説明

エノラーゼ活性を有する新規耐熱性タンパク質

【課題】エノラーゼ活性を有する新規耐熱性タンパク質を提供する。
【解決手段】特定のアミノ酸配列からなるタンパク質は、エノラーゼ活性を有する。このタンパク質は、超好熱性古細菌であって、好気性hyperthermophilic archaeonの1種であるアエロパイラム・ペルニックス(Aeropyrum pernix)種K1(JCM9820)の遺伝子配列から、エノラーゼ活性を有するタンパク質をコードすると推定される遺伝子をクローニングし、これを、大腸菌を用いて発現させることにより得ることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エノラーゼ活性を有する新規耐熱性タンパク質に関する。なお、本出願は、国の委託に係る成果の出願である。
【背景技術】
【0002】
エノラーゼは、2−ホスホグリセリン酸に作用して、ホスホエノールビルビン酸および水を生成する機能を有する。この機能を利用して、血中のホスホグリセリン酸ムターゼ濃度を測定し、それにより、痴呆症の患者におけるアルツハイマー型痴呆症と血管性痴呆症とを識別することが提案されている(例えば、特許文献1参照)。また、その他の用途として、エノラーゼをコードする遺伝子をコリネ型細菌に導入し、エノラーゼ活性を増幅することにより、L−リジン又はL−グルタミン酸の生産量を増大させること(例えば、特許文献2参照)や、血栓溶解剤として使用すること(例えば、特許文献3参照)が提案されている。さらに、エノラーゼが、細胞の生存および心筋細胞におけるATPレベル維持のために重要な役割を担うことから、エノラーゼを虚血心筋に直接投与することによって、心臓機能の改善を行うことが検討されている(例えば、特許文献4参照)。
【0003】
エノラーゼとしては、様々な生物由来のものが知られているが、その中で、耐熱性菌由来のものが知られている。前記耐熱性菌としては、超好熱性古細菌であるパイロコッカス・フリオサス(Pyrococcus furiosus)、好熱性真正細菌であるテルモトガ・マリチマ(Thermotoga maritima)があげられる(例えば、非特許文献1および非特許文献2参照)。このような耐熱性菌由来のエノラーゼは、工業的用途を広げるものと期待されているが、前記2種類の菌由来のものだけでは、いまだ不十分である。
【0004】
他方、前記の菌以外の超好熱性古細菌(非特許文献3参照)についての研究があり、アエロパイラム属細菌の1種であるアエロパイラム・ペルニックス(Aeropyrum pernix)(JCM9820)(非特許文献4参照)は、その遺伝子が既に解析されている(非特許文献5参照)。したがって、この超好熱性古細菌が、エノラーゼ活性を有するタンパク質を産生するとすれば、それは優れた耐熱性および安定性を有すると予想され、これによって工業的用途がさらに広がる可能性がある。
【0005】
【特許文献1】特開平11−239500号公報
【特許文献2】特開2003−180355号公報
【特許文献3】米国特許第6190659号明細書
【特許文献4】特開2004−081111号公報
【非特許文献1】Arch. Biochem. Biophysics、1994、September、313(2)、280-286
【非特許文献2】Protein Science 4, 228-236 (1995)
【非特許文献3】Advances in Protein Chemistry, Volume 48, Enzymes and Proteins from Hyperthermophilic Microorganisms (M. W. W. Adams ed.), Academic Press (1996)
【非特許文献4】Int. J. Syst. Bacteriol. 1996 October; 46(4):1070-1077
【非特許文献5】DNA Res. 1999 April 30; 6(2):83-101, 145-152
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、このような事情に鑑みなされたものであり、エノラーゼ活性を持つ新規耐熱性タンパク質の提供を、その目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記目的を達成するために、超好熱性古細菌であるアエロパイラム・ペルニックス(Aeropyrum pernix)(JCM9820)のゲノム情報について調べたところ、この細菌が、エノラーゼを産生する可能性があることを突き止めた。この知見に基づき、さらに研究を重ねたところ、この細菌の遺伝子から、エノラーゼ活性を持つ新規耐熱性タンパク質を発現させることに成功し、本発明に到達した。
【0008】
すなわち本発明のタンパク質は、下記の(a)または(b)の耐熱性タンパク質である。
(a) 配列番号1のアミノ酸配列からなる耐熱性タンパク質。
(b) 配列番号1のアミノ酸配列において、1つ若しくは数個のアミノ酸残基が、欠失、置換、付加若しくは挿入されたアミノ酸配列からなり、エノラーゼ活性を有する耐熱性タンパク質。
【0009】
なお、アエロパイラム・ペルニックス(Aeropyrum pernix)(JCM9820)は、理化学研究所生物基盤研究部微生物系統保存施設に保存されており、第三者の要求により分譲可能である。
【発明の効果】
【0010】
アエロパイラム・ペルニックス(Aeropyrum pernix)(JCM9820)の最適生育温度は90〜95℃であり、生育限界温度が100℃であるから、本発明のタンパク質は、90〜100℃の高温であっても活性がある。したがって、本発明のタンパク質は、高温下で使用することができ、かつ、高温下で安定性が高く、工業的用途の拡大が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
前記エノラーゼは、2−ホスホグリセリン酸に作用して、ホスホエノールビルビン酸および水を生成する機能を有する。また、前記エノラーゼは、ホスホエノールビルビン酸に作用して、2−ホスホグリセリン酸を生成する機能を有する。
【0012】
前述のように、本発明の新規耐熱性タンパク質は、超好熱性古細菌由来であり、具体的には、アエロパイラム・ペルニックス(Aeropyrum pernix)(JCM9820)由来である。但し、本発明のタンパク質は、この菌が産生するものに限定されず、遺伝子工学的手法により、他の生物が産生するものであってもよい。
【0013】
つぎに、本発明の発現ベクターは、前記本発明のタンパク質をコードするDNAまたは配列番号2に記載のDNAを含むベクターである。
【0014】
つぎに、本発明の形質転換体は、前記本発明の発現ベクターにより形質転換された形質転換体である。なお、宿主は特に制限されず、例えば、大腸菌等がある。
【0015】
つぎに、本発明のタンパク質の製造方法は、前記本発明の形質転換体を培養する工程と、前記培養工程において発現した前記タンパク質を回収する工程とを含む製造方法である。
【0016】
つぎに、本発明のホスホエノールピルビン酸の製造方法は、酵素反応により2−ホスホグリセリン酸からホスホエノールピルビン酸を製造する方法であって、酵素として前記本発明のタンパク質を使用するホスホエノールピルビン酸の製造方法である。
【0017】
以下、本発明について、さらに詳細に説明する。
【0018】
本発明者らは、子宝島の海岸の硫気孔から採取された超好熱性古細菌であって、好気性hyperthermophilic archaeonの1種であるアエロパイラム・ペルニックス(Aeropyrum pernix)種K1(JCM9820)の遺伝子配列からエノラーゼ活性を示すタンパク質をコードすると推定される遺伝子(配列番号2)をクローニングし、これを、大腸菌を用いて発現させることにより、本発明の新規耐熱性タンパク質を得るに至った。遺伝子のクローニング方法は、後述する実施例1に記載した通り実施した。クローニングされた遺伝子の塩基配列は、配列番号2に示す通りであり、また、その推定アミノ酸配列は、配列番号1に示す通りである。なお、本発明の新規耐熱性タンパク質は、エノラーゼ活性を有していれば、配列番号1のアミノ酸配列において、一つ若しくは数個のアミノ酸残基が、欠質、置換、付加若しくは挿入されていてもよい。このアミノ酸配列における「アミノ酸の欠失、置換、付加若しくは挿入」は、当業者に公知の方法(例えば、突然変異誘発法)に従って実施できる。
【0019】
本発明のタンパク質は、前述の本発明のタンパク質の製造方法により製造可能であるが、これに限定されず、他の製造方法で製造されてもよい。例えば、配列番号1に示すように、そのアミノ酸配列が決定されているタンパク質については、その配列を元に当業者に公知の手法、例えば、個々のアミノ酸を化学的に重合してタンパク質を合成する方法に従って調製できる。
【0020】
本発明のタンパク質をコードする遺伝子の一例としては、配列番号2に示す遺伝子がある。前記遺伝子は、例えば、後述する実施例2に示すように超好熱性古細菌アエロパイラム・ペルニックス(Aeropyrum pernix)(JCM9820)のゲノムから、例えば、配列番号2で示される塩基配列の一部をプライマーとして用いるPCR法あるいは該DNA断片をプローブとして用いるハイブリダイゼーション法により調製できる。また、その塩基配列をもとに、当業者に公知である核酸化学合成法等に従って前記遺伝子を得ることもできるが、本発明は、これらに限定されない。
【0021】
本発明の発現ベクターは、前記遺伝子もしくは配列番号2のDNAを適当なベクターに挿入することによって得ることができる。本発明の発現ベクターは、宿主中で複製可能なものであれば、特に制限されるものではなく、例えば、プラスミドDNA、ファージDNA、AcMNPVなどのバキュロウイルスなどが挙げられる。プラスミドDNAは、大腸菌やアグロバクテリウムからアルカリ抽出法またはその変法などにより調製できる。また、市販の発現ベクターとして、例えば、pET-11a(Novagen社製)あるいはバチルス属の宿主を用いた分泌型のベクターなどを用いてもよい。これらのベクターは、例えば、アンピシリン耐性遺伝子、カナマイシン耐性遺伝子、クロラムフェニコール耐性遺伝子などが含まれていてもよい。
【0022】
ベクターへの遺伝子等の挿入は、例えば、精製された遺伝子の塩基配列を適当な制限酵素で切断し、適当なベクターDNAの制限酵素部位またはマルチクローニングサイトに挿入してベクターに連結する方法などを用いることができるが、これらに限定されない。また、本発明のタンパク質をコードする遺伝子の機能が発揮されるように、本発明の発現ベクターには、本発明のタンパク質をコードする遺伝子のほか、プロモーター、ターミネーター、リボソーム結合配列などを組み込んでいてもよい。さらに、本発明のタンパク質をコードする遺伝子も他のタンパク質のコードする配列を融合したものを挿入してもよい。
【0023】
前記発現ベクターで宿主生物を形質転換すれば、本発明の形質転換体が得られる。宿主生物としては、本発明のタンパク質をコードする遺伝子を発現できるものであれば、特に制限されるものではなく、例えば、大腸菌などの原核細胞が挙げられるが、これらに限定されない。形質転換法としては、既に公知である塩化カルシウム法などを使用できるが、これらの方法に限定されない。
【0024】
本発明のタンパク質の製造方法は、前記形質転換体を培養する工程と、前記培養工程において発現した前記タンパク質を回収する工程とを含む製造方法である。前記培養する方法は、宿主細胞の培養に用いられる通常の方法に従って行われる。大腸菌等の微生物を宿主とした形質転換体を培養する培地としては、微生物が資化し得る炭素源、窒素源、無機塩類などを含有し、形質転換体の培養を効率的に行えるものであれば、天然培地、合成培
地などのいずれを用いてもよい。本発明のタンパク質の回収は、特に制限されない。前記タンパク質が菌体内または細胞内に生産される場合には、菌体または細胞を破砕することによって前記タンパク質を回収する。また、本発明のタンパク質が菌体外または細胞外に生産される場合には、培養液をそのまま使用するか、遠心分離などにより菌体または細胞を除去した後、タンパク質の単離精製に用いられる一般的な生化学的方法、例えば、硫酸アンモニウム沈殿、ゲルクロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィーなどを単独でまたは適宜組み合わせて用いることにより、培養物中から本発明のタンパク質を単離精製できる。なお、培養液をそのまま使用する場合、熱処理をすることにより他のタンパク質が失活するので、実質上、本発明のタンパク質のみの酵素液として使用できる。
【0025】
本発明のタンパク質は、その酵素反応により、例えば、ホスホエノールピルビン酸から2−ホスホグリセリン酸を製造できる。したがって、本発明は、その一態様として、酵素反応によりホスホエノールピルビン酸から2−ホスホグリセリン酸を製造する方法であって、酵素として前記本発明の耐熱性タンパク質を使用する方法を含む。前記酵素反応は、例えば、70〜85℃の温度条件下で行うことができる。前記酵素反応は、例えば、Mg2+、Mn2+、Ni2+、Ca2+及びCo2+等の2価金属イオン存在下で行うことが好ましく、それぞれ1種類でもよいし、2種類以上を併用してもよい。中でも、Mg2+存在下が好ましい。前記酵素反応は、例えば、MgCl2、MnCl2、NiCl2、CaCl2及びCoCl2等を含む反応液を使用できる。前記反応液は、さらに、例えば、フェニルメタンスルフォニルフロリド(PMSF)及びメルカプトエタノール等を含んでいてもよい。前記反応液の緩衝液は特に制限されないが、例えば、MES緩衝液、Tris/HCl緩衝液等が挙げられる。前記反応液のpHは、pH4.5〜6.5の範囲が好ましく、より好ましくはpH4.5〜6.0の範囲である。反応液中の本発明のタンパク質の濃度は、特に制限されないが、例えば、3.2〜14U/mgであり、ホスホエノールピルビン酸の濃度は、例えば、0.25〜2mMである。
【0026】
つぎに、本発明のホスホエノールピルビン酸の製造方法は、前述のように、酵素反応により2−ホスホグリセリン酸からホスホエノールピルビン酸を製造する方法であって、酵素として前記本発明の耐熱性タンパク質を使用する方法である。前記本発明の耐熱性タンパク質を用いれば、高温領域で酵素反応を実施できる。前記酵素反応における反応条件(例えば、温度条件、2価金属イオン、緩衝液およびpH等)は、前記2−ホスホグリセリン酸の製造方法と同様である。また、反応液における本発明のタンパク質及び基質の濃度は、特に制限されず、例えば、前記2−ホスホグリセリン酸の製造における濃度から適宜決定できる。
【0027】
以下に実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらにより限定されない。
【実施例1】
【0028】
染色体DNAの調製
アエロパイラム・ペルニックス(Aeropyrum pernix)(JCM9820)をL培地で37℃にて一晩培養し、集菌したものに、SSC溶液(0.15M NaCl、0.015
M クエン酸ナトリウム)溶液を10mL、0.5M EDTA溶液を0.2mL、100mg/mL ニワトリ卵白リゾチームを0.1mLおよび10%非イオン性界面活性剤Brij-58溶液を0.5mL加え、0℃で30分間放置した後、プロテイナーゼK(Merck社製)5mgを0.2mLの10%SDS溶液に溶かした溶液を加え、37℃で2、3日間放置した。この溶液に水飽和フェノール、クロロホルム、イソアミルアルコールの混合溶液を加えて37℃で1時間放置した後、水層を分取し、そこへエタノールを加えてDNAを沈殿濃縮した。このDNAの沈殿をTE溶液(10mM Tris/HCl(pH7.5)、1mM EDTA(pH8.0))10mLに溶解し、リボヌクレアーゼ0.25mL(最終濃度0.25mg/mL)を加えて、37℃で一晩放置した後、エタノールで沈殿させた。ついで、DNAをTE溶液5mLに溶解した後、260nmの吸光度より、DNA濃度を決定した(Clarke,L. & Carbon,J. (1979) Methods Enzymol. 68, 396-408)。
【実施例2】
【0029】
発現ベクターの構築と遺伝子発現
1.発現ベクターの構築
耐熱性エノラーゼ遺伝子の翻訳領域の前後に制限酵素NdeIおよびBamHI、NotIサイトを含むDNAを構築する目的で下記のDNAプライマーを合成し、このプライマーを用いたPCRで耐熱性エノラーゼ遺伝子の翻訳領域の前後に制限酵素サイトを導入した。DNAポリメラーゼとして、KOD Dash(東洋紡社製)を使用した。
Forward primer(配列番号3):5'- ATATCATATGGGGGTAAATGACTTTGCTATTGAGCGCGTT -3'
Reverse primer(配列番号4):5'- ATATGGATCCGCGGCCGCTTATTAGCGCCTGCCCATTACGCC -3'
【0030】
PCR反応後、Ex Taq(宝酒造社製)を用いて増幅断片の3’末端側にデオキシアデノシンを付加した後、pGEM−T Easy Vector(Promega社製)とT4リガーゼで15℃、30分間反応させ、連結した。連結したDNAを大腸菌DH5αのコンピテントセルに導入し、形質転換体のコロニーを得た。得られた形質転換体を、アンピシリンを含むLB培地(18mL)で24時間培養し、その培養液から発現ベクターを改変アルカリSDS法で精製した。精製ベクター中に期待される大きさの挿入DNA断片が存在することを、アガロース電気泳動で確認した。精製ベクターの挿入DNA断片の塩基配列は、BigDye Terminator kit(登録商標:Applied Biosystems社製)とABI PRISM 3700 DNA Analyzer(登録商標:Applied Biosystems社製)とを用いて決定し、挿入DNA断片の塩基配列が、耐熱性エノラーゼ遺伝子の正しい配列であることを確認した。正しい配列を有するベクターの一部を制限酵素NdeIとBamHIで完全分解(37℃で2時間)した後、アガロース電気泳動により、耐熱性エノラーゼ遺伝子を精製した。pET-11a(Novagen社製)を制限酵素NdeIとBamHIとで切断・精製した後、T4リガーゼで反応させ、上記の構造遺伝子と連結した。連結したDNAの一部を大腸菌DH5αのコンピテントセルに導入し、アンピシリンを含むLB寒天プレートに適量まき、37℃で一晩培養し、形質転換体のコロニーを得た。得られた形質転換体を、アンピシリンを含むLB培地(18mL)で24時間培養し、その培養液から発現ベクターを改変アルカリSDS法で精製した。
【0031】
2.組換え遺伝子の発現
大腸菌Rosetta-gami(DE3)(Novagen社製)のコンピテントセル0.1mLをファルコンチューブに移した。その中に上記1.の精製発現ベクターの溶液0.002mLを加え氷中に20分間放置した。ついで、42℃でヒートショックを90秒間行い、氷中に1分間放置した後、クロラムフェニコールとアンピシリンを含むLB寒天プレートに適量まき、37℃で一晩培養し、形質転換体を得た。得られた形質転換体を、アンピシリンを含むLB培地(5mL)で18時間培養し、耐熱性エノラーゼ遺伝子を発現した。培養後、遠心分離(13,000G、10分)で集菌した。
【0032】
集菌した菌体に、菌体破砕液(20mM Tris/HCl、100mM KCl、pH7.5)を0.2mL加え、超音波発生器で細胞を破砕し、その懸濁液を0.1mLずつ2本のサンプルチューブに分けた。一方のサンプルチューブは遠心分離(13,000G、10分)して上清と沈殿とに分け、沈殿は前記菌体破砕液0.1mLで懸濁した。もう一方のサンプルチューブは、熱処理(80℃、10分)を施した後、遠心分離(13,000G、10分)して上清と沈殿に分け、沈殿は前記菌体破砕液0.1mLで懸濁した。これらの試料の一部をSDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動(PAGE)で分析し、発現を確認できた。この結果を図1のSDS−PAGE写真に示す。
【0033】
耐熱性エノラーゼの発現が見られた試料についてSDSポリアクリルアミドゲル電気泳動を行った後、エレクトロブロッティングによってPVDF膜に転写し、染色によって可視化された目的組換えタンパク質である耐熱性エノラーゼのバンドを切り出し、プロテインシーケンサーModel492Procise(Applied Biosystems社製)を用いて、アミノ末端配列を解析した結果、配列番号5に示すように7残基のアミノ末端配列が決定できた。この配列により、発現タンパク質が耐熱性エノラーゼであることを確認できた。この発現タンパク質は、432アミノ酸残基より構成されており、その推定分子量は46.8kDaであり、図1の結果とほぼ一致した。
【実施例3】
【0034】
DNA組換え大腸菌の大量培養
実施例2と同様にして発現ベクターを精製し、この発現ベクターを用いて大腸菌Rosetta−Gami(DE3)を形質転換した。プレート上に生えてきたコロニーを3白金耳量とり、5mLのLBL培地(1%ペプトン、0.5%酵母抽出液、0.5%NaCl、0.1%ラクトース、50μg/mLアンピシリン、40μg/mLクロラムフェニコール)に植菌して約6時間37℃で前培養した。この前培養液の全量を、3Lの4×LBL培地(4%ペプトン、2%酵母抽出液、 2%NaCl、50μg/mLアンピシリン)に加え、高密度培養槽(ABLE社製)にて所定の条件(37℃、pH7.2、圧力0.02Pa)にコンピュータプログラム制御して培養した。pHは、オートクレーブ済みの2M HCl(和光純薬社製)および2M NaOH(和光純薬社製)で調整した。集菌約18時間前(培養開始後約24時間前)にオートクレーブ済みの発現誘導液(10%ラクトース、20%グリセロール)を300mL加えた。大腸菌の生育度が定常期に入ったところ(培養開始42時間後)で大型遠心分離機(Beckman社製、商品名AvantiHP−30I)を用いて集菌した。回収した菌体のうち少量を分取し、残りの菌体は−30℃で保存した。前記分取した菌体を、破砕液(150mM NaCl、20mM Tris−HCl(pH8)及び5mM β−メルカプトエタノール(和光純薬社製))に懸濁し、超音波破砕装置(TOMY社製、商品名UD−201)で破砕した。この溶液を2等分し、一方を9,100G、4℃で10分間遠心分離して上清と沈殿に分けた。他方は、75℃に設定した恒温槽(TAITEC社製、商品名DTU−1C)で10分間加熱した後、9,100G、4℃で10分間遠心分離して上清と沈殿に分けた。得られた沈殿は、前記破砕液に再懸濁した。これら4種の上清および沈殿懸濁液に変性剤(62.5mM Tris−HCl(pH6.8)、10%グリセロール、2%SDS、2.4%β−メルカプトエタノール、0.005%ブロムフェノールブルー(和光純薬社製))を加え、95℃で5分間加熱して変性させた。各変性タンパク質液を12.5%ポリアクリルアミドゲルに加え、SDS−PAGEにて電気泳動を行った。染色液(和光純薬社製、商品名Quick−CBB)を用い、電気泳動後のゲルを染色・脱色した結果、目的タンパク質(エノラーゼ)の発現が確認できた。
【実施例4】
【0035】
1.DNA組換えタンパク質の精製
実施例3において−30℃で保存した菌体を破砕液(150mM NaCl、20mM Tris−HCl(pH8)及び5mM β−メルカプトエタノール(和光純薬社製))に懸濁し、超音波破砕装置(TOMY社製、商品名UD−201)で破砕した。この菌体破砕液を80℃に設定した恒温槽(TAITEC社製、商品名DTU−1C)で10分間加熱した後、すばやく冷却した。ついで、大型遠心分離機(Beckman社製、商品名Avanti HP−30I)を用いて、100,000Gで1時間遠心分離し、上清を回収した。
【0036】
つぎに、この上清をタンパク質精製装置(Amersham Biosciences社製、商品名AKTATM explorer)を用いて、1.35M硫酸アンモニウム、20mM Tris−HCl(pH8.0)及び5mM β−メルカプトエタノールを含む緩衝溶液に置換した後、疎水交換カラム(Amersham Biosciences社製、商品名RESOURCETMPhe 6mL)に通した。1.35M→0Mの硫酸アンモニウム濃度勾配で溶出させ、各画分をSDS−PAGEにて確認し、目的タンパク質の画分を回収した。
【0037】
つぎに、回収した画分を50mM MES(pH6.0)及び5mM β−メルカプトエタノールを含む緩衝溶液に置換した後、陰イオン交換カラム(東ソー社製、商品名TSK−GEL BioAssistTM Q 6mL)に通した。0〜1M塩化ナトリウムを含む緩衝溶液で溶出を行い、0.48M塩化ナトリウム濃度で溶出した各画分をSDS−PAGEにて確認し、目的タンパク質の画分を回収した。
【0038】
つぎに、回収した画分を、遠心濃縮チューブ(ミリポア社製、商品名VIVASPINTM 10000)を用いて遠心分離して濃縮し、タンパク質精製装置(GILSON社製)を用いて、20mM Tris−HCl(pH8.0)、5mM β−メルカプトエタノール及び150mM NaClを含む溶液で平衡化したゲルろ過カラム(Amersham Biosciences社製、商品名HiLoadTM 16/60、SuperdexTM 75)に通した。溶出した各画分をSDS−PAGE電気泳動にて確認し、目的タンパク質の画分を回収した。
【0039】
つぎに、回収した画分を、150mM NaCl、20mM Tris−HCl(pH8.5)及び5mM β−メルカプトエタノールを含む溶液に置換した後、遠心濃縮チューブ(ザルトリウス社製、商品名VIVASPINTM 10000)を用いて遠心分離して濃縮し、これを以下の測定にサンプルとして使用した。
【0040】
2.至適温度の決定
2.0mM ホスホエノールピルビン酸(PEP)(SIGMA製)、1.0mM MgCl2(和光純薬製)、50mM Tris/HCl(ナカライテスク製)(pH7.5)を含む反応液を準備し、前記反応液を所定の温度(25、45、55、65、75、85及び90℃)とした。ついで、精製した前記サンプルを前記反応液に加えて酵素反応を開始させ、反応開始直後と反応開始から経時的にホスホエノールピルビン酸に由来する波長240nmの吸光度を測定した(商品名U−3000 Spectrophotometer:HITACHI製)。ホスホエノールピルビン酸のモル吸光係数はMg濃度などによって変化するので、各条件で実測値から計算によってモル吸光係数を用いて、前記吸光度の変化から生成した2−ホスホグリセリン酸量を算出し、それに耐熱性タンパク質1mgが1分あたりに生成した2−ホスホグリセリン酸量(μmol)を比活性(μmol/min/mg)として算出した。その結果を図2に示す。同図に示すように、95℃で最も高い活性を示した。なお、前記サンプルのタンパク質量は、吸光度法により定量した。
【0041】
3.至適pHの決定
温度条件を85℃とし、Tris/HCl緩衝液に代えて下記の表1に示す緩衝液を使用し、様々なpHで酵素活性の測定を行った以外は、前記「2.至適温度の決定」と同様に測定を行った。その結果を図3に示す。同図に示すように、前記耐熱性タンパク質は、pH5.5(Tris/HCl緩衝液)で最も高い活性を示した。
【0042】
【表1】

【0043】
4.熱安定性
(1)CD spectrum
前記耐熱性タンパク質のサンプルをリン酸カリウム緩衝液(pH7.0)に加えた後、溶液温度を15℃から95℃に上昇させるか、又は、95℃から15℃に下降させながらθ222値を測定した。なお、測定には、商品名Spectropolarimeter J−720−W(日本分光製)を用いた。この結果を図4に示す。同図に示すように、前記耐熱性タンパク質は、15〜95℃の範囲で安定であった。なお。高温側になるにつれて吸光度の上昇が見られたが、95℃に達した際にセル内には沈殿は発生していなかったことから、この上昇は、測定時の誤差又はベースラインのシフトによるものと考えられる。
【0044】
(2)活性測定
前記耐熱性タンパク質のサンプルを所定の温度(70、85及び95℃)でインキュベーションし(商品名GeneAmp PCR System 2700:Applied Biosystems社製)、その残存活性を経時的に測定した。なお、緩衝液は、50mM Tris/HCl(pH5.5)緩衝液を使用し、活性測定は、前記「2.至適温度の決定」と同様に測定を行った。その結果を図5に示す。図5(a)は、比活性を示し、図5(b)は、0分の比活性を100とした場合の相対活性(%)を示す。これらの図に示すように、95℃では、2時間のインキュベーションで8.8%まで残存活性が低下したものの、70及び85℃では、36時間後であっても高い活性を示し、安定であった。
【0045】
5.pH安定性
前記耐熱性タンパク質のサンプルを、下記表2に示す所定のpHの緩衝液で85℃1時間インキュベーションした後(商品名DTU−N:TAITEC製)、前記「2.至適温度の決定」と同様にして活性を測定した。その結果を図6に示す。図6(a)は、比活性を示し、図6(b)は、Tris/HCl(pH5.5)緩衝液を使用した場合の比活性を100とした場合の相対活性(%)を示す。これらの図に示すように、前記耐熱性タンパク質は、すべてのpHの範囲で酵素活性を示し、安定であった。
【0046】
【表2】

【0047】
6.Km値及びVmax値の算出
PEP及びMgCl2についてKm及びVmaxを求めた。その結果を下記表3に示す。なお、50mM Tris/HCl(pH5.5)緩衝液を使用した以外は、前記「2.至適温度の決定」と同様の方法で活性測定を行った。
【0048】
【表3】

【0049】
7.2価金属、EDTA、メルカプトエタノール及びPMSFの阻害効果
PMSF(和光純薬製)、メルカプトエタノール(Mer−EtOH)(ナカライテスク製)及びEDTA(ナカライテスク製)をそれぞれ反応液に加え、これらの耐熱性タンパク質の酵素活性への影響を調べた。なお、50mM Tris/HCl(pH5.5)緩衝液を使用した以外は、前記「2.至適温度の決定」と同様にして活性測定を行い、EDTA終濃度は5mM、その他の終濃度は1mMとした。その結果を図7に示す。図7(a)は、比活性を示し、図7(b)は、MgCl2(終濃度16mM)を含む反応液を使用した場合の比活性を100とした場合の相対活性(%)を示す。これらの図に示すように、Mg2+を含まない反応液では、酵素活性を示さず、また、2価金属のキレーターであるEDTAを加えた時に活性が低下することから、前記耐熱性タンパク質の酵素活性には、Mg2+が必須であることがわかった。なお、PMSF及びメルカプトエタノールを加えた場合には、大きな影響はなかった。
【0050】
8.金属依存性
MgCl2に代えて、その他の2価金属(NiCl2、MnCl2、CaCl2及びCoCl2)を反応液に加え、50mM Tris/HCl(pH5.5)緩衝液を使用した以外は、前記「2.至適温度の決定」と同様にして酵素活性を測定した。その結果を図8に示す。図8(a)は、比活性を示し、図8(b)は、MgCl2を含む反応液を使用した場合の比活性を100とした場合の相対活性(%)を示す。これらの図に示すように、Mn2+及びCa2+存在下の酵素活性は、Mg2+の60%であり、Ni2+存在下での酵素活性はMg2+の50%であり、Co2+存在下でのMg2+の40%であった。
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明により、エノラーゼ活性を有する新規耐熱性タンパク質が提供できる。本発明のタンパク質は、高温下で使用することが可能であり、工業的用途が広がると共に、基質濃度の増加、反応効率の向上、混入微生物の除去、保存期間および耐用期間の延長などの多くの利点がもたらされる。
【図面の簡単な説明】
【0052】
【図1】図1は、本発明の一実施例における組換えタンパク質のSDS−PAGE写真である。
【図2】図2は、本発明のその他の実施例における所定の温度条件下でのタンパク質の酵素活性を示すグラフである。
【図3】図3は、本発明のその他の実施例における所定のpHでのタンパク質の酵素活性を示すグラフである。
【図4】図4は、本発明のその他の実施例における所定の温度条件下でのタンパク質の熱安定性を示すグラフである。
【図5】図5(a)は、本発明のその他の実施例における所定の温度条件下でのタンパク質の酵素活性を示すグラフであり、図5(b)は、その相対活性を示すグラフである。
【図6】図6(a)は、本発明のその他の実施例における所定のpHでのタンパク質の酵素活性を示すグラフであり、図6(b)は、その相対活性を示すグラフである。
【図7】図7(a)は、本発明のその他の実施例における各種金属等を添加した反応液でのタンパク質の酵素活性を示すグラフであり、図7(b)は、その相対活性を示すグラフである。
【図8】図8(a)は、本発明のその他の実施例における各種金属の存在下でのタンパク質の酵素活性を示すグラフであり、図8(b)は、その相対活性を示すグラフである。
【配列表フリーテキスト】
【0053】
配列番号1:耐熱性エノラーゼのアミノ酸配列
配列番号2:耐熱性エノラーゼのアミノ酸配列をコードする塩基配列
配列番号3:耐熱性エノラーゼの構造遺伝子の末端に制限酵素部位NdeIおよびBam
HI、NotIを導入するための順方向プライマー
配列番号4:耐熱性エノラーゼの構造遺伝子の末端に制限酵素部位NdeIおよびBamHI、NotIを導入するための逆方向プライマー
配列番号5:N末端アミノ酸配列

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の(a)または(b)の耐熱性タンパク質。
(a) 配列番号1のアミノ酸配列からなる耐熱性タンパク質。
(b) 配列番号1のアミノ酸配列において、1つ若しくは数個のアミノ酸残基が、欠失、置換、付加若しくは挿入されたアミノ酸配列からなり、エノラーゼ活性を有する耐熱性タンパク質。
【請求項2】
前記エノラーゼ活性が、2−ホスホグリセリン酸に作用して、ホスホエノールビルビン酸および水を生成する機能である請求項1記載のタンパク質。
【請求項3】
前記エノラーゼ活性が、ホスホエノールビルビン酸に作用して、2−ホスホグリセリン酸を生成する機能である請求項1記載のタンパク質。
【請求項4】
超好熱性古細菌由来である請求項1から3のいずれか記載のタンパク質。
【請求項5】
超好熱性古細菌が、アエロパイラム・ペルニックス(Aeropyrum pernix)(JCM9820)である請求項4記載のタンパク質。
【請求項6】
請求項1から5のいずれかに記載のタンパク質をコードするDNAまたは配列番号2に記載のDNAを含むベクター。
【請求項7】
請求項6記載のベクターにより形質転換された形質転換体。
【請求項8】
請求項1から5のいずれかに記載のタンパク質の製造方法であって、請求項7記載の形質転換体を培養する工程と、前記培養工程において発現した前記タンパク質を回収する工程とを含む製造方法。
【請求項9】
酵素反応により2−ホスホグリセリン酸からホスホエノールピルビン酸を製造する方法であって、酵素として請求項1から5のいずれかに記載のタンパク質を使用するホスホエノールピルビン酸の製造方法。
【請求項10】
Mg2+、Ca2+、Co2+、Mn2+及びNi2+からなる群から選択される2価金属イオン存在下で前記酵素反応を行う請求項9記載の製造方法。

【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図1】
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【公開番号】特開2006−288391(P2006−288391A)
【公開日】平成18年10月26日(2006.10.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−72974(P2006−72974)
【出願日】平成18年3月16日(2006.3.16)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成17年度、文部科学省、科学技術試験研究による委託研究「代謝系タンパク質の構造・機能解析」、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【Fターム(参考)】