説明

エピクロロヒドリンの新規な製造方法

【課題】 1,3−ジクロロ−2−プロパノールを主成分とするジクロロヒドリンを脱塩化水素化するエピクロロヒドリンの製造において、収率、廃水負荷、製造に使用するエネルギーの観点において優れた製造方法を提供することである。
【解決手段】 1,3−ジクロロ−2−プロパノールを主成分とするジクロロヒドリンを塩基で脱塩化水素化してエピクロロヒドリンが生成する工程において、ジクロロヒドリンを脱塩化水素化した後の反応液が油層と水層との比重差を利用して分液が可能であること、さらにその分液性を脱塩化水素化するジクロロヒドリンの1,3−ジクロロ−2−プロパノールと2,3−ジクロロ−1−プロパノールのモル比を87:13〜100:0に限定することにより、制御できることを見出し、また、必要であれば得られた油層と水層に中間処理を施すことにより、上記課題を解決した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ジクロロヒドリンを塩基により脱塩化水素化することによるエピクロロヒドリンの製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
エピクロロヒドリンは、エポキシ樹脂や合成ゴムの原料、グリシジルエーテル類、グリシジルエステル類、アミン付加物などの出発物質として、多量に使用されている。
【0003】
エピクロロヒドリンの製造方法としては、プロピレンの塩素化によるアリルクロライドの合成工程、アリルクロライドのクロロヒドリン化反応によるジクロロヒドリンの合成工程、及びジクロロヒドリンの脱塩化水素化によるエピクロロヒドリンの合成工程による方法がよく知られている。しかし、一般に行われているこの方法は以前よりトリクロロプロパン等の不要な塩素化物が副生すること及び廃水が多量に生じることが問題視されており、新しい製造方法が望まれていた。
【0004】
ジクロロヒドリンを製造する他の製造方法としては、ギ酸や酢酸等の触媒存在下において、グリセリンと塩化水素ガスを反応させて、ジクロロヒドリンを得る方法が知られている。この方法は、トリクロロプロパン等の不要な塩素化物が生成せずに、ジクロロヒドリンが製造できる点で好ましい。
【0005】
また、原料のグリセリンは低コストの再生可能資源であり、植物油や動物油を原料とする反応又はバイオディーゼルの製造により副生することから、経済的又は環境的観点から見ても望ましい原料であるといえる。
【0006】
上記理由により、グリセリンからジクロロヒドリンを得る製造方法についての研究が近年活発になされており、反応に有効な触媒のスクリーニングとともに、製造プロセスについても検討されている(特許文献1〜4参照)。
【0007】
触媒存在下において、グリセリンと塩化水素ガスを反応させるクロロヒドリン類の製造方法は下記式(1)で示される。
【化1】

【0008】
グリセリンからジクロロヒドリンを製造する場合には、ジクロロヒドリンは主として1,3−ジクロロ−2−プロパノールが生成し、1,3−ジクロロ−2−プロパノールと2,3−ジクロロ−1−プロパノールとの生成比はおおよそ90:10〜99:1である。これに対して、従来法であるアリルクロライドからジクロロヒドリンを製造する場合、1,3−ジクロロ−2−プロパノールと2,3−ジクロロ−1−プロパノールとの生成比はおおよそ30:70である。1,3−ジクロロ−2−プロパノールと2,3−ジクロロ−1−プロパノールの脱塩化水素化の反応速度は大きく異なり、1,3−ジクロロ−2−プロパノールは2,3−ジクロロ−1−プロパノールより脱塩化水素化の反応速度が速く、1,3−ジクロロ−2−プロパノールは比較的低温でも反応が進行するが、2,3−ジクロロ−1−プロパノールは高温にしないと反応が進行しない。しかし、反応温度を高温にすると分解反応が促進されるため好ましくない。
【0009】
エピクロロヒドリンの効率的な合成を考えた場合、反応速度が速い1,3−ジクロロ−2−プロパノールの脱塩化水素化は一般的に好ましいことであると考えられる。しかし、エピクロロヒドリンの収率を向上させるには、ジクロロヒドリンを脱塩化水素化しエピクロロヒドリンを合成する際に、合成したエピクロロヒドリンの分解反応を抑制する必要がある。合成したエピクロロヒドリンは塩基過剰条件化ではモノクロロヒドリンに変換されうる。また、モノクロロヒドリンは塩基と反応し、グリシドールを生成しうる(下記式2を参照)。モノクロロヒドリンが脱塩化水素化反応に使用する塩基と反応しグリシドールを生成した場合には、ジクロロヒドリンからエピクロロヒドリンを製造に使用する塩基も消費され、効率的な製造ができなくなる。また、廃水中のCOD負荷も増大するため好ましくはない。
【化2】

【0010】
現在、一般的に行われている2,3−ジクロロ−1−プロパノールを主成分とするジクロロヒドリンの脱塩化水素化反応は、以前より様々な試みがなされている。例えば、反応により生成するエピクロロヒドリンを水蒸気でストリッピングする方法がある(特許文献5、特許文献6参照)。また、本出願人が光学活性な2,3−ジクロロ−1−プロパノールとアルカリ水溶液とを減圧下で撹拌しつつ反応させて生成する光学活性なエピクロロヒドリンを反応系外に留出させる方法がなされてきた(特許文献7参照)。しかし、上述のように脱塩化水素化反応の反応速度が大きく異なる1,3−ジクロロ−2−プロパノールを主成分とするジクロロヒドリンの製造方法が確立されつつあり、従来の2,3−ジクロロ−1−プロパノールを主成分とするジクロロヒドリンの脱塩化水素化反応だけではなく、1,3−ジクロロ−2−プロパノールを主成分とするジクロロヒドリンの効率の良い脱塩化水素化を検討することが必要になった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】WO2005/021476
【特許文献2】WO2005/054167
【特許文献3】WO2006/020234
【特許文献4】WO2006/110810
【特許文献5】特開昭60−258171
【特許文献6】特公平6−25196
【特許文献7】特開平6−211822
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
1,3−ジクロロ−2−プロパノールを主成分とするジクロロヒドリンを脱塩化水素化するエピクロロヒドリンの製造において、収率、廃水負荷、製造に使用するエネルギーの観点において優れた製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記課題を解決すべく種々検討を重ねたところ、驚くべきことに、1,3−ジクロロ−2−プロパノールを主成分とするジクロロヒドリンを、塩基で脱塩化水素化してエピクロロヒドリンが生成する工程において、使用するジクロロヒドリンの1,3−ジクロロ−2−プロパノールと2,3−ジクロロ−1−プロパノールのモル比、つまり、脱塩化水素化反応後に含まれる未反応の2,3−ジクロロ−1−プロパノール量により、油層と水層の分液性が変わることを見出した。鋭意検討を重ねた結果、脱塩化水素化するジクロロヒドリンの1,3−ジクロロ−2−プロパノールと2,3−ジクロロ−1−プロパノールのモル比を87:13〜100:0に限定することにより、脱塩化水素化工程における油層と水層が乳濁することなく、分液することが可能であることを見出した。
【0014】
すなわち、本発明は
モル比が1,3−ジクロロ−2−プロパノール:2,3−ジクロロ−1−プロパノール=87:13〜100:0であるジクロロヒドリンを塩基により脱塩化水素化する工程と、
生成したエピクロロヒドリンを含む反応液を油層と水層に分液する工程を含む、エピクロロヒドリンの製造方法である。
【0015】
本発明のエピクロロヒドリンの製造方法においては、更に、得られた油層から蒸留によりエピクロロヒドリンを回収する工程を含むことが好ましい。また、蒸留により生じた蒸留残渣を脱塩化水素化する工程を含んでもよい。
【0016】
更に、得られた水層からエピクロロヒドリンを蒸留により回収する工程、又は更に、得られた水層に塩基を加え、未反応のジクロロヒドリンの脱塩化水素化により生成するエピクロロヒドリンを留出させる工程、好ましくは水蒸気を用いたストリッピングにより留出させる工程を含むことが好ましい。
【発明の効果】
【0017】
本発明により、ジクロロヒドリンの脱塩化水素化において、脱塩化水素化工程の廃水又は使用するエネルギーを低減することができ、高収率でエピクロロヒドリンを回収することが可能である。本発明は、1,3−ジクロロ−2−プロパノールと2,3−ジクロロ−1−プロパノールのモル比がおおよそ90:10〜99:1であるグリセリンを塩素化して生成したジクロロヒドリンの脱塩化水素化に特に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の実施形態を示す模式図1
【図2】本発明の実施形態を示す模式図2
【発明を実施するための形態】
【0019】
また、本発明は1,3−ジクロロ−2−プロパノールと2,3−ジクロロ−1−プロパノールのモル比が87:13〜100:0の場合のみ実施可能であるのに対して、塩基との反応により生成したエピクロロヒドリンを水蒸気によるストリッピングや、減圧下でジクロロヒドリンを脱塩化水素化反応させるとともに、生成したエピクロロヒドリンを水とともに共沸により留出させる等の脱塩化水素化する方法は、上記のモル比にない場合でも実施可能であることが大きく異なっている。
【0020】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明のエピクロロヒドリンの製造方法は、モル比が1,3−ジクロロ−2−プロパノール:2,3−ジクロロ−1−プロパノール=87:13〜100:0であるジクロロヒドリンを塩基により脱塩化水素化する工程と、脱塩化水素化により生成したエピクロロヒドリンを含む反応液を油層と水層に分液する工程を少なくとも含む。
【0021】
脱塩化水素化工程
以下、本発明の脱塩化水素化工程について、詳細に説明する。尚、本発明においては脱塩化水素化工程後に油層と水層に分液する分液工程を有するが、分液工程で得られる油層と水層の少なくとも一部及び/又は分液工程後に任意の中間処理を行った油層と水層の少なくとも一部を脱塩化水素化する工程を含みうるので、それらと区別することが必要な場合には、以下詳述する分液工程を設ける以前の脱塩化水素化工程であって、モル比が1,3−ジクロロ−2−プロパノール:2,3−ジクロロ−1−プロパノール=87:13〜100:0であるジクロロヒドリンを塩基により脱塩化水素化する工程を「分液工程前の脱塩化水素化工程」ともいう。
【0022】
出発原料であるジクロロヒドリンは1,3−ジクロロ−2−プロパノール、2,3−ジクロロ−1−プロパノール及びこれらの混合物の総称である。本発明の製造方法は脱塩化水素化の反応速度の速い1,3−ジクロロ−2−プロパノールに適した製造方法であり、モル比が1,3−ジクロロ−2−プロパノール:2,3−ジクロロ−1−プロパノール=87:13〜100:0であるジクロロヒドリンが好ましく、90:10〜100:0がより好ましく、93:7〜100:0が更に好ましく、95:5〜100:0が特に好ましく、95:5〜99:1が最も好ましい。尚、1,3−ジクロロ−2−プロパノールと2,3−ジクロロ−1−プロパノールのモル比が100:0とは、ジクロロヒドリンとして1,3−ジクロロ−2−プロパノールのみ存在していることを意味する。
【0023】
脱塩化水素化工程に使用するジクロロヒドリンの製造方法は、問題とはならない。ジクロロヒドリンの入手経路としてはアリルクロライドから得られるジクロロヒドリン、アリルアルコールから得られるジクロロヒドリン、グリセリンから得られるジクロロヒドリン及びこれらの混合物を例示できる。尚、アリルクロライドから得られるジクロロヒドリン及びアリルアルコールから得られるジクロロヒドリンは、2,3−ジクロロ−1−プロパノールを主生成物として生成しているので、上記の高い1,3−ジクロロ−2−プロパノールのモル比率にはなり得ない。従って、本発明に使用するジクロロヒドリンは、実質的には、グリセリンから得られるジクロロヒドリン又はグリセリンから得られるジクロロヒドリンとアリルクロライドから得られるジクロロヒドリン、アリルアルコールから得られるジクロロヒドリンとの混合物であると言える。本発明は高い1,3−ジクロロ−2−プロパノールのモル比率を必要としている点、更には主生成物が1,3−ジクロロ−2−プロパノールであるものの、ある一定の比率で2,3−ジクロロ−1−プロパノールが生成されるグリセリンの塩素化により得られるジクロロヒドリンを使用することが特に好ましい。
【0024】
脱塩化水素化工程のジクロロヒドリンは、脱塩化水素化反応後の反応液が油層と水層が分液する限りにおいて、水、有機化合物、塩等を含んだものであってもよい。例えば、水やナトリウム塩、カリウム塩などのアルカリ金属塩、マグネシウム塩やカルシウム塩などのアルカリ土類金属塩などを含んだ組成や上述したジクロロヒドリンを製造する際に含まれる不純物を含んだ組成を例示することができる。また、本発明のジクロロヒドリンがグリセリンを塩素化して得られる場合には、塩化水素、水、反応中間体であるモノクロロヒドリン、ジグリセリン等の高沸点物や触媒など種々の化合物、更にカルボン酸を触媒に用いた場合には、カルボン酸およびカルボン酸エステルなどの化合物も含まれうるが、蒸留等の分離操作によりできる限り事前に除くことが好ましい。
【0025】
後述する分液工程及び分液工程後の中間処理工程おいて生成するエピクロロヒドリンの分解反応を抑制するために、分液工程前の脱塩化水素化工程において、使用する塩基の種類及び量を選択することが好ましい。即ち、分液工程における反応液のpHが7〜13であることが好ましく、pHが7〜12であることがより好ましく、pHが8〜11であることが特に好ましい。分液工程における反応液のpHが13を超える場合は、脱塩化水素工程、分液工程、及び分液工程後の中間処理工程において、生成したエピクロロヒドリンの加水分解が起こり、収率が低下すると共に廃水負荷量が増加するため好ましくない。分液工程における反応液のpHが7未満の場合には、反応時間が長くなるため好ましくない。分液工程前の脱塩化水素化工程において、分液工程における反応液のpHが7〜13とするために使用する塩基の種類及び量については特に限定されるものではない。
【0026】
脱塩化水素化工程に使用する塩基の種類は、ジクロロヒドリンを脱塩化水素化できるものであれば、特に制限されることはない。例示すると、アルカリ金属またはアルカリ土類金属の水酸化物や酸化物、塩などのスラリーや溶液が挙げられ、塩基は単独あるいは2種類以上を混合して使用してもよい。尚、スラリーを塩基として使用した場合には、スラリー自体が懸濁しているために、本発明では不適切であると考えられるが、脱塩化水素化工程後において油層と水層が分液できる状態であるならば問題は無く、特に実用的に実施する場合においては、脱塩化水素工程の開始及び実施の途中までは安価な水酸化カルシウムをスラリーとして用いて、実施の途中から水酸化ナトリウム水溶液を用いることは当然に実施可能であり、経済的にも好ましい。
アルカリ金属またはアルカリ土類金属の水酸化物として、水酸化ナトリウムや水酸化カルシウム、水酸化カリウム等が例示できる。
アルカリ金属またはアルカリ土類金属の酸化物として、酸化ナトリウム、酸化カリウム、酸化カルシウム等が例示できる。
アルカリ金属またはアルカリ土類金属の塩として、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸カリウム等が例示できる。
【0027】
脱塩化水素化工程に使用する塩基の量は、一般的にはジクロロヒドリン全量に対して、0.8〜1.2当量であり、0.9〜1.1当量が好ましい。また、1,3−ジクロロ−2−プロパノールと2,3−ジクロロ−1−プロパノールの反応速度の差を利用して、ジクロロヒドリン中の1,3−ジクロロ−2−プロパノールの比率に合わせて、使用する塩基の量を調整してもよい。即ち、ジクロロヒドリン中の1,3−ジクロロ−2−プロパノールに対して、0.9〜1.1当量であることが好ましく、0.95〜1.08当量であることが特に好ましい。
【0028】
ただ、脱塩化水素化するジクロロヒドリンの1,3−ジクロロ−2−プロパノールと2,3−ジクロロ−1−プロパノールのモル比を87:13〜100:0に限定しても、油層と水層の比重が同じ又はほぼ同じである場合には、乳濁する。油層と水層の比重差は0.01以上であれば分液するが、比重差は0.02以上であることがより好ましく、0.03以上であることが更に好ましく、0.05以上であることが特に好ましい。
【0029】
油層と水層との比重差を考慮すると、脱塩化水素化工程に使用する塩基は約20重量%以下の水溶液又はスラリーであることを例示することができる。しかし、本発明においては脱塩化水素化後の油層と水層の比重差が問題となるために、使用する塩基の濃度は反応工程全体における実質的な濃度で決定すべきである(「実質的塩基濃度」ともいう)。「実質的塩基濃度」は以下の式によって求められる。
実質的塩基濃度(重量%)=[塩基性物質(g)/{脱塩化水素化工程に存在する水(g)+塩基性物質(g)}]×100
脱塩化水素化工程に存在する水とは塩基性物質を溶解させる又は懸濁させる水のみならず、ジクロロヒドリンが含有する水や塩基性物質を溶解させる又は懸濁させる水以外に、脱塩化水素化工程に加えられる水、例えば、グリセリンを塩素化した場合にジクロロヒドリンとともに生成する水等を含めたものである。すなわち脱塩化水素化するジクロロヒドリンが水を含んでいる場合には、その水分を含めて、塩基濃度を設定することが必要であり、ジクロロヒドリンに加える塩基として、20重量%以上の水溶液又はスラリーを用いてはならないというわけではない。例示するとジクロロヒドリン100gを20重量%の水酸化ナトリウム水溶液155gを加えて脱塩化水素化することとジクロロヒドリン100gと水77.5gを混合した液体に40重量%の水酸化ナトリウム水溶液77.5gを加えて脱塩化水素化することに変わりはない。上記の二つの実施において、ジクロロヒドリンに含んでいる水を含めて実質的な濃度を決定する本発明では、実質的塩基濃度は20重量%となる。
【0030】
また、脱塩化水素化工程全体における実質的な濃度(「実質的塩基濃度」)は、上記のように、ジクロロヒドリンが水を含んでいる場合だけではなく、塩化水素を含んでいる場合もあり、当然に塩化水素により消費する塩基と生成する水も考慮する必要がある。特にグリセリンを塩化水素により塩素化して生成するジクロロヒドリンを脱塩化水素化する場合には、ジクロロヒドリンがグリセリンを塩素化する際に生成する水と、また塩化水素を回収しない場合には、未反応の塩化水素も含んでいる。また、塩化水素を含有する場合の脱塩化水素化工程全体における実質的な濃度(「実質的塩基濃度」)は以下の式によって求められる。
実質的塩基濃度(重量%)=[{塩基性物質(g)−塩化水素を中和するために要した塩基性物質(g)}/{脱塩化水素化工程に存在する水(g)+塩化水素の中和により発生した水(g)+塩基性物質−塩化水素を中和するために要した塩基性物質(g)}]×100
【0031】
脱塩化水素化工程において、実質的塩基濃度が20重量%以下の水酸化ナトリウムを使用し、またジクロロヒドリンとして1,3−ジクロロ−2−プロパノールと2,3−ジクロロ−1−プロパノールのモル比を87:10〜100:0に限定した場合には、水層の比重は約1.1〜1.16であり、油層の比重は約1.17〜1.22となり、分液性は良好であるので、油層としてエピクロロヒドリンを回収することができる。尚、塩化ナトリウムなどの塩は主に水層に溶解して、油層と水層の分液性に影響を与えるが、反応後の油層と水層を分液することができる限りにおいて問題はない。
【0032】
脱塩化水素化工程全体における実質的な濃度(「実質的塩基濃度」)は、約20重量%以下であれば分液性に問題はないが、実質的塩基濃度が低すぎる場合には、廃水量が増大することになり好ましくないため、実質的塩基濃度は5〜20重量%が好ましく、10〜20重量%がより好ましく、エピクロロヒドリンの水層への溶解による収率の低下を考慮すると15〜20重量%が特に好ましい。
【0033】
また、不活性な溶媒を加えること、又は溶質を加えることにより、油層と水層の比重をコントロールすることも可能であるが、溶媒及び/又は溶質を使用するコスト及び溶媒の除去等の精製といった面から、溶媒等をほとんど或いは全く使用しないことが好ましい。
【0034】
本発明の脱塩化水素化反応の反応温度は0〜60℃が好ましく、5〜40℃が更に好ましく、10〜30℃が特に好ましい。反応温度が高すぎる場合にはエピクロロヒドリンの分解反応が起こりうるために好ましくなく、更に、これらの温度では2,3−ジクロロ−1−プロパノールと異なり、1,3−ジクロロ−2−プロパノールの脱塩化水素化は速やかに進むため、1〜60分程度で反応は完了する。
【0035】
反応温度を比較的高温にすることにより、2,3−ジクロロ−1−プロパノールの脱塩化水素化を進めることも可能であるが、そのような反応温度が高い条件においてはエピクロロヒドリンの分解反応を促進してしまうことにより収率が低下し、更にはエピクロロヒドリンの分解に伴うモノクロロヒドリン、グリシドールを生成する。その結果、分液性が悪化する可能性がある。上記の反応温度で脱塩化水素化反応を行うことは、副反応の抑制、分液性の向上だけではなく、反応条件を高温にするためのエネルギーを必要としないため経済的にも好ましい。
【0036】
分液工程
以下、本発明の分液工程について、詳細に説明する。
本発明において、分液に要する時間は一般的には1〜180分程度静置することにより、油層と水層との分液が可能となるが、5時間以上といった長時間静置しても問題はない。また、分液するために、静置する温度は特に制限されることは無く、一般的には0〜60℃であるが、5℃から50℃であることが好ましく、10℃から45℃であることが特に好ましい。
【0037】
分液工程において使用する装置は、十分な静置時間と適度な静置温度を確保することができる装置であれば特に限定されることなく使用することができ、また本発明においては、脱塩化水素化工程と分液工程を別々の装置で行う必要は必ずしもなく、脱塩化水素化工程と分液工程を同一装置で実施することも可能である。
【0038】
本発明の一つの特徴であるジクロロヒドリンを脱塩化水素化したエピクロロヒドリンを含む反応液を分液させた後は、分液により回収した油層及び/又は水層の少なくとも一部に精製等の任意の中間処理を行うことができ、収率、廃水負荷の点で好ましい。具体的には、水層及び油層にはエピクロロヒドリンやジクロロヒドリンが溶解しているので、エピクロロヒドリンの回収やジクロロヒドリンの脱塩化水素化を行うことが好ましい。
【0039】
分液工程後の水層の中間処理工程
分液後の水層には、生成物であるエピクロロヒドリン、未反応のジクロロヒドリンといった有機物が含まれうる。また、分液後の水層の1,3−ジクロロ−2−プロパノールと2,3−ジクロロ−1−プロパノールのモル比は、初期の1,3−ジクロロ−2−プロパノールと2,3−ジクロロ−1−プロパノールのモル比と必ずしも同一ではなく、1,3−ジクロロ−2−プロパノールと2,3−ジクロロ−1−プロパノールのモル比は100:0〜0:100といった範囲になり得る。そこで分液工程後の水層の中間処理工程としては、収率及び廃水負荷の点において、水層に存在するエピクロロヒドリンを回収する工程、又は水層中に存在する未反応のジクロロヒドリンを塩基により脱塩化水素化させて得られるエピクロロヒドリンを水層に存在するエピクロロヒドリンとともに回収する工程が好ましい。
【0040】
水層から生成物であるエピクロロヒドリンを回収する工程としては、溶媒による抽出や蒸留により回収することができる。エピクロロヒドリンの蒸留は、水層中に存在する水及び/又は系外より新たに添加した水との共沸を利用し、減圧蒸留により回収することが好ましい。エピクロロヒドリンを含有する留出液は、多くの場合冷却を行い、エピクロロヒドリンを含有する有機層と水層に分液することにより、エピクロロヒドリンを回収する。
【0041】
蒸留により水層から生成物であるエピクロロヒドリンを回収する工程での温度と圧力としては特に制限されることはない。一般的に温度は、20℃〜110℃であることが好ましく、30℃〜110℃であることがより好ましく、40℃〜90℃であることが特に好ましい。一般的には圧力は50〜600mmHgが好ましく、75〜450mmHgであることがより好ましく、100〜300mmHgであることが特に好ましい。
【0042】
水層中に存在する未反応のジクロロヒドリンを塩基により脱塩化水素化させて得られるエピクロロヒドリンを水層に存在するエピクロロヒドリンとともに回収する工程において、未反応のジクロロヒドリンを脱塩化水素化させるために用いる塩基は、ジクロロヒドリンを脱塩化水素化できるものであれば、特に制限されることはない。例示すると、アルカリ金属またはアルカリ土類金属の水酸化物や酸化物、塩などのスラリーや溶液が挙げられる。
アルカリ金属またはアルカリ土類金属の水酸化物として、水酸化ナトリウムや水酸化カルシウム、水酸化カリウム等が例示できる。
アルカリ金属またはアルカリ土類金属の酸化物として、酸化ナトリウム、酸化カリウム、酸化カルシウム等が例示できる。
アルカリ金属またはアルカリ土類金属の塩として、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸カリウム等が例示できる。
【0043】
また、使用する塩基の量は、未反応のジクロロヒドリンに対して0.8〜1.2当量であることが好ましく、0.9〜1.1当量であることがより好ましい。尚、本工程における塩基の一部又は全部は分液工程前の脱塩化水素化工程において使用されず、残存した塩基であってもよいが、分液工程における反応液のpHを制御した後に塩基を添加する、即ち、分液工程における反応液のpHを7〜13(より好ましくは7〜12)に制御して有機層を分離した後に、水層に塩基を添加して未反応のジクロロヒドリンを脱塩化水素化させて得られたエピクロロヒドリンを回収する工程を設けることがより好ましい。
【0044】
また、本発明の水層中に存在する未反応のジクロロヒドリンを塩基により脱塩化水素化させて得られるエピクロロヒドリンを水層に存在するエピクロロヒドリンとともに回収する工程としては、水蒸気を用いたストリッピングにより回収することが好ましい。具体的には、分液後の水層と水酸化カルシウムのスラリーといった塩基を蒸留塔に供給し、蒸留塔に水蒸気を吹き込み、生成したエピクロロヒドリンを留出させる。分液後の水層は予め水酸化カルシウムのスラリーといった塩基を添加し、混合した水層を蒸留塔に供給することが好ましい。
【0045】
蒸留塔の温度は、1,3−ジクロロ−2−プロパノールに比較して反応が遅い、2,3−ジクロロ−1−プロパノールが脱塩化水素化反応するよう、本発明における前工程の脱塩化水素化工程よりも高温を必要とする。ただし、生成したエピクロロヒドリンの分解を抑えるため、極端な高温条件は、経済的でない。したがって、一般に温度は、80℃〜120℃であることが好ましく、90℃〜110℃であることがより好ましく、95℃〜105℃であることが特に好ましい。
また、蒸留塔の圧力は、塔頂において絶対圧で、400mmHg〜1500mmHgであることが好ましく、500mmHg〜1150mmHgであることがより好ましく、650mmHg〜950mmHgであることが特に好ましい。
【0046】
蒸留塔は、特に制限はなく、一般的な構造でよい。具体的には、不規則充填物、規則充填物、および棚段などの構造を有するものでよい。塔内部で、エピクロロヒドリンが生成するため、内部液が、油層と水層の二層混合液を形成する可能性があるが、その対策として、充填物表面の濡性を向上させる、メッシュタイプの規則充填物を用いてもよいし、塩基に水酸化カルシウムを用いた場合は、供給液がスラリーになるので、付着物対策として、棚段を用いてもよい。
【0047】
留出されたエピクロロヒドリンと水に、未反応のジクロロヒドリンが含まれる可能性があるが、その場合は、分縮器でジクロロヒドリンを含む凝縮液を分離して蒸留塔に戻し、分縮器で未凝縮のガスを全縮器で凝縮させた後、静置分液して、油層からエピクロロヒドリンを得る。エピクロロヒドリンを含む水層は、収率向上のため蒸留塔に戻すのが望ましい。
【0048】
分液工程後の水層から蒸留で回収したエピクロロヒドリンを主成分とする油層、および分液工程で得られたエピクロロヒドリンを主成分とする油層は、溶解度分の水を含んでいる。これら油層は、後工程で、蒸留工程を経て製品化されるが、その蒸留工程において、一般的には脱水塔、低沸カット塔、高沸カット塔の合計3塔以上を用いて純度を上げる。ただし、サイドカットや内部分割された塔を用いるなど一つの塔で、複数の役割を持たせる場合は、その限りではない。
【0049】
水層から生成物であるエピクロロヒドリンを回収する工程又は水層に塩基を添加して未反応のジクロロヒドリンを脱塩化水素化させて得られたエピクロロヒドリンを回収する工程といった水層の中間処理工程でのエピクロロヒドリンの回収後の残渣は反応系外に除去しても問題はないが、残渣はジクロロヒドリンを含みうるので、残渣の一部又は全部に塩基を添加してジクロロヒドリンを脱塩化水素化する工程を設けてもよく、また残渣を回収して分液工程前の脱塩化水素化工程に添加してもよい。
【0050】
分液工程後の油層の中間処理工程
分液後の油層には、目的物であるエピクロロヒドリンの他に、ジクロロヒドリン、モノクロロヒドリンといった有機物が含まれうる。また、分液後の油層の1,3−ジクロロ−2−プロパノールと2,3−ジクロロ−1−プロパノールのモル比は、初期の1,3−ジクロロ−2−プロパノールと2,3−ジクロロ−1−プロパノールのモル比と必ずしも同一ではなく、1,3−ジクロロ−2−プロパノールと2,3−ジクロロ−1−プロパノールのモル比は100:0〜0:100といった範囲になり得る。
【0051】
蒸留により油層から生成物であるエピクロロヒドリンを回収する工程での温度と圧力としては特に制限されることは無い。一般的に温度は、20℃〜110℃であることが好ましく、30℃〜110℃であることがより好ましく、40℃〜90℃であることが特に好ましい。一般的には圧力は50〜600mmHgが好ましく、75〜450mmHgであることがより好ましく、100〜300mmHgであることが特に好ましい。
【0052】
蒸留により油層から生成物であるエピクロロヒドリンを回収した後の蒸留残渣には、未反応のジクロロヒドリンが含まれているので、蒸留残渣に塩基を添加して、ジクロロヒドリンを脱塩化水素化した後に生成したエピクロロヒドリンを回収することがより好ましい。また、蒸留残渣は前述の水層に塩基を添加して未反応のジクロロヒドリンを脱塩化水素化させて得られたエピクロロヒドリンを回収する工程に添加して、同時に水層に含まれる未反応のジクロロヒドリンとともに脱塩化水素化してもよいし、分液工程前の脱塩化水素化工程に添加してもよい。
【0053】
本発明の脱塩化水素化工程と分液工程を含むエピクロロヒドリンの製造方法により、廃水又は使用するエネルギーの低減することができ、高い収率を期待することができる。特に、本発明においては、分液工程後の水層及び/又は油層の中間処理工程を設けることにより、より高い収率でエピクロロヒドリンを得ることができ、より一層の廃水負荷の低減を実現することができる。
【0054】
添付した図面を参照しながら、以下、本発明を更に詳細に説明する。尚、図面における実施形態は、本発明の好ましい態様に過ぎず、本発明はこれらに限定されるものではない。
図1は、本発明のエピクロロヒドリンの製造方法のフローチャートを示す。反応槽1にジクロロヒドリンを含む液流を管2を通して導入し、塩基を管3を通して導入する。反応槽1において、脱塩化水素化反応を行い、エピクロロヒドリン、水を含む反応液を得る。得られた反応液を管4を通して、分液槽5に導入する。反応液は分液槽5で水層と油層に分液される。分液槽5で分液されて得られた水層は管6を通して蒸留塔7に導入され、エピクロロヒドリンは水との共沸蒸留により、管8を通して回収され、蒸留残渣は管9を通して排出される。分液槽5で分液されて得られた油層は管10を通して蒸留塔11に導入され、エピクロロヒドリンは蒸留により管12を通して回収され、ジクロロヒドリンを含んだ蒸留残渣は管13を通して排出される。
【0055】
図1においては、水層と油層の蒸留残渣は管9又は管13を通して反応系外に排出しても構わないが、これらの水層及び油層の蒸留残渣はジクロロヒドリンを含み得るので、エピクロロヒドリンの回収率を向上させるために、蒸留残渣に塩基を加えて脱塩化水素化した後にエピクロロヒドリンを回収する工程を設けることが好ましい。水層の蒸留残渣は管9を通して、反応槽14に導入される。蒸留残渣が導入された反応槽14に管15を通して塩基が導入され、脱塩化水素化反応を行う。得られたエピクロロヒドリンを含む水層の蒸留残渣は管16を通して蒸留塔17に導入される。蒸留塔17で蒸留により、エピクロロヒドリンは管18を通して回収され、その蒸留残渣は管19を通して反応系外に排出される。油層の蒸留残渣は管13を通して、反応槽20に導入される。蒸留残渣が導入された反応槽20に管21を通して塩基が導入され、脱塩化水素化反応を行う。得られたエピクロロヒドリンを含む油層の蒸留残渣は管22を通して蒸留塔23に導入される。蒸留塔23で蒸留により、エピクロロヒドリンは管24を通して回収され、その蒸留残渣は管25を通して反応系外に排出される。また、これらの油層と水層の蒸留残渣の一部又は全部を同一の反応槽26で脱塩化水素化反応を行うこともでき、反応プロセスが簡略化されるという点で好ましい。水層の蒸留残渣及び油層の蒸留残渣は管27及び管28を通して、反応槽26に導入される。蒸留残渣が導入された反応槽26に管29を通して塩基が導入され、脱塩化水素化反応を行う。得られたエピクロロヒドリンを含む蒸留残渣は管30を通して蒸留塔31に導入される。蒸留塔31で蒸留により、エピクロロヒドリンは管32を通して回収され、その蒸留残渣は管33を通して反応系外に排出される。尚、管19、管25及び管33から排出される蒸留残渣は反応槽1、反応槽14、反応槽20、反応槽26といった反応槽で再利用してもよい(図示せず)。また、管8、管12、管18、管24及び管32で回収されたエピクロロヒドリンとともに回収された水分はジクロロヒドリンを含みうるので、反応槽1、反応槽14、反応槽20、反応槽26といった反応槽で再利用してもよい(図示せず)。
【0056】
図2は、本発明のエピクロロヒドリンの製造方法のフローチャートを示す。反応槽34にジクロロヒドリンを含む液流を管35を通して導入し、塩基を管36を通して導入する。反応槽34において、脱塩化水素化反応を行い、エピクロロヒドリン、水を含む反応液を得る。得られた反応液を管37を通して、分液槽38に導入する。反応液は分液槽38で水層と油層に分液される。分液槽38で分液されて得られた水層は管39を通して、貯蔵槽40に導入される。水層は貯蔵槽40には管41を通して塩基を導入し攪拌した後、管42を通して蒸留塔43に導入される。蒸留塔43に水蒸気を吹き込み、生成したエピクロロヒドリンを管44より留出させ、その蒸留残渣は管45を通して反応系外に排出される。また、図2の図中には貯蔵槽40を用いているが、貯蔵槽を用いずに反応槽43の直前で塩基と分液槽38で分液されて得られた水層を混合させる形態をとってもよい。
【0057】
分液槽38で分液されて得られた油層は管46を通して蒸留塔47に導入され、エピクロロヒドリンは蒸留により管48を通して回収され、ジクロロヒドリンを含んだ蒸留残渣は管49を通して、反応槽50に導入される。蒸留残渣が導入された反応槽50に管51を通して塩基が導入され、脱塩化水素化反応を行う。得られたエピクロロヒドリンを含む蒸留残渣は管52を通して蒸留塔53に導入される。蒸留塔53で蒸留により、エピクロロヒドリンは管54を通して回収され、その蒸留残渣は管55を通して反応系外に排出される。尚、管45及び管55から排出される蒸留残渣は反応槽34、反応槽40、反応槽50といった反応槽で再利用してもよい(図示せず)。また、管44、管48及び管54で回収されたエピクロロヒドリンとともに回収された水分はジクロロヒドリンを含みうるので、反応槽34、反応槽40、反応槽50といった反応槽で再利用してもよい(図示せず)。
【0058】
図2においては、分液槽38において分液された水層と分液槽38において分液された油層の蒸留残渣は管39又は管49を通して、別々に脱塩化水素化反応を行ってもよいが、反応プロセスを簡略化させるために、油層の蒸留残渣の一部又は全部を管56を通して、貯蔵槽40に導入してもよく、反応プロセスが簡略化されるという点で好ましい。
【0059】
以下、本発明を実施例及び比較例により具体的に説明する。但し、本発明はその要旨を逸脱しない限り以下の実施例に限定されるものではない。
【0060】
実施例1
フラスコにジクロロヒドリン257.99g(1,3−ジクロロ−2−プロパノール:2,3−ジクロロ−1−プロパノール=98.7:1.3,2.0mol)、15%水酸化ナトリウム水溶液(533.33g,2.0mol)を内温30℃において、20分間攪拌させながら反応させた。従って実施例1の実質的塩基濃度は15%である。反応後に、反応液を分液漏斗に移し、5分間静置し、良好な分液を確認した後に分液した。油層として173.20g得て、水層として614.74g得た。下層である油層にはエピクロロヒドリン94.0重量%、1,3−ジクロロ−2−プロパノールが2.2重量%、2,3−ジクロロ−1−プロパノールが2.3重量%含まれていた。上層である水層には、エピクロロヒドリンが1.9重量%、1,3−ジクロロ−2−プロパノールが0.1重量%、2,3−ジクロロ−1−プロパノールが0.1重量%含まれていた。水層中に含まれるエピクロロヒドリンは減圧下で蒸留により留去させて回収した。留出したエピクロロヒドリンは油層(11.45g)として水層と分液して回収し、油層にはエピクロロヒドリンが96.9重量%、1,3−ジクロロ−2−プロパノールと2,3−ジクロロ−1−プロパノールはともに0.8重量%だった。回収したエピクロロヒドリンの合計の収率は96.4%であった。
【0061】
実施例2
フラスコにジクロロヒドリン258g(1,3−ジクロロ−2−プロパノール:2,3−ジクロロ−1−プロパノール=97.5:2.5,2.0mol)、15%水酸化ナトリウム水溶液(533.33g,2.0mol)を内温30℃において、20分間攪拌させながら反応させた。従って実施例2の実質的塩基濃度は15%である。反応後に、反応液を分液漏斗に移し、5分間静置し、良好な分液を確認した後分液した。油層として172.46g得て、水層として615.72g得た。下層である油層にはエピクロロヒドリンが93.7重量%、1,3−ジクロロ−2−プロパノールが0.3重量%、2,3−ジクロロ−1−プロパノール4.5重量%が含まれていた。上層である水層には、エピクロロヒドリンが1.8重量%含まれていた。水層中に含まれるエピクロロヒドリンは減圧下で蒸留により留去させて回収した。留出したエピクロロヒドリンは油層(11.45g)として水層と分液して回収し、油層にはエピクロロヒドリンが98.4重量%、1,3−ジクロロ−2−プロパノールと2,3−ジクロロ−1−プロパノールはともに0.1重量%以下だった。回収したエピクロロヒドリンの合計の収率は93.4%であった。
【0062】
実施例3
フラスコにジクロロヒドリン257.99g(1,3−ジクロロ−2−プロパノール:2,3−ジクロロ−1−プロパノール=90.1:9.9,2000mmol)、15%水酸化ナトリウム水溶液(533.32g,2000mmol)を内温30℃において、20分間攪拌させながら反応させた。従って、実施例3の実質的塩基濃度は15%である。反応後に、反応液を分液漏斗に移し、10分間静置し、良好な分液を確認した後分液した。油層として170.30g得て、水層として617.87g得た。下層である油層にはエピクロロヒドリンが87.5重量%、2,3−ジクロロ−1−プロパノール10.4重量%が含まれていた。上層である水層には、エピクロロヒドリンが1.7重量%含まれていた。水層中に含まれるエピクロロヒドリンは減圧下で蒸留により留去させて回収した。留出したエピクロロヒドリンは油層(10.02g)として水層と分液して回収し、油層にはエピクロロヒドリンが98.1重量%、1,3−ジクロロ−2−プロパノールと2,3−ジクロロ−1−プロパノールはともに0.1重量%以下だった。回収したエピクロロヒドリンの合計の収率は85.8%であった。
【0063】
比較例1
フラスコにジクロロヒドリン257.99g(1,3−ジクロロ−2−プロパノール:2,3−ジクロロ−1−プロパノール=85.5:14.5,2000mmol)、15%水酸化ナトリウム水溶液(533.33g,2000mmol)を内温30℃において、20分間攪拌させながら反応させた。従って比較例1の実質的塩基濃度は15%である。反応後に、反応液を分液漏斗に移し、30分間静置したが、混合液は乳濁し、分液することができなかった。
【0064】
比較例2
フラスコにジクロロヒドリン257.98g(1,3−ジクロロ−2−プロパノール:2,3−ジクロロ−1−プロパノール=95.5:4.5,2000mmol)、22%水酸化ナトリウム水溶液(363.64g,2000mmol)を内温30℃において、20分間攪拌させながら反応させた。従って、比較例2の実質的塩基濃度は22%である。反応後に、反応液を分液漏斗に移し、30分間静置したが混合液は乳濁し、分液することができなかった。
【0065】
実施例4
2Lフラスコにジクロロヒドリン412.7g(1,3−ジクロロ−2−プロパノール:2,3−ジクロロ−1−プロパノール=96.4:3.6,3.20mol)、モノクロロヒドリン3.3g(0.03mol)、水201.0g及び塩化水素83.0gを含む水溶液284.0gを入れ、15%水酸化ナトリウム水溶液1417g(5.31mol)を滴下した。この時、塩化水素と水酸化ナトリウムとの中和反応により滴下初期は発熱するが、反応温度が内温20℃を超えない様に調整しながら滴下し、30分間攪拌させながら反応させた。従って実施例4の実質的塩基濃度は7.69%である。反応後に、反応液を分液漏斗に移し、10分間静置し、良好な分液を確認した後に分液し、油層として252.5g得た。GC分析より油層のエピクロルヒドリン量は220.8gであり、エピクロルヒドリン収率は74.7%であった。水層のCOD測定より、生成エピクロロヒドリン1kg当りの廃水負荷量は150gであった。
【0066】
実施例5
2Lフラスコにジクロロヒドリン412.7g(1,3−ジクロロ−2−プロパノール:2,3−ジクロロ−1−プロパノール=96.4:3.6,3.20mol)、モノクロロヒドリン3.3g(0.03mol)、水201.0g及び塩化水素83.0gを含む水溶液284.0gを入れ、15%水酸化ナトリウム水溶液(1417g,5.31mol)を滴下した。この時、塩化水素と水酸化ナトリウムとの中和反応により滴下初期は発熱するが、反応温度が内温20℃を超えない様に調整しながら滴下し、30分間攪拌させながら反応させた。従って実施例5の実質的塩基濃度は7.69%である。反応後に、反応液を分液漏斗に移し、10分間静置し、良好な分液を確認した後に分液した。油層として252.5g得て、水層として1720.7g得た。下層である油層にはエピクロロヒドリン87.2重量%、1,3−ジクロロ−2−プロパノールが5.6重量%、2,3−ジクロロ−1−プロパノールが4.2重量%含まれていた。上層である水層にはエピクロロヒドリン1.9重量%、1,3−ジクロロ−2−プロパノールが0.1重量%、2,3−ジクロロ−1−プロパノールが0.1重量%含まれていた。また、水層のpHは10.6であった。
【0067】
油層中に含まれるエピクロロヒドリンは99mmHgの減圧下で蒸留により留去させて回収した。留出液は2層に分離し、分液することにより、220.0gの有機層と26.9gの水層を得た。有機層をGC分析したところ、油層にはエピクロロヒドリンが97.0重量%、1,3−ジクロロ−2−プロパノールが0.6重量%、2,3−ジクロロ−1−プロパノールが0.3重量%含まれていた。また減圧下での蒸留の残渣24.9gを得た。また、実施例5における分液工程後の油層の中間処理工程で得られたエピクロロヒドリンの収率は72.1%であった。
【0068】
脱塩化水素後の分液で得られた水層1720.7g、油層の減圧蒸留で得られた留出水層26.9gおよび蒸留残渣24.9gを混合した液に、水酸化カルシウム17.8gを加えて5分間良く攪拌し懸濁液とした。上部に内径30mmφ×124cm高さの充填塔(9×9mmラシヒリング充填)およびその上部に水分分離器と冷却器を備えた1L四つ口フラスコに水を入れ、400Wマントルヒータにて加熱攪拌し、水分分離器で水を還流させておき、上記懸濁液をローラーポンプにて充填塔上部よりフィードさせ、共沸するエピクロロヒドリンを水分分離器にて分離させた。充填塔下部の四つ口フラスコの液は、液面高さが一定となる様、一定量を抜き出した。フィード終了後、水分分離器にて68.9gの油層を得た。油層をGC分析したところ、油層にはエピクロロヒドリンが96.6重量%、1,3−ジクロロ−2−プロパノールが0.1重量%、2,3−ジクロロ−1−プロパノールが0.3重量%含まれていた。また、実施例5における分液工程後の水層の中間処理工程で得られたエピクロロヒドリンの収率は22.5%であった。従って、実施例5における回収したエピクロロヒドリンの合計の収率は94.6%であった。マントルヒーター加熱で発生する蒸気量は全エピクロロヒドリン1kg当り2.7kgであった。また、反応終了後の四つ口フラスコ液およびフラスコ流出液のCOD測定より、生成エピクロロヒドリン1kg当りの廃水負荷量は25gであった。
【0069】
実施例6
2Lフラスコにジクロロヒドリン412.7g(1,3−ジクロロ−2−プロパノール:2,3−ジクロロ−1−プロパノール=96.4:3.6,3.20mol)、モノクロロヒドリン3.3g(0.03mol)、水201.0g、塩化水素83.0gを含む水溶液を入れ、15%水酸化ナトリウム水溶液1545g(5.79mol)を滴下した。この時、塩化水素と水酸化ナトリウムとの中和反応により滴下初期は発熱するが、反応温度が内温20℃を超えない様に調整しながら滴下し、30分間攪拌させながら反応させた。従って実施例6の実質的塩基濃度は8.19%である。反応後に、反応液を分液漏斗に移し、10分間静置し、良好な分液を確認した後に分液した。油層として261.2g得て、水層として2036.1g得た。下層である油層にはエピクロロヒドリンが93.9重量%、1,3−ジクロロ−2−プロパノールが0.2重量%、2,3−ジクロロ−1−プロパノールが3.9重量%含まれていた。上層である水層にはエピクロロヒドリン2.0重量%、1,3−ジクロロ−2−プロパノールが0.1重量%以下、2,3−ジクロロ−1−プロパノールが0.1重量%以下含まれていた。また、水層のPHは12.5であった。
【0070】
油層中に含まれるエピクロロヒドリンは98mmHgの減圧下で蒸留により留去させて回収した。留出液は2層に分離し、分液することにより、210.6gの有機層と27.8gの水層を得た。有機層をGC分析したところ、油層にはエピクロロヒドリンが97.5重量%、1,3−ジクロロ−2−プロパノールが0.1重量%以下、2,3−ジクロロ−1−プロパノールが0.5重量%含まれていた。また減圧下での蒸留の残渣28.3gを得た。また、実施例6における分液工程後の油層の中間処理工程で得られたエピクロロヒドリンの収率は69.3%であった。
【0071】
脱塩化水素後の分液で得られた水層2036.1g、油層の減圧蒸留で得られた留出水層27.8gおよび蒸留残渣28.3gを混合した。上部に内径30mmφ×124cm高さの充填塔(9×9mmラシヒリング充填)およびその上部に水分分離器と冷却器を備えた1L四つ口フラスコに水を入れ、400Wマントルヒーターにて加熱攪拌し、水分分離器で水を還流させておき、上記混合液をローラーポンプにて充填塔上部よりフィードさせ、共沸するエピクロロヒドリンを水分分離器にて分離させた。充填塔下部の四つ口フラスコの液は、液面高さが一定となる様、一定量を抜き出した。フィード終了後、水分分離器にて61.0gの油層を得た。油層をGC分析したところ、油層にはエピクロロヒドリンが97.6重量%、1,3−ジクロロ−2−プロパノールが0.1重量%、2,3−ジクロロ−1−プロパノールが0.3重量%含まれていた。また、実施例6における分液工程後の水層の中間処理工程で得られたエピクロロヒドリンの収率は20.1%であった。従って、実施例6における回収したエピクロロヒドリンの合計の収率は89.4%であった。マントルヒーター加熱で発生する蒸気量は全エピクロロヒドリン1kg当り2.7kgであった。また、反応終了後の四つ口フラスコの液およびフラスコ留出液のCOD測定より、生成エピクロロヒドリン1kg当りの廃水負荷量は50gであった。
比較例3
【0072】
1Lフラスコにジクロロヒドリン246.6g(1,3−ジクロロ−2−プロパノール:2,3−ジクロロ−1−プロパノール=96.3:3.7,1.91mol)、水147.1g、および塩化水素49.1gを含む水溶液を入れ、20%水酸化カルシウムスラリー溶液638.8g(1.724mol)を滴下した。この時、塩化水素と水酸化カルシウムとの中和反応により滴下初期は発熱するが、反応温度が内温20℃を超えない様に調整しながら滴下し、30分間攪拌させながら反応させ、白濁した懸濁液を得た。従って比較例3の実質的塩基濃度は10.06%である。上部に内径30mmφ×124cm高さの充填塔(9×9mmラシヒリング充填)およびその上部に水分分離器と冷却器を備えた1L四つ口フラスコに水を入れ、400Wマントルヒーターにて加熱攪拌し、水分分離器で水を還流させておき、上記懸濁液をローラーポンプにて充填塔上部よりフィードさせ、共沸するエピクロロヒドリンを水分分離器にて分離させた。充填塔下部の四つ口フラスコの液は、液面高さが一定となる様、一定量を抜き出した。フィード終了後、水分分離器にて177.7gの油層を得た。油層をGC分析したところ、油層にはエピクロロヒドリンが95.5重量%、1,3−ジクロロ−2−プロパノールが0.1重量%、2,3−ジクロロ−1−プロパノールが1.7重量%含まれていた。エピクロロヒドリンの収率は96.0%であった。マントルヒーター加熱で発生する蒸気量は全エピクロロヒドリン1kg当り10.3kgであり、実施例4より3.8倍の蒸気が必要であった。また、反応終了後の四つ口フラスコ液およびフラスコ流出液のCOD測定より、生成エピクロロヒドリン1kg当りの廃水負荷量は27gであった。
【0073】
実施例1〜3が示すように、本発明で規定したジクロロヒドリンの1,3−ジクロロ−2−プロパノールと2,3−ジクロロ−1−プロパノールのモル比において実施した場合には、油層と水層との比重差をコントロールでき、脱塩化水素化されなかった未反応の2,3−ジクロロ−1−プロパノールが少量であるために、油層と水層との分液性が良好であり、油層として回収することが容易であった。しかし、比較例1が示すようにジクロロヒドリンの1,3−ジクロロ−2−プロパノールと2,3−ジクロロ−1−プロパノールのモル比が87:13〜100:0ではない場合には分液することができず、油層として回収することができなかった。また、比較例2が示すように、脱塩化水素化における実質的塩基濃度が本願明細書中に記載されている範囲にない場合には、油層と水層が乳濁しやすくなるため、両層の分液性をコントロールするのは困難であった。
【0074】
また、実施例4〜6と比較例3の収率、エピクロロヒドリン1kg当りの必要蒸気量、エピクロロヒドリン1kg当りの廃水負荷量について表1にまとめた。
【表1】

【0075】
実施例4〜6と比較例3より、水蒸気によるストリッピング(ストリッピング法)でのエピクロロヒドリンの製造方法と比較して、分液によるエピクロロヒドリンの製造方法(分液法)を採用することにより、蒸気量を大きく削減することが分かる。また、分液法とストリッピング法を併用することにより、
高収率、少ない蒸気量、低い廃水負荷を実現することができ、特に分液工程におけるpHを制御することにより、より好ましい結果が得られた。更に、分液法とストリッピング法の併用は、ストリッピング法のみを採用した場合より、ストリッピングに使用する設備(ストリッピング塔)を小型化することができる点でも好ましい。
【符号の説明】
【0076】
1 反応槽
2 管
3 管
4 管
5 分液槽
6 管
7 蒸留塔
8 管
9 管
10 管
11 蒸留塔
12 管
13 管
14 反応槽
15 管
16 管
17 蒸留塔
18 管
19 管
20 反応槽
21 管
22 管
23 蒸留塔
24 管
25 管
26 反応槽
27 管
28 管
29 管
30 管
31 蒸留塔
32 管
33 管
34 反応槽
35 管
36 管
37 管
38 分液槽
39 管
40 貯蔵槽
41 管
42 管
43 蒸留塔
44 管
45 管
46 蒸留塔
47 管
48 管
49 管
50 反応槽
51 管
52 管
53 蒸留塔
54 管
55 管
56 管
【産業上の利用可能性】
【0077】
ジクロロヒドリンを塩基により脱塩化水素化し、エピクロロヒドリンを製造する方法において、本発明は、脱塩化水素化後の油層と水層の分液性を利用することにより、廃水又は使用するエネルギーの低減、更には特別な装置を用いないことによるプロセスの単純化、特に温和な条件による実施が可能である上に、高収率でエピクロロヒドリンの回収することが可能であることを特徴としている。製造及び回収されたエピクロロヒドリンは、エポキシ樹脂や合成ゴムの原料、グリシジルエーテル類、グリシジルエステル類、アミン付加物などの出発物質として使用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
モル比が1,3−ジクロロ−2−プロパノール:2,3−ジクロロ−1−プロパノール=87:13〜100:0であるジクロロヒドリンを塩基により脱塩化水素化する工程と、
生成したエピクロロヒドリンを含む反応液を油層と水層に分液する工程を含む、エピクロロヒドリンの製造方法。
【請求項2】
更に、得られた水層からエピクロロヒドリンを蒸留により回収する工程を含む、請求項1に記載のエピクロロヒドリンの製造方法。
【請求項3】
更に、水層中に存在する未反応のジクロロヒドリンを塩基により脱塩化水素化させて得られるエピクロロヒドリンを水層に存在するエピクロロヒドリンとともに水蒸気を用いたストリッピングにより留出させる請求項1に記載のエピクロロヒドリンの製造方法。
【請求項4】
更に、得られた油層から蒸留によりエピクロロヒドリンを回収する工程を含む、請求項1〜3いずれかに記載のエピクロロヒドリンの製造方法。
【請求項5】
更に、得られた蒸留残渣を脱塩化水素化する工程を含む請求項4に記載のエピクロロヒドリンの製造方法。
【請求項6】
分液工程での反応液のpHが7〜13であることを特徴とする請求項1〜5に記載のエピクロロヒドリンの製造方法。

【図1】
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【図2】
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