説明

オオイタビKNOX品種変異株識別用プライマー

【課題】窒素酸化物吸収能力および同化作用能力が有意に優れているオオイタビKNOX品種変異株の迅速な識別を可能とする、オオイタビKNOX品種変異株識別用プライマー、ならびに、当該プライマーを利用した迅速なオオイタビKNOX品種変異株の識別方法を提供する。
【解決手段】特定のDNA配列を有するオオイタビKNOX品種変異株識別用プライマー、およびオオイタビの全DNAを抽出する抽出工程と、前記プライマーを用い抽出された全DNAをPCR法によって増幅する増幅工程と、増幅工程での増幅生産物を電気泳動によって分離検出する検出工程と、を含むことを特徴とするオオイタビKNOX品種変異株の識別方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、窒素酸化物吸収能力および同化作用能力に優れているオオイタビKNOX品種変異株の識別に利用できる、オオイタビKNOX品種変異株識別用プライマー、ならびに、当該オオイタビKNOX品種変異株の識別方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、窒素酸化物、硫黄酸化物および揮発性有機炭素水素等による大気汚染が進み、植物、動物またはヒト等への悪影響が懸念されている。このような大気汚染の対策として、都市部では、ビルの屋上や壁面を緑化する壁面緑化が検討されている(例えば、特許文献1ないし特許文献3参照)。壁面緑化用の植物として検討されている植物の中でも、常緑蔓性植物は、壁面を足場として生育できる点で、都市部の緑化に優れた植物として注目されている。
【0003】
常緑蔓性植物の中でも、オオイタビ(Ficus pumila)およびヒメイタビ(Ficus thunbergii)は、クワ科イチジク属に属する植物であり、街路樹としてよく栽培されている。これらはいずれも気根を壁面におろし、壁面を這うように生長する為、壁面緑化に適した蔓性植物である。なお、オオイタビとヒメイタビとは、葉の側脈の中脈から出る角度によって区別することができる。
【0004】
非特許文献1および特許文献4には、窒素酸化物吸収能力に優れたヒメイタビの変異体の製造方法とその利用法とが記載されている。当該窒素酸化物吸収能力に優れたヒメイタビの変異体を製造するには、まず、親株であるヒメイタビの外植片にイオンビームを照射する。次に、イオンビームを照射した当該外植片を培養することにより植物体を得て、最後に当該植物体の中から最初の親株より高い窒素酸化物吸収能力を有するヒメイタビ変異体を選抜する。これにより、二酸化窒素等の窒素酸化物吸収能力に優れた、屋上または壁等の壁面緑化に好適なヒメイタビ変異体を得ることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2002−233360号公報
【特許文献2】特開平5−260849号公報
【特許文献3】特開平7−109736号公報
【特許文献4】特開2008−136458号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Takahashi M., Kohama S., Kondo K., Hakata M., Hase Y., Shikazono N., Tanaka A., Morikawa H.、2005、Effect of ion beam irradiation on the regeneration and morphology of Ficus thunbergii Maxim.、Plant Biotechnology22(1)、63−67
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、オオイタビおよびヒメイタビは窒素酸化物の吸収能力が極めて低いという問題を有する。その為、これらをそのまま用いて壁面緑化を行っても、大気中の窒素酸化物を浄化することは困難であり、有効な窒素酸化物汚染浄化対策とはならない。さらに、オオイタビおよびヒメイタビは窒素酸化物に弱く、高濃度の窒素酸化物に曝露することにより、生育阻害が観察される。従って、高濃度の窒素酸化物存在下において、目的とする窒素吸収能力に優れたオオイタビおよびヒメイタビをスクリーニングすることは、困難であると言える。
【0008】
また、前述した非特許文献1および特許文献4に記載の方法を用い、窒素酸化物吸収能力に優れたヒメイタビの変異体を選抜する際は、ヒメイタビの変異体に取り込まれた窒素酸化物の測定量と、最初の親株に吸収された窒素酸化物の測定量とを比較しなければならず、多大な時間と費用とを必要とする。
【0009】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、窒素酸化物吸収能力および同化作用能力が有意に優れているオオイタビKNOX品種変異株の迅速な識別を可能とする、オオイタビKNOX品種変異株識別用プライマー、ならびに、当該プライマーを利用した迅速なオオイタビKNOX品種変異株の識別方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成する為、本発明者らは鋭意研究を行い、まず、オオイタビ野生株と比較して窒素酸化物吸収能力および同化作用能力が有意に優れているオオイタビ変異株を選抜し、オオイタビKNOX品種変異株(または単にKNOX品種)と名づけた。さらに鋭意研究を行った結果、オオイタビ親株全DNAと比較して、当該オオイタビKNOX品種変異株全DNAにおいて多型を示す2種類の対合プライマーが存在することを発見した(実施例参照)。なお、当該2種類の対合プライマーのDNA配列を、それぞれ配列番号1(A02)および配列番号2(A80)に示す。
【0011】
そこで、本発明の第1の態様に係るオオイタビ(Ficus pumila)KNOX品種変異株識別用プライマーは、配列番号1または配列番号2に記載のDNA配列を含むことを特徴とする。
【0012】
本発明の第2の態様に係るオオイタビ(Ficus pumila)KNOX品種変異株の識別方法は、
オオイタビ(Ficus pumila)の全DNAを抽出する抽出工程と、
配列番号1または配列番号2に記載のDNA配列を含むプライマーを用い、前記抽出工程によって抽出される前記オオイタビ(Ficus pumila)の全DNAをPCR法によって増幅する増幅工程と、
前記増幅工程での増幅生産物を電気泳動によって分離検出する検出工程と、
を含むことを特徴とする。
【0013】
好ましくは、前記検出工程では、アガロースゲル電気泳動によって分離検出を行うことを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、窒素酸化物吸収能力および同化作用能力が有意に優れているオオイタビKNOX品種変異株の迅速な識別を可能とする、オオイタビKNOX品種変異株識別用プライマー、ならびに、当該プライマーを利用した迅速なオオイタビKNOX品種変異株の識別方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】調製例に係るオオイタビの継代培養1代目のNO吸収能力を示す図である。
【図2】調製例に係るオオイタビの継代培養2代目のNO吸収能力および同化作用能力を示す図である。
【図3】実施例に係る対合プライマーA02およびA80を用いたPCRの電気泳動結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。なお、本明細書において「有する」、「含む」または「含有する」といった表現は、「からなる」または「から構成される」という意も含むものとする。
【0017】
(オオイタビKNOX品種変異株識別用プライマー)
本発明の実施の形態1は、配列番号1(A02)または配列番号2(A80)に記載のDNA配列を含む、オオイタビKNOX品種変異株識別用プライマーに関する。これらの対合プライマーは、いずれも、オオイタビ親株全DNAと比較して、オオイタビKNOX品種変異株全DNAについて多型を示す。すなわち、これらの対合プライマーを用いてPCR(polymerase chain reaction)を行うことにより、オオイタビ親株とオオイタビKNOX品種変異株とを識別することができる。当該識別方法の詳細については、後の実施の形態2に係るオオイタビKNOX品種変異株の識別方法にて述べる。
【0018】
最初に、オオイタビKNOX品種変異株の製造方法について述べておく。簡潔に述べると、非特許文献1および特許文献4に記載のヒメイタビ変異体の製造方法と同様に、親株となるオオイタビの外植片(切片)にイオンビームを照射する工程と、イオンビームを照射した当該外植片を培養して植物体を得る工程と、を含む。
【0019】
本明細書において「オオイタビKNOX品種変異株」とは、前述したとおり、イオンビームを照射した外植片を培養して得た植物体のうち、親株のオオイタビと比較して、窒素酸化物吸収能力および同化作用能力が有意に優れているオオイタビの品種変異株のことを意味する。なお、本明細書において「親株」とは、オオイタビ変異株(オオイタビKNOX品種変異株も含む)の母体となる植物体であるオオイタビを意味する。すなわち、前述したオオイタビKNOX品種変異株の製造方法において、イオンビームが照射される、外植片を採取したオオイタビを意味する。
【0020】
イオンビームを照射する工程において用いるオオイタビは、どのような状態のオオイタビを用いても構わない。例えば、成熟したオオイタビ樹木でもよいが、オオイタビを無菌状態にて挿し木し、発根させたものが好ましい。なお、挿し木後4週間以上6週間未満のオオイタビがより好ましい。無菌状態でオオイタビを挿し木する方法は、特に限定されるものではないが、例えば、エタノール等で数秒から数時間、次亜塩素酸ナトリウムで数分から数時間処理した後、滅菌水で洗浄した後に、クリーンベンチの中で挿し木をすればよい。挿し木は、茎頂を含む先端約2cmの部位を採取したものを用いればよい。
【0021】
なお、オオイタビの「外植片」を採取する組織としては、特に限定されるものではなく、例えば、茎頂、茎、葉、根、根端または胚細胞等を挙げることができる。このうち、茎頂、茎、葉、根または胚細胞が好ましい。これらの組織から採取したオオイタビの外植片としては、採取した切片をそのまま用いてもよく、また、外植片を脱分化させたカルスまたは無菌培養等した外植片を用いても構わない。なお、外植片を前培養して不定芽を誘導した外植片を用いることが好ましい。
【0022】
オオイタビの外植片から不定芽を誘導する方法は、特に限定されるものではなく、従来公知の方法を用いて誘導すればよい。例えば、オオイタビの外植片をサイトカイニンを含む培地にて培養して得ればよい。サイトカイニンとしては、例えば、チジアズロンまたはベンジルアデニン等を用いればよい。培地中のチジアズロンの含有量は、培養に用いる培地の種類および培養の条件等に応じ、適宜設定すればよい。なお、1〜10000nMであることが好ましい。この範囲であれば、イオンビーム照射後の再分化率が向上する。また、培地中のベンジルアデニンの含有量は、培養に用いる培地の種類および培養の条件等に応じ、適宜設定すればよい。なお、1〜20000nMであることが好ましい。この範囲であれば、イオンビーム照射後の再分化率が向上する。
【0023】
オオイタビの外植片から不定芽を誘導するときに用いる培地は、従来公知の植物細胞培養用の培地を用いればよく、特に限定されるものではない。例えば、WP培地、MS培地またはホワイト培地等を挙げることができる。このうち、WP培地が好ましい。WP培地を使用することによって、不定芽の形成率が向上し、イオンビーム照射後の再分化率が向上する。オオイタビの外植片から不定芽を誘導するための培養期間は、特に限定されず、培養に用いる培地の種類に応じ、適宜設定すればよいが、概ね培養開始後約1ヶ月後には不定芽を得ることができる。なお、培養のときの温度は特に限定されないが、22度以上28度以下が好ましい。また、明所下または暗所下のいずれの光条件下でも、オオイタビの不定芽を誘導することが可能である。
【0024】
次に、イオンビームを照射する方法は、従来公知の装置または方法等を用いればよく、限定されるものではない。例えば、従来公知の装置としては、AVF(Azimuthally Varying Field)サイクロトンを挙げることができる。これらの装置または方法等を用いて照射されるイオンビームのイオンの種類は、特に限定されるものではない。例えば、総エネルギーが10〜5000MeVのHeイオン、Cイオン、NeイオンまたはArイオン等を挙げることができる。使用するイオンビームの線量についても、特に限定されるものではない。例えば、1〜500Gyの線量でもって照射することが好ましい。さらに好ましくは、320MeVもしくは220MeVの炭素イオン、または、50MeVのヘリウムイオンを5〜100Gyの線量で照射することが好ましい。
【0025】
イオンビームを照射した後のオオイタビの外植片から、オオイタビ変異株の植物体を得る方法は、従来公知の方法を用いればよい。例えば、非特許文献1に記載の方法等を好適に用いて得ることができる。以下、イオンビームを照射した後のオオイタビの外植片から、オオイタビ変異株の植物体を得る1実施例について述べる。なお、これに限定されるわけではない。例えば、不定芽誘導された外植片にイオンビームを照射した後、サイトカイニンを含む培地(例えば、チジアズロンまたはベンジルアデニン等を含む培地)を用いて、当該外植片を継代培養すればよい。これにより、当該外植片は不定芽形成し、オオイタビ変異株の多芽体を得ることができる。当該培地中のチジアズロンまたはベンジルアデニン等の含有量は、不定芽を誘導する方法において用いた培地のチジアズロンまたはベンジルアデニン等の含有量に準じて調製すればよい。
【0026】
次に、当該多芽体を発根させる。多芽体を発根させる方法は、特に限定されず、従来公知の方法を用いればよい。例えば、ショ糖等の糖分、および、根の形成を促す3−インドール酪酸、3−インドール酢酸またはナフタレン酢酸等の植物ホルモンを添加したMS培地の成分を含む、ゲルライト培地またはFlorialite(登録商標)培地を用い、多芽体を培養すればよい。培養期間は特に限定されないが、例えば、イオンビーム照射後3ヶ月以上培養すると2cm程度に伸長した個体が得られる。さらに、当該個体に対して前述の発根させる方法を施し、10日から1ヶ月間培養すると発根が観察される。また、培養温度は特に限定されないが、22度以上28度以下が好ましい。
【0027】
このように発根したオオイタビ変異株に従来公知の育苗箱等を用いて栽培することで、外気および土壌等に馴化させ、オオイタビ変異株の植物体を得ればよい。しかし、このように育苗させたオオイタビ変異株の全てがオオイタビKNOX品種変異株、すなわち窒素酸化物吸収能力および同化作用能力に有意に優れているとは限らない。その為、本実施の形態1に係る2種の対合プライマー(A02およびA80)を使用することにより、迅速に親株とKNOX品種変異株との識別が可能となる。
【0028】
なお、これら2種の対合プライマー、A02(配列番号1)またはA80(配列番号2)については、従来公知の方法であればどのような方法において合成しても構わない。例えば、当該技術分野における遺伝子工学的な常法によって産生してもよいし、または当該プライマーを受託合成によって製造してもよい。また、これら2種の対合プライマーを、オオイタビKNOX品種変異株識別用プライマーとして個々に使用しても構わないが、両方の対合プライマーを、例えば、オオイタビKNOX品種変異株識別用プライマーのセットとして使用しても構わない。
【0029】
(オオイタビKNOX品種変異株の識別方法)
本発明の実施の形態2は、配列番号1(A02)または配列番号2(A80)に記載のDNA配列を含むプライマーを利用する、オオイタビKNOX品種変異株の識別方法に関する。具体的には、オオイタビの全DNAを抽出する抽出工程と、配列番号1(A02)または配列番号2(A80)に記載のDNA配列を含むプライマーを用い、抽出されたオオイタビ全DNAをPCR法によって増幅する増幅工程と、当該増幅生産物を電気泳動によって分離検出する検出工程とを含む。
【0030】
まず、オオイタビの全DNAを抽出する抽出工程について詳細に説明する。DNAを抽出するオオイタビの組織については、前述した外植片の場合と同様に、オオイタビのどの組織の部分でも構わないが、葉が好ましい。また、DNAを抽出するオオイタビの品種については限定されず、オオイタビであればどのような品種でも構わない。例えば、品種が未明であるオオイタビ、オオイタビ野生株、イオンビームを照射したオオイタビ変異株、または、オオイタビKNOX品種変異株等を挙げることができる。このうち、イオンビームを照射したオオイタビ変異株の全DNAを抽出し、後述する増幅工程および検出工程を行うことによって、本実施の形態2を好適に利用することができる。
【0031】
また、DNAを抽出する方法については、従来公知の方法であればどのような方法を用いてDNAを抽出してもよく、使用するオオイタビの組織部分に適宜合わせた方法を利用すればよい。例えば、市販のDNA抽出キットを使用し、凍結乾燥させたオオイタビの葉の全DNAを抽出する方法が挙げられる。また、Kobayashi et al.(1998)の方法に従って抽出しても構わない。
【0032】
次に、配列番号1(A02)または配列番号2(A80)に記載のDNA配列を含むプライマーを用い、オオイタビの全DNAをPCR法によって増幅する工程について詳細に説明する。PCR法では、従来公知の方法であればどのような方法を用いてDNAを増幅してもよく、例えば、どのような装置または条件等において増幅しても構わない。好ましくは、鋳型となる抽出したDNAを50ng、配列番号1(A02)または配列番号2(A80)の対合プライマーを1.0μg、TAPS(pH9.3)を25mM、KClを50mM、MgClを2.5mM、dNTP mixture(equimolard ATP, dCTP, dGTPおよびdTTP)を1.6mM、および、LA Taq DNA polymeraseを0.05unitsを含む20μlの反応液中において行う。また、変性での温度は95度で3分間が好ましい。さらに、95度30秒、50度30秒、および、72度3分間での反応サイクルが好ましく、当該サイクルを40サイクル行うことが最も好ましい。
【0033】
最後に、PCRによって増幅した増幅生産物を電気泳動によって分離検出する工程について詳細に説明する。なお、電気泳動は、アガロースゲルでの電気泳動が好ましい。例えば、前述の条件のPCRによってDNAを増幅し、1.0%(w/v)のアガロースゲルを用いて電気泳動を行い、エチジウムブロマイドを用いて染色し可視化した場合について述べる。このように、増幅生産物の分離検出を行うと、オオイタビ親株の増幅生産物と比較して、オオイタビKNOX品種変異株の増幅生産物は、配列番号1(A02)の対合プライマーでは2.1kbに多型が示され、配列番号2(A80)の対合プライマーでは2.3kbに多型が示される(実施例参照)。
【0034】
従って、これらのバンドを基準としてオオイタビKNOX品種変異株を識別することが可能であり、個々の窒素酸化物の吸収量を測定しなくとも、迅速にオオイタビKNOX品種変異株、すなわち窒素酸化物吸収能力および同化作用能力に有意に優れているオオイタビ変異株を分離検出することができる。その結果、オオイタビKNOX品種変異株の識別に多大な時間と費用が不要であり、最終的には壁面緑化用の植物として多く使用することによって、窒素酸化物の吸収量が増し、大気汚染が改善する可能性が示唆される。
【実施例】
【0035】
以下、調整例および実施例を用いて本発明をより詳細に説明するが、調整例および実施例は本発明を限定するものではない。
【0036】
(調整例)
本調整例では、再生植物体製造、および、オオイタビ野生株とオオイタビ変異株とにおけるNOの吸収能力および同化作用能力についての比較を説明する。
【0037】
まず、無菌的に育てたオオイタビの野生株から、外植片(茎)を切り離した。なお、オオイタビの野生株の培養方法は、特許文献4に記載のヒメイタビの場合の方法と同様であり、培地にはMS培地(Murashige T., and Skoog F.、1962、A revised medium for a rapid growth and bioassay with tabacco tissue culture.、Physiol. Plant.15、473−497参照)にスクロースを2重量%、インドール−3−ブチル酸を0.1重量%となるように添加したものを使用し、また、培養は人工気象器(日本医化学器械社製、TCR-5P)に設置したプラスチック製容器(キリン社製、アグリポット)中において2ヶ月間行った。培養中の栽培温度は25±1度とし、光の照射条件は30〜40μmol photons/m/sとした。
【0038】
次に、切り離した外植片に、イオンビーム(12C5+12C6+またはHe2+)を照射した。イオンビーム照射は、AVF(Azimuthally Varying Field)サイクロトン(独立行政法人日本原子力研究開発機構内)を使用して行った(非特許文献1参照)。
【0039】
その後、イオンビームを照射した外植片およびイオンビームを照射していない外植片を、スクロース2重量%、ゲランガム0.3重量%、ベンジルアデニン1.78μMおよびチジアズロン46.7nMが添加され、pH5.8になるよう調整されたWP培地(Lloyd G., McCown B.、1980、Commercially-feasible micropropagation of mountain laurel, Kalmia latifolia, by use of shoot tip culture.、Intern Plant Prop Soc Proc 30、421−427参照)に移し替え、3ヶ月間培養した。
【0040】
当該WP培地での培養では、室温は25.0±0.3度、明:暗のサイクルは16:8時間のサイクルとした。光の照射条件は、40μmol photons /m/sの蛍光灯の下で行った。なお、3ヶ月間の培養の間、3週間毎に継代培養を行った。継代培養では、照射した外植片および照射していない外植片の両方から、約20mmの長さの芽を切り離した。切り離した芽は、スクロース2重量%およびインドール−3−ブチル酸0.1重量%を添加したMS培地(Murashige T., and Skoog F.、1962、A revised medium for a rapid growth and bioassay with tabacco tissue culture.、physiol. Plant. 15、473−497参照)から構成される発根培地に浸した製紙パルプおよびバーミキュライトの混合物(Florialite(登録商標)、日清紡)を含む試験管(直径3cm、長さ20cm)に植え替えた。
【0041】
これらを4週間程度培養させた。その後、滅菌蒸留水を週ごとに供給し、発根した外植片の若木をもう2週間育苗箱内において馴化させた。さらに、バーミキュライトとパーライトとを質量比1:1で含有し、温室内に置かれたプラスチックポットの中にこれらを移し、自然光の下で4〜6ヶ月育てた。外植片の若木には毎日水やりをし、週毎にハイポネックス(HYPONEX Japan)0.1重量%を与えた。
【0042】
次に、このようにして生長させたイオンビームを照射した外植片およびイオンビームを照射していない外植片(親株の外植片)の再生植物体を継代培養した。両方の再生植物体からそれぞれ3〜10個の外植片(3〜4cmの長さの茎)を切り離し、これを継代培養1代目とし、前述のMS培地での継代培養の方法、条件と同様に生長させた。
【0043】
さらに、前述のそれぞれの継代1代目の外植片の若木が25±5cmの長さの再生植物体まで生長した時点において、NOの吸収能力を比較した。NOを吸収させる手段として、22±0.3度、70±4%の相対湿度、0.03〜0.04%のCOが維持されるNOチャンバー(Model NC1000-SC、日本医化器械社製)を利用した。なお、当該チャンバー内において、日中(9am〜5pm、100μmol/mm/s)の8時間の間に15NでラベルしたNO(1.0±0.1ppm、15Nは51.6atom%)を吸収させた。
【0044】
ここで、NOの吸収量(μg TNNO2gm−1dry weight)は、{(B−0.3663)/100}×A×100/C、の式により算出することができる。当該式において、AはNOガス曝露後のオオイタビ中に含まれる15Nおよび14Nの質量の総量を示し、Bは試料中に含まれる全Nの質量中の15Nの濃度(atom%15N)を示し、Cは曝露したNO中の15Nの濃度(atom%15N)を示す。また、当該式において、0.3663は自然界に存在する全Nの質量中の15Nの存在比(atom%15N)である(Mariotti A.、Atmospheric nitrogen is a reliable standard for natural 15N abundance measurements.、1983、Nature 303、685−687参照)。
【0045】
NO由来の全窒素(「TNNO2」と示し、NOを吸収する植物の能力を表す)を調べる為、まず、それぞれの葉を収穫し、蒸留水で洗浄した(Morikawa H., Higaki A., Nohno M., Takahashi M., Kamada M., Nakata M., Toyohara G., Okamura Y., Matsui K., Kitani S., Fujita K., Irifune K., and Goshima N.、1998、More than 600-fold variation in nitrogen dioxide assimilation among 217 plant taxa.、Plant Cell Environ 21、180−190参照)。
【0046】
それぞれの植物体から収穫・洗浄した葉を凍結乾燥し、その後10〜70g程度粉砕し、TNNO2の解析を行った。なお、当該解析方法は、H. Morikawa et al.、2004、Planta、14−22に記載の方法と同様であり、質量分析装置(Thermo-Finnigan社製、Delta C)が直結した元素分析装置(Fisons Instruments社製、EA1108CHNS/O)を利用して解析を行った。具体的には、これらの装置により当該葉の粉末に含まれる全Nの量および15Nの量、すなわち前述の式におけるAおよびBを算出した。また、前述の式におけるCは曝露したNOガス中の15Nの原子百分率となるから、前述したとおり51.6%である。
【0047】
図1は、調製例に係るオオイタビの継代培養1代目のNO吸収能力を示す図である。図1に示すLine no.は前述の方法で継代培養した植物体の番号であり、Ionは外植片に照射したイオンビームのイオンであり、Dose(Gray)は照射したイオンビームのGyすなわち線量であり、NOuptake(μg TNNO2gm−1dry weight)はイオンビームを照射した再生植物体のNOの平均吸収量(Irradiated)と野生株の再生植物体のNOの平均吸収量(Wild-type)およびその測定植物体数(n1))であり、Fold Increaseは野生株の植物体の平均吸収量に対するイオンビームを照射した植物体の平均吸収量の倍増量を示している。
【0048】
図1に示すように、継代培養1代目では、オオイタビ野生株の植物体のNO吸収量に対し、イオンビームを照射した再生植物体では約0.8〜1.8倍まで変化していた。ここで、Line no.30−XXIII2−04および44−XXIII3−04は、野生株の植物体のNO吸収量と比較して有意に大きいNO吸収量を示し、それぞれ1.8倍および1.7倍であった。そこで、これら2つの再生植物体の外植片を前述と同様の方法で継代培養し、すなわち継代培養2代目とし、同様の方法でTNNO2、および、NO由来の還元窒素またはケルダール窒素(「RNNO2」と示し、NOによる植物の同化作用能力を表す)の解析を行った。
【0049】
図2は、調整例に係るオオイタビの継代培養2代目のNO吸収能力および同化作用能力を示す図である。図2に示すLine no.、NOuptake(μg TNNO2gm−1dry weight)、Irradiated、Wild-typen1)およびFoldは、図1と同様の意味を示し、NOassimilation(μg RNNO2gm−1dry weight)は継代培養2代目の再生植物体の同化作用能力を示している。なお、図1および図2に示すTNNO2およびRNNO2のデータの統計解析は、スチューデントのt検定(Student's t-test)を用いて行った解析結果である。図2のLine no.において、30−XXIII2−04−1、30−XXIII2−04−2および30−XXIII2−04−3は30−XXIII2−04の外植片を継代培養したものであり、44−XXIII3−04−4、44−XXIII3−04−5および44−XXIII3−04−6は44−XXIII3−04を継代培養したものである。
【0050】
図2に示すように、図1に示した30−XXIII2−04および44−XXIII3−04の有意に大きいNO吸収量は継代培養2代目にまで遺伝していた。さらに、44−XXIII3−04−5および44−XXIII3−04−6は、RNNO2も有意に大きく増加しており、すなわち、オオイタビ親株と比較して改良されるということがわかった。そこで、これら44−XXIII3−04変異株(継代培養した植物体も含む)を、オオイタビKNOX品種変異株と名づけた。
【0051】
(実施例)
本実施例では、オオイタビKNOX品種変異株を識別する為の、対合プライマーDNA多型解析について説明する。
【0052】
最初に、Kobayashi et al.(1998)の方法によって、オオイタビ親株の植物体と、図1に示す44−XXIII3−04変異株、すなわちオオイタビKNOX品種変異株の植物体の葉から、全DNAを抽出した。その後、オオイタビ親株の植物体、および、オオイタビKNOX品種変異株の植物体の葉から抽出した全DNAについてPCRを行った結果、100個のランダムプライマー(BEX、Japan)の中で、配列番号1に記載のDNA配列を有するA02対合プライマー、および、配列番号2に記載のDNA配列を有するA80対合プライマーが、オオイタビKNOX品種変異株の植物体の全DNAについて多型を示すことが確認された。すなわち、オオイタビKNOX品種変異株を電気泳動によって容易に識別できるということが確認された。
【0053】
なお、詳細には、PCRでの増幅は、50ngの鋳型DNA、1.0μMのA02またはA80対合プライマー、1×LA Taq buffer、2.5mMのMgCl、1.6mMのdNTP mixture(等モルのdATP、dCTP、dGTPおよびdTTP)、ならびに、0.05unitsのLA Taq polymerase(全てTAKARA、Japan)を使用した。条件としては、95度3分間の変性の後、95度30秒、50度30秒および72度3分間を40サイクル行い、DNAのサンプルを増幅した。その後、PCRでの増幅生産物を1.0%(w/v)アガロースゲル電気泳動によって解析し、続いてエチジウムブロマイドでの染色を行った。
【0054】
図3は、実施例に係る対合プライマーA02およびA80を用いたPCRの電気泳動結果を示す図である。左のA02および右のA80のいずれの結果でも、1ないし3のレーンはオオイタビ親株の植物体のDNAの泳動結果を示し、4ないし8のレーンはオオイタビKNOX品種変異株の植物体のDNAの泳動結果を示す。図3に示すように、A02およびA80の対合プライマーを用い、かつ当該条件でのRAPD(Random Amplified Polymorphic DNA)解析によると、それぞれ、2.1kbおよび2.3kbにおいて、オオイタビ親株と比較して有益な常緑蔓性植物であるオオイタビKNOX品種変異株を迅速に識別することが可能であることを確認できた。特に、A80の対合プライマーを用いたRAPD解析によると、2.3kbにおいてかなり明白なバンドで識別できる為、より好ましい。
【0055】
本発明は、上記発明の実施の形態、ならびに、調整例および実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。
【0056】
本明細書の中で明示した論文および公開特許公報等の内容は、その全ての内容を援用によって引用することとする。
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明者らは鋭意研究を行い、まず、オオイタビ野生株と比較して窒素酸化物吸収能力および同化作用能力が有意に優れているオオイタビ変異株を選抜し、オオイタビKNOX品種変異株(または単にKNOX品種)と名づけた。さらに鋭意研究を行った結果、オオイタビ親株全DNAと比較して、当該オオイタビKNOX品種変異株全DNAにおいて多型を示す2種類の対合プライマーが存在することを発見した(実施例参照)。なお、当該2種類の対合プライマーのDNA配列を、それぞれ配列番号1(A02)および配列番号2(A80)に示す。
【0058】
そこで、本発明によれば、窒素酸化物吸収能力および同化作用能力が有意に優れているオオイタビKNOX品種変異株の迅速な識別を可能とする、オオイタビKNOX品種変異株識別用プライマー、ならびに、当該プライマーを利用した迅速なオオイタビKNOX品種変異株の識別方法が提供される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1または配列番号2に記載のDNA配列を含むことを特徴とする、オオイタビ(Ficus pumila)KNOX品種変異株識別用プライマー。
【請求項2】
オオイタビ(Ficus pumila)の全DNAを抽出する抽出工程と、
配列番号1または配列番号2に記載のDNA配列を含むプライマーを用い、前記抽出工程によって抽出される前記オオイタビ(Ficus pumila)の全DNAをPCR法によって増幅する増幅工程と、
前記増幅工程での増幅生産物を電気泳動によって分離検出する検出工程と、
を含むことを特徴とする、オオイタビ(Ficus pumila)KNOX品種変異株の識別方法。
【請求項3】
前記検出工程では、アガロースゲル電気泳動によって分離検出を行うことを特徴とする、請求項2に記載のオオイタビ(Ficus pumila)KNOX品種変異株の識別方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−191893(P2012−191893A)
【公開日】平成24年10月11日(2012.10.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−58586(P2011−58586)
【出願日】平成23年3月16日(2011.3.16)
【出願人】(504136568)国立大学法人広島大学 (924)
【Fターム(参考)】