説明

エンテロバクターサカザキ菌検出用培地

【課題】簡便な方法でエンテロバクター サカザキ菌を検出できる培地を提供する。
【解決手段】
検出可能な青色の遊離性基を有するα-グルコシダーゼ基質および検出可能な赤色の遊離性基を有するβ-ガラクトシダーゼ基質を含有するエンテロバクター サカザキ菌検出用培地。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エンテロバクター サカザキ菌の検出に用いる培地に関する。
【背景技術】
【0002】
エンテロバクター・サカザキ(Enterobacter sakazakii;現Cronobacter sp.)菌はグラム陰性の黄色色素産性の桿菌であり、乳幼児に対して菌血症や細菌性髄膜炎、壊死性腸炎をひきおこす細菌として知られている(非特許文献1参照)。この菌は自然界に広く分布しているが、特に粉ミルクをはじめとする乳幼児用食品に対しては摂食者自身がリスクファクターが高いこと、および現在の製造、加工技術においては無菌の乳児用調製粉乳の製造は不可能という点から、本細菌の制御は食品衛生および安全の点からも重要である。
【0003】
FDA(U.S. Food and Drug Administration) にて推奨される乳児用調製粉乳の一般的なエンテロバクター サカザキ菌の検出法は、検体をEEブロス(Enterobacteriaceae enrichment broth ) にて36℃、一夜増菌培養後、Violet red bile glucose agar (VRBG agar) へ塗抹あるいは画線培養し、36℃、一夜培養後典型集落を確認し、その後、トリプトソイ寒天培地へ移植し25℃、48−72時間培養し、黄色色素産性コロニーを簡易同定キットにて同定するものであるが(非特許文献2参照)、推定判定を行うまで最低でも3〜4日程度掛かり、完全判定までは少なくとも5日は掛かると推定され、煩雑で時間のかかる方法である。
【0004】
また、発色酵素基質を利用したエンテロバクター サカザキ菌分離培地として特許文献1記載のエンテロバクター・サカザキ菌の同定のための発色性プレーティング培地や市販の培地(クロモルト エンテロバクター サカザキ寒天培地、メルク株式会社)がある。特許文献1に記載されている培地は糖質及びα-グルコシダーゼ基質の併用、さらにこれらとセロビオシアーゼ基質を併用したものであり、該市販培地はα-グルコシダーゼ基質を単独で使用したものである。しかし、エンテロバクター サカザキ菌以外の腸内細菌の中にはα-グルコシダーゼ基質を利用する細菌が存在するため、これらの培地は選択性を向上させるために抗生物質の添加や約45℃という培養温度にする必要があり、操作が煩雑であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特表2008−545382号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Patrick Druggan and Carol Iversen, Culture media for the isolation of Cronobacter spp. International Journal of Food Microbiology, 136 (2009) 169-178.
【非特許文献2】U.S. Food and Drug Administration, Isolation and Enumeration of Enterobacter sakazakii from Dehydrated Powdered Infant ホームページhttp://www.fda.gov/Food/ScienceResearch/LaboratoryMethods/ucm114665.htm
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、簡単な操作で、他の細菌と区別してエンテロバクター サカザキ菌を検出し得る培地を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
斯かる実情に鑑み、本発明者は鋭意研究を行った。まず、エンテロバクター サカザキ菌は、大腸菌群に属し、他の大腸菌群と同様の酵素、例えばα-グルコシダーゼやβ-ガラクトシダーゼを産生することから、発色酵素基質を用いた分離培地の開発は困難と考えられた。しかし、種々検討したところ、全く意外にも、検出可能な青色の遊離性基を有するα-グルコシダーゼ基質と検出可能な赤色の遊離性基を有するβ-ガラクトシダーゼ基質とを併用することにより、エンテロバクター サカザキ菌は青色の発色コロニーとして、その他の大腸菌群は赤色の発色コロニーとして検出できることを見出し、本発明を完成した。
【0009】
すなわち、本発明は、検出可能な青色の遊離性基を有するα-グルコシダーゼ基質および検出可能な赤色の遊離性基を有するβ-ガラクトシダーゼ基質を含有するエンテロバクター サカザキ菌検出用培地を提供するものである。
また、本発明は、この培地に検体を接種して培養し、当該培地上の青色コロニーの有無を観察することを特徴とするエンテロバクター サカザキ菌の検出法を提供するものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明の培地を用いることにより、本発明は、他の大腸菌群と区別してエンテロバクター サカザキ菌を簡便に検出することができる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明に用いる、検出可能な青色の遊離性基を有するα-グルコシダーゼ基質としては、青色の色原体化合物を遊離し得るα-グルコピラノシド又はその塩が挙げられ、具体的には、例えば5−ブロモ−4−クロロ−3−インドキシル−α−D−グルコピラノシド、5−ブロモ−3−インドキシル−α−D−グルコピラノシド、4−クロロ−3−インドキシル−α−D−グルコピラノシド、3−インドキシル−α−D−グルコピラノシド、6−ブロモ−2−ナフチル−α−D−グルコピラノシド等が挙げられる。
このうち5−ブロモ−4−クロロ−3−インドキシル−α−D−グルコピラノシドが好ましい。
検出可能な青色の遊離性基を有するα-グルコシダーゼ基質の濃度は、検出時0.001g/L〜5g/Lが好ましく、特に0.01g/L〜0.25g/L、更に0.05g/L〜0.15g/Lが好ましい。
【0012】
検出可能な赤色の遊離性基を有するβ-ガラクトシダーゼ基質としては、赤色の色原体化合物を遊離し得るβ-ガラクトピラノシド又はその塩が挙げられ、具体的には、例えば5−ブロモ−6−クロロ−3−インドキシル−β−D−ガラクトピラノシド、6−クロロ−3−インドキシル−β−D−ガラクトピラノシド、5−ヨード−3−インドキシル−β−D−ガラクトピラノシドが挙げられる。
このうち5−ブロモ−6−クロロ−3−インドキシル−β−D−ガラクトピラノシドが好ましい。
検出可能な赤色の遊離性基を有するβ-ガラクトシダーゼ基質の濃度は、検出時0.001g/L〜5g/Lが好ましく、特に0.01g/L〜0.25g/L、更に0.05g/L〜0.15g/Lが好ましい。
【0013】
本発明の培地には、エンテロバクターサカザキおよび大腸菌群の発育向上の点から、さらに、無機塩類を含有せしめることが好ましい。このような無機塩類としては、例えば、塩化ナトリウム、リン酸水素二ナトリウム、硝酸カリウム等が挙げられ、このうち、硝酸カリウムが好ましい。無機塩類の濃度は、検出時0.01g/L〜10g/Lが好ましく、特に0.1g/L〜5g/L、更に0.5g/L〜2g/Lが好ましい。
【0014】
さらに、本発明の培地には、グラム陽性菌の抑制の点から、胆汁酸塩及び/又はイオン性界面活性剤を含有せしめるのが好ましい。このような胆汁酸塩としては、コール酸ナトリウム、デオキシコール酸ナトリウム、タウロコール酸ナトリウムが挙げられ、イオン性界面活性剤としては、ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)、Tergitol4、Tergitol7等が挙げられる。胆汁酸塩の濃度は、検出時0.01g/L〜10g/Lが好ましく、特に0.1g/L〜3g/L、更に0.5g/L〜1.5g/Lが好ましい。イオン性界面活性剤の濃度は、検出時0.001g/L〜10g/Lが好ましく、特に0.01g/L〜5g/L、更に0.1g/L〜0.5g/Lが好ましい。
本発明の培地には、さらに培地に通常用いられる成分、例えば、トリプトファン等のアミノ酸、ピルビン酸ナトリウム等の有機酸塩、酵母エキス等の栄養素、ビタミン類等を添加することが好ましい。
【0015】
本発明の培地の形態は、特に限定されず、寒天培地、液体培地、特開平8−140664号記載の簡易培地等を用いることができる。
【0016】
本発明方法は、本発明培地に検体を接種して培養し、当該培地上の青色コロニーの有無を観察しエンテロバクター サカザキ菌を検出するものであるが、本発明の培地を用いることにより、エンテロバクター サカザキ菌を青色コロニー、総大腸菌群数を青色コロニーと赤色コロニーの総和により検出できるというように、異なる2色により明確に菌を検出することができる。
なお、エンテロバクター サカザキ菌以外の大腸菌群においてα-グルコシダーゼ基質を利用するものはβ-ガラクトシダーゼを優先的に利用するため、β-ガラクトシダーゼ基質の色原体化合物により、微弱なα-グルコシダーゼ基質に由来する発色を排除することが出来、エンテロバクター サカザキ菌は双方の基質を利用するがα-ガラクトシダーゼ基質由来の青色の発色の方が強いため双方同時に利用しても、濃い青色となるだけである。従って、本発明方法によればエンテロバクター サカザキ菌以外の大腸菌群中であっても、エンテロバクター サカザキ菌を明確に検出することができる。
【実施例】
【0017】
以下、実施例を挙げて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
実施例1
培地の作製
表1に示す組成の各培地を次のように作成した。
【0018】
【表1】

【0019】
本発明培地は1リットル使用量を1リットルの精製水に加え、121℃、15分間高圧蒸気滅菌し、約50℃になるまで冷却後、プラスチックシャーレ(90φmm)に20mlずつ分注して培地が固まるまで静置し、本発明のエンテロバクター サカザキ菌検出用培地を作製した。また対照品として本発明培地より5−ブロモ−6−クロロ−3−インドキシル−β−D−ガラクトピラノシドを抜き、α-グルコシダーゼ基質を単独使用したものも同様に作製した。
【0020】
X−GAL寒天培地は1リットル使用量を1リットルの精製水に溶解し、121℃、15分間高圧蒸気滅菌後、約50℃になるまで冷却後、プラスチックシャーレ(90φmm)に20mlずつ分注して培地が固まるまで静置し、プラスチックシャーレに20mlずつ分注して培地が固まるまで静置した。
VRBG寒天培地(Difco & BBL Manual, Manual of Microbiological Culture Media 2003, Becton Dickinson and Company 613-615頁)は1リットル使用量を1リットルの精製水に加え、100℃、20分間加温溶解し良く撹拌後、プラスチックシャーレ(90φmm)に20mlずつ分注して培地が固まるまで静置した。
トリプトソイ寒天培地(TSA)は1リットル使用量を1リットルの精製水に加え、121℃、15分間高圧蒸気滅菌し良く撹拌後、プラスチックシャーレ(90φmm)に20mlずつ分注して培地が固まるまで静置した。
【0021】
菌株の供試
供試菌株はトリプトソイブイヨンで24時間前培養したものを用い、これを滅菌0.05%寒天加生理食塩水で10倍段階希釈しミクロプランター法(佐久間製作所ホームページ:http://www.sakumajp.com/category/1220255.html)およびMiles-Misra法(新細菌培地学講座−上− <第二販> 182−192頁 株式会社近代出版 1986年)により本発明培地に接種した。
【0022】
ミクロプランターを用いて各菌株を供試し35℃および42℃、24時間培養した。結果を表2に示す。
【0023】
【表2】

【0024】
本発明培地ではエンテロバクター サカザキ菌の良好な発育および青色〜黒色の発色を認めた。また、エンテロバクター サカザキ菌以外の大腸菌群は赤紫色のコロニーを形成することを認めた。さらに35℃培養と42℃培養ではエンテロバクター サカザキ菌の検出能は同等であったが、35℃培養では大腸菌群が赤色のコロニーを形成し、良好な発育を示すことを認めた。また、α-グルコシダーゼ基質を単独で加えた対照品についてはエンテロバクター サカザキ菌以外の大腸菌群であるK.pneumoniaeが青色の発色を呈することを認めた。
【0025】
実施例2
ミスラ(Miles-Misra)法により各菌株を供試し35℃および42℃、24時間培養した。結果を表3に示す。
【0026】
【表3】

【0027】
表3に示すように、本発明培地ではエンテロバクター サカザキ菌の良好な発育および青色〜黒色の発色を認めた。また、エンテロバクター サカザキ菌以外の大腸菌群は赤紫色のコロニーを形成することを認めた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
検出可能な青色の遊離性基を有するα-グルコシダーゼ基質および検出可能な赤色の遊離性基を有するβ-ガラクトシダーゼ基質を含有するエンテロバクター サカザキ菌検出用培地。
【請求項2】
検出可能な青色の遊離性基を有するα-グルコシダーゼ基質が、青色の色原体化合物を遊離し得るα-グルコピラノシド又はその塩である請求項1記載の培地。
【請求項3】
検出可能な赤色の遊離性基を有するβ-ガラクトシダーゼ基質が、赤色の色原体化合物を遊離し得るβ-ガラクトピラノシド又はその塩である請求項1又は2記載の培地。
【請求項4】
さらに、無機塩類を含有するものである請求項1〜3の何れか1項記載の培地。
【請求項5】
さらに、胆汁酸塩及び/又はイオン性界面活性剤を含有するものである請求項1〜4の何れか1項記載の培地。
【請求項6】
請求項1〜5の何れか1項記載の培地に検体を接種して培養し、当該培地上の青色コロニーの有無を観察することを特徴とするエンテロバクター サカザキ菌の検出法。
【請求項7】
請求項1〜5の何れか1項記載の培地に検体を接種して培養し、当該培地上の青色コロニーの有無を観察すると共に総大腸菌群数を青色コロニーと赤色コロニーの総和を観察することを特徴とするエンテロバクター サカザキ菌及び総大腸菌群数の検出法。

【公開番号】特開2011−244761(P2011−244761A)
【公開日】平成23年12月8日(2011.12.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−122585(P2010−122585)
【出願日】平成22年5月28日(2010.5.28)
【出願人】(000226862)日水製薬株式会社 (35)
【Fターム(参考)】