26a、26bを180°位相を変えて2枚設けたが、この曲線板の枚数は任意に設定することができ、例えば、曲線板を3枚設ける場合は、120°位相を変えて設けるとよい。
【0085】
また、上記の実施形態における運動変換機構は、車輪側回転部材28に固定された内ピン31と、曲線板26a、26bに設けられた貫通孔30aとで構成される例を示したが、これに限ることなく、減速部Bの回転を車輪ハブ32に伝達可能な任意の構成とすることができる。例えば、曲線板に固定された内ピンと、車輪側回転部材に形成された穴とで構成される運動変換機構であってもよい。
【0086】
なお、上記の実施形態における作動の説明は、各部材の回転に着目して行ったが、実際にはトルクを含む動力がモータ部Aから駆動輪に伝達される。したがって、上述のように減速された動力は高トルクに変換されたものとなっている。
【0087】
また、上記の実施形態における作動の説明では、モータ部Aに電力を供給してモータ部Aを駆動させ、モータ部Aからの動力を駆動輪14に伝達させたが、これとは逆に、車両が減速したり坂を下ったりするようなときは、駆動輪14側からの動力を減速部Bで高回転低トルクの回転に変換してモータ部Aに伝達し、モータ部Aで発電しても良い。さらに、ここで発電した電力は、バッテリーに蓄電しておき、後でモータ部Aを駆動させたり、車両に備えられた他の電動機器等の作動に用いたりしてもよい。
【0088】
さらに、上記の実施形態の構成にブレーキを加えることもできる。例えば、図1の構成において、ハウジング22を軸方向に延長してロータ24の図中右側に空間を形成し、ロータ24と一体的に回転する回転部材と、ハウジング22に回転不能にかつ軸方向に移動可能なピストンと、このピストンを作動させるシリンダとを配置して、車両停止時にピストンと回転部材とを嵌合させてロータ24をロックするパーキングブレーキであってもよい。
【0089】
または、ロータ24と一体的に回転する回転部材の一部に形成されたフランジおよびハウジング22側に設置された摩擦板をハウジング22側に設置されたシリンダで挟むディスクブレーキであってもよい。さらに、この回転部材の一部にドラムを形成すると共に、ハウジング22側にブレーキシューを固定し、摩擦係合およびセルフエンゲージ作用で回転部材をロックするドラムブレーキを用いることができる。
【0090】
また、上記の実施形態において、曲線板26a、26bを支持する軸受として円筒ころ軸受の例を示したが、これに限ることなく、例えば、すべり軸受、円筒ころ軸受、円錐ころ軸受、針状ころ軸受、自動調心ころ軸受、深溝玉軸受、アンギュラ玉軸受、4点接触玉軸受等、すべり軸受であるか転がり軸受であるかを問わず、転動体がころであるか玉であるかを問わず、さらには複列か単列かを問わず、あらゆる軸受を適用することができる。また、その他の場所に配置される軸受についても、同様に任意の形態の軸受を採用することができる。
【0091】
ただし、深溝玉軸受は、円筒ころ軸受と比較して許容限界回転数は高い反面、負荷容量が低い。そのため、必要な負荷容量を得るためには、大型の深溝玉軸受を採用しなければならない。したがって、インホイールモータ駆動装置21のコンパクト化の観点からは、転がり軸受41には円筒ころ軸受が好適である。
【0092】
また、上記の各実施形態においては、モータ部Aにラジアルギャップモータを採用した例を示したが、これに限ることなく、任意の構成のモータを適用可能である。例えばハウジングに固定されるステータと、ステータの内側に軸方向の隙間を空けて対向する位置に配置されるロータとを備えるアキシアルギャップモータであってもよい。
【0093】
また、上記の各実施形態においては、減速部Bにサイクロイド減速機構を採用したインホイールモータ駆動装置21の例を示したが、これに限ることなく、任意の減速機構を採用することができる。例えば、遊星歯車減速機構や平行軸歯車減速機構等が該当する。
【0094】
さらに、図8に示した電気自動車11は、後輪14を駆動輪とした例を示したが、これに限ることなく、前輪13を駆動輪としてもよく、4輪駆動車であってもよい。なお、本明細書中で「電気自動車」とは、電力から駆動力を得る全ての自動車を含む概念であり、例えば、ハイブリッドカー等をも含むものとして理解すべきである。
【0095】
以上、図面を参照してこの発明の実施形態を説明したが、この発明は、図示した実施形態のものに限定されない。図示した実施形態に対して、この発明と同一の範囲内において、あるいは均等の範囲内において、種々の修正や変形を加えることが可能である。
【符号の説明】
【0096】
11 電気自動車
12 シャーシ
12a ホイールハウジング
12b 懸架装置
13 前輪
14 後輪
22 ハウジング
22c 循環油路
22d 潤滑油貯留部
22e 循環油路
22f 減速部のハウジング
22g モータ部のハウジング
23 ステータ
24 ロータ
25 モータ側回転部材
25a ロータ部
25b 中空部
26 入力軸
25a、25b 偏心部
26a、26b 曲線板
27 外ピン
29 カウンタウェイト
31 内ピン
51 回転ポンプ
61 パイプ
62 ドレイン穴
63 ボルト
64 フィン


【特許請求の範囲】
【請求項1】
モータ側回転部材を回転駆動するモータ部と、前記モータ側回転部材の回転を減速して車輪側回転部材に伝達する減速部と、前記モータ部および前記減速部を保持するハウジングと、前記車輪側回転部材に固定連結された車輪ハブと、前記減速部に潤滑油を供給する減速部潤滑機構とを備え、前記減速部潤滑機構は、前記モータ側回転部材の内部に設けられる潤滑油路と、前記潤滑油路から前記モータ側回転部材の外径面に向かって延びる潤滑油供給口と、前記ハウジングに設けられ、前記減速部から潤滑油を排出する潤滑油排出口と、前記潤滑油排出口と前記潤滑油路とを接続し、前記潤滑油排出口から排出された潤滑油を前記潤滑油路に還流する循環油路と、前記ハウジング内に配置され、前記車輪側回転部材の回転を利用して潤滑油を循環させる回転ポンプとを備える、インホイールモータ駆動装置において、前記モータ部を保持するハウジングの下部に、潤滑油排出口と回転ポンプとの間の潤滑油を一時的に貯留する潤滑油貯留部を配置したことを特徴とするインホイールモータ駆動装置。
【請求項2】
前記潤滑油貯留部の一部が、前記減速部を保持するハウジングの下部に延びる請求項1記載のインホイールモータ駆動装置。
【請求項3】
前記潤滑油貯留部の外面に空冷用のフィンが設けられている請求項1又は2記載のインホイールモータ駆動装置。
【請求項4】
前記潤滑油貯留部が鋳物で構成され、空冷用のフィンも潤滑油貯留部と一体に形成されている請求項1〜3のいずれかに記載のインホイールモータ駆動装置。
【請求項5】
前記潤滑油貯留部と、モータ部を保持するハウジングとが一体化されていることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載のインホイールモータ駆動装置。
【請求項6】
前記回転ポンプが、サイクロイドポンプである請求項1〜5のいずれかに記載のインホイールモータ駆動装置。
【請求項7】
前記前記回転ポンプが、モータ部の減速後の回転数で駆動することを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載のインホイールモータ駆動装置。
【請求項8】
前記潤滑油貯留部から潤滑油を吸い上げるパイプがモータ部のハウジングにねじ止めされていることを特徴とする請求項1〜7のいずれかに記載のインホイールモータ駆動装置。
【請求項9】
前記潤滑油貯留部から潤滑油を吸い上げるパイプがモータ部のハウジングに圧入されていることを特徴とする請求項1〜7のいずれかに記載のインホイールモータ駆動装置。
【請求項10】
前記潤滑油貯留部から潤滑油を吸い上げるパイプがモータ部のハウジングと一体に形成されていることを特徴とする請求項1〜7のいずれかに記載のインホイールモータ駆動装置。
【請求項11】
前記潤滑油貯留部から潤滑油を吸い上げるパイプとドレイン穴とが同軸上に配置されている請求項1〜10のいずれかに記載のインホイールモータ駆動装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2011−189919(P2011−189919A)
【公開日】平成23年9月29日(2011.9.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−60182(P2010−60182)
【出願日】平成22年3月17日(2010.3.17)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】