説明

エチレンの生成方法およびその装置

【課題】化石原料に依存することなく大量生成できるエチレンの生成方法を提供する。
【解決手段】培養槽2内の脂質を添加した培地を攪拌装置4にて攪拌しながら温度調整装置5にて温度調整する。培養槽2内の培地中に微生物を培養してエチレンを生成しつつ採取装置6で採取する。大量に入手するのが容易な脂質からエチレンを効率良く大量に生成できる。化石原料を用いたエチレン生産に代わる持続的なエチレン生産を、石油原料を用いることなくできる。農業廃棄物である有機物を用いてエチレンを効率良く大量に持続的に生産できる。工業原料としての利用だけでなく、植物ホルモンであるエチレンを農業へ活用できる。多目的利用の面からも非常に有用なエチレンを生成できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脂質や有機物から微生物の働きによってエチレンを生成するエチレンの生成方法およびその装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、有機物を土壌に施与するとエチレンが生成することが知られている(例えば、非特許文献1参照。)。また、土壌中のエチレン生成物質としては、1−アミノシクロプロパン−1−カルボン酸(ACC)や、メチオニン(例えば、非特許文献2、3および4参照。)、並びにL−グルタミン酸(例えば、非特許文献5参照。)のようなアミノ酸または脂質(例えば、非特許文献4参照。)が知られており、主に土壌微生物の働きでエチレンが生成される。
【0003】
現在、微生物によるエチレン生成は、ペニシリウム・デジタタム(Penicillium digitatum)菌によるL−グルタミン酸を前駆物質とした2−ケト−4−メチルチオ酪酸(KMBA)経由(例えば、非特許文献6参照。)や、クリプトコッカス・アルビダス(Cryptococus albidus)菌によるメチオニンを前駆物質とした2−オキソグルタル酸経由(例えば、非特許文献7参照。)、またシュードモナス属の菌、特にシュードモナス・シリンゲ・パソバー・グリシネア(Pseudomonas syringae pv. Glycinea)菌によるメチオニン以外のアミノ酸を前駆物質とした経由(例えば、特許文献1参照。)で起こることが知られている。ただし、これらアミノ酸を基質とするエチレンの生産は、基質材料の確保が容易ではないので、大量にエチレンを生成するのには向いていない。
【0004】
一方、脂質は、アミノ酸と比べて大量に入手するのが容易であるから、大量にエチレンを生成するための基質として大いに有効であると考えられる。しかし,脂質からエチレンを生成するための微生物については明らかにされていない。また、脂質は、様々な有機物に含まれており、いずれの有機物を土壌に施与しても、エチレンが生成される。しかしながら、この場合のエチレンの生成量は、有機物の種類によって異なり、特にブドウ葉施与土壌からのエチレン生成量が多いことが知られている(例えば、非特許文献8参照。)。このエチレンの生成方法は、有機物中の脂質の量や質が関係していると推察されるが、未だ不明な点が多い。
【非特許文献1】スミス(Smith) K.A、他1名、ジャーナル・オブ・ソイル・サイエンス(Journal of Soil Science),(米国),第22巻,1971年,p.430−443
【非特許文献2】ベイビカー(Babiker), H. M、他1名、ソイル・バイオロジカル・バイオケミストリ(Soil Biological Biochemistry),(米国),第16巻,1984年,p.559−564
【非特許文献3】フランケンバーガー(Frankenberger) W. T. Jr、他1名、ソイル・サイエンス・ソサイエティ・オブ・アメリカ・ジャーナル(Soil Science Society of America Journal),(米国),第49巻,1985年,p.1416−1422
【非特許文献4】石井孝昭、他1名、アクタ・ホーティカルチュラ(Acta Horticulturae),(オランダ),第201巻,1987年,p.69−76
【非特許文献5】福田(Fukuda)H.、他8名、バイオケミカル・アンド・バイオフィジカル・リサーチ・コミュニケーションズ(Biochemical and Biophysical Research Communications),(米国),第188巻,1992年,p.826−832
【非特許文献6】福田(Fukuda)H.、他4名、エフイーエムエス・マイクロバイオロジー・レーター(FEMS Microbiology Letter),(フランス),第59巻,1989年,p.1−6
【非特許文献7】福田(Fukuda)H.、他4名、エフイーエムエス・マイクロバイオロジー・レーター(FEMS Microbiology Letter),(フランス),第60巻,1989年,p.107−112
【非特許文献8】石井孝昭、他1名、ジャーナル・オブ・ジャパニーズ・ソサエティー・フォー・ホーティカルチュラル・サイエンス(Journal of Japanese Society for Horticultural Science),第53巻,1984年,p.157−167
【特許文献1】特公昭63−12596号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
現在、プラスチックなどの製造に用いられている工業用エチレンは、石油から多量に生成されているが、石油資源の枯渇や環境汚染が危惧されている。このため、環境負荷が少なく、持続的な新しいエチレンの生成技術の開発が切望されている。石油や天然ガスなどの化石原料に依存しない工業用エチレン生成のための方策を早急に確立することが必要である。そこで、農業廃棄物である有機物を用いて微生物によってエチレンを持続的に生成する技術開発は、工業原料としての利用だけでなく、植物ホルモンの一つであるエチレンを農業に活用できるなど、エチレンの多目的利用の面からも非常に有用である。
【0006】
本発明は、このような点に鑑みなされたもので、化石原料に依存することなくエチレンを大量に生成できるエチレンの生成方法およびその装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
請求項1記載のエチレンの生成方法は、脂質およびこの脂質を含む有機物のいずれかから微生物の働きによってエチレンを生成するものである。
【0008】
そして、脂質およびこの脂質を含む有機物のいずれかから微生物の働きによってエチレンを生成することにより、大量に入手するのが容易な脂質から、化石原料に依存することなくエチレンを多量に生成できる。
【0009】
請求項2記載のエチレンの生成方法は、請求項1記載のエチレンの生成方法において、脂質は、有機物中に含まれている単純脂質、糖脂質、リン脂質および硫脂質のいずれかであるものである。
【0010】
そして、有機物中に含まれている単純脂質、糖脂質、リン脂質および硫脂質のいずれかの脂質とすることにより、エチレンの生成効率が高まるので、好ましい。
【0011】
請求項3記載のエチレンの生成方法は、請求項1または2記載のエチレンの生成方法において、有機物は、ブドウ葉、ユーカリ葉、クスノキ葉、柑橘果皮,ブドウ種子、アーモンド種子、オリーブ種子、ナタネ種子、サフラワー種子、大豆種子、トウモロコシ種子、トウモロコシ茎葉、麦類種子、麦類茎葉、稲類種子および稲類茎葉の少なくとも1つであり、脂質は、前記有機物から抽出されたものである。
【0012】
そして、ブドウ葉、ユーカリ葉、クスノキ葉、柑橘果皮、ブドウ種子、アーモンド種子、オリーブ種子、ナタネ種子、サフラワー種子、大豆種子、トウモロコシ種子、トウモロコシ茎葉、麦類種子、麦類茎葉、稲類種子および稲類茎葉の少なくとも1つの有機物から抽出した脂質とすることにより、この脂質の微生物の働きによってエチレンを大量に生成できるから、より好ましい。
【0013】
請求項4記載のエチレンの生成方法は、請求項1または2記載のエチレンの生成方法において、有機物は、ブドウ葉であるものである。
【0014】
そして、ブドウ葉には微生物の働きによってエチレンが生成される脂質が多量に含有されているので、このブドウ葉を有機物として用いることにより、より効率良くエチレンを生成できるから、特に好ましい。
【0015】
請求項5記載のエチレンの生成方法は、請求項1ないし4いずれか記載のエチレンの生成方法において、微生物は、アブシディア(Absidia)属、アスパルギラス(Aspergillus)属、クニンガメラ(Cunninghamella)属、ユーペニシリウム(Eupenicillium)属、ゴングロネラ(Gongronella)属、モナスカス(Monascus)属、ペニシリウム(Penicillium)属、リゾムコール(Rhizomucor)属、トリコデルマ(Trichoderma)属、ウンベロプシス(Umbelopsis)属およびバーティシリウム(Verticillium)属の少なくとも1つの糸状菌であるものである。
【0016】
そして、アブシディア(Absidia)属、アスパルギラス(Aspergillus)属、クニンガメラ(Cunninghamella)属、ユーペニシリウム(Eupenicillium)属、ゴングロネラ(Gongronella)属、モナスカス(Monascus)属、ペニシリウム(Penicillium)属、リゾムコール(Rhizomucor)属、トリコデルマ(Trichoderma)属、ウンベロプシス(Umbelopsis)属およびバーティシリウム(Verticillium)属の少なくとも1つの糸状菌を微生物として用いることにより、脂質および脂質を含む有機物から大量にエチレンを生成できるので、特に好ましい。
【0017】
請求項6記載のエチレンの生成方法は、請求項1ないし4いずれか記載のエチレンの生成方法において、微生物は、バチラス(Bacillus)属の少なくとも1つの細菌であるものである。
【0018】
そして、バチラス(Bacillus)属の少なくとも1つの細菌を微生物として用いることにより、より大量にエチレンを生成できるから、特に好ましい。
【0019】
請求項7記載のエチレンの生成方法は、請求項1ないし6いずれか記載のエチレンの生成方法において、脂質およびこの脂質を含む有機物のいずれかにショ糖、ブドウ糖および果糖の少なくとも1つを加えてからエチレンを生成するものである。
【0020】
そして、脂質および脂質を含む有機物にショ糖、ブドウ糖および果糖の少なくとも1つを加えてからエチレンを生成することにより、これら脂質および脂質を含む有機物からのエチレンの生成効率を向上できるので、より好ましい。
【0021】
請求項8記載のエチレン生成装置は、脂質およびこの脂質を含む有機物のいずれかから微生物の働きによってエチレンを生成するエチレン生成装置であって、脂質およびこの脂質を含む有機物のいずれかを添加した培地中に微生物を培養させる培養槽と、この培養槽内の培地を攪拌する攪拌手段と、前記培養槽内の培地の温度を調整する温度調整手段と前記培養槽内にガスを送り込み、前記培養槽内のガス組成を調整する調整手段と、前記培養槽内で生成されたエチレンを採取する採取手段とを具備したものである。
【0022】
そして、培養槽内の脂質およびこの脂質を含む有機物のいずれかを添加した培地を攪拌手段にて適宜攪拌しながら温度調整手段にて温度調整して、この培養槽内にガスを送り込んでガス組成を調整手段にて調整した後、培地中に微生物を培養させて、エチレンを生成させるとともに、このエチレンを採取手段にて採取する。この結果、大量に入手するのが容易な脂質から、化石原料に依存することなくエチレンを多量に生成できる。
【発明の効果】
【0023】
請求項1記載のエチレンの生成方法によれば、脂質およびこの脂質を含む有機物のいずれかから微生物の働きによってエチレンを生成することにより、大量に入手するのが容易な脂質から、化石原料に依存することなくエチレンを効率良く生成できる。
【0024】
請求項2記載のエチレンの生成方法によれば、有機物中に含まれている単純脂質、糖脂質、リン脂質および硫脂質のいずれかを脂質として用いることにより、エチレンの生成効率をより向上できる。
【0025】
請求項3記載のエチレンの生成方法によれば、ブドウ葉、ユーカリ葉、クスノキ葉、柑橘果皮,ブドウ種子、アーモンド種子、オリーブ種子、ナタネ種子、サフラワー種子、大豆種子、トウモロコシ種子、トウモロコシ茎葉、麦類種子、麦類茎葉、稲類種子および稲類茎葉の少なくとも1つの有機物から抽出した脂質とすることにより、この脂質の微生物の働きによってエチレンをより効率良く生成できる。
【0026】
請求項4記載のエチレンの生成方法によれば、ブドウ葉には微生物の働きによってエチレンが生成される脂質が多量に含有されているので、このブドウ葉を有機物として用いることにより、エチレンをより効率良く生成できる。
【0027】
請求項5記載のエチレンの生成方法によれば、アブシディア(Absidia)属、アスパルギラス(Aspergillus)属、クニンガメラ(Cunninghamella)属、ユーペニシリウム(Eupenicillium)属、ゴングロネラ(Gongronella)属、モナスカス(Monascus)属、ペニシリウム(Penicillium)属、リゾムコール(Rhizomucor)属、トリコデルマ(Trichoderma)属、ウンベロプシス(Umbelopsis)属およびバーティシリウム(Verticillium)属の少なくとも1つの糸状菌を微生物として用いることにより、脂質および脂質を含む有機物からエチレンをより効率良く生成できる。
【0028】
請求項6記載のエチレンの生成方法によれば、バチラス(Bacillus)属の少なくとも1つの細菌を微生物として用いることにより、エチレンをより効率良く生成できる。
【0029】
請求項7記載のエチレンの生成方法によれば、脂質および脂質を含む有機物にショ糖、ブドウ糖および果糖の少なくとも1つを加えてからエチレンを生成することにより、これら脂質および脂質を含む有機物からのエチレンの生成効率をより向上できる。
【0030】
請求項8記載のエチレン生成装置によれば、培養槽内の培地を攪拌手段にて適宜攪拌しながら温度調整手段にて温度調整して、この培養槽内にガスを送り込んでガス組成を調整手段にて調整した後、この培地中に微生物を培養させてエチレンを生成しつつ、このエチレンを採取手段にて採取することにより、入手が容易な脂質から、化石原料に依存することなくエチレンを効率良く生成できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0031】
次に、本発明のエチレンの生成方法の一実施の形態を、図面を参照しながら説明する。
【0032】
まず、図1において、1はエチレン生成装置としてのエチレン生産培養装置である。このエチレン生産培養装置1は、脂質や、この脂質を含む有機物からの微生物によるエチレンの大量生産方法に用いられる。また、このエチレン生産培養装置1は、培養装置としての培養槽2を備えており、この培養槽2内で脂質や脂質を含む有機物からエチレンを大量に生産する微生物を用い、培養期間中の培養温度やガス組成を調整しながら、エチレンを連続的に生成させる。このとき、このエチレン生産培養装置1には、生成されたエチレンを液体エチレンに濃縮する濃縮装置3が取り付けられている。
【0033】
そして、エチレン生産培養装置1の培養槽2内の培養液Lに加える微生物として、容易に入手できるアブシディア(Absidia)属、アスパルギラス(Aspergillus)属、クニンガメラ(Cunninghamella)属、ユーペニシリウム(Eupenicillium)属、ゴングロネラ(Gongronella)属、モナスカス(Monascus)属、ペニシリウム(Penicillium)属、リゾムコール(Rhizomucor)属、トリコデルマ(Trichoderma)属、ウンベロプシス(Umbelopsis)属、バーティシリウム(Verticillium)属の菌から選ばれた少なくとも1種の菌からなる糸状菌を用いた場合には、ポテト・デキストロース培地を用いると良いが、この他の培地でもよい。
【0034】
また、この培養液Lに加える微生物として、病原性を持たず容易に入手できるバチラス(Bacillus)属の菌から選ばれた少なくとも1種の菌からなる細菌を用いた場合には、ペプトン培地、ペプトン酵母培地および変法GAMブイヨン培地が好ましいが、これらの他の培地でもよい。さらに、これら微生物のための培養温度としては、25℃以上35℃以下の範囲であれば、エチレンの生産が良好であるので好ましい。このとき、この培養液L中の培地には、微生物による脂質や、脂質を含む有機物からのエチレン生成能を高めるため、ショ糖、ブドウ糖、果糖の群から選ばれた少なくとも1種を加えることが好ましい。すなわち、糖質含量が少ない有機物や、糖脂質以外の脂質を用いた場合には、微生物によるエチレン生成能が劣るから、培地への糖質の添加が必要である。
【0035】
さらに、これら微生物による脂質や、この脂質を含む有機物からのエチレン生産において、より効率的かつ大量にエチレンを得るためには、脂質を多量に得ることができるブドウ葉、ユーカリ葉、クスノキ葉、柑橘果皮、ブドウ種子、アーモンド種子、オリーブ種子、ナタネ種子、サフラワー種子、大豆種子、トウモロコシ種子、トウモロコシ茎葉、麦類種子、麦類茎葉、稲類種子および稲類茎葉から少なくとも1種類の有機物から抽出される脂質を用いることが好ましい。このとき、この脂質としては、脂質を多量に含有するブドウ葉から抽出した脂質を用いると、特に好ましい。
【0036】
また、この脂質は、有機物中に含まれるものであって、誘導脂質、単純脂質および複合脂質の中で、特にエチレンを多量に生成する単純脂質、糖脂質、リン脂質および硫脂質のような脂質からなっている。
【0037】
次に、上記エチレン生成装置の構成について説明する。
【0038】
まず、エチレン生産培養装置1は、上述の微生物による脂質や、脂質を含む有機物からのエチレンの大量生産装置である。そして、このエチレン生産培養装置1は、図1に示すように、脂質あるいは脂質を含む有機物を添加した培地としての培養液L中の脂質からエチレンを生成する微生物を培養するための培養槽2を備えている。この培養槽2の上面には、サンプル取入口2aが開口されている。すなわち、このサンプル取入口2aは、サンプルとしての培地取入時に開閉できるようにねじ式に構成されている。また、この培養槽2の側面には、この培養槽2内に入れられた培地を廃液させる廃液口2bが設けられている。この廃液口2bは、培地廃液時に開閉できるようにねじ式に構成されている。
【0039】
さらに、この培養槽2には、この培養槽2内の液体である培養液Lを攪拌する攪拌手段としての攪拌装置4が取り付けられている。この攪拌装置4は、培養槽2内に挿入されて設けられているプロペラ4aの回転によって、この培養槽2内の培養液Lを攪拌させる。また、この培養槽2には、この培養槽2内の培養液Lの液温を25℃以上35℃以下の範囲に調整する温度調整手段としての温度調整装置5が取り付けられている。
【0040】
そして、この培養槽2には、この培養槽2内にガスを送り込んで、この培養槽2内で発生したエチレンを採取するための採取手段としての採取機構である採取装置6が取り付けられている。この採取装置6は、培養槽2内に窒素あるいは空気などのガスを送り込んで、この培養槽2内のガス組成を調整する槽内ガス調整手段としてのガス調整装置7を備えている。このガス調整装置7は、エアポンプあるいは窒素ガスボンベにて構成されたガス圧送装置7aを備えている。このガス圧送装置7aには、培養槽2内へのガスの送り込み量を調整する調整手段としての調整器8が取り付けられている。
【0041】
さらに、この調整器8よりも培養槽2側には、滅菌手段としての滅菌フィルタ11が取り付けられている。この滅菌フィルタ11は、培養槽2外部へのエチレン生成用の微生物の漏れを防止する。そして、この滅菌フィルタ11よりも培養槽2側には、この培養槽2内に入れられた培地中に空気を排出させる排出口8aが設けられている。この排出口8aは、培養槽2内における底部上に設けられている。
【0042】
また、この培養槽2には、この培養槽2内で生成されたエチレンを分離して濃縮する分離濃縮手段としての濃縮装置3が取り付けられている。この濃縮装置3は、採取したエチレンを分離して濃縮させる装置である。さらに、この濃縮装置3には、この濃縮装置3にて分離して濃縮させた液状のエチレンを充填させるボンベ3aが取り付けられている。
【0043】
そして、この濃縮装置3よりも培養槽2側には、培養槽2内からのエチレンの採取量を調整する調整手段としての調整器9が取り付けられている。さらに、この調整器9よりも培養槽2側には、この培養槽2への他の微生物の汚染(コンタミネーション:contamination)を防止するための滅菌フィルタ11が取り付けられている。ここで、この滅菌フィルタ11もまた、培養槽2外部へのエチレン生成微生物の漏れを防止する。
【0044】
次に、上記エチレン生成装置の作用効果について説明する。
【0045】
まず、培養槽2内に、エチレン生成用の微生物と、脂質や脂質を含む有機物とを添加した培養液Lを入れた後、この培養液Lを攪拌装置4にて攪拌しながら培養する。このとき、この培養槽2内の培養液Lの培養温度を、培養槽2内に設置した図示しない温度センサで自動的に測定する。
【0046】
そして、この培養槽2内の培養液Lの液温が25℃以上35℃以下の範囲以外になったときに、冷却水あるいは温水にて培養液Lの液温を調整する温度調整装置5が自動的に作動して、この培養槽2の内壁に水を流して、この培養槽2内の培養液Lの液温を調整する。
【0047】
さらに、培養槽2内での培養液Lの培養期間中のガス組成を調整したり発生したエチレンを採取したりするために、採取装置6を駆動させる。このとき、この採取装置6によるエチレンの採取の際に培養槽2への他の微生物の汚染を滅菌フィルタ11にて防止する。
【0048】
この後、この培養槽2内に発生したエチレンを分離および濃縮しつつ濃縮装置3にて培養槽2の外部へと採取させて液状にしてボンベ3aに詰め込む。このとき、滅菌フィルタ11によって培養槽2外部へのエチレン生成用の微生物の漏れを防止する。
【0049】
上述したように、上記一実施の形態によれば、培養槽2内の脂質およびこの脂質を含む有機物を添加した培地を攪拌装置4にて攪拌しながら温度調整装置5にて温度調整して、この培養槽2内の培地中に微生物を培養させて、エチレンを生成させるとともに、このエチレンを採取装置6に採取する。この結果、大量に入手するのが容易な脂質や、この脂質を含む有機物から、石油や天然ガスなどの化石原料に依存することなく、エチレンを効率良く大量に生成できる。
【0050】
すなわち、従来、石油などの化石原料を用いたエチレン生産にかわる持続的なエチレン生産を、この石油原料を用いることなく可能にできる。また、農業廃棄物である有機物を用いて、微生物によってエチレンを効率良く大量に持続的に生産できるので、工業原料としての利用だけでなく、植物ホルモンの一つであるエチレンを農業へも活用できるなど、多目的利用の面からも非常に有用なエチレンを生成できる。
【実施例1】
【0051】
次に、脂質や、脂質を含む有機物を添加した土壌からのエチレンの生成量について説明する。
【0052】
図2に示すように、脂質や、脂質を含む有機物を土壌に添加した後、30℃の湛水条件下で、1日当たりのエチレン生成量を、図示しない水素炎イオン化検出器(FID)付きガスクロマトグラフで測定して、7日間のエチレン生成量を求めた。
【0053】
この結果、いずれの脂質や、脂質を含む有機物からもエチレンが生成された。特に、このエチレンの生成量は、図2に示すように、ブドウ枯葉および新鮮葉を添加したときに著しく向上した。
【実施例2】
【0054】
次に、脂質や、脂質を含む有機物からエチレンを生成する微生物の分離について説明する。
【0055】
上述の実施例1の結果から、脂質や脂質を含む有機物からエチレンが生成されることか明らかになった。そこで、このエチレンを大量に生成できるブドウ枯葉(マスカット・オブ・アレキサンドリア、ピオーネおよび藤稔からの枯葉を等量混合したもの)から、脂質をフォルチ法(Folch et al.1957)を用いて抽出した。この後、この脂質からエチレンを大量に生成する微生物を、様々な土壌などから分離した。
【0056】
そして、このエチレン生成微生物の中で、糸状菌については好気的条件下におけるポテト・デキストロース培地を用い、またエチレン生成細菌については嫌気的条件下の変法GAMブイヨン培地(日水製薬株式会社製)を用いて、28℃の暗黒下で培養し、培地上に現れたコロニーを新たな培地に植菌して、純粋培養を繰り返し分離した。なお、この脂質を液体培地に均等に混ぜるためには、あらかじめβ−シクロデキストリン(CDs)10gに脂質500mgを包接させて粉末とし、この粉末を培地に混合した。
【0057】
この後、この培養によって生成されたエチレンは、FIDガスクロマトグラフにて分析した。この結果、ブドウ枯葉から得られた脂質を添加した培地において、分離した糸状菌(菌株番号KII-1からKII-4まで)によるエチレン生成量は、図3に示すように、脂質のみあるいは脂質無添加で培養したときよりも約6から17倍程度も多かった。同様に、分離した細菌(菌株番号KIOSB43)は、表1に示すように、ブドウ枯葉脂質から大量のエチレンを生産した。ここで、この実験で分離した16種類のエチレン生成糸状菌および6種類のエチレン生成細菌による脂質からのエチレン生成量の結果を表1に示す。
【0058】
【表1】

【実施例3】
【0059】
次に、脂質や、脂質を含む有機物からエチレンを生成する微生物の同定について説明する。
【0060】
上述の実施例2で得られた22種類の菌株について、分子生物学的および形態学的視点から同定した。糸状菌の分子生物学的同定としては、各菌株のRibosomal RNA遺伝子内の2か所の領域(18S rDNA内部領域およびITS領域)の塩基配列を、既知の糸状菌の塩基配列と比較した。このとき、菌株からDNAを抽出し、このDNAをテンプレートとしてPCR(Polymerase Chain Reaction)法にて生成した。
【0061】
そして、この得られたPCR生成物を、ジーンクリーン・キット(GENECLEAN Kit)(キュー・バイオジーン(Q-BIOgene)社製(カナダ))を用いて精製してから、BigDye DNA Sequencing Kit(アプライドバイオシステムズ(Applied Biosystems)社製)、各プライマおよび自動シークエンサ(Genetic Analyzer 310:アプライドバイオシステムズ(Applied Biosystems)社製)を用いてシークエンスした。このシークエンスの結果から各増幅領域の塩基配列を決定し、ブラスト(Blast)検索(http://blast.genome.ad.jp/あるいはhttp://www.ebi.ac.uk/blastall/)を用いて相同性のある既知の塩基配列を検索した。
【0062】
また、形態学的同定としては、糸状菌の場合、ポテト・デキストロース寒天(PDA)培地上で28℃の暗黒条件下で培養した。この培地上における菌そうの継時的な観察に加えて、光学顕微鏡下での糸状菌の各器官の詳細な観察をした。この糸状菌の各器官の観察には,スライド培養法(Riddell, 1950年)を用いて顕微鏡観察した。一方、細菌の分子生物学的同定としては、各菌株のRibosomal RNA遺伝子内の一部の領域(16S rDNA内部領域)の塩基配列を既知の細菌の塩基配列と比較した。この後、塩化ベンジル法(イソプラント(ISOPLANT):株式会社日本ジーン製)を用いてDNAを抽出した後、糸状菌の時と同様に同定した。
【0063】
また、形態学的同定としては、グラム染色(Bartholomew and Mitter, 1952)をした後に、光学顕微鏡にて観察した。この結果、表2に示すような微生物であることが判明した。したがって、種まで同定しきれなかったBacillus属の細菌(菌株番号KIOSB17およびKIOSB29)を除く、糸状菌16菌株および細菌4菌株が、エチレン生成微生物として同定された。
【0064】
【表2】

【実施例4】
【0065】
次に、脂質の違いがエチレン生成量に及ぼす影響について説明する。
【0066】
ブドウ枯葉からフォルチ法(Folch et al.1957)を用いて脂質を抽出し、この抽出した脂質をカラムクロマトグラフ(シリカゲル100メッシュ(mesh))で分離した。このとき、溶媒としては、クロロホルム、アセトンおよびメタノールの順に用いた。さらに、クロロホルム分画には単純脂質、アセトン分画には糖脂質、およびメタノール分画にはリン脂質が多く含まれることが、石井孝昭,愛媛大学教育学部紀要第3部自然科学第14巻,1994年,p101−211などから明らかである。
【0067】
そこで、これらクロロホルム分画、アセトン分画およびメタノール分画のそれぞれに含まれる脂質から、今回分離同定した細菌(Bacillus mucoides 菌株番号KIOSB43)によって生成されるエチレンの生成量を、上述の実施例2とほぼ同様に計測した。この結果、図4に示すように、これらクロロホルム分画、アセトン分画およびメタノール分画のいずれの分画からもエチレンが発生したが、特にアセトン分画におけるエチレン生成量が多かった。この理由としては、糖脂質の構成要素であるブドウ糖、ガラクトース、ショ糖のような糖がエチレン生成微生物の栄養源として働き、エチレン生成能を高めたものと考えられる。そこで、単純脂質およびリン脂質のそれぞれにブドウ糖100mM、ショ糖100mMを培地に添加してエチレン生成量を調査したところ、図5に示すように、ブドウ糖およびショ糖添加区では無添加区と比べて著しく増加した。このとき、ブドウ枯葉施用土壌にブドウ糖、果糖、ショ糖などの糖類を添加するとエチレン生成量が高まることは、上述の石井孝昭,愛媛大学教育学部紀要第3部自然科学第14巻,1994年,p101−211などから明らかである。
【図面の簡単な説明】
【0068】
【図1】本発明のエチレン生成方法の一実施の形態に用いるエチレン生成装置を示す説明構成図である。
【図2】同上エチレン生成方法による脂質や脂質を含む有機物を添加した土壌からのエチレン生成量を示すグラフである。
【図3】同上エチレン生成方法による脂質添加および無添加培地における糸状菌でのエチレン生成量を示すグラフである。
【図4】同上エチレン生成方法による脂質の違いがエチレン生成量に及ぼす影響を示すグラフである。
【図5】同上エチレン生成方法による培地への糖の添加が微生物による脂質からのエチレン生成に及ぼす影響を示すグラフである。
【符号の説明】
【0069】
1 エチレン生成装置としてのエチレン生産培養装置
2 培養槽
4 攪拌手段としての攪拌装置
5 温度調整手段としての温度調整装置
6 採取手段としての採取装置
7 調整手段としてのガス調整装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
脂質およびこの脂質を含む有機物のいずれかから微生物の働きによってエチレンを生成する
ことを特徴とするエチレンの生成方法。
【請求項2】
脂質は、有機物中に含まれている単純脂質、糖脂質、リン脂質および硫脂質のいずれかである
ことを特徴とする請求項1記載のエチレンの生成方法。
【請求項3】
有機物は、ブドウ葉、ユーカリ葉、クスノキ葉、柑橘果皮,ブドウ種子、アーモンド種子、オリーブ種子、ナタネ種子、サフラワー種子、大豆種子、トウモロコシ種子、トウモロコシ茎葉、麦類種子、麦類茎葉、稲類種子および稲類茎葉の少なくとも1つであり、
脂質は、前記有機物から抽出された
ことを特徴とする請求項1または2記載のエチレンの生成方法。
【請求項4】
有機物は、ブドウ葉である
ことを特徴とする請求項1または2記載のエチレンの生成方法。
【請求項5】
微生物は、アブシディア(Absidia)属、アスパルギラス(Aspergillus)属、クニンガメラ(Cunninghamella)属、ユーペニシリウム(Eupenicillium)属、ゴングロネラ(Gongronella)属、モナスカス(Monascus)属、ペニシリウム(Penicillium)属、リゾムコール(Rhizomucor)属、トリコデルマ(Trichoderma)属、ウンベロプシス(Umbelopsis)属およびバーティシリウム(Verticillium)属の少なくとも1つの糸状菌である
ことを特徴とする請求項1ないし4いずれか記載のエチレンの生成方法。
【請求項6】
微生物は、バチラス(Bacillus)属の少なくとも1つの細菌である
ことを特徴とする請求項1ないし4いずれか記載のエチレンの生成方法。
【請求項7】
脂質およびこの脂質を含む有機物のいずれかにショ糖、ブドウ糖および果糖の少なくとも1つを加えてからエチレンを生成する
ことを特徴とする請求項1ないし6いずれか記載のエチレンの生成方法。
【請求項8】
脂質およびこの脂質を含む有機物のいずれかから微生物の働きによってエチレンを生成するエチレン生成装置であって、
脂質およびこの脂質を含む有機物のいずれかを添加した培地中に微生物を培養させる培養槽と、
この培養槽内の培地を攪拌する攪拌手段と、
前記培養槽内の培地の温度を調整する温度調整手段と、
前記培養槽内にガスを送り込み、前記培養槽内のガス組成を調整する調整手段と、
前記培養槽内で生成されたエチレンを採取する採取手段と
を具備したことを特徴としたエチレン生成装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−87331(P2006−87331A)
【公開日】平成18年4月6日(2006.4.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−275382(P2004−275382)
【出願日】平成16年9月22日(2004.9.22)
【出願人】(302018020)
【Fターム(参考)】